社会問題小説・評論板

大好きで大嫌い
日時: 2020/05/30 14:31
名前: たなか

〜プロローグ〜


平和に生きているつもりでも、過去は変わらない。


あの夜の恐怖と不快感は、簡単に思い出すことができる。


少しずつ僕の身を蝕んでいった障害も、今では手をつけられないほどに膨らんでいる。




こいつがそんなことしない。




あいつもその気は無い。




そんなこと思ったって無駄。


何も変わらない。


きっと変えられない。


記憶なんか無くならない。


無くなったらそれは僕じゃない。


でも、こんな記憶を抱えてまともに生きていけるはずがない。


どうしたらいいのか、自分にも分からない。


ただ僕にできるのは、誰にも触れられないようにするだけ。


なるべく相手の印象に残らないように、地味に生きるだけ。


大好きな人も、大切な人も、傷付けないように関係を消滅させていく。


傷付けないように、記憶に残さないように。


僕なんかいない方がましだ。


僕に優しくしてくれる人の期待に応えられないなんて。


いない方がましだよ。


さっさと消えちゃえよ、もうとっくに穢れた命だ。


ほら、得意だろ、人の記憶に残らないことなんて。


大得意だろ、いつもそうやって生きてんだろ。







......誰かのせいで、縮こまって生きてんだろ。



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Re: 大好きで大嫌い【BL】【虐待】 ( No.19 )
日時: 2020/05/27 23:18
名前: たなか

いつものあの笑顔を俺に向けて「ごめん」と言ってから、雫月は山崎と目を合わせて笑みを消した。

普段は柔らかくて暖かい雫月の雰囲気が一気に冷たくなり、鳥肌が立つ。

刺すような目つき、下がった口角、見たことの無い雫月だった。

「山崎くん、大和に何してたの?」

抑揚のない低い声で雫月が問う。

「え、えぇと……その」

山崎が雫月から目をそらすと、雫月に掴まれた山崎の腕がみしり、と鳴った。

「い゛ッ……」

山崎が声を上げると、雫月がもう一度口を開く。

「……今まで、大和に何してたの?僕に教えて?」

声が幾分か柔らかくなり、口角も上がっているが、目が笑っていない。

……怖い。

「……殴ったり……蹴ったり、して、た……」

聞こえるかどうかの小さな声で山崎は答える。

「なんで?」

容赦なく雫月は問い詰めた。

「なんで大和にこんなことするの?」

「……邪魔だからだよ……」

吐き捨てるように山崎が呟く。

「雫月と仲良くなるのに、田島は邪魔なんだよ」

「……それをわざわざ切り裂いて無理矢理自分をねじ込んでしまったら、僕は君を友達だなんて思えないよ……」

雫月が呟くと、山崎は息を飲んだ。

数秒間の沈黙の後、山崎が小さく「ごめん」と言った。

夜の闇と冬の寒さに掻き消えてしまいそうな、震える声で。

雫月がそっと腕を離すと、山崎は俺と雫月に頭を下げて、公園から出ていった。




教室での山崎の姿が思い浮かぶ。



いつも色んな人に囲まれてて、いつも色んな人に笑いかけてて。



あいつには何人も友達がいたけど、あいつが欲しかったのは多分、同じような事を言う100人じゃなくて、特別な1人。



その「1人」っていうのが、雫月だったんだろう。



でもまぁ雫月は基本俺としか行動しないし、自分の事は話してこないし、少しつまらなくて、少し寂しくて、






こんなことをした。






特に苦労せず仲のいい人を手に入れてきた山崎は、たった1人を手に入れる方法を知らなかった。





……多分、それだけなんだ。






それだけなんだ、たったそれだけなんだ。





ちょっと道を間違えた、ちょっと道を踏み外した。





……それだけなんだよな、山崎。





そんなことを考えながら山崎の背中を見ていると、同じようにして山崎を見ていた雫月が、小さく零した。
















「……ちゃんと嫌いにさせてよ……」




Re: 大好きで大嫌い【BL】【虐待】 ( No.20 )
日時: 2020/05/29 23:43
名前: たなか


*



山崎くんが公園を出たのを見届けてから振り返り、大和の向かいにしゃがんだ。

「ごめん……本当に遅れちゃった」

そっと顔を覗き込んで言うと、大和はただ首を振った。

泣くのを堪えているような顔で。

あぁ、泣きたいんだなぁ、と思ってから大和の背中に手を伸ばしかけて、止める。





……怖いよ、やっぱり。





大和が何もしないのは知ってる。

というか、きっと誰も嫌な事なんかしてこないだろう。


知ってる。


分かってる。


分かってるんだ、頭の中では。


……分かってるんだよ、ちゃんと。




でも、分かんないんだよ。




同性に触られる度に、触る度にその手が怖くて、その皮膚が怖くて、気持ち悪くて。

誰かを助けたいと思ってても慰めたいと思ってても、それはやっぱり変わらない。

……情けない。

使い物にならない頭で思考をめぐらせていると、地面に置いていた左手の甲に水滴が落ちてきた。

「……ごめっ……」

大和が震える声でそう言い僕の手を拭おうとするけど、水滴……涙は続けざまにぼたぼたと落ちる。

泣くまいと唇を噛み締めている大和を見て、もうやめてくれ、と思った。

大和を抱きしめる。

大和も僕の背中に手をまわし、声を押し殺して泣き始めた。

言いようもない恐怖に襲われるけど、同時に言いようもない安心感に包まれる。

今までにない感情に戸惑った。

暖かい恐怖。

言葉にするならそうなるのかな。




分かんないことばっかだな。






Re: 大好きで大嫌い ( No.21 )
日時: 2020/05/30 15:18
名前: たなか


*




大和が落ち着いてきた頃を見計らって、僕は口を開いた。

今までの事を話す。




「大和が雫月の過去の話を色んな人に言いふらしてる」と山崎くんに言われたこと。




僕は全くそれを信じていないこと。




山崎くんが大和に何かするだろうと分かっていて騙された振りを続けていたこと。




大和と山崎くんが2人きりでどこかへ行くことが多くなった頃に山崎くんの後をつけ、やめるよう言おうとしていたこと。




そして今日、それが無事実行されたこと。




大和へのいじめが酷くなってから山崎くんにやめるよう言うのは、十分な確証が得られてからの方が山崎くんも反論できないと思ったからだ。




そのせいで大和を助けるのが少し遅くなってしまったことを謝ると、大和は初めて口を開いた。







「……俺を信じてくれてありがとう」







……正直、山崎くんが何故僕の過去を知っているのか、分からない。

怖い。

山崎くんがこれから先、仕返しとしてその話をみんなに広めたら、と思うと、どうしようもなく怖かった。

そんな事があったら、僕は多分また引越しをする。

また自分の過去にいじめられる。

そんなのもう懲り懲りだよ。

ある程度の思い出が出来てからさよならなんて、もう懲り懲り。

……でも、それが誰かを信じた結果なんだとしたら少し幸せなのかもしれない。

自分の大事な人を守った結果なら、それはそれでいいのかもしれない。








そう思えるような誰かが出来た事が、ただただ嬉しかった。





Re: 大好きで大嫌い ( No.22 )
日時: 2020/05/31 20:06
名前: たなか

泣き止んで、少し冷静になった頭でふと思い出す。



……雫月、男駄目じゃなかったっけ……?



慌てて離れると、冬だと言うのに雫月は汗をかいていた。

「あ、ごめん……」

急に謝られてビクッとした雫月が、自分の汗に気付いた。

そっとそれを拭いながら、雫月は笑顔で言う。

「大丈夫だよ、死ぬ訳じゃないんだから……」

ちょっとお腹痛いけどね、と付け足しのように呟く。

あぁ、緊張した時のあれか……。

「ほんとごめ……」

「謝んないでよ」

もう一度謝ろうとしたら、雫月に言葉を遮られた。

俺の顔を少し覗き込むようにして、寂しそうな笑顔で言う。




「ありがとうって、言って?」




何故か、ふっと心が軽くなるような感覚に襲われる。

暖かくて柔らかい何かに心を包まれたような、そんな感覚。

「……ありがとう」

そう返すと、雫月はパッと明るく笑った。

「どういたしまして!」




……なんでこいつは、こんなに俺の事を信じてくれるんだろう。




山崎が自分の嫌な過去を知っている理由も分からないだろうし、分からないことがどうしようも無いほど不安なはず。




それなのになんでこいつは、俺を信じて助けようとしてくれたんだろう。




……俺は、お前が怖いよ。





雫月の柔らかい心に触れる度に傷付けてるんじゃないかって、不安になるんだよ。





俺だけを信じてくれるその心を俺の手で傷つけていないかって、不安になるんだよ。





……俺は、上手く大事にできてるよな?

Re: 大好きで大嫌い ( No.23 )
日時: 2020/06/01 23:12
名前: たなか


*



次の日の昼休み、大和と山崎くんが2人で教室を出た。

まぁもう何も無いだろうとは思うけど、一応着いて行く。

2人が入ったのは、閲覧室だった。

入口から少しだけ進んだ所で立ち止まり、沈黙が続いた。

僕は閲覧室の外で床に座る。

「……今までごめん」

沈黙を破ったのは、山崎くんだった。

「俺、雫月が好きでさ、その……友達として、とかじゃなくて」

「知ってる」

少し話しにくそうにする山崎くんの言葉を、大和が遮る。

……え?

「お前が雫月に告白してるとこ、俺見てたよ。あぁ、最後までは見てないけど」

かなり衝撃的なことをサラッと暴露する。

……大和、見てたんだね。

気付かなかったな。

「知ってたのか……」

「うん、知ってた」

「それで、その……雫月ともっと話したいのに、あいつ自分から話してこなくなって、他の奴らへの対応もちょっと適当な感じになってたじゃん?」

「まぁ、そうだね」

「それが嫌で……どうしたら雫月と話せるのかなって思った時、お前だけは雫月と普通に話せてるのに気付いて、羨ましくて……邪魔だった。ごめん」

「……雫月、良い奴だよな。いっつも他人のこと考えて考えて、自分のことはほったらかしにしてさ……確かに好きになるよな、分かるよ」

ふっと息が止まる。




……「分かるよ」?




……どういうこと……?




「お前も、雫月が……」

驚いたように山崎くんが言う。




「まぁ……そうなるな」




心に、冷たい何かが触れた。

ひんやりと硬い、何か。

駄目だよ、大和。

普通に幸せになってよ。

……嫌いになってよ、馬鹿。




そこから先の山崎くんと大和の会話は、全く頭に入ってこなかった。

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