複雑・ファジー小説
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- 「私は去ります。さよなら。」 ——曖昧模糊な短編集
- 日時: 2012/02/09 23:45
- 名前: N.Clock ◆RWBTWxfCNc (ID: 5E9vSmKZ)
おはようございます。こんにちは。或いは今晩は、はじめまして。
N.Clockことトケイバリと申します。
別名「雑踏(L.A.Bustle)」とも「サクシャ(SHAKUSYA)」とも言います。知ってるヒト多分居ないでしょうケド。
さて、スランプに陥ってしまい小説が書けなくなりました。
よってこのスレはまた短編熱気が再来するころにもう一度上げます。
これまでのご支援及び御題・キャラクターの提供をしてくださった皆さん、ありがとうございました。
Thank you for watching my novels.
See you next time.
Bye-bye.
- Re: 「さあ皆、鬱になれ」 ——曖昧模糊な短編集 ( No.33 )
- 日時: 2012/01/21 19:08
- 名前: N.Clock ◆RWBTWxfCNc (ID: 5E9vSmKZ)
- 参照: 細胞は考えるのをやめた
【タコ焼き】(学校の知人より)
タコです。
オクトパスの方のタコです。いやマジで。
今、陸の幸と一緒くたにまぜこぜにされてます。小麦とか言う奴とかベニショーガとか言う奴とか。いやだからマジだって。信じてお願いだから。って、おま、ちょ、うわわわっ。ぺっぺっぺ……ねえ何でニンゲンって種族はこんな粉コナしい不味い物体を食べられるのかなあ。皆ー、アサリ美味しいよアサリー。ハマグリとかモとかカニも美味いのにー。
と、そのとき、不意に声を掛けられた。
「おータコじゃねえか……ってぁぁああ〜」
「いやあんたもタコでしょーが……行っちゃった」
この中は色んな海の色んなタコがごさごさにいる。
ボクイイダコだけど、さっき声掛けてあっというまに小麦粉とベニショーガの海に消えていったタコはマダコ、その他にミズダコもいるらしい。いやはや、ニンゲンと言うのはどうも悪食らしい。ミズダコなんてブヨブヨだし水っぽいし大きいし、よーするにマズイってのに。ボクなんて名前にメシがつくんだぞ。メシ。美味いよ。共食いしたから知ってるんだけど。
あ、そうだ。メシ序にとりあえずいっとくけど、ボク切り身です。足の。
……いや、だからマジっていってるでしょ。さてはタコの足のすごさを知らないなキミ。タコの足は切られたってそれなりに意志は持ってるんだよボクみたいに。ホラ、切りたての足にお湯かけたらぐにょぐにょするでしょ。断末魔なんだよアレ。
とか言ってたらホントに断末魔みたいなのが聞こえたんだけど。キミわるいなあもう。
「——ぶはっ、ようまた会ったなタコ」
お、やっとマダコが粉海から抜けたようだ。
そういえば粉雪って歌なかったっけ。ミスチルだかミスリルだか言うのの。
「だからあんたもタコでしょーがって。ボクイイダコ」
「あ、オレマダコね。で、どうしてオレたちこんなトコにいるんだろうな」
マダコさんちっすちっす。
さて、マダコの質問にボクのマジで無いアタマの中で考え付く限りを答える。
「網に引っかかったから。なんだろ、リョーシのメシ? になってる最中だねボクら。今から鉄板行きだねうふふあはは」
「気持ちわりーこと言うなよバカ。あとミョウな笑い声あげるなよバカ。死にたいのかバカ。えぐっ、うっぶぶぶ、ぺっぺっ! くそったれ……ま、足だけで胴体がなかったらこっから逃げたってどーせサメとかカメとかのエサだけど……って、そこにいるのはもしやミズダコ! いつのまにオレの背後をとりやがった」
うん、笑ったボクも悪いけどね。
ポコポコポコポコ話題のトブのはどーもマダコの習性とゆーかなんとゆーか。それにしてもそんなにバカを連呼しなくたっていいと思うんだ。マダコって足だけにとどまらず胴体のほうもわりと口がわるいんだよねえ。口のわるいマダコ衆はイイダコのこの驚くべき謙虚さを見習えマダコどもめ! 種のホゾンにはナンのかかわりもないけど!
うん、べつにどうでもいい。
マダコのすぐ後ろで粉海にぬぼーっと沈んでいるのがミズダコ。美味しくないタコ。図体大きな癖に消極的でミョーに無口なタコだけど、それ以前になんだか様子がおかしいような気がする。ホラ、だって全然動いてないし。何か知らないけど赤いし。え、じゃ、さっき聞こえたナンとも言えない断末魔みたいなのってもしや…………。
ミズダコ? アレ?
あ、そっかボクたち、鉄板焼きになってる真っ最中だったっけ。
「なあイイダコよ、なんか熱くねーか?」
マダコの何も知らない声。ボクは何も言わない。
「おーい、タコー」
「……だから」
マジでアツい。ないアタマがぐらぐらして、ボクはヘンな言葉をしぼりだした。
「タコじゃないって」
<fin>
——wwww
————wwwwwww
何で自分こんな話書いたんだろうorz
ついカッとなって書きました。船の上で作る即席たこ焼きの中のタコの心境と言うか、現場実況と言うか。短編で、しかもジャンルを限定しない「曖昧な短編集」だからこそ書ける、バカで実験的要素もりもりの話です。
本当は【微笑みと嘲笑は紙一重】の登場キャラでいろいろやりたかったのですが、うまく書けず気付いたらこんな話に;;;
あくまでもタコの足の話ですので、描写のキモさと拙さにはどうか目をつぶってやってください(汗)
まあ、タコ100%のタコ満載でかけたので楽しかったっちゃ楽しかったですが……(^q^ )
- Re: 「さあ皆、鬱になれ」 ——曖昧模糊な短編集 ( No.34 )
- 日時: 2012/01/22 22:59
- 名前: N.Clock ◆RWBTWxfCNc (ID: 5E9vSmKZ)
- 参照: 終焉する世界の住人の憂さ晴らし
【南瓜】(学校の友人より)
何時もの光景と言ってしまえば、まあそれまでっちゃそれまでだけど。
「何で包丁使わないのかな、ベルっちは……だってカボチャを切るだけなんでしょ? 幾ら非力だからってそりゃないよ? いや、芋掘り機使っても事は同じだし。芋とか植わってないからここ。鉛じゃないから良いって言い訳通用しないからね? いやだから、粉砕しなけりゃいいとか、皮だけ剥くのに都合がいいとか、そーゆー問題じゃないって理解してる?」
ベルっちは野菜を切るのに銃で何とかしようとする。
確かにベルっちの銃の腕は『反抗者』の中でも一目置かれる位には良いし、何か最近じゃ銃で野菜切る腕が上達して千切りキャベツつくるくらいならフツーに包丁で切るよりも早くなってるけど……違うって! ねーよ! ねーからそういうの! 幾ら世紀末だからってこれはねーから!
「何でだ? 別に良いじゃないか可食部はちゃんと残してるんだから」
ベルっちのドヤ顔がすごく憎たらしいというか、ムカつくというか……。
「良くないから。常識的に考えてそれないから」
「常識って何だ? 銃で野菜を切ることが非常識なのか?」
ああこの人はもう! 何この非常識人!
「メッチャクッチャ非常識だよ! 火薬と銃弾と人手と場所と物々交換する物の無駄だよ! あのねベルっち、ここ世紀末だからね!? 銃弾一つだってむっちゃ貴重だよ!? 週一で銃弾を手に入れてくるベレーザの苦労を考慮しなさいベルっちはぁッ!」
それでもベルっちのドヤ顔は消えない。それどころか顰め面になって、さも当然みたいに返してくる。
「あのなあシィル、だから何でそれを考慮しなきゃならないんだ? 銃弾の火薬なんかハンドメイドでどうにかなるし、薬莢だって手入れしておけば何回でも使い回しが効くじゃないか。それ位出来ると言ってるのにベレーザが銃弾を仕入れてくるんだ、今銃弾は余り余って売っても余るくらいあるんだが? それを適切に処理しているだけだぞ?」
ぷちっと来た僕は真っ二つになったカボチャを思いっきり指差し、思いっきり怒鳴りつけた。
「莫迦莫迦莫迦莫迦ベルっちの莫迦っ、あれの何処か適切な処理じゃーッ! 薬莢はカボチャまみれになるわ周囲に皮クズ撒き散らすわ壁には穴開けまくってタダでさえズダズダな建材ダメにするわ、いい事が一つもなぁーいッ! いいから今すぐアレをやめるー! で代わりに有り余ってでも売れぇーッ!! っはあ、は、は、はあ……」
息が切れるまで叫んだのに、相変わらずベルっちは涼しい顔で僕をつくねんと見やる。
くそう、憎たらしいなあ——
なんて思って拳を握り締めたとき、ベルっちが無言のまま寂しそうに遠くの空を見た。それは、さっきまでの惚けた感じとは違う、何かを夢想するような表情で。僕は次に叫ぼうとした声を一旦喉の奥に押し込める。
「そうか、シィルには分からんか」
「何がさ? 僕だってこんな所に生きてるんだもん、それなりに知ってるつもりだよ」
「よく見ろ。この銃弾は人を撃つ為の軟弾だろう? 人には確かに通じようが、俺たちのような肉体を持たない天使にこんな旧時代の弾は通じない。だから売っても売っても有り余る。一度これで撃ってしまいさえすればこの軟弾でも天使に通用するだけの力を有するものになるが、標的の無い空打ちは銃が傷む。だからと言って人は撃てん」
よーするに、人用の銃弾を天使用に改造する過程がアレだと言うこと。理屈は分からないでもないけど……。
「だからって野菜にぶっぱなすのも可笑しいから。ナイフよか食べられるところぶっ飛ぶんだよ、アレで?」
僕の若干勢いのない言葉に、ごく平然と答えが戻ってきた。
「そうかな、今じゃナイフと遜色ない程度にはなったが。それに天使より的が小さいし可食部を出来る限り残そうとするから、狙ったところへ正確に当てる練習にはなる。確かに建材には勿体無いことをしているが、もう少し技量を上げたらそれも退けるさ。俺にしてみれば一石三鳥の良い消費方法だと思うがね」
「ぬぬぬ——」
何か、すごく綺麗にやり込められたような気がする。ベルっちは反論しなくなった僕を見てちょっとだけ笑うと、重たいはずの機関銃を軽々と肩に担ぎ上げて歩き出し、そして切れたカボチャを置いた台より手前くらいで止まって空を見上げた。
「俺の力は人を殺めるもんじゃない。天使の殺戮に抗うためにあるんだよ。シィル、早いところどっか逃げろ」
<fin>
最初は「割り箸でカボチャを割ろうとする生真面目な男の話」と言うよく分からない話を書こうとしたのですが、途中でネタに行き詰まり、結果未公開の小説からネタを引っ張ってきました。
簡潔に言うと、天使が狂気に陥って殺戮をしはじめた世界での話。北斗の○めいた世紀末っぽい荒廃した世界ですが、シィルたちが住んでいるところだけは地下水がわき出てくるため、荒廃する以前の街がささやかながら残っている……と言う、何とも言えずややこしい上に北斗の○のマ○ヤさんが元いた村の感じを丸ごと持って来たような設定です。
にしても、カボチャ関係ないような(ry
でもまあいいか(殴
え、最後の一言?
……ご想像にお任せします☆←
- Re: 「さあ皆、鬱になれ」 ——曖昧模糊な短編集 ( No.35 )
- 日時: 2012/01/29 23:42
- 名前: N.Clock ◆RWBTWxfCNc (ID: 5E9vSmKZ)
- 参照: 神様も、悩むので御座います。
【輪廻】(学校の友人より)
天叢邑雲汪果凍瀧主尊(あめむら むらくものおう はていてだきのぬしのみこと)。
天の果てに聳え立つ、記憶と心を掌る瀧『果凍瀧』の主であり、人知れず天を支う雲、下界の豊饒豊作を左右する大雨の降止を掌る男神である。また果凍瀧の持つ性質、龍神自らの持つ性格から、人の記憶・感情は無論のこと、縁結びから夫婦間の不仲の仲裁まで、人の心を知り、人に最も近い神として、古くは信仰されていた。
しかし時代の流れと共に灌漑技術が発達し、雨乞いに頼らずとも水を手に入れて使いまわす術を知った人は次第にこの神の存在を忘れ、彼を祭る寺社は全国から消えた。忘れられたことを嘆き、自らを奢り敬いを忘れた人に憤慨した神は遂に果凍瀧の主である義務を同じ水神である闇霎神に譲り、高天原より姿を消してしまった。
その時、誰が気付き得ただろう。超常的存在たる神でさえ、輪廻の環に入ることを。
しかし彼は、その時百一回目の転生だった。
一〇一回目。ある神官の家に産まれ、御秡如と言う姓を背負い戦の中に生きた。
度重なる戦に幾度も住居を変え各地を転々とする忙しない生活ではあったが、それでも兵として戦に巻き込まれないだけ平和と言えば平和ではあった。しかし戦乱の中父が病死し、母も亡き後、大雨を自在に操る神の力を持った彼に跡目を奪われることを恐れた兄達は彼を追放し、当て所なく歩き続ける内に、誰に顧みられることもなく餓死した。
一〇二回目。寄せ集めの旅芸人の座長夫妻の間に産まれ、梵と言う名を持ち武士の時代に生きた。
当時から卑猥な芸は当時の警察が黙っていない。村の中でも特に奥深い、薄汚い溜まり場の一角のような場所で、彼は卑猥なモノを見せ付けることで一日の糧を辛うじて得ていた。だがそれも次の村への旅路にて追剥ぎに遭い、身ぐるみを全て剥がされ持ち去られた挙句、夫妻に見捨てられ獣に喰われた。
一〇三回目。貧乏な農村に産まれ、名らしい名もなく、丁度兵農分離の進みつつある世の中で生きた。
其処では村に続いた大旱魃を大雨によって救い、洪水が来れば祈祷によって堰き止め、また村の娘の恋心を見抜きその縁結びの仲立ちを密かに勤めるなどして、村では水神の生まれ変わりと敬われる一方、超常的な力を持った化物の子として若者勢からは後ろ指を差された。そして遂に疑心暗鬼を生じ止められなくなった男達に取り囲まれ、撲殺された。
一〇四回目。森の中に産み捨てられ、山の中に住む『人狼』の一族に拾われ、世から隔絶され生きた。
人狼は山奥にて独自の技術を培う医師の一家であり、同時に神と切り離された次元に於いて超常的且つ圧倒的な力を有する、正に人狼の一族だった。彼もまた例に漏れず、己に寄り付き害を成そうとする者は神の持つ力によって退けた。己を拾った一族を殺さんがために山狩りを行い始めた村から雨を奪い去り旱魃によって壊滅させ、幕府の遣いさえも川を氾濫させ退けた。そんなことを長く続け、彼はその一族の長となり、百歳を越えて大往生を遂げた。
一〇五回目。密教の家系に産まれたが、名を貰う前に海へと捨てられ、溺れる暇も無く鮫に喰われ死んだ。
一〇六回目。意志の無い畜生に落され、己が何かも分からないまま酷使され、そして過労死した。
一〇七回目。何でもない家に産まれ、瀧澤、と姓を名乗り、戦後の復興途中にあった中流家庭に育った。
それは、今までの苦痛が馬鹿に思えるほど、平々凡々たる人生だった。経済の泡が膨らみ始めた頃には呑気に家業の修理屋を継ぎ、その上妻まで貰い、決して裕福とは言えないが貧乏でもない、そんな野心のない暮らしをしていた。経済の泡が弾け日本中が大恐慌に陥っても夫妻の生活は中流を保ったまま、ただ平凡に、神としての能力が遂に人に知られる事もなく寿命を向かえ、二人ともごく穏やかな老衰の往生を迎えた。
一〇八回目。母子家庭に産まれ、龍泉寺と言う姓を持ち、現代の世に育った。
学校の行事で必ず雨を止ませ、人の恋心を寸分の狂いなく当てる。そんな非科学的な神の力は全てが「超能力」と言う括りに纏められ、彼は瞬く間に白眼視され、苛めの対象となった。その果てには同級生からの袋叩きに遭い、一時は死線を彷徨い歩き、漸う回復したその直ぐ後に友人を亡くした。
————。
- Re: 「さあ皆、鬱になれ」 ——曖昧模糊な短編集 ( No.36 )
- 日時: 2012/01/29 23:51
- 名前: N.Clock ◆RWBTWxfCNc (ID: 5E9vSmKZ)
- 参照: 人を知る者、人の藁たれ。
「いや、私が彼の存在に今まで気が付かなかったのもそりゃあ悪かったが——中々どうして、これは凄絶な過去を送ってきたようだね。道理で今、龍泉寺君がこんなネガティブで現実的で冷たい性格になるわけだ。輪廻はどうも度を重ねると、転生する前の体験から性格が段々変わってくるとは聞いた覚えがあるけども——」
過去の千年分近い閻魔帳を書庫から引っ張り出し、その頁を一枚一枚丁寧に捲りながら、普段の女々しい様子からは想像を絶する気難しい表情を宿した閻魔が頭を抱える。その横で読了し山積みにされた本を手早く書庫へ仕舞い込みながら、八咫烏の仁が独り言めいた閻魔の言葉に声を上げる。
「邑雲汪様と言うのはどうも、感情を掌る神と言うよりは——苦悩を掌る神なのではありませんか?」
「苦悩? まあ、それを言えば、一番人と神とが近づける感情と言えば苦悩とも言えないことはないけども……」
言い澱む冥界の主の思考の隙間に、鴉の口は鋭く切り込んでいく。それは恰も剃刀の如く。
「そうでしょう。人が神を頼る瞬間と言えば悩んでいるときか苦しんでいるとき、または酷く哀しいときとほぼ相場は決まっております。嬉しいから神を頼り、楽しいから神を祝うと言う人は中々に居ますまい。だからこそ彼の龍神が最も人に身近である存在として、古くから辛酸の海に溺れかけた民が縋りつく縄として信仰されていたのでしょう」
「で、人から信じられなくなったこの邑雲汪さんは、人の苦悩をより知り、人により近づくために自ずから人道に落ちたとでも言うのかい。ま、一理あるっちゃ一理ある理屈ではあるけど、でもそれを裏づけできる証拠はほぼ無きに等しいなァ。果凍瀧が象徴しているのは普通人の記憶だからねぇ……」
ぶわっ、と投げ出された分厚い閻魔帳数冊を器用に本棚を蹴って飛び上がり、空中で受け取る。そしてそれを後生大事に抱きかかえたまま音も立てず着地して、仁は何事も無かったように本棚に閻魔帳を詰める作業に戻っていった。そのルーティンワークの合間にも、彼の寡黙に見えて饒舌な口は尤もな理論を紡ぎ続ける。
「果凍瀧が人の記憶を掌るという、その固定観念自体を頭から追い出した方が良いかもしれません。数日間あの瀧が封じていた記憶を見ましたが、映し出される情景は戦の光景や日々の暴力沙汰、夫婦喧嘩から痴話喧嘩、そして苛めの光景と家庭内暴力の有様が殆どでした。残る記憶も、言葉で表すのであれば「憂鬱」であるかと」
「どちらにしろ、喜楽に関しての記憶はそこには無かった訳だね。苦と哀ばかりであると」
苦々しい顔をしながら頭を掻き毟る閻魔に、仁はしれっとした口調でまた答える。
「そういうことになります。果凍瀧の存在それ自体が苦悩とすれば、瀧の流れは恐らく今までの一般論通り、人が記憶に封じ込めている恨み辛み、或いは悲しみ嫉妬からの開放——つまりは記憶の忘却を掌るのでしょう。それを憤慨した邑雲汪様が流れを堰き止めてしまった為に、人は今までのように忘れて過ごせなくなってしまった」
「それは確かに、忘れられるなら殺人事件の半分は消し飛んでるだろうなァ」
言いながら、閻魔が閻魔帳の片付けをしようとして欠伸を噛み殺しつつ席を立とうとした。
刹那、漂った異様な空気が閻魔の挙動を強制停止させる。
そして挙動がまたゆっくりと始まったその時、書庫の扉が乱暴な音を立てて半ば押し飛ばされるようにして開き、窶れ果てた表情の人影が二つ入り込んできた。
一つは酷く草臥れた真っ黒なスーツを纏う青年、もう一つはやはり草臥れて裾がぼろぼろになった赤い官人風の服を纏う少年、二人ともつい先刻まで何処とも知れぬところに失踪しており、青年の方は龍泉寺と呼ばれる龍神、もとい果凍瀧主尊、少年の方は蘗川と呼ばれる、北方の武神多聞天の配下たる護法童子の一人であった。
数秒、痛い沈黙が広がった後。
「ちょ、御前等ッ! 今の今まで何処に消えてた、ッ!?」
気勢を取り戻し、文机を叩いて叫びかけた閻魔の口が、龍泉寺の冷たく、それでいて奥に何ともいえぬ悲壮を込めた一睨みで塞がれる。失踪する前の彼のなよなよしさは既にして消し飛び、其処には神が本来持つべき力を思い出し、そして人の苦悩と悲哀、同時に歓びや愉悦を知った、最も人を知る神が一柱、立っているだけだった。
「六道を見てきました」
世の果てを見たとは思えないほど穏やかな声が、凍りつく二人の頭の中で響く。驚くほどの静かな声は続く。
「如何にして人が罪を犯して来たのか、如何にして人が転生し、天に上り、そして墜ちて行くか、全てをこの目に見て、全ての話を耳に入れました。そして、地獄道を歩いていた僕と蘗川を追いかけてきた賢と闇霎さんから、高天原中の神様が総員で必死に僕と蘗川を探していたことも、貴方方の苦悩も、皆、詳細に聴きました」
今まで御免なさい——これからは僕が果凍瀧の主です——。
穏やかな涙声が、静かな書庫に響いて、後から聞こえてきた嗚咽に安穏と掻き消された。
<fin>
このお話はシリダク板のほうで別HNにて書いている、知る人ぞ知るファンタジー『神様の懐中時計。』から登場人物とネタをまるごと引っ張ってきました。実はこの話のこんな終わり自体はまだ公開されておりません(((
「こっちとあっち、どちらも見たよ〜!」なんて言う奇特な人は恐らくわかるかと思われますが、果凍瀧主さんの神名が違うのは、こっちが本名であっちが眷属としての名前だからです。こっちの無闇に長い名前の方が、神様としての本名です。
うーん、リンクしたほうが……まあいいや。
どーせ見る人いねーもん!(寂
それにしても、自分の中では近年稀に見るハッピーエンド……。
- Re: 「さあ皆、鬱になれ」 ——曖昧模糊な短編集 ( No.37 )
- 日時: 2012/02/07 22:16
- 名前: N.Clock ◆RWBTWxfCNc (ID: 5E9vSmKZ)
- 参照: 期末試験が目前に迫る中、私の気は確かか?
【受験】(部活の先輩より)
騎士官の試験が難しいことは知っている。
「——過去に創生在り。今に終結在り。未来に終焉在り。果てに輪廻在り。我、時の因果と流れの主たる唯一の王の名を借り、その眷属に命ずる。聖なる御名を持つ三人の王よ、我が声に答え力を示せ」
人を扱うに値しない人間など、見向きもされない。
より一段高い位置から戦況を見つめる洞察力、戦況に応じて的確に人を動かす統率力とカリスマ性、部下からの信頼と忠誠を得る人柄、己をも戦地に身を投じるだけの度胸や勇気と、身を投じながら敵を圧倒する自身の強さ、そして己の力と能力をひたむきに信じられる自信。それらを持てない者は、此処では必要とされない。
——高尚なことを吹いているが、果たしてそれらがお前に全て在るか?
——お前に能力はあるか? お前に人を操り己を律する力はあるか?
——生徒同士の痴話喧嘩に勝っただけで有頂天になっちゃいないか?
——自意識過剰、自分が強いとでも思っているのか?
——試験の成績だけを見て自惚れてはいないか?
そう、嘲笑気味に問われて自信を無くすようでは、やはり蹴落とされる。精神面の強さが無ければ、ただ貶され、泣いて謝った挙句、「此処に居る資格などない」と「出て行け」の二言で全てが終わり。王族護衛軍の評判は良いが、その登用試験は悪評高く有名だ。どこの軍でも同じような試験をするのに。
「——その字は<順接の長針>。常の因果を司り、正しき流れを統べる者。淀みなく真を告げる声に人は日を知り、また月を知る。そこに歪み無ければ、我の命は流れ正しく眷族共に知れ、彼等を只管に命へと駆り立てるなり」
騎士官は高学歴な人間の揃い集う所だと言う勘違いをしている輩は案外と多いが、それは間違いだ。
ただ優れているだけでは意味が無い。いくら技術を磨いても、戦術に関係の無い技術は無視される。
例えば竜や精霊を召還出来る魔法の達人が、情報処理に関する国家資格必須の情報戦略班を志望したところで、戦術プログラミングとその読解が出来なければ用無し。逆に基礎的な魔法しか使えないような脳筋でも、基本的に白兵戦が任務である中央先駆隊の第一班では、指揮者の守りを固める役として重宝される。
「——その字は<逆接の短針>。理を転じ、逆しまな強きを統べる者。流れを絶つ佇みに時は道を開き、未来は過去を知る。そこに強き芯あれば、我の命は正しく流れる理を転ずる力を得、来るべき災いを退ける力を持つるなり」
しかし、技術だけでは人が着いて来ない。人を集め魅了する人格も要る。
力とは即ち物理的圧力であり、同時に数による概念的圧力である。どんな優れた兵士でも、一人で一万の兵は相手取れない。一万の兵には少なくとも三千以上の兵を使わなければ押される。そして、その三千を指揮するだけの人格と三千の人を掻き集める何かがなければ、尉官以上の階級では必要としてくれない。
「——その字は<確定の秒針>。我が命に従う眷族の名を知り、その力を統べる者。歪みなきその歩みに全ての時と因果は従い、我は全ての事象の頂点に立つ。そこに王の御姿あれば、我の命と力は名を知り、一つの理となるなり」
王族護衛軍では、人の上に立てなければ、騎士官として失格なのだ。
ここでは、人の上に立てる資格が在るか、それを暗に問うている。頭では分かっていても、実践できる者は少ない。
「偉大なる王の元、我が手の内に、理、力と、栄え在れ。命を知りたる者、速やかに果たせ」
<fin>
独り語りと台詞のみ。風景描写も人物描写も、そんなもの一切ナシ!
作るほうが逆に難しい、そんなTHE☆手抜き臭漂うリハビリ短編。
ちょい時間ないので後書きはこのくらいで。