複雑・ファジー小説
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- 望夏の灯(短編・完結)
- 日時: 2012/02/21 04:27
- 名前: Lithics (ID: j553wc0m)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=12209
——それは、ただ綺麗な灯。夜の浜辺に広がる幾多の灯篭……蝋燭に紙を被せただけの簡素な造りだが、小さな炎が集まって揺れる様に目を奪われる。それを防波堤の上に座り、見下ろす僕は。きっとこの場にふさわしくもない、能面のような無表情で居るんだろう。
波間に攫われた紙灯篭の一つが、尚その煌めきを失わないのを見ても。灯りを並べる人々の皆が皆、哀しみと愛情を綯い交ぜにした顔をするのを見ても……
「廉、そろそろ時間だ。通夜が終わっちまうぞ……?」
「分かったよ、修介。だけど、もう少し……」
ふと、後ろから男の声。それでも灯から目を離さず声だけで返すと、彼は文句も言わず、隣に座り込んだ。此処は彼と僕……そして彼女が年に一度必ず訪れた特別な場所。通夜の会場から行先も告げずに出てきた僕を、彼が見つけられたのも別段不思議では無かった。高校に入って二年、ラグビー部に入ってすっかり体育会系の顔付きになってしまった修介だが……聴くと落ちつくような低い声だけは相変らずだった。
「ああ……。あいつは『迎え火』が好きだったな。良く不謹慎だと言ったもんだが」
「……今年は灯が多いね。修介、あいつも喜んでると思う?」
今さら、その感傷は無意味だ……しかし、それでも。毎年の盆には此処を訪れて、死者の霊を迎える火を見て、花火のようにはしゃいでいた彼女の姿が瞼に焼き付いて離れない。きっとそれは、隣に座る男、修介だって同じだろう。この揺れる灯の中の少なくない数が、世を離れたばかりのあいつを性急にも呼び出しているモノなのだから。
「だろうな。全く、わざわざ盆に逝くなんて……これを狙ったとしか思えんよな」
「はは、違いない……」
呆れたような修介の声は、全く変わっていなかった。今でも、拗ねたように反論する彼女が隣にいるような気がして。それを宥めるのが僕の役目で……時には修に重ねてからかい、ふてくされていく彼女を見て笑うのが……僕達の日常だった。それは当たり前のように続き、終わるとすれば歳を刻んだのち穏やかに……そう思っていたのに。
「……ほら、行くぞ。さっきから、おばさんがお前を探してるんだから」
「ん……」
声に応えて立ち上がり、砂浜に背を向けて……肩越しに、一度だけ振り向いてみた。目に映る、やけにぼんやりとした視界は涙のせいではなく……この地方の夜に特有な海霧の為だ。僅かに灯篭の和紙が濡れ、余計にその輪郭を滲ませる。その幻のような光景に、ふと一つの疑問が氷解するのを感じていた。
「そうか……綺麗だから。理由なんてそれだけかな」
「…………?どうした?」
薄く笑う僕に、修介が怪訝な顔を向ける。悔しい事にそんな事、この男はずっと前から分かっていたのだろうが。彼女が『迎え火』を必ず見に来た理由は、ただそれが綺麗だから。死者を呼ぶとか、盆の行事だからと。そんな事よりも、灯の本質……誘蛾の如き煌めきを好いていたのだろう。そういう、単純な奴だった。
「なんでもないよ。行こう」
「はあ……勝手だな、おい」
修の脇をすり抜け、防砂林へと歩く。追ってくる彼の、砂を踏む足音を聞きながら……やはり、そこに彼女の足音が足りていない事を思い知った。
——思えば。彼女が死んだという事を、僕はまだ自覚出来ていない。だから、この目から涙が流れる道理はなくて……繰り返し想うのは、最期の日の追憶。まるで自分に納得させるように、ふとした瞬間に思い出される光景だった。
- Re: 望夏の灯 ( No.4 )
- 日時: 2012/01/21 18:13
- 名前: Lithics (ID: 4oMZT1gB)
翌日、僕はもう一度、浜辺に赴いていた。本格的に盆の期間に入った為か、昨日まで砂浜を覆っていた迎え火の灯りはすっかり無くなっていて。宵闇が落ちてくる、群青色と黒が混じり合った空には、明るめの星光が揺れている……そんな曖昧な時間。
「……ちょっと遅くなったけど。美奈、これなら迷わず来れるだろ?」
服が汚れるのには構わず、砂浜に横になって。傍に置いた『迎え火』の蝋燭一本が、広い浜辺で唯一の灯り。だから、先に逝った人を迎えるには迷わなくて良いだろう。
(…………)
瞼を閉じると、心は不思議なほど穏やかで。相変らず涙は出ないし、彼女が居なくなったことが哀しくない訳ではないのだけれど。思いだしたのだ、それもこれも、美奈が望んだ事。『悪い魔法使い』に掛けられた悪質な魔法だ。
「ははっ、惚れた弱みかなぁ……」
……いつか、この閉じ込められた想いも薄れていくだろう。そうして魔法が解けて、少し大人になった僕が、彼女の為に泣ける日もきっと来る。だから、それまでは。七夕の伝説のように、一年に一度だけ帰ってくる恋人と言うのも……美奈ならロマンチックで好きなんじゃないだろうか。
(本当に来たら、ちょっとホラーだけどね)
半透明になった彼女が不機嫌そうな顔をしているのを想像して少し笑えた。ホラー映画や怪談の類が大嫌いだったのだから、自分がなっていたら酷い顔をするに違いない。
「ん…………」
浜風が吹く。生温かい感触に目を開けると、大して時間は経っていないのに空も浜辺も真っ暗になっていた。波と風の音だけが世界の全てで、眠ってしまいそうな心地好さに包まれる。そうして、波間に漂うような時間の後。
——横に置いた灯が、風に煽られて。ひとしきり揺らめいた後、ふつりと消えてしまった。
「……ああ、おかえり、美奈」
その直前、揺れる火の温もりが。僕の隣に座って笑う、彼女の温もりを感じたような……そんな幸せな幻視をもたらしてくれた。また目を閉じれば、やっぱり彼女が隣にいるような気がして。そのまま特に何をするでもなく……灯りの絶えた浜辺で、夜が明けるまで。
浜辺に灯の揺れる夏は、大切な人に会える。忘れられないのが弱さでも、それでも良いと思えたから……僕は夏を待ち望む。
——じゃあ、また来年も。出来るなら、君と二人で。
- Re: 望夏の灯(短編・完結) ( No.5 )
- 日時: 2012/01/22 01:52
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: 6KYKV6YZ)
初めまして。そして完結おめでとうございます。
今まで読んだ短編で一番好きです。スッキリとしてて読後感が最高でしたん。
素敵なお話ありがとうございましたっ。
- Re: 望夏の灯(短編・完結) ( No.6 )
- 日時: 2012/01/22 17:15
- 名前: Lithics (ID: x40/.lqv)
>ryukaさん
読んで頂き、感想まで有難うございます!
あまり楽しい話では無いかなと思っていただけに
そう言って頂けて嬉しいですw
ryukaさんは『菌糸の教室』を書かれてる方ですよね?
以前、少しだけ読ませてもらった事があります。
近い内に、また読みたいなと思っていますので、宜しくお願いします。
- Re: 望夏の灯(短編・完結) ( No.7 )
- 日時: 2012/02/14 16:35
- 名前: Lithics (ID: xYJBB/ey)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode=view2&f=6011&no=22
この度、刹那様に鑑定して頂きました
結果は参照から。
- Re: 望夏の灯(短編・完結) ( No.8 )
- 日時: 2012/02/14 16:38
- 名前: Lithics (ID: xYJBB/ey)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode=view2&f=6060&no=14
連続になりますが
卵黄様に鑑定して頂いた結果を載せます。
参照からどうぞ
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