BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

メガネを外した1日【w.r.w.r.d】
日時: 2019/12/08 17:40
名前: びっくり箱

全然BLじゃ無いです。ならここに書くなという話なんですが…

そもそもここに書いて良いのか…

作者が総統推しなのでそれが若干反映されているかもです。

過去捏造、軍パロ等注意。

口調もぐちゃぐちゃです。何か問題があれば速攻で削除します。

それでも良いよと言う方は是非読んでいただければと…

【目次】

・No.1 メガネを外した1日【gr中心】

・No.2 マフラーが消えた!【tn、gr中心】

・No.3 Snowdrop【zm中心】

・No.4 僕の友人【ut中心】

・No.5 月に吼えてみせろ【kn中心】

内容に関係しての質問は受け付けます

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Re: メガネを外した1日【w.r.w.r.d】 ( No.1 )
日時: 2019/10/19 16:33
名前: びっくり箱

ジリリリ…と喧しい音を立てて、目覚まし時計が震えた…と、感じる。実際には俺の部屋からではなくその一個右下の部屋に住んでいる者の目覚まし時計だが。

「…………眠い。」

今は1月。寒さもあるだろうが、珍しく寝起きが悪い。今日は特に用もないので二度寝しようかと思ったが、生憎、俺は二度寝すると起きれなくなってしまう。朝御飯を逃すのだけは避けたい。

この組織では、朝ごはんだけは全員揃って食べようというとあるメンバーからの提案により、トントンが寝坊する奴を毎朝起こしに行く事になっている。しかし今日はトントンが居ないのだ。なんでも用事があるんだとか。ここで起きないと、ゾムの食害が発動されてしまう。幾ら一緒に食べられなかったとしても、あれはあんまりだと思う。メンバーの各部屋と食堂に必ず一瓶は胃薬が置いてあるのは、99%あの脅威の所為だ。

「………………起きるか。」

ああ、眠い。それにしても眠い。何故だ。昨日徹夜する勢いでhoiやってたのがダメだったのだろうか。ふとベットから立ち上がった時、あまりの眠気にふらついてしまった。ハッとして机に手をついた。かなり凄い勢いで。何故が手を握りしめて。

パキン…

「…あっ…」

嫌な音がした。発生源を辿ってみれば、そこにあったのは自身が毎日使う生活必需品の一つ…そう、メガネであった。しまった。コンタクトなんて持っていない上に、予備のメガネは無い。辛うじて部屋の物は見えるが、正直腕を精一杯伸ばして持った本の文字が読めなかった。非常にまずい。敵から狙われていたとしても、これでは分からない。

『……あー、あー…皆さーん、朝ですよ〜』

この声は…ロボロか。…あ、そうか、単純に…そう思いながら、俺は通信機を手にした。そうして、全員へ声が届くようにしてから、マイクをオンにする。

『こちらグルッペン。…唐突で悪いが、誰か予備のメガネ持ってないか?』

『え、どうしたん?』

『手をついた拍子に折ってしまった。』

『はえ〜グルちゃんでもそんな事あるんやなぁ』

「も」ってなんや大先生。彼奴は自分のメガネを寝ぼけて叩き潰す事があるのか。そんな事を考えていると、メンバー1声がデカイ彼奴の声が聞こえてきた。

『あ、じゃあ俺の使うか?!』

…正直鼓膜が破れるかと思ったゾ、コネシマよ。そう言えば、彼奴はたまにメガネを掛けていたっけ。なら頼もうかと言う前に、今度はシャオロンが怒鳴った。…耳が痛い…

『朝から喧しいねんこのチワワ!』

『あぁん?!やんのかゴルァ!』

『マジでうるさいめう……グルッペン、鬱先生の借りれば?』

『ええけど度めっちゃキツイで?』

『……いやもうこの際誰のでも良い。誰か持って来てくれ。』

『じゃあシッマ持って行っ…いった!うわお前ら何してん?!ちょ、ヤバイヤバイ誰か助けてぇ!』

『あーあー…』

『朝から内ゲバとか元気すぎるめう〜』

『ちょ、マジで誰か!だから痛いって!シャオちゃんなんで流れ弾ピンポイントで僕に当ててくるん?!』

『日頃の行いやなぁ』

『えぇ?!僕めっちゃお利口さんやで?!』

『自分でお利口さんとか言うなきしょい』

『ああんシャオちゃんそんな事言わんといて!』

『うわきっしょ』

何処でやっているのかはわからないが、何か投げ飛ばしたのか、どれともぶつけたのか、バリンだのガシャンだのバキバキだの物が壊れる音が酷い。流石の俺でも呆れた。

『……………………もう良い裸眼で食堂に行く。…コネシマ達は…まあ良いだろう。ゾム、彼奴らへの食害を許可しよう。』

「マジで?!やったあ!感謝するでグルさん!」

何故か天井から声が聞こえたと思うと、人影がザッと降りてきた。正直全く気配が無かった。いや、神出鬼没の彼が声を発さなかった時点で天井裏に居るのだろうなとは思っていたが。どうやらゾムの声が発信機まで微妙に届いたらしく、大先生が軽く悲鳴をあげていた。そんな中で、冷静にひとらんが言う。

『…あ、ゾムそこに居るのね。じゃあグルッペンと一緒に来てもらえる?無いとは思うけど、階段落ちちゃったりしたら大変だから。』

『了解〜』

一先ず身支度を整えて、顔を洗ったりなんなりしていると、外に居るであろう脅威から声を掛けられた。

「グル氏いっつもメガネやから、今日一日コンタクトにしてみたらどうや?で、そのまま街まで遊びに行かん?服装変えたり髪型変えたりして。敵国にバレないっちゅうのもあるけど、気分転換には丁度ええんやない?」

…成る程。確かにそれは楽しそうだ。それに、欲しかったアレとかアレとか、食べたかったスイーツとか、行ってみたかった彼処とか…

「…良い考えだな!よし、護衛を何人かつけて街まで行こう!」

街へ行ったら何をしようか?久々にエーミールの所へ訪ねてみようか?偶には博物館や美術館に行くのもいいかもしれない。海でも良いな…そんな風に考えていると、ゾムが声を上げた。

「あ、じ、じゃあ、俺も行きたい!久々に誰かと出掛けたい!」

そういえば、最近のゾムは忙しく、碌に休暇を取っていなかった気がする。今日仕事がある奴は特に居ないが、しかしそれぞれに用事はあるだろう。そんな訳で、護衛は2、3人くらいで良いかと思っていたのだが、ゾムが居るなら一人でも良いかもしれない。まあコネシマあたりに声を掛ければ二つ返事で了承するのだろうが。

「なら、ゾムも服装やら髪型やら変えて行こう。偶には国民の流行りに乗るのも悪くはない。」

ちょっとした敵国へのサプライズとして、カラーコンタクトでも良いかもしれない。髪型と服装を変えたら、きっと俺とは分かるまい。自然と緩んで来た頬を少しつまんでからドアを開けた。その途中で一回転びかけたのは仕方ないと思う。だから、そんなに笑うことは無いだろうゾム!
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「あ、やっと来た。おはよう、グルッペン、ゾム。」

「おはよう。…あの三人は?」

「色々壊してたから、マンちゃんが請求書作りまくってる。」

「全く…因みに何処で喧嘩していたんだ?」

「階段上がってすぐのオスマンの部屋付近だよ。大ちゃんが突き落とされたってさっき泣いて戻ってきた。」

「?戻ってきた、とは?」

「ああ、さっき俺が行かせたんだよ。あんまりにも五月蝿いから止めてきてって。」

流石外道。大先生の犠牲は忘れないゾ…と言うか彼奴のタフさには驚かされる。今も部屋の隅でメソメソしている大先生をチラと見てから俺は席に着いた。

「ああそうだ。ロボロ、少し頼みたいことが…」

「ん、何?…え、度入りのカラコン?まあ、あるっちゃあるだろうけど…何に使うん?」

「…まあ、頼んだゾ。頂きます。」

「いただきまーす」

「え、ちょ、答えてよ!」

どうやら請求書を全て作り終えたらしいオスマンも漸く席に着いた。どうやらスイーツを潰されたらしい。相当怒っていた。いつものJKどこ行った。

「まったく…新作で高かったのに…朝から並び直してもらうめう。」

「結局シッマ達って今何処におるん?」

「多分まだ居ると思うよ。ストッパーが今日は居ないから。後でグルッペン行って来てもらってもいい?」

「ああ、良いぞ。」

「待って待って、皆んな食べるのはやない?」

目を擦りながらやって来たのは大先生だった。相変わらず立ち直るのも早い。しかしどうやら膝のあたりをぶつけたらしい。頬には擦り傷があり、少し血がにじんでいた。指で拭ってやれば、少し驚いたように目を開いたが、ありがとぉ、と言う。彼も席に着いた。朝は眠気もあるだろうが、基本的にあのワンコ達以外は皆んな穏やかなのだ。ゆるゆると、静かな時間は過ぎていく。そうこうしているうちに、俺はさっさと食事を終わらせて席を立った。

「ご馳走様。今日も美味かったゾ、ひとらん。」

「うん、ありがとね。」

ひとらんは心底嬉しそうに微笑んでいた。彼の作る料理はどうやら東方の某島国のものらしいが、あっさりとしていて朝食には丁度いい。正月に出されたおせち料理とやらもなかなか美味だった。味が独特で面白い彼の国の料理は、お菓子も美味しいのでかなり気に入っている。

「…もしもし。あ、届いた?…うん、うん。じゃあグルッペンの部屋の前置いといて。…グルッペン、カラコン届いたらしい。」

「そうか、有難うロボロ。済まないがゾム、コネシマあたりに声を掛けて来てくれ。ついでに喧嘩も…な。大方どちらかが引っかかるだろう。」

「はいよ〜。じゃグル氏は準備しといて。」

「……どこ行くめう?」

「いや、別に大した用は無いんだがな。少し変装して街にでも行こうかと。…折角なら皆んなで行きたいところだが、目立つと面倒やし、何より予定があるだろう?」

「あー…だからカラコンか…」

「…ん〜まあ、そうね。動物の世話もしなきゃいけないし。」

「一緒には行けないけど…変装するなら手伝うめう!あ、あとあそこの店の新作のスイーツ買って来て欲しいんやけど…」

「助かる。正直どんな格好が普通なのか俺はよく分からんからな…スイーツか、良いだろう、買ってこよう。」

「やった!そうと決まれば早速準備するめう〜」

「えぇ…もしかして書類終わってないのって僕だけなん?」

「もしかしなくても大ちゃんのだけだよ。少なくとも一昨日までくらいの書類はみんな終わってる。」

「あぁ…折角の休日がぁ…」
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「お〜やっとるやっとる。」

二階の階段を登りきったところで、二人はまだ喧嘩していた。床は穴が開いているし、壁は崩れかけているし、窓ガラスは割れているし、どういう訳かカラスが窓際で気絶しているし。ええなあ、俺も混ざりたい!

「なんやねん大体お前はいっつもいっつも喧嘩ばっか売りやがって!あぁ?!不人気のくせに調子乗ってんとちゃうぞ!」

「不人気言うなこの騒音糞男!無線で話すときぐらい声落としたらええやん!なんであんな大声で話すん?!アホちゃうか!鼓膜破れるわ!」

「喧しい!つーか声落としてるやんけ!」

「声落としてあれなん?!世界騒音大会でギネス記録とれるわそんなん!200ヘルツぐらいあるんとちゃうん?!」

「あんだとごるぁ!俺だったら余裕で一位とったるがな!」

はっ、危ない危ない。ついつい楽しそうやなぁとか思いながら眺めてしまった。折角久々にグル氏と出掛けられるんや。ぼーっとしてる場合やない!

「シッマ〜シャオロン〜…」

「つーかお前の目覚まし時計なんなん?隣の部屋まで響いてくるとかなんなん?」

「うるせえお前の声よりデカくないわ!」

「いやデカイやろ!流石に右斜め上の部屋までは響かへんで!」

「…はあ?!何それ初耳なんやけど!」

「グルッペンが偶にそれで目覚めるって言うとったで!」

あ、駄目やなこれ聞こえてへんわ。…まあそれはそれでいいか。あの二人、後でトントンに怒られるんやろうなぁ。そう思いながらくるりと踵を返そうとすると、グルッペンと鉢合わせた。グルッペンはヒョイっと後方の二人を覗いた。なんだか、その仕草がやけに子供っぽい。成る程、メガネがないとこうも印象変わるもんなんやな。

「あ、グル氏。…なんか二人とも話し聞いてないんや。なんとかしてくれます?」

「ふむ。なあ、二人とも、街へ遊びに行かないか?…おい、聞いて…わぎゃっ」

「なんやねんグルッペン!今こいつと…あ。」

「なんやグルッペン…あ。」

グルッペンは如何にも不機嫌ですと言わんばかりに二人を睨んだ。手で受け止めていたようだったが、彼の方向へ飛んで行ったのは花瓶だった。手は額にぶつかっていたし、当然中の花は散ってしまったし、服にかからなかったものの、手袋はビシャビシャだった。大きく溜息を吐きながらグルッペンは手袋を絞った。そこで漸く頭が冷えたらしく、申し訳無さそうに二人はグル氏に謝った。

「あ…ごめんグルッペン」

「すまんなあグルッペン…」

「まったく…はあ。一先ず、ここを片付けよう。それと、一緒に街へ行かないか?久々に、どうや?」

Yesやろうなぁと思いながら、俺は崩れた壁のレンガを積み上げ始める。さあどう返される?

「勿論行くで!な、シャオロン!」

「おう!よっしゃ、久々にグルッペンと出掛けられる!」

予想通りのその答えを聞いて、俺は少しだけ肩を落とした。このナイフが凄いとか、あの銃が格好良いとか、色々二人で話したいこともあったのに。まあ、あいつらがいてもそれはそれで面白いから別に良いけれども。すると、そんな様子に気付いたのか、グルッペンは小さく笑いながら、

「まあ、今夜な。」

と小さく言った。思わず顔を思い切り上げてしまったのは仕方がないと思う。シッマがビクついていた。なんや、面白い反応するわあ彼奴。

「にしても、なんやグルッペンその格好。」

コネシマが言った。今のグルッペンが着ているものは、赤のセーターに黒のズボン、その上に動き易そうな、フード付きのカーキ色のコートであった。シンプル且つ暖かそうで、しかしモコモコしているわけではない。元が細い分、とてもバランスがいい。どう見ても、いつもの軍服ではないし、はたまたフォーマルなスーツでもないが似合う。靴は黒と白のスニーカーであった。金髪はそのままだが、いつも左目を隠している前髪は真ん中で分けられており、目は燃えるようなあの深い赤ではなく、穏やかで、コネシマに似た空色であった。耳には黒い十字のピアスが付けられていた。なんと言うか、全体的に凄い格好良い。

「変か?」

「いや変では…寧ろ似合いすぎてて違和感が無いのが違和感というか…」

「マフラーつけてもええかも知れんな!」

「うおーカッコええなあグルッペン!よっしゃ、俺も着替えてくるわ!」

「まあ待て、お前とシャオロンは先ず朝食を取ってこい。俺がここを片付けよう。…代わりに、今日は全部奢ってもらうからな。」

さて、俺も着替えてこよう。嬉々として食堂へ向かおうとしていた二人はピタッと体を止めてから、声を揃えて言った。

「「勿論です寧ろ払わせてください…」」
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「よし、こんなもんやな!」

満足そうにオスマンは言った。おお、と、思わず声を漏らす。俺の格好は、緑のシャツの上に茶色のベスト。流石に寒いのでコートは着るけど、巻かれたマフラーはとても暖かかった。ズボンはやはり黒。そして俺は短めのブーツだ。ざんばらだった髪の毛は少し切られており、綺麗に結ばれていた。俺は無難に黒のカラコンらしい。

「おーなかなかええやんゾム!」

「めっちゃ偉そうやんな…」

相変わらずうるさいシッマの格好は、青のシャツに黒のズボン、そして赤のベルト。シンプルで暗めの色だが、羽織られたコートは白で、なんだか妙に落ち着いて見える。もともと背が高い上に、顔面偏差値が114514なのもあって妙に絵になる。髪はいつもよりも落ち着いていた。カラコンは意外な事に緑。落ち着きに拍車をかける深い緑であった。

「いやーシャオニキはむずかった…」

「どういう意味や…」

ぶつぶつ何か言うシャオロンの格好は、いつもとはちがい、藍色のズボンに決して目立たないが暗いわけではない灰色のシャツ、上にはやはりカーキ色でフード付きのコートを着ていた。どうやらグル氏とお揃いらしい。ニット帽はそのまま、色は黒であった。カラコンはどうやら落ち着いた紫であった。逆に目立ちそうやな…

「…あ、系統合わせるの忘れてためう。」

…だよなぁ。まあ、ええやろ。

「まあ良いだろう。ありがとな、オスマン!さあ、準備も整ったことだしさっさと行こう!」

「なんか…グルッペンメガネないと更にイケメンやな!美形に拍車がかかってるわ!」

「顔面偏差値114514が言ってもおもんないで。」

「ぶっはww」

真顔で言い放ったシャオさんに、グルッペンが吹き出していた。ほんま、賑やかやなあ。本当は二人で話したい事もいっぱいあったけど、四人でも、二人の時とはまた別の楽しさがある。それに、夜にまた話は聞いてくれるみたいやし。きっと、明日は書類地獄だ。でも、今だけは刹那主義で。

「よっしゃ、行こう!」

そう言いながら、俺たちは寒い寒い外へと踏み出した。いつの間にか、雪が降り始めていた。これから煌めくであろう銀世界の街灯に想いを馳せながら、また今日も歩く。グルッペンのメガネから始まった少しイレギュラーな1日は、まだ始まったばかりだ。
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これ本当はメガネ外したグなんちゃらさんが幹部たちからめっちゃ評判良かったよって話にしようとしてたんです…
全然違いますね。いつか書いてみようかしら。

マフラーが消えた!【w.r.w.r.d】 ( No.2 )
日時: 2019/09/12 22:43
名前: 朝雨

「おはようトントン!」

「おう、おはようさん。」

「シッマ朝からうるさいわぁ…」

「あぁん?!」

「コネシママジでうるさいで」

朝。

食堂に向かう途中で、コネシマとシャオロンとオスマンと大先生に会った。
窓の外では、ひとらんが農場から手を振っていた。今日の朝ごはんの担当は…

「今日の朝飯当番誰やったっけ?」

「ええと…確か…」

「俺やで!」

突如、天井から声が降り注いだ。
嫌な予感がして上を見ると、やはりそこに居たのは緑のパーカーの脅威であった。
さっと天井から降り立った彼は、ギラg…いやキラキラした目で、な?早く食お?な?なんて言っている。恐ろしさの極みだ。

「朝から食害…」

「勘弁してくれ…」

「お?なんや、俺の飯が食えないとでも言うんか?」

「いやいやいや飯自体は美味いからええんよ。ゾムの場合…問題は量や…」

「そんな多く無いて!精々ご飯茶碗7杯ぐらいやで?軽いもんやろ!」

「朝飯に7杯は多すぎるんだよなあ」

「精々の基準イカれとる…あ、いや何でもないです」

ナイフ片手に笑顔で近付いてくる脅威に、シャオロンが真顔で弁解した。
おいオスマン、大爆笑してたコネシマ思い切り蹴飛ばしたんお前やろ。目え逸らすな!コネシマが痛い痛いって喧しいんや!そうこうしている間に食堂に着いた。

「あ、やっと来たな。」

そう言ったのはロボロだ。
エーミールやショッピ君、ぺ神、そしていつの間にやら外に居たはずのひとらんも居た。お前どうやって瞬間移動したんや。

「さっさと食べよ〜。…あ、そういえばトンち。」

皆んなが席に着いている中、大先生に話しかけられる。
朝からタバコを吸っているこいつは臭い。と言うかなんや…俺だって腹減ってるんや。そんな視線を向けるが、こいつはさほど気にせずに言った。

「マフラーどうしたん?」

「…は?」

思わず首に手をやった。…無い。一気に血の気が引いていった。
軽い雑談のつもりだったのだろう。大先生は明らかに驚いていた。俺だって驚いた。
指摘されて、初めてマフラーが無いことに気づくなんて。…いやそこじゃ無い。

「部屋に置いてきたんか?」

心配そうに大先生が顔を覗き込んでくる。隣に居たエミさんも俺の異変に気付いて大丈夫ですか?と声を掛けてくる。大丈夫じゃない。全然。

「さ、探してくる!」

そう言って俺は食堂を飛び出した。
後ろから、おいどうしたん!とか何があったん?とかそんな声が聞こえた。
多分あの声はシッマとシャオロンだ。そんな事考えている暇はない。
あれが無いと、俺は何も出来ない。
曲がり角を飛び出したところで、誰かにぶつかった。

「いってーな、前見て歩けや…ってトントン?」

どうやらぶつかったのは兄さんだったらしい。
いつの間に帰ってきたのだろうかとか、ぶつかった時に怪我はとか色々考えたが、先ず口から出たのは…

「俺のマフラー知らん?」

だった。
兄さんは俺の顔を見て少し驚いたような顔になり、いや、見てへん。と首を振った。
ぶつかってすまんかったとだけ伝えて走り出す。
気を付けろよーと落ち着いたように見せて相当困惑している声が、また後ろから聞こえた。階段を駆け上り、向かう先は勿論自室。…しかし。

「無い…」

洗濯に出した覚えはない。
と言うか毎日自分で洗っているので、何処かへ行くはずもない。
風で飛ばされたのかとも思ったが、よくよく考えれば洗濯バサミでしっかり止めていた上に、昨日も今日も風は強くない。ティッシュ一枚がやっと少し浮く程度の風だ。
どうしようかと考える前に、自分の足はまた階段を上っていた。向かう先は…総統室。

「グルさん!」

ドアを開けると同時に叫んだ。
彼は今まさにドアを開けようとしたところであり、俺から見て引き戸だったから良かったものの、少し遅れていたらぶつかっていたかも知れない…なんて、無意味なことを考える。
少し面食らいながら、グルッペンは口を開いた。

「お、おう、おはよう、どうしたトン氏。と言うかお前朝食は…」

「俺のマフラー知らんか?!」

「え、えぇ…?」

「ど、どうし、どうしよ、グルさん、すまん、あれ…」

「お、落ち着けトン助」

「でも、あれないと、俺…」

グルッペンの声が段々遠ざかっていくような気がした。嗚呼、マズい。
マフラー無いと俺ってこんなにヤバいんや。本当にあれは俺の大事なものなんや。
無くしたら、もう…そう思った瞬間。両頬に少し強めの痛みが走った。

「ええから落ち着け言うとるやろトントン!…何があった?話してみろ。」

本来の訛りが混じった彼の声が聞こえた。強い口調で、若干怒声に似た声が。
その直後の、普段は絶対聞けないような優しい声に、思わず涙が出そうになった。
否、出た。

「マ、マフラー、無くしてしもうたんや、朝、起きて、それで、食堂で言われて気付いて…」

声は震えているし、視界は滲んでいるし、目から何滴か雫が落ちたし、俺はクッソ情けない姿だったと思う。
グルッペンに失望されるだろうか。弱いと思われるだろうか。

「………ふむ、部屋には無かったんだな?」

ふと部屋に響いた低音に、ヒュッと息をのんでから答えた。

「…っな、無かった…」

「そうやなあ…一先ず、涙を拭け。それで、先に朝食をとりに行こう。…心配するな、後で一緒に探してやる。見つからなければまた買って…」

「っでも、俺は、あのマフラーが…」

「……ッハハ、そんなに大事にして貰えるとはな!嬉しいゾ!ならば、何がなんでも見つけ出さなければな!」

明るく、しかし優しく笑いながら、彼は俺の手を引いて歩いた。
申し訳なさと彼の優しさに、胸が一杯になる。また涙があふれた。
困ったように笑いながら、しかし何も言わずに、彼は俺と歩いて行った。
食堂に着いた時、泣いていた俺を見て、幹部はギョッとした顔でグルさんに詰め寄った。喧しいんや、ほら、グルさん困っとるやろ。
お前らだって、まだ食べ終わって無いやん。

「マフラー、見つかりました?」

心配そうにエミさんが声をかけてきた。
黙って首を振れば、そうですか…一緒に探しましょうか?と、言われる。
それがキャンキャンうるさい狂犬二人に聞こえたらしい。

「マフラー失くしたんか?!探すの手伝うで!」

「お、俺も!ちょっと訓練場行って…」

「ああいや、ええよ。先ず朝飯食い終わらな…」

心配してくれるのは嬉しいが、迷惑をかけるわけにはいかない。
本当だったら自分だけで解決しなければいけない事だ。
それで、言いながら座ろうとした所で、今度はひとらんに話しかけられた。

「…トントン、でもあれって大切な物なんでしょ?だったら…」

それでもと言う彼に、また断りの返事を入れようとした時、後ろからグルッペンが言った。少し困ったように笑いながら。

「……トン氏。遠慮のしすぎは失礼だゾ。」

エミさんも、大先生も、オスマンも、ゾムも、ロボロも、ショッピ君とチーノも、途中から入ってきたぺ神や兄さんも、皆んなが皆んな、口々に言う。
大丈夫か、とか、落ち着きや、とか。

「………分かった。ありがとう…」

また泣きそうになってくる。ぐっと堪えて、改めて席に着いた。
それで、グルさんもみんなも朝飯を食べ始めた。
何時もは美味しく感じるはずのソレが、初めて味のないものになってしまった。
ごめん、ごめん…ゾムは苦笑しながら、「ゆっくりでええよ。」と言ってくれた。
申し訳なさで心が暗くなる。昼には、笑って『美味い』と言えるだろうか。
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もう8年くらい前であっただろうか。

秋頃の話だ。その年に、俺は北方の国から今の国へと、初めは国民として越してきた。
秋とは言え冬が近ければ寒い日は寒い。
しかし、そんなの故郷のあたりでは日常茶飯事であった。
だから、寒さには慣れているはずだった。
それなのに、俺は風邪をひいた。疲労が重なった結果だろうと言われた。
当時工場で働いていた俺は、優しい上司と良い給料に恵まれていた。
だからこそ、そんな人達の期待を裏切りたくはなかった。
そんな矢先に、工場の売り払いの話が出れば、まあ渡すまいと頑張ってしまうわけで…
分かっていたはずなんや。
たった一人が気張ってたって、どうにもならへんって事ぐらい。
…きっと、分かっているつもりになっていた。

「寒い……」

一人暮らしで。友人も越してきたばかりでおらず。
強いて言うなら、申し訳ない程度に隣人が居るだけ…
薬は、当然のように自分で買いに行った。フラつく足をなんとか運んだ。
この街は病院が極端に少なかった。
自力で直すか、若しくは時々くる軍医くらいしかアテがない。
やっと薬局に着いた。手も体も、分かりやすく震えていた。

「…………上着。上着買お…」

そんな感じの事は、軍に入ってからも続いた。
その所為で迷惑がかかるのが、本当に申し訳なくて仕方がなかった。
書記長と言う地位を戴いて、働き詰めになってからは、風邪を引いていなくても、体に異変があると直ぐに寒気が襲ってくるようになってしまった。

「……っ…」

あんまりにも寒いもんだから、冬用の軍服にくるまっていた。
秋だというのに、部屋はそれなりに暖房が効いていたというのに。
ペンをそのまま走らせた。

「…トントン、お前、寒いんか?」

「…………」

「トントン?」

「え、あ……すみません、総統。何か御用が…」

目の前に、総統がいたのにも気がつかないとは。
しかも、冬用の軍服にくるまっているという訳分からん状態を見られるとは。
恥ずかしさと申し訳なさで首を吊りたくなってきた。

「いや、お前確かそろそろ誕生日やろ?サプライズも良いかと思ったんだが…俺は予め聞いておこうと思ってな。欲しいものあるか?」

「え、あの…」

話の展開についていけない。確かに、そろそろ俺の誕生日だ。
しかしそれを口外した覚えはないし、そんな事を予定表やらなんやらに書いた覚えもない。何故知っているのだろうか。
と言うか総統直々のプレゼントって…恐れ多くて、多分貰っても使えない。

「……ふむ。寒いのか?書記長殿?」

「あ、これは…体調悪くなる代わりに、どうやら寒気が来るらしく…い、いや、疲れてるとか、そんなんじゃ…っ」

「成る程…分かった。時間を取らせてすまなかった。…業務は程々にな。」

そう言って、総統は去っていった。
上手く働かない頭は、ペンをまた動かし始め、紙が無くなった途端に力尽き、そのままソファーへ毛布諸共倒れこんだ。
意識は、そこでブッツリと切れてしまった。
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「トントン!ハッピーバースデー!」

その年、総統はブランケットをくれた。
気遣いに感謝して止まなかった。きっと、俺がうっかり口にした事をヒントにしたのだ。
それからは、軍服の代わりにブランケットを使うようになった。
しかし、それは軍の中で出来る事であって、外交やらなんやらはやはり寒かった。
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「トン氏!今日は誕生日だろう?!」

次の年、総統はコートをくれた。
ブランケットでは、外では使えないと考えたのだろうか。
それとも、私服が少ない俺への気遣いか。
どちらだとしても嬉しいことに変わりはなかった。
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「トンち〜」

「……なんや、大先生…」

冬。寒さが一番酷い季節だ。
ここ数年で、この軍には幹部も大分増えた。国民だって増えた。
書類の量は相変わらずで、室内での移動の際の寒さは、やはり酷いものであった。
盛大かつ豪快なくしゃみをすれば、少しビクついたロボロが目の端に見えた。

「な、なんや…大丈夫なん?」

「あ゛ー…大丈夫大丈夫。なんか用やったん?」

「お、おん。ちょっとな、来て欲しいところがあるんよ。ついて来てくれへん?」

いつも通りにへらりと笑った大先生の姿が、異様に揺れて見えた。
手に感覚がない。これは可笑しい。指先が、まるで死んだように動かない。
そこで漸く、視界が揺れているのではなく、体が震えているという事に気が付いた。

「…トンち?寒いんか?」

「………書類…書類届けな…」

「……は?…いや、今日お前非番の筈やろ…?!トンち?!ちょ、どこ行くん?」

寒い。寒い寒い寒い!なんでこんなに寒いんや!窓が少し空いているくらいやろ?!
幾ら、玄関ったって、寒すぎるやろ…?!
大先生の声を振り切るように、そこから立ち去った。
早くこの寒さを、震えを、なんとかしたかった。

「……あれ、トントンやん。大先生が探しに行っとったけど…って、なんや、なんでそんな急いでるん?」

出会ったのは、シャオロン。
愛用のシャベルを肩に担いで、廊下を歩いていた。
唐突に呼ばれて、ピタリと止まってしまった。
こうしている間も、寒気は悪化するばかり。震えもひどかった。
口を開いたときに、さらなる異変が俺を襲った。

「………あ…え、あ……ち、ちが……」

「ん?なんて?」

「…す、すま、ん」

「え、ちょ、何、どうしたん?」

呂律が、上手く回らなくなってきたのだ。
寒い、動きにくい、喋りにくい…ここは、暖房も効いていたはずなのに。

「ちが、う……や、ちがうん、よ」

「お、落ち着いて…」

宥めようとして触れたシャオロンの手が冷たく、それが、何故か、異様に…

「す、すまん!」

そう叫んで俺は走り出した。足がもつれて、なんども転びかけた。
寒気に加えて頭痛もしてきた。走ったせいか、体が熱い。でも、寒い。
息が切れてその場にしゃがみ込んだ。
壁にもたれて、やっと頭を上げていることが出来る。辛い、怠い、寒い、熱い…

「……………苦しい…」

「…………トン氏…か?」

不意に後ろから声がかかった。振り向けば、俺が崇拝してやまない総統がいた。
彼は、壁にもたれて毛布にくるまっていた。
いつもは後ろに撫でつけられている髪が下ろされていた。その所為だろうか。
毛布にくるまっているのもあって、彼はとても幼く見えた。…にしても。

「あんた、ここ廊下やで。」

「?そうだが?何か問題でも」

キョトンとされる。いや本当に理解できてへんのかい。

「……廊下で毛布…」

ボソッと呟けば、どうやら“毛布”という単語だけ聞こえたらしい。
とてもズレた答えが返ってきた。

「ああこれ、あったかくて良いゾ!ありがとな、トン氏。」

もう、随分年が経っていた。彼とだって、まるで親友かのように接している。
初めて、ブランケットを貰った時。俺は、あの人にも何か渡してやりたいと思った。
あれは、そう思っていた矢先の出来事。

『この毛布、暖かすぎないか?!なあトン氏、これはどこで手に入れた??』

『え、いや…俺の故郷のもんですけど』

『ぐぬぬぬ……発注してもらうには少し遠いゾ…』

『あ、ならそれ…』

そうして、俺が上げた毛布だ。それを、気に入って貰えた。
それは何も、コイツだけでは無かったのだ。
他のメンバーにも、上げて上げられてを繰り返していた。
しかし、最近は忙しく、誰かの誕生日を祝うことも祝われることも減ってしまった。
それでも手の中に残ったモノは本物で。
グシャグシャになってしまった寂しさを広げれば、きっとこの胸の苦しさが分かるのだろう。しかし、それでは、駄目じゃないか。

「………………寒い…寒い…」

寂れた故郷も、無くなってしまった工場も、亡くなった優しい上司も、誕生日も。
押し込められた寂しさが、ダムのように決壊してしまいそうであった。

「………………寂しい、なぁ……」

「……トン氏」

俺の声が聞こえたのか、或いは聞こえていなかったのか。
バサッと、毛布と共に何かがかけられた。
毛布は彼の体温で温まっていて、もう一つの真っ赤なソレも、暖かかった。
唖然としていた俺に、彼はこんな事を言った。

「ハッピーバースデー!」
___________________________________________________________________________

「…………結局見つからんか…」

12時。
また食堂に戻って来た。
皆んなの腹の虫はとうに鳴いているというのに、俺の腹の虫はどうやら未だ眠っているらしく、空腹感も体から放り出されたかのように、戻ってこなかった。

「盗む輩が居るとは思えないんやけどなあ…」

「どうする?次はどこ探すん?」

「そうやなあ…行ってないって言ったらあとは農場か裏山の辺りか…」

皆んなが相談する中で、俺は言った。

「…………いや、もうええよ。」

「トントン」

「ええんや……マフラーは、また新しいの買うから…」

「…本当に、それでええの?」

「…おう。」

正直、諦めは全くついていない。
しかしこれ以上俺の我儘で皆んなを困らせるわけにはいかないだろう。
ふと、グルッペンが口を開いた。

「トン氏、買うのは、少し待ってくれないか?」

「…グルちゃん?ドユコト?」

「いや、少し考えがあるんだ。」

頼む、と。
珍しく曖昧な答えを寄越した彼に、従わないなんて事は無論ないが、不思議に思いながら頷く。

「…分かりましたよ。でも、それまではどうやって寒さ凌げばええんや?」

「兄さんの借りれば?あの人なら滅多に帰ってこないし、連絡入れて聞いてみたらいいじゃん。」

「…そうやな。」

「よし、じゃあトントン、早めに聞いて来い。ゾム、昼飯頼んだゾ」

「はいよ〜」

食堂がガヤガヤしているのが分かった。
嗚呼、嫌やなあ…
きっと、あのマフラーじゃないと俺は落ち着けない。
兄さんに連絡を入れてから、もう一度だけ、と、自分の部屋へ移動する。

「………やっぱし無いなあ……」

分かりきっていたことだ。これ以上探したって意味がない。
諦めて踵を返したその時、ふと目にとまったものがあった。
それは、小さなカード。

「……………ん?なんやったっけ、あれ…」

手を伸ばして、中身を覗いた。俺は目を見開いた。
書かれていたのは。

「これ、工場の……」

今ではもう懐かしい、工場。
其処には、ただひたすらに、己の誕生を祝う言葉が並べられていた。
ここに生きて良いのだと、生きていて嬉しいと言ってもらえた気がした。
知らずに笑みが溢れた。

「…なんや…」

笑みと共に、涙も溢れた。嗚呼、今日は駄目やなあ…泣いてばっかしや。
大丈夫。もう大丈夫。来週あたりにでも、墓参りに行こう。
俺は元気やで、工場長、皆んな。
___________________________________________________________________________

それから、一ヶ月。
相変わらず、紫のスカーフをマフラー代わりにしているが、今はもう冬。
流石に寒さがキツくなってきた。
今日は非番で。 朝食を取りに行こうと食堂へ向かった。
珍しく、誰も居ない。今日の朝食当番は、確かシャオロンとロボロだ。
本当はシャオロンだけなのだが、いかんせん彼の料理はひどい。

「……おはy…」

『ハッピーバースデートントン!』

…へ?

間抜けな声が出た。
唐突なクラッカーの音にも、全員からの祝いの言葉にも、全てに驚いた。
いつの間にやら、兄さんだけでなく、軍曹もいた。

「おはよう、そしておめでとうトン氏!」

「俺らな、プレゼント用意しててん!」

「ほら、これ!」

そう言って差し出されたのは。

「…っ!マフラー、か?」

「そうだよ。」

「総統サマがな〜みんなで作ろうって言い出したんよ〜」

「作る?」

そう言われれば、縫い目の粗さが微妙に違う。
にしても、良く全員がここまで出来たものだ。

「それなあ、シッマとかはめっちゃ練習したんやで?」

「チワワは不器用やからなあ」

「おま、チワワは関係ないやろ!」

手にしたマフラーは、前に使っていたものと同じく、赤だ。
温度だけではなく、それはとても暖かくて。

「…トン氏。寒くないか?」

笑顔で、彼に尋ねられた。俺も、笑顔で答えた。
本当に、ありがとうと。

「めっちゃあったかいで!」

前のマフラーは結局行方知れず。
しかし、これ以上のプレゼントは無いだろうと。もう決して失くしまいと。
皆んなの暖かさが、やはり胸を締め付けた。それは、不思議と不快ではなかった。
















サブタイトル→ハッピーバースデー!

Snowdrop【w.r.w.r.d】 ( No.3 )
日時: 2019/11/24 16:15
名前: 朝雨

ただ、本当にソレに出会ったのは偶然であったのだと今では思う。
あの時の俺は、運命だなんて大した自惚れをしていたに違いない。
けれど、あながち間違えでもないソレは、驚く程自然にインプットした。
きっかけは、確実にあの人。

そして、あの日の事件以来、俺の人生は酷く明るく、汚れたものになった。
______________________________________________________________________________

「花束を一つ、作って欲しいのだが。」

その客は、花屋では滅多に見かけない人種だった。
格好からして、浮浪者でも無職でもなさそうだし、かといって、仕事帰りの国民には到底思えない。
思わず固まってまじまじと見つめてしまっていたが、はっとして笑顔で返す。

「誰に渡すんで?」

「……古い友人だ。中々会えないものでな。…今日が最後なんだ。」

「ふーん…因みに、その友人さんの事、どう思ってる?」

「………………会いたい、だろうか。別に会えればそれで嬉しいというわけじゃないが。」

訳ありか。
厄介な客が来たと、失礼ながらそう思ってしまう。
まあ、会いたいだとかもう一度だとか、そんな花言葉は良くあるから作りやすいっちゃ作りやすいけど。
今日で最後?それではまるで、今日死ぬかのような台詞だ。
何の花を使おうか。何色にしようか。
様々なアイデアが浮かんでくるが、どれもパッとしない。

「ああそうだ。」

今思いついたかの様に、彼はパッと顔をこちらに寄越した。
なんでしょう、と首を傾げてみせる。

「スノードロップを使ってくれないか?」

「は」

何を言っているんだこいつは。
確かに、望みだとかそういうライトな花言葉もあるが、基本的にスノードロップは良い印象を持たない。
…聡明そうなこの人なら、尚更。
これは、聞かなければいけないだろうと思い、言葉を発した。

「………あんた…意味分かって言ってるんか?」

「無論。私は彼奴の死を望んでいるのだ。…本人もきっとそうだからな。」

「なんや、あんたの友人さん、自殺志願者かなんかなん?」

「ある意味そうかもな。」

顔色も変えずに淡々と言い切る客に、背筋が凍った。
巫山戯て口から吐き出した言葉が、肯定されるだなんて思ってもいなかった。
ここまで話して、亡き父に言われた言葉が思い出された。

『客の素性は知るもんじゃない。』

あれは、こういう意味だったのか。
確かに、接客する上でのマナーがなっていないからと言うのもそうだが、多分、そういう言う意味で言ったのでは無いと実感する。

「………なんか、素性探るような真似してすまんかったなあ。仕事はきっちりやらせてもらうんで。」

「いや良いんだ。俺の名は、グルッペン・フューラー。電話番号は…」

期限と最低限の情報だけ伝えて、客は去っていった。
父から継いだこの店だが、繁盛はしているものの、どうにも退屈だ。
花の美しさは物心ついたときから知っていたし、この職だって、望んで就いたものだというのに。
性に合う合わない以前に、なんとなく向いていないのではないかと薄々気づいてはいる。
そんな事よりも、自分は単純にこの店が大好き且つ大切である為、手放すつもりは一切ないが。
母との約束を果たすためにも、俺は花を作り続ける。

その約束が、永遠に果たされるものではないのだと知っていても。
______________________________________________________________________________

「……おい、まだ生きてるか?」

返事はない。分かりきっていた事だ。
頭のてっぺんから脚の先まで、包帯でぐるぐる巻きにされた此奴は、有って無いような細い息を繰り返している。
脳が正常に機能しているかも分からない此奴は、未だ、訳の分からない苦しみにもがいているのだ。
嗚呼、早く楽にしてあげたい。しかし、それをする術を俺は持っていない。
何度も何度も、鋏やらナイフやらでその心臓を突こうとした。
それでも、俺の手が此奴殺すことは許されなかった。
これが赤の他人の心臓ならば、喉笛ならば、一瞬でただの肉塊に変えることだって簡単だったと言うのに。
少しの悔しさと苛立ち、そして残念さを、紅茶とともに腹に入れる。
ふと、テレビが伝えるニュースが目に入った。

『__今日未明、××地区で30代男性の死体が発見されました。喉をなんらかの刃物で切りつけられ、失血死したと見られています。』

殺人だ。
碌な証拠も情報も見ていないが、直感でそう感じる。
ブツンと音を立てて、テレビが切れた。
異常な事ではあるが、さほど気に留めず、くるりと踵を返す。
嗚呼。誰か、此奴を殺してはくれないだろうか。
______________________________________________________________________________

「あ、フューラーさん。花束できとるで。」

「ふむ。見せてもらえるか?」

「……本当はこんな花束作りとうなかったんやけどなあ…」

苦笑しながら、花束を差し出した。
花束そのものは、皮肉にも最近では一番と言えるほど出来が良かった。
目の前の彼は花を受け取ると、すうと香りを吸い込んだ。
良い匂いだな、と言われる。
その割には、随分と訝しげな表情だが。

「…なんか、問題あります?」

「ああ、いや…これを作ったのは貴方なのか?」

「そうやけど。あ、萎れてた?」

「そういうのでは無い。出来栄えは最高なのだが…どうにも匂いがな。」

「匂い?…ちょっと見せてくれへん?」

一旦返してもらい、すん、と息を吸い込む。…普通だ。
特におかしいところは無いと思うのだが。

「…これが分からないのか?」

「や…分からへんな。普通やない?」

「……少しいいか?」

そう問われ、腕を取られる。何をするつもりだろう。
急に恐ろしくなったが、良いと答える。
すうと、腕の匂いを嗅がれた。何と無く、息がかかった為か、擽ったい気持ちになる。
顔が離されると、ギュッと手を握られた。
彼の手は、確かに温度を持ってたが、白く、細く、およそ人間の物とは思えない程奇麗であった。
その手に若干どきりとしつつ、狼狽を悟られぬように聞く。

「どうやった?」

「…………花束と、同じ匂いがした。」

それだけ言うと、彼は手を離した。離れた温度を少しだけ残念に思う。
客の真意が分からないまま、一瞬の沈黙が空気に充満した。
俺の手は、どんな匂いがした?花から、どんな匂いがした?
尋ねたいのを充分に堪えて、改めて花を渡す。

「………どんな匂いかは知らんけど、ほい。…もし問題があるんやったら作り直すけど、どうします?」

「いや、それは結構だ。…代わりと言ってはなんだが………今晩、家に泊めては貰えないだろうか。一つ、匂いに関して心当たりがあるんだ。」

「なんや、そんなんでええの?喜んで泊めるで。友人が少ないからなぁ、家に人を招くなんて久しぶりやわ。服は貸すから、ちょっと待っといてくれへん?そろそろ店閉めな。」

態とらしく言葉を紡いではいるが、匂いに心当たり?
いよいよ自分の腕から、そして花から、どんな匂いがしたのかが気になってきた。
店を閉め、彼を連れて近くのファミレスに行き、夕食を済ませてから家路につく。
道には街灯もなく、時たま暗い水溜りがパシャパシャと音を立てるばかりだ。
そんな中で、彼が声をかけた。

「……本当に良かったのか?」

「ん?」

「や、いきなり泊めてくれだなんて、正直聞き入れて貰えるとは思っていなかったからな。」

「ああ、ええよ。碌に晩飯も用意せんで、すまんかったなあ。それに、俺からどんな匂いがしたか、確かめたかったのは俺もやから。」

家に着いてから、先に風呂に入っていてくれとだけ伝え、来客用の布団を引っ張り出す。
流石に来客用のベットは無いから、自分は床で寝ようと決め、ベットのメイキングを始める。
少しだけ片付け、それが終わると、タイミング良く彼が上がってきた。

「先に寝ててええからな。」

そうとだけ伝えて、自身も風呂に入る。長めの髪を下ろし、適当に水を出す。

「……ん?」

ふと、嫌な臭いが鼻についた。生臭いような、錆びたような臭い。
変だ。いつもは気にならないのに。

「…………あれ、なんで、俺、この臭い…」

気にならない。つまり、それは、普段からもこの臭いがしているということ。
何故、今になってこの臭いが気になったのだろうか。
何処かで嗅いだような臭いだ。それも、つい最近。
なんやったっけな、だなんて思いながら、シャワーを止めてタオルで水分を拭い始める。
部屋着に着替えてドライヤーをコンセントに繋ぐと、ふと、鏡に映った自分の姿が目に入った。
何処もおかしくない。いつもと同じ俺だ。
しかし、それでいて、違和感だけははっきりと感じた。

「何が…変やった?」

今日の俺は少しおかしい。
多分、体調が優れないだけだと自分に言い聞かせて、ベッドへ向かう。
寝室に入ると、彼は何かを眺めていた。

「フューラーさん?まだ寝てなかったんか。」

「グルッペンで良い。…これは、貴方の母か?」

そう言って、グルッペンは視線を動かした。
その先にあるのは、失き母の写真であった。
決まって暗い顔と声で俺に話しかけてきた彼女は、とても正常と思えるような人間では無かった。
それでも、確かにあの人は自分を愛し、育ててくれた。
何があって病んでしまったのか、父は、そんな彼女をどうして直そうとしなかったのか。
今でも疑問に思っている。答えを持つ二人は、目の前に現れることは二度とないが。

「そうやけど。」

「…………見覚えがあるな。貴方の母は、どんな職に就いていたんだ?」

「母さんは……何してたんやろな。そういや、俺も知らんわ。父さんが花屋やっていたことは確かなんやけど。…嗚呼、でも…」

滅多に、あの人は家に帰って来なかった。
何をしているのか、本当に母なのかも怪しい彼女。

「俺の母さん、絶対に俺と会ったこと父さんには言わないんや。父さんも、母さんのことなんか知らんみたいに過ごしててなあ。…二人が揃って俺と会った事なんて無かったんとちゃう?」

「それは妙だな。離婚していたわけではないのだろう?」

「おん。…と言うか、父さんも父さんで、俺の父親やったんか怪しいからな。」

「…家の事情が相当暗そうだな……ところで。」

暗闇で、彼の目が赤く光った。
まるで悪魔のような目だ。その目が、気味が悪い位に綺麗に細められる。
ゾクゾクと何かが体の中を通っていった。

「相当夜目が利くようだな。…まるで普段から暗闇にいるみたいだ。」

「は、え?」

図星。
心当たりは全くないのに、何故かそう思ってしまう。
しがない花屋でしかない筈の俺は、確かにこの暗さでも彼の動作が手に取るように分かった。

「風呂場。異様な臭いが鼻につかなかったか?」

「………ついたなあ。」

「あれ、俺の臭いだ。」

ヒュッと息を呑んだ。
こんな綺麗な人から、なんであんな臭いがするのだろうか。
すれ違った時だって、近付いた時だって、彼からはあんな臭いしなかったというのに。
ここで漸く、初見の際の人種の謎が分かった気がする。
グルッペン・フューラー。彼は、どうやら一般人とは程遠い位置に与する人間らしい。
細められた目が、少しずつ形を取り戻していった。

「あの花束。そして貴方の腕。俺と同じ臭いがした。…てっきりとぼけているだけなのかと思ったが…まさか無自覚とは。」

「………………何が言いたいんや。」

「改めて自己紹介をしよう。俺はグルッペン・フューラー。…総統だ。」

ポカンとした顔で、俺は彼を見つめた。
総統。総統…そうとう。ソウトウ。
マジかよ。この人から出ていた異様な雰囲気は、それ故だったのか。

「そして。……最近の連続殺人の犯人…それが、貴方だ。…ゾムーク。」

「……は?なんやて?俺が殺人犯?」

ふざけた事をと少し怒りが湧いた。
それに反するかのように、俺の口角はみるみるうちに上がっていった。

「お前は夢遊病か何かを患っているのか?それとも、元々そういう才能を持ち合わせているだけか……」

「訳わからんこと言わんといてや。俺は一般市民やで?」

「俺の血を見て瞳孔を開かせているやつがそれを言うか?随分と面白い冗談だな。」

言葉とは裏腹に、彼はニコリともしていなかった。
透き通っているくせに、やけに重たい言葉だ。触れられたくない部分を的確についてくる。

「……………でも、俺は…」

分からない。俺は夜な夜な、何をしていたのだろうか。
どうして血を見るとこんなにも体がゾクゾクするのだろうか。
握りしめた拳から血が垂れた。痛みすらも興奮剤にしかならない。
欲望のままに、俺は近くにあった鋏を握った。
グルッペンは、ただただ静かにこちらを見据えていた。

「………フ、ハハ、ただの、しがない、花屋やで?」

「……………………………スノードロップを渡すはずだった友人がな。昨日死んだんだ。」

ピタリと、動きを止められた。物理的にではなく、精神的に。

「俺の願いも、彼奴の願いも叶った。………貴方の約束も、俺が花束を彼女の墓に添えれば、果たされる。」

何故、何故つい先程までただの一般客であった彼が、俺の約束を知っているのだろうか。
約束が、あの人との約束が、果たされたと。それは、つまり…

「…………母さん…生きてたんやな…」

ありがとう。
そう思いながら、俺は緑のパーカーと、総統と共に家を出た。
葬式もあげられずに、彼女の死体は焼かれ、地中に埋められた。
良いのだ。あの人は、出来るだけひっそり死にたいと言っていたから。
花屋は、内部だけを荒らして行った。強盗にあったかのように見せる為だ。
持ってきた唯一の花は、スノードロップ一輪。
あとは全て、真っ赤に染めて枯らしてしまった。
______________________________________________________________________________

「ゾム。」

「おーグル氏。どうしたん?」

戦火に呑まれた他国を遠くから眺めながら、彼は言った。

「花束を、作って欲しい。」

ふと、唐突に母との約束が思い出された。

『私が生きている限り、貴方は花を作り続けなければいけない。私が死んだその時は…』

「ええよ。何本欲しい?」

命を摘み歩く俺は、今でもれっきとした花屋である。
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総統やら仲間やらを暗殺しようとした彼が仲間に引き入れられるという話も大好きなんですが、
案外花屋とかやっていたらカッコいいと思い至った故にできた話。
因みに、冒頭の『ソレ』は、皆様のご想像にお任せします。

追伸:『朝雨』と『びっくり箱』は同一人物です。紛らわしくて申し訳ありません。

僕の友人【w.r.w.r.d】 ( No.4 )
日時: 2019/11/25 23:12
名前: びっくり箱

その日、先生が宿題を出した。オトモダチについての作文を書くらしい。
僕は白紙でそれを提出した。だって、そうだろう?

僕は未だ、友人が出来ていない。
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「……ねえ、貴方には、友達がいるの?」

「おるよ〜…頭のイかれた輩がぎょうさんおる。」

クスクスと笑いながら、女は腕に引っ付いてきた。
生々しい肌の感触と、柔い肉の感覚が、いつも以上に気持ち悪かった。
ライターで煙草の先を燃やした。
鼻に付く草の匂いは、中毒者をいとも容易く安心させる。
これが無いと、僕は寄って来る娼婦を刺し殺してしまいそうになる。
ふと時計を見れば、既に朝の7時を過ぎていた。流石に怒られる。
そろそろ帰ろうと立ち上がれば、引き留められた。

「………なんや、昨夜で終わり。そうやろ?」

「…ねえ、サービスしてくれないかしら?」

「……はあ?」

「お願いよ、一人は嫌……」

嘘つき。嘘吐きは大嫌い。だから、言う。僕は、淡々と告げる。

「悪いけど、君にはそんな情湧かんわ。」

きっと、ホビットやあの綺麗なスターリンが聞けば、そんなだから刺されそうになるのだと呆れて笑うに違いない。
しかし、分かってほしい。
こんな女よりも、お前らの方が大切だと、今なら言えるから。

「……………………また怒られるなあ。」

ゆっくりと、今の居場所へと足を動かす。
すれ違った女が、少しだけこちらを見た気がした。
何故かそのことに強烈な不快さを感じて、後ろめたくなる。
少しだけ早足に、街を駆け抜けた。
______________________________________________________________________________

「なーなーロボロ〜?」

「うわ臭っ……何してたん?!」

「ええ…ちょっと一仕事してきただけやで?」

一応着替えたのだが、匂いが残ってしまっただろうか。
あの女、香水の匂いが異様にキツかった。
どうやら、残り香で後を追う為だったようだが、全くの無意味。
なめないでもらいたい、僕が仕事でヤるのは、決まって雨の日なんだ。

「………ん?なんかこの臭い前にも何処かで…」

「ええ…?あんな粘着質な女、流石に二度も抱きたいとは思わん筈やけどなあ…」

本音。あんな股の緩い女とヤっても楽しくない。
変だ、前までは、あれだけ好きだった行為が、今では酷く業務的なものになっている。
やはり、女よりも綺麗なものを、強く求めてしまったからだろうか。
ボーッとそんな事を考えていると、ロボロが呆れたようにこちらを見た。

「………女よりもあの人の方がええって言うなら、さっさと行ってくればええやん…」

「でもなあ、僕、あんまりご褒美貰うとダメになるタイプやからなあ。…もう少し耐えるよ。」

「それでまた壊れでもしたらって、遠回し言ってるの、なんで気が付かへんの?…や、気付いてはおるんやな、大先生。」

ノーコメントで。
煙草を咥えながら、廊下を歩いていった。酷く暗い顔を装いながら、上へ向かう。
そうでもしないと、あの人に会った時に、喜びが隠せないだろうから。
あの人は、病室にいる。
もしかすると、まだ目を覚ましていないかもしれない。
彼を、僕は心から慕っていた。美しさの塊だ、あの人は。

鬱だなんて名前を貰ったその日から、僕の世界は真っ青になってしまった。
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「……………………………………………………………あれ?…ぺ神、病室移したの?」

「は?なんで?」

「グルちゃん居らんやん。」

目当ての人物はいなかった。
ある事件で倒れた彼…グルッペンは、この病室に寝かされていたはずなのだけど。
しかし、僕に何も言わずに、トンち達が移動させるとは思えない。
不思議そうに、ぺ神はこちらを振り返った。

「え、グルッペンそこに居るけど?」

「ええ…?おちょくっとるんか?それとも…」

「いや、マジでそこに居るけど…」

「え?」

「え…?」

ベッドはある。しかし、ベッドの上には何もないように見える。
強いて言うなら、布団がかかっているくらいか。
少し奇妙に思って、ベッドの上を触ってみる。

「………何も無いやん。」

「うわ、うーわっ!ヤバイヤバイキモイキモイ!手!手が貫通してる!」

青ざめたぺ神は、即座に病室から出て行った。
廊下に出ると、大先生がキモい!と聞こえてくる。酷いわあ…泣きそ。
それにしても、どういう事だろうか。
先の反応を見るに、本当にふざけているとは思えない。
そもそもぺ神はあまりこの手の嘘は吐かない。…多分。

「……なんでや…あんた、寝ながら僕見限ったんか…?」

もしそうだとしたら、許さない。見限られた自分を。
でも、そうではないとしたら…

僕が、彼を見限るなんて事、無いはずなのに。
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廊下を歩いていた。何故って、書類を提出しに。
でも、そんな理由は後付けで、本来の目的は、人に会うためだ。
この頃、一人でいるとどうにかしそうなのだ。
あの人が倒れてから、こんな調子のままである。
少しだけ早足で歩いていると、遠くから声が聞こえた。

「………ん?」

「うわあああトントン〜!!!!!」

「な、うわしんぺい神?!」

(あ、マズイ…っ)

そう思った瞬間、背中に抱きついてきたぺ神によって、俺の手の中にあった書類は目の前で散っていった。
血の気が引くと同時に気絶しかけたが、なんとか持ちこたえて、背中の奴を引き剥がした。

「何すんねん!何があった?!」

「大先生!大先生がヤバイ!キモい!」

「はあ?そんなんいつもの事…」

「違う!手が、手がグルッペン貫通した!」

「………………」

手?手…ああ、手ね…手が…貫通か…貫通、かんつう、カンツウ…
だからこう、触るとグサッと……

「……はああ?!?!?!?!」

「ちょ、来て!一先ず来て!」

「痛え!危ないやろ!」

そう言うなり、俺の腕を引っ張って、ぺ神はありえないスピードで病室へと走っていった。
______________________________________________________________________________

ひっそりと、病室の屋根裏を抜け出し、食堂へ向かう。
普段ならゾムくらいしか屋根裏を使う輩はいない。だからこそ、安心できるのだ。
しかし、奇妙なものを見たものだ。
椅子の上で膝を抱えながら、一人呟いた。

「…………なんや、見えないの、俺だけじゃ無かったんやな…」

「…見えないって?どういうことやシッマ。」

「うお?!…ってゾムかいな…」

「なんや、俺じゃ不満なんか?」

「気色悪いこと言うなや!」

酷いなあなんて言いながら、目の前の殺人鬼は笑った。
随分意地の悪い顔をするもんだ。逃げたい。

「…で、何が見えないんや?」

「………なんでもねえよ。」

「ええー話してくれてもええやんか」

「ヤダ。てかお前仕事帰りになんでこんなとこ寄るん?!食堂やぞ?!」

さっき出ていったと思ったのに、もう知らない血の匂いがする。
むせ返りそうだ。そんな格好で食堂に来ないでほしい。
少し鼻を押さえていると、ゾムは何かを思いついたらしく、ポケットの中を漁り始めた。
なんだろう、凄く嫌な予感がする。
それもそのはず、取り出された物は怪しげな薬と、ナイフだった。
見覚えのあるそれに、ゾワァ、と、毛が逆立つような気がした。
や、猫じゃないけど。犬でもないけど。人間だけど。

「……おま、それ…」

「おん、お前とシャオロンがよく使うとる、自白剤。あと、新品で刃こぼれの一切無いナイフ。解体用に買って来たんやけど…」

言いながら、奴はフードを外して、その長い髪を容易く切り裂いた。
束ねられた茶色の髪は、窓の外へ捨てられる。
床を見るが、一本だって、髪は落ちていない。
久々に間近で見たゾムの手腕とナイフの切れ味に、ゾクリと体が痺れた気がした。
冷たい瞳が光る。
フードが無いことで、その眼が、こちらを睨むように見ているのが分かってしまう。
殺気なのか邪気なのか、よく分からないが、肌を突き刺すような気配が痛い。
ナイフを翳して、ゾムはニタリと気味の悪い笑みを浮かべた。

「………話す気が無いんやったら…『拷問される側』になってみるか?捕まってる奴の気分になるのも、ええ勉強になると思うで?」

「っ知っとるわ、捕まってる奴の気分くらい!」

「せやろなあ、お前しょっちゅう怪我して帰ってくるもんなあ。」

痛い。言葉の全てが、的確にダメージを与えてくる。
こんなの、ナイフなんかよりも遥かに痛い。
もう、聞きたくない。耳を塞ぎたくなってくるが、顔を上げて、睨みつけた。

「…………分かってて言っとるんか…」

「ん?」

「分かってて言っとるんかって聞いてんじゃい!」

「………はて、何の事やろなあ?」

分かっている。
此奴は、暇だからって俺を焚きつけてる。遊び感覚で、喧嘩をしようとしている。
よくある事だ。…このど畜生め…
本当に、どうしようもない奴等ばかり。そんな事、分かっている。分かり切っとる。

「………………なあ、シッマ。お前、さっき病室行っとったやろ。…お前も、大先生と同じ状態なん?」

「見てたんかいな……本当ど畜生やわ。」

「原因は?心当たりないんか?」

いきなり真面目に聞かれる。
原因…原因か…

「………今のところ、グルッペン見えてへんのは、俺と、大先生………」

俺。大先生。グルッペン。共通点があるとするならば…

「………シャオロンや。もし、俺の予想が当たっていたら、シャオロンも見えない筈や。」

「よっしゃ。連れて来るわ。」

そういうなり、ゾムは屋根裏へ上がっていった。
普通に探しに行けばいいのに、何故上にいくのだろう。怖い。
俺、大先生、シャオロン、グルッペン。
このメンバーは、グル氏が倒れた時にその場にいた者の名前だ。
もし、それ以外の括りでグルッペンが見えないなら、手の打ちようが無い。

「……なんでや…なんで、こんな目に遭わないかんのや…」
______________________________________________________________________________

ガタン!と、音がした。その為に、意識が現実へと引き戻される。
なんだなんだと目を開けてみれば、椅子が倒れているのが目に入った。

「………?!」

布団がひとりでに動いている。
ポルターガイストだ。そう考えたところで、一気に血の気が引く。
今度は勝手に扉が開いた。ひたりひたりと、素足で床を歩くような音がする。
訳も分からずに、音の方へ向かった。
足音は、一瞬驚いたかのように止まったが、いきなり走り出した。
何がいるのか。そう思い、追いかけながらタバコに火をつけ、回り込んでから煙を強く吐き出す。
すると、今度は噎せたかのような咳が聞こえた。一瞬、人影が見えたような気がする。
手を伸ばしかけて、“彼”に触れられない事を思い出した。結局、また鬼ごっこだ。
少し、甘ったるい匂いが漂ってきた。

「…………この匂い…」

間違えるはずがない。

あの女の匂いだ。

「おい待て!」

追いかけながら、ひたすらに叫んだ。殺意で目が真っ赤になる。

ふざけんな。返せ。それは僕らのであって、お前のモノなんかじゃない!
______________________________________________________________________________

遠くから、誰かの叫び声が聞こえた気がした。
嫌な予感がする。
念のためにと、監視カメラを確認した。
その瞬間、悪寒が走った。
顔を上げた女と、目があったのだ。

「………………なんや、あいつ…」

問答無用で、スイッチを入れた。できるだけ冷静に、迅速に。
さあ、殺意で空気を震わせろ。
吸い込んだ冷たい空気を、火のようにして吐き出した。

『侵入者や!グルッペンが誘拐されかけとる!』
______________________________________________________________________________

屋根裏を這う事5分。ようやくシャオロンを見つけた。
真上に降り立つイメージで、屋根裏から飛び降りた。

「…わあああ?!」

「流石にその反応飽きてくるわぁ…」

無視されないよりかはマシだが。
さてと。何やら喚いているシャオロンを小脇に抱えて走り出そうとする。
廊下は窓が開いているせいか、全体的にひんやりしている。
トントンがまた不調になったりでもしたら大変だ。
ふと外をみれば、いつの間にか、降っていた雨が更に激しくなっていた。
その瞬間、チリッ、と、何かが頬を撫ぜた様な気がした。
それと同時に、視界の端で何かが蠢く。

「…………………なあ、お前、あの人影見えるか?」

「…人影?……や、分からんわ。そんなんおる?」

「オーケーそれだけ聞ければ十分や。」

言いながら、窓に足をかけ、ぴょいっと飛び降りた。
突然の出来事に固まったシャオロンが、我に返って叫ぼうとする。
無理やり手で口を押さえた。やかましいんじゃボケ。
ふと、インカムから通信が飛んできた。

『侵入者や!グルッペンが誘拐されかけとる!』

やはり。
金色の宝石のようなあの髪は、見紛うはずがない。
______________________________________________________________________________

ロボロからの通信を受けた直後に、大先生が外へと走っていくのが見えた。
あの人の居る病室から抜け出すとは、何事だろう。
直後に聞こえた発砲音に、ただ事ではないと駆けつければ、肩から血を流した女と、直ぐ近くに放り出された主の姿が見えた。
怒りを鎮めるかのように更に強くなった雨に打たれて、逃げ出そうとする女を押さえつけた。
大先生は、グルッペンの側に突っ立ったまま、何もしない。

「……………お、前、だ、誰や!どっから、入って来た?!おい、ペ神!グルッペン、中に、入れとけ!大先生、固まってんと情報吐けや!それかペ神手伝え!」

息を切らしながら叫んだ。雨に打たれて、倒れた彼の体が衰弱しているのがわかった。
苛立ちをぶつけるように、鬱先生に怒鳴りつける。
足の下で喚きもがく女が鬱陶しい。
直ぐにでも縛り付けたいが、というか殺したいが、縄もなければ、情報が取れない限りは殺すこともできない。
どうしようかと考えていると、漸く大先生が動いた。

「………………お前が持っとる香水…か?どっから盗んだん?」

「は?」

「あれ、グルちゃんがあの時被ったのと同じやろ。あんなん、ここ以外にあるはず無いんよ。」

「し、知らないわ!私、私はただっ、あの人を誘拐しようと……」

「知らないはず無いやろ。だったら雇い主を言いや。あれ、後から聞いてくるタイプのクスリやろ?誤魔化せんよ、流石に。」

しかも原料なんか、よく見つけたなあ。とかなんとか言いながら、大先生は女を蹴った。話が見えてこない。
久々に、こんなに冷たい大先生を見た気がする。しかも、女に対して。
深海のような淀んだ色の目が、凍てついた紺に変色したようだ。
ふと、女から甘ったるい匂いが漂ってきた。反射的にマフラーで口と鼻を覆い隠す。
大先生が口を開くのと、女が手に持っていた袋を取り上げるのは同時であった。

「…………………あんた、このクスリ、どこで仕入れたん?」

「これは、私の友人が、ただの麻薬だって…」

「騙されとるな。頭弱いんやなあ…あんたもご友人も。」

「待ってくれ大先生…俺にも説明して欲しいんやけど。」

「ああ、そういやそうやったなあ。」

それから、様々なことを聞いた。
仕事の為に女とヤった事、その女が暗殺者であったこと、その時の香水の匂い…正しくはクスリの匂いが、あの事件の時に、グルッペンに落ちた薬品と同じだった事、その効果が、匂いを発した人物を透明化させるものであったこと。
どうやらペ神が調合の際にたまたま見つけた危険な薬品であったらしい。
ロボロやエミさんに頼めば、直ぐに犯人は見つかるだろう。
大方、最近ウチの国に来訪した隣国あたりか。

「…………まあええわ。あんたに用はないし…」

言いながら、大先生は珍しくナイフを取り出した。

「言ったやろ。情なんかお前に湧かへんわ。」

その刃の先は、真っ直ぐ女の首に向かって突き立てられた。
______________________________________________________________________________

『来るんじゃねえ!』

いつも以上に張り詰めた空気の中で、俺たちは喧嘩をしていた。
ここまで緊迫したものは珍しいが、内ゲバは日常茶飯事だ。
だから、油断していた。
薄暗い倉庫で、棚から落ちてきた瓶は、俺の頭に当たって砕け散った。
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深い眠りから覚める…と言うよりかは、場面が切り替わったかのように、するりと意識が戻ってきた。
腕を動かせば、直ぐそばに、良く馴染んだ気配を感じる。

「……………………大先生…か?」

「ああ、グル氏起きたの。」

目を開けて、まず見えたのは、ベッドに突っ伏した黒髪。
その後に聞こえたのは、白い復讐鬼の落ち着いた声。
頭が割れるように痛い。そして体がだるい。寒いような、暑いような。

「あのね。大ちゃん、グルッペンに渡したいものがあるらしいよ。」

「……?」

「………まあ、渡されたら分かるでしょ。俺は外道丸達の所行くから。」

そう言うなり、ひとらんは病室を出て行った。
頭がボーッとして何も思い出せない。
いつも通りに喧嘩して、何か、何かすごく痛いものが落ちて来て…なんだ?

「……思い出せへん?」

「…………………ああ…あの時何があった?」

「…グルちゃんはな、棚から落っこちてきた瓶が、頭に当たったんよ。そのせいで透明人間になったり…まあ、その辺はええやろ。僕、グルちゃんに渡すものがあるんや。」

ガサガサと音が聞こえた。はて、なんだろうか。
にっこりと微笑まれ、差し出されたものは…

「…作文……」

「これ本当はエミさんに先見せるべきやったんやろなあ…」

苦笑しながら、数枚の紙切れを彼は見つめた。
題名は、酷く懐かしいものであった。
まだ、俺たちが、ただの小市民に過ぎなかった頃の、一つの宿題だった。

「……………友人…できたんよ。頭のイカれた友人がぎょうさんな。」

「…鬱」

「まあ、読むのは今度でええよ。報告できただけでも、満足なんや。だから…」

するりと、髪を撫でられた。
深い青のその目を、少し歪ませて、彼は泣きそうな顔で言った。

「…もう、あんな女連れて来おへんから……」

見捨てないでくれ。

一瞬、呆気にとられた。女って誰やとか、何を馬鹿なことをだとか、思う事はたくさんあった。
未だに何があったかはっきりと把握しているわけではないし。
訳が分からないと一瞬言いかけた。
しかし、こいつに今一番掛けるべき言葉はそうでは無いだろう。
思いとどまり、腕を引いて、同じように頭を撫でてやる。

「……………安心しいや。俺は、お前たちを捨てはしない。」

「……ホンマに?」

「なんや、俺が嘘ついてるとでもいうんか?」

「ち、ちゃうよ!そう言うんやない!」

分かっていると笑ってやれば、大先生もつられて笑った。
ふと、ドタバタと足音が聞こえた。

「……グルッペンが見える…!」

「うわあああグルッペン〜〜!!!」

「うわ、どうしたお前ら…」

「痛い!シッマ蹴飛ばさんといてえや!」

「やかましい!早うどけや大先生!」

「せやぞ!後ろ詰まっとるんやからはよ退け!」

笑いながら、作文を隠すようにしまった。
多分、トン氏にはバレていただろうが、何も言わない辺りやはり有能である。
騒がしくなった病室は、呆れるほどに明るかった。
______________________________________________________________________________

僕は、今なら書ける。
あの日に出された、オトモダチについての宿題を。
真っ黒になった作文には、インクの匂いが染み付いていた。

月に吼えてみせろ【w.r.w.r.d】 ( No.5 )
日時: 2019/12/08 17:37
名前: びっくり箱


虚無。

そう感じた。いや、思った。
学の無い自分がそんな言葉を頭に浮かべられたのが吃驚だ。
正直意味は分かっていない。
しかし、今の空間に漂って出て行かないこの気は、間違いなく虚無と呼ばれるものなのだろうな、と、自身の中で定義づけられた。
今だけじゃ無いはずなのだ。昨日も一昨日も、明日も明後日も、きっと虚無は続く。

灰色の空は今日も暗く満ち、相変わらずお天道様なんてのは見えもしない。
それは月とて星とて同じ事である。別に見たいとも思わないが。
己のような国家の恥は、暗い掃き溜めで蔓延っているくらいが丁度いい。

俺の住むこの空間は、世界一贅沢な空間である。少なくとも自分ではそう思っている。その一方で、世界一誇りの無い空間だとも認識している。
ここにいる俺は、もうとっくに死んでいる筈、いや、死んでいなければいけない筈の生き物なのだ。
しかし、何千何万という人間をこの手で地獄に突き落とした俺を、死へと導くことはどうしてもできなかった。
この世の自然現象が、化学が、未知が、一切通じないのである。
そんな俺を見て、周りの人間が下した判決は…幽閉。
そんなわけで、ここは今すぐにでも、世界中からさっさと死んでくれと願われている俺が“生きていられる”という世界一贅沢な空間なのだ。分かるだろうか。
まさに俺は“生きていられるだけで幸せ”な奴だ。決して、誇っちゃあいけない。
決して、他人に自慢しちゃあいけない。そんな、不思議で贅沢な我が家だ。

ここは地中の奥深くにあり、何かあればすぐに毒ガスやら核やらが出てくるようになっている。
申し訳ない程度の看守は常に俺に怯えていて、世間話の一つや二つもしてくれない。
そんな気に入らない奴は直ぐに殺してやった。
子鹿のように震えていて、いっそ哀れに見えた。だから、殺してやった。
文字通り、喰い殺してやった。首元を噛み切って、その血を飲み込んでやった。
誰一人抵抗しないあたりえーと、なんて言ったかな…嗚呼、『草生える』。
若者言葉とはちょっと違う気がするが、何人目かの看守がそんなような言葉を使っていたのを覚えている。
そうして俺は何度も何度も看守を殺した。気に入らない奴は、徹底的に。
媚びを売る奴、無視する奴、見下す奴、不用意に下に着こうとする奴、話が続かない奴、理不尽な八つ当たりをする奴…色んな奴が居たが、どれもクソ野郎ばかりだった。

ふと、殺す口を止めた奴がいた。44というゾロ目の時に来た奴。
世間ではどういうわけか不吉と言われている数字の時に来た奴。
数字は勿論、ここに来た看守の人数に等しい。
其奴は、ただひたすらに此方を見つめるだけで、話もしなければ感情も表さなかった。
俺はなんとなく既視感を覚えた。
それからは、地獄の日々が続いた。
一言話すたびに、其奴は銃弾を撃ち込んでくるのだ。
ここまで凶暴な奴は初めてかも知れない。
そう考えながら、近くに寄って来た際に、首に手をかけた。

痛ぇじゃねえかこの野郎。

其奴は死んだ。その首を手折ってやった。血を口に含むのも嫌だ。初めて手で殺した。それから後も、ずっと看守を殺し続けた。
真面目だった俺が何故こんな事をしているのだろうか。
まあ、それが判らないというのが一番の理由だとは思うが。
結果的に、俺は看守を殺しすぎたという事で、実験台としてベットに縛り付けられた。何をしても死なない俺は、医者や化学者にとってとても良い実験台だったらしい。
ありとあらゆる苦痛を強いられていくうちに、俺はついに、痛みを忘れた。
その後、俺は其奴らを全員殺した。またベットに縛り付けられた。
偶に看守の目を盗んで筋トレをしていたのに、また体力が落ちてしまう。

それからも、月日は流れた。
そして、99というまた不吉な数字で、俺は看守を殺す口を止めた。
今度は、既視感は覚えなかった。代わりに感じたのは、妙な安心感と興奮。
其奴は今までの看守の中で、一番好感が持てる奴だった。
必要以上の会話はしないが、話しかければ友人のように答え、偶にあちらから話しかけてきたりする。
何よりご静聴が上手いらしい、話していてとても気分が良かった。
名前を訪ねた。グルッペンと言うらしい。

グルッペンは、次第に外の世界や自分の話をしてくれるようになった。
人の下に着く事が自分には向いていないだとか、ここで戦闘が起きそうだがどうすれば良いと思うか、など。
俺は興味津々だった。戦闘は大好きだし、外に出ないうちに知っている戦闘機や戦艦が新しくなっているのを知るのがとても楽しかった。
彼は苦笑しながら、色んな事を教え、語っていった。
ここの事に関しては完全に先輩なので、俺から語る事もなかなか多かった。

ある時、グルッペンは言った。国を作るのだと。
そして、もっと仲間が欲しいのだとも。
ならば、俺もその中に入れてはくれないだろうかなんて考える。
この家から、出ることすらもままならないというのに。

先に言った通り、俺が人を殺すのは、必ず意味があったわけではなかった。
強いて言うなら感情。感情をなんとか起こすために、人の命を動かした。
だとしたら、俺がグルッペンを殺したく無いと、殺さなくても良いと思う事に、何か理由はあるのだろうか。

ある時、グルッペンとは別の男が、ここに来た。
其奴は意地の悪い笑みを浮かべて俺に言った。
こんな奴なんかより、俺の方が優秀だよなあ?と。
意味がわからなかった。そもそもこの男が誰なのか、俺は知らなかった。
どうやら看守の一人らしいが。ありのままに、素直に答えてやった。
お前がクソだとしたらグルッペンは宝石だぞ、と。
見る見るうちに其奴の表情が歪んでいくのが分かった。愉快至極。
グルッペンは始終無表情だったが、歪んだアイツの顔を見た途端に、少し…いや、大っぴらに、明け透けに笑って見せた。これまた愉快至極。

その時だった。其奴が徐にグルッペンを壁の奥に引きずり込んだ。
何を、するつもりだろうか。俺は気になった。
しかし、ベットにくくりつけられたこの状態では、起き上がる事もできない。
少ししてから、骨と骨が、肉と肉がぶつかり合うような音が聞こえた。
経験してきたから、瞬時に分かった。一方的に殴られている奴がいる。
それが、グルッペンだったら。あのクソ野郎だったら。
そう思った俺は、今まで興味を持ったものなんかさしてなかったくせに、いきなりソレが気になりだした。
力尽くで拘束を解いた。監視はもっと厳しくなるだろうと呑気に考えた。
サイレンが鳴り始めた。喧しい。鉄格子を軽く歪ませて、外を覗き込んだ。
スン、と鼻を使えば、血の香りがぶわりと広がった。
嗅ぎ慣れたはずなのにどうにも不愉快だ、この人の血の匂いは。
そう、血は、ギァヴィスのものであった。
あの面倒なイカれ野郎が傷付けたと思うと妙に腹が立ってきた。
目の前にいた其奴の首にまた手を伸ばし、俺は手折った。
一瞬で、其奴は事切れた。
しばらくしてから別の看守が駆けつけ、俺をベットに縛り直した。
特に抵抗はしなかった、する気もなかったから。
何故、ここまで人が殺されながらも看守を手の届く範囲に置くのだろうか。
若干の悪意すら感じるのだが。
もしかすると、あんなクソ野郎揃いだったのはわざとだったのかもしれない。
要するに厄介払いする為に看守を付けているのかも。
…ならば、何故グルッペンのような優秀そうな奴がここに連れてこられたのだろうか。駄目やな。最近は疑問が多すぎる。
子供の頃に、こう言うのは終わるもんじゃないんか?

それから数週間後。いきなり監獄内にサイレンが鳴り響いた。喧しい。
そう感じながらも、俺は少し原因が気になった。
すっかり鈍ってしまった体を伸ばし、無理やりベットを引きちぎる。
と、また別のサイレンが鳴り始めた。これには慣れているので特に何も思わない。
外を覗こうと起き上がろうとした、その時だった。

あ。

俺の頭上に落ちてきたのは無数のコンクリートの塊だった。
その中でも、一際大きな塊が、俺の頭に当たったのだ。痛い、痛い痛い痛い。
それと同時に視界が滲み、ヌメヌメした何かが頭を伝った。
感情のない視界は、これを血だと捉えた。

今まで嗅いだことのない匂い。誰のものか分からない匂い。
嗚呼、畜生。鮮やかななんて言葉が俺の中にあれば良いのに。
その匂いは、どうにも不快で、しかし嗅ぎ慣れ過ぎた匂いだった。そう、これは。

俺の血だ。

この掃き溜めに産み落とされた、どこぞの馬の骨とも知れぬ身で、働く場所も生きる価値さえ与えられなかった俺の感覚は、いつの間にか鈍っていた。
痛覚もなければ心もない。更には死なないとくれば、人間であるのかも怪しい。
そこを否定するつもりは無い。

経験で、全てを見てきた。その匂いを、味を、音を、感触を、色を。
もしかすると、そうしていくうちに人外じみたこの身体能力を手に入れたのかも知れない。滑稽な話だ。

グルッペンが前に語っていたことがあった。赤は、とてつもなく美しい色なのだと。
この血は、そんな赤で塗れているのだと。
痛切に、その時だけは、この情緒が恨めしいと思ってしまった。
相変わらずサイレンはそのままで、下半身は瓦礫に埋もれている。
何があったかは知らないが、このまま、今度こそ死ぬのだろうか。

グルッペンに、どこかにいる『あの少年』に、もう一度だけ会いたかった。

ふと、遠くから足音が聞こえた。
それと同時に、檻の開いた音も。
引導を渡しにきたのかも知れないと少し残念に思った。
しかし、俺に降り注いだ物は銃でも何でもなく、切羽詰まったギァヴィスの声だった。血が酷いだって?笑わせるんやない、お前も俺も、いつもこれ以上に他人の血を流していたんや。
そういえば、自身の血を流したのは初めてかも知れない。
だから、あんなに分からなかったんだ。

こんな時だっていうのに、余計なことばかりが頭に浮かんだ。
視界がチラつくようになって来た。思わず舌打ちをこぼす。

ふと、腕を持ち上げられたかと思うと、俺はコンクリートの残骸から引っ張り出されていた。
あんな看守にしては華奢な体躯のどこにそんな力があったのだろうか。
顔を上げると、ようやっと目があった。
その顔は、焦っていて、しかし安堵が隠しきれていなくて、少し幼げだった。その時。彼の目に、知らない色が入り込んだように思えた。なんだ、コレ。
視界の中心から、『無』が崩れていった。
鮮明な世界に唖然としながら、掌を見つめた。
本当に綺麗に感じられた。薄汚く黒ずんでいようと、コレがある限り俺は生きている。この日、俺は初めて自分の血を見、生きていることを漸く実感したのだった。

気がつくと、目から水のようなものがあふれていた。少ししょっぱい。
匂いはしなかった。視界の邪魔になると思い、その袖で拭った。
ギァヴィスに手を引かれて監獄を抜け出した。
10歳よりこの我が家にいた俺は、10年振りにここから出た。
そうか、もう、10年も…外に上がった。俺もグルッペンも傷だらけで真っ黒だった。体中が痛かったし、俺に至っては傷が異様な熱を持っていたし。
まあ、そんなんで死ねたら周りの人間は苦労していないが。
目の前に広がっていたのは、広大な海だった。
知らなかった感動、見たことのなかった情熱、無視してきた感激、自分の世界から弾き出されていた心。
また、視界が滲むような気がした。俺は、病気なのかもしれない。嗚呼、畜生、畜生!なんで、こんなに視界が滲むんだ。
グルッペンは今にも倒れそうな俺を支えながら、橋を渡って海の上を抜け出した。
少し、笑っていたような気がした。

街は、前よりもずっと綺麗に思えた。

その晩、たまたま見つけた空き家で、グルッペンから、話があった。
あんな事態になった、その理由についての話だ。あいつは言った。
あれは単なる事故で、お前を殺す為の装置の誤作動であったと。
少し笑いながら言った。見下すように、下である事を笑うように。
俺は、それを言葉にできるほどのゴイリョクを持ち合わせていない。
何に対してそんな顔をしたのかも、俺は馬鹿で阿呆だから、分からないのだ。

酷く、感情がざわめきたった。

言葉が擦れて空気に解けた気がした。
俺は初めて目の前のこの男に激しい嫌悪感を抱いた。
…嗚呼そうか。俺は、嘘が嫌いだ。

本当の理由は、知らない。
大方あいつ自身のクーデターか暗殺か。
…あるいは俺の救出か、なんておこがましい事を思った。
俺に、10年以上もかけて罪の意識を取っ払おうとした人類の負けだ。
幽閉されようとしていた魂は、この悪魔のような、大王のような男に放されてしまったのだから。
これで自由だ。しかし、あの家が恋しいかと言われれば、全く。
虚無に染まった空間は、懐かしさだけが残るばかりだ。
俺は彼処を確かに恐怖していた。死を、痛みを。怖がっていたんだ。
それを自覚するのが、俺の一番の進歩であったのだと思う。
無論、心を持った人間としての。まだ、俺は人間でいるのだろうか。
それを聞けば、お前ほど人間らしい、むしろ人間らしすぎて人間らしくない奴は珍しいと言われた。
俺が人間らしい?嬉しい事を言ってくれる。
その後に続いた、純粋、の言葉は、何に対してだろうか。知らない。知りたい。
その権利があるのだから。

発想も、思想も。自由を掲げる俺は大分言葉も覚えた。
俺は、俺という存在は、言うなれば…










名前はまだ無い感情の話

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