複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~
- 日時: 2015/12/13 03:31
- 名前: IDL:Project (ID: EZ3wiCAd)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=70
『カミサマを信じてないわけじゃない』
『でも選ぶのは個々の勝手だろう』
『何に使って結果どうなろうが』
『それはあくまで手段に過ぎないのだから』
『使うも自由、使い道も自由』
『思うが侭に楽しめばいい』
『誰だって』
『自分の人生で』
『主人公だろう?』
◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆
【基礎情報】
タイトル:IDOL-A Syndrome 〜全世界英雄症候群〜
小説形式:リレー小説
投稿場所:複雑・ファジー板
ジャンル:複雑
投稿形式:順番制
【参加者様】
現在、リレーに参加している書き手=IDL:Projectのメンバーです。敬称略。
番号がそのままリレーの順番です。何かメッセージがあれば行間にどうぞ。
①空凡
「最近家事手伝いにはまった」
③戦崎トーシ
「こけおどしのししおどし」
④Satsuki
「そろぼち落としどころを考えましょうか」
⑤チャム
「忙しさは12月いっぱい続くんじゃ >年末に向けてバイトの日数増やしたら嫌がらせのような連日出勤の塊が生成されておりましたとさ。うわばらー」
休参者
②Orfevre(高坂桜)
【次回投稿予定者】
空凡 12/12経過
戦崎トーシ 12/18迄
【連絡事項】
参加者様や読者様に宛ててメッセージがある場合ここに追記していきます。
・プロローグが終わりました、これより本編に片足を突っ込んでいきます。
・現在、リク板スレにて追加参加者を募集しています。
【目次】
Prologue:>>1-12
Chapter 1「Mate is behind Team , cannot In」 >>13-36
>>1-36
- Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.32 )
- 日時: 2015/11/28 00:40
- 名前: チャム ◆VFDOEYR7G2 (ID: ugb3drlO)
「……あの事件で大きな痛手を被りまして」
「痛手?」
「大きな商談があったのですが、店はあの通り営業休止中ですからお陰で台無しに」
檜山は画面に視線を向けたまま、苦々しそうに顔を歪めた。
画面には主犯格の男たちの顔写真が映し出されていた。それは遼火にも覚えのある顔であった。あのテロリストたちに中央で常に指示を出し、最終的には水を操作するイデアで襲ってきた相手である。名前は「猿渡賢助(サワタリ・ケンスケ)」。
事件から2日目、デパート・コーホクにはまだ仕掛けられた爆弾の調査や破壊された店の修繕、現場検証などで営業の再開は未定である。
要は、あの事件によって被害を被ったのはあの場で人質とされた者たちだけではなかったということである。それは「店」という場所に関わる全ての者へ多かれ少なかれ影響を与えているのだ。場合によって大きな問題を被った者も居た事だろう。遼火は檜山がその一人だということを知った。
ガタッ。
檜山が席を立ち上がった。
「探偵さん。申し訳ありませんが、私はそろそろ戻らねばなりません。費用に関しては先日渡したメールアドレスに振込先を記載して送って下さい」
「いえ。あの時も言いましたが成功報酬ですので、その場合は費用は結構です」
「そうですか。分かりました。では私はこれで」
「待って下さい」
立ち去ろうと背を向ける檜山を引き止める。檜山は横顔で視線のみを向けて返事をする。
「……まだ何か?」
「依頼は断った訳ではありません。ご安心下さい。猫探しはこのまま続けます」
「ですが」
「あのような特殊な状況ではこちらも確認をせざるを得ませんでした。例えそれが子供の妄言なのだったとしてもです。場合によってトラブルに巻き込まれる可能性があるのがこういった仕事ですので、それを避ける為にもこちらとしては細心の注意を払う必要があります。お気を悪くされたのなら申し訳ありませんが、何卒ご容赦下さい」
遼火の謝罪に檜山は数秒考え、最後にもう一度真正面に振り向いて口を開いた。
「分かりました。ですが今後は、探しに行く前に有力そうな情報を得た時点で私に教えて下さいますか?」
「得た時点で、ですか? しかし」
「時間はどうにか都合します。それでは宜しくお願いします」
檜山は踵を返し店を出て行った。遼火は窓の向こうを過ぎっていく彼女の姿をしばし見つめて、彼女が上手く隠し通したかも知れない「最後の矛盾」に関して頭を走らせた。
- Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.33 )
- 日時: 2015/11/28 01:00
- 名前: チャム ◆VFDOEYR7G2 (ID: ugb3drlO)
***
『こっちはもう終わったよ。今から帰るね。そっちはどうだった? もう終わった? 良い情報引き出せたかな?』
携帯を取り出し、メールを確認する。袖子からである。メールで返信するのも煩わしく思えたので、通話で返事をする。
『お疲れ様。それで、どうだった?』
「結果だけ言えば、本当の飼い主である可能性が高くなった」
『そうなんだ? でも、それだと武瑠君が』
「まぁな。ただ、何か引っ掛かっているんだ。何かを見逃しているような。だが、疑念の全てに対して綺麗に反論をされたよ」
どれもある意味では筋が通っており、その視点においてはまるでそもそも最初から何を疑っていたのか分からないほどに。
とはいえ、結局は可能性の問題で、どちらに関しても50%50%(フィフティフィフティ)である。
結局今回のことで分かったのは、どちらにも嘘の可能性があるということで、要は振り出しに戻ったということだ。
袖子は言葉少なに相槌をする。
『ふぅ〜ん』
「ガッカリしたか?」
香水の件と言い、袖子はどちらかと言えば依頼人が嘘を吐いていると思っていたのであろう。
『ん〜ん。ただ、そうなんだぁと思って。……でも、それじゃあ、この依頼は引き受けたままで、猫探しは引き続き行うんだよね?』
「ああ。そのつもりだ」
仮に依頼人の嘘が発覚した場合、その後の行動として普通ならどう判断するか?
前にも考えた通りこちらの仕事は飽くまで猫を探すことであり、依頼人の是非などは問わないのである。是非が起こるとすれば、それは探偵という手段を用いて猫を手に入れた依頼人側の問題であって、探偵はただ申し込まれた仕事を行うのみだ。一々そんなものを問いていたらこんな職業、食いっぱぐれること間違いないのである。勿論時間は有限だし、依頼主が本当に嘘を言っていたのであれば、トラブル回避の為にも断る者もいるだろうが。それに関して言えば、今回の仕事は遼火としては金目当てではなく半ば勢いで受けてしまったものなのだから、寧ろ後者の判断が正しいとも言えただろう。
しかし、依頼人が嘘を言っていないといった判断になるのであれば、断る理由など無いのでそのまま依頼を続行することになる。グレーな状況でも同様である。
『遼火君』
「うん?」
『私は、あの依頼人はやっぱり嘘を吐いていると思う』
どうやら袖子はまだ怪しんでいるようだ。
遼火は、引っかかるとは言ったが、はっきりとした根拠が無い以上下手に言及することも出来ないことを伝える。
『全てに対して綺麗に反論出来るなんて、ちょっと都合が良すぎるんじゃないかな?』
「けどな」
『ある意味余計に怪しい気がするかな。ただ、それを言うなら勿論武瑠君も』
遼火は言葉を止めた。袖子が武瑠にも懐疑的な目を向けたのが少々意外だった。
『帰ったら詳しく聞かせてね。私も推理してみるから。大丈夫きっと真相に辿り着けるよ。勿論モモコちゃんのことももちゃんと見つけてあげようね。きっとね、お腹も減らしてると思うんだ』
「あ、ああ」
『あ、そうだ、遼火君。ところで今、どこにいるのかな?』
「今? 今は3丁目の……」
ピッ。
「それじゃあ」と場所を告げて報告を終え、携帯をポケットにしまいこんで道沿いに歩き出す。
今後の指標としては、聞き込みなどを続けながら猫探しをしつつ、武瑠への疑念を追求することだろうか。そうすればあの"違和感"がなんであったのかも見えて来るかも知れない。
「まぁ、なるようになるだろう」
ふと、更に遼火は考える。
仮に最終的に"二人とも嘘を吐いていた"という場合で、且つこの先遼火が猫を見つけたとしたら、その猫は一体誰の物になるのだろう?
懐が暖かくなるような思いを感じつつ遼火は帰路に着く。
やがて工事現場が見えてきた。この町は小都市ではあるものの、開発は徐々に進んでおり、部分的にビルやマンションが建ち始めている。
その内、この町も大都市と呼ばれるようなことになることもあるんだろうか。その時自分は幾つでどんな人間になっているのか。ふと父親の姿が浮かんで、しかし何か強めに首を振って遼火はイメージを掻き消した。
建設中の現場は、鉄パイプで足場を組まれ、部分的にビニールシートが被せられている。しかしそろそろ晩も近く、本日の工事は既に終わっているようである。
そうして一度見上げて前を向き直し、柵で囲まれた壁の脇を歩いていたその時——。
ヒュンッ——!!
唐突に風切り音がどこかから耳に届いた。何か不穏な重みが自分に近づいてくる感覚。
歩きながらゆっくりと顔を頭上に向ける。コンマ数秒刻みでそれは近づいてくる。しかしそれが何であるのかは視認するまでは分からない。
歩みを弱め、顔を上げる。工事中の建物が見える。空が見える。音が聞こえる。そして——。
鼻先を掠め切るような鋭利な空気の流れ。直後、地面のコンクリを砕く耳に痛い金属音と、足の裏から跳ね返るようにビリビリと響くその重衝撃。遼火の目の前にそれが「落下してきた」のだと気づいたのは数秒遅れてのことだった。
「……何、だ?」
それは2メートルほどの長さの鉄パイプだった。1センチほどの厚みのある太く重量のある管状の金属の塊。
どこからこんなものが? 決まっている。建設中のあの建物からである。
見上げると、ビニールシートが風でバサバサと揺れているだけであった。
あそこから? ネジが緩んでいた?
しかしすぐに気がつく。距離がありすぎる。建設中のそれから道までは5メートルはある。あんなところからどうやってこんなものが落ちてくるというのだ。風に煽られるにしてもあの重さでは届かないに思えた。
その時、ふと視線を感じた気がした。何か覚えのある視線。あの視線だ。昨日から感じていたこちらをただじっと見つめる奇妙な視線。
悟られないように間を置き、そして急遽そちらを向いて一気に駆け出す。
「そこだッ!!!」
道脇の向こうに居たそいつに向かって呼びかける。相手は咄嗟に逃げ出したが、その瞬間そいつの服が翻ったのが見えた。茶色の裾。確かに見えた。
「逃がすか!」
足には多少の自信があった。相手がいくら逃げてもこの距離なら捕まえられるだろう。さっきの鉄パイプがそいつであったのなら、こちらは危なく命を失うところであったのだ。事と次第によってはただでは済まさない。
——が。
「……居ない?」
道の向こうに居る筈のその相手の姿はどこにも無かった。柵を乗り越えたのかと思ったが、柵は3メートル近くあり、こんなに素早く上り切れるものではなかった。
何かのイデア能力者だろうか? 考えられなくは無かった。空を飛んで逃げたのかとも思い空を見渡したが、空には姿は無い。もしくは別の能力か? 壁を抜けたり、地中に潜る能力なども考えられる。
兎に角、追跡は困難だった。これ以上ここに立ち尽くしても答えは出ない。
遼火は舌打ちを一つして再び振り返って歩き出した。
- Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.34 )
- 日時: 2015/11/28 00:55
- 名前: チャム ◆VFDOEYR7G2 (ID: ugb3drlO)
家に着くと、武瑠の姿が無かった。
武瑠は、現在父親が出張中で家では独りきりになってしまうので、という理由で父親が帰って来るまで遼火の事務所で預かることになった。昨今誘拐が何だのとうるさいご時勢であるので遼火としては乗り気ではなかったが、
『私のイデアがあればきっと大丈夫、かな?』
そう袖子が言うので、遼火もそれ以上突っつくのを止めたのである。それに、正直3人でと言うのは悪い気はしなかった。(尤も、日数が掛かるようなら真面目に考えなければならないが。やはり誘拐罪には問われたくは無かった)
「ったく、遊びにでも行っているのか?」
武瑠が脱ぎ散らかした服を片付けながらソファに座り込む。
テレビを点けると特に見たことも無いアニメがやっていた。武瑠が見ていたチャンネルがそのままになっていたようだ。しばしそれを見て時間を潰す。
途中から見たので10分ほどで番組は終わってしまった。子供向けのロボットアニメであった。内容は良く分からない。EDテーマは最近流行の女性アイドルの歌で、子供たちへの小さな頃からの洗脳教育という必死さ、などとひねくれた感想を持った。
画面左上の時刻を見ると18時25分。もうこんな時間か。時間を見て漸く夕食のことを思い出した。
その時丁度メールの着信音が鳴った。相手は袖子だった。
『もう家に着いた? 良かったら夕飯買って行くけど何が良い?』
「……」
グッドタイミング。向こうもこれから帰ると言っていたにも拘らず中々帰って来ないとは思ってはいたが、逆に上手い結果に結びついたものだった。
それに、何だろうか。この言葉に何か感じるものが無くも無いように思えた。同居人というのも悪くないのかも知れない。一人暮らしでは味わえない感覚である。
「じゃあ、適当に弁当でも」
返信を打って、しばし何もせずテレビの天気予報を見て、今度は体勢を変えてソファに寝転がる。
「ふう」
夕食の到着まで特にすることが無い。楽だ。そして暇だ。なんてありがたい時間だろう。ソファーに沈み込む体に少々の疲労を感じる。
脳みそを使うと糖分を消費する。チョコレートを取りに冷蔵庫に向かう。今日檜山に会う前に抜かりなく買い溜めしておいたのだ。
ピロロロロッ。
扉に手を掛けた時に再びメール着信音が鳴った。……相手は袖子。
『ごめん。ちょっと出てきてくれる? 早く早く!><』
「…………」
板チョコを齧りながら何だと思って行くと、袖子が指差す店のPOPが目に入った。
「トイレットペーパー大安売り! 一人2パックまで」。
「…………」
遼火で2パック。袖子で2パック。但し持つのは全て遼火一人で4パック。重くは無いが大きいので持つのは割合大変である。袖子の手には弁当の袋が握られ二人で事務所までの道を歩く。
「よかったー。ほら、買い置き無くなってたでしょ? お得お得」
よく気が付く良い女だな、とでも思ってやれば良いのか、何か複雑な気持ちになる遼火。
「あ、いい夕日。遼火君、ちょっとそこに立ってて」
周囲を見れば程好く赤焼けに染まった空の光があちこちを赤く染めていた。今日は天気もよく、振り返るとそこには真っ赤に染まった日没の日が今まさに落ちようとしていた。
ビルの隙間から顔を出す赤い日を背に、袖子に言われて歩道の先の段の上に立つ。
「動かないでねー。こっち向いててねー。撮るよー? ハーイ、モンテスキュー」
「いや、どんな顔したらいいんだよ」
キューって口をすればいいのか、キューー。
その顔と一人で大量のトイレットペーパーを抱えるという何とも欲張りな姿で袖子の携帯カメラに収まる遼火。後で確認せねばならないと微妙な好奇心が沸く。
だが、その時——。
カメラのシャッター音が鳴った直後、不意に音が近づくのを感じて咄嗟に背後を振り向くと、そこには遼火に向かって突っ込んでくる車があった。しかし目に掛かる夕日に目を細め、若干反応が遅れる。
不味い——。
遼火は慌てて前方に転がり込んで車を回避した。車は大きく歩道側に寄りながら制限速度以上の速度で突進し、そして歩道に乗り上げる前にハンドルを切って道路の向こうに走り去って行ってしまった。
「大丈夫?! 遼火君!」
「あ、ああ」
キッ、と睨んで車の後部を見遣るが、顔を上げ直した時には既に車は遠方に逃れ、また夕暮れの暗さでナンバーを確認することは出来なかった。
「もう、失礼しちゃうね」
見るとトイレットペーパーが1パック台無しになっていた。一応使えなくは無いだろうが、ビニールパックは破れ見るも無残な姿になってしまっている。
兎に角、無事で良かったと二人は帰宅する。
「あれ? 武瑠君?」
その途中、事務所の近くで武瑠を見つけた。武瑠は何か地面に向かってキョリキョロとしている。
「どうしたんだお前?」
「あっ、兄ちゃんたち。もう帰ってきたんだ」
「もうって、もうこんな時間だぞ」
時計を見せると、武瑠は素直に納得した。時刻は19時。子供はもう帰宅する時間である。
「それじゃあ、帰ろうか」
武瑠が袖子の隣に並び、三人で歩き出した。
- Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.35 )
- 日時: 2015/11/28 01:33
- 名前: チャム ◆VFDOEYR7G2 (ID: ugb3drlO)
「それじゃあ、配るね。今日はお弁当でーす」
ガサガサガサガサ。
袖子が袋から一つ一つ取り出してそれぞれの席の前に置いて行く。
「武瑠君には、ノリ弁当。私には、ノリ弁当。そして、遼火君には、……マヨノリ弁当ー」
ポン、ポン、ポン。
触ると暖かく、程好い塩気のホンワリとした香りがした。
「……喜んで良いのか?」
「うん。大奮発」
受け取ったレシートには、他より20円高い金額が記載されていた。……まぁ、いいか。敢えて何かを言うことはしない。
「何で、兄ちゃんだけマヨノリ弁当なの?」
武瑠が羨ましそうに尋ねる。実際はマヨネーズが付いてオカズにチクワが一つ追加されているだけのほぼ普通のノリ弁当なのだが。武瑠の物とほぼ全く同じものではあるのだが。敢えて口を閉じる遼火。高々マヨ一つの待遇であったとしても、正直特別扱いというのは悪くない。
「それは——」
「まぁ、家主だしな」
当然の権利だろうと箸を取り、ビニールの切り口を開け、醤油とマヨをニョロニョロと掛けて行く遼火。
「前に並んでた人が、『言い間違えた、やっぱりキャンセルする!』って言っちゃってね、お店の人困ってたから、じゃあそれ下さいって」
「仕方が無くかよ」
ブチョリッ。勢い余ってマヨが一気に飛び出てその辺に撥ねた。
「あーあー。気をつけないと服に付いちゃうよ? ……喧嘩になるといけないし皆同じ物にしようかと思ったんだけどね」
「喧嘩なんかするか」
食うに困ってる訳でもあるまいし食べ物で言い争うほど小さな人間ではないと豪語する遼火。
「じゃあ、兄ちゃん、そのチクワ頂戴」
「駄目だ」
キッパリと拒否する遼火。争いはしないが断りはする。何故ならたっぷりマヨも掛けたのだ(不可抗力だが特に豪勢に掛かってしまった)。遼火としては今更手放すつもりも無い。コレを渡してしまえば、プラス20円分の価値が掻き消える。
「そんな! それクリーム乗ってるみたいでめちゃくちゃ美味しそうだし! 僕もそっちが良い!」
「武瑠。人間は誰しもな、自分に配られたカードだけで勝負するしかないんだ」
「……遼火君、そんなに深そうな言葉を」
断固拒否をする遼火に対して袖子がぼそりと呟く。武瑠に対しては些か遼火も大人気ない。
「くそー、家主だからって」
「まぁな。悔しかったらお前も家主になってみろ。何なら明日はお前の家に泊まって食卓を囲んでやってもいいんだぞ? 食事の用意も片付けも皿洗いも風呂焚きも翌日のゴミ出しも何もかも全てお前持ちな」
「鬼かー! 大の大人がこんな小学生にご飯の用意から何からやらせるなんて、鬼かー!」
「……遼火君、時々本気で容赦ないよね」
自分のノリ弁当に掛ける醤油の口を切りながら袖子は苦笑する。
「そんなことないさ。他人の権利を横から奪おうとするのは悪いことだ。……あーん」
モグッ。マヨがたっぷり詰まれた限定1ヶのみ(この食卓において)のチクワを一口で口の中に放り込んでいく遼火。
「あー!! 僕のデコレーションホイップチクワー!!」
横文字化されてどことなく洋風になってしまったマヨチクワを本気で惜しんで叫ぶも空しくそれは家主の栄養として胃袋に納まっていく。
「ほら、武瑠君、乗り出したらダメだよっ、……あっ」
袖子が掛けようとしていた醤油がその拍子にスカートの上に撒かれてしまった。
「おいおいおい。ほら、早く拭けよ。……武瑠、お前が乗り出すからだぞ」
「う、ご、ごめん姉ちゃん」
ティッシュを箱ごと袖子に手渡し、武瑠を叱り付ける。袖子は数枚とって押し付けるようにスカートに付いた醤油を吸い取って拭く。
「あはは、大丈夫大丈夫。ほら、このスカートお醤油と色が似てるし。でも、染みになるといけないから、ちょっと着替えて濡らして来るね」
袖子は立ち上がって部屋に戻った。
「気をつけろよ?」
「兄ちゃんが悪いんじゃないかー」
「そんなに言うなら、マヨなら冷蔵庫に入ってるから取って来い」
「ホントに? やった!」
チクワというかマヨが羨ましかったのか、その後弁当付属のマヨ程度では表せない量をゴッソリと掛けた武瑠が、マヨというのは掛けすぎてもダメだと一つ人生を学ぶ姿を、多少感慨深く見つめる遼火であった。
全員が食べ終わり、それぞれがゆっくりとしているところで、パジャマ姿の袖子が再び声を上げた。
「じゃーん。アイスでーす」
カップに、棒アイスに、あとは小粒タイプの小さな箱アイス。どれも種類が違う。
また無駄遣いを。……とは思うものの、まぁ食後のデザートというのも悪くないかと遼火は考え直す。
「因みに私はカップを所望しまーす」
「じゃあ僕は棒の奴!」
「え、じゃあ」
ヒョイっ、ヒョイっ。
袋の中にはもうそれ一つしか残されていない。
「遼火君、ハイどうぞ」
選択権などないのか。先ほどの喧嘩になるといけない云々をもう一度思い出して欲しくなった。平等とか公平とか、そういうものは群れ社会において如何に重要なのかその定義について論文をまとめて提出してやりたい気持ちが芽生えた。そういえばイデアに関するレポートのこともここ数日微妙に忘れていた。そちらの方も何とかしなければならない。
残ったアイスの名称は「ペコ」。バニラアイスをチョコでコーティングしてあり、中央にベコっと窪みのあるアイス。量が少ないのであまり買ったことはない。
……まぁいいか。チョコ関連だと何となく許せて仕舞う遼火であった。
「……ふわぁ〜あ」
ふと、武瑠が大きな欠伸を上げた。
「武瑠君、疲れちゃった?」
「まぁ、あれだけ食えば眠くもなるんじゃないか?」
弁当一つを食べ切るというのは、小学生低学年にとっては中々の量だろう。
「もう寝なよ。でも、歯は磨くんだよ?」
「でも、アイス……」
「明日にしなよ。大丈夫アイスは逃げないから」
「でも、兄ちゃんに食べられるかも……」
「食わん食わん」
どれだけ信用が無いのか。悲しくなりつつも袖子が武瑠の手からアイスを回収したのを遼火は受け取り、冷凍庫に仕舞い、洗面所へ向かう二人を見送った。
「ふふふ」
「どうしたんだよ」
武瑠を寝室まで運んだ後、ベッドに寝転がり早くも寝息を立てる武瑠の寝顔を見て、柚子が笑い声を上げる。
「かわいいなぁって思って」
「そうかぁ?」
「えい、えい」
武瑠の頬をツンツンする袖子。
「ふふ、柔っこい」
「やめてやれ。起きるぞ」
「はーい。よいしょっと」
スヤスヤと眠る武瑠一人を残し、ベッドから離れて扉を閉め、二人でリビングに戻る。
「それじゃあ、私、シャワー浴びてくるね」
「ん? ああ」
そう言ってテーブルに置いていたアイスを結局食べずに冷凍庫に仕舞う袖子。
「さっぱりしてから食べるんだ」
風呂上りのアイスか、と思い、自分もその爽快さを想像してみるが、既に食べ始めていたので構わず次の一個を口の中に放り込む。そしてテレビのバラエティを見ながら更にもう一つ。
「タオルタオル」
「…………」
「着替え着替え、……って、もう着替えてたっけ」
「…………」
「あっとと! 下着下着」
「…………」
向こうで脱衣所と自室を行ったり来たりする袖子に何と無く目を向けてしまう。
そうして、やがて漸く扉を閉めたかと思えば、
「……あ、遼火君も入る?」
「は?」
再び扉を開けて、脱衣所の扉から顔だけ出してこちらを覗き込むようにして言う袖子の言葉に遼火は耳を疑った。
…………は???
「……えーと?」
「入るならいっそお風呂沸かした方がいいかな?と思って」
「あ、ああ。そういう」
いや、何だと思ったのか。自分に思わず突っ込んでしまう遼火。
「いや、俺は良い」
「そう? 残念。じゃあ今日はシャワーで我慢しようかな」
そう言って今度こそ扉を閉めて、しばらくした後で聞こえてくるシャワーの水音で本当に入ったのだと確認して遼火は一息を吐いた。
……何なんだか。
独りごちて雑誌を手にとってそちらに視線を移し、突如沸いたおかしなイメージを払拭しようとする。
兎に角、明日は明日で今度こそ本格的に猫を探さねばならないのだ。違和感の正体のことも考える必要があるが、今日のところは忘れることにした。武瑠だけでなく、遼火もまた今日は疲労を感じてしまっていた。
具体的に何をどうするべきかはまた明日考えるとして、ペコをまた一つ口に放り込みながら疲れた頭で本日の残りの時間中、考えを巡らした。
- Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.36 )
- 日時: 2015/11/28 00:56
- 名前: チャム ◆VFDOEYR7G2 (ID: ugb3drlO)
***
…………。
ザァーー……。
シャワーに打たれながら、ジッと動かない袖子。
考えている。何かを。しかしそれを外から読み取ることは出来ない。
数分間、何もしないでその状態が続く。
シャワーの水音だけが響いていく。静かに、静かに。ただ水が流れていく。
ふと、小さく唇が動いた。だがシャワーの音にかき消され、はっきりとは聞こえない。
「…………のに」
ザァーー……。
……
…………
………………
……………………。
一方、江藤探偵事務所の正面に止まる一台の車。暗がりで中は定かではないが、暗闇にタバコの火が灯る。
車の中の男が事務所を窓から覗き込んだ。それは黒いスーツを着た男。
こちらもただジッと事務所を睨みつけるように眺めていた。