複雑・ファジー小説

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Another Re;ality
日時: 2013/09/02 05:28
名前: タツキ (ID: cs0PNWSr)

Episode 0 —prologue—

彼女の“想い”は。彼の“未来”は。彼の“命”は。
“すべて”を巻き込み姿を変えて、“セカイ”を殺す為の刃に成る。
「……さぁ、最終戦だ。」
そう呟いたのは、一体誰だ。

目覚まし時計のけたたましい音が部屋中に鳴り響いている。
「うるさいな……」
誰に言うでもなく独り言のようにそう呟くと、俺は上半身を起こして乱暴に目覚まし時計のアラームを止めた。
確か、今日は何か予定があったはずなんだけどな。
予定を記した手帳を探すのも面倒になって、俺は起こした上半身をまた倒して目を閉じようとする。
季節は冬の中頃に差し掛かり、吐く息は白い。

——和奏わかな

 そうだ。今日は和奏とデートの約束があったんだ。約束していた時間は確か、午前10時30分だったか。
「今何時だよッ!」
俺は急いで目覚まし時計へと視線を戻す。現在時刻は午前11時25分。既に約束の時間から55分の遅刻だった。
「ヤバいヤバいヤバい……」
呟きはループし、更に胸の中の焦りを募らせていく。
急いで服を着替え、必要最低限の物だけを持って俺は家を飛び出した。
 和奏と待ち合わせをしていた公園までは家から自転車でおよそ30分程かかる。
つまり、今からどれだけ急いでも待ち合わせの時間から1時間30分以上遅れてしまう、ということになる。
「和奏、怒ってるんだろうなぁ」
そう呟きながらペダルを漕ぐ足は、重い。
約30分の間、俺は溜め息を漏らし続けながらペダルを漕ぎ続ける。
 待ち合わせ場所の公園に辿り着いたのは12時になる寸前だった。公園の入り口に自転車を置くと、そのまま中へと走って行って和奏の姿を探す。
公園の中央にある、待ち合わせ場所によく選ばれるどこにでもありそうな銅像の前に、案の定不機嫌そうな顔をして和奏は立っていた。
「まずは謝らないとな……」
距離はまだ遠い。俺はそっと呟いてゆっくりと歩きだす。
 和奏は苛立った様子で腕に巻いた腕時計を何度も確認している。
そういえば、腕時計を付けてくるの忘れたな。なんて、どうでもいいことを今思い出して苦笑いしながら、俺は君の横から近付いて後ろに回り込み——

 そしてチョップする。

「……へ?」
おかしな声を上げたのは、和奏ではなく俺の方だった。
たった今和奏にチョップをくらわせた自分の右手をまじまじと見つめ、そして和奏へとゆっくり視線を戻す。
 君は、怒りに満ちた瞳を、俺に向けていた。
「ごめん。ごめんなさい。申し訳ないです。」
すぐさま和奏に向かって頭を下げると、そのまま頭を下げた姿勢で固定した。
すると、下げた頭の上で溜め息を吐く音が聞こえる。
これは、本気でやらかしてしまったんじゃないだろうか。そう思って俺はゆっくりと視線を頭上へと上げていく。
でも、そこには和奏の潤んだ瞳があって。
不意打ちな君の可愛さに、俺はどうする事も出来ずにただオロオロしてしまう。
「なんで遅れたの」
「ごめん、寝坊して」
「心配したんだよ?」
「ごめん」
「許さないから」
そう言って君は俺の服の裾を掴む。
これって、ドラマとかだとキスシーンのタイミングだよな? キスしていいんだよな?
突然の出来事に頭は完全にパニックを起こして、制御ができなくなる。

 俺は、ゆっくりと君に、唇を近付けていく。


「うぅぉぉらぁああッ! ストップゥゥッ! なにちゅーしようとしてんの? 死ね! この童貞ッ!!」
 俺と和奏の間に流れた微かな甘い雰囲気は突然の怒声によって打ち壊される。
怒声のした方向に視線を向けると、そこには鬼のような形相をした沙耶乃さやのが立っていた。
「もう本番まで時間ないのよ? この馬鹿は何考えてるの!?」
尚も沙耶乃は俺に向かって怒声を上げ続け、もう一度「死ねッ!」と吐き捨ててそっぽを向いてしまう。
「まあまあ、沙耶乃落ち着いて。綾人あやとが死んでしまっては誰が脚本を書くんですか?」
ゆうがそっぽを向いた沙耶乃をなだめながら、コッチに向かって微笑みかける。
「さぁ、練習もいったん終わりましょうか」
体育館に視線を巡らせ、悠が言い放った。
 そう、これは『練習』なんだ。
俺が寝坊したのも。自転車を漕いだのも。公園で待ち合わせたのも。
和奏とデートするのも。もちろんキスだって。
全部、演劇部の練習なんだ。
季節は確かに冬の中頃、12月の23日だ。だけど今は昼の12時ではなくて晩の7時を過ぎたところ。そして俺達がいるのも公園などではなく、無駄に広い体育館の中。
俺達は『演劇部の部活動』の真っ最中だった。
「はぁ……」
沙耶乃の溜め息が、少数の部員だけでガランとした体育館に響く。
「今日はもういいわ。また明日集まりましょう。綾人、明日キスしようとしたら殺すから」
最後に俺に向かって釘を刺しながら解散の声を放つと、後片付けもそこそこに沙耶乃は姿を消してしまう。
苦笑いする悠と、諦めた様子の和奏との3人で後片付けを済ませてしまうと、“いつも通り”に、俺は和奏と2人で家路に着く。

 俺は、和奏に恋をしている。
中学の頃からだから、もう3年は片想いのまま続いているのか。
この想いを実らせたい、なんて思いが俺の中には少なからず、ある。
でも、その気持ちと同じくらい、和漢との関係を壊してしまいたくない気持ちも、ある。
どうすればいいのか、それとも、もうどうしようもないのか。
そんなモヤモヤした気持ちを抱えたまま、俺は毎日を過ごしている。

「ねえ?」
帰り道に突然声を掛けられて、俺は考え事を中断して視線を隣にいる和奏へと向ける。
「なんだ?」という風に首を傾げてみせると、和奏は俺から視線を逸らしてしまう。
「あのね……、明日ってクリスマスでしょ?」
そう言って和奏は一歩前に足を踏み出していく。
 そう、あと一日。つまりは明日になれば忌むべきイベントの一つである『クリスマス』がやってきてしまうのだ。
俺はクリスマスやバレンタインなどのイベント事が“大”嫌いだ。
理由は簡単で『商社に祭り上げられた馬鹿なリア充共がこれ見よがしにイチャつく』から。
だいたい彼女どころかモテすらしない俺にとっては、そんなイベント事などただの迷惑極まりないだけな訳で。
「明日ね、つまりクリスマスにね……」
俺が頭の中でリア充を呪う言葉を浮かべていることなど露も知らずに和奏は言葉を続けようとしている。
「私とデートしない?」
だいたいキリストが生まれたからなんだというのだ。俺はキリスト教派ではないのに、何で一々祝わなくちゃいけないんだ。爆発しろ。
デート……?今和奏はデートと言ったのか?
デートって一体何だったか……
「でーと?」
あまりの事に俺の脳はパニックを起こし、思わず情けない言葉を投げかけてしまう。
「そ、デート。それとも……、私とじゃイヤ?」
まだ馬鹿な頭は全てを理解しきってはいなかったが、それでもこの誘いを断ってはいけないことだけは分かった。
「嫌じゃない!」
俺は首をもげるんじゃないかって程に横に振り、思考停止した頭でそう答えを返す。
「そう? なら良かった。」
和奏はそんな俺の挙動を見て笑うと、一歩踏み出した足を戻し、また俺の隣に立つ。
俺達は、いつの間に辿り着いていたのか、もう和奏の家の前に立っていた。
「明日が楽しみだね。」
俺に向かってそう笑う和奏が、酷く遠く感じた気がして俺はまばたきを繰り返すと、いつも通り傍にいる和奏に返事を返して、数件先の自宅へと返ろうと和奏に背を向ける。
 
この、何でもない『日常』が、この先もずっと、退屈を持て余しながらもずっと、続いて行くんだと思っていた。心の底から信じていたんだ。ホントに。

 今、この瞬間までは。


「綾人!!」
 俺の後ろで聞き慣れた声が叫び声を上げている。
それが和奏の声だと気付くのに時間はかからなくて。
後ろを向いた俺の視界に、和奏が映る。
黒いフードを深くかぶり顔を隠した人物に、後ろから細い剣でのような物で胸を貫かれた和奏の姿が。
和奏の胸から“ソレ”が引き抜かれて、そこから真っ赤な鮮血が溢れだしていく。和奏が地面へと倒れていくのが、なんだか酷く遅い。
 何も、理解できない。
今、和奏が刺された、ということも。黒いパーカーの人物が誰が、とか、何も。
 何も、理解したくない。
和奏の命が消えようとしていることも。交わした明日の約束も。

 ただ。薄れていく意識の中で、口からは声にならない悲鳴が溢れだしていって——


 荒い呼吸をしながら、俺は自室のベッドの上で目を覚ます。
枕元では目覚まし時計がけたたましい音を響かせている。窓から射す光は明るい。
俺は、震える視線を時計へと合わせる。
目覚まし時計は11月23日、午前7時25分を表示していて。

 季節は冬の中頃に差し掛かり、吐く息は白い。

Another Re;ality 01‐1 ( No.1 )
日時: 2013/09/02 05:36
名前: タツキ (ID: cs0PNWSr)

Episode1 —始まりの代償—

「……え?」
 最初に俺の口をついたのは情けない言葉だった。
今、俺の眼の前で和奏が殺される光景を見たと思ったのに。
和奏の胸に突き立てられた酷く細く、そして美しい剣。それを握っている黒いフードで顔を隠した人物。
「夢……なのか?」
呟いてから、自分が出した答えに疑問を感じて首を傾げる。
全ての光景がまだこんなにも鮮明に脳裏に焼き付いているのに。それを夢だと言ってしまうのはあまりに安直な結論のような気がして。
 そうだ。こういう時こそ現代文明の力を活用するべきだ。
俺はベッドの下に放り出されていた雑多な荷物を掻き分けて、その中から黒い二つ折りの携帯電話を見つけ出す。
 今時珍しい『ガラケー』と呼ばれるタイプの携帯電話。
周りがどんどん『スマホ』になっていくのに対して、俺はいつまでもこの黒い携帯電話を使い続けている。特に意味がある訳ではなく、単に機種変更するのが面倒なだけなのだが。あとメール打ち易いし。
 カチカチとガラケー独特のキー操作の音を鳴らしながらアドレス帳を開き、そこから和奏へと「今何してる?」と短いメールを送る。だが、少し待ってみても和奏からメールの返信は来ない。
「まさか……な」
焦りが心を占めていき、視線が揺らぐ。
どうしよう。もし家を出てすぐそこに黄色いテープが張り巡らされていたら…。
嫌な想像は頭の中を巡り、俺の鼓動を速めていく。

 ティルルルルル……

「ぎゃあっ!!」
普通の着信音より半音ズレたような音が突然部屋に鳴り響き、それに驚いた俺は思わず悲鳴を上げてベッドから転げ落ちてしまう。
携帯の液晶画面に表示されたのは和奏の名前。俺はためらうことなく携帯を手に取った。
「もしもし、和奏?」
返事がない。やはり何かあったのか。
「和奏!? おい、和奏!」
電話の向こうに向かって声を荒げる。それから少しの間があって、欠伸の音が届く。
「何? こんな朝に……」
電話から、和奏の眠そうな声が聞こえてくる。
その声を聞いて安心した俺はいくつかの言葉を交わし、電話を切った。
 よかった。和奏の身には何も起こっていない。
少なくとも前に見たような“惨劇”は起こっていないようだ。
溜め息を吐いて携帯を枕元へと放り投げる。そういえば、今日はどんな予定があったっけ。
もう一度ベッドの下の雑多に手を伸ばし、その中から手帳を拾い上げてパラパラとページをめくっていく。
 チラリと目覚まし時計に視線を送り、今日の日付を確認する。今日は『11月23日』と表示されていた。夢の中では12月23日、つまりちょうど1ヶ月後を過ごしていたのか。
不思議な感覚に陥りながら、俺は“今日”の予定を確認する。
11月23日、手帳にある日付の下に雑な文字で『休み・昼から部活あり。』と走り書きがされていた。
「部活があったら休みじゃねぇだろ」
自分が書いた予定にツッコミを入れ、もう一度目覚まし時計に視線を戻す。
時計は現在時刻が午前8時を越えていることを告げ、画面の右下では電池の残量が少なくなっていることを示すマークが点滅していた。
「後で換えよ……」
ボソッと呟いて、少し残った時間でもう一眠りしようかと目を閉じる。
 何か、聞こえたような気がして、閉じかけた目を開いた。
が、俺の耳には何も届かない。空耳だったのか。

 ……You've Got Mail!

枕元に放り投げた携帯が着信音とバイブ音でメールが届いたことを俺に知らせた。
「和奏か……?」
嫌な予感がした俺は焦りながら携帯を開け、新着メールを確認する。
届いたメールの差出人の欄に書かれていたのは『石成正道いしなりまさみち』という名前。和奏とは違うその名前。だが、その名前も俺にとっては“嫌な予感の的中”を意味するわけで。
メールに書かれた[すまない。今回も何も分からなかった]という短い文面が指し示すのは、今回も俺の弟の死の真相には近づけなかった、という事実。
 溜め息を吐き、覚めてしまった目を擦ってベッドに上半身を起こす。
不思議と悔しくはない。弟が死んでから今までの約1年間、石成さんから送られてくるメールはどれも同じだったから。
いや、1通だけおかしなメールがあったか。[私はどうやら間違ったことに首を突っ込んでいるらしい]という内容のメールが。でも、それについては何も教えてくれず、それ以外は同じ内容のメールばかりだ。だから、“分からない”ことに対しての悔しさも薄れていく。
石成さんは弟が死んだ事件の担当刑事だった人だ。部下のお姉さんがこの前「石成さんもうすぐクビになるかも」ってボヤいてたから、その立場はきっと危ういのだろう。

 ……You've Got Mail!

溜め息を吐こうとした俺の元に、もう一通、メールが届く。また石成さんだろうか。
「うげ……」
今度のメールの差出人の名前は『宮原沙耶乃』。思わず俺は顔をしかめてしまう。沙耶乃からのメールはたいていロクでもない内容だから、彼女からのメールが来るのは一種の恐怖とも言える。それぐらいには嫌だった。
顔をしかめながらメールを開くと、そこには[今から部活するわ!早く来なさい。]の文面と、その最後には何でか笑顔の絵文字が打たれていた。もうその絵文字ですら怖い。
 現在時刻は8時15分。こんな早い時間から皆を集めてどうするのか。
沙耶乃の意図は分からないが、それでも俺に『行かない』という選択肢はなかった。そんなことをすればきっと沙耶乃に殺されてしまうから。さすがに殺されはしないだろうが、確実に頬が腫れるぐらいにビンタをされる。
 ティルルルルル……
沙耶乃からのメールを閉じ、溜め息を吐く俺の携帯が慌ただしく着信音を鳴らす。
今度は和奏からだった。吐き出した溜め息を吸い込むように大きく息を吸って電話に出ると、和奏の俺への第一声は「大丈夫?」という言葉で。
「何が?」と返す俺の言葉に曖昧な返事を返すと、彼女は「一緒に行こうよ」と提案してくる。断る理由がない俺はその誘いを受け、10分後に家の前で。と待ち合わせを取り決め、電話を切る。
「なんだったんだ?」
和奏の煮え切らない態度。それはあの夢のこともあって何か引っかかるような感触を俺の中に残す。
 でも、俺には何もできない。
この違和感を追及することも、弟を“殺した”犯人を捜すことも、できないんだ。


 本日何度目かの溜め息を吐き、俺は鞄へと手を伸ばす。
今いるのは自室ではなく沙耶乃に呼び出された部室で。だがしかしその教室にあるのは俺、和奏、悠の三人の姿だけ。つまりは沙耶乃の遅刻だ。
「まったく、沙耶乃は何やってんだよ……」
ボヤキながら俺は鞄の中から携帯電話を取り出す。そして沙耶乃から今朝送られてきたメールを開き、内容を確認する。
そこには確かに[今から部活する]と書かれているのに。なぜその本人が来てないんだ。

 俺はまた、本日何度目かの溜め息を吐く。

 結局、沙耶乃が訪れたのは俺が部室を訪れてから30分後の、午前9時20分過ぎだった。
「ごっめーん。さぁ、部活よ!」
詫びれる様子もなく沙耶乃はそう言うと、何事も無かったかのように部活を始めてしまう。
その様子に俺達は動揺することも無く沙耶乃の後に続いて部活の準備を進めていく。
ここではこれが日常なのだ。自分でもよくあの傍若無人な態度に着いていけているものだと感心する。まぁ、『和奏がいる』というのが沙耶乃に耐えている大きな理由でもあるのだが。
 部活は鬼に豹変した沙耶乃の下で5時間ぶっ通し、午後2時30分過ぎまでぶっ続けで行われた。
「あ、お昼休憩忘れてた。お腹空いたしお昼休憩挟みましょうか。」
という沙耶乃の言葉でやっとの休憩にありつき、俺達は冬の痛いほど寒い空気の中、なぜか部室の窓を全開にして弁当を開けていた。部室の中央に普通の机3つ分ぐらいの大きなテーブルを置き、全員でそれを囲む。これもいつもの風景だった。何も変わらない、変わるはずのない風景がそこには広がっていて。
「あ、そうだ。アンタ達今夜って空いてるわよね?」
YESを前提とした沙耶乃の言葉に、俺達3人は半ば諦めつつ「YES」の返事を返す。
沙耶乃はその返事に満足そうに頷くと握っていた可愛らしい箸をおき、跳ねるようにして立ち上がる。
「今夜、中央公園で暗闇の天使の噂、試すわよ!」
沙耶乃の口から『暗闇の天使』という単語が出た瞬間に、俺の表情が険しくなったのだろう、悠の心配そうな視線がこっちに向く。
「沙耶乃、それは……」
悠の曖昧な否定の言葉は沙耶乃に届くことなく宙を漂う。

Another Re;ality 01‐2 ( No.2 )
日時: 2013/09/02 05:39
名前: タツキ (ID: cs0PNWSr)

 1年前、弟が“殺された”事件。通称・暗闇の天使。
随分と中二臭いネーミング。そんなフザけたものに関わって弟は死んだ。
弟が死ぬ3ヶ月ほど前から中高生を中心に流行り始めた噂、それが『暗闇の天使』で。
『0時0分に藤鳴中央公園にある大扉のオブジェクトに自分の血を付けて叶えて欲しい願いを想うと開かないはずの大扉が開いて“向こう側”から現れた天使が願いを叶えてくれる。』そんな感じの下らない内容。でも、1年前にこの噂を試した3人の少年少女がいた。
永井宗助ながいそうすけ北塚羽織きたづかはおり、そして俺の弟である浅井紅汰あさいこうたの3人だ。彼らは揃って同日に姿を消し、それから1ヶ月後に北塚羽織と紅汰の死体だけが扉のオブジェクトの前で発見されて。
それからしばらくマスコミやらの連中が『天使の起こした殺人』と銘打って騒ぎ立てたせいで、俺と家族は散々な目にあったんだ。
 何の進展もない警察の捜査。家族の気持ちなど考えてもいないだろうマスコミの言葉。
そして学校に行けば腫れもの扱いされ、馬鹿な奴らからは質問攻めをくらって。
ようやく最近になって落ち着いてきたと思ったのに。沙耶乃は何を考えているんだ。
「沙耶乃、悪いが俺はそれには参加できない。」
自分でも驚く程冷たく低い声でそう言って、俺は弁当を鞄の中へと仕舞う。
「何いってんの? 全員参加に決まってるでしょ?」
「フザけんなよ。自分の弟が死んだモンに関わりたい訳ねぇだろ!」
「落ち着きなさいよ。これはアンタの為にやることなんだから。」
「は?何言ってんだよ。」
「いい?今夜絶対来なさいよ?」
威圧的な言葉と視線。思わず黙ってしまって、その後何も言い返せなくなる。
でも、胸に芽生えたこの嫌な気持ちが消える事はなくて。
俺はぶつけようのないこの気持ちを、溜め息にして口から吐き出した。

 無神経な沙耶乃に腹が立ったのか、それともこれまで行動してこなかった自分自身に腹が立ったのか。それが解らない自分自身に一番、腹を立てているのか。

「よし、じゃあ今夜23時45分に中央公園に集合ね!」
沙耶乃はそう言って荷物を纏めだすと、不思議そうな視線を送る俺達に視線を向ける事も無く「晩の準備もあるし、今日はこれでお開きにしましょ」と言い放って一人さっさと部室を出て行ってしまう。
後に残された俺達3人は少しの間唖然とした表情を浮かべ、悠の「あ、僕たちも帰ろうか。」という少し間抜けな言葉でそれぞれ荷物を纏め、解散した。
 来た時と同じように和奏と二人での帰り道。
特に話すことは無くても、それでも一緒に帰り続けたこの道。
「ねぇ、今夜の……行くの?」
言葉を発するのに一瞬の戸惑いを見せて、和奏は俺にそう尋ねた。
でも、答えられない。どう答えていいのか分からない。
もちろん行きたくはない。でも、沙耶乃のあの言葉は少し気になっている。
だから“行きたくはないけど行かなければいけない”、そんな感じ。

 時計は午後11時を示している。
あぁ、早く出なきゃ。遅刻なんかした日には沙耶乃に何言われるか分かったもんじゃない。
 俺の意識はそこで途切れる。

ティルルルルルル……

俺の意識を呼んだのは、その日何度目かのおかしな着信音。
もうそろそろ買い換えないと……。ボヤけた意識で電話を取る。
「綾人!? 綾人! 早く来てッ、沙耶乃が…!!」
電話の向こうから聞こえたのは和奏の焦った声。そして、その声から少し離れた場所から聞こえてくる悠の叫び声。

 まだ、俺の意識はハッキリしない。今は何時だ?
沙耶乃がどうしたって言うんだ?何で悠は叫んでるんだ?くそ……頭が痛い。

「綾人、早く!」
和奏からの電話はそこまでで途切れた。
フラフラとした足取りで立ち上がり、家を出る。手には携帯、ポケットには財布を入れて。
 ボヤけた意識。早くなっていく鼓動。切れていく息。
気が付けば俺は中央公園の前まで辿り着いていた。 自転車を入り口に置いて、公園の中へと走っていく。
 頭の中では和奏の無事を願って。沙耶乃の安否を気にかけて。
「和奏!!」
そう叫んだ俺の視界には、泣き崩れる和奏と扉のオブジェクトに拳を打ちつける悠の姿が映る。
「沙耶乃ッ……沙耶乃ッ!!」
悠の叫び声が深夜の公園に響く。あぁ、きっと『これ』は俺のせいだ。そう、感じた。
誰かが見ているような気がして俺は後ろを振り返る。そこでは4つの瞳が俺を見ていて。

 時計は午後11時を示している。
あぁ、早く出なきゃ。遅刻なんかした日には沙耶乃に何言われるか分かったもんじゃない。
「……ん?」
なぜか俺は携帯を右手に握り締めていた。
その携帯を枕元に放り投げてもう一度ベッドに身体を沈み込ませる。
 なんだか、この景色を前にも見た気がする。まぁ、自分の部屋など毎日見ているのだが。
溜め息を吐いて、思わず自分の口を押える。誰かが「一つ溜め息を吐くと幸せが一つ逃げる」とか何とか言ってた気がする。
「うへー、行きたくねー!」
一人で叫び、ベッドの上でゴロゴロと悶絶する。行きたくない。でも、俺は行かなければいけない。そんな気がして。
溜め息を吐いて、口を押えようとして、止めて立ち上がる。
とりあえず行かない事には始まらない。だから、ここでウジウジしていても駄目なんだ。
もしかしたら、紅汰が死んだ事件についても何か分かるかもしれないんだから。
「ポジティブ、ポジティブ」
そう言いながら伸びをして、俺は家をあとにする。
 家の前、両親がまだ帰って来ていない家に鍵をかけ、俺は玄関の前に立つ。
それにしても寒いな。これじゃ真冬なんか暖房をつけないと凍ってしまうんじゃないか?
下らないことを考えながら歩き出そうとすると、俺の後ろから声を掛けられる。
「おい、綾人。」
俺が視線を向けた先、俺の名前を呼んだ人物は『黒いパーカー』に身を包んで俺の前に立つ。どこかで見たような気もする、そのパーカー。
でも、俺が話し出す前に、ソイツは俺の言葉にかぶせるようにして話し出す。
「気を付けろよ。もう、辛いのは嫌だからな? 俺も、お前も、な」
ソイツは訳の分からない事を俺に向かって言い放ち、パーカーのフードを頭にかぶる。
深い藍色をしたその瞳で俺に一瞥をくれると、くるりと後ろを向いて歩き出していく。
「おい、お前。和奏を——」
俺の言葉の後は続かない。「和奏を殺したか?」なんて聞けるわけがない。
俺は何を聞こうとしているんだ。頭を軽く振って、視線を戻すとそこにはもうソイツの姿はなかった。なんだったんだ……。
俺は無意識に、大きな溜め息を吐いてしまう。

 これで、今日だけで何個の幸せが俺から逃げたんだろうか。

 そんな下らないことを考えながら自転車を漕いで、中央公園に辿り着いたのは11時40分過ぎだった。自転車を入り口に置いて、公園の中へと歩いて行く。
中を進んで行くと、いつ来たのかそこには悠の姿があった。
聞くと「遅れて沙耶乃に怒られるよりも早く来て皆を待ってる方がいい」と言って彼は力なく笑う。
「ほんっとに、悠は沙耶乃が好きだよなぁ」
俺がそう言って笑うと、彼も照れたようにして笑い、頬を赤らめる。
まるで女子のような仕草。恐らく俺の知り合いの中じゃ悠が一番『女子力』が高いだろう。
まぁ、男だが。
 俺が来てから少しして、和奏、沙耶乃の順でメンバーは公園に姿を現した。
「あら、綾人も来たの? じゃあ始めましょうか」
自分であれだけ「来い」と言っておいて以外そうに俺に向かってそう言うと、時計に視線を落とす。それにつられて俺も携帯に視線を射落とす。
午後11時58分。あと2分で『噂』の時間がくる。紅汰が見て、体験し、そして死んだ『噂』の時間が、あと2分で。
「皆、手を出しなさい」
沙耶乃の言葉に従って手を出した俺達3人の指先を、沙耶乃はポケットから取り出したカッターナイフで少しだけ傷付ける。
親指の先から少量の紅い血が溢れて、落ちる。

 そして、0時を知らせるアラームが鳴り響いた。

Another Re;ality 01‐3 ( No.3 )
日時: 2013/09/02 05:40
名前: タツキ (ID: cs0PNWSr)

 皆、扉のオブジェクトに手を当てて目を閉じる。
俺が願うのは、『真実を教えてほしい』ということ。
一年間自分では何もしてこなかったのにな。そう思って自嘲気味に鼻を鳴らす。
どうせこんなことでは何も分からないと、思っていた。なのに。
 軋む音がして、『オブジェクト』のはずの大扉が、ゆっくりとその身を『開いていく』
誰かが息を飲む音がした。いや、もしかしたら息を飲んだのは俺だったのかもしれない。
扉の向こう、あるはずのない“セカイ”から姿を現したのは、白髪、赤目というおよそ現実の人間とは思えない、まるでゲームの“キャラクター”のような外見をした俺と同じ年ぐらいに見える少年だった。
その姿は誰かに似ていて。でもそれが誰だったかを思い出すことができない。
「ありがとう沙耶乃。じゃあ約束通りに」
そう言って少年は沙耶乃の手を引き、彼女をセカイの“内側”へと招き入れる。
俺達はその光景を唖然として見送って、何も理解できないままにセカイは沙耶乃を呑み込んでその扉を閉じた。
 しばらく、誰も、何も言葉を話さなかった。いや、話せなかったのか。
「沙耶乃……?」
悠が、閉じきった扉に向かってそう呟く。
「沙耶乃?」
今度はもう少し強い口調に変わっていく。
「沙耶乃!」
悠は叫び、その拳を扉に打ち付け始める。
「沙耶乃!!」
悠は叫び続け、その拳には血が滲み始める。
「沙耶乃ッ……沙耶乃ッ!!」
悠の叫び声が深夜の公園に響く。あぁ、きっとコレは俺のせいだ。そう、感じた。
誰かに見られているような気がして、俺はくるりと視線を後ろへ向ける。
でも、そこには何もいなくて。
「あぁああぁ……沙耶乃さん……」
和奏はその場に泣き崩れ、悠はオブジェクトに寄り掛かるようにして嗚咽を漏らしている。

俺の眼の前で、友達が一人、セカイに攫われたんだ。
俺はまた、何もできなかった。そっと、目を、閉じる。


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