複雑・ファジー小説

ワンホット・アワーズ
日時: 2016/01/10 01:19
名前: 楠木ひよ (ID: DYDcOtQz)
参照: https://twitter.com/hiyoyo7o


リメイクを考えているので、一時的にロックさせていただきました。

楠木ひよです。
趣味で文を書く事はありますが、人に読んでもらった経験はあまりないので、気合を入れて書きたいと思います(`・ω・´)

題名は「one hot hours」と「one hot a wars」をかけています。(伝わって)
青春と恋愛と修羅場と狂気の、群像劇形式のお話です。けっこうころころ視点変わります。
いつかオリキャラも募るかもしれないです。

感想など頂けたら嬉しいですヽ(´▽`)/

つったかたー@hiyoyo7o

もくじ
00 >>1 

1 ワンホット・アワーズ
01 劣等 >>2 >>3 >>4
02 裏側 >>5 >>6 >>7
03 狂疾 >>8 >>9 >>10
04 表側 >>11 >>12 >>13
05 隠匿 >>14 >>15 >>16

1.5 伝えたいこと
06 ヒーロー >>17
07 『晴へ』 >>18
08 普通の子 >>19
09 『瑛太へ』>>20
10 ひなげし  >>21

2 ワンホット・ウィークス
11 『京奈さんは、ダメなんかじゃないよ。』 >>22 >>23 >>24
12 『世界がおかしくて、僕だけが正常だ。』 >>25 >>26 >>27
13 『結局可愛がられるのは、いつも真面目で優しい子だ。』
14 『この罪は、僕が死ぬまで償えないだろう。』
15 『恋がなぜ罪悪か、今やっとわかった気がした。』


登場人物

瀬戸京奈/せと きょうな
矢桐晴/やぎり はる
黛柚寿/まゆずみ ゆず
青山瑛太/あおやま えいた
餅田柊治郎/もちた しゅうじろう

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Re: ワンホット・アワーズ ( No.23 )
日時: 2015/12/17 01:11
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)

 ああ、恥ずかしくて死んでしまいそうだ。バスの中で顔を上げられなくて、ずっとイヤホンで同じ曲ばかり再生して聞いている。何をしてもさっきの瑛太くんとのやりとりを思い出してしまって、唇の感触も、背中に回された腕も、まだ鮮明に残っていて離れない。
 瑛太くんは私とのことを気にする素振りはまったくなく、柚寿とふたりでいつも通り座っている。さっきちらりと聞こえた話の内容は、クラスの戸羽さんの新しい彼氏のことで。どうして瑛太くんはそんなに冷静でいられるのだろう。私は、思い出すだけでも体が熱くなってしまうのに。

 「……えへへ」

 それでも、大人になった気がして少しうれしかった。今まで届かないと思い続けていた柚寿たちと、肩を並べた気分になった。キスしてくれたということは、瑛太くんはきっと私の事が好きなのだ。だから、もしかしたら、これからは柚寿じゃなくて私が瑛太くんの彼女になるようなことがあるのかもしれない。それって、もう完璧に少女漫画じゃん。明るさだけが取り柄の女子と、完璧な男子の恋愛なんて、少女漫画ではありふれている。だけど、ありふれているからこそ、それはみんなが憧れる恋愛だ。私も柚寿みたいになれるのかな。
 隣に座っていた晴くんが不思議そうに私を見た。長い前髪の奥から覗く瞳は、「どうしたの、瀬戸さん」と問いかけているようだった。本当のことを言いたいけれど、さっきのことは「秘密事項」なのだ。絶対に漏らすわけにはいかない。
 ……私は今、最低なことをしていると思う。瑛太くんとの関係も持っていたいし、一時間を失いたくない。だから、これは秘密にしなくてはならない。瑛太くんも柚寿のことがあるから、自分から口外はしないだろう。私と瑛太くんの関係は、秘密なのである。

 「なんでもないよ、晴くん」
 「……なんか、いいことあった?」

 平静を装ったつもりなのに。晴くんは珍しいことに悪戯な笑みを浮かべて、「瀬戸さん、わかりやすい」と言った。晴くんもけっこうわかりやすいと思うんだけどなぁ……。晴くんと居るときなぜか仲間意識を感じるのは、お互い顔に出やすいコンビだからなのかも。

 「うん、ちょっといいことあった」
 「そっか、よかった。……瀬戸さんが笑ってると、僕もうれしい」

 矢桐くんにしては、ストレートな言い方だったと思う。矢桐くんは、大人しくて暗く見えるけれど、本当はこうやって人の幸せを一緒に喜べる素敵な人だ。私はそれを見て、すごくほんわかした、和やかな気分になった。私はやっぱり、瑛太くんも一時間も失いたくない。どっちも私のものにしてしまいたい。実際柚寿は、瑛太くんも一時間も持っていてずるい。私だって、もっとたくさん望んでも良いよね。瑛太くんが柚寿よりも私を好きになれば、それは仕方のないことだよね。

 「ねえ、晴くん。晴くんってとっても嬉しいことがあった時、誰に報告する?」

 このままじゃ、晴くんに秘密をばらしてしまいそう。あのかっこいい青山瑛太くんと、教室でね、なんて言葉が出てきちゃいそう。

 「え、誰かな……んー、友達とか、かな……」
 「だよねっ」

 マナや紗耶香にこれを言ったらどうなるかな。マナは、特に男子に関心はないようだけれど、もう一人の仲良しな女子の木造紗耶香は、前に瑛太くんのことを「かっこいいしほんとにすごいよね、別の世界の人みたい」と言っていた。そんな瑛太君と毎日一時間お話をしている、というだけで紗耶香は羨ましがっていたけれど、なんとキスまでしちゃいましたと報告したら、紗耶香きっとびっくりして倒れちゃうかも。……家に帰ったら電話してみよう。紗耶香の反応が楽しみ。
 そんな事を想像してわくわくしていると、通路側に友達と座っていた柊治郎くんも、「瀬戸なんでそんなに笑ってるんだよ」と笑いながら言ってきた。やばい、そんなに出やすいのかなぁ。でも嬉しかったんだから仕方ない。しばらくは程遠いと思っていた、少女漫画みたいな恋愛がすぐそばにあるのだから。

 バスを降りたら、もう夕日は沈みかけていた。家に帰ったらまず、紗耶香に電話して、あとは瑛太くんにも連絡してみようかな。こんなことしてると浮気みたいだけど、ただばれないようにやればいい話だし、いつかちゃんと私と付き合ってくれたら浮気じゃなくなるだろう。そう思いながら、坂道を下っていった。家は、もうすぐそこだ。
 

Re: ワンホット・アワーズ ( No.24 )
日時: 2015/12/18 00:32
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)

 「……はぁ? 嘘でしょ?」

 家に着いた。制服を脱ぎ捨てて適当な部屋着に着替え、お弁当が入ったままの鞄を投げ出し、髪を結ぶリボンをほどいて、それを見て不思議そうな顔をする妹たちに「なんでもないの」と笑顔を浮かべて部屋にダッシュし、ベッドに倒れ込んで私はすぐに友達の紗耶香に電話をした。開口一番、さっきの放課後の事を話すと、紗耶香はまず羨ましがるよりも、私の話を疑った。仕方のないことだ。目立たない女子の私が、一瞬にして少女漫画の主人公になってしまったのだから。私は笑顔でベットの上で寝返りを打つ。ピンクの毛布がはらりと床に落ちる。

 「ほんと! ほんとにキスしちゃったの」
 「……まさかとは思うけど、それ夢かなんかじゃない? あんたバス通学でしょ? 寝たりしなかった?」

 夢なわけない。だって、感触も体の熱さもちゃんと残ってるから。呆れたように言う紗耶香に言い返してやっても、紗耶香は「ふーん」と頷くだけ。紗耶香にだって、他の女の子にだって、瑛太くんは人気なはずなのに、予想よりずっと冷めた反応に拍子抜けしてしまいそう。まだくらくらする頭が、エンドレスでさっきの光景をリピートしているけど、現実の世界はいつもと変わらない色をしているようで、その温度差にもまた酔いそうだった。

 「黛さんはどうなったのよ。……京奈、あんたね、嘘もそれくらいにしておきなさいって。青山くんと黛さん、今ちょうど1年なんだっけ? あのバカップルが浮気とかするわけないでしょ」
 「でも、ほんとに……」

 瑛太くんと柚寿のカップルは、クラスの中心からは離れている紗耶香にも情報が行き届いているのだから凄い。そんな瑛太くんとキスしてしまった私はもっとすごい。なんで、紗耶香は私をこんなにも信じていないんだろう。紗耶香の言う通り、夢だったのかなとまで思い始めてきた。
 電話越しだから、紗耶香の声がいつもより淡泊に聞こえる。はあ、とため息を吐いた後、私を諭すように言った。

 「じゃあ、1億歩譲ってそれが本当だったとするけど。あんた、青山くんに遊ばれてるだけだよ」
 「な、なんでそんなこと言うの!? 瑛太くんは好きでもない女の子にこんなことしないもん……」

 紗耶香はもう一度ため息を吐いた。「あんたねぇ、カンッゼンに恋の魔法にやられてるわ」と言う。なんのことか解らなくて、私はつい声を上げてしまう。

 「だって、青山くんとキスしたんだよ。少女漫画みたいじゃない。私、ずっとこんなのに憧れてきたし、紗耶香もそれは同じでしょ? なんでそんなこと言うの」

 申し訳ないけれど、紗耶香はただ私に嫉妬しているだけだと思う。私が瑛太くんとキスしたのが羨ましいだけ。私が柚寿たちに嫉妬するように、紗耶香は私に嫉妬している。いつもは「する」側だったのが「される」側になるのは意外と嬉しいものだ。

 「あんたのは、少女漫画じゃなくてただの昼ドラよ。それ以上の事される前に、さっさと離れたほうが良いわよ」
 「……そうかなぁ? 私はこういうのも、少女漫画のお決まりだと思うんだけどなぁ! 今は柚寿のこともあって辛いことも多い関係かもしれないけど、少女漫画って最後はいつもハッピーエンドでしょ? だから、私にもハッピーエンドが来るって信じてるもん」
 「私、あんたのお気楽さには付き合いきれないわ。またなんかあったら連絡してー。じゃあねー」

 そこで電話が切れてしまった。紗耶香は素直じゃないところがあるからなぁ、と私は苦笑いをする。落ちてしまった毛布を拾い上げ、私は棚にしまってある少女漫画を手に取った。この本の中の世界をまるごと自分のものにできた気分。まっすぐすぎる恋愛なんてつまんないわ。私の青春は、ここからようやくはじまるの。
 みんなで放課後の一時間を過ごし、その中の男の子と仲良くなって、週末は5人で遊びに行く。私のこれからの計画は完璧。みんなに劣等を抱き続けていた日々も、これでおしまい。私はもうダメなんかじゃないのだ。

Re: ワンホット・アワーズ ( No.25 )
日時: 2015/12/20 01:03
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)

12 『世界がおかしくて、僕だけが正常だ。』【火曜日編】
 久しぶりに死にたくなった気がする。今日はとんだ厄日だった。

 1時間目は現代国語。授業を忘れていたのか、教師が来なかった。学級委員長の国見さんが呼びに行き、僕たちはほぼ自習のような雰囲気。
 なんだか斜め前の席の瀬戸さんが嬉しそうだったので、相内さんという瀬戸さんと仲のいい女子に、「京奈、なんかいいことあったの?」と聞かれていた。瀬戸さんは顔を赤らめて、「好きな人できたかも」と話す。衝撃だった。それが僕である可能性も充分あるけど、僕じゃなかった時のことを考えると大いに困る。瀬戸さんに彼氏はできてほしくない。餅田みたいな、なんか見た目チャラいけど根は誠実です! みたいなタイプならまだしも、それが僕の憎き青山瑛太のような奴だった日には、僕は至急そいつの抹消に取り掛かるだろう。

 2時間目は数学。三角関数を1年の時に習い終えた僕たちは、今微分と積分に取り掛かっている。僕の兄さんによると、「微分積分ってそれ、高2の後半くらいでやる奴だろ!?」らしいので、やはり櫻鳴塾はレベルの高い高校であるみたいだ。
 微分と積分を駆使して直線でできた図形の面積を求めましょう、というこの先の生活にクソほども役に立ちそうにない問題を解いていると、数学担当の郷原という40代くらいの男の先生に「矢桐、これわかるか」と当てられてしまった。僕は数学が得意な方だと自分では思っている。しかし、この問題は計算が複雑で、出た答えが正解しているかどうかわからない。答えるべきかどうか迷っていたら、気の短い先生は「あぁ、青山ならわかるな」と早々に指名を切り替えてしまった。青山がすぐに答えた「381」という答えと、僕が計算で叩きだした答えは違っていたが、青山の方が正解していたらしい。「さすが青山だな」と褒められている青山を見て無性に腹が立ったのは言うまででもない。

 3時間目はコミュニケーション英語で、僕はこの授業と体育が学校の授業で一番嫌いだった。友達も、話をする人も居ない僕は、コミュニケーションを多くとらなければいけないこの授業が大嫌いだ。
 外国人の先生キャサリン(愛称はキャシー)に、「2人組を作ってください」と片言の日本語で言われ、クラスの奴等は仲のいいクラスメイトと島を作り始める。瀬戸さんは仲の良い相内さんと、黛さんも仲の良い戸羽さんと、青山は同じくクラスで目立つうるさい奴と、餅田はバスケ部かラグビー部のよくわからない奴とペアを組んで、キャシーが次に何か指示するまでのつかの間の雑談を楽しんでいた。
 騒がしいクラスの中で、当然僕はひとりである。このクラスは偶数だから絶対誰かは余っているはずなんだけど、と思い見渡すと、瀬戸さんのグループは3人だった。瀬戸さんと、相内さんと、もう一人仲のいい女子である木造紗耶香さんで組んでいる。さてどうしようか、となっているところにキャシーが来て、流暢な英語で何か僕に言った。テストはできても英語を話すことができない僕はたじろいでしまって、あたふたしていると、餅田がやってきて「俺たちのグループ入れよ」と言う。キャシーは餅田を大いに褒めて、僕はまともに話したことのないバスケ部かラグビー部かよく分からない奴と英語でコミュニケーションを取ることになった。

 4時間目は体育。女子の体育の先生が休みだったので、男女混合だった。僕の運動神経のなさがクラス中に知れ渡るのかと思うと着替えをするのも憂鬱だった。昔から、運動だけはできなかった。
 男女混合でバレーということで、クラスは大盛り上がり。櫻鳴塾高校の体育は基本自由で、準備運動をしたらすぐ試合に入るのがいつものことだった。クラスを4つのグループに分けて試合を行うことになったらしく、僕のグループには瀬戸さんと餅田が居る。なにか仕組んだのではないかと思うくらい青山と黛さんとその他仲のいい奴は同じグループで、このグループとだけは試合したくないなと思っていたが、ローテーションの都合で僕のグループと青山のグループが当たってしまった。
 僕はまずサーブを打つのが苦手で、入るか入らないかも五分五分だった。瀬戸さんは入らなくても「気にしなくていいよー」と微笑んでくれるが、餅田は体育を割と本気でやりたいらしく、「もっとやる気出せよな」と言ってくる。僕はやる気がないのではなく、出来ないのだ。解ってほしい。
 ネットに引っ掛けてサーブしてくる黛さんと、アウトになるかならないかのところに上手く落としてくる青山には性格の悪さをひしひしと感じる。餅田も「もっと手加減しろよなー」と青山に笑って言っていた。瀬戸さんはバレーが得意なようで、男女混合という場でも積極的にボールを取りに行って点数を稼いでいた。それでも青山たちのチームにはかなわず、あと一点で負けてしまうという時の事だった。
 なんと、黛さんが打った性格の悪いサーブが瀬戸さんに直撃したのである。頭を打った瀬戸さんは直後こそ痛そうにしていたが、駆け寄ってきた黛さんに大丈夫かと聞かれて、「ううん、大丈夫だよ」と笑顔で答えていた。結構鈍い音がしたんだけど、本当に大丈夫だったのだろうか。その後普通に試合は続き、結局僕らのチームは負けたのだが、瀬戸さんは体育の後保健室に行っていたようだ。胸糞の悪い話である。

 そんなこんなで、放課後である。こんな嫌な日なので午後の授業は眠って過ごしていた。いつものように、放課後の教室には5人が集っている。瀬戸さんは少女漫画を読んでいて、黛さんは数学の問題を解いていて、餅田と青山はモンストのマルチに勤しんでいた。
 暇だな、と思いながら、瀬戸さんを見る。好きな人って誰だろう。その少女漫画に出てくるような人なのかな。キラキラした瞳で漫画のページをめくる瀬戸さんは可愛い。瀬戸さんに恋された人は、幸せだろうな。それが僕である確率を叩きだそうとして、今日の僕の最悪な1時間目から4時間目のことを思い出して、また死にたくなった。

 「あぁ、そういえば、みんなで遊びに行くのどうするの?」

 問題を解き終えたのか、軽く伸びをしながら黛さんは言う。そんなポーズをとると瀬戸さんに比べて控え目な胸がどうしても目に入ってしまうが、僕の好みはいつだって瀬戸さんなので、なんとなく浮気のような気分になってすぐに目を逸らした。青山はあんなので満足なのかと思う。顔は美人だし、スタイルも確かに良いけど。

 「あ、それなんだけどね、私、考えてきた!」

 突然、漫画を閉じて瀬戸さんが立ち上がった。餅田は、「また始まったなぁ」と言いたそうな眠そうな瞳で瀬戸さんを見上げていたが、僕は瀬戸さんの話なら何でも聞きたい。楽しそうに鞄をがさごそする瀬戸さんだけを視界に入れていたかった。

Re: ワンホット・アワーズ ( No.26 )
日時: 2015/12/23 00:32
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)

 そういえば、あと一か月もしないで夏休みがくるんだっけ。瀬戸さんが取り出したルーズリーフには、可愛らしい丸文字で「計画表」と書いてある。向日葵やカキ氷のイラストも一緒に描かれたその紙に、近づいてくる夏を感じた。

 「瀬戸はバカかよ。こういうのは、何にも考えないでぶらぶらするのに意味があるんだろ」

 餅田が瀬戸さんから紙を取り上げて、精密に立てられた計画にケチをつける。僕に言わせれば、餅田はバカかよ、だ。中学の修学旅行で京都に行ったとき、自主見学でどこを回りどこを見てどこでご飯を食べるか精密に決めて、学年主任に計画表を提出したのを忘れたのだろうか。僕は中学の修学旅行で、ぼっち寄せ集め班の班長をやらされた経験があるので、何事にも計画性というものは大事だということはよく分かっている。

 「……そうかしら? 私も出かける前に行く場所全部決めて、乗る電車とか帰る時間も計算してから行くから、京奈がやってることは正しいと思うな」

 数学の問題集を閉じた黛さんはそう言って、瀬戸さんに笑いかけた。黛さんの笑顔は、本心が見えない。無機質ささえ感じる綺麗な顔に、ただ笑みを張り付けただけのように思える。瀬戸さんのように心から笑う女の子の方が可愛いのに、青山は本当にこれでいいのだろうか。
 それはさておき、黛さんは僕と同じく「事前に計画をちゃんと立てよう派」の人間らしい。いつも落ち着いていて冷静な黛さんだからそうだとは思ったが、分単位ですることが決まっていると逆に心地が悪そうだな。総理大臣でもないんだから、僕はある程度は自分の思うままに気ままに過ごしたい。黛さんは完璧すぎるのだ。青山は本当にこれでいいのだろうか。

 「僕も、瀬戸さんに賛成。計画立てるのって大事だと思うし」

 その青山もみんなに同調するように穏やかな笑みを浮かべて言う。ふざけるな、と思って二度見してしまった。青山は計画性がないから僕から300万も借りることになるのだ。以前見かけた青山のお姉さんは小奇麗な格好をしていたので、青山の家庭はそれなりに金を持っているはずだ。お小遣いも人並み以上には貰っているだろう。それなのに毎回自分だけじゃ足りなくなって、「友達の誕生日が」とか、「柚寿とのデート代が」とか僕に言ってくる。青山が計画性なんて言葉を口にするのは、一億光年早いと思う。あれ、光年って距離だっけ。僕はポケットからスマホを取り出して、検索をかける。

 「うっわ、4対1。計画表って、お前らは小学生かよ」

 餅田が負け惜しみのような言葉を吐き捨てて、瀬戸さんの計画表をもう一度見る。僕にも見せてほしいなと思っていたら、ご丁寧にも読み上げてくれた。「スタバ行って、記念公園行って、まではいいけどなんだよディズニーランドって」と言って餅田は瀬戸さんを睨むように見る。瀬戸さんはそれに対して真顔で、「いいじゃん、ディズニー。私年パス持ってるよ」と謎のディズニー好きを明かしてくれた。瀬戸さん、イッツァスモールワールドとか好きそうだな。

 「へぇ、年パスいいなぁ。今度行こうよ」

 青山がなぜか年パスに反応する。誰に言っているんだと思っていたら、瀬戸さんが上目遣いで「良いよ」と答えた。冗談だろ。一方黛さんは、また数学の問題集に戻ってしまい、それも聞こえていないようだった。リア充の付き合いって、こんなに軽いものなのかよ。僕は彼女になった女の子が青山とディズニーランドに行ったらすごい嫌だ。この光景を見た感想が顔に出ていたのか、餅田が呆れたように僕を見て、「どっちも冗談のつもりだぞ」と言う。当たり前だ。僕の瀬戸さんを青山に取られてしまうわけにはいかない。最近の僕は瀬戸さんに会いたいから、毎日学校に来ているし、瀬戸さんと離れたくないから、青山を殺す計画を先延ばしにしていると言っても過言ではないのだ。少しでも長く生きていられることを、青山は瀬戸さんに感謝してほしい。
 でも、冗談にしては笑えない。瀬戸さんは、僕の主観では騙されやすいタイプの女の子に見える。悪い奴にまんまと騙されて痛い目に遭ったら嫌だ。青山なんて、悪い奴の代表格みたいな奴じゃないか。なんで瀬戸さんはそんな奴と、冗談でもそんなやりとりをするんだよ。黛さんも黛さんで、周りの人間に関心が無さ過ぎる。彼氏や友達よりも数学の問題集の方が大切なのだろうか。餅田もこいつらの友達ならなんとかしろよ。この4人は、この世界はおかしい。世界がおかしくて、僕だけが正常なような。そんな感覚のまま、一時間は過ぎていった。

Re: ワンホット・アワーズ ( No.27 )
日時: 2015/12/23 01:47
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)

 その一時間も終わりかけるとき、珍しく僕の携帯に着信が入った。僕の携帯が鳴るのは滅多にないことなので、いきなり流れ出したインディーズロックバンドのマニアックな曲に瀬戸さんや餅田だけではなく当の僕も驚いた。誰からだろうと思って見てみると、櫻鳴塾からはだいぶ離れた新葉区で大学生をやっている兄からだった。僕が携帯を買ったというのを母さんあたりから聞きつけたのだろう。この前も電話がきて30分くらいただしゃべり続けていたのだが、医者になるのを諦めて教師を目指そうとしたり、青山と黛さんをやたら褒めたり、相変わらず出来の悪い兄だなと思った。そんな兄からの着信に今答える必要はないと思い、僕はスマホの電源を落とす。
 そういえば、この前瀬戸さんに勝手にLINEをダウンロードさせられた。ダウンロードされてからは一度も開いたこともないのだが、今まで「LINEをやっていないこと」を自らのアイデンティティとしてきた僕はなんとなく嫌だった。瀬戸さんだから大いに許すし、この機会にLINEを利用してみようとも思うけど、瀬戸さんじゃなかったら絶対許さない。

 「珍しいじゃん。誰から?」

 僕の前の席に座っていた、餅田が僕の着信について言う。珍しいってなんだよ。餅田は悪い奴ではないのだが、時々失礼だ。

 「……えっと、兄さんから」
 「晴くんってお兄さん居たの? いいなぁ」

 僕と餅田の殺風景な会話に、花が咲いたと思ったらそれは瀬戸さんだった。ゆるく結ばれたおさげを揺らして、にっこり笑う彼女は心の底から可愛らしいと思う。顔立ち自体は平凡なのだが、雰囲気や態度は本当に素敵な女の子だ。そんな瀬戸さんに「いいなぁ」と言われるほど、僕の兄は出来た人間ではない。進路は変えるし、僕の事もわかってくれないし、愛想だけは良いから父さんや母さんにも贔屓されてるし、良いところなんてない奴だ。瀬戸さんが羨ましがる要素なんて、ひとつもないのに。

 「へー。俺んとこは弟が3人と、妹が2人いるけど」
 「えっ、柊治郎くんのおうちすごいね!? 6人兄妹ってすごい!」
 「全然すごくねーよ、親父もお袋も家開けてばっかりだから家事は全部俺がやってんの」

 えー、柊治郎くんって意外と家庭的なんだね。瀬戸さんの興味の対象が完全に餅田に移った瞬間である。餅田が何かと面倒見がいい理由が分かった。去年の家庭科の調理実習で餅田と同じ班になったとき、軽々とパスタを作ってしまったのも頷ける。僕は料理なんかには縁のない生活を送ってきたし、どちらかというと女の子に作ってもらいたい。
 不良みたいな餅田が実は家庭的だったなんて。瀬戸さん、餅田のこと好きになったりするのかな。いやでも瀬戸さんも家でお菓子とか作ってそうだし、瀬戸さんとくっつく男は料理が出来なくても割かし問題ないだろう。

 「私からしたらみんな羨ましいわ。一人っ子だもん」

 黛さんが片頬を膨らませる。こうして一時間過ごしていてわかったことだが、黛さんは割と茶目っ気がある。クールで完璧で、なんでも淡々とこなすイメージがあったけれど、たまに天然を発揮したりドジをかましたりするところがあって、青山もそこに惹かれたのかと思った。美人は何をしても絵になる。頬を膨らませるという子供っぽい仕草をしても綺麗さがちっとも崩れないのは、ある意味才能的なものだろう。青山のおまけで殺してしまうには、もったいないな。黛さんは助けてあげようかな。でも、青山を苦しませるのに、黛さんを使うのは必要不可欠だろうし、ううん、悩むなぁ。
 そんな黛さんは、一人っ子らしい。なんとなくそんな気はした。黛さんと同じくらい完璧な両親に完璧に育てられてきたような印象。小学校も中学校も、絵に書いたようなエリート街道を歩いてきてそう。そしてこれからも、いい大学に合格して、いいところに就職して、青山と結婚して幸せに暮らすのだろう。なんか腹が立ってきた、やっぱり殺そう。

 「僕は大学生の姉がいて、今は横浜に住んでる」

 青山も話に入りたくなったのか、スマホを触る手を止めて言った。青山の姉は僕も知っている。髪が長くて、小奇麗な格好をしていた人だ。黛さんや餅田も知っているようで、「そうそう、綺麗だよね」と話す。僕も青山の姉は普通に美人だと思ったけれど、どことなく雰囲気が青山に似ているので好きじゃない。

 「えっ、そんなにきれいなの?」

 瀬戸さんが興味深そうに黛さんに聞く。突然質問された黛さんは、「えー、えっとね」という前置きの後、「そういえば瑛太が写真持ってなかった?」と青山に丸投げした。青山の姉の事なので青山に聞くのが一番だと思ったのだろうけれど、僕からすると黛さんが瀬戸さんを無下に扱っているように見えた。今日の体育のバレーの事もあるし、瀬戸さんと黛さんはどうしても仲が悪く見えてしまう。

 「うん、あるよ。前ので良ければ」

 青山がスマホを黛さんに渡し、黛さんがそれを瀬戸さんに見せた。青山はよくスマホを人に貸せるな、僕なら他の誰かが触れるのも嫌だ。何があるか解らないし。
 夏が近づいてきている。外はまだ明るかった。瀬戸さんの夏服のスカートとハイソックスが眩しい。

 「わぁ、成人式? きれい!」

 瀬戸さんが感嘆の声を上げる。黛さんも「モデルみたいよね」と笑う。ここまでならただの微笑ましい会話なのだが、この後瀬戸さんがとんでもない問題発言をするとは、夢にも思わなかった。瀬戸さんは立ち上がって、黛さんを飛ばして青山にスマホを返す。そして、こんなことを言った。

 「こんなにきれいなら、私にはかないっこないなぁ」

 ……瀬戸さんは、何を言っているのだろうか。
 瀬戸さんは、変わってしまったのだろうか。なんで、青山に気があるような発言ばかり繰り返すのだろう。彼女の黛さんがすぐそこにいるのに。もし瀬戸さんの好きな人が青山で、「彼女が居ても好き」なんて思っていたとしたら、僕はもう平静ではいられなくなってしまう。お願いだから、嘘であってくれ。瀬戸さんだけは変わってほしくない。できることならこのままずっと彼氏を作らないでほしい。僕の特別な瀬戸さんが、僕以外の誰かが好きだなんて考えたくもない。外では野球部が何かを叫んでいる。暑いなら練習をやめればいいのに。

 チャイムが鳴る、一時間が終わる。僕だけがいつも通りでいられない一時間が、やっと終わった瞬間だった。
 

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