複雑・ファジー小説
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- この話、内密につき
- 日時: 2013/02/19 20:09
- 名前: 卵白 (ID: JQzgI8be)
足を滑らせ、パソコンで頭を打って死んでしまった中学生、"五十嵐もえな"は自分が執筆した物語の中へと生まれ変わり、"主人公"の相棒として新しい人生を歩んでいくことになる。
しかしその世界は自分の知る物語とは少しズレが生じていて……?
綺麗事と嘘と、そして生きる為に人を蹴落として、時には人を救いながら……
これは、世の中の厳しさに苦悩しながらも異世界で"コタロー"として生きていく少女の物語。
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皆様、こんにちは、始めまして。
卵白ことるりぃと申すモノです。
本日より当サイトにて執筆活動を開始させていただきます。
至らない所等は多々ございますでしょうが、読んで頂けると幸いです。
荒らしや過剰宣伝行為はスルーいたしますが、アドバイス、コメント等は歓迎いたします。
むしろお願いします。
この作品には残酷な描写が存在する上、雑で、亀更新です。
この話はNSFP(なんちゃってサイエンスファンタジーっぽい何か)です。
以上が許せる方のみ、御覧くださいませ。
『本編』
「Opening」 >>1
「01 Death is deaf to our wailings.」>>4-7
「02 Blood is thicker than water」>>10-12
「03 A little learning is a dangerous thing.」
- Re: この話、内密につき ( No.11 )
- 日時: 2013/02/10 11:55
- 名前: 卵白 (ID: bMBSwVLq)
「旦那様、小太郎様をお連れしました」
「ああ……入れ」
バートラムの声に短い返答が聞こえる。声優のように低くて甘い声は、緊張していますと言わんばかりにこわばっていた。
ドアが開けられたのを確認すると、私はおぼつかない足取りで両親の近くまで歩み寄り、深くお辞儀をする。
「父上、母上、ごきげんうるわしゅうぞんじます。うけたまわりますれば、この度、めでたく男子をご出産されたとのこと、つつしんでおいわいもうしあげます。母子ともにごそうけんとうかがい、なによりの事とあんどいたしました」
私が知り得る限りの敬語を駆使して話す。脳を扇風機張りにフル回転させて話したので、それなりには聞こえるはず、という自信はある。が……父上も母上も険しい表情でこちらを見ていた。何か間違えてしまったのだろうか。
しかし、おじけづいている場合では無い、と気合いを入れ直して用意された椅子に座る。
前世のことを洗いざらいぶちまけてしまうのは、倍の勇気が必要だった。
この世界より僅かに下回る科学技術を持った別世界で死亡し、父上と母上の子供として胎内に宿ったこと。前世では13歳まで生きたこと。母親と姉がいたこと。
そして、前世では女だったこと。
今は男の体として生まれたことに戸惑っており、とてもじゃないけれど成長した後に男として振る舞えるかどうかはわからないということ。
そこから先は死ぬのにちょうどいい時期を見計らっていたことを話した。
見た感じ貴族みたいだったので、家を継ぐとか言っているのを聞き、まだ死ねないと思い今まで生きてきたけれど、次男が生まれたのでその時期は今だと思ったこと。
次男が両親によく似た容姿だから、私が死んだほうがやりやすいだろう。恐れられる子供より純粋でれっきとした息子だとわかる子供に家督を継いでもらうのが最善だろう。
「父上、母上」
声をかけると、二人の肩が大げさなくらい揺れた。やはり、得体の知れない化物に父母と呼ばれるのは気味が悪いのだろう。そう思うと思わず目尻に涙が溜まる。ええい泣くな私、震えるな声!
「お二方が、むすこを心まちにしていたのを知っておりながら、いままでのうのうとほごかにあずかっておりました」
「コタロー……」
母上の心配そうな声音が耳に響く。違う、これは私を心配しているんじゃないんだ。
「いままで、お会いするきかいはほとんどございませんでした。ですが、あながたに産んでいただき、父と、母のあいじょうを一時でも知ることができ、とてもッ……しあわせ、でした」
前世の母さんのことを忘れた訳じゃない。でも、愛されていることを実感して生まれることが出来た、こっちの世界の母上と父上にも、すごく感謝しているんだ。
大切なことを思い出させてくれて、ありがとう。
そんな感謝の気持ちでいっぱいだった。
「母上……いえ、リーベさまにおかれましては、わたくしのことなどおわすれになり、なにとぞ産後のごようじょうせんいつにてすごされますようおねがいもうしあげますとともに、おこさまのすこやかなご成長と、さらなるごたこうを心よりきねんもうしあげます」
最後にそう述べて、私は深々と頭を下げた。
- Re: この話、内密につき ( No.12 )
- 日時: 2013/02/11 20:42
- 名前: 卵白 (ID: bMBSwVLq)
--父親視点--
ありえない告白をした私の愛し子は、深々と頭を下げたまま動こうとしなかった。胎内にいた時から既にすり替わっていたと聞かされ、そんな馬鹿なことが、と思ったけれど、心のどこかで納得している自分にひどく腹が立った。
この子の姉であるミサは普通の子供なのに、どうしてこの子だけこんな異質に生まれてしまったのか?
そんな思いが胸中を駆け巡り、それと同時に、この子の下げられた頭から伝わる、深い悲しみもひどく心を打った。
この子は前世の記憶を話したが、父親の事は一切触れなかった。……つまり、前世では父と呼ばれる存在がいなかったのだろう。
あぁ、私はどうすればいいのだろうか。腐った父親を追い出して家督を継いだ時も、海の向こうの国が攻めてきたときにも、こんな風に焦ったことはなかった。悩んだことはなかった。
「あなたは、どうして……!」
「リーベ……?」
涙に震えた声でリーベが声を上げた。普段のリーベからは考えられないような荒い語気に、私も思わずたじろいでしまう。
椅子から立ち上がったリーベの表情は、彼女の長い亜麻色の髪に隠されて窺い知れなかったけれど、肩が震えているのは見て取れた。か弱いリーベの事だ、きっと泣いているのだろう。
びくり、と肩を震わせたきり硬直してしまった小太郎に近寄ると、リーベは小太郎の顎先を捉え、上を向かせる。困惑の色を写した漆黒の瞳には涙が滲んでいた。
リーベはそれを見て優しく微笑むと、甘く柔らかな声で彼の名前を呼ぶ。
「小太郎」
「は、はい……ッ」
パァン、と乾いた音が響いた。
思わず、唖然としてあんぐりと口を開く。私も彼も、あの優しく賢い妻が、このような事をするなんて思っていなかったのだ。日に当たらないため白く爛れた小太郎の肌に似合わず、叩かれた頬は痛々しいほど赤く染まっていた。
小太郎は一瞬絶望したような表情を浮かべかるものの、すぐにそれは諦念へと取って代わる。この表情は、五つの幼子がするような顔ではなく、それが子供ではないのだという事を知らしめ、更に胸が痛くなる。
小太郎は叩かれた衝撃で右へ向いた顔を正面へと戻し、しっかりとリーベを見据え、唇を開く。
「いくらでも、きがおすみになるまでののし、ッ……」
「このうろたえ者! うつけ者! 何を申しているのです! 私の胎内から生まれたのであれば、間違いなく私の子にありましょう! それだけの英知を持ちながら、そんな事も分からぬのですか!」
小太郎の言葉は、激情を一息に吐き出したようなリーベの叫びに遮られた。リーベは小太郎を、そのまま上から貴族の形振りなど構わずに抱きしめらる。驚愕、という言葉が相応しい顔は五つの幼子にしか見えなかった。
あぁそうか、それでいいのか。
すとん、と胸の内に何かが落ち込んで、胸の奥のもやもやとした感情が一気に解消されたような気がした。
別に、私の息子は腹の中の子供を殺したわけではない。何故か前世の記憶を持って生まれた、それだけなのだ。
私は一体何を悩んでいたのかと思わず頭を抑えて苦笑する。表情は此方に背を向けているためわからないが、リーベの肩が激しく震えているところをみると号泣しているようだ。
同じように椅子から立ち上がって近寄れば、涙の雫を纏った長い睫毛がふるふると震えている。今まで髪や瞳の色に邪魔されていたが、愛らしい容姿をしているな、と感じて笑みがこぼれた。将来は格好いいよりも美人に育ちそうだ。
「あ、の……」
「何です?」
「何でしょう?」
息子の問いかけに二人同時に口を開く。それが可笑しく、リーベと二人して顔を見合わせて、小さく笑った。
「ッわたしは、あなたさまがたを……おやと、したってもいいのですか……?」
何を当たり前のことを。その思いを込めて微笑みを浮かべ、リーベ諸共抱きしめる。
「父上ではなく、お父さんと呼んでも構わない」
「あら、ならば私もお母さん、と呼んでくださいませ」
冗談混じりに告げたセリフに、リーベが面白がって続く。先程まで泣いていたというのに、気丈なことだ。
三歳の時からぱたりと聞かなくなった声を張り上げる泣き声が、どうしようもなく愛おしく感じる。
このゲミュート・イシュタルは、この賢くも脆い子供の父として残りの生涯を生きよう。二度と、この子が悲しい目をしないように。
心の底で決意をしてから笑って、愛しい子供と妻の体を力いっぱい抱きしめた。
----------------
オマケ。
リーベはドイツ語で愛。ゲミュートはドイツ語で心。
夫婦ふたり合わせて愛する心、という意味を込めてつけました。
イシュタルという苗字はメソポタミア文明の愛の神様の名前です。安直ですね!
- Re: この話、内密につき ( No.13 )
- 日時: 2013/02/13 16:07
- 名前: 卵白 (ID: bMBSwVLq)
靴を履いたまま家の中を移動するのは、未だに慣れない。
今はともかく前世は生粋の日本人であるため、靴を脱いで家に上がり、裸足で寛いでいた。むしろ、家の中に和室があり、そこで寝起きしていた人間だ。ベッドにも慣れていない。
なので、家の人たちには私の部屋へ入るときに靴を脱ぐことを義務付けている。
まぁ、私は両親に秘密を居激白した後から、お母さんが私の為にといって、女物の服を着せるようになった。というか、女の子として扱われている為、男が履くようなゴツいブーツではなく、柔らかい素材のスリッパみたいな可愛らしい靴を履いているので、靴を履いてても履いてなくてもあまり気にならなくはなってきたのだけれど。
常日頃から女装している為、お父さんに長男がこれでいいのか、と訪ねたらにっこり笑顔で快諾してしまったのでもう諦めた。新しく入ってきたメイドさんにガチで性別間違えられる、ってのはどういう事なの。
でも流石に六年間……あぁ、実質三年間か。この股間の違和感に付き合っていれば慣れてくるし、自分の性別についてはもう納得してるんだけどなぁ。なんて思ってお母さんに訪ねたら、三児の母とは思えない程可愛らしい笑顔でこう言われてしまった。
「女の子のフリをしていたら、私と一緒にいてもあまり怪しまれないではありませんか。それとも私と一緒にいるのはいやですか?」
その場から逃げ出さなかったことを褒めて欲しいと思ったよ、この言葉は。私に対しての破壊力は抜群でした……。
と、いうわけで今現在もこのフリルやリボンがあちこちについたフリル特盛衣装を着ているわけなんだけれども、将来成長した時に癖で着続けてしまいそうで怖い。今は幼児体型で大丈夫でも、将来は筋肉もついてくるだろうから絶対無理!
……ともかく、今の私は家の中を移動中だった。
何のためにと聞かれれば、特にやることもなく暇だから、と答えるしかないだろう。
そして、家の中に書庫がある事とその場所もバートラムから聞き出したので、部屋を抜け出して探索してみよう、と思ったのもきっかけだった。
でも、貴族の端くれだから家は広いぞ、と笑っていたお父さんの言葉を思い出し、現在後悔しそうになっている。実際、一時間くらい歩き回っていて足が疲れた。
唯歩くだけでは暇なので、さっきから頭の中でうろ覚えではあるが、好きな曲を流していた。けれど、だんだんノってきて鼻歌へと進化し、ついには声を出して歌いだしてしまっているのが現状だ。周囲に人がいないのも原因の一つである。
前世で姉が子供部屋でゲームをしているときは気が散るため隣の部屋へ避難して勉強をした。その時、気晴らしにお気に入りの曲を流して、一人延々と歌いながらカラオケ状態になっていた事もよくあった。
歌は本当に偉大だと思う。
ぼんやりと歩いていたその時。角を曲がった瞬間に、何かにぶつかって尻餅をついてしまった。
子供の反射神経じゃ限界があったようで、痛む尻を摩りながら立ち上がる。せっかくお母さんが見立ててくれた洋服が汚れていないだろうか。
立ち上がって謝ろうと前を見ると、目の前には少年がいた。それもかなり美形で、絵に描いたみたいだ。
最早病的に白い私と違って、ツヤツヤとしたハリのある健康的な白さの肌。銀の髪の毛は伸ばしている私とは正反対に短く切られ、赤色の瞳はぱちくりと此方を眺めている。
それにしても、かなり不思議な色彩の少年だなぁ、と思いながらまじまじと見つめる。先ほどの私と同じく尻餅をついているところを見ると、私がぶつかったのは、この少年のようだ。気を取り直して頭を下げる。
「もうしわけござい」
「きみの名前はなんだ」
謝罪を遮るように尋ねられ、私は理解できずに一瞬固まる。ひどく裏切られた気分だった。見た目が天使だから、言葉遣いとかも一人称私で敬語を扱うのかと思っていたのに、貴公子みたいな喋り方とか……。
「ぼくは気が長くないから、そうきゅうに回答することをおすすめするよ。ぼくにみとれているのはわかるのだけれどね」
これだから女は、と小声で付け加えたあとにこれ見よがしにため息を吐かれた。その態度に青筋が浮かぶのが自分でわかる。これ以上何か言われたらこめかみが痙攣する気がするよ。
「しかし、この家には先ほどおあいしたミサ・イシュタルどのしか女子はいないはずなのだけれどね……」
ふむ、と悩むように首を傾げる少年。こいつ、ミサお姉様にも会ったのか……? ってことは、なかなかの身分の人間なのだろうか。だとしても、こんなところでうろうろしてるのはなぜだろう?
と、いうか、案の定性別を勘違いされている。今日の洋服には帽子付きで、いつもどおり高く結い上げた髪を帽子の中に突っ込んでいるから、彼の位置からだと髪が見えないのだろう。
帽子をとって怖がらせてやろうか、なんて考えが頭に浮かぶ中で、少年は何かを思いついたように手を打ち、こちらに向かって嘲りを含んだ笑みを向けた。
「がてんがいったよ。きみはかくし子だね? ふふ、仲むつまじいごふうふと聞いていたが、人のうわさとはあてにならないものだよ。イシュタル家の血をいちおう引いているから、ほごされている……といったところかな?」
自慢げに話す少年はまだ何か言っていたけれど、私は今さっきの少年の発言に気を取られていた。
隠し子? お父さんの浮気? イシュタル家の血を引いているから保護?
——……ふざけんじゃねぇよ。
心の中でそう呟いて、私は片手を振り上げた。
- Re: この話、内密につき ( No.14 )
- 日時: 2013/02/15 15:43
- 名前: 卵白 (ID: bMBSwVLq)
「やめろ、小太郎!」
振り上げた手が強い力で掴まれた。何? コイツはお父さんとお母さんのことを悪く言ったんだよ? 邪魔しないでよ。
そう思いながら背後を振り向き、睨みつけるような視線を送る……けれど、すぐに私の目は見開かれることになった。
「お父さん……どうして?」
「お前が部屋にいない、と用事から戻ったバートラムが慌てていて……つい探しに来てしまった」
すまんすまん、といつもどおり朗らかに笑うお父さんに、私はすっかり毒気を抜かれて、手から力を抜いた。お父さんもそれに気がついて手を離したため、だらんと手が垂れ下がる。
ふと目の前の少年に目を移すと、何が起こったのかわからない、といった表情でこちらを見上げていた。お父さんが歩み寄って、その少年へ手を差し伸べる。
「立てるかい、ビアンカ君」
「えっ、あ、はい……」
先ほど失礼なことを言ったからだろうか、視線を彷徨わせながらも少年ことビアンカ君はお父さんの手を取って、立ち上がった。
その後に、沈黙。気まずい雰囲気をぶち破ったのはビアンカ君の背後から聞こえてくる騒々しい足音だった。
「ビアンカァァァアアア!」
野太い叫び声と共にバキッとかドガッとかいう音が何度か聞こえ、私たちの目の前に転がり落ちるように躍り出た。一瞬潰されるんじゃないかと思ったが、私はお父さんの腕の中に移動している。どうやらお父さんが私を抱き上げたようだった。
視線を目の前の人物に移す。目の前には、ビアンカ君とは似ても似つかないような、ゴツくて筋肉質な赤毛の大男がへたりこんでいた。
……いや、正確に言うとビアンカ君に抱きついて頬擦りしていた。
「父上! やめてください!」
「あぁビアンカ! 小生のビアンカ! 心配したんだぞう! 怖かっただろう? 照れ隠しをしないで小生の胸に飛び込んでくるといい!」
「いやだァァァアア!」
「ははははは! ビアンカは相変わらず照れ屋さんだな!」
いやいやいや、照れ屋さんじゃなくてそれ本気で嫌がってますから。
思わず心の中でツッコミを入れてしまうくらいには衝撃的だった。初めて見た……これが度が過ぎた親バカという種族なんだろうか。
しかし、おそらく彼の息子であるビアンカ君にデレデレしてた彼は、いきなりこちらに睨みつけるような視線を送って来て……すぐに満面の笑みを浮かべて、お父さんの腕から私をひったくった。
「この天使を小生が持ち帰ってもいいか我が弟よ!」
「私の娘になんてことするんですか! 返してください!」
「えっ」
天使発言とか弟発言とか色々ツッコミたい所だけどお父さんの娘発言に一番にツッコみたい。もしかしたら何か思惑があるのかと思って、赤毛さんの腕の中でお父さんにアイコンタクトを送るけれど、きょとんとした顔で首を傾げられた。素で間違えたのかよ……!
「お前の娘はさっきお会いしたミサ殿しかいないはずだろう?」
不審そうな顔でこっちを見てくる赤毛さん。どうやら父上の兄上さんらしいけど、似ても似つかないなぁ。もしかしたら義兄弟なのだろうか。
とか思いながら父上にじとりとした視線をむけてやる。すると、父上は無言のまま視線を私の下半身にやってから、ふっと視線を逸らした。
「……あの、兄上。さっきは間違いで……その子は我が家の長男なんです」
「嘘だろ!?」
「うそだろう!?」
さっきまで空気だったビアンカ君が急に声を上げ、赤毛さんと同じように目を見開いてこっちを見ていた。驚いた表情はやはり親子なのか、そっくりである。
「ざんねんに思われるかもしれませんが、れっきとしただんじにございます。このかっこうの理由は……まよけのためでございます」
「そ、そうなんですよ兄上! 小太郎は体が弱くて! あは、あはははは!」
お父さんがなんとかうまいこと繋げたけれど、冷や汗が滴っているのが見える。息子としては、もう少しポーカーフェイスを学ぶべきだと思いますよ。
話題転換のためなのかお父さんは「そうだ!」とわざとらしく手を打って私に微笑んだ。
「もう話の流れからわかるだろうけど、こっちの赤毛が私の兄上ので、この赤目の子がそのご子息のビアンカ君。そして……ビアンカ君は、今日から我が家で暮らすことになってるから」
仲良くしてやってくれ、と赤毛さんに微笑まれてびし、と私の笑顔の仮面に亀裂が入った気がした。何ですと?
普段だったら大歓迎なんだけれど、私はお父さんとお母さんを悪く言われた事をまだ怒ってる。……怒りに身を任せて叩こうとした程の怒りがすぐに収まるはずはない。ましてや、仲良くしろなんて無理な話だ。
私の雰囲気を感じ取っているのか、それともさっきのことが気まずいのか、それか両方なのか、兎に角ビアンカ君も視線を逸らしている。
「おと……父上。これはかくていじこうなのでございますか?」
「あ、あぁ。そうだが……どうかしたのか?」
「いいえ、何でもございません。……ビアンカさん、よろしくおねがいいたします」
確定事項ならば仕方ない、あまりお父さんの手を煩わせるわけにもいかないしね。態とらしく微笑んで礼節を尽くした挨拶をしてやると、ビアンカ君の顔が真っ青になった。どうしたんだろう。
「こ、こちらこそ……」
か細い声でそう言ったあと、ビアンカ君は盛大に心配した父親に連れて行かれてしまった。
しんと静まり返った廊下に、思わずため息を吐く。そしたら、脇に手が滑り込んできて、高い高いをされたと思ったら肩車をされていた。うわあ、肩車とか幼稚園以来だわ。
「小太郎。何が起こったのか話してもらえるな?」
「……わかりましたよー」
どうやら、父上にはお見通しだったらしい。
- Re: この話、内密につき ( No.15 )
- 日時: 2013/02/19 20:09
- 名前: るりぃ (ID: JQzgI8be)
- 参照: 知名度無いしどうせこの名前が一番しっくりくるなって思って
「……それで、ビアンカ君を殴ろうとした、ってことか?」
「……はい」
お父さんとお母さんをち悪く言われてカッとなっちゃいましたー、って軽い調子で言って誤魔化そうとしたら、何か失敗したみたい。はぁ、とため息を吐かれ、わしわしと頭を撫でられました。
此処は父上の書斎。書斎という割には書類がないのが不思議なところだが、まぁ、お父さんが優秀なんだろう。私はさっきの鬼フリル衣装から着替え、キチンと貴族の男子が切るような格好になっている。
お父さんは頭から手を離すと、顎に手を当てて難しい顔で唸った。
「ううん、ならば、怒った理由はビアンカ君に伝えたのか?」
「いいえ」
……教えるのは簡単だ。きっと彼にその理由を伝えれば謝罪はしてくれるだろう。そして、一番手っ取り早く怒りを伝えられるのは、これから一緒に暮らしていく上で他人行儀な態度をとり続けることだろう。
だけど、私はせっかく一緒に暮らす人にそんな態度はとりたくないし、かといって怒った理由を教えたくもない。
訝しげに眉を寄せるお父さんに再びにっこりと笑ってみる。聞きたそうな顔してるけど、教えるつもりはない。聞きかじった子育ての話をもとにしてエラそうに語られるのも、父親としてのプライドがアレだろうし。
「父親としてもプライドなんてどうでもいい……といえば嘘になってしまうが、子供の話を聞かず心を理解しない親になるよりはマシだ」
予想以上にお父さんがイケメンだった。
「わかりました、話しますよ。じゃあ……」
「小生にも是非聞かせて欲しいんだがな?」
口を開いた瞬間にかかった声に、思わず固まる。お父さんが真っ青な顔をしているのをちらりと見てから、私も背後を振り向いた。
……気配は感じていたけど、護衛か何かかと思ってたよ。どうしてこんな所にいるんですかビアンカくんのお父さん。
戸口にもたれかかる彼に向かってぺこりと頭を下げてから、私の方に問いかけるような視線を向けてくるお父さんに微笑んで、こくりと頷く。
「かまいませんよ。どうぞ」
「すまんね」
短くお礼の言葉を述べてひょうひょうとした笑みを浮かべると、ビアンカくんのお父さんは扉をキチンと閉めてから私とお父さんからちょうどよく離れた場所に座る。
私はそれを確認して、短く息を吸い込んだ。
「私がかれにりゆうをおしえないのは、自分でかんがえてもらうためです」
思考力を失った子供が行き着く先はどこか?
答えは簡単。周りについていけばいい、と判断して周囲に合わせるようになるのだ。
勿論、周囲に合わせるのが悪い事とは言わないけれど、個性を殺してまで合わせることはないと私は思う。実際、前世では周囲に疎まれるのが怖くって、やりたいことをやりたいようにすることができなかった。
盛大なドヤ顔で語りまくるビアンカくんが、過去の自分と被って見えた。だから、彼にはせめて生きたい様に生きて欲しいと、そう思った。
「ならば、何故」
「自分のしたことがイケナイことだというのを、じかくさせるのも大切……だそうですよ」
自覚しなかったこの実例を交えてまた話し出す。そこから発展するいじめとか、差別とか。それで精神を病んで最終的に死んでしまう人の話もした。
科学の進んだ世界だからとっくに理解してるのかと思ったら、随分と顔が真っ青になっていた。やっぱりいつの時代も子どもの心親知らずってヤツなんだろうか。
しんと静まり返った書斎に衣擦れの音が響く。硬直したふたりの視線が私の一挙一動を追いかけていた
警戒を含んだ視線に苦笑しながら、お父さんが休憩用に欲しいと駄々をこねて手に入れたドリンクバーの近くに置かれたプラスチックのコップを手に取る。ここは子供らしくメロンソーダでいこう。いや、子供らしくない様子を見せまくってるから今更すぎるんだけどね。
「殴らせたほうが良かったのか?」
「いえ、どのみちむりでしたでしょうしだいじょうぶです。ビアンカくんのお父上が全力でとめにはいったでしょうし」
ね? とビアンカくんのお父さんに微笑んでみても俯いたままで反応はない。どうしたのかと思い顔を覗き込んで、思わず息を飲んだ。
あぁ、久々にお目見えか。
「……兄上?」
「コタロー殿に聞きたいんだがな、その知識はどこで手に入れたモンだ?」
「……兄上」
「オイ、ゲミュート! こんなのに誑かされる程に堕ちたのかお前さんは! ……微笑んでないで答えろ、一体何企んでやがる、バケモンが!」
「兄上!」
大柄な体は見掛け倒しじゃないようで、彼の怒気と恐怖を含んだ一喝には思わずひるんだ。あの穏やかなお父さんが珍しく椅子を蹴飛ばしながら立ち上がって、ビアンカくんのお父さんに向かって怒鳴りつける。それをものともせずにこちらに向けられるのは、無遠慮な不審と警戒の色。そして何より目立つのは、嫌悪の色だった。