複雑・ファジー小説
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- 奇跡の旋律と静寂の流星
- 日時: 2014/05/25 15:58
- 名前: 白玉団子 (ID: gOBbXtG8)
—プロローグ—
とある真夜中のこと。
世の中を遠くを想う人々、大切な誰かを失った人々で溢れる昨今。
今日もまた、美しくも小さい歌声と、たおやかな調べの旋律が響く。
嘆き苦しむ人々がその歌を歌い、天という名の虚空に祈るとき。
共鳴するように星が天を流れ、冷たい北風が光の粉を運ぶとき。
奇跡は起きる————
◇ ◇ ◇
目次
零話〜目覚め、出会う〜>>1-2
一話〜これぞ妙案!〜>>3
- Re: 奇跡の旋律と静寂の流星 ( No.1 )
- 日時: 2014/04/12 22:07
- 名前: 白玉団子 (ID: gOBbXtG8)
その歌声響きし時。
その流星現れし時。
その光照らせし時。
この三つの言い伝えの条件を満たしたときに奇跡は起きるという。
既に亡き幼子を抱く母が、同じくして終わらない夢を見ようとしている。
自分を庇ってきた人々を思い詰めるあまり、自刃を計ろうとする人もいる。
下らない森羅万象のうち、どれのために自分は存在しているのか。それを知らないで苦しむ人もいる。
天に祈るも下を向く人々。
彼らは気付かない。数多の流星が煌びやかに瞬いたことを。
流星が振りまく光の粉が風に乗り、祈りを奉げる人々の身体を淡く照らしていることを。
そんな中で、一人の少女が小さな農村で目覚めた。
寝ぼけながら記憶を辿る中で、天に祈りを奉げる人々の記憶も流れ込む。
少女は翡翠の瞳を潤ませ、一粒ずつ涙を流す。流れてきた記憶の分だけ。
奇跡起こりし時、少女が目覚める。
幾千年、幾万年もの記憶を眼で見て収め、虚無に消えようとしている願いを叶える為、星の世界より来る。
やがて祈りが消えるとき、少女は再び星の世界へと帰る。
その伝説が、実現されようとしている。
「——可哀想に……」
寝ぼけながら辿った記憶と新たに流れ込む記憶を自身の記憶に納めた少女。
木造の古い家屋や水車などが立ち並ぶこの農村で、河川でしゃがみこむ一人の少年を発見した。
右手にはカッターナイフが握られ、左手には故人である家族の写真が握られている。
少年はカッターの刃を出し、左の手首にそれを近づけた。
リストカット。やり方によって容易に自殺をすることが出来る行動だ。
少女はそっと少年の隣に立ち、右手を小さな白い手でそっと押さえる。
「ダメだよ。祈りは受け取ったから、死んじゃダメ」
少年は少しだけ体を震わせ、少女の翡翠の眼を見る。
少年が持つ雨に濡れた大地の眼と、目線が交錯。しばらくして、少年は目線を下に向けてナイフを下ろした。
代わりに、左手の写真を握る力を強くした。クシャッと音を立てて写真が握りつぶされる。
悲しみに満ちた少年の眼を見た少女。少年をそっと抱きしめる。
「家族を失ったのは辛いよね」
「……なんで、分かるの……?」
「私は、貴方の記憶を知ってる」
少女は少年から離れる。
「貴方の祈りは分かったわ。家族と会いたいのでしょ?」
「……うん。……叶えてくれるとでも?」
「ごめんね、それは出来ない」
少女は立ち上がり、川のせせらぎを耳にしながら空に浮かぶ月を見た。
現在は夜中であり、夜行性の無視の声が辺りに響いている。
「私が叶えられる願いは、深層的な願い。この苦しみから解放されたいっていう、貴方の本当の願いを、ね」
「……」
「貴方のような境遇にいる人は皆そうよ。何よりこの苦しみから解放されたいから、もっと他を願おうとする」
少女はそこまで言うと、少年を振り返った。
銀のショートヘアがそよ風に揺れ、少年のブラウンの髪も同じように揺れる。
因みに双方とも小柄で、立ったときの身長は変わらない。
「私は、貴方の願いを叶える為に全力を尽くす。これは私の義務だから、よろしくね」
「……ねぇ、名前教えて。僕はヴァラーダ」
いまいち腑に落ちない様子の少年は、何をしていいか分からずに名を尋ねた。
やはり、また名を訊くか。答えたところで何か残るわけではないが、少女は毎度名乗っている。
奇跡に応え、この星にやって来る度に。
少女は少年『ヴァラーダ』の目を見て少し微笑む。
「——私はファルエナレイン。エレインでもいいよ」
- Re: 奇跡の旋律と静寂の流星 ( No.2 )
- 日時: 2014/05/25 19:41
- 名前: 白玉団子 (ID: gOBbXtG8)
ヴァラーダはエレインに手を引かれ、村を後にしていた。
草原と砂利道が続いており、村の上流より流れている川のせせらぎが響き、所々に点在する木々が風に葉を揺らす。
時折エレインは、振り返っては半歩後ろにいる彼に翡翠色の瞳を向け、微笑んではまた視線を前に戻している。
彼女がそれを繰り返している一方で、ヴァラーダは自分の複雑な心境に自問自答ばかりを繰り返していた。
果たして、目の前のこの少女〈エレイン〉を信じていいのだろか。
そんな問いに対し、いくつかの答えにならない答えや問題が返ってくる。
まずはそもそも、自分に置かれた今の状況を知る彼女は何者なのだろうかという疑問に始まった。
だが恐らく、この問いに対する正確な答えは暫く経たないと返ってこない。彼はそう踏んだ。
冒険家であった彼の父曰く、こういうパターンの謎は気にしたところで仕方がないという。
あとはその大元となった疑問の枝分かれだ。
何にせよヴァラーダは、ファルエナレインと名乗った自分の手を引く彼女の正体を気にしている。
一方で、このまま連れられていっていいのかという不安な思いもあった。
「怖いの?」
「!?」
その時丁度、ヴァラーダの心境を見透かすような一言がエレインより発せられた。
動揺したらしいヴァラーダは、思わず体を震わせて歩みを止めた。それに合わせて、エレインも歩みを止める。
同時に彼を振り返り、変わらぬ柔らかな笑みを湛えた。
「そうね……貴方みたいな年頃の、それも従順で大人しい子は、みんな私を警戒してきたよ?」
「——君は、何者なの……?」
いい機会だと思ったヴァラーダは、遂に大きな質問へ踏み込んだ。
彼の質問を聞いたエレインは一瞬驚いた様子を見せたが、直ぐに表情を元に戻し、彼を川の辺に誘導する。
二人は草原に寝転がった。清浄な空気のお陰で、この辺りでは星がよく見える。
年に一度、天の川という星の大集団を見られるが、この地域の夜空はそれにも劣らない。
一息ついたエレインはヴァラーダの手を取って握り、呟くように話を始めた。
「私は星の子。この星に生きる人々を苦しみから救うため、星が生んだ子よ」
「星の子?」
「端的に言えば、ね」
エレインは少し間をおいた。
ヴァラーダが、星の子と言う単語を頭にしっかり入れれるようにするためだ。
暫くして、再び話が再開する。
「この世界は、いつも苦しみで満ち溢れてる。貴方のような想いを抱く人々が、いっぱいいるから……」
「僕みたいな……?」
「そう」
エレインはヴァラーダを見た。
だが彼は、目線を夜空に固定したまま彼女の視線に気付かない。
苦笑したエレインは、目線を再び夜空へと戻した。
「そんな人々を、苦しみから解放してあげる……これが、私が存在する理由なの。それから、生きとし生ける人々の苦しみを全て開放出来れば……私は再び眠りにつくの」
エレインは目を閉じた。
星の鼓動——即ち、この世界に生きる人々の鼓動——が、彼女には聞こえた。
こんな生き生きとした生命の躍動の中で、苦しむ人々は数知れない。
毎度の事ではあるが、エレインの旅路は果てしなく長い。それでも彼女は健気に、前向きに目的を達しようとする。
それがせめてもの、救いきれなかった人々へのけじめになれればいいという、彼女なりの想いがあるからだ。
「……大変だよ」
「?」
途端にポツリと呟いたヴァラーダに、エレインは再び彼を見た。
気付けば彼は、真っ直ぐな目で彼女を見つめていた。エレインは少しだけ頬を赤らめる。
そんな彼女にも気付かないで、ヴァラーダはただエレインを見つめて言い放った。
「この世界で、苦しみを糧に生きてるような人々を救うんでしょ? それも全ての苦しみを」
共に背負うことになるであろう、救うべき者の苦しみを分かち合って乗り越えられるのか。
暗に、彼はそう訊いていた。察したエレインは、また苦笑して視線を夜空へと戻す。
「みんなを救えた例(ためし)なんてないけど、それでもやらなきゃ。じゃなきゃ、私が何でここにいるのか。意味が無くなっちゃうでしょ? だから、出来る限りの事をするよ」
横から見たエレインの目は、強い眼差しでありながら儚い。
お人よしだな。そう思ったヴァラーダは呆れ半分で溜息をつきながら、呟いた。
「強いんだね。君は……」
「当然よ。何回も経験して、慣れちゃったからね」
「——それ、慣れちゃっていいものなの……?」
二人はくすくすと笑いあった。
- Re: 奇跡の旋律と静寂の流星 ( No.3 )
- 日時: 2014/05/25 15:04
- 名前: 白玉団子 (ID: gOBbXtG8)
「うおおぉおぉぁぁあぁああ!! どうしてくれるというのだお前!!」
二人が隣——と言っていいのか分からないほど離れた場所の——街に来たときだった。
街の入り口にやってきた二人は門兵の許可を得て中に入ったのだが、丁度その時、街中に男の怒声が木霊した。
二人は揃って肩を震わせる。声にはかなりの気迫があり、遠くで響いた声のはずが、至近距離で聞こえた感じがするからだ。
メガホンを使っているような感じもしない。相当声が大きかったのだろう。
ヴァラーダは思わず、エレインの手を握る力を強くしてしまった。
自分が怒鳴られたような気がして、反射的に悲鳴も上がる。
だが彼だけでなく、エレインも少しヴァラーダの手を握る力を強くしていた。
「な、何今の……」
震える声でヴァラーダが尋ねる。
「分からない……行ってみよっか」
「ええぇ〜、大丈夫かなぁ〜……」
再びヴァラーダの手を引くエレイン。
引かれている彼はその一方で、酷く不安そうな声で何かを呟いていた。
◇ ◇ ◇
階段状になっているこの町の上層部へ行くと、商店街の真ん中で人だかりが出来ている場所があった。
その騒ぎの中心では、先ほど響いた声の持ち主らしき人物が、何か険悪な雰囲気を漂わせてヘルメット姿の男と相対している。
声の持ち主は、体つきが豪快なスキンヘッドの男。一方でヘルメットの男は、何か動きを見せるわけでもなく突っ立っている。
人だかりに近付くヴァラーダとエレイン。会話がより鮮明に聞こえてくるようになった。
「だから、落ち着きなよ」
「これが落ち着いていられるかー! あのクソ女ぁ!」
ヘルメット姿の男は、スキンヘッドの男を宥めているようだ。
だが、スキンヘッドの男は愚痴りながら、ただ地面に手と膝をついてい項垂れているだけである。
一瞬喧嘩沙汰かと思っていたエレインだが、どうやら違ったらしい。
男二人の近くには、大破とまではいかないが、機能は完全に失っているであろう一台のバイクが。
「うーん、どうしたんだろうね」
「聞いてみよっか」
「や、やめなよ〜……」
エレインは引っ込み思案のヴァラーダを引き、人だかりの中心へと向かう。
同時に何故か、集まっていた人々は散り散りになっていった。これで事が片付くのか。とでも思ったのだろう。
これで少しは気が休まる。エレインは早速ヘルメット姿の男に話しかけた。
「どうしたんですか?」
「あぁ。これ、見てごらんよ」
男が「これ」と言って指差したのは、壊れて煙を吹いているバイク。
よく見れば、かなりデザイン性の良いものだった。仕組みを見る限りでは、性能もそれなりに高い方だろう。
バイク好きな人たちであれば、誰もが知っていたとしてもおかしくない。
きっと高いバイクなんだろうな。詳しくないヴァラーダやエレインでも、一目見ただけで大凡の金額が予想できた。
「さっき、太った女の人がやってきてね……」
ヘルメット姿の男は、今起きた経緯を話し始めた。
曰く————
◇ ◇ ◇
「いやー、今日も行楽日和だな!」
「そうだねー」
スキンヘッドの男〈ローガン〉は、ヘルメット姿の男〈スレイ〉と共にバイクでこの街まで遠乗りに来ていた。
二人は揃いも揃ってバイク好きで、仕事の休みが取れた日はこうしていつも遠乗りに出かける毎日を送ってきた。
今日も遠乗り。ここまで来るのに3時間はかかった。
そうして一休みを入れていたときであった。
「あの、ちょっといいですか?」
「うん?」
見知らぬ女性4人が、突然話しかけてきた。
「お二人ともカッコいいですね。よかったら、近くの喫茶店で……」
「おっとぉ? これは所謂逆ナンってやつか?」
「あ、そうかもですね。あはは」
「よし、じゃあ俺のおごりだ! あそこまで行こうぜ」
お茶に誘われた二人は、乗り気で喫茶店まで入っていった。
そうして電話番号の交換などを終えて、夕方になった頃。
また誘い来ないかな。そう思って二人は先ほどの場所でナンパされるのを待つことにしたのだという。
すると————
「ちょっといいかしらぁ?」
突然、悪寒が走った。不意に聞こえた、地獄の底から響くような声で。
気付けば目の前に、相撲取りと間違えそうなほどに太った女性が立っていた。
顔には雀斑とニキビが出来ていて、全体的に脂ぎっている。頭にはピンクのリボン。何より、バイクの排気をも上回る汗臭さ。
全てが気持ち悪い。そう思える女性がいたのだ。
「!?」
二人は言葉を失った。
「あら、素敵なバイクじゃない」
そういってその女性は、ローガンの乗っているバイクを見る。
「ちょ、待——」
待ってくれ。そういい終わったときにはもう遅かった。
女性がローガンのバイクの後部に飛び乗ったのだが、その瞬間にバイクのタイヤが外れ、エンジン機構も潰されたのだ。
がしゃんと音を立てて崩れ、白煙を上げるバイク。とにかく、爆発しなかっただけ幸いといえる。
が、自分の前に転がってきたタイヤを見て、ローガンは暫く硬直して、膝から崩れてしまった。
「何よ、壊れてるじゃないのよぉ。私を惚れさせたんだから、もうちょっといいものかと思ってたけど。残念だったわぁ」
そんなバイクを見て女性は、初めから壊れているものだと認識したようだ。
バイクから降りる彼女。そのまま見向きもしないで、早足にその場を去っていった。
エレインとヴァラーダがローガンの叫び声を聞いたのは、その後すぐの事である。
◇ ◇ ◇
「——という訳でね。ローガンは帰りの足を失くしてしまったのさ」
「そうだったのですか……」
壊れている黒いローガンのバイク。
隣には真っ白な、またデザインが違うが見た目の良いバイクが停車されている。
これはスレイのバイクだが、このバイクでは流石に、ローガンと自分の体重は支えきれないのだとか。
よって、落ち込む彼を後ろに乗せて帰ることも出来ない。
幸いにも仕事は長期の有給休暇中なので、この先は実に一ヶ月という休みがあるという。
「考える猶予はあるみたいですね」
ヴァラーダもいつの間にか、ローガンをどうしようか真剣に考え込んでいた。
が、考え込んでいる彼とは違い、エレインは何も考えずにスレイに話しかけていた。
「スレイさん」
「なんだい?」
スレイはヘルメットを取っていた。
金髪のホストヘアが、何ともいえない爽やかな雰囲気を醸し出している。
「帰るにしても、電車を使えないのですよね?」
「そうなんだよね……」
ローガンたちが住んでいる村には直通の電車が通っていない。
乗換えを駆使して帰るにしても、片道6時間はかかる。それに伴い、運賃もかなり高くなる。
さらに今のローガンとスレイは、彼の帰りに金を使う余裕が無い。
それに加え、最寄の駅から村に行くまで実に2時間歩かなければならない。
勿論バス停など無い。ローガンは、地図に乗っているかどうかも怪しい辺境の村に住んでいるのだ。
それを聞いたエレインは、これぞ妙案と言った風に迷わず口にした。
「なら私達も手伝うので、ここで働いてお金を稼ぎましょう」
——と。
「おぉ、そいつは名案だ! 助かったぜお譲ちゃん!」
涙ぐんでいるローガンが、その豪快な手でエレインの小さな手を握る。
スレイも、その手があったかと大きく頷いて感心していた。その一方でエレインの服を引っ張る人物が居た。
ヴァラーダだ。
「ね、ねぇ。私達ってことは……」
「そうだけど」
「え……えぇ〜〜!?」
然も当然といった答え方をするエレインに、ヴァラーダは思わず眉をハの字にして肩を落とした。
「人助けは私の役割だからね。ほら、文句言わないの」
ローガンたちが見惚れるほどの笑みを浮かべるエレイン。
ただし、目は完全に笑っておらず、ヴァラーダは苦笑して固まるだけであった。
『ここで嫌だって言ったら、きっと良くないことが起こるんだろうな……』
大人しく彼は、彼女につき従うことにした。
その際にスレイは、彼女が言った「役割」という言い回しに首を傾げていた。
- Re: 奇跡の旋律と静寂の流星 ( No.4 )
- 日時: 2014/05/31 13:39
- 名前: 白玉団子 (ID: gOBbXtG8)
「うぅ、何で僕がこんな目に……」
腕に嵌めた腕輪を眺めながら、ヴァラーダは独り言をブツブツと呟いていた。
エレインたちと別れた彼は現在、街の近くに聳え立つ山の中にいる。
早速ローガンのために金を稼ぐことになった彼の仕事は、この山の中で湧き水が出るところを探すというもの。
だが、一筋縄ではいかないのは目に見えている。
エレインたちは彼と別の方法で金を稼いでいるので、結果的に一人でこの野山を探索せねばならない。
そう思うと思わず溜息が出る。気の遠くなるようなこの作業は、何時になれば終わるのか分からないのだから。
ヴァラーダの嵌めている腕輪はエレインからもらったもので、彼女曰く、魔除けの効果がある腕輪とのこと。
(これ、本当に効くのかな……)
昼間の野山は穏やかなものだが、夜になれば夜行性の獰猛な動物達が跋扈し始める。
動物達は人の汗や血の臭い、発する音などあらゆる源を察知し、獲物として確実にしとめてくる。
歴戦の猟師でもない限り、それらに打ち勝つことは難しい。ヴァラーダのように貧弱と尚更だ。
ヴァラーダはとりあえず、野山の探索を始めることにした。
- Re: 奇跡の旋律と静寂の流星 ( No.5 )
- 日時: 2014/05/31 22:42
- 名前: 白玉団子 (ID: gOBbXtG8)
ヴァラーダが苦労している一方で、エレインは彼の事を心配しつつ仕事に取り組んでいた。
ふと湖の近くを通りかかった時。彼女は、水面をじっと見つめている男を発見した。
何をしているのかと彼女が男に問うと、水面に映る自分の顔を見つめているのだという。
何だ、体調不良ではないのか。そう思ったエレインは別れを告げ、その場から去ろうとする。
「あぁ、今日も私は美しい……」
瞬間、男はそう呟いた。
「気色悪……」
不意にエレインは苦笑を浮かべ、無意識のうちにそう言っていた。
すると、立ち上がって彼女を見ていた金髪の男は、その場でガックリと崩れ落ちた。
両手両膝を芝生について落ち込んでいるその様は、まるで借金を負って人生のどん底まで落ちてしまったかのようである。
表情も、何もかもに絶望したといった感じのそれで頭を抱えている。
「そ、そんな……私は、美しいはずだ……」
得体の知れない何かと出会った気がしたエレイン。
男から距離をとろうとその場を去るが、男は恨めしそうな目つきで彼女の後をつけてきた。
どうあっても、自分は美しいと彼女に認めさせたいらしい。
エレインは男を振り返る。
「何? 私忙しいんだけど」
いつになく険しい表情を浮かべているエレイン。
幾万年もの記憶を脳に納めている彼女でも、流石にストーカー行為をされるのは嫌らしい。
だが、男は追跡をやめようとしない。
やがてエレインが立ち止まった頃合を見計らい、男は〈ヴァルカン〉と名乗ってから話を始めた。
両手を大きく広げ、何か芝居じみたような仕草で。
「君のように可憐で美しく、そして儚い女の子。きっとこの世に二つと無いだろう」
二つ。その単語にエレインは、こめかみをピクリと脈打たせた。
人を物扱いするなという、強烈な怒りが胸を渦巻いている。が、とりあえず話だけでも聞くことにした。
このまま去ったところで、ヴァルカンと名乗ったこの男は自分の後をつけてくるだけだと分かりきっているのだから。
「だから、君に認めてほしいのさ。私が美しいことを!」
「うん、正直綺麗だよ。さらさらな髪に汚れのない頬。どれも素敵だよ」
いよいよ面倒臭くなったらしいエレインは、ヴァルカンの頬と髪に触れ、真っ直ぐに彼の瞳を見た。
実際には凄く不愉快なのだが、こうでもしておけばそのうち自分から去っていくだろうと思い、彼女は我慢した。
「そうだろう? あぁ、ようやく分かってくれたか……」
すると予想通り、ヴァルカンは目を閉じて顔を逸らした。
ここいらが潮時である。
エレインは自分でもビックリするほど素早く、忍者のように一切の足音を立てずにその場から去った。
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