複雑・ファジー小説

継ぎ接ぎバーコード
日時: 2019/05/12 19:37
名前: ヨモツカミ
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=19542

 幸せなんて言葉は程遠く。存在を許されない僕らはどう生きればいいの。
 生きたいとか、殺したくないとか、愛されたい。そんな願いが、全て叶わないお話。

「どうか安らかに、死んでくれ」

 ──愛することが、罪だとするならば。

 それは、彼が自分自身で与えた罰。存在しない終わりを目指して生きる、彼らの償い。

………………………………

こんにちは、ヨモツカミです。何も完結させたことが無い打ち切り芸人なので、今回もどうなるかわかりませんが、きっと終わりまで書き続けますので、どうぞお付き合いください。
趣味で好きな時に書くので遅いですが毎月6のつく日を更新日にする予定でしたが、面倒になったのでやめました。1ヶ月に1〜3回更新の予定? でーす。
良い意味で読み手を裏切るような、そんなものが書きたいですね。

〈本編を読む前に〉
・死ネタ、流血表現を多く含みます。
・たまに書き直したり加筆します。
・コメント頂けると更新速度が上がります。超欲しいです。
それでも大丈夫な方は、どうぞお付き合いください!

〈軽い説明〉
群青バーコード
青色の、通常のバーコード。モノによっては人の役に立つかもと考えられている。バーコード駆除の為の兵“カイヤナイト”は群青バーコードで構成されている。
翡翠バーコード
緑色の、失敗作を意味するバーコード。暴走しやすかったり、力が使えなかったり、ヒトとして機能しなかったりする。大体はすぐに処分される。
紅蓮バーコード
血のような赤色の、殺人衝動をもつ、特に危険なバーコード。うまく使えば兵器として使えるため、重宝されたりもしたが、基本的に危険視されており積極的に駆除される。
漆黒バーコード
全てを吸い込む様な黒色。殆ど謎に包まれている。本当の化物だと恐れられている。
ハイアリンク
バーコード殲滅特殊部隊。基本的に人間で構成されているが、その中にバーコードで構成された特殊部隊“カイヤナイト”がある。

〈目次〉
一気
>>0-
登場人物紹介
>>52 >>68
No.00 懺悔と黒の約束
>>1
No.01 曇天下の爬虫類へ
>>2 >>3 >>4 >>5
>>6 >>7 >>9 (一気読み>>2-9
No.02 朱に交じる亡霊は
>>10 >>16 >>17 >>19
>>20 >>21 >>22 >>24>>10-24
No.03 哀を求めて蚊帳の外
>>27 >>28 >>29 >>30 >>32
>>33 >>34 >>35 >>36>>27-36
No.04 白昼夢は泡沫の如し
>>37 >>38 >>41 >>42 >>43 >>46
>>47 >>48 >>49 >>50 >>51>>37-51
No.05 静寂に告ぐ藍晶石
>>53 >>54 >>56 >>57 >>58 >>59
>>61 >>62 >>63 >>66 >>67>>53-67
No.06 薄暮は世迷い事を
>>69 >>70 >>71 >>72>>69-72

Twitterアカウント→@tsugiba

〈なんか作者が描いてみた〉
・ジン>>8 ・クラウス>>15
・トゥール>>18
・祝★2017年冬大会>>39
・祝★参照6666記念>>56
・なんか動画作ってみた>>60
・祝★参照7777記念>>63
〈頂き物〉
>>23 >>31 >>40 >>55

〈お客さま〉
銀竹様、凡丙@tablet様、小夜 鳴子様、透様
日向様

〈その他〉
・AnotherBarcode -アナザーバーコード-(URLより)
継ぎ接ぎバーコードとは別の、もう1つの話。番外編集のようなものです。投稿頂いたオリキャラ(一応まだリク依頼板で募集中)や本編で語られることの無い登場人物の話や、ふざけて書いたifストーリー等。
・まあ座れ話はそれからだ(複雑ファジー)
主人公以外の4つの視点から主人公を見ていくよーみたいな。私はコメディのつもりで書いてる高校生達の青春なんとか。
・たゆたえばナンセンス【短編集】(複雑ファジー)
趣味を詰め込んで書いてる、よく題名の変わる短編集。息抜き程度に書くのが楽しい。

2016年 5月6日 執筆開始
2018年 1月7日 冬大会金賞受賞(ありがとうございます)
2018年 3月3日 No.00修正
2018年 8月31日 キャラ絵新調しましま!
2018年 9月2日 No.01修正
2019年 4月14日 No.02修正

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Re: 継ぎ接ぎバーコード【更新じゃない】 ( No.68 )
日時: 2019/03/09 18:52
名前: ヨモツカミ
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=19542

これまでつぎばを読んでいただいた皆様へ
まずはありがとうございます。
これからNo.06を読むに当たって、是非アナザーバーコードのお話もいくつか読んでからお読み頂けると、より楽しめると思います。タンザナイト関連の話は特に読んでみて下さい。URLからいけます。

〈登場人物2 〉

〈タンザナイト〉
【ノーム】
19歳だが、栄養失調気味なのか、童顔なのか、かなり若く見られる銀色の髪が特徴的な小柄の青年。
〈ネブリーナ〉自分の体を霧に変化させる。

【ジスフィーネ】
24歳。膝裏まで届く栗毛を三つ編みにし、首に巻いている女性。元傭兵。
〈イーグルアイ〉視力を上げる能力。

〈ハイアリンク〉
【ルーカス】
アモルエ部隊を仕切っていた人間。暗褐色の瞳と深緑の髪の男。28歳。実はトゥールの兄である。

【ティエ】
青色の髪が特徴的。マリアナに殺害された男。23歳。

【ルート】
金とワインレッドのオッドアイが特徴的。アモルエ部隊の班長をしている。25歳。

【ユミト】
白い長髪のせいで女性的に見えてしまうカイヤナイト。19歳。
〈ヤマタノオロチ〉は髪が8頭の蛇に変化する。

【ユードリナ】
若葉色の髪をポニーテールにしている優秀なカイヤナイトの女性。20歳。
〈アラクネ〉は背中から蜘蛛の脚のような鎌が生えてくる。

【エミー】
オレンジ色の長髪と桃色の瞳を持つ大人しそうなカイヤナイトの少女。
〈カフカ〉は毒の粉を発生させる蝶のような翅が背中から生えてくる。

〈紅蓮バーコード〉
【ベラ】
最初の街で“死神”と恐れられていた虐殺のバーコード。
〈ウェルテクス〉つむじ風のように素早い移動と獲物を引き裂くチカラ。

【シバ】
鳥を模したお面で顔半分を隠した男。アモルエで10人近く殺害した。
〈プテノイグル〉両手が鷲の脚のような鉤爪に変わるため〈鉤爪〉とも呼ばれていた。

Re: 継ぎ接ぎバーコード6-1 ( No.69 )
日時: 2019/03/21 18:26
名前: ヨモツカミ

No.06 薄暮は世迷いごとを

 1年程前。ジンの、タンザナイトとしての最後の夜。

 その夜は、やけに静かだった。風も虫も声を上げようとはしない。息を潜めて、何かの前触れに備えているような、そんな嫌な静寂。
 よう、と軽い声。肩の上で切り揃えられた薄水色の髪。アイリスが神妙な面持ちでやってきた。ジンにはそれが不気味に思えた。彼女がこんな顔をすることなど、滅多にないから。
 2人は黙ったままでいたから、沈黙と暗闇が相まって、酷く不安になるような、妙な雰囲気が辺りを包んでいた。その時点で、ジンは何か予感めいたものを感じていたのだ。だからただ、アイリスがそれを形にするのを待つ。
 薄く息を吸う音。

「──アタシがアイリスになってから、364の夜を数えた」

 ジンは思わずアイリスの顔を見た。
 アイリスという名前は、本来は彼女のものでは無い。本当の名前は。

「シオン……」

 1年ぶりに聞く名に、彼女は微かに笑った。
 アイリスというのは、彼女がかつて失った友人の名。紅蓮バーコードの少女の名であった。それと同時に、ジンが葬り去った少女の名でもあった。
 その名は、忘れないでほしい。そんな願いを込めて、アイリスが今際のときにシオンに托したのだ。シオンが肩に付けるリボンは、アイリスが肩身放さず付けていたもので、彼女の形見としてシオンがずっと身につけていた。アイリスの死後、アイリスの願いを聞いてシオンは生きてきた。ジンも、シオンを殺すことができないまま、364日の日々を見送ったのだ。
 シオンは穏やかな声で言う。

「あいつのいない朝は霞んで見えるよ。アタシは、あいつがいないとなんにもできないんだな。楽しければ楽しいほど……息が苦しくなる」

 泣き出しそうな顔。アイリスがいたら、どうしていただろう。想像して、彼女の真似をして、ジンはシオンの髪を優しく撫でた。するとシオンは遠くを見つめながら、再び口を開く。

「アケの髪、すごく綺麗だよな。泣いちまいそうになるくらい」
「…………」

 やはりアイリスと、重ねていたのだろう。アケの燃える炎の様な真紅の髪が、彼女を思い出さずにはいられなかっただろう。時々シオンがアケを見つめては、二の腕に巻き付けたリボンに視線を移して、堪えるように唇を噛み締めている姿を、ジンは黙って見ていた。かつて共に生きることを望んだ親友の面影に、もう叶わない2人の願いに想いをはぜては、虚しく肩を落としていたシオンの姿を。
 ジン。シオンに名前を呼ばれる。穏やかすぎる彼女の表情は、きっと、ずっと前から心に留めていた決意だったのだろう。

「明日、アイリスに会わせてよ」

 死者に合う方法など、ありはしない。本当に、1つもありはしないのだ。だからこそ、シオンのその言葉は重く、儚げに、空気を振るわせる。

「ああ」

 ジンもまた、彼女の決意に応えるときが全ての終わりだと決めていた。
 ──仲間ごっこは、終わりにしよう。
 ジンは、タンザナイトのジンではなく、死神のジンに戻る。ただ、命を奪うのだ。生きることの許されない彼らに、終わりを与えるのだ。
 指先が震えたのは気のせいではない。


***


 朝。マリアナは起きてきたジンにいつも通りに挨拶をした。それを同じ様にジンが返してくる。微かに声が震えた。マリアナが不思議に思って彼の顔を覗き込むと、思いつめる様な表情がそこにあった。

「どうしたのジン。なんだか、元気ないみたい」
「そうかい?」

 首を傾げるジンだが、やはり、なんだか無理をしているような仕草。マリアナが心配そうにジンを見つめていると、彼も誤魔化しきれないと判断したようで、薄く笑って嘆息した。

「確かに君の言うとおりだ。心配かけてごめんよ。マリアナはいつも、気にかけてくれて、その……結構嬉しいよ。でも、大丈夫だから。ありがとう」

 やけに素直だった。照れ臭そうに笑う顔にはやはり元気がないと思った。具合が悪いのかと訊ねようとしたマリアナだったが、ジンが一度隠そうとしたのを、恐らく心配をかけさせぬ様、普通に振る舞おうとした彼の気持ちを汲んで、敢えて触れぬことにした。
 と言っても、本当に何も知らぬふりをすることはせず、最低限労りながら。

「謝らないで、ジン。私達仲間なんだから、何かあったら何でも言ってね。ジンとニックは、自分の事あんまり話したがらないけど……私はいつでも力になるからね」

 同じ孤児院で育ったニックとマリアナは、付き合いが長すぎて、話さなくても色々わかってしまうので、態々言う必要がないことも多いが、ジンはタンザナイトに入って間もないから。遠慮してしまうのだろう、とマリアナは考えた。アイリスも、マリアナ達とは一定の距離を保ちながら接してきている気がする。彼女も遠慮してしてしまっているのだろう。
 2人ともかなり馴染んできたが、それでも何か大切な物に蓋をして、触れないようにしているみたいだ、とマリアナは思っていた。
 自分達は人間ではない。だから、誰しも大きな何かを抱えているはずである。きっと、独りで抱えるにはあまりにも重たい何かを。いつか、それを打ち明けてくれたら、一緒に背負いながら歩んでいきたいと思っていた。時間がそれらを氷解してくれるのを、今は待つしかないのだろう。

 全員が起きてきて、その日の行動について話し合った。あまり一箇所に留まり続けてハイアリンク達に居場所を特定されたくないため、今日は少し移動しようという話にまとまった。
 アケが以前、〈フェニクス〉の能力を使用し、空から辺りを見回りしたときに、洞窟のようなものを見つけたと言うので、そこを目指すことになった。

「アケ、正確な場所は覚えてるのかしら?」

 ローザに聞かれると、あまり自信が無いらしく、アケは少し首を傾げて見せた。

「ちょっと、とんでばしょを見てきたい。そしたら、ちゃんとあんないできると思うから」
「ああ。でもあんまり長時間〈能力〉使い過ぎるなよ」

 ニックにそう言われると、アケはこくりと頷きながら〈フェニクス〉を発動する。紅の髪が、羽根に変化していき、体中を同じ色の羽毛が覆っていく。更に膝から下が、鳥類の脚に変化し終わると、アケの姿は、鳥と人間を混ぜたような、歪なものになる。
 行ってきます、と短く言い残して、アケは緋色の翼に変化した腕を大きく広げ、鳥の脚で地面を蹴って、羽ばたく。激しい風が巻き起こり、アケはあっという間に空へ駆けていった。

「ああ、砂埃……」

 少し離れて羽ばたかなければ、地上にいる者たちが風に巻き上げられた砂の被害を受けることになる。カルカサが苦笑交じりにボヤくと、皆もつられて笑う。

「やだっ、ワタシのカルカサが砂塗れだわ! あなたの素敵な容姿が霞んじゃうわ!」
「ワタシのって言うのやめてくれないかなローザ。君も砂塗れだし。俺の服の砂払ってないで、自分のことも気にしなよ……」
「ちょっと、先輩方。イチャつくの止めてもらっていいすか」

 ローザがいつものようにカルカサに絡んで、それをニックが冷めた目で見守る。

「あとでアケに、飛ぶときは少し離れてからにしなさいって言い聞かせないとね」

 ね、アイリス。と、アケを特に可愛がっているアイリスに話を振ろうとして、マリアナは言葉を失う。アイリスの両目からポロポロと、透明の雫が零れ落ちては、地面に消えていく。泣いていたのだ。

「アイリス……大丈夫?」

 心配して、そう声を掛けたが、アイリスは黙って微笑むだけだ。
 みんな、聞いて。静かな声。

「タンザナイトのみんなと一緒に過ごすのは、凄く楽しかった。毎日、毎日。沢山笑って……その度に、なんでここにアイリスがいないんだろって、思った」
「アイリス……? 何を言っているの? あなたはここにいるじゃない」

 アイリスの言うことが、理解できない。それはマリアナだけでは無かった。それでも彼女は続ける。

「アタシにとって、あいつの命より大切なものなんかなかったんだ。あいつのいない世界じゃ、アタシは息もできない」
「ねえどうしたのよ、アイリス。さっきから、なんだか……」

 ローザが不安そうな目でアイリスに近寄って行って、頬を伝う涙を拭う。
 さっきから、なんだか。ローザの口にした言葉の続きは、その場にいる皆も胸に抱いていた。

「今までありがとな。アタシは……お前らのこと、大好きだ」

 不安そうな視線を集める中、アイリスはそんなこともお構い無しに、場違いなくらいに明るい笑顔を浮かべて見せた。それはまるでお別れの言葉のようで、酷く不穏に響いたから、皆、気が気でなかった。
 いいや。これは別れの言葉だ。それを悟ったから、全員が彼女を凝視する。

 仲間のうちの誰かが説明を求めたかもしれない。でもアイリスは笑ったまま。やけに晴れやかな笑みのまま、虚空に呼びかける。

「……もういいよ」

「わかっ、た」

 震えた声で返事をしたのは、ジンだった。
 今度は仲間たちの視線がジンに集まろうとした。
 誰かがどういうこと、と、訊ねたかもしれない。でもその声は、黒い風が裂いて、霧散してしまった。

 時間が止まったと錯覚した。その認識が間違いであると気付けたのは、アイリスが突然、崩れ落ちたから。
 何が起こったか。その答えを突きつけたのは、ローザの胸元に深々と突き立てられた数本の、黒い黒い、刃と、咲き誇った、赤い赤い、花。

Re: 継ぎ接ぎバーコード6-2 ( No.70 )
日時: 2019/04/18 02:03
名前: ヨモツカミ

「じ、ん? な……に、こっ、れ……」

 ごぷ、とローザの口元から彼女の名に由来する薔薇が。真っ赤な薔薇が咲き誇ったのかと──誰もがそう、思いたかった、だけ。花弁などではない。ドロリと真っ赤に色付いた生命の雫が垂れ流しになって、彼女の体も傾ぐ。
 気が付いたら既に2人分の死体が転がっていて、土の上に血溜まりを広げていた。

 ナイフを放ったジンが、右手を掲げたまま、表情も無く立ち尽くしている。

「ジンっ……あなた、自分が何をやったか解ってるの!?」

 悲鳴にも似た金切り声でマリアナは叫んだ。聞こえているのか聞こえてないのか、ジンは何も言わない。返事をする代わりに右手がマリアナの方へ向けられて、指先の周りに黒い粒子が集ってゆく。瞬きする間もなく無数のナイフが出現し、ジンの人差し指の微かな動きに合わせて、滑空。

 ──あ。

 マリアナがその先を頭で理解した瞬間、鈍い金属音が響いて、眼前を銀色の刃に遮られる。地面から生える鋭い刃が、ジンのナイフを弾いていた。
 身体の左側を鋼鉄化させ、その左手で地面に触れる事で鉄の刃を出現させるという、ニックの能力〈アイゼルネ〉。ナイフを弾いた刃はすぐに消失する。ジンが次のナイフを放とうと右手を振り上げた。刹那、ジンの足元から飛び出した刃が、彼の小さな胴を背中側から穿いた。
 マリアナは小さく叫ぶ。仲間の腹から、仲間の〈能力〉で出現した刃が生えているのだから。
 ジンと目が合う。痛みに目を見開き、ケホ、と弱々しく噎せた口からはさっきのローザと同じように鮮血が溢れる。それでも、辛うじて動く右手をマリアナに向けて掲げていた。そんな状態でも、殺そうとするのだ。それを阻止するべく、もう1本地面から勢い良く突き出た銀の刃が、ジンの腹を穿く。

「や、やめてっ! ジンが死んじゃうわ! やめてよ!」

 マリアナはニックに向かって叫んだ。屈んで地面に左手を当てたまま、ニックは殆ど睨みつけるような目付きでジンを凝視していた。

「お願い、本当に、死んじゃうからっ……!」

 マリアナは今までに出したことも無いような金切り声を上げて、必死に制止させようとした。

 それでも彼がその手を止める事は無く、更に1本、地面から伸びた刃に呆気無いほどに穿たれ、ジンの身体が引き裂けて、その度にばたばたと血飛沫が上がる。腹を貫いた巨大な刃の先に、鮮血以外の物体がぬらりとまとわりついている。次の刃が身体を穿ち、その振動で断片がズルリと地に落ちた。本来、腹の中に収められていて、露出するべきでない内蔵が、引き千切れてそこに転がっている。それを理解した瞬間に、マリアナは込み上げる胃液を押さえつけて、目を覆った。
 やめて。お願い、やめて。か細く、零れたマリアナの言葉は、彼の耳に確かに届いていた。
 ニックは聞こえていて、聞かないふりをしていたのだ。そうするしか、無かったのだから。

 やがて、少年は力尽き、動かなくなる。

「──っ……もう、死んだよ……」

 ニックの口から、絞り出すように吐き出された言葉に、マリアナは震えながら涙を零した。

 ……なんで。

「なんでッ!! なんで、殺したの!?」

 怒りか悲しみか。あるいは恐怖だったのか。感情に任せて張り上げた声は、殆ど金切り声で、掠れてしまっていた。マリアナは自分の爪が割れるほどに力を込めて、ニックの肩に掴みかかった。
 只々、判別できぬ想いを彼にぶつける。震えが止まらなくて、両目から溢れる涙も止まらなかった。
 マリアナは、ニックに掴みかかって、でも、彼の顔を見た瞬間に、次の言葉を失ってしまった。

 彼が、涙に濡れた顔を歪め、血が滴るほどに唇を噛み締めていたから。

「なんで──……だって?」

 今度は彼がマリアナに掴み掛かる番だった。両肩を強く掴んで、やるせない想いを喚き散らす。

「生きる為に決まってんだろッ! もうアイリスとローザは殺されたんだ! ジンに! だったらっ……ジンを殺すしか無かっただろ!? でなけりゃボクらが殺されていた! アンタやカルカサが死んでいた! そうだろッ!?」

 殺さなければ、皆死んでいた。そうだ。マリアナだって、頭ではそれを理解していた。だからといって、事実を認めることは出来なかったが。
 マリアナの肩を掴むニックの手は、情けないくらいに震えていた。

「生きるんだ……その為に、殺すしか、なかったんだよ……」

 その言葉を最後に、ニックが手を離すと、彼女は支えを失ったみたいにズルリとその場に膝をついて、俯いてしまった。
 マリアナが辺りを見回すと、うつ伏せに倒れて血を流しているローザと、腹部や胸を刺されて動かなくなったアイリス、それから。

「……ジン……なんでなの……?」

 ジンの亡骸が転がっていた。大切な仲間が、3人も命を落としてしまった。本当に、一瞬の内に。
 ほんの数分前まで、楽しく談笑していたのに。あれは夢だったのか。それとも今が夢なのか。そう思い込みたかったが、全てが現実である。
 なんで。
 なんで?
 その場で生き残った者達は未だ信じられなかったし、分からなかった。どうしてジンが突然仲間たちを殺したのか。その疑問をぶつけるべき相手は物言わぬ屍となった。だから、二度と氷解することの無い疑問だが、問わずにはいられなかった。
 ……例えそこにどんな理由があっても、認める事などできなかっただろうが。

「……行こう。もう、ここにはいないほうがいい」

 掠れた声でカルカサが沈黙を破る。

「とりあえず、アケのところに行こう。彼女を一人きりにさせてしまうのも良くないし……ちゃんと、説明……しなければ」

 気持ちの整理も付かぬまま、マリアナは放心しつつもカルカサの声になんとか返答し、ゆっくりと彼の支えを頼りに立ち上がる。体中が震えていた。でも、支えてくれたカルカサの腕はもっと震えていた。ガタガタと脚にうまく力が入らない。それでも、自分だけが放心している場合ではない。皆、平等に傷付いているのだ。そう言い聞かせて、なんとかマリアナは一歩を踏み出す。
 雲の上でも歩いているかの様に、ふわふわと現実味が感じられない足取りだった。夢みたいなのに、夢ではないのだ。覚束無い歩を進めながら、マリアナの視界を、何かが横切った。
 羽虫かと思ってなんとなく目で追った。血のように赤い、点。
 違う、虫なんかじゃない。
 彼女がソレに気付いたのとほぼ同時に、カルカサやニックも違和感の正体を知る。

 3人の視線は全て、ジンの死体に集中した。

 羽虫が光に吸い寄せられていくように、赤い点がジンの身体に集っている。少年の心臓の辺りが鈍く黒い光を放っていた。赤い点は、そこを目指している。血液が、彼の身体に戻っていく。死んだはずの彼を、死なせまいとするように。
 そして、瞼の下に閉ざされていた筈のエメラルドグリーンが覗いた。生き生きとした生命の輝きを宿したそれが蠢く。マリアナと目が合う。見ている。此方を、見ていた。
 ひと粒、涙が零れた。エメラルドグリーンから落ちた煌めきは、静かに地面に吸い込まれて行って。

「マリアナさん!」

 ジンが黒いナイフを数本出現させると同時に、カルカサがマリアナを突き飛ばした。そしてカルカサが右手を掲げると、ナイフは見えない壁に当たったかのように、全てボトボトと地面に落ちてしまう。それを見て、ジンは顔を歪めて舌打ちする。
 カルカサの〈グラビティ〉という、物体の重力を、加算させる能力だ。但し、生物に使用することはできないし、一度に〈能力〉を行使できる数にも限度があった。
 マリアナを仕留めそびれたジンを狙って、ニックの〈アイゼルネ〉で出現した棘が伸びるが、ジンは素早く飛び退いて回避する。それを追っていくつもの棘がジンを串刺しにせんと地面から飛び出す。ニックの猛攻から逃れながらも、ジンはナイフを飛ばし続ける。しかし、その全てをカルカサの重力操作によって落とされていた。

「マリアナ先輩はアケを探しに行って下さい! ボクとカルカサ先輩で食い止めます!」

 ニックが地面に左手を付いた状態で言う。ジンは一瞬の隙を付いて、ナイフをニック目掛けて数本飛ばすが、咄嗟に横に転がって躱されてしまう。
 一瞬、マリアナは行くのを躊躇った。しかし、その僅かな迷いが、大きな隙となる。ジンはそれを見逃さなかった。
 ジンの狙いがマリアナに切り替わるのに気付いたが、ニックの攻撃は間に合わない。左手を地面に触れさせている間のみ刃を操ることができるが、左手は地面から離れていて。ニックが自衛のために回避した一瞬と、仲間想いのマリアナが躊躇する一瞬。それを見越していたジンは、今度こそマリアナを仕留めようと、右手を振り被る。腕の動きにあわせて、無数の黒い影が空気を割く。

 “ごめんね”

 ジンの唇が、確かにその言葉を紡いだのを、マリアナは見た。それから、諦めたように目を閉じる。
 飛び散る鮮血の温かさと、痛みに呻く声を聞いた。
 1つはニックの〈アイゼルネ〉によって腕を貫かれたジンのもので、もう1つは、マリアナを庇って、背中に深々と無数のナイフを生えさせた、カルカサの声。
 再び目を見開いたマリアナの前で、口元から濃い赤を滴らせながら、カルカサは苦悶の表情を浮かべていた。

「あ、ああ、カルカサ、なんで、嫌……」
「ま、リア……さ、にげ、」

 スローモーションみたいに、彼の体躯は崩れ落ちた。黒いナイフが、点々と突き刺さっていて、刃先の周りからじわじわカルカサの服が鮮やかに染まってゆく。まだ息はあった。しかし、やがて失血で命を落とすのだろう。
 ニックはジンにとどめを刺すと、歯を食いしばって、カルカサを見下ろした。

「クソッ、なんで、カルカサ先輩まで……!」

 マリアナは口元を抑えて、嗚咽が溢れそうになるのを堪えながら、仲間たちの遺体を見つめた。黙ったまま、ニックはマリアナの側に寄っていって、その肩を抱き締める。

「ジンも……、確かに、殺したのに。生き返ったみたいだった」

 縫合痕の刻まれた皮膚を見てニックは考える。バーコードに他のバーコードの細胞を埋め込むことで、多数の〈能力〉を持ったバーコードを作り出そうとする実験。ジンはその手術を受け、〈能力〉は発現しなかったものの生存はした、失敗作なのだと言っていたはずだ。だが、本当は〈シュナイダー〉以外の〈能力〉に目覚めていたのかも知れない。驚異的な自己治癒力の〈能力〉とか、瀕死になったとき、流した血液が自ら体に戻っていく、とか。だとすれば、これで終わりではない可能性がある。
 ニックが表情を強張らせながらジンの遺体を凝視していると、その悪い予想が、真実であると突き付けられる。

Re: 継ぎ接ぎバーコード6-3 ( No.71 )
日時: 2019/04/27 19:46
名前: ヨモツカミ

 ジンの心臓の辺りが鈍く暗い光を放って、散ったはずの血液がそこに戻って行く光景。ニックとマリアナはどうすることもできずに、彼の復活を黙って見守った。
 完全に無傷の状態に戻ったジンは、顔を顰めながら起き上がると、再び彼らの命を狙って漆黒の刃を放つ。それを、ニックもマリアナも素早く近くの木の後ろに隠れて回避した。

「マリアナ先輩……早く、アケのところへ」

 鋼鉄の左手で地面に触れて、ジンに攻撃しながら、ニックが言う。マリアナは、目を見開いて、その横顔を見る。研ぎ澄まされた青の瞳に、迷いは見つからない。その覚悟が、マリアナには恐ろしく感じられた。

「ニックは、」
「アンタが死んだら誰がアケの側にいてやれるんだ!?」

 その言葉の意味を考えると、マリアナは悲しくなって、唇を噛み締めた。やはり彼は、命を賭してマリアナを逃がそうとする。タンザナイトの隊長として、自己を犠牲にしてでも仲間を守ろうとする。そういう存在であろうとする、危なっかしい彼の姿を、誰よりも側でずっと見てきたマリアナだから、ニックの覚悟が、怖かった。

「ボクなら大丈夫ッスから、行って」

 でも、ニックが自分の信念を変える気がないことくらい、わかっていた。
 マリアナは堪えきれずに涙を零しながら言う。

「その言葉、信じてるから。アケと私の側には、あなたも必要なのよ……。絶対に、死なないで」

 マリアナは最後にジンの顔を一瞥してから、駆け出した。その後を追おうと一歩踏み出しかけたジンの足元から、銀色の巨大な棘が飛び出してくる。何度もその腹を貫いた、冷たい剣。ニックの研ぎ澄まされた覚悟は、どこまでも鋭利で。

「どうしてこんなことするんだ、ジン」

 木の陰から姿を現したニックが問う。辛そうに歪められたニックの表情を見て、ジンは冷ややかな声を返す。確かに仲間だった、はずなのに。

「どうせ死ぬ君に教える必要なんか無い」

 ニックは悲痛に顔を歪めながら息を吐いた。

「今まで騙していたのか? ボク達はジンを本当の仲間だと思っていたのに!」

 ジンは硬い表情のまま、応えようとしない。だから、ニックは畳み掛けるように言い募る。

「なあ、どんな気分で過ごしていたんだ? 皆で笑っているときも、こうやって殺す日のことでも考えていたのか? お前を思い遣る仲間たちのことを、本当は心の底では嗤っていたのか?」

 ジンはやはり沈黙を貫いた。ただ少し、苦しそうに顔を歪ませて。
 なんでそんな顔をする。ジンは何が言いたい。わからないから、ニックは感情に任せて叫ぶ。

「なあ、応えろよ! 騙して殺した、今の気分はどうだ!? 楽しいかよ! なあ!」
「うるさいッ! どうせ死ぬくせにガタガタ喋るなよ!!」

 それは、半分、泣きだしてしまいそうな声だった。
 ジンは両手を振り上げて、大量にナイフを出現させる。ナイフはジンの周りを円を描くように回転していて、その全てがニック目掛けて撃ちだされた。
 咄嗟に左手を地面に押し付ける。大地を穿ち、ニックの眼前に出現した幾つもの棘がナイフの投擲を完全に妨害した。しかし、それは同時にニックの視界を奪ってしまっていて。
 棘を迂回して接近してくるジンの攻撃に気付くのに、一歩遅れてしまう。

「ぐっ──!」

 両手にナイフを握り締めたジンが、直接ニックに飛びかかってきた。それを鋼鉄化している左腕でどうにか受け止めるが、ジンの左手に握られていたナイフは容赦なくニックの右肩を貫いた。刃の冷たさと激しい痛みの熱さが、皮膚の中で暴れ回る感覚。
 それでもニックは負けじと左手を伸ばして、ジンの首元を掴んで、地面に叩き付けた。

「……ケホッ」

 例えば。殺害方法を変えれば、次こそ殺せるかもしれない。
 数回〈アイゼルネ〉でその体を貫いたけれど、ジンは復活した。ならば、殺し方に問題があるのか、なんて。
 そう考えたニックは、押し倒したジンの体に跨って、喉元に両手を重ね、力任せに押さえつける。
 ジンのエメラルドグリーンの瞳が見開かれて、藻掻き苦しみ始める。未だに右肩に突き立てられたナイフで、更に肩を抉るようにしてジンは抵抗した。苛烈な痛みと共に、滲み出てきた血が溢れ出し、ジンの頬に落ちた。

「これで、死んでくれよ、頼むから……!」

 生きようと足掻く。かつての仲間が、苦しんでいる。自分の手で殺されようとしている。それがどんなに辛く、耐え難いことだったか。

「……ッ……ぁ」

 肩に突き刺さっていたナイフが消失する。と、同時にジンの腕がズルリと地面に落ちる。ニックの掌に直接、“殺した”という感触が残る。仕方なかったとはいえ、今までで一番確かな生々しい実感に、指先が震えた。

 しばらくの間、放心して少年の亡骸に視線を落としたまま。
 もう何回殺したのだろう。あと何回殺すのだろう。これで最後であれば一番いいのだが。なんて、思考して、ニックはジンの胴体に跨ったままでいた。しかし、そんな願いも叶わないことを知る。
 確かに絞め殺したはずのジンが、息を吸い込み、数回噎せる。それから、呼吸を整えようと、喉に手を当てたまま何度か肩で息をする。
 地面に横たわるジンは、黙ってニックの顔を見上げた。泣きだしてしまいそうに歪められた彼の顔を、ジンはただぼんやりと見つめていた。

「もう、生き返らないでくれ……」

 吐き捨てるように呟いた声に、望まない返答が来る。

「なら、ちゃんと殺せよ」

 その言葉に、ニックは激しく顔を歪める。殺したいわけないだろ。その言葉は声に出せなかった。口にすれば、食いしばった歯の隙間から嗚咽が零れてしまいそうだったから。
 黙っていても、両目から溢れる涙は抑えきれなかった。ジンは頬に当たる雫をぼんやりと眺めて、鼻で笑う。

「泣いてるの? なに、もう殺すの嫌になっちゃった?」
「仲間だったんだ。当たり前だろ。だからもう、やめてくれよジン」

 ニックは右腕で涙を拭おうとして、肩を刺された痛みに呻く。それを見てジンは嘲笑うように口元を歪める。

「僕のために泣いてくれてるんだ。優しいね、隊長さんは」
「殺したくないんだって。ボクら、仲間だろ……?」

 ──ジンは強いなあ。
 ニックは数週間前、紅蓮バーコードに襲われたときのことを思い出していた。

「アケとそんなに歳変わんないのに。ボクがジンくらいのとき、そんなに闘えていた自信ないッスよ」

 タンザナイトには戦闘を得意としないバーコードも何人かいるから。彼らを守りながら、ジンとニックは協力して紅蓮バーコードを撃退したのだ。
 ナイフを両手に、相手に接近して闘うジンと、その後ろから〈アイゼルネ〉で離れたところから闘うニック。後ろにいるため、ジンと紅蓮バーコードをよく観察することができたニックは、ジンの鮮やかなナイフ捌きと無駄のない動きに、思わず見惚れていた。
 褒められて悪い気はしないのだろう。照れ臭そうに目を逸らしながらもジンは言う。

「だってその頃、ニックはカイヤナイト入りたてだったんでしょ?」
「そうだけど。でも、ジンは訓練とか受けてないのに、動きもいいし、〈能力〉の使い方も熟れてるし、何より闘い慣れて見える」
「……まあ。僕も色々大変だったんだよ。生きるのに必死で、自然とこうなったんだ」

 ジンはタンザナイトに入る前の事をあまり語ろうとはしなかった。だが、この歳でこれだけ強いのだから、過酷な環境で生き抜いてきたのだということはニックにも予想が付く。
 ジンは〈シュナイダー〉でナイフを出現させると、切っ先を見つめて、微笑んだ。

「今はそれを、仲間を守るのに使える。それが僕は嬉しい。自分のためとか、誰かを殺すためじゃなくて、君たちのためのナイフだ」

 黒いナイフを胸元に当て、ジンは本当に嬉しそうに笑いながらそう口にした。嘘をついているようには見えなかった。だから、あれは本心だったはずで。
 ならば、どうしてアイリスやローザ、カルカサは彼に殺されなければならなかったのか。ニックにはわからなかった。

Re: 継ぎ接ぎバーコード6-4 ( No.72 )
日時: 2019/05/12 19:35
名前: ヨモツカミ


「仲間、ね」

 ジンはまた、ニックを嘲笑するようにくつくつと声を漏らした。

「ねえニック。ボクを殺した回数を数えてみなよ」
「え……」
「数えられない? 僕が何回死んだってどうでもいい? 薄情だなぁ。僕は、死ぬたびにとっても痛くて苦しい思いをするんだよ?」

 ジンは一度目を伏せて、それから氷のように凍てついた瞳でニックを見上げた。

「〈アイゼルネ〉で背中から貫かれてね、お腹を貫通して、自分の目の前に血の付いた大きな刃が見えて、痛くて痛くて、息もできなくてね、体から血がどんどん流れていって、体が冷えていく感触をたっぷり味わって、そしたらまた体を貫かれてね、今度は内臓が見えるんだ。生きているうちに自分の臓器を目にする機会なんてまず無いよねぇ。そうやって、そのうち痛みすら感じなくなって、意識がなくなって、でもまた君の〈アイゼルネ〉が僕を殺そうと追いかけてくるんだ」
「や、やめろよ……聞きたくない」

 耳を塞ごうと動かした腕を、ジンに掴まれる。彼の指先は冷たかった。
 ジンは薄く笑みを浮かべていたが、その目はやはり冷え切っていて。

「同じだよ君も。僕と同じ。僕をまだ仲間だと思ってるなら、君は仲間を何度も殺したんだ。お腹を貫かれるのはねえ、痛かったよ。冷たい冷たい鉄の刃が、腹の中にあって、背中を突き破って、ね、仲間なのに、僕の腹を突き破って。君の〈能力〉は、仲間を殺すためのチカラ?」
「あ……ああ、やめ、ろ、やめてくれよ、」
「ねえニック。僕ら仲間なのに。仲間に何度も何度も殺されるのは、怖いよ。ねえ、何度も仲間を殺す感覚はどう? 楽しかったかい?」
「う、あ、あああ、ああああ! ああああああ! うるさい黙れ、黙れ黙れ黙れ!」

 左手の拳が、手加減も無しに全力で振り下ろされ、ジンの頭部を殴打する。何度も、何度も、何度も。ジンの呻きや飛び散る血にも構わず。何度も、何度も。
 そうやって、しばらくしたらジンは動かなくなっていた。力任せに殴り続けたせいで変形した顔は見るに耐えられず、ニックは肩で息をしながら左の拳に視線を落とした。震える鉄の指先がベッタリと真っ赤に汚れている。よく見れば拳だけでなく、体のあちこちがジンの頭部から飛散した血で汚れている。
 呆然と血の汚れを眺めていると、またそれらが虫のように蠢いて、ジンの元に集まっていく。やはり死なない。ジンはまだ生き返る。
 あれだけ無残な姿になっていた頭部も元通りになっていて、そして少年は何事もなかったように口元を歪めて嗤う。

「……また殺しそびれたね」
「くそ、なんで死なねえ! 死ねよ! もう死んでくれ! 死ね! ああああああああああああ!」

 喚きながらニックはジンの頭部を右手で押さえつけ、左手を地面に押し付ける。

「が、」

 鈍い音と共に、ジンの後頭部を貫通して、口から刃の先端が飛び出る。刃先に付いた血液が滴って、ジンの頬を濡らした。エメラルドグリーンに、滴る赤が交じる。
 すぐには死ねなかったらしく、四肢が無様に蠢いていたが、やがて糸が切れたように脱力する。そろそろ本当に数え切れなくなってきたな、なんて思いながら、ニックは〈能力〉を解いた。

「ボクは……タンザナイトの隊長だ。ボクのチカラは、仲間を守るためにある」

 だから、ジンを殺すことも、仲間を守るためのことで。
 ジンはもう、仲間じゃない。
 ふらりと立ち上がると、ニックはジンの死体の腕を掴み、引きずり出した。ズルズル、ズルズルと音を立ててニックの覚束ない足取りで、何処かへ進んでいく。
 ジンが生き返るのは死んでから1分かそれ以下か、微妙なラグがある。その前に連れて行くのは難しいだろうから、途中で“処理”をする必要があるな、なんて考えながら。

「……どこ目指してるの」
「ああ。起きたか」

 ニックは掴んでいたジンの腕をしっかり握り直し、空いていた手で関節の辺りを掴む。右肩の刺し傷が痛んで顔をしかめながらも、掴んだ腕の関節を軸に、両手に力を込めて、一息に──。
 バキン。と。

「ぎゃ、ああああああああああッ!!」

 耳障りな音とジンの悲鳴が混ざる。左腕、右足、左足。これをあと3回やるのかと思うと嫌気が差す。
 痛みに両目から涙を溢れさせ、顔をしかめているジンの反対の腕を掴むと、ニックは作業的に圧し折ろうとする。ジンが僅かに抵抗しようとしたが、痛みにまともに動けなかったらしく、案外簡単に両腕を折ることができた。

「ぐう、ぅ、なに……次は、どんな殺し方、する気なの……」

 酷く顔を歪め、涙やら汗やらで酷い顔をしているくせに、ジンは強がって平然とした声を繕って声を掛けてくる。

「手足折って、崖から落とす。完全に殺すと生き返るから、半殺しにして……ああ、どうせ動けないだろうし、別に脚は片方だけでもいいか」

 ニックは無感情にそう口にしながらジンの右足首を掴む。

「ジンは当然痛いかもしれないけど、ボクも痛いんスよ? アンタが肩を刺してきたから、腕動かすだけで超痛いんだ」
「は……じゃ、やらなきゃい、ぎゃああああああッあ、ぐぅぅ、」

 3本目となると、少し慣れてくる。嫌なものに慣れちゃったな、と内心思いながら、ニックは再びジンの腕を掴んで引きずり始めた。
 折れた腕というのは触れられるだけで痛むものだ。ジンは嗚咽にも似た呻き声を漏らしながら、呻くように言う。

「痛い……ニック、痛いよ」
「仲間たちは、もっと痛かったと思うッスよ」

 信じていたジンに裏切られた。それを理解した頃には死んでいたのだろうから。裏切られた痛みも、耐え難いものだったはずだ。

 しばらくジンを引きずって進んでいると、目当ての崖が見えてきた。下を覗き込むと、断崖絶壁の岩肌の数メートル下に、木々が覆い茂っている。多分、この程度の高さなら死にはしないだろう。死ねぬまま、自然治癒によって手足が治るのを待つしかない。その間、ジンは酷い痛みに苦しみ続けるのだろう。ニックには想像もつかない苦痛に。
 ニックはジンの腕を無理矢理引く。聞き慣れ始めてしまった呻き声と共に、ジンの体は宙ぶらりんになる。

「高いとこ、は、嫌い、なんだ、けど……な」
「さよなら。ジン」

 自分の声には、驚くほどに温度が無かった。仲間だったのに。自分がこれ程にまで冷酷になれるものなのだと、他人事のように思う。
 軽く勢いをつけて。少年の腕を離す。そうすれば、重力に従ってジンは崖下に落ちていく。彼の姿が完全に見えなくなるまで見送って、ニックは踵を返した。
 アケとマリアナの元へ。今はただ、僅かに生き残った仲間の元へ行きたかった。

***


 覚束ない足取りで、ニックは闇雲に森の中を進んだ。木々に陽の光が遮られてわかりにくかったが、そうして進んでいる間に太陽は傾き掛けていた。
 ああ、マリアナとアケは無事だろうか。そればかりを考えながら力の入らない足で地を踏みしめ、どうにか進む。時折、死んだジンの顔が脳裏にちらついてはこみ上げる胃液に思わず立ち止まってしまう。その度に脳裏の幻覚を振り払おうとマリアナやアケのことを考える。彼女らの生存だけが、ニックの支えになっていた。
 俯いたまま歩き、ひたすらに歩き、ようやく木々が退けて視界が開けてきた。顔を上げるとあまり高くない崖がある。確かアケは洞窟を見つけたと言っていたから、この壁沿いに歩けば──。

「ニック? ニック!」

 今最も求めていた声に、ニックはぱっと顔を上げた。夕陽に照らされた海色の髪。マリアナだ。駆け寄ってくる彼女の姿に安心すると、脚に力が入らなくなって、その場に膝をついてしまう。
 驚いたマリアナは慌ててニックを支えるように抱き締め、よかった、と小さく声を漏らした。

「何も……良くないッスよ」
「ううん。ニックが無事で良かったよ」

 強く抱き締めて、彼女は泣いていた。良くない。ボクはあんなに彼を殺したんだ。良くない。何も。そう思うのに、声は出ない。
 マリアナに手を引かれて歩いていると、崖が大きく抉れているところを見つけた。それがアケの言っていた洞窟らしく、中では壁にもたれるようにして紅色の髪の少女が蹲っていた。顔を上げた彼女が、小さく微笑んでいる。

「たいちょーさん、おかえりなさい」

 ニックは泣き出しそうになるのを堪えて、彼女の側に屈んだ。ただいま、アケ。そう口にした声は掠れていて。
 アケがニックの左頬に触れる。掌の温もりは伝わってこない。そこでようやく、まだ自分が〈能力〉を解いていないのだと気付かされた。忌々しく少年を殺したチカラからすぐに離れたくて、急いで〈アイゼルネ〉を解く。鋼鉄の皮膚がただの人間の体に戻る。そうして、やっとアケの手の暖かさを知る。
 そして、やっと自分はまだ生きていると実感した。

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