複雑・ファジー小説
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- 黒真珠物語
- 日時: 2013/04/21 21:04
- 名前: 天衝 ◆fKyb7/SVPw (ID: r4m62a8i)
小人たちに伝えられる神話には、このようなものがある。
この世界に戦乱ありし時、一粒の黒真珠が世界の半身を覆うだろう。そして、世界は再生のための準備を始めるだろうと。
そして、然るエルフの長老はこう言い残した。再生とは、破壊の後にしか起こらないのだ、と。
だが、本当の神話を知る者は、たった一人————。
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序章・現世
>>1
闇の章・革命
>>
光の章・統治
>>
終章・戦争
>>
※更新頻度は基本的に遅いです。
- Re: 黒真珠物語 ( No.1 )
- 日時: 2013/04/21 21:02
- 名前: 天衝 ◆fKyb7/SVPw (ID: r4m62a8i)
茹だるような八月の炎天下の昼下がり、一人の少年が街を歩いていた。一見普通そうに見える彼だが、明らかに他の人とは違う雰囲気を纏っていた。
彼はふと、赤く腫れた自分の頬へと手をやった。殴られたばかりのその頬は、まだ熱い。触れた拍子に痛みが戻ってきたのか、片目を急に閉じて顔をしかめた。
彼が喧嘩をしたのはつい数分前の話だ。道を歩いていたら、数日前に殴り倒した男が仲間を連れてやってきた。多勢に無勢、最初はそのように思っていたが連中は大して強くもなく、多少の怪我を負いはしたものの、何とか返り討ちにできた。
少年はふと振り返る。こんな生活が始まったのはいつからだったか、と。道を歩けばガラの悪い奴らにつっかかられて、喧嘩して、後日報復に来た奴らをさらに相手取る。きっと、ここに年間ぐらいは生傷の絶えない暮らしが続いている。
「痛っえな、くそっ」
口の中を切ってしまったようで、彼が悪態と共に吐きだした唾は血で赤く染まっていた。固いアスファルトに叩きつけられ、鮮紅色の唾液は路上に広がった。
どれぐらいだろうか、彼はむしゃくしゃとした心境のまま、ぶらぶらと当てもなく歩き続けた。焼き立てのパンの香りや、子供達のはしゃぐ声に囲まれながら、いつしか彼は懐かしい場所へと帰ってきていた。
少年が幼少期を過ごしたその街は、もう既に夕暮れに染まっている。喧嘩をした時はまだ太陽が西に近かったことから、かなりの長時間歩き続けていたのだと、ようやく気付いた。額の汗を手の甲で拭いながら、喉が渇いたな、などと考えている。
ふと後ろから、靴底で地面を擦るような足音が聞えた。
「……お前か」
足音の方に振り返った少年は、小さな声でたったそれだけ呟いた。素っ気ない言い方に聞こえるが、その声には安堵や喜びのようなものが隠れている。その証拠に、先程まで張りつめていた彼の表情がフッと緩んだ。
対して、振りかえられた方の、彼と同年代の少年はというと、驚いて口を開いたまま、硬直している。
「お前、黒樹か?」
呆然としている少年がようやく口にできたのは、たったそれだけだった。その驚きあきれる様子が可笑しかったのか、黒樹と呼ばれた少年は軽く噴き出した。快活な笑い声が、橙色に染まった街並みに反響している。
「久々に会ったってのに釣れねえな、白崎」
そうやって黒樹が話しかけると、白崎が受け答えようとする。しかし、白崎が返答するその直前、ふと彼は眉間にしわを寄せて黒樹の顔を凝視した。
「お前、どうしたんだ?」
黒樹の腫れあがった頬を、白崎の指は示している。訝しげな表情で、何があったのかを詰問しているような口調だ。
白崎の方が逼迫しているのとは裏腹に、黒樹はというと飄々とした口ぶりで、何でもねえ、と答えた。
「何でもないわけないだろ。何だその怪我は?」
「ああ、ちょっとな」
「ちょっとって……。喧嘩でもしたのかよ」
「まあな」
淡々とした口調で喧嘩の事実を黒樹が肯定すると、厳しい顔つきの白崎が大股で近寄る。その目には、怒気が浮かんでいる。
「どうして、喧嘩なんてしたんだ?」
「どうしてって、向こうが売ってきたんだ。無視したらやられると思ったから迎え撃った、そんだけだ」
「逃げればよかっただろ」
「そんなのかっこ悪ぃだろ?」
「格好の良い、悪いの問題じゃないだろ!」
切実な表情で白崎は叫んだ。その叫びが、おそらくかつての親友に届かないと分かっていても。案の定、彼はその言葉に対して、苛立ち以外の感情は浮かばなかった。
「お前、そんなことする奴じゃなかっただろ」
「悪いな、この三年間で変わっちまったんだよ」
「……ふざけんなよ、お前だろ……教えてくれたのは。この世界で一番大切なものは……」
「力だよ!」
目の前の旧友が何かを言い放つ前に、それを遮って黒樹は吠えた。当然、白崎の言おうとした言葉はかき消される。
「力って……暴力は、一番お前が嫌ってたじゃないか!」
「うるせぇな! お前に俺の何が分かるって言うんだ!」
激昂する二人は、真正面からその視線を激突させた。幼い頃、共に遊び、笑い、育ってきた二人がこんな風に激突するのは初めてだ。小学校に上がるまでは、二人一組で有名な悪ガキ二人組として知られていた。別に一人で居られない訳じゃない、ただ、二人が合っていたから一緒にいた。
小学校に上がっても二人の関係は変わらなかった。強いて言うならば、白崎が黒樹の居場所になっていた、といったところだろうか。
それなのに、別々の中学にいた三年間を経て、高校に入った今、こんな風に衝突してしまうだなんて、二人とも想像すらしていなかった。
「お前も俺に喧嘩売るって言うんなら、いくらでも買ってやるよ」
「別にそういうつもりで言ってるんじゃない。ただ、お前らしくないって……」
「それが余計なお世話だっつってんだ!」
そしてその時、本来交わるはずの無い、二つの世界が繋がった。
興奮している黒樹本人は気づいていないが、彼の背後から、得体の知れない真っ黒な煙が迫っていた。
それにいち早く気付いた白崎はというと、血相を変えて声を荒げて警告しようとした。
「黒樹! 後ろ!」
だが、その声は一歩届かず、ほんの少しの瞬きの後に黒樹はどす黒い瘴気に包み込まれてしまった。
「黒樹!」
考えるよりも先に、白崎の足は動きだしていた。変わってしまったとしても、自分の大切な友人を取り戻そうと、我武者羅に足を動かした。
何が起こったのかは分からないが、黒樹を助ける。そう覚悟して正気の中へと一歩を踏み出した彼だったが次の瞬間、目は眩み、平衡感覚が失われた。
足場を踏み外したかのような感覚が彼を襲い、転んでしまったかと思ったが、地面にはたどり着かなかった。身体のバランスを崩してしまったはずなのに、地面に身体を打つ気配が無いのだ。
そしてただ、ずっと落ち続けているようなものと、高い所へと昇っているような、二つの入り混じったような奇妙な浮遊感を感じたまま、彼は深い深い闇の中へと、堕ちていった。
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