複雑・ファジー小説
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- あなたを失う理由。 完結
- 日時: 2013/03/09 15:09
- 名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
どうも 朝倉疾風です。
性描写などが出てきます。
嫌悪感を覚える方はお控えになってください。
主要登場人物>>1
episode1 character>>4
episode2 character>>58
episode3 character>>100
episode4 character>>158
小説イメソン(仮) ☆⇒p
《episode1》
・まきちゃんぐ / 煙
htt☆://www.youtube.com/watch?v=kOdsPrqt1f4
《episode2》
・RURUTIA / 玲々テノヒラ
htt☆://www.youtube.com/watch?v=wpu9oJHg2tg
《episode3》
・kokia / 大事なものは目蓋の裏
htt☆://www.youtube.com/watch?v=LQrWe5_q6-A
《episode4》
・Lyu:Lyu / アノニマス
htt☆://www.youtube.com/watch?v=lSFYtyxojsI
執筆開始◎ 6月8日〜
- Re: あなたを失う理由。 ( No.197 )
- 日時: 2013/03/02 12:43
- 名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
『 陶酔 』
明日羽を守れなかった分、俺は明日羽を裏切らないと決めた。
明日羽を傷つける全ての災厄から守ろうと必死になって、そのためなら彼女を壊すことも躊躇なくできた。明日羽が望んでいるのなら、悠真とアイツが何をしているのか気づいても目をつむっていた。それが歪で異常だとわかっていても、止めることができなかった。
だって、もう充分に苦しんだんだ。
苦しんで苦しんで、現実から本気で逃避してしまうほどまで壊れたんだ。
落ちるところまで落ちて、これ以上の不幸はないってほどまで傷ついて。
だからもういいだろ。
甘やかしても。
悠真が苦しもうが弥生が泣こうがどうだっていい。
明日羽がそれで満たされるのなら、俺は──
「弥生は生まれてくるべきじゃなかったと思うんだよねぇ」
あの時、俺を見て自分を否定した弥生の目は、十六歳の目じゃなかった。淀んでいて、上澄みに溜まった黒がぼんやりと俺を眺める。学校に行かせていないせいか、仕草が本当に子どもっぽくて、ゲームを片時も手から離せない子に育ってしまった。こんな子ども育てたつもりはないと、自分自身を攻めるつもりはない。
もともと弥生を産むと言ったのは、明日羽だった。
それが現実から逃避した明日羽が言い出したことであっても、俺はなにも言わなかった。後で、正常に戻った彼女が弥生の存在を否定することなんて考えもしなかったから。
「だけどユウくんは大事にしてあげてほしいなぁ。弥生、ユウくんは好きだから」
同じ家で親と子が何をしているのかは、弥生も気づいているらしい。
狂ってるね、と吐き捨てるように付け足して、ようやく俺からゲーム機へと視線を落とした。
指が軽やかに動く。慣れたものだ。
「弥生はきみの子どもじゃないけれど、きみはユウくんのお父さんでしょう」
攻めている口調ではない。けれど、俺にとってはそれが死ぬよりも恐ろしい責め苦にしかならなかった。
悠真を愛しいと思う気持ちはもちろんある。俺と明日羽の子どもだから当然だ。父親になったという喜びは確かにあった。
けれど、それ以上にどうしていいかわからない。明日羽が、悠真を求めるならそれを奪うことは彼女に対しての裏切りだろう。
そんなこと俺にはできない。
「きみは優しいねぇ。その優しさに押しつぶされそうになっちゃって、かぁいそうだなぁ。どっちも選べないっしょ?大切だから。見限ることができないんだぁ。だから、流鏑馬凛太郎のことも何も言わなかったっしょ」
「それは、違う」
流鏑馬凛太郎から逃げるようにこっちへ引っ越したのはアイツを俺の手で殺すためだ。警察になんか渡すもんか。アイツは、俺の手で、殺してやる。
だから。
「殺気、すごいよぉ」
淀んだ瞳が俺を見る。
外見は幼いのにどうしてここまで相手を察するような目をするのか。
弥生は何もかもを見透かしたようにニヤリと笑った。その不意打ちの笑顔に、ドキッとする。
「きみは悩んでるんだよねぇ。ユウくんを助けて明日羽を壊すか、ユウくんを壊して明日羽を守るか」
「悩んでるわけじゃねえよ。もう決まってる」
「へえ。決まってるけど実行できないんだぁ。怖いんだねぇ、恐いんだねぇ」
「オマエはいいのかよ。俺が悠真と向こうへ行ってるあいだ、オマエは明日羽といるんだぞ」
重荷を背負わせているのはわかる。
弥生は何も悪くない。
俺は弥生に愛情を注ぐことはできないが、それでも同情することはできる。同情なんかで申し訳ないとは思うが、強姦魔と恋人の子どもを本当の子どものように育てろと言うほうが無茶だろう。
それを踏まえているせいか、弥生は俺に絶対に愛情なんてものを求めない。一歩引いたその姿勢がなんだか気を使わせているようで悪いとは思っていたけれど、弥生のほうも俺に「娘」と思われたくないよなぁ。
「ユウくんを守りたいのは弥生も同じだから」
柔らかく言う弥生の顔は「姉」のそれそのものだった。
悠真を泰邦さんに預けてしばらく経った頃、俺は悠真とはなんの関係もない赤の他人になっていた。
それは悠真が俺を忘れたせいでもあった。
なんでかはわからんが、悠真の脳みそは本当に都合のいいものになってしまったらしく、ゴミ箱にゴミを捨てるのと同じくらい、簡単に記憶も捨てることができた。
俺のことも覚えていない。
何度も町ですれ違ったのに、目も合わせない。
責められずにすむ、という考えは頭から振り払った。なにが責められずに、だ。許しちゃいけない。俺は俺を許しちゃいけない。
覚えていないのならそれでいい。
俺がこっちに残ったのは目的があったからだ。
流鏑馬凛太郎を殺す。
そのために弥生と明日羽を県外に置いてきたんだ。あいつらには、知られたくない。今さら人殺しになったところで俺は何も怖くない。
そう、思っていたのに。
流鏑馬凛太郎は既に死んでいた。
事故で。
あっけなく。なんの苦しみも感じないまま。
俺の溜まりに溜まったどす黒い欲望は浄化されることなく、吐き出されることなく、沈降していった。
だから驚いた。
久しぶりに見た自分の息子が、まさか、流鏑馬の娘と一緒にいるところを見て。
──流鏑馬、探してた本はあったのか。
悠真の口からその苗字が出てきて、ひどく目眩がした。
当然のように悠真と一緒にいる女子高生が、なんだか流鏑馬とダブって見えて、俺は確信した。
ああ、こいつ、あいつの子どもだって。
わかったとき、抑えていたものが一気に込み上げてきて、その小さい頭を割りたくなった。中身をぶちまけて、ぐしゃぐしゃにして、殺したい。
そういう欲望を発散しなかったのは、悠真が「普通」の子どものように流鏑馬笑日といたから。明日羽に襲われたときとは全然違う、何事もなかったかのような態度。
すぐそこに父親がいるのに、なにも気づかない。
「虚しいなぁ」
そうしたのは全部、俺のくせに。
「なんで流鏑馬なんかと一緒にいるんだよ」
よりにもよって、あの男の子どもと。
明日羽を汚した男と。
──アタシ、もう、ハルの顔見れない。どうしよう、恐いよ、ハル。アタシ、アタシ、あいつに、あの男に……っ、あ、ああ、ああああああッ!!
「俺が殺してやろうと思ったのになぁ」
勝手に事故死してやがるし。
もう、なんだこれ。
殺すか。
殺そうか。
流鏑馬のやつら全員。
「もしもし、弥生か。俺な、善人やめるわ」
- Re: あなたを失う理由。 ( No.198 )
- 日時: 2013/03/02 14:06
- 名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
05
サヨウナラ、と言われたから、ああこれで死ぬのかと客観的に思った。
現に、安西はわたしを殴ろうとしているし。
この酷い頭痛が継続しているのに、成人男性の拳を一発でも食らったら絶対に死ぬ。死ななくても、絶対に頭がキーンってなってクラクラして星が見えるに違いない。いっそのこと頭じゃなくて足かどっかにしてほしいなぁ。
視線を泳がせる。
あーもう見たくない。わざわざ殴られるのにどうしてこっちが遠慮しないといけないんだ。殴るのならすぱっと殴ればいいのに。
「あんまりここ汚さないでくれませんかぁ。一応、大瀬良サンの家なんだしぃ」
「うわあ、うわああああああ」
思わず本気で嫌そうな声を出してしまった。マジか。弥生さんもいるのか。
ゲーム機をピコピコさせながらうんざりした表情の弥生さんが障子を開けて入ってくる。
大瀬良さんの家ってことは、ここは大瀬良家の本邸か。だからこんなに広いのか。お金持ちだって言ってたっけ。
「悠真は見つけられたか」
「弥生が走るのものすごく遅いって知ってるでしょぉ?無理だよ、あんなん追いかけろなんてさぁ」
「あー……だよな」
そりゃあゲームずっとしている廃人さんに大瀬良くんを追いかけろ、なんて無茶な話だ。あの人、意外に足が速いから。
弥生さんは安西の手から煙草をとりあげて、畳の上に捨てる。だんだんっと煙がまだ出ている先端を足で踏み、火を消す。
「えっと……わたしの義理のお姉さんってことでオーケー?」
「ハジメマシテ、いもーと。弥生はずっときみのことを知っていたんだけどねぇ」
「いやだって、外見からして姉とか思わんでしょ」
「きみってホントにムカつくよねぇ」
むすっとしているみたいだけれど、小さい子どもがダダをこねているようにしか見えない。
ゲーム機の音がピコピコと聞こえるなか、安西が舌打ちをして弥生さんに詰め寄る。
「今から俺は笑日を殺す。オマエは出て行け」
「瑠依くんを殺したときもきみはそう言ったよねぇ。弥生はもう十八禁解禁してんだっつーの」
「うるせえよ。とっとと出て行け」
「わたしを殺して、そのあとはどうするの」
会話が長くなりそうだったから、とりあえず結論を急いでみる。
わたしを殺しておしまい、ではないだろう。弥生さんは大瀬良くんを返すように言ってきた。不要なわたしを消して、大瀬良くんをどうこうするつもりなのかもしれない。
「どうもしねえよ」
答えたのは、安西だった。
「どうもしねえ。アイツはいつも通り、また忘れる。オマエのことも忘れて、また普通の日常に戻る。仮に俺が警察に捕まっても、アイツは何も覚えちゃいない」
「アンタが捕まったら、遅かれ早かれ大瀬良くんにも警察の手が届く」
そうしたら、思い出したくないことも思い出すかもしれない。それだけは避けたいのに。
しかし妙だな。
弥生さんは大瀬良くんを明日羽さんの元に戻したいと言っていたのに、なんだかバツが悪そうだし。……あ、ああ、矛盾している。
安西は大瀬良くんを明日羽さんから逃がすために、泰邦さんに預けた。だとしたら、大瀬良くんを取り返そうとする弥生さんの目的とは異なる。
「──ふうん、そうですか」
「だから、俺はオマエを殺して、終わりにするんだよ!だからさっさと出て行けよ弥生」
頭痛が酷い。正直に言うと少しでも首を動かすと倒れてしまいそうだ。
けれどやれる。やるしかない。
わたしが死んだあと、弥生さんが大瀬良くんに何をするかわからないから。
大瀬良くんのためなら、わたしはなんだってやれるんだろ。
そう自分で決めたんじゃない。
ほら、動け。動け動け。関節がミシミシ言ってもいいから。細胞が死んだっていいから。動いて。動いて。動いて!
「 えっ、あ?」
息を飲むひまさえ、与えなかった。
体の自由はあったから、動かそうと思えば体は動かせる。頭の怪我でフラフラだったから相手は完全に油断していたし。不意打ちをかければ一発ぐらいなら当たるかなぁと思ってたんだけれど。
思いきり急所を蹴り上げる。
わたしは女だからその痛みはよくわからないけれど、よく外国のホームビデオなんかでこういうアクシンデントがあって、バラエティ番組で取り上げられていた。その時の男性陣のリアクションがたまらないものだったから、きっと効果はあるんだろうなーという浅知恵で、そこを狙ったんだけれど。
相手が成人男性だから手加減はいっさいない。
もう、半殺しだ。
昔、宝月先生を千隼くんの家で虫の息にしてしまったことを思い出す。あの時も大瀬良くんが死んじゃうんじゃないかって思って、自分を制御できなかった。
今は、どうだろう。
割と冷静でいられているつもりだけれど、いったん体が動いてしまうと止めることはなかなか難しい。防衛本能が働いているせいかもしれない。
蹲る腹にもう一発蹴りを入れる。空手とか柔道とかをやっていたことはないけれど、兄さんをボコボコにしていた父親を見ていたら自然と身についてしまっていた。
あとはもう、めちゃくちゃだ。
飾ってある生け花の花瓶をそのまま投げつける。掛け軸を投げつける。
「ほわああああああああああああああああああああああ」
なんか意味不明なことを言いながら、必死で攻撃した。
障子を開けてひとまずはそこから逃げ出す。障子を開けて、開けて、開けて、広い大瀬良邸を逃げ回る。
逃げながらポケットに携帯電話があることを思い出して、急いでかける。あーくそくそ!頭が痛い!痛すぎる!電源をいれると、着信がかなり入っている。大瀬良くんからだ。千隼くんのもある。
大瀬良くんにかけて声を聞きたかったんだけれど、千隼くんのほうがしっかりしていそうだからそっちにかけた。あーはやく繋がって繋がってもう目眩がやばい。障子、あと何枚開ければ外に出られるわけ」
「あああああああああもしもし!もしもし!」
『オマエ、今、どこだよっ』
「えっとねえ、大瀬良くんの前に住んでいた家!大瀬良家の本邸!あの、でっかい屋敷!あとね、なんか危ないキラーマシーンいるからちゃんと、その、なんか警察呼んでもいいんじゃないかなぁ!」
『警察呼んでもいいのかよ!』
いやこれはさすがに……。警察嫌いって言ってる場合じゃないでしょ。
「いい!いいから!あと大瀬良くんが、大瀬良くんがどこかにいるはずだからっ」
『安心しろ!いま、俺の後ろに乗ってっから!』
「はぁあっ?ちょっとどういうことよ!男と浮気してるってこと?」
『馬鹿!偶然、あったんだよ!オマエ、電話切るなよ、電話、切るなよ!』
「充電はあるから大丈夫っ。あ、あ、出口!出口見えた!」
障子を開けると、そこは庭園だった。
砂利で埋め尽くされていて、庭には池まである。松の木が何本も植えられているけれど、長年手入れはされていないっぽい。
「──あっ?」
『どうした、流鏑馬』
「やっば……」
派手に景色が横揺れする。耳鳴りと頭痛が酷い。そのまま受身も取れずに倒れた。額からの血が流れる。熱いような鈍い痛みがする。
貧血か。こんな時に。
うわあ……涙と鼻水が一気に出てきた。
後ろからこっちに近づいてくる足音が聞こえる。安西か、弥生さんか。
どちらにせよ、捕まって殺されるのは確かだ。血がべっとりと手に着く。うわーあったかいなぁ。今度こそおしまいだ。もう、ダメだ。体が動かない。頭が割れそうだ。鼻水だと思っていたのは鼻血だったらしい。口に鉄の味が広がって顔をしかめる。
「お、ぜら……」
意識が遠のく。
起きてたら全部夢だったらいいなぁ、なんて。
都合が良すぎるか。
- Re: あなたを失う理由。 ( No.199 )
- 日時: 2013/03/09 14:03
- 名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
夢オチ、なんていう都合の良いことは当然だけれど起きなかった。
期待もしていなかったけれど、ああやっぱりなと、残念に思う。
朝日が眩しいなーとか思いながら目を背けた。どうやら、わたしは病院のベッドにがっちり固定されているらしい。
「流鏑馬、起きた?」
目の前に、大瀬良くんがいる。
本当に夢かと思った。
頬をつねってみる。普通に痛い。夢じゃない。
「大瀬良くんだぁ」
「おはようさん。もう朝だけど、なんか食べるか」
「大瀬良くんだぁ…!」
「だから俺だって」
「おおぜら、おお、ぜら……っ」
涙が出てきた。
なにこれ。
さっきまでわたし、大瀬良くんの家で安西と弥生さんに拉致られてたんじゃなかったっけ。
どうなってんの、本当に。
「夢オチ…?」
「夢オチじゃないよ。ラブラブなところお邪魔するけれど、色々と説明させてもらってもいいかい」
大瀬良くんばかりに気をとられて今まで気づかなかったけれど、病室の扉の前に千隼くんまでいた。千隼くんのほうは左腕をギプスまで固めている。入院患者のパジャマを着ているからどうやらお見舞いではなく、わたしと同じで入院患者らしい。
「千隼くん……その腕、どうしたの」
「それも含めて説明するから。まあ、あとから警察がくると思うけれど」
「あーやっぱり警察はきちゃいますか」
「当たり前だろう。けっこう大きいニュースになってるよ。今回ばかりは警察も動くでしょ。俺の親父の管轄だし」
警察が動くってことは、大瀬良くんの過去のことが色々と明るみになるってことだ。それは避けたかったんだけれど……しょうがないか。
兄さんを殺したのは実は大瀬良くんの実の父親だったなんてオチ……笑えないわ。世間って案外狭いのかもしれない。
「二十数年前、ここで一件の婦女暴行事件があった。被害者は都内のお嬢様学校に通う女子高校生。加害者は、近所でも有名の不良グループの一人。被害者の家族が公にしたくないと言い出して、犯人がわからなかった未解決事件。被害者は精神疾患で精神病に長く入院していたらしい。ここまでオッケー?」
無言で頷く。
大瀬良くんは大丈夫かなと横目で気にかけてみた。何も考えていないような、ぼんやりとした表情で千隼くんの話を聞いている。
「その被害者は加害者とのあいだに子どもを身篭った。その事件でできた子だ。当然なら……まあ中絶するんだろうけど、まあ疾患のあるその被害者は子どもを産むと言い出したんだってさ。おぞましいよなぁ。普通だったらありえねえよ」
「──その子どもが、大瀬良弥生ってわけでしょう」
「知ってたのか、流鏑馬。まあ俺に過去のレイプ事件を探せって言った時点で、オマエは何か掴んでいるんだろうなーとは思ってたけれど」
掴んでいたわけじゃない。
認めたくなかっただけだ。
まさか、そんな偶然があるわけないって、信じたくないって。そう願ってただけ。
「被害者の名前は大瀬良明日羽。当時十六歳。けっこうな資産家のご令嬢だ。加害者の名前は……そのとき未成年だから伏せられているんだろうけれど」
「流鏑馬凛太郎。わたしのおとーたまってことね」
事実は受け止めるしかないでしょ。
大瀬良くんのお母さんを襲ったのが、わたしの父親なんて。笑えない冗談だよ。これを知ったら、大瀬良くんはわたしを軽蔑するかな。うわあ、それは嫌だなぁ。
「それで明日羽と付き合っていたのが安西虎春。わたしのおとーたまの幼なじみ……」
本当にあの男は。事故でぽっくり死んでくれたと思ったら次から次へと問題を起こしてくれてさ。本当に生きてても死んでても迷惑な人だな。
同情はしない。
襲われた大瀬良明日羽にも、誓った殺意が叶わなかった安西虎春にも、そのはけ口で殺された兄さんにも。
ただ、こう、虚しいというか。
なんとも言えない気持ちがお腹の下に溜まっていく。
「そこまで分かってて、オマエは安西虎春を野放しにしてたのかよ。そのせいで何人死んだと思ってる」
「え……兄さんだけじゃないの?」
「──三人、安西虎春に殺されたよ。オマエが拉致られる前に」
千隼くんが右手に持っていた新聞をわたしに見せる。
見出しにデカデカと連続殺人事件の文字があって、カラー写真には見知った家が映ってあった。
「オマエと大瀬良が家を開けている間に流鏑馬夜子が、ファミレスで分かれたあと月笙栞菜が。ふたりとも、殺されてる。オマエを拉致ったのは、月笙栞菜を殺したあとだったんだな」
「──母さんが?」
「ああ。殺されたよ。しかも月笙栞菜はヒカリの教えの信者だったらしいじゃないか。捜索願も出されていたらしいけれど……よくもまあ、こんだけ関係者がズルズル関わってくるな」
母さん、殺されたのか。
復讐の礎として。
安西は流鏑馬の血筋を根絶やしにしようとしてたのか。自分の大事な人を壊された復讐。復讐、かぁ。
なんてくだらない。
大瀬良くんがすうっと手を伸ばして、わたしの手から新聞を取り上げる。じっとそれを見て、「なーんだこれ」そのまま、新聞をビリビリに破いた。
窓を開けて、そよそよと吹いている風にむかって、両手を差し出す。新聞紙が紙吹雪になって外へ飛んでいく。
「安西虎春も大瀬良弥生も逮捕されたよ。逃げようとした大瀬良弥生を抑えるときはかなり暴れられて、まあ左腕を負傷したけどね」
これも勲章だと言うふうに大瀬良くんがギプスをつんつんと突く。頭に巻かれた包帯が蒸し暑い。春の匂いが鼻腔をくすぐって肺に溜まる。
窓を閉めて、大瀬良くんは伸びた髪の毛をかきあげながらベッドに腰掛けた。眠たそうにあくびを一つ。平和そうに。
「大瀬良くん、ヤヨイさんって覚えてる?」
わたしもとことん性格が悪い。
「誰だよそれ」
記憶から消して、消して、余分なものを削除して。それで大瀬良くんが立っていられるのなら、満足しているんだから。
昔にあった関係ある事件なんてどうでもいい。
いま、わたしが大瀬良くんと一緒にいられるのなら、それでいいんだから。
- Re: あなたを失う理由。 ( No.200 )
- 日時: 2013/03/09 15:02
- 名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
『 あなたを失う理由 』
大瀬良くんの「恋人」を解雇されてから、二年が経った。
三月になったばかりなのに、昼過ぎには二十度を軽く越える。二月が終わってやっと温かい日が続くと思っていたのに、いきなりこんな暑くなるとか……。もうだめだ、暑い。本気で暑い。
高校生のときおかっぱだった髪の毛はかなり長くなった。切らないのかと聞かれるけれど、美容室に行くのも面倒だし、かといって自分で切るのも勇気がいる。
腰まで伸びた髪はそのままにしているせいか、なんだか人形みたいだなと言われるけれど、わたしはどうにも「人形みたい」と言われるのが嫌いらしい。
人形、ねえ。
大瀬良くんも人形みたいだったしなぁ。
頭で思い浮かべてみようとしたけれど、どうにもモヤがかかる。どんな顔だったっけなー。体温とかはよく覚えているんだけど。
待ち合わせ場所の喫茶店に行くあいだ、なんとか顔を思い出しかけるんだけれど、やっぱり無理だった。どうしても霞んでしまう。
喫茶店に入ると、一番奥の席に座っている女性に目が行く。モデルさんが座ってるんじゃないかと間違えるほど、綺麗な顔をしている女性。久しぶりに会うけれど、この人がそうだとすぐにわかる。
「仁美さん、お久しぶりです」
「──おっきくなったね、すごく。自分より身長、高いんじゃないかなって、きみと比べてみる」
「それはないですよ。仁美さん、166はあるでしょ、身長」
何年ぶりに会うんだろう。
わたしが高校生のときだから……六年ぶり?
身長が高くて、そのくせハイヒールなんか履いているから余計にスラッとして見える。美人だなとは思っていたけれど、こんなに大人っぽい顔立ちだったかな。もう少し幼い感じもしてたんだけれど。
宇留賀仁美さんはレモンティーをグビグビ飲みながら、首を傾げる。
「測ったの、すっごく前だから忘れた」
「そうですか。……えっと、わたしのこと、覚えてますか」
「流鏑馬笑日。忘れるわけ、ない」
六年前。
この人はわたしに殺意を抱いていた。
理由は、わたしが仁美さんの大事な人をふたりとも奪ったから。
もしかすると今も抱かれているのかもしれない。それだけのことをしたという自覚はあるんだけれど、どうにも反省する気にはなれない。樽谷泰邦に対しても、わたしは同情の欠片も持っていないのだ。
「自分とどうして会いたいと思ったのかわからない。オマエは悠真と幸せにやっていると思っていたから」
「まさか。あの人とわたしは一生幸せにはなれないですもん」
案の定、あのあと別れたし。
「なぜ?」
静かに仁美さんは尋ねる。
「オマエは悠真がいないと生きていけないんじゃなかったのか」
「わたしは大瀬良くんがいないと生きていけませんよ。でも、大瀬良くんはそうじゃないんです」
二年前、同棲して四年目の秋。
家に帰ると、わたしの帰りを待っていてくれているはずの大瀬良くんが別人のようだった。
わたしを見ても、不思議そうな顔をして、わからないんだと言った。あれだけ一緒にいたのに、彼の記憶はあっさりと、わたしを「有害」だと判定した。
「悠真はオマエを好いていたのに、どうしてオマエを忘れるんだ、と自分は不思議に思う」
「わたしにもわかりません。どうして大瀬良くんがわたしを拒絶したのか……理由がわからないんです。突然、わたしとの思い出が削除された。大瀬良くんはわたしの名前も顔もぜんぶ、覚えていないんです」
バグだ。
大瀬良くんは自分でも無意識に都合の良いように記憶を改善させる。実際に起こった悪いことを無かったことにしたり、自分に都合の良い夢をあったことにする。
そんなことを繰り返して保身に走っていたんだから、当然、バグが起こるのは当たり前だ。人間の複雑な脳みそを彼は簡単にいじれることができるんだから。副作用があったっておかしくはない。
記憶障害と言ってしまえば簡単だろう。
もしもそんなことが起こってしまったとき、せめてわたしの面影でも残ってくれていたらと願っていたんだけれど、大瀬良くんは、忘れてしまった。
「いま、悠真はどうしているんだ」
「──精神病院じゃないんですかね。さすがにショックでした。落ち込みました。叩いたり蹴ったりして治そうと思ったけれど、無理でした。余計に壊れちゃった」
一日中泣いた。困り果てる大瀬良くんの傍で。
次は罵った。どうして覚えておいてくれてないんだと。散々罵倒して、大瀬良くんから「キ×ガイ」と言われた。
その次は暴力を振るった。思い出して、と泣きながら。ありったけの力で。
それでも大瀬良くんはわたしを思い出してくれなかった。
「どうして自分にそのことを話すの、と自分は疑問に思ってみる。オマエはそんなことを話すために自分を呼んだの?」
「そうですよ。わたしはこのことを誰かに話したくて仁美さんを呼んだんです。一瞬の、遺言ですよ」
「遺言?」
仁美さんが怪訝そうな顔をする。
同時に何かを察したのか視線をわたしからずらした。
「──じゃあ、これでもう自分とオマエは会うことはないわけだ」
「そうですねぇ。寂しくなりますね」
「いいや。自分は泰邦と好奈をオマエに奪われたから、オマエが消えるのはそんなに……悪くはないかな」
「ひどーい」
海に沈もうと思った。
魚に食べられて、骨だけになって、そのまま深く深く溺れていって。浮かんだ遺体はどうかどうか発見されないでほしい。
頼んでおいたフレンチトーストが運ばれてくる。
これが最後のおやつになるかもしれない。
口いっぱいに頬張りながら、なぜか出てくる涙と鼻水を拭くこともなく、わたしは笑った。
大瀬良くん、わたし、きみがいないと生きられないから、
だから、
完
- Re: あなたを失う理由。 ( No.201 )
- 日時: 2013/03/09 15:08
- 名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
◇◆◇アトガキ◇◆◇
どうも朝倉疾風です。
実に9ヶ月1日の長い長い更新でした。
書いているうちに、これもう終わらないんじゃないかと思うところもいくつかありましたが、終わり良ければすべて良しなのでいいんじゃないかなーと満足してます。
思えば、カキコ歴もすごく長いです。
初めて小説カキコを見つけたのが、今から五年前。小説を書くぞーってなったのが、四年前。
あのとき中学生だった私も、今では高校生です。しかも受験生。
本当に……早かったですね。
カキコで出会った方も、たくさんいましたし、仲良くさせていただいた方にはもちろん、これまで下手糞な小説なんて呼べない時代から読んでくださった皆さんにも、本当に一人一人にお礼を言いたいくらいです。
「朝倉疾風」という名前ではもう書きません。
小説カキコにも、もうこれないと思いますし、もし次にカキコで小説を書くぞってなったときは、違う名前だと思います。
ひとまずは、カキコ卒業ということで。
今までありがとうございました。
それでは(*´∀`*)ノ
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