複雑・ファジー小説
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- うたかた
- 日時: 2013/07/22 13:40
- 名前: 一本橋渡 ◆cSPwlATP2E (ID: eYRHtZjC)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2/index.cgi?mode=view&no=17934
こんにちは。
はじめまして、一本橋渡と申します。
この作品は、小説家になろう様で連載していたものです。
登場人物の名前に聞き覚えのある方は、もしかしたら以前お会いしているかもしれません。
なお、この作品には、暴力的な描写が度々登場します。
ご理解をお願いします。
『小説家になろう投稿時あらすじ』
ある日、学校帰りの電車内。暇を持て余していた俺、時野始は、ひょんなことから久谷竜胆という名のクラスメイトの昔話を聞くことになった。彼と幼なじみの多田野世界。自身の過去。大切な人との関係。そして、抱えた感情。無視してしまいたいような葛藤の全てを乗せたまま、ゆったりとした田舎の電車は進んでいく。
『更新情報』
7月22日 最初
『URL』
旧作品
- Re: うたかた ( No.1 )
- 日時: 2013/07/22 13:32
- 名前: 一本橋渡 ◆V9VVwhcaG6 (ID: eYRHtZjC)
『最初』
珍しく人の少ない夕方の電車内。開いている席に座り、ネットでも見ようかと携帯を開いた。しばらくいじっていると「やあ」と、ひどく中性的な声が聞こえた。自分にかけられたものだろうかと軽く頭を上げると、深い藍色の瞳が自分を見おろしていた。柔らかい表情と、耳元までかかる癖のある黒髪も相まって、かなり中性的に見える。自分と同じ制服をきていなければ、おそらく彼ではなく彼女と認識していただろう。
「時野くんも、この路線だったんだね。いつもはもっと早く帰るから、知らなかったよ」
そう言って笑った目の前の人物を、遠慮なしにじろじろと見つめた。顔や雰囲気に覚えはあるのだが、名前がまったく思い出せない。
「えっと……」
「もしかして、誰かわかってない?」
「……すまん」
「いいよいいよ。僕は久谷(くや)竜胆。君のクラスメイトだよ」
「くや、久谷、……あー」
やっと思い出した、と頷くと、彼は軽く笑った。心なしかその笑顔に違和感を覚えて彼をみつめたが、違和感の正体はわからなかった。彼は彼で俺の視線を気にする様子も見せず「隣、座って良い?」と言い、答えを待たずに手に持ったビニール袋をガサガサいわせながら俺の隣へと腰掛けた。
「あー……、久谷ってさ、いつも帰り早いんだよな? 部活とか、してねぇの?」
既に会話をしてしまったせいか、無言になるのは気まずく、携帯をいじることは躊躇われた。取り合えず当たり障りのない話題を口にすると、久谷は思案するようにゆっくりとまばたきをした。その動作に、もしかしたら自分は話題の選択を間違えたのではないかと不安になったが、彼の浮かべた柔らかい笑みにそうではなかったのだと安堵した。
「してない、ね。大切な人のお世話をさせてもらっているから」
「へぇ……?」
驚いた。教室などでたまに目に入る彼はよく笑う人だと認識することができたが、その笑顔は常に、どこか胡散臭いものだった。それが、どうだろうか。“大切な人”と、そう言ったとき彼は、ひどく幸せそうな顔で笑って見せたのだった。
「大切な人って?」
「うちのクラスに、多田野世界っているでしょ?」
うなずく。多田野世界は、うちのクラスで唯一休学をしている少女だ。休学ということすら珍しいのに、多田野世界なんていうインパクトの強い名前の持ち主だ。一度覚えれば中々忘れないだろう。
「大切な人って、多田野さんのこと?」
「うん」
「へぇ……接点は?」
「幼馴染、かな?」
「ん? なんで疑問系なの」
「本当の関係が、わからないから」
「は?」
思わず聞き返すと、彼はクスクスと笑った。おそらく、俺の反応というか素っ頓狂な声が可笑しかったのだろうけれど、仕方がないだろう。だって、本当の関係がわからないなんて、おかしいじゃないか。
「意味分かんないでしょ」
「……おう」
「あはは、僕にもよくわかんないんだ。幼馴染なのかもしれないし、兄妹かもしれない。はたまた、全くの他人なのかもしれない」
「何だよ、ソレ」
「気になっちゃう? 教えてあげようか」
久谷の声に、時間が止まったような感覚がした。いつもとは違う含みのある声。感情を読ませない藍色の瞳に、吸い込まれてしまいそうだった。
「時野くん?」
「え、あ……。わ、悪い」
「いいけど、どうかしたの。ぼーっとしてさ」
「いや、えぇっと……。見惚れてた?」
「あはは、何それ」
変な時野くん。久谷がそういうと同時に、電車がゆっくりと動き出した。たたん、たたん、と軽快な音が、がらりと空いた車両内に響く。そういえば、彼はどこで降りるのだろう。俺が終点なので、それよりは早く降りていくのだろうけれど。
「あのさ、久谷」
「うん?」
「お前と多田野さんの話、気になるんだけど」
車内での暇潰しになればいいな、と。その程度の思いで告げれば、久谷は僅かに驚いた表情を作った。自分から言い出しておいて、何を驚いているのだろうか。もしかして、俺が気になると言い出すことを想定していなかったのか?
「なに驚いてるんだよ」
「あ……っと、ごめんね? 時野くんって、あんまり他人に興味ないと思ってたからさ」
「否定はしない。が、久谷にだけは言われたくないな」
「え? なんで?」
久谷は再び、驚いたような表情をうかべた。そんなに目を見開いたら、目玉が零れ落ちてしまうのではないかと、訳の分からない不安感に襲われた。久谷の目玉はそう簡単には落ちないだろう。たぶん。
「だってさ、久谷。お前いつも表情作ってるだろ? ……違ったら、悪いけど」
「……凄いね。時野くんって、観察眼鋭いんだねぇ」
「褒めてる?
「褒めてるよ。本当に、時野くんになら話してもいいかもしれないね」
「じゃぁ、聞かせてくれよ」
「良いけどさ、引かないでよ? 約束」
「おう」
引くってどういうことだ、なんて。きっと大切だろう疑問は、口にしたら久谷が話すのをやめてしまいそうな予感がして、結局飲み込んでしまった。
そうやって臆病者のままだから、大切なものを失うのだ。
聞きたくもない声と言葉が聞こえたような気がしたが、加速を始めた電車の走行音のせいで、それも結局わからなくなってしまった。
- louboutin sale ( No.2 )
- 日時: 2013/07/24 20:00
- 名前: louboutin sale (ID: RohPBV9Z)
- 参照: https://pinterest.com/louboutinssale/
うたかた - 小説カキコ
- Re: うたかた ( No.3 )
- 日時: 2013/07/26 07:58
- 名前: 一本橋渡 (ID: 49KdC02.)
二番目
「なぁ久谷」
「んー?」
多田野世界との関係を話すと決めてから、何から話そうかと悩み始めた久谷に声をかけた。久谷は手元のビニール袋を弄りながら、ゆっくりと首をかしげた。がさがさうるさい。
「多田野さんって、何度か学校に来てたよな? その時は元気そうだったけど、何の病気なんだ?」
「そうだなぁ」
久谷が眉を寄せる。
「言いにくい?」
「んー、まぁね。でも、これを伝えないと話ができないんだよね」
「俺は、どっちでもいいけど?」
「まぁ、理解者は多いほうがありがたいかな。……んーっと、ね。世界は所謂“心の病気”なんだ」
「心の?」
それはつまり、精神病のことだろうか。しかしそう言われても、俺が見たことがあるのは、久谷の傍で友人に囲まれて笑っている彼女の姿だけなので、ぴんとこない。
「よくわかんないでしょ。具体的に言うとね、三十代から上くらいの男性と接することができないんだ」
「えーっと、それはあれか? 男性恐怖症ってやつか?」
「うんまぁ、そんなところかな。あと、騒がしすぎる環境やその逆も駄目だね」
「あぁ、そりゃ学校なんか来れないな」
「だから落ち着いてる時は、留年しない程度に連れてこようとは思ってるんだけどね」
久谷は少し困ったように笑うと、またがさがさとビニール袋の持ち手のところを弄った。彼の言っていた引かないでというのは、このことについてだろうか? そうだとしたら、これのどこに引く要素があった?
「そういえば、時野くんって最近、星野さんといないよね」
久谷が呟く。
「……急にどうしたんだよ」
「別に。ふと思っただけだよ。喧嘩でもしたの?」
「それならこっちも別に、だな。なにもねぇよ」
強く言うつもりなんてなかったのに、どうしても不機嫌な口調になってしまう。
自分は、彼と多田野世界の関係を聞いているくせに、自分と星野、つまり幼馴染の星の終との関係を問われるのが恐ろしくてたまらない。へたに説明して、状況を整理してしまったら必死で否定していることをすべて認めなくてはならないような気がするから、だろう。
「そっか。……ところで時野くんは、PTSDって知ってる?」
久谷は微笑むと、あっさりと話題を変えた。気遣ってくれたのだろうが、俺にはそれが遠まわしに「すべてわかっているぞ」と言われているように感じることしかできなかった。わかっている、被害妄想だ。
「なんだっけ、トラウマ、みたいなやつだっけ?」
「うーん。当たらずも遠からず、かな。心的外傷後ストレス障害っていうんだけどね。なんて言えばいいかな、辛いことをずっと夢に見たりする、みたいな感じかなぁ」
「多田野さんが、それ?」
「うん」
「そっか。だから男性恐怖症ってこと?」
「ザッツライト」
茶化すように言った久谷だが、その藍の瞳はまったく笑ってはいない。きっと彼なりに思うところがあるのだろう。
「で、その原因ってのがね。うん。実の父親に犯されたことなんだ」
「……!?」
声が出なかった。PTSDになるってことはかなりの出来事があったのだろうとは思っていたが、せいぜい事故だのなんだのだろうと思っていた。予想以上だった。父親に犯される? イマドキどんなAVでも流行んねぇぞ、そんなの。
「犯されたって」
「レイプって言ったほうがわかりやすい?」
何とか絞り出した声も、あっさりとした久谷の言葉で心ごと叩き折られた。というよりも、そもそもどうしてこいつはこんなに淡々と、平然としていられるのだろう。
「世界はね、蒸し暑い夏の日に父親に無理矢理犯されたんだよ。彼の仕事場である、狭い山小屋の中で。泣いて、啼いて、ぼろぼろになっていった。助けを求める声もすべて、蝉の声に掻き消されて。血を流して。ダッチワイフのように使われて」
中性的な久谷の声が、いつの間にか俺たちだけになっていた車両内に響く。その言葉を認識したとき、冷水をぶっかけられたように全身を寒気が襲った。吐き気が込み上げてくる。
俺は、そう。似たような光景を知っている。幼い頃大切な人が、大人たちに汚されていく様子を。だからこそ、彼の言う光景がリアルに想像できてしまった。でも、
「なんでお前、そんなこと」
「知ってるのかって? 簡単な話だよ。……見てたんだよ」
「見てた? その場で?」
「うん。彼女の父親に、連れて行かれてね。全てを、見ていたよ。あの日の蝉の声は今だって思い出せるし、彼女の幼い丸い肩と局部の様子は、昨日見たかのように鮮明に覚えているよ」
ふぅ、と久谷が息を吐き出した。それは心なしか熱を孕んでいるように感じた。それによって彼が、その光景を忌むと同時に、魅せられたのだと気づいた。
「久谷さぁ」
「なに?」
「その前から、多田野さんのこと、大切だったんだろ?」
俺の質問に、久谷は少し悩んでから小さくうなずいた。やっぱりな。彼はおそらく、彼女の犯される光景を見たことによって、多田野世界に魅せられたのだ。同時に、彼女への愛情を、自覚した。俺と一緒で。
「僕はね、本当に幼い頃から世界の傍にいるんだ」
「へぇ、どれくらいだ?」
「んー、多分1、2才くらいからじゃないかな」
「なんで、そんな」
「両親が少し変り者だったみたいでね。生まれて間もない赤ん坊の僕を知り合いの女性、つまり世界の母親である多田野香織に預けたんだ。で、そのまんま行方知れず」
無責任だよね、と。そう言って笑った久谷の表情は穏やかで、彼の人生が彼なりに充実したものだったことが容易に想像できた。それを羨ましいと思ってしまう自分がいて、自分自身に嫌悪感を抱いた。自分は、何一つ生活できたはずなのに。
「竜胆、ってさ」
「?」
「悲しんでいるあなたを愛す、とか、淋しい愛情とか、そういう意味なんだよね。花言葉が。人の、少なくても息子の名前につけるもんじゃないと思わない?」
久谷の言葉の真意が理解できず、思わず眉を寄せた。確かに意味合いとすれば酷いものだが、それに俺は何と反応すればいいのだろうか。
「そう、だな」
「でしょ? でも、僕はこの名前を気に入っているんだ。名は体を表すって感じでさ」
あぁ、成る程。彼は単純に、少し惚気たかったのか。自分は、例え報われないとしても、今の多田野世界を愛しているのだと。まったく、回りくどい。ただ、久谷には“竜胆”という名とそれが意味するものが、とても似合っているように思える。
「それでさ、僕からも一つ質問いい?」
「なんだよ」
「時野くんと星野さんって幼馴染なんだよね? 名前が“始”と“終”なのには意味があったりする?」
あぁ、とため息がこぼれた。久谷にとっては何気ない問いだったのだろう。しかしそれは、俺の心を搔き乱すには十分な力を持っていた。名前の由来だって? そんなもの、犬に食わせてしまえ。
「時野くん?」
とは言っても、こうして不思議そうに首を傾げている久谷のことばかりを聞いているのも気が引ける。はぐらかして、逃げるだけではなく、彼のように自分の過去なんて笑い飛ばせるようにならなくてはならないのだ、俺も。
「俺の家と終の家は古い付き合いがあるんだがな。まぁ、昔っからある家系で、赤ん坊が生まれると占い師……易者っていうの? あれに占わせるんだ」
「なにそれ、凄いね。お話の中でしかそんなのないと思ってた」
「だろうな、俺も自分のことながらそう思う。で、その占いで俺は時野家の先祖の生まれ変わりで、家を建て直させる力を持ってるんだと。で、始って名前じゃないと意味がないからって」
言い終えて、嘲笑。実に下らない理由だ。迷信じみていて、馬鹿馬鹿しい。
「名前、嫌い?」
「あぁ、大嫌いだね」
「そっかぁ」
久谷は困ったように笑うと、ビニール袋をがさがさと鳴らした。何度目だ。癖なのだろうか。俺がさっきから、床をつまさきでコツコツと叩いてしまっているのと同じで。
「終は、その逆。星野家を終わらせる厄病神だから、その印なんだとよ。アイツ、家出の扱いもひどいんだ。……最近はどうなのか、聞けてないけど」
情けないことに、語尾は聞こえないほどに小さくなっていた。俺は、久谷とは違う。大切な人を守れていないのだ、俺は。俺が、不甲斐無いから。
「そっかそっか」
「……何笑ってんだよ」
「君たちはね、すれ違っているんだ」
「すれ違って?」
「うん」
彼は、全てわかってしまったというように微笑んでいる。もしかしたら俺の悩みなんて、冷静になればわかってしまう問題なのかもしれない。俺がいつまでも逃げているから、何も解決していないだけで。
「でもさ、すれ違いも大切だよ」
「……?」
「へたに信じられてるのも、結構辛い」
藍色の瞳が、揺れる。
「僕ももう、汚い大人なのに」
そういった久谷の声は、泣いているようにも聞こえた。
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