複雑・ファジー小説

継ぎ接ぎバーコード
日時: 2020/08/04 11:14
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=19542

 幸せなんて言葉は程遠く。存在を許されない僕らはどう生きればいいの。
 生きたいとか、殺したくないとか、愛されたい。そんな願いが、全て叶わないお話。

「どうか安らかに、死んでくれ」

 ──愛することが、罪だとするならば。

 それは、彼が自分自身で与えた罰。存在しない終わりを目指して生きる、彼らの償い。

………………………………

こんにちは、ヨモツカミです。何も完結させたことが無い打ち切り芸人なので、今回もどうなるかわかりませんが、きっと終わりまで書き続けますので、どうぞお付き合いください。
趣味で好きな時に書くので遅いですが毎月6のつく日を更新日にする予定でしたが、面倒になったのでやめました。1ヶ月に1〜3回更新の予定? でーす。
良い意味で読み手を裏切るような、そんなものが書きたいですね。

〈本編を読む前に〉
・死ネタ、流血表現を多く含みます。
・たまに書き直したり加筆します。
・コメント頂けると更新速度が上がります。超欲しいです。
それでも大丈夫な方は、どうぞお付き合いください!

〈軽い説明〉
群青バーコード
青色の、通常のバーコード。モノによっては人の役に立つかもと考えられている。バーコード駆除の為の兵“カイヤナイト”は群青バーコードで構成されている。
翡翠バーコード
緑色の、失敗作を意味するバーコード。暴走しやすかったり、力が使えなかったり、ヒトとして機能しなかったりする。大体はすぐに処分される。
紅蓮バーコード
血のような赤色の、殺人衝動をもつ、特に危険なバーコード。うまく使えば兵器として使えるため、重宝されたりもしたが、基本的に危険視されており積極的に駆除される。
漆黒バーコード
全てを吸い込む様な黒色。殆ど謎に包まれている。本当の化物だと恐れられている。
ハイアリンク
バーコード殲滅特殊部隊。基本的に人間で構成されているが、その中にバーコードで構成された特殊部隊“カイヤナイト”がある。

〈目次〉


一気
>>0-
登場人物紹介
>>52 >>68
忙しい人向け継ぎ接ぎバーコード
>>91 >>92 >>93 >>94 >>95
>>96-97 >>98(一気読み>>91-98

No.00 懺悔と黒の約束
>>1
No.01 曇天下のバケモノへ
>>2 >>3 >>4 >>5
>>6 >>7 >>9 (一気読み>>2-9
No.02 朱に交じる亡霊は
>>10 >>16 >>17 >>19
>>20 >>21 >>22 >>24>>10-24
No.03 哀を求めて蚊帳の外
>>27 >>28 >>29 >>30 >>32
>>33 >>34 >>35 >>36>>27-36
No.04 白昼夢は泡沫の如し
>>37 >>38 >>41 >>42 >>43 >>46
>>47 >>48 >>49 >>50 >>51>>37-51
No.05 静寂に告ぐ藍晶石
>>53 >>54 >>56 >>57 >>58 >>59
>>61 >>62 >>63 >>66 >>67>>53-67
No.06 薄暮は世迷い事を
>>69 >>70 >>71 >>72 >>73 >>76
>>80 >>81 >>82 >>83>>69-83
No.07 翠に眠る走馬灯
>>84 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90
>>84-90) >>100 >>101 >>102
>>103 >>104 >>105 >>106>>100-106

Twitterアカウント→@tsugiba

〈なんか作者が描いてみた〉
・ジン>>8>>92 ・クラウス>>15>>90
・トゥール>>18
・祝★2017年冬大会>>39
・祝★参照6666記念>>56
・なんか動画作ってみた>>60
・祝★参照7777記念>>63
・祝★2019年夏大会>>85
・祝★2019年冬大会>>99
〈頂き物〉
>>23 >>31 >>40 >>55

〈お客さま〉
銀竹様、凡丙@tablet様、小夜 鳴子様、透様
日向様、サメノ様、友桃様

〈その他〉
・AnotherBarcode -アナザーバーコード-(URLより)
継ぎ接ぎバーコードとは別の、もう1つの話。番外編集のようなものです。投稿頂いたオリキャラ(一応まだリク依頼板で募集中)や本編で語られることの無い登場人物の話や、ふざけて書いたifストーリー等。
・まあ座れ話はそれからだ(複雑ファジー)
主人公以外の4つの視点から主人公を見ていくよーみたいな。私はコメディのつもりで書いてる高校生達の青春なんとか。
・ 朗らかに蟹味噌!【短編集】(複雑ファジー)
趣味を詰め込んで書いてる、よく題名の変わる短編集。息抜き程度に書くのが楽しい。

2016年 5月6日 執筆開始
2018年 1月7日 冬大会金賞受賞
2018年 3月3日 No.00修正
2018年 8月31日 キャラ絵新調しましま!
2018年 9月2日 No.01修正
2019年 4月14日 No.02修正
2019年 6月1日 No.03修正
2019年 9月22日 夏大会金賞受賞
2020年 3月8日 冬大会管理人賞受賞

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Re: 継ぎ接ぎバーコード7-9 ( No.102 )
日時: 2020/07/03 12:18
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)


***


 独りで部屋で過ごすのにも慣れてきたけれど、ふとした瞬間に寂しくも思う。でもきっと、ジンは私から会おうとしても拒むだろう。それがただの思い込みだとしても事実だとしても、踏み出さなければ何も変わらないことは、なんとなくわかっていて。
 わかっていることと、だから行動に移すことは全く別の話だ。勇気に背中を押してもらわなれけば、前には進めない。私は弱い。ドロシーなら、そんなことでいちいちくよくよ悩まなかったのだろうか。
 暇潰しに読んでいた本の中では、勇気がないから、国の王様に勇気を貰いに行こうとするライオンが出てくる。だけど彼は、他人に勇気を貰わずとも勇敢に振る舞うことができた。最初から持っていたことに、気付かなかったのだ。私もドロシーの遺伝子から産まれた存在なら、元から持っている力があるかもしれない。でも、ライオンのように勇ましく振る舞うことはできそうもなかった。
 弱くて、なんの役にも立たない私。私は、なんのために不死身の体を手に入れたのだろう。
 閉じた本を膝において、ベッドに仰向けに寝転んでいると、不意に部屋にノックが転がり込んできた。
 どうぞ、と言ったか言わなかったかわからないが、ドアノブが勝手に回って、白衣の中年くらいの女が入ってくる。年の割にインディゴの瞳には鋭い光が灯っているように感じる。彼女の様子を窺っていると、更に二人、若い男の研究員が入ってきて、部屋のドアを閉めた。

「初めまして、ドロシー」

 女性が声をかけてくる。突然押しかけてきたのに、随分平然とした態度だ。逆に私のほうが面食らって、声が少し裏返った気がした。

「はい、初めまして。えと、何方ですか」
「グリンダと申しますわ」

 薄く笑みを浮かべて、彼女はグリンダと名乗る。少し寒気のする笑顔だと思った。嘘っぽくて、嫌な感じのする笑い。何か企んでるとしか感じられなかった。

「単刀直入にわたくしの目的をお話しますわね。あなたには残酷な実験に付き合ってもらいたいの」

 残酷な実験。ほら、やっぱり何か企んでいる顔だった。私は、訝しんで恐る恐る口を開く。

「……あなた、ヴィクターには、」
「ええ、ヴィクター博士には内緒ですのよ。ドロシー、あなたは素晴らしいチカラを持っている。生まれてきてくれて本当に良かったわ」

 グリンダは言いながら2、3歩。私との距離を詰めてくる。

「殺すチカラと、不死身の体。それがわたくしの目的ですの。ねえドロシー。あなた、元はハイアリンクだったのでしょう? なら、バーコードを殺すことくらい造作もないわよねえ?」
「どういう……こと?」

 訝しむ私のことなんて無視して、自分の世界を展開している。そんな話し方をする人だった。

「だから、わたくしの命令通りに〈ホロコースト〉を発動したり、わたくしの命令通りに死んでもらったりしたいってわけ。ヴィクター博士には内緒よ? 流石に妻にそんなことさせるの、彼が許すわけないですものね」

 カツカツとヒールを鳴らせて、グリンダは私の耳元に顔を寄せてくる。

「例え偽物だとしても」

 怖気立つのがわかって、私は反射的に身を引いた。驚愕で目を丸くしている私を、グリンダの双眸がどろりと、鋭く突き刺すように見つめていた。
 私が誰かを殺すことと、死ぬことが目的? このヒトは何を考えているのだろう。彼女の藍色を見つめ返して、でもその中から何かを伺うことは難しいと感じる。グリンダは淀んだ目をしている。何を考えているかもわからない、沼のように深い水底の瞳。
 グリンダはまたカツカツとヒールを響かせて、部屋の中を闊歩し始める。

「あなたには世界の役に立ってほしいの。ねえ、ドロシー。あなた、〈能力〉の発現実験のとき、翡翠バーコードを殺したことを気に病んでるでしょう?」

 口元に人差し指を当てる。彼女の少し君の悪い笑みが、一層邪悪なものに見えるような気がした。
 そのことを、何故知っているのか。もしかしたら彼女は、あの研究室の上の方にあった窓から、私を見下ろしていた研究員の1人だったのかもしれない。

「元々処分予定のバーコードだったから、気にしなくていいのにねえ。ねえ、ドロシー。自分が何かの役に立てるって聞いたら、嬉しくなぁい? あなたの惨殺の〈能力〉が、誰かのためになりますのよ」
「で、でも、だからって、ヒトの命を奪うなんて、したく、ない……」

 口にした声は随分弱々しかった。誰かを殺すなんて嫌だ。それは確かに私の意思だ。でも、何か違う感じがする。ドロシーは、元々ハイアリンクで、バーコードを殺しまわっていたのだ。なら、命を奪うことへの抵抗なんて私にはないんじゃないのか。だって、私は、ドロシーなのだから……。
 彼女はゆったりとした動きで首を傾げる。顎を傾けて、下から睨みつけるような、そんな視線で。このヒトのどろりとしていて、それでいて刺すような視線がなんでこんなに嫌なのか分かった。殺気立った蛇に似ているんだ。獲物の蛙を前にとぐろを巻くような、そんな陰湿で鋭い殺気に似た目をする。

「元々ハイアリンクだったあなたなら、嫌だなんて言わないと思ったのですけれど。だって、ハイアリンクはヒトのためにバーコードを殺す仕事でしょう?」

 グリンダと同じことを考えていたらしく、私の思考は掻き乱される。殺すことへの抵抗。違う、そもそもドロシーは。

「……私は、バーコードを殺して、ヒトのためになりたかったの。必要とされる、何かに──」

 そのためにやむを得ずバーコードを殺していた。それがドロシーだったんだ。
 自分の中の“ドロシー”を再確認して、声にするとちゃんと自分が自分でいられるような気がした。

「また、なれるのよドロシー」

 いつの間にかすぐ側に寄ってきていたグリンダが、私の目を覗き込みながら言う。

「〈ホロコースト〉と漆黒バーコードを、世界のために役立てましょう?」

 そうして、彼女の伸ばした両手が、私の頬を包んだ。目を逸らさせないように、だろうか。グリンダの藍の双眸が見える。強い光だ。このインディゴは淀んでいるのに、真っ直ぐ、目的に向かっていくための一筋の光。彼女は獲物を捉えたんだ、私という蛙を。

「わたくし達が、ドロシーを必要としてるのよ」
「……、……」

 必要と。されたかった。その気持ちは、ドロシーの中にも私の中にもある。求めてくれる手があるなら、藁にも縋るような気持ちで、取るしかないんだ。
 蛙はもう、蛇に飲み込まれた。
 だから私は、グリンダの手に、自分の手を重ねた。


***


 あれから僕は、何日間も部屋のベッドの中で蹲っていた。夢の中に、薄い水色の癖毛が出てくる。大きくて、零れ落ちそうな潤んだ瞳が、僕を映している。少しだけ微笑んで、さよならを言う。待って。行かないでって、言いたいのに喉が震えない。声が出なくて、伸ばした手が遠ざかって行く。

「ルイ……ッ」

 やっと声が出たと思ったら、ベッドの上にいるのだ。そんなのが、ずっと続いて、でも時間は確実に傷付いた心を癒やして行った。薄れていく。気付いたら彼の声もよく思い出せなくなっていく。水に溶かした絵の具のように、水面を汚して薄まっていく、痛み。
 あれから何週間か経った頃。僕はようやく立ち直り始めて、そうして、何かしたいと思った。正確には、もっと記憶を薄めるために、自分を慰めるために、気を紛らわせたいと思ったのだ。
 最低な奴。心の何処かに潜むもう1人の僕が冷たく呟いたような気がする。
 彼は僕が殺したようなものなのに、嫌な部分は忘れてなかったことにしようだなんて。わかっている。でも、耐えられないんだ。声だけでなく、その姿も、思い出さえも、もっと薄まってしまえばいいと思う。僕はそういう卑怯な奴なんだな。自分を俯瞰して、そう思って、そんな自分を認めて。諦めることで、僕を救おうとする。結局僕は自分が可哀想なんだろう。
 嫌気が差す。こんな思考すらも。
 全部薄めるための行動をしようと、僕は父さんを部屋に呼んだ。
 部屋に来てくれた父さんの顔は、なんだか結構久々に見たような気がした。僕が塞ぎ込んでいる間、心配して何度か顔を出してくれてはいたが、僕がまともに父さんの顔を見ようとしなかったからだろう。

「あのさ、父さん。僕、部屋に閉じこもるのはもう辞めにしたくてさ。あんなことをしたから、僕の行動範囲はそんなに広くないんだろうけど、その中で、何かできることがしたいんだけど」

 なにか、ないかな。僕の話を聞いた父さんは瞠目して、それからちょっと嬉しそうに笑った。

「だったら、バーコードの研究員の助手なんてどうだい?」

Re: 継ぎ接ぎバーコード7-10 ( No.103 )
日時: 2020/07/03 12:21
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)


 え、と声を漏らす僕に、父さんは相変わらず嬉しそうな顔で続ける。

「元々、いつかはやらせてみたいと思ってたんだよ。ジンは、あの翡翠バーコードの少年のことでずっと塞ぎ込んでいただろう? 翡翠バーコードを処分するのは可哀想って、思うんだろう? でも、研究員と共に行動し、バーコードの研究に携わっていれば、何か考えが変わるかもしれないよ」

 正直言って、怖気立つような提案だと思った。何かしたいとは言ったものの、自分を不死身の体に造り替えた彼らのことを、ルイの命を弄んだ研究員達を、もう普通の人間として見ることなんてできなかった。彼らは悪魔だ。翡翠バーコードのような、処分しなければならない命を生み出している存在なんて、悪魔となにも変わらないじゃないか。
 父さんだって、その悪魔たちと同類で。今だって僕の胸の内も知らずにニコニコと微笑んでいる。

「気分転換として、どうだい?」

 だけど、僕は静かに頷いた。悪魔と踊ること以上に、忌まわしい記憶に苛まれることのほうが辛いことだと思ってしまったからだ。最低な奴。また心の何処かで言われた気がする。そんなのはわかってるよ。でも、だって。何か理由をつけて自分の行動を肯定しようとしたけれど、何も出てこない。
 何してるんだろうな、僕は。
 嬉しそうな父さんに手を引かれて、渡された白衣に腕を通す。女性用の白衣だというが、それでも子供の僕にはやや大きかった。新品で、清潔感のあるそれに身を包んで、部屋にあった鏡で自分の姿を見て、完全に服に着られてるなと思う。
 じゃあおいで、と言われて久しぶりに部屋の外に出た。廊下の様子は以前と変わることなんて勿論ないのだが、それでも今までとどこか違って見える。
 連れて来られた部屋では、同じように白衣に身を包んだヒトが数人いた。机に向かって、真面目に何かの作業に没頭している。父さんが部屋に入ってきたのに気付くと、数人が会釈をしたり、お疲れ様ですと声をかけていた。
 父さんは更に奥の部屋に入っていったので、その後に続く。机に向かっていた研究員と視線が合ったとき、ギョッとしたような顔をされた。ずっと出禁だったはずの僕がこんなところにいるのは、しかも白衣なんて着ているのがかなりおかしなことなのだろう。僕だって、なんでこんなことになっているのか、ちょっとわからない。父さんの提案だったが、やはり父さんは突飛なことを平然とやってのけるヒトなのだろう。
 通された部屋の奥では数人の白衣姿の人間がいて、その中心にルイや僕が着ている病院着みたいな白い服を着た男がいる。彼もバーコードなのだろう、と思った。父さんは、ちょっと今いいかい? と研究員たちに声をかけて、一言二言やり取りを交してから、中心にいたバーコードの男を僕の目の前に連れてきた。男は気さくに話しかけてくる。

「初めまして。ジンくんだったかな。君がヴィクター博士のお子さんなんだって? ボクはフィエロだ」

 フィエロと名乗った彼が右手を差し出してきたので、握手を求められているのだろう、と同じように手を伸ばした。瞬間、フィエロの掌から銀色の液体がドロリ湧いてきて、床に零れ落ちた。反射的に腕を引っ込めて、数歩後退る。心臓がバクバクしていた。

「ははは、驚いたかい? 実はボクは群青バーコードで、今のは水銀を操る能力〈マーキュリー〉って言うんだけど……おやおや、そんなに警戒しないでよ」

 水銀ってたしか、素手で触ったら駄目なやつだ。そんなものを出すなんて、と僕がフィエロを睨みつけていると、父さんも彼と同じように笑って、僕の肩に手を置いて言った。

「フィエロのように、群青バーコードでも研究員の手伝いをしている者もいるんだよ。彼は元々研究員だったんだけど、自ら申し出てバーコードになることを選んだんだ」

 え、と声が漏れる。それからフィエロの顔をまじまじと見た。30代くらいのごく普通の男だ。特徴といえば、珊瑚色の髪色のせいでなんとなく顔立ちより若く見えるくらいで。
 バーコードの被験体は、ルイのように親に売り飛ばされたとか、お金に困っているから工面するためにとか、そういった理由で集まってきた人間が多い。だから、フィエロもそういった理由なのだろうか、と考えたけれど、お金が無さそうなやつには見えないのだ。彼は健康的で元気そうな顔をしている。

「群青バーコードは社会の役に立てるかもしれないからね。バーコードの研究は殆ど群青バーコードの有効活用について研究されているのさ。ボクは、もっとこの研究を進めるために自分自身をサンプルにすることを選んだってことだよ」
「なにそれ、頭おかしいんじゃない?」

 フィエロの回答に対して、思ったことをそのまま口にしてしまった。ハッとして、直接的すぎたな、と反省したが、フィエロは苦笑いしているだけだった。
 でも、普通に考えたらそう言われても仕方ないことをしているのだ。成功するかどうかもわからない実験に進んで身を投じて、失敗して翡翠バーコードや紅蓮バーコードになれば処分させるかもしれないのに、そんなにリスクの高いことをやるなんて。フィエロは群青バーコードになれたから良かったものの。

「今のジンの価値観じゃ、そう思うのも仕方ないかもね。大丈夫、しばらく研究員達と時間を共にしていれば、僕達の事わかると思うよ」

 僕の肩をポンポンと優しく叩きながら、父さんが言う。納得できそうにない僕は、どうにかそれを顔に出さないように努めた。
 他のところを案内するよ。父さんに言われたので、フィエロとはそこで別れた。
 研究施設を色々と案内されて、僕が此処について知っていたのは本当に極一部のことだったのだと驚かされた。一緒に細かい説明もいくつか父さんに聞いたが、ほとんど理解できた気がしない。父さんが使っている専門用語の殆どが聞き覚えのないものだったのだ。説明が左から右に流れて、どっかに行ってしまうような感じだった。話している父さん自身は楽しそうで、僕らの温度差だけが開いていった。
 一通り周り切ったあとに、ジンはどこの手伝いをしてみたいと思ったか、と聞かれた。何処でもいい、と答えるのは簡単だが、それをすることによりやりたくない仕事をさせられたり、好きじゃない研究員と関わることになる可能性があった。何人か紹介された研究員の中で、名前が浮かんだのがあの水銀男しかいなかった。

「フィエロ……と、一緒がいい、かな?」

 本当に一番そうしたいと思ったわけではなかったが、紹介された中のネチネチと部下に文句をつける薄い頭の男とか、子供好きでやたらと僕を可愛がってベタベタしてきたおばさんとかと一緒になるより、よっぽど良かった。
 そういうわけで、僕はその日からフィエロに付き添って研究員としての仕事を手伝った。子供だし、そんなに重い責任のかかる仕事を振られるなんてことは勿論なく、簡単な事務作業とか、管理されているバーコード達の点呼とか。
 仕事の合間に何人かの研究員と会話をする機会があって、研究員達の思想を聞けば聞くほど、彼らがまともな人間ではないことを深く理解していくことになった。

「今はまだ翡翠バーコードと紅蓮バーコードは処分の対象だけど、私の研究が認められれば、彼らの有効利用も視野に入れられるはずだよ」
「バーコードという存在は実に素晴らしい。ワタシ達はより多くのバーコードを作り出して、より研究を積むべきなのだよ」

 真面目な顔して、そんなことを話す研究員にも会った。嫌悪感を気付かせないように微笑みながら話を聞いて、そうですね、なんて思ってもないことを口にする。

「バーコード手術に応じてくれる人間は本当に様々ですよ。大体は金がなくて仕方なく、みたいなヒトが多いんですけど、金持ちの家庭から子供を手術用に提供してくれたヒトもいましてねえ、そういう家庭内の事情とか聞くのがなかなか面白いんですよね」
「こないだ紅蓮バーコードになっちまったお嬢さんはもう処分された頃かな。成長すればかなりの上玉になったに違いないのに、なんだか勿体無いよね」

 そういう話を聞くときは、流石に表情を繕うのが難しかった。彼らは本気でそんなことを言っているのか。冗談だよね、と聞き返そうとしたが、ケラケラと笑う彼らの話が嘘でないと知ったとき、言葉を失った。
 やっぱり、研究員は悪魔だ。ヒトの命の価値を本気で勘違いしているらしい。
 バーコードを生み出すこと自体間違いで、今すぐに止めなければならないものだ。そのはずなのに、誰一人そんな考えは持たない。
 狂っている。中には処分対象の翡翠バーコードや紅蓮バーコードも何か意味を持つはず、とより研究に没頭するものもいるのだ。そもそも、ヒトを作り変えて処分する、という発想自体がおかしいってことには気付かないらしい。
 この空間は、何処までも壊れていて、僕の常識は通用しないらしい。そういう研究員と向き合ううちに、僕の中に、1つの計画がぼんやりと浮かんだ。
 死なない存在になったからこそ、できることじゃないか。僕がやらなければ、誰がやる?
 僕が。変えなければ。
 浮かんだ考えを常に脳の端に置きながら、今日も僕は研究員の一員として、白衣に腕を通すのだった。

Re: 継ぎ接ぎバーコード7-11 ( No.104 )
日時: 2020/07/06 19:33
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)



***


 研究員の仕事を手伝い始めてから数週間たったある日、僕は気まぐれに彼女の部屋を訪れた。
 ノックをしてドアを開けると、彼女は鏡台の前に腰を下ろし、長い桜色の髪をどうにか結こうと奮闘しているところだった。随分特徴的な結び方をしている。自分の髪の毛で、リボンを形作っていた。
 白衣姿の僕を見て、彼女は目を丸めてから、ヴィクターに似てる、と笑った。父さんもいつも白衣を纏っているし、髪も瞳の色もそっくりな僕達は、同じ格好をすることで更に親子っぽく見えているらしい。なんだか気恥ずかしいような、不快なような、微妙な心地になりつつも、僕は彼女のすぐ側まで近寄る。

「僕最近ね、研究員の仕事を手伝っているんだ」
「へえ、だから白衣姿なんだね。似合ってるよ。……ちょっと、ブカブカだけど」

 女性用のものであるにも関わらず、袖が余ることや丈が長いことは少し気にしていた。漆黒バーコードにより不死身になった僕は、小さな13歳の少年から成長することはなくなった。だから、この白衣がいつかぴったりになるとか、もっとサイズの大きなものが必要になることすらあり得はしない。死ななくなる、というのは、時の流れから弾き出されるということで、でもそれがどういうことなのか、僕はまだはっきりと理解できないでいる。時を失った実感というのは、もっと時を重ねることで色濃い喪失感に繋がっていくのだろう。

「……君は、この部屋に閉じこもったままなんだね」

 不意に思ったことを口に出してみる。彼女は長い前髪を三つ編みに編み込んでいる途中だった。暇を持て余して、ヘアアレンジが上達してきたらしい。母さんも横の髪を編み込んでいて、それがよく似合っていたっけ。彼女の真剣な横顔を見つめていると、思い出してしまう。

「ううん。私も少し、外に出してもらう機会があるんだよ。ヴィクターには内緒でね?」

 そう言いながら、何故か彼女は少し悲しそうな顔をして、俯いた。それが何を意味するのかまでは、僕には予想もつかない。

「……ねえ、君はこの体になってから死んだことある?」

 前から訊ねてみたかったことだ。
 もう、僕が初めて死んだ日から随分経つ。それは今でも鮮明に思い出せてしまい、あの痛みが、酷い寒気が、背筋をなぞるような、とても嫌な感覚が。あの日、あの瞬間の光景を脳裏に浮かべるだけで吐き気さえ込み上げて来る。一度死ぬと、感覚が残り続けるので、いつでも新鮮な死を思い出せるのだ。
 編み上げた前髪を整えながら、彼女は目を細めて答える。

「あるよ」

 僕は目を剥いた。彼女もまた、その痛みを知っているというのか。どんな方法で、なんで死んだのか、訊ねようとしたが、未だ俯かされた彼女の表情は窺えないため、言葉に詰まる。

「僕ら、死なないなんてさ。バケモノだよね」

 彼女は答えなかった。代わりに結いていた髪の紐を解いて、それがサラリと肩から滑り落ちた。真っ直ぐな毛先は、なんのダメージもなかったかのように腰の下でなびいている。
 糸のように散る桜の髪は、何度も記憶の中の大事なヒトと重なって、繋がって──母さんと切っても切り離せないものになってしまう。
 僕が彼女を好きになれない最大の理由がそれだった。ドロシーなんて名乗ることも許し難いのに、彼女は、ドロシーであろうとする。僕の母で、父さんの妻であろうとする。家族になろうとする。こんなクローン生物、受け入れられるわけもないのに。
 ……嫌いだ。彼女も、彼女に家族ごっこを強いた、その存在も。

「ねえ、ジン。もしも私が、ヒトを殺したことあったら、どう思う?」

 僕が思考していると、彼女から突然質問が投げかけられた。
 一瞬悩む。私が、というのは、ドロシーとしてという意味だろうか。それとも、彼女として?

「……母さんはハイアリンクだったから、バーコードを殺したことは、何度もあったよ」

 違う、と重たい声が返ってくる。
 違う、違うの。俯いた彼女の表情はわからないが、酷く苦しそうな声だった。

「どうしたの……」
「バーコードだけじゃない。たぶん、私、私」

 紅色の瞳が前髪の隙間からこちらを強く見つめている。潤んだ真紅の二つ目は、硝子玉のように揺らめく。
 そこに閉じ込められた感情が、形となって決壊した。怒りとも悲しみともつかない涙。雫は、しとしとと床に落ちてゆく。

「人間も、殺したんだよ……!」

 唐突に彼女は泣きだして、声を荒らげる。溜まってたものが抑えきれなくなったように見えた。
 落ち着きなよ、と僕が伝えるより先に、彼女は鏡台の前に置いてあったアクセサリーやらを腕で払い除けて、それらが乱暴に床に散らばる。

「私の〈能力〉、命を奪えるの! 無差別に殺せるチカラなのよ! それで、殺したのよ! 何人も何人も何人も! これがヒトの役に立つんですって! 馬鹿みたい、都合よく殺し屋として使われてるだけじゃない!」

 彼女の荒々しい告白にギョッとする。命を奪える〈能力〉? ヒトを何人も殺した? それらを聞いても、どうにも信じきれず、でも。

「君、ヒトを殺しているの?」

 僕は今更気付くのだ。この部屋は、入ってきたときから仄かに血の臭いが漂っていたのだと。
 一通り喚き散らすと、彼女は急に無表情で固まった。自分のしたことが自分で信じられない、と言ったところだろうか。

「血の臭いが、する。この部屋に入ってから、ずっとしてたんだ」

 そう僕が口にすると、彼女は顔を歪めた。そうして、両耳に手を当てて、固く目を閉ざす。何も受け入れたくない、という姿勢からの行動だろ。

「本当なんだね。君がヒトを何人も殺したのは」
「ひ、必要とされていたんだもの、仕方なかったんだよ私、だって、私が殺せば、グリンダは世界のためになるって……言ってくれたんだものだから、だから、」

 彼女が辿々しく弁解する。
 知らない人物の名前が出たが、それが父さんに内緒で彼女を部屋から出している、とかいう協力者だろうか。
 しばらくの間、部屋の空気は重苦しい沈黙に包まれた。お互いに黙っていたけれど、彼女の告白の全てが嘘でないのなら、僕はただ、彼女を軽蔑することしかできなそうだった。

「命を奪う、その上死なないなんて、本当にバケモノ──じゃないか」
「私はバケモノなんかじゃない!」

 冷たい視線で僕が言うと、彼女は声を荒げてすぐに噛み付いてきた。両目を潤ませてこちらを睨みつける彼女を、僕は殆ど侮蔑するような気分で、すうっと見据えた。

「何処がだい。命を奪うチカラがあって、その上死なないなんて、バケモノじゃなかったらなんだってのさ」
「バケモノバケモノって、やめてよ!」

 言いながら、彼女が鏡面を殴り付けた。鋭い音が響く。鏡にひびが入って、彼女の掌を傷付けた。じゅわ、と滴る出す赤色は、鏡が流した涙みたいにも見える。
 彼女は声に怒気を孕ませながら空気を大きく吸って、吐き出す要領で怒鳴った。
 
「私がバケモノならあなただって同じでしょ!? あなただって不死身のバケモノよ!!」

 僕は目を見開いた。目が合った彼女は少し固まったあと、しまった、というような顔をしたように見えた。
 そうだ。僕だって死なないバケモノなのに。彼女だけ違うものとして扱うことなんて、できないだろう。僕らは平等に、もう人間ではなくなっている。
 もう取り返しのつかない発言に、気まずげに押し黙る彼女の顔を覗き込んで、僕は穏やかな声で告げた。

「少し、安心したよ。まだ、心の何処かに迷いがあったんだ。でも、決定的に分かった。あんたは……僕の母親じゃない」

 似ているだけ。クローンは別の生き物だ。どんなに詳しくドロシーの記憶を取り込んだって、どんなに父さんが彼女を愛したって、彼女は僕の母親にはなれない。
 どれだけ面影を重ねてしまうことがあろうとも、彼女が絶対に母さんではないという事実に、僕はどれだけ安心してしまったのだろう。

「母さんなら、そんなこと言わない」
「……そう」

 疲れたような声で、彼女はぽつりと返す。僕の声はどうであっただろう。少し情けなく、震えていた気がした。
 僕は何に傷つく権利があるというのか。
 血の滴る手の甲。彼女は伝う鮮血を舐め取って、それから緩く口角を上げた。穏やかな微笑みに似ていて、瞳は少しも笑みに近付けていない。笑みの部類に近しいのに、泣くよりもずっと辛そうなそんな顔を、僕は見ていられないと思った。
 でもきっと、目を逸らす権利だって無いのだろう。

「だったら、私は何者なの。あなたの母親じゃないなら、私は何? 否定されると、自分が何者かわからなくなる。それが怖かったのに。でも──私は“私だ”。ドロシーになんて、なれないや」

 諦念の篭った言葉には、力がなく、掠れていた。
 そうだよ、と声になったかわからないような音量で、僕は呟く。

「君はドロシーじゃない。そういうことだよ」

 それだけ告げて、部屋を出て行った。

Re: 継ぎ接ぎバーコード7-12 ( No.105 )
日時: 2020/07/13 01:14
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)



***


 研究員の手伝いを初めてどれぐらい経っただろう。その日常が普通になり始め、染み付いて、このまま僕も研究員の一員になってしまうのではないか。というか、父さんはなってほしいと思っているのだろう。
 不死身のバケモノに成り果てて、もう普通に暮らすことなどできないと思っていたのに、研究員に紛れている間は、そこそこ普通に扱われる。歳を取らないこと、体が成長しないこと以外は、まるで普通の少年だから。こうして、普通に馴染みきって、自分の異常さのことなんて忘れてしまえたら。そう、考えもする。

 休憩時間になったので、給湯室に入る。最近砂糖とミルクが入っていれば飲めるようになったコーヒーの粉末をカップに入れて、お湯を注ぐ。忘れずに甘みとミルクも混ぜる。
 口に含むと、体の芯まで温まるように染み渡って、安心する。この仄かな苦味と砂糖の甘さが丁度いいのだ。
 背後から部屋にヒトが入ってきた気配を感じて、視線だけそちらに向ける。ひょろりと細長いシルエットの女性で、菫色の長い髪を1本の三つ編みにして揺らしている。見覚えがあるヒトだ。確か、人間からバーコードに改造する手術の殆どを担っているらしく、かなり優秀な研究員だと、誰かが話していた。
 それに、僕と彼女は面識がある。僕が漆黒バーコードの実験を受けたあの日、彼女もあの場にいたはずだ。

「あれ……何度か会ったことあるよね。確か、シャルエールさん?」
「ああ、あんたはヴィクターのお子さん」

 僕の格好を見て、少し驚くような素振りは見せたものの、それほど興味は示さない。そうだ、彼女はシャルエールと、父さんに呼ばれていたっけ。

「僕、最近は研究員のお手伝いをしているんだよ」

 ふうん、と彼女はやはり興味なさげに慣れた手付きでカップにコーヒーを注ぐ。そこに少し息を吹きかけて、冷ましながら啜った。

「シャルエールさんは、あまり見かけないけど普段何をしているの」
「まだバーコードじゃない人間の手術担当よ」

 訊ねなくとも知っていることだった。噂に聞くくらい研究施設内では有名なヒトだから。
 彼女はじっと僕の顔の縫合痕を見つめて、目を細めた。薄く笑っている。それがちょっと不気味に感じて、僕は誤魔化すみたいにコーヒーに口を付ける。

「わたし、あんたの肉も切り開いたのよ? 漆黒バーコードの手術じゃ、ちょっと普段とやり方が違うもんで、このわたしがほぼ助手みたいな感じだったけど」
「少しだけ覚えてるよ。あの手術室に、いたもの」

 シャルエールは楽しげに語る。そう、彼女は優秀な研究員として有名だが、同時に酷く性格に難があると噂されていた。

「ふふ。温かい肉の中身って、最高なのよ」

 簡単に言うと、こういうところである。

「今日もこれから手術があるの。うふふ、うふ、考えるだけで楽しくなっちゃう!」

 彼女は、今日これからのことを想像して、それはそれは楽しげに笑ってみせた。自分の体を両手で抱きしめるようにして、冷めぬ興奮を抑えようとする。呼吸も乱れ始めて、そういうひとつひとつの振る舞いで、このヒトがそれだけ異質であることを、嫌というほど教えてくれる。
 事実、あまり深く関わるべき人物ではないのだ。人間の皮膚にメスを入れるのが、肉を切り開くのが堪らなく好きらしく、研究施設内では優秀な女性である前に危険人物として扱われていた。
 僕も、思わず嫌悪感を含んだ視線を向けてしまう。まずい、と思って平常心を保つ。直球で言ってしまえば、大変気持ちの悪い人物だと感じた。
 紛らわせるための会話を、と口を開く。

「……あんたが、ここにいるバーコードたちの手術を。つまり、あんたがバーコードを生み出しているんだよね?」
「ええそうよ。生きた人間の皮膚にメスを入れてね、作りかえていくの。最っ高なんだから、うふふふふ、ふふふ!」

 だけど、やはり直ぐに嫌悪感が隠せなくなった。僕は軽蔑した眼差しでシャルエールを睨みつけてしまう。その瞳と、彼女の濃い紫の目が交差する。

「あら、その目……あんたも同じ目をするのね?」

 シャルエールに言われてから、自分がたとえ気色の悪い人物とは言え、失礼な視線を向けていたことに気付いて、正そうとする。でも、一度抱いた感情は覆らない。
 この、才能高い技術者がいなければ出なかった犠牲はどれほどのものだろう、と想像してしまうから。1日に何人もの手術を請け負って、バーコードを増やしていく。それが成功品になるか、失敗品になるかはわからない。でも、何も悪くないヒトが、彼女の手でバケモノへと作り変えられていく。僕や桜色の髪の彼女だって、シャルエールの協力がなければ生まれなかった存在ではないのか。漆黒バーコードなんてものは、在るべき者ではない。他の全てのバーコードだってきっとそうだ。それを、この女が生み出している。
 シャルエールは、ふん、と鼻を鳴らしてから、またニタニタと不気味な笑顔を浮かべて見せた。

「まあ、そうよね、バーコードにされた人間は皆わたしを恨めしそうに見るのよね。まったく、知らないわよって感じ。わたしは指示通りにやっただけ。まあ? 楽しませてもらったけれど。でもあとは、そういう運命が悪いだけじゃない。わたしをそんな目で見るのは違うでしょ? 逆恨みだわ」

 本当にそうか? と思う。指示に背くことだって簡単なはずだ。シャルエールは自分の快楽のために、手術を進んで行った。この施設にいる翡翠バーコード達は、そのせいで処分を──殺されるのを待つだけの死刑囚のような扱いを受けている。群青バーコードの中にはフィエロの様に普通に研究員と変わらないように過ごす者もいるらしいが、でも、バーコードにされた時点で皆、人生を狂わされるのに変わりはない。
 僕やあの彼女だって。漆黒バーコードになんてならなければ、普通の時間の中を過ごして、普通に生きることを許されたはずなのに。僕らはバーコードにされたその日から、バケモノだ。ここ数日間、研究員と混じって普通に扱われるせいで忘れかけていたが、僕はけして“普通”なんかではない。
 もう、ただのバケモノに成り果てた。

「あんた、長生きしないよ」

 自分でも聞いたことがないくらい、重くドスのきいた声が出た。怒気を隠しきれてない、暗澹として泥濘んだ感情が混じっている。
 それが、明確な殺意だ、と。気付いて、自分でも驚いた。こんなに、腹の底からドス黒い感情が渦巻くことがあるのだな、と。
 ああ僕は、この女を許せないのだ。
 シャルエールは肩を震わせて嗤う。くっく、と押し殺していたものが段々抑えられなくなって、最後は高笑いに変わっていた。
 束の間の間、給湯室の空気を震わせていた楽しげな哄笑が、ピタリと止む。それから彼女は、ねっとりとした声で紡ぐ。

「そうかもね。いくつもの恨みを買ってることはわかってる。──でも。わたし、運がいいわ」

 彼女は僕との距離を詰めて、僕のエメラルドグリーンを覗き込みながら、嘲笑うように吐き捨てる。

「まだ殺されてないもの」

 ぴく、と僕の指先が反応する。
 気が付いたら、あの漆黒の刃が掌に握られていた。まるで、今この場でこの女を殺せ、とでも言いたげな、物騒な物。シャルエールに発見されるより先に〈能力〉を解いて、何でもなかったように振る舞う。

「……そう、遠くないうちに、あんたは死ぬと思うよ。シャルエールさん、覚えておくんだね」

 低く泥濘んだ感情が渦巻く声で、僕はそう告げる。暗に、殺害予告のようなものだった。
 シャルエールはコーヒーを飲み干すと、カップを台所に置いて、ニタニタ笑いながら僕の隣をすり抜けていった。
 僕は、腹の底に浮かんだ恐ろしい計画を、密かに詰めようとしている。

Re: 継ぎ接ぎバーコード7-13 ( No.106 )
日時: 2020/07/20 20:50
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)



***


 ある晩のこと。窓の外では濃紺の海に数多の光が散らばっていて、良い夜だ、と思った。その光の1つ1つに名前があって、誰かの一生を表して燃えているのだと、僕は頭で理解しているだけ。星なんて遠すぎて、こんな部屋に閉じこもったままの僕には不可解だ。
 でも、僕がどんなに小さな存在でも、この身体に宿ったチカラは、けして小さくなんてないから。もっと大きなものをも飲み込めてしまいそうだと、そうするべきだと、暗澹たる胸中が渦巻いている。
 そろそろ、行動に移るべきなのだと。
 深夜、自分の部屋をこっそりと抜け出して、冷えた廊下を進んだ。裸足で踏む床の冷たさは、僕の頭を徐々に冷やしてくれる。彼女に会いに行くだけ。会って、僕の考えを話すだけ。そのつもりなのに、冴えた頭と高鳴って熱を持つ心臓が、まるで別の生き物みたいな温度差で僕の体の中に収まっている。チグハグして、変な感覚だ。

 彼女の部屋の側まで来ると、やたらと人の気配がしたので、僕は思わず廊下の曲がり角に身を潜めた。彼女の部屋の前にいるのは、知らない数人の研究員だ。僕が夜中に自室を抜け出しているのを知られるのは不味い気がして、とにかく息を殺して潜んだ。
 そのうち、桜色の髪を後頭部で1つに結った彼女が部屋から出てきて、無表情に研究員たちの後を歩く。
 彼女らは何をしているのだろう。それも、こんな時間に。昼間には堂々とできないことをする。人目を避けるにはもってこいの時間なのだ。それほど穏やかなことをしにいくわけではなさそうだと怪しんで、僕はバレないように彼らをつけていった。
 彼らは普段僕が通ったことのない道をスイスイと進むものだから、少し不安になる。ちゃんと戻れるかとか、今はどうでもいいか。見つかったらどうなるだろう。別に僕は死ぬ心配がないのだから、何をしたって構わないだろう。いつの間にかふてぶてしくなった神経で、僕はずかずかと彼らの後を追う。
 そのうち、彼らは広い研究室に入っていった。僕は扉を少しだけ開けて、中をこっそり見る。硝子張りの部屋の中央に、桜色の髪の彼女がいる。硝子を一枚挟んでこちら側に他の研究員が大勢いるため、部屋の中には入れそうもない。
 硝子張りの部屋に何か女性の声でアナウンスされる。

『これより、漆黒バーコードの耐久テスト、フェイズセブンを開始しますわ。ドロシー、本日の体調に問題はないわね?』

 硝子を挟んで部屋の中央のにいるため、若干篭った声で彼女がはい、と短く返事をする。

『本日は圧殺についてなので、あなたにはスクラップになってもらいますけれど、覚悟は宜しい?』

 は。と、女性のアナウンスの意味が飲み込めなくて、僕だけが置いてけぼりになる。圧殺、スクラップ。なにを、するつもりだ、と。
 混乱する僕を他所に、彼女は尚も平然とした様子ではい、と答えた。

『──では、始め』

 その言葉と同時に、硝子張りの部屋の天井から何か巨大なものが勢い良く降ってきて、騒音と共に着地した。
 彼女が、巨大な鉄板に潰された。現実味がないというか、信じられない光景に言葉を失う。ゆっくりと鉄板が持ち上げられていくと、ぐちゃぐちゃの見るに耐えない肉塊となった彼女が、鮮血をぶち撒けて部屋の中央に横たわっている。完全に死んでいた。誰もそれを見ても何も言わない。無言のまま研究員達は彼女の肉塊を眺めていて。やがて、それが黒く鈍い光を放ち始める。血肉が人形を作り、服すらも元通りになって、彼女は何事もなかったかのように復活した。

『レベルワンは、問題無しですわね? 本当に漆黒バーコードの耐久性能には驚かされますわね。じゃあまどろっこしいのも嫌だし、続いてレベルファイブ』

 同じ女性のアナウンスが入ると、間髪を入れずに鉄板が落ちてきて、彼女を圧し潰す。何度も、何度も何度も何度も彼女を潰し、人間の形の名残を失った頃、ようやくそれが止んだ。
 それから物言わぬ肉片がまた鈍く輝きを放ち、人形を形成していく。殺されては復活する。漆黒バーコードは不死身だから。こんなことを、繰り返すのだろうか。

「……やはり復活に数秒のロスがみられますね。原型から程遠いのが問題というより、連続して復活する場合、僅かに時間がかかるようです」

 ストップウォッチを手にした研究員が呟くように言う。アナウンスしている女性がどこにいるのかは知らないが、それを聞いた彼女はなるほど、と声にしてから、またマイクに声を通す。

『そのようですわね。つまり、今までの実験通り連続して復活する場合は……』

 復活した彼女は床にへたり込んだまま、なんだか怠そうにしている。僕もこんなに死んだことがないから、彼女がどのような状態なのかわからない。でも、繰り返し殺されて復活するというのは、負荷がかかることなのだろう。でなけりゃ、部屋の中央で腕を震えさせている彼女の状態に説明がつけられない。

『体調はどう? ドロシー』

 形だけ程度に気遣うアナウンスが入る。桜色の彼女は、フラフラと立ち上がりながら、トーンを落とした声で答える。

「痛みはありません。ただ、なんでしょう……精神的に……」

 そうだ。死ぬ瞬間、痛みは確かに存在するのだ。それに、あんな巨大な鉄板が迫ってくるなんて、恐ろしくて仕方ないに決まっている。彼女は殺されるたび、死ぬ程の痛みと多大な恐怖に耐えている。常人なら発狂してしまいそうなそれを耐えて、殺されている。精神が磨り減って当然だ。

『まあ、まだ問題はないでしょう? 次、行きますわよ──レベルシックス』

 容赦のない女性のアナウンスに、一瞬彼女は確かに表情を強張らせた。それから短く深呼吸をして、震えた声ではい、と答える。
 駄目だ。このまま彼女を死なせ続けてはいけない。止めろ。
 僕は、意を消して部屋の中に飛び込む。〈シュナイダー〉で生み出した漆黒の刃を彼女とこちらを隔てる硝子にぶつけて、突き破る。突然そんなことをしたものだから、驚いた研究員達の鋭い悲鳴が木霊する。
 突き破った硝子の部分に飛び込んで、部屋の中央でぼうっと突っ立っている彼女を救おうとして──間に合わなかった。鉄板が彼女を無慈悲に圧し潰す。瞬間、涙に濡れた紅玉が僕を見ていた気がした。硝子を取っ払って聞く、命の終わりの音は。あまりに生々しくて、全身が怖気立つのがよくわかった。

『あら、お邪魔が入ったようですわね。警備員は何をしているのかしら』

 アナウンスと共に鉄板がゆっくりと引き上げられていく。歪な方向に曲がった手足に、原型のない頭。胴体や血に濡れた長い髪の毛。彼女の名残を残しながら、でもぺちゃんこに潰された肉片が現れて、新鮮な死の香りと、衝撃的な光景に吐き気がこみあげて来る。

「う……あ、ああ……」

 どうしようもなく、涙が溢れた。こんなの、酷すぎる。どうしてこんなことができるんだ。
 僕は震える体で彼女だったものにゆっくり近付き、抱き上げる。骨が滅茶苦茶に折れていて、内臓だって全部潰れていて、噎せ返るほどの血の臭いしかしない。辛うじて頭だとわかる部分には髪の毛とか、顔のパーツが残っている。その辺りを撫でる。涙が彼女の頬だと思われる部分に滴る。
 やがて肉塊は、漆黒の鈍い光を放ち、時間を巻き戻すみたいにヒトの形に戻っていく。人形を象る彼女は、やはり怠そうな顔で、ぼんやりと僕を見つめていた。

「ジン……? どうして、ここに」

 答えるより先に、ただ彼女の体を掻き抱いた。嗚咽を零して、でも僕は何が悲しくてこんなに泣いてるのだろう、と不思議に感じた。彼女のことを、僕は僕が思っているよりもずっと大切に思っていたらしい。

「こんなこと、酷いよ。僕らがいくら不死身だからって、こんなふうに殺すなんて。なんで君がこんな目に合わなくちゃならないの?」

 ぼんやりと視線を漂わせて、彼女は少し口角を緩める。光の灯らない、虚ろな目だ。

「……この研究が、誰かのためになるって。グリンダが言っていたから。私、誰かのために生きたくて」
「そんなの嘘だよ。君がこんな酷い目に合うことが、正当化されていいわけない。君は、騙されてるよ」

 また涙を溢して、僕が絞るような声で伝えると、彼女は天井の方を見上げる。その先には2階の窓があって、そこにまた数人の研究員の影がある。その中に、鋭い視線でこちらをじっとりと見下ろす中年の女の姿があった。野心を灯した、嫌なインディゴの瞳。右手に小型のマイクを握っているから、さっきからアナウンスしていた女性がそのヒトであると気付く。
 残忍な指令を下していた張本人は、ただ面白くないものを見るように僕らを見下ろしている。
 騙されていたんだ。そう伝えられた彼女は、肩に置かれた僕の掌を柔らかく握って、苦しそうに息を吐いた。笑っているけれど、その目元は潤んでいて、殆ど泣いているような顔をしていて。

「そうなのかなあ。でも私、役に立ちたかっただけなんだ」

 ──グリンダにそう言われたから。役に立てると思ったから。だからこんな痛みにも恐怖にも耐えてきたのに。私、馬鹿だなあ。ジンに言われないと、そんなことにすら気付けないなんて。本当に、何をやっていたのだろう。
 彼女の頬を透明な雫が伝う。それを僕はそっと拭ってやって、また強く抱きしめた。

『ジンくん、でしたかしら。実験の邪魔をするのは控えて頂きたいのですけれど』
「ふざけんな! 何が実験だよ、不死身のバケモノになら何をしてもいいとでも思ってるのかよ!」

 冷酷な視線を落としながらアナウンスするグリンダに噛み付く。こんなことは、許しておけない。やっぱり、僕は。僕らは、“行動”に出なければならないのだろう。
 こんな狂った世界、壊してしまおう。死なない僕達にならそれができるから。
 僕は彼女の膝の下と肩に手を掛けて、抱き上げる。

『お待ちなさい、実験は終わってませんのよ? ドロシーを何処に連れて行く気ですの?』
「あんたには関係ないだろ。あんたみたいな、ヒトの心がないやつに、何ができるっていうんだ」

 グリンダに歯向かって、僕は彼女を連れて実験室を出た。研究員たちは戸惑っていたものの、誰も僕らを止めようとはしなかった。

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