複雑・ファジー小説

〜闇の系譜〜(外伝)
日時: 2018/10/23 18:34
名前: 狐
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=16085

 皆さん、こんにちは!銀竹と申します。

 ここでは、『〜闇の系譜〜』の小話をちょこちょこ書いていきたいと思います。
完全に狐の遊び場と化していますが。ご容赦下さい(笑)

 もし物語に関するご要望等あれば、ぜひ仰って頂けると嬉しいです(*´▽`*)

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-300

†登場人物紹介・用語解説† >>1←随時更新中……。
割とどうでもいい登場人物詳細 >>122-123

『三つ編みの』 >>2-3 >>5-11
──トワリスの三つ編みの秘密に迫る……!

『おまじない』 >>12-13 >>15 >>17-21
──なんとかは風邪を引かないと言いますが、ユーリッドは引きましたね。意外です。

『忘却と想起の狭間で』 >>22-27 >>30-31 
──外伝ですが、結構暗い内容です。しょんぼりアドラさん。

『悪魔の愛し子』 >>34-38 >>40-41 >>44-45 >>48-52
──なんとかは風邪を引かないと言いますが、ルーフェンは(略)。

『ずるい人/卑怯な人』 >>54-71>>72-88 >>91-92
──ファフリもトワリスも、物好きだなとよく思いますw

『赤ずきん』 >>94-95
──ずっとやりたかったパロディーもの。とにかく下らないです。ただの狐の自己満足です。

『酩酊』 >>100-101 >>104-105 >>107-113
──真面目な人ほど、酔うと面倒くさいよねっていうお話です。

『とある魔女の独白』 >>116-118
──サーフェリア編を最後まで書いて、そのあとにこれを読んだら、また見方が変わるんじゃないかな……という願望(笑)

『桃太郎』 >>126-128 >>130-132 >>135-137
──これまたすごくどうでもいいパロディーもの。ちょっと汚らしいので注意ですw

『シンデレラ』 >>138-140 >>142-156
――リリアナさん初出演のパロディーもの。本編とは全くの別物です!(笑)

『光』 >>157 >>159-170
――オーラントとその妻、ティアの出会いから別れまでを描いた物語。

『〜闇の系譜〜座談会』
──ひっどい内容です(笑)世界観をぶち壊す発言、登場人物のキャラ崩壊が満載ですので、閲覧注意。
【第一回】オーラント×トワリス
「アドラ生存ルートの可能性について」 >>119
【第二回】ルーフェン×ハインツ
「ミス・闇の系譜は誰だ」 >>121
【第三回】ジークハルト×リリアナ
「応援歌を作ろう」 >>129
【第四回】ユーリッド×半本とどろき(ゲスト)
「世界線を越えて」 >>141
【第五回】カイル×ロクアンズ・エポール(ゲスト)
「世界線を越えてU」 >>158



……………………

【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる――。

【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは――。

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・人語を知らぬきみたちへ《複ファ》
さあ、人語を知らぬきみたちよ。
ただどうか、共に在ることを許してください。

【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の王、エイリーンと共に、突如姿を消したルーフェン。
召喚師への不信感が募っていく中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
アルファノル興国に隠された真実、そして、召喚師エイリーンの思惑とは――?

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。

……ギャラリー……

ルーフェン&トワリス  >>14
ルーフェン&シルヴィア >>98
登場人物紹介      >>122-123
ユーリッド&アドラ   >>99
エイリーン       >>119
ロゴ          >>120


※いくつかリンクが切れていて、過去絵が発掘できなかったので、掲載イラストを多少変更しました><
ここに載せているのはごく一部で、基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

【頂き物】 >>16 >>53 >>98 >>99

……お客様……

夕陽さん
ヨモツカミさん
蓮佳さん
まきゅうさん
亜咲りんさん
ゴマ猫さん

【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、一作目のミストリア編が無事完結しました!
執筆開始してから約三年半、応援して下さった方々、本当にありがとうございました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、二作目のサーフェリア編・上が完結しました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

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Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.166 )
日時: 2018/12/06 08:48
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE


  *  *  *


 季節が巡り、ティアの妊娠が分かったのは、それから一年ほど経った、春のことであった。

 シュミレット家との縁を切り、王都シュベルテに移り住んでいた二人は、城下町でも南端の、物静かな郊外にある、小さな家で暮らしていた。
当時、ほとんどの時間を王宮で過ごしていたオーラントのことを考えれば、王宮近くに新居を建てても良かったのだが、騒がしい中心部にティアを住まわせるのは、なんとなく躊躇われた。
故に、長閑(のどか)な下町に移ることにしたのである。

 オーラントが選んだ郊外は、自身が昔、一時的に住んでいた場所でもあって、顔見知りが多かった。
嫁を連れて戻ったとなれば、散々からかわれるであろうということは容易に想像できたので、若干気は重かったが、たった一人での生活が難しいティアには、周囲の助けを借りやすい環境の方が良いだろうと思った。
最初は、上手く馴染めるか不安であったが、オーラントの心配などよそに、ティアは、すんなりと近所の人間たちに溶け込んでいったし、簡単な家事なども、こなせるようになっていった。

 子供ができたみたい、と打ち明けてきたのは、オーラントが遠征から戻ってきて、一月ぶりに帰宅した時であった。
おそらくティアは、帰ってきたオーラントに、すぐに伝えたかったのだろう。
玄関口で、靴を脱いでいるときに突然告白されたので、持っていた一月分の大荷物を、盛大に落とした。

 この時のオーラントは、喜びのあまり大興奮していたので、ティアになんて声をかけたのか、ほとんど記憶がない。
ありがとう、とお礼を言ったような気もするし、思わず、俺の子? だなんて、失礼極まりない質問をしてしまったような気もする。
とにかく、そのまま玄関に座り込んで、縁起が良さそうな意味を持つ古語を並び立て、子供の名前にはどれが良いだろうと吟味し始めたので、まだ男か女かも分からないのに気が早いと、ティアに呆れられたことだけは覚えている。

 一般的に考えれば、幸せの絶頂期であろう、新婚生活。
にも拘わらず、宮廷魔導師としての仕事に忙殺され、家を空けることが多くなっていたのは、本当に申し訳ないと思っていた。
しかしティアは、職業柄仕方がないことだと納得して、オーラントを責めてくることは一切なかったし、近所の人達も皆、親切にしてくれるからと大丈夫だと、そう言って、いつも笑っていた。
オーラント自身、すまなく思う一方で、ティアは案外、芯が強くて聡い娘だから、きっと一人でも問題ないだろうと──心のどこかで、安易に考えてしまっていた。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.167 )
日時: 2018/11/23 18:56
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE



 そんな彼女の優しさに、甘えていたことを後悔する日が、やがて、訪れた。

 いつものように帰宅をすると、ティアが、台所の脇で、倒れていたのである。
その口から、暗い色の血液が流れ出ているのを見たとき、頭が真っ白になった。

 蒸し暑い、初夏の日の夜であった。

 慌てて近くの病院に駆け込むと、ティアはそのまま、入院することになった。
ティアは、すぐに意識を取り戻したが、家で倒れていたのだと話すと、ごめんねと言って微笑んだ後、何かを諦めてしまったような、遠い目になった。

 嫌な予感がしていた。
ティアは、カナンの村にいたときから、臥せりがちであった娘だ。
王都に来てからは、目が見えないという点を除いては、元気そうであったし、自分も仕事が順調で、何もかもが上手くいっていたから、完全に浮かれていた。

──何かあっても、ティアならうまく立ち回るだろう。
そんな風に、呑気なことを考えていた自分が、心の底から憎らしかった。

 その日は、一日ティアについていようと思ったのだが、大丈夫だから行ってほしいと言って聞かないので、仕方がなく、仕事に出た。
しかし、働きに行ったところで、集中できるはずもないので、早々に切り上げて、病院に戻った。
ティアの病室に戻ると、ちょうど彼女が、医師から自身の病状の説明を受けたところであった。

 どうだったのかと尋ねると、ティアは、静かな声で答えた。

「お腹にね、腫瘍があるんですって。治療したところで、一年生きられるかどうか、分からないって」

 言葉の内容とは裏腹に、あまりにも、落ち着いた態度であった。
ティアは、病室の寝台に横たわって、いつかのように、窓の外を眺めていた。

「昔ね、同じ病気になったことがあるの。再発する可能性もあるって、分かってはいたのだけれど、そういうことに気を張るの、最近、忘れてしまっていたの。……ごめんね」

 淡々と話す彼女の声を、オーラントは、ぼんやりと聞いていた。
寝台脇の椅子に腰かけ、血が通っていないのではないかと思うほど冷たい額に手を当てると、オーラントは、かすれた声で言った。

「……治る見込みが、全くないって訳じゃないんだろ? なに、大丈夫さ。気持ちさえしっかり持っていれば、病なんて──」

「治療は、受けないわ」

 穏やかな顔で、ティアが言った。
一瞬、何を言われたか分からず、目を見開いたまま、オーラントは硬直していたが、ややあって、椅子から立ち上がると、ティアに詰め寄った。

「……なんで。治療を受けないって、どういうことだ?」

 ティアは、小さく首を振った。

「私、知ってるもの。この病気のお薬はね、飲むと、お腹の中の赤ちゃんに、悪い影響が出てしまうの。だから、治療はしない」

「でもお前、そんなことしたら──」

「私は、死んじゃってもいい。でも、この子だけは、絶対生む」

 頭に、かっと血が昇った。
怒りなのか、絶望なのか、よくわからない激情が突き上げてきて、オーラントは叫んだ。

「馬鹿言うな! まだ生まれてもいない赤ん坊より、お前の命が優先に決まってるだろう! お前の代わりは、いないんだぞ!」

 病院中に響き渡るほどの、大声だった。
何事かと集まってきた職員たちが、ちらちらとこちらの様子を伺っている。

 何度か深呼吸すると、オーラントは、崩れ落ちるようにその場に膝をついて、ティアの冷たい手を握った。

「頼む……。頼むから、そんなこと、考えないでくれ。お前が、いなくなったら……」

 ぽつりと、雫が落ちる。
寝台にぽつぽつと落ちるそれが、自分の涙なのか、ティアの涙なのか、視界が滲んで、よく分からなかった。

 ティアが、震える声で、言った。

「……この子の代わりだって、いないよ」

 微かに膨らんできた腹をさすって、ティアは、呟いた。

「この子がいいの……」

 繰り返し、繰り返し、囁くように。

「私は、この子がいい。この子が……」

「…………」

 何も、言えなかった。
男には見えぬ強い母子の絆が、既にそこにあるのかもしれないと思うと、何も、言えなくなってしまった。

 どうして、こんなことになったのだろう。
何故、もっと早く気づけなかったのだろう。
もしかしたらティアは、自分の不調に気づいていたのかもしれない。
気づいていて、怖くなって、無意識に目をそらしたのかもしれない。
治療をすることになれば、胎児を悪影響が及ぶと分かっていた。
だから、単なる風邪か何かだと信じて、祈って、自分の胸の内に抱え込んでいたのかもしれない。

 彼女がその不安をしまいこんだとき、その場にいなかった自分を、殴ってやりたい気分だった。

 微かに開いた窓の隙間から、初夏にしては珍しい、蜩(ひぐらし)の鳴き声が聞こえてきた。
その旋律を聞いている内に、ふと、記憶の片隅に追いやっていた、イグナーツの暗い瞳が、脳裏に蘇った。

 一年前の叙任式で見た、光のない目──。
今なら、よく理解できるような気がした。
もしこのまま、ティアが死んで、腹の子も死んだら、自分は間違いなく、あんな目になるだろう。

 己は、いつ死ぬか分からない身だ。
子供だって、妻だって、命の危険に晒されている。
死は、常に自分たちの周りに、蔓延っている。
以前は、当然のようにその事実を受け入れられていたのに、ティアと結ばれてからは、そのことをすっかり忘れてしまっていた。

 寝台の下に視線をやると、そこにわだかまっている闇に、無数の人の手が蠢いているように見えた。
名も知らぬ、顔も覚えていない、自分が殺した誰かの手。
それらが、ティアの命も、子の命も、引っ掴んで、掻き乱して。
全てを、奪い去っていってしまうような気がした。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.168 )
日時: 2018/11/27 18:41
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE




  *  *  *


「ジークハルト……?」

 不意に、弱々しい声が聞こえた。
ティアが、目を覚ましたのだろう。
オーラントは、座っていた椅子から立ち上がると、彼女の身体にかかった毛布を、かけ直してやった。

「……おはようさん。つっても、今は夕方だけどな。うちのやんちゃ坊主なら、爆睡してんぞ。ほれ」

 そう言って、腕に抱えていたジークハルトを、そっとティアの隣に下ろすと、ティアは、嬉しそうに笑った。
そして、枯れ枝のような指先を、探るように動かして、優しく我が子の手を握った。

 結局ティアは、宣言した通り治療を受けず、無事に子供を生んだ。
生まれた子は、オーラントと同じ黒髪の男の子で、『ジークハルト』と名付けられた。
この名はかつて、子供が出来たと聞いて舞い上がったオーラントが、玄関口で咄嗟に並び立てた候補の中から選んだものだ。
ティアには気が早いと呆れられたので、そんな走り書きはどこかにいったと思っていたが、ティアが、ちゃんと拾って保存していたようだった。

 生まれたジークハルトが、元気に育っていくのとは反対に、ティアは、日に日に衰弱していった。
妊娠していた頃は、一生懸命食べていたが、出産後は、食事が喉を通らなくなり、みるみる痩せて、よく吐血するようになった。
やがてティアは、夢と現実の間を彷徨いながら、譫言(うわごと)のように、昔のことを語るようになった。
シュミレット家での父との思い出から、オーラントとの思い出まで、ぽつぽつと話しては、楽しそうに微笑んでいた。

 それから、三人で帰りたい、と頻繁に言うようになった。
どこに、とは言わないので、試しに、カナンの村に戻りたいのか、と問うてみたが、ティアはただ、懐かしいわ、と答えるだけであった。

 一瞬、カナンの村に行こうかと思った。
彼女の本当の故郷は、ネール山脈の麓にほど近い、小さな街であったが、叔父夫婦から追い出された土地よりも、カナンの村の方が、思い出深いだろう。
しかし、一歳にもならないジークハルトと、寝台から動けないティアを連れて、北端まで旅をするのは、無謀なことだ。
最終的に、医師と相談して、三人は、シュベルテの郊外にあるオーラントの家に、やってきたのだった。

「……また、夢を見ていたわ」

 寝台の上で、ジークハルトの手を握りながら、ティアがぽつりと言った。

「貴方と、初めて会ったときの夢。……すごく、素敵な夢だった。また見たいな」

「…………」

 オーラントは、息を吸った。
普段通りの声が出るように、何度も呼吸してから、口を開いた。

「夢もいいが、そこのやんちゃ坊主の面倒も、見てやってくれよ。泣かないのは有り難いが、どうも俺には反抗的なんだ。この前なんか、俺の目に指を突っ込んできたんだぜ? とんでもない息子だぞ」

 ティアが、ふふ、と吐息のような笑みをこぼす。
それから、オーラントの方に顔を向けると、ティアは言った。

「ジークハルトは、将来、どんな大人になるのかな。貴方に似て、心も身体も、強い人になったらいいね」

 オーラントは、肩をすくめた。

「……そんなん、分からんだろ。まだ赤ん坊なんだから」

 他にも言いたいことがあったのに、声が震えないようにしなければと思うと、あまり多くは喋れなかった。
やっと押し出した声ですら、なんだかぶっきらぼうになってしまう。
対してティアの声は、いつもより少しだけ、明るいような感じがした。

「それから、やっぱり、いろんな人の気持ちを理解できる、優しい人になってほしいわ。貴方と同じように、魔導師になりたいって言い出したら、ちょっと心配だけど、それはそれで、応援してあげたいね」

「……そうだな」

 か細い、けれど、生き生きとした口調だった。
こんなに饒舌なティアと話したのは、一体いつぶりだろう。
暮らした時間は長くなかったが、久々に家に帰れて、ティアも喜んでいるのかもしれない。
しかし、彼女を蝕むものが、決してその勢いを無くしていないことは、なんとなく分かっていた。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.169 )
日時: 2018/12/02 18:57
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE



「そういえばね、私、ジークハルトに手紙を書いたのよ。私たちのところに、生まれてきてくれてありがとうって、書いたの。あと、ごめんねって」

「……そうか」

「病院の、寝台横の棚のね、二番目の引き出しに入っているから。いつか、ジークハルトが文字を読めるようになったら、渡してあげてね」

「……わかった」

 返事をしてから、何度か瞬きをして、オーラントが下を向く。
でも、と言葉を継ぐと、ティアは続けた。

「私、全盲になってから、文字を書いたの久しぶりだったから、多分、上手に書けていないと思うの。だから、もし全然読めなかったら、捨てちゃっていいわ。その代わり、今の言葉、伝えてね。お母さんは、ジークハルトのことが大好きよって」

「…………ああ」

 さらさらと、命の流れる音がする。
その流れを塞き止められないことが、悔しくて、悔しくて。

 不意に、ティアが、手を伸ばしてきた。
その手は、宙を彷徨った末に、オーラントの前髪を、すっとかすって、止まった。

 ティアが、悲しそうに目元を歪めた。

「……オーラントさん、泣かないで」

「…………」

 はっと、息をこぼす。
オーラントは、首を横に振った。

「泣いてねえよ」

「……泣いてるよ」

「……お前、見えないだろ」

「……見えるよ」

 滅多に動かない亜麻色の睫毛が、すっと持ち上がった。
真っ暗な、その瞳の奥に──。
オーラントの顔を映して、ティアは、ふわりと微笑んだ。

「私、貴方に出会ってから、いろんなものが見えるようになったの」

 彼女の瞳が、一瞬だけ、光を灯す。
オーラントは、その瞳に宿った光を、じっと見つめていた。

「今も、光が沢山見えるわ。オーラントさんと、ジークハルトの周りに、光が、沢山……」

 ティアは、重たそうな瞼を、ゆっくりと瞬いた。

「……まだ、その光を、見ていたかったなぁ」

「…………」

 じゃあ、逝くなよ。
そう言おうとして、オーラントは、口を閉じた。
言えなかった。
喉が熱くなって、声を出そうとしても、嗚咽しか漏れなかった。

「──ねえ、オーラントさん」

 ティアの唇が、一瞬、震えた。

「……ジークハルトと、一緒に……どうか、幸せになってね」

 伸ばされていた彼女の腕が、ゆるゆると下がっていく。
咄嗟にその手を掴むと、オーラントは、ようやく言葉を押し出した。

「……待ってくれ。そんなの、お前が、いないと……」

 ちゃんと届いたか、分からなかった。
他にも、色々なことを伝えたくて、オーラントは必死に口を動かしたが、不明瞭な喘ぎ声になるばかりで、自分でも聞き取れなかった。

 それでもティアは、どこか幸せそうに、薄く笑った。

「嬉しい……ありがとう。……ごめんね」

 ティアの腕の力が、徐々に抜けていく。
押し上がっていた睫毛が、ゆるゆると下りてきて、つむればきっと、もう二度と持ち上がらないような気がした。

「…………」

 オーラントは、祈るように、ティアの手を額につけた。
お願いだから、待ってくれと。
一緒にやりたいことも、見たい景色も、まだまだ沢山あったのに。

「……幸せ、だったなぁ」

 ティアの、囁くような声が聞こえた。

「……すごく、幸せだった。……あのね、私ね、やっぱり、貴方のことが──……」

 その言葉の続きが、声になる前に、ティアの瞳の光が、ゆっくりと消えた。
安心したように、ふうっと吐息をこぼして。
握っていた彼女の腕が、ぱたりと落ちたとき。
目の前のものが、何も見えなくなった。

 自分はずっと、こうなることを恐れていたのだ。
一人残されるのが怖くて、怖くて、ずっと、尻込みしていた。
あるいは、自分が死んで、最愛の誰かにこんな思いをさせることが、嫌で嫌で、たまらなかった。
独り身のままであったなら、このような絶望を味わうことはなかったのに──。

 やはりあの時、ティアを引き留めなければ良かった。
彼女からの好意を、はっきりと拒んで、一人で、カナンの村から去れば良かった。

 そんな後悔が、一瞬だけ頭をよぎった瞬間。
ティアの側に横たわっていたジークハルトが、突然、声をあげて泣き始めた。

「おいおい、どうした、急に……」

 息子の目から、大粒の涙がこぼれ落ちていく。
抱き上げて、その背をあやすように撫でながら、オーラントは呟いた。

「泣くな、泣くな……悪かったよ。今のは、冗談だって。……後悔なんて、してないから……」

 立っていられなくて、後ろに倒れこむようにして、椅子に座る。
ジークハルトの背を叩きながら、オーラントは、何度も何度も、言い聞かせた。

「……男の子だろ。頼むから、泣くな……」

 もはや、どちらに言い聞かせているのかも、わからない。
ただひたすら、泣くな、泣くなと、オーラントは呟いていた。

「なあ、泣くな、ジークハルト。お願いだから……」

 溢れ出した涙は、後から後からこぼれて、一向に止まらない。
オーラントが、再び足に力を込めて、立ち上がるまで。
二人は、ずっと泣き続けていた。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.170 )
日時: 2018/12/06 18:18
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE



  *  *  *


 どん、と身体に衝撃が走って、オーラントは、はっと顔をあげた。
頭の芯に、まだ痺れるような眠気が残っている。
椅子の背もたれを支えに上体を起こして、寝ぼけ眼を擦ると、視界の端に、久しく見る息子の姿が映った。

「……おお。帰ってたのか、珍しいな」

「着替えを取りに来ただけだ。すぐに出る」

 そう言ってジークハルトは、自分の箪笥から衣服を何着かとると、手早く荷に詰め込んでいく。
久々に会ったと言うのに、この無愛想さ。
一体誰に似たのか、皆目見当もつかない。

 オーラントは、呆れ半分に苦笑すると、座っていた椅子から立ち上がった。
そして、強張った首をこきこきと鳴らすと、一つあくびをした。

「ていうか、俺、寝てたのか。なんかさっき、誰かに勢いよく蹴られた気がする……」

「俺だ」

「お前かよ!」

 悪びれもなく自首してきたジークハルトに、びしっと突っ込みを入れる。
ジークハルトは、外出準備を進めながら、淡々と返した。

「そんなところで、鼾(いびき)かいて寝ているからだ。寝るなら寝室に行け。邪魔だ」

「お前、ほんと口悪いな……」

 オーラントは、はあっとため息をついた。

 そういえば昨夜は、書き物をしていて、それ以降の記憶がない。
どうやら、文机で作業している途中に、疲れて寝てしまっていたようだ。

 五十近くにもなって、椅子の上で長時間寝ていたら、起きたときに全身を痛めていただろう。
加えて、風邪も引いていたかもしれない。
そう思うと、起こしてくれたジークハルトには、一応感謝しておこうと思った。
蹴っ飛ばしてきたことに関しては、毛頭許す気などないが。

 聞く耳を持たない息子を見つめながら、オーラントは、痛む左手首を回した。

 サーフェリアの前召喚師、シルヴィア・シェイルハートに右腕を奪われてから、約六年。
片腕のない生活には大分慣れたが、左手で文字を書くときなんかは、やはり不便を感じることが多い。
練習を重ねてきたので、最初の頃に比べればすらすら書けるようにはなったが、どうしても、利き手で書いていた頃に比べると、神経を使ってしまうのだ。

 オーラントは、散らかしていた文机を簡単に片付けると、やれやれと肩をすくめた。

「色々と気に食わない年頃なのは分かるが、減らず口叩きまくって、あちこちに敵作るのはやめておけよ。お前もいい大人なんだし、嘘でもいいから、にこにこしとけ。な?」

「うるさい。にこにこなんかするか、気色悪い」

 人生の先輩として助言してやっても、この様だ。
華麗に一刀両断されて、オーラントは、大袈裟に嘆息した。

「はぁー……今の言葉、母ちゃんが聞いたら泣くぜ? お前の名前はなぁ、強くて優しい……いいか、もう一度言うぞ。や、さ、し、い! 未来の明るい男になれという意味を込めて、『光』って意味のジークハルトと──」

「その下り、百回は聞いた」

 オーラントの言葉を遮るように、ジークハルトが、どかっと荷を地面に転がす。
それから、魔導師用のローブを羽織ると、ジークハルトは、作った荷を背負いこんだ。

 息子の背は、もうほとんど父と変わらない。
目線の変わらなくなったジークハルトの目を見て、オーラントは、困ったように苦笑した。

「ったく、しょうがねえ奴だなぁ。言っても無駄ってわけか。もういい、さっさと行け。へまやらかして、死ぬんじゃないぞ」

「当たり前だ」

 しっしっと追い払うように手を動かせば、こちらには一瞥もくれずに、ジークハルトは扉の方に向かった。
しかし、取っ手に手をかけたとき。
何かを思い出したように振り返ると、ジークハルトは、ついでのように言った。

「ああ、そういや俺、宮廷魔導師になった」

「……は? なんだって?」

 思わず聞き返して、硬直する。
言われたことが理解できず、しばらく反芻してから瞠目すると、オーラントは、恐る恐る尋ねた。

「……お前、今、二十歳だよな?」

「そうだ」

 短く返事をして、オーラントの顔を見る。
その驚愕の表情に、勝ち誇ったように口端を上げると、ジークハルトは、憎らしく言った。

「歴代最年少、二十六歳にして宮廷魔導師にまで上り詰めた若き天才。飆風(ひょうふう)のオーラント、だったか?」

「…………」

 ジークハルトは、ふっと鼻で笑った。

「悪いな、親父」

 それだけ言うと、さっさと家を出ていってしまう。
扉の外の光に、ジークハルトが吸い込まれていくのを見ながら、オーラントは、しばらくぽかんとしていた。
しかし、ふと脱力したように椅子に座り込むと、がしがしと頭を掻いた。

「あーあ、とんでもねぇクソガキになったもんだ。……なあ?」

 開いた窓の隙間から、爽やかな初夏の風が、そよそよと入り込んでくる。
目を閉じると、記憶のどこかで、柔らかな亜麻色が、ふわりと揺れたような気がした。



………………



 オーラントの妻、ティアの『光』のお話でした(^^)
いかがだったでしょうか?
個人的には、闇の系譜らしからぬ純愛ものになったなぁと思っています(笑)
あのくだらない『桃太郎』と『シンデレラ』の後に書いた話がこれかい、っていうw

 ティアさんは、本編には出てきません。
でも、オーラントとジークハルトに大きな影響を与えた登場人物の一人です。
ジークハルトについては、まだそんなに出してないので何とも言えませんが、オーラントに関しては、それがかなり如実に表れているかなと思います。
「これからも、私みたいな独りぼっちがいたら、見つけて、助けてあげてね」
このティアの台詞、オーラントさんの中に、生涯残り続けたんじゃないでしょうか。
だからこそオーラントさんは、本編で最初のルーフェンの理解者になったのかなぁと思います。

 ルーフェンママのシルヴィアに殺されちゃいましたが、前国王エルディオも、ティアの言う通り賢王だったんだろうと私は考えています。
本編だと、シルヴィアを騙して、ルーフェンに対して「召喚師やだ? 殺すぞクソガキ」みたいな感じで脅迫していたエルディオさんですが、それも、王として持つべき非情さだったのかなと。

 飄々としているけど、実は歴代最年少で宮廷魔導師になっていたオーラントさん。
彼はどちらかというと、ルーフェンと同じ天才タイプですが、息子のジークハルトの方は、秀才タイプです(もちろん才能もあったんでしょうが)。
だから秀才の息子が、天才の父親の最年少記録を六年も塗り替えて宮廷魔導師になったときは、すごく気分が良かったんじゃないかなぁ(笑)
既にサーフェリア編の下巻で少し描写していますが、ジークハルトは、ルーフェンのライバルになり得る才覚の持ち主です。
国を護りたいという思いが誰よりも強いジークハルトは、ルーフェンの危なげな部分を気にかけている一方で、生まれながらにして守護者という称号を有し、絶対的な力を持っている召喚師という立場を、どこか羨ましく思っている節があると思います。
対してルーフェンは、ジークハルトの強い志とか、オーラントさんの存在とか、そういった部分をやはり羨ましく思っているんじゃないでしょうか。
お互い、ないものを持っている存在。
そんなライバルとして、今後二人を本編で描いていきたいですね。

 さて、あとがきが長くなってしまったので、そろそろ切り上げます(笑)
読んで下さった方、ありがとうございました!
次はジークハルト&アレクシアの話か、ギャグを書きたいと思います(?)
それではまたー!

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