社会問題小説・評論板

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少女たちの陰—桜風中学校美術部—
日時: 2011/01/03 19:25
名前: 血吹 (ID: Lv/FtsvO)
プロフ: 質問等ありましたら、気軽にどうぞ。

桜風中学校美術部は、
3年生3人、2年生4人、1年生2人、合わせて9人の小さな文化部。

明るい笑顔あふれる、
楽しげで平和な活動風景がそこにはあった。

だがその裏には、さまざまな思いが隠されていた。
嫉妬、憎しみ、疑念、不安……。
だれかの思いが爆発したとき、すべては崩壊する。

--------------◆お知らせ◆------------------
第15話 【それぞれの演劇】 up!

ストーリーは、全て鈴香の望みどおりに進んでゆく。
協力者である愛梨は、それをとても喜んだ。
だが、彼女が半ば無理やりまきこんだ真里子が、
雫と一緒にどこかへ向かうのを目撃して——。

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登場人物紹介 >>10

第1話 【日常風景】    >>1 >>2
第2話 【悪女のたくらみ】 >>3
第3話 【夜の校舎にて】  >>4
第4話 【笑顔の仮面】   >>5
第5話 【味方】      >>6
第6話 【犯人探し】    >>7
第7話 【狂いだした歯車】 >>8
第8話 【亜美と琴乃】   >>9
第9話 【伸びた魔の手】  >>12
第10話 【夕暮れの道】   >>13
第11話 【選択】      >>14
第12話 【始動】      >>15
第13話 【希望の光】    >>16 >>17
第14話 【制裁の名のもとに】>>18
第15話 【それぞれの演劇】 >>19 >>20

第13話 【希望の光】Ⅰ ( No.16 )
日時: 2010/11/11 17:36
名前: 血吹 ◆FLNPFRRn8o (ID: KFRilj6O)

ホームルームが終了し、10分間の休憩時間となった。

生徒たちは、いつもはばらばらに散って談笑をしている。
だが、今日は違った。
沙由里と2、3人を除いたほとんどの生徒が、
美紀、花梨、水穂のもとに集まっていたのだ。


美紀は美術部の部員で、花梨と水穂はその親友だ。
それゆえ、“沙由里が起こした事件”について聞きたい生徒たちは、
自然とこの3人のまわりに集まってくる。


「ねえ、水瀬先輩は大丈夫なの?」
「なあ、橋本って普段からうざくなかったか?」
「鈴香ちゃんのせいにしようとしたってマジ?」
「絵の方はどうしたの?」
「ていうかさ、もっと文句言ってもいいでしょ、橋本に」


興味本位の質問や、沙由里に対する悪口に、
3人は丁寧に答えを返していった。
——怒りに支配されたその表情は、どこか楽しそうにも見える。

沙由里は、頼みの綱であった美紀にさえも裏切られたのだ。



これ以上ここに居れば、また何かされるに違いない。
そう判断した沙由里は、教室を出て行った。
逃げたよ、というからかいの言葉に反応する余裕を、
彼女はもう持っていない。



(トイレにでも、こもっていようかな……)


そう思ったが、隣の2年4組からも自身に対する悪口が聞こえてくる。
トイレに行くには、この教室前を通らなければならない。
沙由里は仕方なく、3組の教室の隣にある
開け放たれた進路相談室に身をとどめることにした。


「……沙由里っ!」

ガラ、と扉が開かれる。
そこに立っていたのは、雨宮雫だった。

彼女は、小学生時代からの沙由里の親友だ。
ポニーテールにした背中まで伸びる黒髪が美しい。
大人びた、どことなく神秘的な雰囲気が特徴である。

2人は、周囲に声が漏れないようにとドアを閉め、
小さな声で話を始めた。


「し、雫ちゃん……」

「何があったのか、教えて。
 ……あの噂、真実じゃないよね」


どうやら雫は、初めから沙由里の無実を信じていたらしい。
それを知って、沙由里はおもわず泣き出した。
その様子を見て、雫はさらにうろたえる。


「ご、ごめん……急に。
 今じゃなくてもいいから、その……本当のことを教えて」


「……違う、……っ、違うの。
 し、雫ちゃんだけはっ……雫ちゃんだけが
 信じてくれたからっ……あ、う、嬉しくてっ……

 す、鈴香ちゃんも、美紀ちゃんも、優ちゃんも、
 ほかのみんなも、誰もっ……信じて、くれないのっ!
 それで、私、いろいろ、されてっ……

 ふぐっ……雫ちゃん、あ、ありが、とう……っ」


顔を涙でぐしゃぐしゃにして、
声をひそめたまま自らの想いを伝えようと必死になっている沙由里を見て、
雫は沙由里がどれだけ辛かったのかを想像し、胸を痛めた。



「……沙由里、やっぱり、話は後にしよう。
 昼休みに、えーと……そうだ、工作室で待ってるよ。だから……」


いいよ、と、沙由里は雫の言葉をさえぎった。
ここは沙由里に従おう、と判断して、雫は沙由里の言葉に耳を傾ける。

第13話 【希望の光】Ⅱ ( No.17 )
日時: 2010/11/12 21:07
名前: 血吹 ◆FLNPFRRn8o (ID: HyhGJdk5)

「なに、それ……」

——事情を聴き終えた雫は、唖然とした。
どうして安易に沙由里の主張を切り捨てられるのかが
どう考えてもわからなかったからである。
どうやら、彼女は『まともな人間』だったらしい。


「……聞いてくれて、ありがとう……
 授業に遅れるから、もう、行くね……」


涙をぬぐって、沙由里はふらふらと立ちあがった。
その様子は、どう見ても危なっかしい。
彼女が精神的に大きなダメージを受けていることは、誰が見てもあきらかだ。


——こうしている間にも、容赦なく時は刻まれてゆく。
授業が始まるまで、あと2分ほどしかない。
時とは非情なものだ、と雫は思った。



「沙由里、昼休みに、工作室で待ってる。
 それから、えーと……2階に上がって、
 朝名さんのところに行こう。

 ……これは私の推測でしかないけど、
 もうひとりの、河野さん、だっけ?
 そっちは、たぶん駄目。
 話を聞く限り……朝名さんを問い詰める方がよさそう」



沙由里は、こくりとうなずくだけだった。
正直にいえば、恐怖感からそんなことはしたくなかったが、
雫の気遣いを無碍に断るのも嫌だったのであろう。


「……それじゃ、戻るね。
 何かあったら、私のところに来て」


「——ありがとう」


弱弱しく笑って、沙由里は教室へと向かう。
雫はその後ろ姿を、悲しそうに見つめていた。

——いつもと変わらない、どこか間抜けなチャイムの音が響き渡る。
廊下に出ていた生徒や、トイレに居たらしい生徒が慌てて駆け出す。
沙由里もその中に居て、ごく普通に生活をしているはずだったのだ。


(一体、沙由里が何をしたって言うの……?)


雫は、答えの出ない疑問に苦しめられながら、
まるで何かから逃げるようにして走り出した。

第14話 【制裁の名のもとに】 ( No.18 )
日時: 2010/11/22 20:45
名前: 血吹 ◆FLNPFRRn8o (ID: OGmuT4jt)

——時計の針は、12時55分を指している。
給食を食べ終えた生徒たちは、それぞれ昼休みを満喫していた。

(やっと、行ける……)

休憩時間のたびに様々な嫌がらせを受けていた沙由里だったが、
雫と約束を交わした昼休みがやってくると、
その瞳に、わずかな光が宿ったようだ。


——だが、それはすぐに消えることとなる。


「橋本さぁん、ちょっと来てよ☆」
「いろいろさ、言いたいことがあんの」

花梨と水穂が、声をかけてきたのだ。
その後ろには、『不良だ』と噂されている島本佳奈もいる。
沙由里は思わず、びくんと肩を波打たせた。



「ほら、早く♪」

そう言って、佳奈が沙由里の右腕を掴んだ。
よく磨かれた長めの爪が、やや深く食い込む。
痛みに顔をゆがめる沙由里を見て、花梨と水穂はにやりとほくそ笑んだ。



「ちょっとさ、来てよ」

水穂もまた左腕を掴んで、有無を言わさずに引っ張る。
後ろには佳奈がいるため、逃げ道はない。
沙由里は、この3人に従うほかなかった。


(せめて、せめて雫ちゃんがいれば……!)


わずかな期待を胸に抱きながら、廊下を歩いてゆく。
周囲を見渡すが、雫の姿はない。

——憐れむような視線を投げかけてくる者。
——にやにやと意地悪な笑みを浮かべている者。
——興味しんしんと言った様子で見つめている者。

彼女たちを見送る人間は様々な表情を浮かべている。
しかし、誰一人として助けに入る者はいなかった。



……花梨、水穂、佳奈は、
ひと気のない講堂近くのトイレ前で足を止めた。
当然、抑えつけられている沙由里の足も止まる。


沙由里を引っ張りながら、花梨がドアを開いた。
すぐに全員が倉庫内に入り、最後尾にいた佳奈がドアを閉める。
閉鎖空間で追い詰められた沙由里は、もう震えることしかできない。



「ねぇ橋本、なんであたしらがあんたを呼んだと思う?」


花梨がおどけた口調でそう言って、けらけらと笑う。
もちろん、沙由里に危害を加えるためだ。
そのことは、沙由里自身が一番よく理解している。
——しかし、どう答えればよいのか分からないため、口を開けないのだ。



「わかんないんだ?
 あれだけのことをしたくせにね。

 うちらはね、“制裁”するためにあんたを呼んだのっ!」


やや声を荒げてから、佳奈が沙由里に蹴りを入れた。
突然のことに防御もできず、沙由里は床に倒れこむ。
花梨が、それをすかさず抑え込んだ。


「……じゃ、前話した通り、あれ使うから」
「りょーかい♪」


沙由里は嫌な予感を感じて懸命にもがくが、
花梨の力にはかなわない。
水穂はそれを見てにやにやと笑いながら、
置きっぱなしになっていた便器用のブラシを手に取る。
その脇では、佳奈が蛇口にホースを取りつけていた。



「やっ……おねがい、やめて……!!」


何をされるのかを理解して、沙由里はさらに激しくもがく。
うるさい、と一喝して、花梨が水穂の頭を床に押し付ける。
あまりの悔しさと痛みに、沙由里は涙を流した。


「じゃあ、はじめよっか」

そう言って、佳奈が蛇口を何度か捻る。
数秒とたたずに、ホースから勢いよく水が流れた。
すかさず水穂がホースを持ち、水の出口を沙由里の顔へと向けた。


「お、おねがいっ……やめ……っ!……」


勢いよく噴き出した水が、沙由里を苦しめる。
こんな状態では、呼吸をすることもままならない。
水を吸い込んでせき込む沙由里を、3人は楽しげに見つめていた。


「はい、こっちもどうぞ☆」

クスクスと笑いながら、佳奈が便器用ブラシを沙由里の髪に押し当てる。
沙由里は、必死に頭を左右に振ってもがいていた。
だが、そんな抵抗は何の意味も成さない。
容赦なく、ブラシがこすりつけられ、髪に絡みついてゆく。




——突然、キィ、とドアの開く音がした。


「誰っ!?」

一番初めに反応したのは、比較的勘の鋭い水穂。
彼女に続いて、佳奈と花梨もドアの方に視線を向ける。
それによって、沙由里はようやく水とブラシから解放された。


しんと静まり返ったトイレ内に、
ぽたぽたという水滴が落ちる音だけが響いている。
そんな状態が数秒ほど続いてから、ドアを開けた少女は口を開いた。


「あ……あの、ご、ごめ……覗くつもりは……」


おどおどとした彼女の態度に、多少余裕をもったのだろう。
花梨が、話し合おうと歩み寄った。


「……誰かに言ったり、しない……よね?」
「う、うん。誰にも言わない……」


予想だにしなかった出来事に驚いているせいか、
少女の声にはあまり抑揚がない。
しかし、迷いもまったくないようだった。


「——……ちゃん……」

沙由里が、少女の名を呼ぶ。
少女は、口を開かない。


「やっぱり、佐倉さんも怒ってるよね。当然か、あはは」
「——っ! だ、だってっ……あたし……」
「……それ、普通だと思うけど。別にいいんじゃない?」



水穂のその一言で、優のわずかな迷いは——消えたらしい。
それを理解したのだろう、誰からともなくこの場を出てゆく。
最後尾にいた佳奈が、沙由里に嘲笑を向けた。
……優の瞳に、それは映らない。



びしょ濡れの沙由里と、冷たい瞳をした優が、
お互いを視界にとらえて、見つめ合う。



——風に流されてきた雲が、青空を灰色で覆い始めていた。

第15話 【それぞれの演劇】Ⅰ ( No.19 )
日時: 2011/01/03 19:16
名前: 血吹 ◆FLNPFRRn8o (ID: Lv/FtsvO)
プロフ: http://www.kakiko.cc/novel/novel4/index.cgi?mode

——時はさかのぼって、13時10分。
愛梨はベランダに立って、やや強めの風に身をさらしていた。

(……鈴香先輩、嬉しそうだったな。
 ほんと、真里子が言うこと聞いてくれて助かったよ)

目を閉じて、あの日——真里子を説き伏せた時のことを思い出す。
——普段は嫌いな風の冷たささえも、今は心地良い。
それほど、彼女は上機嫌だった。
うっすらと笑みが浮かんでいるが、おそらく意識はしていないだろう。



——鈴香先輩もあたしも、もう後戻りできないの!
——だからってこんなの、ひどいよ。
——ふうん、ならいいよ……

——『真里子の居場所も、無くすから』——


……人は、とくに思春期の少女は、なによりも孤独を恐れる。
孤立して、居場所を失うことを恐れる。
気弱な真里子は、人一倍そうだった。
それゆえにこの言葉に縛られ、愛梨に従わざるをえなくなったのだ。



(ほんと、あの子って便利。
うじうじしててうっとうしいけど、友達になっといて良かった)


心の中で呟いて、何気なく後ろを振り返る。
——そして、愛梨は見た。
何事か話してから、どこかへ去ってゆく真里子と、見知らぬ上級生を。


「えっ……」

言い知れぬ胸騒ぎを感じて、愛梨は早足で廊下へと飛び出した。
上級生——雫と真里子が、廊下を歩いている。
背中を向けているため、2人の表情は見えない。
それが彼女には、なぜかもどかしく感じられた。


(……嫌な予感)

愛梨の予感は当たっている。
沙由里が来なかったために、雫はひとりで真里子を呼び出しに来ていたのだ。
それを本能で理解した愛梨は、こっそりと2人の後をつける。




…………




——雫と真里子は、工作室に入って行った。
工作室には低い仕切りがあるだけで、ドアはない。
そのため、中に入らずとも会話を聞くことは可能だ。

愛梨は壁際にぴったりと張り付いて、息をひそめる。
雫たちが愛梨に気づく様子はない。



「朝名さん、私ね、今回の……
 水瀬先輩の絵が塗りつぶされたことについて聞きたいの」


「えっ……」


(なんでうろたえるのよっ……
 自然体でごまかしてよ、使えないな、もう!)


壁にぴったりと張り付いているために、
2人の様子をうかがい知ることのできない愛梨にさえも、真里子の焦りは伝わっていた。
——真里子はもともと、正直な人間であるがゆえ、嘘をつくことが苦手なのである。



「……沙由里が、絵を塗りつぶした犯人だって話だけど……
 朝名さん、あなたと河野さんがそれを証言したんだよね?」


「……はい」


「けれども、沙由里は自分が犯人であることを否定している。
 あなたは……嘘をついていない?
 ……先ほどから、だいぶうろたえて、焦っているように見えるけど」


どくん、と、真里子の心臓が大きく波打つ。
真里子は心苦しさゆえに痛む胸に、手を添えた。


——言ってしまおうか。
——すべてを打ち明けて、沙由里先輩の無実を伝えようか。

そんな思いが、彼女の頭を支配した。
察しの良い雫は、それを理解しているのだろう。
黙って、真里子の言葉を待っている。


……理解していたのは、雫だけではない。 
愛梨も、同じだった。

——このままではまずい——
愛梨の本能が、警鐘を鳴らしている。
こうなればもう、自分が出て行くしかない。
ほとんど直感で、愛梨は行動に出た。

第15話 【それぞれの演劇】Ⅱ ( No.20 )
日時: 2011/01/03 19:17
名前: 血吹 ◆FLNPFRRn8o (ID: Lv/FtsvO)
プロフ: http://www.kakiko.cc/novel/novel4/index.cgi?mode

「あれ、真里子?」



彼女の行動は、偶然を装ってその場に姿を現すというものだった。
同時に、真里子がわずかに怯える。
雫も愛梨も、それを見逃さなかった。


「……あ、愛梨ちゃん。どうしたの?」

——普通にしてて。
愛梨の瞳から、その『命令』を受け取ったのだろう。
真里子は精一杯に明るくふるまっている。


「ああ、図書室に本を借りに行こうって誘いたくて……
 あっ!あの、先輩、すみません、邪魔しちゃって!」


彼女は、真里子に対する自然な返答をしながら、
先輩である雫に対する謝罪も忘れていない。


「……ああ、気にしないでいいわ。
 ……それと、聞かせてしまったかな? 私たちの会話」


雫は、どこか諦めたようなまなざしでそう言った。
ここでも、愛梨は自らを『良い子』に見せる演出を忘れない。


「ごっ……ごめんなさい!
 来たら、あたしの名前が出ていたから、つい立ち止ってしまって……
 本当にすみません! 
 こんな、盗み聞きなんかしてしまって……。 真里子も、ごめんね……」



——もっとも、そんな演出など、雫には通じていない。
雫は、いいのよ、とだけ言って、質問をぶつけた。
無論、嘘しか返ってこないことを承知の上でだ。



「……じゃあ、えっと……河野さんにも聞く。
 朝名さんとあなたの証言は、本当なの?」


「本当です」


……きっぱりと、愛梨は答えた。
そして、まっすぐに雫を見据える。



「……やっぱり、そうだよね。
 その瞳……嘘を言っているとは思えないもの。
 
 ごめん。
 正直に言うと、沙由里が友達だから……
 沙由里があんなことをしたって、信じたくなかったの」



——チャンスだ。
そう考えた愛梨の瞳が、一瞬、ぎらりと光る。
そして、悲しげな表情とともに、言葉を紡ぎだされた。



「その気持ちは、わかります。
 あたしだって……同じですから。
 けど、……本当なんです。
 
 ……真里子も、やっぱり信じたくないみたいで……
 動揺しちゃってるんです。
 それを、先輩は不審に感じたと思います。
 けれど、私たちは、嘘なんてついていません」


「……本当に、ごめんね。
 朝名さんと河野さんの気持ち、全然考えていなかった。
 
 私も……現実を受け入れる。だから、許してほしい」



そう言って、雫は頭を下げた。
慌てた様子で愛梨がそれを止め、気にしないでほしいということを伝える。
真里子はそれに同調しながらも、ひどく悲しげな様子だった。



「……それじゃあ……戻ろう。本当に、ごめんなさい」

「……お気に、なさらないでください」


再び謝った雫に、真里子が心底悲しげにそう言った。
瞳には、憐れみが浮かんでいる。
——『自分たちに騙されて謝っている雫』を、気の毒に思ったのであろう。


「そうですよ!気にしなくていいですって!
 あ、あたしたち、図書室に寄るので、ここで」


やっていることは同じであるにもかかわらず、
こちらにはなんの罪悪感もないようだ。
——晴れやかに、にっこりと笑っている。



「そう、ありがとう。 ……それじゃあね」



彼女の姿が見えなくなるのと同時に、2人の間に気まずい沈黙が流れた。
それを打ち破ろうと、真里子がおずおずと声をかける。


「あ……あの、愛梨ちゃん、ごめ……」

「ふざけんな」


じろりと睨まれて、真里子が情けない小さな悲鳴を漏らす。
それにかまわず、愛梨は一気にまくし立てた。



「あたし、嫌な予感がして、あんたらの後をつけたんだよ。
 ……見事に的中しちゃった。

 あんた、あたしと鈴香先輩を、裏切ろうとしてたよね!?
 居場所なくすって、言ったでしょ?
 裏切ってひとりぼっちになっていじめられる、それがあんたの望みなの!?」


「ち、ちが…… あ、あのっ……ごめん、許してっ……」


「そうだよね。 ひとりになんてなりたくないよね。
 だったら、あたしを裏切らないで!

 ……二度目は、ないから」


そう言って、愛梨は駆けだす。
真里子に、それを追う気力は残っていないようで、
ただただ、遠ざかる愛梨の背中を見つめているだけだ。


——静寂が、この場を支配している。
真里子は嗚咽を漏らしながら、しばらくその場で立ちつくしていた。


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