ダーク・ファンタジー小説

死んで花実が咲くものか
日時: 2018/07/26 08:13
名前: わらび餅

神様が、憎かった。




願って縋って嘆いた先、待っていたのは地獄だった。




生きたい。

生きたい。



まだ、生きていたいのに。




死神の足音は、すぐそこまで迫っていた。










***


死んで花実が咲くものか
生きていてこそいい時もあるので、死んでしまえば万事おしまいである。

──goo国語辞書より引用




※読む前に
・流血・暴力表現あり
・死ネタ
・魔法等の類ではありませんが一応ファンタジー
・現実にはない病気が主題です

元「いつか花を。」です。

以上のことをふまえ、お進みください。



*5月27日 参照1000突破

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Re: 死んで花実が咲くものか ( No.13 )
日時: 2019/03/26 00:19
名前: わらび餅

 ギィ、と軋む音を立てながら、扉はぽっかりと口を開けた。
 そうして思った。なにもない、と。こちらに背を向けたロッキングチェアと、あちこちがボロボロになった丸い小さなテーブルが部屋の真ん中に置かれている。ただそれだけ。人が生活している気配が全くない。物置部屋の物となんら変わりはなく、それらはただ置かれているだけのようだった。一通りぐるりと見回し、一体なんの部屋なんだろうかと首をかしげながら、唯一置いてある物に視線を戻した。
 テーブルの上に、細長い木の箱と紙切れがあることに気づき、そっと近づく。なんとなく椅子に座るのははばかられて、椅子の横に立って紙切れを手に取った。そこには、短い文章が黒のインクで綴られていた。
 
『ありがとうと言ってくれたきみに、感謝を。これはお守り代わりにでも持っていてほしい。きっと似合うよ。なにかあったらハイルさんに連絡を。あの人、見た目は怖いけどすごくいい人だからさ!
 きみの果てない旅路の先が、幸せであることを祈ってる。
 ──P.S. ストーカーじゃないから!』
 
 決して長い文章ではない。けれど、まだ出会ったばかり──正確には出会ってすらいない──人間に贈るには、少しばかりあたたかすぎるものだった。
 差出人の名は書かれていない。けれど、すぐにあの人だと分かった。そしてハイルさんが誰と話をしていたのかも。顔も名前も分からない、けれど確かに自分を助けてくれた恩人だ。ありがとうという言葉に感謝を返されるなんて思ってもみなかった。次はなにを返せばいいのかわからなくなる。きっと、この差出人はそんなこと望んではいないのだろうけど。
 文字に余すことなく目を通した後、細長い木の箱を手に取った。力を込める間もなくすんなりと開いた蓋の先、そこにはキラキラと輝く首飾りが静かに鎮座していた。
 
「……きれい」
 
 ぽつりと言葉が零れる。
 深い青色がとじこめられた、大きくて丸い宝石がひとつ。いままでこういうものには縁がなかったせいで、どれほど価値があるものなのかは分からない。けれど、きっとこの先も手が届くものではないのだろう。
 似合わない。相応しくない。そんな言葉が頭の中を占めるより先に、ただただきれいだと、美しいと、そう思った。
 村にいたおじいさんが言っていた。とても物知りで、モネさんが話していた人魚の伝説を教えてくれたのもおじいさんだった。言葉の書き方や話し方を教えてくれたのはあの子だったけれど、彼女が村の外の話をしてくれることはなく、私の知識はそのおじいさんから得たものがほとんどだ。
 そんなおじいさんが、物には魂が宿ると、いつだったかそう言っていたのを覚えている。大切にされた物には魂が宿るのだと。どうしてだか、この首飾りにがそれなのだと、本当になぜだかは分からないけれど、そう思った。
 
「……私には、もったいない。でも、ありがとう。聞いているかは分からないし、どうして私にくれるのかも分からないけれど。きっとこれは大事なもの、でしょ? 私も、大事にしたい」
 
 それが今の私にできるお返しだと、そう思うから。お返しだとか、見返りだとか、そういうものを必要としている人達ではないのは分かっている。それでも、私がそうしたい。知らない人達ばかりが優しくて、少し怖いんだ。私に優しくしてくれる理由がほしいんだ。期待してしまう自分が嫌なんだ。また手を差し伸べてくれる人を、心の奥底で待っている自分が吐き気がするほど嫌いで、嫌いで、嫌いで、それでも、待っていたい。
 だから、少しだけ、いまは少しだけしかできないけど、信じてみたいと思う。もらった優しさを地面に捨てるなんて、私にはできなかったから。
 
「今度は、顔を見せてくれるとうれしい……です」
 
 紙切れは折って、首飾りと共にそっと箱にいれた。つけかたがわからないから、お兄さんに頼んでつけてもらおう。
 箱を持って、部屋を出る。なんだか言い表せない感情が湧き上がってきて、思わず細長いそれを抱きしめた。
 大事にしよう。できるかな。大事にしたいな。

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.14 )
日時: 2019/05/13 00:34
名前: わらび餅

 
***
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………どうしたの?」
 
 お兄さんたちがいる部屋に戻ると、二人が向き合いながら難しい顔をしていた。お兄さんは心なしか、少しだけ泣きそうな顔をしていて驚いた。そんな表情、お兄さんがするとは思ってもみなかったから。
 私が尋ねると、ハイルさんは小さくため息をついてこちらに視線を向けた。
 
「なんでもない。それより、話は終わったのか?」
「話……は、してないけど……優しい人だった」
「……そうか。よかった」
 
 ふ、とハイルさんの金色の瞳が柔らかく細められる。はじめて彼の瞳に自分の姿を映された時、体が勝手に強ばってしまったけれど、いまはただひたすらにその瞳が綺麗だな、と思えた。私の血のような赤い目は、きっと何を映してもこの人のようにきらきらと輝はしないだろう。
 そういえば、お兄さんの瞳もハイルさんと同じ金色だった。
 そう思って、お兄さんの顔をちらり、と盗み見る。金色だ。でも、ハイルさんの色とは少し違う。ハイルさんは蜂蜜のような優しい色をしているけれど、お兄さんは、例えるならばそう、夜闇に浮かぶ月のようだった。ひんやりとした冷たさを纏い、髪とおなじ銀色の睫毛が雲のようにかかると、その淡い輝きは隠れてしまう。綺麗だと、そう思う。けれどどこか寂しそうに、孤独に浮かぶふたつの月はいまは輝きを失ってしまっていた。
 私がいない間に何かあったのだろう。きっと、話してはくれないだろうけど。
 
「……お兄さん」
「……なに?」
「これ、つけてほしい」
 
 箱の中から首飾りを取り出してみせると、お兄さんは少し驚いたように目を丸くした。隣にいたハイルさんもだ。
 
「それは?」
「貰った」
「誰から」
「……知らない人。顔も名前も知らない。けど、助けてくれた人」

 そう言うと、お兄さんはすべてを理解したように頷いた。その顔は少々……いや、かなり苦いものだったが。
 
「なるほどね。あのストーカー、俺の助手に手を出したのか。ロゼ、それ頂戴。捨てるから」

 なんだかとんでもないことを言い出したお兄さんに白い目を向け、渡そうとした首飾りを抱きかかえる。そんな私をみてお兄さんの顔はますます歪んでしまった──どんだけだ。嫌いにも程があるだろう。いや、薄々感じてはいたけれど。あの人に対する言動がどこか刺々しいものだとは思っていたけれど。
 呆れたようなため息が聞こえたと思ったら、ハイルさんがこちらに手を差し出していた。
 
「嬢ちゃん、貸してくれ。つけてやるから。こいつは気にするな、ただあいつが嫌いなだけだ」
「嫌ってるのは俺じゃなくて向こうです。確かに奴の視線を感じる度虫唾が走りますけど、嫌いではないですよ。一発といわず何発か殴ってやりたいとも思いますけど」
「それが嫌ってるんじゃないならなんなんだ。変なところで意地を張るな」
 
 ぽんぽんと交わされる言葉の間に、先程のぴんと張り詰めたような空気は感じられない。ほっと息を吐いて、首飾りをハイルさんの手に渡した。間違ってもお兄さんには触らせないようにしよう、そう誓いながら。
 後ろを向いてくれ、と言われた通りハイルさんに背を向けると、首元にひんやりと冷たい金属が宛てがわれる。髪を横に流され、顕になったそこに少しだけ重さを感じる首飾りがかけられた。
 私の胸元で輝く宝石をみて、口の端をほんの僅かに上げた。
 
「似合ってる。綺麗だ」
 
 振り向いた私にそう言葉を零し、ハイルさんの大きな手が私の髪をくしゃくしゃと撫でた。
 お兄さんに視線を投げると、彼は肩を竦め苦笑いを浮かべた。けれど、開かれた口から出た声は、柔らかいものだった。
 
「……似合ってるよ。癪だけど」
 
──でもやっぱりムカつくから俺からも今度なにか贈らせて。
 その言葉にハイルさんは心底呆れたといった風に眉根を寄せた。私も少し白い目を向けた。
 
「一言余計だな、お前は本当に」
「先生こそ、余計なお世話です──ロゼ、もう行くよ。そろそろ仕事の時間だ」
「なんだ、もう行くのか」
「ええ。薬は貰いましたし……長居もできそうにありませんしね」
 
 私が箱を懐にしまうのを見届けたあと、お兄さんは私の手を取り、そのまま出口の扉まで導いた。
 お兄さんが扉に手をかけたまま、ハイルさんのほうを見た。口元にはいつもの、とってつけたような笑みが浮かんでいる。
 
「ああ、そうだ。モネさんから伝言です。『直接例の薬の話がしたいから、会いに来てほしい』、だそうです。……何があったか知りませんが、いい加減、あの人から逃げるのは止めたらどうです?」
 
──それじゃあ、また。
 
 パタン、と扉が閉じる寸前に見えたハイルさんの顔は、とても辛そうに歪んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ***
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……逃げるな、か」
 
 ふたりの背中を見送ったあとに零した言葉は、しんとした部屋にやけに響いた。
 仕返しだと言わんばかりの顔で、あいつは最後に土産を置いていった。あまり、嬉しくない土産を。
 
「モネ様のことに関して、今度ばかりはヒガンの奴に賛成っスよ」
 
 誰もいなかったはずの背後から、聞き慣れた声が聞こえた。その声音からは隠しきれない、いや隠す気もないのだろう、苛立ちが滲み出ており思わず笑ってしまった。
 
「なんだ、聞いてたのか」
「そりゃあもうばっちり。あいつがオレのこと殴りたいって言ってたのもしっかりくっきり聞こえてたっス。今度脅迫文でも送り付けてやろうかなぁ」
「やめてやれ、いまは洒落にならん。……あの首飾り、よかったのか? 形見だろう、妹の」
 
 振り向いて、声の主の姿を片目に映す。
 人では、ない。一目見てこいつを人だと思う者はまずいないだろう。人ではあるが、限りなく化け物に近い。
 ドロドロにとけて土のような色に変色した全身の皮膚は、巻かれた包帯からいまにもこぼれ落ちそうで、人の形を保てていない。艶やかな黒髪はすっかり抜け落ちた。元あった背丈からは一回りも二回りも小さくなり、包帯の隙間から黒い瞳がぎょろぎょろと辺りを見回す様子は、気味が悪い。
 何年も何年も積み重ねてやっと歩けるようになったこいつは、今やすっかりその体を使いこなしていた。文字も書けるようになった。手や足の形を変えて狭い空間に潜り込んだり、普通では考えられないほど素早く動くこともできる。
 嘆いて苦しんで憎んで泣いて哭いたその先に、やっと手にしたものだった。
 
「形見ですけど、オレが持っていても錆びつかせるだけだし……それに、ちょっと似てるんスよね、あの子。オレの妹に。だからなんか、気になるっていうか、心配っていうか」
「直接言ってやったらどうだ。嬢ちゃんなら、お前の姿も受け入れてくれるだろう」
「いやぁ、怖がるでしょ。オレだって怖いのに。いいんスよ、あれを大事にしてくれるって言ってくれたから。それだけでいい。……っていうか話逸らすなよ。モネ様のとこ、行かなくていいんスか」
 
 話が戻ってきてしまった。うまく逸らせたと思ったんだが。
 
「……会わないさ。会ったところで、いまはどうにもならん」
「……貴方がそう言うなら、オレは従うだけっスけど。でもね、オレはもういいとも思うんです。だってあれは、貴方のせいじゃない。オレがこうなったのも、モネ様のことも、貴方のせいだなんてそんな馬鹿な話がありますか。貴方は全部背負い込もうとしてるけど、オレはそんなの望んでない。モネ様もきっと。貴方に罪なんてない。逢いたい人に逢ってなにが悪いっていうんスか」
 
 黒い瞳が、俺を真っ直ぐ見据える。
 こいつは今も昔も変わらない、優しい馬鹿なままだ。自分の気持ちに正直で、嫌なものは嫌だと言って、好きな物は誰に何を言われようと好きだと言う、良く言えば素直、悪く言えば頑固な男だった。
 変わったのはきっと、俺の方なのだろう。
 
「……あの方がもし俺を覚えていて、今のこの姿を見たらきっと、今度こそ壊れてしまう」
「……それは」
「だからいいんだ。会うのは全てが終わった時──その時には、迎えに行くから」
 
 俺の言葉を聞いて、俯いて目を伏せたと思ったら勢いよく顔を上げて詰め寄ってきた。なんだ近いな。
 
「オレは! オレは、最後までついていきますからね! 途中でいらないって言われても返品不可っスよ!」
「……そうか」
「だってこんなオレを受け入れてくれるのは貴方だけですし! これからもコキ使ってくださいね! でもたまには優しくして!」
「気が向いたらな」
「ひどい!」
 
 俺たちは、化け物になれなかった成れの果て。見た目だけなら化け物のそれに近いが、俺たちには最期がある。死がある。だからまだ、人でいられる。
 
──私のことを人として扱わないでくれ。死んで生き返る人間など、存在しないのだから。
 
 今でも、彼女の言葉を思い出す。自分を嘲笑うように吐いた言葉を、悲しげに歪んだ顔を、思い出す。
 救えなかった。彼女は差し伸べた手を取ってくれたのに、離してしまった。振りほどいて、言葉という呪いまでかけて。後悔してもしきれない。それでも、今あの時に戻れたとしても、また同じ選択をするだろう。
 
 化け物だと、思えなかった。それほどまでにうつくしかったから。
 
 この命は全て、捧げると誓った。あの時死ぬはずだった、皮肉にも生き残ってしまったこの命を、彼女のために。そのために薬剤師になった。
 ただひとつ、誤算だったのは、死に場所を探していたこどもを拾ってしまったこと。全てを失って、唯一残った命さえ捨てようとしていたその姿があまりにも痛々しかった。
 そんな彼が、ひとりの少女に手を差し伸べた。捨てるばかりだった手を、救うために差し出した。寂しいものと寂しいものが一緒になっても、きっと幸せにはなれない。握られた手は冷たいままだから。それでも、人並みに幸せになって欲しいと思う。くそったれな人生が、少しでもましになればと、そう思う。
 いつか、彼の名を呼ぶ時が来たら、その時は、盛大に笑ってやろうと思うのだ。
 
 お前、生きててよかったな、と。

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.15 )
日時: 2019/05/13 00:43
名前: わらび餅

一旦区切りがついたので短いですがご挨拶のようなものを。

今更ですが副管理人賞をいただきました。ありがとうございました!
更新があまりにも亀すぎるのでこれからはもう少し頑張ります。次回からやっと本編です、どうかよろしくお願いします。

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.16 )
日時: 2019/06/17 01:45
名前: わらび餅

一輪目『勿忘草』
 
 
 
 
 
馬車に乗り、ガタガタと揺られながら流れていく景色を目で追う。都市の喧騒は遥か彼方、眼前に広がるのは静寂と木々だけだった。山にしては整備された道を行きながら、鳥のさえずりに耳を傾ける。
 お兄さん曰く、この山奥にひっそりと暮らすひとりの作家さんがいるらしい。とても人気のある方らしく、彼の出す本は飛ぶように売れるのだとか。
 本。本は、ほとんど読んだことがない。買うお金も暇もなかったというのもあるが、村にあった数少ない本の殆どが古い図鑑だったり、医学の本だったりしたため、物語が綴られた本を読んだことがないのだ。そもそも、村人の中で文字を読める人は限られており、需要がなかったのかもしれない。
 そんなことをぼんやりと考えながら景色に目を向けていると、馬を操っていた気だるげなおじさんが声をかけてきた。
 
「兄ちゃんもモノ好きだなァ。娘さんはこっち初めてだろ? この兄ちゃん、こんな山奥の変人に会いに、毎度毎度大きな荷物まで持って遠路はるばるよくおいでになってな。いくら仕事だからってさ」
「仕事ですからね。誰であろうと何処であろうと、求められれば行きますよ」
「仕事熱心なこった。俺だったら願い下げだね。恋人の死に涙ひとつ流さず、挙句の果てに話のネタにしようとする男だぜ? 血も涙もありゃしねェ」
 
 今から会うその作家さんは、私のような患者ではない。患者だったのは彼の恋人で、既に亡くなっている。お兄さんはここにくる道中にそう語った。作家さんの恋人が咲かせた死花の手入れを、定期的に頼まれているのだという。
 それにしても、酷い話だ。もしそれが真実であったのなら、変人、血も涙もないなどと言われても仕方の無いことではあるが。
 
「知ってるかい? 娘さん。噂によれば、花咲き病目当てで恋人に近づいたって話だぜ。その女も可哀想になぁ」
 
 前を向いているため顔は伺えないが、可哀想にと言った声音はとても悲しみを滲ませたものではなく、むしろどこか面白がっているようでもあった。噂だと言いながらも、そうだと断定しているように話すおじさんに、思わず顔を顰めた。
 ちらり、と隣に座っているお兄さんを見ると、彼は相変わらず完璧な微笑みを浮かべていた。何を考えているのかも、相変わらず分からない。
 
「──ほら、着いたぜ。帰りはいつもの時間でいいのか?」
 
 馬車が止まる。緩やかな風に攫われる髪を手でおさえながら、目の前の屋敷を見上げた。屋敷と言っても、モネさんの屋敷のような大きなものではなかったが、佇まいは凛としていて品を感じる。
 お兄さんは袋に入ったお金をおじさんに手渡し、にっこりと笑った。
 
「いや、今回は知人に迎えを頼んでいるので大丈夫です。ありがとうございます」
「ヘェ、珍しいな。それなら俺はこれで。せいぜいネタにされないよう気をつけろよ」
 
 ニヤニヤと笑いながら馬を操り去っていくおじさんをみて、お兄さんは浮かべていた笑みを消し去り深く息を吐き出した。持っていた大きな鞄を肩にかけ直しながら、その顔を顰めてみせた。
 
「ああ、やっと解放された。会う度に同じことを馬鹿の一つ覚えみたいにぺちゃくちゃと。俺にじゃなく作家先生本人に言ってみろって話だよなぁ」
 
──どうやら、お兄さんにも思うところがあったらしい。いなくなった途端ぶちぶちと毒を吐き始めた。
 なんだか、ハイルさんと見えない恩人さんに出会ってから、こうして毒を吐くお兄さんを見ることが増えた気がする。毒でなくとも、少しの愚痴だったり不満だったりも多いが、なんとなく、これが彼の素なのだろうかと思うようになった。恩人さんに対しての冷たい態度を見たあとなので、あまり驚きはしなかったが。
 取り繕わなくていいと思ってくれたのか、それとも、あの時、ハイルさんになにか言われたのか。理由は分からないが、彼の素を見せてもいい相手として認識されたのかもしれない。そう思うと、なぜだか心臓がぎゅっと縮んだような気がして、私はその度に胸に手をあてるのだった。
 
「じゃあ、行こうか」
 
 お兄さんはそう言うと、扉についていた金の輪っかを持ち上げ、数回ぶつけてコンコンと音を立てた。しばらくして、重そうな音ともに扉が開かれる。
 
「いらっしゃい、よく来たね。──おや」
 
 片眼鏡──モノクルといったか、銀色に縁取られた丸いそれをかけたその人は、高い位置で後ろに束ねた深い海の色の髪をゆらりと揺らした。髪と同じ色の瞳を私に向けると、緩やかに口の端を上げた。
 
「珍しいお客だ、歓迎しよう。さて、お嬢さんのお口に合うようなものはあっただろうか」
 
 私たちを中に招きながら、彼はこれみよがしにため息をついた。
 
「ヒガンも人が悪い、言ってくれればなにか準備をして君たちを待っていたものを」
「そうおっしゃるなら先に連絡手段を用意してくださるとありがたいですね。外と関係を絶ちたいのはわかりますが、ここじゃあ手紙のひとつも出せない」
「それは困った。僕はここに骨を埋める予定だから、その願いは聞けそうにない」
 
 ぽんぽんと交わされる言葉を聞きながら、あたりをきょろきょろと見回す。
 落ち着いた茶色で統一された屋敷の中は、豪華絢爛とは遠い、質素なものだった。だが華がないというわけではなく、置かれている物ひとつひとつはとても上品で、素人目から見ても決して価値の低い物ではないと分かる。
 
 ただ、ある場所だけが、他とは確実に違った。
 
「荷物はいつものところに。今回もありがとう、おかげで餓死せずにすむ」
「あなたがそう言うと冗談に聞こえないから怖いな。ここに来るのは俺ぐらいでしょうに、何かあっても誰も気づいてはくれませんよ」
「そうだな、では僕の死体を最初に見るのは君だということだ。光栄に思ってくれ」
「……冗談ですよね?」
「本気だが?」

 ふたりの会話がろくに入ってこないほど、私の視線はそこに縫い付けられた。
 細長いドーム状のガラスの中に、ぽつんと佇む花。きっとこれが、そうなのだろう。ただ、あまりにも。世界一美しいといわれるには、その姿はあまりにも。
 
「……ああ、やはり、気になるか」
 
 じっと一点を見つめる私に気がついたのか、作家さんはぽつりと言葉をこぼした。
 
「とりあえず、かけてくれ。お茶と菓子を持ってこよう。その死花の話は、それからでもいいだろう」
 
 ああ、やはりそうなのか。これが。
 モネさんのような大きい花ではない。ハイルさんのところでみた、見るものを惹きつけるような存在感あるものでもない。
 命とひきかえに咲くにはあまりにも小さすぎる花が、そこにはあった。

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.17 )
日時: 2019/08/12 22:51
名前: わらび餅


 ガラスを両手で包み、そっと持ち上げる。花に当たらぬよう、慎重に、ゆっくりと。
 そうしてあらわになった花の茎に、手袋をしたお兄さんの手が触れる。小さな花を支えていた茎も細く、懸命に天に向かって立とうとしているその姿は可憐というべきか、儚いというべきか。すぐにでもポキリと折れてしまいそうなそれを、お兄さんは指先でつまんで持ち上げた。花に言葉を発する口があったのなら、きっと悲鳴が上がっていただろう。
 お兄さんが仕事をする姿を見るのは初めてで、思わずじっと見つめてしまっていた。その事に気がついたのは、目の前のテーブルにカップとお菓子が置かれた後だった。 
 
「口に合えばいいんだが。客人は珍しくて、ここには僕が好むものしかないんだ」
「ありがとう、ございます」

 白いティーカップになみなみと注がれた液体に視線を向ける。赤いような茶色いような、そんな色をしているが、なんの飲み物かは分からない。
 あたたかいうちに、と──恐らく作家さんだと思われるモノクルの男性に──促され、恐る恐るカップを両手で持ち上げた。そっと口まで運び、そのまま液体を流し込む。
 ……甘い。多分、甘いのだろう。いままで感じたことのない味に舌が困惑して、美味しさを実感できなかった。ひとくち、ふたくちと飲んでカップを机に戻した。
 
「随分と熱心に見つめていたが、彼の仕事を見るのは初めてなのかな」
「……はい」
「なら尚更珍しいものだろう。あの花を生けている土台には、特別な水が入っているんだそうだ。死花には欠かせないものらしい。彼には定期的にその水を新しいものに変えてもらっている。あとは……なんだか霧吹きでなにかを吹きかけているけど、詳しいことは知らないな。あまり力になれなくてすまないが」
「い、いえ」
「──わかりづらい仕事で申し訳ありませんね。こうみえて色々あるんですよ、色々」
 
 手袋を外し、ため息をつきながらお兄さんが私の横に腰掛けた。驚いて花の方を見ると、最初に見た時と同じようにガラスの中におさまっている。いつの間に、と驚いて目を丸くした。
  
「君の憎まれ口は相変わらずだな。君にしかできない素晴らしい仕事だと何度も言っているだろう」
「誰もやらないから仕方なくやっているだけですよ。皮肉なことに需要はありますし、もらえるものもそこそこですし。なにより退屈しない」
「なるほど。君が金を欲しがっているところも、何かに飢えているとこほも見たことがないが、そういうことにしておこう」
「……あなたは相変わらずひとの嫌な部分をつつくのが得意ですね」
「そうかな? ありがとう」
「褒めてません」
 
 にこやかに──作家さんだけだが──交わされる会話を聞きながら、四角くて茶色いお菓子に手を伸ばす。これは見たことがある、クッキーだ。一度、あの子が都市へ出稼ぎに行った時にお土産として買ってきてくれたもの。懐かしさで胸が苦しくなりながらも、クッキーを口に運んで、ひとかけら程に砕く。ほろりと崩れたそれをさらに小さく砕いて、舌の上で味わった。
 やっぱり、甘くておいしい。

「ところで、僕のことはどれくらい話しているんだ?」
「俺からはあなたが作家だというくらいですが、ここにくるまでの道中、馬車の御者にはいつもの噂話を聞かされましたよ」
「そうか。大方、恋人の死に涙ひとつ流さず、挙句の果てに話のネタにしようとする男だの、花咲き病目当てで恋人に近づいたとでも言われたのだろうが……」
 
 おじさんから聞いた話を一字一句違えることなく言い当てた彼にぎょっとした私を嘲笑うかのように、穏やかな表情のままさらに爆弾を落としてきた。
 
「九割程は正解だ。彼女の死には涙など流さなかったし、話のネタにだってした」
「え……」
 
 思わず絶句した。まさか、本当に血も涙もない冷血な人なのだろうか。嘘をついているようにはみえない。
 
「なにせ、彼女が亡くなって安心するような男だからね。彼らの言うことになにか異論を唱えるつもりもない」
 
 にこりと笑ってそう言い放った彼に、お兄さんはため息をついた。
 
「またあなたはそうやって誤解を生むようなことを……」
「誤解もなにも、その通りなのだから弁解のしようもないだろう? ──さて、あの花についてだが……」
 
 言いながら、作家さんは私の顔をちらりと見た。なんだろうと思い小首を傾げ見つめ返すと、緩やかに微笑まれた。なんなんだ。
 
「あれは勿忘草という花らしい。あまりにも小さな花で、見たものは皆口を揃えて言うんだ。『かわいそうだ』と。あんなもののために命を落とした彼女のことを憐れむんだ。お嬢さん、君のように」
 
 かけられた言葉にはっとして、言いようのない罪悪感が込み上げてくる。慌てて謝罪を口にしようとして、止めた。今私がしようとしていることはなんだ。罪悪感から逃れたいだけ、うわべだけの謝罪じゃないのか。そんなもの、彼にも彼女にも失礼なだけではないか。
 だって、かわいそうだと思った。あんなものに、吹けば飛ぶような小さなものに命をとられるなんて。知らない人に死を憐れに思われるなんて。
 だから私は、口を閉じた。言葉を飲み込んだ。
 そんな私をみた彼は、驚いたように目を丸くした。
 
「……すごいな、君は。そうとも、謝罪の言葉などいらないんだ。その気持ちは間違ってなどいないのだから。彼女はたしかにかわいそうで憐れだった。だが、それ以外の感情を向けてくる者もいる。それらは総じて、酷く居心地の悪いものでね。だからこうして山奥に引きこもっているわけだが」
「それももうすぐ終わるかもしれませんよ。あの花はもう、もたないでしょう。良くてあと四日……最悪の場合明日にでも枯れてしまう」

 お兄さんの言葉に、彼はそっと目を瞑った。隠された深い青が次に映したのは、あの花だった。緩く細められたそれは、酷くあたたかいものだった。
 
「そう……そうか。随分頑張ってくれたな、あの子は。ありがとうヒガン」
「……いいんですか? 押し花やドライフラワーにして残さなくても」
「いいんだ。形あるものはいつか壊れる。それが今だったというだけの話だ」
 
 彼の表情は相変わらず穏やかで、悲しみなど微塵も感じ取れなかった。恋人の死に安心して、形見ともいえる死花に執着もしない。彼は本当に、恋人を大切に思っていたのだろうか。
 疑問は次から次へとわいてくる。それでも、花を見つめる彼の瞳には見覚えがあった。あたたかくて優しい、あの子の瞳。私を見ている時のあの子の眼差しと、そっくりなのだ。だから余計にわからなくなる。矛盾する行動と言葉、でも嘘は感じられない。
 ぐるぐると思考を巡らせていると、作家さんがパチンと手を叩いた。
 
「さて、堅苦しい話はここまでにしよう。せっかく来てくれたのだから、なにか……そうだな、書斎にでも案内しよう」
 
 突然の提案にポカンとしていると、お兄さんが心なしかげんなりした表情で口を開いた。
 
「……俺はいいです、あそこは息が詰まりそうですから。それに何度も見させてもらってますし」
「君の本嫌いもいつか克服してもらいたいものだ。君の視点はなかなか面白いから、僕の好きな本についてぜひ語り合いたいのだが」
「遠慮します。ロゼは行っておいで。君はきっと好きだろうから」
「え……でも、文字は、少ししか」
「構わない、僕が教えよう。さあついてきてくれ、お嬢さん」
 
 作家さんに手を取られ、慌てて立ち上がる。なんとなく上機嫌のような彼に連れられて、私は部屋をあとにした。
 ……どうやら、選択肢はないらしい。

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