複雑・ファジー小説

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アネモネを敷き詰めた棺桶に
日時: 2015/11/08 16:46
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: eldbtQ7Y)
参照: https://twitter.com/bumprack/status/569331579027206145?s=06

 


 □初めまして、浅葱といいます。
  以前から書こう書こうと思っていたものを、やっと形にすることができました。
  久々の執筆で拙い文章では有りますが、一読頂けたなら幸いである次第です。

 □多忙のため、更新は遅いです。

 □URLは当作品の表紙となります。
  難しい依頼を快く受けてくださったエリックさん、有り難う御座いました。
 


 □序章 アネモネの棺
  >>001 >>002 >>003

  第一章 紫煙
  >>004 >>005 >>006 >>007 >>008 >>009





 2015.02.26

Re: アネモネを敷き詰めた棺桶に ( No.5 )
日時: 2015/06/14 14:37
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: e/CUjWVK)
参照: 第一章 紫煙




「でも杲いないと、何かあったとき困りません? さっちゃんはるちゃん達は、もう後方支援確定だろうし」
「そこが問題なんだな。杲を使わない以外で、どうにか仕事を遂行させられる人物……」

 口からふうっと煙を吐き出しながら、難しい表情をする。人数に制限をするつもりは無いが、二人とも極力少人数で行動したいという考えがあった。人数が増えれば増えるほど情報の伝達には時間がかかり、統制の精度も落ちていくためだ。
 組織に連れて来てからの数ヶ月は蛻の殻のようだった少年が、漆原でさえ目を見張るほど成長した。初めは杲をなめていた連中も、実力で負け始めるとバツが悪そうな顔をするほどに。

「久々にあの双子くんたちに手伝ってもらいます? 二人でなら杲と肩並べるくらいの実力はありますし——」

 何より連携が上手い。
 いつの間にか姿勢を正していた竹光が、真っ直ぐに漆原の目を見て言う。漆原は驚いたように「ああ」といい、再度考え始めた。竹光はその間、室内を見ていた。本当に必要最低限のものしか置いていない、寝るためにある部屋。
 確かにテレビも冷蔵庫もパソコンも、客間や竹光の部屋などにもある。だが、それぞれがそれぞれの部屋にテレビ等を置いているのが普通だ。

「そういや、なんでこんなに殺風景なんすかこの部屋」

 ベッド脇の木製デスクを見ながら、竹光はふと疑問を零す。実用的なものはと言えば、セミダブルのベッドと木製デスクの上においてあるコーヒーメーカーくらいだ。

「元からあったものは全部杲にやった」
「は?」

 しれっと言ってきた漆原に、竹光は素っ頓狂な声を上げることしかできず、ぽかんと口を開いた。

「え? 漆原さんって馬鹿っすか? 杲にもちゃんと支給されるんすよ? 何自分のやつあげてんの、えっ?」
「うるさい」
「やーっぱ杲にばっか甘いっすよ漆原さん! なんで? なんでそやっていっつも杲ばっか贔屓するんすか!」
「竹光」
「これだから下の奴等に示しつかないんすよ!」
「竹光」

 少し語気を荒くした声に、開きかけた口を閉じ椅子に座った。いじけたように口を尖らせる竹光は、漆原とは目を合わせず、俯いたまま。薄れた煙草のにおいを感じ、煙草の火を消したのだと理解した。

「竹光、お前のことも構ってやってるから拗ねることもないだろ」

 立ち上がりコーヒーを淹れにいく漆原の背中に、顔を上げた竹光は「確証なんかないじゃないすか」と弱く告げる。自分でもどうして、漆原の中にいる杲の大きさに嫉妬しているかは分からなかった。
 けれど、どうしてか竹光にとっては自分の居場所がなくなってしまうんじゃないかという焦燥が、知らぬまま積もっていたらしい。

「俺の体が壊れるまでは、お前に付き合ってやるつもりだ。だから、そんなに心配するな」

 そういって微笑んでみせる漆原に、竹光はきゅっと唇をかたく結んだ。淹れたてのコーヒーを二人で会話もなく飲んでから、竹光は話し合いも中途で部屋へ戻るため席を立った。
 殺風景な部屋に別れを告げて部屋の扉を閉め、竹光はすぐそばの壁に背を預け、ずるずると座り込んだ。

「餓鬼くせーなーもー、いい年こいて恥ずかしいし、あの人優しいしコーヒー美味いし煙草くさいしなんなんだよ俺恋する乙女じゃんくっそ」

 早口でぼそぼそ喋ると、またどうしようもない羞恥心が湧き上がり急いで部屋へと戻った。相変わらず真っ黒な室内に、パソコンの光が輝いている。扉を閉め、着ていた服を全て脱いだ。
 青白い光に、薄い胸板と筋肉質な左腕とが照らされる。ベッドに置いてあった寝巻きと眼鏡をつけ、パソコンへ向かった。ほんの短時間の間に、数十件もきていたメールに一つずつ目を通していく。

 半分以上は下らない悪戯メールだった。だが、先ほどと同じ匿名の通告メールが多く入っていることに、竹光は聊か不思議に思った。どれも同じ内容、所々書き換えられたような文章だが、初めに送ってきた人物と同一と見られる。
 
「つか、ネーミングセンスがねぇんだよ。何が殺人猫だ。横文字にしたらまだマシじゃねーのかな……」

 脳内でマーダーキャットの言葉が浮かび、それを熟考したが、どちらにしろださい事にため息をはいた。全てのメールを読み終わり、悪戯メールを消去する。自国は既に二十三時を回ろうとするところだった。
 新規作成画面を開き、文字を打ち込んでいく。内心、本当にこの考えでいいのかどうか分からないまま不安だったが、アポイントメントを取らないことには話が始まらない。

「こんなもんか」

 送信ボタンを押し、しっかり送信されたのを確認してパソコンの電源を消した。モーター音が無くなった室内は恐ろしいほどの静寂と、暗闇に包まれる。眼鏡を机に置き、竹光はベッドへもぐりこんだ。





「ひーちゃん、なんか来てるけどいいの?」
「んあー?」

 白いバスタオルで濡れた真紅の髪を拭きながら、ひーくんと、ソファに座るもう一人を呼ぶ。着色料をふんだんに使った棒アイスをしゃくしゃくと食べる男は、めんどくさそうに振り返った。
 男の足が乗せられたテーブルには、開封済みの袋とアイスの棒が散乱している。

「メール。こんなん送ってくるの誰だ……あ、まろまゆオンザか!」

 ひーちゃんを指さし、髪を乾かしつつメールを開いた。みょうちきりんな内容だったが、男の興味を引くには十分な内容であった。

「ひーちゃん、仕事のメールみたいだけど請ける?」
「んあー……。ひーくんがしたいなら、請けていいよー」

 俺にもちょっと見せてよー、と言いアイスを食べていた男もパソコンの前へと集まる。


 件名:匿名メールによる仕事依頼
 差出:メリア・シン代表

 先日匿名からテル=ベラ地区での事件について報告を受けた。
 内容は殺人猫が出没している、というもの。当方としては悪戯目的との見方が強いが、聊か見逃せない内容が込められていた。
 加えて、主要メンバーの非加入とする編成を行うに当たり、依頼をさせて頂いた。
 報酬、詳しい内容については依頼を受理して頂いた上で、折り返し伝えることとする。
 様々な依頼があり久成久泰兄弟は忙しいとは存じているが、前向きな検討をお願いしたい。



「うっわ、安定だのあのまろまゆ」
「ひーちゃん噛んでる」
「うっせ」

 堅苦しい文章に、ひーちゃん——久成——が大袈裟に舌を出して見せた。いつの間にかアイスは食べきっており、舌は青色になっていた。

「準備したら、ちょっと顔出しに行こーか。ね、ひーちゃん」

 バスタオルをパソコンの近くに置き、久泰は洗面所へと向かった。久成は大きく欠伸をしてから部屋へと戻る。アイスの空袋はテーブルにおいたままだ。
 二人が住むには少し広めのアパートで、数年前から二人暮らしをしていた。親は元々古都に住んでおり、現在は新都ユースレティアに住んでいる。二人がどういう仕事をしているのかは、全くもって知らないらしい。

「ひーくんー。俺、ちょっと寝てから準備するー」

 遠くでドライヤーの音を聞きながら、久成はベッドに入り寝についた。

Re: アネモネを敷き詰めた棺桶に ( No.6 )
日時: 2015/07/25 16:36
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: HhjtY6GF)
参照: 第一章 紫煙





「兄さんのせいで遅れるじゃないか!」

 鬼気迫った表情で久泰は久成をまくしたてる。
 時刻は午前を殆ど昇華し、午後に差し迫ろうとしていた。昨日のメールに指定された時刻は正午丁度。電車を降り、必死に走る二人に残された時間はわずか数分。密会等をする場合、十五分前ほどに着いているのが基本だ。
 
「うるせーなー。そもそも時間指定されてなかっただろ゛っ!? うわいってベロ噛んだ」

 舌先を指で撫でる久成にため息で返し、二人は更にスピードを上げた。成人男性の平均走力よりもずば抜けたスピードで、街を駆けていく。人々はその速さに驚愕し、町並みはころころと変わっていった。
 直ぐに見えてきたのは荒地。古都周辺に広がる荒地の一角が待ち合わせの場所だ。

「やっと見えてきた! 兄さんもっと速く! あと一分も、無いんだって!」

 額や首元に玉のような汗を流しながら、久泰は後ろから付いてくる兄に強く言う。久泰の眼前には、一つの人影が映っていた。

(あれだ!)

 それが竹光だと確信し、大きく口を開けるとともに更に強く地面を蹴る。

「すいませえええええええん! 遅れましたああああああああ!!」

 久成の手を取り、大きく踏み込んだかと思えば、無理やりその速度を殺すため足で地面を滑った。その声と、驚くほどの砂煙に、そこにいた青年は驚いた表情を見せる。

「すいませんこのバカ兄のせいで! 時間! あ、良かった四秒前!」
「やっほー、まろまゆ。待たせた待たせた」

 かたや時計を見て、何度も頭を下げる。かと思えば、もう一方は涼しげな表情で、ひらひらと手を振る。

「ああ……うん、お疲れ。取り敢えずメリアまで行こうか? そこについてからの方が話はし易いし」

 苦笑いをする竹光に、久泰も汗を拭いながら返した。荒地には小さな草本たちがあるも、動物達の姿は一つも無い。動物がいない、というよりも動物のえさになる植物が無いのだ。
 数年前から規制植物の栽培が、公で盛んに行われていたことが原因だと竹光は笑いながら話す。地区ハルティエンでは古都を忌む人が多く、その栽培も収穫もメリアの人間がやっていた、と続けた。

「ようこそ。俺の城、もといメリア・シンへ」

 背にメリアを向け、両手を大きく開いて竹光は笑う。丁度昼飯の時間なのか、そよぐ風の中にコーヒーなどのいい香りが乗っていた。

「まず先に俺の持ってる情報を教えようと思う。こっちだ」

 外に面した大きな螺旋階段を上りえんじ色の扉を開ける。中は外見とは全く異なり、欧風な造りとなっていた。久泰たちは周りを見回しながら、竹光の後を追う。見た目より奥行きがあるらしく、一番外側の通路から中に進む廊下が多数あった。
 外周を回るようにして一番奥の通路を曲がる。そこには広いリビングが広がり、メリアの人間が数人いた。

「ただいまー、さっちゃんに漆原さん」
「おかえりなさい」
「花か、お帰り。連れてきたのか」

 竹光、五月雨、漆原の順に口を開く。後から来た二人も会釈しつつ、自己紹介した。実際する必要がないと漆原たちも思っているが、二人は五月雨と初対面ゆえのことだった。
 五月雨も丁寧に自己紹介する二人につられる様に、同じく丁寧に自己紹介をし深いお辞儀をする。お互いに頭を下げあう様子を見て、漆原が立ち上がり口を開いた。

「花、部屋に行って話すんだろう? 少し四人で話をしてくるから、後で飲み物持ってきてもらっても良いか?」

 竹光達に先に行くように促し、漆原は五月雨に続ける。頷きながら了承する五月雨に僅かに微笑む。そうして煙草に火をつけて、漆原も竹光の部屋へと向かった。


 ■


「ねえ」

 鼻先に手を差し出すと、毛を逆立てながらも猫は匂いをかぐ。そしてまた大きく威嚇の声をだした。

「お前は……ったく。さっさといくぞ、餓鬼が。お前のために割く時間なんか、本当は殆どねぇのにあほ臭い騒ぎ起こしやがるから……」

 そのやり取りを横から見ていた男は、着物を揺らしながら悪態をつく。上からの命令、しかも特務で無ければ二度も貧困街の地を踏むことはなかたのに、と飽き足らず脳内で更に悪態をついた。
 左目で真っ直ぐ、屈む男を見るが、猫を目の前にしたまま動こうとしない。いつも動物を見ると、その動物の四肢等を見つめて数十分も動かないことを知っているため、ため息をはきその場に座った。

 以前訪れた頃と、何も変わらないなと男はあたりを見回す。廃墟に纏わりつく植物が少々増え、苔のようなものが増えた程度。

「なあ、お前何時まで猫と戯れてるつもりだ? 餓鬼共」

 “餓鬼共”という言葉に、猫と戯れていた少年が不思議そうに首をかしげた。かしげただけで、視線はずっと猫に注がれたまま。口を開いた、左目だけ表に出す男は、自分たちが入ってきた道をじっと見る。

「所属は」

 誰もいない道に向かって、大きく声を張り上げた。

「……第Ⅱ警邏群に本日配属された」

 細い中性的な声が隻眼の男と、猫と戯れる男に届く。姿は見えないが、隻眼の男は興味をなくしたように、猫と遊ぶ男へ視線を移した。男の周りには沢山の猫が集まり始め、気がつけば囲まれている。

「マリアード、そろそろ始末しろ。一旦戻るぞ」

 立ち上がり、着物の汚れをほろいながら声を張った。異形へ変わり往く男の背に向けて。


 ■


「——以上が、俺が得た情報の全て」

 狭い竹光の部屋に男四人で密会を始めていた。大きなディスプレイが窓から差し込む日差しとともに四人を照らす。しっかり話を聞いていたのは、話す竹光を覗いた内一人のみ。
 久泰は顎に手を当てて竹光の話を元に熟考する。

「そういや漆原さんの好きなコーヒー豆って何すか?」
「ん? ああ、ロブスタって種類だ。結構苦いが美味いぞ」

 飲むことを促すようにテーブルに置いたコーヒーカップを久成に向けると、それを受け取り一口飲んだ。瞬間、久成の顔が歪む。

「にっが! まって、苦い! これブラック!? 苦い苦い苦い!!」

 焦ったように立ち上がり、自分のカップに入った炭酸ジュースをごくごくと飲む。漆原は自分のカップを受け取り、焦る久成を横目に無糖ミルク無しのコーヒーをずず、と飲んだ。
 
「ひーちゃん!」
「漆原さん!」
『静かにして!!』
「ください!」

 目じりをつりあげ、久泰と竹光が同時に怒鳴る。どうやって猫を駆除するか、ということについて細かい日程などを決めるために集まる目的だった。しかし真面目に考えているのは、竹光と久泰だけ。
 久成は苦笑いしながらその言葉を受けるが、漆原は「まあまあ」とゆるく二人を宥める。中々漆原には強く出られないのか、竹光は髪を乱暴にかき再度ディスプレイを見やった。

 画面にはテル=ベラ地区と貧困街への進入経路図や、道中に通るハルティエン地区の地図が映っている。十年前の一件があってからも、何度か訪れた貧困街への経路は、既に竹光と漆原の体が覚えていた。
 それでも画面に出していたわけは、久成と久泰の二人に考慮してのことだ。竹光たちに比べれば、行った回数は確実に少ないだろう。

「貧困街へ行く道は、テル=ベラに入ってからはこの画面の通りだから、頭に叩き込んでおいて」

 ジュースをおかわりした久成を横につれ、漆原以外の三人でディスプレイ画面を確認する。真剣に画面を見る二人を見てから、竹光はタンブラーを持ち部屋を出た。漆原は何をしに行ったのか少し悩んだが、すぐに納得したように煙草をふかす。

「二人ともすまないが、少し用事を済ませてくるから覚えておいてくれ」

 二人からの返答を受けた後、コーヒーカップを持って竹光の部屋を出た。リビング兼キッチンに向かうのではなく、そのまま違う部屋へと向かって歩いていった。

Re: アネモネを敷き詰めた棺桶に ( No.7 )
日時: 2015/09/13 12:44
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: R6.ghtp2)
参照: 第一章 紫煙


「ねー、さっちゃん。酒、まだある?」

 キッチンへ向かった竹光は、ソファに座りパソコンをいじる五月雨の背中に話しかける。「ちょっと待ってください」と控えめに言う五月雨は、キーボードを先ほどよりも速く押していた。
 食器棚から自身のタンブラーを取り出し、五月雨が来るまでの間に軽く水洗いをする。竹光だけが使うタンブラーは、七種類ほどあった。

「多分、此処にあります」

 普段のベスト姿ではなく、ゆるいシルエットが特徴的なTシャツを着る五月雨に、思わず竹光は口元を手で覆う。暑い日が続くとはいえ、五月雨が薄着をするとは思っても見なかった。
 後ろから見て気がつかなかったのは、ベスト柄だったから。

「どうぞ」

 悶絶する竹光を気にする素振りの一つもなく、普段通り竹光が飲むカクテルを慣れた手つきで作り上げる。差し出されたタンブラーを受け取り、竹光はお礼もいい加減にしてそそくさとその場を去った。
 残された五月雨が一人首をかしげ、服のチョイスを間違えたのかと思い少し気を落としたことを、竹光は知らない。




「杲」

 部屋の隅に置かれたベッドの上、杲は三角座りをしていた。数ヶ月前に染め直した金色の髪が、自分の名前を呼ぶ声に反応し優しく揺れる。長い前髪から覗く、二つの眦の下がった瞳が、声の主を捕らえた。

「……漆原さん?」

 頷いた漆原が杲の部屋へと入る。杲は特別驚いた様子も無く、一歩も動かずに視線だけで漆原を追った。
 杲の部屋は漆原に負けないくらい殺風景だった。実用的な家具は杲が座るベッド、使われた形跡の無いテレビ。この二つしかない。

「最近、どうだ」

 横に腰掛けた漆原の言葉に一瞬戸惑うも、すぐに合点がいった様に「普通」とか細く呟く。漆原が杲を気に掛けていたのは、数日前にこなした依頼に関係していた。膝に視線を投げたまま、答えたっきり口を閉ざす杲の横顔を見て、漆原は一度上下させてから言葉を発する。

「今晩か明朝——きっと今晩になるだろうが、テル=ベラへ行くことになった」

 指を組み、告げた声色は、遠慮が混じりこんでいた。そのまま漆原は言葉を続ける。

「今回は竹光と自分を含めた二人に加えて、外部の協力者と四人で行うつもりだ。杲、お前のことは今回置いていく。五月雨達と一緒にシンで待っていてほしい」
「——やだ」
「……は?」

 驚き杲を見ると、膝においていただけの手はしっかりと膝を掴み、小刻みに震えていた。杲が何処に焦点を合わせているのかは分からない。けれど、少なからず杲の気持ちが分かっていた。
 残される怖さを今まで何度も想像してはパニックに陥っていたこと、テル=ベラという名前を拒絶するようになっていたこと。幼い頃この組織に連れてきてからの数年もの間、癒されることの無かった傷。

「杲、貧困街は」
「嫌だ」
「杲」
「また会えなくなるのは、もう、やだ」

 幼き日をともに過ごした金髪の少年の姿が、杲の目には映っていた。膝をさらに強く握る。その様子を申し訳無さそうに漆原は見た。

「ね、出てって。……お願い」

 震える声はそれ以上誰も寄せ付けない。
 触れれば儚く散る淡いシャボン玉が如く、その心は弱かった。
 深くまで刻みついた孤独の恐怖を、未だに飼いならすことが出来ないほど。

「ああ。すまない」

 優しく杲の髪に触れれば過剰に肩をビクつかせる。静かに立ち、そっと部屋を後にした。心には幾許かのやるせなさと、罪悪感とが争いあう。煙草を求めてポケットを探るが、一式竹光の部屋に置いてきた事を思い出し、乾いた笑みが思わずこぼれた。

「ん?」

 竹光の部屋に戻るため廊下を歩いていると、遠くから大きな足音を立てて歩く男が近づいてくる。口元を手で押さえ、視線は下を向いていた。

「花」

 驚いたように顔を上げたのは、トマトかそれ以上に頬を赤く染めた竹光。良く見れば耳まで赤くなっている。手に持っているタンブラーから、キッチンへ向かったことは容易に分かった。
 部屋を出たときからキッチンへ向かったことは分かっていたが、赤くなって帰ってくるとは思いもしていなかったのだ。

「……すよ」

 漆原の目の前に来て立ち止まった竹光が、小さく口を開く。よく聞き取れないくらい小さな声に、漆原が聞き耳を立てると、きっと顔を上げた竹光が再度声を発した。真っ赤な顔が漆原の両の目に映る。

「あんなの反則っすよ!! もうさっちゃん……おっぱい大きいのにあんな胸元開いただるっだるのTシャツ着て……! 俺が恥ずかしくなったじゃないすか! うああああああもおおおおおおおお!!」

 言うが早いが顔を片手で隠しながら、竹光は廊下を走っていく。残された漆原は呆気にとられ、その背中を口が半開きのまま見つめた。台風一過と形容してもいいんじゃないかと、先の竹光を心内で揶揄する。
 きっと竹光の言葉は五月雨にも杲にも、他の住民にも聞こえているんだろう。そう考えると、少し竹光が可哀想に思えた。横目で部屋の扉を見やってから、漆原も竹光を追い部屋へと戻る。

「まろまゆ、お前うるせーぞ?」

 自室のように寛ぎ、竹光のベッドに寝転んだ久成が呆れ顔で告げた。竹光は部屋に入ったと同時に、ふらふらとデスク付近にある誰も座っていない椅子へと進んでいく。テーブルに置かれた椅子に座る久泰と、ベッドの久成は、何も言い返してこない竹光を不審がった。
 椅子に座り、真っ赤な顔で大きなため息を吐く。長い長いため息が終わると、また小さくため息を吐いて、タンブラーをぐいっとあおった。緊張で乾燥した喉を、アルコールがとくとくと流れていく。

「っああ! もうほんっとさっちゃん耐性ほしいよもう! なんであの子あんな可愛いくせにあられもない格好で……! 変な虫がよりついた、ら?」
「っ!?」

 頭を抱えて悶えている竹光が、二人の視線を感じたのか錆付いたネジを回すようにして、二人を見る。居た堪れない、複雑そうな顔をする二人とそれぞれ視線を合わすと、一気に顔を赤くした。
 
「まろ眉お前恥ずかしくねーのかよ」

 口元に苦笑いを浮かべる久成に、竹光は真っ赤な顔でにらみつけた。そして大きくタンブラーを傾け、何回かに分けて酒を呑んでいく。タンッと音をたてて、デスクにたんぶらーを置く。
 真っ赤な顔をしたまま立ち上がり、久泰と久成の二人をじっと見た。

「取り敢えず今さっきまでのことは忘れろ! あと、今はまだえーっと、三時も回ってないけど、テル=ベラに向けて出発するのは日の入りと同時だからな! 俺の部屋の隣が空き部屋だから、双子はそっち使え! 俺のことは放っとけ、ほらさっさと!!」

 言うが早いが二人の手を掴んで廊下へ出す。大きな音を立て閉められた扉を、二人は訳が分からないと言いたそうに見つめた。丁度よく戻ってきた漆原にいぶかしげに見られ事の経緯を説明すれば、困ったように笑みを見せる。
 扉は固く閉められ、開く気配はない。仕方ないと一言呟き、漆原は二人を自室へと招いた。

「殺風景なところだが、たった二人で部屋にいるよりかは安心できるだろう?」

 とても優しく聞こえる声色。けれど言外に伝えられた意味に、二人は苦笑いで返すしかなかった。

「あのまろ眉の部屋には色々あったのに、こっちの部屋はどうしたんすか?」

 遠慮も無く漆原のベッドに腰掛けながら言う久成に、漆原はコーヒーを注ぎながら「人に譲ったんだ」と笑みを零し告げる。白く塗られた壁、白い天井、家具の殆ども白で統一された空間。
 竹光の黒が基調とされていた部屋とは真逆で、出されたコーヒーに手を付けながら、久泰は興味深げに隅々まで視線を走らせる。

「まだ、夜まで時間ありますよね。どうして俺達に依頼したのか、無粋ですけど教えてもらえたりってします?」

 一口飲んだコーヒーの香りが、口の中でふくらんだ。果てにベッドに寝転んだ久成はそのままに、二人は質素な椅子に座る。部屋の中央に置かれた、申し訳程度の椅子とテーブルだ。
 二人の視界にはそれぞれのカップから立ち上る湯気が、僅かに相手をかすませる。

「テル=ベラ、もとい今回行こうとしている貧困街には俺と竹光の二人に加え、もう一人、杲を連れて行く予定だった」

 口火を切る漆原。「だった」という言葉に、久泰は簡単に片付けられない理由があったのだろうと推測する。

「だった、って言うことは今は連れて行かないって判断にしたんですか?」
「ああ」
「それは、どうして?」

 言い難そうに伏目になったが、一度コーヒーに口をつけた漆原は再度口を開いた。

「十年くらい前になるか。メリアに居つき始めた頃、竹光と貧困街へ行くことがあった。色々、では表しきれないほどの出来事が起こったが、その内の一つに関わっていたのが、アキと呼ばれていた少年とエドと呼ばれた少年だ」

 俺達はそこから、アキと呼ばれた少年だけを連れて帰り、名前に字を当てた。

「それが、今同じ組織にいる猶崎杲と呼ばれる男だ」

 大切なところはうまく隠しにかかったな、と。それがこの話を聞いた久泰の最初の印象だ。何度か依頼を共にすることはあるが、根は他人。此処まで話してくれること自体、普通ではありえないことなのだ、と自分自身納得させる。
 漆原の視線は、他に何かあるかと問うているようなもので、久泰は首を横に振った。

「俺らには、その情報だけで十分です。取り敢えず、バカ兄が寝ちゃったので、ハルティエンの下見付き合ってもらっちゃっていいですか?」
「出来れば、杲って子も一緒に」

Re: アネモネを敷き詰めた棺桶に ( No.8 )
日時: 2015/10/19 21:38
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: lyEr4srX)
参照: 第一章 紫煙




 ハルティエン地区が抱える巨大都市——別名ユースティリア——は地区最大規模の観光都市として他国から有名だ。年間数百万という人が訪れ、住宅は僅かしかない。今日も変わらず、バスから降りてくるツアーの団体や、スーツケースを引いた家族連れがすれ違っていく。
 ブランドショップやアンテナショップが多く混在する、ユースティリア中央街。連日引っ切り無しに行われる路上の大道芸に、数多くの観光客が足を止めていた。その道中ひっそりと姿を見せる細い路地裏で、三人の男が細かいところまで見落とさない鑑識のような目をして、先を進んでいる。

 着ていたスーツから少し前に買ったカジュアルな服に着替え、久泰はじっくりと辺りを見ながら歩いていた。その後に漆原、杲と続く。杲は何処か怯えているように、眉尻を下げ漆原の後ろに隠れていた。
 三人とも私服を着ているため大通りを歩けば、誰からも観光客と思われるだろう。けれど大通りはほんの僅かしか歩くことなく、路地裏をずんずんと進んでいく。

「漆原さん。此処からテル=ベラのあそこまで最短距離で行ったとして、どれ位の時間かかるんです?」

 ひんやりとしたアスファルトむき出しの壁に手を付く久泰は、頭上を見上げながら漆原に聞く。杲がテル=ベラへ行くことを知っているか否か、今久泰の思考には無かった。ただ興味の全ては深夜からのことで埋め尽くされている。
 その様子に苦笑いを浮かべる漆原を、杲は静かに見つめていた。

「徒歩で向かうのであれば、半日近く掛かるだろうな。今回は途中何かしら竹光が用意するらしいから……ざっと見積もって三時間弱じゃないか?」
「ありがとうございます」

 久泰は既に自分の世界に入ってしまっており、返事も上の空。考え込んでいるのか、顎に手を当て一人で奥へと進んでいってしまった。
 置いてきぼりをくらった二人は顔を見合わせ、足早に路地を曲がっていく久泰をマイペースに追いかける。何度か通ったことのある路地裏を、漆原と杲は特に気に留めずに進んでいた。

 鉄格子の嵌められた窓、カラースプレーで彩られたアスファルトの壁、観光都市らしくない古いトタン屋根に遮られる日差し。少し変わったことといえば、壁の絵が新しく上書きされていることくらいだ。

「——行くんだ」

 テル=ベラに。杲はたっぷりと間をおいて、そう漆原に言う。正確には、さも独り言であるかのように、溜まっていた息をゆっくり吐き出すように、静かに言った。大通りで呟いたなら、誰の耳にも止まることなく消えていたほどの声量。

「お前は本当に留守番でいいのか?」
「どうしてそんなに連れて行きたいの?」

 漆原の黒い瞳を、黄緑色の瞳が見上げ、見つめる。目に掛かるほど長い金髪の隙間から覗く杲の目。漆原は一度薄く笑って、路地を曲がる。軽くためた息を吐き出し、漆原の後を追った。
 漆原は路地を曲がってすぐの所で立ち止まっていて、その背中に「どうしたの?」と問いかけるが返ってこない返事に、首をかしげた。

「久泰が、いなくなった……?」

 目の前に続く一本道の路地に、先に歩いていった久泰の姿が無いことに、漆原は驚いていた。漆原の言葉を聞き、杲は不思議そうな表情をしてみせる。

「でも、ここ前来た時は何も無かったよ? ずっと先に進んじゃってるとかじゃないの?」
「前は、な。今何があるかも分からないから、何ともいえないな。取り敢えず、杲。竹光に連絡して、久成って人と二人で来てもらうように頼んでくれ。俺は先に探しに行くから、杲は二人と合流してからまた連絡をよこせ」

 早口で告げ漆原は返事を待たず、路地の奥へと駆けていった。後姿を見つめるだけの杲は、強く唇をかみ締めてポケットから携帯を取り出す。



「——ん?」

 ぼやけた視界に、淡いライトが映りこんだ。中々焦点が合わなく、もどかしさが爆発しそうになる。徐々に視界が明瞭になってくるにつれて、感覚が戻ってきた。何かに殴られたように痛む後頭部と、動かそうとしても動かない腕。
 変な想像が生まれたが、まさかと鼻で笑ってみせる。違和感があるくらいの静けさだったが、数回しか訪れたことのない——といっても全て観光だ——場所で検討がつかないのは、当たり前だった。

 一度深く深く呼吸を繰り返し、現状の確認に入る。落ち着かないままでいるのは、自分で自分を殺すようなものだ。全体的に灰色がかった部屋。簡素な裸電球が、天井に一つだけぶら下がっている。
 首を右に動かした瞬間、不意打ちで痛みが走った。血が乾いている感じがないことから、殴られるか何かしたときに打撲したんだろうと、ため息混じりに考える。窓に嵌められたちゃちな鉄格子を壊せば出られないことはないが、無駄に発達した身長と筋肉のせいで、出ることは困難だ。

「こんにちは、ザ・ルードゥ」

 どうせ男だろう、という思考はばっさり切り捨てられた。

「じょーだんきっつ」

 これぞ悪役女と言えるような格好をする、自分よりは年上のように見える化粧が濃い女。ブルーのアイラインを厚くぬり、唇に真っ赤なルージュを重ねている。
 第一印象から重たい女だなあと思った瞬間、ずかずか近づいてきたその女に、頬を思い切り平手打ちされる。産まれて初めて女に平手打ちをされた事実に、久泰は内心面白さを抱いた。

「坊やは何しにアタシ達の領域に来たのかしら? 最近は私服警官、とかもいるじゃない? 警戒してるのよね、他の勢力ってやつ」

 殴られたらしい後から続く頭の痛みが、キスできる距離まで近づいたところで話す女のヤニくささで、増す。慣れないヤニと香水が混じったにおい。反応のない久泰が面白くないのか、女はもう一度、今度は左の頬を平手で打った。

「ザ・ルードゥとか、面白いあだなを有り難う御座います。取り敢えず、俺の仲間がくるまで仲良くしません?」

 口の中が切れているらしく、舌に唾と血が絡まる。味わいなれた独特な風味が、口中に広がった。女をじっと見据える久泰の目に、女はゾクリと悦にも似た快感を感じた。

Re: アネモネを敷き詰めた棺桶に ( No.9 )
日時: 2015/11/08 16:45
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: eldbtQ7Y)



「そもそも、そのルードゥだかって名前はなんなのか教えてほしいんだけど」

 都会の言葉は聞きなれない。と、いうより違う国の言葉らしい。ろくに学校に通っていなかったから、自国語ですら怪しいのだ。女は久泰の言葉に「んぅ?」と鬱陶しいくらい、艶めかしく答えてみせる。真っ赤な口紅を塗りたくった唇が、「知りたぁい? 知りたいからいうのよねぇ」と、動いた。
 早く返事をしない女は嫌いだ。拘束されている身でありながら、久泰は大きく欠伸をする。ばれないように噛み殺したつもりだったが、どうやらできていなかったらしい。真っ青でラメが入ったアイラインで囲った細い目が、久泰を鋭く射抜いた。

「——リグ、ヴェデルタ。来なさい!」

 今にも壊れそうな金属製の扉に向かって、女が大きく怒鳴る。いい迷惑だなとか、短気なおばさんだなと考えたが、案外化粧が濃いだけで同じくらいの年齢かもしれない。今此処で年齢のことを聞いてもいいか思案するが、どう足掻いても痛めつけられる選択しかない気がした。



「どこに行ったんだあいつは」

 苛立ちから煙草に火をつける。肺一杯に煙を吸い込み、思い切り口から吐き出すときは、苛立っていると自覚があった。自然と杲にばかり気が入ってしまうことは、前々から竹光に言われて直す努力のようなことはしてきていたが、自分でもここまでだとは思ってもみなかった。
 久泰も自分も、特別土地勘があるわけではない。と、すると。灰をポケット灰皿に落としながら、様々な状況を頭の中で組み立てていく。車で連れ去られて居る場合、何者かに拘束されている場合、勝手に何処かに落ちた場合。一番最後に限ってはないだろうと思うが、一応思慮案件に含める。

 今頃杲は竹光と久成を呼んだだろうか。呼んだとしても、来るのに数十分は掛かるだろうからと、時間を逆算していく。久泰が拘束されていたとして、無事に帰ってくるだろう時間は、遅くて二時間程度だった。夜のことを考えれば妥当だなと、時計を見ながらため息を落とす。



 部屋を出て行った女と入れ替わりで入ってきたのは、屈強な男が二人。白いタンクトップから覗く鎖骨から肩周り、二の腕の太さが、どれほど力に自信を持っているかは明白だ。

「どーも」

 せめて相手からの警戒を解こうと、明るい声で話しかけてみたが、二人に思い切り睨まれる。実際この状況で明るいということが、既に相手にとっては考えられないことなのかもしれない。と、考える頃には少し遅かったようで、両脇に二人が立つ。
 たまにヘマをしたときとの既視感に、思考がマイナスのほうへ傾き始めた。何をされるかは全く検討が着かないけれど、まず初めに女ともやった尋問のようなことをされる。そうして、満足のいく回答じゃなければ暴行、そしてまた尋問。

 パターンさえ掴んでしまえば子どもでも出来てしまう。それを大人がやるのだから、馬鹿馬鹿しい事この上ない。

「てめぇは、一体この領域に何しにきやがった」

 太く渋い声。いっそ早く殴ってくれれば、と考えてしまうのは、僕がどうしようもなく被虐を望んでいるからだろう。

「別にここに来たくて来た訳じゃないよ。ちょっと考え事をしていたら、たまたま——」
「嘘つくんじゃねえぞ、餓鬼」

 やばい、たまらない。罵詈雑言が俺を楽しませる糧になることを知らないのだから、しょうがないのだろうけれど。先に喋る男よりも、少し掠れた声が右腕の側から聞こえた。スキンヘッドの頭は、こめかみに僅かながら血管が浮いている。

「嘘じゃないよ。ね、俺から一ついい?」

 縛られたまま、両脇に立つ二人を交互にみやる。二人とも獲物を前にする肉食獣のような目をして、久泰を見ていた。射抜かれるような視線に、ぞくりと、背筋が冷える。

「俺とさ、賭けをしない?」

 左の男が、ピクリと動いたのを横目で見て、さらに続ける。

「賭けって言っても、別にお金を賭ける訳じゃない。どういう条件にするかはそっちが決めてくれていい」

 互いに目を合わせているだろう男達は見ず、真正面にある貧相な扉をじっと見つめた。


「あんたらが勝ったら、俺を煮るなり焼くなり好きにしていい。もし、俺が勝ったら、此処から出させてもらう」

 そういい、二人の返事を待つ。どんな条件が来るか、はたまたこの賭け自体に賛成してこないか。これもある意味では賭けだった。しかし、選ばれるか否かというところに、馬鹿みたいにわくわくしていた。

「条件は——殺し合い。相手が死ぬ、もしくは負けを認めれば、勝ちでどうだ」

 十分すぎるほどの沈黙の後に、左の男が言う。胸の高鳴りを押さえられないまま、久泰はそれを承諾した。

「ただし、俺のこの枷は外してよ。そうじゃないと、フェアじゃないだろ?」


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