複雑・ファジー小説

継ぎ接ぎバーコード
日時: 2019/11/30 18:08
名前: ヨモツカミ
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=19542

 幸せなんて言葉は程遠く。存在を許されない僕らはどう生きればいいの。
 生きたいとか、殺したくないとか、愛されたい。そんな願いが、全て叶わないお話。

「どうか安らかに、死んでくれ」

 ──愛することが、罪だとするならば。

 それは、彼が自分自身で与えた罰。存在しない終わりを目指して生きる、彼らの償い。

………………………………

こんにちは、ヨモツカミです。何も完結させたことが無い打ち切り芸人なので、今回もどうなるかわかりませんが、きっと終わりまで書き続けますので、どうぞお付き合いください。
趣味で好きな時に書くので遅いですが毎月6のつく日を更新日にする予定でしたが、面倒になったのでやめました。1ヶ月に1〜3回更新の予定? でーす。
良い意味で読み手を裏切るような、そんなものが書きたいですね。

〈本編を読む前に〉
・死ネタ、流血表現を多く含みます。
・たまに書き直したり加筆します。
・コメント頂けると更新速度が上がります。超欲しいです。
それでも大丈夫な方は、どうぞお付き合いください!

〈軽い説明〉
群青バーコード
青色の、通常のバーコード。モノによっては人の役に立つかもと考えられている。バーコード駆除の為の兵“カイヤナイト”は群青バーコードで構成されている。
翡翠バーコード
緑色の、失敗作を意味するバーコード。暴走しやすかったり、力が使えなかったり、ヒトとして機能しなかったりする。大体はすぐに処分される。
紅蓮バーコード
血のような赤色の、殺人衝動をもつ、特に危険なバーコード。うまく使えば兵器として使えるため、重宝されたりもしたが、基本的に危険視されており積極的に駆除される。
漆黒バーコード
全てを吸い込む様な黒色。殆ど謎に包まれている。本当の化物だと恐れられている。
ハイアリンク
バーコード殲滅特殊部隊。基本的に人間で構成されているが、その中にバーコードで構成された特殊部隊“カイヤナイト”がある。

〈目次〉
一気
>>0-
登場人物紹介
>>52 >>68
No.00 懺悔と黒の約束
>>1
No.01 曇天下の爬虫類へ
>>2 >>3 >>4 >>5
>>6 >>7 >>9 (一気読み>>2-9
No.02 朱に交じる亡霊は
>>10 >>16 >>17 >>19
>>20 >>21 >>22 >>24>>10-24
No.03 哀を求めて蚊帳の外
>>27 >>28 >>29 >>30 >>32
>>33 >>34 >>35 >>36>>27-36
No.04 白昼夢は泡沫の如し
>>37 >>38 >>41 >>42 >>43 >>46
>>47 >>48 >>49 >>50 >>51>>37-51
No.05 静寂に告ぐ藍晶石
>>53 >>54 >>56 >>57 >>58 >>59
>>61 >>62 >>63 >>66 >>67>>53-67
No.06 薄暮は世迷い事を
>>69 >>70 >>71 >>72 >>73 >>76
>>80 >>81 >>82 >>83>>69-83
No.07 翠に眠る走馬灯
>>84 >>86 >>87>>84-87

Twitterアカウント→@tsugiba

〈なんか作者が描いてみた〉
・ジン>>8 ・クラウス>>15
・トゥール>>18
・祝★2017年冬大会>>39
・祝★参照6666記念>>56
・なんか動画作ってみた>>60
・祝★参照7777記念>>63
・祝★2019年夏大会>>85
〈頂き物〉
>>23 >>31 >>40 >>55

〈お客さま〉
銀竹様、凡丙@tablet様、小夜 鳴子様、透様
日向様、サメノ様、友桃様

〈その他〉
・AnotherBarcode -アナザーバーコード-(URLより)
継ぎ接ぎバーコードとは別の、もう1つの話。番外編集のようなものです。投稿頂いたオリキャラ(一応まだリク依頼板で募集中)や本編で語られることの無い登場人物の話や、ふざけて書いたifストーリー等。
・まあ座れ話はそれからだ(複雑ファジー)
主人公以外の4つの視点から主人公を見ていくよーみたいな。私はコメディのつもりで書いてる高校生達の青春なんとか。
・ ルナティックの硝子細工【短編集】(複雑ファジー)
趣味を詰め込んで書いてる、よく題名の変わる短編集。息抜き程度に書くのが楽しい。

2016年 5月6日 執筆開始
2018年 1月7日 冬大会金賞受賞
2018年 3月3日 No.00修正
2018年 8月31日 キャラ絵新調しましま!
2018年 9月2日 No.01修正
2019年 4月14日 No.02修正
2019年 6月1日 No.03修正
2019年 9月22日 夏大会金賞受賞

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Re: 継ぎ接ぎバーコード6-10 ( No.83 )
日時: 2019/08/23 19:14
名前: ヨモツカミ

 マリアナは目を伏せて続ける。

「ジン。約束覚えてるかしら」
「さあね。忘れた」

 ──本当はなんだっていいの。ただ、皆で同じものを見て、笑い合いたいの。見れてよかったねって。また見たいねって。ただ──戦いとは縁のないことがしたいの。
 ──その時はジンも一緒だよ。約束。
 夜風と川のせせらぎの中。マリアナが薄く笑って口にしたその言葉。忘れたはずが無かった。叶わない約束を、果たせない未来を知っていて、それでも互いの小指を絡めた。その時の胸の痛みを、忘れるはずがなかった。だからジンは眉を顰める。
 マリアナはそんなジンの様子を見て、ただ小さく微笑む。

「……ジンも、大切な仲間だって。今も思うわ。だから、私〈ダゴン〉は使えない」

 ジンはじっとマリアナの大きな瞳を見つめていた。握りしめた両手のナイフも殺気もそのままに。マリアナの落ち着いた表情には、怯えなんて欠片もなかった。ジンが突然切りかかってきたっておかしくなかったのに。まるで、死ぬことを望んでいるのかと思わせるほど、マリアナは平然と佇んでいた。
 しばらくの静寂の後、ジンは深く息を吐いた。

「僕もだ」

 両手に持った黒いナイフを強く握り締めて、ジンは言う。

「……失いたくない、苦しい、と。君達にそんな思いを抱いてしまった」

 マリアナは目を見張る。ジンは目を伏せながら、絞り出すみたいな苦しげな声で続けた。

「楽しかったんだ。君の馬鹿げだ優しい未来の話、ローザとカルカサのお馴染みのやり取り、それを笑うニックが、時々寂しそうな顔してた。それを、アケがいつも見てて、飛び付きに行くんだ。たいちょー、好き、なんて無邪気にさ。そしたらシオン……アイリスも、僕に飛びついてきて、なぁに羨ましそうな顔してんだよ、寂しいのかって。ほんとに寂しいのは自分のくせに……」

 ジンは顔を上げない。ただ、尚も苦しそうな声で語る。そんな姿を、マリアナはただ黙って見つめた。

「皆、楽しそうだった。ホントに。楽しそうに笑ってて、だからっ……失いたくないと、願ってしまった。この時が永遠に続けと……いつか僕が殺さないといけないのに、僕は。僕は!」

 後半は、声が震えていた。ジンが俯かせていた顔を上げる。エメラルドグリーンは、潤んでいた。握っていた左手のナイフは滑り落ちて、カラン、と無機質な音を上げながら空気に黒塵を散らし、消えてゆく。
 ジンの頬を、ひとしずくの涙が伝う。

「今だって、君を殺したくないよ! どうか、生きてくれ! 僕に殺されないでくれ……!」

 マリアナはしばらく放心していたが、何かを決意したように拳を握り締めると、ゆったりとした足取りでジンとの距離を縮めて行った。
 ジンは少し後退ろうとしたが、その前にマリアナは手を伸ばして、ジンを抱き締めた。

「私ね、皆を守りたいって思った。一緒に生きたいと思った。明日を夢見て、これからも一緒にいたいって。でも、それ以上に、失いたくないって思ったの。……悲しい記憶がなければ、私の幸福は永遠になるんだわって」

 ジンは抱きしめられたまま、マリアナの顔を見ようとした。不自然に思えるほど穏やかな横顔が、嫌な予感と結び付いて怖くなる。ジンは恐る恐る口を開いた。

「何言ってるの……?」
「見届けるのは、嫌だ。だからね、ジン」

 マリアナは、少し体を離してジンの肩に手を置いた。そうして静かに見つめ合う。彼女の瞳も、僅かに潤んでいた。

「私、あなたに殺されたいと思ったの」
「──っ!」

 ジンは顔を強張らせて、恐ろしいものを見るような目でマリアナを凝視した。声もなく首を横に振るジンを見て、マリアナは優しく微笑む。そうして、少年を絶望させるのに十分な言葉を紡ぐのだ。

「ねえ。殺して」

 きっと、一番ジンが望まない言葉を。

「……なんで。なんで、君は」

 どうしてそんなことを言うの。喉が震えて声が上手く出なかった。ジンは思わず数歩後退る。このまま逃げてしまいたかった。けれどマリアナはそうして開いた隙間を埋めるように一歩前へ踏み出す。

「ごめんね、ジン。でも私、このまま生きて、もう、誰かが死ぬのを見るのは、耐えられないから。だから、お願い」
「マリアナ……」

 両目から、涙が溢れる。2人とも、泣いていた。
 殺したくない。嫌だ。生きてよ。そう思うのに。どうして。
 ジンは右手に握っていたナイフを落とさないように、両手で握り直す。
 マリアナはただ、頬を濡らしながら優しい笑みを浮かべて、ジンを見つめ続けるだけだ。

『ねえジン。約束だからね』
『例え何年掛けようと。必ず殺し続けるの。終わりのその時まで、ね』

 瞬間、“死神”の顔が脳裏にちらついた。桜色の髪と、紅の瞳。苦しそうに笑うその顔が、ジンの揺らいでいた意識に、手を伸ばす。
 だから、ジンの顔も“死神”に変わる。
 両腕の震えもピタリと止まる。覚悟は決まった。ジンは黒のナイフを逆手に持って、そこに左手を添える。
 それから、彼女の胸の辺りを狙って、地面を強く踏み込んだ。
 音が止まったみたいな、そんな錯覚をした。
 確かな手応えと、染み出した赤さがジンの手を湿らせていく。マリアナの白い服をじわじわと赤が侵食していった。彼女の体が傾ぐ。

「だいすき、だよ」

 崩れ落ちてきたマリアナが、ジンの耳元で最期の言葉を口にして。

 ああ。

 君から溢れる赤色は、君を構成していた欠片たちは、ドクドクと空気に触れ合って、君から抜け落ちてゆく。君が空っぽになってしまう。君の語った綺麗な希望の断片も、この中に溶けている筈で。その全てに手を浸したって、もう掬いようもない。君が紡いだものの全てが、失われてしまう。
 もう、君は空っぽの抜け殻になって、そこに転がっていて、広がる赤色は希望でも何でもない。願わくば、君の紡いだ夢を、僕も信じたかった。君の綺麗な横顔を愛していた。一緒に生きようと、叶わない約束をしたとき、僕がどんなに苦しかったか。今、君を貫いた僕が、どんなに苦しいか。
 生きて、ほしかった。生きてほしかった。君と一緒に生きたかった。こんなことを願ってしまったことが、一番の罪である。きっと“彼女”はそう言って笑うのだろう。

 愛することを罪だと謳い、失う苦しみを罰だと彼女は言った。僕は罪を重ね、罰を受け続けても、それでも……。それでも。

 ごめんね、とマリアナの言葉に返して、ジンは彼女の命を奪ったナイフを自分の喉元に当てた。それから、一息に掻き切る。
 死にきれなくて走馬灯。自嘲する息の代わりに血反吐を吐いた。

 ああ。

 「愛することは罪である」
 「失う苦しみは愛した罰である」

 そう言って、桜色の彼女は笑うのだろうから。

「それでも、愛さずにはいられないのよね。わかってる。あなたは、そうやって育ったのだから」

「愛の罰に、何度その身を引き裂かれようとも、きっとあなたは愛し続けるのでしょう?」

「私のように、愛し方を忘れてしまうことのほうが、ずっと恐ろしいのでしょう?」

「私のようになってしまうのが、怖いんだよね」

「…………」

「ねえ、ジン。失う苦痛以上に……怖いことって、何?」

「誰かを愛して、失って、傷付く度に、愛さなければ良かったって。出会わなければよかったって、思わないの?」

「……私には、わからない。わからないよ。痛いなら、誰も愛さなければいいのに! ジンはその痛みが怖くないの? どうしてなの。私は、怖いよ。怖い。痛いのは怖い!」
「僕も怖いよ。でもね」

 ジンはただ、微笑む。優しげに、慈悲を込めて。

「この痛みが、彼らが生きていた証明だから。彼らは生きていた。バーコードとして生きることになって、存在を許されなくなっても、確かに強く、生きていたから」

 これは夢なのか、遠い記憶なのか。どちらともわからない幻想の中で、ジンは微笑んだ。桜色の髪を風に揺らしながら、彼女は苦しそうにジンを見つめる。

「僕は、これからも痛みに苦しむことになる。でも、それでいいんだ」


to be continued

Re: 継ぎ接ぎバーコード7-1 ( No.84 )
日時: 2019/10/08 14:05
名前: ヨモツカミ

No.07 翠に眠る走馬灯

 僕は2人に愛されていて、誰よりも幸せだった。

 物心ついた頃、僕には少し頼りない研究員の父さんがいて、いつもカッコいい母さんがいた。母さんは“ハイアリンク”という、悪いバケモノを退治するお仕事をしていた。そいつらと戦うために、母さんはいつも忙しそうにしていたけれど、剣を振るう母さんの姿は何よりもカッコよくて、とても憧れた。

「僕も大きくなったら、はいありんくになりたい!」

 僕がそう言うと、肩に掛かっていた桜色の長髪を払いながら、母は笑う。

「ジンは私に似て運動神経抜群だもんね。ハイアリンクは危ない仕事だけど、ジンだったらなれるかもしれないねえ」

 ソファに腰掛けた母さんが、僕を抱き締めながら嬉しそうに言う。だから僕はハイアリンクになれるものだと思っていた。

「ちょ、ちょっとまってよドロシー。ジンは僕と一緒に研究員になって欲しいんだ、それにハイアリンクなんて危ないよ」

 僕と同じ、黒い髪と翡翠の瞳のこの男が、頼りない僕の父さん。“バーコード”というバケモノの研究をしていて、とても優秀な研究者なのだと自分では言っているが、いつもなんだかおどおどした様子で、母さんに比べると全然カッコよくないから、僕は父さんを舐めていた。
 僕は父さんから顔を背けて、母さんの胸元に顔を埋める。

「僕、研究員なんかやんない。父さんカッコよくないもん」
「ですって、ヴィクター。残念ね」

 ケラケラと笑いながら僕の頭を柔らかく撫でる母さんは、心から楽しそうだった。そんなあ、と残念そうにしょぼくれていると父さんが少し可哀想にも思えたけれど、やはり僕は父さんみたいになりたいとは思えないのだ。彼がもう少しカッコよければ、僕だって憧れたかもしれないけれど。
 前、3人で公園に出かけたときだって、父さんはカッコ悪かった。ようし、来い。張り切って声を上げていたくせに、僕の蹴ったボールを顔面で受け止めていたのだから。
 その様子を母さんに笑われると、父さんは照れ臭そうに頭を掻きながらボソボソ言っていた。

「君の前ではカッコよくいたいのに……なぜだかいつも、ドロシーの前の僕は、少しだけカッコ悪いよね」
「少しなんてものじゃないよ? あなた、とってもカッコ悪いもの!」
「……」
「ふふっ。だからね、側にいたいって思うんだよ? カッコつかない、ダサいヴィクターじゃなきゃ、此処にいたいって思えなかったよ、きっと。ね、ジン」

 母さんに同意を求められたけど、僕はカッコいい父さんが良かったから普通に否定した。そうしたら、また父さんはしょんぼりと肩を落として、可哀想に見えたけど、その後みんなで笑いあったら楽しくなった。


***


 そういう楽しい日々は、長くは続かないものらしい。
 僕が12歳になった頃、母さんが病気で寝込むようになった。
 あんなに強くて格好良い母がどうして、と思ったけれど、父の話によれば、元々体が弱かったのだという。バーコードというバケモノとの戦いで酷い怪我を負って、それからその病気も発覚して、母は殆ど病院で寝たきりの生活となった。
 父の仕事がない日は、2人で御見舞に行った。病室のベッドで眠っている母を見ると、なんだか人形みたいで、このまま本当に目を覚まさないのではないかと心配になって、無理やり叩き起こした。父には止められたけど。
 紅色の双眸がゆったりと開かれて、僕を見る。ああ、来てたの。おはよう。母は何事もなかったかのように、普通に挨拶をしてきて、僕の不安とか心配は無駄になったみたいに感じて、拗ねて病室から出ていってしまった。
 病室の扉に寄りかかりながら、中で2人が話すのを聞いているだけの時間になる。少しだけ、自分の行動に後悔した。本当は母さんの容態はどうだとか、学校でこんなことがあったとか、父さんは相変わらず料理も下手くそでかっこ悪いとこしかないとか。そういう話がしたかった。

「……あと1年だもの」

 病室から、微かに母の声でそう聞こえて、僕の心臓は嫌な鼓動をした。なんだって。聞き返したかったけれど、怖くてできない。
 あと1年。それって、母さんの余命の話じゃないよね?
 なんて、聞きに行けなかった。僕の勘違いだと思いたかった。でも、聞きに行く勇気なんてなくて、結局僕は、父が病室から出てくるまで何もできなくて。

「ねえ、父さん」
「ん?」

 病院の帰り、父に訊ねようとした。けど。喉が震えて、言葉が上手く音にならなかった。

「きょ、今日の夕飯は焦がさないでよ?」
「はは、ジンは僕の腕前がそんなに心配かい。同じ失敗は繰り替えなさいさ、僕に任せるんだね!」

 結局、違う話題を振って、今日聞いたことなんて無かったことにしようとした。知らなければ、無かったことになるから。母さんは、死なないよ。きっと大丈夫だよ。
 自分に言い聞かせた言葉は、酷く頼りなくて。

「そういえばジン。夕陽がなんで赤いか、知ってるか?」
「え?」

 病院から家までの帰路は、見事な茜色に染まった空が広がっていて。ずっと俯きながら歩いていたから、父に言われるまで気付けなかった。
 茜と朱のコントラストを見上げながら、わからない、と短く答える。

「今日が死ぬからだよ」
「……なにそれ」
「今日と言う日が殺されて、流した血の色で空は赤く染まる。夜は今日の死骸で、明日になればまた新しい今日が息をする。毎日っていうのはその繰り返しなんだよ」

 僕は目を丸くして質問した。

「今日は誰に殺されたの?」
「うーん、明日じゃないの? まあこの話、僕が勝手に思ってるだけだから、夕陽が赤い理由とはまた違うんだけどね」
「……じゃあなんでこんな話したの」

 なんでだろなあ。父さんはぼんやり朱色の雲の切れ間を見上げながら言った。

「毎日、今日は死んでいる。だとしたら、“死”というものはありふれた日常的なものなんだ」

 僕より頭2つ分くらい背の高い父の、翡翠の瞳が潤んで揺れていた。声は少し、掠れて聞こえた。

「なのに、なんでだろね。死が、こんなにも怖いのは」
「……それは、」

 母さんの話? とは、聞けなかった。だって、父さんがそんなこと言うから、僕はほとんど確信してしまったんだ。
 母さんの命は、あと1年なんだって。


***


 それから1年もせず、母さんが死んだ。

 しとしとと雨が降って、冷え込んだ朝。病室で、雨音よりも静かに母さんは息を引き取った。
 医者から知らせを聞いて、僕と父さんは急いで病院に向かって。冷たい空気と同じ温度になった母さんは、やはり人形みたいに目を閉していた。死んだなんて嘘みたい。眠っているだけだ。そう思いたかったけれど、声を掛けたって、体を揺すったって、母さんが目を覚ますことなんてなくて。
 父さんは雨より激しく泣いていた。だから僕は、上手く涙が出てこなかった。理解ができなかったのかもしれない。いや、父さんがあまりにも泣くから、逆に僕の頭の中は冷え切っていたのだ。
 淡々と現実を受け止めて、哀惜で胸を満たして、涙もなく泣いていた。

「ドロシー、ドロシー、どうして僕を、僕らを置いていくんだい。これから、皆で幸せに……なろうって、言ってたじゃないか」

 父の悲痛な声だけが、病室に響き続けた。
 僕が13歳になって間もない、ある日のことだった。

 それから、父さんは今まで以上に熱心に仕事に取り組むようになった。父さんが忙しそうだから、寂しいとかそういうのは伝えることができなくて、でも僕の胸にはポッカリと大きな穴が確かに空いていて。
 母さんの死が、確実に父さんをおかしくさせていた。

 あるとき、僕は父さんの職場に連れて行かれた。今あるバーコードの研究施設で一番大きな施設だという。中はコンクリートの壁がずっと続く、色彩の少ない場所、という印象を受けた。
 奥へ、奥へと進んでいく。どこに連れて行かれるのか、わからなかった。
 薬臭い通路を進んで、たどり着いた部屋には、白衣をまとった知らない大人が何人もいた。その真ん中に、無機質な鉄の台があって、そこに横になるように言われたとき、流石に何かがおかしいと感じた。
 だって、それが手術台だということくらい、何となく察せたのだ。でも僕はどこも悪くない。至って健康だ。父さんは何のつもりなのだろう。訊ねてみると、父さんはとても優しく笑った。母さんが生きていた頃と同じように、幸せだったあの時間をそのまま切り取ってきたような笑顔。

「さあ、ジン。そこに横になって」

Re: 継ぎ接ぎバーコード【更新じゃない】 ( No.85 )
日時: 2019/10/08 15:50
名前: ヨモツカミ
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1248.png

祝★2019年夏大会金賞受賞!
あまりモチベーションが上がらず更新できてませんが&遅くなりましたが継ぎ接ぎバーコード2度目の金賞を受賞致しました! 本当に応援してくださる方がいてくれるのだと嬉しくて仕方がありません。ありがとうございます。
本編の進み具合は大体、起承転結の転と結の間らへんです。ジンの過去編が終わると物語は急速に終わりに向かっていきます。多分あと二年くらいで終わる見込みなので、それまでどうぞお付き合いください。

今回は祝絵ということで、桜色ガールとジンを描けせていただきました。クオリティ低めですが、URLを覗いてみてください。

Re: 継ぎ接ぎバーコード7-2 ( No.86 )
日時: 2019/10/13 18:34
名前: ヨモツカミ

 その笑顔が、少しだけ怖いと感じて、僕は思わず数歩後退る。

「父さん、おかしいよ……なにか変だよ!」

 手術台の周りにいる研究員たちの顔を見回す。真剣な顔の男性。無表情の女性。何故か怪しく笑っている女性と目が合って、鳥肌が立つのがわかった。
 僕は反射的に逃げ出そうとしたが、父さんが無理矢理抱きしめてきて、身動きが取れなくなる。

「僕はね、ジンを愛しているんだ。たった一人の家族だから、本当に大事に思ってるよ。だからね、僕らは幸せになるんだよ。そのためにジン、そこに横になって」

 嘘を言っているわけではない。本心からの言葉だと、ちゃんと理解できた。父さんはいつも家族を大事にしてくれていたから。愛情は、確かにいつも感じていた。それと変わりない。抱きしめる父さんの手は暖かくて、こんな状況なのに僅かに安らぐような気がする。
 僕は疑心を消すことができずに、父さんに訊ねる。

「……横になったら、何をされるの」
「心配しなくていいよジン。幸せになるだけ。そのための手術だよ」

 質問に、ちゃんと答えてくれない。父さんがそうしているうちは、疑心が消えることなんてまずないだろう。僕は父さんの腕を振りほどこうとしたが、放してくれない。

「大丈夫。僕は優秀な研究員なんだよ? それにね、もう成功例があるんだから、絶対うまく行くさ」

 いつも頼りない父さんだったけど、そのときは自信に満ち溢れていて、でも何をする気なのかわからなくて、漠然と怖かった。

「ねえ、放してよ、それか何をする気なのかちゃんと教えてよ」
「シャルエール」

 僕の言葉を無視して、父さんが誰か女性の名を呼んだ。その声に反応して僕に近付いてくるのは、先ほど怪しい笑顔を浮かべていた研究員だった。
 抱きしめるというか、半ば押さえ付けるようにする父さんの腕から抜け出すことはできず、不意にシャルエールと呼ばれた女性に腕を軽く掴まれた。そうして、懐から取り出した注射器の針がするりと腕に突き立てられる。痛い、と思ったときには注射器を刺されたあとで、振り払っても既に遅かった。

「やめろ! 僕に何をし、た……ん、」

 急に体中から力が抜けて、自分で立つことができなくなったため、父さんに抱き抱えられる。体の感覚が無くなる。意識がぐにゃぐにゃと混濁していく。

「ジン。これが終わったら、お前に見せたいものがある。きっと驚くよ。楽しみにしていてね。必ず、僕らは幸せになれるから」
「……、……」

 応答しようとした。しかし、舌も上手く回らなくて、言葉も出なかった。
 明滅する意識の中で、愛してるよ、という言葉がかろうじて聞こえた。
 愛。こんなことを、父さんは愛情だというのか。
 わからない。愛って、何。思考しようとしたが、僕の意識は、深い所へ落ちていった。


***


 次に目を覚したとき、僕の周りの全てが変わっていた。
 白い天井に白い壁。そして白い布団がかけられていた。質素なベッドに寝かされているんだと気付いて、僕は上体を起こす。

「あら」

 傍らから女性の声がして、そちらを向くと、菫色の長い髪を三つ編みにした女性と視線が合う。あのとき、注射器を刺してきた女だ。僕は思わず少しだけ体を強張らせた。
 女性はあまり興味なさそうに視線を逸らして立ち上がると、背後にあった引き戸に向かっていく。戸を少しだけ開けると、声を張り上げた。

「ヴィクター、お子さん目覚めたわよ」

 父さんのことを呼んでいる、とぼんやり思った。そのまま、女性は部屋から出ていく。
 程なくして、彼女と入れ替わるように襟足の長い黒髪と翡翠の瞳を持つヒョロっと細長い男が病室に入ってきた。嬉しそうな顔をしていたので、僕も少し吊られて口角を上げた。

「ジン! 良かった、思ったより早く起きたんだね。具合いはどうだい、体はどこも痛くないかい?」

 そう聞かれて、初めて自分の体の様子を気にする。病院着のようなものを着せられていて、両手首に見覚えのない縫合痕があるのが気になったが、体調は良好だし、痛むところなんていうのも特にない。
 僕は何も言わずに手首を見回した。その様子を見て、父さんは困ったように笑う。

「痕が残ってしまったのは、本当に申し訳ない。手術の過程でどうしてもそうするしかなくてね。でも、ジンは成功した。本当に良かった」

 殆ど無理矢理だった。何の手術かも聞かされず、同意もしてないのに、幸せだの愛だのと言われて手術台に寝かされた。それについて、父さんは悪びれる様子はない。それどころか、誇らしげな表情で僕の頭を柔らかく撫で付けている。
 僕はそんな彼を軽く睨みつけるが、父さんはただ笑うばかり。
 そうして彼は、驚くべき事実を平然と告げてきた。

「おめでとう。君は“漆黒バーコード”になったんだよ」

 え。思わず声が漏れる。そうして目を見張って父さんの顔を見た。
 バーコード。かつて、ハイアリンクである母が戦っていた、バケモノの呼び名。

「僕がバーコードに? 父さん、僕をバケモノに変えたっていうの!?」
「違うよ。そうだね、ジンはハイアリンクが退治しているバーコードのことしか知らないから、バーコードはただのバケモノってイメージしかないかもしれないね。でも、違うんだ」

 父さんは科学者の顔になって、興奮気味に語り始める。

「最近の研究で群青バーコードという、成功品が生まれたのは、知らないかい? 群青バーコードは欠陥の見当たらない、特異な〈能力〉を持つ新人類なのさ。バーコードが持つその優れた治癒力や、人間にない特異な〈能力〉が社会に役立てる可能性を持っていてね、今社会的にとても注目されていて、〈能力〉によっては訓練を積めば戦闘員としても活躍できると言われていて、だからハイアリンクに新しく“カイヤナイト”という群青バーコードで構成された部隊を配置する計画が進んでいたり……」

 一応、僕も紅蓮バーコードと翡翠バーコードというモノの存在は知っていた。
 科学実験で生み出された、人間にはない特異な〈能力〉を所持し、治癒能力に優れた新人類、と呼ばれていたが、紅蓮バーコードは、それに加えて殺人衝動という、周りの生き物を無差別に殺そうとする習性を持っている。翡翠バーコードは、個体によって異なるが、必ず“欠陥”を持っている。例えば自分の意志で〈能力〉のコントロールができず、常に〈能力〉を発動し続ける危険な状態にあったり、身体的な障害があったり。
 そういうバーコードを生み出すくらいなら、危険が伴うため実験は禁止しよう、と国が定めた。だが、違法にバーコードを生み出す実験を続ける何人かの研究員により、世に紅蓮バーコードと翡翠バーコードが溢れた。
 そのため、それらの危険なバーコードを駆除するために、ハイアリンクは生まれた。僕の母、ドロシーは、生前そういうバケモノ達と戦っていた。
 そして、バーコードの危険性を無くすため、バーコードの新たな可能性を模索するため、父ヴィクターはバーコードの研究者になった。
 その研究の成果、生まれたのが群青バーコードであるという。

 話を聞き終えた僕は、依然、父さんを睨みつけたまま訊ねる。

「ねえ、話長いよ。それに父さんは僕のこと“漆黒バーコード”って呼んだでしょ? 何が違うの?」
「漆黒バーコードは、秘密裏に僕らの研究所で開発が進められていてね、僕の研究グループは僕のわがままに応えてくれたんだ」

 父さんはそっと僕の手を取る。穏やかな彼の表情は、どこか異常にも感じられた。僕を見つめるはずの翡翠の瞳は、実際のところ、僕を見てはいないような。ならば、何を見ているのだろう。言いしれぬ違和感に、僕は思わず父の手を振り払った。だが、父さんがそれを気にする素振りは見られない。

「ジン。君の存在は言ってしまえば違法だ。僕の研究所の仲間たちはそれをわかった上で、僕の家族の幸せのために尽力してくれたんだ」

 違法。その言葉に僕は眉をひそめる。色々な感情が沸々と湧き上がってきた。何の手術をするのか、事前に知らせなかったのはそういうことか。僕が抵抗したのに、父さんは無理矢理手術を施した。それに対する怒り。父にそんなことをされたという悲しみ。でも、父さんが手術前に口にしていた愛の言葉は、嘘偽りを感じられなくて。
 僕は服の襟元を引っ張って、自らの胸部を確認する。吸い込まれそうなほど黒いその色。バーコードは皆、心臓の上に各名前の由来となった色のバーコードを刻み付けられる。本当に自分はバーコードにされてしまったのだ。実感し、怒りと悲しみが入り交じるのに、父の行動原理には愛情があったこと。僕は遣る瀬無い気持ちになって、深く息を吐いた。
 僕の浮かない表情を見ても、父さんは不自然なほど穏やかな顔で説明を続ける。

「漆黒バーコードは、不老不死の力を持つ、世界で2人だけのバーコード。僕らの愛が、奇跡をもたらした、神様に祝福された存在なんだよ」

 不老不死。死ぬことも、老いることもない、生物の理に反した嘘みたいな話。それが、この心臓の上に刻まれた黒のバーコードがもたらす奇跡。
 そんな話を聞いても、僕は信じることができなかった。
 それに、もしそれが本当なら、死ぬことも老いることもなくなった僕は、もう、人間ではないじゃないか。バーコードになったのだ。父さんはそれを新人類と呼んたが、僕からしたら、ただのバケモノとしか認識できなくて。
 混乱する僕を他所に、父さんは本当に嬉しそうにしていた。

「そうだ、手術前に言ったこと覚えているかい? 終わったら君に会わせたいヒトがいるって」

 父さんは興奮気味に言った。自分の実験が上手く行って嬉しいのだろうか。対象的に僕は冷めた声で訊ねた。

「……誰なの、それ」
「会えば分かるさ! きっとビックリするよ」

 言われるまま、父さんのあとに続き、つれて来られたのは他の部屋と特に変わらない普通の扉の前だった。

Re: 継ぎ接ぎバーコード7-3 ( No.87 )
日時: 2019/11/30 18:07
名前: ヨモツカミ

 開けてみな、と微笑みながら促してくるので、僕はドアノブを引いて、部屋の中を覗きこんだ。
 僕が先程使っていたのと変わらない質素なベッドに、沢山の本が詰め込まれた本棚。あとは窓が一つあって、外の様子が窺える、こじんまりした部屋。
 ベッドに腰掛ける少女の姿があった。一冊の本を膝の上に置いて、窓の外の月夜をぼんやりと眺めている。
 僕が入ってきたことに気付いて、彼女はゆったりと首をこちらに向けてきた。
 桜色の髪が揺れる。紅の瞳が細められる。赤紫のマフラーで首元を覆った、その少女の顔を見て、僕は目を見開いた。
 幽霊でも見ているみたいだ、と思った。その少女が、僕の母であるドロシーにとてもよく似た顔をしていたから。

「久しぶりだね、ジン」

 彼女は柔らかく、でもぎこちなく口元を緩めてみせた。母とそっくりの声に、恐怖さえ覚える。
 父さんが僕の後ろから嬉しそうに声をかけてきた。

「驚いたかい? ドロシーだよ」

 そんなわけがない。だって、母は確かに死んだのだ。一年前、息を引き取った母さんに触れた。冷たかった。その感触をよく覚えている。死んだはずの母親が、自分と歳の変わらない少女の姿で生き返っているなんて、そんなことはありえないのだ。
 そうだ。さっきから父さんはおかしなことを言っている。僕が不老不死だとか、母さんが生き返っただとか。そんな夢のようなことが現実のはずがないのだ。だから、父さんはきっとおかしくなってしまったのだと、僕は思った。
 ドロシーと名乗る少女が、ベッドから立ち上がって話しかけてくる。

「ジン、ビックリしたよね? 私もまだ全部を理解できたわけじゃないけど、でも私はドロシー。あなたのお母さんだよ」

 こんな少女が僕の母さんのわけない。おかしい。おかしい。皆おかしいんだ。ジンは声を震わせて訴えた。

「そんなわけ、ないよ……死んだヒトは生き返らない! 君も父さんもおかしい! どうかしてるんだよ!」
「落ち着くんだ、ジン。確かにドロシーは死んでしまった。でも、彼女は確かにドロシーだ」

 父さんの言っていることがわからなくて、僕は彼の顔を凝視した。混乱する僕を他所に、父さんは穏やかに笑みを浮かべていて。状況に戸惑う僕を優しく諭すように言うのだ。

「正確には、彼女はドロシーのクローン。でも、ドロシーが生きていた頃の記憶を入れてあるから、彼女はドロシーなんだ。少し幼い姿なのは、クローンを成人まで育てられなかったからなんだよ。でも、子供の姿でもドロシーはドロシー。僕の妻であり、ジンの母親だよ」

 背筋がぞわりとした。こんな少女を、妻と呼ぶ父に。クローンなんてものを生み出した彼の精神に。クローン人間を作るのは当然違法だった。非人道的なことだから。それに、クローン人間の作成なんて、成功する確率も相当低いはずなのに、父ヴィクターは成功させてしまった。
 父さんは研究過程の苦労を思い浮かべ、苦笑しながら話し出す。

「ドロシーのクローンを生み出すって僕が言い出したとき、研究チームの何人かは反対したよ。でも、そういう奴らは去って行った。漆黒バーコードの実験をすると言ったときもそう。反対派は去って行って、でも僕の、家族の幸せに手を貸してくれた何人かのお陰で、僕ら家族は今ここに、また揃ったんだ」

 父さんは幸せそうに笑っていた。

「ドロシーもジンも漆黒バーコードになった。これで、僕らは永遠の家族になれるよ」

 狂っている。なのに、桜色の髪の少女も微笑んでいて。このおかしさに気付いているのは自分だけで、世界の方が一方的に壊れているのだと、僕は考えて、考えて、考えて。頭が真っ白になっていく感じがした。

「違う」

 声は、ほとんど無意識に紡がれた。
 そうして叫んだ。桜色の髪の少女に向かって言ってやった。

「あんたは母さんじゃない!! ただの、母さんの細胞から生まれたクローンだろ!!」

 言うだけ言って、僕は部屋を飛び出した。後ろの方で父さんが呼び止める声がする。
 どこを目指している? わからないまま、ただ僕は走った。


***



 それから数日経った。まだ研究施設を出ることを許されなかった僕には、彼女と同じような部屋を与えられた。質素な部屋の中、鏡の前に立って僕は自分の体を見回す。
 僕の体には、いくつかの縫合痕が残った。左の額から鼻筋を通って右の頬まで一直線に一つ。首周りに一つ。両手首、足首、右の太腿、あとは胴体に二つ。
 それからバーコードになったために特異な〈能力〉を得た。僕は右手を翳して、“それ”が出るように念じる。そうすると、黒い粒子が指の辺りに集まってきて、柄から刃先まで黒一色の鋭いナイフが出現する。もっと沢山、と念じれば宙に黒い粒子がいくつも集まってきて、いくつかのナイフが出現する。落ちないように念じていさえすれば、ナイフはそのまま宙に静止し、適当に壁の方に飛べ、と思考するだけでナイフは勢い良く飛び、壁に突き刺さったり、床に落ちたり。そうしてナイフのことを考えるのをやめれば全て空気に溶けるように消えていった。
 多くのナイフを操ると、体に若干のだるさが残る。恐らく、このナイフを出せる数にこれと言って制限はないのだろうが、強いて言えば自分の体の限界が制限、と言えるのだろう。

「黒いナイフを無数に操る……カッコイイ〈能力〉だね、ジン。〈シュナイダー〉と名付けるのはどうだろう?」

 僕のナイフを見た父さんがそう言った。意味を聞くと、“切る者”という意味があるらしい。正直興味がなかった。
 だって、こんな傷だらけの見た目に、人間にない特異な〈能力〉。その上、僕は不老不死だと言う。やっぱり、バケモノでしかないんだ。

「気持ち悪い」

 鏡に手を当てて、呟く。僕は、人間ではない。バケモノなんだ。自覚すればするほど、自己嫌悪に落ちてゆく。
 部屋でぼんやりしていると、ノックの音が響いた。短く返事をすると、白衣姿の女のヒトが入ってきた。この施設にいるのだから、彼女も研究員なのだろう。肩につくくらいの灰色の髪を二つに結んだ、若干幼い顔をしたヒトだ。

「初めましてジンくん、わたしはポワと申します!」
「……はじめまして。なんの用?」

 幼さを感じる声でポワと名乗った彼女は、ニコリと笑う。愛想が良さそうだ、と思った。

「ヴィクター博士に言われまして! ジンくん、1人で暇してるかもしれないから、お友達でも紹介したみては、と」
「友達?」

 ポワは部屋の扉を開けて、手招きする。

「はい! 翡翠バーコードの管理区間へ案内しますので、わたしについてきてください!」

 友達。確かにそういうものができたなら、今の気持ちが少し楽になったりするのだろうか。
 1人だけ家族のおかしさに気付いていて、叫んでみても、この狂気からは抜け出せない苦痛。父さんはおかしい。母さんを名乗るあの少女もまたおかしい。そうして、不死身のバケモノに成り果てた僕もまた例外ではなくて。これからどうなるのだろう。これからどうすればいいのだろう。わからなくて、迷って、もう何もかも全部投げ出して、喚き散らしながら何処かへいけたらいいのにって、思っていた。

「ポワ。友達ができたら、僕の、この気持ちは……変えられるかな」

 ポワは少し悲しそうな顔をした。それだけで、彼女の優しい部分に触れられたような気がする。

「うーん? わかりませんけど、友達がいると、安心できるんじゃないですかね。ジンくんは独りじゃないって、思えますよ、きっと」

 ポワは、僕の何を知っているんだろう。でも、彼女は僕に寄り添おうてくれている。それがわかったから、僕は鏡の前から離れて、ポワについていくことにした。

 研究施設の廊下は灰色で、壁は真っ白で、無彩色の風景はどこまでも続き、自分が今どこを歩いているのか、よくわからなくなった。ポワは迷うことなく廊下を進んでいく。
 途中、彼女の話を聞かされた。わたし、まだここに就職してから1ヶ月しか経ってない新人なんですよー、とか。主に翡翠バーコードの管理を任されていて、研究とかはさせてもらえないんです、なんて、他愛もない話。僕が生返事しかしないため、会話は途中で途切れてしまった。
 ポワは沈黙が苦手なのか、次の話題を探しているように見えたので、僕から口を開くことにした。

「翡翠バーコードって」
「はい?」
「“未完成”なんでしょう。ヒトとしても、バーコードとしても。だから、最終的には処分されるって、父さんが言ってた」

 それを言うと、ポワは苦い笑みを浮かべて、視線を落とした。

「そう、なんですよね。彼らは利用価値が完全に無いと判断されて、“時期が来たら”──処分されます。おかしいですよね。彼らだって、わたしたちと何ら変わりない、人間なのに」
「バーコードは……人間じゃないよ」

 特異な〈能力〉を得た、バケモノだ。僕らはバーコードは、人間とは別の生物なのである。

「バーコードの持つ〈能力〉なんて、ちょっとした個性みたいなものじゃないですか」

 ポワは語調を強くして続ける。

「考え方はわたし達と何も変わらないんですよ。お腹が空けばご飯を食べたいし、家族や大切な人を愛していたいと思うし、ひとりぼっちだと寂しいし、自分の〈能力〉を怖いと感じる。そんな彼らは、バーコードは、わたし達とそう変わらない……」

 彼女は唐突に立ち止まったので、僕もその隣で足を止める。ポワは掌をキュッと強く握りしめていた。その横顔には、遣る瀬無いものが伺えて、とても──悲しそうだった。

「彼らは、人間なんです。ジンくんだってそうですよ。バーコードと人間の違いなんて、ありませんよ」

 研究員達は、当たり前のようにバーコードを人間とは別のモノとして扱う。ポワには、それが耐えられないらしい。
 彼女はバーコードの研究員に向いていないような気がした。ここでは誰も、ポワの考えに賛同しない。それどころか非難するだろう。

「……それ、他の研究員とかに言わないようにしなよ」

 僕が返せる言葉はそれくらいだった。
 彼女ははい、と小さく頷いてみせたが、僅かに潤んだ目元は、寡黙に何かを訴えていた。

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