ダーク・ファンタジー小説

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SoA アンダルシア「断片集」
日時: 2017/12/02 19:03
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

 歴史とは勝者の物語。勝者の物語の裏で、語られなかった物語がある。
 敗者の物語然(しか)り、無名者、庶民の物語然り。
 しかしそこには確かにある、語られなかった物語。
 そう、これは短編集に非(あら)ず。この書物の名は「断片集」。
 一つの物語になりきることのできなかった数多の断片。その集積を、ご覧あれ——。


  ▲


 お久しぶりです、藍蓮です。
 本編があまりに浮かばないのと現実が忙しくなってきたので、手軽に書ける「断片集」を始めました次第にございます。多くの作品を中途で放置してしまい本当に申し訳ないのですが、浮かばない時は浮かびませんし、あまり時間が無くなってきたので。
 この話は「断片」です。なのでその多くは本編とまるで関係がございません。本編をご存じない方でも簡単に楽しめる仕様となっておりますので、お気軽に覗いてみてください。

 では、始めましょう。

△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △

 Fragments

PieceⅠ 創世の絆 >>1-4
PieceⅡ 偽りの救世主(メサイア)>>5
PieceⅢ 亡国ティファラート >>6-
PieceⅣ 絡繰人形使 >>
PieceⅤ 頼まれ屋アリア 秘話 >>
PieceⅥ 運命の彼方 >>

断片3 亡国ティファラート ( No.8 )
日時: 2017/12/16 14:27
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


〈断章一 断絶の予感 
 ——ティファイの王宮にて〉


 時は遡り、ティファイの王宮にて。

「陛下、アルドフェックが宣戦布告を……!」
「ご決断を、陛下!」

 謁見の間に響くは、忠臣たちの声。

——ついに、来た。

 私、ティファイの女王ファラウ・ティファイは溜め息をついた。

——わかっていたんだ、いつかは来る「この日」のことを。アルドフェックの王がニコラスになった時から。わかっていたんだ。

 だから王としての決断を下した。家族? そんなものはいない。数年前の疫病で、私を残してみんなみんな全滅してしまったからだ。

「ユシュカ、ここに」
「はい、陛下」

 私の前にかしずいたのは、私とそっくりな見た目の娘。
 ユシュカ・ハイリア。私の乳姉妹(ちきょうだい)であり、おそらく私のことを誰よりも理解している人だ。
 けれど切り捨てるしかない。状況がそれ以外を許さなかったからな。
 前提条件は、彼女が私にそっくりなこと。
 ユシュカはまさに「任務」にぴったりな人材だった。その理由は。
 しかし、それを告げる前に。

「人払いを命じる。これは極秘任務。ユシュカ以外は一時、この部屋から去れ」

 人々が去ったのをしっかりと確認したあと。
 命令を、
 下す。

「ユシュカ・ハイリア」
「はい」
「今から、貴公に極秘任務を命じる」

 私は大きく息を吸い、決定的な一言を吐いた。



「貴公は私の……影武者となれ」



 その言葉の裏に隠されたメッセージは、「私の代わりとなって死ね」。
 ユシュカは気づいただろうか。いや、聡い彼女は気づいたろう。
 けれどそうやって偽装しなければ、ティファイは本当に滅びてしまう。
 国か友人か、そのどちらかを取らなければならないとしたら、私は間違いなく国を取る。それが生き残った王族の定め、君主としての選択だから。
 理屈ではわかっていた。しかし理屈では割り切れない部分もある。
 知らず頬を流れた熱いこれは、運命に抗おうとする心の昇華した、私の想いの結晶か。
 それを知りつつも、私は確認のための一言を放る。

「返答は」

 あくまでも、君主として。

「はい、陛下」

 その一言を聞いた瞬間、私はもう二度と戻らない遠い日のことを想った。
 かつて「仲の良い乳姉妹」であったファラウとユシュカは、いつの間にか。

——「君主と臣下」という実利ばかりの冷たい関係になってしまったのだと……。

 時が過ぎるのはあまりにも早く、それはひどく残酷にもなる。

「よい、下がれ」
「はい、陛下」

 そんな「君主」としての一言に、「臣下」として完璧に答えて。
 ユシュカは部屋から出ていった。
 扉を閉める音が、永遠の断絶を告げるような音に聞こえたのは。

————なぜだろうか————。

断片3 亡国ティファラート ( No.9 )
日時: 2017/12/17 14:07
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


〈第二章 引き起こされるは災いか否か〉


 翌日の朝、頼んでいた助っ人たちが来てくれた。

「お久しぶりですわ、ワンディさま」
「……久しいな、ワンディ・ヘルム」

 東からはティリアとティルクが。

「呼んでいただけるなんて光栄ですね。可能な限り、お力になりましょう」

 西からは相変わらずのエルエンシスが。
 ひとつの依頼をこなすために集まってくれた。

「あんたたちも暇ではなかったろうに。来てくれてうれしいよ。まあ、ただの運搬作業なんだがね」
「ただの、ではないでしょう。魔道具が『ただの』でしたら、武器の運搬はゴミくずですか」
「はは、ちげえねえ」

 エルエンシスの切り返しに軽く笑うと、ワンディは言った。

「じゃ、人員も揃ったことだし、出発するか!」


  †


 物事はそう簡単にうまくいかない、とは誰の言葉だったろうか。
 誰でもいいけれど、その誰かさんはよく的を射ている。
 まあ誰も期待なんてしていない。魔道具の運搬をして襲撃がなかった例なんて、片手の指の数ほどもないのだから。
 今一行の目の前にいるのは、武装した魔導士の一団。
 魔導士も強盗をするのだ。魔導士イコール高潔な連中? それはただの夢物語。
 現に今だって。

「その馬車のどこかに魔道具があるな? 命が惜しいのなら引き渡せ!」
「あ、前言撤回よワンディ! 冒険なんて結構! やっぱ平和が一番だから、誰かどうにかしてよねっ!」

 たまらずフェリィは引っ込んでしまったので、その代わりにとエルエンシスが進み出、無駄だと知りつつも交渉を試みる。

「命はもちろん惜しいですが、これを引き渡すことは我々の沽券にかかわりましてね。諦めてくださいませんか」

 らしくもなく投げやりな口調なのは、「説得」が不可能なのをわかっているから。
 案の定、

「諦めるだ? 生憎とそんなことはできない身。俺たち賞金稼ぎには、魔道具も売る対象に含まれる!」
「だそうですがワンディ殿、この魔道具に見合うだけの品物、ありますか? 多少お金を使っても、争いは避けるに越したことはないのですが」
「おいらはもう商人じゃないぜ。なけなしの金では満足してくれねえだろう?」
「……そうですか」

 溜息をつき、やれやれと首を振ったあと。
 その形相が、一変する。

「ならば、苦肉の策をとることにします」

 エルエンシスの青い瞳が、きらりと光った。

「逃げてください、皆さん。ここはこのわたしが食い止めます。わたしのことなどお気になさらずに!」
「はあ?」
「強盗さん! 魔道具は馬車の中! しかしそれを盗りたくば、まずはわたしを倒しなさい! ——甘く見れば、痛い目を見ること必至でしょうがッ!」
「な、何言って——! っておい! 死ぬぞエンシス!」

 馬車の馬の尻を叩けば、馬は容赦なく走り出す。それに反射的に飛び乗ったあとは、もうすでに手遅れだった。

「だから俺は嫌いなんだよぉ!」

 何が、とは訊かない。
 人生、誰しも別れがあるものだ。
 ただし彼が生き残って無事に再会できる可能性があることも、忘れてはならないだろう。
 結果はどうなるのか、わからない。


  †


「エンシス! くっそーっ!」
「……嘆くのはいいが、御者なんだからしっかりしろ。オレが代わってもいいが?」

 ワンディの悲嘆などいざ知らず。さらりとリロートが嘲笑う。

「あんたは過保護に過ぎるんだよ。あの氷の魔導士が、強盗ごときで死ぬもんかね」
「だけどさぁ」
「何か文句でもあるのか」
「いや、ない。なんかごめんよ」
「文句言う暇があるのならしっかりと馬を御すことだな。ほら右10度、ずれてるぜ」
「…………」

 リロートは苦笑いして、それからひらりと広い御者席に飛び乗った。

「ほら、オレが代わる。あんたは寝てろ。乱れた心じゃ何もまともにできないだろう?」

 それはリロートなりのささやかな気遣い。

「すまん」
「気にすんな。あ、ウィロのこと見ておいてくれよ」

 リロートの言葉に、ウィロートが口を尖らせて反論する。

「僕は子供じゃないんだけどねえ」
「るっせえ。自己防衛手段ゼロの奴が何言ってんだよ。ま、ワンディにしても自己防衛手段が無いのは同じことだが」
「…………」


 閑話休題。
 その夜。小さな焚き火を皆で囲んでつましい食事をしていた時だ。突然イーネアが口を開いた。

「ところで、前から気になっていたのですがー」

 イーネアが見ているのは一つの箱。そこには例の魔道具が入っている。
 ちなみにワンディは相当へこんでいて、馬車から出てこない。

「この魔道具って、一体どんなものなんですかー?」

 アルセリアは「ユアラン」と言ってはいたが、それがどんなものかは訊いていなかった。

「これの正体が分かれば、もう少し襲撃者への対処方法が分かる気がするんですー」

 確かに、何もわからないブラックボックスを守るよりは、何かわかった上で守る方が簡単そうである。

「せめて、危険なものかどうかの判断くらいは……」
〈今確認した。危険なものではないらしい。開けても大丈夫だ〉

 わかる人にはわかる、機械で作られたみたいで人工的な、どこか不自然な声がした。

「さすがティルクさんですー! 助かりましたー」

 その声の主は、生まれつき話すことができないのを音の魔法で補っているティルクだった。

〈音の魔法は便利だな。魔法の気まで調べることができる。もう少し時間があればもっと細かいところまで解析可能だが、どうする?〉

 それにはフェリィが反応した。

「うそ!? ティルク、そんなことできるんだ! 初めての自己紹介の時に言ってくれれば……」
〈悪い、俺は察しが悪くてね。言われないと気付かないたちなんだ〉
「そういえばそうかも……」
〈で、見せてくれないか〉
「わかったですー」

 イーネアが渡した小箱をティルクは躊躇いもなく開けた。
 そこに入っていたのは、シンプルだけれど美しいリストバンド。それが「ユアラン」の正体。

〈外見は大したことなさそうだが、中身はどうだか。ただのブリキの缶が竜巻発生装置だった、っていうのも見たことあるしな。これは危険なものではないが……。ブラックボックスの中身はなんだろな〉

 ティルクはそれを箱から取り出し、色々と眺める。

〈細かい解析には集中できる環境が必要だ。しばし静かにしてほしい〉

  †

〈終わった。これは装備することで装備主の行動速度と神経速度を上げる補助魔道具だ〉

 二時間ぐらい経っただろうか。ようやくティルクが結果を報告してきた。

〈何の意図でかけられたのか知らないが、隠蔽の魔法がいくつかかかっていて思ったより解析に手間取った。隠蔽ならこの魔道具の気配遮断にでも使ってほしいものだがな〉

 その頃には疲れた何人かは眠っていて、リロート・ウィロート双子がそれに応えることにした。

「補助魔法がかかっているってことは、味方にも使えるのかい」
「危険がないなら特に問題はないな、よかった」
〈……二人同時に話すのはやめてくれないか〉
「ああ、ごめんよ。じゃ、僕が話すからリロは少し黙ってて。で、ティルク。僕の質問への答えは?」

 しばし返答に間があった、疲労により頭が鈍っているようだ。解析は大変な作業らしい。

〈味方には使えない。そこに妨害魔法をかけるなんてどうかしているが、疲れていたので妨害の種類までは特定できなかった。特定の人しか使えないようになっている〉

 開けてみたら、危険性はないものの有用性もない、肩透かしを食らうものであることが判明した。

〈つまらんな。まあ、製作者が意図を持って作ったものだ、文句を言う資格はないが〉
「そうかい、がっかりだね。でもありがとうティルク。疲れたろ? 見張りは僕らがやるからさ、休んでおいでよ」
〈……感謝する〉

 ティルクはゆっくりと立ち上がり、馬車へ向かっていく。それを見ながらウィロートも馬車へと向かう。それを見とがめ、

「って、ウィロ! 抜け駆けするな!」

 思わずリロートが怒鳴れば。

「僕は凡人だからね、しっかり休まなきゃ。その点リロは違うだろ? 僕なんかよりずっと丈夫じゃないか」

 ウィロートは笑顔でそんなことを言う。

「……お前なあ」
「そういうことでね。おやすみ、リロート。いい夜を!」
「…………」

 どうやっても、ウィロートだけは出しぬけない彼だった。

断片3 亡国ティファラート ( No.10 )
日時: 2017/12/21 15:14
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

  †


〈断章二 願いの姫君 
——ティファイの王宮にて〉


 時は少し進み、ティファイの王宮にて。

「伝令! アルドフェックが国土に侵入!」
「伝令! ラクスの町が帝国に占領!」
 
無論、彼らが伝令を伝えている相手は私ではなく、その影武者となったユシュカである。
 ユシュカが影武者になっていることは誰も知らない。当の本人たちを除いて。
 その近く、ただの小間使いに見える少年が本当の私だということも。
 私、ファラウは小間使いの少年に扮し、時々ユシュカにこっそりと次取るべき策を示している。
 ユシュカは決して愚かではないが、私には全てを最高のまま終わらせる策があるのだ。
 それを、「人形」たるユシュカに実行してもらわなければ、ならないから。

 風雲急を告げる事態に時は移る。
 もう、流れゆく時がゆっくりになることは絶対にない。それを知っていてもなお、私は願わずにはいられなかった。
 どうか、ユシュカを生き延びさせて、と。
 ユシュカは影武者、捨て駒、死ぬさだめ。
 それでもほんのわずかでも。友人だった彼女の傍にいられる時が、長くなればいいと思った。
 慈悲なんてない戦場いくさばで。願いを抱く者は多い。
——たとえ、それが叶わぬことだと知っていても。

断片3 亡国ティファラート ( No.11 )
日時: 2017/12/30 14:08
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

 
〈第三章 明暗の分かれ道〉


 ワンディは派手にへこんでこそいたが、その後の旅は順調だった。目的地であるヴィーセルタに行くには川で隔てられた国境を越えなければならないが、アルドフェックはティファイ国境には大して力を入れていない。警備が薄いのだ。

「なーんかさ、この警備の薄さって、あたしたちティファイ国民を舐めているみたいで腹立つわ」
「その分、通りやすくて便利ですー」
「過ぎたことに嘆くなよ」
「風の噂によれば、ファラウ陛下はセラン王国に匿われたらしいけど?」
「……みんながみんな、あたしの支持はナシですか。まーいーけどさ」

 確かにフェリィの不満ももっともだが、無事であるに越したことはない。
 結局一団は何の問題も無しに川べりの町、ディオーサに着いたのだった。


  †


——息が、切れた。

 辺りに散らばるは死屍累々。すさまじい惨劇の跡。
 そこに唯一立っているのは、場違いな冷気を纏う長髪の男。
 エルエンシス・サルフリーザだった。彼は生きていた。
 しかしあんな大言壮語を吐いた割には、その身体はボロボロで。
 彼は平和ぼけしていたのだ、と思い知った。

「ふ、この程度……昔のわたしの敵ではなかった……」

 彼はかつて友人たちのもとを一人飛び出して、自らの望む世界を見るためだけに無謀な冒険をしたことがあった。
 結果は、知れたもの。
 世界は醜い、どこにも理想なんてない、
 それを——知っただけ。
 あの頃は強かった。生き延びるために必死だった。
 なのに。

「——弱くなったものだな、わたしは」

 彼はつぶやき、ドシャリと地に膝をつく。そんな変な音がしたのは、辺りに山と散る血が跳ねたから。

「すみませんね……。しばらく、休むことに……します、よ……」

 一対多勢、魔力も体力も底をついた。そこかしこに咲いている赤は、賞金稼ぎたちのものばかりではない。
 その身体がゆっくりと傾いて行き、彼はついぞ地に倒れる。
——こんな自分を、いつしか「氷の君」と称したのは……誰だったか。
 思考が追い付く前に、彼の意識は消えていった。


「おや? あれ、生きてるじゃないか」


 シャララと石の触れ合うような音を鳴らしながら一人の青年が現れたのは、少し後のことになる。


  †


 誰が信じられただろうか。無垢な子供が。
——人を殺そうとした、なんてね。


 ディオーサの町に宿をとり、一団はしばしのんびりと町を見て回ることにした。川べりのこの町は物流が多く、いつも活気がある。……まあ帝国民が相手なら、だが。属国民はアルドフェック本土にいる限り、嫌われるのは避けえない。
 それでもディオーサは穏やかな町……のはずだったのだが。

(……?)

 どこかでした金属の音に、彼は眉をひそめる。
 音に敏感な音魔導士は、もちろん異変にも気付くのが早い。
 こんな町だ、武具屋もあるから金属の音なんて珍しくもなんともないが、ティルクはその音に疑問を感じた。

(まるでナイフを抜くような……。俺の考えすぎだろうか?)

 しかしそのとき彼は聞いたのだ、そのナイフが空を切る音を。その音の向かう方角を、明確な殺意の声を。

「ぞっこくみんが、えらそうにぼくらのまちをあるくなっ!」

 ナイフが向かった先はワンディの背中。
 叫んでも衝撃波を放っても間に合わないと知った。しかしここでワンディを失うわけにはいかない。リロートは気づいたようだが、いかんせん距離が開きすぎている。ティルクしか動けない。ならば!

〈泣くなよティリア!〉

——その、死の直線に。
 割って、入った。

「うへえっ! 何があったよ? ……って、ティルク !? 一体何があった!」

 背中に感じた血飛沫に驚くワンディを無視し。

〈見てくれ……これが現状なんだ〉

 特大の、まさに耳を聾すほどの衝撃波をナイフを放った子供に放つ。これを受けて無事でいられる人はいない。無論、一撃で子供は昏倒した。
 彼には方向が見えていた。致命傷になる位置に受けてはいないから問題はない。
 しかし身体から力が抜けていくのは、どうしようもなかった。

「ティ、ティ、」
〈静かにしてくれないか。……リロート、さっき昏倒させた子供が犯人だ。捕まえておいてくれ〉
「ティ……ルク?」
〈姉上には適当に伝えておいてほしい。こんな帝国、居座るよりは出た方が属国民にはいい。……疲れた。俺は寝る。悪いが応急手当てを頼む。致命傷ではないはずだが、どうも出血が……。よろしく〉
「って、おい!」
〈音魔導士は音に敏感なんだよ。叫ばないでくれるかな?〉
「…………」

 ティルクはゆっくりと目を閉じた。その脇腹から流れる血が、道を赤く染めていった。



 事後処理は優秀なセルフィディア双子とイーネアに任せられた。ワンディは幌馬車を駆ってオルフェイン双子とともにいち早く郊外の森に逃げ、ティルクの手当てをしていた。フェリィはワンディの幌馬車に乗っていたが、今は森の警戒に当たっている。
 しばらくして。

「捕まえてきた」

 感情のない声で例の子供を連れてきたのはリロート。

「聞き出したところ、属国民が本土を歩いているのが気に食わないってさ。とんだ選民思想で反吐が出るね」

 イーネアがその後ろから顔を出す。

「みなさん、ひどかったんですよー。みんな私たちが悪いって言うんですー。ウィロートさんがうまく騒ぎにならないようにしてくれたので良かったですが、色々と理不尽な世の中ですー」
「でも喜ぶべきかな、僕らの目指すヴィーセルタの町はそこまでひどくないらしい。でも……これから僕らはどうするべきだろうね? 魔道具は狙われるし、本土では理不尽な目に遭うし。四面楚歌とはまさにこのことだね」
 ウィロートが溜め息をついた時だった、聞いたことのない声がした。



「『三面楚歌』だったら、どうするね?」



 見たことのない服を着ていた謎の青年が、後ろに一人の青年を伴って底の見えぬ笑みを浮かべて立っていた。後ろの青年は——!

「エルエンシスっ!」
「ご心配をおかけしましたね、我が友」

 かつてワンディが「氷の君」と呼んだ彼が、最近負った傷の痛みをこらえつつ穏やかに笑っていた。


  †

断片3 亡国ティファラート ( No.12 )
日時: 2018/01/03 11:48
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)



〈断章三 雪白せっぱくの不死鳥
——ティファイの王宮にて〉


 時はさらに進み、ティファイの王宮にて。

——ユシュカが、死んでしまった——
 
 その日、私は、見た。
 ユシュカが、自分の代わりをしてくれた影武者が。
 ……討ち取られてしまったのを。
 それを見た時、私は無意識に動いていた。生き延びるために、本物の王が死なないために。それでこそ、国は蘇る可能性を持つから。
 感情からすればユシュカを悼みたかったのに、どうしてだろうか。逃げるためだけに足は動き、涙の一滴も流れない。
 間もなくこの国は崩壊すると、頭の中ではわかっていて。れを食い止めるための策しか浮かんでこないのは、私の心が完全に君主となってしまったからだろうか。あの時代はもう戻らないのだろうか。
 思い出すのは陽だまりの中で笑いあった、遠いあの日。

——ユシュカ、私は王として、君の仇を討つから。

 臣下がくれた時間を、君主は無駄にはしない。


 隠し扉から外に出て、ティファイの国とセラン王国の国境を目指してひた走る。
 死せるユシュカのためにできることはそれぐらいしかない。

——私は。

 これから、どうなっていくのだろうか。
 セラン王国が無条件で助けてくれる保証はない。
 滅びつつある一つの国の中、一人きりの君主は頼るものなんてなかった。

(ユシュカ、見ていてくれないか——)

 その身を、「変身士」たる私はわかる人にはわかる不死鳥に変えて、血の戦場を飛び立った。

(我が国民くにたみよ、見ていてくれないか——)

 希望の王は、生きていると。ティファイの国は、終わってはいないと。

——目指すは、セラン。

 川で国境を接する、アルドフェックの戦力外の国。醜い侵略戦を、ことごとく退けた南の大国。
 その地にたどりつかねば、希望はない。
 雪のように白い不死鳥は、彼方を目指す。


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