複雑・ファジー小説

継ぎ接ぎバーコード
日時: 2019/02/14 20:45
名前: ヨモツカミ
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=19542

 ────殺さなければ。

 幸せなんて言葉は程遠く。存在を許されない僕らはどう生きればいいの。
 生きたいとか、殺したくないとか、愛されたい。そんな願いが、全て叶わないお話。
 掲げたナイフに込めるのは?

「どうか安らかに、死んでくれ」

 それは、彼が自分自身で与えた罰。存在しない終わりを目指して生きる、彼らの償い。

………………………………

こんにちは、ヨモツカミです。何も完結させたことが無い打ち切り芸人なので、今回もどうなるかわかりませんが、きっと終わりまで書き続けますので、どうぞお付き合いください。
趣味で好きな時に書くので遅いですが毎月6のつく日を更新日にする予定でしたが、面倒になったのでやめました。1ヶ月に1〜3回更新の予定? でーす。
良い意味で読み手を裏切るような、そんなものが書きたいですね。

〈本編を読む前に〉
・死ネタ、流血表現を多く含みます。
・たまに書き直したり加筆します。
・コメント頂けると更新速度が上がります。超欲しいです。
それでも大丈夫な方は、どうぞお付き合いください!

〈軽い説明〉
群青バーコード
青色の、通常のバーコード。モノによっては人の役に立つかもと考えられている。バーコード駆除の為の兵“カイヤナイト”は群青バーコードで構成されている。
翡翠バーコード
緑色の、失敗作を意味するバーコード。暴走しやすかったり、力が使えなかったり、ヒトとして機能しなかったりする。大体はすぐに処分される。
紅蓮バーコード
血のような赤色の、殺人衝動をもつ、特に危険なバーコード。うまく使えば兵器として使えるため、重宝されたりもしたが、基本的に危険視されており積極的に駆除される。
漆黒バーコード
全てを吸い込む様な黒色。殆ど謎に包まれている。本当の化物だと恐れられている。
ハイアリンク
バーコード殲滅特殊部隊。基本的に人間で構成されているが、その中にバーコードで構成された特殊部隊“カイヤナイト”がある。

〈目次〉
一気
>>0-
登場人物紹介
>>52
No.00 懺悔と黒の約束
>>1
No.01 曇天下の爬虫類へ
>>2 >>3 >>4 >>5
>>6 >>7 >>9 (一気読み>>2-9
No.02 朱に交じる亡霊は
>>10 >>16 >>17 >>19
>>20 >>21 >>22 >>24>>10-24
No.03 哀を求めて蚊帳の外
>>27 >>28 >>29 >>30 >>32
>>33 >>34 >>35 >>36>>27-36
No.04 白昼夢は泡沫の如し
>>37 >>38 >>41 >>42 >>43 >>46
>>47 >>48 >>49 >>50 >>51>>37-51
No.05 静寂に告ぐ藍晶石
>>53 >>54 >>56 >>57 >>58 >>59
>>61 >>62 >>63>>53-63

Twitterアカウント→@tsugiba

〈なんか作者が描いてみた〉
・ジン>>8 ・クラウス>>15
・トゥール>>18
・祝★2017年冬大会>>39
・祝★参照6666記念>>56
・なんか動画作ってみた>>60
・祝★参照7777記念>>63
〈頂き物〉
>>23 >>31 >>40 >>55

〈お客さま〉
銀竹様、凡丙@tablet様、小夜 鳴子様、透様
日向様

〈その他〉
・AnotherBarcode -アナザーバーコード-(URLより)
継ぎ接ぎバーコードとは別の、もう1つの話。番外編集のようなものです。投稿頂いたオリキャラ(一応まだリク依頼板で募集中)や本編で語られることの無い登場人物の話や、ふざけて書いたifストーリー等。
・まあ座れ話はそれからだ(複雑ファジー)
主人公以外の4つの視点から主人公を見ていくよーみたいな。私はコメディのつもりで書いてる高校生達の青春なんとか。
・曖昧に合間に隨に【短編集】(複雑ファジー)
趣味を詰め込んで書いてる、よく題名の変わる短編集。息抜き程度に書くのが楽しい。

2016年 5月6日 執筆開始
2017年 8月4日 No.02修正
2018年 1月7日 冬大会金賞受賞(ありがとうございます)
2018年 3月3日 No.00修正
2018年 8月31日キャラ絵新調しましま!
2018年 9月2日  No.01修正

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Re: 継ぎ接ぎバーコード【No.3突入】 ( No.26 )
日時: 2017/05/04 10:05
名前: ヨモツカミ

コメント有難う御座います……!
嬉しくて何から言えばいいのやら。読んで頂けただけでも土下座物なので、感想下さるなんて、最早養いたいレベル((
題名を褒められたのは初めてです!多少時間かけて考えたけれど、そこまで深い意味は込めてなかったので。でも、目を引くのか……よかった。
トゥール人気が妙に高くて嬉しい限りです。なんでしょうね。見た目はバケモノだけど、心は人らしくって考えたキャラだからでしょうか。めいこさんの言う誰かさんいわく、優しいところと共感出来るトコが多い、とのことで。主人公がんばれっ!
元々ギャグ書くほうが好きなので、シリアスを貫ききれないんですよね(笑)逆にそれが良いって褒めて頂けるので、これからもそのスタンスで行こうと思いますが。
なんだろ、どうしてもコメントもらい慣れてなくて上手い返信出来ない……。こんなに嬉しいのに上手く表せないのが歯がゆい。でも、めいこさんが、作中で感じてほしいこと全部わかってくれて、嬉しくて嬉しくて震えるというか。
私、頑張ります。まだ拙い描写しかかけないけれど、それでも読んでくれる人がいるので、もっと上手くなってもっとつぎばという作品を感じてほしいです!感想有難う御座いました!

Re: 継ぎ接ぎバーコード3-1 ( No.27 )
日時: 2017/08/04 08:55
名前: ヨモツカミ

No.03 哀を求めて蚊帳の外

 3人を襲うのは激しい揺れと騒音だ。現在、ジン達は乗客の少ない汽車に乗り込んでいた。
 ガランとした車内の最後尾。ジンは座り込むクラウスの頭に手を置き、クラウスはトゥールの右手小指を握るという形で、3人コソコソと固まっている。無賃乗車している罪悪感から、というのもあったが、何よりもトゥールの姿を人間に見られれば騒ぎになるからだ。クラウスの能力で、透明化している間、触れている他の物体をも透明化することが可能らしく、この様にわざわざ触れ合っていなければならないが、これで全員姿は見えなくなっているのだ。煩わしいが、耐えるしかない。

「キモチワルイ……」

 そんな大活躍なクラウスも、最初のうちは流れる風景を見て子供のように目を輝かせていたのに、今では踞って口元を押さえるだけである。恐らく、外を流れゆく景色を見回し過ぎて酔ったのだろう。アホめ。
 吐き気に蹲るクラウスの隣で、トゥールはいつもより目深にフードを被り、手足をどうにか折りたたみ上手くローブの下に身体を隠していた。なんだか布の塊みたいだ。残念ながらローブの裾から尻尾が覗いていて、完全には隠せてはいないのだが。

「気持ち悪いよぅ、あと何時間耐えればいいの……」

 呻き声の様な、ぼそぼそ聞こえづらい音がして、ジンはクラウスの方を見る。吐くか寝るかすれば楽になれるだろうが、眠ってしまうと恐らく透明化が解けてしまう為、無慈悲にも頑張れ、と労う事しか出来ないのだ。せめて何かしてやろうと考えたが、特に何も思い浮かばず、ジンは特に意味もなく髪をワシャワシャと撫でてみる。髪が乱れまくったが、振り払う元気も無いのか、ぷぇー、と奇声を上げるだけだった。
 ほんの数時間前、ジン達は荒廃した街を抜け、隣の小さな田舎に来ていた。
 空気が澄んでいるお陰か遠くの山がくっきりと見え、辺りの畑は青々とした野菜が埋め尽くしており、昨日の雨で濡れた葉に、雲の切れ間から覗いた太陽光が反射して輝いている。それらは、あの荒廃した酷い街並みを見たあとだからか、余計に美く見えた。
 人気がないのは、恐らく一般人は皆何処かへ避難しているのだろう。隣街があんな惨状なのだ、当然のことである。
 嫌々ついてきた割には、周りの景色に目を輝かせているクラウスが、不意に嬉々とした声をあげた。

「ね、トゥール! 猫!」

 騒ぐクラウスの指差す方を見ると、民家の影から黒い毛玉が顔を出していた。突然叫ばれたことで少し驚いているのか、毛を逆立てる姿は黒いタワシを連想させられる。
 明らかにクラウスを警戒しているものの、逃げる様子はなく、5m程の距離を置いて、黒猫とクラウスは睨み合っていた。
 早く行くよ、と促そうとしたが、クラウスが真剣な表情で静かに、とジンの言葉を遮った。

「……トゥール捕まえて」
「なんで俺なんだ。それに、捕まえたら可哀想だろう」
「トゥールの方が早いし。トゥールだって猫好きじゃん?」
「好き、だが……」

 猫はトゥールと目が合うと、みゃうと声を上げて、甘える様な目で見つめてくる。空腹なのかもしれない。何時だって愛らしい声と仕草でこちらを翻弄してくる。猫とは罪な生き物だ。滑らかな尻尾の動きも、ポテポテと忙しない脚の動きも、万人の頬を緩めさせるには十分過ぎるくらいである。
 爬虫類の姿に怯えることも無く、暴力的な愛らしさで歩み寄って来る猫。トゥールが手を少し伸ばせば、その艷やかな毛皮に触れられるだろう。しかし、突如その足元に閃光が走り、驚いた猫が飛び上がって風の様に逃げて行く。何事かと思えば、地面から黒い刃物が生えていた。

「……あんまりナデナデすると、ストレスで寿命が縮むかもしれないでしょ」

 猫を逃がす為に、ジンがナイフを放ったのだ。地面に突き刺さっていたナイフが黒い灰に変わり、形を失って消失する。
 去りゆく猫を唖然と見ていたクラウスが、ジンを睨み付けて喚いた。

「えーもー何すんだよジン! てか、今の驚かし方の方がストレスだろ!」
「君にベタベタされるよりはいいと思うよ」

 クラウスの事だ。どうせ優しく撫でるだけでなく尻尾を引っ張ったり、肉球を握ったり、猫に何かしらのストレスを与えるだろう。
 少し離れたところまで逃げて、ポテポテと去りゆく黒い毛玉の後ろ姿を優しい眼差しで見送りつつ、ジンは嘆息した。寄り道なんてしてないで早く行くよ、とクラウスの服の袖を軽く引き、元の道を進むが、子供の様に頬を膨らませて、彼はジンの腕を振り払った。 

「ジンて、生意気てか失礼なガキだよな。俺の事舐めてる!」
「ガキって。僕、君やトゥールよりもずーっと歳上なんだけど。ほら、不老不死って話したでしょ」
「は? じゃあジンって何歳だよ?」
「数えてないけど……100歳くらいかな」

 ジンの言葉を理解しきれなかったのか、クラウスは目を丸くして、白菜……? と、すっとぼけたことを口にする。

「100! 歳! だよ!」
「……白菜やべぇ」
「お前ぶっ殺すぞ!」

 2人の不毛なやり取りを黙って聞いていたトゥールが突然口元を押さえて笑いだした。肩を震わせながらすまない、と謝罪はするものの、反省の色は伺えない。腹が立ったので突き刺してやろうかと思ったが、彼があまりに楽しそうに笑うので、そんな気も失せてしまった。
 先程、紅蓮バーコードの女を殺した姿を思い出して、苦しくなる。
 ジンは小さく嘆息して、行くよ、と2人を促した。
 クラウスが黒猫に軽く手を振って、それを見守ってから再び3人は歩を進める。
 しばらく歩くと、直ぐに目当てのものは見えてきた。荒廃したあの街に来る時にも使った、黒い鉄の乗り物は、駅で白煙を吐き出して停車している。

「あったあった。アレに乗るんだよ」
「……は? アレに?」

 ジンが指差す先を見て、トゥールが声を上げる。キョトンと目を瞬かせるクラウスとは対象的に、明らかな嫌悪感を隠そうともせず、鉄の乗り物を睨み付けていた。

「何、乗り物酔いするタイプ?」
「……いや、そもそも乗ったことは無いが……」

 表情に陰を残したまま、トゥールは首を振って、何でも無い、と低い声で言った。本当に何でも無いのであればそんな顔しないだろうが。トゥールがそれ以上口を開かない為、こちらも特に模索する気もなく、3人は黙って汽車に乗り込み、そして今に至るわけだ。
 なんとなく、ジンがローブの下から覗いていたトゥールの尻尾を踏み付けてやると、一瞬ビクリと跳ねてから、素早くローブの中へ消えていった。
 それが面白くて、また出てこないかと見守りつつ、なに縮こまってんの、と訊くと、フードの奥で琥珀色の目が不安そうに揺れる。トゥールは声を出す前にシューと、威嚇する蛇の様な音を発した。

「人間と同じ空間にいるのが恐ろしいんだ……」

 同じ空間と言えども、乗客は片手で数えられる程度。近くの街があの様な惨劇のため、この近辺に寄り付く人間も中々いないのだ。わざわざ汽車の最後尾に来る乗客も居ないので、大声を上げたり、透明化を解かない限りは安全だ。

「僕ら見えてないんだから平気だよ」

 ジンの言葉に首を振り、トゥールはゆっくりと顔を上げて、どこか虚空を見つめながら静かに口を開く。

「……俺はこんな見た目だから、人前に姿を晒せば石を投げつけられる。当たった石は、皮膚を削って、傷となる。そんな掠り傷は簡単に治るから、どうという事はない。なのに」

 トゥールは虚空を睨み付ける。その視線の先に何を捉えていたのだろう。

「当てられた石とは別の、もっと強い痛みが――今でも消えないんだ」

 ローブの隙間から、鱗に覆われた大きな手が、ぎゅっと心臓の辺りを掴むのが見えた。
 そうかい、と適当に相槌を打って、ジンは窓に写った自分の顔を見た。額の左側から、鼻筋を通って右頬の終わりまでの大きな縫合痕。似たような痕が、首や胴、手足等、至るところにある。明らかに普通とはかけ離れた忌々しき傷跡。ヒトに奇異の目を向けられるのも、もう慣れてしまった。
 この中で普通に見えるのはクラウスくらいだ。コイツなら人混みの中にいても、違和感無く溶け込むだろう。……突然透明になったりしなければ。
 自分達はバーコード。バケモノなのだ。窓の奥で此方を睨み付けているみたいに目付きの悪い自分を見て、小さく笑う。

「……僕達、歪だね」

 誰に言うでもなく、ポツリと零れた言葉は2人の耳に届いただろうか。

Re: 継ぎ接ぎバーコード ( No.28 )
日時: 2017/09/12 19:17
名前: ヨモツカミ


* * *


 日が傾き始め黄昏に彩られた空の下、汽車は目的の街――アモルエに辿り着いた。
 アモルエは小さな街とはいえ、駅の近くには商店街があり、それなりに人の姿があったため、トゥールが酷く不安げな顔をしていた。万が一にでも、こんな所で透明化が解けて人前に姿を晒してしまえば、バーコード殺し集団――ハイアリンク共を呼ばれて、大変な事になるだろう。
 ハイアリンクとは、バーコード駆除を目的とした人間の兵隊である。人間より身体能力の優れているバーコード達を殺せる程の技術を持った集団であり、普段は殺す為の訓練をしたり、街の警備を行っている。幸い駅周辺に彼らの姿は見えず、鉢合わせる心配は無さそうだ。
 ハイアリンクの多くは、大切なヒトを殺される等して、バーコードに強い恨みを抱いているが、他にもバーコードから人々を守る、という正義感を抱く者や、高い給料目当ての者もいる。バーコードを愛している、というハイアリンクもいた。愛しているから、殺すのだと言う。
 ちなみに群青バーコードで構成されているカイヤナイトは、ハイアリンクの中の部隊の1つである。街でバーコードの目撃情報等があった場合にはハイアリンクの人間達が呼び出されるが、大体カイヤナイトも1人は同伴する。単独行動を許されるカイヤナイトは本当に信頼された一握りの存在なのだ。
 ジンは挙動不審なトゥールと物珍しそうに辺りを見回すクラウスを一瞥し、寂れた住宅街の方に進んだ。
 歩くときは邪魔臭いので、クラウスから手を離す。そうすると、2人の姿は見えなくなる。ジンが少し不安になって虚空に手を振ると、指先に何か温かいものが触れる感覚があった。

「別にどっか行ったりしないから」

 正面からクラウスの声がするのに、姿は確認出来ない。どうにも気持ちの悪い感覚だが、適当に相槌を打ちながら、再び目的地を目指し歩を進める。
 ――久々に会うから面倒くさそうだな。
 ジンがこれから起こる様々な面倒事を想像して舌打ちする。それでもその頭のおかしな知り合いに頼る他ないし、定期的に顔を見せないと煩いのだ。

「なあ、やっぱり尻尾掴むのやめてくれないか。歩き辛い」
「わかるー。オレも歩き辛いもん」

 後ろの方でそんな会話が聞こえたが、やはり姿は無い。あまり声を出すと怪しまれるのではないか、と考えかけたが、ジン以外に道を征くヒトの姿はなかった為、ジンは黙って歩き続けた。
 煉瓦道の住宅街を奥に進むにつれ、寂れて、街灯も数が減ってゆく。あるとしても弱った光を放つ街灯ばかりで、日が沈みきったあとは、星や月明かりの方が頼りになるのだろう。
 並んだ家々にも窓や壁に亀裂が入っている。これから会う奴は物件が安くてオススメだと抜かしていたが、雨漏りもするしどんなにしっかり戸締まりをしていても虫が侵入してくるという、室内にいるのに外で寝泊まりするのと対して変わらないような劣悪な環境であった。そのせいか、並んだ住宅の殆どが空き家である。
 この辺りは昔、小さなバーコード研究施設が幾つも並んでいた。今ではその施設がまともに機能しなくなってしまい解体され、残り1箇所となってしまったが。研究中のバーコードが脱走したり暴れ回った名残でこの辺の住宅が寂れているのだ。そして、寂れた場所はバーコードにとって良い隠れ家となるため、この辺りはバーコードの出没率が高い。気配は無いが、路地裏の暗がりの中に潜んでいる可能性だって十分にあった。今は気にしている暇はない為、気付かないふりをするが。
 住宅路を進み、とある狭い路地裏に入り、塗装の剥がれかけた灰色のドアの前に立つ。ここが目的地である。呼び鈴を睨みつけながら、ジンは息を吸ったり、吐いたり、吸ったり吐いたり……吸ったり。

「……いつまで深呼吸してんの」
「うるさい。精神統一してるんだよ」
 
 クラウスに急かされて、ジンは意を消した様に手を伸ばす。呼び鈴に触れると、と控えめな鐘の音が響いた。僕だよ、とジンが声をかけると、遠くから激しい足音が迫って来るのが聞こえる。そしてドアが乱暴に勢い良く開け放たれ、中から黒い影が飛び出してきた。
 それは獲物に飛び掛る獣のように、ジンに覆い被さったのだ。
 避ける間も無く、ぎゃっと声を上げて押し倒されるジンを見て、驚いたクラウスが逃げ出してしまう。彼が離れたことで透明化が解けてしまった事に動揺しつつも、トゥールはジンに飛び掛かったモノを凝視した。
 白衣姿に、腰まで伸びた白い髪。毛先の方は濃い紫色に染め上げられていて、その髪をハーフアップにしており、身長はクラウスよりも大分高そうに見えた為男性かと、トゥールは思った。

「メルっ、それやめろって毎回言ってるのにっ!」
「だってぇ、寂しかったのー。ジンー、会いたかったー」

 やや低めではあるものの、それは女性の声であった。彼女はジンの首に手を回し、べったりと張り付いて離れそうもない。粘着剤みたいだ。飼い主を見つけた犬の様にはしゃぎ、髪がグシャグシャになるのも構わずジンの頭を撫で回す。しばらくそうしていたが、ジンに心底迷惑そうな顔でベチベチと頬を叩かれて、最終的にナイフまで取り出したのを見て、名残惜しげに彼を解放した。
 それから彼女は顔を上げトゥールの顔を見ると、一瞬目を見開いたがすぐにニコッと微笑する。

「どもー。ジンのお母さんでーすっ」

 唐突に声を掛けられてトゥールは固まった。それよりも姿を見られてしまった。いや、もっと重要な事があるだろう。彼女は今何か衝撃的な情報を口にしなかっただろうか。ジンの、なんと言った? 思考が停止して、すぐに言葉を発することが出来なかった。
 一度息を吸い込んで、トゥールは徐ろに口を開く。

「…………ジン、お母さんいたんだな」
「いや、なに間に受けてんの!? コイツただの知り合いだから! メルもふざけた事言うな!」

 乱れた髪を整えながら慌てふためくジンに、えへへーと微笑んでから、彼女は立ち上がると真っ直ぐにトゥールを見つめて言った。

「初めまして。ワタクシ、メルフラルと申しまーす。貴方はー?」

 メルフラルと名乗った女性のその目は、とても真っ直ぐにトゥールを見つめていた。薄紫色の瞳に、自分の姿が写り込んでいて。
 それでやっと、自分が見られている事に恐怖心が沸き、慌ててフードを深く被り直した。

「俺を、俺を見て……その」
「なぁに? アタシが貴方の姿にビビっちゃうとでも思ったのかなー? 残念! そういうのは見慣れてましたー!」

 彼女の明るい声とテンションに、トゥールは言葉を失った。ただ、真っ直ぐに揺らぎない瞳は、適当なことを言ってるわけでは無い。漠然とそう思えた。
 だからほら、名前教えてよ。メルフラルに促されるまま、彼は短くトゥールだ、と告げた。

「へぇー、トゥール君ね。いい名」
「ジンはオレ達をコイツに会わせたかったの?」

 メルフラルの言葉を遮って、ジンのすぐ隣で声がしたが、姿は勿論、気配すらない。そこにクラウスがいるのだろう。じっと見ていると、虚空に色がついて、それが少しずつ濃くなり、いぶかしむ様な表情のクラウスが現れた。
 流石のメルフラルもそれには驚いたのか、声こそ上げなかったものの、表情を強張らせている。視線を向けられたクラウスは、警戒した目でじっとりとメルフラルを見つめ返した。

「あっはは……ジンてば、随分トリッキーな子連れてきたのねぇ」
「うん。クラウスって言うんだ。急に消える事もあるけど、驚かないでやって」
「そう。トゥール君に、クラウス君ねぇ」

 メルフラルがよろしくねぇ、と手を差し出すが、2人ともその手を取ることはなかった。クラウスは黙って彼女の細長い指先を睨むだけで、トゥールは僅かに自分の手を動かしはしたが、鱗に覆われたバケモノじみた自らの手の平を見て、隠すように引っ込めてしまった。それについて、メルフラルは特に気にする様子もなく、ただ微笑するだけだ。

Re: 継ぎ接ぎバーコード3-3 ( No.29 )
日時: 2017/09/13 06:31
名前: ヨモツカミ

 ジンは彼女を指差しながら2人の方を見る。

「君らに紹介するよ。コイツはメルフラル。ちょっと頭がおかしいけど、悪い奴では無いよ。普段は1人でバーコードの研究とかしてる。そこそこ優秀な研究員らしくて、」
「人間」

 クラウスが低く冷たい声で遮った。空間を切り裂くナイフのように鋭利な声だった。
 微笑んでいたメルフラルの顔から笑顔が消える。代わりにその瞳には好奇心に似た、悪戯を思い付いた子供の様な光が宿っていた。

「そーよ、アタシは人間よ。クラウス君、人間は嫌いなの?」
「嫌い」

 メルフラルのからかうような声を聞きたくないのか、クラウスは目も合わせずに即答する。
 なんとなく、こうなってしまうのでは無いかと予想していたが、ジンは困惑したように溜息をついた。
 人間だった過去があるからか、人間がクラウスをバーコードに造り替えたからか、あるいは両方か。相手がバーコードの研究員ともなれば尚更だろうが、クラウスはメルフラルに対して嫌悪感を隠そうともしない。
 目を合わせないようにメルフラルを睨み付けていたクラウスが、ジンの方に視線を移した。その表情は何処か不安そうにも見えて。
 怯えているのだろう、とジンは思った。翡翠バーコードは研究員達にとっては失敗作。バケモノどころかゴミのような扱いすらされる。価値の無い存在に対して、研究員達がどんな扱いをしてきたか。ジンの知っている研究員は翡翠バーコードをストレスの捌け口として暴力を振るい続けていた。クラウスがどうであったかは知らないが、そういう事が関係するのだろう。

「それで。そいつがなんなの」

 苛立ったように棘のある口調で、クラウスが問いかけてくる。

「“グリムゾン”なら――ああ、君の紅蓮が交じったような変なバーコードのことね。その程度なら殺人衝動から開放してやれる見込みがあるんだよ」

 ジンがそう伝えると、クラウスの大きな目が更に見開かれ、口元を僅かに開いたまま表情が固まる。その奥でトゥールも殆ど同じ様な顔をしていた。
 紅蓮バーコードは、ただの殺戮人形同然であるが、性質は似ているものの、“クリムゾン”はそれとは別物である。翡翠や群青のバーコードに血を垂らした様な紅蓮が交じり、突発的に殺人衝動に支配されてしまうのが“クリムゾン”。これは研究の結果、紅蓮バーコードの成りぞこないのようなもので、手術を施せばそれを取り除き、普通のバーコードに戻す事も可能であると判明したらしい。本来、翡翠バーコードは失敗作でしかないため、“クリムゾン”だと判明した時点で処分され、群青バーコードだけ、その手術が行われるそうだが。
 だよね、とジンがメルフラルに話を振ると、彼女はゆっくりと小さく頷く。

「……まー、一応ねぇ」

 それからまじまじとクラウスの顔を見つめる。彼女の顔にはいつもの笑顔はない。それは彼女が時折見せる、優秀な研究員の顔だ。
 医者の家系に生まれたメルフラルは、研究員でありながら医者の真似事もしてきたらしく、普段はただの頭のおかしい変態だが、スイッチが入れば敏腕研究員に変わる。
 クラウスは彼女の視線を嫌がって、不機嫌そうに顔を逸してしまう。そんな彼を見て、メルフラルが不敵に口元を緩めた。

「んーでも、どういう状態かとか分かんないと何も投与出来ないのよねぇ。カウンセリングとかしたいなぁー」
「……そんなの必要? バーコード見れば一発でわかるでしょ」

 “クリムゾン”なんて見た目でわかる。ジンでもわかったのだ。しかしメルフラルは微笑みながら首を振って、クラウスに歩み寄る。彼がビクリと顔を強張らせて後退るのを、制止するように肩に手を置き、その顔を覗き込みながら言った。

 クラウス君、2人っきりでお話しましょ、と。

「なんで2人っきりなのさ!」

 あまり状況が飲み込めず硬直するクラウスを他所に、ジンが叫ぶ。

「え、駄目? やだ、ジンってばぁ独占欲ぅ? 束縛系の貴方も、嫌いじゃないよ……?」
「ああああああもう気持ち悪いなぁ! そうじゃないよ! “クリムゾン”だって言ったでしょ!? なにかあってもすぐ助けられないじゃないか!」

 メルフラルには様々な役目がある。他人との関係を極力断っているジンが唯一頼りにしている相手だ。勝手に死なれては困るのだ。

「アタシの事心配してくれてるのん? やだツンデレ? エヘへそういうトコにもキュンキュンすゆ」
「もう死んじゃえ! ばーかッ!」

 三十路の女にこんな事を言われて誰が喜ぶというのか。ジンが何を言っても、楽しそうでイカれた返答をされるだけだ。会話にならず、自分だけが無駄に疲弊する。だから嫌いなのだ。
 今更メルフラルの欠点など、あげたらきりがない。ジンは彼女の顔を睨みつけるために見上げるも、女性にしてはかなり長身であるため首が痛くなってしまいそうで、こういうところにも腹が立つ。
 ジンは額に手を当てて深く息を吐いた。

「……カウンセリングでもなんでもすればいいけど、流石に2人だけ、なんて危ないよ」
「あら、アタシとクラウス君のお話がそーんなに気になるのん? 嫉妬しちゃう気持ちもわかるけど、でもでも、アタシ、ジン以外の男はアウトオブ眼中なのん」
「ああ、もう!」

 行き場の無い憤りに耐え兼ねて、地面を蹴った。虚しく乾いた音を立てて、微かに砂埃が舞うだけである。メルフラルと会話をしているとストレスで寿命が縮みそうだ。……死なないけれど。
 どういうわけか彼女は、どうしても2人だけで会話をしたいらしい。ここはジンが諦めるしかなかった。
 黙ってメルフラルとジンのやり取りを見守っていたクラウスとトゥールに視線をやる。クラウスは相変わらず強張った表情で立ち尽くしており、トゥールはぼんやりと此方を眺めていた。

「そういう訳だから、クラウス。そいつ殺したら、殺すからな。……トゥールを」

 ジンが溜息まじりにそう告げると、クラウスはギョッとして、慌てたように口を開く。

「な、トゥール関係無いじゃんっ」
「関係がないなら死んだって関係無いでしょ。じゃあ頑張ってね。殺すなよ」

 最後に念を押すように付け加えると、クラウスはなにか言いたげに口をパクパクさせていた。しかし、何も言葉が出てこなかったようで、ジンを睨み付けながら口を噤んでしまう。
 そんなクラウスに微笑みかけ、メルフラルは白衣の裾を翻しながら先に部屋に進むと、手招きする。中に入れ、ということだろう。
 促されるまま進むトゥールを見て、クラウスも渋々一歩部屋の中に踏み込む。瞬間、薬の匂いが鼻孔をくすぐり、ぞわりと鳥肌がたつのがわかった。研究施設にいた頃と同じ臭い。
 こめかみの辺りが僅かに痛む。軽く目眩さえ覚えたが、それをメルフラルに悟られまいと、クラウスはどうにか平然を保った。
 玄関を入ってすぐの廊下は妙に薄暗い。天井の蛍光灯は電源が入っていないだけなのか、既に付かなくなっているのか。窓も無いせいで、廊下の光源は前方の扉から漏れる僅かな光だけであった。

「そうだクラウス。武器、持ってない? 危ないから僕が預かるよ」

 背後からジンの声がして、クラウスは一旦足を止めた。一瞬自分の左脚に視線を落としながら、振り返らずに答える。

「……ねぇよ」
「いや、あるじゃん」

 クラウスの左の太腿には、レッグホルスターで固定された大型のナイフがあった。普段は服で隠れて見えづらいものの、不自然な膨らみがあるため、簡単に気付かれてしまう。
 こんなに暗いのに目敏いなと、諦めたように肩をすくませてナイフを引き抜くと、クラウスはやはり振り向きもせずに背後にそれを放った。
 床に金属が当たる音等は無く、代わりにジンの短い悲鳴が聞こえたが、それでもクラウスは前をゆくメルフラルの背中を睨み続けていた。

「トゥール君はジンと向こうの部屋で待っててね」

 メルフラルが背後を歩いていたトゥールの顔を見上げながら、左側に続く廊下を指差す。
 視力の悪いトゥールは目を細めながら廊下の先に顔だけ向けて短く返事をしながら、壁伝いにゆっくりと左の廊下を進んで行った。

「……なんかあったらすぐ呼んでよ。勝手に死ぬとかホント許さないから」

 ジンが小声でそう伝えると、メルフラルはぱっと目を輝かせ、頬を紅潮させる。

「もう、ジンてばいつもツンツンしてるのに、こういうときは優しいのね! だから好きなのん……」
「やっぱ死ね」

 そう吐き捨てて、ジンはトゥールの後に続く。
 残されたクラウスは言葉も無く、ただじっとメルフラルの顔を睨みつけていた。

Re: 継ぎ接ぎバーコード ( No.30 )
日時: 2018/08/12 06:49
名前: ヨモツカミ


* * *


 部屋には窓があったため、廊下よりは幾らか明るかった。といっても外には薄暮の空が広がっていて、薄暗い事に代わりはない。
 ジンは水晶のように透き通る青の空を睨みつけて、無意識に拳を握り締めていた。
 ――嫌な、色。
 この空をブルーモーメント、と呼ぶらしい。その美しい青が、汚れた記憶と繋がってしまうから目を逸らしたくなるのに。目を背ければ彼らからも逃げているような気がしてしまう。
 ――ニックやマリアナは……どうしているだろう。

「ねえ、トゥール。“タンザナイト”って知ってる?」

 彼らの事を思い出しながら、そんな事を聞きたくなって。ジンはトゥールの方を見つめながら静かに問う。しかし、彼は少し考える素振りを見せたが、きょとんと首を傾げていた。

「いや。聞いたこともない。それより、この部屋電気とかないか?」
「ん、ああ、あるよ」

 爬虫類は視力が悪いのだ。部屋に入ったときにつけてやればよかったな、と思いながらジンは入口付近の壁を弄って、スイッチを押す。そうすると天井の蛍光灯に光が灯って、室内を適度な明るさで照らしてくれる。
 部屋の奥には台所があり、左の壁際には食器棚、その隣に冷蔵庫、部屋の中央にある木製の机にはポットやら何が入ってるかわからない白い袋がある。本来、この部屋はキッチンルームの役割を果たすのだろうが、メルフラルは半分物置として使っているらしく、右の壁際に設置された机の上には積み上げられた大量の書類やら電気スタンド、謎の液体が入ったビーカー、ペン立て、更に本や書類、書類、本等がごちゃごちゃと敷き詰められている。
 机と壁の隙間には、成人男性程の大きさのなにかに布を被されていて、それはもう、ジンが以前この家を訪れたときよりも前から放置してあるし、机の下にも書類、書類、昔壊れたと嘆いていた家電製品、書類。その隙間を長い触覚を携えた黒く素早い昆虫が這っていたのが視界に映った。
 あの昆虫は1匹見つけると30匹は潜んでいると言われているが、きっと30匹では留まらないと思う。見つける度に殺している筈なのに、無限に湧いてくる。最早奴等はメルフラルの家族みたいなものだろう。素早い動きで飛んでくる様も何処か彼女にそっくりだ。
 そう考えながら、ジンは食器棚から適当な硝子のコップを取り出して、台所で蛇口を捻る。長距離の移動で喉の乾きを覚えていたのだ。
 背後に僅かに視線をやると、トゥールが暇そうに例の黒い昆虫を観察しているのに気が付いて、ジンは話を振る。

「君は別に良かったの?」

 なにが、とは言わなかったが、それでもトゥールは言葉の意味を悟ったようで、ああ、と短く返事をする。
 メルフラルが勝手に決めてクラウスを連れて行ってしまったが、そのやり取りの最中、トゥールは一言も口を挟まなかったから少し気になっていたのだ。

「クラウスなら大丈夫だろう。それよりも――」

 蛇口からチロチロと流れ落ちる透明な水をコップに注ぎ込み、適度に溜まったその中身を口に流し込む。
 ジンの一連の動作をぼんやり眺めながら、トゥールが口を開く。

「ジンは……あまりさっきのメルフラルとかいう――母親に似なかったんだな」

 ごふ、と飲み込みかけていた水を吐き出した。気管に入ったらしく激しく咽かえりながらコップをシンクに叩き付けるように置く。それを少し心配そうにトゥールが覗き込んだ。

「……大丈夫か」
「大丈夫か、じゃないよ! メルはお母さんじゃないって言ったでしょ!? 僕100歳て言ったじゃん、お母さんが生きてるわけ無いじゃんっボケてんのか!」

 それを聞いてトゥールが、瞠目する。

「言われてみればそうだな。子離れできない母親と、母親に向かって暴言を吐く反抗期の子供にしか見えなくて……すまない」

 そもそもジンの言動や行動が幼すぎる事もあるため、100年も生きてきたなんて、やはりにわかに信じきれないのだが。それを告げればまた怒られてしまいそうで、トゥールはそんな言葉を胸の中に仕舞い込んだ。
 ジンはトゥールを睨み付けながら、右腕で口元を拭った。それから深く息を吐いて、視線を落とす。

「母親って。メルはそんなんじゃないよ。他人に生かされているようなやつだから、今はたまたまそれが僕なだけで。それでいて頭おかしいから、僕という存在が分かれば髪の毛1本でも喜ぶような変態だよ」
「何だ、それ……少し怖いな」
「でしょ。怖いしキモい。でも僕もあいつに頼らなくちゃならないから。メルフラルが、僕らを――」

 どれだけ時間をかけても、メルフラルがジンとあの桜色の少女を殺してくれる。死ねない呪い、漆黒バーコードから開放する鍵となる。そう信じて、頼るしかないのだ。
 ジンは言葉の続きを待っているトゥールに首を振って見せる。この爬虫類にそんなことを伝えてどうするのだろう。そう思うと、それ以上何も言えなかった。
 まだ半分ほど残っていたガラスコップの中身を傾けて口の中に流し込む。別に美味しくもなんともない。冷たいとも言い切れない水。それをちびちびと口に運んでいた。

「…………」

 ジンは無言のまま静かに流れる空気が少し苦手であった。しかし、トゥールは口数が多いタイプではないだろうから、このままの沈黙が続くのだろう。

「……俺を殺すのか?」

 そう思いかけた矢先の一言だった。問いかけてきたのかもしれないが、どちらかと言うとただ呟いた、ようなそんなふうに聞こえた。
 何を唐突に言い出すのか。少し驚いたジンだったが“殺したら殺すからな。トゥールを”という、先程クラウスにかけた自分の言葉を思い出す。
 あれはただの脅しのようなつもりで、万が一にクラウスがメルフラルを殺害した場合の事など頭にないのだが。
 昨晩のトゥールを思うと、その言葉をどう捉えたのかとか、今日殺された紅蓮バーコードの女との戦闘でも、いくつか思うことがあった。

「……そんなに死にたいの?」

 ジンは質問に更に質問で返す。
 思い耽るように俯いていたトゥールが、ジンの呆れたような視線に気が付くと、ゆっくりと顔を上げた。そこにはなんの感情も伺えない表情があった。

「今度、死にたいと。殺してくれと言えば、お前は殺してくれるのか?」

 それに更に質問で返された。互いに聞きたいことをぶつけ合うだけ。言葉のキャッチボールというか、言葉のドッジボールだ。
 ジンは軽く嘆息しながらズカズカとトゥールの側に歩み寄って、じっとその顔を見上げる。鱗に覆われた頬と人間らしさの無い琥珀色の瞳だ。それから散乱したテーブルの上に置いてあったビーカーを掴む。

「そんなに死にてぇならホラ、これ」

 ビーカーには透明な液体が半分ほど注がれていて、持ち上げた勢いで中身が少し波立った。

「これ、濃硫酸。触れたら身体がドロドロになるよ。はい、飲んで」

 それを耳にするなりトゥールの瞳孔がきゅっと細くなる。

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