複雑・ファジー小説

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ノーテンス〜神に愛でられし者〜
日時: 2013/12/20 00:28
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: SsRumGYI)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=1045

 短期留学とか引っ越しとかバイトとか勉強とか部活とかなんかその他諸々、ワタワタしていたらずっとかけていなかったです。
 ゆめたがいもだけれど、大切な物語なんで完結させたい、もし読んでくださる方がいらっしゃれば幸いです 

 今の文章と昔の文章、結構違うんですよね、そこが悩みどころー

 現在第五章悪魔の贖罪
 生物兵器との決戦の最中、シアラフに帰ってきた女がいた。生物兵器を作り出す一族、キルギス家。すべてを終わらせるために、彼女は剣を握る。
 一方、世界五大家の一角フィギアス家出身の青年、リーフは、シアラフの地で異母兄カレルと再会するが……
 
 大幅書き換えの箇所が終わったからちゃんとかけるはず

 前回までのあらすじを作りました。さすがに長くなってきたので……
 一章以外の各章の始め(二や三も)のページにあります。全部読むのは面倒だと思うので、物語のノリをそれで掴んで読んでいただけたら幸いです。

 というわけで、こんにちは、紫です。ゆかり、じゃないですよ、むらさきです。

 【小説を書くきっかけを与えてくださったこの小説カキコ。三年ほど前でしょうか。はじめて来たのは。それ以来細々と書いてきたのですが、小説について思うところが多々あって、なかなかうまいように行かない日々が続いていました。そんな時に、ふとカキコに立ち寄ってみるとこのジャンルができていました。
 カキコに初めてやって来た時、初めて自分の書いた物を投稿した時、人に読んでもらっていることを初めて実感した時……その感動は今でも忘れられず、躓いている今だからこそ、初心に帰って小説と向き合いたいと思ってここに来ました。
 初心……というわけで、この物語は私の中で一番付き合いの長い話です。昔書いたのをちょっと変えながら、この小説とも向き合っていけたらいいと思っています。】
 上記はこの書き直しを始めたときの気持ちです。このときからだいぶ経ちましたが、今でも大切にしている心なので、消さずに残しておきます。

 シリアス・ダークで新しい小説を書き始めました。そちらではノーテンスでできなかったこと、こちらではゆめたがいでできないことを頑張りたいです。
  
 というわけで、構成ぐちゃぐちゃ、文章ボロボロ、誤字脱字の宝物庫、さらに追い討ちをかけるようなゆっくり更新……と、まあ、そんな感じですが、よろしくお願いします。

 アドバイス、感想大歓迎です!

 お客様(ありがたや、ありがたや^^
 ウミガメさん
 灰さん
 カケガミさん
 宇宙さん
 夜兎さん
 トリックマスターさん
 メフィストフェレスさん

 目次
 序章 >>1
 第一章 兵器と少女 >>2-4
 第二章 変革のハジマリ >>5>>8-9
     変革のハジマリ(二) >>10-11>>14>>17-20
     変革のハジマリ(三) >>21-28>>31-32>>35
 外伝 緋色の軍人 >>36-38>>41-44
 外伝 あの花求めて >>45-47
 外伝 光の中の >>48
 第三章 各国の思惑 >>51-57
     各国の思惑(二) >>58-61
 外伝 反旗の色は >>62-66
 第四章 特別攻撃隊 >>68-73
 外伝 エリスの休暇 >>74-76>>79
 外伝 光のなかの >>80
 第五章 悪魔の贖罪 >>81-84>>87
     悪魔の贖罪(二) >>88-89

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.86 )
日時: 2013/05/05 09:01
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)

 うわああああ! お久しぶりです! もちろん覚えてますよ^^
 お帰りなさいっ!

 いつの間にやらお酒の飲める歳に先日なってしまった紫です、おはようございます
 ここのところ大学の勉強と部活とバイトとで綿渡した生活を送っている人間ですが、こちらこそこれからも仲良くしていただけるとうれしいです^^

 ……小説、書かんなん

 それでは、ひとまず挨拶まで
 

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.87 )
日時: 2013/12/05 22:54
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: SsRumGYI)

 ——死んだ男の残したものは。

 目を固く閉ざした男は、戦場を木の上から見下ろしながら、澄んだ声で謳った。目下に広がる光景は赤く染まり、かつて生物兵器と恐れられた若者たちは、降り続く雪の下へと埋もれていく。
 
「生体兵器ではなく、生物兵器とは、よく言ったものだ」

 男は、固く閉ざされたまぶたを上げた。
 一本に束ねた黒髪が、激流のごとく、白い景色を切り裂く。強い風に乗って、雪が横殴りに襲いかかり、盲目の青年は再び目を閉ざした。
 男は謳う。

 ——一人の妻と一人の子供。

 悲しみを湛え、だが、どこかすべてを知っているかのような雄大さを持って。
 透き通った声は、戦場のさらに奥、凍った湖を越えて、哀愁を運んでいった。

 吹雪を抜け、少年は姿を現した。
 頬を伝った涙は凍り付き、その白い肌に薄く紅をひく。
 表情は、ただひたすらに前のみを見据えて、悲しみの色はどこにもなかった。

「先輩」

 シアラフの、雄大なる大地を見下ろすその崖。
 危なげに細く突き出た端に、彼は立っていた。
 美しい銀髪か、わずかな太陽の下でも、それと分かるほどに輝く。その表情は、柔らかな微笑みを湛えていた。

「リューシエ」

 迷いはなかった。
 最強の生物兵器は、そうつぶやくと、刃と化した右腕を突き出した。そこには、かの生物兵器の血が、あの儚くも、幸せだと言って死んだ少女の命が、冷たく凍って共にあった。

 一部始終を、エリスは遠くから見守っていた。
 二人の刃が合わさっては弾かれ、頬をかすめ、軍服を切り裂き、アレスは親友への誠意を持って、リューシエは生物兵器の誇りを持って。
 雪が舞い、風を切り、シアラフを見渡す崖の戦い。
 息が詰まりそうなほどの緊迫感。
 言葉もなく、声もなく、静かに流れる生命の赤い証。
 銀髪の美しい生物兵器は、震える手をわずかに見える太陽に向かって伸ばした。何事か、鮮血と共につぶやく。

 エリスは、エリスだけが、その全てを見ていた。

 ——死んだかれらの残したものは。

 冷たい風が、容赦なく吹き付ける。
 親友の遺体の横で膝をつき、うなだれる生物兵器の隣で、エリスは歌った。太古の昔、日本で反戦歌として歌われたものだ。 
 アレスは、顔を上げた。涙はない。壊れてしまいそうな表情で、少女をすがるような目で見た。

 ——生きてるわたし生きてるあなた。

 そこまで歌うと、エリスは自分を見つめる少年に、優しい瞳を向けた。
 リューシエが最後に手を伸ばした太陽は、徐々に雲の中へと入っていく。そして、完全に雲が太陽を覆ってしまうと、鉛色の空から静かに雪が降ってきた。だんだんと冷たくなっていくリューシエの体に、追い討ちを掛けるかのごとく積もっていく。
 その時、ゴーフル伯爵の城で煙が上がった。
 色は水色。
 それは反乱軍の勝利を告げる狼煙。生物兵器はアレスとエリスだけで三百体近く倒した。そうなれば、後は簡単なものだろう。こちらにはノーテンスがアレスとエリスを抜いても三人いる。城に侵入されてはどうしようもない。

 アレスとエリスはリューシエの遺体を抱えて、黙って歩き出した。
 リューシエ最期の地である崖近く。その辺りで、一番大きな木の下。そこに、アレスは大きく深い穴を掘った。
 エリスは、どこからかちょうど良い大きさの石を持ってきて、そこにシアラフ語で名前を刻んでいた。“戦士リューシエ”と書かれた墓石は丸みを帯びていて、少し“戦士の墓”らしくはなかったが、あるいはこれでよかったのかもしれない。生物兵器らしくなかったリューシエにはぴったりだろう。

「何なんだろうな、俺って……生物兵器なのに人の中にいて、生物兵器なのに人と生きたいから生物兵器を壊して。自分で、自分がわからない」

 しゃがんでリューシエの墓石に触れながら、アレスは辛そうな声でつぶやいた。ツユの返り血が、リューシエの血と共に赤々とこびりついては剥がれない。
 雪は、先程より強くなっている。今晩辺りには少々季節はずれだが、ひどい吹雪になるだろう。
 リューシエの墓石もアレスの手がない場所はどんどん白くなっていく。

「ねぇ、アレス。アレスには誇りってある?」

 座って墓に両手を合わせる異国風の祈りを捧げながら、エリスは訊いた。返り血で染まった水色の特別攻撃隊の制服。アレスとしては、これでも彼女を血から守ってきたつもりだった。自分の血まみれの人生を変えた少女が血まみれになっている。複雑な心境だ。
 しかし、血を大量に浴びていても、彼にとってエリスはこの上なく愛おしかった。そしていくら血に塗れようとも碧眼はいつまでも澄んでいて、尚且つ沈む彼をまた立ち上がらせようとしている。

「俺の誇り……なぁ、エリス。お前は今を後悔していないか?」
「してるわけないよ。アレスが今、隣にいてくれるから。アレスの隣ならどこでも私は後悔しない」

 逆に問い返したアレスに、エリスは彼の目を見て即答する。
 よくもこんな恥ずかしいことを口に出せるものだ、この少女は。
 アレスはそれを聞いて顔を赤くする。
 そして、そんな顔のまま後ろからエリスを抱きしめた。表情は柔らかい。互いの心臓の音まで聞こえる距離で、アレスは少女の耳元で静かに口を開いた。

「なら、俺の誇りはお前の傍にいることだ。お前がもういいって思うまで、その時まで……」
「ツユにも、リューシエも誇りがあった。アレスも誇りがあれば、それだけで証明になるよ。自分はここにいるって。……でも、覚悟してね。私がもういいってまでなら、黄泉の国でもだよ」
「ハッ、それがどうした。お前がそれを望むなら、俺はどこまででもついていくさ」

 アレスは微笑を浮かべてそう言うと、一度名残惜しげにエリスを強く抱きしめ、そしてそっと離れた。
 少し前から見ると彼も成長したものである。反乱に参加した当初は、ちょっとのことでひどく自分を責めていた。所詮生物兵器なのだからと。人のぬくもりを求めることに対して。
 今でも、彼は自分を人間と捉えていないのだろうか。それはいまいちよく分からない。しかし、一歩ずつ何かが前進しているのは事実である。その歩みが、きっと彼を変える糧となる。
 そして行く行くは世界を変える剣と……

 ——死んだ兵士の残したものは。

 エリスの歌は響く。
 死んだ兵士は、実は平和一つ残せなかった。
 だが、死んだ男は妻と子を残した。希望を残したのだ。
 この歌のつづきは、また別の話である。



 あとがき、のような何か
 お久しぶりです、いろいろと、本当にいろいろとあってワタワタしていて、小説に手を出せない日々が続いていました。
 でも短期留学から帰ってきて、引っ越して、ちょっと日々の時間にゆとりが生まれました。
 まあ、バイトと部活に追われていることに変わりはありませんが。
 果たしてこれにしろゆめたがいにしろ、呼んでくださる方がいるかは分かりませんが、細々と続けていきたいと思っております。
 今回の箇所については、リューシエの扱いがあっさり過ぎるなという反省も。でも、くどくど書いても逆にしつこいような気もするし。
 まあ、外伝でリューシエ関係は完成するので、そこでどう持ってこられるかですね。
 ちなみに今回引用した歌は谷川俊太郎の死んだ男の残したものはです。社会学の講義で知って以来、定期的に聴いています。
 この次は、遠いかつて登場したような気がする、リーフ=フィギアスと美菜のお話です、三章と外伝に出てきたくらいかしら、お懐かしや

 そんなこんなで、今後ともよろしくお願いいたします

Re: 【復活】ノーテンス〜神に愛でられし者〜【かも】 ( No.88 )
日時: 2013/12/08 11:59
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: SsRumGYI)

 素早く分かる(?)これまでのあらすじ
 生物兵器との決戦がやってきた。
 最強の生物兵器アレスは、エリスと共に、自分の同類たちを切り裂いていく。アレスの跡を継いで生物兵器長となったツユは、戦場で実兄と再会、それを決定打にどんどん壊れていく。その少女を倒し、アレスは後輩のリューシエと対峙し、その遺体を前に決意を新たにする。

 第五章 悪魔の贖罪(二)

 反乱軍がゴーフル領で戦いを繰り広げていた頃、誰にも気付かれずゴーフル領の村に二人入り込んだ。
 一人は黒髪の男、もう一人は群青色の髪の女。二人とも黒服であることだけは共通していて、デザインまでほとんど同じことから、何やら組織で動いている印象を受ける。
 実際その通りで、この黒服は反ユビル組織“黒霧”のもの。
 男のほうは“黒霧”首領ブラック。その正体は捨てられた世界五大家の一角フィギアス家の次男、リーフ=フィギアス。女のほうは美菜といい、特技が物作りであるため、この黒霧で武器整備を仕事としている。
 ただ、黒霧で活動している以外は貴族相手の盗人をしているため、足の速さは軽く一般工作員の上を行く。そんなわけで戦いにもよく駆り出せれ、今では組織内でも十指に入る腕を持つ。
 
「美菜、やっぱり俺に任せてもらったらまずいか?」

 町の中心部まで来た時、リーフが不意に立ち止まって口を開いた。
 中心部、と言ってもさすがに近くで戦闘が行われているため、家々は鍵を掛け、カーテンをしっかりと閉めている。もしかしたら、避難していてもう既にいないのかもしれない。
 太陽は雲の間からわずかに見えていて、その中途半端さが、異様に静かな町を強調しているようだった。

「どうして? 首領。これは私の個人的な問題。私が先に進むために、必要なことなの」

 セミロングの髪を右耳に掛けながら美菜は言った。襟と髪の間から見える白い首には痛めつけられた古傷が生々しく残っている。彼女が歩んできたこれまでの人生。過酷であったことは疑いようがない。
 そんな美菜が、先に進むためにしようとしていること。それは彼女にとって辛いはずのこと。リーフが代わると言うほどの。

「家族殺しなんて、君に、そんなことをさせるわけにはいかない」
「首領はどうなの? いざと言う時はお兄さんを殺す覚悟はあるって言ってたでしょ? 私も、覚悟はある。生物兵器を製造してきたキルギス家次女として、お姉ちゃんの妹として……ミーナ=キルギスとして」

 美菜はそう言うと先へ、自らの生家があるこの村の最奥へと足を進めていく。
 キルギス家。
 それは世界で唯一生物兵器の製造方法を知る家。
 およそ十六年前、そのキルギス家の長女と次女が家を出た。次女については正直どうでもよかった。まだ十歳にも満たず、生物兵器の知識は皆無と言ってもよかったからだ。
 しかし、長女はその時すでに二十歳。その上出来が良く、資料のほとんどを諳んじられるほどだった。キルギス家は慌てて二人、特に姉を探したが、結局見つからなかったという。
 そして今、その次女だけが帰ってきた。全てはキルギス家を潰すために。

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.89 )
日時: 2013/12/20 00:20
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: SsRumGYI)

 ひたすら、黒衣の青年が走っている。時々雪に足を捕られながら、それでも前へ進もうと。どこに向かっているのかは、当の本人もよく分かっていない。
 “一休みできる場所へ”と、シアラフの人間ではない彼にとって、目的地はそう言う他なかった。
 その腕には女を一人抱えていた。毛布に包まれていて顔は見えにくいが、意識がないことはたしかだった。時折苦しそうな呻き声を上げていて、そのたびに青年の表情は硬くなり、唇からは血がにじみ出る。

 ——その屋敷の明かりという明かりは全て消えていた。
 古びた壁にはこのシアラフではありえないほどの草が茂り、門や窓を塞いでいる。そんな密閉された空間から聞こえる音。
 それは断末魔の叫び声だった。
 男の声、女の声、果ては子供の声まで。屋敷の玄関前でただ待つことしかできない青年、リーフにとってはひどく耐え難いものだった。
 屋敷の大理石製の表札には“キルギス”とあり、この屋敷の住人であろう人々の名前が刻まれている。その表札の右端に二つほど強引に削り取った後があった。
 微かにだが、文字らしいものが確認できた。“カレン”と“ミーナ”。ミーナは言うまでもなく美菜と名乗っている反ユビル組織“霧”の工作員。もう一人のカレンは、おそらく彼女の姉だろう。
 しばらくすると、屋敷の最上階から火の手が上がった。誰の仕業かは考えるまでもない。生物兵器の資料を完全にこの世から消し去ろうと、わざわざユビルから故郷へ帰ってきた“霧”の工作員。
「進むために」彼女が犯した罪は重い。
「キルギス家次女として」彼女が失った対価はさらに。
 煙がリーフのほうまで迫ってきた。焼けた人間や薬品の臭いが鼻を刺す。相当きつい。リーフは口と鼻を手で覆いながら屋敷を見る。できれば早くこの場所を去りたいが、そういうわけにもいかない。
「屋敷を燃やしたら戻ってくる」——そう言って中へ入っていった美菜が戻ってこないのだ。嫌な汗がリーフの背中を伝う。玄関を塞いでいた草が、リーフの意思に答えて一瞬にして消えた。
 もはや臭いなど気にならない。リーフは大きなドアを両手で開けると、燃える屋敷の中へと入っていった。

 その屋敷の最上階では、着々と炎が家を包んでいく。その火元のちょうど真下の部屋に、美菜はいた。彼女の目の前には四十ばかりであろう男女の死体。リーフには誰だかわからなかった。
 だが、年の頃からすると、その二人は美菜の両親だったのかもしれない。泣いているのか、そう思ってリーフは一歩足を進めた。

「お姉ちゃん……?」

 部屋に入ってきたリーフに気付くなり、美菜は彼のほうに目を向けた。驚くことにその表情は今までにないほど幸せそうで、リーフの頬を涙が伝った。
 うれしいからではない。悲しいのだ。
 少なくとも美菜は、誰かを殺して満足そうに笑うなどということは、今までに一度たりともしたことがなかった。貴族を殺した後はいつも悲しそうで、それでも他の人たちの気持ちを考えて懸命に微笑もうとしていた。返って痛々しい表情だったが、リーフはそれこそが彼女の良いところだと思っている。 

「美菜、帰ろう。ここはもう——」
「——お姉ちゃん、やったよ、ミーナ。ちゃんとお姉ちゃんが望んだとおりに」

 美菜はリーフの言葉を遮るように笑いながら言った。おそらく彼女の目にリーフは映っていなかったのだろう。リーフに何度も「お姉ちゃん」と語りかける。
 いや、もしかしたら“霧”の構成員である事実すら頭にないのかもしれない。彼女の記憶は、姉と共にキルギス家を抜け出した頃に戻ってしまっている。そう考えるのが一番しっくりときた。
 リーフは、始めの一歩を踏むことこそ躊躇ったが、いざ前へ出てしまうと、それからは美菜のほうへ駆けていった。美菜は依然として笑っている。
 煙と徐々に迫ってくる炎の中で、壊れてしまった仲間を抱きしめて、やり場のない怒りはすぐ隣にある本棚にぶつけた。
 衝撃で本棚からは雪崩のように本が落ちる。その中に、古い写真があった。二人の姉妹が仲良く昼寝をしているが映し出されている。それは、美菜とその姉のものだった。

「お姉ちゃん、あったかい……」

 幸せそうな声が聞こえたかと思うと、突然美菜の体は重くなった。
 呆然としていたリーフはそれで我に返り、何とか燃えずに残っていた毛布を彼女の体に巻いて、窓ガラスを近くにあった壺を投げて割ると、そこから躊躇いもなく飛び降りた。
 皐姫の力で丈夫な蔓を作り出して、美菜の体を気遣いながら、なるべく衝撃を和らげて玄関の前に立つ。臭いはさらにひどくなり、リーフは屋敷を一瞥すると、それからは振り返らずに走り続けた。

 休める場所はそうそう見つからない。この日は反乱軍と国王軍の激しい戦闘があり、どの家もしっかりと鍵をかけ、しんと静まり返っていた。
 リーフは、なおも走り続ける。
 とうとう民家は見えなくなり、聞こえるのは寂しげな鳥の声だけになってしまった。
 目の前には川がある。橋はあるが今にも壊れそうで、人が使っている気配は全くない。
 リーフは困り果てた顔をして美菜を見る。腕の中の美菜は軽く、先程から高い熱もあった。
 無理もないだろう。壊れてしまった。家族をその手で殺したのだ。

「お……い、お前、リーフか?」

 突然、背後から声がした。
 いくら考え事をしていたにしろ、簡単に後ろを取られるようでは、“反ユビル帝国”などということは口に出すのも温すぎる。
 ただし、もしそれが後ろの男でなかったら、の話である。

「兄、上……?」

 振り向いたそこには、現ユビル軍副総司令官兼“鷲”総司令官、世界五大家の一角フィギアス家当主、カレル=フィギアスが軍服姿で佇んでいた。

Re: ノーテンス〜神に愛でられし者〜 ( No.90 )
日時: 2017/06/04 00:41
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: ZpTcs73J)

 互いに動こうとしない。口を開こうともしなかった。
 極寒の風だけが二人の間をすり抜ける。
 声をかけたものの、カレルは気まずそうな表情で弟を見ていた。さすがに、先日のスラム街での一件が彼に重く圧し掛かっているのだろう。
「誰のせいで母さんは死んだ?」
 ——その日からカレルには弟のその言葉が朝も晩も付き纏う。いくら言い訳をしようとも、リーフの母が死んだ原因、それはカレルたちにすべてあるのは疑いようがなかった。
 リーフもリーフで、今兄に会うのは避けたかった。このような場所で油を売っている暇はない。一刻も早く休める場所へ。腕の中、美奈の息はだんだんと荒くなっていく。
 だが、スラムにいるはずのリーフが、何故反乱真っ只中のシアラフにいるのか。それを見逃すような兄ではないことはよく分かっている。

「リーフ——」
「——間が悪い!」

 リーフは美菜を片手に抱え直して、空いた右手で正確にカレルの鳩尾を狙う。
 しかし、それはいとも簡単に彼の左手で止められた。皐姫の力を得たリーフとノーテンスのカレル。力の差は幼い頃から何一つ変わっていなかった。

「おいおい、リーフ。いきなりそれはないだろ?」
「今、兄上と話してる時間なんかない……! 先を急いでるんだ、通してくれ」
「“なんか”って、なぁ? 少しばかり、悲しいかな」

 カレルはリーフの右手を握ったまま、わざとらしい口調でつぶやく。力関係どころか話し方すら昔から変わらない。良い状況とは言えないのに、リーフの心はそれと裏腹に温かくなっていた。
 それでも、決して気を抜けるわけではない。“抜け目のない鷹の中の鷹”。カレル=フィギアスは国内外でそう恐れられている。たった一言がボロとなって、身を滅ぼすこともありえるのだ。
 二人ともしばらくにらみ合いを続けていたが、それに終止符を打ったのはカレルだった。一度ため息をつくと何故か優しげに微笑み、リーフの手を握ったまま川とは反対方向に歩いていく。

「聞こえなかったのか? 兄上。今あんたと話している時間は——」
「——だから、要にはその女性を休ませたいんだろう? それならこの先にある私のテントを使えばいい。個人的なテントだから人も来ないし、私は医術の心得が多少なりともあるから、お前が意地張ってその女性を連れまわして衰弱させるよりかは、こちらのほうがよほどましだと思うよ」

 兄の、的確で尚且つ辛辣な言葉にリーフは反論のしようがなかった。素手での喧嘩はもちろんのこと、口喧嘩でもリーフはこの兄に勝ったためしはなかった。
 その間にも冷たい風が吹き、美菜の体に容赦なく吹き付ける。

「返事は? リーフ」
「……はい、兄上」

 先程の気まずそうだった様子は兄のどこにも見受けられない。彼としては少しでもリーフに過去の償いをしようとしているのだが、この強引さのなかではそれがリーフに伝わる日は来るのだろうか。
 二人の後ろでは夕日が綺麗に輝いていた。


 カレルの言うテントは先程の川の支流に当たる小川の傍に立てられていた。リーフの知る限りではユビル軍の陣営からはかなり離れていて、なるほどカレルの言葉は本当だったかと、少し胸を撫で下ろす。ただ、不安に思うこともないわけではない。たしかにこの分なら美菜については大丈夫だろう。しかし、兄がそんな優しい面だけを見せ続けると、リーフは「貴族社会への復讐」と言う決意が揺らいでしまうかもしれない、そんな恐怖に駆られるようにもなっていた。
 テントに入るとカレルは難しい顔をするリーフを気に留めず、美菜を自分の簡易ベッドに寝かせた。彼はシアラフ反乱軍総隊長のリョウ=レヴァネールのように医療氣術が使えるわけではない。それでも手際は良く、リーフが手を出せるものではなかった。

「兄上は、すごいな。戦っても、何しても」

 そんな言葉が自然とリーフの口からポツリと出てきた。嘘偽りのない、本当に久しぶりに兄と交わせた兄弟の会話。リーフの意外な言葉にカレルは少し驚いたようにキョトンとしたが、すぐにそれは笑顔に変わり、水で冷やしたタオルを美菜の額に乗せると、優しい表情のままリーフのほうを向いた。

「軍人だからな。医術も戦いも、全ては生きるためだけ。褒められたことじゃないよ。……でも、それが自分じゃない人のためになったなら、やっぱりうれしいかな」
「敵わないな、あんたには」
「それが“兄”ってものさ、リーフ」

 リーフは兄の言葉に「全くだ」とひとしきり笑った。カレルも楽しそうに目を細めている。いつぞやのスラムでの一件。あの日はもう兄弟が共に笑うことはないように見えたが、“ご縁”とは面白いものである。

 ——しかしその時、急にカレルが先程とは明らかに違う口調で「リーフ」と弟の名を呼んだ。完全に警戒心を解いていたリーフは不意打ちを食らったようで、目に見えて表情が変わる。

「何だ? 兄上」
「お前は……いや、単刀直入に訊こう、リーフ。反ユビル組織“霧”のリーダーブラックは、お前か?」


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