複雑・ファジー小説
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- 1/2
- 日時: 2013/06/01 18:56
- 名前: トー (ID: gwrG8cb2)
トー、と申します。
短い物語になると思いますが、地道に書いていきたいと思います。
読んでいただければ嬉しいです。どうぞ、よろしくお願いします。
登場人物
・僕(ぼく)
この物語の主人公。僕目線で書いていきたいと思います。
・彼(かれ)
僕が行きつく建物の持ち主。ブロンドの長髪に青い目。左目に眼帯。
書き始め
2013/05/11
- Re: 1/2 ( No.19 )
- 日時: 2013/08/09 14:56
- 名前: トー (ID: H0XozSVW)
僕は、初めて刃物を見た。
この世界で、初めての輝き。初めての鋭さを見た。銀色に輝くそれは、まるで世界で一番の甘い至極の食物のように思えた。
僕が目を開くと、彼がいなくなっていた。この建物の中から、彼がいなくなっていた。初めてのことだった、彼が此処から居なくなるなんて。彼は外が嫌なはずだ、それなのに此処にいないなんておかしい。
そうだ……彼は待ってるんだ。僕を何かする為に。その為にこの部屋にいた。そのために僕を守った、その為に僕を監視したその為に僕を殺させないようにした。なら、何で今此処にいないのか。きっときっと、その時が来たんだ。あと少しが、この時になったんだ。今日、今、だ。今が彼が待っていた時なんだ。
僕は空から落ちてきた短いナイフを拾った。銀色で、凄く光って、鋭かった。
この前もらった血の付いたナイフ。あれを並べてみる。どちらが殺傷能力が高いか。どちらが彼を手早く殺せるか。彼が僕に何かしないうちに。
これが落ちてきたのには理由がある。絶対に。僕に何かをしろと言う。絶対にそうだ。だから殺さないと。刺さないと、切らないと。きっと、何かを殺せと言っているんだ。僕を救おうとしているんだよ、きっと、そうだ。
僕は二本のナイフを持っていくことにした。どちらとも、殺しきれない可能性があるからだ。二つ持っていく。これで、安心だ。
僕は、彼を探す前に、あの住宅街の、紫色の家にいった。もう此処が、僕にとって何処か分かる。此処は伯母さんの家だ。ただ一つだけ、僕が安心できた家で、伯母さんはちょっと太ってたけど、何時もこんな良い匂いがしていた。
紫色の家は明るかった。いつものように風が吹いていて、気持ちが良かった。窓があって、やっぱり、風景は絵みたいな紙が貼ってあった。
ナイフで、切り裂いてみる。血の付いていない方を使った。ばりばりと嫌な音がした。絵は簡単に破けて、窓のあっち側が見えるようになった。
見えるようになって、僕は、見たくないものを見た気がした。
ナイフで切り裂いた先には、紫色の部屋がもう一つあって、僕がいた。僕は何かをしている訳でもなく、もう一つ先にある、本当の景色が映っている窓を見ていた。雨だった。外は人がたくさん行き来していて、でも、僕は無表情で外を眺めているだけだった。一緒に行きたいとも思っていないようだった。どうしてだろう。何の感情も抱いていないようだった。伯母さんは何処に行ったんだろう。情緒不安定の僕の側に、伯母さんはずっと付いていてくれたはずだ。それなのになんでいないんだろう。
近付いて行けても、その中に入ることはできなかった。窓から外には行けなかった。
どうしたんだろう。僕はただあの場所の僕のところに行きたいだけなのに。伯母さんを呼びに行きたいだけなのに。何故僕はあの場所で座っているんだろう。何故探しに行かないんだろう。一人は嫌いだった。独りは何も出来ないし、寂しかったから。だから伯母さんと一緒にいたかった。病院に行くのも嫌だった、僕は独りになるんじゃないかって。
「ねぇ、伯母さんを探しに行きなよ」
話しかけても、僕は答えなかった。それは、映像のようだった。流れて行く人が、同じ人物だった。実は、一人しかいなかった。寂しかった。僕は、此処で独りなんだ。
紫色の部屋から匂いが消えていた。そう言えば、伯母さんは途中から僕を放って、何処かに行ってしまった気がする。
部屋から出た。気分が悪かった。もう、彼も居なくなっている。僕は独り。ピンク色の部屋に行ってみる。女の子はいなかった。嫌だ、僕は独りになんてなりたくない。
歩いて行く。何処にも行く当てなんかないけど、とりあえず歩く。そうするしかない。だから僕は歩く。理由も忘れた。兎に角誰かいて欲しかった。誰か見つけないと。誰か探さないと。
ナイフを持っていることを忘れていた。彼を殺すことを忘れていた。彼に会いたいと思ってしまっていた。会ったら駄目なのに。彼は僕で何かをするんだろう。何かは分からないけど。
あれからのことを思い出した。伯母さんがいなくなって、部屋の中には沢山食べ物があったから僕は死にはしなかったけど、その内家賃を払えと大家さんが来て、伯母さんがいなくなって僕が独りきりって言うことが見つかって、僕は異常だから病院に預けられることになったんだ。お金はどこから払われているんだろう。僕の親が払っているのかもしれない。僕の親は僕を殺そうとしたけど、出来なかった。やっぱり大切にしてくれているのかもしれない。でもできない。どうせもうお母さんにもお父さんにも会えないから。
病院では僕はもっと一人になった。誰も僕に会いに来てくれなかった。あの、茶髪の女の子は、最後の僕の被害者だった。僕に何か言ったから、僕は女の子に暴力をふるった。ぼこぼこになるまで、血が流れるまで殴って蹴って、周りで見てる人も止めようとはしなかった。だって僕が気違いだから。気がふれているから、何を言っても分からないだろうから。学校のみんなの顔も忘れた。それ位、誰も僕に会ってくれる人はいなかった。
だったら、誰が僕をはる君、って呼んでいたんだろう。学校で僕の名前を呼んでくる人なんていなかった。僕は此処にいるしかなかった。あの白い病院にいるしかなかった。ドアにカギがかかっていたから、僕は外に出られなかった。誰だろう、誰が僕の名前を呼んだんだろう。
いきなり、何かにぶつかった。僕は驚いて、ちゃんと目の前を見た。此処は黒くて広いところだ。ちゃんと見てなくても、何かにぶつかることは少ない。
それは女の子だった。茶髪の女の子。僕に殴られて、おかしくなった女の子。僕のことが大っ嫌いなはずの女の子。
女の子は僕を見てにっこり笑った。思い出した、この子の名前はりかだ。みんなからりかちゃんって呼ばれていた、クラスで一番の人気者だった。僕がそれに嫉妬したのかも知れない。
女の子は僕の手を引っ張った。あの時の、真っ黒の服を着た女の子と同じだった。僕を何処かに連れて行こうとする。
怖かった。絶対にこの子は、彼に所に僕を連れて行こうとする。怖い。彼は絶対に僕で何かをするんだ。僕を殺すんだ。絶対に。
嗚呼、思い出した。僕をはる君って呼んでいたのは、あの病院にいた男の人だ。僕に優しくしてくれたった一つだけの友達だ。
やっぱり彼がいた。女の子が連れて行ったところに、彼がいて、彼と一緒にあの黒い服の女の子もいて、真っ黒なドアもあった。女の子はすぐに消えてしまって、僕は怖くなったが、それでも真っ直ぐに向き合うしかなかった。
思い出した。僕にはる君って呼んでくれたのは、彼だ。僕のたった一つの友達。僕に会って、優しくしてくれて、話しかけてくれたたった一人の。
彼は笑った。僕を見て、本当にうれしそうに笑った。
正確には、僕の手元にある、二本のナイフを見て。
「さぁ、はる君。一緒に、幸せになろうよ」
- Re: 1/2 ( No.20 )
- 日時: 2013/08/15 00:57
- 名前: トー (ID: H0XozSVW)
「ねぇ、ゲームをしようよ」
僕は監禁されているみたいに鍵のついている部屋に閉じ込められていた。だけど、彼はいつも色々な方法で僕の部屋にやってくる。悪戯っぽく笑って看護婦さんには内緒だよって人差し指を立てる。
彼は瀬戸 薫、と言った。背が高くて、髪が長くて、色々なところで喧嘩をしているようで、会うたびに新しい怪我を見つけた。左目は眼帯がしてあって、理由を聞いてみても何も話をしてくれなかった。
「ゲームって?」
そんな彼が珍しくそんな提案を持ちかけてきた。彼は僕の部屋に入ってくるけど、めったに話しかけてはこない。だから、何故僕の部屋に来るのかどうか、僕にはまだ分かっていない。
微妙な反応の僕を見て、彼は面白そうに笑う。
「このゲームで俺に勝ったら、はる君を此処から出してあげることができるんだよ」
「……はぁ?」
「嬉しいでしょ? だってはる君、此処から出たいってずっと言ってたもんね」
唐突な話に僕は思わず固まってしまう。やはりこの病院に集まってくるのは頭がおかしくなった連中ばかりなのかもしれない。
たかがゲームで僕をこの檻の中から出すような犯罪を犯すなんて。
「別に……そんなことしたらお兄さん捕まっちゃうよ?」
「大丈夫だよ、そんな誘拐じみた事じゃないから」
「……ますます分かんないけど」
とりあえず、この病院の中で彼が唯一僕の味方だった。此処は乗って一応話を聞いておこうと思い、僕は体勢を立て直した。ベッドの上にちゃんと座り直し、彼と向き合う。
「それで? そのゲームのルールは」
簡易な背もたれなしのイスに座る彼は、僕の態度に満足したのか、きらきらと瞳を輝かせた。本当に無垢な笑みだ。二十代と思われる彼が十代の少年の表情を浮かべてられることにある意味尊敬を感じる。
「ルールは簡単。空想の空間内で君が俺を殺すか、俺が君を殺すか」
「何、戦闘ゲームだったの? そんなのは僕、得意じゃないんだけど」
呆れたように笑った僕を見て、彼は不満げに表情を曇らせた。
「そんなんじゃないよ。体験型、冒険ファンタジーってやつだよ」
「意味が分からないこと言ってるよお兄さん。そもそも体験型って病院でそんなことするつもり?」
恥ずかしいんだけど、と言葉を続けようとした僕に、彼はずっ、と顔を近づけてきた。何時になく真剣な顔で、僕は思わず黙り込んでしまう。
「お願い。俺の願いを聞いて」
それはもの凄い脅迫だった。僕は彼の言葉に含まれた迫力だけで脅迫されたのだ。その声、その表情全てが鋭かった。僕は頷く仕方なかった。此処で頷かなかったら死んでしまうかもしれない。
拍子抜けした様な表情で頷く僕の腕を、彼は強く握りしめて病室を出た。僕は引きずられて行くように着いて歩いた。彼の顔は見えなかったが、多分残っているか泣いている。感情が高ぶっているのは、解る。手が、微妙に震えているからだ。
「あっちでのルール。君はゲームの主人公みたいに色々なところを歩き回って色々な体験をするんだ。その中で、成長と退化を繰り返して、自分の気持ちの整理をする。それで……それで。気持ちの整理が付いて、俺の準備もできたら、君は俺を殺すんだ。それがルール。分かったね」
僕はかくかくと首を縦に振っていた。彼は少しだけ微笑んで、最後にこう言った。
「はる君は良い子だから大丈夫。あっちに着いたら今迄の記憶は一度なくなってしまうけど、無事に俺を殺して此処に戻ってくることができたら、君はもっと頭が良くなって外に出られるようになっているから」
それが僕がこのゲームを始めた一番最初。今まで忘れていた記憶。そう、このゲームは全て彼が教えてくれた。彼が僕に進めたんだ。
「準備は出来たよ、さぁはる君。もう頭の良い君なら分かっているよね? 君が今、私を殺さないと、私は君をおかしくさせてしまうよ?」
金髪の彼は笑う。この世界で、彼は瀬戸 薫なのだろう。仕草も違う、話し方も違う。でも目的は同じようだった。彼は死にたがっている。
僕は二つのナイフを握り締めていた。血のついたナイフ、鋭くとがったナイフ。どちら共が震えているようだった。僕は本当に彼を殺したいと思っているのだろうか。その前に、僕は問うべきではないのだろうか。
「何でこんなことするの」
僕は言った。ナイフを握り締めて、何時でも彼を殺せる準備をして。
「何で君は死にたいの」
すると、彼は面白そうに笑った。綺麗な笑顔で、最初に会った時から変わらないはずなのに、僕は今、彼が彼でないように見えた。
左目の眼帯は、何を意味しているのだろうか。
「そうだね、君にはまだ、話してなかったね」
彼は嬉しそうに微笑んだ。僕は無意識に真っ黒のワンピースの女の子を見た。
「私には、妹がいたんだよ。私が、あの病院に入る前にね」
そんな話を聞いたことは無かった。真っ黒のワンピースを着た女の子は、僕を見つめていた。あの時僕に言いたかったことは何なのだろうか。
「いた、って過去形なの?」
「そう。私の妹は瀬戸 茜と言ってね。とても可愛らしい女の子だったよ。いつも明るくて活発で。でも、そのせいで私の妹は死んだんだ」
女の子の顔が歪んでいった。僕は驚いて目をそらそうとしたら、女の子の腹部から真っ赤な何かが染み出しているのが分かった。
「悲惨だった。私が駆け付けた時には、茜は自分の血の中に倒れていた。体全身をめった刺しにされていてね……それに加え、その犯人は茜に手を出していたんだ。裸だったよ。痣が体中に出来ていた。私は許せなかったんだ……あいつを。だからこの手で殺した。茜と同じ方法で殺してあげたんだよ」
その赤が身体全体に広がって行く。女の子は苦しそうだった。うめき声をあげて、助けを求めるように傍らの彼の服にしがみついた。
しかし、彼はそれを無視した。
「……だから。あそこにいたんだ」
「そう。本当は茜のところに行きたかったのに」
僕がこの世界で読んだあの日記は、彼のものだったのだ。死にたいと。この世界から解き放たれる興奮を書いたあの日記。彼は死にたかった。大好きな人もいないこんな世界に、何の用事もないのだから。
「でも、一人で死んでしまったら、茜は悲しむと思ったんだ。茜の友達となる子どもも連れて行きたくてね」
あの中で、連れていくと言っていたのは僕のこと。僕を、彼は妹のところに連れて行こうとしているのだ。
此処で、僕を殺して。
「私が今、君を殺して自分も死ねば、二人で茜のところに行って幸せになれる。君が今、私を殺せば、君はあの病院から外に出ることができる未来を約束される。でも、解っているよね。君にあの病院以外に居場所は無いのだから。君の両親は、私が殺してしまったのだから」
此処にあるものは、現実の世界を抽象的に表現したものだった。伯母さんの家、僕の家、学校、あの怪物は両親だった。そして此処で起こったものは現実の世界にも影響を与えている。
僕の両親を、彼が殺した。僕は一度死んで、もう一度生き返った。きっと、それが現実の世界の僕の準備だったのだろう。僕がまともになる準備。僕はまともになって病院からでるんだ。
でも、出たって何処にも行く場所がない。彼の言う通り。
彼は笑っている。でも、彼の妹はまだ嫌な顔をしていた。何となく気持ちは分かる。待っていると言ったのは、僕にこのことを教えるためだったのだろうと思う。誰だってそうだ。親が、兄弟が、もし死ぬと言ったら、とても悲しい気持ちになる。
彼女は、彼を救いたいのだと思う。
頭の中に選択肢が浮かんでくる。このゲームの中で僕を導いていった選択肢。いつもと同じように、僕が見つめると、文字がぼんやり白く浮かび上がってくる。
でも、いつもと違った。僕が見ている選択肢はいつもと違っていた。
彼と彼女と三人で、幸せな所へ行きましょう。
はい。
はい。
嫌だった。死にたくない。彼に死んでほしくなんかない。彼女の思いが聞こえてくるようだった。そう言えば、何故彼女は僕を此処に呼んだのだろう。そう言えば、あの黒いドアを開けたら、このゲームは終了するのだった。
このゲームを終了させたら、彼は一体、彼女は一体、この世界は一体、僕は一体、どうなってしまうのだろうか。
- Re: 1/2 ( No.21 )
- 日時: 2013/08/16 01:40
- 名前: トー (ID: H0XozSVW)
体が、異常に重かった。
僕の体は濡れていた。目を開くと、すぐ目の前に銀色のバスタブがあって、水があふれ出ていた。このせいで僕の体は濡れているんだと、ぼんやりと思った。寒い。早く此処から出ないと。体に力を入れると、勝手に痙攣し始める。いきなり手首にびりっと痛みを感じてみてみると、血があふれ出ていた。
思わず悲鳴を上げた。目の前のバスタブに溜まっている水は赤く染まっている。これは恐らく僕の血だろう。そしてもう一人。僕の横で縮こまるようにして眠っている瀬戸 薫の血。
彼も深く手首を切り、水に浸していた。彼からの出血の方が多い気がする。煙のように手首から血が流れ出していた。僕は混乱しながらも彼の手首を水の中から出した。
すぐ近くに脱衣所があった。此処は病院の風呂場だった。個別の、一人用の小さな風呂場。白いタオルが何枚も重なっておいてある。それを取って彼の手首に宛がった。すぐに血がにじみ出して来た。
僕の傷は浅いようで、タオルで押さえてすぐに出血が止まった。
僕はどうしてこうなったのか必死で考えた。今までのことはぼんやりとしか覚えていなかった。僕は眠っている間夢を見ていた気がする。長い夢だった。それだけは覚えている。僕は何度も怖い目にあって、それを何時も彼が助けてくれる夢。
頭が痛い。何も考えられなかった。夢の記憶はもう完全にぼんやりと輪郭を失っていた。どうして怖かったのか、どうして彼が助けてくれたのかも分からない。
しかし、今は誰かを呼んでくるべきだと思った。彼はまだ目を覚ましていないし、顔色も悪い。出血も止まっていない。このままでは死んでしまいそうだ。
風呂場を出ると、外は真っ暗だった。夜になっていたようだ。僕は濡れて動きにくい服のまま、病院の廊下を走って誰かいないか探した。
探している間に考えた。僕は何であんなところで死のうとしていたのだろうかと。僕の手首を切ったナイフは、すぐ近くに転がっていた。彼もその時一緒に切ったのだろう、それを合わせて二つのナイフが転がっていた。
僕が思い出せるのは、彼が僕にゲームをしようと進めてきたこと。そして無理やりに僕は彼に連れていかれたこと。そのゲームのルールが、僕が彼を殺すか、僕が彼を殺すか、どちらかのことをしなければならないということ。僕は嫌だったけど、彼の圧力にかなわずに、納得してしまったこと。
遠くで誰かの足音がした。たぶんこの病院の看護婦さんだろう。早く彼のことを知らせないと、彼が死んでしまう。僕は走る速度を速めた。
夢の中で、彼は僕を殺そうとしなかった。けれど、僕は最期に殺そうと思った。誰かが僕に殺せと言って来たんだと思う。そうしないと僕が殺されるからと。でも、殺せなかった。僕はやっぱり人を殺すと言うことが怖かったんだ。
それと、女の子もいたから。女の子があの夢の中から出る方法を教えてくれた。僕は夢の最後に、黒いドアをくぐったことを思い出した。そして問われたんだ。『ゲームを終了しますか?』と。
……あれは、彼が勧めたゲームだった……?
「ありがとう」
すぐ後ろで声がした。僕が振り返ると、夢の中であった、女の子がいた。
彼の妹。瀬戸 薫の妹だ。
「おにいちゃんの こと ころさないで くれてありがとう」
女の子は可愛い顔で笑っていた。でも、体中真っ赤にして、血がどくどく流れだしていた。
「おにいちゃん がね じぶんで しんだり したら わたし いやだったの」
瀬戸 薫の妹は、体中をめった刺しにされて死んだ。夢の中で彼がそう言っていた。彼女は笑う。兄とそっくりな笑顔だった。
「でもね あなたがいてくれたから おにいちゃんは わたしのことも おもいだしてくれて じぶんで しんだりすることも あきらめてくれたの ありがとう」
「……誰だよ、君は」
僕は恐怖で声が震えていた。目の前にいる少女は、そんな僕を見て笑って、自らの名前を名乗った。
「せと あかね おにいちゃんのことが だいすきな おんなのこだよ」
瀬戸 茜はその後、すぐに消えてしまった。そしてすぐに看護婦が彼を見つけて、彼は死なずに済んだ。少し、精神的に傷ついてしまったみたいだけど。
僕は、僕の親が誰かに殺されたことを知った。でも、あまり驚かなかった。あの夢で、彼が僕の親を殺しているところを見たから、死んでいるんだろうと分かっていた。悲しかったけど、泣かなかった。僕は確かに両親に恐怖していたから。安堵の気持ちさえ覚えていた。
伯母さんが、僕を引き取ってくれるようだった。嬉しかった。伯母さんが僕を放って行ってしまったことを謝りに来てくれた。伯母さんだけは僕を怖がらないでいてくれた。
伯母さんは、僕の夢を見たそうだ。伯母さんの家から、ぼんやり外を見つめたまま、僕が死んでしまう夢を。それで、僕のことを思い出してくれたらしい。それだけでも嬉しい。伯母さんが僕に死んでほしくないと思ってくれただけで。
後少しで、僕は伯母さんの家に行けることになった。此処から出ることができるのだ。ゲームを終わらせてあいこになったけど、僕は此処から出ることができる。
でも、彼は妹さんに会うことができない。
これは、不公平、なのだろうか。
僕が病院を出る数日前に、僕は彼のところに行った。
彼はベルトでベッドに固定されていて、自由にすることが出来ないようだった。僕を見ても、無表情で、何も喋ってくれなかった。
僕は僕が見た夢を彼に話した。色々なことを思い出して、全部話せたと思う。怖いことが多かった。でも、そのたびに彼に似た、金髪の男の人が助けてくれた。頭がおかしくなった僕に、文字を教えてくれたりしたこと。
僕が話し終わると、彼はちょっとだけ笑って、僕を見つめた。そう言えば、眼帯を何でしているのか、聞いてみようと思った。
「取られたんだよ」
「誰に?」
僕が驚いて聞くと、彼は、ちょっとだけ表情を硬くした。
「茜に」
僕はぞっとした。体全体の皮膚がきゅっと縮まるような感じがした。隠し持ってきたナイフを、ぎゅっと握りしめた。
「何で」
「俺が、茜を裏切らないように。約束を、忘れないように」
「どんな約束?」
「もしも茜が死んだら、茜が苦しんだ以上の思いをして、俺も同じように死ぬって約束」
「……お兄さんは、僕をどうしようと思ってたの?」
「殺して、茜のところに俺と一緒に行ってもらおうと思っていた。叶わなかったけど。あの時は興奮して、本当に君が死んだと思っていた」
彼が指を指す先に、彼の日記帳があった。僕はその中身に見おぼえたがった。夢の中で見た、あの意味のわからないおかしな日記帳だった。
彼は僕を殺そうとしていたんだ。それも、ずっと痛く。ずっと怖く。
なんだか、悲しくなってきた。
彼が怖そうにしていた。僕を見て、悲鳴を上げた。僕はどうしたんだろう、って思ったけど、僕はそれ以上何も出来なかった。僕は何もしていないのに、僕の体が、ナイフを振りかざしていた。
僕は彼の悲鳴を聞いて笑っていた。おにいちゃん、おにいちゃんって何回も呟いていた。嗚呼、彼女が来ているんだ。茜が。瀬戸 茜が今、僕の腕を動かしているんだ。
僕は、彼を殺してあげようと思ってたから。
「大丈夫だよ」
僕も笑っていた。彼があんまりにも悲鳴を上げるから。恐ろしそうに僕を見つめるから。だって彼が悪いんだもん。僕を裏切ったりするから。
「これで、平等でしょ?」
茜ちゃんは、あれからずっと僕の傍にいる。茜ちゃんも怒っていたようだ、なかなか彼が茜ちゃんのところに行かなかったこと。それで茜ちゃんはあのゲームを彼に勧めたんだと言う。
誰か、巻き添えがいたら、簡単に死ねるだろうと。
それが偶然に僕になった。それだけの話のようだった。最初から彼は僕になんか興味がなくて、このゲームの話しをするためにやってきただけらしい。
それもそれで寂しいけど、今は茜ちゃんや伯母さんが一緒だから悲しくは無い。
今日で、この日記も終りにする。これからこんな日記も書かずに楽しい日が来るから。あのゲームのことや彼のことは忘れてしまいたいから。僕は新しい人生を満喫する。それだけで十分だから。
彼女が言っていた。あの時、僕にありがとう、といった理由。あのゲームを終わらせた理由。
「だって おにいちゃんは きっと じぶんでは しんだり できないんだもん だから わたしが ころさないと って おもったもんだもん
おにいちゃんのこと わたしは だいすきだから おにいちゃんが くるしんでいるところ これいじょう みてられなかったんだもん」
- Re: 1/2 ( No.22 )
- 日時: 2013/08/16 01:42
- 名前: トー (ID: H0XozSVW)
忘れていた。彼の日記帳をメモしたもの。一応書いておく。これが、彼の本性だったて言うこと。
一生、忘れないように。
〈八月、十日。今日はやっと、二人で話すことが出来た。いつものように、彼の口うるさい両親が何やら口をぱくぱくさせてはいたが、彼は気にしない様子だ。これで、俺のやっと本題に入ることができる。
嗚呼、茜。やっと、君に会える日が近付いてきた。俺は悪い人間だから、君のいる天国にちゃんとつけるかどうかも分からないけれど、とにかく、これで俺は、こんな退屈なこの地上から抜け出して、元いた、魂のゆりかごの中に帰れるわけだ。何と喜ばしい事。嬉しいことこの上ない。
彼も、この件については、承諾してくれると思う。それよりも先に、彼の両親が承諾してくれると思う。これは彼にとってとても有利なことだ。何を断る理由があるか。
彼は可哀想な子だ。可哀想な子ども。俺に連れ去られたことも自覚してはいない。間抜けた、幸せそうな顔で笑っている。嬉しいよ、俺も。君の顔と、良く似ているから。
俺のこの狂った脳みそが正常で良かった。これで彼も報われる、俺も報われる、このくそみたいな世界に中指を立ててやる。俺の死に方はもう決まっているよ、茜。君とおんなじ、真っ赤になって死んであげる。俺だけじゃ寂しいから、彼もいっしょに連れて行くよ。名前は、川野 春輝。ちょっと乱暴な子どもだけ、決して君を傷つけさせたりはしないから安心して。とても読書が好きな子でね、君とは話が合うと思うんだ。
……何時までも、此処で縋っていてはいけないね。俺も、何処かで怖がっているんだよ。多分。君のところに行けるけど、それまでが真っ暗だからとても怖い。だけど、絶対に君のところにたどり着いて見せる。君の肩を抱いて、喜びを分かち合うことを約束するから。
待っていてね。茜。
- Re: 1/2 ( No.23 )
- 日時: 2013/08/16 01:44
- 名前: トー (ID: H0XozSVW)
これで、この物語は終わりになります。
全体的にグダグダになってしまいました……書きたいように書きなぐったせいです。つじつまもあってないような、ごちゃごちゃとした雰囲気になってしましました。申し訳ございません。
次は、ちゃんとしたいと思います。
今まで、この物語を読んで下さった方、ありがとうございました。
書き終わり
2013/08/16