複雑・ファジー小説

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失楽園の黄昏甦生
日時: 2015/12/29 23:09
名前: 銀の亡骸 (ID: JD5DDSYn)

楽園とは地獄で、今日もまた「楽になれ」と囁く。



こっちはマイペース更新で。厨二病全開の現代風に。
タイトルの「黄昏」は「こうこん」と読む設定になっています。
本来の「たそがれ」と(比喩的な)意味は一緒ですので悪しからず。

Re: 失楽園の黄昏甦生 ( No.2 )
日時: 2016/01/01 19:12
名前: 銀の亡骸 (ID: JD5DDSYn)

「うーん……?」
 翌日。白鷹はひっきりなしに頭を抱えたり、首を捻ったりと何処か落ち着かない様子だった。
「どうした白鷹? 頭でも痛いのか?」
 友人にも心配されるほどである。
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
 実際に頭は痛くない彼。では何か——違和感だ。
 先日彼は天津創獄に入り込んでから、自分の何かに引っ掛かって仕方がない妙な違和感が拭えずにいる。
 違和感の正体については、皆目見当がついていない。遂に何事かと心配になり、彼は時坂の元を訪ねることにした。
 やがて迎えた放課後、常日頃から彼女が居る屋上へと向かう。
「あら、珍しいわね。貴方から訪ねてくるなんて」
「ちょっと、やばいかもしれないんだ」
「何かあったの?」
 薄ら口角を持ち上げる時坂。微笑みの奥では既に、白鷹が話す内容を把握しているらしい。
 時坂の——異能だ。ひとたび相手の目を見れば、心理を全て読む上に身体をも操ってしまう。
 故に彼女からすれば、そもそも何があったかなど聞く必要さえ無いのだ。
 しかし、このことは一切知らない白鷹なので、彼は一生懸命一から十まで話すのである。
「昨日ゲートに入ってから、なんか変な違和感があるんだよ。こう、口じゃ上手く説明できないんだが……」
「ふうん……違和感、ね」
「って、先輩。真面目に話聞いてる?」
「勿論聞いてるわ、可愛い後輩の相談だもの」
「へぇ、そうかい」
 微笑み混じりにからかう時坂に、白鷹は少し頬を赤くして俯いた。
「——で、その違和感だけど。無意識に何かを押さえ込んでる感じしない?」
「あー……言われて見ればそんな感じするわ」
 白鷹の答えを聞いて、分かってはいたが時坂は困ったような表情を浮かべる。
「ふぅ、困ったわね」
「へ? え、もしかしてやばい病気?」
「いいえ、病気ではないわ。貴方は健康そのものよ」
「じゃあ何だよ?」
「結論から言うけど、貴方、天津創獄で魔物と戦う術を手に入れたみたいよ」
 天津創獄に迷い込んだ人間は、現実世界に戻ってきた折に天津創獄にいる霊より力を授かることがある。
 どの魂が誰にどうして力を与えるのか、その法則性は判明していない。共通して言えることは、天津創獄を彷徨う魂が人格を宿した武器の形を以って、迷い込んだ人間の中で"適格"した者に宿るというのだ。
 その人間が何に適格したのかも不明だが、それ以降の適格者にはその武器が操れるようになり、その武器こそが天津創獄における魔物に対抗できる唯一の手段となる。
 同時に、超能力なる異能にも目覚める。時坂の異能もその例により扱うものである。
「は、マジで?」
「えぇ。私、嘘は嫌いだもの」
「嘘コケ」


    ◇  ◇  ◇


 その後、時坂は白鷹を伴いゲートに入った。場所は、真っ白な空間が何処までも広がる"原初の地"。
 適格したと思われる彼より、人格を宿した魂の武器——アニマを顕現させるためである。
 今後いつ迷い込んでしまっても構わないように——という時坂の計らいによるものだが、裏では彼をウロヴォロスのメンバーとして勧誘したいところもあるらしい。彼女は何時になく真面目だ。
「ここは天津創獄の中でも、魂の在り処を最も身近に感じることの出来る場所よ」
「感じるっつったって、よくわかんねぇんだが?」
「自分の中にある魂から、貴方に懐いた魂を呼び出すの」
「だーかーら! 具体的にはどうすればいいんだっての!」
「落ち着いて。まずは深呼吸して、目を閉じて、身体の力を抜きなさい。何ならそこに横になってもいいわ」
 言われたとおり深呼吸し、横になり、目を閉じる白鷹。
 彼女の長い黒髪を揺らす風はあまりにも心地よく、思わず眠ってしまいそうな気分になる。
「そう。それでいいの」
 白鷹の傍に寄り添う時坂。彼女の赤い瞳は、目蓋越しに白鷹の蒼い瞳を見ている。
 そして彼の鮮やかな金髪を撫でた頃には——白鷹の中で何かが覚醒し始めていた。
 心の中で、ひとつの魂が2つに分離する。混ざり合っていた紫から、右へ赤、左へ青と。
 やがて不純した魂が完全に純粋な2つに分かれたとき、白鷹の手に身の丈以上の大鎌が顕現した。
「やったわね、白鷹君。見事よ」
「な、なんだ? なんか、心の中で何かが分離したような……って、うわあ!?」
 目を開けて起き上がるなり、白鷹は右手の鎌に大きく驚いた。
「へ? な、な、何。これが俺の武器?」
「そうよ。名前を呼んであげて」
「名前……」
 武器の名前であり、武器に宿った人格の名前でもある。
 柄を握り締めた白鷹が呟くように、しかし重みを感じる声色で囁いたそれは————

「……リバティ」

「呼んだかい? 主(あるじ)様」
「うおっ」
 鎌の、刃部と柄の間にある漆黒の宝珠部分から、紫色の禍々しいオーラと共に一人の少女が現れた。
 白い布を緩く身体に巻きつけた彼女は、白鷹と同じ蒼い瞳を彼に向けている。穏やかだが、冷たい目だ。
 作り物の長い銀髪は、あたかも本物かのように風に靡いている。
「あら、可愛らしい魂ね」
 出てきた少女を見て、時坂は微笑んだ。
「ふふっ、はじめまして。ボクを呼んでくれてありがとう」
「——お前がリバティか」
「うん。これからはお互いに、主様とボクとで半身ずつを共有し合う。その代わり、ボクは絶対に主様を守ってみせる。魂を狩る魂として、主様に人智を超えた力を授けるよ」
「人智を超えた力、か」
 現時点での白鷹は、既に時坂——転じて"超人"と変わらない。
 体力、反射、運動神経、自然治癒力——先ず全てに至るまで、人間本来の機能が全て著しく上昇。
 それに伴い精神面——基礎判断力、忍耐力、集中力などが比例するように向上。
 2つの魂を宿した者が最終的に行き着く場所は、このような要素を以って実現する人外の境地。
 人智を超えた力とは、まさに人の智る領域を超えた力だ。
「おめでとう、白鷹君。これで貴方も化物の仲間入りね」
「先輩に言われると説得力あるな」
「どういうことかしら?」
「ちょ、おい! さり気なく俺の大事なトコ掴んでんじゃねぇ! 放せッ」
「あら、悦んでるくせに生意気なこというのね」
「ンなわけねぇだろ! そうだろリバティ?」
「……」
 1個の同じ命を共有するアニマからみれば、宿り主の考えていることは全て筒抜け——という性質がある。
 よってリバティも、白鷹の本意は理解している。そんな彼女は眉をハの字に曲げ、苦笑しつつこう言うのである。
「ノーコメントで」
「うおおおい!」
 しかし、逆に宿り主からみても、アニマの考えていることは全て筒抜けになっている。
 よって白鷹は、心の中でこう呟くのである。
『2人揃って、からかいやがって……』

Re: 失楽園の黄昏甦生 ( No.3 )
日時: 2016/01/03 11:21
名前: 銀の亡骸 (ID: JD5DDSYn)

 ——目の前に広がっているのは廃墟。
 かつて起きた戦いの傷跡が残り、当時の苛烈さを物語っている。
 原形を留めている建造物は皆無だが、一角にある穴の先には地下室が広がっている。
「……」
 一人、風に蒼穹の長髪を靡かせる少女は、その穴の中へと入っていった。

「リアンか」
 中には、機械と書類の山に囲まれた女性、久保美津子。
 研究施設を思わせるこの場所は、天津創獄に関わる組織"ウロヴォロス"の一端。
 リアンと呼ばれた少女も、その一人だ。
 彼女はノックの後、入室許可が下りたことを確認して中に入る。
「報告に来た」
「話せ」
 背を向けた状態から振り返る久保。その姿は白衣一着のみだ。
「……その前に貴様は服を着ろ。目の毒だ」
「全裸ではない。白衣を着ているのが見えないか?」
「下着も穿いていないくせにどの口がいう」
 丈の長い白衣は一見正常を装っているが、白衣の中は糸一つ纏われていない。
「面倒なんだ。一々服やら食事やら、気にしてたら研究が進まない」
 久保の周辺には、栄養バーの袋が無数に放ったままになっている。
 ゴミ箱の中が破棄された資料で山となっていて、捨てる場所が無いためである。
 尚、同じく珈琲の缶も無数に散乱している。
「そもそも、お前も女だろう? 何が目の毒だ。女の身体に欲情するのか?」
「見ているこっちが恥ずかしい——まあいい、報告するぞ」
 やれやれと溜息を吐き、リアンは報告を開始する。
「やはり、このままでは再び乱世となりそうだ」
「神々の魂と、貴族の末裔か。これは神をも利用した大惨事となるかもな……」
 机に向き直った久保は、リアンの報告内容を速記でメモしていく。
「仮にも神の魂を宿した適格者だ。そう簡単に下るとは思えないが?」
「時坂と松倉はうちの連中だからともかく、正直他は分からんぞ」
「——だがそれも、白鷹という男を抑えれば難なく済むだろう」
「白鷹?」
 名を聞いて、再び久保はリアンのほうを振り返る。
「私の観測した限りでは、あの男は時坂の元で適格者となった。それもリバティだ」
「何だと?」
「上手いことウロヴォロスの一員となるか、最悪他の組織への所属になればいいが、流浪状態の奴は危険だろう」
「——」
 暫く考え込んだ後、久保は意を決したように口を開く。
「白鷹の居場所、分かるか?」
「無論だ」
「ならば至急向かい、時坂と話をつけながら奴をうちに誘え」
「貴様に人員勧誘する権限があるのか?」
「事は一刻を争う。時坂が常に白鷹とかいう奴の傍に居るとも思えない。上への報告は任せておけ」
「……心得た」
 リアンはローブを翻し、施設を後にした。


    ◇  ◇  ◇


 白鷹家のインターホンが鳴り響く。
「?」
 時坂と別れ、そのまま帰宅して数時間が経過。時間にして22時。
 この夜中に訪ねてくる無礼者は何処のどいつだ——と考えつつ、白鷹が玄関を開けると。
「突然の訪問、失礼致します。白鷹浩太とお見受けしますが」
「どちらさん?」
 タキシードに身を包み、立派に顎鬚を生やした壮年の男性が立っていた。
 夜更けにも拘らずサングラスをかけている辺り、十中八九怪しい人に分類される人物である。
 白鷹は警戒と共に男と会話しながら、心の中でリバティに話しかける。
『この男、不審な点とか見当たるか?』
『ボクで分かる範囲なら、この人は適格者だね』
『何……それは本当なのか?』
 ならばこの男性、天津創獄に精通する男である。
『あぁ。何故なら、"向こう側の魂"がボクを見てくるからね。ちょっとカッコいい感じの不細工だよ』
『カッコいい不細工って想像がつかないんだがな。幽霊独特の感覚か?』
『そうかもね』
 暢気な会話も交えつつ、白鷹は改めて目の前の男に集中する。
 男曰く、リバティの予測どおり自分は適格者だと言った上で、新たな適格者である白鷹の波動を関知したために、人員不足しがちな昨今の情勢に手を貸してもらいたいと異界組織への勧誘に来たのだという。
「……」
 実は白鷹、このようなときのために時坂からレクチャーを受けていた。
 天津創獄に精通する者は、彼ら同士でしか理解できない社会が形成されている。よって新たな適格者は、完全な無知——通常の人間社会で言う、就職活動に着手し始めたばかりの人間とも言えよう。
 そんな彼らに"仕事"を与えんと、自ら出張る組織も少なくない。しかし実態は黒——悪性であることも多い。
 ましてや無知なので、無知を巧みに利用されては無意識のうちに悪事に手を貸してしまう。途中で気付いて逃亡しようにも、追っ手からは逃れられない。そんな連中ばかりである。
 故に相手側が、異界組織からの勧誘と偽っている可能性もある。白鷹の前に立つ男も無論例外ではない。
 ならばどうするか。そのためのレクチャーである。
 数時間ほど前に学んだばかりの知識を思い出し、白鷹は慎重に言葉を選ぶ——
「少し考えさせていただけませんか」
 まずは勧誘拒否から入る。しかし真っ向から拒絶しては意味を成さない。
 最終的に行き着く目的は、先方が諦めるなら尚の事良いが、先ずは一端引き取ってもらうところだ。
 故に、相手が強行手段に出ないようにしなくてはならない。
「申し訳ありませんが、事は一刻を争っております」
 そう来たか——と、白鷹は思わぬ事態に直面した。
 何かというと、今の発言にて相手が悪性であることに確信を持ったこと。
 時坂の所属する"ウロヴォロス"やその他、正式な組織からの勧誘は"絶対に強制しない"のが特徴だ。
 逆を言えば、考えさせろといった上で食い下がろうとしない人物は大半が悪性と見て良い。
 しかし白鷹の目的は変わらない。とりあえず帰ってもらうことを目的に話を続ける。
「こっちも色々忙しいんですよ。ありがたいお誘いですが、後日改めて来てくれませんか」
「左様でございますか」
「!?」
 白鷹は平静を装いながらも、驚きと共に戦闘態勢に入った。
『来るよ、主様』
 食いついた割には呆気なく下がった男の様子と、語りかけるリバティの冷えた声の意味。
 それらが一致し、白鷹は確信した。この男は間違いなく、攻撃意思を示している。
『まさか、ここでやる気か?』
 ピンチである。
 相手の実力は未知数、加えて白鷹には戦闘経験がない。
 喧嘩ならば多少慣れている彼だが、相手は壮年でも大人の男、しかも通常の喧嘩とは訳が違う。
 武器を持ち、それを振るう。霊的といえど殺し合いだ。
『くそっ、何とかして時坂と連絡を取れないか……?』
 リバティは既に武器へと変形し、現世に出てくる準備は万端といったように白鷹の右手側に佇んでいる。
『主様ならやれるよ。何たって、ボクがついてるからね』
『やるしかないのか……』
『大丈夫さ。既に主様は人を越えし存在。自分で思ってるよりも自由な動きが出来るよ』
『その言葉、頼りにしてるぜ』
 白鷹は鎌の柄を握り締め——ようとしたが、それは鎌ではなかった。
『……?』
 一振りの、片刃の剣になっている。
 銀色に光る刀身には白い装飾が施され、美しさがそのまま切れ味を物語っているかのようだ。
『ふふっ……これがボク、リバティの力さ』
『自由に武器の形が変わるってか? 何だかよく分からねぇが便利そうじゃねぇか!』
 白鷹は改めて剣を手にし、男との戦闘に備えた。

Re: 失楽園の黄昏甦生 ( No.4 )
日時: 2016/01/03 14:44
名前: 銀の亡骸 (ID: JD5DDSYn)

「昨今の世界情勢は非常に嘆かわしい。あろうことか異界を利用し、日本のみならず世界をも乗っ取ろうとしている輩が、日に日に増しては各地で跋扈しているのです。その緊急事態が理解できていない平和ボケした貴方の脳味噌は、存在価値もない。我々の技術で改造して見せましょう」
 推測どおり、男は武器を構えた。
 アニマの気配を漂わすそれは、ゴムのような素材で出来た鞭。
 針金の細工が施されており、殺傷力は目に見えて上がっている。
「やっぱりか」
 白鷹も武器を顕現させる——と。
「?」
 剣から、伝わってきた。
 それは何か——五感と脳へ影響を与える、何らかの感覚だ。
 まるで剣に意思を支配されたように、剣そのものが宿す意識が自らの意識と共同している。
 だがリバティのそれとは、また違ったものだ。
「!」
 そんな剣の意思は、今だと言わんばかりに白鷹に防御と反撃の機会を教えた。
 後ろへ飛ぶ男が撓らせる鞭が、彼の胴体を捉えようと高速で伸びてくる。
 防御の機会を教えられた白鷹は、反射で飛んできた鞭の先を剣の刃部で受け止める。
 同時に鞭が脆かったのか、剣の切先によって先端が二つに分裂した。
「下か」
 ここはマンションの5階にある一角。
 後ろへ跳んだ男は一撃で仕留めるつもりだったのか、既に階下へと姿を消していた。
 慎重に下を覗いてみれば、携帯端末を手にする男の姿。
『連絡を取られたらまずい。主様、飛び降りるよ』
『あぁ』
 玄関の扉を閉め、白鷹も男と同様に下へ飛び降りる。
 5階から飛び降りた故に身の毛も弥立つ浮遊感を覚えたが、難なく地面に着地することが出来た。
 スタッという音が響き、男が白鷹を振り返る。
「何? 既に超人化しているだと? ありえん、何故だ……」
 驚いた様子の男を見て、再び剣より攻撃の指示が出る。
 あくまで指示なので、攻撃するかしないかは白鷹の自由だ。
 よって、彼は脅威の瞬発力で男の下へと跳び、横へ向けて剣を振るった——だけで、首を斬ることは無かった。
「ッ!」
 どういうわけか手に馴染む剣だが、武術の欠片も感じさせない危うい扱い方だ。下手をすれば首に刃が食い込む。
 しかし白鷹は、これをやってのけた。
「どういうつもりだ? 勧誘に来たかと思えば攻撃して来やがって」
「お前は大人しく豊臣様に従っていれば良いだけのこと」
「豊臣? 戦国武将の?」
「その男に耳を貸すな」
「!」
 涼やかな声がした途端、男の身体が大きく横へ吹き飛んだ。
 壁に頭を打ちつけたのか、倒れ伏すとそれきり動かなくなる。
 何事だと反対方向を見た白鷹。するとそこには時坂と、男を吹き飛ばした張本人である少女——リアンの姿。
「全く、連絡があったから来てみれば……早速巻き込まれてしまったようね」
「時坂? 何故ここに?」
「話は後よ。まずはそこの男を処分するわ」
 言って、時坂は吹き飛ばされた男のほうへ歩み寄る。
 完全に気絶しているらしく、男はピクリとも動かない。頭部からは出血も見られる。
 そんな男を一瞥してから、白鷹は若干引き攣ったような顔でリアンのほうを向く。
「随分と力が強いんだな。その細っせぇ腕でどうやって大の男吹っ飛ばしたんだか」
「私は適格者だ」
「なるほどな」
 適格者だといわれ、その一言で納得した白鷹。
 彼も完全に裏側へと慣れ込んでしまったようだ。
「貴様、適格して一日も経っていないと聞いたが、随分と察しが良いな?」
「生憎肝が据わってるのだけが取り柄だからな。それに何となくだけど、君も目で訴えただろ?」
「……やはりか。リバティ、侮れんな」
「?」
「何でもない。ところでこの後、長話がある」
「んだ?」
「場所を変える。身内に適当に言い訳して、朝帰りになることを伝えて来い。何なら私を口実にしても良い」
「戸締りと安全確認だけ、直ぐ済ませてくる。どうせ言い訳する相手なんてうちにはいねぇ」
「——すまない。気に障ったか?」
「いいや、気にしてねぇよ」
「……」
 遠くで白鷹の言葉を聞いた時坂は、男を拘束しながら悲痛な表情を浮かべるのだった。


    ◇  ◇  ◇


 拘束された男は、時坂が呼び出した人員数名が回収していった。
 残された白鷹たちは、それとは違う迎えのリムジンに乗り込んでいる。
 それぞれ、特殊な銃弾装甲が備え付けられた特注品である。耐久性はもちろんの事、加速度、最高速度、ハンドリング性能、環境性能など、全てが車として完璧に仕上がっているといえよう。
 さぞ高いんだろうなと思った白鷹はそれとなく値段を訊いたが、1台辺りの額は何れも5億を超えるとのこと。
 組織としての活動規模が、こういったところで顕著になる——痛感する白鷹である。
「——それで、話ってなんだ?」
「単刀直入に言うわ」
 話し始めたのはリアンではなく、時坂である。
「貴方をウロヴォロスに迎えたいのよ」
「……」
「ま、そんな顔するだろうとは思っていたわ」
 いかにも理由を聞かせろと言わんばかりに目で訴える白鷹である。
「実はね、貴方が宿したアニマは非常に強力なものなの」
「ふうん?」
 密かにリバティに訪ねる白鷹。
『武器の形が変わったり、あの変な"意識"だったり、つくづく化物っぽい臭いがプンプンしてたが……?』
『自覚はないけど、あのお姉さんが言うなら、そうなんじゃないかな?』
『お前、ぜってー自分の体調悪くても平気だとか言うタイプだろ』
『アニマは風邪ひかないよ?』
『……』
 自分の中にある少女と会話する感覚は、未だ拭いきれない違和感が残る。
「アニマが強力であればあるほど、戦闘能力も必然的に高くなる。さっきの男みたいに、貴方を狙おうとする人も増えるでしょう。そうなれば貴方自身、それと下手をすれば、世界の平和をも脅かしかねないの」
「だからこそ、知り合いの居る組織に身を置いて安全を確保しようってことか」
「えぇ。私一個人としても、貴方は可愛い後輩だもの。危ない目には遭って欲しくないわ」
 隣から、時坂の白い手が伸びる。
 今度は何処を掴まれると危惧した白鷹だったが、その手は意外にも彼の頬に触れた。
「これは私のお願いでもあるの。貴方の"心に開いた穴"は私が埋めてみせるわ。だからどうか、私の目の届くところにいてくれないかしら? 私もこれ以上、もう大切ない人を失いたくないから」
 縋るような時坂の目に白鷹は不覚にも緊張を覚えるが、彼は確かな眼差しを以って頷いた。
「ありがとう」
「——よく人の前で愛を囁けるな貴様ら」
 リムジンの構造上、リアンと時坂たちとは向き合うように座っている。
 途中から目前の出来事と気まずさに耐えかねたらしく、思わず水を差してしまう彼女。
 しかし白鷹も時坂も、別段怒る様子はない。
「あら、嫉妬?」
 寧ろからかいにいっている。
「誰がこのような軟弱な男……」
「あら、案外逞しいのよ?」
「何処がだ? どう見ても軟弱だろう?」
 妖艶と白皙の頬を桜色に染める時坂。彼女を見てリアンは、何が何だと理解できずに首を傾げている。
「リアン、聞くな。そして先輩も言うな」
 白鷹本人の制止が入るが、彼女達の暴走は留まるところを知らない。
「あらリアン、案外理想高め?」
「何のことだ」
「だから聞くなと……」
 2度目。
「彼の胸板、案外厚いのよ?」
「確かめたのか貴様は」
「えぇ、勿論」
「おい」
 3度目。
「あと、あそこもね」
「?」
「それだけはストップだ!」
 4度目。
「分からないの? ふふっ、リアンっては案外無垢なのね」
「——いや、今察した」
「察するな!」
 5度目。未だ彼女達は止まらない。
 一方でリムジンの運転手と、助手席に座る時坂専属の秘書は少しだけ唇を震わせていた。
 片や笑いを堪え、片やくだらない会話による頭痛を抑え込んでいる、という違いはあるが。
 やがてそれが幾つか続いた頃、白鷹にとっての仏の顔は二十度までだったそうだ。

Re: 失楽園の黄昏甦生 ( No.5 )
日時: 2016/01/06 00:12
名前: 銀の亡骸 (ID: JD5DDSYn)

「む?」
 白鷹に散々怒られ、静かになったリムジンの中。
 そんな静寂を切り裂いたのは、リアンに掛かってきた一件の電話。
「なんだ」
 ぶっきらぼうに電話に出てから、ものの数秒で彼女の表情が豹変する。
 豹変とはいえ眉根を顰めた程度だが、緊急事態であることは時坂にも白鷹にも明らかである。
 特に時坂からすれば、彼女が怒りに近い感情を露にすることは、余程の事態が起きたのだと断言できるのだ。
 よって時坂も形の良い眉根を顰め、白鷹も空気を呼んで大人しくなる。
「分かった」
 やがて電話を切ると、リアンは運転手へ向けて口を開く。
「緊急事態だ、一斉通信で連絡を入れろ。コードB5、第二種での活動を開始」
「り、了解しました」
 助手席の女性が、通信機を取り出して連絡を始める。
「リアン様、白鷹殿は……」
 すると運転手が、移動速度を上げながら問うた。
 問いに対しリアンは暫く考えた後、慎重に口を開く。
「——今から話を付ける。とにかく支部まで急げ」
「了解しました」
 そして一瞬のみ静寂が流れ、続いてリアンの溜息が響く。
 彼女は片手で頭を抱えた。まさに失策といった風に、焦りさえ滲み出している。
「コードB5を第二種、ね……貴方、階位三級で戦争でも始める気?」
 沈黙に耐えかねた時坂が、半分皮肉を込めてリアンを見た。
「始める気など毛頭ない。向こうが仕掛けてきた」
「相手と原因は?」
「恐らくキルフィードの連中だ。リバティにより、例の同調率に支障を来たしたのだろう」
「じゃあ白鷹君はどうするの? このままだと死ぬわよ」
「死ぬ!?」
 思わぬ単語に白鷹は荒げた声を上げてしまった。
「あ、す、すまん」
 そして直ぐに大人しくなる。
 普通ならば知的欲求を満たそうとするところを、この点リアンや時坂にとってはかなり助かる白鷹である。
「ごめんね、白鷹君」
「いや、いい」
 大人の対応に、お礼にと時坂は少し微笑んだ。
 本当ならば微笑んでいる余裕さえないのだが。
「——それでリアン、どうするの?」
「私たちが匿ったという情報が漏洩した可能性は?」
「ありえるわね。奴らが魔界計画の邪魔を排除しようというのなら、狙いは十中八九、白鷹君になるわ。先程拘束した男と相俟って、恐らく情報は漏れているでしょう」
「——」
 ここでリアンは白鷹を見る。
「白鷹。貴様、戦闘経験に自信はあるか?」
「え」
「——貴方、まさか」
 すると、横から時坂が割り込んできた。
「白鷹君を戦闘に参加させるっていうの?」
「そのまさかだ」
「却下。賛成できないわ」
「ならばどうする。このまま何処に居ようが、いつ暗殺の手が及ぶかも分からない。だったら貴様の言うとおり、最初から目の届くところにいてもらうのが利口ではないのか?」
「……」
 この討論の間、白鷹はリバティと会話していた。
「お前、どんだけ重要魂だよ」
「ふふっ。ボクは名前の通り、自由を齎す者だ。振るう力次第では悪にも正義にもなり、傾いた均衡は全て修正する。君が取る行動は、今後の全てに大きく影響すると言ってもいい」
「今後……この緊急事態か」
「それもあるけれど、今後というのは人生においての比喩かな。まあ、死なないように気をつけて。さっきの戦いではたまたま上手く行ったけど、僕も万能じゃないからね。胸に留めておいて」
「あぁ」
 やがて会話が終わる頃、時坂とリアンの討論も終盤に近付いていた。
 結局は時坂が白鷹を連れて逃げ回るという作戦になったが、これでも不安要素は残っている。
 万が一にも囲まれたが最後、決して形勢は逆転できない——という確定の地獄だ。
 だが時坂は作戦を強行し、白鷹を連れてリムジンを降りたのだった。

Re: 失楽園の黄昏甦生 ( No.6 )
日時: 2016/01/17 19:29
名前: 銀の亡骸 (ID: JD5DDSYn)

 車を降りた白鷹と時坂は、早速逃走作戦を開始していた。
 場所は下水道。マンホールを抉じ開けた時坂が、白鷹を連れてきた。ここならば擬似的なジャミングが働くため、レーダーなどによる携帯電話の電波の追跡から逃れることが出来る。
 予め電源を切っておけばいいのでは——とも思った白鷹だが、定期的に外に出てはリアンからの連絡を確認したいとの事で電源を切るわけにもいかない時坂なのである。
 そんな彼女は平然と、大した明かりも無い薄暗い下水道を歩いていくが、近くを流れる水は汚水。何が含まれているかさえ分かったものではない。白鷹はどうしても、その汚臭に渋面を浮かべるのだった。
「やっぱ圏外か……」
 白鷹の所持品である、最新式のスマートフォン。本来なら4本立つはずの電波は、ここでは0本だ。設定されている4Gの回線も切断されていて、ここが圏外であることを示している。彼は機内モードに設定してから電源を切った——ように見せかけた。
「連絡の確認をするわ。ここで待ってて」
「へい」
 時坂がマンホールの蓋を開けに行く。
「さて、保険でもかけておくか……」
 白鷹は素早くメールの画面を立ち上げ、彼の親友を宛先に選択、残像をも残す速さで指を動かし文字を打ち込む。やがて時坂がマンホールの蓋を開けた隙に、電波の接続を復旧させてメールを送信した。
「これでよし……」
 やがて時坂が帰ってきた頃、彼は今度こそ携帯の電源を切った。
 そのまま再び下水道の脇道を歩く——が、歩く度に錆付いた鉄の床が軋むので、いつか落ちるんじゃないかと白鷹は杞憂が耐えない様子。心配することは無いと諭した時坂だが、その効果も無いようだ。
「全く、貴方も心配性ね」
「あ、あ、あたり前だ! 落ちたらジャボンだぞ? この汚水に!」
「別に落ちても怪我なんかしないでしょう」
「しねぇだろうけど、汚れるじゃん」
「それがどうしたのよ。洗えば何とかなるわ」
「先輩はもう少し女としての矜持を持ってくれないか……」
 完璧ともいえる美貌を持つ時坂。長い黒髪は川の流水を思わせ、紅く輝く瞳は宛ら硝子細工のよう。おまけに、男の理想を全て1つに纏めたようなしなやかな肢体と、女としては完成形とも言える外見。
 しかし中身は——少なくとも白鷹からすれば、良いとは言い切れないものだ。雰囲気は常に死神であり、目を合わせれば背筋が凍り、常に死と血のオーラを撒き散らし、触れる手は儚くも冷たい。何れにも慣れてしまった白鷹なので然程気にしない彼だが、名前も知らない一般人が相対すれば少なからず萎縮するだろう。
 優しく穏やかな性格ではあるものの、ましてや彼女の能力は"生命を宿す身体を操る"こと。マインドコントロールや洗脳さえ程遠い次元で、一瞬にして生き物を自らの犬とさせてしまう。そんな力だ。よって白鷹も、彼女には碌に逆らえない。
「任務に男も女も関係ないわ」
「まあ、先輩が気にしないってなら良いんだけどよ? でもやっぱ心配なんだわ。先輩の強さは俺もよく知ってるけど、しょっちゅう無茶するし。その傍若無人さで、もし捕まったらって思うとなぁ」
「白鷹君に心配されるなんて、私もまだ未熟ね」
「可愛げのない奴……喘がせたろか」
「何、こんなところで? 少しはTPOを弁えなさい」
「先輩にそれを言われるとは思わなかったぞ……」


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