複雑・ファジー小説
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- 落ちこぼれグリモワール 第5話開始!
- 日時: 2015/07/03 01:44
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Nw3d6NCO)
- 参照: 7月3日更新いたしました。 ※後々全話加筆修正していきます。
※参照1000突破記念でオリキャラ募集始めました! 詳しくは【新リク依頼掲示板】で探してね! それとも>>40のURLから飛べるから確認してね!
題名「オリキャラを募集しております!」
【ご挨拶】
クリックしていただき、まことにありがとうございます。
ひっそりと再び小説の方を書いていきたいなぁと思い、ファジーにて最初気まぐれの超亀更新として始めていきたいです。
順調に足並みが揃えば更新速度を少しずつ上げていく予定です。よろしくお願いしますー。
あ、ちなみにコメディチック路線気味に加え、ラノベ調に近いものとなっております。ただ表現がグロテスクな場合等が出てくる恐れがあるので、ファジーにて書かせていただきます。ご了承ください。
【目次】
プロローグ【>>1】
第1話:落ちこぼれの出会い
【#1>>2 #2>>4 #3>>6 #4>>7 #5>>10】
第2話:天才と落ちこぼれ
【#1>>12 #2>>13 #3>>14 #4>>15 #5>>16 #6>>17 #7>>18】
第3話:非日常の学園生活
【#1>>19 #2>>20 #3>>21 #4>>22 #5>>23 #6>>25 #7>>26 #8>>27】
第4話:落ちこぼれの劣等感【事情により、#8と#9は連続してお読みいただくことを推奨します】
【#1>>28 #2>>32 #3>>33 #4>>34 #5>>35 #6>>36 #7>>37 #8>>38 #9>>39】
第5話:恋と魔法と性転換
【#1>>40
- Re: 落ちこぼれグリモワール 久々に更新です; ( No.36 )
- 日時: 2015/05/05 22:33
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Nw3d6NCO)
- 参照: 勢いで嘔吐物って感じで……(ぇ 参照900突破ありがとうございます!
意識が遠のいて行く。最後に見たニールさんの表情さえもがおぼろげになっていって、遂には何もかもが消えてなくなるかのように一瞬意識が遮断された。
『これ……どこかで……』
まるで何かを思い出したかのようなテレスの声が頭に響くのを感じて。
気付いた頃には俺は——空中で目覚めていた。上空何メートルか分からない。ただ、自分の視界に映っているのは綺麗な青々とした空の景色だった。……おいおい、冗談きついぜ、ニールさん。
為す術もなく体重に任せて俺は頭から落下していく。冷静になる暇もなくただ俺は、これは確実に死ぬやつだと本能が教えてくれていることを必死で抗いたかった。
「————うぉぉおおおおおぃいいいっ!!?」
しっかし、人間こういう時には叫び声しか出ないもんで。ここがどこなのか把握もしないままに落下する身体をどうにかしたいが出来ないのが現状なわけで……。
『下に誰かいるよ!』
不意にテレスの言葉が響いた。言う通り、俺の落下地点にどこかで見たことがあるような気がする男装をした女の子がいた。その子もどうやら俺に気付いている様子。まあ叫んでたしな……。
と、俺からすれば何をどうできるわけもないのでとりあえず危険なことを知らせたい。その一心で俺は叫ぶ。
「そこ、どいてぇえええええ!!」
「き、きゃああああああっ!!」
が、それが裏目に出たのか否か。女の子が避けるどころか叫び声をあげてその場で縮こまってしまった。
これは、完全にダメなやつじゃないですかね……。これがたった数秒の出来事であって、ぶつかると思うまでもなく俺は少女にぶつかった——はずだった。
しかし、俺は生きていて、彼女もピンピンしている。どころか、わなわなと何か言いたげな雰囲気を醸し出しながら俺を睨み、その細くて白い指を俺に向けてから間髪入れずに言い放った言葉は、
「正体は、"魔人"だったのっ!?」
というわけで……。俺の頭は真っ白になるどころか、いやどうしたらそうなるのと抗議をしたいところではあったが、どうやら彼女の顔つきからして理由がありそうだった。
『あ、この子、あの時の……!』
テレスがまるで思い出したかのように言う。それを聞いて、俺も思い出す。ああ、この子、確か入学式の日の騒動の……。俺が間に入って、燐にこっぴどく怒られたあの時の絡まれていた少女か。
……ん? 待てよ? あの時にはまだ——
「な、何とか言えよ!」
彼女の方もまた思い出したかのように男口調に戻ってこちらに訴えかけてきた。……まあ、気のせいだろう。ふと頭に浮かんだ疑問を振り払い、俺は彼女に対して親切に言ってやるとする。
「男口調しても、女の子って分かってるから意味ないぞ」
「は、はぁっ!?」
あれ、どうやら反感を買ったようだ……。難しいな、乙女心ってやつは。しっかし、どう見ても普通の女の子のようにしか見えないが、男装しているのには何か理由があるのだろうか。
「あんまりジロジロ見るな!!」
「じゃあどうしたらいいんだよ……」
扱いづらいなぁ、と思いつつもとりあえず会話をしないと始まらないと思ったので質問してみることにした。
「あのさぁ、何で俺が魔人だと?」
「それは……"反応”が、魔人だったから……」
「反応?」
「あ、あんたには関係のないことだろ!」
「確かにそうかもしれないが、そっちの事情が何も分からないまま、ただ魔人扱いされるっていうのは気分が悪いだろ?」
「う……!」
歯を食いしばり、俺を睨みつける少女。何だってこうも嫌われてるんだか……。数秒考えたのか、少女は諦めたかのように大きくため息を吐くと、決意したように話し始めた。
「……あんたも聞いただろ? 俺の中には"ロクでなし"と呼ばれる能力がある」
そのフレーズを聞いてどこかピンときた。そういえば何か中二病こじらせたようなネーミングセンスをした魔法を出していたやつがそんなことを言っていたな、と。ぼんやりとあの光景と共に怒った燐が俺に刃を向ける場面を想像してあの時の恐怖もついでと言わんばかりに思い出させてくれた。いい迷惑だ。
「何もしていないのに、まるで魔法のような現象を引き起こすんだよ。でもって、その現象自体が薄気味悪くて"ロクでなし"って呼ばれてる」
「その現象って、例えば……」
「そう。さっきみたいに、あんたが空から飛び降りてきて弾き返せたこととかね」
「すげぇな。自動で発動するバリアみたいだな」
「……でも、それが発動するには一定の条件が必要なんだよ。それが、"魔人のように魔力を原動力として存在している者"とかにしか発動しない。つまり、普通の人間には発動しないんだよ」
なるほど、そのせいでか。だから俺のことを魔人と言ったわけだな。やっぱりちゃんとした理由があったみたいだ。
勿論、彼女の言う"ロクでなし"という能力は嘘かもしれない。けれど、先ほどの現象は確かに魔法とは違う何かな気がする。魔術式を発動した時特有の陣が現れていなかったし、第一そんな暇もなく彼女はその場で縮こまってしまっていたはずだ。
ま、何にせよ……大体の予想はついている。そんな魔力を原動としてる存在なんて俺を除いてなら、テレスぐらいしかいないだろう。
しっかし、それをどう説明するかだよなぁ……。
『やっぱり、私に反応して……?』
と、何故かどこか嬉しそうな様子のテレス。まあ、俺からしてもテレスは俺の夢幻というわけではなく、実際に存在してくれているという安心感も芽生えてはいるけど。
「一体どうなんだよ!?」
あー、なんて答えればいいかな。俺そういう説明苦手だしなぁ。
頭の中で考える。考えるが、思い浮かばない。というより、何故か気分が悪くなってきた。何だこれ、俺どうした。
「う、うぉおおお……ッ!?」
「え、な、何だよ……!?」
う、しまった……相手がビビってる……! いや、違うんだよ。急に、嘔吐感が出てきて——あっ、忘れてた。ワープしたら、気分がすこぶる悪くなるんだった。
「うえぇええええっ! ぐぅうう、こ、これのことかぁあああ!!」
「ちょ……こ、怖いんだけど……!」
やばい。マジでドン引きされてるじゃん。これはどうにかしないと今後に影響しそうだ。でも、めちゃくちゃ吐きたい。もう胃の中から何かが煮えくり返りそうなほど出てくる予感がする。でも、耐えろ。耐えるんだ俺。しかし誤解は解きたい。何を思ったか、俺は彼女に向けて一歩ずつ歩み寄る。
「い、いや、そんな怖がらなくて……! あ、あああああ! うぇえええ! 吐きそぉおおおっ!」
「く、くんなよ!!」
完全に拒絶しちまってるぅぅうっ! 後ろに退いていく彼女。でも言葉が出てこない。撤回の余地がない。違うんだよ! 本当に! 俺はそんな変なやつじゃないから、変な奴を見るような目で見るのは本当やめ——ッあ、出る。
「おええええええぇええ!」
「い、いやああああああ!!」
彼女はめちゃくちゃに腕を振り回し、俺は(ピー)を地面に撒き散らす。彼女の腕はある一定の虚空に向けて振り払われ、紫色の光が放たれ。
そして、世界に亀裂が奔った。
—————
「ほぉ……なかなかやるようですね。さすが、おびき寄せただけのことはある」
気を落ち着かせたのか、魔人は冷静に言い放ち、何事もなかったかのように腹部の傷跡に右手をかざし、魔術式が現れる。すると傷口が完全に塞がれ、余裕の笑みを零した。
やはり、魔人は魔人。それも咲耶と古谷が先日襲われた魔人よりも言葉を理解して喋っているような雰囲気を感じ取れる。明らかに高等な魔人だと古谷からも理解出来た。
「ふぅ、先ほどは取り乱してしまって申し訳ありません。つい、興奮しやすい性質でしてね……。自己紹介をしましょう。私はファフニールと申します。冥土の土産にどうぞ……」
と、嫌味たっぷりな言葉を告げて右手を大きく広げながら優雅に一礼した。
「……ロゼッタ。クラス:ボーダー」
律儀に名乗るロゼッタに多少戸惑いながら、これは自分も言わないといけないのかと思いつつ、ファフニールの方を見た。
「ふふ……名乗らなくてもいいのですよ? ただ、死んでも私の名を受け継ぐようにと思い、私は名乗ったのですから……。それで、貴方の名前は?」
って、聞くのかよ!! と、どこからともなく咲耶の声が聞こえてきそうだなぁと古谷は思いながらも、よく分からない心境で古谷 静、クラス:ボーダーとだけ答えておいた。
……調子が狂う。そう思っているのは古谷だけだろうが、相手は魔人なのだ。しかし、今までの魔人とは多少風変わりで、自身としては参っていた。魔人とは、会話も通じず、ただ殺戮を犯すものだとばかり思っていたが。過去に家族を皆殺しにした魔人の印象をニールに話すと、恐らくそれは強力な魔人であり、力をつけなければ敵わないと言われた。
そして、クラス:ボーダーに入ったのだが、この魔人はあの魔人ではないと思えば思うほど自分の中の殺意が衰えていくのを感じた。
(ダメだ……こんな調子じゃ、魔人を倒せない。僕が先ほど倒した魔人は小型の魔人で……)
そんなもので調子に乗っているようじゃ、仇は討てない。と、気を引き締める。
それを見て、ファフニールは笑い声を漏らす。
「ほう……貴方もクラス:ボーダー、ですか。聞いたことがありますよ、クラス:ボーダーの名は……。魔法学園の中でも、驚くべきことに私達のような高等の存在を相手にしようとしている人間がいると、ね」
が、しかし。とファフニールは続ける。
「見たところ、貴方のような"貧弱"な人間が所属するような部隊。我々の敵ではありません……。さて、そろそろ無駄話はやめて——ッ!?」
その時、古谷の隣にいたロゼッタがほとんど一瞬のうちに数十メートル離れたファフニールの眼前に槍を構えて立っていた。そして、モーションは既に始まっている。槍はファフニールの首を斬り落とそうと横に振るおうとしていた。それもかなり速い。常人では見切ることも避けることも叶わないだろう。
驚くファフニールだったが、それも刹那のこと。自身は全く動かないというのにどこか余裕の笑みを浮かべていた。彼の後ろからとてつもない速さで先ほどの犬の姿をした魔人によく似た、それよりも大型の犬の魔人がロゼッタに襲いかかったのだった。
しかし、冷静にロゼッタは空いている左腕を構え、魔術式をいつの間にか発動させていた。
「——氷槍」
氷で作られた鋭い槍が上空から飛び掛る魔人を貫かんと突如ロゼッタの左手に掴まれた状態で出現した。それは見事、犬の魔人の頭部を貫き、そのままそれを投げ捨て、右手はそのまま止まらずにファフニールの首元へ。
が、犬型の魔人に意識を少し持っていかれていたのが原因か、ファフニールは少し後ろに下がり、魔術式を既に発動していた。
「甘い!!」
「!」
手のひらから黒色の炎が巻き起こり、突風の如くロゼッタを包み込もうとする。右手で既に槍が振り払われた後であったが、後ろに跳躍するように翻り、黒色の炎を避けた。
距離自体は短いものの、黒色の炎はその真下で音を立てて倒れた犬型の魔人に当たると瞬く間にその全身が黒い炎で包まれて燃え去ってしまった。
これだけ濃密なやり取りがたった数秒の間に起きたことを古谷はただ呆然と見惚れていた。そのことを情けなく感じつつも、これが本当の魔人との闘いなのだと息を呑む。
「ふはは、いいですねぇ貴方。そこにいる男とは比べ物にならないその動き、その魔法の完成度。現に私の黒炎を喰らっても溶けきっていないのが証拠です」
ファファニールの言う通り、犬型の魔人は燃え尽きて姿形は消え去ったというのに、ロゼッタの氷槍は黒炎に包まれてもまだ燃え尽きていなかった。あの短時間でそれほどの完成度の氷槍を召喚する。これは相当な魔法の使い手でなければ出来ないことだった。
「気をつけて。あいつは本物の高等な魔人。下手をすると、死ぬ」
ロゼッタはわざわざ古谷に忠告を送った。それの意味は、古谷に少しの戸惑いや何かを感じ取ったのからか、単純にどれほどの魔人か測ることが出来なかったから教えただけなのか。その意図はどれにしたとしても、古谷にとっては相手は"かなり強い"とだけ知ることが出来ればそれで十分だった。
それでも、戦わなければ何にもならない。それにロゼッタがついているのだ。多少のミスがあってもきっとカバーしてくれる。俺ならいける、と何かが古谷を動かした。
「勝負だッ」
「今度は貴方ですか? 貴方はそこで待っているだけでもいいのですが……まあ、格の違いを見せ付けるのもいいですかね」
「な、なめるなよ!」
左腕をバスターモードにさせて、それを乱射させるようにしてファフニールの方へ突進する。
「っ、ダメ、それじゃ——!」
ロゼッタがらしくない、どこか焦るような声で言う。しかし、古谷は既に突進し、ファフニールの方へ駆け出している。ロゼッタはすぐに氷槍を精製するが、
「甘いですねぇ!!」
「なっ!!」
ファフニールは既に古谷の後ろに回り込み、右手に既に持ったナイフで古谷の背中を斬り付ける。
「ぐぁああっ!」
前から倒れる古谷に、右手を構え、手のひらから黒色の炎が現れる。それを古谷に、ではなくロゼッタが投擲した氷槍に当てて表面から溶けさせた。
「先ほどより純度が高いのでねぇ。貴方の氷槍といってもすぐに溶けますよ」
氷槍はファフニールの言うように瞬く間に溶ける。それを見るや否や、ロゼッタはファフニールの方へ駆け出す。
「貴方は先ほど、私の力を"理解した"。それは理解できるだけの"力"があるからだ。——しかし、この男は違う。私の力の加減を理解していない」
「な、に……!?」
倒れる古谷は相手の手のひらの上で先ほどの何倍にも膨らむ黒炎の塊を生み出していた。
「勘違いをしているようなので仰います。私が貴方方を"ここに招いたのですよ"?」
ファフニールの言葉に呼応するかのように、周りの地面という地面から先ほどの大型の犬の姿をした魔人が出てきた。その数、十匹は優に超えているようだった。
出現したとほぼ同時、ロゼッタを見つけるや否や、数匹が一斉に飛び掛っていく。
「一体一体に私が与えた魔力は少し大きいので、先ほどのように簡単にはやられませんよ?」
「ッ」
ロゼッタは槍を構え、数匹の犬の魔人に対して牽制するようにそれを振り回す。連携しているかのように交互に攻めてくることもあってか、なかなかファフニールのところに近づけなかったからだ。まずこの犬の魔人を倒さなければ、ファフニールには辿り着けない。しかし、このまま相手をしていれば古谷がやられてしまうかもしれなかった。
「さぁて。貴方はもういいです。どうせ食したところで、ロクな魔力を得ることはないでしょうからね!」
ファフニールは腕をあげて、その黒炎を古谷に向ける。
「く、そぉっ!」
古谷は左腕を構え、バスターモードで風の弾を作り出し、それをファフニールに撃つが全く集中されていない風の弾は威力も何もなく、ただ空気がファフニールに当たるぐらいの程度。
「ふははは! その程度! 痒いぐらいで——!」
ズバッ、とファフニールの胸部に痛みが奔る。古谷がスラッシュモードに変えて胸部を横から薙ぎ払おうとしたのだが、背中の傷が響いているのと倒れ込んでいることからか、力が入らずに刃は中途半端に胸部を切り裂いただけだった。
「ぐ……! その左腕、やはり……! すぐに殺すよりも、恐怖心を煽り、なぶり殺そうかと思いましたが! やはりこのまま黒炎で包み込んであげるとしましょうか!」
ファフニールが声を荒げ、古谷を黒炎で包み込まんとした瞬間。
バキッ、と何かが割れるような音。そして世界が溶けるような感覚。紫色の光が世界全体を覆いつくし、そして破壊される"魔境"。
そして——突如現れる二人の姿。そして、"嘔吐物"。
「おぇえええええっ!!」
「いやぁあああああ!!」
その二人は叫び声をあげながら魔境をぶち破り、ファフニールと古谷の方に乱入してきた。
「な……っ!?」
驚いた声をあげるファフニール。それと、目を疑う古谷。
それは見たことある人物が嘔吐物を撒き散らしながら乱入してくる瞬間だった。
「桐谷君っ!?」
そう、彼の名は桐谷 咲耶。
嘔吐物を撒き散らしながら仲間の窮地に颯爽にも登場したのである。
- Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.37 )
- 日時: 2015/06/12 14:57
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Nw3d6NCO)
- 参照: 最近少しずつ更新出来ていっているぅう。……頑張ります;
嘔吐物に塗れた地面。その被害はファフニールの足元にまで及んでいた。
丁度桐谷 咲耶こと俺が嘔吐物を撒き散らしながら乱入した先にはどの時代の貴族だよ、と思わずツッコミたくなるような服装をした金髪頭の胸糞悪くなるぐらいのイケメンがいて。
その足元ぐらいに古谷が驚いた顔で俺の名を呼んでいた。なるほど。この一瞬で分かるぞ? これはまさしく窮地だったわけだな。そこに俺が颯爽と——
そこで、俺の視界が突如埋められる。嘔吐は止まったが、まだ気分が悪い。そんな中、俺の嘔吐物が付着したスーツが現れたのだ。いや、自分のものであってもやっぱり不愉快だな……。
「……よくも」
「え?」
見上げれば、それはまさに憤怒の如く。せっかくのイケメンが台無しになりますよ、と声をおかけしたいぐらいの凄まじい形相を滲ませた金髪貴族が手と声を震わせながら俺を見下していた。
「よくも私の自慢の衣装をぉおおっ!!」
グルグルグルと低い音を立てて男の右手が暴発するかのように黒い炎で渦巻いていく。これはやばい、と瞬時に察知した俺は逃げようと後ろに退いたその瞬間。
「いい加減、そこをどけぇええええっ!!」
「ぐぼほっ!!」
……が、俺の意識は前蹴りを喰らったことで一瞬吹き飛ぶ。なおかつ、またしても紫色の光が現われて俺を衝撃以外の"何か"で吹き飛ばしたこともあり、非常に俺としては死にそうなレベルで痛い。
何かと思えば、男装女子の蹴りが俺にクリーンヒットしていた。それまで男装女子をクッションのようにしていた俺は別目線から見ると押し倒しているようにも見えたわけで……俺の口から零れた嘔吐物を避ける為にも男装女子の行動は必然だったのかもしれない。
しかしまあそのおかげでキレる貴族風の男から難を逃れたわけだけど、それだとあの男装女子が俺の代わりに黒い炎の餌食に……! と、思ったわけだが何故か貴族風の男は黒い炎をやめ、むしろ驚いたかのように目を見開いていた。
「な……! その紫の光。そしてこの魔力の波長……。これならば魔境を破壊してきたとしても納得……。まさかこのファフニール、怒りのあまり目の前の"異例な存在"に気付かなかったとは!」
この男の名前はどうやらファフニールというらしく。少女の例の"ロクでなし"の能力に驚いているようだった。その間に男装女子は立ち上がるが、ファフニールの様子を見るや否や、顔色がどんどん青ざめていく。
「もしかして、本物の魔人……!?」
「うん……? 何だその反応は? ……もしかすると、貴様、まだ"その力"を理解して使用していないというのか……!?」
何かに勘付くように言葉を呟いていくファフニール。そして本物の魔人だと知り、後を退く俺はというと、ようやく起き上がることが出来たと思いきや、紫の光の副作用だか何だか知らないが、身体に若干の痺れを感じていた。
『大丈夫!?』
心配するような声で語りかけてくるテレス。しっかし、やっぱりテレスに反応していると見て間違いなさそうだけど、テレスは何ともないのだろうか。
『私は大丈夫だけど……』
テレスには何も異常はないらしい。身体を持ってる俺だけ何でこんな目に遭ってるんだよ。不公平じゃね?
そんなことを思ったりもしたが、何となく少女のピンチを感じ取る。といっても俺が近づいたらまたあいつの能力で吹き飛ばされそうな気がするんだけどな。
「でも、行くしかないだろ!」
と、ダッシュする俺だったが、それは杞憂だといわんばかりに上空から彗星の如くロゼッタがファフニールの頭上を目掛けて氷槍を突き刺した。直後に凄まじい衝撃と煙や轟音。それらのせいで果たしてロゼッタの攻撃は上手くいったのか定かではない。
煙は一瞬で解かれたかのように霧散し、そのわずかな間にロゼッタは少女を抱えて後ろに跳んでいた。
「ぅわっ!」
少女はその勢いでよろけながらも地面に着地する。ロゼッタはというと、その最中にも再び駆け寄って来る大型の犬を相手に……って、何だありゃぁっ!? 二人が倒したはずの犬の魔人の何倍もでかい奴等がウヨウヨいやがる!
「邪魔ばかりしてくれますねぇ……!」
「……魔境は解かれた。すぐにでも異変を察知して魔法学園から応援が来るはず」
「全く、群れるのだけは得意なんですから……。しかし、猶予はある。それも、戦果をあげれずに帰るのも癪なのでね!」
と、古谷に目を向け——ずにまさかの俺だった。
「あの無礼を犯した男をまず殺すとしましょうかね!」
そりゃこの中では俺は一番弱いんじゃないかとも思うし、そりゃ狙われるかもしれん。けど……そんな嘔吐物に対して怒られても知らん。それに関しては俺は悪くない。むしろ、それはニールさんに向けて怒れといいたいぐらいだ!
「させるかぁっ!」
古谷が銃口から風による魔弾を連射するが、ファフニールはそれらを難なくと避け、尚且つ大型の犬の魔人を古谷に出向かせる。
「負け犬はそこで待っていろ!」
やばいやばいやばい、こっち来るよあいつ。どうする、どうすればいい。俺に何が出来る?
一人じゃ何も出来ない。そんなことは分かってただろ。それでも俺はここに来た。それは——助けたいと思ったからだ。どれだけ危険だろうが、どれだけ不安だろうが、関係ない。
そこに意思と動く手足があるのなら、必死で助けてやるのが落ちこぼれなりのモットーだから。
「テレスッ!」
『な、何!?』
突然話しかけられたことで驚きを表すテレス。最近様子がおかしいテレスは一体何を考えているのだろうか。別に俺が知ったところで、どうにもならないとか、色々とわけわかんないことばっかり考えて聞かなかったけど、それじゃダメだ。それじゃあ、俺と一緒に戦ってくれない気がした。
「一体何を考えてる!」
『……え? それは一体どういう——ッ、前!」
テレスの言葉に合わせて前を向くと、すげぇ形相と速度でファフニールが右手をあげてこっちに向かってきていた。
「死ねえええええ!!」
「誰が死ぬかあああ!! 足掻くわああああ!!」
わけのわからないまま返事をし、俺は全速力で避けることに専念する。
「うぉぉおおおっ!!」
ファフニールの低い唸り声とその手が地面に激突するのはほぼ同時だった。激突した瞬間、黒炎が柱のように立ち上り、その一面の地面に焦げ跡と爆砕を発生させ、避けきったかのように思えた俺はそれに呼応するように発生した熱風によって吹き飛ばされた。
背中から地面にバウンドし、引きずられる。せっかくの制服が台無しだ。普通科といえど、魔法科と同じように制服は耐性が備わっているが、普通の生徒の制服ということもあってか魔法科よりも耐性が弱いらしく結構な衝撃と共に痛みも奔る。
「ッ、話の続きだ! テレス、お前最近何かあったのか? 最近のお前はらしくないというか……」
そんな中でも俺はテレスに話を再開する。ファフニールがこちらをギロリと睨んできた。すげぇ怖い。それよりも犬の魔人がさっきよりも多い気がしないでもない。俺にだけ襲ってこないのは、ファフニールが自ら相手するからなのかはわからないが。
とにかく、こんな土壇場でどうして俺もテレスに聞いたのか。もっと聞くチャンスはあったのに。それは俺が——テレスに遠慮していた部分が大きい。何せ、こんな落ちこぼれの身体と一心同体みたいなことになってしまったことは、そもそも俺があんな魔法を唱えたからだ。まさか発動するとは思ってもみなかったが、結果としてこうなってしまっている。本来なら、もっと強くて優しい……燐のような存在に拾われるべきだった。それが、出来損ないの俺で。
だから、俺は"落ちこぼれ"のままでいようと。俺はこんなにも弱いんだと。その拒絶から、落ちこぼれの劣等感から俺はテレスを遠ざけていたのだった。期待されて、失望されるのはもう、慣れていたから。俺だからこそ、聞けなかった。
でも。それでも。紅さんに言われた言葉や、ニールさんに言われた言葉が俺の中を抉る。本当は、魔法を使えることは嬉しかった。それも、若干微妙ではあったけれど、燐たちを助けることが出来た。それが、何よりも。俺のしょうもない劣等感よりも、テレスと二人でやれたらいい。だから、このタイミング。この土壇場の、逃げようのない場面で。
『それは……』
テレスが気まずそうに一言。な、何だ。何でも言って来い。今の俺なら全然! な、何でも受け止めれる気がしないでもないけど無理な気がするぞ!
「随分と独り言を喋る余裕があるのですねぇ……」
ピキピキ、とファフニールが血筋を浮かばせてこちらにゆっくり歩み寄ってくる。こりゃ、ゆっくりと会話もしてられん。
「つっ……!」
起き上がろうとしたら、背中の痛みがじわりと響く。くっそ、力が上手く入らねぇ。これは本格的にやばいな……。
「まあ、いいでしょう。安心してください。貴方のお仲間は皆必死に私の僕と戦ってますから。君のお仲間の"彼女"といえど、私の魔力を練りに練った固体ならば少々時間がかかることですし……」
ペラペラとよく喋るやつだな……。正直耳に入ってこねぇ。それよりもテレスの言葉が気になる。
土壇場で聞いた俺も悪いな。なら、そうだな。俺はお前よりも先に俺の気持ちを告げることにしよう。その方が、手っ取り早い気がする。
「お前が今、何を思っているのか分からない。けど、俺は……お前の力が必要だ。テレス」
『……!』
「お前が何者で、お前がどういう存在なのかも分からない。けれど、お前が綺麗な銀髪をしていて、女子ですって感じの容姿をした女の子ってことは十分に存じ上げて——」
『い、一体何を言っているの……?』
「……すまん、最後の方は忘れろ。とにかくだ。要するに——」
「ごちゃごちゃと人を無視して独り言をするなぁっ!!」
未だに力が入らないのって、なかなか貧弱だな、俺。それでも構わずに俺に向けて振るわれるファフニールの黒炎に包まれた腕。一瞬の内に溶けるのかなぁ、何て思っていたら。
バキバキ、とそれはガラスが砕け散るように紫色の光に包まれて消える。ファフニールの腕に手をかざす一つの手は白く細く、か弱い少女の手だった。
「おのれぇ、"破魔"の小娘ぇっ!」
あの男装女子がファフニールの魔法をまるで破壊するかのように無力化させていた。
「何がなんだか分からないけど……そいつは私の客だから、手出しさせない!」
声が震えているのが分かった。彼女は目の前の存在に怯えている。人ではない、異端の存在に。
その彼女を睨み、ファフニールはいとも容易く彼女を捉える。
「ふんっ、貴様如き……魔法さえ使わなければよし!」
「っ、うぅっ!」
ファフニールは男装女子の首を片手で掴み上げ、上に軽々と持ち上げた。足が浮き、本格的に少女の首元が絞まっていく。
「黙ってみておればいいものの……自ら死に急ぐとはなぁっ!」
「ぁ……ぅう……ッ!」
「おい! やめろ!!」
ギリギリと力が入っていくのが分かる。このままじゃ、殺されてしまうということも。苦しんでいく少女は弱弱しく、体から力がだんだんと奪われていっていることが様子を見ているだけでも理解出来た。
何とか、力を入れて立ち上がる。やるしかない。俺しか今、助けることは出来ない。いや——"俺達"しか!
「頼む、テレス! 力を貸してくれ!!」
その瞬間。重低音、そして魔法陣が何重にも俺を、全身を包み込んでいく。
『——勿論っ!』
明るい返事。それは前のテレスに戻ったかのように。俺の答えを聞いて、晴れ晴れとしたかのように。
一瞬、自分の中に"何か"が雪崩れ込むような感覚が全身を駆けて行くような気がした。果たしてそれが何かは分からないが、それは自分の力となり、また戦う為の糧となるような予感がした。
踏ん張らないと入らなかった力は自然と湧き上がっていく。軽々と身を起こし、両足でしっかりと地面を踏む。
「何だ……? この魔力は……!」
男装女子の首を絞める力を緩め、地面に離す。咳き込んでいる彼女には目もくれず、ファフニールは俺を見ている。
まるで違う。そう思わせたのは、どこかテレスと心の通いがあったからなのか。これが魔力というものなのか分からないが、今ならやれそうな気がする。
「さっきはよくもやってくれたな、このやろー。……次は俺の。いや……"俺たち"の番だ」
『そうだそうだ、このやろー!』
落ちこぼれ、調子に乗る。テレスもまた、調子に乗る。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【あとがき】
っと、ごめんなさい! あとがきと称して告知をしたいと思います!
参照が1000到達いたしましたら記念にオリキャラ募集をしたいと思っています! 考えているのは、結構厳選するような感じになると思うので全部採用! とかじゃないことだけお伝えします。落選になった理由等は書かず、完全に僕個人の独断と偏見でオリキャラを選抜いたしますのでご了承ください……。
ちなみに、募集するオリキャラの枠というか立ち位置ですが。
「クラス:ボーダーのレギュラー枠(物語に頻繁に登場する)」が一名(良いのがあれば増えるかもしれません)
「魔法科クラスの生徒(今回は燐と同等のAクラス級の生徒&もしかしたら燐と同じ部隊入り)」が一名(こちらも増えるかも)
「魔法科クラスの教官」が数名(数は未定)
「魔人&凶悪犯罪者(魔人、凶悪犯罪者は魔法を使用する)」が数名(数は未定)
以上! これらのメンバーを募集したいと思います!
ゆっくり厳選したいのでそれぞれ期間等も設けたりとか、色々と小細工してやっていこうかなと思います。
また、自分のいつもながらのことなのですが、オリキャラ本募集の方に関しては【新:リク依頼掲示板】の方でさせていただきます。
なので、こちらのスレで投稿されました方は吟味する余地なく落選&削除していただきます。
詳しい説明はまた本格的にリク依頼掲示板で立てた時にそちらで書かせていただこうかなと思います!
このような駄作にオリキャラを与えていただけることを楽しみにお待ちしております!
以上、駄犬こと遮犬より告知でした!
引き続き本編も宜しくお願いしますっ;
- Re: 落ちこぼれグリモワール 本編更新&告知! ( No.38 )
- 日時: 2015/06/12 16:07
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Nw3d6NCO)
何かが吹っ切れたように、私は咲を受け入れていた。
咲は一体どうしたいのか。私に対して、どう思っているのか。何も分からない泥沼の中に叩き落されているような感覚。疑心暗鬼——それは次第に私の意思や声も届かなく、まるで"私の存在が消えていく"かのような。はっきりとしたことは分からないけれど、今の咲は少なくとも迷っていない。私に対して、真摯に向き合ってくれている。
それが言葉よりも心のどこかで伝わっている。それが感じ取れただけでも私としては十分だった。
——いない方が良かった。
意思の隅っこで聞こえる言葉。何故だろう。どこかで聞いた覚えのある言葉。けれど決して優しいものじゃない。それは"誰かを完全に否定する言葉"だ。
これは私の"いつ"の記憶なのか。そして本当の私は一体何者なのか。テレス・アーカイヴという名前だけしか思い出せない私はどういう存在なのか。
……ううん、今はそんなことを考えている場合じゃない。咲が助けを求めている。私を必要としている。それだけで、自然と私の意思はハッキリと定まる。私は今、桐谷 咲耶という少年と共にある。今は自分の存在について考えるより、彼を守ることが最優先だ。
そうして心を一旦開けてみれば、自然と頭の中に様々な"知らないはずの情報"がなだれ込んでくる。
それは数々の魔法の術式や構成など明らかに魔法を使うのに対して必要なものばかりだった。
—————
「突然、魔力が溢れ出した……?」
ファフニールは驚くというより、まるで不思議そうに呟いた。本当、こいつの顔って言ったら俺のことを不思議生物か何かだと思っているかのようだな。やっぱり今の俺って先ほどまでとは違うの? 別に変化っぽいのはないんだけど。
強いて言うなら、テレスがいるという明確な存在感というか、それが強まったような感覚だ。ちゃんと傍にテレスがいる、と今なら思える。今まではああいたのかお前、程度だったんだけど。
『そんな感じだったの!?』
「うん、まあ……ごめん。でも今はちゃんと"分かる"」
『ならいいよ!』
「ちょろいな……」
『何か言った?』
「イヤ、ナンデモナイデス」
ごちゃごちゃと会話を繰り返している最中ではあったが、とりあえず状況を把握するに。
男装女子はロゼッタが救助してくれたおかげで助かっている。今まともに動けるのは俺ぐらいしかいない。だから、俺が何とかファフニールに牽制したいところなんだけど……。
「……どうすればいいんだ?」
『あ、やっぱり?』
勿論、俺は魔法の使い方を詳しく知らん。この間は勢いでいけたようなものだけど、今回も似た感じでいけるのだろうか。
『……とりあえず、魔法を連想してみて。何とか"合わせてみる"』
「合わせるなんて、できるのか?」
『今のこの状態なら……多分できるはず』
何が何だか分からんが、テレスはやれると言っている。ならそれに賭けるしか俺に道はないと見た。
ならば——!
「先手必勝!!」
『えっ!?』
合わせてくれるなら、俺が行動しないわけにはいかない。だから、俺はとりあえず駆けて行くことにした。だって他にやりようが分からないんだもの。とりあえず、あいつを物凄く殴りたいってのはある。さっきまでの仕返しにな!
ファフニールの元へ一直線に突き進む。自分では速く走れてるつもりなんだけど、どう考えても俺のいつもの速度としか思えない。思いたくはないんだけどさ……。
「う、うぉおおおっ!」
掛け声を出しながら猪突猛進する。これ、突然止まったら物凄く恥ずかしいことになるよね? 何してるのって思われるよねぇ……。そんなの、ダメだ。格好悪すぎる。何とかなることに賭けるしかない。
しかし何でか知らんが、恐怖心ってものがそんなに無い。右拳を振り上げて、ファフニールに一発与えようと更に速度を上げる。
「何をしてくるかと思えば……なめたことを! 我が黒炎の餌食にしてくれるわ!!」
対するファフニールは俺を迎撃する為に右手を差し伸ばしたかと思えばそこから現われたのはドロドロと渦巻く黒い炎。あの一瞬で犬の魔人を溶かしたやつか。あれに当たるとやばいよな。
『分かってるのに何で止まらないの!? ……もう、こうなったらヤケクソで……!』
テレスの声が響く。しかしその時には俺は既にファフニールに向けて右拳を振りかぶって黒い炎と激突する刹那の瞬間にいた。
これは俺の腕が溶けて終わるパターンなのか、と思った矢先のことだった。確かな手ごたえが、しっかりと右手に伝わる。
「——えっ?」
気付けば、俺の右拳はファフニールの頬に見事直撃していた。それもめり込むんじゃないかってぐらいの勢いで、俺はファフニールをぶん殴っていたのだ。
何を言わせる隙もなく。ファフニールは当然のように吹き飛んでいく様子がスローモーションのように見えた。地面に何度か身体をバウンドさせ、ファフニールの身体は地に伏せる。……って、伏せさせちゃったよおい。
これは一体どうなってるんだ、と思い返せば。殴った位置的にファフニールの真横。ファフニールから見て左側に瞬時に移動し、ぶん殴ったということになる。ただ、俺は真正面から挑んで行ったはずだ。なのに、どうしてこんな神がかりな回避と攻撃を繰り出せたんだ。
『いやぁ……咲の殴りたいって意思に合わせてヤケクソに"頭の中のやつ"を浮かべてみたら、こんなことに……』
「頭の中のやつって何だよ……」
『わ、私もよく分からないんだけどさ! 頭の中に色々と、知らないはずの魔法みたいな知識がいっぱい入ってきて……正直私も困ってるぐらいだよ!』
どうなってんだそりゃあ。となれば、今までテレスは"魔法の知識さえ覚えていなかった"ということか? なるほど、だから"魔法を出す方法"が分からないって言ったわけだな。忘れていたけど、こいつは記憶喪失してて、魔法の知識は覚えていますってご都合なことにはなってなかってわけだ。
とりあえず結果こうなっちゃったんでオーライですって感じか……。ということは、上手くいかなかったら下手すると黒い炎の中に突っ込んで自滅だったわけかよ。……これ本当に戦えんの?
『まあ、そういうことに……。で、でも! あれだよ! 咲が突然殴りにかかるのがいけないんだから! 何の作戦も立てずにあれは無謀だよ!』
確かに……それも、魔法を連想してみてって言われて殴りたい気持ちの方が前に出ちゃったわけだから、そりゃ難儀だわなぁ……。
しかしだ。否定は出来んが敢えて言おう。無謀と勇気は紙一重であると!
『何の説得力もないよ……』
またしても呆れた声でテレスは呟く。そう言うなよ。結果オーライってのは大事だぞ。天はまだ俺たちを見捨ててはいないってことなんだから。
「……なるほど。今触れてみて分かったぞ……!」
ファフニールが何やらぶつくさと言葉を口にしている。一体何だ、何を言っている。
ファフニールはゆっくり身体を起こすと、まるで浮遊するかのように身体が垂直に浮かんでいく。そのまま垂直に両足を地面に着地させた。明らかに物理的にもおかしな動きだ。勿論、魔法の一環だとは思うが。
ファフニールの表情は恍惚としたような、どことなく嬉しさを含んでいるように見える。殴られてそんなに良かったのだろうか……。
「お前のその魔力。何かあるとは思っていたがやはり……我らが"主"のものに似ている!」
「はぁ?」
一体何を言い出すかと思えば、テレスの魔力が魔人の主に似た魔力を持っている? 更に気になるのは、"魔人の主”って何だ。まさか、"魔人を作り出す主"がいるとでも言うのだろうか。
反応しづらい。実に、グレーなところだからだ。テレスは記憶がない。しかし、魔力は並外れたものを持っているらしい。だからこそ、どんな出来事に直面したとしても、それが真実か否か判別できる材料がまず無いわけだ。
例えば、テレスは魔人を作り出した主の存在ということであるならば、本来は俺達人間の敵だということになる。しかし、現にわけの分からない俺の魔法や"グリモワール"というタイトルのテレス・アーカイヴの本から出てきた結晶が上手く合わさって俺の中に存在しているのが現状だ。……魔人の主だとするなら、一体何してるのって話だろう。それも、見つけた場所が魔人の住処ならともかく、敵地である魔法学園でテレスは見つかったのだから。
「テレス……」
『……そんなこと、言われても』
何て声をかければいいのか迷っていた最中、
『記憶ないんだから関係ないよ!』
「……お、おう?」
物凄く元気の良い声で答えるテレス。何を言うかと思えば、特に俺が気にすることでもなかったようで。
『今は自分の存在のこと、気にしないことにした! それに確定したわけじゃないんだし、私は今の私を貫くよ!』
あー……なるほどね。それとなく、テレスの気持ちが何となく把握できたような気がする。
テレスは今、俺に自分の存在を疑われたくないんだ。それを揺さぶるような情報は今は全部見ないことにして、俺に身を委ねようとしている。それが伝わってきて、何となく分かる。
今はそんな不確定な情報に惑わされるよりも、ファフニールをぶっ倒すことを優先すべきだと。……ま、確かにそうだわな。
「ごちゃごちゃ言ってねーで、さっさとかかってこいよ。その金髪全部刈り上げた上にそのイケメン顔をこれでもかってぐらい変形させてやるからよ!」
『何でそんなに自信たっぷりなの……』
- Re: 落ちこぼれグリモワール 本編更新&告知! ( No.39 )
- 日時: 2015/06/24 18:23
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Nw3d6NCO)
- 参照: 事情により#8と#9連続してお読みいただくことを推奨します!
どこかの映画で見たような、格好良く指でクイクイっと手招きをするあれをやりながら俺も再度思う。何で俺こんなに自信あるのかって。
特に魔法を使えるということもないし、テレスが上手くやってくれたから俺の右腕どころか全身が消失しないで済んだのに、俺ってやつは有頂天になってるんじゃなかろうか。
「ふふ、まあいい……。何故貴様が我が主たる魔力を持っているのかは知らんが——どれほどの者か、試させてもらおう!」
「ッ!」
蹴り、だ。相手の足が瞬時に動いたと思いきや、俺の顔面に目掛けて蹴りを放ってくる。分かる。いや、分かったと認識を脳が訴えるまでに、俺は既に姿勢を低くしてその蹴りを避けていた。
続いて、どこぞの格闘ゲームみたいに低く相手の懐に飛び込み、顎に目掛け拳を高く突き上げる。
それはまるで、"俺じゃないみたい"だった。
軽々と俺の拳はファフニールの顎を捉え、鈍い音と共にファフニールは上空へ軽く吹き飛ぶ。そのまま倒れ込むかと思いきや、ギロリとファフニールは俺を睨みつけ、有り得ない速度で"何か"が俺を襲いかかろうとしてきた。
先端が鋭く尖り、なおかつノコギリのように刃を帯びた鞭のようにしなるそれはファフニールの背中から射出していた。それが俺の首を切断する——前に、突然空から降って来た存在にそれは阻まれる。
その姿は銀髪を光らせ、黒い槍を携えたロゼッタだった。
「……させない」
ギリリ、と黒い槍を引き裂かんと触角は引くが、黒い槍は切断されるどころかビクともしない。火花が辺りに散り、相当な衝撃を物語っているがそれを受けているロゼッタはその場から全く動かない。
「チィッ!」
諦めたのか、舌打ちをするように言葉を吐き捨てたファフニールは触角を黒い槍から離し、その衝撃の反動で後ろへ高く跳躍して退いた。
「犬の魔人はどうなって……!?」
「今、終わった」
ロゼッタの言葉とほぼ同時刻に風が空を切るような音と、地響きと共に何かが倒れる音が聞こえる。古谷が息を乱しながら満身創痍で恐らく最後の犬型の魔人を倒しきった様子が窺えた。
しかし、古谷はあれだけボロボロなのに、ロゼッタは傷一つついていないし、息も乱れていない。圧倒的な数に襲われていたのはロゼッタの方だってのに……。
「……遅れて、ごめん」
「え? あ、いや……」
今ロゼッタから謝られたのか、と認識していても言葉が出てこない。逆に助かっているぐらいだ。俺が助けに来たはずなんだけど……まあ役に立たないことは分かっていたんだけどさ。
「……潮時か。まあいいでしょう。今日の獲物がとれなかったことは残念ですが、"収穫"はあったようですから」
「おい! 逃げる気——!」
「そこまでだ!!」
突如遮った声が響き渡る。声の方を見ると、魔法学園によく似ていながらも黒色の制服を着た人物が6,7人ほどいた。それぞれが普通科でも魔法科でもどちらでもないことを示す特殊な紋章が刺繍として制服には入っており、尚且つ彼らは特殊な腕章を左腕につけていた。
「"シュヴァリエ"だ……!」
いつの間にか俺達の傍まで駆け寄ってきていた古谷が息を切らしながらもそう呟いた。
シュヴァリエ——魔人を相手とする魔法学園の中でもエリート中のエリートと名高い特殊部隊の一種だ。彼らは皆上級生の中から選抜されて結成されており、凶悪犯罪者を相手にする他にも魔人をも取り扱っている。
ロゼッタの言っていた助けというのは、ニールさんたちのことじゃなくてシェヴァリエのことだったのか。
「大丈夫ですか?」
シュヴァリエの中の一人が駆け寄ってきて俺達に声をかけてきた。気付けば既にファフニールの姿は無く、そこらで骸となっていたはずの犬型の魔人も存在を消したかのように消えてなくなっていた。
駆けつけるのが遅いとは思ったが、それでも助けに来てくれたことは事実だ。素直に礼を言うことにする。
「あの、ありがとうございました」
「いえ、それはいいのだけど……貴方、普通科の子……? どうしてこんなところに……」
「えーと、それは……」
これって何て言ったらいいんだろう。クラス:ボーダーはシェヴァリエにさえ秘密にしていないといけない部隊なのだろうか。とはいっても、この状況ではこの期に及んでどういう言い訳も通用しそうにない。諦めて俺が理由を説明しようとした時、シェヴァリエのお姉さんは俺ではなく、その隣に立っていたロゼッタに気付いて表情を変化させていった。
「え……!? まさか、貴方……ロゼッタなの!?」
「………」
シュヴァリエのお姉さんはロゼッタに対して驚いたように声をあげた。何だ、知り合いなのだろうか。
ロゼッタは黙ったまま、数秒その場で停止していたが、すぐに男装女子の方を指で示すと、
「魔人に直接触れられたせいで、魔力が混乱している。早く、学園へ連れて行ってあげて」
ただそれだけ言い残すと、服の中から端末を取り出してどこかにかけると、それを俺に押し付けるようにして渡した。
「えっ、何?」
《あ、桐谷君?》
俺の質問とシュヴァリエのお姉さんを無視してロゼッタはその場から立ち去り、俺はというと端末から聞こえてきたニールさんの声でどういう目的でこれを渡したのか分かったような気がした。
「そんなすっ呆けた感じだしても意味ないですよ……」
《あ、やっぱり? それじゃ聞くけど、"ちゃんと話し合えた"?》
何でもお見通し感がやばい。ニールさんは俺とテレスが話す場として戦場を選んだってことなのだろうか。それは全て、俺の劣等感を把握しての行動。
そして何より、ロゼッタにもう一つ通信機器を持たせていたということは、不測の事態にしっかり備えてもう一つ通信機器を忍ばせていたってことにもなる。どうやら通信状態でなければ端末は壊れることがないみたいだ。
「一応、テレスとは……そうですね、和解できたような気がします」
《うん、なら良かった。多少強引だったけど、君達の関係は切っても切れないような関係であるからね》
「え、それはどういう……」
「君、あのロゼッタとはどういう関係なの? それに、貴方は誰と……」
シュヴァリエのお姉さんが物凄く問い詰めてくる。これどうするべきだろう、と思っていた矢先だったが、そのすぐ後ろからとある人物が歩いてきて、お姉さんの肩を叩く。
「質問責めをする前に、彼らは疲労していたり怪我をしているのだから、まずはそちらを優先すべきではないかしら?」
その人は俺の見覚えのある人だった。
「こ、これは白井教官! 失礼しました!」
シュヴァリエのお姉さんは敬礼するようにして姿勢を正し、お辞儀してその場はすぐに去っていった。白井ユリア教官——俺と燐が初日にお世話になった女の教官だった。
その特徴的な金髪の長い髪を揺らし、ふふっと妖艶な笑みを見せて俺を見つめる。
《……白井教官かな? ご無沙汰してます》
「やっぱりニール博士ね? ……ということは、ここにいる子達は皆クラス:ボーダーということで構わないわけね?」
《えぇ、そうですね。これからお世話になることがあると思いますが、どうぞ宜しくお願いします》
「あら、礼儀正しいのね。魔人退治のスペシャリストを率いる黒幕さんは違うわぁ」
俺から聞いても実にわざとらしい物言いをしていた。白井教官とニールさんの関係はいまいち分からないが、俺の手に持っている端末越しで話すのはやめて欲しいと思う。
《……それよりも、彼らは"巻き込まれたんです"。休ませてもらえませんか?》
「そうね。"シュヴァリエの活躍"によってこの場を治めたのだから」
「え? それってどういう——」
俺が口を挟もうとしたところで、古谷が俺の手元から端末を奪い、白井教官に渡す。
「それでは、失礼しますっ!」
「ちょ、おい!」
古谷が俺を引っ張る。何が何だか分からないままその場を後にすることになってしまった。
その後、無言で白井は咲たちを見守った後、また端末越しに話す。
「それじゃ、お疲れ様」
《待ってください。……"あの少女"をここに呼び寄せたのは、やはりシュヴァリエの介入の為ですか? それとも……》
「ふふ……無駄な詮索はお互いの為にならないわよ? ニール博士」
《博士の名で呼ぶのはやめてください。今はただ、アンノウンに住み着く寄生虫程度ですから》
「謙遜は自分の為にもならないわよ? ……ふふ、それじゃ」
プツ、と通信が途絶えた。
—————
その場が収拾されていく様子を遠くから見つめるファフニール。表情はまるで楽しみが増えた、と言わんばかりの笑みを零していた。
「"キリタニ"……。面白い存在だ、ふふふふ……。必ず、またお前の元に現われるぞ……」
その後骨と骨が軋み合うかのような音、そして粉々に割れてはくっつくを繰り返し、身体は変形していく。やがてファフニールは一匹の黒猫の姿になり屋根の上を駆け、白い壁の向こう側へと走り去っていった。
そしてもう一方。その様子を確認していた存在がいた。
「あれか。例の……魔力を持っている魔法学園の生徒は」
まるで獲物を発見するかのように、アスクレピオスは呟いた。
赤色の瞳を真っ直ぐ、古谷に引っ張られる桐谷 咲耶へ向けながら。
第4話:落ちこぼれの劣等感(完)
—————
【あとがき】
またあとがきします! すみません!
第4話の#8と9ですが、これ元々は一緒になって7000文字強ぐらいの量で#8として載せるつもりでした!
……が! しかし! いつもの修正して文字数増やすやり方が出来なくなっておりまして、4000文字制限を喰らった為に展開の区切りがめちゃくちゃなことになっちゃってます;
なので二回続いて更新にもなっちゃいました! 更新分は#8からになりますので、#9だけ読んで「は? 話飛んでね?」って思った方は#8もお読みください!;
そのことをお詫びする為、このようにあとがきを載せさせていただきました!
仕様が今いち分からないので、またこのようなことが起こるかもしれませんが何卒、よろしくお願いいたします!
- Re: 落ちこぼれグリモワール 4話完結しました! ( No.40 )
- 日時: 2015/07/03 01:58
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Nw3d6NCO)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=129
白を基調とした殺風景な部屋。それはどことなくアンノウンの内部によく似た構造をしている。
どことなく見覚えがあって、尚且つ自然に"恐怖"を抱くこの感情——それは目の前にいる"見慣れた少女"から抱くものだった。
「よ、よう」
その人影に声をかけてみる。とりあえず何を言ってくるんだろう、と興味もありつつ恐れていた。こっちは仮にも満身創痍だ。今回ばかりは手厚い歓迎を受けるものとばかり思っているんだけど……。
俺の前には、親愛なる幼馴染である燐が立っていた。黒髪が垂れているせいで表情も分からないし、一言も喋らないのでどういう感情でそこに立っているのか俺には到底理解できない。
さあどっちだ。天国か地獄か、どちらかしかあるまい。準備は出来てるぞ!
「……まあ」
く、来るか……!?
「死んでないなら、いいんじゃない?」
「……お、おう」
「うん」
「……それだけ?」
「はぁ?」
「い、いや! 他に何かあると思うじゃん!?」
「何かあって欲しいの?」
「別に、そういうわけじゃないけど……」
何も音沙汰がないっていうのも、調子が狂うというか……。あれだけ怒ってくれていたのにって思うじゃん? 男って基本そういうもんじゃん?
そもそも、何故燐がこの場にいて、なおかつ俺が入院しているのかというと、原因は戦いの最中に途中乱入してきたシェヴァリエのせいだった。
第5話:恋と魔法に性転換
ファフニールとの戦いの後、軽く古谷から説明を聞かされた。
シェヴァリエは表向きの魔人討伐部隊。裏ではクラス:ボーダーが暗躍しているということになっているが、要するにそれはシェヴァリエの方が広告向けであることを意味している。
つまり、シュヴァリエは住民の安全を魔人という人外の存在から守り、尚且つ犯罪者までもを取り締まる言うところのエキスパート集団として認知されることによって、"魔法学園の中でも特に優秀な部隊"と位置付けを広告しているということになる。
では、クラス:ボーダーでは何がいけないのかというと——
「魔法を、ただ"殺す"為だけに使ってるからだよ」
古谷はそう言った。魔人は人外の存在で、人に害を及ぼす。だから殺す。それは世界の理のようなものだ。しかし、"魔法"という存在をただ生物を殺す為だけに使う組織が一般的になれば、"魔法"という印象がすこぶる悪くなる。
これは反魔法派の勢力に対しての措置でもあるとのこと。世界には魔法を有意義なものだとして使う者たちだけでなく、それは世界が生み出した巨悪であると考える人々もいる。そういった均衡を保つ為に魔人に対しての組織は表と裏で分けられている、というのが表向きの事情。
「もう一つは、そういった人前では明かせないような行為をする……例えば、僕の左腕をまるまる魔法を使う為の兵器にしちゃう、とかね」
今回の戦闘でボロボロになった左腕を身体全身でプラプラと動かし、ダメだこりゃと一言ぼやく。どうやら、左腕の感覚が既に無いようで、自ら動かせないらしい。
「君のそれ……青い結晶のペンダント。それもアーティファクトだって言ってたけど、本来アーティファクトは政府が認めた者しか使用しちゃいけないんだ。重要な古代遺産でもあると同時に、人一人が使うには大きすぎる力を秘めていたりするからね」
まだこれがアーティファクト……古代魔法遺産と分かってはいないけど、そういってもおかしくない。現にテレスはここにいて、俺の力となってくれた。それにしても、ファフニールとの戦いの時のあの力は一体……——お?
『っ、咲? 大丈夫?』
ふらっと、今頭の中がぐらついた気がする。テレスの声が響くが、これはテレスにも伝わってるってことなのだろうか。
「だい、じょうぶ……?」
「え? どうしたの? ……桐谷君? 桐谷君!?」
「あっ——」
ぷつん、と何か途切れるように俺の意識も一旦そこで閉ざされた。
それから後に、俺は魔法学園内部の施設である病院に緊急入院となり、目覚めた時にはあの白い部屋だった。目が覚めると、傍にはいつものようにニールさんが微笑んでいた。相変わらず、何の感情も読み取れない。
「……おはようございます?」
「こんにちは、が正解ですね。今は昼です」
こんな殺風景な白い部屋じゃ時間間隔なんてわからねーよ、とぼやきたかったがグッと堪えて自分は何日寝ていたか聞く。
「およそ三日です」
「三日……。……えぇっ!? 三日!?」
「しーっ、静かにしてください。一応ここは病院ですよ?」
そりゃ驚くよ……そんなに寝てたのか。夜更かししたことはあっても、6時間睡眠をとれば起きれるぐらいには回復できたはずなのに……。
「これは推測ですが、慣れない"共鳴"のせいで身体に負担がかかってしまったんでしょう」
「"共鳴"……?」
「はい、貴方と、貴方の中にいるテレスさんとの共鳴です。桐谷君は確かにテレスさんがいることをはっきりと"認識"し、テレスさんの魔力を使って戦いました。それを仮の名前ではありますが、"共鳴"と呼ぶことにします」
丸い椅子にちょこんと座りながらニールさんはくるくると人差し指を回転させながら話を続ける。
「桐谷君とテレスさん、お互いがお互いを認識し、認め合わなければ恐らく共鳴は出来ません。しかし、扱い方が分からない桐谷君にはどうしていいのかも分からず……」
「仕方ないでしょ、初めてだったんだから!」
「ふふ、すみません。でも、それで逆に良かったんです。桐谷君の肉体は恐らく魔法に慣れていない身体。下手に魔法を扱えば制御できなくなっていましたから」
「な、なるほど……」
「その証拠に、自分でも無意識の内に身体を動かせたような感覚はありませんでしたか?」
そういえば、と思い返す。ファフニールの攻撃を避けて殴ったあの奇跡的な行動。まるで自分ではないような感覚。あれはニールさんの言うような無意識の内での行動に入るともいえる。
「……どうやら、あるようですね?」
「それが何か関係が……?」
「ええ。それが"テレス"という存在が貴方の中にいる証拠にもなります。その時、貴方の身体を動かしていたのは、テレスさんということになります」
「え——!?」
『ええっ!? 私っ!?』
——って、お前が驚くんかい!
突然のテレスの言葉に俺は顔をしかめる。その様子を見透かしたようにニールさんは小さく笑うと、
「恐らくはテレスさんも無意識なのかもしれませんが、簡単に言えば桐谷君の意識とは別に、テレスさんの意識が桐谷君の身体と自身の魔力を動かした、ということですね」
『そ、そんなことしてたんだ、私……』
本当に無意識なのかよ。まあ、あの時は色々とテンパってたしな。仕方ないのかもしれない。テレスが魔法を使える理由がかの有名な魔法使い、テレス・アーカイヴと関係があるのかは定かではないが、そう名乗っても良いほどの魔力を兼ね備えているのではないか、と思わせる。
……でも、こんないかにもアホそうというか、世間知らずそうな物の喋り方をする奴に、あんな高度な魔術本を書けるとは思えないんだが……。
『むっ、失礼だよ! 咲!』
ぎゃーぎゃーと頭の中で声を響かせてはいるが、気にせず俺はニールさんの方に顔を向けると、小さく笑って話を続けた。
「まあ要するに、桐谷君は上手く魔力を活用できたというわけです。身体能力を一時的に飛躍させる……これもちゃんとした魔法ですからね」
「実感そのものは無かったんですけどね……。でも確かに、湧き上がる力というか……そういうものはあったような気がします。俺ならいけるって思わせるというか……」
「あはは、桐谷君の場合はそれ、いつも通りじゃないですか?」
「え?」
「厄介事であろうと、自ら問題に首を突っ込むその正義感。無謀ともいえるそれは十分俺はいける、という自信とそう変わりないのでは?」
「う……そ、それは確かに……」
自分でも何とかしないといけないとは思うんだけど、どうにも昔から身体が先に動いてしまうというか……。でも、自分自身に力がないのは誰よりもよく分かっているっていう矛盾がつきまとうけどなぁ。
「いえ、これは誰にでも出来ることじゃないですよ。一歩間違えれば確かに無謀です。しかし、人によってはそれを勇気と呼ぶ人もいます」
「ははっ、俺に力があればそうなのかもしれませんが……」
『私が今はいるよ!』
うぉ、急にどうしたお前。
俺の表情からテレスとのやり取りを読み取ってか、ニールさんは言葉を続ける。
「今の桐谷君には……力があります。テレスさんという姿はなくも、意思として、力としての存在がそこにある。そしてそれは、他人を守れる力になる。だからこそ、貴方を"クラス:ボーダー"に招いたのです」
「他人を、守れる力……」
自分の手のひらをふと眺める。今まで、自分は言葉や意思に反して力のない自分を劣等感として捉えていた。けれど、今は自分の中に確かにいるテレスという存在を通じて……俺は誰かを、守ることが出来るかもしれない。
情けないかもしれない。自分の可能性を諦めたわけでもないけど。ここに力があるなら、今の俺なら、やれる気がした。
「ニールさん。俺……クラス:ボーダーに入っ——」
が、俺の言葉はすぐに掻き消されることになる。勢い強めに扉は開かれる。強く開かれたドアもたまったものではないだろうが、それを行った人物の顔を見るや否や、俺の心境もたまったものではなくなった。
長い黒髪を揺らし、白く細身で、整った顔つき。幼馴染ながらも美少女なんだなこいつと思わせるその容姿——けれど俺にとってはその存在はまるで地獄にいる何かと対峙したかのような恐怖抱かせる。
「ぐ、ぃっ、ぅおぉ……!?」
あまりに驚きすぎて、変な声が出た。しかし変わらずニールさんは笑顔のままで、燐はニールさんを見て一言。
「"また"、桐谷がご迷惑をおかけてしまして、本当に申し訳ございません!」
え、ええ? 何で謝って……ていうか相手ニールさんに? どういうこと? それも"また"って……。
「ああ、いえ、大丈夫ですよ! 今彼に事の次第を聞いていたところなのですが、どうやらただ単に巻き込まれただけのようです」
言いながらニールさんは立ち上がり、俺に一瞥をくれる。その表情は変わらないが、どうやら上手く話を合わせていたようだ。燐の様子から窺うに、前回も同じように。
「"シュヴァリエ"がいなかったらどうなっていたことか……。ありがとうございましたとお伝えください」
「ええ、分かりました。今回は"シェヴァリエによる救援活動"のおかげです。魔人の存在は未だに日々に浸透しているといわれていますが……これは魔法学園機密ですので内密に。しかし、お礼に関してはちゃんとお話しておきますね。それでは、私はこれで……」
「ありがとうございます……」
ニールさんはそう言うと燐の隣を歩いてそのまま病室の外へと出て行ってしまった。
ちょっと待てよ。どうして"シェヴァリエに助けられた"みたいな感じになっているんだ? 魔人と実際に戦ったのは俺達、クラス:ボーダーのはずだ。
……薄々と分かってきた気がする。クラス:ボーダーの話が一つも話題にあがらない上にニールさんのあの口ぶりからして、俺に事を知らせようとしたんだ。要するに、恐らくだが俺は一般学生として魔人の争いに巻き込まれ、怪我をした。そこをシェヴァリエが助けた、と。そしてそれは幼馴染である燐に伝えられて今に至るというわけだろう。
ニールさんが出て行ったのを確認して、燐はため息をついた。それから沈黙。俺の方にゆっくりと振り向く燐。
そして、現在に至るというわけだ。
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「こんなことならGPS機能の一つや二つ、つけてれば……」
「本当それプライベートの侵害だからね……? 実際にやってたって聞いてマジで怖かったからね……?」
あまりに惜しむようにして言うから冗談か本気か分からない。……まあ8割方本気だろうけどさ。GPS機能が使えるのは主に一般市民の住む外壁の外だけだ。魔法石と呼ばれる特殊な魔力を放つものが電波を拾い、そこから発信するだとか何だとか……詳しいことは分からないが、とにかくそういうものらしい。
最初の魔人との戦いで携帯が半壊してからGPS云々はなくなったようで、実家に連絡してそういう許可は俺を通してからして欲しい、と直談判しようかと思ったがキリがなさそうなのでやめておいた。
「そんなことよりだな……随分と、あれだな」
「何?」
「いや、その……久しぶりだ」
言うか言うまいか迷った末に言ったわけだが、思い返せば燐と帰宅を共にしたのは随分前以来のように感じる。何でも、魔法科の"演習"とやらが始まって以来、燐は俺と帰宅を共にすることはなくなったんだけど……実は連絡自体はくれてたりはしていた。
でも俺も色々と、ね、ほら。クラス:ボーダーにいる時に連絡が来たりとかしてさぁ……。新調した携帯を扱いこなすので精一杯でもあったかな。そんなわけで実際に会えたのは今日が久々なわけで。家隣同士なのにね。
そういえばこう思い返している間に何を言うかと燐の様子を窺っていたが、何も言わない。何も言わない——が、その代わりに俺に拳が飛んできた。頬をかすめ、拳は枕にめり込む。ちょぉおおい、綿とか出ちまうよ!?
「っ、んで今そんなこと言ってんのよ!」
「い、いや、だってそうじゃない!? って、ちょっと顔赤くない!?」
「うるっさい!」
今度は普通に殴られた。痛い。頭がすげぇ、クラクラする。これ血出てないよね? 大丈夫だよね?
『何となくだけど、咲のメンタルがゴリゴリ削れていってるのはわかるよ……』
テレスよ、その通りだ。お前はそんなことまで分かるのか。ならば俺のこの心境についても理解してくれ。怖い、助けてくれ。
『お、乙女心だよ! きっと!』
何それ、おいしいの?
「って、話聞いてんの!?」
「あぁああ! 聞いてます聞いてます! ごめんなさいっ!!」
「別に謝らなくてもいいけど……。だから、私そろそろ帰るって言ったのよ」
「へ? 早くない? 何で?」
俺が凄く自然に疑問に思ったので聞いたら、燐はマジかこいつ大丈夫かみたいな顔で俺を見て、だからと言葉を続けようとした矢先のこと。
どっがん、と燐が開けた扉の音よりも更にでかい、もう他の人に迷惑ってか病院でしょここ。絶対怒られるだろって程に派手な音をぶちかまして室内に入り込んできた人物。
そしてそれは、燐が早く帰りたがっていた理由の意味を理解させる。
入ったや否や、その人物は瞬く間に俺の元へ瞬間移動したかと思えば、次に俺が気付いた時には上空に。そして俺の元へ笑顔に涙というわけのわからない表情で飛び込んでくる一人の"少女"。
「"おにいさま"ーーッ!!」
そのままダイビングし、俺の胸元へ来る。それはそれは物凄い衝撃かと思いきや、本体自体が小学生か中学生かぐらいの幼い見た目通りに軽い。この懐かしい香り。そしてこの破天荒ともいえる行動。
「朝咲……!」
俺の実の妹にして、俺とは全く才能の出来が違う。魔法の才能が他人よりも遥かに優れるが上に魔法学園の中でも異例の飛び級を成し遂げ、俺よりも学校の学年的には上の存在であり、尚且つ魔法学園で桐谷 朝咲(きりたに ともさ)の名を知らない者はいないとまでされるほどの有名人。
それが、落ちこぼれの優秀な妹だった。
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【あとがき】
再びあとがき失礼します!! 遮犬です!
ようやく……ようやくオリキャラ募集を発表いたしました!!
長かった……全然来れなかったんだよぉ……。久々の更新、そして5話目、そしてオリキャラ募集……。
勢いあまってやたらとオリキャラ募集スレでズラズラと書いちゃったわけなんですけども! ようやく募集開始したのでオリキャラ投稿したろか、という人はどうぞ宜しくお願いします……!
URLにお貼りしておきますので、どうぞよしなに!
以上、遮犬でした!