複雑・ファジー小説

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トーキョー・フェアリテイル
日時: 2017/05/12 21:51
名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?mode=view&no=11628

さぁ、始めよう。
『トーキョー』が舞台の御伽噺を。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



どうも、水海月みずくらげと申します。どうぞくらげとお呼びください。

ガチめの初心者ですが、日々くらげのぬいぐるみをポフポフしながら精進したいと思います……!

■目次 (#はイラスト付き)

01.開幕 >>1 >>3 >>4 >>5 >>9# >>10 >>11 >>12 >>13


番外編
・年の瀬編 >>8


□アテンション
・フェアリテイルと銘打ちながら内容は少しダークな予定です。
・童話、昔話など、御伽噺おとぎばなしのパロディ(?)を多々含みます。というかそれで成り立ってます。
・R-15くらいのエログロナンセンスにお覚悟お願いします。

■お客様
・柚子雪みかん 様

□Special thanks
・神瀬 参 様





……それじゃ、奇怪なお噺のはじまり、はじまり____

Re:開幕 [5] ( No.9 )
日時: 2017/01/08 21:51
名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)
参照: https://twitter.com/bumprack/status/810405291405606912


 何も返答が無いので不思議に思い、顔を上げた。すると、優しく微笑んでいる笛吹が目に映った。黄金の瞳が穏やかな光を湛えている。それから一言、ありがとう、と言って猫宮に声を掛けた。

「猫宮。あれ持ってきて」

 その声に、猫宮の眉が少し上がる。しかし、すぐに爽やかな笑顔に戻り、元気のいい返事をしながら本棚に向かった。入り口から見て一番奥にある棚の、さらに奥の奥。本の後ろ。朱色と深緑の分厚い本を取り、その奥へと手を入れる。しばらくまさぐった後、引き抜いた猫宮の手には、茶色の封筒が握られていた。それを笛吹に渡す。笛吹は黒いシャツの胸ポケットから万年筆を取りだし、俺の目の前の机にことんと置く。そして、封筒から、一枚の紙を抜き出した。若干黄ばんでいるのが分かる。
 無言で行われるやりとり。空気が冷たく、静まり返っている。それに反し俺の心臓は、早鐘のように脈打っていた。

「それ、読んで」

 言われるまま、俺は紙を手に取った。そこには、とても簡潔な文章が真ん中に記されてあった。

『脅威駆逐御伽隊への、入隊を誓う』





「……名前を書いて。覚悟があるなら、だけど」

 契約書。また古風な方法だ。しかも隊の正式名称が長い。しかし、笛吹が言い終わらないうちに、俺は万年筆を手に取り、名前を書いていた。「男に二言はない」。そう、誰かが言っていた気がする。一度決めたらやる。もう迷わない。そんなだから、昔、酷い目にあった気がするけど、やっぱり思い出せなかった。
 契約書の下に書かれた名前を見て、笛吹は苦笑した。潔し、と呟いて、紙を手に取る。そして俺を見たまま、口をあんぐり開けて呆れている猫宮に、紙を渡した。猫宮ははっとし、おずおずと紙を受けとる。つまらなさそうに唇を尖らせていた。

「新人がここで葛藤する表情がまた、最高なのになぁ……」

 とかなんとかぶつぶつ呟きながら、近くの飴色のデスクの引き出しに書類を仕舞う。おい、今ちょっと本性見えてたぞ。と、心の中で囁いた。愚痴を聞いた笛吹が、ため息をついた後、俺の方を見る。

「脅威駆逐御伽隊……『御伽隊』にようこそ。これからよろしくね……桃瀬くん」

 急に呼び方が変わる。名字で呼ばれたのなんて、いつぶりだろう。心の揺れを隠し、俺も頷いた。

「よろしくお願いします……隊長」

笛吹は笑い、テーブル越しに俺の肩を叩いた。

「隊長だなんて、新鮮だなあ。あと、敬語は要らないよ。大丈夫だから」
「最近皆からの扱われ方が雑になってきてるから、嬉しいんだろう? 隊長」

まだ不機嫌そうな猫宮に茶化され、笛吹はもう、と猫宮の腕をはたく。

「そんなんじゃないって……それで、桃瀬くん。まず、案内人を紹介しよう。ここの基地の設備とかを、一通り教えてくれると思うよ……まぁ、性格が扱いにくいといえば扱いにくいんだけど……」

 そう言い、笛吹は立ち上がった。行くよ、と猫宮を連れて部屋を出ていく。そして、数あるうちの一つのドアに二人とも入っていった。

 一人になった瞬間、長い長いため息をつく。
 正直、頭があまりついていかない。首を横に振り、背もたれに体を預けてぼうっとする。今までの日常が、こうも簡単に崩れ去るとは。もしかしたら、今のは全部夢かもしれないと、頬をつねる。痛い。やっぱりだ。夢じゃないって事は、これから俺の中の色々な常識が変わっていくだろう。
 ……もしかしたら、東京を救えるかもと、淡い期待が浮かぶ。まぁなんにせよ、どうせ変わるなら良い方向に、変わっていけたらいいかな。

 ぼんやりとしていると、突然、勢いよくドアを開ける音が響いた。

「見つけたわ! 凪紗の同居人!」
「!?」

 いきなりの怒号に思わず立ち上がってしまう。凪紗の同居人……まあ正しいっちゃ正しい。

 声の主の少女は、腰に手を当て、俺の方につかつか歩み寄ってきた。橙色の暖かい光を反射する、金髪のサイドテール。氷の様な水色の吊り目が、キツそうな印象を与えている。そして目を引くのが、コスプレかと見違う、どこかで見たことがありそうな可愛いエプロンドレスだった。まるで、童話の『不思議の国のアリス』から抜け出してきたような……ん? 不思議の国のアリス? 

 俺が一瞬のうちに思考を巡らせている間に、少女との距離はかなり狭まっていた。今まで同じ位の歳の女の子とは関わったことがほぼない。だから、俺の顔は今ごろ真っ赤になっているだろう。さらに少女は目力を強くし、顔をぐっと近づけてくる。ちょっと待て。俺は慌てて顔を出来るだけ引いた。だいたい二十センチメートルもない距離。視線を離すタイミングを失い、必死に少女の透き通った目を見つめていると、やがて少女は顔を離した。

「合格」
「え……?」
「合格だって言ってるでしょ! 目線を逸らさなかったから。合格なのよ!」

 訳が分からない。首をかしげていると、少女は鼻を鳴らし、着いてきなさい、と回れ右をした。態度がでかい。高飛車、というのだろうか。また歩いて行ってしまいそうだったので、慌てて声を掛ける。

「おい、待てよ」
「……何よ!」

少女は振り返ってこちらを睨んでくる。一瞬怯みかけたが、近寄りながら聞いた。

「俺の名前は桃瀬 晴。お前の名前、教えてくれよ」

 少女の目が少し大きくなった。鋭いため息をつかれる。これで勝った気にならないでよね、と口をへの字にした。そもそも自己紹介に勝ち負けなんてあるのか? 黙っていると、少女が
口を開いた。

「……有栖川」
「え?」





「……有栖川、悠浬」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

神瀬 参様より、「有栖川 悠浬(ありすがわ ゆうり)」を描いて頂きました! URLからどうぞ。

あまりのクオリティに激しい動悸が止まりません、更年期でしょうか(白目)



皆さん、あけましておめでとうございます!(遅) この作品はまだまだ始まったばかりの物語ですが、応援いただけると幸いです。

至らぬ点もあるとは思いますが、暖かい目でご覧になってくださると嬉しいです!

それでは!

Re:開幕 [6] ( No.10 )
日時: 2017/01/21 00:31
名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)
参照: 参照300ありがとうございます!


「……何ぼんやりしてるのよ! 早く、Follow me!」

 滑らかで躊躇ない英語。はっと我に返り有栖川を見ると、彼女は既に歩き始めていた。

「おい、ちょっと待てって」

 部屋の一番右の扉。それの向こう側にするりと消えていく有栖川を、小走りで追いかける。閉じかけられた扉の間に手を滑り込ませて開けると、そこには薄暗い空間にコンクリートの階段が浮かび上がっていた。少し肌寒い。もう有栖川は階段を登り始めている。俺は、無言でそれを追った。まだ、頭にはさっきの綺麗な発音が残っていた。

 やがて、有栖川は立ち止まる。
 ぶつかりそうになって頭を引き、顔を上げると、灰色の扉と相変わらずむっとした顔の彼女がいた。扉の隙間からは、かすかに光が漏れている。この先が屋上というやつだろうか。何故か、しばらく外に出ていないような感覚がする。外の空気を吸いたい。そう思い、ドアノブに手を掛けると、べちっと有栖川の白い手で叩かれた。

「痛って!」
「……気の早い奴」

 そして、ホント凪紗に似てる、と呟かれる。それだけは聞き捨てならない。どこが似ているのだろうか。俺の複雑な心中も知ったこっちゃないという顔で、有栖川は俺にまた何か言う。今度はいたって真剣な表情だ。少し戸惑う。

「……覚悟は、いい?」
「え?」

 外を見るのに、覚悟?
 頭の中に疑問府が浮かぶ。戦場にでもなっているのだろうか。いや、充分有り得る。有栖川が、扉に手を伸ばす。華奢な手がドアノブを力強く掴み、扉を勢いよく開け放った。



 ……しかし、特に何も無い。ちょっと拍子抜けだ。正面から夕日に照らされ、コンクリートの床が赤く染まったごく普通の屋上。少し眩しく感じる。大体三メートルくらいのフェンスに囲われていて、所々破れていたり、引き裂かれた跡があって、生々しい。見た目だけだと、廃墟のような雰囲気だ。まさしく、『あいつら』に襲われたような。有栖川は、すたすたとそのまま真っ直ぐ歩いていった。俺は緊張感の中、ゆっくりと一歩ずつ踏み出し、広がるスペースの中心に近付く。

 だが、おもむろに視線を向けたフェンスの向こう側を見て、俺は言葉を失った。フェンスに駆け寄り、覗く。思わず、掴んだ金網をきつく握り締めた。そこには、戦場に等しい、酷い光景が広がっていた。

「……悲惨そのものだわ」

 有栖川が言うまでもなく、俺にもそれは感じられた。心臓が締め付けられるような感覚。

 広がっているのは、およそ東京とは思えないほどに荒れ果てた市街。

 道路のセメントはあちこち掘り返され、建物はことごとく破壊されている。崩れかけた学校、倒れたビル、地面に沈みかけた病院。根こそぎ引っこ抜かれた電柱と街路樹。もう、街としての原型を一切留めていない。荒野は彼方まで続き、かなり遠くにとても高い壁が見えた。更に極め付きは、その廃墟群の間に、虚ろな紫の目をした怪物が蔓延っている事だった。間違いない、『脅威』だ。この現象の、元凶。

 手に金網が食い込み、痛い。

「脅威に完全侵攻された街の末路よ。他の場所からは断絶され、街自体が死んだものとして扱われている……」

 有栖川の、微かな歯ぎしりが聞こえた。

「もう、ここは見捨てられたの」

 金網からずるりと手を放す。深い、深いため息が自然と口から漏れた。胸の辺りがずっしり重たい。ここは、俺の住んでいた所じゃない。でも、こうなっていたかもしれない。これから、こうなるかもしれない。しかし、そんなのは一切関係なかった。ただただ、無惨だ。目の前の風景に、底の無い絶望を覚える。東京は、これからどうなるのか。

「……もう、行かないと。『あいつら』は鼻がいいから」
「え?」

 『脅威』の事だろうか。こんな高い所まで登ってくる奴なんて居ないだろう。
 そう、思っていた。

「!」

 ガシャン、と大きな音がし、フェンスが揺れた。体がびくりと反応する。有栖川は「あーあ」と呟き、ため息をついた。音のする方へ体を向けると、何かがフェンスに手をかけ、登ってきていた。姿を見せた影は、こちらを睨み、奇声をあげる。光る紫の目。二メートルはありそうな巨大な猿がそこにいた。思わず身構える。猿は、フェンスを軽々と乗り越え、床に着地した。さっきより更に高い、超音波のような咆哮。

 悔しいが、自分じゃ何も出来ない。さっと有栖川を一瞥すると、ぞっとするような冷たい目で、『脅威』を見据えていた。あまりの気迫に鳥肌が立つ。何かが動く気配がして、猿の方を向いた。驚き、目を見開く。大きく跳び上がった猿は、有栖川に襲いかかろうと腕と口を大きく開けていた。唾液で糸を引いた牙が光る。

「あり……」

 言いかけて、止めた。
 有栖川は猿に向け、手をかざしている。その表情は、僅かに歪んでいた。

「【アリス・イン・マーダーランド】」

 氷のような水色の目に溢れる、殺意。輝く魔法陣が、彼女の指先に現れた。



「……おいで、チェシャ」


Re:開幕 [7] ( No.11 )
日時: 2017/03/04 00:40
名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)
参照: 今までテスト期間でした本当に申し訳ありません(土下座)


 一陣の風と共に、魔法陣から「何か」が飛び出した。

 紫色のそれは、一直線に『脅威』の喉元へと跳びかかる。「何か」の、やたらにやけたような口が大きく開くと、そこに光る牙が現れた。『脅威』の鉤爪より速く、鋭く、懐へと入り込む。
 そして「何か」は、『脅威』の喉笛に噛み付き、一気に引き裂いた。響く苦しげな断末魔。『脅威』は顔を歪ませ、あっという間に銀色の砂と化した。光を放ちながら、さらさらとこぼれ落ちる。輝く砂の上に、「何か」は着地した。
 今まで起こった全てが、僅か一瞬の中に収まっていた。

 瞬き一つ程の時間。俺は目で追うのがやっとで、追いつけそうもない速さだった。砂の上の「何か」に目をやる。それはよく見ると大きな猫で、紫と桃の不気味な縞模様。常ににやけたように口角が上がり、やたら余裕たっぷりの動作で毛繕いをしている。俺と目が合うと、俺に向けてにやけて笑う。気味が悪い。思わず鳥肌が立つ。
 視線を外し有栖川を見る。すると、またびっくりするような表情を浮かべていた。

「ありがとう、チェシャ。はい、ご褒美」

 さっきまであんなにぶっきらぼうで激情を露にしていたというのに、笑っていたのだ。薄くではあるが、優しく微笑んでいる。まあ、元々美人ではあるかと少し見惚れていると、更にエプロンドレスのポケットから、可愛らしさとは裏腹に、袋に入った煮干しが出てきた。それを見て猫は嬉しそうに有栖川に駆け寄る。そのギャップに軽く衝撃を受けた。あ、ちなみに可愛らしさというのは衣装の事であって、決して有栖川や猫が可愛いのではない。決して。

「えっと……有栖、川……?」

 声をかけると彼女は、俺の方を向いた。猫に煮干しを与えながら、明るい声色で言う。

「あ、怪我は無いわよね? これはあたしの種よ。【アリス・イン・マーダーランド】」

 煮干しを食べる猫の頭を撫でくり回し、有栖川は続けた。

「二匹の召喚獣を呼び出せるのよ。ちなみに、この子の名前はチェシャ。もう片方はまた今度ね」

 さっきまでの殺意溢れる表情とは正反対の、屈託のない笑顔。驚きと微量の照れとで、体が固まってしまう。何て返したら良いか分からない。そんな俺を不思議そうな顔で見る有栖川。

「どうしたのよ?」
「いや……その……」

 もういいや。言ってしまえ。

「そんな顔も、出来たんだ、って……」





 有栖川の顔がぶわっと赤くなる。急にさっきまでの笑顔はどこへやら、出会った時の仏頂面に戻ってしまった。

「なっ、何よ失礼ね! どうせ無愛想な女だって思ってたんでしょ!?」
「あ、いやそういう訳じゃねぇって……!」

 必死に弁明する中で、一つの確信を得た。
 この少女は、いわゆる「ツンデレ」というヤツなのだ。
 かなり昔に存在したという、女子を分類するジャンル。その中の一つにあるらしい。前に凪紗が言っていた気がする。ツンツンしていて、たまにデレる。それがどうしたのかよく分からないが、そういうのが好きな人もいるんだろう。
 なんて下らないことを考えていると、やがて有栖川が鋭いため息をついた。

「……もういい。行くわよ」

 そう言ってすたすたと歩き出す。余計な一言で気まずくなってしまった。気を紛らすためにチェシャを見ると、なぜかいつの間にかいなくなっていた。
 首をかしげながらチェシャのいたところを見ていると、どこからか視線が突き刺さるのを感じる。それを辿ると、俺の事を睨んで待っている有栖川が居た。扉を半分開けて待っている。

「悪い」

 俺も歩き出そうとして、少しだけ振り返った。フェンスの向こう側を、この荒れ地を、目と心に焼き付ける。いつか、この東京を救いたい。救える日が来るといい。
 そして、屋上に背を向けた。

 銀色の砂は、風に吹かれ跡形も無くなっていた。

Re:開幕 [8] ( No.12 )
日時: 2017/04/15 22:09
名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)

 目の前にどーん、と立ちはだかるのは、重厚な木の扉。そして、その隙間から立ち込めてくる匂い。今俺達は、屋上から一階へ下って『台所』へとやって来た。有栖川がドアノブに手を掛けながら言う。

「ここはキッチン兼食堂。飲み食いは基本ここでするわ」

 ドアノブが下げられ、勢いよく扉が開かれた。

 扉を開けると、何とも言えない美味しそうな匂いが濃く広がった。右側には丸テーブルが二つあり、左側には厨房らしき部分がある。そして、その中に人が立っていた。恐らくこの匂いの元だと思われる、茶色く細長い物体に白い粉末をまぶしている。その人物は振り返り、ああ、と言って手を止めた。

「有栖川さんでねえか……あっ、もしかしてその方は新入りさんだべか?」

 独特な訛り。意識がまだはっきりとしないうちに聞こえた、あの声と一致した。

「そうよ。仮だけどね」

 その返答に大きく頷き、少年は切り出した。

「初めましてだな。俺は伊豆木恭助。よろしくな!」

 差し出される手。自分も軽く自己紹介をしながら手を握る。しかし、そこで少し驚いた。まだ俺と同じかそれより下くらいの少年なのに、その手は軽く荒れ、豆だらけだ。農作業でもしているのだろうか。浅黒い肌に、焦げ茶色の髪。方言とそれに、散らされたそばかすも相まって、いかにも田舎生まれです、みたいな感じの少年だ。しかし、屈託の無い純粋そうな笑顔がとても印象的で、好感が持てる。

 その爽やかな笑顔で、俺の握り返した手をぶんぶん振られて、思わずたじろぐ。明るい緑の大きな瞳は、きらきらと輝いていた。どうかしたのだろうか?

「いやあ、兄貴の親友はやっぱり違うべ! 垢抜けてるし、尊敬するなあ」
「……兄貴?」
「七海さんのことだべ!」
「……兄貴ぃぃぃ!?」

 目をひん剥いた俺に向かって、実際のじゃなくて、と慌てて伊豆木が補足する。慕っている先輩のようなものだと。分からない。どうしてあんな奴が尊敬されるのだろうか? アバウトで適当だし、無鉄砲だし……
 それを言うと、何故か暖かい眼差しで微笑まれた。

「そんなに仲が良いんだなぁ。うらやましいべ」
「別に仲良くねぇ」

 割と冷ややかに即答しても、微笑みを崩さない。純朴なのか、底知れないのか……凪紗を兄貴と慕ってる時点で、底知れない気がする。

「まぁそれも仕方ないわ。恭助は凪紗に命を救われたんだもの」

 唐突に、会話に混ざってこなかった有栖川が声を出す。しかも何か食べているようだ。よく見るとそれは、さっきまで伊豆木が作っていたモノだった。細い指で上品にそれをつまみ、さくさくと小気味良い音を立てて食している。有栖川はそれをごくんと飲み込み、美味しい、と頷いた。

「それは良かったべ! ほら、桃瀬さんもどうだべか?」

 伊豆木はにっこり笑って、有栖川のいるテーブルの一つの椅子を引いた。お礼を言い、遠慮なく座らせてもらうと、同じテーブルの椅子に彼も座る。そして、テーブルの真ん中に置いてある、問題の物体をよく見てみた。茶色にこんがり揚がっており、どこかで見たような形をしている。ひょいとつまんで口に運ぶと、さくっという感触と共に、じゅわっと口の中に甘みが広がった。

「……! うまっ……」
「へへ、ありがとうな。ところで、この食材は何か分かるべか?」

 何処かで見たような気もしたが、分からないので正直に首を横に振る。しかし物体をつまむ手は止まらない。そのまま無言で続きを促す。

「実はこれ、食パンの耳なんだべさ!」

 物体をつまむ手が止まった。一口かじったその食パンの耳をまじまじと見つめる。思わず本音が口から出てしまう。

「その……優秀……なんだな……」

Re:開幕 [9] ( No.13 )
日時: 2017/05/12 21:34
名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)

「そうだべ、食パンの耳って実は万能なんだべさ」

 自分が褒められたかのように、眉を下げて嬉しそうに笑う姿は、まるで太陽のように明るい。その健康そうな外見もあり、見ているだけでほっこりしてしまう。意図せず俺も頬を緩めて微笑んでしまった。思えば、ここに来てから笑顔をつくるのは初めてかもしれない。ついていけないような展開に翻弄され、忙しく頭が回転する中で、久しぶりのように感じた笑みだった。しかし何故だろうか、笑った瞬間有栖川の視線が鋭く突き刺さった気がする。眉間のシワも少し増えた。いや俺何もしてないぞ?

「……そういやさ、凪紗が命を救った……とかってのは」

 目線の追跡から気を紛らすため、食パンの耳揚げ(勝手に名付けた)を噛み砕きながら訊く。うん、うまい。伊豆木はああ、と頷いた後、いきなり浅葱色の目を輝かせた。興奮で顔が若干上気している。

「七海さんは本当に命の恩人だ。初めて会ったのは五年位前だべか……」

 そう言い、伊豆木はこれまでのエピソードを熱く語ってくれた。
 凪紗への憧れやら自分の目標やらを聞かされ、結構時間がかかった。こいつ、燃えると一直線なタイプか。それはともかくかなり長いので簡単にまとめるとこうだ。

 伊豆木は東京とはまた違う県の、山奥の農村で生まれてそこで育ったが、過疎化して村は消滅したらしい。なので一家で親戚を頼り、上京しようとしたところ、事件に遭ったらしい。

「皆で乗ってた車の前に、突然男達が立ちはだかって……そっからおら達の車を撃って破壊しただ。そしたらおらだけ男達に連れて行かれて……」
「……それ、まさか」
「んだ。『研究所』の人間だべ」

 伊豆木は沈痛な面持ちで、家族とは未だに連絡が取れねえ、と呟いた。さっきの笑顔からは一転し浮かんだ陰を見て、何だか分からないがふつふつと腹辺りが疼いてきた。なるべく小さな動作で腹部を押さえる。

 それから研究員達に『種』を埋め込まれ、実験の対象になり、牢に閉じ込められながら生活したという。伊豆木の語りだけで、陰鬱で凄惨な研究所の牢のイメージが思い描けた。笛吹が暗くて灰色の所、と言っていたがそうなのだろう。しかし、そこで新たな出来事が起きる。

 その時研究所にいた凪紗や有栖川が中心となり、クーデターが起こされたのだ。

 伊豆木の話に、有栖川も頷く。

「あたしと凪紗は、牢が向かいだったのよ。監視の目を盗んでお互いに話してたら意気投合して。こんなとこもう嫌だ、ってなった訳。当時は能力もだんだん使え始めてたし。Do you understand?」

 当初の目的は研究所の破壊及び研究組織の転覆だったらしいが、流石にそこまでは甘くなかった。研究所の隠された武力を見せつけられ、逃げ出すのがやっとの状況。そこで、伊豆木は出会ったのだという。

「いやー、大きな音がしたもんだから、牢の鉄格子にかじりついて周りを必死に見てたんだべ。そしたら七海さんが逃げる途中で……」

 牢の中に気付いた凪紗は、伊豆木に声を掛け、手を伸べた。

 お前も来るか、と。

 状況を受けきれず、半ば放心状態の伊豆木は、しかし無意識のうちにこくんと首を縦に振った。凪紗は躊躇なく鉄格子を破壊し……そこからはまあ、各々の能力を駆使しての脱走劇である。

「そこから凪紗を凄く慕ってるのよね、伊豆木ってば」
「当たり前だべ! あそこで救われてなかったら、実験に耐えられなくておら、死んでたかもしんねえ。だから、七海さんは恩人だべ!」

 身振り手振りもつけて、力説する伊豆木。微笑ましいのには変わりないが、凪紗がこんなに尊敬されているのかと思うと、何だか複雑だ。自分でも分かるくらいに難しい顔をしていると、伊豆木が説明をやめ、こちらに向き直った。場に少しの緊張が漂う。

「……七海さん、ちょっと前に言ってたんだべ。今、ほっとけない親友が居るって」
「……?」
「そいつは常に一緒で、お節介で煩くて、じいちゃんっぽくて時々つまんねぇ。けど、こいつじゃないと駄目だ、って位に最高に親友なんだって」
「…………」

 伊豆木は全てを受け入れるような、おおらかな笑顔で言った。

「羨ましいべ、桃瀬さん」
「……っ」

 最高に親友。やっぱりあいつはどこかおかしい。いつも大雑把だししつこいし、金の扱いも雑だし、はっきり言って馬鹿だし。
 この御伽隊の事だって秘密にしてた。少しは信頼してくれても良いものを。それにここに来てから、凪紗とは一言も喋っていない。そばに来て説明ぐらいしろよ、とも思う。けど……

「桃瀬さんも、七海さんが好きなんだべ?」

 その答えの代わりに、俺は立ち上がった。凪紗の居場所を訊く。有栖川がぶっきらぼうな口調だが、しっかりと場所を教えてくれた。やはりこう見えてしっかりしている。

「伊豆木。おやつありがと」
「どういたしまして、だべ」

 俺は地面を蹴った。小走りで食堂を出、廊下を指示された方へと進んでいく。急ぐあまり、途中で転びそうになったが気にしてられない。とにかく焦って、走った。
 凪紗がそんなことを言うなんて、思ってもみなかった。


















「流石、話の繋ぎが上手いじゃない。恭助?」
「へへ、作戦通りだべな」

 食堂に残された二人は、目を合わせて笑いながら、食パンの耳の残りをかじった。




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