社会問題小説・評論板

大好きで大嫌い
日時: 2020/05/30 14:31
名前: たなか (ID: rjNBQ1VC)

〜プロローグ〜


平和に生きているつもりでも、過去は変わらない。


あの夜の恐怖と不快感は、簡単に思い出すことができる。


少しずつ僕の身を蝕んでいった障害も、今では手をつけられないほどに膨らんでいる。




こいつがそんなことしない。




あいつもその気は無い。




そんなこと思ったって無駄。


何も変わらない。


きっと変えられない。


記憶なんか無くならない。


無くなったらそれは僕じゃない。


でも、こんな記憶を抱えてまともに生きていけるはずがない。


どうしたらいいのか、自分にも分からない。


ただ僕にできるのは、誰にも触れられないようにするだけ。


なるべく相手の印象に残らないように、地味に生きるだけ。


大好きな人も、大切な人も、傷付けないように関係を消滅させていく。


傷付けないように、記憶に残さないように。


僕なんかいない方がましだ。


僕に優しくしてくれる人の期待に応えられないなんて。


いない方がましだよ。


さっさと消えちゃえよ、もうとっくに穢れた命だ。


ほら、得意だろ、人の記憶に残らないことなんて。


大得意だろ、いつもそうやって生きてんだろ。







......誰かのせいで、縮こまって生きてんだろ。



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Re: 大好きで大嫌い ( No.39 )
日時: 2020/07/17 20:27
名前: たなか (ID: 5ROqhRB3)

放課後、なるべく急いで雫月の家に行く。

でも何度か見失って少し遅れてしまった。

雫月もそろそろバイトに出る頃になったかもしれない。

……まぁ、聞くだけ聞こう。

急いでる時にしつこく聞かれると本音がこぼれるかもしれないし。

ちょっと卑怯だけど。

そう思いながら雫月の部屋の前まで行く。

インターホンを鳴らしたけど、反応は無い。

中から音もしなかったから、もしかしたら鳴ってないのかも。

何気なくドアノブに手をかけ、下ろす。

ドアは普通に開いた。

あ、やべぇ、勝手に開けちゃった。

少し焦りつつもドアを開ける。

雫月は、こっち側に背を向けて、キッチンの床に座っていた。

驚いたように振り向く。




大きな目に、溢れだしそうなほどの涙が溜まっていた。




思わず「え」と声を出してしまう。

雫月は自分の涙を隠すように少し俯いて、笑った。

「どうしたの?」

声が震えている。

よく見ると、雫月の膝の近くにナイフが落ちていた。

汚れていない、綺麗な状態のナイフだ。

なんとなく状況を察して、何も言わずに部屋に上がる。

雫月の近くまで歩いていってナイフを拾い、シンクに置いた。

「やめろよ」

独り善がりに聞こえないように気を付けてそう呟くと、足元の雫月が小さく息を吸った。

吐き出す息が震えている。

「ねぇ、大和」

さっきとは違う弱々しい声で、雫月が俺の名前を呼んだ。

「なんだよ」と雫月の方を見ないで聞くと、「こっち向いて」と返される。

雫月を蹴ってしまわないように注意しながらゆっくり振り向く。

「……座って」

言われた通りに雫月の向かい側に座った。

泣きそうになっている雫月を正面から見るのは少し可哀想で目線を逸らしていると、雫月がワイシャツを引っ張る。

優しく、乞うように。

「どうした?」と聞くけど、もう返事はない。

何度も何度も、ワイシャツを引っ張ってくる。

震える指で。

雫月が何をして欲しいのか分かってるけど、それを実行するのは少し気が引けた。

俺は別にいい。

雫月はどうなんだ。

怖くないのか。

気持ち悪くないのか。

しばらくそう迷っていると、雫月が顔を上げた。

キュッと結ばれた唇が緩み、そっと微笑む。

片目から、涙が流れた。

「もう……無理だよ」

優しい声で雫月が呟いた。

肩からリュックを下ろし、ほぼ衝動的に雫月を抱き寄せる。

細かった。

小さかった。

弱かった。

この体で独りで戦っていたのに、俺は何もしなかった。

情けない。

雫月は俺の胸板に顔をうずめ、声を上げて泣いていた。

小さな子供に戻ったみたいに。

……それでいいんだよ、雫月。

まだ子供だろ。

Re: 大好きで大嫌い ( No.40 )
日時: 2020/07/20 17:30
名前: たなか (ID: 5ROqhRB3)

10数分ほどして、雫月は泣き止んだ。

でも俺の背中から手を離さず、ゆっくりと雑談を始める。


最近なんか天気いいよね


桜はいつ咲くんだろうね


そういえばこの前の理科の授業でさ


今は関係ない話をしていたいのかもしれないと思い、その雑談にしばらく付き合う。

でも、やっぱり気になって口を開いた。

「あの……大丈夫?」

「何が?」

「俺普通に触ってるけど」

「あぁ」

雫月が笑う。

あっはは、と明るく。

「大丈夫ではないかもなぁ」

明るいトーンのまま吐き出されたからか、その言葉の意味が一瞬分からなくなる。

頭の中で何回か反芻してやっと理解した俺は、即座に雫月から離れようとした。

でも、雫月はもっと強く抱きしめてくる。

「違う、怖いよ?怖いけど……」

少し慌てたような声に、俺も動きを止めた。

なんだろう。

「他の人みたいな気持ち悪さは無いし、なんか安心するから、いいんだよ」

……安心。

なら、いいのか?

「それに、僕のこれは条件反射だから……あんまり気を使われるのは寂しい」

ぽつりと雫月が呟く。

胸の奥の奥から押し出したような、雫月の本音に思えた。


嬉しい


ありがとう


好き


美味しい


楽しい


明るい感情ばかりを伝えてくる雫月がたまに出す表情が、やっと言葉になった。

そう感じる。

そっか。

そうだよな、寂しいよな。

記憶の中の、やけに大人っぽく淡い雰囲気を纏った雫月に語りかける。

気付かなくてごめん、と。

伝えてくれてありがとう、と。

俺の腕に収まっている雫月には恥ずかしくて言えそうにない。

でも……きっと伝わっている。

そう信じることにした。

Re: 大好きで大嫌い ( No.41 )
日時: 2020/07/22 20:05
名前: たなか (ID: 5ROqhRB3)

しばらくすると、雫月は急に腕を伸ばし、俺から離れた。

「バイト!!」

やばい!!と続けて時計を見る。

時間はとっくに16時を過ぎていた。

「うああああ遅刻したあああああ」

とんでもない声で叫んで立ち上がろうとする雫月の手首を何とか掴む。

「え、なになに!!僕バイトなんだけど!!」

手首を掴んでいる間も脚がそわそわと動いていた。

慌てている雫月に反して、俺はなるべく落ち着いて話す。

「今日くらい休めよ」

「無理無理!!無断欠勤になっちゃうし!!」

「泣いたから頭痛いだろお前」

「痛いけどそんなにって感じ!!早く離して!!」

「週に何日休んでんの?」

急な問いに雫月は一瞬戸惑ったようだ。

脚が止まる。

「……日曜日かなぁ」

「それだけ?一日だけか?」

「そうでもしないと死んじゃうから!!」

「バイト行ってる日は何時間くらい働いてんだよ」

「えぇ、5時間半とかじゃないの?知らん!!基本22時には家にいるようにしてるけど!」

「忙しすぎだろ、無断欠勤でも仮病でもいいから今日は休め。バイトには行かせない」

手首を掴む力を強めてそう言うと、雫月は諦めたように唇を尖らせた。

本当はバイトなんか行きたくないだろう。

もっと勉強したい。

もっとバスケをしたい。

もっと、もっと……。

色んな欲がある歳なのにバイトにここまで縛り付けられるのは可哀想な気がする。

第三者でしかない俺が言うことでもないけど。

雫月の動きがすっかり落ち着いたのを見計らって、手首を離す。

「大和はどうすんの?帰らなくていいの?」

すとんと床に座った雫月が聞いてくる。

部活は元々無かったし、それを親に言っていない。

というか、急な職員会議でいくつかの部活が休みになった。

それを説明すると、雫月は「そっかぁ」と言った。

「それより、頭痛いんだろ?寝てろよ」

「え、うん……」

「俺なんかほとんどいないも同然だと思えばいいから」

そう言って雫月をベッドに押し込む。

白い敷布団とブルーグレーの薄い布団に挟まれた雫月は、いつもより小さく見えた。

俺もベッドに寄りかかると、雫月は色々な話をしてくれた。


泰輝さんが亡くなったのが自分のせいじゃないのは分かってる、ということ。


それを理解しきってしまったら泣いてしまいそうで、泣いてしまったら泰輝さんの死を肯定することになりそうで怖かった、ということ。


自分の母親のこと。


自分の父親のこと。


自分の父親の息子のこと。


泰輝さんの話ではやっぱり辛そうにしてたけど、自分の家族の話はどれも幸せそうにしていた。

母親が自殺した時のことも、さっぱりと話してくれた。

父親の新しい息子の名前も、自分の母親との思い出も、話してくれた。

幸せそうな笑顔で、幸せそうな声で。





それを見ているうちに、俺が泣いてしまった。

Re: 大好きで大嫌い ( No.42 )
日時: 2020/07/23 00:01
名前: たなか (ID: 5ROqhRB3)

「大和……どうした?」

上半身を起こした雫月が、心配そうに俺を見る。

話したかったけど、涙が溢れて止まらなかった。



雫月は、自分の父親に傷付けられた。



父親が勝手な事をしたせいで一生消えない傷を負った。



なのにこいつは、その父親の新しい家族のことを、幸せそうに語った。



なんでそんなことできるんだよ。



なんでそんなに優しいんだよ。



雫月の深い優しさに触れてしまった気がして、少し怖くなる。

暖かい恐怖を覚えた。

不思議な感覚だった。


雫月の綺麗な手が、俺の頬に触れる。

溢れ続ける涙をそっと拭った。

涙でぼやけた視界の中でも、雫月は優しい雰囲気を纏っている。

少し下がり気味の眉も、それとほぼ平行に垂れた大きな目も、その目を縁取る少しだけ反り返った長いまつ毛も、いつも少し口角が上がっている可愛らしい唇も。

全部優しかった。

綺麗、とか可愛い、とかじゃなくて、ただただ優しい。

それを見て俺は、また涙を流した。

俺に優しいものは合わない。

今はそう思う。


雫月は、ただ泣き続けるだけの俺を特に追及せず、見守ってくれた。

なんとか泣き止んで、今更恥ずかしさを感じる。

俺より辛いはずの雫月に慰められるなんて、情けない。

恥ずかしくて情けなくて、雫月を見ないようにしながら口を開いた。

「……なんで父親の家族のことをそんな顔で話せるんだよ」

言葉が足りなかったけど、雫月はちゃんと質問を理解してくれた。

俺の頬に触れていた手をそっと離して、話し始める。

「確かにお父さんは僕達の幸せを壊した。それに関しては憎いと思ってるよ。僕が今こんな生活をしてるのも、お母さんがいないのも、先生がいないのも、元を辿ればお父さんの不倫がある。でもさ」

そこで一度切り、俺に顔を上げさせると、目を合わせて笑った。

この世の優しさも残酷さも、嫌という程に味わってきた笑顔だった。










「幸せになりたかったのは、お父さんも同じなんだよ」










その一言にハッとする。

確かに雫月の父親はしてはいけない事をした。

雫月の未来も、雫月の母親の未来も壊した。

でもそれと同時に、自分が本当に愛する人と未来を築き、新しい未来を生み出した。

……プラマイゼロ。

そうなってしまうのか。

雫月を見つめ返すと、雫月は「ね?」と言ってもう一度笑った。




幸と辛は一画違いだけど、幸は何故幸になれたのだろう。




辛は何故辛になってしまったのだろう。




元から幸は幸なのだろうか、辛は辛なのだろうか。




それとも、途中から変わってしまったのだろうか。




辛が一画を奪ったために。

Re: 大好きで大嫌い ( No.43 )
日時: 2020/08/03 14:27
名前: たなか (ID: 5ROqhRB3)


*

*

*

*





学年が上がり、クラス替えが行われた。

今年も田島と雫月とは同じクラスだった。

クラス表を昇降口で確認し、初めて入る2階の教室に足を踏み入れる。

即座に誰かに肩を組まれた。

「よぉぉぉ、蒼真、やっと同じクラスになれたなぁ!」

やたらと明るい声で言うそいつは、中学、高校と仲良くしてる奴だ。

ただ、1度も同じクラスになった事がない。

「おぉ、柊太!名簿見ても全然気付かなかったわ、やっとだな」

なんだよ気付けよぉ、と大笑いするそいつに肩を組まれたままで、黒板に貼ってある座席表を見に行く。

俺の席は窓側の列の右側にあった。

隣は……「大島雫月」。

雫月か。

ちょっと気まずいかも。

まぁ俺が悪いんだけど。

「あ、お前の隣大島雫月じゃん、すげぇ」

「何がすげぇんだよ」

「いや、あいつ結構有名人じゃん?この学校内で。今年はあいつ目当ての新入生も沢山いるらしいけど……」

「へぇ」

柊太が離れ、俺は席に着く。

数分後、雫月が来た。

「おっ、山崎くんじゃん!おはよ」

教室に入ってすぐに、とんでもなく可愛い笑顔で俺に挨拶をしてくる。

「おぉ、おはよ。雫月の席俺の隣な」

「ほんと?やったね」

……前の事は覚えているんだろうか。

全くと言っていいほど気にしてないように見える。

あの後田島とは話せたけど、雫月とは少し怖くて話せなかった。

雫月が俺の神経を無駄にズタボロにするようなことは言わないだろうけど、俺が無神経に話しかけて嫌われるのが嫌だった。

でも、そんなに気にしてないのか?

普通に話しかけてくれる。

「今日委員会とか決めるんだよね?めんどくさいなぁ」

少し不貞腐れたような表情で、雫月が予定黒板を睨む。

「委員会、どこ入りたい?」

「僕?僕は……図書委員とかかなぁ?山崎くんは?」

「俺はまぁ去年に引き続き放送委員かな」

「あぁ、そっか、放送委員って3年間同じなんだっけね」

山崎くん声良いもんなぁ、と雫月が呟く。

雫月の声も良いと思うけど。

そう言いたくなるのを堪える。

代わりに、疑問を口にした。

「てか、なんで俺に話しかけてくれるの?嫌いじゃないのか?」

なるべく軽い雰囲気で言ってみる。

雫月はキョトンとしたような目を俺に向けたあと、「ふはっ」と笑った。

「なんで嫌いになるの?嫌いになる要素ないじゃん」

「だって俺は……」

俺がしたことを説明しようとすると、雫月が遮るように口を開く。

「山崎くんは、確かに大和に迷惑かけたよ?でも今は仲良いじゃん」

当たり前のような顔で言われる。

……それでいいのか?

そんなんでいいのか?

「迷惑かけた」っていう次元じゃないけど。

「それに、『罪を憎んで人を憎まず』って言うでしょ。山崎くんがしたことはまぁ憎いけど、山崎くん自身はいい人だし、嫌ってばかりじゃこっちも疲れちゃうからね」

やけに大人っぽい表情で、雫月はそう言った。




……こいつがたまにするこういう表情が、好きだった。




深い闇と深い光が大きな瞳の中に沈んでて、少しだけ上がった口角が柔らかい希望をかたどっているような表情。


大人に何度も騙され、傷付けられ、それでも少しの希望を手放さずに生きている雫月にしかできないような表情だと思った。


不意に涙が溢れそうになる。



雫月がこれからも変わらず隣にいてくれることが、嬉しかった。



後悔で沈みそうになっていた俺を、掬ってくれた気がした。

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