複雑・ファジー小説

継ぎ接ぎバーコード
日時: 2018/05/29 22:03
名前: ヨモツカミ

 ――――殺さなければ。

 幸せなんて言葉は程遠く。存在を許されない僕らはどう生きればいいの。

 生きたいとか、殺したくないとか、愛されたい。そんな願いが、全て叶わないお話。

 掲げたナイフに込めるのは?

「どうか安らかに、死んでくれ」

 それは、彼が自分自身で与えた罰。存在しない終わりを目指して生きる、彼らの償い。


………………………………



こんにちは、ヨモツカミです。何も完結させたことが無い打ち切り芸人なので、今回もどうなるかわかりませんが、きっと終わりまで書き続けますので、どうぞお付き合いください。
趣味で好きな時に書くので1ヶ月2回更新です。
良い意味で読み手を裏切るような、そんなものが書きたいですね。

〈注意〉
・死ネタ、流血表現を多く含みます。
・たまに書き直したり加筆します。
・誤字・脱字多々あり。
それでも大丈夫な方は、どうぞお付き合いください!


〈軽い説明〉
群青バーコード
青色の、通常のバーコード。モノによっては人の役に立つかもと考えられている。バーコード駆除の為の兵“カイヤナイト”は群青バーコードで構成されている。
翡翠バーコード
緑色の、失敗作を意味するバーコード。暴走しやすかったり、力が使えなかったり、ヒトとして機能しなかったりする。大体はすぐに処分される。
紅蓮バーコード
血のような赤色の、殺人衝動をもつ、特に危険なバーコード。うまく使えば兵器として使えるため、重宝されたりもしたが、基本的に危険視されており積極的に駆除される。
漆黒バーコード
全てを吸い込む様な黒色。殆ど謎に包まれている。本当の化物だと恐れられている。
ハイアリンク
バーコード駆除専門の軍隊。基本的に人間で構成されているが、その中にバーコードで構成された特殊部隊“カイヤナイト”がある。

〈なんか作者が描いてみた〉
・ジン>>8
・クラウス>>15
・トゥール>>18
・祝★2017年冬大会>>39
〈頂き物〉
>>23
>>31
>>40

〈お客さま〉
銀竹様
凡丙@tablet様
小夜 鳴子様
透様

〈目次〉
No.00 懺悔と黒の約束
>>1
No.01 曇天下の爬虫類へ
>>2 >>3 >>4 >>5
>>6 >>7 >>9 (一気読み>>2-9
No.02 朱に交じる亡霊は
>>10 >>16 >>17 >>19
>>20 >>21 >>22 >>24>>10-24
No.03 哀を求めて蚊帳の外
>>27 >>28 >>29 >>30 >>32
>>33 >>34 >>35 >>36>>27-36
No.04 白昼夢は泡沫の如し
>>37 >>38 >>41 >>42 >>43
>>46>>37-46
Twitterアカウント→@tsugiba

2016年 5月6日 執筆開始
2017年 7月1日 No.01修正
2017年 8月4日 No.02修正
2018年 1月7日 冬大会金賞受賞
2018年 3月3日 No.00修正

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Re: 継ぎ接ぎバーコード1-5 ( No.6 )
日時: 2017/07/01 20:58
名前: ヨモツカミ

「そういえば、ジンの〈能力〉ってなんだ?」

 クラウスがジンの隣に腰を下ろして訊く。何故かジンが、座り直すついでにクラウスとの距離を取っていたが。

「僕のは〈シュナイダー〉っていう……まあ、コレを出す能力だよ」
 
 そう言ってジンが右手の人差し指と中指を突き立てると、指先に黒い粒子のようなものが集まって、それらは一瞬で形を成す。1つ瞬きする間に、柄も刃先も黒一色のナイフの様なものが出現していた。勿論冗談のつもりだろうが、ジンはナイフの刃先をクラウスの顔に向ける。ちょっとマジヤメテと、クラウスが笑いながら言うが、その声には余裕は無く、笑顔もかなり強張っていた。
 そんな彼を鼻で笑いながらナイフを下ろし、お前のは? とジンが訊ねると、悪戯する前の子供のように無邪気な笑顔を浮かべてクラウスはベッドから立ち上がる。

「よぅく見てろよー……」

 ニヤニヤしながら言った直後、クラウスの色がスーっと薄く透けて、そこには最初から誰もいなかったかのように、忽然と姿を消した。
 ジンが、途端に目を丸くして、さっきまでクラウスがいたところに手を伸ばす。やはり何も無いようで、その手はただ虚空を掴むだけだった。
 トゥールにはクラウスの姿が認知できており、ジンの手を避けつつ両手を彼にそっと近づけて、何か企んでいるのも全て筒抜けだった。しかし、それを止めはせず黙って見守っていると、パンッ大きく乾いた音。クラウスがジンに猫騙ししたのだ。
 ジンは殆ど何が起こったか分からずに悲鳴を上げながら飛び上がり、後ろにひっくり返った。

「ヒヒヒ、新鮮な反応だな! 〈チェシャー〉つって、見ての通り透明になる能力だぜ!」
「……てめぇ何処にいやがる」

 ジンが虚空を睨みつけながら低い声で唸るように言った。未だに姿を表さないクラウスを探してキョロキョロしながら、黒いナイフを構えている。ニヤニヤしながら、そっとクラウスがナイフを持ったジンの腕を掴むと、突然彼が姿を現した。ヒトに触れると、自動的に透明化は溶けてしまうのだ。
 楽しそうなクラウスをジンが忌々しげに睨みつけていたが、馬鹿らしい、と呟きながら掴まれていた腕を払い除ける。それから不機嫌そうな顔のまま、小さく嘆息したジンがトゥールに視線をやった。

「お前は見たまんまだけど……蜥蜴になる能力?」
「ああ。俺のは〈サウルス〉という。爬虫類に出来ることは大体可能なんだ。例えば蛇と同じで、体温を認知することが出来るから透明になったクラウスの姿もサーモグラフィの様に見る事が出来る」
「へぇ? ということは、君はさっきクラウスが僕にクソみたいな嫌がらせをしている姿を、ただ黙って見ていたってことだよね?」
「あ……いや、それは……」

 トゥールは口籠りながら目を逸らした。あまり無闇なことを口にすれば、彼の黒いナイフで刺される恐れがあったし、刺されても文句は言えないだろう。目を合わせようとしないトゥールに黒いナイフを突き立ててくることは無かったが、代わりに何も言わずに睨み付けるジンの視線は、ナイフのように鋭く突き刺さっていた。
 やっと目を合わせてトゥールが短くすまない、と謝罪するとジンは軽く舌打ちした。

「まあいいよ。それよりずっと気になってたんだけど、トゥールはずっと爬虫類のままなんだね。〈能力〉解かないの?」

 トゥールは曖昧に微笑んだ。あまり触れてほしく無い話題だったが、態々こんな姿で居続けるのはとても不自然なことで、誰だって疑問に思うだろう。尻尾や異形な手足、体中の鱗。バケモノじみた容姿のまま生活することの利点など、何一つ有りはしない。
 絞りだすような、溜息にも似た掠れ声でそれを言葉にする。

「……解けないんだ。生まれつき、な」

 表情から何となく察したのか、ジンは一瞬悲しそうに顔を歪ませて、そう、と一言返し、それ以上深く追求しては来なかった。
 トゥールが翡翠バーコード……失敗作たる理由。〈能力〉の発動が、解けないのだ。
 バーコードと人間の親を持つと、産まれる子は必ず翡翠バーコード。不完全なバーコードが産まれる。トゥールの父親はバーコードで、母親は人間だった。
 バーコードの誕生など誰も祝福せず、生まれつき蜥蜴のような姿をしていたのだから尚更で、トゥールは生まれたことを疎まれ続けて生きてきた。父はトゥールが生まれて直ぐに失踪――死んでしまったのかもしれないし、家族を置いて逃げたのかも分からないが、ある日姿を眩ませた。それから人間である母と兄と、トゥールの3人は村で暮らし、“バケモノを匿う家”として家族は村から孤立していた。それでも母親はトゥールを責めることも恨むことも忌むことも無く、ただ、愛してくれた。……兄はトゥールの事を心から嫌悪し憎んでいた為、毎日暴力を振るったりもしたが。“お前がいなければ”“死ねばいいのに”と、時折彼が口にした言葉はトゥールの思いを代弁していた。トゥール自身も自分の存在が疎ましくて仕方なかったし、異形な自分が許せなくて、死んでしまおうと思うことだってあったのだ。いっそ殺してくれればよかったのに。村人に家が放火されるあの日まで、自分も兄もトゥールを殺す勇気などなくて。

「トゥール? 何変な顔してんの」

 思考に浸っていたトゥールは、クラウスの声で現実に引き戻される。いつの間にかすぐ目の前にクラウスが来ていた。
 心配そうにトゥールの顔を見上げて、クラウスが微笑む。

「何だよ、もう眠いのか? 寝る子は育つとはよく言ったもんだよな! 身長伸びすぎだろ爬虫類が!」
「……お前が寝なさすぎるんだろ。だから隈だって取れない」

 なんだとー、とトゥールに掴みかかってくるクラウスを尻尾であしらっていると、それをぼんやり眺めていたジンが、1つ大きく欠伸をした。ベッドの上であぐらをかいて、眠たそうに目を擦る。

「ありゃ、子供は寝る時間だしな。今日はもう寝るか」
「ふぁぁ……だれが子供だぁ」
「お前しかいないだろう」

 ジンは既にベッドに横になって、布団を被ろうとしていた。恐らく怪我も治りきって無いのだから、早く寝たほうが良い。顔には出さないが、見た目以上に衰弱しているはずだ。
 クラウスが軽く手を振って、じゃあお休み! とリビングへ向かうのを見届け、それからトゥールは蝋燭の火を吹き消して、ラグの上にうずくまるようにして目を閉じた。

「おやすみ……」

 眠そうな声で言ったジンに、おやすみ、と返してトゥールは眠りについた。


* * *


 寝返りを打つと裂かれた胸元の傷が僅かに疼き、ジンは思わず顔をしかめた。治りかけではあるものの、心臓を狙ったあの一撃は肋骨も砕いていたようで、予想以上に治りが遅かった。死んでいたっておかしくなかったはずなのに、こうして温かいベッドの中で痛みに耐えていると、生きていることを実感する。
 ジンはベッドの中、眠る気にもなれずに目を閉じて思考を巡らせていた。あの女に殺されかけて、死にものぐるいで逃げ込んだマンションに、まさかバーコードがいるとは思わなかった。しかもあんなお人好しな奴らだったとは。ジンがいくら怪我人でも、見ず知らずの奴をそう簡単に助けるか。
 ――オレらに“助けて”って言った、だから。オレはお前を助けたいんだ。
 クラウスの言葉を思い出して、眉間に皺がよる。他人と関わることは極力避けようと思っていたというのに、自分の弱さが声に出てしまったのだろうか。関われば関わるだけ、後で辛くなるだけなのに。
 ……駄目だ。もう、誰かに頼ってはいけない。これは、自分勝手に始めた事なんだから。
 不意に布の擦れる音がして、トゥールが上体を起こしたのが気配でわかった。

「起きてるか」

 目を閉じているだけのジンに、トゥールが声を潜めて話しかける。こんな夜中に何のようだろう。起き上がるか狸寝入りするかで迷っていると、もう一度声が掛かった。

「起きてるか……“死神”」

Re: 継ぎ接ぎバーコード1-6 ( No.7 )
日時: 2017/07/01 21:14
名前: ヨモツカミ


 ――……死神、か。

「なんだ、知ってたんだね」

 今更惚けたところで無駄だろう。そう考えてジンはゆっくりとベッドから起き上がった。
 視力の悪いトゥールには暗い寝室の中でジンの表情まではわからなかったが、闇に浮かんだエメラルド色の双眸が怪しく浮かび上がっているのだけが見えた。殺気立ってギラギラした瞳。正しく殺人鬼のそれだ。

「ここが血で汚れたら面倒だ。外に出てくれ」
「なんでそんなお願い聞くと思うのさ。……別に、いいけど」

 殺す瞬間なんて、思ったよりも呆気なく容易く終わるのだ。それにかける時間も場所もどうだっていい。
 立ち上がって、先に寝室を出ようとするトゥールの背中に、ジンは声をかけた。

「クラウスは起こさないのか」
「寝かしといてやってくれ。ちゃんと寝ないと隈が取れなくなるだろう」
「へえ、いいの? もう2度と目を覚ますことも無いかもしれないよ?」

 此方に振り向きもせず、彼はそうかもな、と軽く返事をして寝室を出る。ジンは一瞬リビングに行って先に始末してしまおうかとも考えたが、その脚はトゥールの後を追って外に向かっていた。
 相変わらずの悪天候のせいか空気は肌寒い。それでも誰かを殺すにはちょうどいい天気だ。雨は溢れ出た赤色の全てを洗い流してくれるだろう。
 通路を見回すと、既に階段を上がってゆく爬虫類の尻尾が見えた。どうやら屋上を目指しているらしく、ジンはその後ろ姿を追いかける。そのあまりにも緊張感の無い足取りに、思考が読み取れない。これから死ぬことになるというのに、妙に堂々としているのだ。奴は戦闘に持ち込んで逆にジンを殺すつもりだろうか。考えても真意はわからない。
 トゥールは階段室の重たい扉を開け放つと雨に濡れるのも構わずに、ズカズカと踏み出していく。屋上の中央まで進んだ頃には、彼の纏うローブの色が変わるほどに雨水を染み込ませていたが、やはりそれを気にする素振りは見られない。ジンは僅かに躊躇しながらも、仕方なくその後を追いかけた。容赦なく濡れた服が張り付く気持ち悪さも、全身浸った頃にはどうでもよくなっていた。
 立ち止まったトゥールの背中を見つめながら、ジンは静かに口を開く。

「此処で僕が言ったこと、覚えてる? “後悔しないでね”って。手当してくれたことは感謝しているから、君たちのその優しさに免じて見逃そうと思ったんだよ。なのに、引き止めたりなんかして……君たちは僕から殺さない理由を奪ってしまったわけだ」
「俺もクラウスも後悔なんてしてないさ。あいつは多分お前のことを自分と重ねていたから、助けてよかったと思っている。それに、俺もお前に用があったから」

 やっと振り返ったトゥールは真剣な眼差しでジンを見ていた。

「俺はお前の事知ってたんだ。特徴的な見た目と名前で直ぐに分かった」

 ジンは驚きで目を見開く。誰に聞いた、と思わず声にしたが咄嗟に理解してしまう。聞くより先に自分の中で答えは出ていた。1人しか居ないのだ。自分と深く関わりがある存在なんて、“彼女”の他に無いのだから。

「6年前、名前は最後まで教えてくれなかった。桜色の髪の……不思議な少女だった」

 ――桜色。脳裏に浮かんだ彼女が笑う。紅色の瞳を細めて儚い笑顔で。悲しそうに、今にも泣き出しそうに。それでもその頬を涙が伝うことなんてなくて。名前さえ持たない、命を奪うだけの存在。本当の“死神”――――最高傑作にして、最悪の咎。
 ジン、と短く呼ぶ声に我に返って、顔を上げた。琥珀色の目は変わらず真剣に此方を見つめている。なのに先程よりも力が抜けた弱々しい瞳に、小さな違和感を覚えた。

「俺を殺してくれないか」
「……は?」

 殆ど無意識に、吐息と変わらないような声が漏れた。困惑して言葉も出ないジンを無視して、トゥールは続ける。

「俺はお前に殺される為にお前を助けたし、バーコードのことも見ないふりをした」

 トゥールはクラウスが包帯を取りに710号室に行っている間に、傷の確認と共にジンのバーコードを見たのだ。容姿は桜色の少女に聞いた特徴と一致していたものの、もし少年が紅蓮バーコードであった場合、意識を戻した瞬間に襲い掛かってくる危険があった。仮にそうなら今のうちに屋上から落とせばいい。そう考えながら確認し、トゥールはその必要はない、と判断したのだ。
 ジンは服の上からギュッと心臓の辺り――バーコードが刻まれたところを握りしめた。

「ああ、そう。変な感じはしてたよ。僕が紅蓮バーコードの可能性も考えずに助けるなんて馬鹿な奴らだと思ってたし、包帯を巻くとき気付くよね。でも、お前のさっき言った殺されたいっていうのが本気なら、確認する必要も無いんじゃないの」
「……あの場ではそういうことをしたくなかった」

 変わらず冷たい雨が2人の肌を滑り落ちてゆく。少しずつ体温を奪われているような気はするが、寒さは感じなかった。
 トゥールは眼に入った雨粒に思わず瞼を閉じる。そのまましばらく目を瞑ると、水が地面を叩く音と、自分の心音が聞こえる。今日死ぬくせに、でもだからこそ煩く鳴り響くのだろう。再び開いた眼前にはジンが無表情で立っていた。
 1つ息を吐いてから、トゥールは口を開く。

「俺を殺したら、クラウスを見逃してやってくれないか」

 その言葉にジンは顔を歪ませた。“僕が死んだら彼女を見逃して下さい”と、以前耳にした台詞を思い出してしまう。自分の命と引き換えに誰かを守るという行為。自己犠牲。嫌気が差すほど見てきて、反吐が出るほど理解ができなかった。だって、自分が死んだら何も残らないじゃないか。死んだあと、生き残った者に何を望むのか。――死んでくれ、なんて。誰が頼んだっていうんだ。
 あの馬鹿とトゥールの姿が重なってひどく苛立った。

「悪いけど、そういうの大っ嫌いなんだ」

 棘のある声で言うジンに、トゥールはゆっくり首を振って応えた。

「俺は生まれた瞬間から、生きててはいけなかった。でも、クラウスは違うんだ。幸せに生きていいはずだったんだ。だから」

 ――幸せなんて言葉も、大嫌いだった。
 ジンは、突発的にトゥールに掴みかかっていた。勢い余って、ぎょっとした顔のトゥールが数歩後退る。構わず感情のままに睨み、怒鳴りつけた。

Re: 継ぎ接ぎバーコード ( No.8 )
日時: 2017/07/01 21:27
名前: ヨモツカミ
参照: https://twitter.com/tsugiba/status/879725795425402880

描いてみました。主人公のジンです。
ちょっと余計な画像も混じってますが。

能力〈シュナイダー〉、見た目の年齢は12~14くらい、身長149センチ、体重38キロ、誕生日9月13日等、本編に関係無い謎に細かい設定があります。

Re: 継ぎ接ぎバーコード1-7 ( No.9 )
日時: 2017/07/01 21:37
名前: ヨモツカミ


「バーコードである限り、幸せなんて簡単に口にするなよ! それは僕らとはかけ離れすぎてんだ!」

 こんなに声を荒げるのは何時ぶりのことか。誰とも関わらなければこんな激情に駆られる必要もないというのに。喉がチリチリと熱くなるような感覚。……だからヒトと関わるのは嫌なのだ。

「生きれば生きた分だけ、僕達は不幸になっていく! 僕らはそういう運命なんだよ!」

 ジンの言葉に、トゥールは思わずフッと笑った。嗚呼、そうだ、その通りだ。今まで生きて得られたことなんて胸を抉るような罵声、蔑んだ視線、殺されるかもしれないという恐怖ばかりで。生きている意味などわからない。
 そんなこと、よく知っている。
 トゥールにはジンの頬を伝う雨が、何処か泣いているようにもみえた。実際、泣いていたのかも知れない。
 6年前のあの日。不思議な少女に話だけ聞いた継ぎ接ぎの少年がどんな奴かと思えば。それは寂しく虚しい独り善がりだった。

「そうかもな。それでも、俺はクラウスに死んでほしくない……そう思うんだ」

 後半は消え入りそうな声だった。
 生まれた瞬間に、この世に自分の居場所はなかった。それでも愛されて生き、誰かの命を奪ってトゥールは罪を重ねながら生き永らえてきた。自分は生きるべきではない、そう思いながら。だが、クラウスは……悲しい事しか知らない彼は。少なくとも今は死ぬべきでは無い。そのはずなのだ。
 ジンがトゥールの言葉を聞いて、睨みつけるような、泣きそうな。ただわかるのは辛そうな。そんな顔で、口を開く。

「だったら――――お前も生きろよっ……」

 絞り出すような掠れ声。雨音が一層強くなったような気がした。
 ――何を言ってるんだ僕は。自分はバーコードを殺さなければならないのに。
 生きろ、なんて初めて口にした。でもきっと、この言葉は――。
 トゥールも、ジンの言葉の矛盾に首を傾げて、此方を凝視していた。

「生きろ、って。俺達を殺しに来たんじゃないのか?」
「ああ。もうっ、そうだよ! 僕だって可怪しな事言ってる自覚はあるよ!」

 ざわつく胸が鬱陶しくて。ジンは可怪しいついでに、全て吐き出す。殺すことだけ考えていた自分が、どこか遠くに感じられた。

「僕は訳あってバーコードを殺して周っている。見逃そうとも思ったけど、お前らも例外なく殺す気だったさ!」

 こんな出会い方でなければ。ジンが瀕死の怪我を負っていて、それを2人が助けようとなんてしなければ。今頃死体のトゥールと向きあっていた事であろう。なのに今、息を吐いて、言葉を交わすトゥールと――生きたバーコードと対峙している。
 これは、どうしようもなく弱い自分の、身勝手な自己満足かもしれない。それでも。

「僕からすれば、生きることなんて不幸でいることで、僕にとっての幸せは死、だけだ。君は不幸の中にクラウスを置いて逃げようとしてるんだ」
「……違う」
「じゃあ証明しろ! 生きる幸せを見つけてみろよ!」


 トゥールの琥珀色の瞳の中で、瞳孔が針のように細くなった。爬虫類が驚いた時の眼だ。
 ジンは握り締めていたトゥールのローブを、更にしっかりと掴み直す。そして、力強く声にする。自分には無縁と思われた言葉が、勢いのままに口から放たれるのを、止めることはできなかった。

「……だから生きろ、トゥール!」

 驚愕の色を携えた顔のトゥールと、睨みつけるような表情のジンが、しばらく見つめ合っていた。
 生きろ、なんて初めて口にした。でもきっと、この言葉はずっとジンの胸の中に囚われていた言葉だ。命を奪う身で在りながら、何度も抱いた願い。抱くだけで声にすることは許されず、失う度に後悔し、だけどはばかられた言葉。何処か滑稽に響いたが、その余韻は暖かく思えた。
 ジンが勢いを増した雨に身震いをした頃、呆けたままだったトゥールが二股の舌をチロリと出して、力のない声で言った。

「……生きろ、なんて。初めて言われた。俺は、生きてて……いいのか? だって、俺は、」
「まだ生きてちゃいけないとか言うのかよ……そりゃ、生きるのを許された存在なんていないさ。誰だってそうだ。誰かの許可を貰って生きてる奴なんかいない」

 ずっとローブを掴み続けていた手を離して、続ける。

「お前が誰かの許可がなきゃ生きられないって言うのなら、僕が許すよ」

 驚きで閉じていたトゥールの瞳孔が、ゆるゆると元に戻っていく。
 微かに頬を綻ばせて、そうかと笑うトゥールの眼は、何処か悲しげに見えた。けれど安心しているような気がした。
 何を抱えているかも知らないくせに、殺してくれと頼んできたトゥールに生きろという言葉は、酷だったかもしれない。それでも。

「いつか、必ずお前を……お前達を殺す。でも、今はお前に死ぬ権利なんかない」

 だから、ヒトと関わるのは嫌なんだ。関わってしまった以上、知ってしまった以上、それを簡単に切り捨てることが出来なくなってしまう。立場上、残忍に徹しなければならないのに。
 “彼女”はそれを優しさと呼ぶが、その優しさがお互いに、より残酷な結末をもたらす事はわかっていた。きっと、ただ殺すよりも残虐だ。
 わかってるくせに。ジンは自嘲しながら肩をすくめて、空を仰いだ。彼女の事を思い出しながら。

『ジンは、優しい子に育ったね。非道になりきれなくて、いつも泣きそうな顔してるもん。無関係なら精肉するみたいに殺すくせに。関わったら可哀想になっちゃうんでしょう?』
『それもあるだろうけど。僕は、恐いんだ。生きるっていうことが恐くて仕方ない。だから、殺すのも……恐いんだ』
『ふふふ。いいね、人間みたいで。でもそれがジンなんだから、それでいいんだよ』
『…………』
『私はもうわからないや。慣れちゃったのかなぁ。どんなふうに殺したって何も感じないの。うん、恐怖を失うなんて狂ってるよね。きっと怖いのが普通なのに、普通なんてわからないの。やっぱり私って、バケモノ――いいえ。“死神”なのかな』
『そんな、こと……』
『……あるよ。私は“死神”で、私達はバケモノで。バケモノに生きる権利はない。ね、だから殺し続けるの。いつか迎える、終わりの為に、ね』

 必ず、殺す。
 屋上と下へ繋がる階段を隔てる重い扉。その向こうで1人震える、透明人間がいた。
 夜、まともな睡眠を取れたことのないクラウスが、2人が部屋を出て行くのに気が付かないはずもなく、こっそりと後を付けて、話を聞いていたのだ。
 …………殺す。
 その単語だけが、クラウスの頭をぐるぐると回っていた。
 ――ジンが、オレたちを殺す。どうして? どうして!
 何もわからなかったけれど、その扉を開けようとする腕を伸ばすことは無かった。
 指先は酷く震え、上手く息が吸えないような気がする。鼓動が、耳鳴りが酷い。心臓が熱くなるような、錯覚。駄目だ。
 クラウスはその場にいたら、“何か”得たいのしれない恐ろしい物に飲み込まれてしまいそうで、ふらりと階段に足をかける。脚がもつれて階段を踏み外し、受け身も取れずに落下した。捻った足首がどれだけ痛もうと、とにかくその場に居たくなくて。眠れないくせに早く眠りたいと思って。
 無我夢中で走ったのだ。

to be continued

Re: 継ぎ接ぎバーコード2-1 ( No.10 )
日時: 2017/10/12 16:15
名前: ヨモツカミ

No.02  朱に交じる亡霊は

 薬と鉄の匂いを覚えている。悲鳴と泣きわめく声が離れない。冷たい鉄の感触も肌にこびりついて、消えてくれないのだろう。

『クソ、また失敗作が消えやがった!』
『ああ? 構うこたぁねえよ。どうせ処分待ちの使えねぇ奴だろ』
『生きてても死んでても構わねぇ。そんな奴さ』

 数人の男の声が眼の前の暗闇から聞こえてくる。闇色に溶けて彼らの姿は人型を成しているものの、なんだか現実味を感じられない。此方に向けて言っていることはわかるのだが、男達の視線は自分を見ていない。虚空を見回して、此方を見つけられないでいるらしい。
 ……お母さんは何処。帰りたい。ここは寒い。寒いよ、ねえ。どうして誰も見えないの。ぼくはここにいるよ。消えてなんかない。誰か見つけてよ。ぼくは生きてるって証明してくれ、でなきゃ生きてるか死んでいるか、わからないよ。嫌だ、消えてなんかない! ぼくは、死んでない。死んでない!
 思考がぐらぐら、ふよふよ、取り留めもなく回る。行き場のない言葉を見つけてくれる者は此処にはいない。声は其処にあるのに。捜してくれれば簡単に見つけられるのに、自分はもう居なかった者のように扱われ。
 ……ああ。まるで幽霊みたい、だ。

 まともに眠れもしないくせに閉じ続けた瞼を、ゆったりと開く。クラウスにとって、いつにも増して目覚めの悪い朝だった。

「嫌な、夢……」

 ひどい胸騒ぎと、心臓が熱くなるような錯覚が消えない。昨晩の事が脳裏に焼き付いて離れないのだ。だからあんな悪夢を見てしまったのだろうか。ソファの上で上体を起こしながら、クラウスは小さく息を吐いた。
 死ぬ為に生きているみたいな奴だった。トゥールはいつも、生きようとしているように見えなくて、“だから殺してくれ”と言う言葉が聞こえても、クラウスは特に驚きはしなかった。ただ、少し胸が痛くなった気がしただけ。昨日のことが夢なら、と思いたかった。けれど足首の痛みが現実を否定させてくれない。治りかけの鈍い痛みでも、真実を突き付けるには十分すぎるようで。……あの少年は、ジンは何者なのか。
 考えるのは止めよう。頭の出来の悪さはクラウス自身が一番理解しているのだ。独りで悩むことほど無駄なことがあるだろうか。いや無い。少ない知識と情報で思考するよりも、直接トゥールと話しがしたい。
 クラウスは軽く伸びをしてソファから腰を上げると、急ぎ足に寝室を目指す。別に急ぐほどの距離もないが、自然と脚がそのように動いていた。
 自分を急かすように寝室の戸を少々乱暴に開け放ち、明るく繕った声をあげる。

「トゥールおは……っていねぇし!」

 クラウスは不眠症のようなものだが、うたた寝くらいはする。丁度あの嫌な夢を見ていたとき、トゥールは外に行ってしまったのだろう。声くらい掛けてくれてもいいのに。そう思いもしたが、誰の顔も見たくなかったのかも、と考えなおした。昨日死のうとしてた友人が、次の日をどんな顔で過ごせばいいというのだろう。クラウスには想像も付かなかったから、考えたくもなかった。
 トゥールの代わりに寝室にいたのは、ベッドに対して身体を垂直に、枕を抱きしめて寝息を立てる継ぎ接ぎの少年。ジンだった。
 寝相が悪いのだろうか。ベッドに垂直の姿勢で寝るせいで、収まりきらない脚がぷらん、と床に付いていて、掛け布団はグシャグシャに丸まった状態でその足元に転がっている。この寝相だと、ベッドから落ちて眼を覚ますようなことも頻繁にあるのではなかろうか。
 昨夜聞いた会話を思い出すと、若干近寄り難かったが、トゥールがいないのではやることもない。暇つぶしにはいいだろうと思い、クラウスは安らかなジンの寝顔を覗き込んでみる。
 規則正しい寝息を立てるだけで、昨夜の死神の姿なんて何処にも感じられない。幼さを携えた、無垢な子供の寝顔だ。なんとなく左手の人差し指をジンの頬に食い込ませてみたが、眼を覚ます様子はない。
 ――このただの子供が、いつかはオレたちを殺す。
 クラウスは望んでバーコードになった訳ではなかった。母親が死に、独りになった子供が研究施設に連れて行かれるのを止める者などいない。抗う権利もないみたいに、勝手な誰かの都合で実験に使われ、挙句失敗作の刻印を刻まれ、捨てられて。不要だから、と訳もわからないまま、殺されるなんて。生きる資格も価値も、最初からなかったみたいだ。
 それなら、何のために生まれたのだろう。この命は何のためにあったのだろう。もう一度ジンの頬を突付きながら思った。
 もしかしたら、ジンも自分と同じなのでは、と思っていた。この縫合痕は実験に使われた証拠で、傷だらけで今にも消えてしまいそうで、縋りつくようなあのエメラルドグリーンの眼が、かつてのクラウスと重なった。同じだ、きっとそうだと。思いたかった。
 本当にそうなら、良かったのに。

「……なんでよ」

 現実はいつだって残酷にクラウスを打ちのめした。助けた少年が、自分を殺す存在だったなんて。
 不意にジンの瞼がゆっくりと開かれて、エメラルドグリーンの瞳が露わになる。普通の顔をしていても睨まれているのかと勘繰ってしまうほど悪い目付き。ジンは2,3回瞬きをして身体を起こし、目を擦る。その一連の動作をする間、真正面にいるクラウスに、彼は何の反応も示さなかった。最初からいない者として扱っているかのように。
 実際そうなのだろう。ジンの眼に、クラウスの姿は見えてない。
 ああ、またか。クラウスは小さく肩を落とす。
 クラウスが翡翠バーコードたる理由は、〈能力〉が自分の意志で制御できないこと。時折、無意識のうちに透明になっているのだ。自分の意志で透明化しているときに勝手に姿を表してしまうことがないのは不幸中の幸いだったかもしれない。しかし、時折突然姿が消えたりして、消えた本人も自分が透明になっていることに気が付かないのだ。本当に、幽霊みたいで。クラウスは自分自身が気持ち悪かった。

「ジン、おはよー」

 此方の姿が見えていないのを知ったうえで声を掛ける。そうすると、ジンが分かりやすくビクリと肩を震わせた。それから強張った表情で辺りを見回す。面白いくらいにクラウスの姿が見えていないらしい。……笑えないけど。
 ジンがとりあえず声のした方向、つまり正面に恐る恐る右手を伸ばすので、クラウスはそれを左手で掴んでみた。
 突如手に伝わる生暖かさと眼の前に出現したクラウスに驚いて、ジンは短く声をあげる。

「寝起きドッキリ大成功ー、いえー」

 そう言いながらもクラウスは不服そうな顔をしていたし、その声も苛立ったように低い。しかも、ジンの手を掴む力が妙に強く、思わず顔をしかめてしまうほどだ。いっそ握り潰そうとしているのかと思えた。

「朝から何がしたいのさ……手、痛いんだけど。離してよ」

 ジンの小さな手に無意識のうちに爪を突き立てていて、それがどんどん食い込まされてゆく。何処か他人事のように眺めていたクラウスの視界に、顔を歪めるジンが映る。
 また、心臓が熱くなるような錯覚。
 刹那、紅い思考に呑まれる。心臓がはねる。殺せ、と何かがクラウスの中で激しく揺さぶって。拒否する間もなく頭の中が朱に、赤に、紅に、埋め尽くされてゆく。ドロドロと染まる。思考が鮮やかに呑まれてゆく。
 ――――そうだ。殺される前に、殺せばいいんだ。

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