複雑・ファジー小説

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式姫—シキヒメ—【コメントに飢えています、誰かプリーズ】
日時: 2012/04/09 00:36
名前: アールエックス (ID: 1866/WgC)

 1 プロローグ

 五年前、第三次世界大戦末期 ポイントG—13エリア戦区

 照りつけるような太陽が浮かぶ砂漠に、キャタピラの金属音や野太い男の怒号が響き渡る。
 黄色の砂で満たされた大地の上にはところどころテントが張られ、その間を銃を持った兵士達が忙しなく駆け回っていた。そのほかにも戦車やヘリコプター、軍用車両などが数百メートルにわたって並んでおり、それらは彼らが軍隊以外の何者でもない事を意味している。
 かなりの規模の部隊の中でただ一人、壮年の将校が陣営の中を歩きながら指示を出していた。
「第三機甲小隊は左翼に展開してそのまま待機! 第四歩兵分隊の配置も急がせろ!」
「イエス、サー!」
 兵士たちの威勢のいい返事に、彼は一度頷いてから再び別の部隊へ歩いて行く。そしてまた次の場所でも各々へ命令を出す。
 それを何度か繰り返して彼は陣の端にある小高い砂丘の上に登って行った。
 砂丘の上には数名の白衣を着た男達が簡易的なテントの下でコンピューターを操作していた。
 砂塵防止かガスマスクを着ける彼らは将校が来た事に気付くと、作業を止めて立ち上がる。
「……これはルチエン中尉。今回はこちらの実験にご協力いただき、感謝いたします」
 うやうやしく頭を下げる彼らに、ルチエン中尉と呼ばれた将校は言った。
「構わない、余計な前置きは無しにしよう。今回の実験は新兵器の稼働試験とあるが、我々の任務はその間の護衛及び敵対勢力の排除となっている。だが、私の部隊は旧型兵器の混成部隊でしかない。敵に式神が配備されていた場合、戦力としての期待はしないでもらいたい」
 式神とは、第三次世界大戦の中期に開発された装着型兵器の名称である。
 人間の生命力を解析しエネルギーとして利用する兵器で、絶大な火力を誇る代わりに人間の生命力を大量に消費するという諸刃の剣だが、結局は戦車や戦闘機などの旧型兵器では相手にならないのは明白な事であった。
 それを考慮しての将校の言葉に、男はおどけた風に肩をすくめて言った。
「問題ありませんよ。今回実験に使う新兵器は式神を元にして制作したものですから」
「迎撃は可能、ということか。ならば我々は作戦開始時間まで待機を……」
 将校が無線を手に踵を返そうとしたその時、突如どこからか爆音が響き、陣地の一部が派手な土煙と共に跡形もなく吹き飛んだ。
 突然の攻撃にも部下の手前大きくはうろたえず、将校は手に持った無線機に声を張り上げた。
「砲撃か。どこからだ!?」
『ぶ、分析中です! ……出ました。八時の方向、所属不明の旧式式神を確認、兵種は…砲撃型式神一機と強襲型式神二機の三機編成です』
 対応した兵士の声が後半震えていたのは将校の聞き間違いではないだろう。それだけ式神というのは畏怖の対象なのだ。
 すでに目視できる距離まで接近していた式神への攻撃を開始させながら将校は男に尋ねる。
「くっ、式神三機とはまた御大層な編成で来たものだ。我々は急ぎ迎撃準備を進めるが、実験はどうする? 中止するのか」
「いえ、稼働ついでに戦闘能力も測っておこうかと思います。ですので、こちらの準備完了までの時間稼ぎをお願いしますよ中尉」
 男はそう言って他の研究員たちと共に必要最低限の機材だけをまとめて移動し始めた。
(時間稼ぎとは、難しい注文をしてくれる……む)
 と、不意に後ろへ気配を感じた将校は背中越しに振り返った次の瞬間横っ跳びに転がった。
 一瞬前まで将校のいた位置を巨大な砲弾が音速以上の速さで通過していく。
 見れば、数百メートル先の上空に巨大なカノン砲を備えた式神が浮遊していた。一発ごとに手動で再装填する必要があるらしく、生身では持つことすら困難な大きさのボルトを搭乗者の兵士が後ろにスライドさせているところだった。
 しかし、式神がその砲口を再び将校に向けようとした時、その装甲に無数の砲弾が降り注ぎ式神に乗る兵士は空中で態勢を大きく崩した。
 それでも将校の表情は晴れない。
(これでは足りん、式神にただの砲弾では大してダメージを与えることはできない……!)
 今も陣地の上空に浮かぶ三機の式神には大量の砲弾やミサイルが殺到しているが、それだけである。味方の与える攻撃はどれもが式神にとって致命打足りうるものではないのだ。
 式神は絶え間なく襲いかかる攻撃など物ともせず、眼下の敵兵器群に一撃必殺の攻撃を見舞う。
 たった一発の砲弾で数十人規模の兵士が吹き飛び、一発の銃弾で戦車がただの鉄くずに成り下がる。これが式神と旧型兵器の圧倒的戦力差だった。
(式神相手に旧型兵器で挑んだ以上戦死する覚悟はできているが……これでは犬死にだ)
「…………」
 研究者の男には悪いが将校が頃合いを見て部隊への撤退命令を送ろうとしたその時、戦場に光が迸った。
「な、なんだ!?」
 将校は驚きの声を上げるが、驚いたのは将校だけではない。
 太陽すら超えるのではないだろうかと疑うほどの光量が将校の視界を覆い尽くし、膨大な量の光の束が空中に滞空する三機の式神を包み込んだ。
 ———ゴオオオオオオオオオオオオッ!
 爆音と閃光が世界を支配する、全てを掻き消すかのような純粋な破壊。
やがてそれらが収まった後には三機の式神がいた跡などどこにも存在しなかった。装甲の欠片一つ残さぬ圧倒的な火力に将校は戦慄しながらその破壊をもたらした者を見る。
 そこには機体の一部以外何の変哲もない、たった一機の式神が浮遊していた。
 むき出しのコックピットを囲むいぶし銀の装甲。背面の小型バーニア。両腕に装着された多層シールド。複雑な構造のハイヒールのような脚部。
 そして、機体の比率的にアンバランス過ぎるほど巨大な右肩の巨砲。
 他のパーツはある程度洗練されたデザインであるのに対し、その部分だけはゴテゴテとした動力ケーブルや内部構造がむき出しのままだった。
 まるで、まだ開発途中だったのを急遽戦地に輸送したかのようにも感じられるその式神は、未だ蒸気を上げ続ける砲身を下に向けてゆっくりと降下を始める。
 同時に将校の持っていた無線からどこか久しく感じる研究者の声が響いた。
『ご無事ですか中尉! それより見ましたか、今の砲撃』
「ああ……。凄まじい威力だな」
『そうでしょう!? いかに旧式とはいえ式神三機を一撃ですよ!』
「…………」
 嬉しそうにまくし立てる男に将校は浮かない顔で尋ねる。
「それはいいのだが……あれだけの大出力砲撃をしてしまっては、パイロットの方はもう……」
 式神は命を糧に戦闘を行う兵器。その戦闘能力は消費する生命力に比例するため先程のように莫大なエネルギー量の砲撃を行った場合、搭乗者の命はそれだけで吹き飛んでしまってもおかしくないのだ。
 しかし、男はケロリとした様子で返す。
『え? いえいえ、パイロットの心配はしなくても大丈夫ですよ。我々がこれを作ったのはまさにその生命力枯渇によるパイロットの死亡率をゼロにするためなんですから』
「なに……?」
『我々の作りだしたこの兵器は式神と人体を完全に融合させ、擬似的な永久機関を搭載させることによって式神による人体への様々なデメリットを削除した兵器の試作一号機なんです。だから、生命力を使い果たす事はまず無いし、肉体と式神をリンクさせることによって更に兵器としての強さを確立する事が出来ましたよ』
 荒唐無稽ともとれる男の言葉に将校は聞き返していた。
「人体と式神を融合だと……、人権に反しているんじゃないのか? それは」
『問題ありませんよ。彼女はすでに戸籍も人権も失った戦災孤児ですからね。このご時世、いくらでも材料はいるんですから』
「…………」
 残酷に言い放つ男の言葉に将校は黙りこくるが、彼に研究者の男を責める権利は無かった。
 あの式神に乗っている彼女なる人物は、もしかしたら将校のせいであの場所にいるかもしれないからだ。
 戦争の裏には必ず力無い者が虐げられている。戦争が行われる以上世界のどこかで誰かが悲しみに暮れているのだ。将校は少しでもそういう者を減らそうと努力し、部隊の人間にも不必要な破壊や略奪は厳しく取り締まってきた。
 だが、それでも少なからず不幸な運命に叩き落とされる者はいる。それが世界中で戦争が起きているならなおさらだ。
 そして今、新たな兵器の素体となった少女を見て、将校は何も言えずに軍帽を目深にかぶった。
 それを遠くから見つけたらしい男が無線から何かを言おうとする。
『どうしました、中尉。彼女に同情でもしてるんですか? 必要ありませんよ、彼女にはそんなものを感じる感情など……ッ!?』
「? どうした、一体何が…」
 無線の向こうで男が息をのむ気配を感じた将校は聞き返す。だが、返答は無い。
 代わりに、複数の人間が口々に騒ぐ音と、キーボードを叩く音だけが返ってきた。
 何やら不穏な気配を察した将校は数百メートル先に鎮座する式神から目を離さずに、危機を脱したことで気が緩みかけている部下達に簡単に警戒を促しておいた。
「…………」
 相変わらず無線からは騒がしい音声だけが響いているが、それらはさらに将校の嫌な予感を加速させていく。
 そして、それは起こった。


 
 

Re: 式姫—シキヒメ—【参照100超え感謝!!!】 ( No.21 )
日時: 2012/03/30 00:36
名前: アールエックス ◆Ue1gYEb5SI (ID: 1866/WgC)

「ほ、ほら。知り合いがいたんだよ。よく見ろって!」
佑人は自分の影になっていた琴華を櫛名に見えるよう体をずらしてみせる。
(あまり琴華とこいつらを会わせたくなかったが、仕方ないか……ってなんか櫛名の様子がおかしいぞ)
「…………」
 琴華の姿を見た櫛名は拳を握りしめ体をぷるぷるとふるわせて固まっている。
 不審に思った佑人が櫛名に尋ねようとしたその時。
「……櫛名? 一体どうし」
「キャ———! 超可愛い〜〜!」
 突然錯乱したかのように跳躍した櫛名はそのまま琴華のもとへダイブ。その小柄な体を力いっぱいに抱きしめた。
「きゃあああああああああああ!?」
 いきなり抱きつかれた琴華は悲鳴を上げてその拘束から逃れようと身をよじるが、櫛名の人並み外れた馬鹿力のせいでまったく抜け出せていない。
「うう〜っ! は、離して、何なのさ一体!?」
「なんなのこの子! 可愛すぎる〜!」
「か、可愛い……って、来ないで! いやああああああ!?」
「き、琴華!」
「助けて佑人! このままじゃ僕、窒息し……もごっ!?」
「琴華ぁ———!」
 佑人に向けて琴華は精いっぱい手を伸ばしたが、歌蓮ほどではないが同年代の中でも少し大きめな櫛名の胸に顔をうずめさせられてその手はだらん、と力を失った。
 その後、佑人と川上の手で櫛名から解放された琴華はぐったりとした様子で佑人の陰に隠れてしまっている。どうやら櫛名に対して並々ならぬ恐怖を植え付けられてしまったらしい。
「怖いよ佑人ぉ……あの人怖い……」
 琴華は珍しく消え入りそうな声をあげて佑人の服の裾にしがみついて離さない。
 その琴華をこんなふうにした張本人はというと、川上と佑人でなんとか縛りあげた後はその辺の床に鈴の見張り付きで転がしてある。
「やれやれ、なんとかおとなしくなったのぜ。ところで佑人、そのお嬢ちゃんは誰なのぜ?」
 服に付いたほこりを払いつつ琴華を指さしながら尋ねる川上に、佑人は自分の後ろに隠れている琴華の背中を押した
「こいつは日月琴華って言って……まあ、知り合いみたいなもんだ。ほら琴華、自分でも名乗りな」
「ひうっ……」
 川上にさえ恐怖を露わにする琴華に佑人はため息をついて首を振った。
「ダメだなこりゃ。相当トラウマが深いみたいだ」
「瀬戸はいたいけな少女に一生消えない心の傷を負わせたのぜ」
「む———っ! む———っ!」
「何を言ってるか分かんねえよ」
 それは違うとでも言いたげな櫛名の呻き声に佑人は仕方なく口に巻いてあった布だけを解いてやる。
「———っぷはあ! あんた達ねぇ、問答無用で人を縛りあげてんじゃないわよ!」
「問答無用で琴華に抱きついてあまつさえトラウマを刻みつけたのは誰だ?」
「うっ……しょうがないじゃない、その子が可愛すぎるんだから」
 櫛名の言葉を聞いて琴華がぽっ、と頬を赤らめた。
「ぼ、僕が…可愛い……? ねえ佑人、僕って可愛い?」
「可愛いって言葉で簡単に惑わされるなよ……」
 そう言えば抱きつかれてる途中も可愛いという単語に反応していた気がする。
 琴華の将来に一抹の不安を覚えながら、佑人は床に転がっている櫛名に至ってまじめな顔で言った。
「おい櫛名。琴華が可愛すぎて思わず抱きついてしまったというのはこら琴華お前が抱きつくんじゃねえ俺を怒らせたいのか! ……ごほん、とにかく抱きつきたくなったのは分かるがお前にも非があるのは確かだ。反省してるならきちんと琴華に謝らなくちゃな」
(まぁ当の本人は可愛いの一言で機嫌は治ってるけど)
 佑人は内心そう思っていたが、ケジメははっきりつけなければならない。
言われた櫛名は唇をとがらせながらもうつぶせの状態で器用に頭を下げた。
「ご……ごめんなさい」
「だそうだぞ琴華」
「……えへへ〜。僕が可愛い……可愛いかぁ〜」
「…………だそうだぞ櫛名」
 赤く染まった頬に両手を当てて上の空状態の琴華に佑人はげんなりしてため息をついた。
「はぁ……まあいいか、喜んでるならそれで。ところで、琴華はこれからどうする? 俺達と一緒に遊ぶか?」
「気持ちは嬉しいけど、時間的にそれは難しいと思うよ?」
「え?」
 琴華が指さす方にはゲームセンターの壁に掛けてある時計があり、その針は四時五十分。佑人や櫛名にとっては寮の門限まであと十分を切るところだった。昨日に続き遅刻ギリギリな時間である。
「———やっべええええええ! 忘れてた! 間に合わなかったら寮監のババアの折檻&食堂のおばちゃんの晩飯抜きフルコースじゃねえか!」
「急ぐわよ佑人! 今ならまだ走れば間に合うかも……」
「……櫛名さんも佑人さんも短距離走向けの体つきであり、ここから寮への道のりはかなりの距離があるため時間内に走破は難しいかと」
「なんでそんな事が分かるの!? て言うか凄い特技ねそれ」
(………鈴は式姫だから、生命力の流れとかそんなもので分かるんだろうか……)
「……お前ら結構余裕なのぜ?」
 そんなやり取りの後、佑人と櫛名は一人で残しておくと何をしでかすか分からない川上の首を引っ掴み、店の外に飛び出す。
「さあ、走るわよ佑人!」
「分かった。その前に……琴華、明日もここに来れるか?」
「へ? うん」
「よし。じゃあ明日は全員、改めてここに集合って事で。行くぞ櫛名! 川上!」
「ちょっと待って俺は行きたくなぎゃあああああああああ!?」
 掛け声とともに、佑人と櫛名は後を引く川上の悲鳴を残して走り去っていった。
 後に残ったのは呆然と立ち尽くす鈴と琴華。
 全速力で走っていく佑人達を見送っていた琴華に鈴は言った。
「……現状、あなたに対して警戒は緩めませんが何らかの動きがあるまで攻撃はしません。佑人さんはあなたを気に掛けているようですし、しばらくは保留と言う事にしときましょう。よろしくお願いします、日月琴華」
「彼の『剛拳』に認めてもらえるなんて光栄だね。よろしく高野鈴」
 二人はしばらくそのまま見つめ合っていたがどちらからともなく視線を外した。
「………私達も帰りましょうか」
「……そだね」
 鈴が静かにそう呟き、琴華もそれに同意して二人はそこで分かれた。
 こうして、この日のゲームセンターでのゲームバトルは幕を閉じたのだった。

Re: 式姫—シキヒメ—【参照100超え感謝!!!】 ( No.22 )
日時: 2012/04/03 19:35
名前: 愛河 姫奈 (ID: ZUrGQhyc)

こんにちは〜来ましたよ…って、こんなに長い文良く描けますね?!
驚きました。見た瞬間驚きで口が閉じませんでしたww
私の小説、全然長くありませんけど?!すげぇ…
いろんな武器が出てきておいしいです^p^名前覚えようかな←
また顔出しますね—では^^ノ

Re: 式姫—シキヒメ—【参照100超え感謝!!!】 ( No.23 )
日時: 2012/04/03 19:50
名前: アールエックス ◆Ue1gYEb5SI (ID: 1866/WgC)

字がびっしり過ぎて読みにくくてすいません……

Re: 式姫—シキヒメ—【参照100超え感謝!!!】 ( No.24 )
日時: 2012/04/09 00:24
名前: アールエックス ◆Ue1gYEb5SI (ID: 1866/WgC)

 5 忍び寄る影

 翌6月27日、ゲームセンターには佑人、櫛名、川上、鈴、琴華。そして何故か汐音と歌蓮も集まっていた。
 汐音は佑人達の後ろで腕を組みんで静かに笑う。
「ふふふ。こんな面白そうな事をしているとは、佐久間君はなぜ私達に黙っていたのだ?」
「そうねぇ、私達だけのけ者って言うのも少し悲しいわねえ」
その隣の歌蓮も糸目を普段よりさらに細めて汐音の言葉を肯定する。
「…………」
 何やら自分達だけ仲間外れだったのを怒っているらしい二人を見て、佑人は嘆息した。
(ホント、どうしてこうなった……)
時は放課後まで遡る。



 スピーカーから流れるチャイムの音と共に7月13日の授業はすべて終了した。
 それを理解した途端、佑人の手は自動的に机の横に掛けてある鞄へと伸ばされていた。
「よし、櫛名! 川上! 鈴! さっさと行くぞ!」
 と、佑人は威勢よく声を張り上げる。
 だが、呼ばれた3人はあまり芳しくない表情で言った。
「ちょっと待って、あたし委員会に出なきゃいけないから」
「俺も音楽室の掃除があるのぜ」
「……私は、クラスの方に学校設備の説明をしていたただく約束があるので…」
 それぞれ三者三様の遅れる理由を告げる3人に佑人は顔をしかめた。
「しょうがねえな、んじゃ俺は中庭のベンチで待ってるからさっさと終わしてこいよ」
 そう言って佑人は一旦3人と別れ、学校の中庭へと向かう。
(やれやれ、急に三人とも用事が入るなんてついてねえな。ま、気長に待つとするか)
 ごろん、と中庭のベンチに寝転がった佑人はゆっくりと息を吐く。
 しばらく寝転がっていると、段々瞼が重くなってきた。ここ数日はずっと忙しかったために珍しく疲れがたまっていたらしい。
「…………」
 木陰の下で佑人がうとうとしていると、瞼越しに見えていた日の光が不意に途切れた。
 太陽が雲にでも隠れたのだろうと佑人が気にも留めずに寝がえりを打った時、ふと誰かの笑い声か何かが聞こえた気がして佑人は薄く眼を開ける。
 見えたのは深い漆黒の瞳と同じ色の短く切り揃えられた髪。それらとは対照的な白磁の肌。
 しばしの間それらに魅入っていた佑人は、目の前にいるのが誰なのか理解した瞬間慌ててベンチから飛び起きた。
「……し、汐音さん!?」
「正解だ。油断しすぎだぞ佐久間君」
 しゃがんで佑人の目線に合わせていた黒髪の美少女———汐音は笑みを浮かべてそう答えた。
「居たなら言ってくださいよ。びっくりしたじゃないですか」
「すまない、気持ち良さそうに寝ていたから起こすのも悪いかと思ってね」
 言いながら、汐音は何故か右手に持っていた黒い携帯を開く。
「何してんるんですか? 汐音さん」
 佑人が怪訝な顔をして尋ねると、汐音はやけに深刻な顔で。
「……佐久間君。先に謝っておくが許してほしい、出来心だったんだ」
「はい? なんで汐音さんが謝って……」
「これだ」
 そう言って汐音が見せた携帯の画面にはベンチの上で寝転がり、目を閉じている佑人の顔。要するに佑人のさっきまでの寝顔が映っていた。
 絶句する佑人の前で汐音が沈痛な面持ちで両手を合わせる。
「すまない、君の寝顔を見ていたらつい撮りたくなってしまったのだ。何やら使命感のようなものが胸の中に芽生えてな」
「いやいやいやおかしいでしょ。何ですか人の寝顔が撮りたくなる使命感て。単にいたずら心が騒いだだけですよ!」
「許せ……これは本当に出来心だったんだ」
「嘘だ! こうもすんなり人の寝顔を隠し撮りできるなんて素人の腕じゃない!」
「見たまえ佐久間君、なかなか可愛い寝顔じゃないか」
「すでに人をからかう気満々ですね!」
 佑人が叫ぶと、汐音はとうとう堪え切れなくなったのかそれまでの表情から一変して肩を震わせて笑いだした。
「ぷっ……くく、はははははは!」
「何を笑ってるんですか」
「い、いやすまない、くくっ。君の顔があまりにもおかしくて……あははっ」
「さいで」
「悪かったよ、そう怒らないでくれ。器量の狭い男は嫌われるぞ佐久間君」
 佑人と汐音がそんなやり取りをしていると、そこにどこか間延びしたような声が足音と共に響いた。

Re: 式姫—シキヒメ—【コメントに飢えています、誰かプリーズ】 ( No.25 )
日時: 2012/04/11 23:56
名前: アールエックス ◆Ue1gYEb5SI (ID: 3edphfcO)

「珍しいわね、汐音姉さんと佐久間君が一緒なんて。二人で何を話してるの?」
 セミロングの髪を揺らしながら、歌蓮は汐音と佑人の傍まで歩いて来る。
「ああ、丁度いいところに来たな歌蓮。見ろ、これが佐久間君の寝顔だ」
「あんた反省の色はまったくなしだな!」
「えー、佐久間君の寝顔? 見せて見せて」
「歌蓮さんもそんな興味津々で見ようとしないでくださいよ、まったくもう」
 汐音の携帯を取り上げた佑人が自分の寝顔のデータだけを消して汐音と歌蓮のほうに視線を向ければ、二人は心底残念そうな顔をしていた。
(そんなに見たかったんかい)
「別に寝顔なんて……鈴のでも撮っていればいいじゃないですか」
 呆れた佑人がそう言うと、なぜか汐音は顔をそらした。
 歌蓮の方も佑人が目線を合わせようとした途端、あらぬ方向に顔をそらす。いつもの笑顔もかなり引きつっていた。
「…………」
「え? なんすかその沈黙」
「……佐久間君、世の中には聞かない方がいいことがあるのだよ」
「そうね、知ってしまったら戻れないものね。だってあの子の部屋は……」
「———お姉さま」
 不意に———そう、本当にどこからやって来たのか分からないほど不意に、佑人たちのすぐ後ろから鈴の無感情な声が響いた。
 同時に、汐音と歌蓮は悲鳴こそ上げなかったものの、全身をびくっと震わせたのが目に見えてわかる。
 そんな二人に鈴は抑揚に乏しい声で問いかけた。
「お姉さま、一体どうしたんですか。顔色が優れないようですが」
「そ、そうか? 至って私は問題ないぞ、うん」
「……私を見てから汐音お姉さまの心拍数が急激な上昇を見せています。もしやお姉さまは、何か私の個人的な情報をを佑人さんに教えていたのではありませんか?」
「な、何を言ってるのよ。汐音姉さんが人のプライベートをばらすように見えるの?」
「……歌蓮お姉さまの心拍数も同様に上昇の兆しを見せています。何かお心当たりが?」
「う………」
「むう………」
「……なんでそこで俺を見ますかね」
 鈴に追い詰められた二人は、頼みの綱である佑人に助けを求めたようだ。無言で「助けて」と告げている二人に佑人はため息をつくと、さらに二人を問いただそうとしている鈴に向かって言った。
「安心しろ鈴、俺は二人から何も教えられちゃいねえよ」
「ですが、断片的に聞こえていた会話の中に『寝顔』がどうとか言っていたような気がするのですが」
「…………」
 佑人は無言で汐音と歌蓮に向きなおる。
 そして晴れやかな笑顔で言った。
「すいません、無理でした」
「いくらなんでも諦めが早すぎじゃないか!?」
「もうちょっと頑張って!」
 早くも諦めた佑人に汐音と歌蓮が叫んでいると、それを見た鈴が息を一つ吐き出した。
「……もう何も言いません。無実なのはわかりましたから、こんなところで喧嘩は止してください」
「う……そうだな。確かに不毛な争いだったかも知れん」
「そうね、そろそろ止めにしましょ」
(……この人たちは本当に鈴の姉なんだろうか)
 鶴の一声に一瞬で静かになった二人を佑人は半眼で見ていた。
 と、そこに新たな二つの足音が響いて佑人は振り返る。
「あ、鈴さん、佑人。ここにいたのね」
「やっと掃除が終わったのぜ〜」
「おう、お前ら遅いぞ」
 そう言いながら歩いてきた櫛名と川上に佑人は手を挙げて応えた。
 その言葉に対し櫛名は唇を尖らせて反論する。
「しょうがないじゃない、委員会の仕事が長引いちゃったんだから」
「んなもんサボっちまえ」
「あたしの成績を下げたいのあんたは」
「ていうかもう下がる余地が無いような……痛い痛い痛い腕が折れる!」
「あはは、弱すぎるぞ佐久間君」
 櫛名に関節を極められて悲鳴を上げる佑人を見て汐音と歌蓮が笑いだして、二人の存在に気付いた櫛名は首をかしげた。
「佑人、その人たちは……?」
「ああ、櫛名が知ってるわけないよな。俺もまだ昨日会ったばかりなんだが、この二人は鈴の姉の汐音さんと歌蓮さんで……」
「な、なにぃっ!?」
 唐突に川上に肩を掴まれて、さすがの佑人もたじろぐ。
「うわっ、なんだ川上! いきなり掴みかかってきやがって」
「今、汐音さんと歌蓮さんって言ったか!」
「そうだが……それがどうした」
「おまえ……気付いてないのぜ?」
「だから何を」
 川上が慌てている意味が分からない佑人が言い返すと、川上は舌打ちをして佑人に小声で言った。


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