複雑・ファジー小説
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- Subterranean Logos【オリキャラ募集中】
- 日時: 2015/08/19 23:23
- 名前: noisy ◆.wq9m2y9k. (ID: sFi8OMZI)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=199
Subterranean Logos
どうもです。
此処で活動を再開させて頂きます、noisyという者です。
タイトルが「Subterranean Logos」、相当な意訳を込めて「暗がりの救世主」という事ですが、勢いで付けただけです(
本作、主人公という物が存在しません。
各キャラごとの話を書いて、それを繋いで行く、一人リレー小説のような形式、巷でいう「グランドホテル形式」という形を取って、書かせていただきます。
従ってキャラ不足な現在、連載に平行して皆様方のキャラを募集させて頂いております。
応募につきましては、URLから行って頂けると幸いです。
なお、現在もオリキャラを募集しております。、募集要項の条件を満たしているキャラであれば、拒むことはありません。逆は言うまでもないですが。
設定は別に記載しますので、前置きは此処で締めさせてもらいます。
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.55 )
- 日時: 2016/02/12 21:48
- 名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: hAr.TppX)
根からの悪人、ならず者という物は存在し得ない物とレスターは考えていた。己はどこで正道から道を違え、畜生の片棒を担いだのだろうか。奪い、殺めそれを生業とした故に己はその記憶に延々と苛まれ続ける。これがイエスやアッラー、ブッダが科した贖罪の苦しみだとするならば、幾分酷な話で、一層のこと死んだ方がマシなのでは? という疑念すら宿る。ただただ生きる間は苦しみ続けろ、というのであれば今生は単なる地獄である。
「一科長。どこを見てるのでしょうか?」
静かな口調で男——パーヴェル・ムラヴィヨフ=アムールスキー——は問う。口調に相反し、彼が担いでいるのは「OSV-96」と呼ばれる対物ライフルを祖に持つ代物で、長大な銃身と異常なまでに巨大なボディが目を引く。ノスフェラトゥにそれから放たれる弾を当てれば文字通り“粉”になってしまうような代物を持つ、彼の問い掛けにレスターは反応するが、言葉は発さずHMD越しに真っ暗な闇を見据えていた。
「……まぁ、いいでしょう」
呆れたようなパーヴェルは対物ライフルのバイポットを展開し、横たわるとスコープのカバーを外して、それを覗く。スコープの向こう側にはミニガンを担いだハルカリ以下3機のオートマタと、一科のオートマタが同様3機展開していた。
「おい、イワン。連中を撃つんじゃねぇぜ」
「からかわないで下さいよ」
レスターが装着しているHMDや、オートマタ達の視覚情報が次々とコンタクトレンズに同期され、表示されていく。その内容を読み取る限りでは、ノスフェラトゥの反応はなく引き金を引く必要はない。即ち誤射の心配もない。
「……外したらシベリアで木を数えてもらう事になるからな」
「いつの話ですか、それ。ジュガシヴィリはもうとっくの昔に死にましたからね」
「冗談の通じねぇ奴だ」
そうレスターはパーヴェルの肩を叩くと、HMDの視覚倍率を下げる。視覚倍率を上げすぎると目が疲れるためだ。
ジュガシヴィリ、またの名を“ヨシフ・スターリン”と言う人物は既に200年以上も前に死亡している。晩年、猜疑心に駆られ多くの有能な人物や、民間人を粛清したとされる暴君。彼は死を迎えるその時まで、自分が殺めた者達のことを覚えていただろうか。その答えは恐らくノーだろう。今となっては、調べる術などないが死を忘れられる、悪い意味で強靭な人物だったに違いない。かつての独裁者のように、強い心を持てれば今の“生き地獄”はさぞ生ぬるい代物になっていただろう。
「厚顔無恥な大悪人。それがかつて国を率いてたなんて考えるとゾッとしますね」
「二次大戦はそういう馬鹿共が殺し合った訳だからな、また同じような連中が出揃ったらまた起きるぜ」
「四次大戦ですか」
「……人間にそんな事してる余裕ないけどな」
「本当ですね」
もし次の戦いが起きたならば、人間はNファクターを使うだろう。更には第四世代オートマタが戦場に出る事となる。死者の数は二次大戦の比ではないだろう。それをしてしまった時、人間はノスフェラトゥに地上を明け渡す羽目になる。それだけは避けたい。万物の霊長であり、君臨者たる人間がその座を明け渡す程、欲が浅いはずがないのだ。
「……カミナリ転びましたね」
「ドンくさいな」
「えぇ」
アガルタのオートマタ達を見る限りでは、そこまで攻勢的には見えないが彼等は思考ルーチンを書き換えれば、ウォーモンガーに成り果てる。そうなれば人間では手に負えない。今のオートマタ達のユーザーは各科長であり、思考ルーチンの書き換えを執り行う立場であるが、もし戦時徴用されたならば、彼等の自我を殺す事が出来るだろうか、と一抹の疑問を抱いたがそれを頭から振り払い、レスターはマークスマンライフルのコッキングレバーを引いた。
「何かいましたか?」
「いんや、極東の古い言葉、備えあれば憂いなしって奴だ」
「石橋を叩いて渡るって奴ですか」
「……叩き過ぎてロンドン橋、落ちた。ってな」
「……銃弾撃ち込め、レイディ・リー」
「さいで」
象のお喋りのような、全く意味のない言葉の羅列。レスターとパーヴェル
以外の者からはそう聞こえる事だろう。しかし、彼等はこのやり取りだけで次の行動を意思疎通できていた。パーヴェルが覗く対物ライフルのスコープの向こう側には、ノスフェラトゥの姿があった。多重の関節を持ち、地を四足で伏せていながらも、人の頭部のような突起を持ち、瞳と思しき窪みは一つだけ。鼻と思しき物体は厭に上向きで、その穴からはメキシコサラマンダーのエラのような物が姿を覗かせている。人間ベースであろうが、既にノスフェラトゥと化したならば救い様はない。せめてもの情け、今後のため殺してやるのが筋である。
「距離1200、風量なし。他敵影なし、排除せよ」
「了解」
右手でスコープの照準調整を行いながら、空いた左手でコッキングレバーを引く。レスターのそれとは異なり、重苦しい音を発したそれがどうにも、無言の殺害予告のように聞こえ、レスターは苦笑いを浮かべた。
これで殺せば、どんな奴も苦しむ間もなく、死んだ実感すらなく死ぬ。ノスフェラトゥも、人も、オートマタも。例外なくそうなって死ぬ。命を奪う事がある戦場においては、最も人道的な銃器だろう。どこにあたっても死ぬのだ、無駄に苦しむ必要はない。
そんな事を考えていると、破裂音が木霊しレスターを思考の渦から、現実へと引き戻す。HMDでノスフェラトゥの姿を確認すれば、身体は内側から破裂するように引き裂かれており、彼方此方に内臓や骨、青い血液を撒き散らしていた。
「イワン、良い腕だ」
「……でしょう?」
最初から相手が人間ではなく、ノスフェラトゥだったのならばパーヴェルのように一つの躊躇いもなく、殺めた事を誇れただろう。仕事とは言え、人間を殺めた事は誇りに思えず、目の前で静かに笑う年若い男が厭に羨ましく思えていた。
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.56 )
- 日時: 2016/02/27 23:56
- 名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: hAr.TppX)
昨今、ノスフェラトゥという化物が現れてから人間は手段を選ばなくなったとレスターは感じていた。それはつまり、道徳を捨て始めた事を意味する。道徳、子供のうちから刷り込ませ、教育の一環とし社会に不適合な者を作り出さんが為の、心の抑止力は既にその価値を失っていた。
しかし、一旦道徳を失っておきながら、その抑止力を取り戻す者もいる。見たくもない物を見て、惨状に心を切り裂かれて。——レスターのように——
結果、ある女は塞ぎ込み精神を病み未だに、病床でうわ言を呟いている。ある者は自らの行いを悔い、地底に身を潜めた。ある者は自責に耐え切れず散弾銃を口に咥えて引き金を引くという、壮絶な自死を選んだ。
人の業は深い、深すぎて覗き込んだはずの深遠が、此方を捉えきれない程だ。人間は恐らく、これからもその深すぎる業に身を窶して、その道徳、心の箍を投げ捨て続けるだろう。そして、道徳を失った「ならず者」達の中、一定の割合で道徳を取り戻し、一定の割合で心の歯車を壊す者達が現れるに違いない。
ある英国陸軍の元大尉は、軍の狂った規律と道徳に肩は愚か、首まで浸かり、最早まともな道で生きていく事が出来ない。あの女が狂った砂漠から、ロンドンのウェストミンスターでビジネススーツに身を包む事を選ばず、狂った砂漠から狂った暗がりに身を落としたのは、まともに生きられないからだろう。ある米国陸軍の元二等陸曹も、日本生まれの元少年兵も、機械仕掛けの兵士達も、ロシア生まれの元警察官も、皆が皆そうだ。そうであるからこそ、友を失っても、自分の身体の一部を失ったとしても、この暗がりに縋り続ける。日の光の下で生きられる程、前を向けないのだ。
スピーカーから流れる音楽は奇しくも「ならず者」に問いかける。「いい加減正気に戻っても良いんじゃないのか」と。その語り掛けに対する応答は一言「正気になど戻れない」だった。暗がりで鉛弾を撃ち続け、そうして敵を殺めて喜んでいる限りは。例えそれが自分を傷つける事となったとしてもだ。決してレスターの前に広がる、テーブルの上には色とりどりのカードなどは無かった。危ないダイヤのクイーンも、堅実なハートのクイーンもそこにはいない。気付いたら手元にあったのは、死神の切り札、スペードのエース。たったその1枚だった。
仏教の教えに“生まれ生まれ生まれ生まれて、生の始めに暗く。死に死に死に死んで 死の終わりに冥し”という言葉がある。これは人間は輪廻転生を繰り返すという意味である。であるならば、此処でどれだけ生まれ、どれだけ死んでも人間は同じ道を辿る。そうなれば、どの時代にも自分達のような者が存在すると考えられた。
スピーカーの音楽は「君達は厭に頑固だ」と苦言を呈していた。恐らくこの音楽を作った「鷲」は、こんな思いをした事がなく、正道を歩んだ高潔な「鷲」だったのだろう。気分を害されたのか、レスターはスピーカーの電源を落とす。3度目の諭すような語り掛けは発される事はなかった。
レスターの気は、重く陰鬱とした物に変わっていく。どんな時代でも、こんな思いをする者が居るのか、と。微かに鼻につく硝煙が、自分の精神を蝕む。時代が違えば返り血の匂いで精神が蝕まれていったのだろう。正なる道では生きていけない。「ならず者」にはそれを選ぶ権利はない。選べないのだ。
生来の「ならず者」など存在はし得ない。一体、どこで道を違え「ならず者」へ身を窶したか。この暗い地底には空はなく、眺めながら「ならず者」が頭を悩ます事すら出来ない。この地底はそれを許してくれない。
ふと、時計を見やれば時刻は11時を指していた。あと1時間もしない内に、哨戒任務に出掛けなければならない。オーダーは「ノスフェラトゥを発見次第駆逐」という短い文言のみ、駆逐要領や、交戦規定は一切示されておらず、最早軍隊でもない各々の得物を持った烏合の衆が地底を闊歩しているようにしか思えなかった。
地底に棲む「人にあらず者」と地上から来た「ならず者」が、互いに否定しあう時代は延々と続く事だろう。どちらかが尽きない限り、延々と向こう100年でも200年でも続く事だろう。奇しくも争い続ける人間と人間の関係と同じ。互いが互いを否定し合い、血を流し合う。夥しい死体の群れを作り上げて、道徳を失った「ならず者」達が彼方此方を得物を片手に闊歩する。——女も、子供も、年寄りも関係ない。敵と思しければ撃ち殺せ、正規の軍人じゃないなら何をしても構わない。お前等が何をされても構わないが——ふと、脳裏に浮かんだある英国陸軍の指揮官がレスター達に向けて言い放ったその言葉。最早正気など持ち合わせていない。
恐らくは人間全てが「ならず者」になり得る素質を持ち、一歩を踏み出せば人の正道から足を踏み外した畜生と成り果てる。もう二度と戻れない境界線の向こう側から「ならず者」の卵を見つめ続け「あらず者」を殺め続ける事としよう。
最早、地底の「ならず者」にはそれしか残されておらず、それしか選ぶ事が出来ないのだ。
3.Desperado 完
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.57 )
- 日時: 2016/03/15 08:38
- 名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: iqzIP66W)
- 参照: 充電終了
4.The Dark Side Of The Moon
厭に寝付けず、少年は真っ暗な天井に視線を這わせた。どこを見ても黒、どれだけ見ても黒。手元のスイッチ一つで、その黒は晴れるというのにどうしても、その黒に言い得がたい心地よさを感じていた。
決して日中のデスクワークで、ブルーライトに目をやられた訳ではなく、ただただ純粋に黒い闇に目を奪われていたのだ。
忘我したように少年はしばらく、天井を眺め続けると小さく溜息を吐いた。どれだけ、天井の闇に目を奪われ、どれだけ時間を無駄にした事だろうか。自嘲するような笑みを浮かべて、瞳を閉じる。閉じた瞳の中もまた闇で、地下に広がる暗闇と同じように思えた。幸いにも鼻につく、油の臭いは感じ取られなかった。
瞳を閉じ、一切の視覚を放り出すと自分の心音が聞こえる。一拍、一拍力強く鼓動するそれは人間が一度、21グラムの魂を放り出しただけで止まり、もう二度と動き出す事はない。医学的には出来ない事もないのだが、倫理の壁がそれを邪魔する。だが、もし人間がその倫理という物を暗闇の中に葬り去ったらどうなる事だろうか。何もかもが許される事になるだろう。そこには善も悪もない混沌とした世界が待っている。
まだ東城陸は、そんな現実から目を背け、そんな現実が存在し得る事を夢にも思っていなかったのだ。
2120年3月14日。20歳になった彼は旧中華人民共和国領、北京の土を踏んでいた。100年も前には大気汚染で前すら見えず、恐慌により元来の盗人根性に火を付けた国民達の暴動や、略奪で酷い状況だったらしいが今やそんな様子は見られない。辺りは廃墟と痩せこけ、病に蝕まれた人間や既に死した人間の欠損した死体だけが転がっていた。
何故、陸がこんな酷い所に居るか。その理由は単純であった、ノスフェラトゥを信奉する集団が居るというため、内偵に来ているのだった。他にも第14アガルタ以外に、第7アガルタや第3アガルタからも人員が内偵に来ているらしいが、彼等と思しき姿はない。
(……死体、かぁ)
陸の視線の先には、死体が斃れていた。肉から漂う僅かな腐臭と、腐りかけの血の臭い。嗅ぎなれ、見慣れた物だったが陸が視線を奪われたのはそれを食らう人間の姿があったからだ。彼等は飢え、手足は枯れ枝のように細く、肌は小汚い。ノスフェラトゥを信奉する者達が現れてから、北京にはこんな人間とは思えない人間達が姿を現すようになったのだ。元々は第三次世界大戦で第1世代オートマタの悪意が元となり、ICBMを何発も撃ち込まれ、都市を放棄したため人は住んでいない場所だったのだ。
かのオルダス・ハクスリーがこの様子を見たならばまさしく「すばらしい新世界」だとディストピアな今を嘲笑う事に違いない。先人達の創作は、残念ながら現実になりつつある。そもそもこの廃墟群の発端となったオートマタの反乱は、イーロン・マスクやスティーブン・ホーキンスの予言通りだ。今後も知識人達が鳴らした警鐘は実現されてしまう事だろう。
死肉を貪るそれから視線を逸らし、なるべく誰とも目を合わせないように陸は廃墟群の奥へ、奥へと進んでいく。心なしか人の数は増え、人間らしさが薄まっていく。失われた右手の繋ぎ目が、何故かゾワゾワと虫か何かが這うような言い得がたい不快感に襲われる。何か事があれば必ず起きるのだ。いつぞやのLAVで死に掛けた時もそうだったし、クレメンタインがノスフェラトゥの血を貰った時もそうだった。思わず懐に隠した自動拳銃に手を伸ばし、セーフティーを外す。ダブルアクションのそれは多少の事では暴発しない。
(何か燃えてる)
少し開けた先で何かが燃えていた。煙は黒く、悪臭を発している。心なしか脂を含んでいるように感じられた。目を凝らし、それを見れば燃料の何かが高熱で炭化し、妙な形で折れ曲がっている。幾重にもそれが積み重なり、唸り声を上げる炎に包まれていた。そのような形を成して燃えるのは、人間の肉だけだ。表面の皮膚と毛髪が焼ければ、悪臭を発し脂肪が燃え、内臓が溶け落ちる事で周囲に脂を撒き散らす。そして炭化した筋繊維と骨は熱で妙な形に折れ曲がっていく。恐らくは死者を焼いているのだろう。衛生概念があるのだろうか、と興味に駆られゆっくりと炎に向かっていく。炎の前に屈み、それを見下ろした時、陸は思わず自動拳銃を懐から取り出していた。
燃えている死体の中には、アガルタ職員が2体含まれていたのだ。まだ燃えきっていないそれは、四肢を削がれ両目を真一文字に切り裂かれていた。恐らくは生きながらして、それをされたのだろう。此処に居ては自分も同じ目に遭うのは間違いない。静かに後ろを振り向けば、人間らしさを失った人間達がまじまじと陸を見据えていた。
「————はぁ」
思わず出た溜息。それと同時に陸は駆け出す。呼応するようにひたひたと足音が聞こえるあたり、彼等は追ってきているに違いない。捕まれば、あんな事になる。多く命を奪ってきたが、自分の命は大事だ。逃げる時は足取りは素早く、思考はなるべく冷静に。ギルバートがよく口走る基礎中の基礎が脳裏に反復されている。逃げなくては、何がなんでも逃げなくてはならないのだ。
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.58 )
- 日時: 2016/05/06 02:28
- 名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: 9igayva7)
物陰に身を潜め、廃墟の僅かな凹凸を駆使しながら陸は壁を攀じ登っていた。人の形をしたそれは生気のない瞳で、陸を見据え石を投げつけてくる。痩せ衰えた腕ではまともに石も投げられないのだろうか、なんとか中空を舞うものの陸に届く事はない。
(……困ったなぁ)
届かないのに投げ続ける程の知能しかないのであれば、諦めて身を引く知能もないだろう。もう少しで屋上に到達するが、いつまで屋上に居ればいいのだろうか。救難用のビーコンと身体に埋め込んだIDチップからいつでも日本のアガルタと交信は取れるが、おめおめと逃げ帰って良いものだろうか。何が彼らをこうさせ、その知能を劣化させたのだろう。
ようやく廃墟の屋上へと登り終え、機械と生身の間にかいた汗が気持ち悪く、周囲をぐるりと見回してから義手を外し、接続部と自分の腕の断面から汗を拭きとる。人工皮膚から飛び出たチューブに繋がれた神経を、自分の腕に開けられた小さな穴へ通し、義手の電源を入れる。一瞬、ビクビクと腕が奇妙に痙攣し、大きく深呼吸して陸は自分を落ち着けながら、義手を抑え込んだ。
北京の街はやはり人気がなく、薄汚い。まるで旧世代の中国人たちの強欲がそのまま、そこに残ったかのような錯覚を覚えた。機械仕掛けの神にその欲を咎められ、彼等は滅んだ。咎人には罰を与えなければならない。渦巻く強欲は命を軽んじ、自らに首に縄を掛けた。縄を掛けた途端に、眠れる虎に喧嘩を売り、更に多くを失った彼等には丁度良い罰だったのかもしれない。
「————もしもし、此方東城です」
蟀谷に埋め込まれたIDチップを押さえつけながら、陸は小さく声を出す。受話側からは波の音しか返ってこず、沖合に待機しているであろうアサシグレは一体何をしているのだろうか。彼に限って、ノスフェラトゥや先ほどのような木偶の坊にやられるような事はないはずだ。それともこの新型IDチップが不具合を起こしたのだろうか。だとしたらグラナーテやヴァルトルートを恨むしかない。
悪態をついて近くにあったブロックの欠片を蹴り飛ばすと、それは木の板で目張りされたドアをぶち破り、ガラガラと大きな音を立てていた。しまったと苦笑いを浮かべつつ、遮光コンタクトへと通電し胸元のフラッシュバンに手を伸ばす。こんな軽率で迂闊な行動をクレメンタインに見られたら、頬を裂かれかねない。
(——来たか)
階下から足音が聞こえ、それは徐々に近づいてきている。自身が蹴破った穴へとフラッシュバンを投げ込み、陸は駆け出す。廃墟と廃墟を飛び越えながら、ちらりと後ろを振り向けば人の形をしているだけのそれは目を覆いながら、もんどり打ち、ある者は廃墟の下へと転落し、肉が拉げ、骨が砕けるような音を木霊させている。
当時の人々が残したであろう、仮設足場の上を走り抜けながら、再び足にたまり始めた乳酸に苛まれていた。着地の衝撃からも内臓が揺さぶられ、少しずつであったが息が上がりつつある。
踵を返し、一つ深呼吸をすると既に彼等は追ってくる様子はない。仮設足場のボルトを無理やりに引き抜けば、自重に負け勝手に倒れていく。念のために追われないように道を断ち、また溜息を吐いて陸は腰を下ろす。
見ず知らずの土地ではいつもこうだ。ソマリア、シリア、朝鮮半島。赴いた戦地では必ずこうなってしまう。見ず知らずの場所であるから身体と精神が緊張しているからなのだろう。せめて味方が傍に居たなら、精神的な余裕は出るであろうがそれも敵わない。
「————此方、東条です。応答願います」
再び蟀谷を押さえつけながら、アサシグレに無線を送るも彼からの応答はやはりなかった。やはり波音だけが聞こえている。また悪態をつきそうになったがそれを堪えた。
かつてアガルタで適正試験を行った時、陸の戦闘適正は非常に低かった。というのも戦闘能力では申し分なく、体力測定ではレスターを抜き、射撃訓練ではクレメンタインの次点であった。しかし、戦闘ストレスに対する弱さがあり、過度なストレスで軽率な行動や、ケアレスミスが発生しやすいと出ていた。自身も、それを感じてか戦闘中はストレスを軽減させるためにカルシウムとマグネシウム、各種ビタミンの錠剤を服用していたが、今回はまさかこんな事になるとは思っても居らず、それを持ってこなかった。
(失敗したぁ……)
頭を抱えながらビーコンに手を伸ばした時、ふと地面が揺れている事に気が付く。酷い空振が徐々に轟音になりつつあった時、廃墟の屋上の亀裂が嫌に気になり、ゆっくりとした動作で立ち上がると陸の目に疑いたくなるような物がそこにあった。
それは最早、人に非ず、超常にも非ず。形容するならば化物。ただ普通の化物には非ず。身の丈は20m程あろうか、四足で這い蹲るようにしたノスフェラトゥの姿があり、それは赤い瞳を北京タワーに向け、唸り声を挙げていたのだった。
- Re: Subterranean Logos【オリキャラ募集中】 ( No.59 )
- 日時: 2016/08/06 14:30
- 名前: noisy ◆kXPqEh086E (ID: vVtocYXo)
巨大なノスフェラトゥの映像を見やりながら、クレメンタインは呆れたように溜息をつく。何が原因でこんな化物が姿を現したのか、これをどうやって打ち倒すか、途方もない思考に頭の中が悲鳴を上げはじめていた。
「……シンディー、はい」
「あぁ、悪いな……」
グラナーテからコーヒーを受け取り、ぼんやりと不鮮明な映像に目をやる。旧世代の映画を何度も、何度もしつこく見続けるオートマタのようにクレメンタインはこの映像を見続けていた。
陸が持ち帰ったこの映像は、瞬く間にアガルタのみならず各国の軍隊にまで配布された。日本国防軍については、日本海に巡行ミサイルを装備した駆逐艦を配備する始末。上海への攻撃は秒読みとなるのだろう。
「上海を焦土にするつもりだろうな、日本猿め……」
上海攻撃が為す意味、それはノスフェラトゥの移動を意味する。ミサイルが命中した段階でノスフェラトゥは離脱を開始するだろう。おそらくあの大型は駆逐できるだろうが、難を逃れた存在が拡散する。それはノスフェラトゥによる被害が起きる可能性を示唆し、彼らを増勢させてしまうという懸念があるためだ。
「だろうねー。苦労するのはヤンキーの海兵隊だよ」
巡航ミサイルが発射された後、米海兵隊が上陸し掃討するそうだが瓦礫だらけになった上海はノスフェラトゥが巣食う魔都となるだろう。そんな魔都に乗り込む海兵隊が不憫でならない。
「いい加減地上戦はオートマタに任せればいいものをなぁ」
「ま、金の問題。雇用の問題。これに尽きるよ。貧乏人がいる内は時代遅れでもやらざる得ないんだねー」
なんとも世知辛い世間話をしながら、2人はほぼ同じタイミングでコーヒーに口をつけた。横目でクレメンタインを見ながら、グラナーテはニヤけた顔をちらつかせ、不愉快なほどに苦いコーヒーを飲む彼女の様子を見ていたのだった。
「……覚えてろよ」
「えーっ、なにを?」
楽し気に笑うグラナーテの脇腹を肘で小突きつつ、クレメンタインはコーヒーに再び口をつけた。不愉快な苦みが頭をクールダウンさせてくれる。次の一口は中々進まず、真っ黒なコーヒーを見つめるだけだった。
「お前、これ底に粉……」
「砂糖じゃないだけマシでしょ」
不愉快な苦味に等しく、不愉快な程の甘みも忌避したい代物だ。気分が優れない。白人の味覚に基づいた味付けは極端だが、その極端をクレメンタインは嫌がる。味覚が日本人だと言われていた事もあった。
異常に苦いコーヒーの二口目に口を付けると、静かにドアが開かれる。足音こそすれど気配は感じられない。恐らくはオートマタであろう。ゆっくりと振り向けばそれはネーベルであった。どことなく呆れたような表情を浮かべ、グラナーテと目が合うとニヤっと笑みを浮かべた。
「どうかしたの?」
「件のノスフェラトゥ、早速巡航ミサイルぶち込まれたそうよ」
「あぁ、そう……。結果は?」
「粉塵が酷くて、衛星で捉え切れてないみたい」
件の話は既に進み、クレメンタインが危惧したとおりに米海兵隊による地上戦、掃討戦が発動される事だろう。アガルタのような準軍事組織に対する参加、支援要請は発動されていないが、いつ何があっても不思議ではない。
「上海が奪還出来れば、中国への足掛りとなるだろうが……」
多く血が流れる。この言葉をクレメンタインは伏せ、異様に苦いコーヒーをテーブルに置いた。それから時計に目を遣り、小さく溜息を吐いた。
「そろそろ哨戒時刻だが、支度は良いのか」
「えぇ、それもあって此処に来たんだけど科長達だけ?」
「4科の連中は第2ハンガーだ。此処には私達しか居ない」
「それは失礼。……同期同士、仲良くて羨ましいわね」
「あと1人居たのだがな」
3人が渇いたような笑みを浮かべ、ネーベルは踵を返し部屋を後にした。今晩は4科と3科による哨戒が為される。何事もなければいいのだがと、クレメンタインは思案する。言い様のない不安に近い何かが胸の中を、去来する。
「……上海の情報きちんと仕入れておくよ。シンディー、もう遅いし寝たら?」
「まだ寝られんのだよ。調達根拠資料を整えねばならん」
「あー、例のエアバースト?」
「20挺買うだけなのに、本当に必要か? などと言われてしまえば答弁に困るのだよ」
互いに苦労するなぁ、と2人は顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。厭に苦いコーヒーを飲み干し、クレメンタインは背伸びをするのだった。これから経理仕事に戻ると考えれば気が重い。しかし、必要な装備であるからこそやらねばならない、そう自身に鞭を打ち踵を返した。
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