複雑・ファジー小説

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『三題噺』──ここは空。【短編集】
日時: 2020/02/29 21:27
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: LU1dyaTr)

  
 つなげた空にちぎれ雲。



■ご挨拶

 初めましてこんにちは、お久しぶりです。
 瑚雲こぐもと申します。

 短編集です。
 短めのものから中編まで、文量は自由に綴っていこうと思います。

 普段はコメディ・ライト小説板で長編を書いています。
 SSは雑談掲示板の方にもスレ立てをしたのですが、こっちに移行気味です。



■目次

 【どうせ余命同士】 >>001-003
 【ノーセンス】 >>004 >>005
 【三題噺】 >>006

Re: どうせ余命同士——【ここは空】*短編集 ( No.2 )
日時: 2017/09/10 19:40
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Dscjh0AU)
参照: どうせ余命同士

 
【01:どうせ余命同士】



 突然ですが、ケンカをしました。
 それはそれは、今だからこそ思うのことのできるくだらない内容だった。

 「だから、なんでそういうことを言うんだよ」
 「どうして? 私はどうってことないのに」
 「じゃあ、君は、死にたがってるだけなんだろ」
 「……」
 「僕はもっと生きたかったのに。無神経だな」

 ——少し、言いすぎた自覚はある。でも彼女にだって非はあるだろう。
 『ねえ、将来の夢はなんだった?』——なんて。



 僕らにとっての終焉は刻一刻と迫ってきている。
 お互いに口数が少なくなってきて、笑い方を忘れた頃だった。窓の奥ばかり見つめるのも疲れた僕に、彼女が不意に、口にしたその言葉がケンカの原因だった。

 さっきはそれを、僕は『くだらない』と言った。冷静になって考えればわかることだ。

 彼女は僕を元気づけようとしてくれたのだと思う。夢も希望もない僕らが、夢や希望について語るのが至極滑稽だとしても。
 また笑い合えると信じて、そう投げかけてくれたのだ。きっと。

 だからこそ、僕が返した『無神経』は、ひどく彼女の心を突き刺しただろう。

 「……」
 「……」

 謝ろう、とは思った。何度も。何度か、試みて、でも。
 できなかった。彼女は僕から何度も目を逸らしたんだ。
 ——ああ、そうかい。そうですか。
 お互い死ぬ日が決まっている。それが同じ日だってこともわかってる。
 後腐れなく離れられるんだ。その日が来るまで、どうして仲直りする必要があるだろう。
 そう判断した僕は、とうとう謝ることも、話すことも諦めた。



 ある日のことだった。
 定期検査から戻ると、まっすぐ見つめられたのが久しぶりのことだった。
 好みの顔だなんて少し前に言ったと思う。理性とはちがうところで、本能が心音を、一度だけ叩いた。

 「……なに」
 「ねえ」
 「……」
 「誕生日、あさってなの?」

 予想だにしていなかったそれは、僕から思考を奪う。
 明後日。そうだ。忘れかけていたのは笑い方だけじゃない。
 僕の誕生日は、明後日に控えていた。

 「うん。そう、だけど」
 「そっか」
 「……なに? かわいそうだって思った? 生まれた日に死ぬなんて、そう思ってる?」
 「ごめん」
 「……は」
 「……」
 「君ってほんと、そうだ。謝らなくてよかった。やっぱり僕はまちがってない。君は、」
 「……」
 「君は、無神経だ」

 そう言い放った。これが、僕が彼女にかけた最後の言葉だ。
 僕らはそれから一度も顔を見合わせたりしないで、眠りについた。


 白いシーツの中で考えたことがある。

 謝ることはない。でももし生まれ変わったら、もしかしたら謝りたくなるのかもしれない。彼女の彼氏ってやつは本当はイケメンだっただろうにとか。その笑い声も。
 『ごめん』も。


 なにも一度も、片時も、忘れられないまま。
 僕が。





 六度目の明日を迎えた。目を覚ましたら、そこには。
 誰もいなかった。
 

Re: どうせ余命同士——【ここは空】*短編集 ( No.3 )
日時: 2017/09/10 19:59
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Dscjh0AU)
参照: どうせ余命同士

 
【01:どうせ余命同士】



 彼女は亡くなった。
 今日が命日となった。
 どうやら僕は、嘘をつかれていたらしい。



 『ねえ、君の余命はあとどのくらいなの?』
 『んー。たしかちょうど、20日後だったかな』
 『そっか。じゃあ、おんなじだね』
 『え?』
 『私も。私も、ちょうど、20日後だよ』



 今思い出すと、たしかにそれは嘘くさい笑顔だったかもしれない。
 火葬に参列はできなかった。今日もまだ、じっと前を向いていた。

 「うそつき」

 きっと聞こえてない。それじゃあ僕が、最後に彼女に言った言葉は『無神経』ってことになるのかと——このとき、はじめて知った。
 うそつき。うそつき。ばーか。なにを言っても返事はなかった。
 平らになってしまった白いシーツ。僕はベッドから身体を起こして、そこへ近づいた。

 「!」

 気持ち悪いくらいの白い床に、足をすべらせ——すってんころりん。膝を強く打った僕は、左手で無意識にシーツを掴んでいた。
 その時だった。

 細い視界に飛びこんできたのは、折りたたまれた一枚の紙だった。

 「……?」

 簡易なそれを上下に開く。可愛らしい文字列だった。僕はそれを、目で追っていった。



 『うそついてごめんね』



 これが一番最初の文章だった。


 『彼氏がいたのもうそです。ごめん』


 意外な告白だった。そうか。


 『無神経なこと言ってごめんなさい。私も生きたかった。これはうそじゃないよ』


 ——こちらこそ、ごめん。って。言えればよかった。


 『できるなら、君とずっと』


 これは、予想外の告白だった。
 僕も同じ気持ちだったんだって。言えればよかったのに。



 『お誕生日おめでとう』


 「……」



 『しゃべってくれてありがとう』
 『私の生きる支えでした』
 『どうかあと一日、悔いのないように』
 『あ、読んでなかったらどうしよう』
 『まあ大丈夫だよね』
 『来世で、聞かせてあげる』
 『またね』



 最後の最期まで、なんて。
 なんておしゃべりで、お節介で、——無神経な、僕なんかと。
 命余り、一緒にいてくれたのだろう。

 応えが明確に記された紙を、くしゃくしゃに握りつぶした。
 嗚咽が止まらなくて。
 心音を止めたくなくて。



 ——ああ、神様。

 僕は生きたかった。
 できるなら、あの子とずっと。





 僕も手紙を書きました。
 震えた字面をまた、笑われそうだ。それでいい。
 君の笑顔を見ることが叶うのなら。——それでいい。



 窓から空がよく見えるこの、病室の。
 向かい合うベッドは、明日から静かに、ただ白い。



 END
 

Re: どうせ余命同士——【ここは空】*短編集 ( No.4 )
日時: 2017/09/10 19:00
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Dscjh0AU)

 

【02:ノーセンス】


 「EYE・EAR」


 女の子と女の子はおんなじ服の、色のちがうものに身を包んでいる。おもちゃは二つ買えばいいし、お菓子は半分こすればいい。どうしても一つしかないものは、代わりばんこで使えばよかった。

 そうもいかなくなったのは、そんな二人が夜に見た夢を、信じて以来。


 「君は目が見えないね。君は耳が聞こえないね。ふつうの人になりたいとは思わないかい? 一ついいことを教えてあげる。どちらか一人がそれらを素直にあきらめればいいのさ」


 どんな声色だったかはもう定かでないけれど、二人はおなじ夢を見ていたらしい。その日の朝は興奮して目が覚めた。
 はじめはよくわからないまま朝を迎えてしまっていた。けれど、何日もまたおなじ夢を見たら、幼いながらに理解を深めていった。


 「わたしはどうすればいい」
 「わたしはどうすればいい」


 二人はしばらく、ぐるぐる悩んで、ようやく答えを見つけ出した。


 「わたしがあきらめればいい」


 布団にもぐってまぶたを閉じた。するといつの間にか、ただ広いだけの世界に二人、浮いていた。


 「君は目が見えないね。君は耳が聞こえないね。ふつうの人になりたいとは思わないかい? 一ついいことを教えてあげる。どちらか一人がそれらを素直にあきらめればいいのさ」
 「わたしがあきらめるわ」
 「いいんだね?」


 二人は目も耳も失った。
 あきらめると言ったのは、耳の聞こえない子だった。


                          END



 ※雑談スレに掲載していたものの再掲載です。

Re: 『ノーセンス』——ここは空。【短編集】 ( No.5 )
日時: 2018/02/05 18:28
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 835JPTtT)

 「HAND」
 
   
 巷で騒がれている『幽霊洞窟』なるものに、わが怪奇研究部の部長が惹かれないわけがない。やれUFOだのUMAだの、単語を耳にしただけで詳細を問いただしてくる彼女の好奇心にはもう慣れたころだ。彼女と知り合ってから十何年も経つ。
 だから、怪奇探検という名の部活動の出かけ先で、かならず私の体にひっついてくることにももう慣れたのだ。
 好奇心旺盛なわりに、びびりなのは昔から変わらない。

 「ここは向こう側にちゃんと出口があって、道もまっすぐだから迷うことはないね!」
 「でもこの洞窟は、入ったら最後、二度と戻ってこられないって噂がある。実際に戻ってきた人はいるみたいだけど」
 「そこがスリルなんじゃん! 成功者は何人もいるみたいだし……心の準備はいいっ!?」
 「それはこっちのセリフだよ。もうびびってる」
 「び、びびってないよ! 武者震いだよ!」
 「それなら腕を離してほしいね」
 「やだー! いじわる!」

 泣き言を耳に入れながら、私はさっそく『幽霊洞窟』に足を踏み入れようとした。
 そのときだった。入り口のすぐそばに折れ曲がった看板を見つけた。

 「看板だ」
 「えっなになに!? 『だれも入るべからず』とか!?」
 「……ノーハンド」
 「え?」
 「『NO HAND』……触れるな、ってことかな。でもそれなら『NO TOUCH』だよね」
 「うん。とにかく入ってみよう」

 つかまれた右手とは反対の手に、懐中電灯を携えて奥へと進んでいった。だんだんと光は失われていく。
 かすかに地面にはねる水の音がするだけで、それ以外の音も匂いもなにもなかった。

 「なにもないね」
 「音もしないね」
 「これ進んでる?」
 「進んでるけど……」
 「出口までどのくらい?」
 「遠くはないはずだけどね」
 「離れないで」
 「離れないでよ」
 「ねえ、」
 「ねえ」
 「どこにいるの!」


 音も匂いもなにもなかった。



 「音もしないね」

 「進んでるけど……」

 「遠くはないはずだけどね」

 「離れないでよ」

 「ねえ」


 聞きながら、首を左のほうに振った。
 そこには知らないだれかがいた。

 「……」

 思い出す。思い出せ。
 看板の文字、『NO HAND』

 思い出せ。思い出せ。たしかにあの子は私の、右手をつかんでいた。痛い。
 右手は痛いままだ。
 『NO HAND』
 触れるな。それなら『TOUCH』だ。じゃあ、『HAND』は、『HAND』は、

 手を、離すな。





 私は走った。一本道だ。迷うことのない一本道だと得意げに言っていた、彼女の声に従った。
 視界に光がもれだして、がむしゃらに走り抜けた。
 汗ばんだ、重たい右手、の、はずが



 右手は、なくなっていた。
 つかんでいた彼女とともに。





                    END

Re: 『ノーセンス』——ここは空。【短編集】 ( No.6 )
日時: 2020/03/03 22:05
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 ※これはヨモツカミさんと黒崎加奈さんとわたしの3人で三題噺という企画をやろうということになり、書いた作品です。
 3人がそれぞれ選んだキーワードをもとに作成しています。
  
 
 ***
 
 
 あの子が昼休みのあいだに飲み残したいちごオレが机の上にあった。
 ストローの先からはとても危険な匂いがしていて、ぼくは理性と本能とをいったんはかりにかけたものの、結局ストローを指でつまんだ。
 吸いあげたピンク色の液体は甘くも苦くもなく、ただ罪の味がした。



 ぼくはいま、教室の真ん中で椅子に座っている。ただふつうに座っているわけじゃない。大縄跳び用の縄で体と椅子とをぐるぐる巻きにされているのだ。思ったよりきつめに固定されていて動けない。
 ほかの机や椅子は掃除をするときみたいに教室の後ろのほうに集まっていて、空いたスペースにぽつりとぼくだけが座っているという状態だ。

 教卓の上に堂々と腰をかけ、あの子はすらりとした長い脚を組み変えた。にやにやとぼくを見るその大きな瞳は、思春期のぼくらには刺激が強い。とにかく男子に人気があって、全男子生徒の憧れの的といっても過言ではない。ぼくも、似たようなものだった。

 ぼくの視線の先にいる彼女はまるで別人のようだ。普段、廊下で見かける可憐な笑顔をぐしゃりと潰しながら、「ねえ」と甘ったるい声を出した。ぼくに話しかけてくる。

「あたしのいちごオレ、飲んだでしょ」
「……」

 きた。心臓がどくりと高鳴った。
 ラメの入ったハデな爪がきらきらと光っている。その手には500ml容量の紙パックがあった。見覚えのあるピンク色のパッケージだ。

「ねえおいしかった? ああ、どきどきして味なんか覚えてないよね。あたし、初めてだよ。本物見たの。ほら、なんていうの? 好きな子のリコーダーとかこっそり吹いちゃうようなヤツ。あれほんとにいたんだ。きもくない? ははは」

 黒板のまわりで彼女を取り巻くようにして立っている数人の女子たちがくすくすと控えめに笑った。
 返す言葉もない。
 取り巻きのうちの1人の、メガネをかけた女子生徒が横に倒したスマホでぼくのことを撮っている。

「さっきも動画撮ってたんだよねえ。周り見て、おそるおそるコレ飲んでるとこ、ちょーうけたんだけど。そこだけ巻き戻して何回も観ちゃった。どうだった? 気持ちよかった? ね、口でしてあげたら、きみ死んじゃうんじゃない。……なんかゆってよ。さっきっからだまっててさ、ほんとつまんな。あたしのこと好きなんでしょ? いっつもチラチラこっち見てくっから引っかけてみたらさー、まんまとはまったし。あ、体調悪い? さっきまで保健室いたもんね。ごめんごめん。じゃお詫びにさぁ」

 言いながら彼女は、カラであるはずの紙パックのストローをつまんだ。

「キスしてあげる。関節キス」

 ぼくは、かっと体温があがるのを感じた。そしてすぐに、

「だめだ!」

 と叫んだ。彼女は黒くて大きな眼をまんまるにして、まっすぐぼくの顔を見た。子どもみたいなあどけない表情になった。ぼくは、できるだけ大きく前のめりになって繰り返した。

「だめだ」
「え、なに。どうしたの。アタマおかしくなった?」
「そうだよ、頭がおかしくなるよ、それをす、吸ったら」
「……」
「ぼ、ぼく、見たんだ。そっち、の、いま持ってる、人。が、科学室で、なにかはかってて、粉みたいなの、で、きっと危ないやつ、それをきみの、紙パックに、入れて」
「は、なに、だれがなにを」
「……」
「嘘でしょ」
「嘘じゃ」

 心拍数はもはや最高潮に達していた。言わなきゃ、言わなきゃと焦ったばっかりに早口になった。上手に伝えられない。もどかしい。息苦しい。
 彼女は睨むようにしてぼくを見ている。すると、取り巻きのうちの1人が、

「持ってる人って……なに? スマホ?」

 と小声で言いながら、スマホを持ってぼくを撮影していたメガネの女子生徒をちらっと見やった。みんなが一斉に、その女子生徒に注目する。
 教室内が、しんと静まり返った。

「冗談じゃないよ」

 両手で持っていたスマホをすこし下ろして、メガネの女子は言った。
 彼女以外の全員が息を呑んで次の言葉を待った。
 緊張が走る中、彼女は淡々と続けた。

「……うん、そう、うん。いれた。でもちょっとだけだよ。ほんとに。ちょっと痛い目みればいいのになー……って思って」
「……」
「だってうざいんだもん、アイコ。みんな思ってるよ。顔が可愛い以外いいとこないし、こき使われんのもいい加減無理っていうか。こういうのもさ……もうやめれば? 小学生じゃないんだよ。あいつをハメてやろうとか、その気にさせてやろうとか、バッカじゃない? 恥ずかしいよ。大人になろうよ、もっとさ。てか痛い目見ろってマジで」

 メガネの女子は一旦下げたスマホを持ち上げ、今度はアイコさんにピントを合わせた。

「ほら、しなよ、間接キス。気持ちよくなれるよ」

 どっ、と笑い声があふれた。取り巻きたちはみんな化けの皮を被っていた。みんな、「あの顔見てよ、おもしろ」とか「ほんとうける」とか「はやくしろよ」とか口々に吐きはじめる。スマホでシャッターを切る音もした。すべての中傷や悪口がアイコさんの顔に振りかかる。
 整った顔を真っ赤にして、アイコさんは教卓の上から降りた。唇を噛み締めているのだろうか、俯いたままだ。
 アイコさんがなにも言わずに走りだそうとすると、撮影役の女の子が口角を上げて、くすりと笑った。

「え、あんたの代わりにクスリ吸っちゃったあの子、病院に連れていってあげるとかしないの? ああ、まあ、そういうとこだよね」
「……」
「もう調子乗んな、性格ブス」

 取り巻き役の生徒たちがさらにまた大きく笑いだす。『性格ブス』に共感を覚えたからだろうか。
 アイコさんは黙ったまま、悪意ある笑い声に背中を押されるようにして、教室を飛びだしていった。



 断罪の時間が終鈴を迎えると、教室にいた生徒たちは散り散りになった。撮ったばかりの動画を再生してはげらげらと笑い合う子たちもいれば、部活に急ぐ子もいた。
 ぼくが呆然と座っていると、撮影役だったホノカが縄をほどきにやってきた。ホノカは楽しそうなわけでも苦しそうなわけでもないふつうの顔をしていたが、途中でふっと笑みをこぼして、一言、

「名演技だったわね」

 とだけ言った。それから黙々と縄をほどき終えたホノカに、ぼくもたまらず一言吐きだした。

「本当によかったのかな」

 ホノカは意外そうにぼくの顔を見た。

「なんで?」
「だって、こんな、みんなで騙すみたいな……」
「なに、あんた。いまさらやめてよ。アイコが学校こなくなったらどうしようとか考えてる?」
「いや……」
「やり返したかったの、ずっと。やられた分だけ。いつかあのむかつく顔をゆがませてやるって、それだけ
思ってて、今日やっと叶った。途中、あんたがテンパってセリフミスったとき、ミキが助け舟出したの、気づいた? あれはナイスだった」
「ごめん、『スマホを持ってるその子』ってセリフだったんだよね、ごめん」
「べつにいいよ。うまくいったから」

 目的が叶ったにしては、ホノカの声は幾分も落ち着いていた。
 ぼくもホノカもアイコさんも、おなじ小学校に通っていた。ホノカとアイコさんはいつもいっしょにいたし、この2人は仲のいい友だちなんだと思って疑わなかった。だけど、いつ頃からだったか、ホノカの口からアイコさんに対する愚痴をよく聞くようになった。
 「この計画の手伝いをしてほしい」と頼んできたときのホノカは、見たこともないような鋭い目をしていた。もう我慢ができない、とでも言いたげだった。それに「ちょっと痛い目でも見て、反省してもらうだけだから」と言っていたので、ぼくはあまり深く考えることをせずにホノカの手をとった。幸いにもぼくは、中学校にあがるときには彼女への憧れが薄れていた。
 だけど、彼女が教室を去るときのあの苦しそうな顔を思い出すと、胸にくるものはたしかにあった。
 ホノカは縄跳びの縄をくるくると巻きとりながら言った。

「あんただってわかってたでしょ。アイコはほんとはああいうやつなの。男子にだけ高い声だしてさ。だいたい周りの女子を下に見てるし、きもいとか、ブスとか、陰では平気で言うし。わたしにだって、『メガネださいから外しなよ』って。なにそれ、傷つかないとでも思ってんの? 言い方がさ、いちいちむかつくんだよね」
「うん……。でも」
「でもなに。まだなんかうじうじ言う気?」
「あれ……」
「え?」

 ぼくが顔を上げて黒板のほうを見つめたら、それにつられたのかホノカも振り返ってぼくの視線の先にあるものを見た。からっぽの紙パックは主人を失って、そこに残ったままだ。

「好きだったんだ。けどもう、なんか、飲めないなって」
「……。わたしも」

 中身はなにもなくて軽いはずなのに、ぼくにはまるでなにかを留める重石のように思えた。
 
 
 ***
 
 
 ■キーワード…『罪悪感』『天秤』『紙パック飲料』
 
 


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