複雑・ファジー小説

失墜  【完結】
日時: 2017/04/04 23:25
名前: 三森電池 ◆IvIoGk3xD6
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=19157

歪んだ恋愛小説です。苦手な方はご遠慮ください。


>>1 あれそれ

☆この作品の二次創作をやってもらっています。
「慟哭」マツリカ様著 URL先にて
「しつついアンソロ」雑談板にて掲載中 

キャラクター設定集 >>80-81
あとがき >>87

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Re: 失墜  【完結】 ( No.96 )
日時: 2017/01/21 00:43
名前: 三森電池 ◆IvIoGk3xD6

>ねぎさん
 いつもお世話になっております、三森電池です。このたびは、感想をいただきありがとうございます!
 半年と言う短い間ですが、本当に、応援してくださる方のおかげでここまで来れたと思います。語彙力全然減ってないですよ!笑 あんまり嬉しい感想だったので何回も読み返しました。素敵な文章を書かれる方が、私の書いた文に、自分の言葉で感想を伝えてくれる、という事の多幸感はすごいんです。特に、浅葱さんは(当時はお名前が違いましたが)、私がカキコを利用し始めた時から憧れていた作家さんのひとりだったので、今ツイッターでなにげなく会話していますが、実はとっても舞い上がっています笑

 失墜の人達は頑張って生きています。自分の立場を守るためだったり、嫌いな奴の立場を崩すためだったり、とにかく四人必死になって誰かが誰かを出し抜かないように見張っている、そんな感じです。そのためにはくだらない見得も張るし、相手を蹴落とすこともいとわない。私もこの人たちとはまだギリギリ同年代ですが、こんな感じの、汚くてドロドロな感情の交錯は、美しいと思います。人間が、手段を選ばず奔走する姿が好きなんです。笑
 私はとにかく登場人物を精神的に追い詰めるのが大好きな人なので、メインキャラには全員地獄を見てもらいました。詰め込み過ぎた感は否めませんが、上手にまとめられたのならよかったです!

 私も、実はあんまり深く考えないで書いてるんですよね。キャラが独り歩きを始めると好きにさせてしまうので笑 それに、このお話は視点が二転三転します。メインの四人はそれぞれ違った主張と目標を持っていますし、一人に入れ込まず、遠くから静観するのは、実は一番正しい読み方なのかもしれません…)^o^(

 嬉しいお言葉を、本当にありがとうございます。とてもとても、励みになります。
 よろしければ、引き続きツイッターの方でも仲良くしていただけたら嬉しいです!('ω')
 

Re: 失墜  【完結】 ( No.97 )
日時: 2017/01/21 09:44
名前: あぽろ

昨日の深夜、完結という言葉につられて飛んできました。
そしたらどっぷりはまってしまって、3時ぐらいまで読んでしまいました…
本当に単行本を読んでいる気持ちになって、素晴らしい小説だなあと感心してしまいました。
もっと早くこの小説を見つけてればなあと思いました(笑)
何はともあれ完結おめでとうございます。
あいにくTwitterはしていないので絡むことができませんが…。
これからもこの小説をちょくちょく読んでいこうと思います。
前々から読んでいる者では無いので、偉そうな意見は言えないのですが、
こんなにここのサイトでのめり込んでしまった小説は初めてです。

こういう小説を書ける人を尊敬しているので、あなたを勝手に尊敬させていただきます。))

二回目ですが、完結おめでとうございます!

Re: 失墜  【完結】 ( No.98 )
日時: 2017/03/20 01:08
名前: 三森電池 ◆IvIoGk3xD6

>あんずさん
 いつもお世話になっております、三森電池です。
 お忙しい中、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。進んで読書をするタイプではないので、特定の作家さんから影響を受けている、ということはあまり意識していなかったのですが、独特の魅力と言われるとかなり嬉しいものがあります。

 失墜の人達は、みんなどこか私に似ています。そりゃあ、クラスメイトを殺そうと企んだりはしていませんが笑 メインストーリーから少し離れた部分で、私と同じ思想を繰り広げたり、同じ運命を経験していたりします。失墜は今まで私が書いてきた話で一番長いので、そういった小話をこれでもかというほどちりばめています。メインの話の現実から少しだけずれている感じと、それを取り囲む、生々しいありがちな話が、お話に微妙な現実感をもたらせていたのなら嬉しいです。
 私の書く話は今も昔もこんな感じですが、あんずさんにはずっと前、それこそ私がこの掲示板で活動し始めた直後から、作品を読んでいただいていて、本当にありがたいです。あの頃よりは確実に成長している自信はありますが、前の作品も変わらず好きでいてくださって、カキコでの私の活動と切っても切れないほど恩が大きいです。

 物語が終わって、私はほっとした気持ちと寂しい気持ちが半々な感じです。今はとりあえず、登場人物たちを区切りのいい場所まで連れていけた安心感が大きくて、しばらくはこの人たちの作品は書かないかなあ、と思っていたのですが、私が思っていた以上にこのキャラたちに愛着がわいてしまったので、近いうちに短編で書くかもしれません…笑 

 私がまたカキコで書き始めるきっかけに少なからずあんずさんが影響している私としては、嬉しい言葉をいただくたびに、それにきちんと返事が出来ているだろうかと不安になります。もう少し私に文章力があれば、もっと上手に感謝の気持ちを伝えられたのですが、今はもう、ありがとうございますと頭を下げるのみです…。この話も、昔の今まで読んでいただいた話も、最後まで書き上げてよかった、今はただそう思います。
 感想をいただき、本当にありがとうございます。よろしければこれからも、仲良くしていただけたら幸いです。


>あぽろさん
 お返事が遅れて申し訳ありません、三森電池です。このたびは、小説を読んでいただき、さらには嬉しい感想まで頂き、ありがとうございます。
 深夜までこんな暗い小説に付き合わせてしまい申し訳ないです(笑)
 いえいえ、普段付き合いがある人の小説なんかは、私もどうしても贔屓目で見てしまう部分があるので、あぽろさんにこういった感想をいただけたことをとても嬉しく思います。
 私も決してここで書き始めて長くはないですが、まだまだ沢山面白い小説があると思うので、これからもお互い執筆頑張りましょう(*´ω`*)
 感想、ありがとうございました。機会があれば、私もあぽろさんの小説を拝読したい所存でございますー!

Re: 失墜  【完結】 ( No.99 )
日時: 2018/01/12 13:51
名前: 三森電池 ◆IvIoGk3xD6

【He Is】

 何度見ても知らない電話番号である。
 わけあって地元を離れて生活をしている僕に、わざわざ電話をかけてくる人間なんて家族くらいしか居ないので、最初は無視するつもりであったが、どうも一週間くらい前から、この相手から電話が頻繁に来ているようだ。不審に思い、業者だろうかと番号で検索をかけても心当たりはない。意を決して、僕はその番号に、電話をかけてみることにした。もしかしたら、なにか重要な用事かもしれないし、間違い電話だとしたら、何回もかけてきて迷惑なんだよ、殺すぞ、くらい言ってやりたいのだ。
 受話器を手に当て、指で番号を辿り、しばしの間の後、電話特有の機械音が鳴り始める。相手は僕の電話を正座して待っていたかのように、すぐに出た。こっちが驚いてしまいそうだった。

 「……もしもし?」
 『もしもし』

 女性だ。しかも、僕と同じくらいの歳の。わけあって、高校を辞めて一人暮らしをしている僕に、女性の知り合いなんて一人もいない。同年代の女と会話をしたのは、高校の時好きだった瀬戸さんが最後だと記憶している。やっぱり間違い電話じゃないか。あまり会話が得意ではない上に、電話はさらに苦手な僕は、相手がなにか切り出すのを待っていた。
 待っていたのだが、相手もずっと僕の出方を待ち続けていた。電話特有の、居心地の悪い沈黙が流れる。

 「……あの……」
 『小南ですけど、矢桐さんですか?』

 その、電話越しでもわかるような、単調で面白くない声は、思い返せば、どこかで聞き覚えがあった。
 小南さんの名は知っている。高校の時、同じクラスだった女の子だ。ありえない話だが、僕は過去にクラスの男を殺害しようとしたことがあり、小南さんは、その男と恋人関係にあった女だ。そいつは、青山瑛太は、僕の持っているものを、例えば金なんかを全部奪い、さらには好きだった瀬戸さんまでも奪い、それでもクラスではちゃんと自分のポジションを確保していた、とんでもないクズなのだ。あいつを殺すためだけに生きていた、と言える時期さえあった。あいつが憎い、それは、今思い返しても変わらない。僕はあいつにそれだけの仕返しをしたと思っているし、あいつが人生のどん底まで落ちてくれたなら、僕なんてどうなってもいい。
 嫌なことを思い出したな。最近、忙しくてゆっくり考えることもなかった。

 「……久しぶり。何の用?」
 『来年、成人式があるじゃない?』
 「そうだね、僕は出ないけど」
 『やっぱ、そうだよね。……でもうちはそこの所厳しくって、出ろって親もうるさくて』

 振袖着たい気持ちはあるんだけどね、やっぱりあのクラスメイトたちには会いたくないよねえと、小南さんは笑う。そんな事で電話してくるなよと僕は思っている。
 僕は青山瑛太を殺害未遂し、青山は僕から金を奪い取っていたため、二人揃って元々いた高校は退学になったが、もう一人、小南さんも転校という形であの高校を辞めていた。
 最後の方の彼女は、もう僕にも見てられなかった。仲が良かったはずの女子達にもいじめられ、僕なんかに青山への仕返しでレイプされて、ついには、自殺未遂まで起こそうとしていたらしい。確か市内の女子校に転校したはずだったので、あとは平穏に暮らしていれば良いな、くらいに思っていたのだが、僕にこんな電話をかけてくるくらいだ、きっと元気なのだろう。僕は早く電話を切りたくて仕方ないけど。

 「まあ、出たいんなら誰も止めないんじゃねえの、小南さんは友達多いし」
 『なにそれ、嫌味? あはは』

 小南さんは、楽しそうに笑っている。
 電話を繋いだ時からの違和感が、とうとう顔を出した。はて、こんな笑い方ができる人だっただろうか。僕の知る小南さんは、黒髪で、色が白くて、異様に整った顔に、細い手足、と、なんだかラブドールみたいな造形で、人形だから感情にも乏しく、少し無愛想なイメージがあったのだが、今の彼女は、そのへんの普通の女と同じように笑っている。
 別に僕は小南さんがどうなろうか、どうだっていいのだが、明らかに前よりは明るくなった。新天地で、平和に暮らしているのだろうという想像は、勝手に確信へとなり得ていた。

 「……で、用事ってそれだけ?」
 『ううん』
 「早く話してくれないかなあ、僕も暇じゃないし……」
 『……瑛太のこと。今もね、大学が近いから、なぜかよく会うけど、あ、付き合ってはないけどね。矢桐くんのこと、後悔してるって、本当は、あの時なんでも話せたのは矢桐くんだけだから、もっとちゃんと、友達になればよかったって』
 「……切ってもいいかな」
 『あ、ごめんね、ごめん。こんなの聞きたくなかったよね。久しぶりだったから、喋りすぎちゃって』
 「でもさ、最後に一つだけ、聞いていい?」

 うん、いいよ、なんでも聞いてと小南さんは言う。あの言い方では、彼女はまだ青山瑛太と仲良くしているらしい。僕の目標は、僕の生きがいは、青山をどん底に陥れる事。殺害を配信した、その動画はサイトをいくつも辿らないと見られないけれど、二年経った今でも、あいつだけ、僕にずっと謝り続けていたら良い。自分のしたことすべてを後悔し、死にぞこなった酷い顔で、醜態を晒して生き続けていたらいい。
 どうか、あいつが、いまでも不幸でいますように。僕は小南さんに聞く。

 「青山瑛太って、今何してんの?」
 『瑛太はね、大学生してるよ、今。高校が四年制の通信だったから、卒業するのに余分に一年かかってるけど、ちゃんと大学は入れてるよ。お金は、もうモデルはできないけど、ちゃんとバイトで稼いでるみたい。矢桐くんとのことで反省したんだろうね、すごく真っ当に生きてるよ』

 小南さんは、電話越しで、よかったねと言って笑った。
 なにも良くない。僕は青山に反省してほしいわけじゃない。僕に謝って欲しいんだ。謝った上で、もう貧乏人が夢見るのはやめますと言って、地を這い、血を吐きながら生きてほしいんだ。
 長いこと電話を繋いでいたらしい。小南さんは、長電話してごめんね、と謝ったあと、元気そうでよかった、じゃあまたね、と言い残して電話を切った。全然元気じゃないけど、僕も、じゃあねと言った。もう二度と会話しないかもしれないからだ。

 「くっそ、結局、勝つのはいつもあいつかよ……」

 ソファーに倒れこむ。僕の目の前には、数学、現代文、カラフルなテキストが広がっている。青山は大学生。僕は何もしちゃいない浪人生。今年も大学に入れるかどうかすら、わからない。全然勉強していないのだから、きっとだめなんだろうな、僕は何にだって負けてるから。
 あいつだけは、幸せになって欲しくなかった。僕が全国民の前であいつにナイフを見せたじゃないか。あいつが死ぬべき人間だって証明してみせたじゃないか。のうのうと今、大学生として暮らしているあいつは、過去に僕を恐喝し、殴り、全てを奪った大悪人だ。ちょっと顔がいいだけで、ちょっとモデルをしているだけで、可愛い彼女がいるだけで、調子に乗りやがって、そして本性がバレて相手にされなくなると、さみしいからとか言って、都合のいい時だけ僕に擦り寄ってくるような、そんな奴だ。
 あいつは僕に謝り続けてさえいればいい。どうして今僕がこんなに苦しんでいて、青山瑛太は幸せに笑っているんだ。

 物置に、母さんが思い出だと言って卒業アルバムを詰めていたのを思い出す。高校は卒業できなかったからアルバムはないのだが、青山瑛太とは、中学が同じだったため、僕は迷わず中学のアルバムを手に取り、開いた。少しページを飛ばすと、クラスごとの個人写真が出てくる。僕が所属していた一組、知り合いも居なくなんの思い入れもない二組を飛ばして、三組の、名簿一番、青山瑛太を見つける。
 青山は、写真の中で優しげに佇んでいる。モデルをやっていただけあって、表情も完璧だ。ぱっちりした二重の目も、透き通るような鼻筋も、薄く微笑む唇も、全て、周りの有無現象じみた生徒とはかけ離れていた。だけど、この頃から僕は、奴に金を取られ続けているのだ。こんな綺麗な顔をした悪魔に、僕は今でも、苦しめられている。バラバラになった、なにひとつ進んでいない教材の上に卒業アルバムを乗せる。

 「どうして、死んでくれなかったんだよ」

 マーカーペンで、その顔にバツ印を書き込んだ。罰が当たるなんて知ったことじゃない、僕は一度こいつに刃物さえ向けている。それでも写真の中の青山瑛太は、こっちを見て、僕を馬鹿にしたように笑っていた。
 結局、未だ苦しんでいるのは僕だけだ。僕は卒業アルバムを閉じて、そのまま、ゴミ箱に捨てた。僕だけがいつまでも不幸だ。どうして、なにもかも、こんなにうまくいかないんだ。

 「あいつが、いちばん不幸になりますように……」

 意味のない祈りを捧げることしか、今の僕には、できない。しかしこんな祈りで叶うなら、僕はあいつをもう殺せている。外からは、楽しそうな大学生の声が聞こえてくる。うるさいな、死ねばいいのに。タバコに火をともした。みんなはだんだん大人になっていくのに、僕は、どうにかしてあいつを殺したいとわがままばかり、言うだけだ。


(お久しぶりです。完結一年を記念して、短編です。明日、対になる短編【She Is】を掲載します。)

Re: 失墜  【完結】 ( No.100 )
日時: 2018/01/14 13:10
名前: 三森電池 ◆IvIoGk3xD6

【She Is】

 講義を終えて、学生たちは次々と立ち上がる。僕は手元の教材をファイルに閉じて、できるだけゆっくり帰り支度をはじめる。今あの混雑した出口に向かうくらいなら、少し待って行った方がいいだろう。

 「あー、疲れた。難しかったなぁ、ミクロ経済学。瑛太たちって、毎日こういうのやってんのかぁ」

 隣で、僕の友達である渋谷翔が眠そうに目を擦り、欠伸をしながら体を起こす。
 彼は、今服飾系の専門学校に通っている。今日は学校が休みで、大学の授業を一度受けてみたいと言い出したので、僕がこの講義に連れ込んだのだ。大きな教室と黒板と、さらには各席にひとつは配置されたコンセントを見て、翔は物珍しそうにしていて、私立大学だとこんなもんだよ、と僕が言うと、俺も大学に行けばよかったなあと返して、笑っていた。まあ、彼はその十分後には、教授の長いお話に耐えかねて眠ってしまったのだけれど。

 「こんなんばっか勉強して大変だなあ、これからバイトだっけ?」
 「もう随分慣れたよ。バイトは十八時から」

 出入口も空いてきたころ、僕らは立ち上がり、人の流れに沿って歩き出す。そんな単純な作業をしている時に、翔は突然言い出した。

 「瑛太って、まともになったよなぁ」
 「翔だってまともになったよ。昔はあんなにピアスも開けて金髪だったのに、今はかなり落ち着いたし」
 「そういうんじゃなくて。バイトも始めたしさ、最近柚寿ちゃんとも会ってるんだろ」
 「まあ、進学先が近かったから、たまに連絡取ったり会ったりするね」

 確かに僕は、前から比べたら幾分かはまともになった。もう僕は、あいつから金を奪って生活するようなことはしていない。
 あれから僕は高校をやめて、通信制の学校へ移った。最初はあいつがまた刺しに来たらと思うと怖くて外に出られなくなったり、柚寿や瀬戸さんにしてしまったことを思い出しては極端に憂鬱な気分になってしまったりして、通学することが難しくって、登校日には休んでばかりいた。それでも、普通の人よりは一年多くかかったけれど、無事卒業することはできたし、奨学金で大学へ行くこともできている。大学生になってからはレストランのウェイターのバイトも始め、それなりに得た金で、それなりに生活をしている。
 ただ、好きだったブランドの服とか、誰かへのプレゼントとかで、少し高価なものを買おうとすると、お前には不相応だ、と矢桐に言われているような気がどうしてもしてしまい、今でも買えずにいる。殺されかけたあの時を思い出すと夜眠れなくなることもある。それを振り切って、なんとか毎日暮らしている。大学でも友達はできたし、充実しているはずなのに、未だにあいつのことが怖い。
 もう二年も経つのに、僕はまだ完全には踏み切れてはいないのだ。

 「いーや、僕、全然まともじゃないよ」
 「んー、そうか? 瑛太がそう言うんなら、そうなんだろうなぁ」

 さっきまで授業を受けていた九号館を出ると、外は広いキャンパスが広がっている。僕はもう授業はないので、翔と一緒に正門まで歩く。紅葉の季節なのか、構内の木は赤や黄に色を変えていた。今年は、時間が過ぎるのがやたら早いのは、忙しいからだろうか。

 「で、柚寿ちゃんはどんな感じ?」
 「元気だよ。今薬学部で勉強してるらしいけど、なんか悔しいよなあ、僕と一緒にいた時よりずっと楽しそうにしてるよ」
 「だろうなあ。あの子、瑛太の隣でニコニコしてるだけだったしさ、心配だったけど、うまくやってんなら良いじゃん」
 「そうだけど、やっぱり悔しいものは悔しいんだよ」

 大学から駅までは、徒歩五分くらいで行ける。僕らこれからバイトで、翔にも用事があるため、そこでさよならだ。高校の時はよく遊んでいた翔とも、今別れると、これからしばらくは会わないんだろう。それは柚寿も一緒で、あんなに毎日会っていたのに、次は試験が終わった三ヶ月後ね、と約束を交わす時、そんなに長い期間会えないのかと思ってしまう。今毎日のように遊んでいる大学の友達とも、いつかはこうなってしまうんだろう。
 日が暮れかけていた。街にはオレンジが降り注ぎ、講義を終えた学生がいろんな塔から吐き出されてくる。
 僕はそれを横目で見ながら、翔に言う。

 「そんで、どうなの、きょーちゃんとは」
 「別に、仲良くやってるよ」

 夕暮れの下で、翔は照れたように笑った。
 翔は今、僕が最低なことをしてしまった女の子、瀬戸さんと付き合っている。最初聞いた時は、翔と付き合うなんて、あまりにも瀬戸さんが浮かばれないだろうと反対したのだが、意外にも、もう半年以上関係は続いている。僕のクラスにいた、柚寿の友達の紅音さんを一ヶ月もしないで振るような翔はどこへやら、「この子のこと、ずっと前から好きだったんだ」と言い瀬戸さんを溺愛している様子の翔を見る度に、あの子は翔に任せて正解だと僕も思うようになった。外見も今は大学に居てもすっかり馴染むようになったし、翔は、僕よりもずっとかっこいい。王子様なんかいないんだと瀬戸さんに言ったことがかつてあった気がしたが、今の翔を見ると、あの時の言葉も嘘のように思えてくる。

 「で、瑛太は? なんかないの?」
 「うん、僕は彼女いないし。なんにも面白くないよ」
 「柚寿ちゃんは?」

 だから、もう柚寿とは付き合ってはいないって、何度も言ってるだろ、と笑う。
 それでも今年のクリスマス近くに、少しだけ、準備はしてある。付き合っていた頃のように豪勢なお祝いはできないけれど、今度はちゃんと僕の稼いだお金で、彼女をもてなしてやりたいと思っている。もう一度付き合ってくれとはまだ言えない。でもいつか、きっと来年の夏には、また僕が一番に誕生日を祝えたらいい。そんなこと、まだ翔には言えはしないけれど。
 コンビニのところを曲がると駅がある。翔は、案内してくれてありがとう、楽しかった、けど眠かった、と礼を言う。僕も正直あの授業は眠かったので、それを素直に言うと、彼はやっぱりな、と言って笑った。
 地下鉄の駅への階段を降りていく翔に手を振る。次はまた忘年会で、と挨拶をした。あと三ヶ月近く、仲のいい友人に会えないのは悲しいが、三ヶ月なんて、期間としては長くても、実際暮らすとあっという間だ。またすぐに会える。
 翔といると、色々昔のことを思い出す。矢桐は何をしているのだろう。僕と矢桐は強制的に連絡手段を絶たれてしまったため、今、何をしているのかも知らない。まあ、あいつは金持ちだから、たぶんどこかで大学生でもやっているのだろう。僕は今でもたまに矢桐が殺しにくる夢を見ては呼吸が苦しくなっているのに、あいつはきっと、金持ちだから、普通に暮らせているんだろう。
 そして、そんなことを考えている暇もない中、僕はこれからアルバイトだ。大学から少し離れたところにある洋食のレストランの時給はいくら深夜にシフトを入れても千円前後で、高校の時と比べたら、自由に使える金は全然無くなったが、常連客と話したり、先輩と仲良くなったり、なかなかに楽しくはある。あまり気乗りするものではないが、バイトは僕の完全に狂った金銭感覚を少しずつ直してくれている。
 信号を渡り、大学から離れた方へ向かう。東京は道さえ広く、大学へ向かう生徒、もしくは授業を終えてどこかへ向かう生徒が、横並びになって歩いていた。バイトまではまだ時間はある。久しぶりに、柚寿に電話でもしてみようかと思いながら、その後ろを歩いていた。

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