ダーク・ファンタジー小説
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- 複雑ファジーに移動しました。
- 日時: 2013/01/09 21:36
- 名前: 名純有都 (ID: pzcqBRyu)
【もしも、光のために影があるというなら】
【私は今、光でも影でもない存在になろう】
【そして私は世界を見降ろし、嗤うだろう】
【空は拒み、大地は弾き、海は阻むだろう】
————白い女と黒い男の、幾重にわたる孤独。
序章 The white steal heart and umbrella
(白は傘と心を盗む)
雨が、一寸先までも遮断するがごとく降りすさぶ。
雨靄につつまれてヴァロック・シティはいつもに増して陰鬱(いんうつ)な雰囲気だった。
治安が悪いくせに非常に小さな街のここは、噂の広まりの速さもさることながら、一度に盗難や事件が起こるのが多く大規模である。
今日に限ってこの街の者は、不思議なことに傘を持たず濡れながら走り帰る。それもそのはずで、彼らは一人一人ずつが小さな盗難に遭っているからだ。だから、トラン大通りに傘をさす人影はない、はずであった。
だが、黒く塗られたような空間にぽつり、と一転にたたずむ—————————白い、雨傘。
その様子は妙な異質さを持って、迫る。
周りを足早に歩く人々の「動」と白い者の「静」がやたらとはっきりしてみえた。
口角をにやりとつり上げ、白い者は一歩前に踏みこみその傘を頭上高く投げ上げる。
途端に雨にさらされるその優雅な白に飾られた全身。細身の、一切装飾がない白タキシード。結婚式にこれから行くような晴れ着がざんざん降りの雨の中で濡れていく。淡く揺れるプラチナブロンドは腰辺りまで長く、ひときわ輝く血の様な赤色の瞳が不気味にぼやけた。
人形のように整った顔立ちの、妙齢の女であった。
容貌があらわになり、周囲の人々は小さく声を上げた。
「あれは」
「あの恰好は」
「おい、まずくないか」
「ねぇ、あれ道化(ピエロ)?」
「ちがう、あれは————、」
「白き悪魔(ブラン・ディアブロ)がでたぞォ———————!!」
その声から、怒声と阿鼻叫喚(あびきょうかん)が響く。
「————今から私の告げることを、厳守なさい」
涼やかに、冷涼に。今降り続けている雨のような響きを持った声が、不自然に響き渡る。
「《これから、白き悪魔(ブラン・ディアブロ)はここトラン通りを占拠します》『エージィ・トラキア』にそう伝えなさい」
聞き覚えのない人物名に、大きく戸惑う人衆に、「言い方を変えるわ」と言い彼女はさらに続けた。
「黒の断罪(ノワール・ギルティ)に告げなさい。《私はこれからあなたの大切な物を奪う》と」
そして、この街も消す、と。
その言葉を聞き、群れをなして逃げていく人々を見据えて、「白き悪魔」と呼ばれた女が嗤う。
「さて、どこまで使えるやら。しかし、取って喰いやしないのにねぇ」
そして興味を失ったかのようにきびすを返す。残ったのは、真白の傘。
まるで彼女の人物の動きを聞き澄ましていたかのように、不意にひらりと風が傘を舞わせた。
「ヴァロック・シティ」。今日もこの街は、何かと騒動が起こるところである。
目次
人物紹介 >>1
序章 >>0
第一話 >>2 >>4 >>7 >>9 >>11
間章 >>5-6
第二話 >>13 >>15 >>17 >>18 >>19
>>20 >>21
第三話 >>22 >>23 >>24
間章2 >>25 >>26 >>29
- Re: 白黒物語—モノクロストーリー— ( No.25 )
- 日時: 2012/12/31 13:25
- 名前: 名純有都 (ID: pzcqBRyu)
間章 The sity of the dawn〜sacred place〜 上
(夜明けの街〜聖地にて〜)
聖地と人が呼ばう土地で、人工の光が全くない中サラディーンは満天の夜空を見上げていた。
なにが聖地だ、と彼はこの地を時に憎むことがある。過去に起きた戦いはその清浄さを求めて勃発した汚いものだ。
なにが、綺麗で。なにが、汚いのか。
はっきり言えるのは、今自分が死にそうになっている様は世間からして汚く、そして見上げた星空は誰から見ても光輝いて人々を照らしているという事だけだ。
まあ、この薄汚いと都市の人間にさげすまれるスラムも、誰から見ても、汚いだろう。しかし、人間のともす光が無い中で見る夜空は、自分たちにしか見られぬものだ。スラム街に生きる者だけ。
ただし、その「格別」を手に入れるためには生き死にの覚悟がかかってくるのだが。
人は苦しくなると耐えるために上を向く。眼前に展開される現実から逃げるために。
「……いってェ」
彼は刺された脇腹を手のひらで確かめ、それは「刺された」というよりも「裂かれた」という表現が正しいことに気付いた。
生温かい血が、服に染み込みさらに土にまで降りて行く。臓器に損傷がない分、まだ生きられるかもしれないが、気心の知れた友人なんぞいない。
孤立無援、彼の、サラディーンの状況はそれだった。
まあ、これでも襲来はすこぶる遅かった。
「今更過ぎて笑えるわ……」
痛みによって星の瞬きがぶれる。
「『エルサレムの英雄』の血族なんて、今更殺して何になるっつーんだ」
どうせ、都市化がわずかに進んだ方に奴らはいる。「聖家」と呼ばれるかつての戦いでエルサレムを守った者たちは、今は甘い汁を吸って歓楽しているだけだ。
痛みが忘れかけていた頃にぶりかえす。
呻き、脳裏にはとある人物が浮かぶ。
「おやじ」
十字軍との戦い。
それを機に、「サラディン」という名の彼の祖先は英雄となった。
英雄の血と崇められ、この腐敗した時代にいたる。
もちろん、その英雄の血とやらは他の「聖家」もろとも下らない争いに巻き込まれた。
サラディーンは「サラディン」の血を濃くひいている。だから、ほぼそのままに名はサラディーンになった。
少なくとも、サラディーンは小さい時だけ都市にいた。
そして、このスラムに逃げた。好奇心からではなく、都市は彼にとって檻であった。規制の緩いスラムまで、ただその一心。
思えば、自分はよほど幸運であったと思う。
「聖家」の紋章がついたマントを着て、スラムに入る少年。護衛さえつけず。
そして、サラディーンはスラムで逞しく生きる一人の男に拾われた。
名は無かった、男はこの場所で生まれ、ここで生き続けた数少ない人間だった。
敢えて言うなら、彼は「テンス」とだけ、言った。
男と出逢えたのが、サラディーンの幸福だった。
テンスは強かった。まだ生きる術など知らぬサラディーンに、何かに飢えたスラムで、生きてゆくための戦い方を教えた。
いつしか、そんな屈強なテンスを、サラディーンは尊敬し父親と思っていた。
この人のように、運命に順応して、俺も生きて行けたら。一度は抗って、あの檻から抜けた。ここからが俺の運命ならば、ここからがはじまりだ、と。
しかし、覚悟のつかの間。全部は、聖家に打ち壊された。
スラムへの襲撃。そして、匿われていたサラディーンの発見。
——テンスの、生死不明の情報。
薄汚れたサラディーンを見て、聖家の長が言った。
『血を守れぬものは、即刻排除する。英雄の血を穢した罰だ』
しかし、何年も警戒しながら過ごせども刺客は来なかった。
タイミングが、今になって来た。そういうことだろう。
もしここで死ぬのなら彼は後悔する。
「クソ……俺は——何がしてぇんだ」
力が抜けてくる。
走馬灯が流れて行く。
死ぬ前の現象なのか、目の前に星の光に似た銀がひらめき——。
「……私は薄汚く、でもしぶとく生きて見せる男は案外好きよ」
——幻覚か、それとも天使が俺を連れに来たのか。
滲む視界のなか、異質な白のタキシードに……その赤い眼以外は全て、白だ。
辛うじてはっきりと見えているその顔の造形は、恐ろしく整っていてまるで人間味が無い。
男にも女にも見える、あまりにも美しすぎて。性別をなくした、そう天使の様な。口調からして、女だろうが。
面白がっているような薄紅の唇に反して、その眼は真摯であった。
「生きたいなら、助けてあげる。スラムで死に行く者の中で、貴方の死にかけの眼にはまだ生気があるわ」
「……信じられるかよ。胡散臭い恰好の奴なんか」
「——言うと思ったわ。スラムの人間らしい。合格よ」
「意味が、わからん」
「私はレイン。レイン・インフィータ。貴方の意思に関係なく、貴方を助けるわ。残念抵抗は無駄」
気付けば体が動かない。
なんだ、超能力か?そう思ってレインと名乗る女を睨む。
「ああ、動かないでしょう?催眠よ。気にしないで。un,deux,trois」
フランス語。
その言葉を認知した時には既に、意識は薄れていた。
- Re: 白黒物語—モノクロストーリー— ( No.26 )
- 日時: 2013/01/01 12:30
- 名前: 名純有都 (ID: pzcqBRyu)
間章 The sity of the dawn〜sacred place〜 中
(夜明けの街〜聖地にて〜)
浅い眠りだったのだろうか、サラディーンは夢を見ていた。
これが夢だと、わかっていた。
そう、これは夢。だから、俺は刺客に殺されかけて夢の中で生死をさまよってるんだ。
「じゃー俺、死んだのか。それともやっぱ、夢か」
じゃあ、あの天使みたいな……レインとか言った、あの女もこの夢で出会ったのか。
「夢じゃなくってよ、スラムの若者さん」
スラムの饐(す)えた臭いが一気に鼻腔に入ってくる。
「お——、ッお前!」
「起きたそばからそれ?礼の一言くらい欲しいものね」
その声の主は、昨晩の女だった。
レイン・インフィータ。この薄汚れた環境の中で、異質に際立つ純白。
鈍い痛みが戻ってくる。ここは、自分の家だ。おんぼろで不衛生な。 脇腹には、ぞんざいな環境にも関わらず清潔な包帯が巻かれ、さらに自分の体の下にはなにやら高そうな布。
——冷たい感触がした。ついで、消しきれない血のにおいも。
「……俺を、助けた、のか?」
「あら、言ったじゃない。貴方の意思に関係なく、私は貴方を助けると」
そういうレインは、タキシードを羽織っていなかった。それはつまり、
「おいおい、お前、自分の服を……痛ってェェ!!」
「無駄口は慎みなさい。どうせ運ぶときに貴方の血に汚れたからいいのよ。スペアなんて、いくらでも持ってるわ」
傷口を鷲掴み、彼女は平然と言ってのけた。激痛に悶えるサラディーンに、「あら悪いわね」と反省していない顔で言う。
「でも、こうでもしないと貴方洗って返すでしょう?こんなもの洗って返されても私が困るのよ」
実に正論だった。言われなければ、サラディーンは必ず洗って返そうとするだろう。
彼はうぐ、と歯噛みして、改めて目の前の女の顔をながめる。
眼が、赤い。
そして、同じく異質なプラチナブロンド……銀髪が正しいか。
「……ああ、この眼?私、アルビノだから」
「二万人にひとりっていう、あれか」
「そうみたいねぇ。でもなぜか私、体は普通の人間より丈夫で、どうやらアルビノらしいアルビノじゃないみたい」
わずかに、自嘲の笑みがこぼれ、しかし彼女はすぐに取り繕った。
「貴方はなんで倒れていたわけ、大量出血、しかも深い刺し傷で」
少し引っかかる所がある。なぜ、名前を聞いてこないのか?
疑問を仕舞い、サラディーンは黙りを決め込んだ。
「……俺からは、言えない」
「へぇ、じゃあスラムの性質が悪い奴に襲われたってわけ?」
「……そうだ」
「顔は見えた?」
「見えなかった」
「嘘ね」
ぴしゃり。
と効果音がつきそうである。レインは、サラディーンの隠したいことを見抜いたのか。冷や汗が彼の背を伝う。
「私は、『顔は見えた?』と聞いた。意識して聞いていないなら、イエスかノーのはずよ。なのに貴方は『見えなかった』と間を開けずに言った。つまり、貴方は『顔が見えなかった』のに『スラムの性質が悪い奴』だと断定したことになるけれど?」
なんてやつ。
サラディーンが思ったのはそんなことだ。こんなに洞察力があるものなのか。
「それにね、貴方の刺し傷、明らかに正面からヤられてるわ。かつ、横に引かれて裂かれていた。そんな器用なまね、真っ向から向かい合わなくちゃ無理だし、嫌でも顔は見えるでしょう?
——そして、それが『スラムの性質が悪い奴』ではないことも承知なんでしょう?」
「……降参」お手上げ、とばかりに寝ている姿勢のままでサラディーンは肩を竦めた。
ふふっ、と笑い、白い女は言った。
「だろうと思ったのよ。ただのワケありじゃないんでしょう?
——貴方は、ここに生きる者にしては物知りだし、言葉も何不自由なく操れるのね。ねぇ、気付いていた?貴方今、アラビア語じゃなくて英語で話してるのよ」
「あ」
サラディーンは硬直した。スラムで、第一言葉をしゃべれるのは滅多にいない。しかも、外国語とくれば。文字も読める奴なんて、「テンス」と彼くらいだった。
これは、ばれるのも秒読みか。
「これ以上黙ってたってなにもいいことないわよ?さぁ、話してくれる」
「わかったわかったわかったわかった!!!だから頼むから傷口に触るなぁぁぁ!!!!」
笑顔でまたも鷲掴もうとしてくるレインの手を押しとどめ、サラディーンはなんとか息をつく。
「長くなるが、ホントに聞くんだな?」
彼が改めて問うと、女はにっこりと笑った。
「いくらでも」
サラディーンは、横たえたままに今までのことをぽつりぽつりと話した。
今発達をし始めているエルサレムの都市区で生まれ、逃げだしたこと。
幼いとはいえ、英才教育を受けていたために何ヵ国語かは話せること。
スラムに逃げ込んで、テンスという男に救われたこと。
それが幸運だったこと。
彼のようになりたいと、願ったこと。
彼の息子になりたいと思ったこと。
ある日、このスラムが襲撃されてテンスが行方不明になったこと。
それから、ずっと一人で生き抜いてきたこと。
そして、自分が『エルサレムの英雄』の血を引いているがために、刺客をよこされて殺されかけたことを。
「——そう。でも、ここの夜空は綺麗ね。ゴミクズの集合体であるようなここでしか見られない星空だったわ」
「……そういや、あんた俺に催眠、とか言ったやつ。あれ、何だ」
「見て字のごとしよ。私、催眠術使えるの」
言って、レインはその話題から逸らすようにサラディーンの眼を見つめた。
「名を。教えて」
まるで自分のことを聞かれた時のためにとっておいたような、そんなタイミングだった。
喰えない女。のらりくらりとかわす様は、天使というより狸だ。
彼は呆れた眼でレインを見つめ、名乗る。
「サラディーン・アスカロン・シオン」
——しかしその直後に背後のドアが破壊され、なんだ敵かと身構えると、
「レイン様!」
と怒鳴り込んでくる青年がいるのだから、彼はぶったまげて「ハァァァァ!?」と叫ぶしかなかったのである。
- Re: 白黒物語—モノクロストーリー— ( No.27 )
- 日時: 2013/01/03 10:41
- 名前: Towa (ID: b92MFW9H)
はじめまして(^^)
とても面白かったので、一気に読ませていただきました!
このミステリアスな世界観とか、素敵ですね。
これからも更新頑張ってください!
- Re: 白黒物語—モノクロストーリー— ( No.28 )
- 日時: 2013/01/03 15:28
- 名前: 名純有都 (ID: pzcqBRyu)
Towaさん
はじめまして(^v^)感想ありがとうございます♪
おお、一気に……嬉しいです。無駄に長くて…自分でも読み返すのが大変であります。
ミステリアスですよー。主人公二人がもうアレですしね。アレですし。
気に入っていただけたのなら幸いです!
頑張ります!ありがとうございます!
- Re: 白黒物語—モノクロストーリー— ( No.29 )
- 日時: 2013/01/08 17:10
- 名前: 名純有都 (ID: pzcqBRyu)
さて、なぜか最近間章の更新ペースが異様に早い、そして長い。名純、彼らの絡みには気合い入っておりますよ。
間章 The sity of the dawn〜sacred place〜 下
(夜明けの街〜聖地にて〜)
砂漠の夜は、寒い。
というか、風が直接当たって、寒い。
「……まことに申し訳ありません。この家は、僕の財産で弁償し」
「だぁぁァァァッ!!!だからもういいっつっただろーがァ!!!!」
「しかし扉が……」
「人の話を聞けぇェェ」
サラディーンは、渾身の叫びを上げた。とにかく、目の前の青年を説得するのに必死だった。正直怪我を気にしている場合ではなかった。
呆れたように、レインが肩をすくめる。
サラディーンと向かい合って座っている、このテトラという青年は、おぞましい勘違いとやらでサラディーンの家に飛び込んできたらしい。
サラディーンにレインが襲われて危うく……という。それはまぁ、なんという想像をしたものだと彼は嘆息した。
レインが改めて、テトラに説いた。
「テトラ、私がスラムに一人でいるところを襲われたとして、私がやられるとでも思った?」
「……よく考えると、レイン様が素人ごときにやられるはずが御座いませんでした」
「よろしい」
「お前、何者だよ……」
サラディーンのこわごわとした目線に、レインは不遜に笑む。
つやめいた唇が開き、それは、
「殺人鬼かしら」
——あり得ないことを告げた。
サラディーンはそのブラックユーモアに笑う。
「冗談言うな、殺人鬼が人を助けるわけないだろう」
「冗談じゃないのよ、本気。いくらスラム出身でも、白き悪魔(ブラン・ディアブロ)の名前くらい一度は耳にしているでしょう」
……彼の笑顔は、一瞬にして凍りついた。本気の眼だ。マジか。
その殺人鬼の名は、ラジオで何度も報道されている。そのきわめて残虐性の高い殺人は、まさに「悪魔」の所業のようなのだという。
白の礼服を着た悪魔。
ブランは白、ディアブロは悪魔という意味だ。フランス語。「また」、フランス語だ。
『un,deux,trois』
あのカウントされた数字は、そうフランス語だった。その殺人鬼は話す言葉がイギリスの街なのにフランス語だったとかで……。
挙句、催眠術とくれば。
まんま、レイン・インフィータその人ではないか。
「お前、イギリスの「ヴァロック・シティ」の……」
「よくおわかりじゃない。そうね、殺人鬼は時に人を救うヒーローにもなりうるの」
そう言って、嫣然と微笑んだ。笑顔を絶やさないこの女が、俺を助けた奴が、殺人鬼だって?
「嘘だろ……」
「いいえ、嘘ではありません。レイン様は白き悪魔です」
「おまっ……付き人なのにいいのかよ」
「レイン様、言ってよかったのでしょう?」
「——そうね、サラディーン、貴方ならいいかもしれないわ。私の目的にもどうやら関係しているようだし」
目的。ふっと、その表情に暗い影がよぎる。
「エルサレム。どうやら——ここにも、聖都市の息が掛ってるわね」
びくり、とテトラの肩が跳ね上がる。「聖都市」、その言葉に反応して。
「レイン、お前、ここ以外の聖都市っつったら」
「見当つくでしょう。貴方が思った通りの場所よ。あそこの空気は最悪よ。胸が悪くなる」
「『ヴァチカン市国』——いや、『帝国』か」
その国の名前は、サラディーンにとって何か嫌なものを想像させる。
なんだか、自分の血がその国になにか不吉な想いを抱いているような気がしてならない。
「あの法皇うざったいのよねぇ、死ねとは言わず殺したいわ」
「……同感」
そして、神聖であるはずの法皇。サラディーンは奇妙なことに、その人物にはいわくがついているように感じていた。
女の法皇であるその法皇には、……言い知れない予感を感じる。
しかもレインが言うとおり、なんかうざい。
「レイン様、飛行機の時間があと3時間です」
テトラが、急に切羽詰まって言った。
さして慌てた様子もなく、白い女は懐から懐中時計を取り出して「ああ」と呟く。
そしてまた、サラディーンの方を見た。
「サラディーン。私の目的は、またいつか言うわ。ギブ&テイクで、私は貴方のことを助けたから一つ約束なさい」
突如令嬢の様なしとやかな口調になるレインに、サラディーンは若干後ずさる。
「何だよいきなり。まあ、命の恩人に逆らうつもりもねぇけどよ」
「Merci.(メルシー)今後は、私が貴方に情報提供をする代わりに、いつか私が頼むことを聞いてほしい。……あ、別に死ねとか言わないから平気よ」
「——びびった。しかし、そんなことでいいのか?情報提供って、それだとギブ&テイクにならないだろう」
「いいえ。いいのよ、これで。そのことを頼むとき、きっと貴方は岐路に立たされるから」
「……『エルサレムの英雄』のことについて、調べてくれるのか」
悪戯っぽく笑い返す、それが肯定だった。
「どうやら、私の目的に貴方の血筋が関係しているようだから。貴方の家系についても知れるし、一石二鳥でしょう」
自分の過去か、とサラディーンは夢想した。もしも、なにかわかるなら。自分から抜け出した場所だとしても、何かがあるなら。
——知りたい。
「成立だ」
無言で手を差し出してくるレインに、サラディーンも答えて握手を交わした。
「レイン様、そろそろ出ましょう。……サラディーン様、この扉は必ずいつか直させていただきます」
「……ハイハイ、わかったよ」
念を押すように言うと、テトラはレインを促した。サラディーンは怪我をもろともせず立ちあがり、今一度言った。
「なんかわからんが、その目的とやらを果たしても生きてろよ」
「当たり前じゃないの。それじゃ、Au revoir(オ・ルヴォワール)」
またね、という軽いノリで、白い悪魔は消えた。テトラが、慌てて追いかけようとし、振り返ってサラディーンに会釈する。
彼は、久々に頬をゆるめて手を振った。多分、あの二人にはまた会うだろう。連絡先も交換していないのに、そう思った。