複雑・ファジー小説

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“BLOODY EMPIRE”『ブラッディ・エンパイア』
日時: 2016/02/01 23:32
名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: HhjtY6GF)


 “BLOODY EMPIRE”『ブラッディ・エンパイア』















 鮮血を佩びたような紅い真円の流貌の月。

 人通りが無い石畳の街並みをさめざめと黒い影が切り取り、長い影をありありと映し出す。
















 唐突に鳴り響く撃音。

 飛び散る赤い飛沫が灰色の石畳を染める。

 先ほどまで人の形を模した異形の下顎から上部をごっそりと貫いた。

 再び撃音。

 今度は異形の上半身と下半身が千切れ、弾けた。

 人だった成れの果ての肉片は自身の血潮で濡れた地面に撒かれることなく、塵芥となり、それらを吹き荒ぶ風が細かく蹴散らした。












 辺りにゆっくりと白く燻(くゆ)らせる硝煙。

 それを一寸弱ほどある長い銀装飾の銃身を操る華奢な細腕が分断し、払うと、腰に備え付けられたホルスターに素早く収めた。























 冷たい月明りが一面に照らす露道に女の影がひとつ。

 一陣の風。

 靡き流れる蒼みがかった長い黒髪。

 幾重にも巻かれたベルトがまるで己を戒める拘束具ような黒紅(くろべに)色のトレンチコート。

 腰には見事な装飾があしらわれた銀細工の長躯のハードボイラーが静かに収まっている。

 蒼黒の髪を梳く白い指先が伸びる。


 月光を浴び、煌めく長髪の隙間から覗く圧倒的なまでに整った女神像を連想させる輪郭。


 病的なまでに真っ白な、しかし穢れを知らぬ天使を励起させる横顔。


 注ぐ燐照に長い睫毛を震わせ、うっすらと開く怜悧な目蓋。


 そこには夜空に鎮座する満月を彷彿とさせる紅の瞳が淡く燈っていた。








  





 01.Dead Night,Moon light『デッドナイト、ムーンライト』
   
    >>1 >>2 >>3















 

Re: ”BLOODY EMPIRE”ブラッディ・エンパイア ( No.1 )
日時: 2016/02/01 23:48
名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: HhjtY6GF)






 01.Dead Night,Moon light『デッドナイト、ムーンライト』





















 いつの頃からか・・・


 人の世に紛れ潜む悪しき存在が現れた。


 いや、それはとうの昔に人の隣に在ったのかもしれない。


 ただ、気付かなかったにすぎないのかもしれない。


 物語、創作、伝説、伝承、語り部にのみ綴られるこの世ならざるものたち。


 血を啜り、肉を食む恐ろしい怪物として彼らは描かれている。


 在りもしないお伽話、モチーフにした大衆の娯楽が巷に溢れる。


 もっとも身近に在り、もっとも遠い存在。


 だが、我々は知らない。


 並み居る群れに交じり入り、静かに、だが確実に獲物を狩る異形の影を。


 羊の中に狼がいることに、我々、人は、知る術はあるのだろうか・・・













 








Re: “BLOODY EMPIRE”ブラッディ・エンパイア ( No.2 )
日時: 2016/02/01 23:55
名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: HhjtY6GF)









 目苦ましく七色の幻光を放ち、回る幾つものミラーボール。

 反響する、耳を突く金切りする雑音のようなボリュームの音楽。

 薄暗いホールを満たす何十人もの若者たち。

 皆、身体全体を奮わせ、シャウトしながら踊る狂う。

 ステージには奇抜な化粧と衣装で身を固めたバンドマンたちが力の限り歌を絶叫する。

 ここはディスコか、ライブハウスなのか。

 皆一様に、何かに陶酔した雰囲気を醸し出している。

 尋常ではない。

 まさに狂気。

 そしてステージ場のボーカリストが拳を高く突き上げると、ホールの天井に設置されていたスプリンクラーが一斉に稼働し始め、大量の水を降り注ぐ。

 赤い液体を。

 ホール全体に、観客に、処構わず降り注がれる真っ赤な錆色の水。

 鼻をつく特有の臭い。

 それらを全身に受けとめ歓喜する観客たち。

 全員が大きく口を開け、浴びるように飲み干す。

 身体全体を赤く染め、恍惚に身を浸る。

 異様な光景。

 普通のライブ会場などではないのは明白だった。

 ただひとつ共通点があるとすれば、ここにいる者すべての口には、とても鋭い二対の犬歯が生え揃っていることか。

 それと薄闇に浮かぶ無数の紅い瞳。

 興奮の坩堝と化したホール。

 この世為らざるの者たちが雄叫びを放つ。
 
  


 尋常ではない。


 尋常であるはずがない。

 
 ここは人為らざる者たちの集会場。


 潤すは哀れな贄どもから絞り出した命の恵み。











 ————その時。






 ホールに連なる巨大な鉄扉がけたたましい轟音を響かせる。
 
 まるで粘土のように柔らかく変形し、形を歪ませ、ひしゃげ、吹き飛んだ。

 その場の誰もがピタリと動きを止め、一点に視線を向ける。

 いまだ止まない音楽と鮮血の雨。

 ポッカリと空いた深淵の入口からゆったりとした足音が鳴る。

 何かが勢いよくホールの真ん中に放り投げられた。

 ドサリ、と打ち捨てられたそれは会場の警備をしていた二メートル以上の長身の黒服の用心棒。

 屈強な体躯を誇るガードマンの首の無い身体は燃えるように灰となった。

 
 同時に闇から低い男の声。


 「・・・匂うぜ。薄汚ねえ濡れた犬どもの匂いがここまでしやがる」


 ヌッと大扉の残骸を踏みしめ、現れた全身黒尽くめのサングラスの大男。

 逆立てた銀髪を後ろに撫で付けたオールバックの長身痩躯。

 幾重にもベルトを巻き付けた拘束具を模したようなコートで身体を覆っている。

 片手には先ほどの用心棒とおぼしき黒服の頭部が無残な有り様でわし掴まれている。

 静まり返っているホール。

 場違いな喧騒だけが虚しく響く。

 突然乱入した謎の男に観客たちは殺気だっているのか、警戒を露わにしている。

 黒尽くめの男が小首を傾げる。

 「・・・どうした? パーティーを続けろよ、んん?」

 男が異形たちの前に掴んだ頭部を見せつけ、握り潰し、灰にした。

 

 
 それが合図になったかのようにホールの観客たちが一斉に叫びを上げる。





 「ハンターだっ!!」


 「狩人が嗅ぎ付けやがったっ!!」


 「生きて帰すなっ!!」



 「「「殺せっ!!! 殺せっ!!! 殺せっ!!! 殺せっ!!!」」」

 






 凄まじい怒轟と罵声。

 充満し、膨れ上がった殺気が一気に爆発し、場を飲み込んだ。

 ホールに居た観客たちが牙を剥きだし、異形の群れと化す。

 狙うは宴を邪魔した愚かな獲物。









 


 「・・・さぁて、『アイツ』と合流するまえに、この街の大掃除と洒落込むか」


 黒尽くめの男は小さく首の関節をコキコキ鳴らすとサングラスを懐にしまう。






 そして、鋭く細まれた灰色の瞳が金色を佩びた。

















Re: “BLOODY EMPIRE”『ブラッディ・エンパイア』 ( No.3 )
日時: 2016/02/01 23:20
名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: HhjtY6GF)













 コツ、コツ、コツ・・・




 ロングブーツのヒールがコンクリートの床石を叩く音が聞こえる。

 ヨーロッパ形式の洋館が立ち並ぶ、深い夜の街並み。

 通りに人の気配は無く、円い月の明かりだけが長い影を落とす。

 


 コツ、コツ、コツ・・・




 月の斜影を縫うようにひとりの女が街道を歩む。

 腰元まである長い黒髪。

 べルトで覆われたダークバイオレッドコートがボディラインをより引き立たせ、蠱惑的な魅力を放つ。

 それだけ見れば際立ったファッションで片付くが、後ろ腰のホルスターに長躯の銃身が顔を覗かせているのがこの女性が常人ではないことに気付かせられるだろう。

 


 コツ、コツ、コツ・・・コツ。



 
 女が街道の突き当りにあるひと際豪奢な造りの屋敷の前で歩みを止める。

 巨大なアーチ状の門扉にはふたりの門番の男が自動小銃を小脇に抱えて警戒にあたっている。


 「なんだ? 何か用か、女」


 目の前で立ち止まる奇妙な出で立ちの女に門番の男のひとりが訝しげに眉を顰(ひそ)める。


 「この屋敷はこの街、この界隈の市場を取り仕切る、ドン・グラシモ様の邸宅だ。一般人が興味本位で無闇に近づいていい場所では無いぞ。命が惜しければ早々に立ち去れ」


  男が自動小銃を女に向けると、もうひとりの門番の男がやれやれとかぶりを振り、口を挟む。


 「まあ、待てよ。この女、商売女かもしれん。ドンに呼ばれた娼婦のひとりじゃないのか? よくよく見れば相当の別嬪だぞ、こりゃ」


 男が好色そうな笑みを浮かべて月影で隠れた顔を覗き見る。

 隣の男に触発されたのか、こちらの男も少し窺い見る。

 少しうつ伏せ気味に顔を下げていた女は深紅の口元を和らげ、男たちを真正面に捉えた。

 月の女神もかくやという白く美しい相貌の微笑。

 堕天使か悪魔か、紅く輝く魔性の双眸を讃えて。


 「・・・こ、こりゃあ、驚いた・・・」


 「・・・ああ・・・」


 その途端、ふたりの男たちは魂が抜けたようにダラリと棒立ちになった。

 目が虚ろで焦点が合わず、だらしなく口元が開いたままだ。

 そんな腑抜けた男たちに女がクスリと笑う。

 
 「門、通っていいわね?」
 

 脳を溶かすような美麗な声がハミングし奏でられ、女が確認するように問う。

 すると、男たちは何も疑念を抱くことも無く、当たり前のように道を開けた。


 「・・・ああ、大丈夫だ・・・」


 「・・・今、開く・・・」


 男が門柱の一角にあるボックスを開くとパスコードを打ち込んだ。

 ギィイイ、と軋みながら巨大な門扉が左右に開く。





 「はーい、ご苦労様。それじゃあね」


 ひらひらと掌を振り、女が門を潜る。






 黒紅の女が消え去った後もふたりの門番の男はいつまでも立ち尽くしたままだった。

 
 







  
 

 

 


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