複雑・ファジー小説
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- 朝陽(5話完結)
- 日時: 2015/02/11 01:08
- 名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: 95QHzsmg)
この複雑・ファジー板で、
「Family Game」(完結済み)という小説と、「おしゃべりな猫と小間使い」(連載中)という小説を掲載させていただいている、
いずいずと申します。
「おしゃべりな猫と小間使い」がふたたび行き詰っておりまして、相変わらずうだうだしているのですが、
ふと10年くらい前に書いた小説群の存在を思い出し、連載の更新を待ってくださっている方に、待ち時間にでもちょっと読んでいただこうと引っ張り出してみました。
なにぶん10年前の作品です。
きっといま読んだら、下手すぎて恥ずかしいだろうなー、と思っていたのですが、
ヤヴァイ、いまよりうまい…
そんなわけで、これはもうお見せしなければと!
連載途中でありながら、ほったらかして、新たにスレッドを立ててしまいました(笑)
10年前に放送されていた、大塚製薬のビタミン炭酸MATCHのCMに触発されて、3時間で一気に書き上げた、「朝陽」。
どうぞ、楽しんでいただけますように。
なお、10年前って何歳? つかいま何歳? という質問は受け付けかねますので、ご了承くださいませ。(笑)
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>>1 >>2 >>3 >>4 >>5
- Re: 朝陽1話 ( No.1 )
- 日時: 2015/02/11 00:54
- 名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: 95QHzsmg)
朝陽の差し込む階段の踊り場、そこが彼女のステージだった。
*
ぼくの通う高校は、県下で五番目とあまり成績のよくない公立進学校ではあったけれど、邪魔なくらい熱血野郎な教員の溜まり場でもあった。
県下で五番目というのは、言い換えれば『ばかが行く高校』と言われる私立校のより、ほんのちょっと出来がいいだけの生徒が引っかかっている程度ってこと。頭の出来もさることながら、いいかげんな態度も私立校寄りな生徒たちにとって、彼らの熱血ぶりは旧世紀の遺物のようなものだ。
だからと言って、県に金を出させて勉強しているぼくらには、出資者の用意する教員や、教員の用意する授業等は、どんなに内容がまずくても受け取り拒否が出来るわけではない。
なのでぼくは、高校に入学して二ヵ月もたっていないというのに、早朝テストの再テストなるものに、朝の七時から駆りだされていた。
早朝テストというのは、月・水・金の八時半からホームルーム中に行われるミニテストのことで、月曜には英語の基本構文、水曜には数学十問ドリル、金曜には国語の漢字書き取りが行われる。そして、そのテストに合格しないと、翌日のやはり早朝、再テストを受けなければならないのだ(国語のミニテストのみその日の放課後に行われるが)。日々の反復こそが力になると信じているうちの高校が、創立以来続けている悪習だった。
しかし、それで結果が出ていれば、ぼくだっておとなしく従うだろう。けれど、それを何十年と続けていても、進学率はあいかわらず県下で5位だし、県唯一の国立大学合格率なんて、最近じゃ私立校に負けている。
家が近いから、徒歩で通っていた中学時代より朝寝坊が出来ると選んだ高校だったのに、毎朝八時になる前に登校させられ、挙句の果てにこれだけやっても国立大合格率もパーセンテージが低いんじゃあ、割に合わない。
まあ、こと早朝テストにおいては、一発合格すれば再テストを受ける必要もないわけで、本気で早起きがいやならきちんと勉強すればいいだけの話だが。
が。
ぼくはどうしてか、極端にこのミニテストに弱い。おかげで、ほぼ毎日のように再テストを受けさせられている。
第一教棟の四階にあるだだっ広い視聴覚室に、一年全十一クラスから再テストに引っかかったおちこぼれがぎゅう詰めにされ、がりがりと一心不乱にテストを解いていく。ありがたいのは、ひとと相談をしてはいけないが、辞書や教科書の持ち込みは可であること。
ぼくはなんとか隅っこのほうに席を見つけ座り、前もって配られていたテストを見ながら英語構文の問題集を鞄から取り出した——取り出そうとした。
「……」
やばい。昨日、教室に置いて帰ったんだった。
家で勉強する気がはなからない証拠だ。
幸いにして終了時刻こそ同時だが、テスト開始時間はまちまちだ。ぼくは『この席取ってますよ』と、鞄を椅子に置いておいて、第四教棟の三階にある自教室に問題集を取りにいくことにした。
- Re: 朝陽2話 ( No.2 )
- 日時: 2015/02/11 00:56
- 名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: 95QHzsmg)
第一教棟と第四教棟は、四角く建てられた教棟の対角線上に存在する。第二、第三教棟への渡り廊下を通っていくか、一度一階まで降りて中庭を突っ切るか。ぼくが教室にたどりつくには、そのふたつにひとつしかなかったが、無論、第一教棟二階から第三教棟二階にかけられた渡り廊下を行くに決まっている。
再テストを受けるべく、わやわや集まってくる同類どもを尻目に、ぼくは階段を駆け下り、渡り廊下を走り抜け、第三教棟に入る。そこから第四教棟には、ベランダのように張り出した廊下を行けばすぐに行ける。
(先に上にあがっておくか)
そう思ったのは、ほんとうに偶然だった。いつもなら第四教棟に入ってから教室のある三階へ行くのに、今日に限って先に三階に行こうとして。
そしてそこで、ぼくは思いがけないものを見たのだ。
軽やかな足音。空気の切り裂き音。衣擦れ。
場を盛り上げる音楽なんてどこにもかかっていないのに、ひとりの女子生徒が踊っていたのだ。気持ちよさそうに、朝陽をその全身に浴びて。
「……」
ぼくは動けなかった。眩しく瞳に突き刺さる光を遮るように、その少女の影は優雅にあでやかに舞い続ける。ダンスにどのくらいバリエーションがあるかなんてわからないぼくでも、彼女が踊っているのはバレエであるのはわかった。
ぴんと伸びた背筋が心地よかった。神経の行き渡っている指先がいろっぽい。制服のスカートを恥じることなく閃かせて、高く上がる脚が奇跡のようにうつくしかった。逆光のせいで多少はごまかされているのかもしれない。けれどぼくは、これほどきれいな踊りを見たことがなかった。
どれくらいの時間、その影絵のようなバレエに見とれていただろう。
「なに見てんのよ」
一通り踊り終えたのか、それともぼくの視線がうるさかったのか。一瞬の余韻も残さぬまま、手足をおろした踊り子の影が、そうきつい調子で問うてきた。
「あ、あの……」
言葉がなく言いよどむぼくに、彼女は鼻をひとつ鳴らす。
「名前は?」
「神岡、伸爾(しんじ)」
「何年?」
「一年、です」
「……十六?」
「いえ、まだ十五……」
続けざまにそれだけぼくから答えを聞きだすと、彼女はすたすたと階段を下りてくる。顔が見える。そう思ったけれど、なぜか追うことが出来なかった。ただずっと、さっきまで彼女が踊っていた、朝陽が降るように差し込んでいる踊り場を見つめていた。すれ違いざま、彼女がとんでもないことを口にする瞬間まで。
「ズリネタにするなよ」
- Re: 朝陽3話 ( No.3 )
- 日時: 2015/02/11 01:03
- 名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: 95QHzsmg)
年を重ねるに連れて一年は短くなっていくと言うけれど、高校という新しい世界での一年も、目を回しているうちに終わりに近づいた感じがする。
彼女の朝陽の中のバレエは、定期的にとはいえなかったが、あの日以降も何度か見ることはあった。最初はぶっ飛んだことを言ってぼくを牽制した彼女だが、季節が夏になり、秋になり、と移り行くうちに、軽く会話ができるほどには仲良くなれた。ただし、
「また再テストかよ」
「脳細胞が死滅してんだろ、苦労するよな」
「ばかはどうあがいてもばかなんだから、勉強するだけむだだって」
これを会話と呼べるなら、だが。
「ねえ、先輩」
休むことなく手足を優雅に運び続ける彼女に、ぼくはこの一年、何度となく問いかけた。
「名前、いいかげん教えてくださいよ」
しかし、ほかのどんなことでも答えてくれる彼女だったが、名前と学年だけはどうあっても教えてくれなかった(ぼくが彼女を『先輩』と呼ぶのは、彼女が三年生のクラスがぎっしりつまった第三教棟にいたからにすぎない)。
なので、こちらも体育祭や文化祭等、全学年がいっせいに集まるときに目を凝らして、なんとか彼女らしい人物を探そうとするのだが、一学年五百人ものマンモス校だ。ほとんど無理だ。友人や部活の先輩を通じてなんとかしようと思ったけれど、それにはこの朝のひとときのみのステージを公開しなければならなくなる。
それだけは絶対にいやで、ぼくは結局彼女の名前すら知らないまま、その踊りに見とれていたのだった。
至福の時間だった。ぼくはキリスト教徒じゃないからわからないけれど、たぶん、ミサとかで神様に祈るとき、こんな気持ちになるんじゃないかと思うくらい、厳かで神聖な気持ちで……、
——恋を、していた。
- Re: 朝陽4話 ( No.4 )
- 日時: 2015/02/11 01:09
- 名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: 95QHzsmg)
それに気がついたのは、ずいぶんとあとになってからだった。
二年になり、彼女の踊る姿をそこに見出せなくなったころ、第一教棟と第三教棟を繋ぐ一階の渡り廊下の壁にかけられたものがある。日本全国に存在する国公私立大学の名前と、そこに合格した生徒の名前を書いたプレートだ。
学校側としては、そうすることによって後輩たちの奮起を促そうとしているのだろうが、大学のレベルだってピンきりだ。公開される身になれば、有名大学に入り込めたならともかく、そうじゃないときにはプライバシーの侵害だと訴えたくなるはずだ。
実際、後進は後進で、美人で評判だった女子弓道部の主将の名前が、うだつがあがらない地方の短大の横にかけられていたときは興ざめしていたし、去年問題を起こして大学推薦を土壇場で蹴った先輩が、たった一年の浪人で我が校創立以来初の東大入りを果たしていたときには学校中で大騒ぎしたものだ。
そんなゴールデン・ウィークも過ぎた、ある日のことだった。やはり再テストを受けるために視聴覚室へ向かっているとき、去年三年生の担任をしていた世界史の先生が新たなプレートをかけているのが目に入った。
おはようございます、ととりあえずの挨拶をして、こんな時期に、誰がどこの大学に入ることになったと報告してきたのか、興味本位でその手元を覗き込む。
——スイス、と読めた。
(え?)
スイス・チューリッヒオペラバレエ学校
ぞくっとした。肌が粟立つのがわかる。視線をゆっくりと、いましがた先生がかけたばかりのプレートに移す。
加藤黒白、とあった。
「……せんせい……、このひと」
「お? 加藤か?」
満足そうにそのプレートを眺めていた先生が、ぼくにちらとだけ視線を寄越すと、
「こいつ、かなり頭がよくてな、わしなんかは普通に大学行ってほしかったんだが、『プロになりたい、自分に挑戦したい』って、みんなの反対押し切ってスイスに行きやがったんだ。うまく専門学校にもぐりこめたって、昨日の夜にな、報告があったんだ」
言う先生の顔が、誇らしげに歪む。口やかましく、生徒指導なんかしている先生だ。考えなくても、そのひととかなりやりあったのだろうなと想像できた。それでもそのひとは先生に報告をし、先生は誇らしげに笑う。自慢の生徒だと、言わんげに。
そこであらためて先生はぼくを見、襟章に目を走らせ、言った。
「……そうだ、おまえ、二年なら知ってるだろう。カミオカシンジ、わかるか」
わかるもなにも、ぼくのことだ。
- Re: 朝陽5話 ( No.5 )
- 日時: 2015/02/11 01:10
- 名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: 95QHzsmg)
そう言うと先生は一瞬驚いたように目を見開き、にやりと笑った。
「ありがとう、と言っておいてくれ、そう頼まれたよ。アホ面下げてタダ見していたカミオカシンジが、誰にも口をすべらせなかったから、毎朝集中して踊れたんだ、ってな」
先生はぽんと、まるでドラマのなかの登場人物のようにかっこつけてぼくの肩を叩き、歩き出した。
ぼくはなにも言えなかった。思いがけない言葉と思いがけない真実が、ぐるぐると頭の中をかき乱し、爆発しそうだ。
「ああ、もうひとつ、忘れていた」
先生はぼくを振り返らなかった。肩越しに手を振って、あやめだ、と言う。
「カミオカシンジはばかだから、きっと自分の名前は読めないだろう。あやめ、黒白と書いてあやめと読む、古文のテストに出るぞ、だとよ」
アホ面だとか、ばかだとか。あのひとらしい口の悪さに、苦笑いが込み上げる。
職員室へと消えていった先生の背中にちいさく頭を下げて、あらためてプレートを見る。
スイス・チューリッヒオペラバレエ学校
加藤黒白
「かとう、あやめ」
口に出して読み上げたとき、プレートの文字が歪んだことに気がついた。
早朝の澄んだ空気を切り裂くように鋭い山鳥の声が響き、遠くで朝練に励む高校球児の威勢のいい掛け声があがる。
校内でいちばん朝陽が強く集まるからと、彼女が気に入っていたあの踊り場ほどではないけれど、この場所にも朝のはじまりを告げる光は乱舞する。
ぼくは瞑目した。熱いものがまつげをわずかに濡らしたが、まなうらの残像ははっきりとしてにじむことはない。
ぴんと伸びた背筋が心地よかった。
神経の行き渡っている指先がいろっぽかった。
制服のスカートを恥じることなく閃かせて、高く上げる脚が奇跡のようにうつくしかった。
逆光のせいで多少はごまかされていたのかもしれない。
けれどぼくは、あれほどきれいな踊りを見たことがなかった。
——初恋のせつなさを知らなかったように……。
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