複雑・ファジー小説

[リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す
日時: 2018/11/20 21:30
名前: にっか ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

無限の廓にて、大欲に溺す

開始日:2016/8/22(8/21 15:00スレ立ち上げ、創作解禁)

参加者一覧
・にっか(文字化けするためNIKKAと名乗ってます)
・ポテト侍
・霧島
 以上3名。敬称略。

設定については、次レスに張るURLから確認願います。

なお、コメント等は差し控えて下さい。

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Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.22 )
日時: 2016/10/12 01:33
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 その内、獣のような唸り声が聞こえてくるのではないだろうかという程、ジャリルファハドの視線は険しい。視線だけで切っ先を向けられているかのよう。いつぞやのバシラアサドを内偵した時ももこうだった。彼女の居室まで引き連れられ、無理矢理、膝を折られた時はそのまま殺されるのではないかと恐怖を抱いた。嫌な記憶がイザベラの脳裏を過ぎる。あの時はライフルだったが、今回ばかりは腰の刀を突きつけられるのではないだろうか、と。

「……此処に根差した者が居るだろう。何故奴に行かん」
「あ、いや、バシラアサドはちょーっと……」
 内偵の告げ先を言わなければ右の乳房を削ぐ、偽りがあれば両方を削ぐ。その偽りの結果、己らに災厄が降り注げばお前を解体する。次の内偵が来たら、その者に筆舌し難き、責苦を与えたのち、母体を全て殺める。そこまで言われ、脅された以上は例え本当にセノールに関心があったとしても行けたものではない。あの屋敷の前を通るのも避けたい程だ。
 ある意味、本当の事を口走ればジャリルファハドは納得したように小さく頷いていた。相変わらず瞳は鋭く、切っ先を向けられているような緊張を抱かせられたが、イザベラは手応えを感じた。後一押しとは行かない、十押しも百押しもしなければならないかも知れないが子猫一匹がようやく通れる程の活路は開けたように感じた。

「奴が暴虐を働いたならば侘びよう」
「あ、いいえ、別にいいのよ」
 一瞬、向けられた切っ先のような視線は緩む。ジャリルファハドに背を向けているというのに、ミュラもそれに気づいたのか彼女は振り返り、ジャリルファハドを見据えていた。驚いたようにジャリルファハドはミュラと視線を合わせる。まるで異変を察知した野生の獣達のようなそれにイザベラは、小さく肩を震わせて笑ってしまう。ミュラ・ベルバトーレ、姓名からしてセノールではないのは確実。背丈もセノール女性としては高い。バシラアサドや配下のハヤと比べ、10cm近く高く、ジャリルファハドと比べてあまり差異がない。名の後に姓、そして氏族の姓。必ずこれで構成されるセノールのルールに反しているのだ。しかし、肌はセノールの物、瞳はやや黒の掛かった茶色、髪は黒い。体には氏族、家門を識別するタトゥーや染髪がない。ジャリルファハドを動かさずとも、ミュラについての情報はやや読み取れていた。だが、まだ足りない。

「ともかく、アサドが駄目ならソーニアでも良いだろうが……」
「貧乏リエリスは駄目よ。朝まで語って、その次の朝まで語るわ」
 暗に話が長いとソーニアをイザベラは貶す。彼女はソーニアを知っているようである。それもそうだ、色街の近くの安い市場によく顔を出し、更にそれを値切るのだから、ある意味有名人である。いつのまにか「貧乏リエリス」などと安直で不名誉なあだ名を付けられてしまっいた。
 ソーニアもダメだと言われ、ジャリルファハドは切っ先を下ろさぬままで、肩から提げた鞄を開く。紙に包まれた保存食や、砥石、双眼鏡、コンパスなどが顔を覗かせていたが、その一番下から出てきたのはセノールの教典が出てきた。これを掴み取るなり、押し付けるようにイザベラへと手渡してきた。読んで学べというのだろうか。いつまでもイザベラの本意を、訳分からない所で避けるジャリルファハドには辟易してくる。何故こうも警戒心が強いのか。

「……この暗がりで読めと?」
「帰って読め。俺はこれを復唱出来る」
 相当分厚く、背表紙で撲殺出来そうなそれ。ジャリルファハドの復唱出来るという発言にミュラは引き笑いを浮かべながら、頬にくっついた蚊を叩き払った。潰れたそれからは赤い血が出ている。刺され、血を吸われたのだろう。僅かに頬を伝う血を拭いながら、ミュラはジャリルファハドを見やり、懇願するように視線を送る。

「宿手配してもらおうぜ、野宿は嫌なんだよ。また刺されるじゃん」
 砂漠に蚊は居ない。故にミュラからすれば人生初の蚊、それに刺されたのが不愉快だったのだろう。ミュラの頬を一瞥し、これは腫れるなどとジャリルファハドは思っていた。本能的に刺された箇所を、ソーニアから貰った冷たい布でミュラは押さえていた。
「別に取って食おうって訳じゃないの。互いに得じゃない? 私は知識を得られる、あなた達は宿を得られる。ねぇ?」
 ミュラにごねられると面倒である。あしらうのは容易いが、幾度となくあしらわなければならなくなる。野宿となれば寒暖の差が原因で体力を思うように回復しきれない。その中でミュラが暴れれば、浅く軽い睡眠すら取れなくなる。また、規模は小さいながらも貧困街の類もある、そうなれば夜盗の類が闊歩していても不思議ではない。斬り殺し物を取り返すのは容易い、しかしそれは外交問題に発展する。引いてはセノールのためにならない。

「ならば――」
 腰に差した柄にジャリルファハドが手を掛けたその瞬間、ミュラは筆架叉に手を伸ばし背後を振り向き、その切っ先をジャリルファハドへと向ける。それをミュラの手首ごと掴み取り、自分へと減り込む寸前で止めた。そして、抜かれた刀の切っ先はイザベラの頬をなぞる。冷たい刀を照らす太陽も月もない。イザベラの頬を一筋、滴が伝う。

「誓え、我々に害を為すな。もしそれが出来ぬならば……、誓えぬならば右目を貰う。謀れば両目を貰う。偽り我らが害を蒙ればお前を塵芥とする。仲間が居たならば、皆をそうする」
 どこかで聞いたフレーズ、脅し文句。バシラアサドに被る。あぁ、やはりセノールだとイザベラは不適に笑い、ジャリルファハドの刀を刃に触れぬように掴み取った。もし刃に触れ、そのまま刀を引かれようものなら指の一本や、二本、手の半分を持っていかれかねない。

「しないわよ、セノール敵に回したら洒落にならないのは皆知ってるんだから。アゥルトゥラはそれだけあなた達を恐れてるのよ?」
「そうか……。一つ問いたい。これに答えてくれ。ならば、俺はお前を信じよう」
「えぇ、どうぞ」
 刀をイザベラから下ろしながら、それを鞘に収めた。安心し溜息一つついたミュラは筆架叉を収めて、ジャリルファハドの右足の甲を踏みつけた。急に抜くなという抗議を込めてである。刹那、ミュラは左足の甲を踏まれ悶絶していた。余計なことをし、空気をぶち壊したミュラをどこか遠い目で見据える。

「――春を鬻ぐお前らは、誇りを鬻がずに生きているか」
 なんとも意地と趣味の悪いジャリルファハドの問いにイザベラは思わず顔を顰めた。春を鬻ぎ病に侵され、他者に害され、そうして死んでいく。金で身を売る。そこに誇りを見出すのは難しいだろう。ジャリルファハドやバシラアサドといったセノールは「誇り」を重んじるきらいがある。恐らくイザベラが感じたような悪意は持ち合わせていない。一抹、感じた意地と趣味の悪さを彼は持ち合わせていない。単なる好奇心、それだけだった。

「さぁね、そんな事考えた事ないわ。さ、答えたでしょう? ――――こっちよ」
「そうか、正直な事だ」
 誇りなど考えた事はない、それにジャリルファハドは納得していた。それすらも一つの答えである。ある、ない、分からない。返事を出来る、答えられる事が答えなのだ。あるならば敬意を払って、ないのならば奮い立たせるように、分からないのならば静観する。それが武人として躾けられた彼なりの美学でもあった。一つの答えを得て、満足気なジャリルファハドを他所にミュラは宿を得られたと喜び勇み、早足でイザベラの隣を歩んでいた。人懐こい子犬のようにイザベラと言葉を交わしている。
 何も知らぬ無垢、それに相反する存在が隣り合って歩む姿はどうにも不思議な物であった。何も知らぬが故、イザベラのような者を忌憚する事もない。その清廉さ、寛容さは見習わなければならない、とイザベラを「淫売」と罵った己を恥じる。それが彼女達の生き方である、尊重しなければならない。それが出来なければアゥルトゥラと同じ、畜生に身を窶す事となる。漸く顔を出した月の明かりに照らされた二人の後姿を眺めながらジャリルファハドは静かな足取りで追うのだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.23 )
日時: 2016/09/10 17:39
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 二人は宿を取れただろうかと、ソーニアはぼんやりと書類に目を通しながら食事を取っていた。値切りに値切った野菜、それをコンソメだけで煮込んだ質素なスープとやや硬くなってしまったパンを齧り、貰い物の味が悪いブランデーを飲む。微かに葡萄の香りがするだけのエタノールを飲んでいるようだ。どうやったらこんな不味いブランデーを作れるんだ、ソーニアは小首を傾げる。学者になってから、まともで美味い食事ありつけた事がない。ソーニアの調理技量にも問題はあったが、何故か不味いものばかり押し付けられる。食費が浮くため、文句は言えないのだが。

 巡り合い、今日生じた縁は恐らく運命であると感じていた。無骨なセノール人と何も知らぬ少女。そしてハイドナーの騎士。この運命は何れまた何処かで交じり合う。しかも、そう遠くない内に。その舞台は間違いなくカンクェノになる事だろう。サチの氏族とハイドナーは分かり合えるのだろうか。サチの氏族、しかもジャリルファハドはガリプの者。彼らは五十年前の西罰では死闘を演じている。たった七千名あまりの寡兵でアゥルトゥラ兵を四万人も殺害し、常に最前線に立ち、撃たれ血と臓物、命を流しながらも、ついに彼らはアゥルトゥラの戦線に風穴を開けた。直後、セノールが投降したため、首都防衛のために撤退を敢行した際には一人、また一人反転し追っ手の追撃を阻止、しまいには指揮官を殺めるという武勇を持った者達だ。西伐におけるセノール側の最大の功労者、そんな彼らの子孫であるジャリルファハドはハイドナーを決して許せないだろう。ジャリルファハドが別れ際、チラつかせていた鎧通しはもしかするとガウェスを殺すために拵えた物かも知れない。

(……やめてほしいなぁ)
 あの二人は次、顔を合わせる時また殺し合いを演じてしまうかも知れない。その時にはどちからが死ぬかも知れない。それがとても残念に感じられた。そう感じた理由はソーニアの男好みという物もあるのかも知れない。武芸に携わる者が好みなのだ。以前、支援をしてくれているバシラアサドが開いた酒宴の席で、その事を話した時、彼女も実はそうだと珍しく乗り気に話しをしていた。尤もバシラアサドの場合は武辺者の気が抜けた瞬間が好きだと語っていたが。あんな武芸者は中々居ない。騎士としての誇りを重んじるガウェス、セノール最強の武門の子孫ジャリルファハド。彼らが殺しあわなければいいのだが、と思っているのだった。
 男好み以前の問題として、ソーニアは人が血を流すのが嫌いだった。血と切っても切り離せない者が好みだが、血は嫌い。矛盾しているようにも感じられたが、彼らが力を持ち、武人たる振る舞いをする理由は「何かを守るため」である。そこに人種の垣根はない。国を、一族を、友を、誇りをそういったものを全て守りうるために、筆舌し難き苦難を越え、鍛錬に励み、力を身につけたのだ。

「あー、お食事中?」
 ドアをノックすらせず、顔を覗かせる不躾な女が一人。突然訪れた。暗がりでも分かる程に肌は浅黒く、右目の下に三つ涙滴状のタトゥーが彫られている。

「あら、ハヤ氏」
「……その呼び方止めてくんないかなー」
「極東の学者、ハヤシさんみたいでしょ?」
「その人、死んだじゃん!! ばかでっかいレゥノーラに頭から食われてっ!!」
 憤慨するハヤ、彼女はバシラアサドの所で銃の設計をしているセノール人設計技師だった。ラーディンと呼ばれる鍛冶専門の氏族、その中で主に刀剣を作るセイフの者。跡継ぎではなく、余計な勢力争いを避けたいということでバシラアサドに付いてきているのだ。時折、バシラアサドの使い走りになって書類を持ってくる。それはカンクェノから回収されてくる文書の写しであった。文書内容としては多くが失われた錬金術の技法であった。そこにはホムンクルスや、製薬について記されている事が多く。古代言語に精通し、学者の組合に所属していないソーニアは文書を外部に出さないと信頼されているのだ。その解読料としてバシラアサドから金銭的な支援を得ている。たまに足りない時があっても、バシラアサドは気前よく出してくれる。彼女に経済的に支えられるのが情けなくも、現状そこまで金を稼げない以上、依存せざるを得なかった。

「あっれー、そうだっけ?」
「いや、見たでしょ……。しっかりしてよぉ。あ、そうそう。たまには夜来なよって、アサドが」
「気が向いたらね」
 温くなった食事を放り出し、ソーニアは文書を見つめていた。記されているのはホムンクルスや、製薬についてではない。記されているのは「聖櫃」と呼ばれる物の在り処だった。無限の郭の奥深く、更にその奥、永遠とも思える程の深みにそれは在る。それの目覚めは争いを齎し、魔を呼び求めると。「聖櫃」とは名ばかりの物騒な代物である事を予感させた。温くなったスープに口を付けながら、ハヤなど最初からそこに居ないかのように文書に齧り付くソーニアをまじまじと見つめながら、食卓とはまた別の作業机の椅子に腰を下ろしたハヤ、彼女の顔付きはいつもの柔和で、どこか抜けた物ではなくセノールであるという事を再認識させてくれるようなものであった。

「どう?」
「……ちょっと読めないかな、これどこの言葉?……古代のカルウェノ人が書いたんだろうけど、文法とかが滅茶苦茶なんだ。それに見たことない字もある」
 バシラアサドを謀る、これは何を意味するかソーニアも重々承知の上だった。砂漠を血で潤す事に成りかねないが、これはバシラアサドに渡す事は危険だと判断したのだ。というよりも誰に渡すのも危険に感じられた。ジャッバールは勿論、ハイドナーすら危険に感じられた。これを渡して良いのは力の振るい方、力を持ちながらも恐ろしさを知った者達である。ガウェスはハイドナーだが彼や、セノールであったがジャリルファハド、引いては知恵を持ち得ないミュラでも良かった。

「――ソーニア。……私達を侮るなよ? 私だって多少は読めるんだ。“聖櫃”が何か解読しろ」
 ハヤの声色が変わる。どことなく恐ろしげで蒸し暑い空気を、凍りつかせるようなものだ。彼女の膝の上には回転弾倉を持たないリボルバーのような物が握られている。それを一瞥し、また温くなったスープに口を付けてソーニアはハヤへと向き合い、歩み寄る。
「断るわ。ハヤ、バシラアサドに伝えて頂戴。今月の支援は結構。この文書は見なかった事にしてくれ、と」
 腹に冷たい鉄の塊が押し付けられる、とても硬く、これが死を齎す銃だと本能的に理解した。此処でハヤがソーニアを撃てば銃声が鳴り、あっという間に人々が集まるだろう。そうなればセノールが人を殺めたと火種となる。恐らくハヤが撃つ事はない。しかし、もし撃ったとしたなら彼女がセノールを壊す原因となりうる。優れた文化、歴史を持ち合わせた民族の終焉を招く訳にはいかない。故にソーニアはその冷たい鉄の塊を掴み、それを自身の腹部へ更に強く押し付けた。銃声を少しでも小さく納めるためだ。歴史、文化のために死ぬなら学者として本望だ、と。

「あー、もう仕方ないなぁ。多分、アサドもそれ読めるよ? あんた程じゃないだろうけど」
 いつもの声色となったハヤはソーニアを押し退け、頭を抱えるようなジェスチャーをしながら言い放つ。つまり、謀りがバレるのは時間の問題。解読を断る別の理由を用意しろと暗に言っているのだった。友が友の手によって殺されるのは忍びない、そんな思いがハヤの中にはあったのだ。

「それなら大丈夫。私、護衛を雇ったの。その人達とカンクェノに立ち入って、発掘をどんどん進めようと思ってね。因みに護衛はハヤとかアサドと同じセノールとちょっとよく分かんない子。……ジャリルファハドとミュラっていうの」
「あー、ファハド来てるんだ。ふーん、あいつがアゥルトゥラの護衛ねぇ。相変わらず無愛想で何考えてるか分からないでしょ?」
「知り合い? 確かにあの人はよく分からないや、悪い人ではなさそうだけど」
「そうそう、私はあいつがこーんな子供だった頃から知ってるよ。それにしても慧眼だねぇ。あいつは真面目だよ、私なんか足元にも届かないくらいにね」
 そうやってハヤは食卓と同じくらいの高さで、手を水平に移動させながら語る。世間は狭いと思いながらも、ハヤの言葉に相槌を打ち、ソーニアは文書をハヤへと付き返す。それをハヤが取る事はなく、にやにやと笑いながらソーニアを見据えていた。いつものハヤの腑抜けて、掴み所のない雰囲気が戻ってくる。

「あんた持っててよ、すぐ解読出来ないからって話はしとくからさ。これこのまま持って帰ってきたら私がアサドに的にされちゃうよ」
 ハヤにも立場がある。バシラアサドの走狗である以上、引き下がったとなれば沽券に関わるのだろう。大袈裟で大仰な物言いだったが、ハヤの保身を考え仕方ないと文書を食卓へと置いた。それを見届け満足気に穏やかな笑みを浮かべたハヤは踵を返して、手をひらひらと振りながら外へと出て行く。一仕事終え、すっきりしたのか伸びをしながら気持ちよさ気に声を挙げている。嵐のような人だと、その背を見送り、再び文書へと目を通した。

 聖櫃。???(判読不明)を御し、平静を齎し、???(判読不明)。これを開けば世の???(判読不明)は乱れ――。

 まるで預言書のような尊大な書き記し方、ソーニアが気づいたのはこれがホムンクルスの精製法を記した文書――通称「76階文書」と同じ筆跡である事だった。バシラアサドやハヤは原書のままこれを必ず持ち込んでくるため、彼女達が写しを作り上げた訳ではない。なによりあの二人の文字はかなり整っていて、教養を感じさせるものだった。識字できる者なら、誰でも読める。この文書はお世辞にも綺麗とは言えない。走り書きされたかのような文字である。文法が滅茶苦茶だとか、見たことない字だとかではなく、やたらと汚い文字を読み解くのに時間が掛かるのだった。そういえばカンクェノ建造に携わり、錬金術を確立させたパラケルススは他人が読めないほど文字が汚かったと聞く。まさか、と思いながらソーニアは再び食事に手をつけ始めるのだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.24 )
日時: 2016/10/02 11:52
名前: マグロ煮つけ ◆AXS9VRCTCU

ニコルソンは目的の火薬が入った袋を抱え、人相の悪い大柄な男と店を出る。辺りはすっかり陽が落ちていた。ニコルソン達は帰り道に夜盗らしき集団に出会ったが、黒いローブを身に付け怪しい袋を抱えているニコルソンに大柄で人相が悪く、顔に大きな傷のある大男を見ると一目散に蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
少し歩いて集落に着いた時見覚えのある少女がこちらに向かって駆けてくる。

「親方遅過ぎですよ! もうカンクェノに出発しないとベケトフ家のレゥノーラ討伐協力までに間に合わないですよ!」
「……………………いつの間に協力依頼来たんだ?」
「前、ベケトフ家のパーティに誘われた時です」
強い口調で短く答えたレアは、ニコルソンを引き摺りながらカンクェノ方面の外れまで走っていく。その場に残された大男はニコルソン達を見ながらため息をついた。

そのままレアに引き摺られながら、集落の外れまで連れられる。そこには大量の荷物が積まれた幌馬車に黒いスーツを着た身形の整った老年の男。老年の男はこちらを見ると丁寧にお辞儀をし。

「ニコルソン様お待ちしておりました。私の名はハーネスとお呼びください」
「ほら、早くカンクェノに行きますよ」
ニコルソンも頭を下げ挨拶を返し終えるとすぐにレアに幌馬車の中に押し込まれる。
それからすぐに声高に馬が嘶き、馬車が進み出す

「うおっと、いきなり止まったな」
ニコルソンは急停車する馬車を降りて周りを確認すると十数人の夜盗が徐々に馬車を囲みながら接近していた。ハーネスとは真逆の薄汚れた身なりが月明かりに照らされはっきりと分かる。
少し遅れてレアが、包帯の巻かれた槍を背負って馬車から飛び出す。

「親方包帯外すの面倒なんで、気絶だけでもいいですか?」
「構わない。むしろそうしてくれ」
一番近い夜盗にレアが槍を構え躍りかかる。槍で薙ぎ払われた夜盗は二、三メートル転がりピクリとも動かなくなる。一人の少女によって完全に蹂躙されていた。
劣勢だった夜盗達は当然数分経つと一人残さず全滅していた。

「この調子で、行けば明日の朝にはカンクェノに着くな」
もう一度馬車に乗り込み、瞳を閉じてニコルソンは眠る。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.25 )
日時: 2016/09/19 08:44
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ

 職業上、弁が立つようになるのだろうか、それとも彼女には弁才があったのか、とイザベラを見て思う。
 口調、話し方、言葉の抑揚、どれをとっても相手を惹きつけることができるスキル、それはジャリルファハドでさえ持っていないテクニックである。彼の武器が『知識』と『武術』ならば、イザベラの武器は『話術』だ。二言三言の会話で相手の好む内容を瞬時に推察し、それに近い話題を持ち出す。機転が利き、様々なことに精通していなければ出来ない芸当だ。ミュラの場合は、小難しい話を聞かせるよりも『貧乏リエリスがどの時間に野菜を値切りに来るのか』『値切り文句は何なのか』『ガウェス卿は人参のグラッセが好物』などの世間話に興味を示した。そこから、話を展開させて自分が求めている情報まで手を伸ばすのだ。最初は『貧乏リエリス』の話だったはずなのに5分足らずでミュラの家族構成について話している。彼女は娼婦ではなく諜報をやるべきではなかろうかとジャリルファハドは心の中でごちるのだった。

 この会話が一段落ついたら、ジャリルファハドにも話しかけてみようかとイザベラは考える。だが、彼が話に乗ってくれるのかとんと分からない。砂漠を離れてアゥルトゥラまで来たということは彼の目的は『カンクェノ』だ。だが、話題を切り出したとしても「そうだ」の一言で全て片付けられてしまう可能性だってあるのだ。(というより彼女の脳内にそのヴィジョンが浮かんだ)
「おーい、イーザーベーラ。聞いてんのかイザベラ!」
「あぁ、ごめんなさいね」
 ミュラは砂漠での暮らしがどんなだったか伝えようとしているが、如何せんボキャブラリーがついていかないからしい。擬音語だけでその場をイメージするには、イザベラの想像力が足りない。どういう意味か説明してくれと助けを求めるようにジャリルファハドに目線を送ってみるが、イザベラを方を見ようともせず渋面を晒しているだけだった。

「どうしたの、何か気になることでも?」
「憲兵につけられている」
「……何ですって?」
 考えてみればそうだ。彼らの肌は月の光を浴びて輝くような白い肌ではなく、闇に溶けるような浅黒い肌を持つセノールはここではよく目立つ。加えて、娼婦の女を連れて歩いたとなれば人目を引くのは必然の理である。イザベラもミュラも振り返ってみるが、人混みに隠れているのだろう、それらしき影は見当たらない。2人して首を傾げる。本当にセノール人という人種は理解に苦しむ。後ろに目でもついているのだろうか。

「どーすんだよ、イザベラ」
 このまま真っ直ぐ宿へ向かえば、憲兵は宿までずっと着いてきてしまうだろう。
「適当な所で路地を入るわ。そうしたら一気に走り抜ける」

 イザベラの指示で路地に入り最初の角を曲がった途端、鼻の奥を突いてくるような強烈な悪臭。放置された生ごみが腐り発酵した様な下品で雑然とした臭気に、人の汗と体臭が混じった様な猥雑な臭い。これを拷問と呼ばずして何というか。特に、常人よりも鼻が利く2人には地獄の責め苦を受けていると錯覚さえ抱く。頭をハンマーで殴ってくるような刺激によって意識に靄がかかり、胃袋を鷲掴みにされたかのように胃液がせり上がり食道への侵入を開始する。
 イザベラは平気なのかと様子を見てみればまるで臭いに全く動じおらず、次の角を左に曲がれと平気な顔で指示を出す。

 なだれ込むように、再び大通りに出れば息を思いきり吸える喜びに打ち震える。堪えたのだろう、ミュラに至っては軽くえづいている。
「ひどい匂いだった」
 軽く咳込んでいるジャリルファハドを横目にイザベラは平然と汚れを払っている。
「半年もここにいれば慣れるわよ」
「路地裏って全部あーなのかよ」
 ミュラはしきりに服の匂いを嗅いでは眉を顰めている。
「いいえ。あそこの地域が特にひどいだけ。ゴミの不法投棄に浮浪者の溜まり場になっているから。さぁ、あと5分くらいで宿につくから頑張りましょう」
 
 目的の宿は色街と市場の丁度境界の部分にあった。しかし、宿というには看板も出ていない。窓は中が見えないように厚手のカーテンが敷かれている。外装も剥がれており、所々薄茶色をした下地の部分が顔を出している。ここが本当に宿なのか。ただの古びた空き家ではないのか。そんな不安がよぎる。黙ったまま非難めいた視線をイザベラに向ける。

「そんな顔しないで。大丈夫だから」
 イザベラが何の躊躇いもなくその扉を引いた。カランカランとベルが声を出し、訪問を告げる。カウンターにいたのは1人の女性。売り上げの帳簿をつけていたらしくカウンターに立ったまま、忙しそうにペンを動かしていた。絹のように柔らかそうな金色の髪が顔の左半分を隠しているが、まだ若く美しい、乙女と呼ぶに相応しい少女だということは判断できた。この時間での来客は珍しいらしい。驚いた小動物のように大げさに肩を震わせ、こちらを見た乙女からは緊張している様子が見てとれた。しかし、イザベラを見ると途端に雰囲気を和らげ嬉しそうにはにかんで見せる。

「ここはね、ちょっとした訳アリの人がたくさん働いているの」
 地図で部屋の位置を確認しながらイザベラは2人にそう話しかけた。どういう意味だと問う前に受付の少女は隠していた左側を見せつけるように髪を掻き上げた。金色のカーテンを捲った先にあったのは赤黒いケロイド痕が残る肌。

「彼女も元は娼婦だった。けどね、商売敵に硫酸をぶっかけられてね」
 痕が残った肌をイザベラは優しく撫でる。
「りゅーさん?」
「人にかかるとひどい火傷を引き起こす液体よ。すっごい危険なんだから」
「へー。んで、犯人はどうなったの」
「捕まって、裁判にかけられた。相手側は片目に硫酸3滴、だったっけ」
「うわぁ……」
 硫酸がどんな液体かミュラは分からないが、そんな危険な液体ならば失明するくらいの想像は容易に出来た。自分がもしも同じような目に遭ったらと思うと背中に氷柱を入れられた気分だ、全身が粟立つ。
「甘いな」
 しかし、ジャリルファハドは納得していないらしい、吐き捨てるように言った。
「そうかぁ。わりと妥当だと思うぜ。多分失明すんだろ。そんなもん入れられたら」
「だからどうした。顔の半分と片目ではつり合いがとれんだろう」
 ぐうの音もでないほどの正論をぶつけられれば、ミュラはぐっと押し黙ってしまう。
「まあ確かにね。……じゃあこの場合、セノールならどうするの」
 セノールの文化を知るチャンスと思ったのだろう、イザベラが話に食い付いてくる。
「やめとけよイザベラ。絶対後悔するぜ」
 敵対勢力に対し、セノールが何を行うか知っている。あの場所では皆生きるのに精一杯故、それもしょうがないと咎める気はない。が、やり方をわざわざ聞こうとは思わないのは彼女の本音である。
「お前も聞いておくか?」
 ミュラを見て意地悪な笑みを浮かべている。
「そんな趣味のわりぃもん聞けるか!」
「ちょっと、あんまり虐めたらミュラちゃんが可哀想じゃない」
「お前が言える立場なのか」
「私は何もしてないじゃない全く……。基本的にこの宿なら何してもらっても結構よ。おしゃべりも娯楽もどーぞ。場所的に昼も夜も騒がしいから音が漏れてもここからだってバレにくいと思うし」
「おっけー」
「でも、一つだけ注意して。ここは統治する貴族に営業の許可をとってないの。というよりとれなかったから、憲兵にこの場所を突き止められるなんてことだけはやめてよ。分かった?」
 ジャリルファハドとミュラが頷いたのを確認すると鍵を彪に渡す。「おい!」と抗議の声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。

「これからお前はどうする」
「仕事って思ってたんだけどね、ちょっとだけ用事が出来たからそっちに行くわ」
「そうか。手間をかけたな」
「気にしないでよ。それじゃあこれ、借りていくわね」
 これで用は済んだと、分厚い本を片手に立ち去ろうとするイザベラに対し、ミュラはまだ話を聞かせてくれとせがんでいる。悪意のない願いは気分が悪いモノではないが、彼女はこれからとある助産師の所に話を訊きに行かなくてはならない。それでもごねるミュラだったがジャリルファハドに部屋に行くぞと言われればそっちについて行くしかあるまい。なんせ部屋の鍵はジャリルファハドが持っており、彼しか部屋の番号を知らないのだから。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.26 )
日時: 2016/09/14 14:57
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 部屋は質素ではあったが、一時の拠点としても良い程に小奇麗ではあった。ミュラの先程の膨れ面は何処へ行ったか、目を輝かせて喜んでいるようだった。彼女は砂漠しか知らない。故にこのような場所も、この世に正を得てから初めてなのかもしれない。
 そんなミュラを他所にジャリルファハドは荷解きを進めていく。荷解きと言っても肩から吊り下げた小さな鞄と、日中買い揃えた食料、固形燃料といった消耗品を入れるだけの鞄だけであり、それほど中身を広げる様子もない。刀と鎧通しを離す事もない。

「……なぁ」
 ベッドに腰を下ろしたミュラ。どことなくその瞳に翳りのような者が見え隠れしているような気がした。何を思ったのか。先ほどまでの快活な様子は何処へ消え失せたのだろうか。ジャリルファハドも椅子へ腰を下ろし、刀を膝の上に置いて彼女と視線を交わす。

「なんだ」
「ジャリルファハド、あんたはセノールだろ?」
「何を急に。見ての通りだ」
 そうぶっきらぼうに言い放って、手袋を外して見せた。左手には何も彫られていないが、右手の甲には三本線が引かれ、その線の上には鏃のようなものが記されていた。セノールの家門を分別するためのタトゥー、そうしてガリプの直系である事を示す赤い染髪。そして、一人に一振りずつ託される刀。これがセノールである外観的な証である。

「あたしは何者なんだろうな」
「さぁな、知らん」
 全く興味がないといった様子で言い返され、ミュラは叱られた子犬のようにしょ気た様子でそっぽを向いてしまった。ミュラが何者かは分からない。名や姓、背丈からしてもセノールではないのは確実であった。であれば、何故あの砂漠で生きていたのだろうか。ミュラの疑問はジャリルファハドの疑問でもあった。ミュラが何者であるか、これは何れ突き止めなければならない事のように感じていた。

「もう少し言い方ってもんがあんだろ」
「俺のような武辺者にそんな期待をするな、馬鹿者」
 武辺者がそんなに頭回るかとミュラは悪態をつく。自分は何も知らない。何もない。知っているのは殺し、盗みの術のみ。しかし、ジャリルファハドは知恵を持ち、それを淡々と何事もなく、さも当然かのように語る。彼の言葉、一つ一つに驚きを得るのだ。カンクェノ、セノールの慣習、歴史、文化、何もかもに精通しているように感じてしまう。井の中の蛙が大海を知らず、狭い井の中を全てだと錯覚するような物に過ぎないのだろうが、自己が確立されているジャリルファハドがとても羨ましく、同時に恨めしくもあった。この男に出会わなければ、この男に殺されかけなければ、自分はイザベラとも出会う事なく、今こうした悩みを持つ事もなかったはずだ。

「馬鹿っていうなよ……」
 馬鹿と言われれば食って掛かるミュラが大人しく、拍子抜けしたジャリルファハドは苦笑いを浮かべていた。馬鹿という言葉には語弊があった。彼女は無垢なのだ。穢れを知らず、知恵を持ち合わせない。宛ら知恵の実を食らう前のエデンの住人ようだ。であれば、己は知恵の実を食らうようにと唆す蛇であろうか。

「例え残酷だとしても、真実は伝えねばなるまい
「……なぁ、教えてくれやしないか。セノールの事」
「何故だ」
「あたしは何者か分からないのに、セノールだと思われるなら、それらしく振舞うしかないだろ?」
「自分が何者かを定め、視野を狭めるのは時期尚早だ。馬鹿者が。お前は何者でもないが故、何者にでもなれる。都合の良いように生きろ、我々のような偏狭の道へ足を踏み入れるのはまだ早い」
 ミュラからすればジャリルファハドには拒まれているような気がするだろう。現にそう感じたのか、ミュラは口を噤み、ジャリルファハドを睨み付けている。真意は伝わるまい、しかし語るまい。そうジャリルファハドは考えていた。
 セノールとして生きればミュラは確実に後悔をする、セノールの民は血の慣習に洗脳され、それが当然であると思っているだけに過ぎない。それに従い生きるジャリルファハドであったが、客観的に見ればセノールはそういう民であるという結論に帰結する。生を得て、それに爪先から頭の天辺まで染まってない以上、ある程度の自我が出来てから、血の慣習に身を染める事は不可能であると考えているからだ。それはミュラのためにもならず、彼女に苦の道を歩ませる事となる。

「……寝る」
「勝手にしろ」
 不貞腐れたようにベッドに伏せたミュラを一瞥し、ジャリルファハドは膝に置いた刀を再び腰に納めた。まだミュラは起きているだろう。だが、これ以上に語らえばお互いのためにならない。ミュラが感情的になりすぎてしまう可能性があった。無垢の戯言と受け流してばかりでは彼女も不快であろう、しかし取り合えば結論を導き出せず、煙撒いて終い。取り合い結論を出せば、それは彼女のためにならない。故に己が身を引く選択を取るのだ。ドアノブを回し、ミュラを一瞥して外へと出て行く。伏せているはずのミュラがこちらの様子を伺っていた。一瞬、視線が合うも歩みを止める事もせず、言葉も交わさない。
 鍵を掛けないのは無用心の極みと、身を案じ鍵を掛けるのだった。


 どう時間を潰すべきかと、階下へ下れば先程の硫酸でケロイドを負った少女がカウンターでペンを動かしていた。勘定、客の数、それらの帳簿をまだつけ終わっていないのだろう。

(酷な事をする……)
 アゥルトゥラはアゥルトゥラ同士でも殺し、傷つけ合うのかと、思えばその未成熟な文化、教養に反吐が出そうな思いであった。それと同時に彼女に対する同情の念も沸く。男であり、武辺者であるならば気には止めまい。寧ろ箔が付くと語る愚か者も居るだろう。顔の半分を焼かれたというのに、加害者から奪ったのは片方の光に留まる。セノールであれば手足の腱を切った後、砂漠に放逐するのだが。如何せん、アゥルトゥラは甘いように感じられた。罪には同等、もしくはそれ以上の罰を設けるべきであろう。目には目を、歯には歯をである。尤も報復を恐れ互いが互いを尊重する事が出来ればいいのだが、とジャリルファハドは考え至る。

「外には出ない方が……」
「心配するな、少し此処を見て歩くだけだ」
「あ、あっちは行っちゃダメです。皆休んでるんで」
「そうか、忠告どうも」
 ロビーの椅子に腰掛け、腕を組みぼんやりと考え事をしている風であるジャリルファハドが少女からすれば気になって仕方がなかった。帯刀したセノール。セノールというものはよく分からず、西に住まう蛮族だとしか知りえる情報はない。それの実物が目の前に居る。不思議と恐怖はなく、寧ろ好奇心が沸く。職業柄、素性を詮索するのは良くないとは思っていたが、ついつい口を開いてしまう。

「砂漠はどんな感じですか?」
「……お前らの想像を絶する。五十年前から未だ立ち直れん。つい先日も幼子が飢え、渇き死した。碌に生きられぬ」
 命を繋ぐ事すら許されぬ土地、そこに住まい、そこに生きる彼らからしたら此処はどれだけ快適だろうか。厳しい気候はないが、水と食料だけは余る程にある。セノールとは間逆にあり、栄光と発展に座し歴史を刻んできた。恐らくあのセノールはそれすらも許せないのかも知れない。
 そんな事を思っているとジャリルファハドは金髪の少女を見据えていた。どことなく気まずくなり、顔を逸らす。その時にケロイドが顔を覗かせ、金の美しい髪の合間から、醜くおぞましい赤が映える。

「お前、サレイトウという薬を知っているか」
「え、いえ」
「極東にある薬だ。身体を強くしてくれる、此処に居てはそれは腐る。しかし、此処以外生きる道がないならばお前が強くなるしかあるまい。……ジャッバールの屋敷に行け、奴等ならばサレイトウを仕入れるために動いてくれる。あいつ等は仕事となれば、悪ではない」
 名も知らぬ者に対するお節介にも等しいそれだったが、ジャリルファハドからすれば当然の事であった。持てる者、健常な者、それは持たぬ者、病める者を救済する義務がある。そこに人種や、かつての怨嗟は関係ない。それを為せる者こそが最上の武辺者であり、高潔な者であると教えられ、それに基づき生きているだけなのだ。
 確かに少女のケロイドは夏場の高温多湿が原因で、炎症し膿む事もあった。そこから熱を持ち、苦悶に苦痛に苛まれる事もある。それが多少でも改善されるならば、このセノールの言葉に賭けてみる価値はありそうだった。悪逆と聞き及んでいた彼等は血腥い側面のみならず、善良なところもあるのではないのかと思えてくる。だが、しかし彼女には悩みの一つがあった。それだけの物を買えるかどうかという事である。

「……高いですよね、お金」
「お前がジャッバールに出向いて、隊商に加われば良い」
 無茶なことをジャリルファハドは口走る。それがさも当然のような物言い。しかし、あの口ぶり、声色で言われれば出来てしまいそうな気がしてならない。人を煽動させ、走らせる魔力のような物が宿っているような気がしてならない。
 その魔力に毒されたのか、大人しげな少女の瞳には、火のような物が宿っているように感じられた。それを見てジャリルファハドは愉悦と張り付いたようなせせら笑いを浮かべる。少女に対する厭味のような感情は持ち合わせていない。そういう笑い方しか出来ないのだ。微かに奮い立つ少女を見て、一つの考えがジャリルファハドの脳裏を過ぎる。

(まずい事をしたな……)
 ミュラに吐いた言葉は悪手であったと、血を重んじ彼女の思い、考えを軽んじてしまったと。愚かしいと今度こそ自分をせせら笑うように笑みを湛えるのだった。まだ起きているだろうか、そんな事を思いながら階段を踏みしめるジャリルファハドの様子を見て、カウンターの少女は何事かと首を傾げるのだった。

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