複雑・ファジー小説

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Revival×Survival
日時: 2013/03/03 21:14
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: rc8CMmgA)



 カジノは飽きた。競馬も飽きた。競輪も飽きたし、競艇だってもううんざりだ。
 何かもっと刺激的なものはないだろうか。誰もがこれ以上ないスリルを感じられる、最高の遊戯は。



 そうだ…………。
 命を賭けてみれば盛り上がるんじゃないか?



————————




リハビリ作品その2です。
模擬戦争の方で、あれ以外は更新しないとか言いましたが、
模擬戦争はあまりにも雰囲気がライトなので、年末から考えていたこれを書くことに。
シリアスなシーンのリハビリ作品。
頭脳戦部分もここで練習していこうかと。

ではでは、命がけの逃走劇の始まりです。

Re: Revival×Survival ( No.1 )
日時: 2013/03/03 22:22
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: rc8CMmgA)

 目が覚めるとそこは、一見の廃屋だった。俺が呼吸をするたびに、床から埃が舞い、俺の気管へと侵入してくる。喘息持ちでも何でもないのだが、不潔な感じがしたので、俺は起き上った。
 薄暗い部屋だ。窓は一応あるようだが、もう使われていない箪笥やら椅子やらで隠されている。そのため、部屋の中央部まで直接光が届かない。ボロボロになって擦り切れたカーテンも、光を遮る要因となっている。
 寝ている状態から座ろうと思って体を動かすと、床が軋んだ。どれだけ老朽化しているのだろうかと思ったら、すぐ目の前の床が抜けていることに気付いた。しかも、そこにも埃がかぶっているあたりから、床が抜けたのは昨日今日ではないことが窺える。
 改めて、自分が倒れていた部屋を見回してみた。壁紙は殺風景な白色で、この部屋の主が内装に気を配らない人間だと語っている。蛍光灯が天井にはあるが、スイッチをオンにしても電気はつかなかった。
 それにしても、一体ここはどこなのだろうか。起きたばかりの、寝ぼけた頭でゆっくりと考えた。が、ここがどこかも分からない。自分の家ではない、そう言いたいところだが、今の俺にはそう言いきることもできなかった。
 この家は、俺の家かもしれないし、そうじゃないかもしれない。それが分からないのは、俺が記憶を失ってしまっているからだ。自分が誰なのかも、ここがどこなのかも、なぜ何も覚えていないのかも、分からない。
 しかし、この埃のたまり具合から察するに、一か月以上は放置されていたのではないかと推測する。一週間や二週間、掃除をさぼったくらいでこうまで塵や埃の絨毯が出来上がるとは考えにくい。
 なぜ倒れていたかは分からないにしろ、そう長い間眠っていた訳ではないはずだ。何日も昏睡するとなれば、大怪我を負うか病気にかかるかぐらいだが、ここは病院でも何でもない。とすると、数時間から一日程度の意識の混濁だと思われる。
 それなのにこの部屋の凄まじい状態は、さっき思ったように一朝一夕ではたどり着かないレベルだ。よってこの部屋、延長するならばこの家は俺のものではない。
 だが、それが分かったところでどうする事もできないというのも事実だ。結局のところ記憶を失った原因も、自分が誰なのかも分からない。
 部屋の隅に、足が一本取れた鏡台があるのが見える。とりあえず、自分の顔ぐらいは拝んでおくかと思ってそちらへと向かう。
 鏡を覗いてみると、一人の男が映っていた。年齢は二十歳すぎといったところだろうか。ネクタイやスーツをピシッと決めているあたり、学生ではなく社会人なのだろう。それにしても、記憶以外の知識は覚えているようだ。
 不意に俺の背後で、木が軋む不快音がした。何事かと驚いた俺は慌てて振り返る。扉から廊下の光が入りこみ、眩しさに俺は目をしばたかせた。

「ここにも、人がいたんですね」

 聞こえてきた声は、不安が込められており、弱々しいものだった。とりあえず、シルエットだけが見えた。そこから察するに、全員で六人。声を発したのはおそらく女だろう。

「誰だ?」

 とりあえず、そう尋ねてみる。得体の知れない相手だ。もしかしたら俺の記憶を奪い、ここに閉じ込めた張本人かもしれない。もしもそうだとすると、正直に教えてくれるはずがない。

「それが……分からないんです。その……記憶が、なくて……。私達、全員です。あなたはどうですか……?」

 どうやら、立場的には俺と似たような人達らしい。それも、彼女らが本当のことを話しているのを前提とした話なのだが、他に何の証拠も無い以上、疑っている余裕は無い。

「俺も記憶が無い」

 俺がそのように答えると、向こうの人々はほっと胸を撫で下ろしたようだ。とりあえずこいつらは、犯人ではなくて他の被害者だと考えた方がよさそうだ。
 次第に目が慣れてくると、どのような人達がそこにいるのかが見えてきた。
 まずは、先頭に立っている女。多分こいつがさっきから話しかけてきた奴だ。白衣を着て、メガネをかけている。長めの髪が、ゴム紐で一つに束ねられていた。
 その隣は、身長の高い男だ。背が高いだけではなく、横もがっしりとしていて、筋肉のために厚いその胸板は、服越しにもしっかりと真ん中で割れていた。上は白いランニングシャツで、下は黒字に青のラインの入ったジャージ。坊主頭に髪の毛は見当たらない。
 その後ろに、さらに四人の人がいた。左から、子供、不良、老人、女だ。
 まず子供だが、身長から小学校の高学年だと判断する。埃が嫌いなのか、フードを被っている。
 次に不良だ。金色に染めた髪の毛から、カラーコンタクトを入れているような真っ赤な瞳が覗いている。耳だけでなく、鼻にもピアスがついている。
 そしてさらにその隣に、老人だ。先程までのシルエットでは、何か棒状のようなものを床についていたので、杖突きの人かと思ったが、持っていたのは竹刀だった。髪の毛は真っ白に染まっているが、まだまだ健康な肉体は健在なご様子だ。
 最後に女だ。水商売でもやっているのか、派手な化粧と露出度の高い服を着ている。口紅がべったりで唇は光り、マニキュアで爪は真っ赤だ。
 おそらく、女二人が俺と同年代で、子供と不良が年下、残り二人は年上だと予想した。

「……ここは一体どこなんだ?」

 そう問うてみると、白衣の女がゆっくりと首を横に振った。分からないという意味なのか、知らない方が良いという意味なのか。
 その理由は、後者であると分かった。
 この世界がどうなっているのか、最初に目にしたのは小学生と思われるあの少年らしい。
 白衣の女が代表して、部屋の中へと入る。そして、窓際に近付くと、破れかけたカーテンを掴み、引いた。窓の外の光景が、俺の網膜に映る。その時俺は、映画のワンシーン、または、誰かの描いた絵を見ているような感覚がした。
 そこには、すっかり荒れ果てた一つの街があった。あらゆる家の窓が割れ、コンクリートのブロック塀は崩れている。
 そして最も驚いた事には、空を見上げてみると、空は無くて、代わりに天井が見えた。その天井は高度数百メートルぐらいはありそうだったが、紛れもなく天井だった。つまりここは、あまりにも広大な一つの部屋の中に作られた廃墟だと分かる。
 天井は、絶望の心情を表わすかのような灰色で、そこには乾いた血のように赤黒い字で、こう書かれていた。
 『Revival×Survival』と。

Re: Revival×Survival ( No.2 )
日時: 2013/03/07 16:35
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 9Gb.eK5t)


「リバイバル……サバイバル?」

 天井に書かれた紅い文字を読みあげる。黒味を帯びたあの紅は、見ているだけで背筋が凍るような威圧感があった。そして、鉛色の曇天を描きうつしたかのような灰色。こちらの気力を削ぐ力があった。
 いや、それよりも問題は街の現状の方だ。最初に目にした通り、まるで戦争が通り過ぎた後のように荒れ果てている。最初は割れた窓ガラスやら塀やらが目に入ったが、落ち着いて見回すと、破壊の規模はそれどころではない。
 一番よく見渡せる向かいの一軒は、内部を焼かれたようで、真っ黒焦げになっていた。瓦は所々吹き飛んでいて、一部には風穴が開いていた。
 一体、ここは何が起こった後だというのだろうか。自分たち以外に生き残っている人は、たった一人っであってもいるのだろうか。それすらも、さっぱり分からない。
 ここに来てから分からないことだらけだ。何よりも理不尽なのは、自分のことが全く思い出せないことだろう。さっき鏡で見ることはできたが、自分の顔、職業、履歴、そして名前。自分が自分であることを剥奪されたような閉塞感があり、今にも息が詰まりそうだ。

「あの……すいません……」

 とんとんと肩に指が乗っていた。何だろうと思って振り向くと、心配そうにしている白衣の女性が目に入った。外を見て身動きを止めた俺の様子を見て、大丈夫だろうかと案じてくれたらしい。

「何ですか?」
「えっと……とりあえず、話し合いませんか?」

 一階はまだ電気が通っているらしく、コーヒーメーカーやらも壊れずに生き残っているらしい。とりあえず少しでも落ち着ける場所で、ということらしい。
 ここまでくると、どこにいても状況は変わらない。しかし気休めばかりに希望を探そうとすることで、心が焼き切れないようにしていると思えば、その提案を自体する訳にはいかなかった。
 ひとまず一階に行ってみると、俺はかなり驚いた。俺が倒れていた部屋とは打って変わって、埃っぽさを除けば整っていたからだ。床の木材も腐っておらず、テーブルの脚は四本揃っていて、調べてみると、伝統、水道、ガスの全てが機能している。
 本当にコーヒーメーカーが置いてあったが、コーヒーを飲む気にはならなかった。そもそもコーヒー豆も、コップもなく、ミルもない。それに、塵が舞うような部屋で何かを口にするだなんてご遠慮願いたい。

「それで、何から話すんだ?」

 完全にこの人達を信用した訳ではない。とりあえず、現段階で信じても大丈夫だと思えるのは、子供、白衣、不良の三人だけだ。白衣は先程からの行動から悪い人間ではないと判断できている。
 この程度の年の少年が大それたことをできるとは思えないし、不良も街をたむろするチンピラと雰囲気が変わらない。後者二人は、この妙な怪事件を起こしそうにない、というよりも、起こせそうにない、そう判断した。
 という訳で、疑惑の晴れていない者達には、以前猜疑心丸出しのタメ口で接する。

「ここがどこで、私達は何をすればいいのか、です」

 単刀直入に、彼女はそう切り出した。
 しかし、その命題に関しては誰もが心当たりが無いので、皆一様に黙り込んでしまった。さっき俺が聞いた話が正しければ、ここにいるのは全員記憶喪失者、ここについて知っているはずなどない。
 だが、憶測だろうと空想だろうと妄想だろうと、思考を放棄しないことに意味がある。彼女がそれを自覚しているのかは分からないが、俺はそう思った。そのため、会議をするという考えに乗ることにした。

「ここがどこかなんて、分かる訳ねえじゃんかよ」

 最初にそう言ったのは金髪の不良だ。未知の事づくしで明らかに焦り、苛立っている。お前だけではないんだぞ、そう言ってやるのも容易いが、火に油を注ぐ結果となるのは好ましくないために口を塞いだ。

「目が覚めたら、ここにいました。自分が誰かも分かんねえ。何でここにいるのかも分かんねえ。どうしろってんだよ」
「じゃあ、ここがどこかについては、全員分からない、という事で良いか?」

 筋肉男の発言に、一斉に頷く。確かに、それに関しては端に置いておくのが得策かもしれない。
 だから俺は、何をするかの方を提案する。

「じゃあこれからは、ここがどこなのかを調べるために行動する、ということで良いか?」

 またしても、皆が一斉に頷く。とりあえず、これから先の方向性は大体決定した。

「他に、何か決めておいた方が良いと思うことはあるかな?」

 もう少し話し合いが続いた方が良いと思ったのか、老人がそのように訊いた。確かに、目標だけを設定しておくと、後後どのような問題が出てくるのか分からない。
 それが分からない以上、今のうちに予測できる障害は取り払っておきたい。しかし、こんな非日常的な状況で、先のことなど想像できるはずもなく、議題の上がらないままに虚しく過ぎる。
 そんな中、最初に口を開いたのは金髪の不良だった。

「呼び名、どうする?」
「呼び名?」
「ああ。『おい』とか『あんた』とかだったらややこしいだろ。全員名前が分からないんだから。本名関係無く、ここで名前をつけておいた方が良いと思う」
「それはそうかもしれないな」

 提案に真っ先に乗ったのは、筋肉男だ。一応俺も同意する。さっきから、老人だとか不良だとかで済ますのも面倒だと思っていたからだ。しかも、そのような認識ではやはり話しかける時が難しい。老人だの不良だのを口にすると、相手の気分を害するだけだ。

「……とりあえず身体的特徴から付けていくか?」
「そうしよう。とりあえず、名前に統一性を持たせるために一人の人間に命名してもらおうか」
「その方が良いだろうな。誰かが調子乗ってどこの外人か分からない名前でもつけたら困るしな」

 では、誰が命名するのか、ということになったが、誰でも良いとなり、譲り合いが始まった。誰もが、他の人に名づけの権利を譲り合って切りが無くなり、俺が引き受けた。

「まずはあんただけど……」

 白衣の女性を見ながら考える。とりあえず、特徴と言われると白衣しか思い浮かばない。メガネだったら老人だってかけているし、やはり白衣だろう。
 そう思い、白衣から白という色を取り出して、ビャクと名付けた。
 次に、筋肉だらけの中年男を見る。特徴といえばその肉付きの良さだろう。入道雲のようだ、そう思って入道(にゅうどう)と名付けた。
 金髪不良は、やはり目立つといえばその髪の毛だろう。安直に、ゴールドと名付けた。片仮名になったのは、本人が望んだからだ。俺が最初に言ったのは感じでそのまま金だが、本人の要望で買えることになった。
 老人には、セットで覚えやすくするためにシルバーとさせてもらった。年よりらしくて分かりやすいと、本人は納得してくれた。
 少年にはリトル。そのまんまだ。一応は、小学生の大会はリトルリーグというから、そういうことにした。
 派手な服装の女性には、水商売から水という文字を取り出し、飛沫(しぶき)とした。
 最後に自分だが、自身に名づけるのは相当に妙な気分がした。最終的に記憶の無い空っぽの存在、その意味を込めて空(そら)にしてみた。

「じゃあ、外に出てみるか」

 この世界について知ること、それが現状を確かめる唯一の方法だと、だれしもが納得していた。
 だけど、外の世界は、俺達が想像しているよりも遥かに危険な世界だということは、この段階では誰も知らなかった————。

Re: Revival×Survival ( No.3 )
日時: 2013/03/10 16:11
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: XTRoCAOa)

 外の世界は、予想しているよりも無機質だった。人の気配は感じられず、風も吹かず、まるで歯車を止められてしまった世界のようだった。草木一本生えておらず、ネズミ一匹どころか、野良猫やカラスも見当たらない。
 この世界は死んでいる、ふとそう思った。もしくはこの町は模型みたいだなと。崩れた塀も、壊れた家も、それ以上風化せずにこの廃れ具合のまま、時が止まっていそうだった。
 風すら吹かないこの世界といったが、生温かいようでいて、うすら寒かった。とても気持ち悪くて熱っぽいのに、身体の芯から冷え切ってしまいそうな感覚もする。

「何だよ、この世界……」

 明らかに恐怖で満ち満ちた目で、金髪の不良……ゴールドが呟いた。強がってみせても、やはり学生らしく、精神面では俺を含めたこの七人の中では弱いようだ。もっとも、流石に小学生、リトルよりかはましなようだが。
 リトルはというと、しきりに青ざめた表情で佇んでいた。さっきの建物の中から景色としてこの光景を眺めた時は、何か一枚の絵画を見ているような気分だったが、いざここに立つと全然違う。

「どの家にも、人がいるような気配は無いな」
「そうですね、どこもかしこも崩れ落ちていて……」
「そもそも、この町には何があったと言うんだ?」

 戦争でも起きたというのだろうか。しかし、それは考えにくい。ここが実在の街だとすると、頭上の天井の説明がつかない。さらには、瓦の屋根から判断するにここは日本。戦争は放棄しているはずだ。まあ、かと言って他の国が攻撃してこないとも限らないのだが。

「それにしても……生き物がいないわね」

 少し青くなった顔でそう呟いたのは飛沫だ。彼女も、根っこの部分ではあまり強い人間ではないようで、成人組の中では一番恐怖にさいなまれているようだ。少しでも気分を和らげようと、他の生き物の話でもしようと思ったのだろう。

「何だか……怖いよここ……」

 少年がそう呟くと同時に、突然何かが崩れる音がした。何だと思った俺たちは真後ろを振り返る。するとそこには、さっきまでは無かったものが七つ落ちていた。七つとも全く同じもののようで、リュックサックだった。大して中身は詰まっていないようで、軽々と持ち上げられそうだ。

「あれ……どこから出てきたんだ?」

 誰がという訳でもないが、ぽろりとそんな言葉が零れ落ちた。それも当然だ。ついさっき通って、何もないことを確認した場所に七つもの鞄が落ちているのだから。
 罠、と考えても良さそうなのだが、なぜか俺は不用意にそれに近づいていた。リスクよりも、なぜこんな所にこんなものがあるのか、という疑問が勝った。一体これは何なんだと思った俺は、とりあえず一番近くに転がっていたリュックサックを開けてみた。
 そこに入っていたのは、携帯電話が一つと一枚のメモ用紙だった。

『ようこそ、Revival×Survivalへ
 スリルに満ち満ちた最高のゲームをどうぞお楽しみください』

 あまりにも陽気な文面だったが、俺は戦慄した。『スリルに満ち満ちた』その一言が、何だか俺の本能を刺激している。危険だ、近寄るな。そう警報が鳴り響くが、近づかないときっと、この世界のことなんて何一つ分からない。
 隣やら前方やらで、皆一様にリュックサックを開けている。そして全員が、その中から一枚の紙切れと携帯電話を取り出した。

「このケータイ、圏外じゃないですね」

 最初にそれに気付いたのは、ビャクだった。まさかと思って確かめてみると、本当に電波を受信できているとの事だった。だが、胸ポケットに入れていた自分の携帯電話は圏外になっていた。

「とすると、これでお互いに連絡を取り合え、そういうことか?」
「おそらくは」

 ふと思いつきで俺はメモ用紙をひっくり返した。『そんな、話が違うぞ』そこには、そのような言葉が書かれていた。
 何の事かはよく分からなかったが、後々必要になるような気がしたので、その紙片もリュックにしまいこんだ。
 異変に気付いたのはその時だ。リトルが、先程までと比べても、より一層青ざめた顔つきになっていたのだ。先程までは、普通に怖がっているだけだったが、今はというと、すぐさま死んでしまいそうなほどに、生気のないものだった。
 何事かと思って近づき、しゃがみこんで視線を合わせてみると、少年がしきりに何かを呟いているのが分かった。

「何で……何で……どうして?」
「おい、大丈夫か?」

 何でとどうしてを、ひたすら彼は繰り返す。肩を揺らしてみても、これと言った反応は見受けられない。
 リトルの目が光った、そう思った次の瞬間には彼の両の眼からは大粒の涙が零れ落ち、いつしか滝のようになった。不意に起こったこの異変に、俺は頭を抱えるばかりだ。
 だが、そんな些細な事にオロオロしていたのは、俺一人だけだった。皆、リトルが泣いていようとも、そちらは全く見ていなかった。
 突然、火花が散るような、鋭い音がした。一体何なんだと思ってぼやきながら全員が凝視している方向を俺は見た。

「何だ、今の“チュン”って音は?」

 次の瞬間に俺は絶句する。そこには、一台のロボットがいたからだ。大きさは大体八十センチメートルぐらい。キャタピラで装甲し、カメラを伴った小型のロボットだ。
 そして最も俺達の目を引いた点だが、腕のようなものが二本、母体からとびだしていて、その先端には、リボルバーがついていた。その内の一本からは、白い煙が上がっている。
 まさかと思った俺は周囲を観察する。すると、目の前の道路に、一つの弾痕があった。さきほどの鋭い音は、道路に弾丸が撃ち込まれた音だったのだろう。
 そしてそのロボットは平坦な口調で、何でもないことを口にするように、淡々と告げ、両腕の銃口を俺たちに突きつけた。

「ターゲット、ニンショウカンリョウ」


「今……撃ったのか?」

 軽い沈黙の後、俺がそう確認すると、一気に場の空気が一変した。そう、言葉にして現してようやく、状況を理解できたようだ。他の人達は、突然現れた機械が発砲したということを、目の当たりにしても呑みこめていなかったのだろう。
 しかし、いざそれを認識したその瞬間、一気に緊張感と恐怖心が走りぬけた。ターゲットとして認証されたということは、今度は威嚇射撃などではなく、こちらに撃ってくるということだ。
 慌てふためいたゴールドやら飛沫やらがロボットから逃げるように走りだす。ただ、それは間違った対処ではないかと俺は感じた。一本道の大通りで、背を向けて逃げ出してもあっさりと狙撃されるだろう。
 幸いというべきか、ロボと俺たちとの距離は短い。その上、銃口が見える腕の動きも遅い。
 これならば、逃げるよりも壊した方が早い。そう判断した俺は、相手が俺に照準を合わせるよりも先に、カメラの部分を蹴りつけた。ガラスが粉々に砕けて、カメラは粉砕される。標的を視認することができなくなった機械は、もはや照準を合わせられず、完全に静まり返った。

「助かったか……」

 一応念には念を入れて、入道と協力して、リボルバー付きのアームをもぎ取る。これで、こいつからはもう確実に狙われない。

「大変です! 飛沫さんとゴールドさんが……」

 気付くと、その二人はどこかへと走りさっていた。気が動転していたのだから無理もないだろう。脚をもつれさせながらも、懸命に逃げたつもりなのだろう。そのため、気付いた時にはもう、どこにいるのかも分からなくなっていた。
 真っ先に気付いたビャクもかなり動揺していたが、まずは落ちつける。それよりも、俺にとってはリトルの変化の方が重要だった。
 先程の機械の狙撃騒動が起きても、リトルは全く反応しなかった。変わらず青ざめたままで呆然と虚空を見つめている。そして、しきりに何かを呟き続けるのも変わっていない。

「おい、何があったんだ!」
「なんで……どうして……」


————僕はまだ生きてるの?


 その一言は、先程の出来事よりも強い衝撃を俺たちに与えた。先程は、恐れ、おののきながらもまだ逃げるなどの対応が取れた。しかし、その言葉を聞いた今、俺たちは四人とも固まってしまった。
 その発言の持つ衝撃の大きさ、そして何と声をかけてやればいいのか分からないことから、揃いも揃って絶句する。そんな中、静まり返った状況で、より一層リトルの悲壮な叫びは響いた。

「なんで……なんで……僕は、死んだのに……殺されたはずなのに!」

 リトルが両手で頭を抱えてしゃがみこむ。目は見開かれたまま、閉じられようとしない。その目からは、相変わらず涙が流れ続ける。

「嫌だ、嫌だ、死ぬのが怖い……。誰か、助っ……」
「落ちつけ!」

 最初に声を取り戻したのは、シルバーだった。年長者らしく、いち早く冷静さを取り戻し、その場に喝をいれた。

「お前の身に何があったのか私達には分からん。だが、ここでお前は紛れもなく生きている。まずはそれを納得した上で、落ちついてみろ」

 シルバーの言葉に、次第にリトルは落ちついてきたようだ。顔を上げたかと思うと、真っ先に俺の瞳を覗きこんできた。俺達が心配しているのが伝わったのだろうか、少しずつ、理性を取り戻してきている。

「すいません……」
「気にするな。それより、何があった?」

 一瞬、少年は言葉を詰まらせた。今から言おうとしていることは、本当に言うべきことなのだろうかと逡巡しているようである。そして、意を決したかのように、口を開いた。

「記憶を、取り戻しました」

Re: Revival×Survival ( No.4 )
日時: 2013/03/18 20:00
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 9KS5hO21)

「記憶を……?」
「はい」

 今だに、目の中には恐怖の色合いが垣間見えるが、嘘をついている気配はなかった。まっすぐに、眩しいほどの眼光をこちらへと向けてきている。

「それにしても、何でこのタイミングで……」
「分かりません。でも、多分この紙が関係しているとは思うんですけど」

 そう言ってリトルが取り出したのは、さっき俺も目にしたあの紙だった。ようこそ、Revival×Survivalへ、そう書かれた招待状のような紙片。
 こっちじゃない。そう言ってリトルはそれを裏返してみせた。そこには、さっき俺が確認したのと同様に表とは違った文面で文字が書かれていた。しかしそこに書かれているのは、俺の持っている紙の裏側に書いてあるものとも、異なったものだった。

「『嫌だ、何で? ……お父さん。』……どういうことだ?」
「これは多分、僕が死ぬ間際に口にした言葉だと思います」
「死ぬ間際? でもお前はこうして生きて……」

 生きているではないか、そう続けようとしたのを遮るように少年は首を横に振った。どこか、淋しげな表情だった。そして、信じられないとも伝えてきた。

「絶対に僕は、一度死んでいます。記憶が戻ると同時に、あの感覚も取り戻しました。刺された時の、痛いというよりも熱いと思ったあの感覚。そして、親にそれをされたっていう、絶望感……」
「親に? もしかして、父親に……」

 ためらいがちに、ゆっくりと彼は首肯する。枯れた涙が、再び湧いて出る。

「僕の家は普通の家でした。でも、お父さんが詐欺にあって……一家心中することになったらしいです。死にたくなかった僕は抵抗したけど、気付いた時には、刃がお腹に……」
「分かった、これ以上言うな」

 というよりも、リトルはもうこれ以上喋れそうになかった。もう既に半分以上が言葉になっていなくて、ほとんど解釈が入り混じったものだったからだ。とりあえず、再び落ちつきを取り戻させる休息が必要だと判断した俺たちは、身を隠せそうな場所を探すことにした。負日の襲撃から身を守るためだ。
 ようやく、サバイバルの言わんとする意味が分かってきた。この、閉じ込められた空間で、あの機械から逃げ続けろということなのだろう。制限時間はいつまでなのかは分からないが、殺されたくなければ、逃げるか隠れるかしかない。
 泣きじゃくる少年の背中を、ビャクがさする。その手に促されるようにして少年も歩き出す。そして、それを確認した俺、入道、シルバーも続いて足を進めさせた。



 とりあえずは、俺たちはスタート地点に戻ることにした。理由は簡単な話で、今まで見てきた家の中で、最も保存状態が良かったからだ。あそこ以外の家は、ドアが吹っ飛んでいたり屋根が欠けていたりと、まともな状態ではない。原形を保っているだけ、あそこはまだマシだという話だ。
 そこに戻った時に俺達は、自分たちの進んだ道のりの短さに溜め息を吐いた。怯えながら歩を進めていたため、三十分近く歩いていたのに、振り返ってみると一キロも歩いていなかったのだ。
 そこに戻るやいなや、埃まみれのリビングに戻った。例の、会議をした空間だ。電気をつけて、少しでも明るくしようとする。心理的にでも、物理的にでも構わない。じめじめと暗くしている訳にはいかなかった。

「えっと、本名も思いだしたんでそれで呼んでもらっていいですか? 田川って言うんですけど……」
「分かった。その方が分かりやすいならそうしよう」

 ありがとうございますと、リトル改め田川少年はお辞儀する。そして、話があると言って切り出した。

「記憶を取り戻す方法と、そのヒントが分かったような気がします」
「記憶を取り戻す方法?」

 俺が確認のためにそう訊き直すと、た側は首肯した。その目には確信のような気配が見え隠れしている。

「はい。僕は、さっきの紙の裏側に書かれていたのを小声で読んだら記憶を思い出しました」

 彼の推測を聞いた俺は、内心がっくりと肩を落とした気分になった。その推測が外れていると思ったからだ。先程、俺も紙きれの裏側を確認したが、記憶なんて帰ってこなかった。
 しかしその事を伝えても、田川は動じることなく、逆に反論してきた。

「それは、空さんに対応した紙じゃなかったからです」
「俺に、対応していない?」
「はい。僕の予想が正しかったら、一枚一枚、書かれている言葉は違っているはずです」
「何でそんな事が分かるんだ?」
「僕が読んだのは、自分の死ぬ直前、最期に発した言葉だったからです」

 そう言えば、さっきそれにまつわるようなことを言っていた。紙の裏側の文面では父親に強い疑問を投げかけていた。親が心中を起こそうとしたのを知った時のセリフと考えると、齟齬は見当たらず、筋が通っている。

「つまり、今際の時に放った言葉が記憶を取り戻す鍵、という訳か」
「多分、そのようですね」

 田川の話をシルバーが端的にまとめ、その通りだとビャクが肯定する。今際という単語に、少年が首を傾げているが、今はそんなことは気にしない。

「死に際の一言……か。つまり、この紙に書いてあるのは、俺以外の誰かの声、って訳か」
「はい。だから、一旦ここにいるメンバーで、持っているもの全てに目を通してみたら……って思うんですけど」

 おずおずと、田川はそう締めくくった。怯えるような目の色で、上目遣いに訴えかけてくる。こんないたいけな少年がこのような態度をとっているのだから、大人の俺たちがそれを否定する訳にはいかない。
 最初に構わないと言ったのはシルバーだった。それに対十するように、次々と入道が、ビャクが了承していく。この流れで断る訳にもいかないうえ、元々反対でもなかった俺は当然のごとく首を縦に振った。

「じゃあ、まず俺のからだ」

 そう言って俺は自分の持っているのを差し出した。机の中央までそれを押し出し、皆が身を乗り出してそれを確認する。
 しかし、結果は芳しくなく、全員が首を横に振った。口にしてみても、大して変化はない。おそらくは、この場にいない飛沫かゴールドかのいずれか、言葉遣いから察するに、特にゴールドの線が濃厚だった。
 次に取り出したのは、シルバーだった。とりあえず自分自身で確認してみたようだが、それはシルバーのものではなかったらしく、残念そうに首を横に振った。

「『頼む、息子だけは……息子だけは……』だと。とすると……」
「当てはまるのは俺ぐらいでしょうね」

 真っ先に入道がシルバーの方に手を伸ばした。受け取ったものの裏側に書かれていた文面を唱えると、急に顔色が変わった。
 一瞬、田川同様に真っ青になったかと思ったが、次の瞬間にその色は変わった。憎悪が入り混じったその目は、どす黒いオーラを放ち、顔色は紫色に見えた。
 大体の彼の最期が想像できたような気がした。自分が殺されるその時に、近くに息子がいたのだ。そして、息子が先にその殺人者の手にかけられようとしていた。そして、自分よりも息子の命の心配をしていたのだろう。
 彼の発した言葉が懇願するようなものだったのに対して、現在憤怒の顔つきをしていることから、願いは虚しく息子ともども手にかけられたのだろう。
 そしてここで俺はあることに気付いた。俺自身いつの間にか、『これは死人が参加しているもの』だと決めつけていることに。自分の記憶がまだ戻っていないのにそう判断するのは短絡的だと思うのだが、心の奥底ではそれを答えとして受け入れてしまっている。
 おそらくあれのせいだろうと、ゲームの名前を思い出す。“Revival×Survival”、そのうち、『Revival』という英単語が引っ掛かっているのだ。
 そしてその時、予期せぬ想像が俺の頭の中に生まれた。その想像は、このゲームが一旦死んだ人間の集いなのだと裏付けるような仮説だった。
 それに気付いた俺は思わず呆然とし、その場の会話に対応できなかった。後からビャクから聞いた話だと、もうすぐ入道が暴れ出しそうになって、三人がかりで説得していたのだとか。
 そして、入道が落ちついてから、全く反応を取っていない俺の方へと意識が注がれたのだ。心配した田川が、俺の顔を覗き込む。

「どう……したん、ですか?」
「ああ、ちょっとな……」

 そして俺は端的に切り出す。

「このゲームの正体が、分かったかもしれない」


Re: Revival×Survival ( No.5 )
日時: 2013/03/29 21:39
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: rGFKM6wX)


「ゲームの正体?」
「ああ。さっきからずっと疑問に思っていたんだが、あそこのタイトルを見てくれ」

 俺が指差したのは、窓の向こう側にある曇天のような灰色の天井。その中に鎮座している『Revival×Survival』の字だ。他の人たちはそこに注目するも、意味が分からず困ったような目でこちらを見返してきた。

「あのタイトル……なんで『×』なんて真ん中に入っているんだ?」
「……………………?」

 俺がおかしいと思ったところを言及してみても、反応は小さかった。シルバーからは、こいつは何を言っているんだという不満めいたものが見えるし、田川からはそんなのも分からないのかと呆れられる始末だ。

「何かのタイトルを付ける時に、前と後ろを並列に繋げる記号、それだけじゃないんですか? クロスととらえた場合、交錯する、みたいな意味が出ますし。ただの点やら句読点よりも見栄えが良いですし」

 ビャクの長い発言に、田川は同意を込めて力強く頷いた。確かに、俺の知っている小説やら、学生時代に読んだマンガなんかには、そのようなネーミングのものも数多く存在する。
 だけど、あの天井の文字がこの不可解なゲームの中に存在する唯一のルールブックだとしたらどうだろうか。状況把握のために与えられた、ヒントだとしたら。

「ここから先はただの推論だし、裏付けもない。だけど、現状には合っていると思う」

 俺がそう前置き、今から始めるぞと示唆すると、離れかけていた皆の関心が再び集まった。一応は聞いておく価値はあると思ってもらえたようだ。

「まず最初に、問題の『×』の読み方だ。これは多分『ばつ』でも、さっきビャクが言っていた『クロス』とも異なる記号だと思う」
「じゃあ、何なんですか?」
「何なんだと訊いているけど、このメンバーの中ではお前が一番身近なはずだぞ、田川」
「僕が一番身近?」

 未だ、俺が伝えたいことを理解している人はいない。ただ、ビャクは真剣な表情で何かを考えている。とりあえずは、発想の転換をするのが先決だとは分かってくれたらしい。
 そして、何かに気付いたのか、パッとその表情を変えた。

「乗法の記号……ですか?」
「その通り」

 田川が身近というヒントに上手く乗っかったようでさらりとそう呟いた。そうなると、入道の方もすぐに納得したようで、そう言えばそうも読めるなと言う。
 小学生の田川は仕方ないとして、シルバーも乗法という言い方を知らないようなので、掛け算のことだと補足する。二人手も合点がいったらしく、なるほどねと返してきた。

「それで、掛け算だったらどうなるって言うんだ?」
「それは、もうビャクが気づいているはずだ」

 掛け算だとは分かったが、ビャクと違って入道は、その先には辿りついていないらしい。

「じゃあ、あれを掛け算の符号だと判断した場合ですが、どう読むかですよね。それはそのまま、『かける』と読みます」
「リバイバル×(掛ける)サバイバル……いや、分かんないんだけど」

 余計に頭を混乱させた田川はもはや考えるのが面倒くさいと匙を投げた。それならいっそのこと俺達も投げ出してしまおうと、入道、シルバーも首を横に振る。
 ビャクから解説をバトンパスされ、俺が説明を続ける。

「×の読み方は掛け算の『かける』だけど、意味は違うんだ」
「掛け言葉ってことか?」
「そう、まず掛け算という読み方を導き出す。そして、掛けるから掛け言葉の意味を見つけて、隠れた意味を見つけるんだ」
「……『賭ける』か?」

 とうとう残っている中の大人二人にも理解できたらしく、頷き合っている。少年の方はというと、どうしてそうなったのかは分からないが、とりあえず『賭ける』にたどり着くということだけは呑みこめたようだ。

「つまり、この会場で行われているゲームの本質は……」
「Revival……復活を、×(賭けた)……」
「Survival、生き残り戦って訳だ」


一旦保留。


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