複雑・ファジー小説

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Re Becca外伝『Footsteps of death』
日時: 2014/04/16 23:32
名前: ポンタ (ID: WeBG0ydb)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=14982

初めまして、ポンタです。

今回はしゃもじさんの小説『Re Becca』の外伝として
私が投稿したオリジナルキャラクター『ヘルガ・ヴァーミリオン』を主人公にした
物語を書いていきます。

しゃもじさんにOKを貰っていますので、力尽きずに頑張って続けられるようにしたいと思います。

なお、この外伝はあくまで私、ポンタが執筆するものです。
『Re Becca』に登場する他の方のオリキャラは無断で使用しませんのでご安心下さい。
(というか、この話だけのオリキャラが結構出てくるのでそっちでイッパイッパイです……)


『Re Becca』本編へは↑


※注意
・本編の世界設定を可能な限り遵守しますが、執筆者が違いますので本編と食い違いなどが発生する場合があります。
(主にしゃもじさん、そうなったらすみません……)


短編に——と思いつつ書いているとどんどん文章が長くなっていき、
長編になるのが、私の作品の良くないところ……

未熟者ですので、読んでくれた方は出来ればアドバイスやコメント頂けると嬉しいです。
よろしく、お願い致します。


※※※※※※※※※※※※


——それはある国。ある場所で、
法外な金銭と引き換えにどんな相手でも、どんな病も治療する
裏の世界では『死の足音』と呼ばれ恐れられる女医者の物語。

三人の助手と共に今日もお仕事。
「私との約束さえ守ってくれれば、誰の命でも助けてあげる。ただし、もし破ったら……」

このメスはただ命を狩る為だけの道具になる——


キャラクター紹介>>27

Re: Re Becca外伝『Footsteps of death』 ( No.31 )
日時: 2013/12/06 14:00
名前: ポンタ (ID: fK4g4Hpi)

 ベンノのただならぬに雰囲気に、バシリーは言われるまま首を巡らせる。
 しかし隠れろと言われても、狭く簡素に作られた休憩室に大人が身を隠せる場所なんて無かった。
 まごまごしていると首根っこをつかまれ、力任せにテーブルの下に押し込まれた。
 体をちぢこませればそこそこに身長のあるバシリーでも入る空間はあるものの、鉄パイプと薄い板で出来た安物のテーブルでは少し屈んで覗き込めば簡単に見つかってしまう。
 だが、他に思いつく隠れ場所も無いので、そのまま、隠れる事に集中する。
 なるべく息を殺し、余計な事を考えないようにテーブルから見えるベンノの足をじっと見つめる事にした。
 その時だ。フロアの端からエレベーターの到着を知らせるベルが、チンと小さくなった。
 いつもなら別段気にならない小さな音も、神経が立った今ではひどく大きく聞こえる。
 鉄製のドアの開く音。カツッカツッと中から一人分の足音が出てきた。
 次はその足音の後ろに続くように、何か重たい物を引きずる音。
 何かの業者の人間か?始めはそう考えた。しかし、足音が妙だ。
 フロアの廊下に響く靴音は運動靴や革靴のそれではなく、もっと細く鋭い、踵の細いヒールを連想させる。

(女?)

 テーブルの下からでは休憩室の出入り口の幅までしか廊下が見えない。
 しかもその視界を塞ぐように——いや、この場合はバシリーを隠すようにベンノの足が間に入る。
 ゆっくりと近づく軽いはずの重圧感のある足音に、言い知れぬ恐怖と不安が胸に広がる。
 とうとう我慢できなくなり、ゴクリと生唾を飲み込んだと同時に靴音が止んだ。
 思わず息を止めた。衣擦れもしないよう身動き一つしないよう、体を強張らせる。
 通路の先には予想していたヒールを履いた女の足が見えていた。
 これから何が起こるのかと拙い想像を巡らせていると、この場にそぐわない、どこか聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。

「あら、ベンノさん。お久しぶり」
「や、やあ。ヘルガお嬢さん」

 それはつい先程話に出たばかりの女。ヘルガ・ヴァーミリオンだった。
 ヘルガと呼ばれた女のそれはひどく当たり前の、本当に日常である挨拶だった。
 緊迫感も無く、焦燥感も無い、なんら変哲も無い、久しく会う相手に掛ける言葉。
 だが、バシリーにはそれが受け入れられなかった。
 ——それは音。
 先程までフロアに響いていた音が、あの異常に重くるしかった音が不気味でならない。
 そう考えてバシリーは心の中で頭を振った。
 もしかしたら、これは自分の勘違いかもしれない。
 ベンノが突然青い顔をして隠れろとか言うものだから、それに釣られてしまっているだけなのかもしれない。
 それでも息を殺したままバシリーはテーブルの隙間から外の様子を伺った。

「アポ無しでごめんなさい。ちょっと荷物を届けに来ただけなの」
「……ああ、受付から連絡が来ているよ」

 ベンノの声はひどく緊張していた。
 ヘルガという女はヴォルフの片恋相手だったのではないのか?

「ならちょうど良かった。いい加減コレ引き摺るの疲れちゃって……。引き取って貰えるかしら?」
「………………構わんよ。先に医務員を呼んでも良いかね?」
 
(医務員?)

 これまでの話にそぐわない単語にバシリーは眉を顰めた。
 ヘルガに許可を貰ったベンノは携帯で連絡を取っている。
 バシリーは危険を承知でもっと外の様子を見ようと首を伸ばした。


「ッッッ!!!!!!!」


 ここで声を上げなかった事を、数年経った後でも正解だったと思う。
 ヘルガが荷物のように扱い、引き摺っていたのは人間だったのだから。
 
 ヘルガが連れて来たのは二人の男女。始めは死んでいるのかと思った。
 粗雑に扱われているのに、ピクリともしていないからだ。

「安心して、殺しちゃいないわ」

 言われて見れば、確かに胸の辺りが僅かに上下に動いて呼吸している事で生きているのが分かった。
 しかし、生きていると——体が命を保っていると分かるのはそれだけだった。 
 二人の肌は一見外傷は無いが青白く、体は痩せ細り、顔からは明らかに生命の覇気が感じられない。
 抵抗どころか動く気力も無く、ヘルガに襟首をぞんざいにつかまれるままとなっている。
 文字通り、虫の息……とは良く言ったものだ。これでは廃人も同然ではないか。
 さらに頭上では会話が続いている。
 
「その顔の傷。まさか、こいつ等が?」
「冗談!誰がこんな三下に傷なんて付けられるものですか!その、……さ……ん………のこ……になったのよ」

 急にヘルガの声量が下がった。
 何かを口ごもっている。

「ん?なに?」
「だぁかぁらぁ!最近、遠縁の後見人になったのよ!これはソイツにやられたの!」

 叫んだ直後、いったぁと脇腹を抑えて屈んだヘルガの姿が見えた。
 バレッタで留めた長い黒髪、白い肌、たおやかな四肢、顔も悪くない。
 前髪の一房が白髪という特徴の美しい女だった。
 本当にこの女が床に横たわる二人をこのような凄惨な姿に変えたのかと、つい疑ってしまう。

「おいおい、大丈夫か?」
「こっちの事はいいのよ。……それよりいい加減、こいつ等の躾ぐらいしてよ。でないと、カポに許可貰って本当に殺すわよ」
「……まあ、何だ。手酷くやったもんだのぉ。今回は何をされたんだ?」
「いつもと同じよ。人ん家に勝手に乗り込んで、お決まりの『もうヴォルフさんに近づかないで、アンタ何様のつもり?』から始まったのよ。小学生かっての」

 まだ傷むであろうわき腹を押さえつつ、ヘルガは立ち上がり、壁に背を預ける。
 視界はまたベンノとヘルガの足だけしか見えなくなった。

「その後もいつも通り、こっちの言い分も聞かないで殴りかかってきたり、銃を持ち出したり………ただ——」



「今回、このクズどもは私のモノに手を出そうとした」


Re: Re Becca外伝『Footsteps of death』 ( No.32 )
日時: 2013/12/18 15:30
名前: ポンタ (ID: fK4g4Hpi)

 
 ヘルガの声のトーンが一気に下がった。
 それを聴いた瞬間、ゾクリとバシリーは背中に言いようの無い悪寒を感じた。

「私だけなら軽く痛めつけて帰ってもらえれば済んだけど。今回は図に乗り過ぎたのよ」

 なおも言葉を紡ぐヘルガにはついさっきまであったはずの感情的な抑揚がなくなってしまっている。
 棒読みとは違う、低く下がったトーンと一緒に言葉の一つ一つが刃物のような重圧感となって圧し掛かる。 

「……ふぅ……やっとレオンも精神的に落ち着いて来たって時に、後見人の話が出て来た所だったし……」
「お前さんがピリピリしとるのは、そのせいか」

 ヘルガが溜息を付くと、吹き消したように重圧感はなくなっていた。

「そうよ!色々と考えなくちゃいけないって時に、ヴォルフと別れなきゃ二人がどうなってもいいのか、ですってぇ!!」

 殺気……とも呼べる重圧感を何処へ飛ばしたのか、ヘルガは再び愚痴を叫び続ける。

「あの男の事なんかどうでもいいのよ!大体、付きまとってるのはアイツ!なんでどいつもこいつも私の方に来るのよ!奪いたきゃ自分で誘惑でも脅迫でもすればいいじゃない!」

 ベンノの方も下手にフォローして刺激するよりも聞き手に回った方が安全と考えたのだろう、ヘルガの話に上手く相槌をうっている。

「………とにかく、今後私の周りの人間に手を出したらどうなるか。見せしめってヤツをやってみたの」

 その結果が床の二人。
 ヘルガという女についてバシリーは何も知らないが、ヴォルフはとんでもない人物に片思いしているようだ。
 さすがと言うか、何と言うか。
 そして、こんなアブナイ人物に喧嘩を売った彼等はどういう心算だったのだろうか。
 ヴォルフやベンノと付き合いがあり、これだけの芸当が出来るのだから、自分達と同じ裏の世界の人間なのは確かだ。
 相手を見極めず、勢いと運だけで切り抜けられる世界ではない。数週間前、バシリーも身を持って痛感したばかりだ。

「本当なら新薬の実験とか、施術の練習代とかに使いたかったんだけどね。さすがに殺すわけにもいかないし…………ま、二・三ヶ月ぐらい養生させれば回復する程度だから」

 最後に小さく「精神の保障はしないケド」と放たれた言葉がバシリーの背中に再び冷たいものが走った。

 それから数十分ほどベンノに愚痴を聞いてもらうとヘルガは、意外なほどあっさりと帰ってしまった。
 連れて来た二人をヴォルフに突き付けてやるつもりだったらしいが、愚痴を聞いてもらっている内に面倒になったらしい。
 去り際に「机の下にいる人も驚かせてごめんなさいね」と言われたときには、心臓を鷲掴みにされた気分だった。
 ベンノが呼んだ医務員はヘルガと入れ違いで現れた。
 床に横たわる死人のような二人に驚きと恐怖を隠せない様子だったが、テキパキと彼等を担架に乗せて運んでいった。
 バシリーがテーブルから這い出たのは、その後の事である。
 長時間縮こまっていたお陰で体中が悲鳴を上げていたが、ベンノからヘルガという人物について聞くと、そんなものは一気に吹き飛んでしまった。


 ヘルガ・ヴァーミリオン——当時23歳。10代後半より闇医者として無免許で医療を始め、大学卒業後、正式に医師免許を取る。
 類稀なる才能と技術、年齢とは不釣合いの膨大な知識をもって、多くの医療を成功させる。現在はある事情で子供を一人引き取り、表向きは開業医として生活している。
 殺し屋ではないが、元々金さえもらえればどんな相手でも治療するため、様々な人間から狙わる。
 裏の世界では彼女が相手を殺す際、隠れもせず、真っ直ぐ相手の方へ向かう足音から、通称「死の足音」と呼ばれる。


Re: Re Becca外伝『Footsteps of death』 ( No.33 )
日時: 2014/03/12 13:37
名前: ポンタ (ID: WpxyeKoh)




「——思い出したか?」
「……はい、そりゃもう、ばっちりと……」

 バシリーが回想から現実へ意識を戻すと、数分前までのニヤケ顔は何処へ行ったのかと思うほどに意気消沈していた。
 ヴォルフはバシリーが思い出していたであろう出来事については、ベンノから報告を受けていた。
 顔もろくに覚えていない取巻きが、ヘルガの周りをウロチョロしていたのは事件の数日前に本人からクレームの電話を貰っていたから、その事については驚きはしなかった。
 しかし五年前にヘルガが潰したあの二人。実は当時のファミリーの戦闘員だった。それも純粋な戦闘能力だけなら上から数えた方が早い位置におり、ヴォルフとは別の幹部直下で護衛の任を担っていたのだ。
 そして、その事件について戦闘員二名の上司だった幹部がヘルガの処遇について幹部会の議題に上げてきた。
 もちろんそれは、自分の出世に邪魔なヴォルフを降格させる事が目的であり、ヴォルフが懇意にしていたヘルガが原因となれば、足元をすくう材料になると踏んだわけだ。
 「自分の部下が再起不能にされた!」と最もな理由を付けて、ヴォルフとヘルガに厳罰をと当時の幹部達を煽った。が、そもそも被害者となった二人がヘルガに関わった理由が実に下らないもので、かつヘルガの懐に無遠慮に手を突っ込んだ彼等に被があるのは明白だった。
 そうなると、事実が判明するにつれて赤っ恥をかくのは発端である戦闘員の上司である幹部の方。
 他の幹部から「貴方の監督不行き届きでは?」と持ち出されると、すごすごと引き下がった。
 余談だが、幹部会での報告を聞いたカポはお気に入りのヘルガが戦闘員二人を倒して見せた事を聞いて、数年間途絶えていたファミリーへの勧誘を再開したそうだ。

 ——まあ、そんなオマケ情報は置いておいて。
 当事者であるバシリーはというと、あの事件の後、トラウマになったのかヘルガの所へ行こうとするのを泣き叫びながら頑なに拒んだ。
 当然、ヴォルフがそんな我侭を許すはずも無く、すまきにして車のトランクへ放り込み、無理やり連れて行った。
 気に入らないのは、面と向かってヘルガと対面した時のバシリーが彼女の美貌に絆されて、脳裏に刻み込まれていたあろうヘルガの所業を記憶の奥深くへ埋めてしまった事だ。
 だから、今顔面蒼白になっている彼を見ているのは、なかなか気分が良かった。

「も〜ぉ、なんて事してくれはるんですか。折角あの悪夢を記憶の奥底深〜くに埋めて、コンクリートとアスファルトで固めた上に艶っぽいオネェチャン達との楽しい記憶を積んで、ようやっと忘れてたのに……。鬼畜や……」
「知るか」

 運転手はこちらがまともに相手をしないので、唇をへの字に曲げてブーたれる。
 口ではこう言っているが、バシリーは情報収集能力の他に適応能力にも長けている。
 持ち前の明るさと馴れ馴れしいとも言える社交性で、社会における人間関係もさることながら裏の世界の住人相手でもヒィヒィ言いながら何とか立ち回っているのだ。その点は評価に値するとヴォルフは密かに考えている。
 不安要素といえば、このよく回る舌と危機感の無さだろう。が——

(こいつから、ソレを取ったら何が残るんだ?)

 不安要素は同時に当人のアイデンティティにも重なる。
 目の前の阿呆が阿呆で無くなるのであれば、あえて口出しはすまいとヴォルフは再び瞼を閉じた。

Re: Re Becca外伝『Footsteps of death』 ( No.34 )
日時: 2014/04/11 20:16
名前: ポンタ (ID: jJL3NZcM)



 ——翌朝。
 医大生、レオン・カーティスの朝は早い。

 午前5時29分、セットした目覚ましが鳴り出す前に起床。

 午前6時00分、洗面台に向かい身支度を済ませた後、新聞を回収。

 午前6時05分、キッチンにて湯沸しポットへ水を入れスイッチを入れておき、今日のスケジュールと新聞の記事をチェック。

 午前6時27分、朝食の準備を始める。

 午前7時00分、頃合をみはかり、ヘルガの寝室へ向かう。


 ヘルガとレオン、そしてアデーレの三人は医院と廊下一本で繋がった離れを住居として使っている。
 残るハロルドはアパートメントからの自宅通勤。
 ハロルドを雇った当初は彼も同居……と考えていたが、規格外の巨体には医院もこの居住区も狭すぎた。
 ハロルド本人は特に気にしてはいなかったが、ヘルガがムキになり、その場でリフォーム会社に電話をかけようとしたのを慌てて止めたのを覚えている。
 アデーレとハロルドは今日帰ってくる。恐らく時間からして、レオンとは入れ違いになるだろうが。

 ヘルガの部屋の前に着くと、控えめにドアをノックする。

「先生、レオンです。起きてますか」

 ………………。
 返事が返ってこない。
 もう一度、今度は最初よりも強く叩いてみる。
 ………………。
 やはり、返事がない。レオンは仕方ないと、一つ息をついて「先生、入りますよ」と声をかけながらドアノブをひねった。
 遮光カーテンから漏れる朝日が微かに差し込むヘルガの寝室。ベッドにクローゼット、大きなデスクに色んな国の言語で書かれた分厚いハードカバーの本がぎっしりと並んだ本棚。
 しかし、いるはずの女性の姿は何処にも見当たらなかった。
 またか、とレオンはまた息をつく。彼女がいる場所には検討がついている。
 静かに部屋のドアを閉めて、レオンが向かったのは医院の地下。
 医院の地下は、薬や医療機材を保管する倉庫に使っている。そして表には置いておけないモノも、ここには多数置かれている。
 地下——と言っても、いつかのマフィアの屋敷のような埃っぽさはない。地下に続く階段や廊下に電気をつければ大病院並に清潔感のある姿を現す。
 閉鎖的空間特有の足音を通路に響かせながら通路を歩いていくと、奥の部屋の扉から小さく明かりが漏れていた。
 ドアには分析室と書かれたブレートが掛けられている。
 レオンは先程と同様に「先生、入りますよ」と声をかけながらドアノブをひねった。
 目の前に飛び込んできたのは機械に囲まれた室内。
 テレビや映画で見るような最新式の機材がいたるところに設置され、入るたびに圧倒される。
 子供のような表現ではあるが、実際レオンが扱える機材はこの中のごくごく一部であり、ヘルガに止められて未だ触らせてもらえないものまであるのだ。
 ヘルガが言うにはこの部屋と隣の薬品庫にあるものを使えば、散布式大量殺戮兵器ぐらいなら簡単に作れるそうだ。どこまで本気かはわからないが。
 部屋に入る度、自分はヘルガの足元にも辿りつけていないことをレオンは痛感する。
 室内に足を踏み入れたと同時に探し人はすぐに見つかった。
 中央に置かれたデスクまで歩いていくとパソコンの電源が入った状態、正確にはスリープモードになっていた。
 何をしていたのかとマウスをほんの少し動かしてスリープ状態を解除すると、ディスプレイには「OK」と「Cancel」の表示が出たままになっていた。

(何かの作業中に力尽きたのか、この人は)

 そう考えながら視線をディスプレイからキーボード、椅子、床、とずらして行くと、デスクから少し離れた場所にあるソファの下に毛布の塊が丸まっていた。
 軽く毛布を剥ぐと、長い黒髪に一房白髪の混じった——ヘルガの頭が現れた。

「おはようございます、先生。朝ですよ」

 毛布越しにヘルガを軽く揺する。
 出てきた顔はPC用の眼鏡をかけたままだ。
 体を揺らされ、部屋の明かりに目を閉じたまま顔を盛大にしかめる。

「………がう、……じゃ……………い。」

 身じろきをするヘルガにそろそろ起きるだろうと、もう一度声を掛けようとした時、毛布からヘルガの声が漏れてきた。

「先生」
「……ん、んあぁ?」

 何を言っているのかよく聞こうと顔を近づけようとした瞬間、目を覚ましたヘルガと目が合えしまった。
 レオンは慌てて身を引いた。

「んん〜。はよぉ、レオン」
「……はい。おはようございます」

 毛布の中身がゆっくりとその身を起した。
 よれた白衣とブラウス。ずれ下がった眼鏡と唇の端から垂れた涎をそのままにボサボサになった髪をかく。
 ヘルガ・ヴァーミリオンの起床である。

 

Re: Re Becca外伝『Footsteps of death』 ( No.35 )
日時: 2014/04/16 23:55
名前: ポンタ (ID: WeBG0ydb)

 レオンはそっと自分の胸に手を当てる。
 バクバクと鳴る心臓の音が静まらない。別にやましい事は何もしていない、はずだ。

「カラダ、イタイ」
「床で寝ていれば当然です。せめてソファで寝て下さい」
「トチュウデ、チカラ、ツキタ」

 勤めて平静を装う。
 大きなあくびと共に両腕を上げて伸びをするヘルガ。
 気にしていないのか、寝ぼけてわかっていなかったのか。 

「ほら、顔を洗って来て下さい」
「ん〜」

 まだ寝ぼけているようで、生返事しかかえってこない。
 ポケットから取り出したハンカチで口元を拭ってやる。
 こうしている分には、彼女が『死の足音』と呼ばれ恐れられる存在とはとても思えない。
 その手で法外な金額と引き換えにあらゆる怪我や病を治療して、その手で誰かを殺す人間にはとても思えない。

(俺を暗い水の底から引き上げてくれた)

 初めて会ったあの頃から何も変わらない。
 ころころと良く変わる表情。血と薬品と女性特有の甘い肌の香りが入り混じった体臭。
 周りに流されているようでどこかそれを楽しんでる余裕があって、何時も一人で前へ進んで、ふと振り返っては不適に微笑む姿。
 そして、この寝穢(いぎたな)さ。

「ここで何をしていたんですか?」
「ん〜。昨日マダムから頼まれた薬の、セイブンカンテイ……」

 頭をふらふらさせながら目を擦る。

「もう結果出てるでしょ」

 ヘルガが徐に指差したのは、レオンが見つけた電源の入ったままだったあのパソコン。

「はぁ。終わってるといいますか。俺には最終実行待ちに見えますが……」
「そう、さいしゅう……え、最終?」

 レオンの言葉を反芻する覚醒しきっていないヘルガ。
 その視線がパソコンのディスプレイへ向くと半開きだった目が一気に開いた。
 毛布を引きずりながら床を這い、腕だけでデスクによじ登ると、眼鏡越しにもう一度ディスプレイを覗き込む。
 そして最後には、力尽きたように床に転がった。
 ここまでくれば言わずともがな、というもの。
 要はヘルガは最後の決定ボタンを押さないまま眠ってしまい、成分鑑定は終わっていない。



「しまったぁ〜」

 地上に——地下から上がってダイニングテーブルに着いてもヘルガは自身の失敗を漏らしていた。

「別に緊急のものではないのでしょう」
「そーだんけどさ。なぁんか、嫌な感じがするのよ」
「昨日言っていたマダムの占い、ですか」
「うん。それもある」

 ヘルガの手の中にはいつの間にか、マダムから受け取った薬『ブラッディ・マリア』の入った小袋があった。

「この薬の色を見ていると、こう、何ていうのかな。イライラするというか、寒気がするというか……」

 ヘルガはそれ以上何も言わなかった。
 レオンも今日は大学で講義を受けなくてはならない。残念だが時間切れだ。
 カバンを持って医院を後にする。
 ヘルガが言っていた『ブラッディ・マリア』に対する感覚は正直レオンは感じなかった。
 女のカン——とでも言うのだろうか、聞くところに寄ればそれは年を重ねるごとに鋭さを増していくのだそうだ。
 レオンにはまだ気になる事があった。

『違う。私じゃない』
 
 確かにヘルガは寝言でそう言っていた。
 そう呟いた一瞬、彼女は苦悶の表情を浮かべていた。起きる直前の眩しさによるそれではなく、まるで悪夢を見ていたかのように。
 それを彼女に問うていいのか、自分にそこまで踏み込む資格があるのか、レオンには分からなかった。


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