複雑・ファジー小説

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恋文を送りませう
日時: 2011/11/13 16:39
名前: 苑 ◆J8nI9/58sE (ID: 4CQlOYn7)



貴女様へ恋文を送りませう。

貴女様を思ふ気持ちは、言の葉では届きませぬゆえに、
恋風となりて身を心を沁み、恋草となりて毎夜はいつも滝枕。
終夜よすがら、貴女様を思ふ気持ちで張り裂ける思ふでありまする。

貴女様へ恋文を送りませう。

さあさあ、美しき容姿を恋文が合はせたまえ。
貴女様へ逢いとうて、いと胸が苦しゅうて敵いませぬ。

「愛し、愛され、愛でられる小鳥など、なりとうございませぬ」




嗚呼、そんな貴女様に恋心を抱くおのこ、哀れなり。

Re: 恋文を送りませう ( No.1 )
日時: 2011/11/13 16:54
名前: 苑 ◆J8nI9/58sE (ID: 4CQlOYn7)

  登場人物


すず
家事全般、裁縫が共に完璧。鏡屋を営んでいる。
ユキハを未成年だが、雇っている。女性。
容姿は普通。17歳。無表情で無口、謎が多い。

ユキハ
鈴の営む鏡屋で店番をしている。12歳。
明るく小生意気。男性。

てる
本作の主人公。天才考古学者。17歳。
鈴に深い恋心を抱いている。男性。

清風せいふう
輝の父親。息子と違い無名考古学者。年齢不詳。
外見は五十代前半の初老。古風な出で立ち。男性。

Re: 恋文を送りませう ( No.2 )
日時: 2011/11/13 17:33
名前: 苑 ◆J8nI9/58sE (ID: 4CQlOYn7)



「輝、お前は今日も鏡屋の処へ行くつもりか?仕事の依頼も断ったな。全くお陰で私が行く羽目になったではないか。まあ、無名だから有り難いけれども、父親が無名とは無念!なのに、高名なお前ときたら……。おい、輝!聞いているのか、おい!」

無駄口を叩く父親の戯言を聞き流し、からんと足に下駄を通す。純和風の武家屋敷に住んでいる輝と父親、清風は二人暮らしだ。母親は父親曰く出産後、すぐ死亡とのこと。以来、二人は此処に住んでいた。
しかし、輝はうんざり気味でいる。何故なら考古学者として高名であるが、父親が全くの無名だからだ。才能こそ素晴らしく父親譲りで高名となったのも過言じゃない。しかし、何故か出世運が皆無に等しい父親。
なので、自分が今まで天才的な考古学者がいなかった事もあり、彼方此方と地方やら海外やらへ引っ張り出される始末。
そして今日こんにちも、依頼が来たわけだが断った。
愛しき恋心を秘める片恋の相手に逢う為。
喚く父親を無視し、玄関を出た。



月華通りの片隅にある、小さな鏡屋。名の通り鏡しか売っていない店。その鏡屋を営んでいる女主人に惚れた輝は、また来店する。中へ入るとまず最初に小生意気で明るい店の娘だったら看板娘になれたであろう、店番のユキハが迎える。

「またお前か!本当に自己愛野郎だな!」

ちなみに輝は無類の鏡愛好人間だ。マニアと言っても過言ではない位。理由は意外と浪漫ろまんで、鏡が持つ神秘的な雰囲気と光に反射する美しさにすっかり、心身ともに魅入られたとか。しかし、何も知らぬユキハは自己愛が激しい男だと思ってゐるらしい。
別にいが。

「それで今日はまた何が欲しいんだい?手鏡か、それとも世界各国の不思議話であるか?さあ、答えろ!俺はうーんと暇だから、言うが良い!ちゃんと聞いてやるぞ」

帰ろうとする輝を呼び止めて言い放つ。仕方なしにと輝が振り返った。番台に座っているユキハはからから、と笑いだして手招きの所作をし、呼び止めている姿が健気であるゆえ、かまちに腰かける。

「さあ、言うが良い!」

おやめなさい、と声が飛んだ。店の奥から彼が望んでいた人物が現る。ユキハは苦笑いして頭を掻いて誤魔化す。空色の着物を優雅に着こなした麗人、この店の女主人の鈴だ。鈴は常日頃から無表情で無口な謎の多い娘。未成年であるユキハを店番として雇っている。立派な法律違反。

「おお、鈴!今日はめでたい日だ。遂に考古学を引退できるやしれぬ」
「それは誠に残念で申し上げます」

常に冷静沈着な娘。

「君と長く居られる!さあ、今日もまた素晴らしい鏡を見せておくれ!それとも外国の摩訶不思議な話が良いだろうか、それとも、土産かい?客足皆無な店だから、存分に話し合おう。さあ、どれを選ぶんだい?」

冷たい視線を彼にぶつける。薄く冷たい唇を開いて。

「客足が皆無で少ないだなんて、嫌な事を言ふ人。常連さん第一なの。だから、さっさと鏡だけ買っておかへりください。業務妨害になるわ。さあ、どれにする」

はははは、と彼は高笑いした。ユキハは驚いて彼を見遣った。

「君も立派な法律違反ぢゃないか、未成年を店で雇ってはいけぬといふ事くらい、知ってるであろう」

痛い処を突かれ、言い返せぬ有様でユキハはちっと舌打ちするけれど、鈴は全くもって無表情のままだ。少し言いすぎたな、と反省した輝は、店で一番高価な浄玻璃じょうはりと言われる鏡を購入する事にする。金なら、無駄にあった。

「ぢゃあ、浄玻璃をくれ」

まるで安物の鏡を買うような、気軽に告げた輝。二人は驚く。それでも、鈴は表情をかおに昇らないようだ。ユキハは開いた口がふさがらないで、ぽかんとしている。しばしの間を置き、鈴は頭を垂らして一礼して、言った。



「それでは、百万を貰います」

.

Re: 恋文を送りませう ( No.3 )
日時: 2011/11/13 22:34
名前: 苑 ◆J8nI9/58sE (ID: 4CQlOYn7)





綺麗に包装紙で包まれ、紙袋に入れると彼に手渡す。ユキハが着物の裾を引っ張って海外の話を強請ねだる。機嫌が良い輝は仕方なし、と爽やかに笑って海外の色んな話を喋った。やれ、エジプトの王家は亡骸をミイラにし、とか。やれ、アメリカの有名なインディアンの墓場とか、一般に知られたものから余り知られてない話題が沢山とあった。
框で腰掛けたが、冬間近の床は冷たい。尻が冷え込んだころ、鈴が花柄の藍染めした座布団を持ってきた。氣が利いている。嬉々と輝は座布団を敷いて、話を続けた。出されたお茶を一口、啜って談話は一旦、終了。

「鈴、お前さんは何で鏡屋を営んでいるんだい」

鬱陶しいくらい、慣れ慣れしく訊ねてみる。何の他愛のない話だった。
少なくとも輝は思っていた。しかし、予想外の答えが返ってきた。

「個人情報を教えとう御座いませぬ」

とだけ返された。すると、急に胸が高鳴った。あれまあ、可笑しい事。鈴の謎めいた雰囲気が更に醸し出されている気がし、目の前が霞んだ。そう、泣いているのだ。何故、自分が泣いているのか全く分からなく、ただ涙が出るばかり。頬を冷たい雫となって伝う。

「なーに、自己愛野郎が泣いているんだ……!ぶ、不気味な奴だなっ!鈴。こいつのかぶりは大丈夫なのかい?本当お前さんは図々しい。人には知られたくない過去や情報くらいあるんだ。それを知ってか知らずか、ずけずけと言うんぢゃあねぇ。今に罰が当たるぞ!」

何故か泣き続ける輝。彼は爽やかな笑みを浮かべて礼を告げた後、早々と店を出る。人通りが少ないけども、人の視線はしっかりと感じれる。青年が昼間で泣くのはそんなに珍しい事なのだろうか。人間なので泣くのは当たり前だ。だから、人間にじろじろと見られるのは疎ましい。



帰路に戻った。父親が上機嫌で、酒を酌んで晩酌している最中でいる。居間でテレビの音が、さまざまと障子を通って廊下へ飛び込んでくる。愁いた心中に浅く沁み込んで、また綺麗さっぱり隅へと流された。
父の笑い声。嗚呼、鬱陶しい。

「何を喚いているやら、何を笑っているやら。嗚呼、鬱陶しくて仕方ない。親父め、何を楽しんでいやがる。人が泣いている時に呑気なもの。無名で無能の考古学者が酒を飲んでる暇があったら、考古学をしろっ!全く父が無能で恥を晒しておるのに」

直後、耳から破裂音が飛び込んできた。衝撃で廊下の壁へ叩きつけられる。咳き込みながら、皺だらけになった着物を払うと同時に頬も衝撃を浴びた。多分、赤くなって腫れてゐるかも知れぬ。それに独り言を聞かれてしまったやうだ。拳を震わせて眉を激しく歪めた表情の父が佇んでいるからだ。




二人の考古学者父子。互いの紐が千切れる寸前、嗚呼、いとをかし。

.

Re: 恋文を送りませう ( No.4 )
日時: 2011/11/14 18:13
名前: 苑 ◆hRo3gNniV. (ID: 4CQlOYn7)





赤く腫れた頬で、せっかくの貌が台無し。あやすように撫でながら、輝は溜息を漏らした。隣に切磋琢磨と働いている同僚が、何事ぢゃ、と声をかけた。適当に言い包めて、仕事にのめり込ませた。頃は発掘現場。かび臭く鼻がひん曲がる悪臭で気分が悪くる。部下の一人が、何々を発見したと騒ぐ。あっという間に人々が集い、土の下から古代と思しき墓と柩。中を開くと白骨死体が、丁寧に貴重品など、飾り立てられて横たわっている。

「大発見ぢゃ!もしや、これは姫狩り伝説の、冬雪ふゆゆき姫の亡骸かも知れんぞ、輝君、君は世紀の大発見をしたんだよ、おめでとうっ!君のお父さんも喜ぶだろう。姫狩り伝説は、幻かと思っていたが、遺跡が出てくるとは思わなかった」

教授の歓喜に湧く声を聞き流す。
昨夜、父と喧嘩した矢先、皮肉にも世紀の大発見かと思われる事を仕出かした己を恨む。父との距離が、更に遠のく事になるのだ。出世運が皆無な父の運を幾多も恨んできたが、どうにかなっていた。しかし、これはもう取り戻しようのない事実。頭を痛めた。



翌日、見事な題名で新聞に大々的に取り上げられた。勿論、長谷川教授と自分の顔写真も大きく乗せられて。姫狩り伝説が本当にあった事を証明したのだ。当たり前だろう。しかし、先に知らせを聞いた父の機嫌は、最高潮に不機嫌である。
お陰で、今度は背中を蹴り飛ばされる羽目となったのだから。

「ぎゃああ…!痛い!親父、何をするんだ!これぢゃあ、愛しの鈴に逢へないぢゃあないか!今日も大学なんぞに行ってたまるか!面倒だ!代わりに親父が行ってくれ!俺は、鏡屋へ鈴に、愛の言葉を伝えにいく」

振り切っても行く輝の腕を強く掴む。振り解こうと捩る輝。
負けじと掴んだまま、言った。

「甘えるんぢゃない!大体、お前さんは何でそうも不真面目なんぢゃ!私がどれほどお前さんを育てるのに苦労をしたか、死んだ母さんは、お前さんを産み落とす間、懸命にお前さんを殺さぬよう、息絶えたっ!なのに、お前さんときたら恩を仇に変えるような真似ばかりしおって、馬鹿者!」


ぎゃあぎゃあ、と喚く親子喧嘩。近所の者どもはいつもの事で日常生活を変える真似をしないで放っておく。輝の成し遂げた偉大な業績ゆえ、口を出せないのもある。面倒な事に巻き込まれたくないので皆、見て見ぬふりをする。
二人が口論している最中、誰かが、二人に声をかけて訊ねてきた。声のする方へ振り向いたら、妖艶な美貌を持ってるが冷たく無表情な娘が、佇んでいる。輝は見覚えがある。というか知っている貌だ。先程の喧騒とは打って変わって、嬉しそうな顔で鈴の元へ歩み寄る。

「鈴ぢゃないか!とうとう、俺の馬鹿親父に婚約を承諾しに来たのか?嗚呼、嬉しいぞ。俺は実に嬉しい。今日はあの小生意気なユキハは休みかい?まあ、今日は別に良いだろう」

いいえ、と否定される。途端、落胆した輝は床に手をつけて、ぶつぶつと独り言を呟く。それを見逃して突然の訪問で初対面の二人は会釈を交わし、清風が常日頃の息子が迷惑を掛けた事を謝罪する。何処までも、父に大恥を掻かす馬鹿息子である。

「まあ、それよりも浄玻璃の鏡をお買い上げくださいましてありがとうございました。それと考古学の姫狩りに関する遺跡を発掘されまして、少しお話を聞きとうございます。お時間があれば、よろしいでしょうか」
「貴女様なら、時間など作りましょう。さあさあ、お上がりください」
「二人だけ狡いではないか。さっさとくたばれ、親父め……」

父へ恨み言を吐いた後、輝はそそくさと台所へ行った。
茶と茶菓子を大急ぎで用意し、客間へ急ぐ。





甘い茶菓子が、隠す鈴の思惑。

.

Re: 恋文を送りませう ( No.5 )
日時: 2011/11/15 19:24
名前: 苑 ◆hRo3gNniV. (ID: 4CQlOYn7)






純和風の客間。甘い茶菓子の香りが室内を充満させた。向かい合って、男二人と女一人が座っている。輝の淹れた甘茶が口内で深く広がると、舌で仄かな甘さが残る。思う存分、お茶を堪能すると昨日、部下から貰ったばかりの最高級茶菓子を一口、齧る。程良い甘さと深く濃い味で、舌を唸らせる。暫しの間を置いて最初に言葉を発したのは、清風だった。

「それで、姫狩り伝説の遺跡について話を伺いたいというのは」

輝に視線を投げると、顔を上げた。
下を俯きがちの鈴は、その儚く美しい声音で告げた。

「そうでございますわね。単刀直入に申し上げます。輝さん。私がそれで気を引けたと思いになるのは間違いでございます。私は愛し、愛され、愛でられる小鳥など、なりとうござませぬ。私は私でこれからも、鏡屋を営むつもりでござますゆえ」


失恋。彼女に言われた一言で輝の中で思い浮かんだ言葉がそれだった。言い終えると彼女は甘茶を啜る。父の笑いを抑えた声が室内に良く響く。本気で恋心を抱いた娘に拒絶され、父から笑われる始末。信じたくない現実を逃避する為、法律を違反する決意を固める。

「そうかい、それは、……そうだったのか」
「ええ、またご来店お待ちしておりますから。それでは失礼します」

ぱたん、と障子が閉める音で現実に戻された。曖昧な返事をしておき、こう言えば良かった等と後悔する息子を眺めつつ、父は甘茶を啜って、輝の分の茶菓子を口の中に放り込んだ。極めて美味。

父に馬鹿にされた怒りで輝の放った拳が顔面に直撃するまで数分前。



夜。居間で父の酒を浴びるように飲む輝の姿がある。立派な法律違反だが、今更どうといったことはない。明日も休むつもりでいる輝は父の忠告を無視して飲み続ける。

「それほど鈴に失恋したことが、悲しいんだな」
「親父にゃ、分かるまい」
「もう飲むな、明日は行くんだぞ」
「ふん、酒に強いしあんな古狸どもの処へ行っても、面白くない!」

杯が割れた。机で叩き割ったから。父のお気に入りであった杯を割ったことで一気に酔いは醒めた。笑って誤魔化す輝。父も吊られたのか、薄く笑った後、空になった焼酎の瓶を、素手で握り潰した。驚愕し蒼褪める。清風は笑いながら話を続けた。

「ほう、そうか。まあ、お前みたいな実力があって若くて天才だから、何をしても到底は許されるだろうな。それに男前だから女にも好かれ、思う存分その世の男どもが羨望する人生を歩み続けるんだからな」

思いっきり皮肉られ、更にもう一度、焼酎の瓶を握り潰した。輝は何も言わないで割れた杯と焼酎の瓶の後始末をしたという。清風はその間も笑いながら、自棄酒を飲んだ。






やはり、息子に劣る父、悔しい事この上なし。

.


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