ダーク・ファンタジー小説
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- 白薔薇のナスカ《改稿版投稿完了!》
- 日時: 2017/09/10 23:51
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SkZASf/Y)
初めまして。あるいはこんにちは。四季といいます。
以前他サイトに投稿していた作品なのですが、こちらに移動させていただくことにしました。
初心者なので拙い文章ではありますが、どうぞよよしくお願い致します。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
初期版 >>01-50
2017.8 改稿版 >>53-85
- 白薔薇のナスカ《改稿版》 ( No.56 )
- 日時: 2017/08/23 21:12
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: LLmHEHg2)
episode.2
「出会いが起こす奇跡」
天体暦1946年・夏。
訓練所の掃除係となりそこそこ平穏な生活をしていたナスカの元に、一人の男性が訪ねて来る。
「始めまして、突然訪ねてしまってすみません。何でもパイロットになりたいとか。それを聞きまして、今日はこうして来させて頂いたのです」
ナスカはさっぱり知らなかったが、彼は『クロレアの閃光』という異名を持つ、エアハルト・アードラーという名の知れた戦闘機パイロットらしい。しかしそんな風には見えないきっちりした身形であった。黒とも茶色ともとれる曖昧な焦げ茶色の髪。鼻筋が通り艶はあるが薄い唇が凛々しさを醸し出す。鋭く切れ長な眼も印象的だ。
「もし良ければ僕の所へ来ませんか?航空隊は養成する暇が無く無理ということなので、ならばこちらに来ていただきたいと思いまして」
夢のような話ではあるが余りに唐突過ぎてナスカは怪しむ。こんな都合の良い話に裏が無いはずがないと思ったのだ。
「ちょっと待って下さい。まずどうして私が志望した事を知っているのですか。突然なので話が全く分かりません」
するとエアハルトは笑みを浮かべた。笑みが浮かぶと目尻が下がり、さっきまでとは違った人懐こい雰囲気を出してくる。
「あ、すみません。怪しいとお思いですね?説明不足でした」
それから彼は穏やかにここに至る経緯を説明した。
「実を言いますとね、航空隊の方からこういう子がいるんだけど育ててやってくれないかと話を受けまして。ですからすっかりそちらもご存じなのだと……」
それでもまだ半信半疑なナスカに対して彼は言う。
「そういえば、ヴェルナーの妹さんだそうですね」
ナスカはその話題には勢いよく食い付いた。
「兄さんを知っているの!?」
直前までの怪しんでいた気持ちが嘘みたいに晴れていく。
「……と言いましても随分会っていないのですけどね」
「どうして?」
純粋に期待している目で質問してくるナスカを見て、エアハルトは少し答えにくそうに間を開けてから答える。
「ヴェルナーが訓練中の事故で怪我をしたのは僕の責任です。責任者である僕がもっと早くに動いたなら彼の足も治ったかもしれなかった……でも!ご安心下さい。もう同じ失敗は絶対にしませんから!なので……」
そういうことか。ナスカはよく分かった。
「分かりました」
そう遮り、ナスカは笑顔を浮かべる。
「お誘いありがとう。行かせて頂きます」
その日から、ナスカの日常は再び動き始めるのだった。
一週間後、ナスカは戦争下でも数本だけ残っている電車を乗り継ぎ、エアハルトがいるという第二航空隊待機所へと向かった。訓練所からタブという街まで約一時間程の時間を要する。
タブの駅で電車を降りるといきなり広がる青い世界にナスカは圧倒された。高い空と広大な海が、視界を一面青の世界に染めている。人通りは少ない。微かに不安を抱きながらも貰った入所許可書の地図を頼りに約束の場所へ向かう事にした。太陽は眩しく輝いているが、爽やかな風が吹いているせいかそれほど暑くは感じなかった。
五分ぐらい歩くと高い鉄の門に辿り着く。門の脇の壁には銀のプレートがついていて、【第二航空隊・海兵隊待機所】の名が彫られている。地図と見比べて間違いないかどうか何度か確認してから、インターホンらしきボタンを恐る恐る押してみた。ナスカは緊張気味に返答を待つが、なかなか出てこないのが余計に彼女を緊張させた。
しばらくそのまま待っていると、長い沈黙を破り声が聞こえてくる。
『お待たせしました。おはようございます。どちら様ですか?』
少し籠ったハスキーボイスだった。聞き慣れない声に怯まずナスカはハッキリと答える。
「ナスカ・ルルーという者です。エアハルトさんと約束しておりまして、会うために参りました」
ハスキーボイスの男性は怪訝な声色で確認する。
『……エアハルト?失礼ですがパスの確認をお願いします』
冷やかに告げられたナスカは戸惑いながら仕方が無いので尋ねてみる。
「パスって何ですか?」
すると男性は説明する。
『先程約束だとおっしゃいましたよね。ならば、入所許可書をお持ちの筈です』
ナスカは心を落ち着けて手元にある入所許可書を見回す。するとそれらしきものが見付かった。ややこしいので一つ一つ丁寧に読み上げていく。
「えぇと……これですかね。では、nu5o-bqas6-e127g-jxbc……です」
パスを読み上げ終えると、鉄の門は自動的に開いた。まさか自動式だったとは、とナスカは驚いた。
『どうぞ。お入り下さい』
- 白薔薇のナスカ《改稿版》 ( No.57 )
- 日時: 2017/08/23 21:13
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: LLmHEHg2)
ナスカが門を通り過ぎて敷地内へ入ると、門は再びきっちりと閉まった。そこからは太く果てしないコンクリートの道が広がっていた。重々しいコンクリートのグレーと爽やかな海の青という二色のコントラストが凄い。二階建ての建物がある以外はひたすら広大な地面が続いている。ナスカは緊張しながらもその建物に入ってみる。自動ドアが迎えてくれた。中に入っていくと、カウンターの所に座っていた男性が立ち上がりナスカに声をかけてくる。
「先程の方ですね?」
籠った声でさっきの男性だと分かった。カウンターの外へ出てきた男性に深くお辞儀をされナスカは困惑しながらもお辞儀をし返した、その時だ。
「お嬢さん!」
エアハルトが建物の外から歩いてきた。この前に会った時とは違い長いコートを着ている。耳には黒の目立たないイヤホンをしていた。
「お久し振り、今日到着でしたね。部屋へ案内しましょう。そこの君、201の鍵!」
ナスカに対して丁寧で柔らかな物腰だっただけに、男性に向けて鋭く言い放ったのが意外だった。言われた男性が狼狽えるでもなく普通に鍵を手渡している所を見ると特別な事ではないのだろう。エアハルトは鍵を受け取ると「ありがとう」とあっさり礼を述べナスカの方に向き直る。案外さっぱりしていた。
「取り敢えず荷物を置きに行きましょうか。部屋まで案内します」
ナスカは彼に連れられて二階へ上がり部屋まで誘導してもらう。ドアの向こうに広がっていたのは狭く質素な小部屋だった。壁は全て白で小ダンスとちゃぶ台だけが設置されている。
「もうここしか空いていなくて……布団はまた夜に係の者がお持ちしますから。これからはどうします?休憩されても……」
ナスカは心のうきうきを静められそうになかったので、時間を有効活用しようと考えた。
「見学させて頂いても構わない?あっ。でしょうか」
思わずため口で喋ってしまい後から丁寧語を付け足したが彼は嫌な顔一つせずに頷く。
「えぇ、構いませんよ。折角ですから案内しましょう」
その時、先程のハスキーボイスの男性が階段を駆け上がってきた。
「アードラーさん!出撃命令が出ました!」
エアハルトは面倒臭そうな顔をする。
「いや、ここまで言いにこなくていいでしょ?こっちで連絡してくれよ」
彼が耳のイヤホンを指差すと男性は謝った。
「ごめんなさい、お嬢さん。ちょっと行ってきます。君!彼女と話してあげて」
男性が妙に勇ましく敬礼をすると、エアハルトは早歩きで階段を降りていった。
「あ、えっと……もうすぐ窓からアードラーさんの戦闘機が離陸するのが見えます!」
部屋の中を指差したので、ナスカは奥にある窓の方に向かった。しばらくして一台の黒い機体が飛び立った。
「あの黒いやつね!?」
実際に目にして興奮を抑えられずに声を出すと、男性は静かな動作で頷く。
「えぇ。そうです」
窓から乗り出す様に広大な空を眺めた。
「それにしても一瞬で出発したの?行動が素早いわね」
その後にも続々と数機が飛び立っていく。その轟音がナスカの心を興奮させた。
「コートの中に飛行服を着ていたのです。アードラーさんは出撃命令が多いので普段は飛行服で過ごされてますが、お客さんをお迎えするのにそのままでは悪いと思われたのかと。因みに着用なさっていたのは夏用のコートですから、薄手です」
恐るべき丁寧さで詳しく説明してくれた。そこまで説明する必要があるか?というレベルだ。
「それで……この後はどう致しましょうか?」
男性の問いにナスカは笑顔で答える。
「先に貴方の名前を聞きたいわ」
その希望に彼は答えた。
「名前、ですか?ああ、まだ自己紹介をしていませんでしたっけ。ベルデ・ミセルです。一階のカウンターで受付をしていまして、一応警備担当です。どうぞ宜しく」
棒読みのハスキーボイスにもそろそろ慣れてきた。無愛想に聞こえるのは多分機嫌が悪いのではなくそういう人なのだろう。ナスカにしてみれば、テンションが高過ぎる人よりずっと良かった。活発すぎる人といるのは疲れてしまう。
「他に何か聞きたい事がありましたら、何でも質問して下さい」
彼なりに気を遣ってくれているのは理解できる。折角の機会に何も無いというのも悪いので、お願いする。
「そうね……じゃあエアハルトさんについて聞かせて!本当は凄い人だとか聞いたけど、実は余り知らないの。ちゃんとお仕事しているの?」
するとベルデは衝撃を受けたかのような表情になって返す。
「えっ!知らないんですか?ちゃんとしているも何も、アードラーさんはクロレアのエースパイロットですよ!!この国の希望の星です!!」
予想外に熱く語りだされたナスカはドン引きして硬直した。エアハルトがそんなに凄い人なのだとは知らなかったし、今までの会話した感じからは想像もできない。
「せ、説明ありがとう……」
としか言いようがなかった。
「私にもパイロットになれるかしら?やる気はあるつもりだけど実はちょっと心配してるの。本当に大丈夫だろうか、って」
すると彼は少し考える顔をした。
「……厳しいですが努力次第でなれると思います。もし上手く進めば、クロレア航空隊初の女性戦闘機パイロットになるかもしれませんよ。航空隊も密かに期待しているのでは?」
ベルデの淡々とした物言いは不思議と信頼できる気がする。
「でも断られたのよ」
彼は首を横に動かす。
「いえ。あくまで推測ですが、期待しているからアードラーさんに話を持って行ったのでしょう。だって考えてみて下さい。教育する価値の無い者の育成を頼んだりするでしょうか?」
言われてみればそんな気もしてきた。確かに不自然である。違う道を選べと拒否の通知を渡しておいてエアハルトに育ててやってほしいみたいに頼むなんて。
「それは確かにそうかも」
ベルデの理論も満更間違ってはいない。
「アードラーさんはずっと出撃ばかりの刺激の無い毎日で疲れると言われてらしたので、嬉しかったと思います。育成などという新たなことに挑めるのですから」
出撃ばかりって。と、突っ込みを入れたい気分だった。命を落としてもおかしくない仕事をしているというのに刺激が無いとは恐るべしだ。
「余裕なのね、流石だわ。よぉし、私も頑張らなくっちゃ!」
ナスカは強く決意して、窓の外に広がる果てしない空を見上げた。
- 白薔薇のナスカ《改稿版》 ( No.58 )
- 日時: 2017/08/23 21:14
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: LLmHEHg2)
episode.3
「少女の出撃」
その日の晩、ナスカは沢山の人が集まる一階の食堂へ招かれた。実を言えば、エアハルトが誘いにわざわざ部屋に来てくれたので、断れなかったのだ。彼は仕事を終えて帰ってきたところとは思えない元気さで、ナスカを食堂まで連れて行く。彼が颯爽と歩くと、廊下にいる人たちの視線を釘付けにした。さすがは『クロレアの閃光』だけある。
「ここの食堂はバイキング形式になっています。必要以上に取らなければ何を取っても問題ありません。ただし、年上の者が優先というルールがあります」
エアハルトが優しく丁寧に説明してくれている間、周囲からの興味津々な視線が激しくて少しばかり恥ずかしい。しかし親切で説明してくれている以上、止めてほしいとは言えず、ただひたすら耐えるしかない。
「あ、そうそう。確認しようと思っていたんです。これからは仲間になるので、お嬢さんと呼ぶのも変ですし、ナスカで構いませんか?」
彼が笑顔になる度に女性陣からの痛い視線が突き刺さる。嫉妬されているのか気になっているだけなのかは分からないが、得体の知れない視線の前に為す術は無かった。既に挫けそうだ。
「はい。それで大丈夫です」
ナスカは周囲を刺激しないように控え目に頷き小さな声で答えた。
「じゃあ晴れて仲間って事で、これからは普通に喋らせてもらうね」
先程までとは打って変わって陽気な喋り方になる。彼がたまに見せる無邪気な表情が実に興味深い。ナスカは、エアハルトは結構社交的な人なのかもしれないな、と思ったりした。
「あれ、アードラーさんだ。その女の子はどちら様?もしかして噂の新入りさんですかいっ?ふふっ」
そんな微妙なタイミングでテンション高めな女の人がエアハルトに声を掛けてきた。肩ぐらいの長さの茶髪を下で大雑把にくくっているのが女々しくない感じで好印象。さっぱりして爽やかさが伺える。
「あぁマリー、用事が終わったんだな。この子のことが気になるのか?彼女の名はナスカ、新入りさんだ。これからよろしくしてやって」
するとマリーと呼ばれたその女の人は、ナスカの手を取り笑顔で気さくに喋りかける。
「初めましてナスカ。マリアムって言います、よろしく!呼び方はマリーで良いからね」
笑うと案外愛らしかった。
「彼女は僕の専属整備士をやってくれているんだ。とてもいい子だから好きになると思うよ。マリー、食事は?」
エアハルトの問いにマリアムは明るく返す。
「今から!じゃあ折角だしナスカも一緒に食べよっか!あたしも友達が増えたら嬉しいな」
ナスカが返答に困っているとマリアムの横にいるエアハルトは満足そうに頷いていた。
「それを頼もうと思っていたんだ。マリーはよく分かっているな!さすがだ」
ナスカは「普通と違うタイミングで入った自分に友人を作ろうとしてくれているのだろう」と推測した。エアハルトは職業的に優秀なだけではなく、気遣いのできる男だ。それは人気なはずである。
「そりゃ専属だもの。アードラーさんのことは一番分かってるに決まっているじゃない」
マリアムは胸を張り、面白おかしく威張る演技をする。苦笑いしていたエアハルトはナスカに凝視されているのに気付くと急激に冷たい態度で言い放つ。
「専属なのは僕の機体が普通の構造と違うからだろう!特別仲良いわけではない!」
それに対してマリアムが鋭く突っ込みを入れる。
「誰に対して言ってるんだか」
やれやれという分かりやすいアクションをしながら呆れ顔になる。
「君は本当に失礼だな!」
エアハルトはむきになり鋭い言い方で反撃した。
「あれ〜、ナスカがいるからかっこいい演出してるの〜?わぁ、ダサいね」
「無駄口を叩くな!」
二人はナスカの目の前で仲良く喧嘩していた。しかし特別周囲からの視線は感じないので、どうやらいつものことらしい。珍しくはないのだろう。
「もういい!ナスカ、二人で食べよう。あんな女はもう知らない!」
最初にそっぽ向いたエアハルトがナスカの右腕を掴む。すると続けてマリアムが言う。
「女同士の方が良いに決まっているわよね!あんなカッコつけは放置して、二人だけで仲良くしようね!」
「は、はい……?」
マリアムは左腕を掴んだ。
それからほんの少し間があってマリアムは笑い出した。何が面白いのかいまいち分からないが、派手な大笑いだった。一方のエアハルトはテンションが急降下し溜め息を漏らしている。
「傷付いた?ごめんなさい」
マリアムは言葉では謝るが謝罪する気は無いらしく楽しそうである。ナスカはマリアムに言ってみる。
「マリーさんって、エアハルトさんと仲良しなんですね」
すると彼女は急に目線を逸らした。
「えっ、そう見える?そんな事ないけど……」
何だかんだで二人は仲良しだった。二人共お互いに否定していたが、それこそ仲の良い事の証明だろう。仲良くないと言いつつ息がぴったりではないか。
その後、ナスカは結局二人と一緒に夕食を食べた。そんなにお腹が空いていなかったし、遠慮もあり、ティーカップ一杯分のコーンポタージュとロールパン二個だけにした。味は予想よりかは美味しいが別段美味でもない。しかし久々に誰かと食べる夕食は格別な気がした。
それから数ヶ月が経過、ナスカは着実に訓練を積んでいた。初めての飛行で彼女は皆を驚かせる。多少のあどけなさはあるにせよ、初心者とは思えない見事な飛行を見せたのだった。それからナスカに期待する者が増えた。
ナスカは徐々に訓練が忙しくなってきても、週末にヴェルナーに会いに行く習慣だけは決して変えない。一向に回復しないのを見ていると、本当は既に死んでいるのではないかと何度も思った。しかし、手が温かいので、期待は捨てずにいられた。彼がどのような状態にあるのかナスカには分からない。だからこそ、明日には、来週こそは、と繰り返し回復を祈り、お見舞いを欠かさなかった。
- 白薔薇のナスカ《改稿版》 ( No.59 )
- 日時: 2017/08/23 21:15
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: LLmHEHg2)
搭乗機を決定する日が来た。ナスカはエアハルトに連れられて倉庫へ行く。その倉庫の中には色々な空を飛ぶ乗り物が置いてあった。古臭く壊れているような物から艶のある新品らしき物まで、様子は様々である。
「ボロボロな機体は古くて壊れた処分待ちだから、そういうの以外で選んでね」
興味津々でキョロキョロしながら歩いていたナスカは、ある一体の機体の前で吸い寄せられる様に立ち止まった。真っ赤なボディに白い薔薇のマーク。
「……これは?」
尋ねるナスカを見てエアハルトは唖然とする。
「それに興味があるのかい?」
ナスカは彼の表情の意味を分からぬまま頷いた。
「それは僕の機体と一緒でレーザーミサイルが撃てる機体だよ。でもずっと適応者がいなくてお蔵入りさ。製造者によると、腕の良いパイロットにしか運転できないとか。本当かどうか分からないけどね」
苦笑しているエアハルトをよそにナスカは明るく言う。
「素敵。これにしましょう!」
それを聞いた彼は怪訝な顔で確認を取る。
「……本気かい?」
怪訝な顔のエアハルトとは裏腹に、ナスカはもうやる気満々だった。
「乗れるならこれにさせて!不可能ではないわよね?ねっ!」
さすがに彼にも止められなかった。いや、止めなかった、が正解かもしれないが。それに今までのナスカの頑張りを見ていた彼には分かっていたのだ。彼女ならこの機体でも乗りこなせてしまうかもしれない、と。
「分かったよ、君なら大丈夫だろう。じゃあ今度はその機体で慣れるまで飛行訓練を。大変かもしれないが、ナスカなら頑張れるだろうからね」
エアハルトは、ナスカがこの機体に乗る様になればきっとクロレア航空隊の大きな戦力になると予想していた。
そして来る天体暦1947年、遂に出撃命令が下る。決して楽しい仕事ではない。今はただ、責任と覚悟を持ち、前へ進むだけ。訓練はひたすらしてきたが、実戦に出るのは初めてである。
「足は絶対に引っ張りません!それは誓います」
などという半分冗談じみた発言で緊張をまぎらわす。
この日出撃するのは、無愛想なジレル中尉を中心に五名である。ナスカを応援してくれているファンの一人である新米の少年トーレもいた。無愛想なジレル中尉は、ナスカには目もくれず自分の搭乗機へ行ってしまった。エアハルト曰く口下手らしいが、どちらかといえば口下手というより感じ悪いイメージが強い。一方でトーレは「頑張ろう!」と妙に力んでいて不安である。エアハルトは持ち場を離れられない仕事がある日だったので仕方無く地上に残ることを決めた。何だかんだいって、ナスカを一番心配していたのは彼だろう。前日から、不自然な言動が目立って増えていた。
当然だが見送りにはやって来る。エースパイロットと呼ばれる男だけあり、出撃の時には頼もしくナスカを励ました。恐らく情けない姿を見せられないと少し無理して頑張ったのだろう。
「君は一人じゃない。だから、きっと上手くいくよ」
ナスカを見送るエアハルトは微笑んでいた。きっと心の中は不安でいっぱいだったことだろうが。
第二航空隊待機所の滑走路から白薔薇の描かれた機体が空へ飛び立った。クロレア航空隊から初めて女性の戦闘機が空を舞った瞬間であり、それがナスカ・ルルーの伝説の幕開けである。
- 白薔薇のナスカ《改稿版》 ( No.60 )
- 日時: 2017/08/23 21:16
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: LLmHEHg2)
episode.4
「伝説の始まり、そして」
出発して数分、敵国のマークが描かれた戦闘機と接近する。敵機の飛行速度は訓練時に周囲を飛んでいる機体とは比べ物にならないぐらい速い。迫力が凄まじい。何とも形容できない異様な緊張感が全身を駆け巡る。しかし不安な気持ちはなぜがまったく消え去っていた。訓練通りにするだけ。そう自分に言い聞かせる。
ジレル中尉が最初に現れた一機をミサイルによって見事撃墜した。無愛想な人だが、さすがだ。慣れている。
ナスカは心を落ち着け冷静になる。大丈夫、と自分に言い聞かせる。練習の時と同じように近付いてきた敵機に照準を合わせ、そして、素早く引き金を引く。実体の無いレーザーミサイルは、引き金を引いている限りずっと継続して連射されるシステムである。
ナスカは見事に一機を仕留めた。敵の機体は煙に包まれてふらふらと緩やかに落ちていく。ドキッとする瞬間は数回あったものの、その後も軽々と数機を撃ち落としてみせた。生まれて初めてのスリリングな経験に、密かに胸をときめかせていた。撃ち落とされれば死ぬかもしれない。だが命の鼓動が速まる独特の感覚がナスカを虜にして離さなかった。
彼女は初めての出撃にして、既に才能を開花させていた。そんな彼女の活躍もあり、残ったリボソ国の戦闘機たちはすぐに撤退していった。もっと撃ち落とすために追いたい気持ちもあったが、帰還せよと命令を受けたので進行方向を変える。
待機所へ帰り機体から降りると、先に降りていたトーレが手を大きく振りながら駆け寄ってくる。ナスカは、「さすがだね!」と言い嬉しそうに笑うトーレとハイタッチを交わした。
「凄かったよ〜、やっぱり憧れちゃうなぁ。お互い無事帰ってこれて良かったね」
トーレはぱっちりした明るい色の目をきらきらと眩しく輝かせてナスカを褒める。
「えぇ。ホント、何もなくて良かったわ」
ナスカはそう軽く流してから片付けをした。この後の調整は整備士の方にお任せだ。
「ねぇ、トーレ。向こうまで一緒に帰る?」
声を掛けられたトーレは大慌てでバタバタと片付け、光の速さで飛んできて、ハキハキした返事をする。
「はい、喜んで!」
ナスカとトーレは建物に帰ろうと二人で歩いていく。その途中、偶然ジレル中尉が目の前を通りかける。
「ジレル中尉、お疲れ様です」
声を掛けると彼は冷たい目付きで少しだけナスカを見たが、ぷいっとそっぽを向いてしまった。その様子を見ていたトーレが皮肉を言う。
「僕この前も思ったんだけど、何ていうか、あの人ちょっと感じ悪いよね。何か言ってもほとんど無視するし、あれじゃ出世できないんじゃないの。あんなだから中尉のままなんだよ」
その日の夕食時、たまたま廊下で出会ったトーレと一緒に食堂へ行くと、エアハルトとマリアムが仲睦まじく二人で座っていた。先にナスカに気が付いたのはマリアムの方だった。
「あっ、ナスカ!」
その声によって気付いたエアハルトが表情を明るくしてナスカの方を見る。しかし隣にトーレがいるのを目にすると、少し気まずそうな顔をした。
「エアハルトさん、お隣座っても構いませんか?」
ナスカが尋ねると彼は「いいよ」と穏やかに答える。
「えっと、じゃあ僕はここで失礼します」
トーレが頭を下げてその場を離れていくと、マリアムがナスカをやたら褒め始める。
「ナスカ、今日の活躍聞いたよ!何機も落としたらしいじゃない!初めてなのに凄いね。信じられないや!さすがだわ」
するとエアハルトは誇らしげに胸を張った。
「僕の育てた有力なパイロットだからなぁ。どうだいマリー、僕を尊敬したか?」
マリアムは何食わぬ顔で、あえて丁寧に嫌味を言い放つ。
「まあ、何を勘違いなさってるの?彼女の才能ですけどー?」
彼は言い返せなくなったらしく膨れて黙った。そんな彼に気を遣いナスカはフォローする。
「そんなそんな、私の才能なんかじゃありませんよ。エアハルトさんに色々教えていただいたから上手くいきました!」
「ちょっと、謙遜させるんじゃないですっ!可哀想!」
マリアムはエアハルトに対しては皮肉や嫌味を言ったりするが、ナスカには優しかった。
この出撃で戦果を挙げたナスカの名は、クロレア航空隊にあっという間に知れ渡っていった。ナスカは初めての女性戦闘機パイロットとして期待の星になったのだ。
とはいえこの時点では軍部での話題であり、国民が彼女を存在を知るのは、まだしばらく先のことだが……。
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