ダーク・ファンタジー小説

シオンの彼方
日時: 2017/11/19 16:26
名前: あんず ◆zaJDvpDzf6

あなたは、死神だという。

息をしているというのに。




あなたは、死神なのだから。

悲しいねと、一言だけ。

私の最期に言ってくれればいいの。




***





衝動的に書きました、知っている方はこんにちは、大半の方は恐らくはじめまして。
あんずです。

亀更新にもほどがある、というほどの速度ですがぼちぼち更新していきたいと思います。


*Contents*

○Episode1「シオン」 #1>>001 #2>>002 #3>>003 #4>>004

○Episode2「アセビ」 #1>>005 #2>>006


▽2016.10.4 スレ立てました
▽2016.10.10 参照100
 2016.11.19 参照400

閲覧ありがとうございます。頑張ります。


▼2016.10.16 Episode1#2修正しました

▼2017.11.17 私情により一時更新停止気味です。

Page:1 2



Re: シオンの彼方 ( No.2 )
日時: 2016/10/16 17:10
名前: あんず ◆zaJDvpDzf6

 

 #2
 
 
 刃が体を貫いた。
 
 
 それは確かだ。身の毛がよだつようなヒヤリとした銀色の感触は、今まさに私の体を通ったのだ。兵士が瓦礫の中で足を踏み出す音も、その刃が勢い良く風を切る音も聞こえた。
 その途端、背中から冷水を浴びせられたように寒気が走って、だけれど痛みがない。いつまでたっても体を斬られたことへの痛みが来ない。それどころか、いつの間にかあの刃の感触でさえ消えている。ついに恐怖で感覚まで馬鹿になってしまったのだろうか。震える体はそのままなのに。
 
 「っ!?なんだお前は、どういうこと、――っ」
 
 誰かの狼狽える声。それは先ほど聞いた兵士の声ではなかったか。無意識のうちに止めていた呼吸をゆっくりと繰り返し、指先を動かす。そう、動くのだ。確かに斬られたはずなのに、痛みもなくこの指は動いている。
 
「戻ったか」
 
 唐突に声が聞こえた。誰?先程の兵士の声ではない。ならば誰か。わからない。それに私は、その言葉の意味が理解できなかった。戻った?何から?いったい、何が。
 
 くっついた様に閉じていた瞼を震わす。ゆっくりと開いていくうちに、目の前に誰かが立っていることを知る。
 長身の男だ。短い黒い髪。青か黒か、形容できない色をした鋭利な瞳。冷たく整った顔には赤い雫が跳ねている。その後ろには倒れた兵士の姿。
 
 そして、男の手にあるものは。それは。
 
「戻ったか、と聞いている」
 
 冷ややかな声が降り注ぐ。何が、と掠れる声で問えば、鋭利な瞳は更に細められた。その唇が何かを言おうと開きかけた、ように見えた。気のせいかもしれないけれど。
 わからなくなったのは、突然遠くから足音が聞こえてきたからだ。何やら怒鳴り声も聞こえる。どうやら敵の兵らしい。目の前の男は小さく舌打ちをつくと、こちらに手を伸ばす。
 
「……?」
 
「ぼうっとするな。今すぐ逃げる、お前もだ」
 
「……何を、言って、いるのか」
 
 その言葉を言い終わらないうちに、腰に手が回された。ひやりとした長い指だ。行くぞ、という声が聞こえた時にはもうすでに景色は動いていた。後ろへ後ろへ、目も回るような速さで遠のいていく。あまりの勢いに息が詰まって、ただ呼吸することに意識を傾ける。
 
 窓から飛び降りたような気もする。兵士たちが叫んでいた気もする。しかし担がれていると明確に自覚して、自体を整理しようとする頃には、すでに王城の門すら抜けていた。
  
 王城近くの森の中。幼い頃走り回ったその場所は、夜だからかひどく怖ろしげに見える。小さな音一つ一つが耳に響いて、それが虫の羽音なのか動物なのか、はたまた人ならざるものなのか。私にはわからない。
 
「あなた、は」
 
 速度を落として、お互いに歩き始める。王城近くといえどそれなりに離れている場所だから、きっとしばらくは大丈夫だろう、という男の意見によって。
 ちらりと隣を見上げてみる。あの不思議な色の瞳は、今は月明かりからか青く見えた。先程の私の問は聞こえたのか聞こえなかったのか、未だ答えはない。
 
「あなたは、どなた……なの」
 
 今一度と絞り出したその声で、男はようやくこちらに目を向けた。鋭利な瞳と冷ややかな美貌のせいで、まるで睨まれているかのように凄みが増している。 
 今はこうして歩いているが、先ほど、本当につい先程まで自分は王城内にいたのだ。あの、赤と埃でまみれた――、
 そこで想像するのはやめた。きっとこれ以上を瞼の裏に描けば、得体のしれない何かが胃の底から浮かび上がってきそうになる。
 
「俺に明確な種族分けはない」
 
 唐突に聞こえたその声によって現実に引き戻される。はたと隣を見れば、男はすでに前を向いていた。
 
「どういう、こと」
 
「……少なくとも、俺は人ではない」
 
 男の声が、森の中に響く。深い声だ。若いようにも、熟しているようにも聞こえる深い声。それがさながら、彼の正体のような気がした。
 

Re: シオンの彼方 ( No.3 )
日時: 2016/10/16 18:07
名前: あんず ◆zaJDvpDzf6


 
 
 #3
 
 「……では、あなたは?」
  
 男が人ではないことは、薄々考えていた。半信半疑だったが、少なくとも男は常人とは言えない。王城からここまで、男は私を担いで走ってきた。走った、というのも正確ではない。窓から飛び降りたような気もした、あれは確かに飛び降りていたのだから。
 速すぎるのだ、ここまで来る時間が。異常なほどに。仮に城内で馬に乗っていたとしてもあり得ない。あれは、人の出せる速さではない。
 
「さあ。お前たちの、人間の言葉で言うのなら……“死神”というところか」
 
「――死神?」

 ああ、と男は頷いた。その瞳は静かに凪いでいて、嘘を付いているようには見えなかった。もとよりそんなことは疑ってはいないけれど。
 
 死神。たしかにそう、この人は死神なのだろう。不思議な色の瞳も、その手に持つものも。言われれば全てがそれを物語っている気がした。
 
「美しい刃ね」
 
 その手に持つもの、則ち巨大な鎌。私の背丈を追い越すほどのそれは、よく磨かれた銀の刃を輝かせている。とても人の持つものではない。けれど男がそれを構えるだけで、人外の風格が漂う。
 
「死神というのなら……私は死ぬの?」
 
「いや――まだ死なない」
 
 まだ。その言葉が、暗に死期は近いのだと伝えてくる。今すぐではない。きっと明日や明後日というわけでもない。けれどいつか、近い未来に死が訪れるのだと。
 でもそれは、仕方がないのかもしれない。なんて、思ってしまう。自分でもどうしてこんなに諦められるのか分からない。
 
 だけれど、ほんの少し前に誰も彼もを、亡くしてしまったから。あれほどまでに死はあっけなくて、唐突で、平等なものだと刻まれたから。私も、いつ死んでもおかしくないのだろう。
 
 
 ただ、涙が出ないのは、どうしてだろうか。
 
 
「……追手だ。行くぞ」
 
 気付けば、後方からは騒がしい怒声が聞こえる。にわかに担ぎ上げられたかと思うと、男は再び人外の速度で走りはじめた。まるで飛んでいるかのよう。後ろから飛ばされた火矢が、狙いを外しては辺りを燃やしていく。
 炎が木を飲み込む光景が、一瞬だけ視界の端を過ぎる。あの木は、私が触れたことのあるものだったろうか。
 
 頬を叩く夜風は刺さるように冷たい。春先だというのに、まるで空気さえも私を追っているかのようだった。
 
 
***
 
 いつの間にか、森さえも抜けていた。王都の出口も近いかもしれない。それほどの間を、男と私は走っていた。
 どこかも分からない、薄暗い田舎道。それでも道が整備されているから、おそらく王都の外れなのだろう。
 
 今度こそ、本当に追っては来れないだろう。慣れない道どりを歩きながら、ぼんやりと考える。
 宛もなく、歩いている。これから私は、どこへ向かうというのだろう。世界中で、きっともう本当に天涯孤独になってしまったというのに。
 先を行く男以外、私が頼れるものは多分、どこにもない。そして私は、一人で生き抜くすべを知らない。
 
「私は、今死んではいけないの?」
 
 ぽつりとこぼした言葉に、男は足を止めた。そしてゆっくりと振り返り、その瞳を細める。いつの間にやら、あの鎌は消えていた。
 
「あの城で俺はお前に、戻ったか、と聞いたな」
 
 頷く。一つ、呼吸音。
 
「俺はあの時、お前を生き返らせた。だから傷が戻ったかと、そう訪ねた」
 
「生き、返らせた……?それではやっぱり、あの時私は斬られて、」
 
 斬られて、殺されていたというのか。思わずお腹を抑える。けれどそこに傷は感じられなくて、背筋を寒いものが走った。

「人は、死ぬ日が決まっている。人に限らず、どんな生命でも。あの時、お前は死ぬはずではなかったんだ」
 
 だから、生き返らせたのだと。男はそう言って再び歩きはじめた。
 思考が追いつかない。混乱する頭で、ただ一つを問いかけた。
 

「……それで私は、どうすればいいと言うの」
 

Re: シオンの彼方 ( No.4 )
日時: 2016/11/19 17:59
名前: あんず ◆zaJDvpDzf6

 
 
 
 #4
 
 声が、深まる夜へ木霊する。じわりじわりと消えていく余韻と、相変わらず表情の変わらない男の瞳。熱を持っているかのように熱い頭で、もう一度だけ言葉を吐き出す。
 
「もう、誰も、いないとして、それから……?死さえ私は、選べないなら」
 
 どうしろと、どう生きろと。死ぬ日が決まっていると言うのなら、それはどうあがいても死ねないのだと、この男は言うのだろうか。
 
「……お前がどうするべきか、俺は一切何も言えない。死神が行うのは、生命の最期に魂を導くことのみだ」
 
 男の声はやはり冷たくて、淡々としたその声は静かに響いた。
 
「俺達は人間の未来へ干渉してはいけない、それが規定である限り。だからお前の決断こそが、お前の未来を決める唯一のものとなる」
 
 再び立ち止まったまま、彼は振り返る。月に輝く、今は青い瞳。こんな時なのに見惚れてしまいそうなほど、まるで宝石のように深い色。その瞳が語っている気がした。選べと。

 彼の言葉は、ただ自然に心に流れた。
 自分の生き方を決めるのは、結局は自分自身なのだから。そんな言葉は、これまで溢れるほど聞いてきた。だけれどその言葉の意味をこれほど重く、深く、確かなものとして受け止めたことがあっただろうか。
 
 誰にも教えてもらえない。もう誰もいないとしても、誰かがいたとしても。私の残りの生き方は、きっとここで大きく変わってしまう。何を選べば正解かも分からずに。
 
 それでも選べ、と。
 
 彼はきっと、そういうことを言っている。
 
 
「あなたは……どこへ行くの」
 
「俺の管轄である人間の元へ向かう。消える魂を送り出すために」
 
「旅をするの?」
 
 男の手にいつの間にかある漆黒の革鞄に気付く。男はあれほどに人間離れしていながら、けれどそれでも地を歩いた。それならば、彼は歩き続けるのでないか、と。唐突に私はそう考えた。
 
「目的の地までただ歩くことを旅というなら、旅と言っても違わない」
 
「……そう」
 
 月が明るく辺りを照らす。男の人間離れした美しさは、夜の闇と似ている。
 これほどまでに人でないのに、いや、いっそ死神だというのに。怖いとは思わなかった。
 
「歩いて、その地に着いて、そのあとは?」
 
「その繰り返しだ。終わりはない。人間だって、日々の暮らしに終わりはないだろう。俺は“旅”を繰り返して生きている」
 
 確かにそうだ。私達はたとえ何があっても、日々の暮らしに終わりはない。人間だけだと考えるのはおかしなもので、人間以外の生命だって、暮らしを営むことは変わらないのかもしれない。
 
「あなたの旅に、付いて行ってはいけない?」
 
 声が震えないように意識しながら、先程から思っていた言葉を告げる。それを聞くと、男はわずかながらに瞠目した。
 
「……俺達の人間への干渉は制限されている」
 
「あなたが私に干渉するのではないわ。私があなたに付いていくだけ」
 
 だから彼には何も責任はない。そういうことにするのは、ひどく横暴だと自分でもわかっている。
 それでも、今の私はそれ以外の道を知らない。目の前の人ならざる存在以外、頼るものは何もない。
 
「私が死ぬ日は決まっていると、あなたは言った。だからどうかその時まで」
 
 あなたに付いて行かせてほしい。
 
 彼はわずかに瞠目したままに私を見た。何を言っているのかと問うような視線。それを今度こそ見つめ返す。
 これが私の生き方だ。私が選んだ最初の生き方だ。
 彼は何かを言いたそうに静かに口を開いて、けれど何も言わずに閉口した。そのまま何かを思案する。男の答えが肯定であるように、そうあるように。私はただ願うしかない。それが少し、不安だった。
 
 再び男の口が開く。深い声が歌うように流れた。
 
「……好きにしろ」
 
 それは確かに、肯定の言葉だった。
 
 私は彼と旅をしていいのだと。そういうことだ。付いて行ってもいいのだ、震えるほど固く握っていた手をそっと緩める。
 ぶっきらぼうに歩きだした彼の背中に遅れないように、今度は追いかけながら。
 
「私は、私の名は、コーネリア・シオン・カルヴァーデル。あなたの名は?」
 
 歩きだした夜は、ひやりとした空気を運んでくる。
  
「……アルベルトだ」
 
 ややあってから聞こえた彼の名前。アルベルト、口の中でそう呟いてみる。
 黒い背中はゆっくりと歩きながら、けれど振り返らない。それでも、いい。私が彼に付いていくだけだから。彼は振り返らなくてもいいのだ。
 
 私はいつか彼に魂を導いてもらうまで、その隣を歩くのだろうか。
 
 見上げた空は濃紺で、やはり月は柔らかく光を発していた。
 
 

Re: シオンの彼方 ( No.5 )
日時: 2017/01/03 19:18
名前: あんず ◆zaJDvpDzf6


 Episode2 アセビ
 
 #1
 
 
「市場へ?」
 
 春先といえど早朝は目が覚めるように冷たい空気が漂う。昨晩の夢のような夜は明け、薄暗い森には少しの声でも響いて聞こえた。
 
 肩にかけた毛布をかき集めるように抱きしめても、肌を刺すようなツンとした冷気はなくならない。ぼろぼろになってしまったドレスの代わりに、死神である彼――アルベルトから与えられた男物の麻の衣服の裾を整える。

 昨晩はとりあえず、と近くにあった森の泉の辺りで眠りについた。地に転がって寝るなど城では考えられなかったけれど、これでもかなりやんちゃな子供だった私としてはそこまでの苦でもなかった。いや、苦を感じるまでもなく極限の疲れで眠ってしまっただけなのかもしれない。
 
「少したてば、この近くの朝市が開く。お前は衣服も何も持っていないだろう」
 
「……私はお金も持っていないし、何よりあなたから貰ったこの服があるわ」
 
 あまり人に会いたくない、そんな身勝手な言葉を飲み込む。あくまで私はこの男に付いて行くだけなのだから、金銭が絡むようなことは如何なものかと思ったのもまた事実だった。
 その言葉に彼は呆れたようにこちらを見る。
 
「お前は俺に付いて行くだけ、と言ったな。それなら俺は自分の生活を変えようとは思わないし、何よりお前が不審な格好をしていれば連れ立つ俺まで疑われるだろう。付いて来る以上、お前のものを買うことになるのは避けられない」
 
 それくらい知っていろ、というような胡乱げな視線。表情は変わらなくとも、彼は瞳で物を語るらしい。すっと細められた瞳は朝日の下で深い紫に濡れていた。
 
「私にものを買うことは『干渉』ではないの?」
 
 そう問えば、彼は確かに眉根をよせた。まるで少し痛いところを突かれた、というような。
 
「……俺は俺の生活を変えない。お前が自分で物を選び、それを買うのが俺の金であるだけだ」
 
 
 アルベルトは立ち上がると泉の方の茂みへ足を向けた。その背中が、それ以上の詮索を受け付けないように見えて口を噤む。
 
 やはり私は一人ではどうにもならないのだ。死神と人の干渉は禁じられている。いくら付いて行くだけと言っても、生活をともにすること自体彼にとっては際どいものなのかもしれない。
 
 だとしても。彼にとってはギリギリのものだとしても、今の私にはどうしようもないのだった。自惚れるわけではないが、王城という箱庭で育った私は、きっと自分でも驚くほど何も知らないに違いない。たとえば城にいた頃は、ほとんどのことを侍女たちが、
 
「……っ」
 
 王城での暮らしを瞼の裏に描こうとしたところで、鈍い痛みが頭に走った。それ以上考えることを脳そのものが拒む。何故、何故?
 
「おい」
 
 上からの声にハッとして振り向くと、アルベルトがこちらを見下ろしていた。彼はすでに身支度を整え、黒の革鞄を手にしていた。

「行くぞ」
  
「……ええ」
 
 鈍い痛みはいつの間にか引いてゆく。ぼんやりとした疑問と痛みを振り払うように、早足で彼を追いかけた。
 

***
 
 たどり着いた市場は活気に包まれていた。
 静かな森から少し足を伸ばせば、人々のざわめくテント街が目に入った。まるで怒号にも似た多くの商人達の呼び込みの声。並ぶものは数え切れないほどで、色の洪水のように様々なものが入り乱れる。
 
「賑やかね……」
 
 一目見てわかる活気に思わず呟いた。城下町へのお忍びでこういう場所に来たことはあるが、それもあってか親しみやすく、懐かしい。
 
「王都リコルとも近い町だからな」
 
 彼はそう言うと私の格好を上から下まで見た。おかしい所がないことを確認すると、市場の喧騒へ足を進めていく。頭からすっぽり被った灰色のローブの上からでは、ぶかぶかの男物の服は見えないだろう。
 まだ王都の中だと思っていたけれど、どうやらすでに抜けていたらしい。王城を中心に広がる王都リコルは意外にも広い。王都の近くとはいえ、城からはかなり離れているはずだった。
 

Re: シオンの彼方 ( No.6 )
日時: 2017/11/19 16:22
名前: あんず ◆zaJDvpDzf6


 
 
 #2
  
 「ねえ、あれは何?」
 
 喧騒と色に満ちた賑やかな朝市。進む道の奥、目を引かれて指差した先には、細かな装飾が施された羽根が吊るしてある。花嫁のドレスにつけるような純白のものではなくて、まるで野生の鷹の羽のように斑な羽根。けれど薄汚れているわけではなく、赤や黄のビーズ飾りがよく映えている。
 
「あれは……リコラスの羽根飾りだな」
 
「リコラス? おとぎ話の守護鳥のこと?」
 
 守護鳥リコラス、それはこの大陸に伝わるおとぎ話の中の鳥。彼が答えたことにまず驚きだけれど、死神さえも知っているのか、はたまたそれは当然なのか。 
 
 それは遥か古、天災ばかりのこの大陸に平穏と幸福をもたらしたという。今では幸福の象徴として、その意匠は様々な場所に見ることができる。
 
「その鳥の翼を模した羽根飾りだ。……幸運を呼ぶとかいう、人間のまじないの一種だろう」
 
 呆れのため息まじりにそんなことを言う彼は、まるでリコラスの羽根を信じていないようだった。守護鳥リコラスの幸運、確かにそれは人間の間だけでの話なのかもしれない。
 
「ああいうのは、きっとお守りなのよ。私もよく知らないけれど、幸運を願って身につけるもののはずよ」
 
 王城でも多くの羽根飾りを見て育った。でもそれは屋台の軒先に吊るしてあるものよりもっと立派で、ふわふわしていて純白だった。その飾りたちは幸運を呼ぶ、と呼ばれていたけれど。決して身につけて歩く気軽なものではなかった。
 
 あの立派な羽根よりも、この斑で小さな羽根の方が余程幸せを呼ぶ“お守り”らしい。
 
「素敵な羽根。王都の仰々しい飾りより、何倍も幸運を呼びそうだわ」
 
「おっ、嬉しいこと言ってくれるな嬢ちゃん! 一つ持ってけよ」
 
 威勢のいい商人の声。ちょうど羽根飾りの店の前、頭にバンダナを巻いた快活な笑顔に羽根を手渡された。手のひらの中の斑の羽根は意外にも精巧で、ビーズはキラキラと輝いている。
 
「ありがとう、頂くわおじ様」
 
「おうおう、良い旅を!」
 
 人混みであっという間に遠ざかってしまう声に礼をして、羽根飾りを空に掲げてみる。
 ああ、はじめて人から貰ったものだ。身分だとか祝だとか、そういう理由一切無く。ただの私が手にした初めてのもの。
 
 アルベルトは何も言わなかった。だから私も何も言わず、羽根飾りをローブの中の髪に挿す。これから彼に何を与えられても、それでもこの羽根飾りだけは純粋に私のもので、私だけが干渉しているものだ。そんなことを、思う。

「……先にその髪を何とかするか」
 
「え? ええ、そうね」
 
 急に呟くものだから、はたと見上げてしまう。その先にある視線はすでに前を見ていたけれど、彼は私が羽根飾りを髪に挿したのを見ていたのだろうか。
 
 私の髪。先端が炎で焦げて、血で汚れて見るも無残なその髪は、羽根飾りを着けるには少し無様だった。そのことを気にしながらも羽根を挿した、それでもやはり気になるから弄っていたのだけれど。
 
 もしかして、私のその仕草を気に止めたのだろうか。なんて、この男のことだから気のせいかもしれないが。
 
「ありがとう」
 
 一応、と告げた言葉に彼は何も答えなかった。それどころか振り返ることも、足を止めることもないのだから、やはり違ったのかもしれない。
 
***
 
 細かい路地に何度も入っては出て、大通りの喧騒が少し遠く聞こえる。目の前の背について歩く場所は薄暗く、本当に店などあるのか疑うほどの静けさだった。
 時々私達のようにローブを深く被った人影が通り過ぎるけれど、それもごく僅か。朝なのにぼんやりと灯るランプがどこか妖しく煌めいている。
 
「ここだ」
 
「……」
 
 彼が立ち止まった建物は、蔦の絡まる灰色をしていた。所々ひび割れているのに扉だけは黒く艶めいて、まるで訪れる人を拒むかのよう。
 
 そんなことはまるで気にせず、アルベルトの手は扉を数回ノックする。返事はない。けれど彼はそのままドアノブに手をかけて、扉は軋みながら開いていく。
 
 思わずごくりと喉を鳴らして、埃っぽく冷えた扉の中へ消えていく背を追いかけた。
 
 

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