ダーク・ファンタジー小説

死んで花実が咲くものか
日時: 2018/07/26 08:13
名前: わらび餅

神様が、憎かった。




願って縋って嘆いた先、待っていたのは地獄だった。




生きたい。

生きたい。



まだ、生きていたいのに。




死神の足音は、すぐそこまで迫っていた。










***


死んで花実が咲くものか
生きていてこそいい時もあるので、死んでしまえば万事おしまいである。

──goo国語辞書より引用




※読む前に
・流血・暴力表現あり
・死ネタ
・魔法等の類ではありませんが一応ファンタジー
・現実にはない病気が主題です

元「いつか花を。」です。

以上のことをふまえ、お進みください。



*5月27日 参照1000突破

Page:1 2 3



Re: 死んで花実が咲くものか ( No.8 )
日時: 2018/08/25 20:09
名前: わらび餅

 一体どれほど眠っていたのだろう。
 
 ぼんやりと目を開ける。まだ霞む視界にうつる天井。ここは、どこだ。私は、なにをしていたんだっけ。
 覚醒しきっていない頭で、記憶の引き出しを片っ端から開ける。そう、そうだ、お兄さんと一緒に大都市に来て、それから......
 今の状況を思い出した私は、がばり、と勢いよく体を起こした。が、途端に頭に鋭い痛み走り思わず唸る。私は殴られた。この傷みが確かな証拠だ。服の乱れはない、ローブもちゃんと着ている。
 痛む頭をおさえつつ、あたりを見回す。廃れたコンクリートでできた、ひび割れが目立つ壁と床。家具らしい家具らしいは置いておらず、随分と殺風景だ。窓はなく、外をみることはできない。扉は正面に一つだけ。両手は後ろで縛られている。みたところ柱に鎖で繋がれた手錠のようだ。足は動かせるが、このままじゃ歩けない。どうしたものか。というか、犯人はどこへ?
 内心そう首をかしげていた時、ただ一つしかない扉がガチャリと音を立てて開いた。
 
「......ああ、起きたのか」
 
 入ってきたのは、背の高い男性だった。浅葱色の短い髪をさらさらと揺らし、ズボンのポケットに両手を突っ込んだままこちらに大股で近寄ってきた。長めの前髪からちらりと覗く鋭い翡翠の瞳。この人が、私をここへ? うわ目つき悪い、なんて心の中で呟いている場合ではないのは重々承知なのだけれど。
 床に座り込んでいる私を冷めた目で見下ろしながら、ゆっくりと口を開いた。
 
「お前の連れ......名前は、ヒガンであってるな?」
 
 そう問われ、頭の中で様々な憶測が飛び交う。
 なぜお兄さんの名を? この人は誰だ? 私がお兄さんの連れになったのは昨日だ、一体いつから、どこから見ていたというのだろう。モネさんのところへ行った後か前か、もしくは出会った時からか。そうなれば、この人は随分前からお兄さんに目をつけていた可能性が高い。もしかしてこの人の目的は、私ではなくお兄さんなのだろうか。
 
「......あんた誰?」
 
 この人は私がお兄さんの連れだという確信を持っている。私に投げかけたものは質問ではなく確認だった。おそらくなにを言ってもデタラメだと流されるだろう。
 けれど私はお兄さんに迷惑をかけるわけにはいかない。あの人は私のことをせいぜい玩具としか思っていないだろうけど、私にとっては生きるために必要な人だ。ここで失うわけにはいかない。
 
 だが、お兄さんはどうだろうか。
 私なんて、いなくたって構わないだろう。ただの興味の対象だ、下手したら荷物ですらある。
 
 このまま、見捨てられてしまったら。
 
 そこまで考えて、頭を振った。
 ああ、私は、こんなに弱かっただろうか。
 嫌いだ。一人になるあの瞬間、なにもかもから忌み嫌われたあの時のようなあんな気持ちは、もう二度と味わいたくない、そう思ってしまう弱い自分が。暖かい手を知ってしまった卑しい自分が、大嫌いだ。
 ずっと一人だったら、きっと楽だった。
 
「お前がヒガンって男の仲間だってのはもう割れてんだ、しらばっくれたって無駄だぜ。あいつは何者だ?」
 
「知らないし知ってたとしても教えない。……そんなことを聞くために、わざわざこんな人攫いみたいな真似を?」
 
「ハッ、まさか」
 
 馬鹿にするような言葉とともに、突然こちらに伸びてきた手。骨ばった大きなそれに思わず体が竦む。
 その手は躊躇いなく私のローブを掴んだ。まさか、この人。
 冷や汗が吹き出す。咄嗟に体を捩るが私の抵抗などお構い無し、力任せに無理矢理脱がされただの布と化したローブは遠くに放り投げられる。そのまま中に着ていたの長袖のシャツを捲りあげられ、私のお腹が冷たい空気に晒された。

 そこに巻きつく、死の茨。
 
 目にした瞬間、頭が真っ白になる。
 嫌だ、見たくない、見たくない見たくない見たくない! 私を殺そうとする、こんなもの!
 
「......本当に、茨持ちだったのか」
 
 ぽつりとこぼされた言葉。静寂に響く、乾いた笑い声。
 
「俺はなぁ。お前と同じ茨持ちになにもかも奪われたんだよ」
 
 憎いのだと、確かにそう言った。
 
「......どうして、そんなに。茨持ちが嫌われなくちゃ」
 
「どうして? どうしてだって? お前がそれを言うのか茨持ち! あの日。ああそうさ、忘れもしない『赤い町』の日だ。あの茨持ちが暴走したあの日」
 
 赤い町。茨持ちの暴走。
 誰だったか、村の人たちもそんなことを言っていたような気がする。
 
 一夜にして、ひとつの町が消えたのだと。
 
「なにもかも手遅れだった。着いた時にはもう、全てが消えていた。なにもかもが! 茨持ちのせいで! お前らのせいで! 殺す......全員、殺してやる......!」
 
 憎悪に染まった瞳が、私を睨んでいる。
 疑問と恐怖が私のなかで渦を巻く。どうして私が、こんなにも憎まれているのか。
 花咲き病を目の敵にしている団体がいるのは知っている。もしかしたらこの人はその一人なのかもしれない。そうだったら、私は殺されるだろう。
 怖い、けれど。
 
「......私が、あんたに何かした?」
 
 この人は、勘違いをしている。
 
「っまだそんなことを! お前らが──」
 
「私は、何もしてない。したのは他の茨持ちの人でしょ」
 
「同じだ! お前もいつか」
 
「いつかの話なんてしてない。私は何もしてないからあんたに恨まれる筋合いなんてない。......けど」
 
 他の茨持ちがなにをしたかなんて知らない。この人が何を奪われたかなんて知らない。
 でも、それでも、何かを恨みたい気持ちは、それだけはわかるから。
 
「私を殺せば、あんたは幸せになれるの?」
 
 目の前で、息を呑んだ音が聞こえた。
 ガラガラと崩壊するように、彼の膝が崩れ落ちた。私のシャツを掴んでいた手がゆっくりと離れ、彼の顔を覆う。
 
「......お前に、お前になにがわかる。ひとり残された俺の気持ちが。傍にいてやれなかった、なにも守れなかった俺の気持ちがわかるか!? 俺は、俺は、あいつの最期すら見届けられなかった!」
 
 劈くような叫び声のなか。置いていかないでと、弱々しい泣き声が聞こえた気がした。
 
「憎い、憎いんだよ。俺は! だって約束したんだ、すぐ帰るって。帰ったら、祝言を挙げようって! あいつは、笑ってて! なのに!」
 
 縋りつくように、また手が伸びて来る。そこに恐怖など、もはや存在しなかった。がしりと肩をつかまれ、体が揺れる。
 
「なあ、頼む。頼むよ、恨ませてくれ。わかってる、わかってるんだよお前が悪いんじゃない。どうしようもなく理不尽で傲慢だって、俺が一番わかってるんだ。それでもなにかを恨まなくちゃ、俺は、もうおかしくなる。俺じゃなくなる。なあ恨ませてくれ。俺を恨んでいい、祟ってもいい、だから」
 
 
 ──殺させてくれ。
 
 
 悲痛な叫び。頬をつたう涙。
 ああ、そうか。この人は、私が辿るかもしれなかった末路だ。絶望に駆られてどうしようもなくなって、なにもかもを恨まなくちゃ壊れてしまう。普通の人が憎い。私を殺そうとした人たちが、家族と思っていた人たちが、憎い。
 
 殺してしまいたいほどに。
 
 でも私にはあの子がいた。私を想ってくれる人がいた。だからこうしていまここに立っている。
 この人には、誰もいなかった。いや、いたのだろう。けれど、いなくなってしまった。
 
「……可哀想」
 
「……え?」
 
「......いいよ、殺しても。それであんたの気が晴れるなら」
 
 彼の目が驚きで見開かれた。
 さっきまで怖がっていたのが嘘みたいだ、いまはなんだか笑えてくる。
 
「でも、今じゃない。私にはやらなくちゃいけないことがある。病気を治す方法をみつけて、会わなきゃいけない人に会って、全部終わったらその時は、殺されてあげるよ」
 
「……自分が何を言ってるのか、わかってんのか? 死ぬのが、怖くないのかよ」
 
「は? あんたが殺させてって言ったんじゃん。……私だってこの病気が憎いんだ。私からなにもかも奪って、その上命までなんて冗談じゃない。全部こいつにくれてなんてやるもんか。だったら私の最期はおじさんにやる」
 
 ぽかん、と口を開けていたおじさんは、はっと我に返り、心底分からないとでも言うように呟いた。
 
「…………お前は頭がおかしいのか……」
 
「殺させてくれ、なんて頼んでくるおじさんよりはまだ正常のつもりだけど」
 
「……はは。そう、そうだな。俺達はきっと、どっちも頭がおかしいんだろうな……」
 
 可哀想な私達。病に全てを奪われた、憐れな私達。辿る道はきっと同じだろう。
 だったら、少しでも幸せな方へ。気が晴れる方へ。それが最善で、それが正しいのだ。
 
 気が狂っている。
 殺される約束をするなんて、どうかしている。
 
 けれどどこか、清々しい気分だ。
 私はなにも、背負わなくていい。私は私を殺さなくていい。
 ふと、モネさんの顔が頭に浮かぶ。私の身を案じてくれた彼女がこの会話を聞いたらどう思うだろう。怒るだろうか、必死に止めてくれるだろうか。
 
 何もかもが終わったら、私はこの人に殺される。痛いだろう。苦しいだろう。けれどそれは、私が生きていた証拠だ。私がこの人に必要とされた証拠だ。そしてこの人も幸せになれる。
 
 
 
 きっとこれが、私の「幸せな終わり」なのだ。

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.9 )
日時: 2018/05/06 15:29
名前: わらび餅

「──殺すだのなんだのって、俺の助手に、物騒なこと教えないでほしいなぁ」
 
 なにかを壊すような大きな音をたてて開け放たれた扉の向こう、そんな言葉とともにやってきたのは、お兄さんだった。
 私の目が悪くなければ、息を切らしているようにもみえる。もしかして、走ってきてくれたのか。
 
「彼女に死が訪れるのは、彼女の花が咲いた時だけだ。それ以外は認めないし、俺が殺させない。大事な助手だからね」

 その言葉に、どきりと心臓が音を立てた。
 お兄さんにとって大事なのは私ではなく、私の花だ。そうわかっていても嬉しいと感じてしまうのは、私が私を必要としてくれる人を欲しているからなのだろう。
 ただ、それだけのことだ。
 
「......どうしてここが? それに、どうやって入ってきた? 外にも人がいただろ」
 
「知り合いに、誘拐犯をみたっていうストーカーがいたんだ。外にいた彼らならお休み中。わかったらその子から離れてくれないかな?」
 
 お兄さんが笑みをたたえたままそう言い放つと、私の肩を掴んでいた手はあっさりと離れていった。そんな単純でいいのか誘拐犯。
 というか、誘拐犯をみたストーカーというのはなんだ。その人も犯罪者じゃないか。
 
「......お前がヒガンか」
 
「そういう君たちは十字軍だね?」
 
 十字軍。
 花咲き病患者──特に茨持ちを憎み、虐殺する集団。体のどこかに十字架の刺青がはいっているらしい。
 彼がその十字軍だというのなら、私が茨持ちだということが十字軍全体に知られているのではないだろうか。それはまずい。非常にまずい。
 今回は人質としての役割もあったから殺されなかったものの、今後十字軍の人間に出逢ったらあいさつよりも先に殺されてしまう。しかもなんと都合のいいことに、茨持ちの殺害は罪には問われない。とことん私達に優しくない国なのだ、ここは。
 
「でもどうしてここに? いまは処刑場にいるんじゃなかったのかい?」
 
 近頃あちこちで噂になっていた、国がわざと殺さず捕まえた茨持ち達の処刑。茨持ちは悪であると、あらためて知らしめるための発表会。それに十字軍も参加するため、いまは処刑場のある東の都にいるはず。大都市とは正反対だ。
 
「......全員で行くわけがないだろ。俺たち下位部隊は別の仕事だ」
 
「それが俺の捜索ってわけか。つい最近できたばかりの助手の存在まで知られてるなんて、随分と有名人になっちゃったなぁ、俺も。まあ......」
 
 ゆっくりとお兄さんは一歩、また一歩と私達に近づいてくる。おじさんはぴくりとも動かない。そしてついに男性の目の前に立ち、その肩をぽん、と軽く叩いた。
 
「君、もう彼女を殺すつもりも、俺を連れていくつもりもないだろう?」
 
 かすかに、息を呑む音が聞こえた。
 そんな彼の反応にお兄さんは目を細め、私の元へと再び歩みを進めた。
 どこからか取り出したナイフで鎖を切ったあと、しゃがみこんで、両手が自由になって呆然とする私の頭を撫でた。
 
「怖かっただろう。ごめんね、目を離してしまって。こいつらがいないなら大丈夫だと思ってたんだけど」
 
 あたかかくて、大きな手はとても気持ちがいい。存外怖かったのか、今更震えはじめる体をなんとか誤魔化し、その手に擦り寄る。
 
「......迷惑、かけて、ごめん」
 
 そう言うとお兄さんは少しだけ目を見開いた。けれどすぐにもとの微笑みに戻り、そんなことないよと優しい声で宥めてくれた。
 
「さ、ここを出よう。ここを教えてくれた知り合いにもお礼を言わなくちゃいけないしね」
 
 それってさっき言ってたストーカー? なんて聞けるはずもなく。私の手を取り立ち上がらせると、そのまま十字軍の彼の横を何事もなく通り過ぎた。おじさんとは、きっとまたいつか会うだろう。そう約束したのだから。
 けれど、壊れて扉がなくなった出口を出ようとした時。
 
「......お前、本当にヒガンなのか」
 
 つぶやくような小さな問いかけに、お兄さんは振り返った。
 
「......本当だって言ったら、君はどうするんだい?」
 
「ボスのところに連れていく。そういう命令だからな」
 
「それは、君の意思?」
 
「俺は......殺したいさ、お前も、そこのガキも。特にお前は、どんな手を使ってでも殺したかった、はずなのに。いまは......どうしたらいいか、わからない。なあ、なんでお前は、あんなことを」
 
 二人が話している内容はわからないことだらけで、それでも、繋がれた手に力が篭ったことだけはわかった。
 
「......君たちのボスに言っておいて。『俺は逃げも隠れもしないから、自分の足で堂々と会いに来い』って。君もね。俺を殺したいなら、誰も巻き込まず一人で来るといい。......そうしたら、答えてあげられるかもしれない」
  

 ──俺が生きていたら、の話だけど。
 
 
 その声に、言葉に、ぞくりと背筋が震えた。
 
 嬉しそうだったのだ。笑っていたのだ。今までみた笑顔なんか比べ物にならないくらいに、楽しそうに、お兄さんは自分の死を語った。
 たった一言で察してしまった。分かってしまうほど、その言葉は、声音は、重かった。
 ああ、そうか、この人は。
 
 彼は、死を望んでいるんだ。

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.10 )
日時: 2018/05/26 18:03
名前: わらび餅

 どうやら、ここはどこかの工場の一室だったようだ。
 扉が消え、開放感溢れる物件になってしまったが、まあ仕方がないだろう。弁償など求められても、非があるのはこちらではないのだから勘弁してもらいたい。そうならないことを祈るばかりである。
 外に出ると、おじさんのお仲間であろう人達があちらこちらに転がっていた。一体お兄さんはなにをしたのだろうか。気にはなるが、世の中には知らない方がいいこともある。私はそっと、彼等から目を逸らした。
 私の手を引いたまま、お兄さんは無言でその足を動かす。けれど私に合わせてくれているのか、その歩調はゆっくりだ。
 そんなお兄さんの後を追いながら、彼の背中を見つめる。顔は見えない。どんな表情で、いま私の手を掴んでいるのだろう。
 きっとこの人にはなにかがある。それはわかっていた。気づいていた。それでも、そこにどんな理由や過去があろうとも、私が彼の手を取ることには変わりない。利用するならすればいい、私は今を生きられるのなら、それでいいのだから。
 ただ、ほんの少しだけ、その顔がみたいと思った。
 
「……お兄さんの、用事は?」
「まだ終わってないから、戻るよ。今度はちゃんとロゼも一緒に」
「……うん」
 
 相変わらず、こちらを見ようとしない。顔を見れないことに不安を覚えつつ、なんだか少し気まずくて、小さな返事をしたきり言葉が出なくなってしまった。
 ふと、先程の言葉を思い出す。
 殺させないと、大事な助手だと、彼はたしかにそう言った。たった二日。たったそれだけの時間しか過ごしていないのにも関わらず、だ。
 信じられない。信じる理由も、絆も、なにもかもが足りない。なぜお兄さんは、あんなことを言ったのだろう。
 
「……俺のこと」
 
 突然零された言葉に、思考を止めた。それでも足は動き続けている。
 
「信じられないだろ?」
「え……」
 
 まるで心の中を読まれたかのように、たった今考えていたことを問われ思わず声が漏れる。小さな笑い声が、背中の向こうから聞こえた。
 
「言っただろ。顔に出やすいんだよ、君」
 
 顔を見ていないくせにそんなこと言うものだから、私は唇を尖らせた。
 
「……だって、何考えてるのかわからない。胡散臭いし」
「言うねぇ! 正直な子は嫌いじゃないよ。……そうだな、例えば、君を殺させないっていうのは本当だ。これからはちゃんと君を守るよ、俺がそばにいる限りはね。それだけは信じてくれていい」
「それだけ?」
「それだけ」
 
 お兄さんはエスパーかなにかなんだろうか。疑り深い目線を送っている私に気づいているかのように、ケタケタと笑い声を上げた。
 
「というか、何考えてるのかわからない胡散臭い男にのこのこついてきたのは君だろ? 君の方こそよく俺のことを信じたね」
 
 逃げ道を失くさせた当の本人がそんなことを言うのか。抗議の意味も含めて、私はギリギリとお兄さんの手を強く握った。
 
「いてて、ごめんごめん。そうだね、俺が脅したんだった」
 
 全く痛くなさそうな明るい声が背中の向から聞こえる。なんだか、ご機嫌そうだ。
 絶えず動く足がどこか軽やかな気がして、私は手の力を緩めた。
 
「でも本当に、どうして君がついてきてくれたのか疑問だったんだ。脅した俺が言うのもなんだけどさ。だって君なら、茨の毒で俺を殺せるだろ?」
「……そんなこと、したくない」
「優しいなぁ。殺してくれてよかったのに」
 
 どくり、と心臓が音を立てる。
 彼が言ったあの言葉が、私にみせたあの笑顔が、脳裏に浮かぶ。だからつい、言うべきではない言葉が口から飛び出してしまった。
 
「……お兄さんは、死にたいの?」
 
 口に出してから酷く後悔した。踏み込んではいけなかった。なにも知らないままでいいのに。知らない方が、いいに決まっているのに。
 少し間を空けて、お兄さんが息を吸う音がかすかに聞こえた。
 
「……そうだね。俺は、死ぬために生きている」
 
 穏やかな声だった。子守唄を歌う母親のように、物語を紡ぐ語り部のように、あたたかくて優しい声だった。
 今すぐに繋がれている手を振り払いたい衝動に駆られた。やめてくれ、聞きたくない、知りたくない。お互いを利用する存在のままでいたいのだと、自分から聞いたくせに心が我儘を吐き出した。
 
「大切な人達に、あいたいんだ」
 
 少し掠れた声が、私の鼓膜を震わせた。
 ああ、いっそ、彼が酷い人なら。極悪人で、血も涙もない、そんな人ならよかった。私と同じ願いなんて、持っていなければよかったのに。
 情など、信頼など、抱くべきではない。必要ないのだ、私達の関係にそんなもの。だというのに、愚かな私は彼の手を振りほどけない。彼にも想う人がいる。ただそれだけの事で、私はこの人を信じてしまいそうになる。
 
「だから、こんな男のことなんて信じなくていい。君は、自分のことだけ考えて生きていればそれでいいよ。あ、でも俺の側からは離れないでね。手を伸ばして触れられる距離じゃないと、守れないから」
 
 今みたいにね、なんて、少しからかうように繋いだ手を揺らした。
 
「まあ今回手を離したのは俺なんだけど。……で、本当のところはどうなの?」
「……え?」
「俺を殺さなかった理由……いや、ついてきてくれた理由。脅された以外で、なんかあったりするのかなって」
 
 少し静かになった空気を変えるかのように、お兄さんは朗らかな声で尋ねてきた。
 
「どうして、そんなに知りたがるの」
「うーん……今日、君のことを少し好きになれたから、かな。ほら、気になる子にとっての自分の第一印象とか、知りたいだろ」
 
 散々迷惑をかけたのに、好きになれる要素がどこにあったのだろうか。もしかして、機嫌が良さそうだったのはそのせいか?
 言おうか迷って、結局息を吸いこんだ。大した事ではない。もしかしたら、笑われるかもしれないけれど。なんとなく、機嫌の良さそうな今なら言える気がした。
 
「お兄さんの手が、あたたかかったから」
 
 ぽつり、とそう零すと、お兄さんは驚いたように足を止め、こちらを振り返った。
 ようやく見れた彼の顔はポカンとしていて、なんだか可笑しかった。
 
「……それだけ?」
「それだけ」 
 
 しばらく無言で視線を合わせていたが、お兄さんが眉を寄せながらフイと目をそらした。
 
「……やっぱり君って変な子だ」
 
 そう呟いて、お兄さんは再び歩き出した。
 失礼な。やっぱりってなんだ、やっぱりって。
 心の中で不満を唱えながらも、素直に手を引かれた。
 結局、彼が私のことを信じているのか、そうでないのか、どうして少し好きになってくれたのかは教えてもらえなかったけれど。珍しい顔が見れたから、まあいいかな、なんて。
 絆され始めた自分から目を逸らして、繋いだ手をみつめた。
 どうか、この距離が縮みませんように。
 どうか、手を離されたら寂しいなどと、思いませんように。
 
 そうなる前に、あの子に逢えますように。
 
 叶うかわからない願いを唱えて、私はお兄さんの背中をゆっくりと追いかけた。

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.11 )
日時: 2018/07/26 00:47
名前: わらび餅


 重そうな鉄の塊が、微かに擦れたような音を立て口を開けた。私が入ろうとしても、その口が閉じられる様子はない。お兄さんは私に向かって「おいで」と声をかけた。
 その背を見送ることはもうない。だというのに、どうしてだか心が落ち着かない。不安なのだろうか。それとも焦燥か。そこまで考えて、頭を振った。また余計な感情に流される前に、私は一歩を踏み出した。
 
 
 
 
 

 
 
 
「いらっしゃい──ああ、無事だったか」
 
 暗いくて細い、大人ひとりがやっと通れる通路を抜けた先。そこは鉄やコンクリートで固められていた重々しい外観と違い、壁、床ともに木のぬくもりが感じられる優しい一室だった。いたるところに花が飾られており、様々な匂いが鼻をかすめる。不快、という気持ちにはならなかった。少々濃い匂いだが、いい香りのものばかりだからだろうか、どこか心地良さを感じるほどだった。
 そんな中、ひとり佇む男の人がいた。パキン、パキンと花の茎を切っていたその人は、手に持っていた鋏を机の上にそっと置いた。
 顔の左半分が包帯で覆われており、隠されていない右目はどろどろの蜂蜜を流し込んだような金色だった。夕日をそのまま閉じ込めたような橙色の紙は短く切り揃えられ、太くしっかりした首がさらけだされている。身につけている真っ白な白衣は、清潔感を漂わせている。
 なんだか、そう、全体的に──
 
「眩しい……」
 
 しまった、と思った時にはもう遅かった。思わずこぼれ落ちた口に慌てて蓋をする。隣でお兄さんが吹き出しているのが聞こえて、思わず睨みつけた。
 お兄さんは謝るように片手を上げて、男の人に声をかけた。
 
「だそうですよ? ハイル先生。よかったですね、怖がられなくて」
 
 ハイル、と呼ばれたその人はゆっくり顔を上げ、こちらに近づいてきた。
 近くで見るととても背が高い。巨人みたいだ。
 
「お前はいちいち一言余計なんだよ。……嬢ちゃん、名前は」
 
 金色の鋭い瞳に捕えられ、体が竦む。その低い声音は絶対的強者を思わせるほどで、肉食動物の前に飛び出してしまったか弱い小動物の気分になった。
 
「……ロゼ」
「そうか……いい名だ」

 そう言いながら私の目の前でしゃがみこむと、大きな手をこちらに伸ばしてきた。少し体が強ばってしまったのは仕方ないだろう。怖いものは怖いんだ。
 何をされるのかと思えば、その大きな手は私の頭に乗せられ、優しく撫で付けられた。予想していなかったその行動に思わず彼の顔を伺った。
 その顔はなんだか、とても穏やかで。
 
「すまなかった」
「……え?」
「すぐに助けられなくて。怖かっただろ」

 かけられた言葉に、目を見開いた。
 どうしてこの人が謝るのだろうか。結果として私は助かったし、そもそもこの人にとっては見ず知らずの赤の他人だろう。
 ああもしかして、お兄さんの言っていた知り合いのストーカーってこの人──
 
「ストーカーさんは人前に出られないんでしたっけ?」
 
 違った。
 
「ストーカーじゃない、見張りだ。あいつは俺より酷いからな、俺以外の人間には顔をみせないんだ」
「……酷い?」
「ああ。見た目だけだったら幽霊や化け物の類といい勝負だな。だから普段は身を隠してこの辺りを見張らせているんだが……情報を得るためにわざと泳がせた。悪かったな、巻き込んで」
 
 なるほど、それでさっきの謝罪か。でも、経緯がどうであれ、助かったのはその姿の見えない誰かだというのは紛れもない事実。
 だったら、私が伝えるべき言葉はこれしかないだろう。
  
「……ありがとう、って」
「ん?」
「居場所、お兄さんに教えてくれてありがとうって、伝えてほしい」
 
 私の言葉を聞いて、ハイルさんは目を丸くした。けれどすぐに微笑んで、私の髪を少し乱暴にくしゃくしゃとかき混ぜた。
 
「ああ。伝えておく」
 
 ひとしきり満足したのか、頭に置かれていた手が離れ、ハイルさんは立ち上がった。そしてお兄さんのほうに体を向けると、ん、と手を差し出した。
 
「……なんです?」
「お前に貸しただろ、あれ」
「……ああ! えーっと……」
 
 お兄さんは合点がいったように手を叩くと、腰に巻いていた皮のポーチから黒い何かを取り出した。
 
「はい、これ。ありがとうございました。おかげで楽に片付けられましたよ」
「殺してないだろうな」
「どうでしょう。神様が彼らを見捨てなければ」
「……神なんざ信じていないだろうに」
「やだな、信じてますよ。人間がもがき苦しんでいるのを高笑いしながら見下ろしている、性格の悪い神様がいるってことは」
 
 ハイルさんは顔を顰めてその黒い何かを受け取った。工場の外で倒れていた人達のことが頭の中をよぎったが、まあ、言わないでおこう。
 それよりも、あれはなんだろうか。会話から察するに武器のようなものだろう。長さはあまりない。先端に二本、小さな角のように銀色の金属のようなものがついているが、攻撃力もなさそうだ。
 じっと見つめていた私に気がついたのか、ハイルさんが黒いそれを机の上に置いた。
 
「嬢ちゃんにスタンガンは……いや、あってもいいだろうが……」
 
 スタンガン、というのか。別に欲しかった訳では無いのだけれど。
 
「俺がいるので必要ないです」
「もしもって事もあるだろう。ナイフや銃よりよっぽど安全だ。しかしまあ、とりあえずは保留か。いまは──」
「十字軍、ですよね」
「ああ。どうしてやつらが嬢ちゃんを攫ったのかは……ある程度予想がつくからいいとして。問題は、どうやって彼女が茨持ちだと知ったか、だ」
 
 ……いま、なんて。
 私が、茨持ちだって?
 
「ここに来るまで、誰かにつけられていたか?」
「いいえ? よっぽどの手練じゃないかぎりすぐにわかりますが、誰も。ここの近くで待ち伏せされていた可能性が高いですね。あっちも俺の行動パターンを掴んでいるみたいで」
「そろそろここも引越しが必要か。なかなかいい場所だったんだがな……それで、なにか情報は」
「まって!」
 
 声を張り上げた私に、ふたりはピタリと会話をやめ、少し驚いた表情でこちらを向いた。
 
「どうして……私が、茨持ちだって、知って……」
 
 戸惑いを隠せない私をみて、なぜだかハイルさんはじろりとお兄さんを睨みつけた。
 
「……言ってなかったのか、お前」
「……言ってませんでした、そういえば」
 
 はあ、と大きなため息をついたかと思えば、ハイルさんは机の上に飾ってあった花を一本、花瓶から引き抜いた。それを私に差し出すように見せてきた。
 
「これは、死花だ」
「……え」
「これだけじゃない。ここにある花は全て死花だ。全て、誰かの命を吸って咲いた殺人花。俺はそれを研究し、薬なんかを作っている……いわば、花咲き病専門の薬剤師だ」
「やく、ざいし」
「ああ。嬢ちゃんのことはヒガンから聞いた。言いふらすつもりは勿論ないが、本人の許可なく聞くものじゃなかったな。すまない」
「先生は信頼できるから大丈夫だよロゼ。でもごめん、勝手に喋って。いくら緊急だったからって、そう簡単に言っちゃいけなかったね」

 ふたりの申し訳なさそうな顔をみて、ばくばくと跳ねていた心臓がようやく落ち着いた。
 
「……お兄さんがそう言うなら、いい」
 
 あまり誰かを信じなさそうなお兄さんが言うのだから、大丈夫なんだろう。それに、話を聞いている限りではいい人だ、本当に。
 いまは少しだけ、誰かを信じるのが怖いだけ。ただそれだけなのだ。
 
「……でも、どうして薬剤師に?」
 
 そう尋ねたその瞬間、ほんの少し、ハイルさんの瞳が揺れたような気がした。
 
「どうして、か。どうしてだろうな。自分でもはっきりとは分からないんだ。目的という目的は、あるにはあるんだが……ああ、だが、ひとつだけ」
 
 そう言って、ハイルさんは薄く笑った。
 
「一度目は、救えなかったから。今度は、今度こそは、救えるように。理由を述べるのなら、きっとこれなんだろう」

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.12 )
日時: 2019/02/04 04:58
名前: わらび餅

「……話が逸れたな」
 
 花をそっと花瓶に戻すと、ハイルさんはお兄さんに向き直った。その顔にもう笑みはなく、金色の瞳はまっすぐにお兄さんを捕らえていた。
 あの瞳が揺れた時。薄い笑みを浮かべた時。救えなかった誰かを、思い浮かべていたのだろうか。
 この人の心の中にも、大切な誰かがいる。お兄さんにも、私にも。それを抱えながら、引き摺りながら、この人たちは生きてきた。きっと、これからもずっと。
 重い、想い。いつか押しつぶされそうになった時、私たちはそれを捨てることができるのだろうか。そう考えて、私は心の中で首を横に振った。
 無理だ。どんなに重くても、どんなに痛くても、これを捨てることは出来ない。だって、あの子への想いは私の生きる理由だ。
 私にとっての「幸せ」は、あの子の形をしていた。
 
「それで、嬢ちゃんを攫ったやつは何か言っていたか」
「ボスにヒガンを連れてこいと命令されたらしいです。見張りのやつにも話を聞いてみたんですが、随分俺にご執心みたいで」
「それはそうだろうな。ただひとりの花師となれば、向こうも血眼になって探すだろう。──それとも、『わざと』か?」
「何がです?」
 
 笑みを崩さないお兄さんに、ハイルさんは大きなため息をついた。
 
「……まあ、いい。だが、お前の我儘に嬢ちゃんを巻き込むな。死にたければ一人で死ね」
 
 その言葉に、少しだけ息を呑んだ。ハイルさんも知っているんだ、この人の願いを。
 
「そうしたいのは山々なんですけどね。ああ、なんなら、ハイルさんが殺してくれてもいいんですよ?」
「生憎、馬鹿の自殺に付き合う程暇じゃないんでね」
「やだな、俺が自殺嫌いだって知ってるでしょう」
「お前のそれは自殺だ、紛れもなくな。他の誰かに殺されようが事故で死のうが、お前が死にたいと思っている限りは自殺でしかないんだよ」
 
 交わされる言葉の端々に、二人の間の関係が感じられるような気がした。特別仲がいいというわけでもなく、かといって悪いわけでもなく。どこか一線を引きつつも互いのことを理解し合えている、複雑で言葉では言い表せない関係が確かにそこにあった。
 
「そもそもお前、体は──」
 
 ハイルさんは途中で言葉を止め、部屋の奥にあった扉に顔を向けた。
 どうしたのだろうと首を傾げた時、チリンチリンと軽やかな音が微かに聞こえた。
 
「悪い。少し呼ばれた」
 
 そう言ってハイルさんはそのまま扉の方へと歩き出した。
 ふと見えたその顔が、なんだか穏やかで。眩しいと思っていた彼の姿が、すこしやわらかく映った。
 微かな話し声、といってもハイルさんのものしか聞こえなかったが、それがしばらく続いたあと戻ってきた彼は、苦笑いを浮かべていた。
 
「嬢ちゃん、あいつからご指名だ」
「……私? あいつって?」
「俺の部下だよ。そこの扉から廊下に出て、奥の部屋だ。廊下は一本道だから迷う心配はない」

 悪いことはない、行けばわかる。
 ハイルさんのその声に背中を押され、言われた扉にそろそろと近寄る。ちらりとお兄さんを見ると、彼は微笑みながら頷いた。その仕草だけで、なんだか少し安心したのはどうしてだろう。ハイルさんを信用していないわけではない。ただ、今は人を信じるのが怖いだけだ。
 知らない人ばかりが、私に優しくしてくれるから。信じていた人達は、愛していた人達は、私を捨てたから。
 また誰かを信じるのが、少しだけ、怖い。
 お兄さんのことだって、信じているわけではない。あの人の優しさは私を利用するためだけのもの、もしくはただの興味本位だ。目的が果たされるか飽きられれば私はお払い箱で、そこに私の意志が入る隙間などどこにもない。終わりが分かっているから、安心できる。
 だけど、ハイルさんは私に優しくしてもなんの得もない。むしろ、自分達の身を危険に晒しているだけだ。いくら花咲き病の薬を作っているからと言って、十字軍に殺されるというのはないと思うけれど、目はつけられるだろう。それとも、私を囮に十字軍をおびき寄せ情報を得ようとしているのだろうか? いや、そんなことをする意味はあるのか?
 いくら考えても答えなんてでない。そんなのはわかっている。それでも、怖いのだ。無条件の優しさが。
 
 それを、失うことが。
 
 扉の前で固まってしまった私に、どうしたとハイルさんの声が掛かった。
 なんでもないと首を横に振り、扉を開ける。冷えた廊下に足をおろす。
 私はそのまま、奥の部屋を目指して歩き始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
***
 
 
 
 
 
 
 
 
「──随分と懐いているな。洗脳でもしたか」
 
 パタン、と扉が閉じられ、二人だけになったと思いきや落とされた先生の容赦のない一言に苦笑いを零す。

「そんなことしてないですよ。俺のことなんだと思ってるんですか」
「頭のおかしい自殺願望者」
「ひどいなぁ。まあ間違ってはいませんけど」
「本当に、どうして嬢ちゃんみたいな子を連れているんだ? あの子は生きたがっているし、お前を殺そうともしていないだろう」
 
 この人は本当に人のことをよく見ている。先生と話していると、その片方しかない目で心の奥底までじっとりと睨みつけられているような、そんな感覚に陥ることがある。どこで身につけたのか分からない観察眼の鋭さと隙の無さは、いままで出逢ったどの人間よりも優れている。彼が纏う空気は、切れ味の鋭いナイフのようで人を寄せつけない。まあ、その半分はガタイの良さと目つきの悪さのせいでもあるかもしれないが。
 
「俺も最初はそう思ってましたよ。モネさんをみても、あの子の目から光が消えることはなかった。だから、好きじゃなかった。でもね、違ったんです。あの子は生きたくて生きているわけじゃなかった。あの子の願いを叶えるためには、生きるしかなかった。ただそれだけで、生きたいわけじゃなかったんです」
「……それは本人から聞いたのか」
「もちろん。盗み聞きですけど」
「……」
 
 なんだかじろりと睨まれている気がしないでもないが、さらりと受け流しておこう。うっかり誘拐犯との会話が聞こえてしまっただけで、聞こうとした訳ではないし。
 
「そうだとしても、生きようとしているのは事実だろう。嬢ちゃんを巻き込むような真似は、」
「──随分、あの子に肩入れしますね。出会ったばかりなにのに。ああ、もしかして、『救えなかったあのひと』にロゼを重ねているんですか? だとしたら、それこそ先生の我儘で自己満足でしょう? ロゼは全部わかっている。その上で俺の手を取って、俺についてきた。それが全てで、事実です。だから、あの子に余計なことは言わないでくださいね?」
 
 空気がピンと張り詰めたのがわかる。明らかな敵意と、怒りと、殺意がぶつけられている。それらが全て形を持っていれば、俺は瞬きする間もなく死ねていただろうに。
 ああ、これだからこの人は飽きないな、本当に。
 
「……お前は、なにも分かっちゃいないな」
 
 先生がため息をひとつ零すと、張り詰めていた空気が一瞬で緩んだ。
 
「何がです?」
「俺はお前の花師としての腕を信用しているが、お前という人間は信頼していない」
「それは分かってますよ」
「それでも。短くない付き合いだ、お前が人並みに幸せになれるように、くらいは思ってるんだよ」
「……え」
「嬢ちゃんがお前を殺したとして、お前も、嬢ちゃんも、幸せにはならないだろ。絶対に」
 
 心臓が、嫌な音をたてる。
 先生の黄金の瞳が、俺の心を見ている。
 
「嬢ちゃんがお前の手を取れたのは、お前が嬢ちゃんに手を差し伸べたからだ。目の前で誰が這いつくばっていようが、助けを求めようが、笑顔で去っていくのがお前だったのに。例え助ける手段があったとしても、手は差し伸べなかったお前が、嬢ちゃんには手を差し伸べた。なぜだ?」
「……気まぐれですよ。ただの好奇心だ」
「気まぐれや好奇心で面倒事を背負い込むような人間じゃないだろう、お前」
 
 違う。使えると思った。本当に気まぐれで、好奇心だった。
 でも、咄嗟に動いたのは。あの赤い瞳をみて、あの子の腕を掴んでしまったのは、どうしてだろう。
 
「お前は嬢ちゃんに動かされたんだよ。お前の死んだ心が、死んだと思っていた心が、嬢ちゃんを助けたいと願ったんだ。……もう、認めてしまえ。お前は死んじゃいない。生きているんだよ」
「……」
「変わらない『それ』が証拠だ。進みはしないが、消えもしない。きっとこれからも。だから──」
「黙れ」
 
 それ以上、先生の言葉を聞きたくなかった。地面が崩れて、そのまま奈落の底に落ちてしまうような気がした。
 
「黙ってくれよ、お願いだから。それ以上踏み込むな。先生、ハイル先生、あなたは俺を殺せる存在でいてほしいんだ。俺は死んだよ。俺の心も死んでる。動かされてなんかいない。だからもう、いい加減名前を呼んでくれ。ヒガンって。そして殺してくれよ。じゃなきゃあの子が殺すよ。それが嫌なら、あなたが殺してくれ。出来るだろ?」
  
 先生に、赦しを請うように、祈りを捧げるように、何度も何度も頼んだことがある。
 頼むから殺してくれ、と。
 その度に彼は言うんだ。
 
 
「言っただろ。馬鹿の自殺に付き合うほど、俺は暇じゃないんだ」

Page:1 2 3



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


E-Mail


URL


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大7000文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。