複雑・ファジー小説

[リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す
日時: 2018/11/20 21:30
名前: にっか ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

無限の廓にて、大欲に溺す

開始日:2016/8/22(8/21 15:00スレ立ち上げ、創作解禁)

参加者一覧
・にっか(文字化けするためNIKKAと名乗ってます)
・ポテト侍
・霧島
 以上3名。敬称略。

設定については、次レスに張るURLから確認願います。

なお、コメント等は差し控えて下さい。

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Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.56 )
日時: 2016/12/09 03:10
名前: 霧島 ◆FJjoZBA4mU
参照: https://twitter.com/Avatar_Alone

 これもまた、例えばの話なのだけれど、と男は笑った。相も変わらず柔らかなくせに冷ややかな一対の瞳を若人へ向けて。枯渇した魔力の行き着く先が無限に続く廓ならば、その土壌で育った草花はどうなるだろうね、と。ただ静かに問うた。そのくせその言葉は答えなど求めぬ様に投げかけられるだけで終わる。そうやすやすとうまくいくならば、今頃あの遺跡へ潜る人々はとっくに魔法を復興させているだろう。けれども其れは今ありえていない。実現していない現実。けれどあるいは。封じられているとしたならば。――何時かに聞いた少女の歌声は、何故、何故、ヨハンの脳裏に今蘇るのだろう。

 さて、この刻ともなれば、彼ら彼女らが通門所を抜け、守衛所を通り越し、地下へと降りて下りに下っている頃だろうか。蒼穹は突き抜けるように澄み渡り、陽の光は暖かに降り注いでいる。輝く光の中、ワルツでも踊るかのような軽やかさで、一人の少女が遺跡手前の通門所へと歩み行く。煌めく淡く甘い金の髪、二つの硝子玉が埋め込まれたかのように澄んだ瞳。仕立ての良い真紅のワンピースの裾を揺らす少女は、至極楽しげに微笑んでいた。向かう先は地の底なれど、心はふわりと浮かぶようであった。それこそ、天へと向かう階段を登らんとしている心地。金糸を揺らす少女は、全くを持って敵意も害意もなく、そこにあるのは喜びのみであるけれど、其れこそが奇妙であるとは誰もが思うことか。少なくとも、通門所の守衛たちは彼女を奇妙に思った事は違いない。ストン、トスンと軽やかに歩み寄り、守衛を見つめる少女の瞳は、尚も変わらず澄んだ空を移し込んだままである。
「ごきげんよう、守衛さま。私こちらを通りたいのですけれど、手形を作っていただけますか?」
 全くを持って形通りの言葉である。何一つ歪みのない、正しい言葉。けれどもその正しさの中身を追認するのが彼らの仕事だ。如何に彼女が白くあろうと、少女であろうと、通るもの全てを確認する事が彼らの仕事。……多少金銭が動く事により事情が変わる事ともあるが、それはまた、別の話である。猫眼石の様な瞳を見上げる少女の瞳が空を映したままでも同じ事。
「お嬢ちゃん、ご用件は何かね。見る限り武装しているでもない、悪いが戦闘の心得があるようにも見えない……何もなしに、危険な場所へ向かう君を止める義務が私にはあるのだよ」
 この守衛、存外真面目な質であった。別段、危険を承知ともなれば彼女を止める理由はない。見るからに怪しいとは程遠い、しがない小娘ひとりなのだから。けれども彼は彼女を窘める。例えば、これが見知った学者であったりするならば、彼は気をつけるようにと告げてあっさりここを通しただろう。けれども目の前の少女は、とても発掘のための準備をしてきたとは思えない。格好からして、遺跡へ向かうよりも美術館へ向かうと言った方がよっぽど納得できる。それこそ、世の穢れなどと無縁に過ごしていると言われても、納得できるほどには。
「そうですね、私は戦えやしません。無力なひとりの小娘、しがないエリスですわ。でもね守衛さま、私は行かねばなりません。合わねばならぬお方がね、この中にいるのです。だから、行かねばなりません」
 守衛の男は後に語る、彼女は魔女か、然もなくば物怪の類なのではないか、と。一対の目玉はまるで硝子玉。真っ直ぐにこちらを見ている癖に、どこも見つめていない無機物の様で侭、恐ろしいのだ、と。けれどもそうだ、彼はその硝子玉から目を離せない。宛ら、夜に魅入られるかの様に、その瞳から目をそらせない。そうしているうちに結ばれる掌、温かな感覚、柔らかな笑みはいっそ、何もかもを融かして、己の糧とするかのようなものであった。少なくともこの守衛はそう感じたのだと静かに語るだろう。呆気に取られている間に、守衛の背後から声がする。どうかしたのかと問うそれは、もう1人の守衛の声だ。どこか軽薄なその声の主はへらりとした笑みを浮かべて顔を出す。
「……なんだよ、お嬢ちゃん1人か? なら別に止める必要もねぇだろ。それともなんだ? その子なんか怪しいとこでもあんのかよ」
「……そういう訳では無いが。彼女1人きりだというのに、あっさりと通すわけにも……」
「ぶ、あっははは! やっぱお前真面目だなぁ。なぁ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんは危険を承知で行くんだろ? ……こっから先は自己責任だ、それでも、行く理由があんだろ」
 軽い様でいて、どこか確かに地についた言葉に、娘は静かに頷いた。わかっている、そうわかってはいるのだ。理解はしていないけれど。出来ないけれど。何せ今まで娘が過ごしてきたのは箱庭の中。何も知らず、無垢と無知と純粋を良しとされていた世界で生きてきた。何一つを疑わず、危機などとは遠い場所で生きていた。危ないという言葉の意味は理解できる。死という言葉が指差す意味を知っている。けれどその本質を理解などできやしないのだ。する必要など無い場所で、少女はただ息をしていたから。危機感が薄いというのは、少女の異質さをまた際立たせる一つの所以なのやも知れぬ。そうだとして、だから、何だというのだろうか。少女は歩みたい、何一つ怪しい箇所など無い、無垢な娘は進みたいと望んでいる。それを遮る必要性は、彼らにはない。必然性もまた然り。良心が咎めるものなどあるはずもない、あってはいけない。
「ええ、ええ! ……会いたい人がいるのです。逢わねばならぬのです、その人に。……大切な人に」
 硝子玉が淡く輝く。光を乱反射して、星の色を瞳に宿して。夜明けを望まぬ少女は笑う。少女を見つめていた守衛は諦め混じりに息を吐き、覗き込んでいた方はほう、と声を漏らす。ひらり、と片手を振った男はその手にペンを握って、少女へ問いかける。
「はっは、お嬢ちゃんに其処まで言わしめる人ってのが羨ましいが……ま、気をつけてな。手形作るから名前教えてもらえるか?」
「名前? ああ、ふふ、そうね……名前は、大切ですものね。ええ……ふふ、申し遅れました私“エリス・カエルム・アルブステッラ”……しがない商家の者でございます」
「……アルブステッラなどという家、聞いたことが無いが」
 少女が紡ぐ名へと、ぽつり、生真面目な方の守衛が溢す。けれども手形に名を綴る方はあまり気に留めていないらしい「お嬢ちゃん、名前の綴り教えてくれー」と紙面へ目をやったまま問いかけている程だ。事実、アルブステッラなどという家は実在しない。否、少女と、少女の名を考えた“トゥイー”が知る限りでは、知らぬ家の名だ。故に、敏い者ならば聞き覚えがないと溢すやも知れぬ事などとうの昔に想定済みであった。――だからといって金で解決するのは本当の最終手段。大きな額が動けば、どのような場でも人目を引きかねない。そういう約束、そういう決まり。困ったような笑みを少女は浮かべる。取り繕う其れではない、偽りの仮面ではない。ただ純粋に偽りなき本心からの笑顔。故に、其処には一つの齟齬すらありやしない。
「……ふふ、北方の、まだまだ成り上がりの家ですから。地方で少し名を挙げ始めたばかりの、新参者の家。……今、カンクウェノに潜っている部隊の中の傭兵の一人に……私の家と縁が深い方がいらっしゃってね、その方にご用事なのです。……星が落つるより早く、いかねばなりません」
 淡い笑み、月明かりが舞い降りる。少女が吐き出す短い息すら、淡い魔力を孕む様に。そう、そうだ、今ここにいる誰一人この言葉を否定できない。硝子玉が揺れる。淡く甘く、どこか遠く、地下深くにて歩むその人を見つめるかの様に。そうしてふ、と一瞬双眸を細めてから、ペンを手にする守衛を見やる。名の綴りを一文字一文字音にして、なぞるように示していこう。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.57 )
日時: 2016/12/09 03:11
名前: 霧島 ◆FJjoZBA4mU
参照: https://twitter.com/Avatar_Alone

 ――“Eris Caelum Albustella”と綴られた手形を首から下げた少女が一人。カツンカツンと床の石を蹴飛ばして歩んでいく。地下へ、地下へ。踊るように、軽やかに。ひらりとスカートを揺らす。白い手袋で覆われた手は舞う様に中を跳ねていく。月明かりの糸に導かれ、ただまっすぐ、下へ、下へ。時折すれ違う人々へ御機嫌ようと笑いかけるたび、淡い金の髪が揺れた。地下へと向かいさて、どの程度降りただろうか。好奇心から少女は、その階にある居住区へと足を伸ばす。もちろん、探し人を探す事も忘れてはいない。否、だからこそだろう。ある程度必要な情報を求めるには、人とのつながりが重要である。少なくとも少女はそう考えているし、そう教わった。他でもない、当人に。右へ左へと視線は彷徨う。目に映る全てがただ新しく、そして美しい。地上と変わらぬ様相を見せるその地区を右へ左へ跳ねていく。そうするうちに迷い込んだその通り。其処にあるのが家であるのか宿屋であるのか少女は判別出来ないけれど、其処は何処か影の落ちる通りであった。数人の人、大丈夫か、しっかりしろよと問いかけるような声の先に、誰かが蹲っていた。関わりたくないと引き返すことも出来ただろう。今であれば向こうもこちらに気づく事無く済んだであろう話。けれど少女の足は、人々の方へと向いていた。
「御機嫌よう、お兄様。……あの、そちらのお兄様は、どうなさったのですか?」
 無知を引っさげた少女はそう問うた。少女の声に、一同視線はそちらへと動く。
「ああ、お嬢ちゃん知らないのか? ……たまにいるんだよ、こうなっちまう奴。何か聞こえるだ見えるだですっかり神経すり減らしちまってなぁ……。早く上に連れて行ってやりたいんだが、そういうわけにもいかない。……ああ、無駄だよ、そいつは――」
 男の言葉を聞き終えるより早く、少女はうずくまる彼のもとへ歩みゆく。ブツブツと何か呟き、時折怯えたような瞳を覗かせるその人の顔を覗き込むようにして。「御機嫌よう」と挨拶を。穏やかな笑み、甘く優しい其れ。けれども彼はまるで驚いた様に目を丸くして、その瞳を恐怖に染める。視線は少女を射抜いているようでいてその実、そのはるか後方の上空を見つめていた。当たり前のように、其処には何もいない。「使いがいる」と震える声が少女の鼓膜を僅かに震わせた。
「……ふふ、そうね、天使は――彼処に、いるみたい。でもね、ええ、ええ、大丈夫。貴方は連れて行かれませんわ。だって、ええ、私が、歌いますもの。紡ぎますもの」
 男がグラグラと揺れる瞳を向ける先を、少女もまた一瞥する。そうして、瞬きを幾度か。明滅する世界で、けれども少女は何かを見たのかもしれない。ゆっくりと男へと視線を戻し、至極穏やかな――穏やか過ぎる声色で、言葉を紡いだ。かと思えば立ち上がり、真紅のワンピースの裾をふわり、広げる。カツン、と場に不釣り合いにも、踵を鳴らした。スカートをつまみ上げ、膝を折る。兎角ただ、ひたすらに、顔ばせに穏やかな色を湛える少女。その場の誰もがただ彼女を見つめていた。顔を上げれば彼女は、静かに、静寂へ罅など入れぬようにと息を、吸った。
「では――歌いましょう、そして踊りましょう。貴方の世界がただ、美しく在るように。美しく在る為に」
 踏み出す一歩は優雅に、華麗に。そして何よりただ、少女らしく。屈み、そして伸ばされる白い腕は、男の輪郭を優しくなぞり、そしてまるで、彼の存在を確かめるかの様に、流れる様に彼の手へと至る。その手を握れば、優しく引き寄せた。彼を誘う様に、少女は淡くステップを踏んでいく。ワルツなどという高貴なものではない、けれども優しく柔らかな歩みは宛ら、幼き日に友と踊る名も無き踊りにも似て。そうしながら紡がれる旋律、音に乗せられる言葉はここにいる誰もが知らぬ言葉。少なくとも、ここに居る者の祖先が使っていた古語の類でも、平素使われる言葉でも、それらの方言らしきものでもない。蓄音機の類などなく、音を発するは少女の唇、周囲のざわめき、地面を蹴る靴音だけ。はじめこそ戸惑っていた男も、少女の歌に誘われ、まるで馴染んだステップを踏むかの様に、乱れぬ動きで少女と踊る。カツン、コツンと響く音。淡い色彩の花唇は歌を紡ぎ――それは突如として、途切れた。「アッ」という小さな呻きにも似たか細い悲鳴を上げて、少女は男へ縋る様に倒れ込む。ただでさえ白い少女の肌はいよいよ青白くすらなっていた。大丈夫か、と問われるより早く、少女は薄らと微笑んで、ごめんなさいと口にする。
「少し……ふふ、疲れて、しまったみたい。ごめんなさい……今までね、私こんなふうに踊りながら歌ったこと、本当はなかったんです。普段あまり、動けないから……ふふふ、慣れないことをしてはダメですね」
 少女、エリスは静かに言葉を紡ぐ。其れにはいまだに歌うかのような響きすら孕んだ、淡い言葉だ。柔らかな光を湛える硝子玉はゆるりと瞬く。男は目を見張り、震える手で少女の輪郭をなぞり、震える唇で名を呼んだ。彼女の名でも、ベケトフの娘の名でもない。ここにいない誰か――遠い日に、旅立った人の名を、彼は紡いでいた。彼自身、無意識的に。知らぬ名に、少女は確かに驚いた。けれど、けれどもだ。其れが此処にいる誰のものでもないと悟れば淡く甘く、融ける様に笑い。その人の手に優しく触れる。今この瞬間、二人だけが切り取られた世界、月光が照らすその世界にいた。月光の光で紡がれた糸に絡め取られるように、ただあふれる星々に飲まれる様に――けれども男はすぐには、として、謝罪の言葉を短く紡ぐ。少女は気にしないでと言わんばかりに首をゆるく横へと振った。
「ふふ……いいの、いいのです。……私はエリス。未来の“あなた”を写すもの。……だから、どうかお気になさらず。……ええ、ええ、もう大丈夫……っ」
 男から離れ、自立しようとする少女は、けれども再び身体をぐらつかせる。揺らぐ世界は、再び彼が受け止めてくれたことで平穏を取り戻す。この時ばかりは箱庭にばかり閉じこもっていた己を恥じるが、其れももう今さらな事。こんなことならば色々と見てみたいからなんて欲を出さずに、昇降機を使えばよかった。だなんて後悔とてまた然り。けれども少女には一つの懸念がある。
「……それより、ええ、それより。貴方はもう、大丈夫なのですか?怖いことは、消えましたか?」
 ――そう、目の前の人の事。幻覚に怯え、幻聴に苛まれた人の事。慈愛を瞳の奥に湛え、彼を見た。大丈夫だと言う彼に、少女はただ安堵したような笑みを向ける。そうして彼は続ける。お礼になんだってするから、と。その言葉に戸惑いを覚える。果たして本当に、己は彼を助けたこととなるのだろうか。こうすればいい、という不可思議な確信こそあれど、其れが正しいかどうかなど分からない。彼の心の持ちようだけの話であったのやもしれないと、今となっては感じてしまいすらする。それでも、それでもだ。彼の申し出は今現在ひとりぼっちな少女にとって有り難いものに相違なかった。青白い頬に薄らと、朱色が戻る。
「宜しいのですか? では……その、私と一緒に下へ向かってくださる方が見つかるまで……貴方様がたと一緒に過ごさせてくださいませんか? ……お恥ずかしながら私、必要なものは持っているのですが……一人きりで何かするというのは少し、怖くて。ふふふ、変な話ですね。私が行く、と決めたのに……ああ、いえ、いいえ……ごめんなさい、つまらないお話でしたね。そのぅ……間接的には貴方様に、同行してくださる方を探してくれと言っている様な、ものなのですが……ご迷惑で、なければ。……もしもまたお気持ちが折れてしまいそうだったら、仰ってね。いつでも、うたうから」
 そう告げれば少女は静かに目を閉じた。暫しの眠りを。そうして目覚めた時にはきっと、素敵な世界が広がっていると、信じて。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.58 )
日時: 2016/12/17 00:34
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 キラ・メイ・リエリス。彼女が今生きていれば今年で齢にして29歳。3年前、奇しくも今のソーニアと同じ26歳でこの世を去った。帰ってきたのは左上腕部から指先までの僅かな部分だけであった。厭に軽く、小さな棺の感触。それは今でも鮮明に思い出す事が出来る。
 彼女の墓前にはアキレアの花が一輪。赤い花は生前の彼女の髪色のよう。自分はここまで赤くはないと、髪を指で摘まみ、小さく笑みを湛えた。傍らのミュラは訝し気にソーニアを見据えている。視線に気付いたのか、はとした様子であった。
「ごめんなさいね、付き合わせちゃって」
 短く一言詫びるとミュラは「別にいいよ」と、短く返答するのであった。今この場にジャリルファハドの姿はなく、彼女も何処となく穏やかで落ち着き払った様子である。彼はこの墓所に西伐におけるアゥルトゥラの戦死者が眠っている。彼等の命を奪った血筋の者が此処を訪れるのは憚れると、彼は先にカンクェノへと向かってしまった。80階層の拠点で待つとの事ある……、といっても墓地までは付いてきていたのだが。
 恐らくはジャリルファハドの発言は偽りであろう。己の祖先であり血族、輩そういった者の命を直接的に奪った者達の死を悼む事は、祖先に対する非礼に値するからだ。昨晩、酒を飲みながら「メイ・リエリスも西伐に参加し、カヴェン・テテスルクの城塞攻略時に右翼側で外壁への工作に従事していた」と伝えれば彼は顔を顰めながらポツポツと聞き及んだであろうナッサルとラシードの奮戦を語っていた。一矢たりとも外さない弓兵や、銃泥棒を働いたラシード、地形を変える程の苛烈な反撃など、アゥルトゥラが被った被害報告通りの戦勲が挙がってくる事から、真実であったのだろう。故に過去の敵を悼むなど、彼からすれば先人達を蔑ろにする如く行為となり得るのだ。
「墓の場所は、あ――、ハイドナーに聞こっか」
 数多くの墓が整然並ぶ中で、一個人の墓を見つけるのは困難の極みであろう。こういった共同墓地には区画毎に墓守が居るのだが、彼等の主な役割は美観の維持に限り、墓の位置を委細記憶している訳ではない。となれば、ミュラの師の最期を知るであろうハイドナーに確認を取るのが手っ取り早い。尤もあの廓の中から回収されず、葬られていない可能性もあるが、それはそれで致し方ない事であろう。ミュラとてそれを理解してくれるはずだ。
 しかし、ソーニアには一抹の不安があった。ガウェスならば問題はないが、彼の父であるロトスにミュラを見られた時、どういった言葉が飛んでくるか想像に容易いからである。ミュラの腰の辺りには、弾が込められているであろう銃が在る。彼女が彼の言葉に激怒し、銃を抜いたならばどうなる事だろうか。血を見る事となろう。即ちジャリルファハドが忌諱する結果へと繋がってしまう事となる。
 どう彼女を導き、リスクを回避するかソーニアは張り付いた笑みの裏側でひたすらにそれを思考する。家の名を出すか、彼はメイ・リエリスの現当主の事は知りえているだろうが、その娘の事など知るまい。しかし、言論は至上の武器となり、ナッサルの矢の如し早さで伝播する。没落した家を言葉だけで守り抜いてきた祖父や父を見てそれは厭という程に実感したのだから。故に先人がそうしたように言葉だけで立ち回ろう。しかし、どう立ち回る。ミュラを抑えつつ、ロトスを制する。頭を回し、思考しようとするも回るための潤滑油が足りない。
「なに難しい顔してんだよ」
「何でもないけど?」
 ミュラの察しが悪いようでソーニアは内心、胸を撫で下ろす。彼女に余計な不安や心配その類を持たせる訳にはいかないと、静かにミュラの傍らを歩み抜け、事は起きなければ良いのだが、と一人ごちなながらハイドナーの屋敷を目指すのであった。
 


 廓に並べられた死体の数は総数にして20余り。顎から上を穿たれたり、四肢を削がれたり。ある者は腹に風穴を開け事切れている。彼等はハイドナーの騎士であった者達だ。その死体から血を拭き取り、壮絶な死に顔を整える者はセノールの男である。彼等が身にまとう民族衣装の袖を捲くり、淡々と作業を進める。彼の後ろには腹を穿たれ、肩で息をするガウェスの姿があった。傍らにはレアや、エドガー。少し離れた所にはハイルヴィヒの姿があるが、彼女はセノールが持ち込んでいるガトリング砲や、見慣れないライフルを眺めている。
「全く、ハイドナーの騎士さんよぉ。俺等があんたらを殺す前に死なれちゃ困るんだぜ。俺等は誰をぶっ殺せば良いんだ。俺等はよぉ、アンタの持ってる犬の餌以下の騎士の誇りって奴を踏み躙りたくてたまらねぇんだ。お前等に苦痛を味あわせてぶっ殺さなきゃ気がすまねぇんだ。だのに、こんな所で死に掛けるなんてふざけんなよ、クソ野郎が」
 死体の血で汚れた布を投げ捨てながら悪態を吐く彼に食って掛かる余裕もなく、ガウェスは彼の畳み掛けるような敵意を一身に受け続ける。レアが彼の発言に腹を立てたのか、槍の柄を握り締めていたがエドガーがそれを制していた。もし逆上して彼に手を出せば、回りの武装されたセノールの手によって皆殺しにされるのが目に見えているからだ。
「それ程までに恨めしいですか」
「応さ。ハイドナーの直系は愚か、騎士団から使用人、領民の首を全て斬り落としたとしても足りねぇよ。所謂根斬りって奴だ」
 そう声高に語るセノールの男は見開かれた死体の顔を覗きこみ、口元を伝う赤い一筋を拭き取り、見開かれた瞳を閉じさせた。次の死体へと目を遣る前に、そのセノールはガウェスを見据えた。強く抑えるように指示した脇腹の傷をまじまじと見ている。
「おい、ハイドナー。腹の血は止まったか」
「……此処で我々を手当てしたりしなかったら、それで貴方達の望みは叶うのでは?」
 ガウェスの言うとおりではある。殺したいなら、態々今のように手当てを施す理由はない。寧ろ追撃を加えて密かに消すだろう。怨敵を屠るのならば、そうするのが定石だ。尤もそれは騎士が行うべき事ではなく、こういった言葉を吐いた事でガウェスは一瞬、己を侮蔑した。
「……てめぇ、俺等セノールをなんだと思ってる。お前等ハイドナーのクソみてぇな行いを真似する程、落ちぶれちゃいねぇんだよ。俺等は死んだ奴は死んだ奴だし、怪我人は怪我人としてしか見ちゃいねぇ。そこにセノールも、サチもハイドナーも関係ねぇんだ。侮るなよ当主サマ」
 不愉快だと言わんばかりの彼の口から出てきたのは、何処かで聞いた説法に似た文句。ジャリルファハドのそれに良く似た言葉をぶつけられ、ガウェスは溜息を吐く。彼等は騎士ではないが、彼等の言葉はよっぽど自分よりも高潔に感じられた。騎士の誇りなんてのは犬の餌みたいなもんだ、と言い放たれた事には腹を立てざる得ないが、セノールの価値観には関心を覚える。
「腹を見せろ。――腹膜は逸れてんな。ま、腹筋少し切れてっけど。鎧様々って所か。かーっ、重い物着てご苦労なこったぁ」
 鎧を投げ飛ばし、その男は腹の傷を見て感想を述べる。感想というよりも思った事を包み隠さず、独り言のようにぼやいているだけであるのだが。止血用の布をガウェスの手から引ったくり、それを投げ捨てるなり新しい代物を押し付けた。痛みでガウェスの顔が歪む。
「おい、黒小僧。ぼーっと突っ立ってんじゃねぇよ。新しい水持って来い」
 エドガーを妙なあだ名で呼び、顎で使う。蹴り飛ばされた桶がエドガーの足元に転がり、血混じりの水が廓に染み込んで行く。
「何ですか、その黒小僧って。ちゃんとした名前が――――」
「うるせぇ! 興味ねぇんだ。さっさと水持って来い。水。てめぇの名前の何万倍も価値があるんだよ、水にな!」
 そう叫び倒されエドガーは思わず身じろぐ。すっかり気圧されてしまい、彼はむっとした様子で桶片手に踵を返してしまった。レアもその後を追い、何やらエドガーと話している。間違いなくこのセノールに対する批判だろう。治療は手早いが手荒く、更には口も悪い。批判されて当然だろう。しかし、彼はエドガー達が離れていくのを見届けるなり、何も語らず手当てを進めて行く。
「お前さん、こいつらの事はきちんと葬ってやれよ。葬るってのはな、そいつ等にお前は死んだんだって教えてやる事なんだ。そして生前遣り残した事への未練を断ち切るための儀式なんだぜ。だから、ちゃんとやってやれ。おっし。――てめぇ等! ハイドナーの騎士共を上まで運んでやれ! アサドには俺が説明すっから!」
 そのセノールの男が一声掛けるなり、別のセノール達が仕方ないといった様子で死体に手を掛けた。とはいえども彼等の表情に嫌悪感の類はなく、宛ら死に悼んでいるよう。何故、敵の死を悼むか。ガウェスという個人には理解し得ず、セノールの価値観に更に疑問を抱くのであった。
「……すみません」
「あぁ?」
「何から何まで本当」
 彼等は敵意を押し殺している、そうしてセノールの価値観を構成するに至る宗教による教えを成しているのではないか。己を偽っているのではないかと思い至り、思わずガウェスは詫びるような言葉を呟く。
「あー、いいんだよ。気にすんな、戦う時はてめぇをぶっ殺してやるけど、今はその時じゃねぇんだ。お互い様だ。――一本吸え、楽になるぜ」
 ジャリルファハドが吸っていた煙草と同じ物を咥えながら、そのセノールの男はしみじみと語る。火がつけられ、煙が立ち込めるとバニラエッセンスのような微かに甘い匂いが漂い始めた。
 ジャリルファハドから薦められた時は拒んだが、ガウェスは手を伸ばし、その煙草を咥えた。間髪入れずに目の前を火が走り、煙草に火が付けられる。
「鎮痛作用があるんですよね」
 思いの他、咽るような事もなく煙草らしい味もしない。これを常用するセノールは間違いなく多いだろう。害はないのだろうかと一抹、思案する。
「応さ。さて、お前さん。俺等からの施しを受けたって事は平時は兄弟みたいなもんだろう? いつか俺等からの殺意を一身に受けて、殺し合う時を愉しみに待っててくれよ。それまで俺等に敵意を向けるんじゃねぇぜ。多分殺しちまうからよ。殺意は溜めておけ。その方が思いっきりやれるからさぁ」
 大声を挙げてゲラゲラと笑うセノールの男は、首から提げたスキットルに口を付けた。そこには「ムミート・ハザレ」とセノールの文字で刻印されており、彼が氏族に属するセノールだという事が読み取れるのだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.59 )
日時: 2016/12/17 00:36
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 昇降機に乗りながら、耳障りで神経に触る金切り音を一身に受け、ジャリルファハドは顔を顰めた。彼のみならず共に昇降機に乗った傭兵や学者と思しき者達も一様に等しく、ジャリルファハドに視線をやって肩を竦めた。手の甲に彫られた幾何学模様の紋様から恐らくはカルウェノだと思われる。彼は余りセノールに対して敵対意識を持っている様子もなく、ニヤついた笑みを浮かべて何やら言いたげにしている。
「なんだ」
 低く唸るような声は昇降機のそれとあまりにも掛け離れた音域、周波数であるためか、はっきりと彼等の耳に届く。
「アンタ、セノールかい」
「あぁ」
 その傭兵の男は名乗ろうとも、名を問おうともしなかった。それは傭兵の流儀であった。名を知れば縁が生まれ、縁が生まれれば情が生まれれば、金で買われた忠義に皹が生じ、己の名に傷がつく。ならば名は知らせないのが傭兵の常である。尤も最近の傭兵には同業者に名を知らせてしまったり、雇い主と必要以上の交友、縁を結ぶ者もいる。それは傭兵の美徳に反する行為ではあったが、これも時代の流れの一つであろうと表立って批判したりという者はいない。好きなように生きて、好きなように死ね。勝手に後悔していろというだけの話である。
「……メイ・リエリスと歩いてたな」
「あぁ、成り行きで奴の護衛をな」
 へぇ、と傭兵の男は小さく頷く。恐らくソーニアの状況を知っているのだろう。彼女は金がなく、傭兵を雇う余裕もない。故にこのセノールとソーニアは利害が一致した、雇う側と雇われる側の関係ではなく、謂わば「共犯者」のような存在だと、合点が行ったのか張り付くような笑みを浮かべていた。そして、ジャリルファハドの爪先から頭の天辺まで見回し、腰にある刀とソードオフ・ショットガンのあたりで一旦止まる。セノール全員が持つ刀はともかく、それよりも遥かに物騒な物を持っている事に気が付いたのだろう。
「セノールにそんなの売ってくれる店があるのか?」
「……ある。妻がセノールの商人だ」
「あぁ、あのオッサンね。良いもの売ってただろ? 見てくれよ。俺のこれもあそこから買ったんだ」
 傭兵の手に持たれているのはソリッドフレームのリボルバー。装弾数は5発。使い込まれた様子でシリンダーには焼けた煤のような物が付着している。そして何より、その長大な銃身に目を引かれる。取り回しが悪そうだ、と思いながら己のソードオフ・ショットガンに手を掛ける。
「それ人に向けるの止めてくれよ。撃たれたら死んだ事も気付かない。10番だろ? それ。粉になっちまうよ」
「今、弾は入ってない」
「そういう問題じゃねーの!」
 目の前のセノールが面白いのか、傭兵はケラケラと笑っている。銃口はむやみやたらに人に向ける物ではない。進んだ技術、進んだ思想に基づき銃の開発こそしているが、多くの者は銃との縁が遠いが故に、そのような文化を持ち合わせない。常識が通用しない事が面白くあるのだ。相反し何が面白いんだとジャリルファハドは小首を傾げながら、己が持つ銃の恐ろしさを知る。それ程までの威力を持つならば、人間は愚かレゥノーラすら一撃で倒しうるのではないだろうか、とそんな思いが過ぎり
「しっかし、アンタらセノールは銃器の選択が実用性しか考えてないよなぁ。軽量で堅牢な後装式。取り回しを考えた4銃身ガトリングと、冷却効率を考慮した8銃身ガトリング。噂じゃ連射出来るライフルも作ろうとしてるらしいじゃないか。相手したくないぜ」
「ほう……、知らなんだ」
「あぁ、もしかしてアンタ。砂漠から出てきたばかり?」
「然り」
「あぁ、そう」
 ジャッバールで作っている銃器の話が終わったと思いきや、娼館の誰々が良いだの、あそこの飲み屋が安いから行ってみろだの、どうにも下世話かつ節介を焼くような言葉をジャリルファハドに浴びていた。彼が守っているであろう学者が苦笑いを浮かべながら、いい加減黙れと、彼の尻を蹴り飛ばすまで話続けた。それは奇しくも昇降機が60階層に辿り着くのと同時であった。
 先行していた仲間の姿が見えたのか、彼等は足早に昇降機から去ってゆく。傭兵達は彼方此方の戦地を駆けずり回り、事の真実、その土地の真実、民の真実を見てきた。故に彼等は偏見などといった概念を持ち合わせていないのだろう。皮肉にも金次第で人をも殺す者達が、人を殺めるなどしない正道を往く者よりも、優れている面はあるようだ。尤も彼等からすると人種なんて些事はどうでも良いというだけかも知れないが。



 傭兵達と別れ、昇降機を乗り換え80階層の拠点まで降りると厭に血の匂いが立ち込め、人の声は聞き取れず、人の気配らしい物は感じ取れない。よく見れば廓への入口となるゲートが破壊され、レゥノーラの攻勢に対し無防備な状況となっている。人間同士で殺し合ったのではなく、レゥノーラに襲撃されたのだろう。
 息を殺しながらソードオフ・ショットガンに手を掛け、木造の建物の中へと入り込む。出来るだけ足音は立てず、己がそこにあると悟られぬように進んでゆく。足元には壁に凭れ掛かるように斃れた女の死体があり、見開かれた瞳を哀れと閉じさせた。致命傷は首の穴だろう。まさか誰も己の血で溺死するとは思うまい。
 テーブルと椅子を立てかけただけの、如何にも脆そうな簡易バリケードの隙間から、ジャリルファハドは外を覗けばレゥノーラの死体があった。その下からは人間の手が覗く。既に事切れているらしく、ぴくりと動く事もない。レゥノーラと相討ちとなったのだろうか。この狭い区画の中、そういった状況が多数存在している。斃れたレゥノーラ、斃れた人間。赤い結晶が散らばり、赤い血が水溜まりの如く広がり、点在していた。ともすれば、此処はすでに死者の園となっている。
 酷な物だと思わず悪態を吐く。これ程までに人間が容易く死ぬ。バリケードを破壊され強襲されたのだろう。これが奇襲でなかった事が幸いである。恐らくは上階まで被害が広がった事だろう。一部は昇降機ではなく階段を使って上がったかも知れないが、それらは確実に駆逐される事だろう。この場所で戦い死した者達に敬服の意を示さざる得なかった。
 ジャリルファハドは上で大勢、ハイドナー方が死んだ事を知らない。彼等が死に至った原因をその目に収めたのだ。此処には居られないとバリケードから離れた、その時妙な事に気が付いた。傍らの女の死体、投げ出されて開かれていた手が握りしめられているのだ。死者が動くはずなどない。一抹の不気味さに思わずソードオフ・ショットガンを抜いて、その銃口を向ける。動こう物なら死体とて撃つ。死者への侮蔑となるが動いたならば、それは死者ではなく化物だ。なにを遠慮する事などあろうか。ゆっくり、ゆっくりと一歩一歩後退りながら距離を離していく。背を向ければ何が起きるか分からない。何か起きれば即座に撃つ。5歩後退ったその時であった。
「化物めが……」
 女の死体の首から白く細長い、触手のような物が顔を覗かせながら蠢いている。死体の腹は脈打つように膨れ上がり、脇腹からも同様のそれが肉と皮を裂きながら飛び出で、まるで昆虫の脚のようだった。躊躇う事もせず引き金を引くなり、10ゲージのスラグ弾が黒煙を上げながら放たれ穿たれた死体は右上半身を大きく欠損させながら、赤い血液と赤い賢者の石、人間なのかレゥノーラなのか判別が付かない肉の塊を巻き散らす。甲高い断末魔のような鳴き声を、更に銃声で掻き消せば眼前のそれは漸く動かなくなり、大きく欠損した身体の中から白く醜いレゥノーラが流れ出るように姿を現す。既に事切れているようで全く動かないそれをジャリルファハドは見下ろしていた。レゥノーラに死んだふりとするような理知はないだろう。だが、もしあればどうなるか。判断を誤り死ぬ事となる。故に黙したまま刀を引き抜き、そのまま2度、3度突き刺す。完全に死んでいると判断したのか、刀を鞘に納めるのだった。
 今の銃声や鳴き声で恐らく、付近のレゥノーラが寄ってくる事だろう。ショット・シェルを装填しながらバリケードになった椅子を降し、それに腰を下ろした。どうやって奴等を妨害するか。どう一挙に寄せ集めて屠れば良いだろうか。奴等は人間のように理知は持ち合わせていない。ともすれば複数を相手取り、真っ向から戦えば勝ち目はない。死を恐れない輩は最も忌みすべき敵である。50年前の己等がアゥルトゥラからすればそうだったようにだ。
「……帰るか」
 昇降機へ歩みを進めながら、どう多数のレゥノーラを一挙に屠るか思案する。装備も人員も限られている現状、決定的な攻撃手段はない。ジャッバールのようにガトリング砲などを持っている訳ではないのだ。となれば、先人の手法を真似るのが最上であろう。
 50年前、セノールは数的不利、物資的不利、技術的不利をどう凌いだか。それは絶え間ない攻撃と地の理を生かした待ち伏せであった。特に樽で作った即席の爆弾は効果を示したものだ。ならば、それに似た物を作ればいい。一区画、人間を完全に退去させ、そこに爆轟を発生させるために爆弾を仕掛けるのだ。尤も廓を壊すような物ではなく、生体を標的とするため鉄片や鏃、薬莢、石といった硬い物質を大量に仕込むのだ。レゥノーラは幸いにも硬くはない。爆発の圧力と飛来物で一挙に殺める事も可能だろう。なんだ人を相手取るのとそう変わらないではないかと、彪はほくそ笑みながら昇降機へ乗り込むのだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.60 )
日時: 2016/12/28 09:34
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ
参照: http://twitter.com/imo00001

 長い長い列の先頭で仲間の死を惜しむ傍ら、新種のレゥノーラ出現の報は廓内に伝達しきっているのだろうかとガウェスは考える。人にごく近い形をしたレゥノーラ。廓に巣くう化物。どこから来て、どのように造られたのか、彼は知らない。ただ分かることは彼奴らはより効率的に、確実に、命を摘み取る為に進化をしている。それも奥へ行けば行くほどだ。そう思うと末恐ろしいものを感じてならない。
 幼い頃からガウェスにとって死とは身近にあるものであった。幼少期の母の死から始まり、パブリック・スクールで出会った友達、母親代わりに愛情を注いでくれた妾、軽口を叩き合えるほど信頼関係を築いた傭兵、そして騎士団の仲間達。時にひっそりと、時に大胆に彼らはその命を散らしていった。
 そして昨日もまた多くの命が潰えたのだ、自分の知らないところで。ガウェスは周りにバレないように小さく息を吐いた。彼らの無念が如何ほどの物だったか、想像するのは容易い。死に顔を整えてもらったので多少は安らかな表情をしているものの、首から下は致命傷となった傷が未だ生々しく残っている。
 彼らの遺体は教会に持っていかれ灼かれたあと、ハイドナーが所有する共同墓地に埋葬される。墓地の隅の方にある物悲しい場所だ。ガウェスだけは月初めになると花束を供えにやってくるが、そもそもが他者との馴れ合いを好まない傭兵の寄せ集め。彼らの死に対して悼む者など殆ど居やしない。

 来客が来たとの報があったのは、着替えようとしているときだ。昨日の今日ということもあり面会は断ろうと思っていたが、客人は「ソーニア・メイ・リエリス」と「ミュラ・ベルバトーレ」とだと聞き、気が変わった。ハンガーにかけたジャケットはそのままにネクタイのみを結び直す。喪服ということで驚かしてしまうだろうが、時間が惜しい。父が帰ってくる前に、二人の要件を訊かねばならない。
 ガウェスが部屋に入れば、ソーニアは軽く会釈を、ミュラは一瞥をするとすぐに顔を横に背けてしまった。その態度をソーニアが肘で小突き窘めている。
「ごめんなさい。こんな時にお邪魔してしまって」
「構いません。既に終わっていますから」
「でも」
 屋敷全体の雰囲気から今まで何が行われていたか大体察しはついていた。悼むように目を伏せたソーニアに「気にしないでくれ」と苦笑を洩らし空になりつつあったティーカップに紅茶を注ぐ。ダージリンの良い香りが部屋の中に広がる。
「して、御用とは?」
「実は」
「師匠……、死んでたんだな」
 会話を遮ったのは機械のような温度を感じさせないミュラの声であった。ソーニアはギョッとして彼女を見つめ同時に解せないとも思う。何故、ハイドナーにここまで冷たく当たるのかが理解できなかったのだ。ハイドナーが師を殺したなら納得できるが、あくまで雇う側と雇われていた側、ガウェスに怒りをぶつけるのはお門違いである。
 一方、知らせなかったはずの真実をどうして彼女が知っているのかと驚いた。ティーカップを持ったまま、驚愕するガウェスにミュラはようやく顔を向けた。怨敵に向けるような強い憎悪と怒りが篭った瞳がギラギラと光り、今にも唸りださんとばかりに歯を剥き出しにしている。
「お前、あたしのこと馬鹿にしてたのか。師匠が生きてるって嘘言われて喜んだあたしを、心の中で見下してたのかよ」
「っ、違います! ただ、このことを伝えたら貴女が悲しむと思って」
「嘘言ってんじゃねえよ!」
「ミュラやめて!」
 ソーニアの制止を振り切り、目の前に座るガウェス目掛けて飛び掛かる。カップが倒れ中身がテーブルへと零れれば、踏み心地の良い絨毯まで濡らす。ミュラの膝が右の脇腹を押し、思わず呻き声が出る。しかし、頭に血が上りきったミュラにとってはそんなモノは些細なことでしかなかった。
「そう思うならどうして、正直に教えてくれなったんだよ」
 痛みに顔を歪めつつも妹の顔を見遣れば、目尻から頬を伝い、顎の下まで透明の線が出来ているのに気が付いた。彼はようやく自分の過ちに気が付き、針を飲むような阿責が襲ってくる。
「私は、なんてことを……」
「そうだよ、だから」
 一発殴らせろ、と彼女は言いたいのだ。腕を引き、ガウェスの端正な顔に狙いを定める。その鼻っ柱をへし折ってやろうと考えたのだ。その様子に肝を冷やしたのはソーニアである。セノール人がハイドナーの当主に怪我を負わせたとなれば彼の父――ロトス・ハイドナーが黙ってはいない。これは好機とばかりにセノールを潰しにかかるはずだ。
 しかし止めようにもソーニアにはそんな力はない。戦いを上手く避けてきたゆえの弊害。ミュラをどこをどのように押さえればいいか、どうやって引っぺがせば良いか分からない。自分がもう少し武術に詳しかったら結果は変わったのだろうが、今さら嘆いても仕方がない。
 ミュラは拳を握ったままに動かない。彼女が自分の理性をギリギリ保つことが出来たのは微かな血の匂いを嗅ぎとったからだった。顔を向けた先、腹部に乗っかる形で置いてあった足をどかすと白いシャツに赤い染みが浮き出ている。塞がりかけの傷があったのだ。自分が抉ってしまったのだと、気づいたとき、沸騰寸前だった血液がスッと降りていく。そして、未だに震える手を離し、ストンと落ちるようにソファーへと座り直した。
「どういうことなの、ちゃんと説明を」
「こいつが嘘つきやがったんだ! 師匠は、師匠はとっくに死んでた、のに、生きてるって、嘘、ついて……」
 語気が荒かったのは最初だけだ。最後の方は途切れ途切れになり、言い切る前に言葉は空気に溶けていく。嗚咽を噛み殺すと、顔を隠すように両手で顔を包んでしまった。
 ソーニアがミュラの背中をさする。ようやく理解が出来た。ハイドナーの、ひいてはガウェスの過ちを。彼は優しすぎた。故に、ヒドい嘘をついてしまったのだ。悪意があったわけではない。しかし、そう簡単に許してもらえないだろう。
「亡くなった方々はどこへ」
「ハイドナーが所有する共同墓地に。ですが、彼女の師が埋葬されているかは分かりません。こればかりは、本当に」
 この状況で嘘をつけるほど、ガウェスは大胆でもなければ図太くない。むしろ繊細な方だ。当事者と同じ痛みを感じ、心を痛めてしまう。
「じゃあ、じゃあさ、せめて形見だけでも返せよ。何かあんだろ、武器とかさ」
 ミュラが今出来る最大限の譲歩。命令に近い懇願。師匠の安らぎを祈れないのならば、せめて彼女の形見だけでも、それを彼女の墓標としようとミュラは思ったのだろう。しかし、ガウェスは首を横に振る。
「無いんです。何も。彼女の物は、あなたに渡した、あの銃以外は、何も。彼女の武器はその、値打ち物だからと父が。だから」
「売ったのか。高く売れるからって。そんな理由で、それだけの理由で、お前達はっ!!」
「仕方がなかった! 父が決めたことだ。私は」
「父、父って! 自分の意思がねーのかよ」
 ミュラの一言がガウェスの心を穿つ。過去にも似たようなことを言われたことがあった、とある龍蛇の武人に。「お前は父親の侍従なのか」と。その時は軽く受け流せた。何も感じなかったわけではない。考えなかったわけではない。しかし、自分の信ずる考えがあり、それに基づいて相手に意見を述べることが出来た。それはある種の自己であったとすらいえる。しかし、それを赤の他人ではなく身内に否定されたらどうなるか。半分しか血が繋がっておらず、かつ、相手がその真実に気が付いていないとしても、ガウェスからすれば彼女は守るべき、そして愛すべき妹である。信念を否定するということは彼自身の否定に他ならない。「なんで、なぁ。なんでさ。あたしは自分の師匠を悼むことさえもしちゃいけねえのかよ」
  普段のガウェスならば部屋に扉の前どころか屋敷に誰かが入ってくる気配にすら反応する。しかし今の彼は茫然自失。周りに気を配る余裕は一切なく、故にあの男の帰宅に気付けなかった。
 突如として開かれた扉。その先に立っていた人物にガウェスだけではない、ソーニアでさえも思わず息をのんだ。
「騒がしい。騒がしいなぁ、ガウェスよ」 
 その男が部屋に響いた声はこの殺伐とした場所に不釣り合いな悦を含んでいる。コツリ、コツリとゆっくりと確実に部屋に入って来た男は部屋をグルリと見渡す。そして、ソーニアとミュラを見つけると一層笑みを深くして彼女達の座るソファーへと向かっていった。
「何故、あなたがここに。商談に行っていたはずでは」
「思ったよりも早く纏まった。何もおかしなことはないだろう」
 そう言うと猛禽類のような鋭い瞳でただガウェスを捉える。彼の表情どころか体中の筋肉が強張った。金縛りにあったかのように動けず、ただ、歩くこの男を目で追うだけで、止めることも諫めることも出来ない。
 ソーニアはミュラを庇うように後ろに回し、ミュラは彼女の肩越しにその男を見た。高そうなスーツに身を包んだ、鋭い目つきをした男性。ふと彼と目が合うと彼はその鷹のような目を細め、そして彼女に問うたのだ。
「セノールのお嬢さん。この世で一番安っぽい誇りは何だと思う?……そう、民族的な誇りだ。私は思うのだよ。民族的な誇りのこびりついた人間には、誇るに足る個人の特性が不足していると。個人の特性が不足していなければ、何もわざわざ自分を含めた幾百万の人間が共通に具えている要素に頼る必要なんてないとね。全くセノール人とは何とも不完全な人種ではないかね、ん?」
 くくっと嗤ったその男はハイドナーの前当主、ガウェスの実父であるロトス・ハイドナー、その人であった。

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