シリアス・ダーク小説

T.E.A.R.【短編集】
日時: 2020/08/04 16:52
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=11127

クリックありがとうございます。
初めまして、美奈と言います。
いつもはコメディ・ライトで活動しているのですが、今回はダーク・ファンタジーに初挑戦してみようと思います。

ここで求められている感じのものになるかは分からないのですが...
とにかく後味も気味も気色も悪い短編を書いていくつもりです。タイトルの『T.E.A.R.』は涙と、引き裂かれるという2つの意味を持っています。そういうテーマで書くつもりです。
多分恋愛絡みが多めです。イカれてるかなこの人、って思われそうな話を気ままに書いていこうと思います。

自己紹介長くなってしまった。
お読みいただけたら嬉しいです...!

<目次>
#1 熱情 >>1
#2 New World >>2
#3 Wanna be A子さん? >>3
#4 12番は特別なんです >>4
#5 fault >>5

Page:1



Re: T.E.A.R.【短編集】 ( No.1 )
日時: 2020/07/06 17:27
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

#1 熱情

僕には分からない。
なんで、彼女は変わってしまったのだろう。

純白のセーラー服を着ていた時は、とても輝く笑顔を見せていたのに。
今、目の前にいるグレーのカーディガンを羽織る君の眉間には皺が寄っていて、心なしか体が震えているように見える。

最初から僕にしておけば良かったんだ。
僕はもう、君の悲しむ姿を見たくないんだよ?
君にはグレーよりも、明るいピンクやオレンジ、白が似合うから。
男と別れると地味な服を着て、男ができると明るい服に変わる。
僕と一緒になれば、君はずっと、ずーーっと、よく似合う明るい服を着ていられるよ。

僕は君を傷つけない。あんな酷い男達のようにはならない。
僕達が高校で出会ってから今まで、君は4回恋をした。
でも、ある時は学業を優先され、ある時はスカウトされたばかりの芸能活動を優先され、ある時は海外に留学されて遠距離になり、先月は浮気されてたことが分かったんだよね。かわいそうに。僕なら、そんなことは絶対にしない。

え?「なんで理由を全て知ってるの」って?
そんなの、君が心配だからに決まってるじゃないか。理由を知れば、僕がどんな男であるべきかが分かる。だから今日も、僕はここにいる。
怖がらないで。もう君を泣かせない。さっきもカフェで女友達に愚痴って、浮気されてた、って言った所で泣いてたよね?...君がいたのはテラス席だったから、外からでも様子がよく分かったんだ。「新しい恋がしたい。でも今は周りに男がいない」って言ってたのも聞こえたよ。
灯台下暗しじゃないか。僕がいるのに。
…君だって、なんだかんだで僕を意識してるでしょう?


嘘だ。なんで首を横に振るの?
僕は君に25回告白している。意識できないはずがない。
それに、君は逃げるようにして引越しを繰り返すけど、心のどこかでは僕を待っているじゃないか。
「そんなわけない」なんて、急に叫ばないでよ。近所迷惑だ。


最初引っ越した先の番地は19。君と同じクラスだった時の、僕の出席番号。次に引っ越した先の最寄りの駅名は、僕のママの旧姓。その次に引っ越した先の郵便番号の下4桁は、僕の携帯番号の下4桁。そしてこれから君が帰るマンションの部屋番号307は、僕が高校受験した時の受験番号。まさに君と出会うために必要だった番号だ。
君はいつも、周りをキョロキョロして、僕を探していたね。だから僕は見つけてもらいやすいように、いつも同じ服を切ることにしたんだ。
赤いチェックシャツに、ジーンズに、ヤンキースのキャップに、丸眼鏡。特徴的で分かりやすいでしょう?

これだけの理由があるんだ。もし無意識に君がこうした行動をとっているなら、それはもう運命だ。
僕と君は、一緒になる運命なんだ。
「知らない」なんて、言わないで。「嫌だ」なんて、言わないで。


高校で僕がいじめられていたのを止めてくれた時から、ずっと好きです。
「学級委員だったから仕方なく?」そんなはずはないでしょう。
ねぇ、逃げないで。今度は僕が君を笑顔にする。だから振り向いて。


君は振り向いた。でも顔が涙で濡れている。僕の深い愛に、感動してくれたの?

「あんたのせいで笑顔が消えるの!あんたのせいでマトモな恋もできないの!どこまで来るのよ気持ち悪い!もう、いい加減やめて!」

えっ……。今の、い、今の言葉は、嘘だよね?君の言葉では、な、ないよね?

「私の言葉よ!!!」

あーあ。やっちゃったねぇ。
……君は今、決して言っちゃいけない言葉を言った。
「気持ち悪い」
それは小中高と、僕の人格を壊していった言葉だ。君からそんな言葉、聞きたくなかったのに。


僕は怒ったよ。もう怒った。怒った僕はね、止められないんだ。ママも手を焼いていたよ。
僕の26回目の告白を受け入れてくれなければ、僕は君を許さない。…待て、待つんだ。逃しはしない。早く言うことを聞け!止まれ!
よろける君に追いつく。…ふう、やっと捕まえた。
もう、離さない。

目が大きく見開かれて、口を開けるけど、何も言葉が出てこない君は、やっぱり綺麗だ。
でも、僕は怒っている。今は何も喋らせない。君の口を、僕の唇で塞いでしまおう。
僕の腕の中で、君はジタバタする。…あぁ、丸眼鏡が邪魔だなぁ。
もっともっと、乱れた姿を見せてくれないか。6年も待ったんだ。
君の全てを見せて。…今日からはもう、僕だけに。


さぁ、26回目の告白をしよう。返事を聞かせてくれ。



ー君のことが好きです。付き合ってくれますか?

Re: T.E.A.R.【短編集】 ( No.2 )
日時: 2020/07/10 00:38
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

#2 New World

あぁ、また始まった。
お腹が鳴る音は、世界で1番嫌い。
自分でコントロールしきれない煩わしさに、思わず腹を殴りたくなる。
”お前は生きているか”
この問いに自信を持って「いいえ」と答えられないのは、この空腹のせいなのだから。

君への想いはもう、届かない。そんなの分かってるんだよ。
でも何で満たしたらいいのかが、分からない。ずっとずっと、分からない。
だから本能のままに、手を伸ばしてしまう。…お腹が鳴っているんだもの。

これは…寂しさ?怒り?嫉妬?情けなさ?
何かは分からないけれど、とりあえず心も体も満たそうとして、吸い込まれるように食べ物が口に入っていく。あぁ、醜い。私の胃が、こんなにたくさん求めていたなんて。私は今、生きている。生きてしまっている。
食道を全て埋めるくらいまで押し込んで、やっと楽になる。隙間だらけのジクソーパズルのピースが、全てはまったような気持ちになる。
このまま消化されるのを待ってしまおうか。全てを取り込んでしまおうか。
太ったら、嫌なことも何もかも、その大きな体で受け入れられる気がしたから。

ーいいんじゃない?
ーいや、ダメだ。何やってるんだよ。さっさと吐き出せ
ーでも、楽になれる
ーおい、お前が楽になってどうする?もっと苦しめ。さっさと吐け
ー嫌だ。このまま太りたい
ーダメに決まってる。さぁ、吐け
ー嫌だってば
『…マナちゃん、ずっと側にいて?』
『今日も可愛いね、マナちゃん』
『膝枕してよ』
ーほら、みんなお前を待ってる。求めてる。だから、吐け。吐くんだ

嫌だ。いや、いやいやいやいやいやいや………っ!

君はもう私を求めないのに、客はこぞって私を求める。湿った「マナちゃん」という声が、耳の裏に張り付く。
もう辞めたい。全てを辞めたい。この嬉しい息詰まりの感覚の中で、目を閉じてしまいたい。
…でも、やっぱりそれはできない。

私は1人じゃないから。お母さんを守れるのは、私しかいないから。シングルマザーで病気がちのお母さんに、お金は稼げない。私が「マナちゃん」であることを辞めれば、生きていて欲しい人を失ってしまう。「マナちゃん」であるには、肥満は大敵だ。

食道の充足感を惜しみつつ、全てを吐き出す。…あぁ、またいつもの”声”に従ってしまった。吐くのをやめようとすると、必ず聞こえてくるんだ。
吐くことにも慣れたから、すぐに終わってしまう。食べることと吐くことは、生きているってことを嫌でも感じさせる。食べ物の匂い、食感、咀嚼の音。食道を逆流する感覚。全身が食べ物を感じてしまう。この感覚は、止められない。

ジクソーパズルがまた隙間だらけになった状態で、仕事に向かう。
客の湿った声は、隙間に気持ち悪く染み込んできた。
これを埋められるのは、食べ物と、君だけなんだよ。



仕事を終えて帰宅したら、お母さんが消えていた。

『ごめんね、びっくりしたでしょう。お母さんね、やるべきことをやって、新しい世界に行くことにしたの。でも私はずっと愛の味方。愛の力になりたいの。大好きだよ』

置き手紙を握り締め、ハッと思ってベランダに出て下を見たけれど、華奢な彼女の体はなかった。
自分だけ、ずるいな。…でも、お母さんだから許してあげる。
私も大好きだよ、お母さん。全てを理解してくれて、愛してくれた唯一の人だから。


気付いたら部屋を出ていた。なぜか、部屋から追い出されたような気がした。
鍵はもうないのに、足が勝手に動いていた。プログラミングされているみたいに。

律儀にインターホンを鳴らそうとする自分に笑ってしまった。客以外の前で笑ったのは、いつぶりだろう。…多分、君といた時以来だよ。
ドアは開いていた。おかしいな、几帳面な人なのに。

躊躇なく、部屋の中をずんずん進む。
ベッドに横たわる君を見つけた。電気が消された部屋の中、白かったはずのベッドがちょっと変色している。
君…ずるいよ。でも……ありがとう。
長らく触れられなかった君に近づいて、背中を抱き締める。やっと君に会えた。やっとまた、私のものになってくれる。
じんわりと温かくて、ちょっと鉄の臭いがするけれど、やっぱりここが落ち着く。食道を塞ぐ時よりも、ずっと満たされた感覚。ジクソーパズルの隙間が、あっという間に埋まっていく。


もう、無理しなくてもいいんだ。この世界に用はないのだから。
すごく、すごく楽になった。


お腹が鳴る音が聞こえる。この世界で1番嫌いな音。
でも今は、心地良いとさえ感じるの。
このままじっとしていれば、君を抱き締め続けていれば、私も新しい世界にたどり着けるはずだから。
大好きだよ、2人とも。

今なら、自信を持って答えられる。



”お前は生きているか”という問いに。

Re: T.E.A.R.【短編集】 ( No.3 )
日時: 2020/07/15 17:34
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

#3 Wanna be A子さん?

出会いは突然に、って多分こういうことを言うのかもしれない。

「だっ!」

深夜にコンビニで買い物をして帰ろうとしたら、車の歯止めにつまずいた。車は止まっていなくて、そのまま前にコケて。袋の中身が派手に散らばってしまった。
…漫画かよ。夜でよかった。人も少ないし、失態は見られてないはずだ。さっさと中身をしまって帰ろう。
そう思ってから中身を探そうとしたのに、散らばったはずの物がなくなっていた。…盗られた?

「どこで転んでんの」

頭から低い声が降ってきて、見上げると超怪しい人がいた。深夜にマスクでメガネしてる男性に声かけられるのめっちゃ怖い。しかも私、コケたままだから無防備この上ない。…ヤバいじゃん。

「…っ!!!」

運動音痴の自分には信じられない速さで起き上がって、そのまま家へとダッシュした。でも何せ足が遅い。家が遠くに感じられる。

「ねぇ、待ってよ!これ忘れてっから!」

さっきの人はもう、私のすぐ後ろにいて。「ほい」と、私がさっき買った袋を手渡した。わすかな重みを感じて、あぁ、中身を集めて入れてくれたんだな、と悟る。
なんだ、良い人だったのか。

「ありがとう、ございます…」

「今2時だよ?女の子が1人で出歩くなんて、危ない危ない。家どこ?」

えっと、家…家はですね……え、待って、家?!
いくら良い人でも、この時間に出会った人だ。しかも顔全然見えないし。安易に教えたらまずい。私の油断に漬け込んで、家に上がり込まれて、そこできっと犯罪が…っていう想像が一瞬で頭を支配する。
黙っていたら、その人はあっけなく質問を諦めて、スタスタと歩いて行った。ついて行きたいわけじゃないのに、足は追いかける形になってしまっている。

「え、なんでついてくんの」

「いや、あの、ここ…」

まさか。マンションが一緒だったなんて。しかもその人が開けているポストを確認したら、私の真上に住んでいる人だった。

「なーんだ、住人さんだったんだ。俺、この前ここに越してきたばかりで。よろしくです」

彼も私も互いに名乗ることはなく、お礼と挨拶だけをして別れた。



私は職業柄、帰りがどうしても遅くなる。だからコンビニに行くのは、大抵2時になる。
彼もそうだったみたいだ。出会った日から、私は彼と遭遇する機会が増えた。
それから、歳の近い私たちが互いの家を行き来して仲良くなるのは、割とあっという間のことだった。

「璃子」

「ん?」

「あのさ…俺、璃子のこと好きだよ」

「え?」

私の思考回路が一瞬フリーズする。違う絵が脳に映し出される。

「ねぇ璃子、今何か別のこと考えてたでしょ!」

「え…バレた?」

「何考えてたの?」

「考えてたっていうか…イメージが、浮かんでて」

「イメージ?」

「…電車の、中吊り広告……」

彼は1人でお腹を抱えて笑った。

「まじか!よりによってそこ?!もうほんと、意外なとこ突いてくるよね…まぁ、でも分かるよ、璃子の気持ちは。けど俺の気持ちは、変わらない。もう決まってんだ」

目を伏せる私に、彼は囁いた。

「ねぇ璃子。俺のA子さんになってくんない?」



ー若手のカメレオン俳優、檜山省吾が一般女性のA子さんと熱愛か。
私は”A子さん”になった。璃子ではなく、”A子さん”に。
私は週刊誌に、勝手に名前を付けられた。


でもそれはもう、3年も前の話。

「俺のA子さんになってくんない?」

今思えば、なんて陳腐な告白の言葉だったのだろう、と思う。そんな言葉に頷いて、彼の女になった自分を情けないとすら思う。
元々テレビもネットも見ない私は、何も知らなかった。省吾の出演作品はもちろん、彼の噂についてだって、何も。
彼が稀代のプレイボーイだなんて、知らなかった。
多分私はアルファベットの最初のAではなくて、Jくらいの立ち位置だったのではないかと思う。きっと私はJ子さん。



通勤電車の中吊り広告に、派手な見出しを見つけた。夏の特別号の、トップニュース。

『檜山省吾、一般女性A子さんと熱愛か?ー1年半の極秘通い愛に迫る』

”A子さん”なんて、世の中には腐るほどいる。アルファベットは使い回しの証。
この「通い愛」の女は、私の後に使い回されているんだ。
そんなことを思って、新たな”A子さん”を勝手に哀れむ。嫉妬と区別しがたい、うねるような感情を抱えて。

なぜ、固有名詞を捨てなければならないのだろう。
省吾にとって私は、一体何だったのだろう。



「通い愛」の女に問いたい。

あなたは本当に、”A子さん”になりたいの?

Re: T.E.A.R.【短編集】 ( No.4 )
日時: 2020/07/25 17:37
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

#4 12番は特別なんです

ー名前はなんだ

「…しーくんです」

ー本名を聞いているんだが

「だから、しーくんです」

ーなんてこった…まぁいい。君がここに来るまでの経緯を話してくれないか

「そんなことより、何で、何で僕はこんな所にいるんですか。戻らなきゃ、早く戻らなきゃ…僕の月なのに」

ーどこに戻るつもりだ

「ユリカ様の所に決まってる。僕の月なんだ。僕がユリカ様の所にいなければっ」

ーなぁ、いい加減目を覚ませ。ユリカ様はお前のことなど何とも思っていない

「うるさい!ユリカ様は、ユリカ様はどこなんだっ!僕は選ばれたんだ!ユリカ様にお会いしないと、ぼ、僕は…!」

ー選ばれた?おいおい、笑わせてくれるな。おふざけはそこまでだ。佐伯ユリカはお前を含めた50人の男を誘拐して、5年間も自分の屋敷に幽閉していたんだぞ。立派な犯罪者だ。しかも、お前は50分の1に過ぎなかったんだよ。お前の他にも、佐伯に男がいたことは分かっているだろ?

「分かっていますよ。けど、僕達は特別だから。それに、僕達は誘拐なんてされていない。導かれたんです。ユリカ様に僕らは見出され、自分の意思と神の意思に従ってユリカ様の元へ」

ーお前…思った以上にイカれてるな。いいか?佐伯ユリカは前代未聞の誘拐犯だ。一度に50人の愛人を作ったとんでもねぇ女だ。瞬く間に誘拐されて閉じ込められたから、お前らの親が血眼になって探してたんだ。お前の家族は、分からないが…

「ふっ。ふふっ、ふはははっ」

ーあ?何が面白えんだ

「刑事さん、あなたは何も分かってない。…まぁそりゃそうか、あなた方は負けたんですもんね。選ばれていないんだから。悔しさを隠して、僕に強く当たっているんでしょう?見てて情けないですよ」

ーは?なわけねぇだろうが。何度も言うが、お前は50人のうちの1人に過ぎないんだ。俺は妻に1人の男として選ばれてるぞ

「違うってば。あなたの奥さんじゃあ話にならない。世界の全てはユリカ様です。僕達は35億人の男の中から選ばれたんですよ。35億から、ユリカ様によって、50が選ばれた。こんな名誉なことが他にありますか」

ーチッ。お前、人の嫁をバカにしやがって…はぁ…通じねぇな、ったく。てかお前、何で名前がしーくんなんだよ

「僕は12番目だから。50人の中でもさらに特別なんです」

ー特別?

「ええ。十二支だって、数ある動物の中から12種類が選ばれたんでしょう?それと同じですよ」

ーどう特別なんだよ?

「僕達はユリカ様に、50音のあ、から、ん、までの名前を授かった。僕は12番目だから、しーくん。あっくんから、んーくんまでいるんですよ。そして12番までに入ると、その人達は1ヶ月間、ユリカ様の部屋で過ごすことが許されるんです。12月は僕の月。僕がユリカ様のすぐそばにいられる月。だから、帰らなくちゃ」

ーお前の帰る場所は、ユリカ様の所じゃない。佐伯ユリカは姿を消した。だから、佐伯によって薬で眠らされていたお前達が見つかったんだ

「……!!そ、そんなはずはない!ゆ、ユリカ様が消えるわけなんて、そんなはず…」

ーあのなぁ、考えてみろ。本気でお前を特別扱いしたいなら、ユリカ様はなぜお前の月に失踪したんだ?俺がユリカ様ならそんなことはしない。失踪するにしても、お前だけは連れて行くさ。…つまり、だ。お前は捨てられたんだ、ユリカ様に。もう特別でもなんでもない。お前ら50人は一斉に捨てられた。十二支だって、最後のイノシシは滑り込んだだけだ。結局お前も、ギリギリのラインだったんじゃねーか?

「そ、そんなバカな…。刑事さん、あまりに酷いこと言うなら、僕も黙っていませんよ?ユリカ様にはきっと、僕を連れて行けない事情があったんだ。必ず帰ってきて、ごめんねしーくんって言って、僕と一緒に過ごしてくれる」

<ドアが開き、刑事が呼び出される>

ーおい。ユリカ様、見つかったってよ

「…え?!え?!ゆ、ユリカ様!僕のユリカ様!会わせてください!無事ですか?!」

ーあぁ、無事だ。…スペインのマフィアとの逢瀬を捕まったらしい。スペイン人の彼氏がいたってことだな。いいか?お前じゃなくて、ユリカ様はマフィアの男を選んだんだ。そりゃそうだよな、幽閉してたヒモより、財力のある犯罪者の方が当然魅力的だ。…お前は確実に、捨てられたんだよ

「…………そ、そそそ、そんな!な、なんで、だって、ぼ、僕は、はぁ、はぁ、僕は、ユリカ様と両想い、でっ!想いあってて、だ、だから僕は、その、選ばれてて!じゅ、12番目は特別で!捨てる、なんて、そ、そんな、はずは、はぁ、はぁ……か、返せ!し、しーくんのユリカ様、しーくんだけのユリカ様!しーくんだけの月!選ばれししーくんの!しーくんの月!しーくんのユリカ様!しーくんはユリカ様!ユリカ様はしーくん!ゆ、ユリカ様をっ、返せ…返せ。返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せkae…」

ーマジかよ、パニック起こしやがった…いい加減本名言えよ、おい。お前…名前はなんだ

(最初に戻る)

Re: T.E.A.R.【短編集】 ( No.5 )
日時: 2020/08/04 16:51
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

#5 fault

玄関の扉を開けた瞬間、空気を切り裂く音がした。
数コンマ遅れて、頬の痛みに気づく。
齢80に近い老体に、まだこれだけの力が残っていたと知って恨めしくなる。

「どこ行ってたんだ、この人騒がせが!...なんだ?その目は!」

私は黙って、目の前の有名な老人を睨みつけた。

「……美亜!心配したんだよ!…ケガはなさそうだな、無事で良かった…とにかく中に入って」

不服そうな義父をたしなめて、夫は私を屋敷に招き入れた。
とりあえず入浴してご飯を食べた所で、息つく暇も無く、義父による説教が始まった。もう睨むのはやめて、とりあえずか弱そうな雰囲気を出しておくのが得策だろうか。

「ったく、迷惑かけやがって。何がしたいんだお前は!」

「ごめんなさい…」

「ふざけるなってんだ、ったく」

「あの、わ、私から、警察に連絡を入れておきます…」

義父は途端にキョトンとした。

「は?警察?」

「あ、あの、捜索願があったら、無事だったことを報告しなければと…」

「捜索願?んなもん出すわけないだろう!なんでわざわざ警察を呼んで、大事にしなきゃならない?なぁ!大切な選挙前に、元総理の息子の妻が失踪?そんなニュースを流したら、息子の当選はどうなる?!支援者様はどうなる?!俺の評価はどうなる?!お前はそれも考えられないのか!この馬鹿野郎!」

ごめんなさい、と口を動かすけれど、もちろん反省なんて1ミリもしてない。というか、反省しなきゃいけない意味が分からない。

感情のままに怒る義父。何も言えずに立ち尽くす夫。この家の男は、ろくでなしばかりだ。
この男どもの身の回りの世話をしてやってるのに、それには目もくれない。家政婦を雇わずに奉仕する嫁を、人間として見ていない。二言目にはいつもいつも選挙選挙選挙。元総理元総理。息子息子息子。頭は良いのかもしれないけど、肩書きと評価に取り憑かれて、世間にぶんぶんと振り回されている姿は、みっともないことこの上ない。

…でも。
でも、頑張ってしまったんだ。いつかは報われると思って。いつかはちゃんと見てくれると思って。
ただ、頑張りの限界に達する方が先だった。義父は罪を犯し、夫は父を責めなかった。そんな中で頑張れという方が無理な話だ。

だから逃げたのに。逃げたら心配くらいしてくれると思っていたのに。ありがたみを分かってくれると信じていたのに。わずかな希望を持っていたのに。帰ってもこのザマなのか。
逃げても、ちゃんとは探してくれないのか。警察にすら、世間体を恐れて話せないのか。

私の中で、何か糸がぷつっと切れたような感覚があった。


夫は義父の集中砲火が終わるまでずっと黙っていた。この役立たず。
寝室に入ると人が変わったように優しくなるのも、ただただ気味が悪い。だけど目の前の男は反省の弁を絶えず口にして、私との距離を否応なしに詰めてくる。
まるで、俺の愛が欲しかったでしょ?とでも言うように。

「美亜…ごめんな。3日間も逃げ出すってことは、何か辛いことがあったんだよな。俺、気づいてあげられなくてごめん。今日はちゃんと聞くから。寝ないで聞くから、全部」

声を聞くだけで虫唾が走る。
何が辛いのかも分からないの?
今日”は”って、今日しか聞いてくれないの?

…本当に、なーんにも分からないんだね。そんな頭脳で当選できる世の中は、やっぱりおかしいよ。そんなんで国民感情、理解できるの?

ねぇ。いい加減にしてよ。

愛した人なら、気づいてくれても良いんじゃないの?





今、あなたの腕の中にいるのが、美亜じゃないってことくらい。

バカがつくほど鈍感なのね。さすが元総理の息子。

もうこれは、逃げた方が正解だ。あの子の選択は、間違ってなかった。



『ごめん、美紗。…私、もう限界だよ』

双子の美亜は、私にそう言った。
何もかもが辛いって。
元総理の義父が、自分に不貞を働くこと。夫はそれを知りながら、イメージダウンを恐れてそれを無視すること。口を開けば選挙と支援者の話しかしないこと。後継ぎができないせいで、些細なことでも責められるようになったこと。
声音や表情だけで、どれだけ耐えていたのか、どれだけ辛かったのか、手に取るように分かった。双子だから。

必死に引き止める私に「ごめん。本当にごめん。でももう、楽になりたいの」と切羽詰まった顔で訴えて、美亜は1人樹海に入っていった。もう美亜を追いかけることは、できなかった。



心の中で、目の前の男に語りかける。


あなたは一体、誰を愛していたの?


…でももう、そんなことを聞くのにも疲れた。心から美亜に同情する。

よく頑張ったね、美亜。
今度は私が頑張るね。
この偽りの愛を、全て壊すために。私が責任を取るから、安心して。


”夫”が寝たのを確認してから、私はウイスキーのボトルを持って”義父”の部屋へと歩いていった。

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