複雑・ファジー小説

継ぎ接ぎバーコード
日時: 2018/04/06 00:40
名前: ヨモツカミ

 ――――殺さなければ。

 幸せなんて言葉は程遠く。存在を許されない僕らはどう生きればいいの。

 生きたいとか、殺したくないとか、愛されたい。そんな願いが、全て叶わないお話。

 掲げたナイフに込めるのは?

「どうか安らかに、死んでくれ」

 それは、彼が自分自身で与えた罰。存在しない終わりを目指して生きる、彼らの償い。


………………………………



こんにちは、ヨモツカミです。何も完結させたことが無い打ち切り芸人なので、今回もどうなるかわかりませんが、きっと終わりまで書き続けますので、どうぞお付き合いください。
趣味で好きな時に書くので1ヶ月2回更新です。
良い意味で読み手を裏切るような、そんなものが書きたいですね。

〈注意〉
・死ネタ、流血表現を多く含みます。
・たまに書き直したり加筆します。
・誤字・脱字多々あり。
それでも大丈夫な方は、どうぞお付き合いください!


〈軽い説明〉
群青バーコード
青色の、通常のバーコード。モノによっては人の役に立つかもと考えられている。バーコード駆除の為の兵“カイヤナイト”は群青バーコードで構成されている。
翡翠バーコード
緑色の、失敗作を意味するバーコード。暴走しやすかったり、力が使えなかったり、ヒトとして機能しなかったりする。大体はすぐに処分される。
紅蓮バーコード
血のような赤色の、殺人衝動をもつ、特に危険なバーコード。うまく使えば兵器として使えるため、重宝されたりもしたが、基本的に危険視されており積極的に駆除される。
漆黒バーコード
全てを吸い込む様な黒色。殆ど謎に包まれている。本当の化物だと恐れられている。
ハイアリンク
バーコード駆除専門の軍隊。基本的に人間で構成されているが、その中にバーコードで構成された特殊部隊“カイヤナイト”がある。

〈なんか作者が描いてみた〉
・ジン>>8
・クラウス>>15
・トゥール>>18
・祝★2017年冬大会>>39
〈頂き物〉
>>23
>>31
>>40

〈お客さま〉
銀竹様
凡丙@tablet様
小夜 鳴子様

〈目次〉
No.00 懺悔と黒の約束
>>1
No.01 曇天下の爬虫類へ
>>2 >>3 >>4 >>5
>>6 >>7 >>9 (一気読み>>2-9
No.02 朱に交じる亡霊は
>>10 >>16 >>17 >>19
>>20 >>21 >>22 >>24>>10-24
No.03 哀を求めて蚊帳の外
>>27 >>28 >>29 >>30 >>32
>>33 >>34 >>35 >>36>>27-36
No.04 白昼夢は泡沫の如し
>>37 >>38 >>41 >>42
>>37-42
Twitterアカウント→@tsugiba

2016年 5月6日 執筆開始
2017年 7月1日 No.01修正
2017年 8月4日 No.02修正
2018年 1月7日 冬大会金賞受賞
2018年 3月3日 No.00修正

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Re: 継ぎ接ぎバーコード1-1 ( No.2 )
日時: 2018/03/21 12:32
名前: ヨモツカミ

No.01 曇天下の爬虫類へ


 皮膚を引き裂き、骨を断つ音と、耳を劈く断末魔。これが自分の喉から発せられているのか、と疑うほど酷い声が瓦礫の街並みに反響した。
 痛みの感覚さえ薄れてきているのに、思考だけが妙に鮮明だった。視線の先には甲高い笑い声と、全てを引き裂く狂気。此処から、コイツから逃れなければ、と少年の本能が警鐘を鳴らす。
 自分の身体の一部であるくせに、思うように動かない脚を引きずって、必死に距離を取る。彼自身、最早それが無駄な抵抗であることくらい理解していた。それでも、少年の生存本能が無理矢理にでも彼を突き動かす。生きる意思は誰よりも弱かった筈なのに、惨めに生に縋り付こうとする。今の自分を普段の少年が見たら、鼻で笑ってしまいそうだった。
 狂気の主でさえ、とどめを刺さずとも時期に力尽きると知っていて、少年が自分から離れゆくのを、ただ愉快そうに口角を吊り上げて眺めていた。
 少年が動くたびに滴る鮮血で、道ができている。その鮮やかさを愛おしそうに見つめて、やがて視界から彼が消えてしまうと、次の獲物を探して灰色の街並みに溶けていく。
 ――足りない、足りない。
 狩る者は、飢えていた。この渇きを満たすほどの悲鳴が欲しい。恐怖に引き攣った顔が欲しい。溺れるほどの赤い池に沈み込んでしまいたい。ソレ以外のことは何も考えたくなかった。自分の行いの愚かしさには、等の昔に気付いていて、それを理性で制御することが出来ないことも知っていた。だからもう、何も考えたくは無くなっていた。ただ、無心で殺していたかった。
 ――足りない、足りないの。


* * *


 荒廃した街を一望出来る、半壊した高層マンション。その屋上から、灰色の街だった風景と曇り空を見比べて、ボロ布を纏った男は短く嘆息した。
 1ヶ月ほど前、この街ではバーコード達による大規模な抗争が起こったという。元はそれなりに美しい街だったと聞いたが、今では見渡す限りの瓦礫と、僅かに形を残す建造物。そして、少しの死骸で構成された死臭漂う廃街と成り果てていた。とは言え、“綺麗な街”に自分達の居場所が無いことを思えば、ヒトの寄り付かないこの場所程素晴らしい土地は他になかった。他のバーコード達も人間の消え去った廃街を、丁度いい隠れ蓑を見つけたとばかりに集ってきていることだろう。少なくとも、異形を見下す蔑んだ視線に晒される恐怖は、此処にはないのだから。

「イエイ! ただいまトゥール!」

 突如、隣から場違いなほど明るい声が響いて、男は顔を強張らせる。
 空間から音もなく姿を表したのは、この曇り空を切り取ったような灰色の癖毛と、隈の目立つ金色の瞳を持った、不健康そうな細身の青年だった。トゥールと呼ばれた男は、それが自分の良く知る青年であると認識すると、呆れたように息を吐いた。

「クラウス……お前、その現れ方は止めろと言ってるだろ。いつか間違って殺してしまっても知らないぞ」
「いいじゃん。トゥールのビックリ顔面白いし、どうせオレの姿もサーモグラフィ? とかなんとかで見えてんだろ?」

 見える見えない以前に、足音すら聞こえなかったのだが。トゥールはそう言おうと口を開きかけたが、言ったところで彼は反省はしないだろうと考え直し、代わりに1つ息を吐いた。
 クラウスと呼ばれた不健康そうな青年は、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべて、ニヤニヤとトゥールを見つめていたかと思うと、後ろ手に隠していたものを押し付けてきた。
 差し出されたものを見ると、木の樹皮の様な色をした、布の塊だった。トゥールがキョトンとした顔でそれを眺めていると、「それさ」と言いながらクラウスが彼の被っていたボロ布を、軽く掴んで引っ張っる。そうすると、羽織っていただけの布は簡単に肩から落ちて、隠していた異形が露わになる。

「こないだ襲われたとき、ボロボロになってたから」

 その姿を目にした者は皆、彼をバケモノと呼ぶ。
 身体の形だけは人間らしさを残しているが、頬や首筋、衣服で隠れている胴体等、所々が爬虫類を思わせる硬い深緑の鱗で覆われている。肘や膝から下、四肢は蜥蜴そのもので、人間の掌より二回り程大きな手足の指先には、獣のように鋭い爪が備えられている。人間とは遥かにかけ離れたその姿に、更には蜥蜴の尻尾まで付いているのだから、誰でも一目でトゥールが人間でない事を理解してしまう。

 布で隠していた顔や腕が野晒になって、久々に生身に感じるぬるい風の心地悪さに、トゥールは顔をしかめながら二股の舌をチロリと出す。放ったらかしにして肩まで伸びた髪が風に煽られ口に入り、不快だった。
 トゥールは髪を右手で払い除けながら、受け取った布を摘み上げると、それはフードの付いた茶褐色のローブだった。流石にこんな街で見つけてきたのだから、多少薄汚れており、裾は若干破けてしまっているが、長身のトゥールのサイズに合わせて、大きめのものを拾って来たらしい。トゥールは、この異形な姿をヒトに見られることを恐れて、少しでも自分を隠したがるのだ。ちょっと驚きはしたものの、素直にクラウスの気遣いが嬉しくて、微かにトゥールの頬が綻ぶ。

「……別に気にしなくていいのに。態々ありがとうな」
「フッフー、更にちゃんと食料調達も遂行するオレ、超有能!」

 こんな荒廃した街のどこで見つけたのかは皆目検討も付かないが、クラウスは少しだけ萎びた林檎を得意げにずいっと、差し出して来た。それをトゥールが受け取るよりも先に自分の分の林檎にかじり付きながら、「ついでに変な噂も聞いたんだぜ」と喋り始める。食べるか喋るかどっちかにしろ、とトゥールは呆れた。

「また盗み聞きか?」
「盗み聞きだけじゃなくて盗みも働いてきた。この林檎な」
「何故白状した。そんなことを言われたら、食べづらくなるだろう」
「今更何言ってんの。生きるための事は、なんだってやるさ」

 薄っすらと浮かべられたクラウスの笑みのを横目で見ながら、そうだなと短く返し、トゥールは林檎を受け取った。殆ど味は無く、みずみずしさも無い果実に齧り付きつつ、話を聞く。

「なんか、この街に“死神”が現れたんだってよ。バーコード殺して回ってる死神が、さ」
「“死神”……?」

 クラウスは小さく頷いて、続ける。

「“血染めの赤き衣を纏い、狩りにくる。振り返る暇さえ与えずに、背を裂かれ、四肢を削がれ、その姿を見る頃には喉を掻き切られ、悲鳴をあげる間もなく無に還る”とかなんとか。出会ったら最後、生きて逃げることは不可能だ! って、言ってたぜ」
「そんな長ったるいの、お前の頭でよく覚えられたな」
「ちょっとカッケーから余裕で覚えたよ」

 トゥールは、見つかった者が確実に死ぬなら、どのようにしてこの噂が広まったのかと疑問に思ったが、黙っておいた。それが嘘か真か定かではなくとも、命を脅かす脅威の存在を認知しておくことは重要であった。
 こういった情報を、此方の存在を悟られずに耳にすることが出来るのは、クラウスがその身体を透明にする〈能力〉を所持しているからだ。

「お前の〈能力〉は、こういう時便利だな」

 つい、思ったことをそのまま口にしてしまった。トゥールの言葉にクラウスが目を見開いた。しまった、と思ったところで、もう遅かった。彼は自分が〈能力〉を持っていることに嫌悪感を抱いている。トゥールもそれくらい知っていたはずだった。
 クラウスがどうにか笑顔を繕って、まあな! なんて、無理に明るい声をあげた。そんな顔はさせたくなかったのに。沈黙がトゥールに罪悪感と気まずさを植え付ける。言葉の選択はもう少し考えるべきである。謝ってしまえば、余計に彼を傷つけてしまうと考えたトゥールは、何も気付かなかったふりをして話を続けた。

「そいつも、バーコードなのか?」
「さあ? 正体はわかんない。でも、この近くでも何人か殺されたってさ。5、6人の真新しい死体があったらしいし、もっと離れたところでも死体がゴロゴロあったって。全部体中めった刺しになってたり切り裂かれてんだってさ」

 言い終えると、クラウスは腕を大きく振るって、林檎の芯を屋上から放り投げた。宙を舞って、瓦礫の街に吸い込まれるように消えてゆく。トゥールはぼうっと落ちた先を眺めていたが、爬虫類特有の視力の悪さでは目で追うこともできず、すぐに見失ってしまう。
 身近で誰かが殺されている。死と隣り合わせなのはいつもの事だが、噂になるほどの殺人鬼が彷徨いているとなると、警戒しなくてはならない。クラウスも護身用にレッグホルスターに取り付けたミリタリーナイフの柄に触れた。近いうちに使うことになるかもしれないのだ。その顔には僅かながら緊張の色が浮かんでいた。

「でも、その死神が現れても、トゥールが強いからダイジョブだよな!」
「不意打ちや遠距離の攻撃をされない限りはな……」

 軽口を叩いて、緊張を紛らわせていたクラウスだったが、不意にその表情が強張った。トゥールもほぼ同時か、それよりも早くに気がついていた。

Re: 継ぎ接ぎバーコード【5/11更新】1-2 ( No.3 )
日時: 2018/03/21 12:34
名前: ヨモツカミ

 カツン、カツンと。ゆっくり階段を上がる靴音が、彼らの耳に届いていた。2人揃って、背後に位置する屋上と下の階とを繋ぐ階段室を凝視する。鉄の扉で隔てられた向こう側に、何かがいる。彼らの命を脅かす存在であれば、それなりの対応をしなくてはならない。
 クラウスは先程触れていたナイフの柄を引っ掴んで構えると、透明化してソレを待ち受けた。己の手に備えられた鋭利な爪を武器とするトゥールは、黙って階段を睨みつける。
 階段を上がる靴音が止まった。それからドアノブが回り、金属の擦れる耳障りな音を纏いながら、ゆっくりとドアが開いた。

 姿を表したのは、ボロ布と濃い鉄の臭いを纏った何か。身長的に子供のように見える。フラフラと頼りない両足で、最早立っているのもやっとなのかもしれない。
 その子供がどうにかして一歩を踏み出すと、鮮やかな雫が飛び散った。赤く鉄臭い。よく見れば、纏った布にそれが染み込んでいるようで、トゥールは先ほどの“死神”を思い浮かべる。しかし、その赤が返り血ではなく、そいつ自身の出血だと理解して、考えを改めた。
 此処にたどり着いた時点で限界だったのだろうか。それとも、ヒトの姿を見て力が抜けてしまったのか、子供はその場に膝をついてしまう。思わずトゥールが2、3歩近寄ると、肩で息をする子供が顔を上げた。額の左側から鼻筋を通って、右頬まで続く、痛々しい縫い跡。目付きは悪いものの、幼い顔立ちは10歳前半の少年のように見える。
 彼の虚ろ光を湛えたエメラルドグリーンの目と、トゥールの蛇のような琥珀色の目が合う。傷だらけで、息をするのさえ辛そうな彼が、ボロボロと涙を零して、すがるようにトゥールを見つめるのだ。

「た……、けてぇ……」

 “助けて”と。掠れたか細い声を最後に、少年は糸の切れたマリオネットみたいに地面に倒れてしまった。
 ぎょっとして近寄ろうと脚を上げたが、トゥールが動くよりも先に、クラウスが少年に駆け寄っていた。恐る恐るその身体を抱き起こし、顔をしかめる。

「……まだ息はある。でも、ひでぇな。コレ“死神”にやられたんかな」

 クラウスが少年の纏っていた布をはいでみると、身体の至るところについた切り傷と出血の跡よりも、更に目を奪われるモノがあった。

「コイツもオレらと同じ、なのかな……」

 トゥールが近寄って覗き込むと、顔の縫い跡だけではなく、首、右肩、左二の腕、両手首、両足首。服に覆われた胴体にもあるのかもしれない。少年の体中に、痛々しげな縫合痕が見つかった。
 トゥールには似たようなモノを見た覚えがあった。人間をバーコードにする実験と共に行われていた、バーコードに他のバーコードの肉体を埋め込んで、多重の〈能力〉を開花させようとするもの。成功の確証は無く、数人の研究者による妄想のような手術が、何100人と施され、そしてその何100人が命を落としたという。数10年前に実際に行われていたことだ。未だにその手術が行われていたのかと思うと、虚しく遣る瀬無い気持ちになる。

「よく生きてたな」

 トゥールは静かに声を漏らした。
 縫い跡以外にも勿論、切創や裂傷等、とにかく体中傷だらけだ。特に胸元に酷い傷があるのか、衣服越しに現在進行形で鮮血を滲ませていた。これはもう助からないだろう……なんていうのは、この少年がただの人間であればの話である。バーコードの身体能力は人間よりも優れており、個人差はあれど治癒力も人間とは比べ物にならず、止血さえしておけば数時間程で完治するだろう。

「痛かったろうなぁ」

 クラウスが少年の顔を覗き込みながら、ぽつりと言う。手術の話かこの怪我の話、どっちのことだ。トゥールがそう訊ねようと口を開きかけたが、言葉は直ぐに行き場を失った。
 クラウスは、どちらの痛みもよく知っているから。きっと、自分と少年とを、重ねずにはいられないのだろう。
 ――ぼく、何処にいるの? 消えたく、ないよ。助けてよ……
 初めて出会った日の、ボロ切れの様なクラウスを思い出して、トゥールは目を細める。命を繋ごうと、トゥールに必死に縋りついてきたあの日のクラウスは丁度、この少年と同じくらいの年齢だった。

「……クラウス。部屋に包帯があっただろう。持ってきてくれるか」
「手当するなら部屋に運んでやったほうがいいんじゃねーの?」
「運んでる途中で余計に傷が開いたらどうする。それに――」

 トゥールはその続きの言葉を口にしなかった。それについて特に気にすることもなく、クラウスは包帯を取りに階段を降りていった。早く手当してやりたいと考えてのことだろう。不用心な奴である。余りにも傷ついた少年を同情して、疑うことを忘れているのだろう。怪我をした子供だとしても、味方とは限らないのに。
 そんなことを考えながら、トゥールは少年の顔をじっと見つめた。本当に生きているのが不思議なくらい酷い傷を、その小さな身体で背負って此処まで来た彼を、本心では疑いたくはなかった。


* * *


 1日中曇っていたため、いまいち時間は分からなかったが、辺りは大分暗くなり始めている。夜目が効かないトゥールは、あまり暗くなると、殆ど何も見えないのだが、それでも夜が好きだった。闇夜は自分の醜い姿さえも隠してくれるのだ。
 空は変わらぬ曇天で、晴れる気配は一切無い。それどころか微かに雨の匂いがする。今夜中に降るのだろう。
 先程クラウスが戻ってきたあと、手当してボロ布を枕に寝かせてやっていた少年。その隣で見守っていたはずのクラウスが、いつの間にか階段室の壁にもたれて居眠りしていた。雨が降る前に起こさなければと、トゥールは彼の頬を尻尾でペチっと叩き起こす。それから穏やかな寝息をたてる少年の手足を確認すると、既に幾つかの傷は塞がり始めていた。大した治癒力だな、と感心しながら起こすために肩に触れようと手を伸ばした。
 不意に少年の瞳がパチリ見開かれた。エメラルド色の大きな瞳に写り込んだ蜥蜴男の表情は、驚きで変に引き攣っている。しかしトゥールの姿を確認して、それ以上に驚いた様子の少年は慌てて飛び退き、距離を取った。

「誰だてめぇ!」

 急に動いたことで傷が痛むのか、小さく呻き声を漏らしながらも、鋭くトゥールを睨みつける。元々悪い目つきが、睨みつけることで獣じみた迫力を生み出す。年に合わない表情だ、とトゥールは苦笑した。しかし、自分はこんな姿をしているのだから、警戒されるのは当たり前だろう。トゥールは自分の頬の鱗に触れながら、自嘲気味に笑う。

Re: 継ぎ接ぎバーコード1-3 ( No.4 )
日時: 2017/07/01 20:34
名前: ヨモツカミ


「驚かせてすまない、危害を加えるつもりは無いんだ。俺はトゥールという。そっちの眠そうなのはクラウス。……お前は?」

 別に〈能力〉を使用して透明化していたわけではないのに、そっちの、と言われるまでクラウスが隣で目を擦りながら座っているのに気が付いてなかったようで、少年は彼を横目で見て、ビクリと顔を強張らせた。
 名前を聞かれても、やはり警戒しているのか、少年はクラウスとトゥールの顔を交互に見たり、自分の身体に巻かれた包帯や周りの風景をキョロキョロと見回していた。

「怪我の調子どーよ? 治ったか?」

 クラウスはまだ眠たげな声で少年に訊ねる。対する彼は、強張った表情のままクラウスを睨みつけており、武器さえ手元にあれば切りかかってきてもおかしくないような雰囲気だった。そんな少年にクラウスが笑いかけると、ようやく彼は控えめな声で口を開いた。

「……これ、お前が手当したのか」
「んー? オレがやろうとしたけど、トゥールに“お前は包帯をクシャクシャにするだけだろう。あんな芸術的な包帯さばきは二度と披露するな”って言われた。だからオレじゃない」

 クラウスはの1ミリも似てない声真似か、その発言、どちらに効果があったかは知らないが、確かに少年の頬が緩んだのがわかった。穏やかな表情で頷き、少年はトゥールの方を向いて話す。

「そうかい。助かったよ、ありがとうね。僕の名前はジンだ」
「――ジン。そうか。ジンというのか」

 トゥールは、強張った表情で、静かに名乗られた名を復唱する。噛みしめる様に。そんなトゥールの様子を首を傾げつつ見つめながらも、ジンは何も言わなかった。
 それよりも、とジンは思う。自分は何をしていただろうか。殆ど顔を確認する暇もなく体中が切り刻まれて、死にものぐるいで逃げてきた事は覚えていた。しかし、何故こんなところを目指したのか、考えようとすれば頭痛やら目眩がして、何も思い出せなくなる。
 ジンが痛む額に手を当てると、そこにも包帯が巻かれていることに初めて気がついた。トゥールと名乗った爬虫類男には感謝しなければならないな、と2人に見えないように小さく微笑んだ。

「酷い怪我だったけど、誰にやられたん? 噂の死神?」

 クラウスがそう訊ねれば、ジンは僅かに顔を強張らせて首を横に振った。

「わからない。よく思い出せないんだ。“死神”か……あれも死神みたいなものなのかな」

 そう言いながら、ジンはふらりと立ち上がった。足が痛むのか、苦痛に表情を歪ませている。まだ完治してないくせに、覚束ない足取りで歩き出し、階段室の扉に手をかけた。何処に行く、とトゥールが声をかけると、顔だけ2人の方に向けてジンが口を開く。

「手をかけさせたね。ありがとう。僕はもう、行かなきゃ」
「は? いや、待てよ!」

 立ち去ろうとするジンの腕を、クラウスは反射的に掴んだ。丁度そこに傷があったのか小さく呻き声を漏らしたが、クラウスは気付かずに怒鳴りつける。

「こんな暗い中何処に行くってんだよっ。しかも怪我、治りきってないだろ!」
「……煩いな。治ったし、お前には関係無いだろ」
「無いけど! でもさっ」

 煩わしそうに手を振りほどこうとしていたジンが、黙ってクラウスを睨みつけた。ジンのエメラルドグリーンの瞳を、クラウスは金色の目でまっすぐ見つめ、落ち着いた声で言い放つ。

「……お前はここに来た時、俺らに“助けて”って言った、だから。俺はお前を助けたいんだ」

 ジンは目を剥いてクラウスを見る。一瞬、何を言われたか理解できなかったようだ。口を何度かパクパクと開閉して、やっとの思いで言葉を絞り出す。

「助けたい、なんて。馬鹿じゃないの? それに“助けて”なんて……そんなこと……僕が言ったのか?」

 真剣で真っ直ぐな金色の目を見ていられなくなったジンは、俯いて黙り込んでしまった。
 クラウスがジン、と名前を呼ぶと、今度こそ掴まれた手を振りほどき、さっさと階段を降りようとするのを待て、と静止したのはトゥールだった。此方を睨むジンの顔が、どうしてか泣きそうに見えたのは気のせいか。

「これから雨が降るから、外に行くのは止めたほうがいい。それに、また斬られそうになってもこんな暗さとその怪我では、今度こそお前は死んでしまうぞ」

 そこまで言ってもやはりジンは表情を曇らせていたが、数秒の沈黙の後、諦めたように嘆息しながらもわかった、と小さく頷いた。
 よっしゃ、と嬉しそうに声を漏らしたクラウスを横目に、ホッとしたのも束の間、トゥールは鼻先にポツリと冷たいものを感じて、空を仰いだ。顔にぽつ、ぽつりと雨粒が当たる。

「うわ、本当に降ってきた! 中入るぞ!」

 クラウスが先に階段を降りていったので、トゥールとジンも、それを追うように足を進めた。
 トゥールが歩けるか、とジンを気遣って声をかけると余裕だよ、と返事が帰ってきた。それからジンが階段を先に降りる2人を見つめながら言う。

「後悔、しないでね」

 一瞬キョトンとしていたクラウスが、直ぐに笑いながら左手の親指を突き出して言った。

「お前を見捨てたら、オレはもっと後悔したと思うぜ」


* * *


 初めてこの廃街へやってきたのは3週間ほど前。ねぐらを確保するに当たって、トゥールが形を留めていればどこでもいい、等と適当なことを言ってしまったばかりに、じゃあ高くて見張りやすいから此処がいい、とクラウスが指差したのがこの7階建てのボロマンションだった。煙となんとかは高いところが好き、というのは本当のようである。当時、歩き疲れていたトゥールは、適当に頷いていたが、実際住み始めてみて分かる事がある。
 これについては少し考えればわかることだったが、兎に角階段をいちいち登らなければならないのが億劫だった。階段も所々崩れかけており上りにくい。他にも電灯も窓も殆ど割れているし、これだけボロいといつ崩壊するか分からない。等々、問題が尽きない生活。
 唯一の利点と言えば、外敵の侵入が殆どないため、安心して眠れる事くらいだ。ジンのように態々登ってくる奴もたまにいるが、屋上まで上がってくる様なのは本当に稀なので問題ない。
 ――そういえばジンは、あの怪我でこの階段を上がりきったのか。階段の至るところに滴った血の跡を見て、トゥールは顔をしかめる。意識が朦朧としていてよく覚えてないと言っていたが、何を考えてこんなところに逃げ込んだのか。

「どの部屋も住めたもんじゃ無かったから、オレがリフォームしたんだぜ」

 7階、710号室の扉の前でクラウスが得意げに言う。ジンは、へぇ、とあまり興味なさそうに返事をした。
 実際、どの部屋も扉がひしゃげていたり、割れた窓の破片まみれで踏み入れなかったり、酷いものだった。それを、クラウスがマシな部屋を見つけて、リフォーム……何故か家具の殆どを捨て去るという行為を行った。しかしクラウスが先程口にした“オレが”と言うのは少し語弊がある。家具の撤去等の重労働は全てトゥールに押し付けて、彼はこれとこれを捨ててくれ、と頼んできただけで大変な思いなどしていない。オレがそんな重たい物持てるわけ無いじゃん! と何故か自信満々に言うクラウスの姿を思い出して、トゥールは舌打ちする。
 窓から家具を放り投げているときトゥールは途中で面倒になり、どうせ寝に帰るためだけの部屋なら、こんなことしなくていいだろう。最早野宿でも構わない、と言ってみたが、クラウスは頷かなかった。
 ――だって人間の真似事が、したいんだ。
 必死に繕った笑顔と、縋り付くような声が、トゥールの耳にこびり付いていた。
 バーコードは人間の形をしただけの別の生き物なんだと。クラウスは、未だに受け入れきれないのだろう。人間として生まれたクラウスには尚更だ。

「……お邪魔します」

 部屋に入る前に、ジンが小声で言った。出会ったばかりのトゥールやクラウスをお前呼ばわりするくせ、そこだけ礼儀正しいのか。それがなんだか可笑しくて、トゥールは声を出さないように笑う。
 部屋の中は勿論照明がつかない為、静かな薄闇に包まれている。なので代わりに蝋燭に火を灯して、廊下を進む。廊下の途中にはトゥールの寝室と使い物にならない浴室があるが、先ずはまっすぐとリビングへ進んだ。

Re: 継ぎ接ぎバーコード1-4 ( No.5 )
日時: 2017/09/14 23:55
名前: ヨモツカミ

「なんもないね」

 ポツリとジンが言う。彼の言うとおり、白い壁、フローリングの床、窓には多少亀裂がはいっており、部屋の中央に置かれた木の質素なテーブルに、同じく木製の椅子が二脚。後は、部屋の隅にクラウスが寝るための白いソファが置いてある。それだけの、こざっぱりしたリビング。他の家具は何もない。

「完璧な部屋だろ? よくわかんないヤツは全部窓の外から投げたから、こんなに綺麗になったし!」
「え? 何処が――いや、そ、そうかい……」

 ジンはあえてそれ以上は何も言わなかった。
 普通の生活をしてこなかったクラウスは家電やタンスなどの家具の役割を知らないため、使わないものは捨てよう、という発想に至ったのだ。いらないもので狭い空間より開放的なほうが気分が良い。それにもし、この空間で何かと戦闘をすることになったとき、広いほうが動きやすいだろう。

「此処はクラウスの寝室として使っていて、俺の部屋はこっちだ」

 トゥールは先程通り過ぎた寝室のドアを引きながら、ジンを手招きする。
 トゥールの部屋は、クラウスの様に家具を捨てたりはせず、前の住民が設置したチェストやタンス、壊れたスタンドがそのまま放置してあった。そして部屋の中央には灰色の大きなベッドがひとつ。ベッドの下には黒いラグマットが敷かれている。勿論壁には流石にヒビが入っていたが、床はほぼ無傷だ。

「他に寝れそうなとこないから、ジンは、このベッド使って寝るといい」
「は? トゥールの部屋なんでしょ? お前はどこで寝るの」
「俺はいつもラグの上で眠っているんだ。ベッドは使ってない」
「へぇ……。じゃあ、有難く使わせてもらうよ」

 ジンがベッドに腰を下ろして置いてあった枕を手に取ると、硬さを確かめるように抱きしめる。トゥールも触ったことは無かったが、歪み具合からして中身は羽毛だろう。大分柔らかそうな枕だ。
 ふかふかの枕が気に入ったのか、ジンは枕に顔をうずめ、ここへ来て初めて笑顔を見せた。少し子供らしくない話し方をするような気がしていたが、そういう顔をすると、やはりただの子供なんだな、と再確認させられる。
 そんなジンをぼんやり見ていたクラウスが、何を思ったのか楽しそうに両手を広げて構えた。

「ジン、枕投げしようぜ! ヘイパス!」

 トゥールが呆れたような顔でクラウスを見る。――お前、いくつだよ。確か18くらいじゃなかったか? トゥール同様、ジンもクラウスを冷めた目で見つめ、餓鬼かよ、と呟きながら枕を元の位置に戻した。

「子供にガキ扱いされた!? ノリ悪いなぁ……」

 そんなやり取りでしょぼくれているクラウスが可笑しくて、思わずトゥールは頬を綻ばせる。それに気がついたクラウスが何笑ってんだよ爬虫類が! と、冗談交じりに掴みかかってくるのを、軽く尻尾で払い除けた。

「あ、そうだ」

 不意にジンがポツリと呟いて、クラウスの目の前まで歩み寄って止まった。どした、とクラウスが訊ねると同時に、ジンの手がクラウスの服の襟元を掴んで、そのまま、くいっと下に軽く引っ張る。当然、胸元が僅かに露出する。そして、胸元に刻まれた鮮やかな緑色のバーコードが露わになった。

「きゃあああっ、セクハラ!?」

 ジンの奇行にクラウスが慌てて手を振り払い、大げさに後ずさる。ジンの行動にも驚いたが、それ以上に、トゥールは6年間共に過ごして来て初めて耳にする悲鳴に笑いを堪えきれなかった。随分高い声が出るんだな。

「何今の! セクシュアルハラスメントって知ってるか!?」

 大げさに騒ぐクラウスを無視して、翡翠か、と独り言のように呟いたジンが、今度はトゥールの方を見る。そして、トゥールの顔を見上げながら手を伸ばしかけたジンの動きがぴたっと静止した。

「……おいトゥール、しゃがめ。見えない」
「知るか、身長伸ばせチビ。そもそも何がしたいんだ」

 トゥールを見上げて舌打ちをしたジンが手を下げて、先ほどと一切変わらぬ声色で言い放つ。

「紅蓮バーコードだったら、殺す」

 殺気も無い普通の声色だったのに言葉に込められた意味は、この場の空気を一瞬にして氷漬けにした。静まり返った部屋に雨粒が窓を叩く音だけが聞こえる。トゥールの視界の端でクラウスが表情を引き攣らせるのが分かった。
 重い空気を払拭するように深く嘆息しつつ、トゥールは答える。

「……俺が紅蓮バーコードなら、クラウスなんかとっくに殺しているだろう。お前のことだって助けたりはしない。俺も翡翠だ」

 ジンは、じっとトゥールの瞳を見つめた。そこに偽りがないと納得したのか、そうか、と短く答えて、ジンはくるりと体の向きを変えると、再びベッドに腰を下ろした。
 一瞬の間が開いて、クラウスが強張った顔のまま笑う。それから、いつもの飄々とした調子を繕って言った。

「まったく。殺すとか物騒な事言うなや。紅蓮がアブナイのはわかるけど、さ?」

 ついでにクラウスはジンの頭を軽く叩いた。酷く煩わしそうな顔をしながらジンは乱れた髪を軽く整え、クラウスを睨みつけていたが、当の本人はそれ気にする様子は一切無い。
 実際に紅蓮バーコードは、厄介な存在なのだ。そもそもバーコードにも幾つかの種類がある。実験で生み出される成功品である、深い青色の“群青バーコード”。実験の失敗作であり、不完全なバーコードとして、トゥールとクラウスの胸にも刻まれている、鮮やかな緑の“翡翠バーコード”。そして、自分の意思に関係無く殺人衝動に駆られ、誰かれ構わず殺戮を繰り返すようになったり、殺す事を愉悦とする異常な思考に染まる、血のように紅い“紅蓮バーコード”の3種類だ。3色のバーコードのうち、どれかが心臓の上に刻まれている者の事を、人ならざる異形なバケモノ――“バーコード”と呼ぶのだ。
 この街にも紅蓮バーコードは彷徨いているはずだ。普段、トゥールやクラウスが屋上に身を潜めているのは、それの襲撃に備えるためでもある。
 他の理由といえば、もう、この街にはいないと思いたいが……人間の襲撃や、バーコード駆除組織から逃れる為であった。
 バーコードは人間よりも遥かに身体能力が高く、人間が持たざる〈能力〉を所持していた。
 例えば自在に空を舞ったり、水面を歩いたり、体の一部が変形したり、動物の能力を使う者、瞬間移動する者等、あらゆる人間に不可能な事を可能にする異質な力を持つ。故にバーコードは“バケモノ”と呼ばれるのだ。
 バーコードという異形なバケモノの存在は、100年近く前に生まれたと言われている。初めは人類の革命とか言われて重要視されていたが、あまりにも特異な能力や紅蓮バーコードの存在が世界を混乱に陥れた。人間は此方がバーコードと知れば、恐れをなして逃げるか、血眼で駆除しにくる。
 見た目は人間と一切変わらないのに、得体の知れないバケモノが。自分達の想像も付かない力を持った存在が。途方も無く恐ろしくて仕方がないのだ。バーコードである自分たちでさえ、自分自身が恐ろしいのだから。

Re: 継ぎ接ぎバーコード1-5 ( No.6 )
日時: 2017/07/01 20:58
名前: ヨモツカミ

「そういえば、ジンの〈能力〉ってなんだ?」

 クラウスがジンの隣に腰を下ろして訊く。何故かジンが、座り直すついでにクラウスとの距離を取っていたが。

「僕のは〈シュナイダー〉っていう……まあ、コレを出す能力だよ」
 
 そう言ってジンが右手の人差し指と中指を突き立てると、指先に黒い粒子のようなものが集まって、それらは一瞬で形を成す。1つ瞬きする間に、柄も刃先も黒一色のナイフの様なものが出現していた。勿論冗談のつもりだろうが、ジンはナイフの刃先をクラウスの顔に向ける。ちょっとマジヤメテと、クラウスが笑いながら言うが、その声には余裕は無く、笑顔もかなり強張っていた。
 そんな彼を鼻で笑いながらナイフを下ろし、お前のは? とジンが訊ねると、悪戯する前の子供のように無邪気な笑顔を浮かべてクラウスはベッドから立ち上がる。

「よぅく見てろよー……」

 ニヤニヤしながら言った直後、クラウスの色がスーっと薄く透けて、そこには最初から誰もいなかったかのように、忽然と姿を消した。
 ジンが、途端に目を丸くして、さっきまでクラウスがいたところに手を伸ばす。やはり何も無いようで、その手はただ虚空を掴むだけだった。
 トゥールにはクラウスの姿が認知できており、ジンの手を避けつつ両手を彼にそっと近づけて、何か企んでいるのも全て筒抜けだった。しかし、それを止めはせず黙って見守っていると、パンッ大きく乾いた音。クラウスがジンに猫騙ししたのだ。
 ジンは殆ど何が起こったか分からずに悲鳴を上げながら飛び上がり、後ろにひっくり返った。

「ヒヒヒ、新鮮な反応だな! 〈チェシャー〉つって、見ての通り透明になる能力だぜ!」
「……てめぇ何処にいやがる」

 ジンが虚空を睨みつけながら低い声で唸るように言った。未だに姿を表さないクラウスを探してキョロキョロしながら、黒いナイフを構えている。ニヤニヤしながら、そっとクラウスがナイフを持ったジンの腕を掴むと、突然彼が姿を現した。ヒトに触れると、自動的に透明化は溶けてしまうのだ。
 楽しそうなクラウスをジンが忌々しげに睨みつけていたが、馬鹿らしい、と呟きながら掴まれていた腕を払い除ける。それから不機嫌そうな顔のまま、小さく嘆息したジンがトゥールに視線をやった。

「お前は見たまんまだけど……蜥蜴になる能力?」
「ああ。俺のは〈サウルス〉という。爬虫類に出来ることは大体可能なんだ。例えば蛇と同じで、体温を認知することが出来るから透明になったクラウスの姿もサーモグラフィの様に見る事が出来る」
「へぇ? ということは、君はさっきクラウスが僕にクソみたいな嫌がらせをしている姿を、ただ黙って見ていたってことだよね?」
「あ……いや、それは……」

 トゥールは口籠りながら目を逸らした。あまり無闇なことを口にすれば、彼の黒いナイフで刺される恐れがあったし、刺されても文句は言えないだろう。目を合わせようとしないトゥールに黒いナイフを突き立ててくることは無かったが、代わりに何も言わずに睨み付けるジンの視線は、ナイフのように鋭く突き刺さっていた。
 やっと目を合わせてトゥールが短くすまない、と謝罪するとジンは軽く舌打ちした。

「まあいいよ。それよりずっと気になってたんだけど、トゥールはずっと爬虫類のままなんだね。〈能力〉解かないの?」

 トゥールは曖昧に微笑んだ。あまり触れてほしく無い話題だったが、態々こんな姿で居続けるのはとても不自然なことで、誰だって疑問に思うだろう。尻尾や異形な手足、体中の鱗。バケモノじみた容姿のまま生活することの利点など、何一つ有りはしない。
 絞りだすような、溜息にも似た掠れ声でそれを言葉にする。

「……解けないんだ。生まれつき、な」

 表情から何となく察したのか、ジンは一瞬悲しそうに顔を歪ませて、そう、と一言返し、それ以上深く追求しては来なかった。
 トゥールが翡翠バーコード……失敗作たる理由。〈能力〉の発動が、解けないのだ。
 バーコードと人間の親を持つと、産まれる子は必ず翡翠バーコード。不完全なバーコードが産まれる。トゥールの父親はバーコードで、母親は人間だった。
 バーコードの誕生など誰も祝福せず、生まれつき蜥蜴のような姿をしていたのだから尚更で、トゥールは生まれたことを疎まれ続けて生きてきた。父はトゥールが生まれて直ぐに失踪――死んでしまったのかもしれないし、家族を置いて逃げたのかも分からないが、ある日姿を眩ませた。それから人間である母と兄と、トゥールの3人は村で暮らし、“バケモノを匿う家”として家族は村から孤立していた。それでも母親はトゥールを責めることも恨むことも忌むことも無く、ただ、愛してくれた。……兄はトゥールの事を心から嫌悪し憎んでいた為、毎日暴力を振るったりもしたが。“お前がいなければ”“死ねばいいのに”と、時折彼が口にした言葉はトゥールの思いを代弁していた。トゥール自身も自分の存在が疎ましくて仕方なかったし、異形な自分が許せなくて、死んでしまおうと思うことだってあったのだ。いっそ殺してくれればよかったのに。村人に家が放火されるあの日まで、自分も兄もトゥールを殺す勇気などなくて。

「トゥール? 何変な顔してんの」

 思考に浸っていたトゥールは、クラウスの声で現実に引き戻される。いつの間にかすぐ目の前にクラウスが来ていた。
 心配そうにトゥールの顔を見上げて、クラウスが微笑む。

「何だよ、もう眠いのか? 寝る子は育つとはよく言ったもんだよな! 身長伸びすぎだろ爬虫類が!」
「……お前が寝なさすぎるんだろ。だから隈だって取れない」

 なんだとー、とトゥールに掴みかかってくるクラウスを尻尾であしらっていると、それをぼんやり眺めていたジンが、1つ大きく欠伸をした。ベッドの上であぐらをかいて、眠たそうに目を擦る。

「ありゃ、子供は寝る時間だしな。今日はもう寝るか」
「ふぁぁ……だれが子供だぁ」
「お前しかいないだろう」

 ジンは既にベッドに横になって、布団を被ろうとしていた。恐らく怪我も治りきって無いのだから、早く寝たほうが良い。顔には出さないが、見た目以上に衰弱しているはずだ。
 クラウスが軽く手を振って、じゃあお休み! とリビングへ向かうのを見届け、それからトゥールは蝋燭の火を吹き消して、ラグの上にうずくまるようにして目を閉じた。

「おやすみ……」

 眠そうな声で言ったジンに、おやすみ、と返してトゥールは眠りについた。


* * *


 寝返りを打つと裂かれた胸元の傷が僅かに疼き、ジンは思わず顔をしかめた。治りかけではあるものの、心臓を狙ったあの一撃は肋骨も砕いていたようで、予想以上に治りが遅かった。死んでいたっておかしくなかったはずなのに、こうして温かいベッドの中で痛みに耐えていると、生きていることを実感する。
 ジンはベッドの中、眠る気にもなれずに目を閉じて思考を巡らせていた。あの女に殺されかけて、死にものぐるいで逃げ込んだマンションに、まさかバーコードがいるとは思わなかった。しかもあんなお人好しな奴らだったとは。ジンがいくら怪我人でも、見ず知らずの奴をそう簡単に助けるか。
 ――オレらに“助けて”って言った、だから。オレはお前を助けたいんだ。
 クラウスの言葉を思い出して、眉間に皺がよる。他人と関わることは極力避けようと思っていたというのに、自分の弱さが声に出てしまったのだろうか。関われば関わるだけ、後で辛くなるだけなのに。
 ……駄目だ。もう、誰かに頼ってはいけない。これは、自分勝手に始めた事なんだから。
 不意に布の擦れる音がして、トゥールが上体を起こしたのが気配でわかった。

「起きてるか」

 目を閉じているだけのジンに、トゥールが声を潜めて話しかける。こんな夜中に何のようだろう。起き上がるか狸寝入りするかで迷っていると、もう一度声が掛かった。

「起きてるか……“死神”」

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