社会問題小説・評論板

[いじめ]についての新たな考え方と考察
日時: 2018/09/01 21:29
名前: 渦負加 仏爛津
参照: http://kafuka

年間約32万件。
この数字が何を表すか、あなたは分かるだろうか?
この数字は日本の[いじめ]の認知件数である。驚いただろうか。知っていただろうか。
私はこの数字を知った時に非常に悲観した。
だが、よく考えてほしい。
馬鹿な精神論者で支配的な教師はいじめの原因を加害者に全負担させるが、そうではないのではないか。
被害者にも、教育者側にも責任があるのではないのか。
私は、そう思う。
今回は、いじめの根本的な原因、何故起こるのか、問題点は何か、などのことについて
私の考察をここに書いていこうと思う。

[いじめの根本的な原因についての考察]
まず、第一にいじめは完全になくすことは不可能に等しいということだ。 
精神論者に洗脳されてしまった人には難しいかもしれないが、理由は私たちが人間であることにある。
私は、いじめの根本的な原因は人間の本能的な部分にあるのではないのかと考えた。
大きく分けて2つの要因がある。
一つは、一般常識の普通という概念から著しくはみ出ている人を排除しようとする本能的要因。
もう一つは、自身の下のヒエラルキーに位置する人間を常に置こうとするという本能的要因である。
 
一つ目の要因については、多くの人権問題について応用が利く。
人間というのは、多数派を尊重する傾向にある。これは、民主主義が受け入れられる要因なのだが、
多数派は少数派にもその価値観を押し付ける性質がある。
押し付けるだけではなく、特異点を全面的に否定して少数派を消去しようともする。
とりわけ、我が日本国民は欧米国民と比べて、少数派が過激化しにくい。
その為、我が日本国では世界でも有数の少数派の立場弱い国となっている。
これは国という単位だけではなく、学校にも置き換えることが可能である。 
ただ、いじめの場合とてもささいな要因から発展するのが
非常にくだらなくいじめの無益さがここにある。
排除しようと、排除しようとして、最終的に行き着くのは
暴力による支配である。
この要因は完全な平等と意見の一致がなければ解決しない。
あなたはあるだろうか、クラスの意見が完全に一致したことはないだろう?
だから、いじめは無くならないとこの要因で言えるのだ。

二つ目の要因については、日本に置いては儒学の文化の影響もあり
人々の心に古来からある。
江戸時代には、一般階級の下にえた、ひにん、という階級が置かれた。
この階級は、百姓が一番したの階級に置かれていることなったときにそのことに対して反乱を
起こさないようにおかれた身分である。
あなたも思ってるのではないか、アイツは私より下。あの方は私よりも上。
何て言うように。
我々人間は、下のヒエラルキーに位置する人間を置くことで心理的充実感を得ようとする。
精神安定剤のような役割なのだ。
失脚して部下を無くした人間の人格が崩壊しやすいのもそんなところだろう。
こういった、本能的要因でいじめの完全な消滅という夢を幻滅させていると私は考えた。

第2章は9/15までに更新予定です。

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