複雑・ファジー小説

アイリスの花
日時: 2015/10/04 23:07
名前: 水飴ぺろん (ID: CN1KRD/A)

――まだ、魔法がこの世にあった時代の物語。
『イシュト』は大魔術師であった父親の死とともに、都のはずれの村で育った。
魔法を使うことの出来ないイシュトは、毎日を盗みで過ごしていた。
ある日、彼は魔法を扱う青年『ヴァルドレット』と出会う。
ヴァルドレッドに魔法を教えてくれと懇願するイシュト。ヴァルドレットは魔法を教える代わりに、都で百年に一度行われる二人一組のトーナメント制の戦い『聖霊祭』に出場することを条件に出す。
始まる聖霊祭。その最中、『メッセンジャー』と名乗る謎の男の奇襲により物語は始まりを告げる。

ヴァルドレットとの出会いの中で成長する、イシュトを描いた物語。

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通学、通勤の暇つぶしにでも読んでいただければ幸いです。

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Re: アイリスの花 ( No.1 )
日時: 2015/10/06 21:06
名前: 水飴ぺろん (ID: ddw1SQ2H)

――暗い夜道をひたすらに走る、一人の少年がいた。
所々縫い目の解けた茶色く薄汚れた服は、夜の闇にまぎれるのには丁度よい。普段ならば品物を盗んだ後、森の中に逃げ込むのだった。そうすれば追っ手が追いかけてくることは滅多に無い・・・・・だが品を袋に詰めている最中で盗みがばれてしまった今、青年、『イシュト』は、追いかけてくる商人を撒こうと一心不乱に走っていた。
イシュトは素足のため、足の皮は砂利で剥けており、爪も同様にボロボロに欠けていた。その走りに伴う痛みは、その足を見れば容易に想像できるものであった。そのせいか、何度かイシュトは躓くような動作を見せた。手に持っている、盗んだ品が入っている袋からは、その度にリンゴが数個転がり落ちていく。
「おォーい!!盗人だァーーー!」
商人の叫び声に応じて、何人もの視線がイシュトに集まる。
だが、その助け声に応じて商人に手を貸すものは誰一人いなかった。王都の外れにあるこの村で、他人を助けるほど心に余裕のある人間はいない。故に、青年が逃げ切ることが出来るのも時間の問題であった。
――三十分ほど全力で走った後、ようやく村を抜けて森に入り込んだイシュトを追う商人の姿はそこにはなかった。
イシュトは息を切らし、木を背もたれにしてその場に座り込んだ。そして、必死で守りぬいた袋の中身を確認する。
その中にあったのはリンゴ二つと薬草一束。六個ほど盗んだリンゴは、半数以上を道中で落としたらしい。さらにコペルの卵も二個盗んだのだが、見事に潰れている。
はぁ、と思わずため息が漏れる。そもそも、品を袋に詰めている最中に盗みがばれてしまったため、肉や米、パンなどのめぼしいものは何一つ、袋に入れることすら出来なかったのである。今回の盗みは彼にとって、今まで行ってきた盗みの中で五本指に入るほどに不出来なものであった。当分はこのリンゴ二つで過ごさなければいけない。
こうなれば、また明日出直すしかない。二日連続の盗みは警戒されるため危険度が高まるが、死活問題であるため盗みを決行せざるを得なかった。
――イシュトの最初の盗みは、もう十年以上前のことであった。あの時の恐怖と、心臓から流れ出すような底知れぬ興奮を、彼は今でも覚えている。よく盗みの後、罪悪感により肩が小刻みに震えたものだが、慣れとは怖いもので、今ではまるで歯を磨くかのように、罪悪感の欠片もなくなり、生活の一部となっていた。
「・・・・・今夜は冷えるなぁ」
イシュトは盗んだ品々を袋に戻した。そして袋を肩にかけてゆっくりと立ち上がり、ここから南方三キロメートルほど離れた自分の家へと足を動かした。


薄気味悪い森の中、夜風に吹かれながらイシュトは歩いていた。
しばらくすると木々が開け、平地が見える。この森で囲まれた平地の真ん中に聳え立つ古く寂れた一軒家、それがイシュトの家である。
イシュトが木の板でできた、所々カビの生えている扉に手をかける。今にでも外れそうな軋む音を響かせながら、ガコンという鈍い音ともに扉は横へとずれた。
イシュトの家の中は、なんとも殺風景なものであった。
彼の帰りを待つものは誰一人としておらず、綿のはみ出たベッドと、ひび割れ、所々欠けた皿が三枚ほど机の上に置かれていた。全体的にホコリが溜まり、おそらく食べ残しであろう、原型を留めていない腐った何かも転がっている。それに群がる鼠やハエの姿は、背筋が凍るほど気持ちが悪いものであった。
だがイシュトは気にする様子も無く、持っていた袋をその場に投げると、飛び込むかのようにベッドへ倒れこんだ。盗みを行うときは、緊張から開放されるからか、すぐに眠くなるのであった。それこそ最初のころは逆に、緊張のため上手く寝付くことはできなかったが、この緊張もまた、盗みの数が増えるたびに薄れていったのであった。
――何故ここまでイシュトの生活が凄惨なものになっているのか・・・・・その原因は彼が最も憎悪を滾らせ、最も欲するもの――そう、『魔法』のせいであった。
いつから魔法がこの世にあったのかは定かではないが、遥か前から魔法を使うものたちは存在していた。
だが、魔法は決して皆が皆使えるわけではなかった。およそ八割方の人間が、魔法を使用することが出来ないのが現実である。魔法を扱うことができない者――そう、イシュトのような者たちは、都の外れの小さな村での生活を余儀なくされている。
だが、魔法を扱うことができる者は、都『トラウィス』へ移住する権利を与えられる。トラヴィスは大陸の中心にある巨大な都であり、魔法を学ぶことが出来る唯一の場所である・・・・・ということくらいしか、イシュトはトラウィスについて知らなかった。先ほど盗みに行った村『ヘルラ村』で噂話に聞いた程度である。ただ、トラウィスがイシュトたちのような生活を送っている者たちから見れば、まるで天国の様な場所であることは容易に想像することが出来た。故に、イシュトの生活に影響を及ぼしているのは魔法の存在ではある。――だが、それ以外に、彼の父が原因の一つでもあった。
彼の父親はその昔、名高い魔術師であったらしい。
だが、ある事件をきっかけに彼の父は地位を失い、同時に魔法と妻、つまりイシュトの母を失ったのであった。そして、何もかもを無くした彼は、静かなこの場所に家を建て、ひっそりと暮らしていた。まだ、物心も付いていないイシュトと共に。
そしてイシュトに物心が付くころには、すでに父親の姿はそこにはなかった。あるのは、家の裏庭に置かれていた墓石と、そこに添えられていた名も知らない紫色の花だけであった。
イシュトは父を恨んだ。自分に孤独だけを残した父を。

魔法さえ使えれば。そう思った時は数知れない。
だが、願ったところで魔法は使えなかった。もうすでに、イシュトは自分の人生を捨てつつある。この、救いようの無い、腐り果てた人生を。


――だが、一人の男との出会いで、彼の人生は大きく変わっていくのであった。

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