複雑・ファジー小説

[リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す
日時: 2018/11/20 21:30
名前: にっか ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

無限の廓にて、大欲に溺す

開始日:2016/8/22(8/21 15:00スレ立ち上げ、創作解禁)

参加者一覧
・にっか(文字化けするためNIKKAと名乗ってます)
・ポテト侍
・霧島
 以上3名。敬称略。

設定については、次レスに張るURLから確認願います。

なお、コメント等は差し控えて下さい。

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Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.88 )
日時: 2017/05/08 06:57
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 クルツェスカの夜は未だ赤く燃えている。カシールヴェナの真っ暗な夜とは随分と違うのではないかと、思い耽りながらアル=ハカンは一点を睨む。腰に差すのはガリプの刀。また彼の手勢も元ガリプ配下の兵であり、彼等も一様にガリプで使われている曲刀を腰に差している。
 彼等が睨む屋敷にはハイドナーの家紋が掲げられており、アル=ハカンの手勢であるガリプの兵達は言葉一つ発する事ない。どの者も歴戦の兵であると見て取れる。血など見慣れた事だろう。人を斬った事もあるだろう。そんな者達が自身の手勢に在る事にアル=ハカンは安堵を覚えた。
「……あれか?」
 通りの奥から前時代的な馬車が一台、碌に護衛も付けずに屋敷へと近寄ってくる。それに感付いたのであろう。ガリプの兵がアル=ハカンの傍らで首を傾げながら疑問を口に出す。ラーディンの狙撃手が居たならば即時狙撃を加え、殺害に及ぶのだろうが本家の襲撃に全員出向いている以上、そうも行かず。また、あれがハイドナーの物だとは確証がなく、無差別に殺害するというのはリスクが大きく、ハサンの掟には相反する。例え息子がその掟を蔑ろにしていたとしても、未だ己が当主である以上は模範でなければならない。
「降りるまで待つ、あれがロトス・ハイドナーならば即時討つ。ガリプを率いていながら、やり口はハサンのそれで済まない」
「何も気にするな。殿をするならばガリプに比類する者は居ない。我々はそれしか出来ないが、それをやらせておけば誰にも負けん」
 そう語りながらガリプの兵は手を振り、それを合図として、まだ進むなと指示を出しているようだ。ガリプの合図はハサンであるアル=ハカンには分からず、またガリプとしても事細かに分かられては困る代物である。
 物陰から息を殺し、気配すらなくじっと獲物を見定める様、それは宛ら野生の獣の如く。アゥルトゥラからしたら、同じ人間だとは思えないだろう。住まう環境、置かれて来た状況、文化全てがアゥルトゥラとは異なる。近しくありながら、決して相容れない存在である。恐らく、クルツェスカの動乱を察してはいるだろうが、まさか此処にセノールの兵が伏せているとは予想などしていないだろう。
「……随分と若いな」
 恐らくはハイドナーの別家、そこの子息であろう。帯剣している様子もなく、修羅場を潜り抜けている様子もない。随分と恵まれた人生を送ってきたのだろうな、とアル=ハカンは嘲笑うも、すぐさまその笑みは自嘲へと変わっていくのであった。自身の子達にはどうだろうか、と。シャーヒンは歪めてしまった、アースラだけでも己の全てを擲って育てたつもりだったが、彼女もまた、何処か歪んでしまった。子に不幸を強いた己は、とても愚かしく、命で償おうとしても足りないのではないだろうか、と思えてくるのだ。
「ハカン? あれはやるのか」
 傍らのガリプ配下であった兵達は刀の柄に手を掛けている。彼等の目は野生動物のようで、もし言葉一つで箍を外してやったならば、躊躇いなど微塵もなく血を流すために刀を振るう事だろう。彼等が奔り、血を流したならば、そこには五十年前に似通った風景が作られるに違いない。それがあの戦争で死んだ英霊達への手向けにもなるのだろう。だが、しかし――。
「我々の標的はあくまでロトス・ハイドナーだ。あれは違う。恐らく同じ血を引く者だろうが、あれを殺す理由はない」
「あぁ、分かった」
 ガリプの兵は聞き分けが良く、扱いやすい。ジャッバールの兵と比べ小賢しくなく、戦うための機械のように自己を殺しきっている。それで居ながら勇猛である。ガリプの姓を持つ者達もそうであるからして、やはり東を攻めるには彼等の助力が必要であると思えるのだ。バシラアサドのセノールを煽動する能力には舌を巻く物があるが、如何せん時期尚早であり、事を起こし、争う期間が長引けば長引く程に共倒れになるのではないか、と思えるのだ。今すぐ攻めるのであれば、温情を持たず、自己すら擲ち戦場を駆けずり回る、狂った兵の力が必要となるだろう。
「お前達はどうするかね、アゥルトゥラを攻める時には……」
「我々はガリプから離反した段階で、腹の内を決めている。ジャッバールと死ぬ覚悟をしてきた。でなければ、バシラアサドは我々を受け入れなかっただろうし、我々のような存在は要らなかっただろう」
「……そうか。アサドが敗れ去る時があれば、お前達はアイツを守ってやるといい」
「ハカンは」
「恐らくは俺も、シャーヒンも此処で死ぬ。さて――」
 冗談めいた言葉を投げ掛け、アル=ハカンは刀の柄を握り締めた。
 先程の馬車が来た方向から、もう一台の馬車がやってくるのだ。先程のそれに遅れる事、物の五分ばかりか。先程の馬車とは違うのは家紋のような物が掲げられている。八つの羽、十字を描く結晶。周囲には決して、それを侵さぬようにと、飾られた蔦のような紋様。セノールのタトゥーによく似た風貌のそれはハイドナーの証であった。彼等はあれを掲げる事により、関所の通行手形の代わりにしたり、往来の中での通行の優先権を得たりとしている。言うならば貴族の特権を記すような代物である。まさか、それが仇となるとは誰も思うまい。
「――主よ。我は主のみを崇拝し、主にのみ救いを求める者に在り、また、主に成り代わり審判の日の主宰者となる者に在る。主よ。我らを導き、我らを保護し、我らの霊を、御許に置かれ給え――」
 アル=ハカンが消え入りそうな小声で放つ祝詞、それはセノールの武門がこれより殺める者への冥福、もし己が死んだならばその御許へ迎え入れてくれという願いである。一様にガリプの兵達もアル=ハカンに倣い、呟くように唱え、暗闇から馬車を睨むのであった。
 馬車から降りてきたのは初老の男。如何にも商人であるというような格好をした、彼を見据えアル=ハカンは手で合図を送った。ガリプの兵は駆け、後から経ったというのにアル=ハカンは彼等を追い抜いて、その商人の背後へと迫る。随分と質の良い布で作った服を着ていると、僅か関心し、それが血に染まるのを幻視する。これから業を一つ侵すのだ。
「……ロトス・ハイドナーかね」
 名を呼ばれた刹那、肩を震わせ振り向こうとした男の首元に刃が食い込む。老いた男は醜い呻きを上げるばかり。彼は抵抗一つ取れずに滔々と首元から血を湧かせるばかりである。柄に力が篭め、肉を裂けば、刃先が骨にまで届いたのだろう。硬いそれを刃先でなぞるように、短刀を動かかすと苦悶の表情を浮かべながら、手を震わせてアル=ハカンに掴み掛かろうとするばかりであった。
「目撃者は」
「――もう居ない」
 横目でガリプの兵を見遣れば、彼等の足元には御者が斃れており、血溜まりが出来上がっていた。首に一太刀浴びせた故に、血が吹き出たのだろう。馬車は血に汚れ、馬が恐怖に駆られて怯えているようだった。幾ら動物と言えども、恐怖という物は行動を抑制するのか、鳴き声一つ上げずにその丸い瞳で凶行をひたすらに見つめている。
「随分と汚れた血だ。高潔さの片鱗すらない。神はお前を天から地へ突き落とすのではないかね」
 刃を引き抜き、少し小突くと力を失ったように後ろに倒れ込んで、そのまま目を見開いたままで動かなくなってしまった。アル=ハカンはせせら笑いながら、しゃがみ込んでは首から腹までを一気に裂く。ジャケットの胸ポケットから出てきたのは、血塗れの名刺であり、確かにそこには「ロトス・ハイドナー」とは記されていた。一瞥しては、そのまま首に短刀を立て、解体するように刃を走らせた。筋は全て絶った、顔に膝を突き当て、そのまま全体重を乗せて押してやると骨が外れたのだろうか、首と胴はすっかり分かれてしまった。髪を引っつかみ、それを手に取ると死に顔を整える気すらなく、皮の袋に突っ込んでしまった。血が僅か滲み始めているが気にする様子はない。
「討つに容易い、取るに容易い。平和に慣れる物ではないな。――退くぞ」
 馬車が着いたというのに、未だロトスが戻らない事に屋敷が騒ぎ出すまで時間の問題であろう。幸いにも、退くの一言に殺意の一遍すら押し殺したであろう、ガリプの兵達は大人しく従ってくれている。願わくば怨嗟溢れるハイドナーの全てを絶やしてしまいたいだろうに、それを押し殺してくれるのだ。彼等には感謝しかない。
「ハカン、一つさせて欲しい」
「構わん、お前達に対する感謝の代わりだ」
 ガリプの兵は目を輝かせて、ロトスの死体を取り囲むなり一様に握っていた刀を突き立てるのだった。剣山のようになったそれを見て、せめてもの腹いせだったのだろうと、アル=ハカンは目を瞑り、駆け出した。刀は抜かれないまま、そこに在り続ける。恐らくはこれでセノールがやったと判断されてしまう事だろうが、それでも良いだろう。今までバシラアサドが成してきた蛮行は全て、セノールがやった物だと判断されつつ、触れてはならないと、闇に葬られてきたのだから、それで良いのだ。
「……ガリプの英霊は俺達を許さないだろうが、これは俺達の怒りなんだ。目を瞑って欲しい」
 ガリプの兵はぼそりと呟いていたが、明らかにアル=ハカンの耳に届くように言ってきていた。仕方ない兵だと薄ら笑いながら、暗闇を駆け抜ける。まだクルツェスカの夜は未だ赤く燃えている。そろそろ炎は鎮まるであろうか? 何れこの都は炎の赤と、血の赤に染まる事になるだろう。今晩はその前夜祭のような物なのだ。アゥルトゥラの民は腹を括り、その時を待つと良い。ガリプの兵達が腹に飼う悪魔は、そう大声で叫んでいるのだろう。彼等の顔付きが、何処と無く満足気なのはそういう事だろうと、アル=ハカンは思い至り、ロトスの首が入った皮袋をぐっと握り締めるのであった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.89 )
日時: 2017/07/09 10:32
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ
参照: http://twitter.com/imo00001

 乾いた音が響く。息をすることさえ憚られる緊張感の中、男はくつくつと嗤いながらガウェスの上から退いた。彼の頭に赤い花は咲いていない。弾倉に弾は込められていなかったのだ。男への怒りよりも、心臓が滞りなく動いているという安堵、そこらに放り出されている肉塊にならずに済んだという事実。それらを理解すると、口から飛び出んばかりに動いていた心臓は次第に落ち着きを取り戻し、額を流れていた汗が引いていく。しかし身体を襲う倦怠感は消えず、スローモーションのようにひどく散漫とした動きで身体を起こす。振り向いた先にいるのは、黒いジャケットとズボン、灰色のシャツを着込んだガウェスと同じ歳くらいの青年である。女性のように白くキメが細かい肌をしているが、鍛え上げられた無駄のない肉体である事が服の上からでも分かる。星のない夜を束ねた黒い髪を持ち、耳の周りからサイドにかけては短く切り揃えられ、前髪は額にはかからず外側にツンツンと跳ねている。身長はガウェスよりも五センチほど高く、海の底を連想させるようなインディゴの瞳がガウェスを見下している。視線が混じり合えば、男は愉快だと言わんばかりに目を細め、その顔が父親の顔と重なり、思わず視線を横にずらしてしまう。すると男は顔を愉悦に歪め、ふんわりとした飴色の髪のに一枚、白いハンケチーフを落とした。意図が読めず、困惑を宿した瞳がどう言う意味かと問えば、「はっ」と小馬鹿にしたような笑いが一つ。そしてようやく口を開くのだ。
「なぁんにも悩む必要はねぇだろ。これはお前さんへの手向けよ。此所に来るまで、今までずぅとやってきたじゃねぇの、うん?」
 自分が、ハイドナーが死んだとでも言いたいのだろうか。普段ならば、聞き流せる男の戯言も今のガウェスには耳障りなヤブ蚊の羽音と何ら変わらず。そういえば、極東にある島国では『打ち覆い』と呼ばれる死者の顔に白い布をかける風習があるのだと思い出す。
「私は……まだ死んでいませんよ」 
「死んでない? それ鏡見た後でも言えるのかねぇ。すんげー顔してるぜ。死人って感じ。ドレント湾の方が良い色してるんじゃねぇの。ほら、そこ。そこの血溜まりで見てみろよもしかしたら鏡の代わりになるくらいにはなるんじゃね? よかったなぁ。碌に屋敷を守れないような木偶の坊にも使い途があってさぁ」
「ランバート!」
 飛んできた叱責の声に悪びれた様子はなく「ランバート」と呼ばれたその男はわざとらしく肩をすくめ一旦口を噤む。眦を決し、殺意に似た感情を胸に滾らせて立ち上がったガウェスがズンズンと距離を詰めてくる姿を見て思わず口元が歪む。何て御しやすいのだろうかと。投げ捨てられたハンケチーフが赤く染まっていく。
「怒るかね。一丁前に」
 胸倉を掴まれようともランバートの笑みが崩れることはなくむしろ挑発するように笑みを深めた。それが更にガウェスの癪に障る。
「まぁとりあえず、さ。離せよ。服が伸びるだろ」
「ふざけるな!!」
 吼えるガウェスとは裏腹にランバートの表情は非常に冷ややかなものであった。三日月を描いた口元は紐を結んだかのように真一文字に閉められ、美丈夫を映す瞳には研ぎ澄まされたナイフのような危うさと底が見えない途方もない怒りが孕んだ光を放っている。それこそ殺意に近しい代物であり、身内に向けるような感情ではない。
「ふざけてるのはどっちだよ。誰のせいでこうなったと思ってやがる。てめぇがアホやったからクルツェスカがこうなっちまったんだろ。クルクルしてるのは髪質だけにしとけよ、なぁ。それともなんだ。お前の頭に馬糞でも詰まってんのかい? ああ、それなら納得だわ」
 ぷつりと何かが切れる音を確かに聞いた。しかし構うものか。まだ言い足りぬと口を開いたランバートが視界の端で捉えたのは、右から真っ直ぐに飛んでくる拳である。それを片手で受け止めると、痺れるような痛みが手の平から腕全体に一気に広がる。発砲時とは全く異なる衝撃を受けて、眉間に皺が寄るもののそれは一瞬。余裕のある笑みが浮かぶ。そして前に出ていたガウェスの右足。その足首を横に払うように蹴りをいれればズルリとガウェスの巨躯が横に滑る様に崩れていく。ダメージを与えるのが目的ではない。この時を待っていたんだと、彼の手を掴むと素早く背中に回し素早く床に押さえつける。腕の関節がミシミシと悲鳴を上げ、ガウェスの顔が苦悶に歪む。
「後ろを取ったのはこれで二度目だな。どうだい気分は?」
「最悪です」
「だろうな。これで「気持ちがいい」って言われたらどうしようかと思ったぜ」
 鼻高々な表情と言うべきか。勝ち誇った顔をしてゲラゲラと笑う。いつも澄ました顔をしている男の顔が苦しみに歪む様が楽しくて仕方が無いのだ。ランバートの左の手の甲にはハイドナーの家紋が彫られている。ガウェスの手の甲に彫られているものとは若干違いがあるが、彼もハイドナーの血を継いでいるのだ。尤もロトスの弟に当たる人物の息子なのだが。ちなみにランバートには二人、弟がいる。
 下品な笑い声をやみ、「はぁ」と呼吸を整える。ガウェスの床に押さえつけたまま静かに語りかけるのだった。
「もう分かってんだろ、今回の惨劇の発端。誰が原因なのかは。そもそもな、これまでのクルツェスカは水がギリギリまで張った入れ物みたいなもんだったのよ。あと一滴でも入れば溢れる。そんな状況よ。……そうだ! お前が全部壊した。絶妙に保っていた均衡を修羅に傾けた。それがどれだけのことか分かるか。死ぬぞ。これからもっと死ぬ。本当に悍ましいったらありゃしないな。まぁ遅かれ早かれ今回みたいなことは起こると思ってたよ。あいつらが入って来た時点でさ。まぁ、予想以上に早かったけどな」 
 ガウェスを解放し大きく体を伸ばしながら拳を受け止めた左手を大きく上下に振っている。ガウェスのパンチが思ったよりも効いていたのだ。
「こうなると分かっていて、貴方は何もしなかったのですか」
「今もいろいろ頑張ってるっつーの。町ん中ヘラヘラ見回っているお前とは違うんだよ。それに忠告はしたじゃねえの。ここにあいつら入れるのはやめろってさ。それを突っぱねたのはお前とお前の親父さんだろ。それとも何だ。ぜぇんぶ俺のせいだって言いたいのか」
「違います。断じて。これは私の浅慮が引き起こしたことだ。でも、それでも、せめて、せめてもう少し相談してほしかった」
「異国の言葉で『豎子与に謀るに足らず』って言葉知っているかい? ……そういうことだよ」
 ランバートの情け容赦ない言葉はガウェスの心を切り裂くには十分すぎた。顔を下に向けて肩を震わす白銀の騎士をジッと見つめる。思わずほぉとため息が出る。呆れたのではない、同情である。彼が一当主ではなくどこかに仕える一介の騎士であったならば、その真面目で誠実な性格と剣さばきによって大成していた可能性が高い。またはガウェスの性格が、もしくは父親の性格がどちらの性格に酷似していたら、ここまでガウェスが苦しむ必要はなかったはずだ。しかし無理な話だ。潔白な生き方を望む息子に対して父親はあまりに汚れている。行き過ぎた齟齬は互いの理解を拒み深い溝を作る。もしくは息子に理解を示さない父を踏み越していく強さと冷酷さがあったら、また違った未来があったのかもしれない。
「父は……無事でしょうか。予定だと既に貴方の屋敷にいるはずなのでしょうが」
 ガウェスの蚊の鳴く様な声でランバートは思考の海から引き上げられる。団長として騎士団を統率しているランバートとは違い、彼の長弟は生粋の商人である。ロトス・ハイドナーが賢者の石及び古美術品、モリス商会が絨毯やカーテンなどの室内調度類を専門に扱っているのに対し、彼が輸出入しているのは古美術品や室内調度品はもちろん、武器弾薬、薬、その他材料に至るまで、その場、その時の状況に合わせた品物を常にクルツェスカに回している。見境なさから「ハゲタカ」と揶揄されることもしばしばあるが、別段気にした様子はない。彼らに突っかかってくる者の殆どが同業者だと理解している故、見苦しい嫉妬だと割り切っているのだ。
「さあ、どうだか。本来の護衛は俺だったけどね、ここ二日間で色々ありすぎたろ。そっちにきぃ取られてたからよく分からんのよ。とりあえず、お迎えは末弟に行ってもらったんだ。安心しろよ。未熟者だが、伸び代はばっちりだし成長も早い。恐らく平気だろうさ。今頃二人で紅茶でも飲んでんじゃねぇの?」
「護衛も増やしたし」などとごちるランバートはどこか冴えない顔つきであった。そもそも今回の商談は周囲には極秘裏なもので、知っているのはハイドナーの中でも一部の者であった。加えて、本家ではなくランバート邸での商談。武器や食料の備蓄も、一人一人の練度もガウェスの所とは比べ物にならない。最悪、善戦とまではいかなくても援軍が来るまでは持ち堪えるまでは出来るだろう。唯一心配だったのはロトスの予定によって商談の時間が日没後になってしまうことだ。「暗殺者は闇に紛れてやってくる」と反対したものの、そこ以外の時間はとれないと無理やり押し切られてしまったのだ。仕方なく護衛を増やすことで同意したのだが、どうも胸騒ぎがする。
「とりあえず、お前も俺の屋敷に来い。保護もそうだが……、何よりもこんなところに居られないだろう」
 改めて部屋の中を見渡す。人の業を詰め込んだような歪な楼閣と祈りを捧げているかのように穏やかな顔をして横たわる使用人。酷いことをしやがるとランバートはガウェスにばれないように舌打ちをする。彼自身、人を殺すことを生業としているため、そのことへの非難はない。神など信じていないので、弔いなんぞしなくてもいい。だが、苦痛を与えて殺すのは如何なものか。その点だけは殆ど反りが合わないガウェスと意見が一致していた。安らかにとは言わない。ただ余計な苦痛などは享受させずに一発で仕留める。それが戦いにおいてせめても情け。そこに悦楽を求めるな言語道断である。
「お心遣い感謝致しますが……、彼らを放っておけません。せめて人として埋葬してあげてから」
「死んじまったら生き物じゃなく、ただ肉袋だろうだろうがよ」
 思わず飛び出たのは死者を侮辱する様な一言。ガウェスから向けられる視線が一等厳しいものになる。しまったと思っただろう。ガウェスが何かを言いかけたがそれを遮る様にランバートが口を開く。
「冗談だよ。ジョーダン。疫病が流行るかもしれないからな。明日には俺の兵を何人かこっちに向かわせる」
「……よろしくお願いします」
 何か言いたげな表情をしていたが、それ以上は何も言わず恭しく頭を下げた。兵が壊滅状態にある今、ガウェスが頼れるのは彼しかいない。頭を上げたガウェスの目の前にはランバートの右手が差し出されていた。それが自分の為の気遣いなのだと理解するのに数秒の時間を有する。何か仕掛けているのではないかと邪推が働き、手を取るのを躊躇っているとランバートが早くしろと言わんばかりに視線をぶつけてくるので恐る恐る手を取る。途端に共体が上に引っ張られ些か乱暴に立ち上がる。よろめくガウェスを他所にランバートは手をズボンで念入りに拭くとポケットから時計を取り出す。予定よりも三分ばかり遅れている。ルールや時間に厳しい長弟に何て言われるか、またなんて言い訳するべきかと考えながらランバートは外に向かい、ガウェスもその後を急いで追いかける。敷地の外には彼が乗って来た馬車と馭者が主人の帰りを今か今かと待ち続けているのだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.90 )
日時: 2017/07/09 10:33
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ
参照: http://twitter.com/imo00001

 ランバートは口数の多い男であった。瞼をおろし、馬車の揺れに合わせてこっくりこっくりと頭を揺らすガウェスを叩き起こすと、板に水を流すようにつらつらと言葉を並べるのだ。昔と変わらず爛れた生活を送っているらしい。薄い唇から放たれる言葉は誠実なガウェスにとっては爆竹のような言葉であった。毎夜、外を歩き、女を口説いては一夜のみの関係で結び、次の日には赤の他人となる。ケロリとした顔でセノール人にも手を出してみたいと言い切ったときは、さしものガウェスも顔を引き攣らせ勘弁してくれと肩を掴み懇願した。同時にこんな節操無しに今まで説教をされていたのかと思うと無性に情けない気持ちに襲われたのだった。
 カラカラカラと、馬車を半刻ほど走らせれば、屋敷を囲う白い塀がうっすらと確認できる。ようやく姦しい男から解放されるのだと思うと生き返る心地であった。と、妙に屋敷周りが騒がしい。蜷局を巻く蛇のように一周二周と人垣が造られており、それを成しているのはランバートが抱える騎士団もとい、傭兵集団の連中である。
 ドクリと一層音を立てた心臓。ガウェスがランバートに目配せすれば、彼は頷き馬車を止めさせる。騒がしい籬へと近づけば、彼等の存在に気が付いた者達が黙って道を開けていく。ご苦労ご苦労とにへらと笑いながら労いの言葉をかけて騒ぎの中心へ向かう。
「剣立てか何かと間違えたのかぁ」
 軽口を叩いてこそいるが目は笑っていない。一頻り笑うと、感情を抑えた響きで末弟を呼べば、人垣をかき分け現れたのは、15歳ほどの少年である。優しげな目元、胸元まで伸ばされた黒い髪は緩く結ばれ彼が歩く度にふわふわと無邪気に跳ねている。白い肌をより蒼白くさせ、怖い顔をする兄を前に、おどまどしながら経緯を話す。
 一方、ガウェスは首の無い父の遺体をただただ呆然と見下ろしていた。切断面から赤黒い肉と白い骨が覗き、テラテラと光る。血が溢れ、白かったシャツを赤く汚す。ツンとした鉄臭さが鼻の奥を刺して涙が零れそうになる。
 鎧が汚れるのも構わず、変わり果てた父の横に立て膝をつく。ロトスの身体を貫く刀の柄に手をかける。まるで切っ先までが自分の一部になったかのようだ。刀を弄る度にぶよぶよとした肉の感触が伝わり、気色が悪い。ぬちゃりぬちゃりと耳を嬲る音が犯し、視界が左右に揺れる。
 ようやく抜ききったその刀はアゥルトゥラでは中々お目にかかれない代物であるが、幸か不幸か、ガウェスはこれと同じ刀を持つ男を知っている。
「ジャリルファハドのところへ行くのかい?」
 引き抜いた刀を手に立ち上がった男の背後、ランバートが彼の方を見ずに話しかけた。ガリプの家長候補であるジャリファハドがクルツェスカにいることはランバートの耳にも入っている。
「えぇ。それが何か?」
「なぁ、ガウェス。目の前のモノだけが必ずしも真実だとは限らないぞ。真実は単純だとしても事象が絡み合えば複雑怪奇な謎になることだってあり得る」
「何が言いたんですか」
「冷静になれよ。物事をすこーし離れて見てみようぜ。一本の木ばっかり見てもしょうがないだろう?」
「私は冷静ですよ。ご心配なく」
「そうかい。んでもご生憎サマ、今のところ、お前のために割ける兵はいないぜ」
 自らでは止められないと分かった時のランバートの引き際の良さは賞賛に値するものだろう。自分に危害が及ぶギリギリを見極め、そこに至るまでは節介に等しいほど世話を焼いてくれる。しかし、そこを一歩過ぎると即座に手を出すのをやめる。それは親戚同士とて同じ。彼も家と家族、仲間を守るためならば鬼と呼ばれようともその態度を貫き通すだろう。
「結構。元よりそのつもりでした」
「あっそ。まぁさ、お詫びと言っちゃあアレだが、これをやるよ」
 剣とは異なる手の平全体にズシリときた重さは一丁の拳銃である。手入れが行き届き、ピカピカと光を放つのに、火薬の匂いがこびりついていた。彼の愛銃の貸与。ランバートなりの恩情だ。
「騎士様が使うにはちょっーと物騒なモン、つか、矜持に反するとは思うンだけどねぇ、お前がとられちゃ困るからさ。まぁ、使わずに済むことを願ってるよ、本当に」


 ガウェス・ハイドナーにとって、早々にジャリルファハド・ガリプ・サチを見つけられたことは僥倖以外の何物でもなかった。ソーニアの家へ向かうための道を歩いていた時、反対側からあの男が来たのだ。とは言っても、ガウェスはソーニアの家を知らない。たまたま彼女の家に行くための近道に入り、大通りに出ようとたまたま歩いているをしている時に、たまたまジャリルファハドが通りかかっただけのただの偶然である。通りから大きく逸れた小道は寂れてしまった住宅街の間に存在している。夜の帳が下りきったこともあり薄暗く、また憲兵の屯所とも離れているため人通りもないに等しい。そんな寂々たる場所を街灯の無機質な明かりのみがポッポッポッと淡い光のみで照らしているのだ。それを避けるように歩いていた男は目の前から歩いてくる鎧騎士を見て思わず足を止めた。ガウェス・ハイドナーである。突然の怨敵の登場に動揺した様子も無く、無表情のままを彼を見据える。ガウェスもジャリルファハドの姿を視認すると、僅かに目を開き「見つけた」と小さく呟いた。
「何用だ?」
 冬に吹く北風のようにひどく乾いた声であった。相手がガウェスであることは勿論、青い瞳の奥に宿る強い憎悪と殺意を確かに感じ取ったからだ。もしもここがアゥルトゥラでなかったらジャリルファハドも剣を抜き、嬉々として彼の激情に応えたであろう。しかしセノールへの偏見が強いこの町で剣を交えたらどうなるかなど火を見るよりも明らかである。
「なぜ私がここに来たのか、貴方は御存じのはずだ」
「知らん。俺には関係ないな」
「ロトス・ハイドナーを殺すように貴方が指示をしたのでしょう? ジャリルファハド・ガリプ・サチ」
 何を言っているんだと言わんばかりに眉を寄せたジャリルファハドに対し、ガウェスは一振りの刀を彼に見せた。切っ先から刃の部分までが真っ赤に濡れているその刀の形には見覚えがあった。刃が薄く湾曲した刀を使用するはガリプの者が多く、事実、ジャリルファハドが腰に差している刀も同じ形状をしている。なるほど。彪はガウェスが言わんとしていることを理解した。
 さて、どうするべきか。ガウェスから一切目を離さずに思考する。弁明をするにしても父親を殺され、頭に血が上っている彼の騎士がまともに話を聞くには思えない。かと言って、武器をとり剣を交えているのを誰かに見られていた場合、今まで以上に監視の目が厳しくなるどころか、殺害の容疑をかけられかねない。
 ジャリルファハドの沈黙をロトス殺害の是ととり、遂に白銀の騎士が己が剣を握る。前かがみにならないように背筋をしゃんと伸ばし胸を張る。剣先をしっかりとジャリルファハドの喉元に向け、右足は前に、移動がしやすいよう左足の踵は微かに浮いている。どうしてもここでやるつもりらしい。事を荒立てるつもりはなかったが致し方ないと覚悟を決める。ジャリルファハドは腰にぶら下がっている剣に手をかけた。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.91 )
日時: 2017/07/05 12:40
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 恐らく、この男は言葉では止まらないだろう。故にそのような物などは不要である。鎧の隙間から刀の刃を通しても良いだろうし、鎧通しで突いても良い。生身の首や顔を狙っても良い。鎧を着ている以上、引き倒したならば、自重で身動きが取りにくく、それで終いであろう。殺すに至るまでは容易い。嘗ての先人は騎士を引き倒して、滅多打ちにしたのだ。それに倣うだけである。
 故に眼前の言葉すら分からず、聞く耳すらない愚か者は、弱く頭の悪い犬畜生の如く存在である様に感じられた。故に何の躊躇いも要らず殺めても良い存在に思えるのだ。そもそも、セノールは彼の一族へ、言い果てない怨嗟を抱き、筆舌し難い殺意を持つ。ともすれば、彼が妙な言いがかりを付けて、剣を向けてきたというのは、それを晴らす機会が自らやってきた様なものであろう。そう思えば突き付けられた重厚であるはずの剣の切っ先が、どうも犬のくわえた棒切れのそれに見え、可笑しくあり、また得も知れない愉悦が沸々と沸き立つのが感じられるのだ。
 彪の口角が思わず吊り上がる。それと同じくして、引き抜いた刀の刃は随分と分厚い刀身をなぞるように走り、鎧に軽く刃の痕を付けながら滑り、生身の首へと向かっていく。その刃は光陰の如しであったが、騎士が身を翻し刃先を寸で避けるのは当然であった。刀を抜き、振るい、納めるまで刹那。これを避けられなければ、犬畜生と同じだと彪はせせら笑う。
それと同時に騎士が斬撃を避け、退いた事から空いた距離に一抹の安堵を感じるのだ。
 真っ向から斬り合い、あの分厚く長大な剣をまともに受け太刀しようものなら刀ごと引きちぎられて終いと成るのは想像に容易い。あの剣は刀を折り、肉を斬り、骨を断ちうるのだ。故に一撃、一刀の元、浅ましく、愚かな犬畜生の首を斬らねばならない。出来るだけ近接しないように戦うのが正しく、近接したならば引き倒して、穿つのが最も良い。尤も一撃に拘るのならば、銃弾を見舞うのが最も手っ取り早いのだろうが、衆目を集めるのは避けるべきである。セノールは勿論の事ながら、旧友であるジャッバールにも出来る事ならば迷惑は掛けるべきではない。
「首を貰おう」
 一瞬だけ顔を覗かせたその刀は未だ鞘の中にて血が欲しい、騎士の血を寄越せと、渇望している。刀に宿った悪魔はそう彪の耳元で囁くのだ。柄に掛けられた手は刀を抜けと、脳に命令している。明らかな殺意、それを以てして切っ先を向け続ける騎士を屠れ、殺めよと己の中の獣、彪が吼え、叫んでいる。
 最早、火蓋は切られてしまったのだ。
 刀が抜き放たれたならば、風を斬り、死人の様な顔をした月の明かりを受け、鈍く光る。剣閃、宛ら一筋の蜘蛛の糸の如く。足音すら立てない殺意と身が擦れ、早鐘の様に鳴る殺意がぶつかり合うのだ。
 左に握った刀を左へと横に薙ぎつつ、身は右へ。半身になった彪の身へと繰り出されるのは、剣ではなく強固な鎧による当て身。鎧の上を走り、滑り、首元へと進む凶刃を左腕で受けるなり、刀を振り払う。闘争、殺し合う愉悦というのは、たった一合斬り結ぶだけで心臓が早鐘を打つのだ。彪は 嗤うばかり、命のやり取りに獣の心は燃え盛る。この愉悦の果てに何があるだろうか、と。この闘争の果てにどちらが死ぬのだろうか、と脳が思考する。
「何が――、何がおかしいッ‼」
 苛立ちを隠しきれず、まるでヒステリックな女のように叫び、問うガウェスに答える言葉などない。今はただ斬り合って、ただその愉悦を享受するだけである。言葉、引いては問い掛けに微塵の意味すらない。
 騎士に答えを与えないままに、彪は矢継ぎ早に次の一手を打ち始める。刀のみならず、鎧通しがその顔を覗かせたのだ。刃物にしては厭に分厚いそれは鎧の隙間、間接部の薄い箇所に目掛け突き刺す代物である。歴史を、過去を省みたなら、クルツェスカの騎士達を組み打つ事で殺しに、殺したセノールの得物の一つである。アゥルトゥラ西側で作られた物であるが、傷を負わせるに容易く、動脈などに至ったならば致命傷をも与え得る。
 短い刃物、鎧通しを抜いたのが煽られていると判断したのだろう、獣へと変わりつつある騎士は猛り、狂うように吼え、叫び剣を振るう。力任せなそれは憎悪に駆られ、悪魔に背を押されたかの様。一撃、一撃毎に振りが大きくなり、脇が開かれて行く。牽制としての反撃への反応が鈍くなりつつある。剣を振りすぎた故、内臓が揺さぶられ体力を消耗しつつあるのだろう。
「何がおかしい、か。お前がその人さえ斬れぬ、玩具を振って遊戯している姿が滑稽でな」
 煽る様に一言投げ掛けるだけで良い。騎士の青い瞳に灯る憎悪の火に、怒りという名の燃料が注がれた。それを感じ取るも、彪は内心で嘲り嗤う。何が貴族か、何が騎士か。卑怯者、臆病者を血を引き継ぐ浅ましい犬畜生など、取るに足らんのだ、と。
 大きく振り下ろされた一撃。刹那、刀を離し身を翻す。伸ばされた彪の左腕は騎士の右手首を取り、縦の一閃は止まる。そのまま身体を前へと倒し、背に乗せるようにして投げ飛ばしたなら、剣は中空を舞い、騎士は音を立てながら地へと堕ちる。何が起きたか分からないというような騎士の顔が一瞬だけ視界に留まるも、不意に右耳へと鈍痛を感じると、彪は離れて行く。右耳から生暖かい血が流れるのが感じ取れる。投げた際、耳を蹴られたのだろう。素足ならばまだしも、鎧で蹴られた故だろう、ぱっくりと裂けた耳の傷からは滔々と血が溢れ、首筋を伝っていく。
「さて」
 そんな耳の裂傷など、気にしていないのだろう。彪の声色は冷たく、おぞましい物に感じられた。彼の眼前では獲物が肩で息をしながら、死を待ち構えているからだ。刀を拾い上げ、鞘に納める余裕すらある。
 鎧の重量と体力の消耗から、緩慢とした動作で立ち上がろうとしている騎士に向けられたのは、鎧通しの切っ先であった。頭を垂れる騎士は悔恨と怨嗟の番が産み出した得も知れぬ化物の様に表情を強張らせ、次の一手を模索していた。籠手の向こう側、指で触れたのはランバートから預かった銃である。此所で騎士である以上、守るべき掟を破ったとしても報復は成さなければならない。
「……ジャリルファハド・ガリプ・サチ。貴方は許されない」
「そうか」
 お前達に許される謂われも無ければ、お前達に許す、許さないの判断をする権利は存在しない。冷たく据わった瞳は冷たい刃を騎士の鎧へと突き立てる。切っ先は鎧を抜け、肉を穿ち左の鎖骨へと至る。あと少しで心臓へ至り、騎士は鎧と等しく冷たい塊になる事だろう。だが、しかし。激痛に唸る騎士が彪へと向けたそれは銃口であり、それから放たれた弾は咆哮と共に彪の右肩を穿つのだ。
 耳をつんざく様な銃声と思考すら奪い取りかねない激痛から、彪は騎士へと鎧通しを突き刺したまま、弾を避けようと身を翻した。銃口はまだ此方を向いている故、射線を躱すべく物陰へ退避するも銃口は目の前の壁を穿ち、彪は肩で息をしながら悪態を付く。じきに人も来るだろう。これ以上の闘争は得策ではない。ともすれば逃げるのが正解であり、騎士を殺めるのは日を改めるべきであろう。それよりも肩の銃創はしっかりと処置をしなければ、一生響き得る傷となるだろう。セノールの尖兵である内は、それだけは避けなければ成らない。
 騎士の足音が近付きつつある。ともすれば、今すぐ此処から離れるべきだろう。気のせいではない。人の息遣いまで感じられ、愈々、立ち去らねば成らない。
「さて……」
 闇を睨み、闇を駆ける。血が点々と伝い、クルツェスカの石畳を汚して行く。己の血も昨今、流された血の一つとなるのか思い至るなら、得も知れぬ気分となり、銃創を押さえ付ける手に力が込められるのであった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.92 )
日時: 2017/06/05 07:54
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 ジャリルファハドの姿が無く、ミュラと二人きりで食卓に向かい合っていたソーニアは新聞を広げながら、安酒に少しずつ口を付けていた。市場から安く買う事が出来たのだ。食事のついでにミュラに少しだけ飲ませてみたが、彼女は慣れない酒の刺激に拒絶を示していた。実際、あまり味は良くない。
「大事件ね、一体誰が発端やら……」
 クルツェスカで起きている一連の動乱。何者かが危うい均衡を崩してしまったのは確実である。ソーニアは思うのだ、その均衡を崩した者は百度首を括られ、死体を踏みにじられたとしても許されないだろうと。故にハイドナーの私兵や、ロトスの死に安堵を抱くのだ。恐らく彼等が何か「余計なこと」をしたのだろう。触れては成らない相手、例えばジャッバール等に。
「ミュラも凄い時に着ちゃったわね。ハイドナーと誰かが殺しあってるんだもの」
「何時もこうなのか?」
 僅か不安そうな表情をしながら、問うミュラへとソーニアは間髪居れずに首を横に振るう。そんな訳があるか、だとしたらクルツェスカは既に滅んでいる。そう言葉が喉まで上がってきたが、言葉を酒と共に飲み下した。
「何時もではないけどね。クルツェスカは彼方此方から外国人が入ってくるから、中々治安が安定しなくてね。貴族の自警主義は何時かこのクルツェスカを滅ぼすわ」
「何……?」
 何を言っているか分からないというようなミュラにソーニアは苦笑いを一つ。理解出来るように話すべきだったと思い至り、僅か考えるように言葉を発する。
「ハイドナーが邪魔」
 包み隠さず本音を発し、ソーニアはその苦言をはぐらかすように笑って見せた。ハイドナーが邪魔というのも言うなれば、彼等の越権行為が憲兵の動きを阻害している故に出る言葉であった。貴族は貴族でしかなく、警察権を持ち合わせている訳ではない。従って誰かの罪を糾弾する事は許されても、己の判断だけで裁く権利はない。その権利を行使するというのは、行き過ぎた自警主義の現れであり、その狂った正義感は手に負えない何かを刺激し、滅びを持ち込む可能性すらある。その正義感を基に敵視する「何か」を一度に掃滅出来るならば良いだろう。しかし、今やハイドナーにその能力はない。そもそも昨晩の襲撃以前の兵が居たとしても、前時代的すぎる為、話にならないであろう。剣は銃に勝てず、完全に統率された兵に勝つ事はない。
 昨晩起きたハイドナーの屋敷への攻撃は、物言わぬ肉塊を多数作り出しただけではなく、誰がやったかという痕跡すら残していなかった。唯一現場に残った銃弾はヴィムートで作られたリボルバーで使われている弾である上に、ロトス・ハイドナーを剣山のようにしてしまった多数の刀はセノールの物であるが、セノールの刀はジャッバールがクルツェスカに入ってきた段階で量産されて販売されている。鑑賞品としても、実用品としても大勢に使われているのだ。現場に残った武器や、銃弾で犯人を特定する事すら難しい。故に憲兵は動かない。否、動けない。だがしかし。ハイドナーはどうであろうか、彼等は思い込みで動き出したならば、特定の「何か」に対して攻撃をしだすであろう。これが自警主義の愚かしい所である。暴徒と何ら変わらないのだ。
「ごめんなさいね、ミュラにそんな事言ったって仕方ないのにね」
 何の裏付けも無くして動く割にカンクェノの管理は確り出来ない。故に姉は死に、ジャッバールがカンクェノ内の安全を維持し始めた。それが実を結び、カンクェノの発掘は進歩した。祖先もハイドナーに苦労したのではないだろうか、と思い至ればグラスを口元に運ぶ手が僅か早まる。
「別に良いんだけどよ、飲み過ぎじゃないのか?」
「ちょっと飲み過ぎかな、もう少し飲んだら止めるわ」
 二日ぶりにクルツェスカは穏やかなのだ。多少飲んだって問題はないだろう。ジャリルファハドとて、何をしに行ったか分からないが夜に出て歩いているのだから、気を緩めても良いのだ。何より彼は何かあったら一目散に戻ってきて、事を伝えてくれるはずだ。
「寝ても良いぜ。アイツ帰ってきたら開けとくよ」
「帰ってくるのは本当にジャリルかしらね」
 意地の悪い笑みを浮かべながらミュラをからかい、ソーニアは席を立つ。テーブルの上に酒瓶は放り出されたままであったが、誰も戒める事はない。ジャリルファハドが居なければミュラも何故か大人しく、どうにも静かに感じられた。彼が今、どこで何をしているかは分からないのだが、ミュラと二人きりであると場が持たない。とどのつまり早く帰って来て貰いたい。
「どういう意味だよ、それ」
「知らないの? クルツェスカには亡霊が出るのよ。昔セノールに攻められて、それで死んだ人が沢山ね」
 歴史を顧みたなら大勢の死人が出たのは嘘ではない。度重なるセノールの侵攻に対し、それを食い止め続けた都市がこのクルツェスカだ。一度陥落はしたものの、セノールの撤退により街は戦わずして奪還され、今に至るのだ。
「冗談じゃないぜ。やめろよ……」
 ミュラを脅かし、ソーニアは僅か笑うばかり。事実である以上は嘘ではなく、クルツェスカの西側の防壁には未だにこの世の者ではない歩哨の姿を見るなど、怪談話の類は事を欠かない。恐らくは嘗てのアゥルトゥラ兵なのだろう。ソーニア自身、そういった物を見たことはないが居ても不思議ではないと考える。
「ま、ここら辺は出ないよ。ここらへ――――」
 ソーニアの言葉が詰まる。ドアを何者かが力いっぱい叩いたからだ。ミュラはぎょっとした様子で、少しずつソーニアの傍らに寄り、彼女もまた無意識にミュラの肩を抱いて目を見開いていた。ジャリルファハドではないのだろうか、という冷静な考えには戻れない。
「――開けてもらえないか。……怪我をした」
 何時もの低く唸るような声に安堵したのか、ミュラがソーニアを振り解き扉を開く。蝶番が耳障りな音を立てながら鳴くなり、ジャリルファハドの血塗れの手が扉を開く。肩から夥しい量の出血をし、裂けた右耳から出る血は渇き赤黒く変色していた。誰も付いて来ていないか、振り向き後ろを確認すると、そそくさと扉を閉めミュラに刀を押し付けて、草臥れたように床に座り込んでしまった。
「それ、どうしたのよ」
 僅か震える声でソーニアはジャリルファハドの目の前に屈みこんでは、傷を手で押さえ込む。僅かにジャリルファハドは痛みに呻くも、非難する様子はなく深呼吸を一つ、二つと繰り返した後に口を開いた。
「撃たれた。それだけだ。弾は抜けたみたいでな。"探ってみた"が無かった」
 左手の指先が血塗れだったのはそういう事だったのだろう。自身の指で傷口を探るなど、随分と恐ろしい事をすると畏怖を抱きつつも、ソーニアはどう処置をすべきかと思案する。弾が肩を抜けたともなれば、肩の外側を抉り取ったと考えられる。貫通したならば、出血量はこれでは済まない。そもそも激痛に身動きを取る事すら難しいだろう。
「傷見せてもらえる……?」
「あぁ」
 鎧通しを二振り床に投げ捨て、ジャリルファハドはサウィスの上を脱いで、鎧通し共々床に投げ捨てた。右腕は上腕から手の甲まで、左腕は前腕にびっしりと刺青が彫られており、厭に目を引く。左脇腹の大きな傷跡は痛々しかったが、今はそれを見る時ではないと右肩の銃創を見遣れば、勿論の事ながら皮膚は裂け、肉は抉り取られていた。
「水に入ったり、転んだりした?」
「まさか、死にたくないのでな」
 ならば破傷風のリスクはぐっと抑えられる。弾は確かに肩の外側を抜けており、消毒を適切に施したなら問題は無さそうだ。耳の傷は千切れていたりする訳でもなく、同様に消毒して固定しておくだけで良いだろう。
「……誰にやられたの?」
 その問いにジャリルファハドは口を開こうとせず、せせら笑うばかり。どうにも言い得がたい狂気がそこにあるように感じられ、ソーニアは口を噤み、消毒液と包帯を探しに行くのだった。一瞬、ミュラとジャリルファハドは視線を交わすも、ミュラは不安げに瞳を揺れ動かすばかりで言葉を発する事が出来ないようだった。
「案ずるな。血さえ止まれば幾らでも……」
 殺せる、と。その先を語ろうとせず、ジャリルファハドは項垂れて瞳を閉じるばかりだった。どう騎士を殺すか、騎士を何時殺すか。ただそればかりが頭の中を巡る。この傷はただ単に忌々しいだけの代物で、成すべき事の障害でしかないのだ。
 彪は人の皮を被って、声すらないままに嗤っているのだ。ただ、ただそれだけである。

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