複雑・ファジー小説

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※救世主ではありません!
日時: 2013/08/25 18:24
名前: 朝陽昇 ◆5HeKoRuQSc (ID: Drat6elV)

(注意書き)
一応、異世界ものです。
ちょこちょことグロ等挟みます。苦手な方はご遠慮ください。
荒らし、誹謗中傷は受け付けておりません。
その他誤字等があれば教えていただけるとありがたいです。
更新が遅い時と早い時がありますのでご理解ください。


(目次)

『プロローグ』>>1 >>2
第1話『終わりから始まりへ』>>3 >>4 >>5 >>7 >>8
第2話『現実と思ったら負け』>>10

Re: ※救世主ではありません! ( No.7 )
日時: 2013/08/24 17:44
名前: 朝陽昇 ◆5HeKoRuQSc (ID: Drat6elV)

 いやいや、待て待て。おかしいおかしい。
 何で俺はこんなちょっとした軽鎧を着て、そこそこ長さのある剣を両手で持ってんだ? おかしいだろ。何してんのこれ。

「救世主さ——」
「だから違うって言ってんだろ! 次言ったらぶっ飛ば……さないけど、気をつけろよ!」

 危ない危ない。強靭な肉体をした駐屯兵士に悪態を吐くところだった。下手するとこの場で斬り捨てられるかもしれん。
 ところで、全身が重い。軽鎧といっても普通に重いし、盾も本当は渡されてたけどあまりに重すぎて捨てた。剣だけでもこんなに重いのに、やってられるか。

「準備は整いました。魔物は街の近くをウロついているようです」
「知ってるって……。俺が無理そうだったら、後は頑張れよ」
「いえ……その、お恥ずかしい限りなのですが、魔物との実戦経験は我々駐屯兵は無いのです」
「はぁ!? 何いまさらぶっちゃけてんだよ!」
「面目次第もございません……」

 もし魔物とやらがいたとしてもこいつら兵士共に任せておいて、俺はどこか逃げまくってればそれで大丈夫だと思ってたのに。
 あまりに予想外だ。これだから駐屯兵止まりなんだよ。使えねぇ野郎達だな……。クソほど力だけはあるくせしやがって。

「ま、まあ何とかなるだろ。結構数もいるじゃん? 魔物も怯えて逃げ帰るんじゃねぇの? は、はは……」

 渇いた笑みしか浮かべない。出る汗ももうない。何だこの異常な緊迫感は。
 兵士は俺を除いてでも10人ぐらいはいる。これだけいれば何とかなるだろう。魔物とやらがどんなものか全く知らんけど。

 俺含め兵士達は城から出撃し、魔物が出たという場所に向けて街中を歩いていた。
 避難勧告が出されたのか、先ほどまでとはまるで雰囲気の違う無人の街中を行進していく。
 てか、どこにいるんだよ魔物。さっさと出てくるなら出て来いよ。こっちは疲れてんだよ。この革靴、サイズちょっと小さかったら実は少し痛いし、鎧も何だか動きにくくて正直言って邪魔すぎる。

「早く終わらねぇかなぁ……ぁ?」

 何だあれ。何か角のところに……何か生えてないか?
 魔物が出るという街外れに行く道中、その道の角に何やらふわふわした毛の生えた長いものがひょこひょこと動いていた。
 あー……もしかして、何かの動物か? 生えてるわけねぇもんな、街角にこんなもん。見れば見るほど尻尾だな、こりゃ。色合い的に……虎っぽい感じがする。虎ぐらいなら、この人数で攻めれば——

 様々な考えが過ぎった最中、更に気付いてしまった。

「……? どうしましたか? 救世主様?」
「……なぁ、おい」

 もはや、救世主と呼ばれることも構わない。いや、構う余裕が強いて言うならば、無かった。
 ひょこひょこと目の前を動く尻尾は、"一つじゃなかった"。

「ここらへんの動物の尻尾って、一本だけじゃなくて……"五本"も存在すんの?」

 ひょこひょこなんて可愛らしい。もう5本も色違いの尻尾が動いていれば、それはうねうねだ。うねうねうねうねと、俺のほんの数メートル先で蠢いている。
 
「いえ、普通は一本です。もし五本もあるとしたら、それは"魔物"ですよ」

 あっはっはっは、と実に朗らかな笑顔とご一緒な兵士一同。

「いやバカお前ら笑ってる場合じゃ——!」
「ひああああ! ま、魔物だぁぁ!!」
「だから言っただろ! 魔物だろ——! って、え?」

 兵士達が驚愕のあまり腰を抜かしていたり、俺の真後ろを指さしながら震えている中、俺は後ろをとりあえず振り返ってみた。
 黄色く、または所々に黒い分厚い毛皮を全身に覆い、ごつい筋肉が凝縮されたように見える強靭な体、そして黒光りする鋭利な爪と五本の様々な色が染色された尻尾、4、5mは優に超す巨体。
 そんな強烈な印象を与える部分があるにも関わらず、俺にはどうしても目が離せない部分があった。

「がる?」

 猛獣の声だけど何か可愛い発音で鳴くこいつの目は——まさにピュアすぎた。マジメルヘン。何だこいつの瞳は。これが億千万のピュアな瞳かよ。これほどまでにキュンとする瞳は初めてだ。どんだけピュアな子犬の瞳でも騙されなかった俺が、この瞳だったら騙されそうだ。いや、騙されてもいい——けど、何でこいつ二足歩行なんだよ。

「き、救世主様! 早くお、お逃げに……!」
「バカかよ、お前ら……! 何を逃げる必要がある?」
「な……!」

 俺は振り返らず、逃げるように求める兵士の声を受け入れず、ピュアな瞳を持つ子猫ちゃん(※魔物)を前にして、怯まない。

「こんな……! こんなにもピュアな瞳を持った子猫ちゃんが魔物なわけ——!」

 ぶんっ。と、一閃。
 ただそれだけのことだったのに、俺のすぐ近くにいた兵士が吹き飛んでいた。

「——え?」

 真横から凄まじい風と、そしてごつい体を持った子猫、じゃなかった。化け物が黒光りした爪を兵士に向けて薙ぎ払っていた。
 化け物によって弾かれた兵士は民家の壁に激突し、その腹部は爪によって鎧ごと抉られ、血が腹部全体を赤く染めていた。

 あれは、血糊じゃない。俺の頬に当たった、この血は血糊じゃない。この世界はフィクションじゃない。夢じゃない。どこぞのテーマパークでもない。


これは"現実"だ。


「う、うわぁぁああああああああああ!!」

 ようやく、俺は目の前の現実に向き合ってしまった。
 何となくもしかしたらこうなんじゃないかと、わずかばかりの期待をこめていたそれは目の前にいるピュアな瞳を持った化け物によって壊されてしまった。
 俺の体に付着した血は、俺の血ではない。先ほど吹き飛ばされた兵士の血だ。そうだ、この化け物の爪で蹂躙されれば、俺もあの兵士のようになってしまう。そうだろう、はは、バカだろ。ふざけんなよ、何だこれ。何だ、これ。何だ……よ、これ。

「な、何なんだよ……ッ! ふざけんなよぉッ!!」

 俺の声に反応した化け物がこっちをチラリと見るが、気にせず俺の後方にいた兵士達に向けて爪を構えた。

「ひ、ひぃっ! ば、化け物ぉっ!」

 兵士の何人かが震えながらも剣を化け物めがけて刺しにいく——が、刺す前に爪によって弾かれ、また一人と爪で鎧ごと肉体を抉られていく。そのたびに血が辺り一面を塗らしていった。

「は、はは……」

 渇いた笑みしか浮かべれない。この状況がまるで理解できない。
 魔物って、街の中じゃなくて街の外にいるはずだろ? 何で普通に街の中歩き回ってんだよ。
 で、兵士。お前ら弱すぎだろ。何で歯が立たないんだよ。俺にはバカみたいな力で抑え込めれるのに。おい、もう最初の時の半数ぐらいしかいねぇじゃねぇか。
 このままだと、死ぬ。俺は死ぬ。死んでしまう。この化け物に殺される。嬲り殺しにされるに違いない。あの鋭い爪で俺は瞬く間に殺されてしまうんだ。こんな、わけわからんところで。
 助けてくれ。誰か、助けれるなら助けてくれよ。

「き、救世主様ぁっ! このままでは、やられてしまいます!」
「黙れ……!」
「うわああ!! 救世主様! どうかお力を!」
「やめろ……!」
「救世主様! 救世主様!」
「やめてくれ……! やめろ……!」

 耳が痛い。頭が痛い。
 俺に助けを求めるな。誰が救世主だ。俺は、救世主なんかじゃねぇ。俺は、ただの——

『お前さ、気味が悪いんだよね。居ても居なくても分かんねぇっつうか……』
『クラスの邪魔? ていうか、空気を乱すようなことばっかしてんじゃねぇぞこら』
『お前マジで、影ねぇよな。幽霊みたいで薄気味悪ぃ。どうせなら、どっか行ってくれよマジで。お前と同じ学校で卒業とか勘弁してくれねぇかな』

 居ても居なくてもいい。そんな、どうでもいい人間だ、どうせ俺は。
 目の前で兵士が俺に助けを求めていても、これが現実だったならば俺に特別な力があるわけでもなし、ましてや体力も腕力もそうだ。人より何が優れているわけでもなく、ただ周りに合わせながら生きていただけに過ぎない……そんな俺を、救世主? 笑わせんなよ。
 逃げよう。俺がこの場で生き残る為には、それしか方法がない。そうすることでしか、俺は生きることが出来ないのだから。勇気を出して戦ったところで、そこで死ねば何もかもが終わりだ。俺は間違ってなどいない。間違ってなんか……

「うわああ! 助けてぇぇ!!」

 また一人、兵士が襲われそうになっていた。構わない。俺はもう決めた。俺はこういう人間だ。それは前から分かっていただろう? ……ほら、動けよ、俺の足。分かっているなら——なんで俺の足は動いてくれないんだ?

「うわああああ!!」

 二度目の叫び声。そして振り下ろされる黒光りの爪——

「おりゃっ!」

 爪は、兵士を切り裂かなかった。その直前に、何者かの掛け声と、そして化け物の尻尾を踏む一つの影。
 そこにいたのは、いつぞやのフードを被った少女だった。しかし、今度はフードを被っていない。淡い栗色のショートヘアーが揺れ、大きな瞳が薄い青色をほのかに彩った、えらい美人がそこにいた。

「がるるぅぅ……」

 ピュアな瞳を少女に向ける化け物。爪は兵士を切り裂く寸でのところで止まっている。
 化け物に見下ろされているというのに、少女は怯むことなく睨み返し、挙句の果てには、

「いい加減にしなさい、この……!」

 再び、別の尻尾を思い切り踏んづけた。

「がるるるぅぅっ!!」

 それにはさすがの化け物もキレたのか、完全に後ろを振り返る。その反動で尻尾が少女の足元から抜けて少女は後ずさった。

「う……!」

 あそこまで怒らせておいて、少女はもう何も出来ないといった感じに座り込んでしまった。力が抜けたのかどうか分からないが、あのままだと完全に化け物の爪の餌食になることは間違いない。
 おい、誰でもいいから助けてやれよ。命助けてもらった兵士、お前立ち上がって助けてやればいいだろ。お前も助けてもらったんだから。
 よく見てみると、兵士は皆傷だらけだった。なんだかんだ言って立ち向かったものや、何も出来ずにただやられた奴もいる。けど、皆傷だらけだった。
 そして、少女は助けようとした。そんな兵士達を、非力だと分かっていながら、助けようとしやがった。何してんだよ、っていつもなら叫ぶだろう。けど、そうすることが出来なかった。かといって、逃げることも、何故か俺の足が言うことを利かなかった。

「何、してんだ。早く、逃げろよ」

 少女に迫り来る化け物。俺はそこからほんの10メートル程度の場所から小さく呟いていた。

「はは……殺されるぞ、そんなことしてたら。俺みたいに、逃げてればそんなことなかったのによ……」

 拳に力が入る。震える。何故か震えるその拳を、必死で押さえつける。

「がるるる!!」
「あ……ぁ」

 少女は弱気な声を出す。化け物を前に、何も出来ない。何もすることが出来ない。何も、そう、何もだ。
 ……俺は、何してんだ? 一体俺は、こんなところで何をしている。俺が手に持っているのは何だ。剣だ。これで戦う。戦う? バカ言うな。負けるに決まってる。負けるに、決まって——





 突然、俺は走り出していた。

「うわああああああ!!」

 無我夢中で、何が何だか分からないまま、剣を引き抜き、握り締めて、必死で振りかざして、それで

「がう」

 ただ一言。その一言で化け物に、まるで虫を払うかのように、俺は吹き飛ばされた。
 痛ぇ。なんだこれ。血? 嘘だろおい。何してんだ俺。鎧が粉々になってる。どうなってる。何で逃げなかったんだよ、俺。何で立ち向かったんだよ。どうして。どうしてだ。

 痛みが、全てを麻痺させる。色々思っても、しでかしてしまったことはもう取り戻せない。俺、死ぬのかな。痛すぎて、声も出ないし。血出すぎだろこれ、はは。

 目の前に、化け物の姿があった。こいつ、俺に標的を変えやがったのか? まあいいや、これで、一人は助かるんじゃねぇの? あの少女。あいつ、初対面最悪だったけど、まあいいや。何故か、助けたくなったからさ。もういいんだ、これで。悔いはない。悔いは——

 ……うん? 待てよ。
 俺がここで死ぬとする。死ぬとして……それで、現実の俺はどうなる?
 もしその結果、現実の俺が消えたとしても、誰も悲しまない。親ぐらいは悲しむかもしれんが、クラスメイトの誰一人して俺のことを何も思わないだろう。上っ面で仲良くしてた奴らのことは知らんけど。
 何より、児島とか。あいつに同情されるの? で、またあいつの人気上がっちゃうの? え、それ俺利用されたの?
 ……待て待て、ふざけんなよおい。何で俺が死んでまでお前に利用されなくちゃならん。ふざけんなよ、この野郎。
 死んで、たまるか。死んだら何もかもムカついてくる気がする。どうせなら、そうだな。児島だ。俺は児島がムカつく。生きて帰ってこれたのなら、俺は——


「児島をぶっ倒してやらぁぁああああああ!!」


 血だらけのまま体を起こした俺に、黒光りした爪が上空から襲いかかってきていた。 

Re: ※救世主ではありません! ( No.8 )
日時: 2013/08/25 18:44
名前: 朝陽昇 ◆5HeKoRuQSc (ID: Drat6elV)

 あ、やばい。死ぬわ。
 児島に対する劣等感で何とか起き上がったけど、無理だわ。よく考えたら、俺の腹部とんでもなく血塗れだし、いつ臓器が零れてきてもおかしくねぇし。大体、俺ってばもぶきゃらだし。所詮その程度の扱いってことで、はい人生終了——
 なんて、赤い光が目の前に姿を現したかと思いきや、突如響き渡った金属音によって俺の思考は遮断された。
 突然なんだよ。俺はそろそろおねむの時間に——

「っ、は?」

 再び目を開けると、俺の手にはいつの間にか剣が握り締められていた。
 先ほどまで、重いと感じていたそれ。化け物に攻撃しようと振りかざしたそれ。それが何故か俺の手元に握り締められてて、なおかつその剣で身に降りかかろうとした化け物の爪を受け止めていた。
 爪は鋭く、もう少し剣を傾ければ剣の方が折れてしまいそうなほどその爪は俺を切り裂こうとしてきている。
 ていうか、そもそもどうして俺はこんなことになっている? 起き上がった直後に剣を持って、さんにーいちの合図も待たず、即座に襲い掛かってきた爪を防ぐ、なんて芸当は無理だ。絶対に無理。まず、手を動かそうとしてもいなかったうえ、目も瞑ってたんだぞ? それなのに、ありえない。
 一体何がどうなってる?

「あの赤い光……! もしかして……!」

 少女が少し離れた距離から何か言ってるが、今はそれどころじゃない。少女の声よりも、ものすごい鼻息の音と、そして攻め寄ってきやがる爪を回避するのに精一杯だった。

「うぉりゃっ」

 ギリギリ身をよじらせて爪の悪夢から逃れる。それと同時に化け物も危機感を感じてくれたのか、俺から距離をとった。
 剣を見ると、刃こぼれはしてるが折れることはなかったようだ。それでも刃こぼれをしているところを見るに、やはりあの爪はそれなりの斬れ味を兼ね備えているようだ。
 この剣じゃおそらく、次にまた爪を受けるとなれば折れてしまうだろう。なので早急に武器を替える必要がある。
 俺の近くで傷を負って寝ていた兵士の剣にさっさと持ち替えた。
 やっぱりこの剣重い。両手で持つのが限界だ。あの攻撃を防げたのもまぐれだろう。次がきたらやばい。

 そういえば、こうしている間にも不思議に思うことがあった。
 理屈は分からないが、痛みを感じていないことだ。腹部を見てみると、赤い血で染められてはいるけど、傷が開いているとか、そういう感覚は一切ない。
 痛覚がなくなっているのか? 普通なら痛すぎてぶっ倒れてるよな。こんな痛み、経験したこともないし。……もしかして、児島への憎しみで痛覚が一時的に消えた?
 ——そうだとしたら、どんだけ児島を恨んでんだよ、俺。

「ぐるるる……!」

 様子を見ているのか、化け物がうなり声をあげてピュアな瞳は変わらず、俺を見続けている。これからどうするべきか……。俺ってば、十分役目を果たしたような気がする。そろそろ別の奴にバトンタッチしたいところだが……。

「救世主様! 頑張ってください!」

 とか何とか、少し擦り傷をつくった程度の兵士が俺に向けて、

「エールを送るんじゃねぇよ! 救世主じゃねぇって何度言ったら分かる! ていうかてめぇ、働けよ! こっちは必死で……!」
「き、救世主様! 危ない!」
「ッな!」

 速過ぎんだろ。俺と距離空いてたクセして、何でそんな簡単に、すぐに俺の目の前まで移動できるんだよ! それとそこの兵士! 危ないとか言う前にお前も加勢しろ! 何で勝手に傍観者になってんの?
 しかし、状況はもうそんな愚痴を言う暇も無かった。俺が気付いた時には爪はすぐ目の前まで襲いかかってきていた。これは本当に無理だろ。無理——

「だぁああああっ、ってええええ!?」

 何か掛け声みたいなの出しちゃったけど、またしても俺は剣で爪を受け止めていた。それをこなした俺自身が一番びっくり。マジで、何か能力目覚めたりでもしたの? って心の奥底から自分に是非聞いてみたい。
 ——とか冗談言う前に再び横からもう一撃。そういえば腕は二つあるんでしたね!

「くそっ、ぉぉおおおお!」

 自分でもどうやったのかいまいち理解できないまま、身をくねらせ、剣に引っかかった化け物の左手をスライドさせ、右手が襲いかかってくるコースに上手く運んだ。
 爪と爪が合わさり、鋭い音を鳴らして交差する。間一髪、俺の真後ろを爪が通っていた。

「がるるっ!」
「だああ! まだきやがるか!」

 化け物が爪を更にスライドさせて、俺を切り刻まんとする。が、そこに手に持った剣で防ぎ、俺が捨てておいたボンクラの刃になった剣を思い切り爪ではなく、毛皮のところに叩きつける!
 切り刻むというものではなく、感触は固いものを叩いた感じ。けれど、刃は少し身にめり込み、毛皮を抉って血を垂らした。

「グゥォォッ!」

 明らかに違った鳴き声で怒りを表す化け物。やっぱりこの程度じゃ、怒らせただけにしかならないか。
 そそくさと化け物の傍からダッシュで逃げる。それだけでも息が切れる。情けないとは思うが、とりあえずあの場から逃げ切れただけでもまだマシだろう。

「はぁ、はぁ……そろそろ、勘弁してくれよ……!」

 俺にしては奇跡的な行動が続いて何とか逃げ切れたが、さすがにもう無理だ。武器は今はねぇし、次にあのスピードでまたこられたらもうどうすることも出来ない。一発で俺は真っ二つにされ、人生終わりだろう。
 じゃあどうする。ここで逃げるか? いや、でもキレさせた時点で俺を執拗に追ってくるんじゃないのか?
 迷いに迷う俺。相手の様子を窺いつつ、とりあえず武器はないかと辺りを見渡す。
 しかし、その間に化け物は俺の予測を簡単に覆した。

「あ……?」
「え……」

 俺の呆けた声と、少女の声が重なった。既に部外者扱いと思われた少女は化け物のすぐ近くにいた。
 そこから逃げる勇気もないのか、少女が立ち止まっている。その間に、化け物は少女に気付いた。おい、まさか。

「グルァァッ!!」

 まさかのまさか。化け物は俺ではなく、少女に雄叫びをあげた。
 この野郎、相手は誰でもいいのかよ! それにそこのバカ娘! 俺がせっかく逃がしてやったのに、何で逃げてないの? ねえ、バカなの? 死ぬの?

「あ、あ! 救世主様!」

 で、お前は黙れ! 何が救世主様だよ。お前が助けにいけばいいだろ、兵士。
 俺はそんな文句を口出すほどの元気も無かった。体力は自信が全く無い。正直、ギブアップしたい。
 青ざめた顔をした兵士が少女と化け物の方を指して情けない声を出している。バカか、本当に。ひょっとして、俺以上にロクでなしじゃないのか?
 その間にもずんずんと化け物は少女に近づいていく。

「こないでよ!」

 少女は必死にそこらにあるものを化け物に投げつける。バカ、それだと逆効果だろ。
 そこで、俺は応援しているまぬけ兵士の腰らへんに剣があることを知る。何だよ、お前武器もってんじゃねぇか……!

「おい! そこのバカ野郎!」
「き、救世主様! は、早くしないと……!」
「だから、救世主じゃねぇ! ……クソッ。そんなことは今はどうでもいいから、その剣ちょっと貸せ!」
「は……剣?」
「お前の腰にぶら下げてるそれだよ! さっさと渡せバカ!」

 思わず言ってやったが、もう仕方ないだろう。今ならどれだけ肉体がごつい奴でも俺は敵う気がする。
 まぬけ兵士から投げ込まれた贈り物をキャッチする。案外簡単にとれたな。俺なら落とすと思ったんだけど、何だか今はそんな感じじゃないぞ。
 ミスをしない。俺は弱くないと自然に思える。こんな気分、初めてだ。

 剣をおもむろに引き抜き、構えながら走る。バカめ、あの化け物少女に夢中だ。距離は数十メートルってところだが、何とかいける。間に合う!

「ガルルルッ!!」
「ぁ……」

 化け物のうなり声と、少女の気弱な声が聞こえる。
 化け物は爪を大きく掲げ、五本も無駄にある尻尾を蠢かせた。

「ガルル!?」

 と、そこで俺の方にターンバック。あらこんにちは、ピュアな瞳の子猫ちゃ……じゃねぇ! こっちに気付きやがったが、もうそれも遅い。既に俺は上空にジャンプし、剣を振りかざしていた。
 そして——

「うぉぉおおおお!!」

 赤い光が再び瞬いたと思いきや、いとも簡単に俺は化け物の顔面から一直線に斬りつけた。案外柔らかい感じ。さっきの固いものを叩きつけるのと全然違う。斬るべくして斬れたような。
 何秒後かまでは覚えてない。程なくして、ゆっくりと化け物は倒れていった。

 ……って、待て。勢いに任せて後ろに化け物が倒れたってことは、少女がその下敷きに——!

「ふう。危なかったわ……」

 普通に回避してた。

 何だよ、こいつ……心配損だったわ……とか思ってたら、眠気が急に襲ってきた。何だこの疲労感。力が抜けて、立てない。地面に倒れたことも、よく分からない。後はどーにでもなればいいって感じだ。
 ふわふわしてんなぁ……あはは、気持ちがいいや……このまま寝てしまったら、きっと良い感じの夢が……。元の世界に、戻れるような気もするぞ……。
 ていうか、さっきから腹部が猛烈に痛い。あ、そっか。俺重傷だったな……。いてぇ、いてぇ……しぬな、これ。


「き、救世主様ぁっ!!」


 だから、俺は。
 救世主じゃねぇっての。

Re: ※救世主ではありません! ( No.9 )
日時: 2013/08/24 17:30
名前: このは狸 (ID: LGWwjQHc)

普通に面白い!
ピュアな子猫ちゃん(※魔物)に吹きましたw
執筆応援しています!

Re: ※救世主ではありません! ( No.10 )
日時: 2013/08/25 21:17
名前: 朝陽昇 ◆5HeKoRuQSc (ID: Drat6elV)

 救世主とは、人類を救う存在のことらしい。
 でも、実際に人類を救う、つまり世界を救うことは可能なのかと思ってみれば、無理じゃねーかと思う。
 人生、始まるも終わるも自分でコントロールできんし、救世するにもそれなりの事情のある世界がなくちゃ活躍さえさせてくれない。
 例え願ったところで、助けて欲しいと救世主の登場を待ちわびたところで、一体何になるかといわれれば、おそらく現状は何一つ変わらないだろう。
 で、要するに言いたいことは、自分の力で何とかしやがれってことを暗黙の内に、それが基本で世界は出来てるんじゃねぇかと。

 都合のいい存在はそんな毎回来るわけねぇ。期待されててもどこかでヘマすりゃそこで終わりだ。先ほどまでチヤホヤしてたクセして、すぐに手のひら返して嘲笑う。そういう風に、出来てしまってる。
 だから、ただ単純に神様お願いです、と困ったときは神様頼みをしている連中が俺は許せない。何一つとして自分で背負うこともなく、覚悟もなく、ただ神に祈るだけ。自分じゃどうすることも出来ないからだ。

 でも、俺は違うね。俺はそんな無様な存在にはなりたくない。むしろ、逆だ。
 どれだけ憎まれようが、どれだけ蔑まれようが、神なんて曖昧なものに頼まないし、救世主だって望まない。

 俺が願ったところで、何一つとして神様やら救世主は救ってくれたことがない。俺のような、どうでもいい存在はこの世界に居ても居なくても一緒なんだと。
 救世主という存在そのものが、俺のような存在を否定しているような気がするから。
 だから、俺は救世主が嫌いになった。いつの日からだったか、それはもう覚えていないけど。






 目が覚めた。
 夢を見てたわけじゃねぇけど、何か結構寝てた感じだ。よくある展開で、漫画やアニメに戦闘した後、急激な疲れで何日間も寝込むってのがあるけど、もしかして今その状況か?

 よく周りを見渡してみると、場所は豪華な客室のようだった。といっても、広さは俺ん家よりも遥かに広い。この部屋の間取りだけで俺の家の坪は余裕で越されるだろう。比べるものがおかしい気もするけど。
 で、その中にあるこれまた豪華なベッドに俺は寝ていた。何だこのふわふわな感触。今まで体験したこともないような、とにかくふわっふわしている。どういう生地使ってんだこれ。
 
「いっ……!」

 体を少し起こそうとすると、痛みが腹部に響いた。一瞬だったが、強烈な痛みが鋭く奔る。
 あぁ、そうか。この痛みで我に戻ったけど、俺って今、異世界にいるのか。このふわふわなベッドも、現実のものじゃなくて、別の世界のものなのか。
 ——それで、俺は今、生きてんのか。

「——目が覚めやがりましたか」
「ってうおぉぉおおお!! ぉぉ、お! い、いぃ、いてぇぇええええ!!」

 突然、ベッドのすぐ隣から何者かに声をかけられて俺の腹が、腹から、血が、あぁ、あああ……!

「問題ねぇです。そこまで気にするほどの重傷でもあるまいし、ぎゃーぎゃーと鬱陶しい喚き声を出されるこっちの身を考えてみると、慰謝料ぐらい払ってもいいんじゃないかと思いやがってください」
「おま、え……! どっ、から……現れた……!」
「ずっとここにいましたが、それさえも気付かないのならとんだ間抜けな野郎ですね。いっそ傷口が完全に開いて死んでしまった方が楽なんじゃねぇですか?」

 やたらと言い方に棘がありまくるな……。腹部からの激痛はこいつの言ったようにすぐに治まっていった。どうやら一時的なものらしい。けど意識飛びそうになるほど痛かったぞクソッタレ。マジでやめれ。
 と、ここでこいつの容姿を落ち着いて確認する。
 フリフリの黒を基調としたエプロンドレスにヘッドドレスやら何やら……簡単に言えばメイド服ってやつ(?)を着ていた。それを着ているということは、おそらくここのメイドなのだろうと思う。……とか普通に言っちゃってるが、結構テンションがやばい。異世界って認めてるところがあるから何とかなってるけど、メイドとか初めて生で見た。

 ほのかに紫色をした首の根元辺りまでしかない髪がふんわりヘアーでまとまっている。その上にちょこんとヘッドドレスをつけて、前髪は眉毛辺りしかない。
 見た目的に、20前後といった年頃の女に見える。無表情で無愛想でも整った顔が年上の風格をどことなく漂わせているのだろう。

「……なんですか、じろじろ人の顔を見て。正直に申し上げてやると、めちゃくちゃ気持ち悪い。いや、キモい。その顔をぶちのめしてやりたくなるので、そろそろ顔を背けてください」

 ……クソ口が悪いな、このメイド。しかも無表情でそんな言葉をづけづけと言われるもんだから、こちらのメンタルが結構削られる。そして何故気持ち悪いをキモいと言い直した。同等の意味だろ、それ。
 とりあえず目線をメイドの顔から外し、傷が危うく開いたかと思った腹部を労わりながら不本意にもメイドと話を続けることにする。

「で……ここはどこだよ」
「エクリシア王国の中枢部分に位置する大王国の一つ、ティファリア王国のティファリア城内部、客人の間その21の一つでありますが……何か問題でも?」
「いや別に問題はないけど! でも強いて言うなら問題あるけど! ていうかどんだけ客室あるんだよ!」
「後半は少々ジョークを入れましたけど……何か問題でも?」
「もしかしてケンカ売ってる!?」

 だああ、また声を張り上げたら腹に痛みが……! クソ、俺がこんな状態でなければ、このメイドめ……俺が徹底的に指導してやるわ!
 と、心の中で色々考えつつ、腹部を押さえつつ、会話を続ける。

「結局、俺はどうなった? 何かよく覚えてないんだ」
「出来の悪い頭はこれだから……まあいいでしょう。教えてやるから、飾り物の耳を全集中させて聞くことです」

 うん、色々ムカつくけど、まあいいや。今はもういいよ。うん。
 
 メイドが話した内容は単純な流れだった。
 魔物を倒した俺は腹部の損傷が激しく、すぐに治療を行う為に城に戻った。で、半日寝た程度であっさり回復しやがりました、と。
 ……全然何日も寝込んでねぇ! それどころか一日も経過してねぇ!

「……毎度毎度、その気持ち悪い顔をしていると思ったら酷く残念な人のように思えてきました。何だか失礼なことを言って申し訳ありま——」
「それで謝られる俺の立場は何だッ、ぁ、あ、ああああ! うああああ! いてぇぇええええ!」

 こ、こいつ……! わざとやってんのか、もしかして。だとしたら相当タチが悪いぞ。俺がつっこみを入れること前提で話していやがったらマジで、とんでもない悪女だわ。
 息切れしながら汗だくで腹部を押さえる俺とは違い、全く表情を変えようとしない無愛想なメイドはただ突っ立って俺を見下している。わけわかんねーよ、この状況。

「はぁ、はぁ……まあいい。で、俺は無事生きてるわけで……そうだ、あの小僧呼んでこいよ」
「小僧? 誰のことか全く存じませんが、貴方如きに小僧と呼ばれるとなると、その方もさぞ悔やまれることでしょうに。……それで?」
「お前は嫌味一つ口に出さずに物事を喋れないのか……? ったく、あの眼鏡をかけた奴だよ! 俺をこの世界に召還したとか言った奴だ!」
「あぁ……なるほど。その方は——」

 と、メイドの言葉を遮ってドアが開く音が部屋の中に響いた。
 それから部屋の中を闊歩する音が聞こえる。先ほどまで無愛想を貫き通していたメイドが俺から目線を変えて入ってきた者に向けると、数秒もかからずに頭を下げてお辞儀をした。

「メルティー、ご苦労さま」

 どこかで聞いたことのある声だった。ベッドに寝転んだ状態だと、メイドが邪魔して見えない。
 メルティー、というのはおそらくこのメイドの名前だろう。無愛想で毒舌のクセして可愛らしい名前しやがって。
 そういえば、このメイド、名前も名乗らなかったなこの野郎。ま、それは俺もだからどうでもいいけど。
 次第にその足音は近づいてきて、ようやくメイドが退き、その姿が俺の目に映り込んだ。

「目覚めたみたいね?」

 そこに立っていたのは——えらい美人だった。
 ていうか、正体はフードを被ってた少女だ。そいつがちゃんと綺麗な服を着て、女の子って感じになってる。結果、その可憐な顔も一層際立っているというわけだ。
 更になんといってもこのボディーライン。出ているところは出ているそのボディーにこの美しさ。現実では見たこともないような美人が今目の前にいるわけだ。
 で、その美人が俺に声をかけてきた。これはあれか、俺に助けられて惚れたってことか? もしかして、このまま俺とベッドでイチャイチャと——!?
 一つ咳払いをし、声を整える。よし、いける。出来るだけ愛想のいい表情と声で言う。

「ああ、目覚めたよ。怪我はなかったかい? 何より俺は君の為に——」
「何であんたが私の宝石持ってたのよ!!」
「…………はい?」

 まあ、素敵。と言われ、柔らかい笑顔でラヴコールされるはずが。代わりに凄い形相で怒鳴られていた。
 俺はこいつの命を救ってやったはずなのに、何故か責められていることに数秒経ってようやく気付いた。

Re: ※救世主ではありません! ( No.11 )
日時: 2013/08/25 22:13
名前: 朝陽昇 ◆5HeKoRuQSc (ID: Drat6elV)

>>9
 コメントありがとうございます。
 普通に面白いと言って頂き、もう何て言ったら良いか……。
 ありがとうございます、嬉しくてたまりません。
 目って不思議ですよね。どんだけ外見ごつくても、スキンヘッドでいかつくても、目が可愛ければキューピーみたいに見えなくもないですしね……。

 応援ありがとうございます。
 一定の時間帯に投稿出来るように頑張りますっ。これからもどうかよろしくお願い致します。


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