複雑・ファジー小説
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- 猫舌の死神
- 日時: 2016/03/27 22:24
- 名前: Dance (ID: E616B4Au)
——彼は、そう、完璧な青年である。
その容姿、態度、言葉遣い、服装まで、全てが紳士的である。
彼は端正な顔にいつも微笑を浮かべている。
これが彼のトレードマークと言ってよいだろう。
彼は見事なまでに美しい。
何も知らない他者から見ると、彼は天使のように見えるだろう。
天から舞い降りた我々の救世主、優しく真実の道へと導いてくれる先導者。
しかし気を付けたまえ。
そんな天使が貴方の前に現れた時。
彼は貴方と向き合うように座るだろう。
そして紅茶と角砂糖を三個、要求するだろう。
彼はすぐに紅茶に手を付けることはない。
丁寧に丁寧に角砂糖砂糖を溶かしながら貴方と対話を求めたならば。
気を付けたまえ。
それは、君の人生に終わりが迫っている証である。——
上記の文章は、生前に書かれたと思われる『レッドマンの手記』より引用。
これから始まる文章は全て『レッドマンの手記』より引用することとなる。これは彼の、レッドマンの日記だったようだ。少々文法的におかしな部分もあるが、あえてこちらで手を加えないまま公表させていただく。
これより始まるは奇怪な記述だ。
とある男性と滅びの天使との交流である。
初めまして。
Dance(ダンス)と言う者です。
前にも此処で活動させていただいていたのですが、その時と名前は代えさせていただいています。
見たことある文章だなぁ、と思っていただいた方とか、いらっしゃったら嬉しいなぁ。
ここでは短い短編を書いていけたら嬉しいな、と思っています。
コメントなどはとてもうれしいです。書いていただけたら幸いです。
小説カキコ内のルールを守りながら、どうぞごゆっくりしていってください。
◆目次◆
◆1「彼について」>>1>>2
(随時編集)
- Re: 猫舌の死神 ( No.1 )
- 日時: 2016/03/27 00:54
- 名前: Dance (ID: E616B4Au)
◆1「彼について」
彼が私の前に現れたのは数週間ほど前の話だ。
何の気まぐれか、町の中でも外れにある私の家に彼は訪ねてきた。
そして彼は語りだした。彼が経験してきた膨大な物語を。
ここ数週間で彼から聞いた話に私は混乱してしまっている。
今まで日記などつけたことはないのだが、私は使命感に任せて今筆を執ることにした。
此処には私が彼から聞いた数々の物語と、彼の様子、そして私の人生最期の日々の様子を綴っていきたい。
まずは初めて彼と会ったところから記すべきであろう。
私は物書きをしており、家は宿を借りている。狭い部屋だが独り身の私にはちょうど良い広さである。管理人のフィトーレはよく私の部屋まで食事を持って上がってくる。
フィトーレは年の頃七十と言ったところだろうか、綺麗に白くなった髪を後ろで一つにまとめた老婆であった。気難しい人物で最初のうちは会話さえろくに成り立たなかったのだが、部屋に住みついてしばらくすると朝の挨拶ぐらいは交わすようになり、今では食事を、こちらが何も言わずとも持って来てくれるようになった。金を要求されるかと最初は断っていたのだが、その様なこともなく、ただ彼女が私の元にやってきて一緒に食事をしたいのだと悟ると、その食事も私は受け入れた。彼女曰く私の部屋は貸家の中では一番居心地のいい場所らしく、彼女は良く窓辺近くで編み物をしている。
その日、フィトーレは私の部屋にはいなかった。私の部屋の下にある台所で、私のための食事を作っているところだったのだろう。私は机に向かい、仕事をしていた。物書き、と言っても私は三流の三流であるがため、仕事が大量にあると言う訳ではない。二、三の雑誌に連載している細々とした小説が主な仕事であり、後は不定期な記事を書いていた。今の政治についてどうこう、あの人物についてどうこうと、つらつらと書き連ねる。私は普段から政治に強く関心を持っている訳ではなかったが、このようなことに困ることはないよう努力していた。
机に向かっていた私は、——そう、ちょうどその不定期の記事を書いていた時だ——ふと、フィトーレに呼びかけられて目線を上げることになった。フィトーレは普段、私の仕事を邪魔しないようにと、私が机に向かっている際に声をかけることは滅多になかった。いや、彼女が私に声をかけることすら珍しいことだ。せいぜい彼女が私を呼びとめるのは、誰かが訪ねてくる場合だけであったが、私を訪ねてくる物珍しい友人を私は持ってはいなかった。
フィトーレはおずおずとした様子で、「お客様です」、とそう言った。私が誰かと尋ねると、彼女は不思議そうに首をかしげるのだった。「若い方です」、とフィトーレは言い、ドア口から去って行ってしまった。そしてしばらくしてこちらに上がってくる足音が聞え、私を訪ねてきた人物が現れた。
フィトーレの言うとおり、訪問者は若者であった。彼はその笑顔のまま「此処はテリー・レッドマンさんのお宅でしょうか」、と私に訪ねてきた。私は反射的に頷いた。彼はその笑顔を嬉しげに深めた。
「あぁ、良かった。間違ってはいなかったのですね。人間違いは大変な失礼になりますから」
私は彼の様子をまじまじと眺めていた。彼は美しい容姿をしていた。子どもの頃、親戚の女の子が持っていた人形によく似ていたのだ。——絵本に出てくるような王子様、または宗教画に描かれる美しい天使のようにも見えた——。絹のような金色の髪に、海を閉じ込めたガラス玉のような目、陶器のようになめらかで白い肌、珊瑚のような艶やかな唇。その大きさ、形も、全て整っている。
また、彼は身に纏う服、その物腰から慇懃であり、感じのよい青年だった。背は高く、すらりと脚が伸びていた。汚れのない純白の手袋をはめた指が上等な生地で作られたスーツの中をまさぐっている。
「時間もちょうど間に合いましたね……急いで来て正解でした」
銀色の懐中時計には精密な彫り物がなされ、二頭のユニコーンが仲良く戯れている様子を花々が縁取る素晴らしいものであった。彼の微笑に私は困惑するばかりであった。
「……失礼ですが、人違いではありませんか? ……確かに、私はテリー・レッドマンですが、私は貴方を知りません」
「いえ、テリー・レッドマンさん。僕がお会いしたかった方は貴方で間違いはありませんよ」
彼は微笑を湛えたまま、そう言いきった。彼の表情に微かな満足感と自信が見てとれた。彼は美しい瞳を私に向けて微笑みかけた。
「ご迷惑を承知の上で申し上げますが、少しの間だけ貴方とお話をさせていただけませんか? お仕事の邪魔にならない程度に……ほんの少しの間だけ」
私は特に断る理由も見つからず、彼に椅子をすすめ、ドアの隙間から覗いていたフィトーレに何か飲み物を持ってくるよう頼んだ。すると彼は私の注文に付け加え、控えめな様子で紅茶と角砂糖をフィトーレに要求した。フィトーレは訝しそうにしながらも微かに頷いてドア口から姿を消した。
- Re: 猫舌の死神 ( No.2 )
- 日時: 2016/03/27 22:23
- 名前: Dance (ID: E616B4Au)
彼は落ち着いた様子で私の勧めた椅子に腰をおろしていた。彼を警戒し、私が黙ってしまっていると、彼は困ったように笑って口を開く。
「そう怖い目で見ないでください。いきなり来てしまって、失礼だったのは重々承知です」
至極申し訳なさそうに表情を変える様は、まるで小さな子どもが母親から叱られているようだ。彼は眉を下げたまま私の目をまともに見つめた。
「しかし、どうしても貴方に頼みたい事がありまして……それが大きな仕事なものですから」
「仕事、ですか。私にできるようなものであればいいのですが……」
私は、やはりこの青年が人を間違っているのだろうと思った。確かにこの近くにテリー・レッドマンなんて人物は私しかいないのだが、隣町はどうだか分らない。この美しい青年がこの町の片隅に立つ私の家にはあまりにも不釣り合いな気がしてならなかった。
彼は美しい刃を見せて笑い、付け足した。
「いえ、この仕事は貴方にしかできないことなのです……。実は、僕は貴方に僕の本を書いてほしいのです」
「……本、ですか」
私は思わずうろたえて声を上げてしまった。
「私が今までやってきた事とはあまりに毛色が違いすぎますが……はて、それは、伝記、と言うことでしょうか。つまりは貴方の人生を綴った本であると」
「いえ、少し違います。まぁ、僕が経験してきたことに間違いはないのですがね。僕の人生なんてものはどうでもいいのですよ。僕は、僕が今まで出会ってきた人物たちの人生を、貴方に一つの物語として形作っていただきたいのです」
彼の言葉を、私はどう捉えるべきか、迷っていた。
「……それは、貴方のご友人の方々、と言うことですか?」
「友人……さて、彼らが僕の事をそのように思ってくれているのであればそう言っても構わないのでしょうけれど……。少なくとも僕一人は、彼らの事を友人だと思っていますよ。皆いい人たちばかりです」
彼は相変わらず愛想のいい笑みを浮かべながら話していた。私は慎重に言葉を選ばなければならなかった。
「……それは、それで良いのですが、そうなるとその貴方のご友人——今言葉を濁された事を察しなければならないのでしょうが一応友人と言うことで——にその許可を取らなければなりませんし、一気に複数の人物の人生をまとめるとなると、膨大な時間を取ることになります。一人一人に取材をして、資料を集めるとなると、私にはその時間を作ることができるかどうか分かりかねるのです。自分の仕事のこともありますので……」
「一人一人とお話しすることはありません——いえ、出来ない、と言った方が正しいですね。貴方が欲する資料はすべて僕の口からお伝えしましょう。彼らの人生は僕がかいつまんでお話しします。貴方には最も重要なシーンだけに集中していただきたいのです」
「……出来ない、とは」
私は言葉を詰まらせた。彼は天使のようなほほえみを浮かべたままであった。
「申し遅れました。僕は、あぁ、僕に決まった名前はないのですが、今までで一番多く名乗った名前を貴方にお教えするとすれば、僕は俗に死神、と呼ばれるものです。今回貴方に依頼をしたいのは、僕が今までに出会ってきた人間たちの最期を記すことなのです。貴方と彼らは既に存在する形から世界、理由まで違いますので、直接的に離すことは出来得ないのです」
「……死人、と言うことですか」
私は呆気にとられたままこぼすように彼へと質問した。質問の形をとれていたのかどうかすら、私は覚えてはいないのだが、彼は嬉しそうに笑みを浮かべて力強く頷いて見せてくれた。
「はい、彼らは既にその人生を全うしています。生まれ変わるのか、このまま消滅するのか、再び歩み始めるのかは彼ら次第ではありますが、貴方と、今僕のように相対して話すことのできるものはいません」
「冷やかしなら帰っていただきたい」
「とんでもありません。僕はわざわざ貴方を探し出し、以前のお住まいまでお訪ねしてきたのですから」
私があまりにも混乱していたように見えたのだろう。彼は私の顔を心配そうにのぞきこむよう、体を乗り出した。彼が手をついた背の低いテーブルが耳障りな音を立てて軋んだ。
「……僕の話はそんなにも突飛だったでしょうか」
「いえ、しかし……そのような話は子どもの頃以来ですね」
私は困惑したまま、彼に腰を落ち着けるよう促した。彼は素直に従い、再び椅子へと腰を降ろし、純粋無垢なガラス玉の目を私に向けてきた。
「貴方は物書きでいらっしゃるので……この手の話は得意なのではないのですか?」
「……物書きが全員、ファンタジーやおとぎ話に特化している訳じゃぁない」
「僕はいくつか貴方の作品を読ませていただきましたが、貴方の作品にはよく空想上の生き物が出てきますよ。幼児用の童話集を書かれていた時なんて、それは美しい楽園の話を……」
「あれはほんの小遣い稼ぎの仕事ですよ!」
私は驚いて大声を上げてしまった。私が児童書を書いていたのはまだ駆け出しだった頃の話で、今では発行もされていないはずだった。見たところ彼は私よりも年下であった。彼がもしその本を手に取れたとすれば、彼は母親の腹の中だったはずだ。
私はこの時はまだ、彼の話を心から信用している訳ではなかった。死神、と名乗った彼をどうしてすぐに信用できるものか。しかし彼の方でもそんな私の様子は分かっていたのだろう、私の慌てぶりに彼は苦笑を浮かべていた。
「信じていただけないのも分かります。ユニコーンや妖精ならまだしも、僕のように人間と似通った者が想像上の怪物であると話したところで、何の証拠もありませんからね」
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