ダーク・ファンタジー小説

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アビスの流れ星【完結】
日時: 2018/03/11 22:01
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)





過去を振り返れば何もなく、現在に累々と折り重なるは屍の山。
それでも未来を見据え、撃鉄に指をかけ、握り締めた刃を振り下ろす。
生きるため生まれて来た若人たちの瞳には、流星のように儚く、そして力強い光が揺れていた。

——これは記憶喪失の少女にまつわる、鮮烈な闘いの記録である。





■登場人物
>>2

□本編 
◇1章「後ろから墓標が追い立てる」>>1 >>3 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10 >>11 >>12
◇幕間「フミヤの日記・1」>>13
◇2章「飛体撃ち抜き、額穿つ」>>14 >>15 >>16 >>17 >>18 >>20
◇幕間「フミヤの日記・2」>>19
◇3章「空から影が降りてきた」>>21 >>22 >>23 >>24 >>25 >>26 >>27 >>28 >>29
◇最終章「Shooting star in "Abyss"」 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36 >>37 >>38 >>39 >>40
◇Epilogue「誰かが私に『生きろ』と願う」 >>41(2018/3/11 New!!)


■Twitter
◆筆者近況・更新報告など⇒ @viridis_fluvius
◆ハッシュタグ⇒ #アビスの流れ星

お久しぶりです。
以前は「紅蓮の流星」という名前で活動していました。

お陰様で完結まで辿り着きました。万感の思いです。
ひとえに私を支えてくださった諸氏と、ご声援くださった読者の皆様のお陰です。
本当にありがとうございました。

Re: アビスの流れ星 ( No.39 )
日時: 2019/05/08 01:17
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: CBSnqzpH)




34



 天上天下を白銀の槍が敷き詰めた空間で、雪のように白い欠片が吹雪いている。
 化け物と一人の男が対峙していた。
 化け物の見た目は肌や頭髪から衣服まで真っ白の子供であり、しかしその瞳は一切の光を吸い込む真闇が広がっていた。背からは白い槍で構成された巨翼が突き出している。
 子供は手品のように白い槍を虚空から幾本も繰り出す。上から右から左から、自在に男へと打ち付けてかかる。
 対して男のコートは黒、そして纏う甲冑もまた漆黒である。髪の色は燃える様に赤く、更に深い緋色の瞳は力強い光が揺れていた。頬には一筋の涙が伝うが、振り払うように闘い続ける。
 両手に携えた二刀の刃は煌々と真紅に閃き、血よりも赤き軌道を中空に描き、幾百の槍を貫いて弾いて砕いてゆく。

 高い音が鳴り響く。薄い空気が震えた。黒靴が白槍を踏み締める。細腕が白槍を握り締めた。紅い刃が奔る。白い槍が砕かれた。槍の雨が降り注ぐ。黒い裾が翻った。白斧が振り抜かれる。赤髪が流れた。
 突如生み出される白い大きな斧を避けた先に、男を待ち構えていたものは白い大きな槌。男は眼をごく少しだけ細め、二刀を交差させて巨大な衝撃を受け切る。
 額から汗が滲み、割れそうな程に奥歯を食いしばる。しかし強引に真紅の刃を押し出して、逆に大槌を粉砕する。
 遮られていた視界の先から再び槍の雨が降り注ぐ。
 右に薙ぎ払う。左にいなす。駆けながら跳ねて避ける。正面からの槍を両断する。尚も駆け抜ける。走り抜ける。打ち落とす。切り飛ばす。弾き飛ばす。踏み出す。
 男が槍を受け切る事に専念した瞬間、白い化け物は身丈程もある大剣を足元から生み出す。
 柄から切っ先まで全て白一色だが、見事な装飾の大剣であった。
 それから両者の距離はついぞ後一歩のところまで迫る——。



 ——時間にして一秒にも満たぬ、実にほんの僅かな刹那だった。
 しかし確かに、一瞬が極限まで引き延ばされたように、目に映る限り空間の全てがスローモーションで流れた。
 男の、ルビーを想起させる真紅の瞳は真っ直ぐに化け物を見据えていた。
 化け物の瞳もまた然り、深い闇は、確かに男を捉えていた。
 男は短く息を吸う。
 化け物は翼を大きく開く。
 真っ白に光り輝く空間。
 幾千の白い欠片が舞い踊る。
 黒衣の男は真紅の二刀を携え踏み込む。
 白い化け物は銀色の剣を振り被る。
 交錯する——。



 ——化け物が大剣を大きく振りぬく。男は鎬で大剣を逸らす。男が突きを繰り出す。化け物は身を捻って避ける。更に化け物は巨翼で周囲を薙ぎ払う。男は高く跳ねて回避する。空中に躍り出た男は真上から化け物を狙う。回転を加えた剣戟を叩き込む。化け物は大剣でこれを受ける。男は反動を利用した。横合いに転がり込む。下から紅い刃を振り上げた。化け物は避けきれず右の翼を根元から失う。
 呻き声が上がる。しかしそれはすぐ咆哮に化けた。強烈な突風と衝撃波が発生する。
 空圧に男は吹き飛ばされた。だが男はすぐに体勢を整える。
 化け物が大剣を床に突き立てると、辺りの白い槍が強烈な不協和音を発して、のた打ち回るように暴れ出した。
 白い槍は入り乱れて男を囲い込み、そして男に向かって一斉に伸びる。壮絶な音が響く。一層白い欠片が舞う。
 白い闇と粉塵に包まれる中。紅い閃光が煌いた。
 化け物は、アビスは闇より深い漆黒の瞳を見開く。
 そして真っ直ぐに自らへと向かう男の、シドウの姿を焼き付ける。

 紅蓮の軌跡を引いて迫った彼が穿つ、それは決定的な一撃だった。

 刃がアビスの胸元に突き立って貫通している。
 愕然とした表情のアビスは、やがて目を細める。
 そして全てが終わることを受け入れたのか、ぽつりとつぶやいた。
 あまりにも切ない微笑みで、その目尻には一粒の滴を浮かべて。

「畜生……生き残れなかった」

 世界が暗転する。
 それから空間全てが一面の鏡であったかのように、周囲の全てに遍くヒビが走る。
 そして割れて砕け散った。無数の片鱗がきらきらと光を乱反射して地上へ落ちてゆく。
 開けた視界の先には青だけが広がっている。
 シドウは無意識の内に果てしなく広がる青空へと手を伸ばしていた。自らが纏っている装備、否、フミヤそのものにも至るところに亀裂が入っていた。
 グラスが落とされて、欠片を散らす音が響いた。同時にフミヤも細かく砕け散って、青空の向こう側へ吸い込まれてゆく。桜と言う植物の花びらが、風に煽られて流れてゆく様と良く似ていた。
 無数の銀色の光と、一面の晴天と、背後から押し寄せる風に包まれてシドウの身体は落ちていく。
 散らばり遠ざかってゆくフミヤの残滓を眺めながら、彼は言った。

「終わったぞ、フミヤ」

 その言葉に応えるものは、誰も居ない。







 果てが無いとさえ思えてくる、夥しいレイダーの軍勢と戦う最中で、ふと一瞬だけ空を見上げた。
 そして俺は見た。
 アビスの中に光り輝く、一条の流れ星を。
 一切の光を通さず蠢く闇の夜空に、確かに真っ赤な星が流れた。
 星が流れた辺りから空が割れ、白い光が溢れ出す。
 一面に広がる黒い空を、ガラスをぶん殴ったような亀裂が入った。
 世界のどこへでも聴こえそうな音が響き、漆黒の空は砕け散る。
 眩しさに目が眩み、目の前の全てが真っ白になった。
 降り注ぐ黒い雨までもが白く染まり、灰色をしたレイダーの軍勢もまた溶けてゆく。
 突然のことに唖然としながらも、再び空を見上げる。
 そこにアビスの黒い星は跡形もない。ただどこまでも青い空だけが広がっていた。


Re: アビスの流れ星 ( No.40 )
日時: 2018/03/10 19:13
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: n0SXsNmn)




35



 ブラック・クリスマスは正午を前に終息した。
 単身アビス本体へ乗り込んだ日本支部のシドウ大佐による功績らしいが、本人の意向によりそれら事実は一般に公開されず、クラヴィス内の機密事項となっている。
 同第1部隊のスギサキ少佐は、クラヴィス上層部による裁断を待たず自ら行方を眩ませた。彼がどこへ行ったのか、何をしているのか誰も知らないままである。
 そして同第1部隊に所属していたフミヤ少尉は……否、レイダー「ナイアラトテップ」はアビス内でシドウ大佐の手により葬られたと報告されている。その証言には曖昧な点が多く、確かめようにも一切の証拠は白い欠片と共に、空の彼方へと飛び去っていた。
 そもそもバハムートの翼で構成された装備を失った彼がどうやって無事に地上へ帰還したのかも、本人でさえ判らないというのだ。

 ブラック・クリスマスの終わりと同時に、日本地域上空で広がるアビスは跡形も無く消失した。
 レイダーも未だある程度は地上に残り活動しているが、報告される限りでは増えることもなくなった。
 各地のクラヴィス隊員により、着々とその数を減らしつつある。
 レイダーの掃討で一般市民の居住区も広がり始め、実に半世紀ぶりの平和がその姿を垣間見せていた。

 しかし同時にひとつ奇妙な現象も、各地の隊員から報告されている。
 桜だ。
 レイダーの襲来によって荒廃した世界で、桜の樹など殆ど残っていなかった。 
 しかし世界各地の、一定の緯度でたびたび桜の木が目撃されるというのだ。
 研究者達の興味は目下、謎の桜に集まっているという。アビスが消失した事に由来するものだとか、新たな侵略者であるだとか、様々な憶測が飛交わされているが、いずれも流言飛語の域を出ない。
 確かにいえる事は2つ。
 1つ目はこの桜の木自体に何ら害はないということ。
 2つ目は3月上旬にでも、各地で満開の桜の花が見れるのではないかということであった。







 剣を鞘に収めた。
 目の前では、私より二倍ほど高い体躯のレイダーが音を立てて崩れ落ちてゆく。
 准将と言う地位に就き、レイダーの活動も比較的収まりはしたものの、私は未だに最前線でレイダーの掃討に加わり続けていた。
 誰かに命令された訳ではなく、自ら志願してそうしていた。

 ——あの後気が付いたとき、私は空を見上げて瓦礫の上に呆然と立っていた。
 驚くべき事は、私の身体が全く無傷であったことだ。アビスの攻撃によって受けた傷さえもが綺麗さっぱり消えていた。何より私は確かに地上へ落下していったはずなのに。その後も考察に考察を重ねたが、結局答えは出ないままである——。

 現在第1部隊のメンバーは私だけである。
 これも私が自らそう頼んだ。前例のない申請は、レイダーの活動が落ち着いている事もあって存外あっさりとまかり通った。
 どうしてわざわざそんなことをしたのかは私自身にも判らない。
 或いは、まだ私はあの二人が帰ってくる事を期待しているのだろうか。
 我ながら未練がましいと思う。自嘲気味にひとつ笑った。
 空を見上げる。あの日と同じ真っ青な空だった。その空には、もう、アビスの黒い星は無い。

 どこから流れてきたのか、桜の花が風に舞っている。
 その中で私は呆然と立ち尽くし、彼女が消えていったあの大空を見上げていた。どこまでも突き抜ける空の蒼さは、私に彼女と彼の姿を想起させる。

 風と共に遠い空の向こうへ過ぎ去った貴女。
 音もなく何も告げずに何処かへ旅立ってしまった貴方。
 2人の事を思い出しても、もう涙は出そうになかった。私が冷たい人間であるという証左なのだろうか。
 時間にしてみればたった数か月の間だった思い出が、堰を切って溢れだす。

 今にも壊れそうな笑顔で笑う貴女と出会ったあの日。
 耐えきれなくなって涙をぼろぼろとこぼしたあの日。
 クラヴィスの支部の中を2人で歩きまわって、陽が沈みかけた空を、屋上からで見上げたあの日。
 中身は等身大の少年であるのに、計り知れない重圧を一身に背負う貴方が私たちの許へ来たあの日。
 3人で、馬鹿な事で騒いだあの日。
 3人で、満天の星空を見上げたあの日。
 ただ一緒にいるだけで安らいだあの日々。
 私が抱いていた思い出の数は我ながら驚く程だったようで、前後のつながりさえわからない位に、無数の映像が浮かんでは更に巡ってゆく。
 自分で自分に呆れて、鼻で笑った。
 自嘲の笑みを溢し、それでも名残惜しく、晴天を仰いで2人の名前を呼んだ。その残響に縋りたかった。

「スギサキ……フミヤ……」























「呼びましたか、シードウさんっ」

 聞き覚えのある声が鼓膜を震わせた。

「随分とらしくねえ表情だな、シドウ」

 何かの合図のように、桜の花吹雪が、ひとつ春一番の強い風と共に流れてゆく。
 振り返った先に居たのは、左目を包帯で隠した少年と、灰色の髪の——……。

「……全く2人共、上官を待たせ過ぎだ」
「えへへ、ごめんなさい」

 ようやく絞り出した私の声は震えていた。涙腺と胸の奥が熱を帯び始め、きっと抑え込んでいた想いが、願いが溢れる。
 彼は皮肉げに、彼女はいたずらっぽく苦笑して。それから目尻にほんの僅かな涙と、とびきりの笑顔を浮かべる。
 きっと互いが互いに、ずっと待ち望んでいた言葉だった。

「おかえりなさい」
「——ただいま!」



Re: アビスの流れ星 ( No.41 )
日時: 2018/03/11 19:05
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)




Epilogue



「結局、最後までわからないことだらけだったなあ」
「……そうだね」
「どうして僕じゃなくて彼らの味方をしようと思ったんだい?」
「わかんない」
「自分のことなのに、わかんないの?」
「わかんない」
「そっか。不思議だね」
「じゃあどうしてアビスは、シドウさんを助けたの?」
「……わかんないや」
「そういうことだよ」
「そういうことなんだね」
「うん」
「結局おいしいも、まずいも、好きも、嫌いも、楽しいも、つまんないも、他にもいろいろ……僕もわかんないままだったなあ」
「……そう」
「おいしいってどんな感覚だった?」
「……辛かったりとか、甘かったりとか、しょっぱかったりとか……いろいろ」
「うん、やっぱりわかんない」
「……じゃあ聞かないでよ」
「彼らと居て、幸せだった?」
「きっとあなたには、幸せもわからないのに?」
「でも、見てたらなぜか、幸せそうだなって思った」
「……うん、幸せだった」
「楽しかった?」
「楽しかった」
「戻りたい?」
「でも、私はもう……」
「でも、じゃなくて」
「……うん」
「君は、君をレイダーだと思う? それとも人間だと思う?」
「わたし、は」
「うん」
「私はレイダーで……人間、だ」
「そっか」
「うん。人間で居たい」
「僕も人間が好きだったよ。僕の知らないことをたくさん知っていて、幸せそうに笑う君たち人間が大好きだった。僕も君たちの中に混じりたかった。もっと話したかった。一緒に笑いたかった。」
「アビス?」
「僕が食べてきた『人間』の部分は君にあげる。だから、ちゃんとずっと幸せでいること」
「……うん」
「僕は、いつでも君を見守っているから」
「うん」
「……それじゃ、いってらっしゃい」
「うん。いってきます」







 アビスの黒い星が消えてから、クラヴィスという組織は変わり始めているようだ。
 レイダーの減少を受けて、本格的に復興支援へ乗り出しているという話だった。荒廃した各地域の開発や、住む当てや身寄りを失った人々の受け入れ、農林水産業の復活に向けた動き等も行っているらしい。
 詳しい事は私にもよく分からない。しかしアビスとの戦いが終わり、新たな戦いが始まっているという事だけは分かった。
 それは「生きる事」だ。

「死にたい……!」

 そして私は机に突っ伏して口から魂をはみ出していた。
 ほぼほぼ生きる屍と化している私の隣ではスギサキが哀れな虫を見るような嘲笑を浮かべており、傍らで立つシドウさんはため息をつきながら指先で眼鏡の位置を直す。
 彼がマグカップを置く、硬質で小さな音を聞いて、私はあれが始まると予感した。

「そこは先週も滾々と教えた箇所だ。さてはフミヤ、あれだけ言ったのにまた復習を怠ったな?」

 そら来た。
 この人こそいちいち言い方がしつこいのは、会った時からちっとも変わっちゃいない。

「私の貧相な脳ミソじゃこれが精いっぱいなんです!」

 シドウさんに言われていた宿題をサボったのは事実なので、そこにはあえて触れない。いや厳密にはサボっていたワケではない。単純に失念していたというか、私の脳が自動的にタスクを整理した結果、優先度が低めに設定されたというか。

「良いかフミヤ、私もお前がどうしてもと言うから、研究の合間を縫ってこうして勉強を見に来ているんだ。良いか決して暇じゃないんだ、分かるな?」
「ああもうネチネチと言われなくても分かってますよごめんなさいね!」
「一応脳ミソが貧相な自覚はあるんだな」
「スギサキもうーるーさーいー! そのクックックって感じで笑うのやめて! なんかすっごい馬鹿にされてる気がする!」

 スギサキは自覚があるんだか無いんだか、誰かをいじったり意地悪したりする時はそれこそ心の底から楽しそうに笑う。しかも表面的には押し殺す感じで。その上何が小憎たらしいって、彼が肘をついている下で開かれている参考書のページは、9割型がクセのある赤い丸で埋め尽くされているという点だ。
 シドウさんは分かる。元々が若くしてクラヴィスの上層部に居たエリートだし、座学をきちんと勉強しなくちゃならない機会も多かったらしいから。
 でもしかし何だってスギサキは聞いた限りそういうのとは無縁らしいのに、普段は私より勉強をしているようにも見えないし、涼しい顔してここまで頭が良いのか。神は死んだ、不平等だ。天は人の上に人を作ったと思う、絶対。

「スギサキもつまらない所でミスをするな。ケアレスミスと答えの見直しをしないのがお前の悪い癖だ」
「良いじゃんかよ別に、グラムとかキログラムとかそんぐらい。細かい事気にしてっと将来ハゲるぞ?」

 悶々と意味不明な証明問題に向き合いながら頭から黒い煙を出す私の、隣でシドウさんとスギサキが小言と軽口の応酬を交わす。
 これが今の私たちの日常だった。

 クラヴィスが復興支援として乗り出した事業には、学校を始めとした教育機関の再興も含まれている。
 私とスギサキはクラヴィスが出資する学校に通っていた。

 スギサキは、私をクラヴィスへ引き入れた責任について追及されかけた。しかし最終的には数え切れない程のレイダーを迎撃して見事に日本支部を守り切った功績と、シドウさんがアビスに乗り込む為に必要不可欠だったバハムートを討伐した本人である事、なんとか処分はクラヴィスからの除名に留まった。
 彼の手足は今も義肢だけれど、レイダーの素材を使ってはいない。

 私は私でいつの間にか死んだ事になってしまっていた為、登録上はシドウさんが拾って来た養子として過ごしている。

 シドウさんは私とスギサキをクラヴィスの追及から庇い、最終的に准将としての地位を捨てたらしい。それでも一部から糾弾は上がり続けていたけれど、事実上レイダーとの長い戦いに終止符を打った英雄に、真っ向から波風を立てられるような組織や個人はほとんど居なかった。
 今はクラヴィスの系列にある研究所で、天文学の研究に従事しているようだ。

 それぞれがそれなりに忙しい日々を送っている。けれど私たちは、週に1度くらい3人でシドウさんの研究室に集まっては、こうして勉強会を開いたりしていた。
 大抵は私が分からないところに音を上げて、スギサキはそれを皮肉気に鼻で笑い、シドウさんが呆れた様子で溜め息をつくという光景の繰り返しだけれど。

「溜め息ばっかりついてると、幸せが逃げちゃいますよ?」
「誰のせいだと……」
「ところで今日は屋上行かねえのかよ?」

 スギサキの提案に、私とシドウさんは壁の時計を見上げる。そろそろ21時に差しかかろうかというところだったので、私たちは揃って上着を羽織り、研究施設の屋上へ向かう事にする。
 こうして勉強会をするようになってから、恒例のものがもう1つあった。



 やっぱりまだ風は冷たい。けれど少しだけ春の匂いを運んでいた。どこから運ばれてきたのか、桜の花がひとひらだけ鼻の先に柔らかくぶつかる。
 研究施設の屋上には、並んで腰を掛けられるような一画がある。座って空を見上げると、春先の空にはひとつひとつ違う星が瞬いていた。おとめ座のスピカ、しし座のレグルス、うしかい座のアルクトゥルス……近頃は覚えている星座も増えてきたように思う。
 毎週毎週シドウさんの話を聞いていれば当然かもしれないけれど。
 ただ、この時間は何よりも好きだった。

「北斗七星が見える位置は、一年を通してほとんど変わらない。その為昔は夜の漁へ出たりする時、方角を確かめる為の目印ともされていたようだ」

 今はもう専門家なのだし当たり前かもしれないけれど、シドウさんが話すネタは尽きない。
 毎週違う内容をゆっくりと、落ち着いた様子で丁寧に語ってくれる。この時ばかりはスギサキも茶々を挟んだりはしない。ただし、全くではないけれど。

 空を見上げて、スギサキと並んで座り、シドウさんの話を聞きながら、私は思い返す。
 アイカワ隊長、マツヤマさん、アルベルトさん、ミズハラさん達は勿論、他にもたくさん死んでいった人たち。果てしない時間を彷徨い続けて、ここに辿り着いたアビス。
 私はきっと、あまりにも多くの屍の上で生きている。言ってしまえば私が奪った命だって含まれているのだろう。
 申し訳なさで涙を流して、迷惑をかけながら過ごしている日々を後悔して、いっそ死んでしまえと自分を呪う夜を何度も繰り返してきた。もう居ない人たちの笑顔を思い浮かべながら、自分はどうして生まれてきてしまったのだろうかと、今だって疑問に思わずには居られない。

 ただアビスと対峙したあの瞬間から、少しだけ「生きていたい」と思えるようになってきた。
 私を責め続ける私もここに居るけれど、私に生きろと願う人達も確かに居る。
 シドウさんも、スギサキも、そしてアビス自身ですら、それを言ってくれた。
 私なんか死んでしまえと祈り疲れた先で、ようやく会えたあなた達がそう言ってくれるのなら。
 消えない悲しみにさえも、優しくそっと触れながら、ゆっくりと手を繋いで歩いていきたいと思える。

 何もかも吸い込んでしまいそうなミッドナイトブルーの夜空に、まるで道標のような星が幾つも頼りなく、しっかりと瞬いている。
 一面に広がる数え切れない程の道標は、何も言わずに私達3人を見守っていた。

「あっ……流れ星」

 一番最初は私だった。けれどシドウさんとスギサキもすぐに気付いたらしい。
 音もなく一筋の流れ星が煌めく。
 私は思わず少しだけ笑いをこぼしてしまい、シドウさんとスギサキは不思議な顔をする。
 慌てて願い事をしようとして、私は気付いたのだ。私の願いは、きっともう叶っているという事に。
 私につられて、シドウさんも困ったように、スギサキも皮肉気に笑う。それはもう見慣れた、愛しい表情だった。

「シドウさん、スギサキ」

 これは秘密だけれど、私は2人の名前を呼ぶ時、口先と胸の奥に確かな充足感を覚えるのだ。
 2人共ぶっきらぼうで短い返事をしながら、私に視線を合わせる。
 改めて言うのも気恥ずかしくて、少し言い淀んだけれど、声にする瞬間は自然と笑顔になっていた。

「ありがとう。これからも一緒に居たいな」
「ああ」
「当たり前だろ」

 照れ臭さで顔が火照って、夜風の冷たさは気にならなかった。
 心地良い静寂の中、私たちはしばらくの間、並んで星空を見上げていた。
 そうしてこの場所、この時間に共に生きている実感を、これから過ごしていく未来を噛み締めていた。




                                     アビスの流れ星・了


Re: アビスの流れ星【完結】 ( No.42 )
日時: 2018/03/12 00:40
名前: ヨモツカミ (ID: NAPnyItZ)


アビスの流れ星、完結おめでとうございます!
更新も早くて、内容も長過ぎずあっという間で、もう終わってしまったんだなという寂しさと、完結してよかったという喜びが綯交ぜになっております。

最初の方の、アイカワさんやマツヤマさんたちと談笑しているところを読んでいたときは、これからこの仲間たちと一緒に戦っていくのかあ、いい仲間達だなあと思っていたので、ミズハラさんがやられた瞬間呼吸が止まりました。そこからの仲間死亡ラッシュで絶望しかねえ……ってなりました。でも、多分この作品好きだろうなと思ったのはその辺りです(笑)

シドウさんが出てきたとき、最終的にこんなに好きになるとは思いませんでした。シドウさんめっちゃカッコよかったです。あと、“真紅の流星”と聞いて、ついつい昔のハンドルネームが頭に浮かんでしまって、真紅って書いてあるにもかかわらず脳内では紅蓮って読んでしまっておりました(
本当に、文章なのにスピード感のある迫力満点の戦闘描写が最高でした! 映像のように流れていきました!
それから、私は「生きろ」という台詞がとても好きなので、シドウさんの台詞で泣きそうになってました。シドウさん、カッコよすぎました。

個人的に勝手に泣きそうになっていたのが、会議室に前の隊員達の私物が溢れていたところです。もう帰ってこないのに、彼らの生きていた形跡というか生活感とかが感じられて、隊員みんな仲良かったんだろうなとか、ほのぼのしていた日々が確にあったんだと思うと、彼らの死が辛くて辛くて。

所々フミヤちゃんの日記が出てくるの、すごい良かったです。その日一日のことを振り返って、あの瞬間彼女が何を思ったか、これからどうしたいかとかを書いてると思うと、凄く感情移入しやすかったので、私は何回か泣いてました。
シドウさん生きろと言われて、フミヤちゃんも前向きに生きようと決意したとことか、大好きです。

ちょっとアビスの流れ星で好きなシーン多すぎて長くなるので省きますが、私が一番好きなのは、三人で星を見るところでした。居場所ができた気がするっていうシドウさんの台詞とか、三人とも同じふうに思えたこととか、素敵過ぎて泣きそうになりながら、これからこの三人で戦っていくんだな……って。
次の瞬間、また絶望展開でチクショオ!! ってなりましたが(笑)

最終戦も凄くかっこよくて、フミヤちゃん装備とか、アビスの人間に対する思いとか、シドウさんマジ強いかっけーとか、落ちてゆくシドウさんが流れ星みたいだったとことか、全部好きでした。ちょっと言いたいことがまとまらなくなってきましたが、エピローグ、また三人で星を見て終わるところで凄く泣きましたし、なんかとにかく沢山好きでした。こんなに素晴らしい作品を、ありがとうございました。それから、執筆お疲れ様でした。
ぐれんさんの次の作品も楽しみにしておりますが、とりあえずはゆっくりお休み下さい!

Re: アビスの流れ星【完結】 ( No.43 )
日時: 2018/03/12 21:41
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)

>>42 ヨモツカミさん

ありがとうございます。
私も完結まで運べた安堵感と、不思議な寂寥感を噛み締めております。
以前まで使っていた「紅蓮の流星」というペンネームも含め、多くの面で私の原点になっている作品なので、まず感想を下さった事が本当に嬉しいです。重ねてお礼申し上げます。

冒頭からあれだけの人数を軽々しく殺してしまって良いのだろうか、と逡巡した記憶はあります。
書き手はある意味登場人物の運命を決定付けてしまう立場にあるので、作品としての出来栄えとはまた別に思うところがありました。ただ最終話の彼らを描写した時に、無駄じゃなかったのかもしれないと少しだけ考えられました。

第1部隊会議室の描写についても、どこか自分自身割り切れないところがあって、その戒めのつもりで挟んだような気もします。
彼らという命……と言っては変かもしれませんが、居た形跡を何かの形で残す義務があるように思って。

本作はどうしても戦闘シーンがメインの見せ場ですが、往々にしてそういった描写は読み飛ばされる事が多いので、いかに読者の方が勢いで読めるようにするか苦心した記憶があります。
私自身が文字通り、頭の中に流れる映像を出力するつもりで描写しているので、その一片でもお伝えする事が出来たのなら幸いです。

どうしてもシドウの出番が多く、彼が物語のかなり中核を担っていますが、個人的にあくまで本作の主人公はフミヤであると考えています。彼女の自分の命に対する接し方と、生に対しての態度、その変容していく様子を描きたかったように思います。
同時に彼女の内面にある、純粋さと人間臭さを、親であるアビスにも繋げやすくしたかった。そんな意図を込めていた記憶があります。

本作はいわゆる「上げて落とす」を徹底していたような気もします。物語に緩急をつけたいなって。
同時に星空を見上げるシーンは、私個人の記憶の中で、最も大事にしたい記憶の内1つと被せています。なので本作の中で一番好きなシーンとしてその場面を取り上げていただけたのは、非常に嬉しく思います。

最終戦におけるシドウ対アビスの、スローモーションで辺りの様子が描き出されるシーン。私が本作で最も描きたかったシーンはあれでした。
あの戦闘描写に関しては、今まで書いて来た私の作品の中でも、1、2を争うくらいに上等な出来栄えだと自負しています。そこも含め、終盤も気に入っていただけたのならすごく嬉しいです。

次回はもっとゆっくり更新していくかもしれません。また少しの間はゆっくり休むかもしれません。
ただ次の作品もお楽しみいただければ、私としても非常に嬉しく思います。
本当に感想ありがとうございました。書いていてよかったと思います。


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