ダーク・ファンタジー小説

死んで花実が咲くものか
日時: 2018/07/26 08:13
名前: わらび餅

神様が、憎かった。




願って縋って嘆いた先、待っていたのは地獄だった。




生きたい。

生きたい。



まだ、生きていたいのに。




死神の足音は、すぐそこまで迫っていた。










***


死んで花実が咲くものか
生きていてこそいい時もあるので、死んでしまえば万事おしまいである。

──goo国語辞書より引用




※読む前に
・流血・暴力表現あり
・死ネタ
・魔法等の類ではありませんが一応ファンタジー
・現実にはない病気が主題です

元「いつか花を。」です。

以上のことをふまえ、お進みください。



*5月27日 参照1000突破

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Re: 死んで花実が咲くものか ( No.15 )
日時: 2019/05/13 00:43
名前: わらび餅

一旦区切りがついたので短いですがご挨拶のようなものを。

今更ですが副管理人賞をいただきました。ありがとうございました!
更新があまりにも亀すぎるのでこれからはもう少し頑張ります。次回からやっと本編です、どうかよろしくお願いします。

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.16 )
日時: 2019/06/17 01:45
名前: わらび餅

一輪目『勿忘草』
 
 
 
 
 
馬車に乗り、ガタガタと揺られながら流れていく景色を目で追う。都市の喧騒は遥か彼方、眼前に広がるのは静寂と木々だけだった。山にしては整備された道を行きながら、鳥のさえずりに耳を傾ける。
 お兄さん曰く、この山奥にひっそりと暮らすひとりの作家さんがいるらしい。とても人気のある方らしく、彼の出す本は飛ぶように売れるのだとか。
 本。本は、ほとんど読んだことがない。買うお金も暇もなかったというのもあるが、村にあった数少ない本の殆どが古い図鑑だったり、医学の本だったりしたため、物語が綴られた本を読んだことがないのだ。そもそも、村人の中で文字を読める人は限られており、需要がなかったのかもしれない。
 そんなことをぼんやりと考えながら景色に目を向けていると、馬を操っていた気だるげなおじさんが声をかけてきた。
 
「兄ちゃんもモノ好きだなァ。娘さんはこっち初めてだろ? この兄ちゃん、こんな山奥の変人に会いに、毎度毎度大きな荷物まで持って遠路はるばるよくおいでになってな。いくら仕事だからってさ」
「仕事ですからね。誰であろうと何処であろうと、求められれば行きますよ」
「仕事熱心なこった。俺だったら願い下げだね。恋人の死に涙ひとつ流さず、挙句の果てに話のネタにしようとする男だぜ? 血も涙もありゃしねェ」
 
 今から会うその作家さんは、私のような患者ではない。患者だったのは彼の恋人で、既に亡くなっている。お兄さんはここにくる道中にそう語った。作家さんの恋人が咲かせた死花の手入れを、定期的に頼まれているのだという。
 それにしても、酷い話だ。もしそれが真実であったのなら、変人、血も涙もないなどと言われても仕方の無いことではあるが。
 
「知ってるかい? 娘さん。噂によれば、花咲き病目当てで恋人に近づいたって話だぜ。その女も可哀想になぁ」
 
 前を向いているため顔は伺えないが、可哀想にと言った声音はとても悲しみを滲ませたものではなく、むしろどこか面白がっているようでもあった。噂だと言いながらも、そうだと断定しているように話すおじさんに、思わず顔を顰めた。
 ちらり、と隣に座っているお兄さんを見ると、彼は相変わらず完璧な微笑みを浮かべていた。何を考えているのかも、相変わらず分からない。
 
「──ほら、着いたぜ。帰りはいつもの時間でいいのか?」
 
 馬車が止まる。緩やかな風に攫われる髪を手でおさえながら、目の前の屋敷を見上げた。屋敷と言っても、モネさんの屋敷のような大きなものではなかったが、佇まいは凛としていて品を感じる。
 お兄さんは袋に入ったお金をおじさんに手渡し、にっこりと笑った。
 
「いや、今回は知人に迎えを頼んでいるので大丈夫です。ありがとうございます」
「ヘェ、珍しいな。それなら俺はこれで。せいぜいネタにされないよう気をつけろよ」
 
 ニヤニヤと笑いながら馬を操り去っていくおじさんをみて、お兄さんは浮かべていた笑みを消し去り深く息を吐き出した。持っていた大きな鞄を肩にかけ直しながら、その顔を顰めてみせた。
 
「ああ、やっと解放された。会う度に同じことを馬鹿の一つ覚えみたいにぺちゃくちゃと。俺にじゃなく作家先生本人に言ってみろって話だよなぁ」
 
──どうやら、お兄さんにも思うところがあったらしい。いなくなった途端ぶちぶちと毒を吐き始めた。
 なんだか、ハイルさんと見えない恩人さんに出会ってから、こうして毒を吐くお兄さんを見ることが増えた気がする。毒でなくとも、少しの愚痴だったり不満だったりも多いが、なんとなく、これが彼の素なのだろうかと思うようになった。恩人さんに対しての冷たい態度を見たあとなので、あまり驚きはしなかったが。
 取り繕わなくていいと思ってくれたのか、それとも、あの時、ハイルさんになにか言われたのか。理由は分からないが、彼の素を見せてもいい相手として認識されたのかもしれない。そう思うと、なぜだか心臓がぎゅっと縮んだような気がして、私はその度に胸に手をあてるのだった。
 
「じゃあ、行こうか」
 
 お兄さんはそう言うと、扉についていた金の輪っかを持ち上げ、数回ぶつけてコンコンと音を立てた。しばらくして、重そうな音ともに扉が開かれる。
 
「いらっしゃい、よく来たね。──おや」
 
 片眼鏡──モノクルといったか、銀色に縁取られた丸いそれをかけたその人は、高い位置で後ろに束ねた深い海の色の髪をゆらりと揺らした。髪と同じ色の瞳を私に向けると、緩やかに口の端を上げた。
 
「珍しいお客だ、歓迎しよう。さて、お嬢さんのお口に合うようなものはあっただろうか」
 
 私たちを中に招きながら、彼はこれみよがしにため息をついた。
 
「ヒガンも人が悪い、言ってくれればなにか準備をして君たちを待っていたものを」
「そうおっしゃるなら先に連絡手段を用意してくださるとありがたいですね。外と関係を絶ちたいのはわかりますが、ここじゃあ手紙のひとつも出せない」
「それは困った。僕はここに骨を埋める予定だから、その願いは聞けそうにない」
 
 ぽんぽんと交わされる言葉を聞きながら、あたりをきょろきょろと見回す。
 落ち着いた茶色で統一された屋敷の中は、豪華絢爛とは遠い、質素なものだった。だが華がないというわけではなく、置かれている物ひとつひとつはとても上品で、素人目から見ても決して価値の低い物ではないと分かる。
 
 ただ、ある場所だけが、他とは確実に違った。
 
「荷物はいつものところに。今回もありがとう、おかげで餓死せずにすむ」
「あなたがそう言うと冗談に聞こえないから怖いな。ここに来るのは俺ぐらいでしょうに、何かあっても誰も気づいてはくれませんよ」
「そうだな、では僕の死体を最初に見るのは君だということだ。光栄に思ってくれ」
「……冗談ですよね?」
「本気だが?」

 ふたりの会話がろくに入ってこないほど、私の視線はそこに縫い付けられた。
 細長いドーム状のガラスの中に、ぽつんと佇む花。きっとこれが、そうなのだろう。ただ、あまりにも。世界一美しいといわれるには、その姿はあまりにも。
 
「……ああ、やはり、気になるか」
 
 じっと一点を見つめる私に気がついたのか、作家さんはぽつりと言葉をこぼした。
 
「とりあえず、かけてくれ。お茶と菓子を持ってこよう。その死花の話は、それからでもいいだろう」
 
 ああ、やはりそうなのか。これが。
 モネさんのような大きい花ではない。ハイルさんのところでみた、見るものを惹きつけるような存在感あるものでもない。
 命とひきかえに咲くにはあまりにも小さすぎる花が、そこにはあった。

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.17 )
日時: 2019/12/29 14:04
名前: わらび餅

 ガラスを両手で包み、そっと持ち上げる。花に当たらぬよう、慎重に、ゆっくりと。
 そうしてあらわになった花の茎に、手袋をしたお兄さんの手が触れる。小さな花を支えていた茎も細く、懸命に天に向かって立とうとしているその姿は可憐というべきか、儚いというべきか。すぐにでもポキリと折れてしまいそうなそれを、お兄さんは指先でつまんで持ち上げた。花に言葉を発する口があったのなら、きっと悲鳴が上がっていただろう。
 お兄さんが仕事をする姿を見るのは初めてで、思わずじっと見つめてしまっていた。その事に気がついたのは、目の前のテーブルにカップとお菓子が置かれた後だった。 
 
「口に合えばいいんだが。客人は珍しくて、ここには僕が好むものしかないんだ」
「ありがとう、ございます」

 白いティーカップになみなみと注がれた液体に視線を向ける。赤いような茶色いような、そんな色をしているが、なんの飲み物かは分からない。
 あたたかいうちに、と──恐らく作家さんだと思われるモノクルの男性に──促され、恐る恐るカップを両手で持ち上げた。そっと口まで運び、そのまま液体を流し込む。
 ……甘い。多分、甘いのだろう。いままで感じたことのない味に舌が困惑して、美味しさを実感できなかった。ひとくち、ふたくちと飲んでカップを机に戻した。
 
「随分と熱心に見つめていたが、彼の仕事を見るのは初めてなのかな」
「……はい」
「なら尚更珍しいものだろう。あの花を生けている土台には、特別な水が入っているんだそうだ。死花には欠かせないものらしい。彼には定期的にその水を新しいものに変えてもらっている。あとは……なんだか霧吹きでなにかを吹きかけているけど、詳しいことは知らないな。あまり力になれなくてすまないが」
「い、いえ」
「──わかりづらい仕事で申し訳ありませんね。こうみえて色々あるんですよ、色々」
 
 手袋を外し、ため息をつきながらお兄さんが私の横に腰掛けた。驚いて花の方を見ると、最初に見た時と同じようにガラスの中におさまっている。いつの間に、と驚いて目を丸くした。
  
「君の憎まれ口は相変わらずだな。君にしかできない素晴らしい仕事だと何度も言っているだろう」
「誰もやらないから仕方なくやっているだけですよ。皮肉なことに需要はありますし、もらえるものもそこそこですし。なにより退屈しない」
「なるほど。君が金を欲しがっているところも、何かに飢えているところも見たことがないが、そういうことにしておこう」
「……あなたは相変わらずひとの嫌な部分をつつくのが得意ですね」
「そうかな? ありがとう」
「褒めてません」
 
 にこやかに──作家さんだけだが──交わされる会話を聞きながら、四角くて茶色いお菓子に手を伸ばす。これは見たことがある、クッキーだ。一度、あの子が都市へ出稼ぎに行った時にお土産として買ってきてくれたもの。懐かしさで胸が苦しくなりながらも、クッキーを口に運んで、ひとかけら程に砕く。ほろりと崩れたそれをさらに小さく砕いて、舌の上で味わった。
 やっぱり、甘くておいしい。

「ところで、僕のことはどれくらい話しているんだ?」
「俺からはあなたが作家だというくらいですが、ここにくるまでの道中、馬車の御者にはいつもの噂話を聞かされましたよ」
「そうか。大方、恋人の死に涙ひとつ流さず、挙句の果てに話のネタにしようとする男だの、花咲き病目当てで恋人に近づいたとでも言われたのだろうが……」
 
 おじさんから聞いた話を一字一句違えることなく言い当てた彼にぎょっとした私を嘲笑うかのように、穏やかな表情のままさらに爆弾を落としてきた。
 
「九割程は正解だ。彼女の死には涙など流さなかったし、話のネタにだってした」
「え……」
 
 思わず絶句した。まさか、本当に血も涙もない冷血な人なのだろうか。嘘をついているようにはみえない。
 
「なにせ、彼女が亡くなって安心するような男だからね。彼らの言うことになにか異論を唱えるつもりもない」
 
 にこりと笑ってそう言い放った彼に、お兄さんはため息をついた。
 
「またあなたはそうやって誤解を生むようなことを……」
「誤解もなにも、その通りなのだから弁解のしようもないだろう? ──さて、あの花についてだが……」
 
 言いながら、作家さんは私の顔をちらりと見た。なんだろうと思い小首を傾げ見つめ返すと、緩やかに微笑まれた。なんなんだ。
 
「あれは勿忘草という花らしい。あまりにも小さな花で、見たものは皆口を揃えて言うんだ。『かわいそうだ』と。あんなもののために命を落とした彼女のことを憐れむんだ。お嬢さん、君のように」
 
 かけられた言葉にはっとして、言いようのない罪悪感が込み上げてくる。慌てて謝罪を口にしようとして、止めた。今私がしようとしていることはなんだ。罪悪感から逃れたいだけ、うわべだけの謝罪じゃないのか。そんなもの、彼にも彼女にも失礼なだけではないか。
 だって、かわいそうだと思った。あんなものに、吹けば飛ぶような小さなものに命をとられるなんて。知らない人に死を憐れに思われるなんて。
 だから私は、口を閉じた。言葉を飲み込んだ。
 そんな私をみた彼は、驚いたように目を丸くした。
 
「……すごいな、君は。そうとも、謝罪の言葉などいらないんだ。その気持ちは間違ってなどいないのだから。彼女はたしかにかわいそうで憐れだった。だが、それ以外の感情を向けてくる者もいる。それらは総じて、酷く居心地の悪いものでね。だからこうして山奥に引きこもっているわけだが」
「それももうすぐ終わるかもしれませんよ。あの花はもう、もたないでしょう。良くてあと四日……最悪の場合明日にでも枯れてしまう」

 お兄さんの言葉に、彼はそっと目を瞑った。隠された深い青が次に映したのは、あの花だった。緩く細められたそれは、酷くあたたかいものだった。
 
「そう……そうか。随分頑張ってくれたな、あの子は。ありがとうヒガン」
「……いいんですか? 押し花やドライフラワーにして残さなくても」
「いいんだ。形あるものはいつか壊れる。それが今だったというだけの話だ」
 
 彼の表情は相変わらず穏やかで、悲しみなど微塵も感じ取れなかった。恋人の死に安心して、形見ともいえる死花に執着もしない。彼は本当に、恋人を大切に思っていたのだろうか。
 疑問は次から次へとわいてくる。それでも、花を見つめる彼の瞳には見覚えがあった。あたたかくて優しい、あの子の瞳。私を見ている時のあの子の眼差しと、そっくりなのだ。だから余計にわからなくなる。矛盾する行動と言葉、でも嘘は感じられない。
 ぐるぐると思考を巡らせていると、作家さんがパチンと手を叩いた。
 
「さて、堅苦しい話はここまでにしよう。せっかく来てくれたのだから、なにか……そうだな、書斎にでも案内しよう」
 
 突然の提案にポカンとしていると、お兄さんが心なしかげんなりした表情で口を開いた。
 
「……俺はいいです、あそこは息が詰まりそうですから。それに何度も見させてもらってますし」
「君の本嫌いもいつか克服してもらいたいものだ。君の視点はなかなか面白いから、僕の好きな本についてぜひ語り合いたいのだが」
「遠慮します。ロゼは行っておいで。君はきっと好きだろうから」
「え……でも、文字は、少ししか」
「構わない、僕が教えよう。さあついてきてくれ、お嬢さん」
 
 作家さんに手を取られ、慌てて立ち上がる。なんとなく上機嫌のような彼に連れられて、私は部屋をあとにした。
 ……どうやら、選択肢はないらしい。

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.18 )
日時: 2020/03/09 22:27
名前: わらび餅


 半ば強制的に連れてこられた書斎は、驚く程に広々としていた。壁そのものが本棚になっており、そこに並んである本は数えることが苦痛になりそうなほどだった。その様子はまさに圧巻で、思わず感嘆の声が漏れる。
 部屋にテーブルはなく、木彫りの椅子がひとつだけぽつんと置いてあるだけだった。この椅子を持って本棚を行ったり来たりしているのだという。ここで書き物をしているのかと問えば、返ってきたのは否定の言葉。どうやら本を読むためだけの部屋らしい。
 椅子に座るよう促され、恐る恐る腰掛ける。そんな私を見てどこか満足げに頷いた作家さんは、本棚から何冊かを抜き取った。
 
「『月光唄』、『スカイ・ブルーの手記』、『孤独の行進』……これらは僕のお気に入りだ。他にもなにか気になった本があれば好きに読んでいいよ」
 
 どんな話が読みたい? と尋ねられ、私は視線をうろうろと彷徨わせた。選んでくれた本はどれも気になるが、一番は。
 思いきって、作家さんの顔をじっと見つめた。深い青の瞳に映るものが、手元の本から私へと変わる。私たちはしばらくそうやって視線を合わせていたが、やがて作家さんが私の意を察したように自分の顔を指さした。
 
「……もしかして、僕の本かい?」
 
 こっくり頷くと、作家さんは苦笑いを浮かべた。
 
「申し訳ないが、ここに僕の本は一冊しか置いていないんだ。それも、人生ではじめて書いた、世間には公表していない本だ。……いや、本と呼べるかどうかも怪しい。とにかく、とても誰かに見せられる代物ではないよ」
 
 これだけの数の中、彼が書いた本はただ一冊。どうして、と口に出さずとも彼は察したようで、そのまま言葉を続けた。
   
「僕は、僕の本に価値を見いだせなくてね」
「……?」
「好きではない。誰かに見せたいとも思わない。けれど何故か、世間は僕の本を求める。その理由がわからないんだ。まあ、娯楽がないこの国では、僕なんかの本に楽しみを見つけて手を伸ばしてしまうのも仕方の無いことかもしれないが……そんなわけで、僕は出した本を手元に残すことはしていないんだ。すまないね」
 
 そう言った作家さんの顔に浮かんでいたのは、あまりいい笑みではなかった。それが自分を嘲笑っているのか、他の誰かを嘲笑っているのかはわからなかった。
 そんな作家さんの話を聞いて、ひとつの疑問が浮かび上がる。
 
「じゃあ、どうして作家に?」
 
 ぱちり、と深い青の瞳が瞬く。きょとんとした顔はどこか幼く、さっきまでの暗い表情はなりをひそめた。しばらくの沈黙が私たちの間に横たわったので、不安になって謝罪の言葉を口にした。もしかしたら、聞いてはいけなかったことかもしれない。
 
「ああ、いや、お嬢さんが謝ることはなにもないんだ。ただ、考えたことがなかったものだから」
 
 だから答えるのが遅れてしまった。そう申し訳なさそうに言った作家さんは、持っていた本の表紙をするりと指でなぞった。『孤独の行進』──表紙に記されている題名の文字を何度か人差し指で辿って、ふっ、と微笑む。
 
「どうだろうね。そうだな……強いて言うなら、嬉しかったから、かな」
 
 本を抱えながら棚に背を預け、作家さんは目を閉じた。
 
「元々、本は好きだったんだ。ない金を切り崩して細々集めるくらいには。長い時間大事にされた物には命が宿る、と言われているけれど、聞いたことはあるかい?」
「うん……あっ、ええと、はい」
「はは、敬語は慣れないか。無理しなくていいよ、楽に話すといい。──それで、魂が宿るという話だけど、僕は文字に関しても同じだと思っていてね。人が書いた文字には魂が宿る。その人がどんな人生を辿り、感じ、考えたのか。ひとつひとつの文字にどんな思いを込めたのか。そういったものが、言葉選びや文の組み立て方から読み取れる……それが僕は堪らなく好きなんだ」
 
 思わず、あの人から貰った首飾りをローブの上からそっと握った。きっと、魂が宿っている。そう感じたものを。
 本は読んだことがないけれど、これと同じような感覚なのだろうか。
 
「だから本を読むのは好きなんだ。けれど、書くのも好きかと聞かれれば……」
「……好きじゃなかった?」
「そうだね。最初は、自分でも書けるんじゃないか、なんてくだらない理由で書き始めたんだ。物語、というよりかは詩に近いものを。けれど、書けば書くほど自分が如何にからっぽなのかを思い知らされるだけだった。僕の言葉に命は生まれなかった。だから、どちらかといえば嫌いだったかな」
 
 あの時は筆を折ろうとした、と作家さんは朗らかに笑う。笑っていいのだろうか、それは。
 そんなことを思っていると、作家さんはを瞼をゆっくりと開き、更に言葉を重ねた。
  
「それでも惰性で書き続けていたんだ。いつか命が宿ったら、からっぽな僕の人生も素晴らしいものになるんじゃないかと、そう思ってね」
 
 そう語る作家さんは、懐かしむように遠くを見つめていた。
 
「そんな中、出逢ったんだ。僕の文を好きだなんて言う変わり者に。……お嬢さん、本を読む前に、少しだけ昔話をしてもいいだろうか」
 
 私はこくり、と頷いた。それを見た作家さんは、どこかほっとした様子で「ありがとう」と笑った。
 
「さて、せっかくだ──むかしむかし、なんて、ありきたりな言葉で始めようか」
 

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.19 )
日時: 2020/03/11 12:52
名前: 祝福の仮面屋

設定がしっかりしてるから読んでて飽きないのは良いと思う、重くし過ぎても受け入れが難しくなる事もあるから、数話に一話くらい息抜きも兼ねてほのぼの回を入れた方がいいかも。それと世間の人々の反応がリアルで良い、不治の病とかを取り扱う場合は患者に対する他の人達の反応も重要になって来るからね。

長文失礼しました。
頑張って下さい!

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