複雑・ファジー小説
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- 【第二幕】ケイオズミックス・ホラーズ【開幕】
- 日時: 2014/08/18 22:44
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: DgbJs1Nt)
●8/18 第二幕【水歩く音】更新。
最新更新分へ>>20
【始祖の悪夢を想う。】
——昔々、ある大きな国の小さな町に、悪夢に悩まされる少年が居ました。 彼が幼い日に見た、母が少しずつ壊れていく様子には大人である彼の父親さえも堪えられなかったそうです。
そうして過去と悪夢に魘されながら成長した少年は、大きくなると紙のうえに魔物を創り出すようになりました。 それらはある種の人々を惹き付け、誘い、彼の創り出した顔のない魔物は、どんどん大きく、沢山沢山成長していきました。 今では無数の世界が出来上がり、無数の魔物が徘徊し、そして無数の神々が混沌と渦巻いています。
幼い日に見た少年の悪夢は、いつの間にか意思を持ち、世界を持ち、沢山の隷属された魔物を持ち、やがては命さえ手に入れてしまったのです。
さて、此処にもまた、少年の悪夢に惹かれた闇の眷属が一人。 どうぞ、少年の見た悪夢の狂気と混沌を、心往くまで覗いて下さい。
* * * *
【ごあいさつ】
どもー、暗黒街の炸裂ペテン師こと、たろす@です(*´∀`)
今回はですね、ホラー傾向のお話を作っていこうと思っております。
予定では短〜中編の詰め合わせみたいな形に成ればなと。
ホラー作品なのに敢えてシリダク板ではなくこちらに建てた、と言うことは当然注意事項が御座います。
一応お断りしておきますが、読んでから一人で家にいられなくなった、とか、一人でお風呂に入れなくなったとか、そんなクレームは聞こえません。全然聞こえません。
【ご注意】
1:ホラーです。 怖いの無理な方ブラウザバック推奨です。
2:グロ有りです。 流血描写暴力描写、生理的不快感等、不安な方ブラウザバック推奨です。
3:設定や名称の一部が既存の作品群と被ります。 盗作とかではなくコズミックホラーの仕様です。
4:荒しさんブラウザバック推奨です。 善意ある指摘、添削意見は歓迎、バンバン叩いて下さい。
【おしらせ】
7/23
第二幕、開幕です。
8/18 更新。
【目次】
第一幕:黄印を追うモノ(グロ注意)
>>1>>4>>5>>6>>8>>10>>15>>16>>17
一気読み>>1-17
第二幕:水歩く音
>>18>>19>>20
【お客様】
日向様 / レイ様 / lp様 / 武士倉様
- 【お待たせしました】ケイオズミックス・ホラーズ【8話掲載】 ( No.16 )
- 日時: 2014/04/10 07:05
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: pkXg7QLy)
1-8
* * * *
自分のデスクに戻って、俺はじっとりと粘度を持つような疲れを振るい落すように、ギシギシと煩い安物の椅子へ乱暴に座った。
一人の男の死が、二人目の死者を生み、この先どうなる?
新たな死者を生むのか? 果たして、何の為に?
考えるべきことは多かったが、時間はあまり無いような気がした。 犯罪者は、一度味を占めると、罪の味を我慢できなくなるものだ。
だが、今回の加害者は? 果たして、俺が今まで相対した者達と同じだろうか?
現場に証拠を残さない犯罪者は確かに居る。
全身の毛と言う毛を剃り落とす者、自ら指先を切り裂いて、継ぎ接ぎだらけの新しい指紋を作り出す者、病的なまでに殺しの現場を清掃する者。
それは一種の性癖の様なもので、犯罪者の、現場に対する歪んだポリシーの様なものだった。
だが、人が生まれ、生きれば、必ず痕跡が残る。 これまでの多くの犯罪者はそうした証拠、他人の目であったり、交友関係であったり、もしくはその存在そのものであったり。
そういった物が、必ず犯罪者の正体を明かしてくれた。 だが、今回は?
交友関係も、目撃者も、何一つ有力な手がかりにはならない。 ましてや、殺しの道具が薄汚いメダル!
全く意味が分からないし、どこまでも不可解だった。
俺はデスクに山積みになった無用の紙切れを丸ごと、備え付けの小さなアルミのごみバケツげ突っ込み、今まで見つけた『手がかり』であろうモノを纏めたファイルを広げた。
何度見ても、変わり映えしない、僅かな事実と謎ばかりがあった。
通路を歩く他の刑事の足音さえ鬱陶しく感じる程に、不甲斐ない自分自身に対するもどかしさが込み上げる。
正直、今すぐに自分をぶん殴りたい気分だった。 もしかしたら、何か閃くかも知れない。
そんな事を思った時だ。
ガサッ。
と派手な音が、俺の鼓膜を殴りつけた。
俺は瞬時に腰のホルスターから拳銃を引っこ抜いて、その音の方向へ照準した。
その音が、あの不気味なゴミ回収の男の携える、乳白色のゴミ袋の音に他ならなかったから。
それは確かに間違いではなかった。
我に返った時には、馬鹿に目立つ黄色いレインコートの様な制服を着た清掃員が、丁度俺のデスクの脇へとごみ箱を戻す所だった。
男は僅かに不信感と、それから物騒な、と言わんばかりの嫌悪の表情を目に乗せて、俺のデスクを去って行った。
男の押すゴミを満載したカートの音だけが、僅かに耳に残る。
「黄の……を……たか?」
カートの音は、その声を、俺の耳に届かない様霧散させた。
* * * *
自分が眠りに落ちたことは覚えている。 だが、何故こんなにも苦しくて、灼熱の痛みが四肢を苛むのかが分からない。
視界は乳白色で塗りつぶされており、不快な揺れが全身を襲っている。 時折目に入る自分の腕が、本来ならば向くはずの無い方向を向いている事が気になるが、それ以上に、自分の髪や背中、もしくは視界に入らないあらゆる箇所が、じっとりと重たく濡れていることが神経を逆撫でる。
そうして、意識がはっきりしてくるにつれて、不快な臭いが、赤錆びた鉄くずを放置したような臭いが鼻腔を刺激する。
嗚呼、これは血の匂いだ。 そう理性が声を上げる前に、俺の体は宙を舞った。
フローリングの冷たい床に派手な音を響かせて、俺は自分の頭部がごろり、と音を立てて転がるのを意識した。
嗚呼、そうだ、あの夢だ。 いつもの、あのクソッタレな夢だ。
俺の体はバラバラで、無理矢理引き千切られた様な手足が唐突に激痛を呼び起こして、それでも俺の視線は一点を見つめる。
いつもそこで、怯えている男を、ただじっと見つめる。 もう死んだはずの、メダルによって窒息死したはすの男を。
彼は怯えて、だが俺は何も出来ずに、ごみ袋を携えた腐乱死体の様な男の掠れた笑い声を聞く。
この夢を最初に見たのはいつだったろうか。 彼は死んだはずではなかろうか。 そもそも俺は何故生きているのだろうか。
目まぐるしく浮かぶ疑問は、総て『夢』の一言で片が付いた。 それなのにどうして、こんなにも痛く、苦しいのか。 自分は殺されたのか? 死に切れぬ死体と成り果てたのか?
訳が分からなかった。
俺は絶叫を上げ、唇を食い破り、この夢を脱するために出来ることを何でもやった。
毎夜、同じことだ、その繰り返しだ。
唯一つ、今夜は、普段聞き取れない、醜悪な声が鮮明に聞こえた。
「黄の印を、見付けたな」
その声はまるで死刑宣告の様だった。
内容ではない。 既に死体と化している俺は、今始めて、本当に殺されることを言い渡された。
理性や認識ではない、もっと深い部分。 安っぽい言い方ではあるが、魂が命じられたような、絶対的な死の宣告。
ぐしゃりと不快な音を立てて、俺の頭部が潰れた。
頭部が潰れながら音が聞こえる。 血と脳漿が飛散した音が聞こえる。 飛び出した眼球が壁に当たって潰れる音が聞こえる。 頭骨が砕けて、表皮や筋組織ずた袋の様に引き裂く痛みを感じる。
そう、これは、夢なんだ。
* * * *
- 【終幕に向けて】ケイオズミックス・ホラーズ【8話更新】 ( No.17 )
- 日時: 2014/07/03 22:10
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: DgbJs1Nt)
1-9
* * * *
気が付くと、俺は変わらずに署内のデスクに居た。
安物の椅子に腰を下ろして、何かに怯える様に拳銃を握り締める。 三十八口径のホーローポイント弾はいつでも俺を守ってくれた。 自分以外に、唯一信頼できる物だった。 なのにそれが、今は何処までも頼りなく思えて仕方が無い。
だが、あれは夢だ。 夢以外の何物でもない。 そして、その夢はもう覚めたのだ。
俺はそう自分に言い聞かせ、デスクの上に証拠品のメダルが置いてあることを確認した。 誰かが検死室から持ってきたのだろう。
黄色い紙袋から取り出して、丁寧にビニール袋に入れられたそれを、俺は今初めてじっくりと観察する機会を得た。 何てことは無い、ただの薄汚いくすんだメダルだ。 手のひらに丁度収まるそのメダルが、何故殺しの道具に使われたかはわからない。 ただ、それが今俺の手中にあることだけは確かだった。
ふと、嫌な雰囲気を察した。 何があるわけでもないのに、小さい頃は怖かった地下室の様な。 もしくは、雨降りの深夜に訪れる検死室の様な……。
俺は瞬時に拳銃を握りなおして、視界を掠めた影に向かって一発撃った。 相手が誰でも、もはや構わなかった。
恐ろしいほどに頼りない銃声は、しかし確かな反動を以て手首を震わせ、それから俺の心までもを揺さぶった。 俺は続けて撃った。 何度も何度も。 撃鉄が虚しく空打つ音がしても、何度も引き金を引いた。
「黄の印を、見付けたな」
嗚呼、そうだ、夢は覚めてなんか居ない! こいつは絶対に死なない。 何度もやってるじゃないか! 俺は毎晩こいつに銃弾を撃ちこんでるじゃないか!
今にも腐り落ちそうな唇を歪めて、そいつは繰り返し呟いた。
「黄の印を、見付けたな」
吐き気を催すしわがれた声で、そいつは言った。 それから、その醜い唇を悪魔的に吊り上げて、一歩踏み出した。
俺は慌てて拳銃に弾丸を込めなおして、もう一発撃った。 弾丸は見事にそいつの首の付け根を吹き飛ばす。 腐ったかぼちゃを撃った様な、乾いているのに粘度を含んだ様子で、そいつの首の肉片が散った。 だが、血は出なかった。
六発分の穴が開いた黄色いレインコートにも、一切血は付いていない。
そいつは嘲笑うかのように俺の手から拳銃をもぎ取って、濁り切った目でその拳銃を眺めた。
それから先の事は覚えていない。 ただ、最後の一瞬、そいつの手が俺の首を掴んで、ぐしゃりと肉と骨がつぶれる音がしたことだけは覚えている。
だが今の俺が理解できることは、全身を襲う地獄の苦しみと、視界を埋めるガサガサと耳障りな音を立てる乳白色のビニール袋だけだ。
* * * *
現場は慌ただしかったし、どいつもこいつもうんざりしていた。 それから、全く不可解だと呟いて歩いていた。
警察署内で刑事が殺され、犯人も動機も凶器も分からない。 ただ全身をばらばらにされた死体が転がって居ただけだ。 そう、俺の先輩は殺された。
だが犯人は? 俺にもさっぱりだ。 動機は? さあね、刑事は恨まれるものだし。
ただ、ここの所かかりきりだった、変死した兄弟の死が関係していることは確かだった。 だが一体誰が?
俺がデスクに証拠品を持っていった時、彼は突っ伏して転寝をしていた。 それから十分と掛からずに、誰がこんな風に、こんな場所で、ベテランの刑事を殺せる?
とても人間技とは思えなかった。 だから、俺は復讐心から正常な判断が出来なくなる、との理由で捜査を外されて、内心でほっとしている。 あんなのは、ヒトが出来る犯罪じゃない。
俺は無神論者だし、悪魔も信じていないけれど、誰の目に見ても人間が出来るとは思えない。 俺は気が滅入って、頭を抱えて、とりあえず追い出された廊下でコーヒーを啜った。
時折、清掃の為に出入りしているゴミの回収業者が、封鎖された事務所を眺めてコソコソやりながら通り過ぎた。
俺は不謹慎だぞ、と言う言葉を飲み込む代わりに、ぎろりと一瞥をくれてやる。 奴らはそれに気付くと蜘蛛の子を散らす勢いで去っていった。
「お疲れ様です」
去り際に掛けられる申し訳程度の挨拶に、俺も小さく「お疲れ様」と返して、その"青い"レインコートの背を見送った。
Fin.
-----【黄印を追うモノ】閉幕-----
- Re: 【第二幕】ケイオズミックス・ホラーズ【開幕】 ( No.18 )
- 日時: 2014/07/23 03:59
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: DgbJs1Nt)
【第二幕:水歩く音】
1-1
何処か遠くで、家の中からと言うのは分かっているが、その書斎からは酷く遠い場所でぶつかりあう食器の音を聞きながら、彼は手にしていた本を置いて頭を抱えた。
その書斎は元々祖父のもので、この家、と言うよりは屋敷と呼んだほうが正しい様な家も祖父のものだ。 父は母と駆け落ちした為に勘当だれたが、その父が召集に応じて戦死すると、祖父は大層彼の事を可愛がった。 結局母と祖父の軋轢は埋まらなかったが、同じような時期にそろって病死したのは何か運命的な繋がりのようにも思えた。 少なくとも彼にとってはささやかな運命の繋がりに感じられた。
そうして、大地主だった祖父の遺産の殆ど全てを相続した彼は、若干二十歳にして働く必要もなく、元々好きだった読書に全ての時間をつぎ込む祝福を手に入れた。
勿論、彼は一介の青年で、父を亡くしてからは家計も厳しかった為、そのような恵まれた環境を、言うまでもなく誰もが羨む様な生活に舞い踊るほど喜んだ。 そう、喜んだのだ。
祖父の集めた莫大な蔵書、図書館として運営できそうな蔵書を祖父の愛した小さな書斎で片っ端から読み漁る。 その幸せを彼は噛みしめた。 なんと自分は恵まれたことだろうか。
だが、何かが違った。 何かはわからない。 ただ、五感よりももっと深い、それをなんと呼ぶかは分からないが、強いて言うならば本能が鳴らす警鐘とでも言おうか。
この屋敷は、何かがおかしかった。 ただ、何かはわからない。
だが時折感じるのだ。 何か、彼の知らない何かが潜んでいる。 勿論、彼以外にも屋敷には使用人が居る。 だがそうではない、もっと異質な、眠りに落ちようと目を瞑っている様子を、誰かにじっと凝視されているような生理的に不快な感覚が。
彼は頭を振って意識を本に戻した。 何てことはない、有り触れた流離譚に視線を落す。
そう言えば、最初にあの不快感覚に遭遇したのはこの書斎だった。 だが何処にも異常は無かった。 三階の書斎は外からは殆ど見えないし、壁に妙な穴もない。 丁度されてるのも机と本棚とライトスタンドだけだ。
どうにも腑に落ちなかったが、彼は極力その不快な感覚を気にしないことにしていた。 触らぬ神になんとやら、と言うやつだ。
* * * *
大きな屋敷には大浴場の様な風呂があった。 濛々と立ち込める湿気と湯気と、水の跳ねる音が酷く木霊する、ただ広いばかりの浴場。 石造りの床が、ほんのりと冷気を持って足の裏から熱った体を冷やす。
彼は入浴が好きだった。 読書で凝った首や目が徐々に解れていく感覚や、湯から上がった後の何とも言えない倦怠感、音もなく苦痛も伴わない、水圧による幸福な拘束感。
ハンマームなどと呼ばれる、ローマ王朝文化を模したと思われるこの浴場が彼は好きだった。 祖父の残した屋敷は一貫性が無く、中東文化の様でもあり、西洋文化の様でもある。 蔵書も一貫性が無くて、彼は日々心躍る思いだった。
風呂を出たら、この風呂に関する本でも探してみよう。 そう、思った時だった。
——びたん。
水の跳ねる音の中に、何か異様な音が響いた。
——びたん。
何の音だろうか? 廊下の方で鳴っている様だった。
——びたん。
音が少し近くなり、彼は浴場の戸を凝視した。 水の跳ねる音を掻き消すように、自分の心音が聞こえた。 早鐘のように。
彼は目を見開いて、自分がとても無防備なことを知った。 手元にあるのは小さな桶とタオルが一枚。 後は身一つだ。
あの音は何だろうか? 水を一杯に含んだスポンジを落としたような、異様な音。 だが、もっと重たいものが落ちた音だ……。
湯気の立つお湯に身を浸しながら、彼の背筋は悪寒を覚え、顎まで浸っているのに全身が震えていた。 嗚呼、あの感覚だ。 何かが、じっとこちらを見ている、あの不快な。 視界を遮るほどでもないのに、立ち込める湯気の向こうから覗かれている様な気にさえなる。
だが、暫くするといつもの様にその気配は跡形も無く消え去った。 何が起こるわけでもない、ただ不快な感覚が襲い、唐突に去っていく。 それだけだ。 だが、それだけだからこそ恐ろしかった。 何がある訳でもないからこそ、彼はその気配の正体も意思も分からなかった。 何をどうすれば良いのかも分からなかった。
結局、彼に出来たのは一目散に浴場を出て、誰の制止も聞かずに寝室へ逃げ込んで、震えながら眠りに落ちることを待つ、それだけだった。
- Re: 【第二幕】ケイオズミックス・ホラーズ【開幕】 ( No.19 )
- 日時: 2014/08/18 00:34
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: DgbJs1Nt)
1-2
* * * *
浴場での奇怪な出来事の翌日、彼は書庫へ篭り、この屋敷と自分の家族の過去を調べることにした。 件の不快な現象も、あの異様な音も、屋敷の中の誰一人として感じず、聞こえずという始末だったからだ。 歳若い主人へ嫌がらせで使用人たちが結託しているのかなどとも疑ったが、彼らとて馬鹿ではない。 彼がこの屋敷を捨ててしまえば、使用人たちが自らの首を切るようなものだ。
そんな理由で、屋敷の隣へ立つ広大な書庫塔でそれらしい文献を漁っても、今までにそれらしい、いかがわしい事件も、不穏な出来事も特別見当たらなかった。 相等に古い祖先、未だ領主と呼ばれていた様な時代の日記まで出てきたが、その中にも取り留めるような出来事は書いていなかった。 勿論、農民たちの一揆だとか、領地で起きた犯罪だとか、そういう記録はあったのだが。
どうにもおかしい。 勿論、感覚的な話だ。 確かに今までこのような屋敷で生活したことなどない。 それ故の緊張と言われればそうなのかも知れない。 だが、それはどうだろうか? 緊張だとすれば、何故この屋敷に来てから段々と酷くなっていくのか。 時間と共に何故あの不快な感覚が頻繁にやってくるのか? そしてあの音は?
色々と思うところはあったが、まずは確実且つ安全で、体裁を損なわないことから検証しようと思った。 書斎の中は彼が見て回ったが、他の場所はどうか? 一度建築の専門家を呼ぼうと思った。 それで何も出なければ、いよいよ彼の思い込みと言うことか。 それなら病院にでも行って薬を貰って来ればいい。 何なら代々屋敷に居た祖父の主治医をまた呼べば良い。
だがもしも、何も出ず、異常が無く、彼の勘違いでも無かったとしたら……? そんな事を考えると、ぞくり、と背骨が震えるような嫌な感覚を覚える。 だが、いつものあの不快感ではない。 いつも襲ってくるのはもっと執拗で、粘度があって……何と言うか、腐った野菜の汁みたいな感覚だ。 こんなに潔い寒気ではない。
思い返すだけで嫌な汗が背中を流れるのを感じながら、彼はとりあえず宗教的、中でもとりわけカルト宗教や悪魔信仰の様な背徳な信奉に関する本を何冊か見繕い、足早に書庫塔を後にした。 何故か今、書庫塔には件の視線や足音よりも恐ろしい何かが潜んでいるような、そんな気がした。
* * * *
金銭的な余裕と言うのは偉大だ。 彼はそんな事をしみじみと思った。
建築の知識などこれっぽっちも無い彼は、とりあえずリフォーム業者に電話を掛け、大まかに依頼内容を伝えた。 提示された金額はそこそこに高額だったが、それが相場に沿っているのであれ、吹っ掛けられたのであれ、彼にはその程度の出費と引き換えに安寧が得られるのであればどうでも良かった。 それ故に、何件も業者に問い合わせる手間は省かれた。
病院や公共施設の点検やリフォームに携わったと言う業者の男は、電話で屋敷の間取りを聞いて大層驚いたが、彼としてはリフォームを頼むつもりなど無かったので、とりあえずは書斎と浴場と、それからその周辺の廊下や例の深いな視線を感じた箇所だけを見てもらうことにした。 その日のうちに業者の男がやってきた。 その日は下見だけと言うことで男は一人だった。
「大きなお屋敷ですね」
ゴツゴツとした手で握手を求めながら、男は感心したように言った。 確かに屋敷は大きいし、その屋敷に住んでいた祖先たちは立派な人物だと彼は思っていた。 少なくとも日記を見た限りでは堅実で誠実な、善き人々だった。
それでは、と断ってから、彼の案内で男は書斎の壁を叩いてみたり、廊下の床を何度か踏みしめてみたり、彼にはわからない何通りもの方法で屋敷の状態を確認した。 男は熱心で、充分に信用できると彼は思った。
書斎の壁と廊下を終え、浴場を眺めながら、男はやや眉根を寄せて、それから浴場の上には何があるのか問いかけた。 勿論、問われた彼はわからずに、執事を呼ぶと、執事も分からないと答えた。
いよいよ怪しい。
男は上の階へ行って、すぐに戻ってきて、今度は脚立を運び込んで浴場の天井に触れた。 叩くと空洞の音がした。
「浴室の天井と、上の階の床の間に何か、隙間にしては大きい空間がありますね」
そう言って男は彼の方を見たが、彼が何も言わないので先を続けた。
「上の床を剥がしてみるか、天井に穴を開けてみるか。 もしかしたら穴を開けなくても、どこか外せる場所があるかもしれませんから、探してみましょうか」
男が辛抱強く素人にも分かるように話すのを聞きながら、彼はその空間に僅かな疑念を持った。 ここは浴場なのであって、その湿気を換気するとか、そういう目的ではないのか。
「この浴室の作りは中東の公衆浴場を模してましてね、恐らくですけど。 壁際の飾り窓が換気用の窓です、それに天井を見上げてごらんなさい。 換気扇なんかついていないでしょう」
それを聞いて、彼は男に任せるべきだと感じた。 何をするにも、何を言うにも、彼には知識も経験も到底足りなかった。 男はもう一度上の階へ行って、暫くして戻ってくると、脚立を動かしながら辛抱強く天井を押して回った。 二十分ほどで、天井の一部がぽっかりと持ち上がった。
男は懐中電灯でその開いた空間から中を覗き込んで、それから少しだけ残念そうに顔を戻した。
「元々あった浴室を改築されたんですかね? 換気扇の名残と言うか、中へ入ってじっくり見て見ないと分かりませんが、壁際にそれらしい物は見えます。」
そう言った男を促して、男が天井裏へ消えると、彼は途端にその中を覗いてみたい衝動に駆られた。 恐る恐る脚立に足を掛けて上ると、天井裏には恐ろしく暗い空間が広がっていた。
「気をつけてくださいよ」
男の声に頷いて、天井裏に這い上がると、そこは確かに広い空間だった。 壁際には確かに換気扇の残骸があり、床には照明用のコードや水道管が走り、その上に埃が積もっていた。 天井、つまり上階の床までは大人でも屈めば動き回れるほどの高さがあり、見上げれば確かにかつては照明が付いていたのであろう名残が見える。 浴場を作り変えた祖先が、何かの理由で浴場の天井を低くしたかったのだろうか。 その空間には闇と埃とかつての名残以外は、ネズミ一匹見つからなかった。 彼は少しだけ安心した。
男は天井裏をぐるりと一周すると、天井の石板を元に戻して、気にならないのであれば改装の必要は無いと言った。 彼は安心し、男に礼を言ってまた何かあれば相談することにした。
- Re: 【第二幕】ケイオズミックス・ホラーズ【開幕】 ( No.20 )
- 日時: 2014/08/18 22:43
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: DgbJs1Nt)
1-2
* * * *
気付けば、男が来てからあの不快感は一度も襲って来なかった。 やはり彼の思い込みか、何か精神の疲労か、もしくは少し部屋に篭り過ぎていて、少し神経が過敏になっていたのかも知れない。 そう思うと、何とも下らない事に自分は躍起になって居た気がする。 何だか妙に肩の荷が下りた気になって、彼は随分と久々に清々しい気分で書斎に引き上げた。 そしていつもの様に書庫塔から持ち出した本を読み、すっきりとした疲労を感じていた。 その時だった。
一寸見やった窓の外、屋敷の庭の木々の間で何かが動いた。
別段、何かを探すような、何かを見ていたわけではない。 ただ、心地よい疲労を首と肩に乗せて、窓の外へ視線を向けただけだ。 なのに、何かが見えた。 それは彼の好奇心を刺激し、彼の恐怖心をも刺激した。 だがその恐れは未知なる物への恐れではなく、リフォーム業者の男が証明した不可解な点は無いという現実に支えられた、もっと物理的な恐怖だった。 それは即ち、物理的に払拭できる恐怖だった。
彼は廊下へ出て、壁に掛かったマスケット銃を手に取って——それは飾り物で弾が入っていないことを思い出したので、玄関まで走って祖父のウィンチェスター銃を手にして書斎へ戻ると、庭に何が居るのかを見極めようと書斎の窓を開けた。
夕日も落ちた庭の木立は不気味に風の囁きに身を揺らしていたが、書斎やその他の部屋から洩れる明かりは充分に庭を照らしていたし、手の中にあるウィンチェスター銃は二階の窓から十分に庭が狙えて、そしてその距離で充分な破壊力があることを彼は知っていた。
野犬だろうか? それともこそ泥か? どちらにしても彼の中で今、物理的な現実の証明を糧にして、大地主としての威風が成長していた。 例えばこそ泥だったとして、もしくは覗きの変質者だったとして、もしくは枷の外れたイキ過ぎの馬鹿なカップルだったとして、もしくは小汚い浮浪者だったとして、問答無用で撃ち殺して何の問題があろう。 ここは私有地だし、自分は人望厚い大地主の家の跡取りだ。 誰が騒ぎ立てよう。 そう思い至った時だった。
——がさり。
そんな音と共に、屋敷の照明と庭の植木が落す複雑なチェック模様の中に——ソレは飛び出した。 ソレが何と呼べるものだかを説明するのは難しく、それを理論的、もしくは物理的に、冷静に分析するのは更に難しかった。 だが、そんな鬱陶しい脳内処理よりも早く、意識を超越した本能がウィンチェスター銃の引き金を引かせ、爆発音にも似た重たい発砲音が響いて、二百三十三グレインもある弾頭が火を吹いて飛ぶと、ソレは驚いたように飛び上がって再び木立の闇へと消えた。 彼の撃った弾が当たって吹き飛んだのかも知れないが、そんな事を考えている余裕は無かった。
あれは何だったのか……彼は新しい弾丸を装填することも忘れて、今見た光景を仔細に思い出そうと勤めた。 屋敷の使用人たちが駆け回って、何かを叫んでいるのが聞こえたが、彼の耳には届かなかった。
あれは、そう、まず淀んで、飛び出した目があった。 それから鰓の様な筋があって、だが口は蛙の様だった。 ヌメヌメとした粘液で腕が光っていて……あれは鱗か? 手にも水かきがあった様な気がするが、そんな事はどうでも良い! あれは二本の足で立っていて、人間の服を着ていた!
彼は窓の外へ思い切り嘔吐した。 あんなに不快なものは見た事がなかった。 何が不快なのか? ヒトに似た化け物が居た! あれは、ヒトに似ているんだ! それが何より不快で、そして恐ろしかった。
そうしている間に執事が——父の幼少の頃を知っていると言う老齢の執事長——がやって来て、驚いたように彼の手からウィンチェスター銃をひったくってから何事かと聞いた。 彼はことの次第を話した。
そうすると執事長は大いに笑って、年寄りをからかわないで下さいと彼の背を叩いた。 それから、一言申し出た。
「では一緒に庭まで検分に行きましょう。 きっと野犬か何かの死体が転がっていますよ」
執事長は物腰柔らかく、知的な男だった。 彼は執事長と一緒に庭に出た。
「ほら御覧なさい! 何年か前からここら一帯は野犬が酷くて。 今度街に出たら警察にでも苦情を言って参りますよ」
執事長の言うとおり、庭の、例の木立の間には綺麗に頭の無くなった犬の死体が転がっていた。 痩せ細った、薄気味の悪い犬だった。 近くにはバラバラになった肉片と、バケツを引っくり返したような血の海があった。
「さあさあ、屍肉に他の野犬がやってきますから、私が片づけをしておきますよ」
執事長に促され、彼は少しだけ安堵した気分で屋敷へと戻ることにした。 だがその安堵はぬらりと光る葉を見つけるまでしか続かなかった。 あの化け物の粘液か? それとも……犬の頭が微塵に吹き飛んだのだ、脳漿か? 少なくとも、彼はそれが犬の頭の中身だとか、犬が粗相をした形跡だとか、そういうものだと期待することしか出来なかった。
執事長は何事も無く後始末をして、屋敷へ戻ってきた。