複雑・ファジー小説

[リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す
日時: 2018/11/20 21:30
名前: にっか ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

無限の廓にて、大欲に溺す

開始日:2016/8/22(8/21 15:00スレ立ち上げ、創作解禁)

参加者一覧
・にっか(文字化けするためNIKKAと名乗ってます)
・ポテト侍
・霧島
 以上3名。敬称略。

設定については、次レスに張るURLから確認願います。

なお、コメント等は差し控えて下さい。

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Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.7 )
日時: 2016/08/24 10:32
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 馬車に揺られながら、ジャリルファハドは煙草を燻らす。真向いに座ったミュラは彼を睨み付ける。まるで借りてきた人見知りの子猫が威嚇し、毛を逆立て尾を膨らませているようだ。今にも牙を剥きそうな様子である。相対して彪は歯牙にも掛けない様子で、ぼんやりと外を眺めていた。砂漠を抜け、既に暫く走っている。街の中は治安が保たれ、野盗の類は出ない。
 
「そう気を張るな、疲れるだけだ。……もう何もしない」
 
 そうは言いながらもジャリルファハドは懐に納めた筆架叉をミュラに渡そうとしない。狭い車内、筆架叉を奪われやりあえば分が悪い事を知っているからだ。刀剣は車内で振るえない。打撃しか残されていない。そうなれば自分にもダメージを負う可能性が生じる、リスクを負う事は避けたいというジャリルファハドの姿勢が見えた。
 
「あんたを信用出来ないだけだッ!!」
 
 語気荒くジャリルファハドへ吠えるも彼は気にする様子もなく、煙草を窓から投げ捨てた。そうして横目でミュラを見遣り、はぁと呆れたように溜め息を吐いた。視線が合うとミュラは身構え、顔を顰める。
 まるで投降を拒んだアゥルトゥラの兵士のようだ。五十年前の西伐、彼等はセノールに包囲され投降を促されたというのに抗い、最終的には捕縛された。水や食糧といった施しを拒み、最期はそのまま死んでいった。それをセノールの戦争犯罪としたのだから、敗軍に正義はないのだろう。
 
「……お前をあそこで野盗だと言っても良かった。そうすれば俺は恐らく、お前を主命に基づき斬っただろう。主命に基づけばガリプの家訓は無に等しい。それにあの商人が悪趣味な業突く張りならば、お前の手足の腱を切り人身を売る事となったやもしれん。何方にせよ、お前の命はなかった」
 
 脅し文句のような言葉を淡々とジャリルファハドは語る。恐らく、それを行った事があるのだろう。それが当然のような口ぶりだ。確かにセノールが敵対勢力に対する見せしめをする時は手足の腱を切り、鎖に繋いで砂漠に野晒しにする事がある、ミュラはそれを見た事があった。最期は飢え、渇き死んでいく。
 
「……お前も狙った相手が悪かったな」
 
 まるでミュラを愚かだと言わんばかりの静かな口調。お前の命は俺の手の中にあるとでも言いたいのだろうか、含み笑いを浮かべていた。しかし、ジャリルファハドがそういった凶荒にこれから手を出すとは考えにくい。一度野盗から助けたと保護した者を、実は野盗だといえば自身の信頼に関わるからだ。つまり、彼の含み笑いと脅し文句とも取れる言葉に効力はないように感じられた。だが、下手を打つべきではない。
 
「セノールはどうなってんだよ……」
 
 砂漠で速く走り、異様に夜目が利く。更に剣技と状況判断能力、そして小手先までも駆使する。地の利があればとてもではないが勝てるとは思い難い相手。かつてセノール人を倒した時は運が良かったのかも知れない。そうミュラは感じざるを得なかった。
 
「どうもこうも、これがセノールだ。だが、お前もセノールに近い。血は違えどセノールのようなものだ。あの砂漠で生きるために、それだけの力を得たのだろう? 良い物だった。その力をもっと磨いてくれれば良い。そして、人を殺めるためでなく、何かを守れるために振るえれば猶更良い」
 
 余り感情の伴わない淡々とした語り口、力の理想を語るジャリルファハドは滑稽にも見えたが、まっすぐな武辺者としての印象を宿らせた。悪逆な行いをしつつも、その根底にはそういった性根が根付いているのかもしれない。ジャリルファハドの中には二人の武人が居るのかもしれない。悪逆な武人と理想的な武人の二人が。
 
「……てめぇは一体、何を目指してんだ?」
「ありすぎて分からんよ。最強の兵、善良な為政者……。なれるならば何者にでもなろう。それがセノールの役に立つならな」
 
 ジャリルファハドの言葉、それには大欲が渦巻いている。そんな気がしてならなかった。何もかもを手中に収め、何もかもを制する。そんな邪にも思える欲。何が彼をそうさせたか、こんな大言壮語を吐かせたか。考えるだけで頭が痛むミュラは適当な相槌を打ち、ぼんやりと窓の外を見据えた。
 あの地平の向こうにはカンクェノが広がっているのかも知れない。まだ見ぬそれに浪漫を馳せ、そうして終ぞ、かの考古学者が残した言葉をなぞるようにそれの名を口にする。
 
「カンクェノ……」
 
 そう呟くと、ジャリルファハドは窓から視線をミュラへと向け、黙ったまま見据えていた。全てを見透かすような、据わった瞳から放たれる視線に居心地の悪さを感じて、沈黙を破ってしまう。
 
「な、なんだよ」
「カンクェノと言ったな」
「だから、なんだってんだ」
「我々はカンクェノに行く。厳密にはクルツェスカ、カンクウェノがある街だがな」
 
 ジャリルファハドは行先をアゥルトゥラと言っていたが、カンクェノまで行くとは行っていなかった。適当な街まで行って、そこで身柄を解放される。それで終いだと思っていたが、今の言葉は出来すぎた話のようにミュラは感じた。状況がぐるぐると変わり、あまり働きの良くない頭が熱暴走しそうである。命を取られそうになり、脅され、終いには目的の場所へと行ける。何かの意思、導きがそこに働いているような感覚さえ覚えた。
 
「何が欲しい?」
「何が欲しいって、何があるか知らねぇよ」
「そうか、ならば来い。あそこには全てがある。富も、錬金術も、魔法も。この世の全てがあそこにあるのだからな」
 
 誇大妄想に駆られた狂人のようにジャリルファハドは語る。彼の語る錬金術や富というワードは看取った考古学者の口からも出てきていた。魔法とは異なるが魔力というワードもあった。彼は何か知っているように感じられる。魔性とも感じられるその言葉、ミュラは訝しげにジャリルファハドを見据えるのだった。
 
「なぁ、あんた教えてくれよ。カンクェノについて、もっと詳しくさ」
「……構わんよ? だが、知ってどうする?」
 
 訝しげにジャリルファハドはミュラを見つめている。何も知らなかった女が、カンクェノを知ってどうする? それを知り得て何とするのか。ジャリルファハドはそんな事に関心を持つのだった。
 
「知るかよ、ただ知りたいだけだ」
「そうか、よく聞いておけ――――」
 
 遥か西の砂漠にて語られる伝承、先人の受け売り、広義の知識。それをジャリルファハドは矢継ぎ早に語り、ミュラの脳味噌を言葉で殴り続ける。そろそろ頭が処理出来なくなってきたのか、徐々に歪むミュラの顔付きが面白く、ジャリルファハドは語り続けた。そうこうしているうちに馬車は動きを止めた、奇遇にもミュラの記憶媒体も動作を止めようとしているらしく、どこか遠い目をしていた。
 
「……勉学に慣れねばなぁ」
 
 恐らくミュラは、砂漠に生きてきただけのだろう。お世辞にも頭が良いとは言えない。今語った事を半分も覚えているだろうか。
 呆れたようにミュラを嘲り笑う。それが気に触ったのかミュラはジャリルファハドの背中を掴み声を荒げた。
 
「今、馬鹿だって笑っただろッ!! この――、そういやあんた……名前は?」
 
 怒りを込め名に貶すような枕詞を付けようと思ったが、ミュラはジャリルファハドの名を知らない。暫く言葉を交わしたが、何故名を問わなかったのだろうと疑問を抱Hのだった?。
 
「ジャリルファハド、ガリプの次兄、サチの尖兵だ」
 
 セノール特有の長い名。貶すような枕詞を付けようとしても、音の組み合わせが上手く行かず、ジャリルファハドを貶せずにいた。そうして漸く口から導きだした言葉は陳腐な代物。
 
「馬鹿って言う方が馬鹿なんだからな!」
「馬鹿とは一言も言ってないが……」
 
 鼻で笑いながらジャリルファハドはミュラの手を振り払い、馬車の外で背伸びをしている。長い時間、余り姿勢を変えず揺られ続けたのが原因か、身体が凝り固まっていた。少しずつ身体の筋を解しながら、ジャリルファハドは一点を見つめる。彼の視線の先、そこに穏やかな表情の優男と気難しそうな黒尽くめの少女が此方に向かってきている。腕が立ちそうだと、心の中で一人ごちる。
 
「ジャリルファハド、護衛ご苦労。――なんか居るか?」
 
 ジャリルファハドに硬貨の入った袋を押し付ける商人は、その視線の先を見るなり関心を失ったらしく、袋を足元に置いて馬車を停めた建物の中へと入っていった。屋号はジャッバールの物、ここにバシラアサドが居るのだろう。
 
「おい、金拾わねぇと貰っちまうぜ?」
 
 そんな冗談には鞘から僅かに白刃を覗かせる冗談で応じる。その真意をミュラは知っているらしく、硬貨の入った袋を横目で見るだけに留めておいた。今のは一度は笑って許すが次はない、というセノールの警告だったからだ。冗談の通じない奴だと、ミュラは呆れながら馬車のステップに腰を下ろした。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.8 )
日時: 2016/10/02 11:49
名前: マグロ煮つけ ◆AXS9VRCTCU

カルウェノ人達の小さな商店街の昼下がり。普段は買い物客が集まり、賑わっているはずだが、店すら開いていない。そんな不気味なまでに静かな商店街を歩く黒いローブの不気味な男。手頃な岩を見つけると腰をかけ頭を抱える。額から滝のように流れる汗を気にもとめず今日十数度目の溜め息をつく。

彼の悩みの原因は、昨日の夕方にまで遡る。エドガー・ニコルソンは、いつも通り夕飯を用意しテーブルに並べる。椅子に座り、食べ始めようとした時、彼の唯一の家族である少女、バシュラール・レアがテーブルを叩き突然立ち上がる。

「おい、どうした? 行儀が悪いぞ」
「親方 ! レゥノーラ討伐にカンクェノ行きましょう!」
「はぁ」

満面の笑みのレアの声がニコルソンの頭に響く。人類の敵とも言えるレゥノーラの巣窟、カンクェノ。行くだけならまだしも、レゥノーラ討伐をしようというのだ。彼女の過去を考えれば、そうなのかもしれないと一瞬だけニコルソンは考えたが、その考えは次のレアの一言で粉砕される

「目的は、宝探し!」

その後、レアをニコルソンが説得しようとするもレアの絶対に折れない意思に根負けし出発に向けての準備を始めたところで、冒頭の彼へと繋がる。

岩に腰をかけてもう十分が過ぎていた。そんな彼の横で、顔に大きな切り傷の付いた人相の悪い大男が気の毒そうな顔をして、ニコルソンの顔を覗き込んでいた。

「ニコルソン。そんなところにいるとゴロツキどもに絡まれちまうぞ」
「雑貨屋のおっちゃんか。ただでさえゴロツキに避けられるのにこんな表情してたら、余計避けられるから問題は無い」

二人で軽口を叩き合い、ニコルソンの表情にも少しばかり余裕が見えた。それを見た後無言でニコルソンの隣に座る雑貨屋の大男。

「悩みがあるなら吐いてみろや」
「あんがと、おっちゃんそうする」

これまでの経緯を話すニコルソン。時折相槌を打ちニコルソンの話に聞き入る大男。話し終えると大男が一息つくと話し出す。

「なるほど、お前の悩みは良く分かった。レアちゃんの事が心配でたまんないんだろ」
「いや、半分当たってるけど、もう半分は違う。残りの半分は、この町中探し回っても、火薬が足りない事」
「火薬?戦争でもするのか?ってかなんで、火薬足りない事に悩んでんだよ」
「そんな事レアに聞け。じゃあなちょっと、心が軽くなったわ」

汗をローブの袖で拭った後、立ち上がり立ち去ろうとするニコルソンだが、数歩歩き出すとすぐに呼び止められる。

「火薬売ってるとこ知ってるから案内してやるよ」

立ち上がり、顔の傷を引っ掻きながら歩き出す大男の背中を軽く屈伸運動をしてからニコルソンは小走りで、追いかける

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.9 )
日時: 2016/09/18 23:01
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ

 彼が、娼婦の言っていた護衛のセノール人だとすぐに分かった。肌は浅黒く、体格は男性にしては小柄。ガウェスと並んだら肩の高さと一緒ではないだろうか。そして何より、鋭い目をしている。勇猛な獅子というよりは内に野望を秘めた彪と言ったところだろう。そんな腹に一物抱えてそうな男が真っ直ぐとこちらを見ている。ハイルヴィヒはジャリルファハドの方を一瞥したが、さほど興味がないのか商人に用があると、さっさと館の中に入ってしまった。彼女の代わりにガウェスが非礼を詫びた。彼女はお嬢様を大切にしており、それ故の行動だと告げた。彼女はどうも愛想と言葉が足りない。初対面の人からすれば、彼女の態度は人に対してドライな人間だと認識されてしまうことだろう。(もっとも彼女はそんなことなど全く気にしないだろうが)

「初めまして。ハイドナー家当主ガウェス・ハイドナーと申します。以後お見知りおきを」
 ジャリルファハドの前に立つと手を差し出した。セノール人にも物怖じせず、堂々と対応する彼は流石である。しかし、彼の口からハイドナーという言葉が紡がれたとき、ジャリルファハドの瞳がスゥと細められた。
「そうか。お前がハイドナーの当主か」
 何でもない一言のはずなのに、呟く声は呪詛のように聞こえた。彼は差し出された手を、はたいた。それは一切の拒絶ともとれる。心はおろか触れることも許さないと宣言されたようなものだ。それでもさきと変わらぬ平然とした顔で、でも瞳の奥には確かな憎悪と怒りをもってガウェスを見下しているのだ。彼は恐らく知っているのだろう。ハイドナー家が西伐の時に何を行っていたのかを。
「やはり、まだ許してはいただけませんか」
 口元には笑みを浮かべたまま、困ったというように眉尻を下げた。そんな男の態度が気に食わなかった。人をくったような顔をして何を言っているんだと思った。
「ならばそのへらへらした態度をやめろ。誠意を示せ。誇りを捨て金持ちにゴマをすった卑しい一族め」
 彼の言葉にガウェスから笑顔が消えた。言っておくが、それはジャリルファハドに言われたからそうしたのではない。もしも彼がへらへらするなと言われただけならば、「元々こういう顔だ」と言って誤魔化しただろう。彼が笑顔をやめたのは一族を蔑まれたからだ。まるで不愉快だと言わんばかりにガウェスは顔を歪めた。
「訂正してください。私個人ならともかく、一族を侮辱するような言葉は看過できない」
「事実を訂正する必要がどこにある」
 ガウェスの表情に怒りが混じるようになる。本当は今すぐにでも斬りつけたいのだろう。柄にかかったままの右手が震えている。でも、それはジャリルファハドも同じの様で、右手は既に柄を握っておりいつでも抜刀が出来るように準備してある。

「最後のお願いです。訂正を、ジャリルファハド・ガリプ・サチ。しないのならば一族への侮辱、あなたの血を以て償うことになる」
 懇願に近い命令だった。ジャリルファハドは鼻で笑う。
「やってみろ。できるものならな」
 剣を抜いたのはどちらが先だったか、あるいは両方だったかもしれない。燦々と輝く太陽の下、2つの刃がぶつかり合う。最初に仕掛けたのはガウェスだ。貴様の首を撥ねんと紫電一閃、雷のように鋭く速く放たれる。ジャリルファハドは半身を逸らし紙一重で躱すと、大ぶりな動作でがら空きになった胴体へ白刃を走らせた。しかし、堅牢な鎧がそれを阻み、軽く傷を作る程度にとどまってしまう。それならばと腕の関節部分、僅かにあいた隙間を狙う。フルメイルの鎧ではないので十分に刀を刺し入れることができるだろう。

 戦場のような剣呑とした雰囲気に驚いたのはミュラである。金属と金属がぶつかり合う音がして何事かと出てくれば、ジャリルファハドが鎧を着た背丈の高い男と剣を交えているではないか。止めに入ろうかと思ったが、そもそも丸腰の状態にだったことに加え、そもそも実力差が違い過ぎる。割って入っても切り伏せられるだけだ。
 両者の実力のほぼ互角。機動力ではジャリルファハドが圧勝しているが、守りは明らかにガウェスの方が上だ。

 こんな戦い、彼女は知らなかった。互いに感情的になっている部分があるので多少の荒々しさを見せた。でもだからこそ、フツリフツリと血が沸きだたせる魅力がある。この時だけは武器を持っていなくてよかったと思った。
「おい女」
 戦いに夢中になっていると隣に女が立っていた。黒衣の女だ。元々不機嫌だった顔が更に歪められて怒っているように見える。
「女じゃねえ。ミュラ・ベルバトーレだ。何だよお前は。名前言えよ」
「……ハイルヴィヒ・シュルツ」
 あっさりとその名を告げた。傭兵という身分ゆえ、自分の名前を言うべきか迷ったが、この女1人に名前を知られた所で何も出来まいと判断した。しつこく訊かれるのも本意ではないし、効率も悪い。無駄は無くす。傭兵の基本だった。ミュラは彼女の名前を聞くと「また呪文みてぇな名前が」と1人頭を抱えていた。
「お前の苦労なんぞ知らん。それよりも、何があった」
「知るかよ。馬車にいたんだぜあたしは。なんか音がするなぁって思って出てみたらこれだよ」
 ふむ……とハイルヴィヒは考える。もしもこのまま2人を放っておけば、どちらかが死ぬまで続くだろう。かと言って止めようと横やりを入れようものならその矛先が自分に向きかねない。1人なら何とかなるかもしれないが、2人は流石に手に余る。
 不意にミュラの子供のように綺麗な瞳と目が合った。穢れのない真っ直ぐな瞳がそれが一瞬お嬢様と重なり、そしてすぐにそれを振り払った。こんなどことも知らない馬の骨とお嬢様とを重ねるなんて無礼である。それに今のは相当重症なのかもしれない。早く帰ってお嬢様とお茶がしたい。
 そのためには、この際である、不安を払拭しきれないが仕方ない。
「ミュラ、私が合図したらどんな手を使ってもいい。セノールをガウェスから引き離せ」


 均衡が破れたのはジャリルファハドの体勢が一瞬崩れたからである。本来の彼なら起こり得ない事態だが、長時間に及ぶ旅によって蓄積された疲労が彼の体を知らずに知らずに蝕んでいた。そして、慣れない石畳での戦闘は足に負担をかけていた。
 そのチャンスを見逃すほどガウェスはお人好しではない。一族を愚弄されたのだから容赦もいらないだろう。ガントレットのついた左手を刃を握っている右手首に向けて振り下ろした。まるでハンマーで叩かれたかのような衝撃。肉を抜け、直接に骨を揺らす攻撃に、ジャリルファハドは苦悶の表情を覗かせた。一方ガウェスは足りない、と思った。更にもう一度同じ所を殴りつければ今度こそ刀が手から離れた。拾われるより先に彼の手の届かない所に蹴る。
「訂正しろ。ジャリルファハド」
 高く掲げられたロングソードがギラリと光る。最終通知。訂正しなければ殺すと、そう脅しているのだ、ガウェスは。これを拒めばジャリルファハドの体は真っ二つに分かれることになる。当然、ジャリルファハドはその意図を汲み取っていた。だが、彼から謝罪の言葉が出てくることはない。むしろ喉元に食らいつきそうなほどの闘志と獰猛さをもって彼を睨んでいた。これ以上の交渉は無駄である。ガウェスは溜息をつき、そして陽光を裂くと共にジャリルファハドの頭に振り落とそうとした。刹那、ジャリルファハドが懐から取り出したものは筆架叉。ミュラから奪っていたものだ。新たな武器の登場にガウェスは少なからず動揺し、振り下ろす速度が下がった。しかし、セノールにはそれで十分だった。速度が下がるということは力が弱くなることと同義。左手で持った筆架叉でロングソードを受け止め、押し返した。この時、ようやく気が付いた。
(両利きか!)
 不覚!両刀使いだという可能性を無意識のうちに排除していた。そうでなければ、威力が多少弱まったとはいえ、自分の一撃を受け止められるわけがない。完全に押し返されたガウェスの体は大きく仰け反った。距離をとろうにも、そんな体勢では上手く動けない。鎧は斬撃には強いが、貫通に弱い。筆架叉は斬撃も出来るが、本来は刺し、貫く武器だ。
 お返しだと言わんばかりにジャリルファハドは右の肩を筆架叉を突いた。貫ける自信があったのだ。予想通り次はガウェスが苦悶の表情を浮かべる番だ。鎧も肉も肩も全て貫き、その動きを制限する。まるで標本箱に捕らえられた蝶のように右腕の自由が利かない。ツゥと頬を垂れる汗を拭うことも出来ない。剣を振れない騎士に、彪は次にガウェスの心臓へと狙いをつける。

「なめないでいただきたい」
 正に不屈の闘志。騎士としての矜持。今の彼には何としても勝つという妄念に近い執着のみ。貫いているにも関わらず無理やり肩を動かせば幾つも繊維が千切れ、文字通り身を裂くような痛みが襲う。だが、痛みは生きている証である。死ぬよりは幾分もマシだ。
 鎧にに届く寸前でロングソードが筆架叉の動きを止める。パキリとヒビが入る音が双方の武器から鳴った。拮抗状態が続く。と、2人の動きが止まったのを見計らい、今まで静観していた2人が走り出す。ミュラはジャリルファハドの肩を、ハイルヴィヒはガウェスの後頭部の髪を持つと地面に引き倒した。ハイルヴィヒはそれでもなお立ち上がろうとしたガウェスの額に銃口を突き付けた。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.10 )
日時: 2016/08/25 08:31
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 不意に捕まれた肩、眼前にはガウェスが転がされ、終いにはリボルバーを突きつけられている。あのまま引き金を引かないものかと、張り付いたような笑みを浮かべ筆架叉を握り締めた。浅ましいと自分でも思い、その思考は捨て置いた。
 このまま踵を返せばミュラの命は取れる。喉を引き千切るだけだ。火蓋を切ればガウェスは動くだろう。さすれば引き金は引かれ、次のハイルヴィヒの標的は自身へと変わる。ミュラの死体を盾とすれば一発は凌げるだろう。飛ばされた得物までの距離は5m余り、馬車を盾に駆け、得物を投げれば相討ちとなりながらも、ハイルヴィヒを取れる。そう踏んだジャリルファハドは筆架叉の柄を握り締めた。

「もう止めとけよ、これ以上やったって両方共死ぬぜ?」
「それはち――――」
 ――違う全員だ、そう言葉を吐きかけた刹那、言い様のない敵意を感じ取りジャリルファハドは口を閉ざし、筆架叉を下ろす。
 ゆっくりと屋敷を見据えればライフルの銃身が幾つも顔を覗かせていた。この屋敷はジャッバールの物、喧しいから撃てとでも指示を出したのだろうか。
 
「……業突く張りめ」
 ジャッバール、バシラアサドのしたり顔が脳裏を過る。
 悪態を尽き、次は何をすべきか頭を悩ませる。此方に向けられたライフルの数は十二丁。一人頭三丁狙いが向けられていると考えれば、抵抗のしようがない。弾が一発でも身体に減り込めば即刻、物言わぬ肉の塊と化すだろう。結果は全員の死、ジャリルファハドが事を起こしても同じ結末を招くだろう。ガウェスもプロセスは違うが、同じ結末を招くと感じたのか苦笑いを浮かべて、両手を挙げ投降の意思を示した。
 
「懸命だな、そちらの指示を出した者よ、こちらに闘争の意思はない、銃を下ろすよう伝えよ」
 ガウェスから銃口を外し、ハイルヴィヒはその銃口をゆっくりとジャリルファハドへと向けた。もし撃たれればジャリルファハドの身体を弾丸を抜けミュラにも当たるだろう。一発の銃弾は火蓋を切り、血の呼び水となるだろう。そうしてそれは全員の死に繋がる。それでも猛り狂い、死へと駆け行く、その価値はあるか――。その答えは否。殺め合う意思を納めたガウェスを死なせても面白くはない。戦う意思を残したまま、無念に塗れて死んで貰わなければ、師父の無念は晴れる事はないだろう。
 
「……銃を収めよ、ジャッバール! 同胞殺しの罪を被るか! 堕ちたものよなぁ、裏切り者よ!」
 彪が吠える。その刹那、一発の銃声が鳴り響く。ハイルヴィヒが撃った訳ではない。そして、誰にも当たらずにいた。ジャリルファハドの足元には弾痕、跳弾したそれは馬車へと当たっている。ばたりと窓が閉じられ射手は引っ込んでしまった。何だったのだろうか。
 
「……ジャリルファハド、私は貴方を許しません」
「どうしても詫びさせたくば、俺の頭を落とすがいい。頭を地に擦り付けて、言もなく詫びてやる」
 互いを煽り合う。ガウェスの表情は冴えず、ジャリルファハドはさぞ愉快そうだった。彪は獰猛に牙を剥いて笑っているが、そこに殺意、害意の類いはなかった。そのまま、馬車のステップに倒れ込むように腰を下ろし、煙草に火を付けた。先程からやたらと右足首を入念に回し、筋を少しずつ伸ばしていた。その脇を興味無さげにハイルヴィヒは歩み、ジャッバールの屋号を掲げた屋敷へと入っていく。頼まれた品を取りに行ったのだろう。
 
「……ミュラ、ハイドナーにこれを」
「あぁ? いいのかよ」
 いつもの痛み止めとして使っている煙草。それを先まで殺し合っていた相手に分け与えるという。ジャリルファハドの行動法則が全く読み取れない。
 
「怨敵であっても戦ってなければ敵ではない。怪我をした一個人に過ぎない。……それを無視は出来まい」
 ジャリルファハドの頭の中には既に、ガウェスをどう殺そうかという算段は消え去っている。それどころか、ミュラを砂漠に置き去りにしなかった時に似た理屈を口走る。仕方ないとガウェスに煙草を渡そうとするが、彼は顔を顰め煙草を拒否した。喫煙は嗜まないようだ。
 
「残念だ。……ハイドナーの当主ともあろう者が地べたに座るな、矜持はどうした」
「貴方に言われる筋合いはありません」
 ジャリルファハドとてガリプを継ぐ可能性がある者。そんな所に腰を下ろしていて良いのか、とガウェスは批判めいた口調で言い返す。
 端から見ていたミュラは、彼等が似た者同士に見えて仕方がなかった。何か譲れない物を持ち、触れてはいけない事柄がある。それに触れれば怒りを露にし、後先を軽んじる。ガウェスは己の一族について、ジャリルファハドはよく分からないが何かある。
 二人は、静まり返っていた。
 
「あ、あのー……、大丈夫?」
 地べたに座り込んだガウェスの背後から女が語り掛けてくる。首から吊り下げられた通行証、手形には「ソーニア・メイ・リエレス」とあった。この炎天下でも薄手のコートを羽織り、小柄な身体には似合わない大きな鞄を背負っている。優しげな笑みを湛え、ガウェスのみならずミュラやジャリルファハドにも視線を向ける。
 
「セノール?」
「俺はそうだが、こいつは違う」
「ふーん、ま、人種なんてどうでもいいや」
 そう言うなり彼女はガウェスの肩とジャリルファハドの右足を交互に見比べていた。ガウェスの肩は外傷があり、流血していたが何故ジャリルファハドの右足の不調が見抜けたのだろうか。
 
「良かったら手当しよっか? それともハイドナーさんは家でする?」
 ソーニアという女は笑みを絶やさない。先程までの剣呑とした空気が少しずつ和らいでいくように感じられた。ガウェスの顔を覗き込み、彼女は返答を待っている。通行証、手形には「学術調査のため」とある。即ちは考古学者の端くれだろう。遺跡の管理者を名乗り、彼等の活動を阻害、制限する事もあるハイドナー。誰に断り、なにを根拠に遺跡の管理者を気取っているか知らないが、ソーニアのようなタブーに触れかねない仕事をしている者達には、目の上のたん瘤のような存在だった。事実、私財を擲ち組織的にカンクェノの階層突破、ホムンクルスの精製を研究しているジャッバールが持つレヴェリ人で構成された私兵達とハイドナーの手勢の者は、度々衝突している。
 いつぞや、ジャッバールの私兵が大量のライフルやブランダーバス、リボルバー、試作段階のガトリングとやらを持ち出し、これから戦争でもするのではないかという状況までいった時は、端から見ていて生きた心地がしなかった。流れ弾一発で死にかねないのだ。最終的には双方が直接、交渉し丸く収めたようだったが。
 
「貴女は私を厭わないのですね」
「まぁね、私組合にいないから」
 組合に所属していない考古学者。皮肉にも彼女の立ち位置こそが、真の中立。どちらにも属さず、どちらとも関係を結ばない。彼女の場合はお節介が祟り、誰とでも縁を作っていそうだ。そんな生き方をしているであろう、彼女がとても羨ましかった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.11 )
日時: 2016/08/26 16:55
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ

 ハイルヴィヒを連れて家で行いますと、ガウェスはソーニアの治療を断った。彼女は「そっか」と別段気にした様子もなく、ジャリルファハドと何かを話している。その二人の近くにはミュラが胡坐をかいて座っており、何とか2人の会話に入り込もうとしているが、如何せん知識が足りない。奮闘空しくほとんどの内容を理解できなかった彼女は面白いものがないかと童のように忙しなく視線を動かすことになる。途中、ガウェスと目が合った。少女と呼ぶには成熟しているが、娘子と呼ぶには顔にまだ幼さが残る彼女の瞳は父と同じ黒かった。居心地の悪さを感じて思わず目を逸らしてしまう。セノール人のような肌をしているが、セノール人ではないと言った。どうやって知り合ったのか興味がないわけではないが、ハイルヴィヒが帰ってきたので今回は見送ることにする。立ち上がるとやはり傷が痛んだ。
「それでは皆さん。お先に失礼します。何かあったら我が邸へいらしてください。このガウェス・ハイドナー、必ずや皆さんの力になりましょう」



「何があった。昔、セノール人とハイドナーの間に」
 帰り道、ガウェスの前を歩いているハイルヴィヒが口を開いた。少し前を歩く彼女の顔は見えなかったが、いつも以上に怖い顔をしているのは見当がついた。そもそも彼女の怒り最もである。他人様の所有地で、しかもアゥルトゥラでも有数の豪商の土地だ。そこで連れが問題を起こしたとなれば一緒にいたハイルヴィヒまで当事者だと誤解されかねない。そうなった場合困るのは雇い主なのだ。
(それなのにこの男は……)
 ハイルヴィヒは心の一角へ火種を燻らせることになった。彼の返答次第でそれは、1つの一族を燃やし尽くす大火へと姿を変えるだろう。同時にどうしても解せなかった。彼が放った「まだ許してもらえないのか」という言葉。そして、相手のセノール人。瞳に宿らせる殺意に近い憎悪と怒り。まるで親の仇とでも言いたげな態度。「卑しい一族」とはどういう意味なのか。
 ここまでハイルヴィヒが執拗に迫った理由は、障害の排除である。彼が、彼の一族が、雇い主に、お嬢様に危害を加える恐れがあると判断した場合、彼女はそれを取り除く義務がある。それが傭兵。それが雇われるということなのだ。ガウェスには見えない部分でリボルバーを握る。

「50年前の西伐、アゥルトゥラ人と比べて肉体的にも精神的にも屈強だったセノールが何故負けたのか分かりますか」
 独り言のようにポトリと落とされた言葉に一瞬反応が遅れた。ガウェスは言葉を続ける。
「あなたが持っている銃です。たった1つの兵器が全てを変えた。それまでの戦いでしたら、セノール人の圧勝だったでしょう。しかし、新たな武器の登場は戦を戦術を変えます。時としてそれは戦いの優劣でさえ、ひっくり返してしまう」
 ガウェスの目線がどこを向いているのか分からない。真っ直ぐと前を見ているはずなのに、その瞳は虚空を映しているように何も感じられない。
「アゥルトゥラ人に味方するように指示を出したのは祖父です。アゥルトゥラ人には懇意にしている金持ちが大勢いましたから」
「待て、ハイドナー家がアゥルトゥラ人に味方をした?そんな話聞いたこともないぞ」
 ガウェスは嗤う。ハイルヴィヒではなく自分自身への嘲りだった。
「知らないのも仕方ない。これはハイドナーの汚点です。中立を謳っていながら必要な物資をアゥルトゥラ側に流していたのです。戦争のあとハイドナーが持てる力全てでその事実を隠蔽しました」
 何を言いたいのか聡いハイルヴィヒは理解した。そして憐れんだ。彼は恥じている。表は中立だと自称し、裏ではアゥルトゥラ人に味方した。そしてそれを隠蔽した自らの一族を。また、その気持ちと同じくらいセノール人へ罪の意識を背負っている。故に、彼は人一倍誠実であろうとする。ただただ模範的な騎士を演じているに過ぎないのだ。まるで道化のような生き方。彼に自由はない。一生を愛しているか分からない一族のため、そして、セノールへの懺悔を捧げて生きていくのだろう。
「気にすることはないのですよ。これは私の選んだ選択。悔いなどありませんから」
「別に貴様のことなど気にしてもいない。私は帰る。目的の物を手に入れたからな」
「それならばお見送りしましょう。女性を1人で帰らせるなんてこと」
「結構だ。貴様は目立ちすぎる。それではごきげんよう<Auf Wiedersehen>」
 黒いコートを靡かせて彼女はガウェスに背を向けた。暑くないのかと思ったが、自分の格好を見て苦笑する。鎧に身を固めている男が言う言葉としては滑稽だ。しかしそれも右肩の穴を見るとやめた。あの時――剣を押し返されて仰け反った時、ジャリルファハドは鎧以外の部分を突くことも可能だった。それこそ、右肘の関節部分。そこを砕いてしまえば、ガウェスは右腕を動かすことはほぼ不可能だった。その後に確実に安全に心臓を刺し貫くことも出来たはず。仮に命を奪えなくとも騎士として再起不能にすることだってできた。
だが、彼はそれを行わなかった。何の躊躇いもなくこの鎧を貫くことを選んだ。
(まさか……)
 この鎧が彼の誇りと知っていて、わざとそこを狙ったとしたら……。穴の開いた部分に指を這わせる。
「私もまだまだだな」
 そういえば今日は、父が帰ってくる日だったなとぼんやりと考える。この鎧に関しての言い訳とご機嫌取りの方法を考えねばいけないだろうと思うと途端に足取りが重くなる。これならばソーニアの治療を受けるべきだったかもしれない。白銀の騎士は一人息を漏らすのだった。

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