ダーク・ファンタジー小説

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閲覧数○○記念! カラミティ・ハーツ 短編集
日時: 2017/08/30 22:25
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 どーも、藍蓮です!
 閲覧数が一定の数行くたびに、本編にまつわる短編を書こうと画策中です。本編を知らない方はご遠慮ください。たぶん、わかりません。ちなみに、短編を読まなくても本編に支障はございませんが、読めば一層深みが増すであろうことを、ここに書いておきます。

 目次(+メイン人物)

1 穏やかな時間 >>0 −−リュクシオン
2 「ありがとう」と言いたくて >>1 −−リクシア
3 言えた名前 >>2 −−エルヴァイン
4 「Hearty」 >>3 −−フィオル
5 満ちた月欠けた月 >>4 −−ルヴァイン&シャライン(神話)
6 天使たちの青空 >>5 −−極北の天使たち(五人)(多いので省略)
7 殺人剣のF >>6 −−フェロン(※5900文字)
8 廃墟の青 >>9 エルヴァイン

 というわけで、閲覧数50記念の話から。

  ◆

 閲覧数50きたよ! 嬉しいなー。
 ってなわけで、「カラミティ・ハーツ」の番外編を書きたいと思います。序章でちょっとしか出られなかった、リュクシオンのお話。
 皆さま、ありがとうございます!

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 Speciai Story 穏やかな時間

——時はさかのぼる。

「リュクシオン」
「はっ」
 ウィンチェバルの王宮で。その日、彼は呼び出しを受けた。
「これから季節は冬になる。侵略も一気に途絶える季節だ。そこで提案する。そなた、ときには帰省せぬか」
「帰省……ですか?」
「そうだ。国のために働いてくれるのは大変結構。しかし、休息は必要だろう? そなたには妹がいるそうではないか。たまには会ってやれ」
 リュクシオンは、頭の中で、甘えんぼな妹のことを考え、苦笑いした。
 あの子はさぞ、自分に会いたがっていることだろう。
「……そう、ですね……。陛下がよろしいとおっしゃるのならば、是非、妹に会いとうございます」
 王はその返答を聞き、満足そうに笑うのだった。
「そうだそうだ。休め休め。そなたは真面目すぎていかんのだ」
「……では、失礼いたしますね」
 リュクシオンは、部屋を出た。

 王宮から馬車を借り、妹がいる小さな村を目指す。初冬の空気は肌寒く、それでいて、どこかすがすがしい。リュクシオンは、解き放たれたような、スッしたさわやかな解放感を感じた。
「……このところ、ずっと執務室勤めだったしなぁ」
 こういったさわやかな空気を、心が望んでいたのだろうか。
 しんしんと雪降る銀色の世界を、リュクシオンの馬車は進んでいく。

「わぁ、今夜は積もるかなぁ」
 部屋の窓を開け、リクシアは凍空(いてぞら)を眺めた。
 天から降る雪は白く儚く。そして一瞬で溶けていく。
「雪を喜ぶとか、子供?」
 その気分を、隣でフェロンがぶち壊しにするが、リクシアは気にしない。
 ——こんなきれいな雪の日は、いいことが起きるような気がしない?

「すっかり夜になってしまったな」
 雪降る村を、馬車が進む。それは、ある家の前で止まった。
 明かりはついていない。どうしようかと悩んでいると、戸からフェロンが出てきた。
「……リューク。来るなら早めに言ってくれる」
「……何で君がここにいるのさ」
 フェロンは確かに幼馴染だが、家族ではない。
 フェロンが呆れたように言った。
「君の妹! リア! 寂しいから話し相手になってって、強引に僕を誘うんだ。こっちは一人暮らしだから別にかまわないけど……。でも、夜じゃなくて昼に着けなかったの? リア、寝ちゃったし」
「昼は忙しかったものでね」
「……リュークは真面目すぎる」
「君が言うことでもないだろう」
 言葉を交わし、家に入る。
 久々に、帰った気がした。
 雑務に追われ、王宮で忙しく働いていた日々とは違い、ここには穏やかな時間がある。
「馬車で来たの?」
「ああ、そうさ。馬は厩にとめておいたよ。厩舎、わざわざ作ってくれてありがとね」
「王宮からここまでは遠いから。厩舎があると便利でしょ?」
 あ、そうそう、とフェロンは言う。
「リアを起こすのは明日にしてね。今起こしちゃ、かわいそうだ」
「わかってるって。眠ってる可愛い妹を、無理に起こすような薄情な兄さんじゃないさ」
 返して、彼は自分の部屋に行く。
 ここ半年ほど主のいなかった部屋は、驚くほど、きれいに掃除されていた。
「……リクシア。僕のことはいいって、あれほど言ったのにさぁ。君も世話焼きだねぇ」
 でも、うれしかった。帰る場所がある、迎えてくれる人がいる、そのことが。
 そんなことさえできなくなった人を、たくさん見てきたから。
「僕は幸せだよ……」
 言って、ベッドに寝転がり、目を閉じた。
 閉じた目の中に、雪が反射した月の光が、ちらちらと入り込んでいた。

 翌朝。
「うわぁっ! お兄ちゃんっ!」
 何の気もなしに居間に行くと、リクシアに仰天された。
「……そんなに驚かれると、傷つくよ?」
「わ、悪気は無いのっ! 今までいなかったから、急に現れてびっくりして……」
「昨日からいたよ」
 どこからかやってきたフェロンが、さりげなく割り込む。
「まぁ、戻ってきたのはリアが眠った後だし。起こさないでって言っておいた」
「そんな! 起こしてよぅ!」
「リアも休めってこと。まったく。兄妹そろって、休むってことを知らないんだから」
 その言葉に、リュクシオンが反応する。
「……休んでないの?」
「あ……う……」
「兄さんがいない分私が頑張るだの、兄さんがいつ帰ってもいいように環境を整えるだの……。口を開けば兄さん兄さん。そりゃ、休む暇もないよね」
「フェロン〜!」
 フェロンがあっさり暴露した。
 リュクシオンは苦笑いする。
「仕方ないなぁ。じゃあ、みんなで出かけようか。それが、僕らの休息さ」
「……家で休めって言ってんの。このブラコン、シスコンが」
 フェロンの小さなつぶやきは、無論、二人に届かない。
「どこ行くどこ行く〜?」
「山に行ってみようか?」
「賛成!」
「……勝手にしろ……」
 ……常識人のフェロンは、苦労人でもあった。

 冬の山は、昨日降った雪で真っ白に染まり、きらきらと日の光を反射していた。
「きれい……!」
 春は野花、夏は新緑。秋は紅葉に、冬は雪。
 四季折々で違う顔を見せる山の中でも、リュクシオンは冬が好きだった。
 雪の、白。何にも染まらぬ、天上の白。それがすべてを埋め尽くし、一面の銀世界へと変える。その白さ、美しさを。リュクシオンは愛した。
 澄みわたった空気は思わず深呼吸したくなる。深呼吸すれば、すがすがしい冷たさが喉を渡って、頭をすっきり冴えさせる。
「冬って、いいよね。綺麗で」
 冬にしては珍しく、すっかり晴れた快晴の空を、見上げた。
 ——この光景を見るために、僕はまた、戻ってくる。
「リクシア。競走してみよっか」
 誘いかければ。
「オーケー兄さん! じゃ、あの木まで走ろっ! フェロンもね!」
「ええっ? 僕も!?」
 文句いいながらも走るフェロン。
 地を駆ければ、踏む雪の感触が気持ちいい。息をすれば、飛び込んでくる、すがすがしさよ。
 リュクシオンは今、心から楽しんでいた。
 戦も政務も。何もかも忘れて。
(楽しい、楽しい、楽しいよっ!)
 無邪気に笑う、風の精のように。笑い踊りながら走った。

 結果は、フェロンが一番、リュクシオンが二番。リクシアは三番でビリだった。
 フェロンは一呼吸遅れたのにもかかわらず、堂々の一番。リクシアはそれが面白くない。
「なんでフェロンが一番なのよぅ」
 文句を言えば。
「経験の差だね」
 あっさり返すフェロン。
 それを見て、リュクシオンがフォローする。
「ほら、僕らは魔法を使うだろう? でも、フェルは剣を使うじゃないか。剣士は体そのものを武器として使うから体を鍛えていて当然だけど、魔道師は体はそこまで使わないだろう? だから、これは仕方ないのさ」
「勝ちたかった……」
「まぁまぁ」
 苦笑いして、リクシアをなだめる。
 空を見る。日は中天に差し掛かっている。リュクシオンは言った。
「やぁ、もうお昼だね。ランチにしようか」
「……リューク、持ってきたわけ?」
「いいや?」
「——君ね!」
 リュクシオンの天然っぷりに呆れかえるフェロン。
「……じゃ、何。このまま下山するの?」
「そうだよ?」
「…………知らない」
 フェロンは呆れてものも言えない。
 リクシアがうん、とうなずく。
「じゃ、帰ろっかー。帰ろ、帰ろー」
「……………………(—_—)(訳;もう知るか)」
 ……こうして一行は下山した。

 この後、リュクシオンはこの家で二週間を過ごし、王宮に戻っていく。そしてまた、雑務に追われる日々に戻る。
 でも、彼は忘れない。あの日。帰省したあの日。
 確かに幸せだったこと。
 喜ぶリクシアと仏頂面のフェロン。美しいあの銀世界。
 夢のようだったあの日々を。彼は永遠に忘れない。
(こんなに楽しいなら、ちょくちょく戻ろうかなー)

 しかし、彼が再び、戻ることはなかった。
 季節は、冬。戦の前の小休止。

 その年の春。彼は国を滅ぼして、魔物となってしまったのだから——。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 単発番外編です! 皆さま、どうでしたか?
 彼らにもあった幸せな日々。物語の前日譚です。
 ほのぼのした感じが伝わればいいなー。

閲覧数300記念! カラミティ・ハーツ 短編 天使たちの青空 ( No.5 )
日時: 2017/08/22 21:46
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode

 え、閲覧数300!?



 嬉しすぎて、思わずガッツポーズをとってしまった藍蓮です。

 というわけで。またやります、記念の話。

 本編をEp25まで読んでいない方はお控えください。
 ただし、本編をEp31(現時点での最終話)まで読まないと、最後の言葉の意味はわからないと思いますが。
 そこの関連です。

 5000文字行きましたので、時間のある時に読みましょう。



※ 下手くそですが、リクシアの絵を描いてみました。貼ったURLから飛べます。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 Speciai Story 天使たちの青空

  ◆

 ——あの日。

 あの、思い出の日。

 未来を信じて疑わなかった私たち。
 十年後も、二十年後も。一緒にいられると信じていた私たち。

 失った今ならわかるんだ。そんなこと、叶うわけがないと。
 でも、無邪気だったあのころは。愚かだったあのころは。
 
  ——みんなで空を自由に舞った、あの日は。
 
 無邪気だったけど、楽しくて。
 愚かだったけど、幸せで。

 忘れられない、日があるんだ。
 五人で笑った、遠いあの日が。
  
  ◆


 時はさかのぼる。
 

「うわぁ、すっごくいい天気!」

 リルフェリアは、窓を開けて、大きく息を吸い込んだ。
「ねぇ、アル! あたし、ちょっとみんなを呼んでくる!」
 言うなり脱兎のごとく、駆け出した。
 その背中を、苦笑が追いかける。
「……いつもいつも大騒ぎ……。時にはのんびりしたっていいじゃない」
 それでも嫌な気がしないのは、彼女の性格が明るく無邪気だからだろう。
「行ってらっしゃーい」
 気のない声を、投げかけた。

  ◆
 
「ラーヴェル、ラーヴェル!」
「ん? 何? 何の用?」
 リルフェリアは、町をのんびり歩きまわっていた彼を捕まえて、言った。
「ね、今日はいい天気だし! みんなで遊びにいこうよ?」
「おっ、楽しそうじゃねぇーか。いいねいいねぇ。どこ行くんだよ?」
「未定なんだけど、さ……。それよりみんなを集めなきゃね」
「……相変わらずの行き当たりばったりで。んー? ヴァッツは参加するかねぇ?」
「するわよ、もちろん! 行こう、行こう!」
「……おれより能天気な奴はじめて見たわ」
 騒がしい二人は、町を歩く。

  ◆

「…………ッ」
 ヴァンツァーは、今日も真面目に剣術修行に励んでいた。漆黒の彼が剣を振るたび、流れるような太刀筋が美しい。彼は生粋の剣士だった。
 そんな張り詰めた雰囲気が、一瞬にして台無しにされる。
「あっ、ヴァッツ見っけ! 家にいないと思ったら……」
「こいつがまともに家にいたことがどれほどあるか! リルも頭を使えよな〜」
「ラーヴェルに言われたくはないわよ! あたし、あんたほど馬鹿になった覚えはない!」
「言ったな? なら、リル……」

「……静かにしてくれないか?」

 呆れたような溜息とともに、喧嘩する二人の間を、冷たく澄んだ声が裂いた。
「ヴァッツ!」
「よっす〜。お邪魔するぜ!」
 反省する様子すらない二人。彼はもう、呆れるしかない。
「……で? 何しに来た」
「何するって」
「そりゃ、遊びの誘いに……」「断る」「即答!?」
 ヴァンツァーは、呆れたように首を振った。
「生憎俺は忙しいんだ。遊びなんかにつきあう暇はない」
 そう、返すと。リルフェリアは、ラーヴェルを睨んだ。
「もうっ、あんたがあんなこと言うから!」
 彼女は、必死な表情を作った。
「今日、いい天気じゃん! だから、みんなでどっか出かけようって!」
「つまらん。断る」
「つれないよ、ヴァッツ! あたしたち、あんまりみんなで遊ばなくなっちゃったし、さ? 今日くらいはいいじゃん!」
 リルフェリアは、背中の翼までバタバタいわせて、必死さをアピールした。
「だからさ、お願い! 一緒に来てよ! あたしたち二人だけじゃつまらな……」「……わかった。行けばいいのだろう」「え?」
 ヴァンツァーは溜め息をつきながらも、言った。
「ずっとやかましいのは耐えられないな。さっさと行って終わらせるぞ」
 自分の感情に素直になれないヴァンツァーの、これが精一杯の譲渡。
 それがわからないほど浅い付き合いではないから。
「やったぁ! ヴァッツ、ゲットぉ!」
 拳を突き上げて喜んだ。
「ゲットって……物か、俺は」
 背後で、呆れたような声がした。
 それに便乗するように、ラーヴェルがガッツポーズを決める。
「とりあえず、最難関クリアおめでとさーん!」
「……何もしていない貴様が言うか……」

  ◆

「遊びに行く〜? 面白そうです〜」
 リリエルの家に行き、事情を話す。
 すると、彼女は目を輝かせて言った。
「行きたいです! 行かせてくださいよー」
 その、あまりに無邪気な姿に。
「……リリーを最初に持ってきた方が、ヴァッツが早めに落ちたかも」
 そんなことを、思わずつぶやいたリルフェリアだった。
「……おい」
 かわいそうなヴァンツァーの言葉は。今日もまた、無視される。

  ◆

「……そんな次第で」
 ぞろぞろと仲間を引き連れて、家へ戻ったリルフェリアは。事の次第を報告した。
「リルも頑張ったねぇ。でも、お出かけかぁ」
 アルフェリオは、自分の身体に目を落とした。
 うまく動かない足、飛べない翼。
 どう見ても、足手まといだ。

 と。

 手を差し出す者があった。


「俺に負ぶさればいい」


 ヴァンツァーだった。
 彼は、言う。
「おそらくこのメンバーの中なら、俺が一番力がある。お前は俺が運ぶ。気兼ねしなくていい」
 いつもは無口だけど。
 差し出されたのは、まぎれもない善意。
 アルフェリオは、笑ってその手を取った。
「ほら」
 差し出された脊中。
 恐る恐るしがみつくと、とても頼もしく、不安を感じさせない。
「で? どこへ行く」
 彼が問えば。
「空へ!」
 笑って、リルフェリアが答えた。
「折角のいい天気なんだし! 飛びましょ、空へ!」
「いいんじゃねぇの?」
「賛成ですよー」
 ラーヴェルとリリエルが賛同の意を示し。
「いいんじゃない?」
「……悪くない」
 残る二人も、それぞれうなずいた。
「じゃ、飛びましょ、空へ!」
 赤い翼をはばたかせ。リルフェリアは空へ舞った。
「置いてくんじゃねーし!」
「待って下さいよぉ〜!」
 緑と黄の天使も、後を追う。
「行くぞ。落ちるなよ」
「大丈夫だって」
 そのあとを。
 黒の天使と、彼に背負われた青の天使が、追いかけていった。
 空へ空へ! 青い空へ!

  ◆

「いぇ〜い!」
「捕まえてみろよッ!」
「ふわふわ、ふわふわ〜」
「……平和だな」
「平和だねぇ」
 空に舞い上がった天使たちは。空に着くなり、好き放題やり始めた。
 逃げるラーヴェルをリルフェリアが追いかけ、リリエルはその後ろで、のんびり空中散歩を満喫している。
 アルフェリオ、ヴァンツァー常識人組は、その様をぼんやりと眺めていた。
 明るい太陽。澄み渡った空。極北の地には珍しい青空。
 ここは、極北だから。一年中雪に降りこめられて。青空が見られることはめったにない。
「ねぇ、ヴァッツ」
 アルフェリオは、声をかけた。
「飛んでくれる? もっと高く!」
「構わないが……どこまでだ?」
「私がいいと言うまでさ!」
「……ったく。人使いが荒い……」
 文句を言いながらも、それでも彼は飛んだ。高く高く、さらに高く。

  ◆

「…………ッ。流石に俺も苦しくなってきたぞ」
「うん、もういいよ。ありがとさん」
 それからかなり飛んでから。アルフェリオは、ヴァンツァーを止めた。
 かなりの高さに来た。空気もそれなりに薄い。ヴァンツァーは少し苦しそうだ。
「ヴァッツ、大丈夫?」
「はあ……はあ……。……自分で高く飛ぶようにけしかけといてそれを言うか……。俺は、大丈夫だ、このくらい。アル、見たいものがあったのか?」
「うん。見て」
 アルフェリオは、地上を指した。
 その高さからは、何もかもが豆粒のように見える。
 しかし、アルフェリオが言いたかったのは、それではなくて。







「……この世界って、丸かったんだ」







 しみじみとした顔で、言うのだ。
「……知らなかったのか?」
「知っていたけど、見たことがなかったのさ。僕は飛べない天使だから」
 世界は丸い。丸いんだ。それだけを、目で見て知りたかった。
 大人になったらきっと、みんな、別れてしまう。
 でも、知りたかった。知って、安心したかったんだ。





 ——たとえみんな、別れても。僕たちきっと、つながってる——。





 十年後の未来。自分たちが、いつまでも一緒にいられる保証なんて、ないけれど。
 ずっと、歩き続ければ。時に山越え海越えれば。きっとまた、巡り合えると。この世界は丸いから。いつかまた、再会できると。
 




 ——信じたかったんだ——。





 そう思ってしまうくらい、未来というものは曖昧で、あやふやで。すぐに消えてしまいそうで。
 確認しなければ不安だったのだと、彼はヴァンツァーに打ち明けた。

 ヴァンツァーは、笑った。普段笑わない彼は、大きな声で笑った。



「そんなことを気にしていたのか?」



 言って、後ろを向いて、呼びかけた。
「大丈夫だ、いなくなったりはしない。十年後も、百年後も——俺たちは、一緒だ」
 その言葉を聞くと、無性にうれしくて、頼もしくて。
「ありがとう」
 満面の笑顔で、そう返した。
 ところで、とヴァンツァーが言う。
「空気が薄い所に長時間いるのは……まずいんだが。気分悪くなってきた」
 その顔色は、少し悪そうだった。
「あ、ごめん! 戻っていいから!」
「……行くぞ。リル達が待っている」
 ヴァンツァーは背の翼をたたみ、一気に急降下した。
 アルフェリオが悲鳴を上げた。
「うわぁぁああああああっ! ちょっと待って、ちょっとストップヴァッツ、ヴァンツァー! 悪かった、私が悪かったからいきなりそんな急降下は——!」
「自由落下してみようか?」
「許しておくれーっ! 何でもするからぁぁぁあああああああ——!」
 悲鳴を上げるアルフェリオを背中に乗せて。黒い天使は笑いながら、落ちていった。

  ◆

「……何よあれ」
 リルフェリアは、自分たちのはるか上空を見上げた。

 ——落ちてくる。

 黒い天使が。背には悲鳴を上げる青い天使。
「やばくねぇか? 何かあったんじゃ——」
「いえいえ。ヴァンさん、笑ってますよー」
 焦ったようなラーヴェルの言葉を、このメンバーの中で最も天使らしいリリエルが否定する。
「ヴァッツが——笑ってる?」
 呆然として、リルフェリアは空を眺めた。
 
 確かに。
 いつも仏頂面だった彼の顔には、まぎれもない笑顔。
「……天地がひっくり返るんじゃないかしらー」
 思わずそうつぶやいたのも、むべなるかなである。

 やがて。

「やめて下さい許して下さい——って、おわぁっとと!」
 ぐるんと軽く宙返りをして、勢いを殺してヴァンツァーは急停止した。
「ただいまだな」
「ったく! どこ行ってたの! あたしたち、心配したんだからぁ!」
「空だ。もっと高く、とアルが望んだものでな」
 言って、言葉少なに、彼は空であったことを説明した。
 それを聞いて、リルフェリアはため息をついた。
「……ったくねぇ」
 彼女は腰に手を当てて、怒鳴った。
「こら、そこの青天使!」
「……まだ酔いがぁ……。……えっと、何かな?」
 目を回した風なアルフェリオが、遠慮がちに尋ねた。
 リルフェリアは、怒ったような顔で言った。










「あたしたちはずっと一緒って決まってんの! 何、シケたこと言ってんのよさ! そうよ、ずっと一緒なの! 十年後も、二十年後も……。だから、わざわざ絆を確かめたりはしないでッッッ!」










 怒ったような顔で、怒鳴った。





 ——ずっと、一緒、かぁ。





 アルフェリオは、微笑んだ。


 十年後も、二十年後も。歳をとって、老人になっても。





 ——ずっと、一緒。





「ありがとう」
「当然じゃないの? あ、そうそう。次にそんなこと言ったら、あたし、今度こそ殴るから!」
「殴られたくはないねぇ」
 笑って、そして、みんなに言った。
「じゃぁ、帰ろうか」
 ヴァンツァーも疲れているみたいだし(他人事)、充分空を満喫したし。

「「「「「帰ろう」」」」」

 みんなの声が重なった。

 それぞれの翼が、はばたいた。


 帰ろう、我が家へ。花の都、フロイラインへ。


  ◆










 天空を舞う五つの翼は。
 十年後も、二十年後も。
 みんな一緒にいられると、信じて疑わなかった。

 青い空。美しい風。丸い世界。
 何もかもが、希望に満ちて、輝いて見えたのに。
 
 ——どうして、終わってしまったのだろう。

 もう戻らない遠い日を想い。生き残った天使たちは、嘆くのみ。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 最近の話は悲しくて困りますねハイ。
 藍蓮です。またまた切ない終わり方になってしまった……。
 とても仲の良かった天使たちだったのに。その幸せな日々は長く続くことはありませんでした。
 穏やかで優しい雰囲気の中に、ツンと鋭く痛む切なさを感じていただければ幸いです。

 最近本編がバッドエンドの嵐で荒れに荒れていますからねぇ。幸せな場面を書けてうれしいです。気持ちをリセットしよう。いい加減、バッドエンドから抜け出せ私。

 ……ということで。
 ご精読、ありがとうございました!
 閲覧数300、ありがとうございましたっ!

閲覧数350記念! カラミティ・ハーツ 短編 殺人剣のF ( No.6 )
日時: 2017/08/27 00:49
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 こんばんは、閲覧数が350来たことに幸せを感じる藍蓮です。
 
 もはや恒例の短編集!
 話は現在から、一気にさかのぼりますよー!

 ※ 5900文字……。あっぶない! もうすぐで文字数MAXいくところだった! 本編よりも長いです。読むときは沢山の余裕を持ちましょう。一話でまとめようとするからこうなった。これは果たして短編と言えるのか……。

 ※ 一部グロ描写あり

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 Speciai Story 殺人剣のF

  ◆

 あの頃の僕は、とても未熟で。
 あの頃の僕は、とても愚かで。
 何の希望も見つからなくて。
 ただ絶望しか見えなくって。
 走って走って失った。
 駆けて駆けて喪った。
 
 あの子と再開する時なんて、考えもせずに。

 失った半貌は、僕を嘲笑う。

 ——なあ、お前。どうしてあんなに、自暴自棄だったんだ——?

  ◆

 時はさかのぼる。






「——ウィンチェバル王国、滅亡だって——?」






 僕は思わず、立ち上がった。

「お客さん、落ち着いて!」
 宿の店主の声に、僕はあわてて座りなおした。
 額に浮かんだ汗を拭う。
 目の前に座る、「情報屋」を自称する男が、にやりと笑った。
「疑うならば来てみると良い。国があったところは焦土。人っ子一人、いやしねぇ」
「言われなくてもそうするところだ」
 僕はそのまま席を立って、宿の店主にウィオン銅貨(ウィンチェバルの硬貨だ)を一枚、投げて寄越した。
「僕は行く。貴様の言ったことが真実かどうか、その目で確かめるために」
 僕はそのまま歩きだした。

 ここは、ウィンチェバルとバルチェスターの国境に当たるところにある町だ。特に名前はないが、「辺境の町」と呼ばれている。
 僕の国ウィンチェバルは、隣国ローヴァンディアから侵略を受けて、今は防衛戦の最中のはずだ。僕はウィンチェバルの大召喚師であり幼馴染でもあるリュクシオンの手によって、今は隣国バルチェスターに逃されているんだ。

 ——そのウィンチェバルが、僕の故国が。滅んだ、だと?

 一面中焦土になって、人っ子一人いなくって。





 ——信じられるか、そんなもん。





 怒りと焦りに任せて。僕は歩を進めた。

 そして、見たのは。










 ————何もかもが焦土と化して、変わり果てた祖国の姿だった————。










「嘘だろ……おい」


 僕は、思わずその場にへたり込んだ。


「夢じゃ……ないのか……?」


 勢いを込めて、自分の頬を引っぱたいてみる。痛い。確かに痛い。


 ——ならば、この景色は。


 この悪夢は。


 ————すべて、現実のことなのか——?


「リュクシオン」


 あの召喚師の名を呟く。


「リクシア」


 妹みたいに可愛がった、あの召喚師の妹の名を呟く。


「オルーディン・ウィンチェバル」


 ウィンチェバル王国最後の王となった、暗愚な王の名を呟く。


 ——みんなみんな、いなくなってしまった——。


 絶望が、心を満たす。そこに魔性のモノが入り込んでくる。


 そして、魔物になりかけた僕は、見た。





「ウォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」





 茶色の毛並み、青の瞳の、狂ったような叫び声をあげる、一体の魔物を。


 僕にはそれが、一瞬で誰だかわかった。


 その瞬間、僕の中の魔物は、いなくなった。














「…………リューク。お前、魔物になったのか」













 乾いた声で、ハハと笑った。


 それが、喪失の始まりだった。


  ◆


「誰か、商隊の護衛を……」
「引き受ける」
「罪人が暴れだして……」
「すぐ行く」
「狼退治を……」
「いつ行けばいい?」

 山ほどの依頼を受けながらも。僕は愛用の片手剣を握りしめた。



 ——あれから、一週間。



 心に重く沈みこむ現実を忘れんがため、僕は剣の腕には自信があったので、そっち関連の依頼をひたすらに受けて回っていた。
 それは、戦いの毎日だった。剣を振るたびに血飛沫が飛び、時に悲鳴をあげて崩れ落ちていく人間や獣。戦うたびに疲労は溜まり、しかし依然、狂ったような戦意は衰えることを知らない。


 ——僕は、戦いに狂っていた。


 飢えた人間がパンを欲しがるように。渇いた人間が水を欲しがるように。
 僕はひたすら、飢えた人間みたいに、渇いた人間みたいに、戦いを欲し続けた。戦わなければ生きていけなかった。この、心に空いた大きな穴を。虚ろになった自分自身を、忘れるためには。飢えを満たすよう、渇きを潤すよう、闘い続けるしかなかった。そうでもしなければ、魔物になってしまいそうだった。

「疲れているんじゃないかい? 今日はやめた方が……」
「引き受けると言ったからには、最後まで完遂する」
 心配してくれる人の善意すらも跳ねのけて。
 砥石を取り出して剣を研ぎながらも、僕は壊れた人形みたいに、呟くのだった。


「大丈夫だ、戦える」


 言葉で身体を誤魔化して。
「で、場所は」
「あんた、休まないで行くのかい」
「集合場所はと訊いているんだ」
 僕のとことん事務的な口調に恐れを抱いたかのように、依頼人は場所を口にする。
「でも、大暴れしている罪人なんだよ?」
「大丈夫だ、戦える」
 もう一度、呟いて。
 疲労に叫ぶ身体を叱咤して、問題の場所へ急いだ。

  ◆

 ——血飛沫が、飛んだ。

「ぎゃぁああ!」
 悲鳴をあげて、絶命する罪人。
 殺す必要はなかった、と声が上がったが。
 生憎と、僕の剣は殺人剣なんだ。本来ならば違うけれど、今はもう、殺さないでいる余裕がない。ゆえに、殺人剣。この一週間の間に、『殺人剣のフェロン』の名は、辺境の町中に広まった。
 僕は剣をサッと振って、刃に着いた露を払う。
 そして、がくりと膝をつきそうになる身体を叱咤して、無理にも次の場所へと向かう。
 はたから見れば、死にたがりにしか見えないだろう。
 だが、これでいいんだ。こうでもしなければ僕は、生きていられないんだ。

 空気や水が、人間にとっては欠かすことのできないものであるように。今の僕にとっての戦闘とは、空気や水と、同じようなものだった。

 ——戦闘がなければ、生きていけない。

 だからまた、戦闘をするために。
 自分に言うんだ。


「大丈夫だ、戦える」


 本日何度目かの台詞で。倒れそうになる身体を叱咤する。
 次の戦闘が、待っているから。

  ◆

 商隊の護衛は、特になんともなかった。
 商人さんは、ニコニコしながらも僕に笑いかけた。
「あなたが『殺人剣』かい? まったくそうは見えないけれど」
「で? 何? 何の用?」
「いや〜、特に用はないんだけど。まあ、ありがとうね〜」
「用がないなら話しかけるな」
 言って、僕は彼に背を向け、そのまま歩きだした。
「って、君! 報酬は?」
「報酬なんて、要らない」
 僕は相手に背を向けたまま、言った。



「僕はただ、生きているだけなんだから」



 さて、狼退治に向かおうか。


  ◆

 夜まで待つ。しかし眠らない。神経が高ぶって、眠れないのだ。
 疲労はもう限界に近いが、何もしないと心に闇が迫る。
 仕方なく僕は、剣を抜いて。これまでの動きを繰り返す。
 しかしそれも数分が限界で、僕は地面に大の字に倒れた。
 息が乱れる。全身がだるい。
 当然だ、三日間も眠っていないのだから。
 しかし、今ここで眠ってしまうわけにもいかないから。
 頭の中で、幸せだった日々のことを、考えた。

  ◆

 ——夜。

 ウォオオオオオオオオオオン!
 狼の遠吠えが聞こえる。
 ここの狼は、しょっちゅう街道まで降りてきて、人間を襲うらしい。
 僕は剣を握りしめた。
 暗闇の中、光る瞳と僕の瞳が交差する。
 刹那、僕は剣を抜いて、それに襲いかかった。


「——狩りの開始だ」


 緊張感に研ぎ澄まされた五感は。瞬間、一気に冴えわたる。
「そこだッ!」
 薙ぐように払われた一閃は。狼を一撃で葬り去った。

「……まずは、一匹」

 剣を振って、露を払う。
 そして、再び構えなおした先には。

 三匹の狼。
 
 だが、僕は、笑った。狂ったように、獰猛に。ただ笑った。


「——三対一とは、卑怯だなッ!?」

 
 血で滑る剣を握りしめ、静かに構えて迎え撃つ。
 大丈夫だ、戦える。
 いまだに闘志は衰えないでいて。
 狂ったような、戦いへの渇望は。今この時に、燃え上がる。
 グァァォォオオオオオオオオン! 三体の狼が、同時に僕へ襲いかかった。
 それでも冷静にすべての攻撃を見切り、その身体に、強烈なカウンターを叩き込んでいく。
 瞬く間に、三匹の狼の死体が出来上がった。

「……次いで、三匹」

 剣の露を払い、次を待つ。

  ◆

 それから二時間。見かけた狼を、僕はすべて退治した。
 疲労にゆがむ視界。狼はいなくなったことだし、帰るのも億劫だ。
 このままこの森で休むのも、いいのかもしれない。
 そんな誘惑に駆られて、僕は森の落ち葉の絨毯の上に、倒れ込んだ。
 そのまま目を閉じて、息を整える。
 緊張がゆるみ、身体の至る所が悲鳴を上げた。
「まず……い……。動けなく……なるぞ……」
 いつもの警戒心でそう呟いたが、もう自分を襲うものはいなかったなと思い至って、安堵の息をつく。
 狼はすべて倒した。だからもう、大丈夫だ。










 — — — — そ う 、 思 っ て い た の に — — — — 。










 ——狼が。





 白い、狼が。





 突如、視界に現れて。





 動けない僕に襲いかかって。





「ぐあッ!」




 顔の左半分に、これまでにないほどの激痛が、襲いかかった。




 痛みのあまり、転げ回る。左の視界は? そんなものない!




 鋭い牙の感触が、僕の半貌に何があったのかを思い知らされる。





 白い狼の顔の口の部分には。沢山の血と。




 ——僕の。




 僕の僕の僕の僕の!










 — — 噛 み 潰 さ れ て ど ろ ど ろ に な っ た 目 玉 が 、 付 着 し て い た 。










 — — 食 わ れ た 。










 顔 の 左 半 分 を 、 狼 に 食 わ れ た !










「うああ……うぐあッ! あ……ああああああああああああああッッッ!」




 堪え切れない激痛に、僕は残った目玉から涙を流しながらも、ひたすらに地面を転がって、悶え苦しんだ。狂ったように叫び続けた。





 痛い痛い痛い痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいイタイタイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイイタイ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!




 そんな僕を、嘲笑うかのように。無表情の瞳で僕を見つめる、白き狼。




 僕は叫んだ。ひたすらに絶叫した。気持ちの悪さに腹の中のものを戻し、その上を転げ回ってのたうち続けた。吐くものがなくなったら胃液が出てきた。ますます気持ち悪くなって、僕はさらに悶え苦しんだ。まるで地獄のようだった。


 そして狼は、苦しみ続ける僕に、一歩近づいた。何だ? 終わらせてくれるのか?


 しかし、狼はそんなに親切ではなくて。

 
 嘲るように一声吼えると、そのままどこかへ消えていった。


 涙も胃の中のものも出しきって、それでも引かない痛みに。
 苦しみの中、死のうと決意して。手探りで剣を探した。 
 しかし、剣に手を触れても。それを持ち上げる気力すらなくて。
 息を詰まらせて泣きながらも、小さく願った。

「誰か……僕を、殺して……」

 誰でもいいから。この苦しみを終わらせて。
 そう、願った、時。










「…………戦い続けるから、悪ィんだろうが」










 声が、して。





 僕の傷だらけの身体は。誰かにそっと、抱きかかえられた。





「助けに来たぜ、殺人剣。帰って来ねぇからどうしたもんかとみんな心配していたが……。まさか、殺してくれ、とはな。恐れ入るぜ」





 その人は、町でよく、僕と一緒に仕事をする人だった。とても頼りになる人だった。


 僕はその人の名を、潰れた喉で呟いた。


「ヤシュム……さん……」


「おうよ、殺人剣。言っておくが、殺してくれってのはナシだかんな。生きることすらまともにできねぇ人だっているんだ。『殺してくれ』なんて、何甘えたこと言ってんだよ馬鹿」


 それにしてもひでぇ怪我だなオイ、と呟いて。彼は僕の顔の左半分に、何かの液体を垂らした。

「…………ッ」

 それが大きすぎる傷口に染みて。僕は身体中を引き攣らせた。
 我慢しな、と彼は言う。
「今は大きな手当てができねぇもんでよぉ。応急処置だ。傷口をな、特殊な植物の葉で消毒したんだ。これなら傷口が膿むことはねぇ。……念のため、持ってきて大正解だったぜ」
 言って、彼は僕を背負い上げた。でも、僕の傷口が背中に付かないように、慎重に。

「とりあえず、町に帰るぞ」

 夜の森を、ヤシュムさんに背負われて。
 そして僕は帰還する。


  ◆


 その日以降、僕は狂ったように戦いを求めることは、無くなった。
 あの、大怪我をして半貌を失った日。自分の愚かさを知ったから。
 時間をかけて、傷を治して。あの大怪我から三週間は過ぎた頃。
 まだ治りきらぬ傷を抱えた僕のもと、一つの知らせが舞い込んだ。
 




 いわく、リクシア・エルフェゴールらしき少女が、アロームにいると。




 ——彼女は、生きていたのか。




 まるで妹みたいだった、あの少女は。





 僕はベッドから起き上がり、そっと失われた半貌に触れた。


 まだ痛みはするが、傷はあらかた塞がったようだ。


 あの日。僕のために村の人々がお金を出して、高名な治療魔法使いが、この国バルチェスターの王都から、呼ばれたんだ。


 その人のおかげで、傷の治りは早かった。


「大丈夫だ、戦える」


 呟いて。ベッドから降り、壁に立てかけてあった剣を手に取った。


 今の僕はもう、殺人剣じゃない。もう、闘いに飢えてはいないから。


 ベッドの脇に畳んで置いてあった着替えを手に取り、着替え終わって剣を身に着ける。
「行くのか? 傷痕」
 それを見て、ヤシュムさんが声をかけた。
 うん、と僕はうなずいた。
「会いに行ってあげなくちゃならない。大丈夫だ、無理はしないさ」
 正直、ここの人たちには世話になったし、別れがたかったけれども。
 僕には僕の、道があるから。
「ありがとう」
 笑いかければ。
「達者でな」
 声が追いかける。
 その声を背に受けながらも、僕は世話になった村を出た。

 僕が彼女に出会うのは、そのすぐ後のこと——。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
 
 フェロン編です。リクシアと再開する前の話を書きたかったのですが、どうしてこうなった。すみません長すぎますね。完成するのに3時間はかかりましたわ。

 リクシアと再開する前の、『殺人剣』だったフェロン。そのすさんだ心境が、うまく伝われば幸いです。
 
 最近出番が少なかったし! これで一気に輝けたねフェロン!

 ……流石に文字数がやばくなってきたので、あとがきはこれくらいで。
 ではでは。
 
 ……ご精読、ありがとうございました!(心から)
 閲覧数350、ありがとうございました!

Re: 閲覧数○○記念! カラミティ・ハーツ 短編集 ( No.7 )
日時: 2017/08/27 11:25
名前: 和花。 (ID: qU5F42BG)

カラミティ・ハーツの短編集ですか〜

よりキャラクターの事が知れたりして読者にとって嬉しいものです!
また、キャラクターの感情がよく書かれており、感情移入がしやすいとてもいい小説だと思いました。

これからも頑張ってくださいね!
応援しています

Re: 閲覧数○○記念! カラミティ・ハーツ 短編集 ( No.8 )
日時: 2017/08/27 12:01
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 >>7
 コメントありがとうございます!
 あれ? もしかして、いつも読んで下さったりしています?
 
 最初は閲覧数50記念の話しかなかったのですが、以降、閲覧数が50増えるごとに更新しています。割と頻繁な更新なので、ネタが……。……切れないように頑張ります。

 こちらこそ、ありがとうございます!
 コメントもらえて、めっちゃ嬉しかったです!
 そちらも頑張ってくださいね♪

閲覧数400記念! カラミティ・ハーツ 短編 ( No.9 )
日時: 2017/08/30 22:24
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 お待たせしました、藍蓮です。
 いつの間にか、閲覧数400!
 皆様、ありがとうございます!

 話が浮かんだので、またやります、記念の話。
 グラエキアの話を書きたかったのですが、浮かばなかったので今回はエルヴァイン編です。

※ 場面が一部かぶるので、本編から文章そのまま持ってきてしまったところが(汗)


◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ †


 Speciai Story 廃墟の青


  †。○†


 彼は、国外にいたために。
 何も気がつかなかった。

 その時の彼はただ国外にいて。
 戦争の行方を、冷めた目で眺めていた。

 そしてある日のこと。知らされた情報が。
 彼を変えた。


  †。○†


「……王国、崩壊だと」


 彼の青い瞳が、つと鋭く細められた。


 その、底冷えのするような瞳に睨まれたバーテンダーは、気の毒である。
「あああ、あの! お、怒らないでくださいよ王子様!? こっちだって、今日知ったばかりでさぁ! 睨まないでぇ、頼むからぁ!」
「……僕はいつもこうだぞ。怒ってはいないが」
 彼の声は極めて冷静であった。

 ここは、国境からそこそこ近い町、クルルト。
 この町の酒場のバーテンダーと彼とは、それなりに付き合いがある。グラエキアと何回か、一緒に来たことがある。ゆえにここのバーテンダーは、彼の素性を知っている。

「……不思議なものだ。みんな消えたのに……。心が、痛む」

 そこには。嫌なきょうだいばかりでなく、自分を愛してくれた母や、支えてくれた師匠もいたからだろうか。
 自分の気持ちは、わからない。
 否、わかろうとしていなかっただけなのかもしれないが。

「とりあえず。現地に赴こう。話はそれからだな」

 彼は席を立ちあがる。

「お、王子様!? 魔物がいるって……」
「止せ。国がなくなった以上、もう王子ではない。魔物? 僕の剣に、敵うならばな?」
 冷静さの中に、どこか不敵さをにじませて。
 彼は行く。


  †。○†


「……確かに……焦土だな」

 国があった所に辿り着いての第一声。 
 あらゆる全てが焼き尽くされて。
 人はもちろん、建物すらも。
 一瞬で廃墟になっていた。
 聞いた話によると。この国の大召喚師が呼んだ、熾天使が。
 敵味方区別ない破壊を行い。国土一体が焦土と化した、そういう話らしい。


 ここまで見事だと。いっそ、笑いしか出てこない。


「……これが、僕の国か……」
 

 一歩二歩三歩。踏み出した足。
 何かの焦げカスと砂ぼこりが、歩き出すたびに舞い上がる。

 そして、見た。





「リュクシオン=モンスター……」




 変わり果て、魔物となった。
 かつての英雄の姿を。


 その冷たい瞳が見据えるは、異形となった、かつての大召喚師。
 見る影もなくなった国に、見る影もなくなった英雄の姿。


「諸行無常、か……」


 あんなに栄えていたこの国も。
 終わるのはずいぶん呆気ないものだ。


 彼はしばらくそこに佇んでいたが、やがて。
 その目を悔しそうに細めた。
 魔物を値踏みするように眺め、一言。


「今の僕には狩れないな。駄目だ。力量の差が……」


 月夜にに光るつるぎを抱いて、決意を秘めて、その地を去る。


 彼は、それを何としてでも狩らなければならなかった。
 彼は、何に代えても、その使命だけは守らなければならなかった。


「それを、復讐としたいんだ。だから」


 強く強く、剣を抱く。


「力が、欲しい。あの魔物を狩れるだけの力が。そうしてこそ初めて、僕は奴らを見返せる」


 かつて。闇の魔力を持っていたというだけで、自分を捨てた国に。
 弱かったという理由だけで、自分をあざけり、さげすんだ故郷に。


 復讐をしたいんだ。見返してやりたいんだ。
 今はもう、何もないけど。彼にはそうするだけの理由があった。


「けじめを、つけよう。弱かっただけの自分なんて、もうお別れだ」
 歩き去っていくその胸元には、王族の証たる紋章があった。

  
  †。○†


 あの魔物を倒すためには。他の魔物を狩って、経験を積むことが大切だ。
 そう考えたエルヴァインは、己の体力が許す限り、魔物退治に励んだ。
 無理はしない、休むときは休む。
 万が一の時のために、体力を残すのは当たり前だ。


 そう思い。魔物を狩りに、通報された場所まで出向いた時だった。


「あなたをたすけてあげる」


 不意に横合いからした甘いささやき。
 それに、振り返ってはならなかったのに。

 蠱惑的(こわくてき)に笑った絶世の美女は。
 真っ白な手で彼を抱き寄せた。





 それが、彼の喪失の、始まりだった。






◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ †

 ——すみませんッッッ!(土下座)

 最近はネタ切れ気味でして。で、短編集に書く内容に迷った結果。
 ……既にあるエピソードの文を、そのまま使うという愚行に走ってしまった藍蓮です。もう言い訳のしようがありませんねハイ。この話を読まなくても特に支障はないですし、2000文字にも届かない駄作ですし。

 ……「殺人剣のF」で、やりすぎましたかね?

 閲覧数が450行くまでには、いいネタを考えておきたいものですが。
 最悪、今回みたいになることも、今後あると思ってご覚悟ください。

 小説書くのって簡単じゃないです……。

 とんだ駄作を、失礼しました。


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