ダーク・ファンタジー小説

死んで花実が咲くものか
日時: 2018/07/26 08:13
名前: わらび餅

神様が、憎かった。




願って縋って嘆いた先、待っていたのは地獄だった。




生きたい。

生きたい。



まだ、生きていたいのに。




死神の足音は、すぐそこまで迫っていた。










***


死んで花実が咲くものか
生きていてこそいい時もあるので、死んでしまえば万事おしまいである。

──goo国語辞書より引用




※読む前に
・流血・暴力表現あり
・死ネタ
・魔法等の類ではありませんが一応ファンタジー
・現実にはない病気が主題です

元「いつか花を。」です。

以上のことをふまえ、お進みください。



*5月27日 参照1000突破

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Re: 死んで花実が咲くものか ( No.12 )
日時: 2019/02/04 04:58
名前: わらび餅

「……話が逸れたな」
 
 花をそっと花瓶に戻すと、ハイルさんはお兄さんに向き直った。その顔にもう笑みはなく、金色の瞳はまっすぐにお兄さんを捕らえていた。
 あの瞳が揺れた時。薄い笑みを浮かべた時。救えなかった誰かを、思い浮かべていたのだろうか。
 この人の心の中にも、大切な誰かがいる。お兄さんにも、私にも。それを抱えながら、引き摺りながら、この人たちは生きてきた。きっと、これからもずっと。
 重い、想い。いつか押しつぶされそうになった時、私たちはそれを捨てることができるのだろうか。そう考えて、私は心の中で首を横に振った。
 無理だ。どんなに重くても、どんなに痛くても、これを捨てることは出来ない。だって、あの子への想いは私の生きる理由だ。
 私にとっての「幸せ」は、あの子の形をしていた。
 
「それで、嬢ちゃんを攫ったやつは何か言っていたか」
「ボスにヒガンを連れてこいと命令されたらしいです。見張りのやつにも話を聞いてみたんですが、随分俺にご執心みたいで」
「それはそうだろうな。ただひとりの花師となれば、向こうも血眼になって探すだろう。──それとも、『わざと』か?」
「何がです?」
 
 笑みを崩さないお兄さんに、ハイルさんは大きなため息をついた。
 
「……まあ、いい。だが、お前の我儘に嬢ちゃんを巻き込むな。死にたければ一人で死ね」
 
 その言葉に、少しだけ息を呑んだ。ハイルさんも知っているんだ、この人の願いを。
 
「そうしたいのは山々なんですけどね。ああ、なんなら、ハイルさんが殺してくれてもいいんですよ?」
「生憎、馬鹿の自殺に付き合う程暇じゃないんでね」
「やだな、俺が自殺嫌いだって知ってるでしょう」
「お前のそれは自殺だ、紛れもなくな。他の誰かに殺されようが事故で死のうが、お前が死にたいと思っている限りは自殺でしかないんだよ」
 
 交わされる言葉の端々に、二人の間の関係が感じられるような気がした。特別仲がいいというわけでもなく、かといって悪いわけでもなく。どこか一線を引きつつも互いのことを理解し合えている、複雑で言葉では言い表せない関係が確かにそこにあった。
 
「そもそもお前、体は──」
 
 ハイルさんは途中で言葉を止め、部屋の奥にあった扉に顔を向けた。
 どうしたのだろうと首を傾げた時、チリンチリンと軽やかな音が微かに聞こえた。
 
「悪い。少し呼ばれた」
 
 そう言ってハイルさんはそのまま扉の方へと歩き出した。
 ふと見えたその顔が、なんだか穏やかで。眩しいと思っていた彼の姿が、すこしやわらかく映った。
 微かな話し声、といってもハイルさんのものしか聞こえなかったが、それがしばらく続いたあと戻ってきた彼は、苦笑いを浮かべていた。
 
「嬢ちゃん、あいつからご指名だ」
「……私? あいつって?」
「俺の部下だよ。そこの扉から廊下に出て、奥の部屋だ。廊下は一本道だから迷う心配はない」

 悪いことはない、行けばわかる。
 ハイルさんのその声に背中を押され、言われた扉にそろそろと近寄る。ちらりとお兄さんを見ると、彼は微笑みながら頷いた。その仕草だけで、なんだか少し安心したのはどうしてだろう。ハイルさんを信用していないわけではない。ただ、今は人を信じるのが怖いだけだ。
 知らない人ばかりが、私に優しくしてくれるから。信じていた人達は、愛していた人達は、私を捨てたから。
 また誰かを信じるのが、少しだけ、怖い。
 お兄さんのことだって、信じているわけではない。あの人の優しさは私を利用するためだけのもの、もしくはただの興味本位だ。目的が果たされるか飽きられれば私はお払い箱で、そこに私の意志が入る隙間などどこにもない。終わりが分かっているから、安心できる。
 だけど、ハイルさんは私に優しくしてもなんの得もない。むしろ、自分達の身を危険に晒しているだけだ。いくら花咲き病の薬を作っているからと言って、十字軍に殺されるというのはないと思うけれど、目はつけられるだろう。それとも、私を囮に十字軍をおびき寄せ情報を得ようとしているのだろうか? いや、そんなことをする意味はあるのか?
 いくら考えても答えなんてでない。そんなのはわかっている。それでも、怖いのだ。無条件の優しさが。
 
 それを、失うことが。
 
 扉の前で固まってしまった私に、どうしたとハイルさんの声が掛かった。
 なんでもないと首を横に振り、扉を開ける。冷えた廊下に足をおろす。
 私はそのまま、奥の部屋を目指して歩き始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
***
 
 
 
 
 
 
 
 
「──随分と懐いているな。洗脳でもしたか」
 
 パタン、と扉が閉じられ、二人だけになったと思いきや落とされた先生の容赦のない一言に苦笑いを零す。

「そんなことしてないですよ。俺のことなんだと思ってるんですか」
「頭のおかしい自殺願望者」
「ひどいなぁ。まあ間違ってはいませんけど」
「本当に、どうして嬢ちゃんみたいな子を連れているんだ? あの子は生きたがっているし、お前を殺そうともしていないだろう」
 
 この人は本当に人のことをよく見ている。先生と話していると、その片方しかない目で心の奥底までじっとりと睨みつけられているような、そんな感覚に陥ることがある。どこで身につけたのか分からない観察眼の鋭さと隙の無さは、いままで出逢ったどの人間よりも優れている。彼が纏う空気は、切れ味の鋭いナイフのようで人を寄せつけない。まあ、その半分はガタイの良さと目つきの悪さのせいでもあるかもしれないが。
 
「俺も最初はそう思ってましたよ。モネさんをみても、あの子の目から光が消えることはなかった。だから、好きじゃなかった。でもね、違ったんです。あの子は生きたくて生きているわけじゃなかった。あの子の願いを叶えるためには、生きるしかなかった。ただそれだけで、生きたいわけじゃなかったんです」
「……それは本人から聞いたのか」
「もちろん。盗み聞きですけど」
「……」
 
 なんだかじろりと睨まれている気がしないでもないが、さらりと受け流しておこう。うっかり誘拐犯との会話が聞こえてしまっただけで、聞こうとした訳ではないし。
 
「そうだとしても、生きようとしているのは事実だろう。嬢ちゃんを巻き込むような真似は、」
「──随分、あの子に肩入れしますね。出会ったばかりなにのに。ああ、もしかして、『救えなかったあのひと』にロゼを重ねているんですか? だとしたら、それこそ先生の我儘で自己満足でしょう? ロゼは全部わかっている。その上で俺の手を取って、俺についてきた。それが全てで、事実です。だから、あの子に余計なことは言わないでくださいね?」
 
 空気がピンと張り詰めたのがわかる。明らかな敵意と、怒りと、殺意がぶつけられている。それらが全て形を持っていれば、俺は瞬きする間もなく死ねていただろうに。
 ああ、これだからこの人は飽きないな、本当に。
 
「……お前は、なにも分かっちゃいないな」
 
 先生がため息をひとつ零すと、張り詰めていた空気が一瞬で緩んだ。
 
「何がです?」
「俺はお前の花師としての腕を信用しているが、お前という人間は信頼していない」
「それは分かってますよ」
「それでも。短くない付き合いだ、お前が人並みに幸せになれるように、くらいは思ってるんだよ」
「……え」
「嬢ちゃんがお前を殺したとして、お前も、嬢ちゃんも、幸せにはならないだろ。絶対に」
 
 心臓が、嫌な音をたてる。
 先生の黄金の瞳が、俺の心を見ている。
 
「嬢ちゃんがお前の手を取れたのは、お前が嬢ちゃんに手を差し伸べたからだ。目の前で誰が這いつくばっていようが、助けを求めようが、笑顔で去っていくのがお前だったのに。例え助ける手段があったとしても、手は差し伸べなかったお前が、嬢ちゃんには手を差し伸べた。なぜだ?」
「……気まぐれですよ。ただの好奇心だ」
「気まぐれや好奇心で面倒事を背負い込むような人間じゃないだろう、お前」
 
 違う。使えると思った。本当に気まぐれで、好奇心だった。
 でも、咄嗟に動いたのは。あの赤い瞳をみて、あの子の腕を掴んでしまったのは、どうしてだろう。
 
「お前は嬢ちゃんに動かされたんだよ。お前の死んだ心が、死んだと思っていた心が、嬢ちゃんを助けたいと願ったんだ。……もう、認めてしまえ。お前は死んじゃいない。生きているんだよ」
「……」
「変わらない『それ』が証拠だ。進みはしないが、消えもしない。きっとこれからも。だから──」
「黙れ」
 
 それ以上、先生の言葉を聞きたくなかった。地面が崩れて、そのまま奈落の底に落ちてしまうような気がした。
 
「黙ってくれよ、お願いだから。それ以上踏み込むな。先生、ハイル先生、あなたは俺を殺せる存在でいてほしいんだ。俺は死んだよ。俺の心も死んでる。動かされてなんかいない。だからもう、いい加減名前を呼んでくれ。ヒガンって。そして殺してくれよ。じゃなきゃあの子が殺すよ。それが嫌なら、あなたが殺してくれ。出来るだろ?」
  
 先生に、赦しを請うように、祈りを捧げるように、何度も何度も頼んだことがある。
 頼むから殺してくれ、と。
 その度に彼は言うんだ。
 
 
「言っただろ。馬鹿の自殺に付き合うほど、俺は暇じゃないんだ」

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.13 )
日時: 2019/03/26 00:19
名前: わらび餅

 ギィ、と軋む音を立てながら、扉はぽっかりと口を開けた。
 そうして思った。なにもない、と。こちらに背を向けたロッキングチェアと、あちこちがボロボロになった丸い小さなテーブルが部屋の真ん中に置かれている。ただそれだけ。人が生活している気配が全くない。物置部屋の物となんら変わりはなく、それらはただ置かれているだけのようだった。一通りぐるりと見回し、一体なんの部屋なんだろうかと首をかしげながら、唯一置いてある物に視線を戻した。
 テーブルの上に、細長い木の箱と紙切れがあることに気づき、そっと近づく。なんとなく椅子に座るのははばかられて、椅子の横に立って紙切れを手に取った。そこには、短い文章が黒のインクで綴られていた。
 
『ありがとうと言ってくれたきみに、感謝を。これはお守り代わりにでも持っていてほしい。きっと似合うよ。なにかあったらハイルさんに連絡を。あの人、見た目は怖いけどすごくいい人だからさ!
 きみの果てない旅路の先が、幸せであることを祈ってる。
 ──P.S. ストーカーじゃないから!』
 
 決して長い文章ではない。けれど、まだ出会ったばかり──正確には出会ってすらいない──人間に贈るには、少しばかりあたたかすぎるものだった。
 差出人の名は書かれていない。けれど、すぐにあの人だと分かった。そしてハイルさんが誰と話をしていたのかも。顔も名前も分からない、けれど確かに自分を助けてくれた恩人だ。ありがとうという言葉に感謝を返されるなんて思ってもみなかった。次はなにを返せばいいのかわからなくなる。きっと、この差出人はそんなこと望んではいないのだろうけど。
 文字に余すことなく目を通した後、細長い木の箱を手に取った。力を込める間もなくすんなりと開いた蓋の先、そこにはキラキラと輝く首飾りが静かに鎮座していた。
 
「……きれい」
 
 ぽつりと言葉が零れる。
 深い青色がとじこめられた、大きくて丸い宝石がひとつ。いままでこういうものには縁がなかったせいで、どれほど価値があるものなのかは分からない。けれど、きっとこの先も手が届くものではないのだろう。
 似合わない。相応しくない。そんな言葉が頭の中を占めるより先に、ただただきれいだと、美しいと、そう思った。
 村にいたおじいさんが言っていた。とても物知りで、モネさんが話していた人魚の伝説を教えてくれたのもおじいさんだった。言葉の書き方や話し方を教えてくれたのはあの子だったけれど、彼女が村の外の話をしてくれることはなく、私の知識はそのおじいさんから得たものがほとんどだ。
 そんなおじいさんが、物には魂が宿ると、いつだったかそう言っていたのを覚えている。大切にされた物には魂が宿るのだと。どうしてだか、この首飾りにがそれなのだと、本当になぜだかは分からないけれど、そう思った。
 
「……私には、もったいない。でも、ありがとう。聞いているかは分からないし、どうして私にくれるのかも分からないけれど。きっとこれは大事なもの、でしょ? 私も、大事にしたい」
 
 それが今の私にできるお返しだと、そう思うから。お返しだとか、見返りだとか、そういうものを必要としている人達ではないのは分かっている。それでも、私がそうしたい。知らない人達ばかりが優しくて、少し怖いんだ。私に優しくしてくれる理由がほしいんだ。期待してしまう自分が嫌なんだ。また手を差し伸べてくれる人を、心の奥底で待っている自分が吐き気がするほど嫌いで、嫌いで、嫌いで、それでも、待っていたい。
 だから、少しだけ、いまは少しだけしかできないけど、信じてみたいと思う。もらった優しさを地面に捨てるなんて、私にはできなかったから。
 
「今度は、顔を見せてくれるとうれしい……です」
 
 紙切れは折って、首飾りと共にそっと箱にいれた。つけかたがわからないから、お兄さんに頼んでつけてもらおう。
 箱を持って、部屋を出る。なんだか言い表せない感情が湧き上がってきて、思わず細長いそれを抱きしめた。
 大事にしよう。できるかな。大事にしたいな。

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.14 )
日時: 2019/05/13 00:34
名前: わらび餅

 
***
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………どうしたの?」
 
 お兄さんたちがいる部屋に戻ると、二人が向き合いながら難しい顔をしていた。お兄さんは心なしか、少しだけ泣きそうな顔をしていて驚いた。そんな表情、お兄さんがするとは思ってもみなかったから。
 私が尋ねると、ハイルさんは小さくため息をついてこちらに視線を向けた。
 
「なんでもない。それより、話は終わったのか?」
「話……は、してないけど……優しい人だった」
「……そうか。よかった」
 
 ふ、とハイルさんの金色の瞳が柔らかく細められる。はじめて彼の瞳に自分の姿を映された時、体が勝手に強ばってしまったけれど、いまはただひたすらにその瞳が綺麗だな、と思えた。私の血のような赤い目は、きっと何を映してもこの人のようにきらきらと輝はしないだろう。
 そういえば、お兄さんの瞳もハイルさんと同じ金色だった。
 そう思って、お兄さんの顔をちらり、と盗み見る。金色だ。でも、ハイルさんの色とは少し違う。ハイルさんは蜂蜜のような優しい色をしているけれど、お兄さんは、例えるならばそう、夜闇に浮かぶ月のようだった。ひんやりとした冷たさを纏い、髪とおなじ銀色の睫毛が雲のようにかかると、その淡い輝きは隠れてしまう。綺麗だと、そう思う。けれどどこか寂しそうに、孤独に浮かぶふたつの月はいまは輝きを失ってしまっていた。
 私がいない間に何かあったのだろう。きっと、話してはくれないだろうけど。
 
「……お兄さん」
「……なに?」
「これ、つけてほしい」
 
 箱の中から首飾りを取り出してみせると、お兄さんは少し驚いたように目を丸くした。隣にいたハイルさんもだ。
 
「それは?」
「貰った」
「誰から」
「……知らない人。顔も名前も知らない。けど、助けてくれた人」

 そう言うと、お兄さんはすべてを理解したように頷いた。その顔は少々……いや、かなり苦いものだったが。
 
「なるほどね。あのストーカー、俺の助手に手を出したのか。ロゼ、それ頂戴。捨てるから」

 なんだかとんでもないことを言い出したお兄さんに白い目を向け、渡そうとした首飾りを抱きかかえる。そんな私をみてお兄さんの顔はますます歪んでしまった──どんだけだ。嫌いにも程があるだろう。いや、薄々感じてはいたけれど。あの人に対する言動がどこか刺々しいものだとは思っていたけれど。
 呆れたようなため息が聞こえたと思ったら、ハイルさんがこちらに手を差し出していた。
 
「嬢ちゃん、貸してくれ。つけてやるから。こいつは気にするな、ただあいつが嫌いなだけだ」
「嫌ってるのは俺じゃなくて向こうです。確かに奴の視線を感じる度虫唾が走りますけど、嫌いではないですよ。一発といわず何発か殴ってやりたいとも思いますけど」
「それが嫌ってるんじゃないならなんなんだ。変なところで意地を張るな」
 
 ぽんぽんと交わされる言葉の間に、先程のぴんと張り詰めたような空気は感じられない。ほっと息を吐いて、首飾りをハイルさんの手に渡した。間違ってもお兄さんには触らせないようにしよう、そう誓いながら。
 後ろを向いてくれ、と言われた通りハイルさんに背を向けると、首元にひんやりと冷たい金属が宛てがわれる。髪を横に流され、顕になったそこに少しだけ重さを感じる首飾りがかけられた。
 私の胸元で輝く宝石をみて、口の端をほんの僅かに上げた。
 
「似合ってる。綺麗だ」
 
 振り向いた私にそう言葉を零し、ハイルさんの大きな手が私の髪をくしゃくしゃと撫でた。
 お兄さんに視線を投げると、彼は肩を竦め苦笑いを浮かべた。けれど、開かれた口から出た声は、柔らかいものだった。
 
「……似合ってるよ。癪だけど」
 
──でもやっぱりムカつくから俺からも今度なにか贈らせて。
 その言葉にハイルさんは心底呆れたといった風に眉根を寄せた。私も少し白い目を向けた。
 
「一言余計だな、お前は本当に」
「先生こそ、余計なお世話です──ロゼ、もう行くよ。そろそろ仕事の時間だ」
「なんだ、もう行くのか」
「ええ。薬は貰いましたし……長居もできそうにありませんしね」
 
 私が箱を懐にしまうのを見届けたあと、お兄さんは私の手を取り、そのまま出口の扉まで導いた。
 お兄さんが扉に手をかけたまま、ハイルさんのほうを見た。口元にはいつもの、とってつけたような笑みが浮かんでいる。
 
「ああ、そうだ。モネさんから伝言です。『直接例の薬の話がしたいから、会いに来てほしい』、だそうです。……何があったか知りませんが、いい加減、あの人から逃げるのは止めたらどうです?」
 
──それじゃあ、また。
 
 パタン、と扉が閉じる寸前に見えたハイルさんの顔は、とても辛そうに歪んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ***
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……逃げるな、か」
 
 ふたりの背中を見送ったあとに零した言葉は、しんとした部屋にやけに響いた。
 仕返しだと言わんばかりの顔で、あいつは最後に土産を置いていった。あまり、嬉しくない土産を。
 
「モネ様のことに関して、今度ばかりはヒガンの奴に賛成っスよ」
 
 誰もいなかったはずの背後から、聞き慣れた声が聞こえた。その声音からは隠しきれない、いや隠す気もないのだろう、苛立ちが滲み出ており思わず笑ってしまった。
 
「なんだ、聞いてたのか」
「そりゃあもうばっちり。あいつがオレのこと殴りたいって言ってたのもしっかりくっきり聞こえてたっス。今度脅迫文でも送り付けてやろうかなぁ」
「やめてやれ、いまは洒落にならん。……あの首飾り、よかったのか? 形見だろう、妹の」
 
 振り向いて、声の主の姿を片目に映す。
 人では、ない。一目見てこいつを人だと思う者はまずいないだろう。人ではあるが、限りなく化け物に近い。
 ドロドロにとけて土のような色に変色した全身の皮膚は、巻かれた包帯からいまにもこぼれ落ちそうで、人の形を保てていない。艶やかな黒髪はすっかり抜け落ちた。元あった背丈からは一回りも二回りも小さくなり、包帯の隙間から黒い瞳がぎょろぎょろと辺りを見回す様子は、気味が悪い。
 何年も何年も積み重ねてやっと歩けるようになったこいつは、今やすっかりその体を使いこなしていた。文字も書けるようになった。手や足の形を変えて狭い空間に潜り込んだり、普通では考えられないほど素早く動くこともできる。
 嘆いて苦しんで憎んで泣いて哭いたその先に、やっと手にしたものだった。
 
「形見ですけど、オレが持っていても錆びつかせるだけだし……それに、ちょっと似てるんスよね、あの子。オレの妹に。だからなんか、気になるっていうか、心配っていうか」
「直接言ってやったらどうだ。嬢ちゃんなら、お前の姿も受け入れてくれるだろう」
「いやぁ、怖がるでしょ。オレだって怖いのに。いいんスよ、あれを大事にしてくれるって言ってくれたから。それだけでいい。……っていうか話逸らすなよ。モネ様のとこ、行かなくていいんスか」
 
 話が戻ってきてしまった。うまく逸らせたと思ったんだが。
 
「……会わないさ。会ったところで、いまはどうにもならん」
「……貴方がそう言うなら、オレは従うだけっスけど。でもね、オレはもういいとも思うんです。だってあれは、貴方のせいじゃない。オレがこうなったのも、モネ様のことも、貴方のせいだなんてそんな馬鹿な話がありますか。貴方は全部背負い込もうとしてるけど、オレはそんなの望んでない。モネ様もきっと。貴方に罪なんてない。逢いたい人に逢ってなにが悪いっていうんスか」
 
 黒い瞳が、俺を真っ直ぐ見据える。
 こいつは今も昔も変わらない、優しい馬鹿なままだ。自分の気持ちに正直で、嫌なものは嫌だと言って、好きな物は誰に何を言われようと好きだと言う、良く言えば素直、悪く言えば頑固な男だった。
 変わったのはきっと、俺の方なのだろう。
 
「……あの方がもし俺を覚えていて、今のこの姿を見たらきっと、今度こそ壊れてしまう」
「……それは」
「だからいいんだ。会うのは全てが終わった時──その時には、迎えに行くから」
 
 俺の言葉を聞いて、俯いて目を伏せたと思ったら勢いよく顔を上げて詰め寄ってきた。なんだ近いな。
 
「オレは! オレは、最後までついていきますからね! 途中でいらないって言われても返品不可っスよ!」
「……そうか」
「だってこんなオレを受け入れてくれるのは貴方だけですし! これからもコキ使ってくださいね! でもたまには優しくして!」
「気が向いたらな」
「ひどい!」
 
 俺たちは、化け物になれなかった成れの果て。見た目だけなら化け物のそれに近いが、俺たちには最期がある。死がある。だからまだ、人でいられる。
 
──私のことを人として扱わないでくれ。死んで生き返る人間など、存在しないのだから。
 
 今でも、彼女の言葉を思い出す。自分を嘲笑うように吐いた言葉を、悲しげに歪んだ顔を、思い出す。
 救えなかった。彼女は差し伸べた手を取ってくれたのに、離してしまった。振りほどいて、言葉という呪いまでかけて。後悔してもしきれない。それでも、今あの時に戻れたとしても、また同じ選択をするだろう。
 
 化け物だと、思えなかった。それほどまでにうつくしかったから。
 
 この命は全て、捧げると誓った。あの時死ぬはずだった、皮肉にも生き残ってしまったこの命を、彼女のために。そのために薬剤師になった。
 ただひとつ、誤算だったのは、死に場所を探していたこどもを拾ってしまったこと。全てを失って、唯一残った命さえ捨てようとしていたその姿があまりにも痛々しかった。
 そんな彼が、ひとりの少女に手を差し伸べた。捨てるばかりだった手を、救うために差し出した。寂しいものと寂しいものが一緒になっても、きっと幸せにはなれない。握られた手は冷たいままだから。それでも、人並みに幸せになって欲しいと思う。くそったれな人生が、少しでもましになればと、そう思う。
 いつか、彼の名を呼ぶ時が来たら、その時は、盛大に笑ってやろうと思うのだ。
 
 お前、生きててよかったな、と。

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.15 )
日時: 2019/05/13 00:43
名前: わらび餅

一旦区切りがついたので短いですがご挨拶のようなものを。

今更ですが副管理人賞をいただきました。ありがとうございました!
更新があまりにも亀すぎるのでこれからはもう少し頑張ります。次回からやっと本編です、どうかよろしくお願いします。

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.16 )
日時: 2019/06/17 01:45
名前: わらび餅

一輪目『勿忘草』
 
 
 
 
 
馬車に乗り、ガタガタと揺られながら流れていく景色を目で追う。都市の喧騒は遥か彼方、眼前に広がるのは静寂と木々だけだった。山にしては整備された道を行きながら、鳥のさえずりに耳を傾ける。
 お兄さん曰く、この山奥にひっそりと暮らすひとりの作家さんがいるらしい。とても人気のある方らしく、彼の出す本は飛ぶように売れるのだとか。
 本。本は、ほとんど読んだことがない。買うお金も暇もなかったというのもあるが、村にあった数少ない本の殆どが古い図鑑だったり、医学の本だったりしたため、物語が綴られた本を読んだことがないのだ。そもそも、村人の中で文字を読める人は限られており、需要がなかったのかもしれない。
 そんなことをぼんやりと考えながら景色に目を向けていると、馬を操っていた気だるげなおじさんが声をかけてきた。
 
「兄ちゃんもモノ好きだなァ。娘さんはこっち初めてだろ? この兄ちゃん、こんな山奥の変人に会いに、毎度毎度大きな荷物まで持って遠路はるばるよくおいでになってな。いくら仕事だからってさ」
「仕事ですからね。誰であろうと何処であろうと、求められれば行きますよ」
「仕事熱心なこった。俺だったら願い下げだね。恋人の死に涙ひとつ流さず、挙句の果てに話のネタにしようとする男だぜ? 血も涙もありゃしねェ」
 
 今から会うその作家さんは、私のような患者ではない。患者だったのは彼の恋人で、既に亡くなっている。お兄さんはここにくる道中にそう語った。作家さんの恋人が咲かせた死花の手入れを、定期的に頼まれているのだという。
 それにしても、酷い話だ。もしそれが真実であったのなら、変人、血も涙もないなどと言われても仕方の無いことではあるが。
 
「知ってるかい? 娘さん。噂によれば、花咲き病目当てで恋人に近づいたって話だぜ。その女も可哀想になぁ」
 
 前を向いているため顔は伺えないが、可哀想にと言った声音はとても悲しみを滲ませたものではなく、むしろどこか面白がっているようでもあった。噂だと言いながらも、そうだと断定しているように話すおじさんに、思わず顔を顰めた。
 ちらり、と隣に座っているお兄さんを見ると、彼は相変わらず完璧な微笑みを浮かべていた。何を考えているのかも、相変わらず分からない。
 
「──ほら、着いたぜ。帰りはいつもの時間でいいのか?」
 
 馬車が止まる。緩やかな風に攫われる髪を手でおさえながら、目の前の屋敷を見上げた。屋敷と言っても、モネさんの屋敷のような大きなものではなかったが、佇まいは凛としていて品を感じる。
 お兄さんは袋に入ったお金をおじさんに手渡し、にっこりと笑った。
 
「いや、今回は知人に迎えを頼んでいるので大丈夫です。ありがとうございます」
「ヘェ、珍しいな。それなら俺はこれで。せいぜいネタにされないよう気をつけろよ」
 
 ニヤニヤと笑いながら馬を操り去っていくおじさんをみて、お兄さんは浮かべていた笑みを消し去り深く息を吐き出した。持っていた大きな鞄を肩にかけ直しながら、その顔を顰めてみせた。
 
「ああ、やっと解放された。会う度に同じことを馬鹿の一つ覚えみたいにぺちゃくちゃと。俺にじゃなく作家先生本人に言ってみろって話だよなぁ」
 
──どうやら、お兄さんにも思うところがあったらしい。いなくなった途端ぶちぶちと毒を吐き始めた。
 なんだか、ハイルさんと見えない恩人さんに出会ってから、こうして毒を吐くお兄さんを見ることが増えた気がする。毒でなくとも、少しの愚痴だったり不満だったりも多いが、なんとなく、これが彼の素なのだろうかと思うようになった。恩人さんに対しての冷たい態度を見たあとなので、あまり驚きはしなかったが。
 取り繕わなくていいと思ってくれたのか、それとも、あの時、ハイルさんになにか言われたのか。理由は分からないが、彼の素を見せてもいい相手として認識されたのかもしれない。そう思うと、なぜだか心臓がぎゅっと縮んだような気がして、私はその度に胸に手をあてるのだった。
 
「じゃあ、行こうか」
 
 お兄さんはそう言うと、扉についていた金の輪っかを持ち上げ、数回ぶつけてコンコンと音を立てた。しばらくして、重そうな音ともに扉が開かれる。
 
「いらっしゃい、よく来たね。──おや」
 
 片眼鏡──モノクルといったか、銀色に縁取られた丸いそれをかけたその人は、高い位置で後ろに束ねた深い海の色の髪をゆらりと揺らした。髪と同じ色の瞳を私に向けると、緩やかに口の端を上げた。
 
「珍しいお客だ、歓迎しよう。さて、お嬢さんのお口に合うようなものはあっただろうか」
 
 私たちを中に招きながら、彼はこれみよがしにため息をついた。
 
「ヒガンも人が悪い、言ってくれればなにか準備をして君たちを待っていたものを」
「そうおっしゃるなら先に連絡手段を用意してくださるとありがたいですね。外と関係を絶ちたいのはわかりますが、ここじゃあ手紙のひとつも出せない」
「それは困った。僕はここに骨を埋める予定だから、その願いは聞けそうにない」
 
 ぽんぽんと交わされる言葉を聞きながら、あたりをきょろきょろと見回す。
 落ち着いた茶色で統一された屋敷の中は、豪華絢爛とは遠い、質素なものだった。だが華がないというわけではなく、置かれている物ひとつひとつはとても上品で、素人目から見ても決して価値の低い物ではないと分かる。
 
 ただ、ある場所だけが、他とは確実に違った。
 
「荷物はいつものところに。今回もありがとう、おかげで餓死せずにすむ」
「あなたがそう言うと冗談に聞こえないから怖いな。ここに来るのは俺ぐらいでしょうに、何かあっても誰も気づいてはくれませんよ」
「そうだな、では僕の死体を最初に見るのは君だということだ。光栄に思ってくれ」
「……冗談ですよね?」
「本気だが?」

 ふたりの会話がろくに入ってこないほど、私の視線はそこに縫い付けられた。
 細長いドーム状のガラスの中に、ぽつんと佇む花。きっとこれが、そうなのだろう。ただ、あまりにも。世界一美しいといわれるには、その姿はあまりにも。
 
「……ああ、やはり、気になるか」
 
 じっと一点を見つめる私に気がついたのか、作家さんはぽつりと言葉をこぼした。
 
「とりあえず、かけてくれ。お茶と菓子を持ってこよう。その死花の話は、それからでもいいだろう」
 
 ああ、やはりそうなのか。これが。
 モネさんのような大きい花ではない。ハイルさんのところでみた、見るものを惹きつけるような存在感あるものでもない。
 命とひきかえに咲くにはあまりにも小さすぎる花が、そこにはあった。

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