複雑・ファジー小説

朗らかに蟹味噌!【短編集】
日時: 2020/08/04 11:12
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

カニミソ。あれって、カニののうみそじゃないって知ってた? 大人でも知らないものだよね。実はカニのないぞうを食べていたんだよ。ないぞうってあんなにおいしいんだねえ。さて、君のぞうきもおいしいのかなあ。ねえ、へんじをしなよ。……もうしんじゃったの? だらしないなあ。それじゃあ、いただきます。


【ご挨拶】
息抜きになんとなく短い文章を書くことが多々あります。気分と雰囲気で綴る文章に終着点は無いし、続きもない。それでもせっかく書いたのに放置し続けるのもなあ。
ということで色々と飽きたら名前変えまくってるけど、ただの短編集です。


・最近読み返して気に食わなかったやつは消し消ししました。
・◆とあるのは雑談掲示板にて浅葱と共に開催しているSS練習スレ「添へて、」に投稿した作品です。
・◇とあるのは雑談掲示板にて私が開催しているSS投稿スレ「みんなで作る短編集」に投稿した作品です。
・新たに「あらすじ」を追加しましま。題名だけ見てもどんな話かわからないから、好みじゃないSSを読んで時間を無駄にしてしまうかも! そんなのやだ! って方の役に立てばいいなと思います。

【目次】
〈徒然と欠陥ハート〉あらすじ>>18
♯1 アリスの夢想録 >>1
♯2 ゆめできみをころしたい >>2
♯3 DELETE
♯4 DELETE
♯5 未完の隙間を埋めてくれ >>5

〈回答欄満た寿司排水溝〉あらすじ>>19
♯6 綻び朽ちゆく◆>>6
♯7 問一、勇気とは何であるか?◆>>7
♯8 アルミ缶の上にある未完 >>8
♯9 金星と僕らの自殺志願 >>9
♯10 生きをする夢 >>10
♯11 問二、将来の夢を答えなさい。>>11
♯12 夜這い星へ、 >>12

〈添付レートのような。〉あらすじ>>23
♯13 天駆ける幸福◆>>13
♯14 枯れた向日葵を見ろ◆>>14
♯15 鏡の国の偽りを見つけて◆>>15
♯16 問三、あなたらしい答えとは?◆>>16
♯17 七夜月アグレッシブ◆>>17

〈虚ろに淘汰。〉あらすじ>>27
♯18 泡沫に問うた。 >>20
♯19 狂愛に問うた。 >>21
♯20 雪を待つ絵師 >>22
♯21 幸福に問うた。 >>24

〈曖昧に合間に隨に〉あらすじ>>35
♯22 波間に隨に >>28
♯23 別アングルの人◆>>29
♯24 狭間に隨に >>30
♯25 トゥイードルの道化師 >>31
♯26 ドールハウス◆>>32

〈たゆたえばナンセンス〉あらすじ>>41
♯27 知らないままで痛い◆>>36
♯28 藍に逝く >>37
♯29 Your埋葬、葬、いつもすぐ側にある。 >>38
♯30 言の葉は硝子越し >>39
♯31 リコリスの呼ぶ方へ >>40

〈拝啓、黒百合へ訴う〉あらすじ>>51
♯32 報われたい >>42
♯33 真昼の月と最期の夏 >>43
♯34 泥のような人でした。 >>44
♯35 夜に落ちた >>47
♯36 模範解答の行く末 >>48
♯37 銀と朱 >>49
♯38 海の泡になりたい◆>>50

〈ルナティックの硝子細工〉あらすじ>>56
♯39 愛で撃ち抜いて >>52
♯40 キュートアグレッション >>53
♯41 あたたかな食卓 >>54
♯42 さみしいヨルに >>55

〈ジャックは死んだのだ〉あらすじ>>64
♯43 さすれば救世主 >>57
♯44 ハレとケ >>58
♯45 いとしのデリア >>59
♯46 大根は添えるだけ >>60
♯47 ねえ私のこと、 >>61

〈ロストワンと蛙の子〉あらすじ>>70
♯48 愛のない口付けを >>65
♯49 ケーキの上で >>66
♯50 だって最後までチョコたっぷりだもん◆>>67-68
♯51 暗澹たるや鯨の骸 >>69

〈愛に逝けば追慕と成り〉
♯52 鉄パイプの味がする >>71
♯53 リリーオブザヴァリー◇>>72
♯54 海に還す音になる◇>>75
♯55 そこにあなたが見えるのだ。◇>>76

〈朗らかに蟹味噌!〉

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Re: 愛に逝けば追慕と成り【短編集】 ( No.74 )
日時: 2020/07/14 21:58
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

>>花ちゃん

タイトル私もお気に入りでした。私も食べたことないけど、錆とかついてて苦いんだろうなって思ってる。
この作品が私のために書くものなら百合にしたかもしれないけど、花ちゃんのために書くと考えたら、歪な男女関係がいいよなって思いまして。
友人が村上を好きになったのは、普通に高校デビューしてモテてたので、オチました(笑)

そう、あれだけ酷いことしたのに、最後には優しくするんですよ。痛いのに我慢できたね、泣かなかったねって。リアルでいたらころしてやるレベルの嫌悪感しかありませんが、これはSS。物語の登場人物としては最高に魅力的なんですよね、村上。

裏事情としては、はなちゃんの言うとおりです。村上は多分主人公に好意を持っています。それこそ「好きな子はとことんいじめたい小学生」なんですよ。キスをしたのは、好意があるからです。でも、意地悪もしたかった。好きだからキスしたくて、好きだから彼女の嫌がることしたくて、そんな幼稚な口づけでした。はなちゃんの解釈大体あってます。そういうの全部伝わってくれて嬉しいな。

悪いことをしたら反省するのは当たり前なのでね……こんなんで許されるなら、というか私の文章を好きだと言ってくれることが嬉しいので、またいつか機会があればはなちゃんのために書くのも楽しそうですね。
じっくり作品を読んでくれたのがわかる感想で、とても嬉しかったです。作品を書くのも楽しかったから、機会をくれてありがとうございました。

Re: 愛に逝けば追慕と成り【短編集】 ( No.75 )
日時: 2020/07/23 12:14
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

♯54 海に還す音になる

 その水族館に来た家族連れは、何組も頭を悩ませた。普通に水生生物を見て回っていたはずが、途中で子供が姿を消すのだ。

「鈴の音に誘われたの」

 たった一人、行方不明になってから三日後に見つかった少女は、ぬいぐるみを撫でながらそう語った。
 子供にだけ聞こえる音がするのだという。
 最初にリンリンリン、と三回。可愛らしい音に振り向くと、そこには水のドレスを着こなした小さな手の平サイズ女の子がいるのだとか。
 あなたはだあれ。訊ねれば、代わりに響く鈴の音。どうやらそれが、その女の子の声なのだろう。だんだんそれが、こっちへおいでとでも言っているように聞こえる。
 導かれた子供は、そのまま帰ってこなくなるらしい。もう一日に何回も迷子のアナウンスを流したが、子どもたちが帰ることはなく。

 なのに、行方不明になって三日経ったある日突然、その少女だけが帰ってきた。
 どこにいたのかと訊ねられると、それはそれは楽しい経験をしたと笑って答える。
 知らない子どもたちが混ざって、真っ青な水槽の中を元気に駆け巡ったのだと。喋るとコポリと泡を吐くだけで、声にならない。だからお互いが何を言っているかは理解できなかったが、その幻想の中では最早言葉も必要なかったという。
 少女が帰ってきたのは、お母さんに預けたままのぬいぐるみのことを思い出したから。イルカちゃんのぬいぐるみ。お土産売り場で買ってもらった、大切なやつ。あれがないと寂しいもの。だから、道を引き返した。
 でもそうしたら、もう三日も経っていたらしい。
 出会った大人たちがみんな血相を変えて少女を保護した。何が起こったのかわからない彼女は、ただぬいぐるみを探していただけで。
 他の子どもたちはいつまでも帰ってこなかった。水の中の泡沫のように、消えてしまった。
 それはまるで、ハーメルんの笛吹き男が子どもたちを隠してしまったみたいだ、と誰もが思った。
 謎の鈴の音。水の妖精が、悪戯に子供達を攫ってしまったのだろう。

 少女にはまた、リンリンリンと、耳鳴りのように鈴の音が聞こえる事があるらしい。執着の強い水の妖精が、彼女を呼んでいるのだろう。
 まだあなたを諦めてはいない、と。
 少女はそれが怖くて耳を塞ぐのに、鈴の音が鳴り止まない。リンリンリン。お母さんと過ごしていても、ご飯を食べていても、お風呂に入っていても、付き纏うみたいに鈴の音が響いた。
 等々耐えられなくなった少女は、鈴の音が何処から聞こえるのかを探し始めた。リンリン、リン。こっちだよ、こっち。囁くような声が、呼んでいる。
 こうなったら、音の元凶を捕まえて、もう煩くしないように懲らしめてしまおう。そう思った少女は、鈴の音を追いかけて、家を飛び出した。
 リン、リンリン。近い。そこにいるのね、と少女は音だけを頼りに進んで、そして、
 甲高い悲鳴が上がる。
 弾かれたように少女が振り向いたとき、もう遅かった。
 少女が立っていたのは、横断歩道。あ、と思う間もなく、信号の通りに走っていた車が少女に衝突して、鈍い音が響く。
 リンリン。遠のく意識の向こうで、青藍の中を泡が舞っている景色が映る。海の中で、少女と同じ年くらいの子供達が楽しそうにはしゃいでる声が聞こえた。

 目が覚めると、病室のベッドに寝かされていて、母親が傍らで両目に涙を貯めていた。少女は奇跡的に助かったらしい。
 鈴の音はまだ傍らで聞こえている。まだわたしに付き纏うつもりなのか、と少女はベッドを殴りつけた。それでも音は消えない。
 おかしくなりそうだと思った。
 やがて月日が経って交通事故の怪我も回復し、少女は退院した。

 鈴の音は消えなかったが、少女もそれをいちいち気にすることはなくなって、そして彼女は小学校に上がった。友達と話しているとき、授業を受けているとき、微かに遠くで鈴の音は鳴り続ける。呼ばれているのだ。だけど彼女は根気よく無視し続けた。
 そうして何年がすると、音がしなくなっていたのだ。しかし代わりに、おかしな夢をよく見るようになった。
 ──深海にいる。
 そうわかるのは、口を開くと透明のあぶくがコポリと音を立てるから。それと、青く透き通った光が差している。周りに生き物はいないけれど、ここは幼い頃に一度連れて行かれたあの空間に似ていると気付く。水の妖精が鈴の音で誘って、沢山の子供達が迷い込んだ、あの不思議な場所。
 自分の体を見下ろすと、腕がおかしいことをすぐに悟った。黒くて長い、うねうねした蛸の足みたいになっている。自分は蛸になってしまったのだろうか。わからないが、自分をよく観察するごとに、自分が人間とはかけ離れたものになっていることがわかって、怖くなる。うねうねと長い触手は何本も生えていて、表面をよく見ると鋭い歯のようなものがギザギザと並んでいる。

 そして、そんなことは気にならなくなるほどに少女は酷い空腹感を覚えていた。

 ──食べたい。今すぐに何か。なんでもいいから食べないと死んでしまいそう。
 そう思っていると、丁度何人かの幼い子どもたちが楽しげにこちらに近づいてくるのが見えた。
 少女は咄嗟に触手を伸ばして、子供の一人を捕まえて、喉元に食らいついた。
(非表示 ※運営規約上食人表現について保持できません 2020.07.23) もっと。もっとと、触手を伸ばした。子どもたちは怯えて逃げることはない。むしろどうしてか、楽しそうにこちらに向かってくるのだ。こんなに都合のいい獲物はいないだろう。
 リン、リリン。
 そのとき、あの鈴の音が聞こえた。
 何処から。
 自分自身からだ。
 どうしてだろう、と少しだけ思考して、そんなものも酷い空腹感が覆い尽くしていく。
 今はただ、(非表示 ※運営規約上食人表現について保持できません 2020.07.23)お腹が満たされるまで。

***
ちょっとホラーテイストにまとめてみました。
みんつくのお題「鈴、泡、青色」より。

Re: 愛に逝けば追慕と成り【短編集】 ( No.76 )
日時: 2020/07/31 15:00
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

♯55 そこにあなたが見えるのだ。

 この世の終わりみたいに、星々は瞬いている。終わった命を叫んでるみたいだ。実際に、このあまねく光の一つ一つが声なのだろう。
 我々は生きていたのだと、声高らかに。叫んでいる。
 そこにあなたが見えるのだ。





「死体を見に行こうよ」

 いつも突拍子もないことを言うあなたが、今回ばかりはずば抜けておかしなことを口にした。何だって、と聞き返すべきか、もういっそ聞かなかったことにしようか迷った末、私は困ったように肩を竦めて聞き返すことを選んだ。

「人って死んだら星になるんだって。あんたが言ってたんじゃん」

 だから天上の星々は死体。夜空はあまねく死体遺棄現場。あなたはそういうことが言いたいのだろう。
 私が人の死後が星になるっていうのは、そういう意味で言ったわけではないのだが。もっとロマンチックな意味合いを混ぜていたのに、星空を死体と表現することで、一気に生臭くてグロテスクなものに変わってしまう。言葉の力を侮らないでほしいものだ。

「でも、星を見に行くなんて。急にどうしたの」

 こう見えても、私達は天文部の部員だった。たった二人で構成された、殆どそれらしい活動もしていない幽霊部員達。一年生のときに先輩たちと一緒に天体観測を行ったことはある。でも、活動はそれっきり。先輩達が卒業してからは新しい部員が入ってくることもなかったし、元々いた部員もやめていったし、気が付いたら私は形だけの部長になっていて、彼女が副部長になっていたのだっけ。
 でも、本当にそれだけ。元々星にそれほど興味があったわけでもない私達が、再び望遠鏡を覗き込むことはなかった。高校三年生の夏、この日を迎えるまでは。

「活動なんかほぼしてなかったけどさ、わたしたち天文部でしょ? 最後くらい、それらしいことしたいと思わない?」

 思い出づくりがしたいとか、そういうことを彼女は言いたいらしかった。悪くない提案だと、私も思えた。星が特別好きなわけじゃない私達でも、一年生のときに先輩たちと見た空の美しさは知っていたから。
 それじゃあ、今週の土曜日。夜の八時に学校に集合。彼女は勝手に決めた。私はその日が晴れるかどうかも知らないのに。
 あとで土曜の八時の天気予報を調べると、その時間に丁度水瓶座流星群が見れるのだと知った。偶然とは思えないので、彼女はそれを知っていたのだろう。下調べはバッチリだったわけか。死体を見ようだなんてロマンスの欠片もないことを口にした割には、素敵な思考回路をしている。
 私はただ、彼女と過ごす土曜の八時を楽しみに待った。





「先に学校で待ってるよ」

 通話口の彼女の声はそう言っていた。お互いの家もそう遠くないのに、むしろ学校のほうが遠いくらいなのに、どうして私達は別々に学校に集合しているのだろう。そんな疑問を抱えながらも、私は一人で電車に乗り込んだ。
 そういえば、電話で聞いた彼女の声にはやけに元気がなかったような気がする。気のせいだ、と言われればそれまでなのだが、どうにもそれが胸に引っかかった。喉に刺さった魚の小骨みたいにチクリと痛みを伴い、そこにあり続けようとする。どうしてこんなことが、そんなにも気になるのだろう。謎の胸騒ぎに、思考が乱される。
 きっと、そんなに心配することではないのだ。だって、ただ単に友人の少し声色に覇気がなかっただけなんだ。そういうときだって、たまにはあるだろう。でもどうしてこんなに違和感があるのか。
 わからないことにもどかしさを抱きつつ、電車の外を眺める。既に暮方の空は、深い青とオレンジが入り混じった不思議な色をしていた。そこに、点々と星の灯りが見える。既に美しい空だと言えたが、これから完全に陽が落ちて、夜の闇に輝く星は、もっと美しいものとなるのだ。私達は、それを見に行く。
 天文部なんて、形だけの部活動だった。でも、入ってよかったと思える。高校生活の思い出なんて、振り返れば辛かったこと、楽しかったこと、なんだってあった。そのうちで、親友である彼女と過ごした時間は一番長かったかもしれない。そんな大切な友と見る星空に、思いを馳せた。
 きっと、素敵な夜になる。
 電車に揺られながら、まだ着かぬかと心を踊らせた。あなたと過ごす時間が、私にとってどれだけ大切なものかなんて、あなたは知らないだろう。隣にいるだけで嬉しくなるこの気持ちなんて、知らないだろう。別にそれで構わない。それでも、私にとってのあなたは、かけがえのない友達なのだ。
 高校の最寄り駅についたので、電車を降りる。本当はもっと近いところで待ち合わせをすればよかったのに。そうすれば、駅から学校までの道のりだって一緒に過ごせた。
 ああでも。もしかしたら、望遠鏡の準備などを先に済ませるつもりだから、集合場所を学校に選んだのかもしれない。彼女の思惑はわからない。まあでも、なんでもいいだろう。
 学校に着くと、彼女にSNSでメッセージを送った。「今どこにいるの」と。返信はすぐにきて、「屋上で待っている」とのことだった。
 私は暗い廊下をスマホの明かりで照らしながら進み、階段を上がっていく。土曜日だけど、この時間では部活に来ている生徒もほとんど帰ってしまっているため、何処も消灯されていた。暗い廊下は酷く不気味に思えて、彼女と一緒なら怖さも和らいだのに、と少しだけ不満を抱く。でも彼女はこの真っ暗な校舎を一人で歩いたのだろう。彼女だって、私と同じように恐怖を抱いたのではないか。どうだろう、あの子は暗闇を恐れるようなタイプではなかった気もする。文化祭のお化け屋敷を意気揚々と進んでいた彼女の背中を思い出して、どうせ私は彼女より臆病者ですよ、なんて一人で勝手にひねくれる。
 屋上に辿り着くと、人の気配は無かった。誰もいないなんてことはないだろう、彼女は先に来ているはずなのだから。そうやって見回したら、彼女は確かにここにいた。

「……え?」

 フェンスの、向こう側に。
 息を呑む。見間違いではない、確かに彼女はフェンスの向こう側、一歩でも踏み出せば終わってしまう、屋上のギリギリのところに立っている。
 何をしているの、冗談でも面白くないよ、危ないよ。そんな声もうまく出ないほどに、私の心臓はバクバクと跳ねていた。

「あ。やっと来たね」

 彼女はこちらに気付くと、いつも通りに笑って、手を振る。なんでもないことみたいな笑顔が、このときばかりは不気味に映る。

「なんのつもりなの……危ないよ」
「だから、死体見に行こうって言ったじゃん」
「……何を言ってるのか、全然わかんないよ。とにかく早く戻っておいで。そんなとこにいたら、落ちちゃう」

 彼女は微笑むばかりで、こちらに戻ってくる様子はない。なんのつもりなのだろう。わからない、親友なのに、何を考えているか検討もつかない。不安で仕方がなかった。怖い。彼女を失うかもしれない。そればかりが私の中をぐるぐると回っていた。
 私は自分の足じゃないみたいに力の入らない足でなんとか彼女との距離を詰める。腕を掴め。こちら側に引き寄せれば、きっと安全が確保されて。大丈夫。
 でも一言、親友が「来ないで」と口にしたから、私達の距離は数メートル離れたまま、縮まらない。

「あんたと過ごせる日々が終わっちゃうならさ。せめて星になって、あんたに観測してほしいなとか。思っちゃったんだよねえ」
「何言ってるか、わからないよ。ねえ、やめて。お願い、やめてよ……」

 普段通りの口調で言うから、日常会話みたいに聞こえる。でもこれは、人の命がかかった最後の会話だ。それがわかっているから、私はとうとう泣きだしてしまった。涙で頬を濡らしながら、懇願する。
 彼女は飛び降りる気なんだ。どうして。理由なんてわからない。でも、やめさせなければならない。わかってはいるものの、方法が何一つわからなかった。
 行かないで、行かないで。うわ言みたいに繰り返すのに。
 言葉は何一つあなたには届かないのか。

「必ず、わたしを見つけてね」

 ああ。声も上げられずに手を伸ばしたが、全然届きそうもない。彼女はフェンスを軽く押して、その弾みでふわりと傾いていく。全ての出来事が、その瞬間だけスローモーションで過ぎていった。
 あなたの長い髪が揺れている。制服のスカートが翻る。長い脚が宙に投げ出される。細い腕が、バイバイって言うみたいに振られていた。
 そうして、あなたは満面の笑みで、でも泣いていた。憑き物が晴れたみたいな清々しい笑顔が、涙で濡れていた。どうしてそんな顔をしたのか、その理由もわからないうちに、彼女は空に投げ出される。
 もう、逝ってしまった。

「……なんで」

 力の完全に抜けきった足では立っていられない。私はその場にぺたんと座り込んだ。心臓はもう、狂ったみたいに胸を叩いている。親友が落ちた。死んだのだ。目の前にいたのに、助けることも止めることもできなくて、どうして、なんで、と自分を責め立てる。
 電車の中で、彼女の声に元気がないのがやけに気になったのは。なのに、私は何もしなかった。何もできなかった。あなたは、元々今日この瞬間死ぬつもりだったのか。どうしてなの。何か辛いことがあったなら、私に話してくれれば、力になれたかもしれないのに。
 それとも、何もなかったから私にも話さずに逝ってしまったのだろうか。
 彼女は純粋に、星になりたかったのかもしれない。この夜空で輝く、あまねく光の一つに。
 ああ、それなら酷い人だ。
 私はぼんやりと夜空を見上げた。薄暗い闇の中、散りばめられた光が自由に輝いている。この一つ一つが、誰かの命であると。そう言ったのは私だった。
 ならば、ここに彼女もいるのだろうか。星の海の中で、私に見つけられようと、光を放っているのだろう。
 泣きながら見上げていると、強い光が空を横切った。そうか、今日は流星群が見えるんだっけ。





 あれから私は高校を卒業して、大人になって、それでも夜空を見上げるたびに、色濃くあなたのことを思い出すのだ。
 星に詳しいわけじゃない私には、この光の一つ一つの名前はよくわからない。配置にすら星座という名前があるが、それだって詳しくはない。だから勝手に決めた星の並びがある。
 夏が来ると、必ず見えるのだ。それはきっと、私にだけ見えるあなたという星座。
 結局あなたが何故命を絶ったのかはわからないまま。遺書だってなかったから、誰も何も知らない。私すら知らないのだ。
 でも、あなたはここにいる。人は死んだら星になるから。


***
みんつく7月編、お題「人って死んだら星になるんだよ」より
実はこの作品は河童さんに案を頂いて書きました。死体を見に行く女子高生の話を読みたかった私達の半合作みたいな。楽しかったです。

Re: 朗らかに蟹味噌!【短編集】 ( No.77 )
日時: 2020/08/05 17:18
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

ヨモツカミ様

初めまして、突然すみません。カキコの色んな短編を見ているうちにここにたどり着いて、すごい綺麗な文章じゃないか...って思って、気づいたらコメント書いてました...笑
美奈と言います。いつもはコメライとか、シリダクで細々と書いて生きているのですが、漂流して複ファに来ました。

#55の、そこにあなたが見えるのだ。は、星を見にいくのに「死体を見に行こう」なんて普通考えつかない表現で、もうそこから一気に引き込まれちゃった感じです。「私にだけ見えるあなたという星座」とかもう、綺麗すぎて...ボキャ貧で本当にごめんなさい。こういう表現大好きなんです。普通の女子高生の間柄なのに、声音に些細な違和感を覚えるとか、もっと近い所で待ち合わせをすればよかったとか、ちょっと恋っぽいような雰囲気も勝手に感じてしまって。星空と同じくらい表現が素敵で感激してました。
たくさん書かれているのも本当にすごいです。どこからそんなに案が降ってくるのか...。
陰ながら応援させていただきます。ヨモツカミ様の参照数とか受賞歴とか知名度とか高すぎて今更って感じなのですが、陰ながら応援させていただきます。笑

ではでは、失礼いたしましたm(_ _)m

美奈

Re: 朗らかに蟹味噌!【短編集】 ( No.78 )
日時: 2020/08/07 16:42
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

初めまして。丁寧にコメントありがとうございます。
ダクファで短編集書いてますね? 私も人の短編集好きで、読んでます。お話できて嬉しいです。

あー、折角褒めて頂いたのに、「死体を見に行こう」を考えてくれたのは実は河童さんなんですよ。(今は基本来ませんが、コメライで作品を書いてた方です)
河童さんが案をくれて、それを私が書き上げたので、このこと、本人に伝えてみました。

「ありがとうございます。私もその表現を非常に気に入っています。夜空に輝く星も、落ちていった彼女の死体も、きっとどちらも言葉では言い尽くせないほど美しかったのだと思います。
こんな妄想を形にしてくださったヨモツカミさんには感謝してもしきれません。」河童さんより
とのことです。

コメントを下さった時点で私は嬉しくて仕方なかったので、ボキャブラリーとかは特に気になりませんし、なんなら他にも気に入った作品あったら是非コメントして下さいって感じです。私はどの作品も「私天才か? エモすぎだろ。私の文美しいな、最高じゃん」と思って読み返してます。
そしてよく気付いてくださいましたね、この作品は実のところ、百合です。私は百合が好きなんです。主人公がガチで親友に恋をしていたかはわからないけど、でもそれくらい大事に思ってたってことは確実でしょうね。そういう深い関係が大好きです。

他の長編作品を書いてて、飽きたのときとか、ふと書いてみたいものが浮かんだとき、サラッと短編を書くんですよ。いつも創作のことばっか考えてるので、これだけ沢山作品が生まれたんですかね。それを読んでくださる人がいるのは嬉しいことですね。ありがとうございます。
受賞とか、知名度とか、そんなものよりこうしてコメントもらえることが何より嬉しいので、美奈さんにはとても感謝しております。
また作品書けたら投稿します。応援ありがとうございます!

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