複雑・ファジー小説

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私の最期を受け入れて
日時: 2021/05/22 00:34
名前: sol (ID: q4Z4/6rJ)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?mode=view&no=11928

ごく普通を憂う女子高生だった主人公小野瀬由果がある時を境に非日常のど真ん中へ引きずり込まれる現代異種族ファンタジーです。
リメイクしました。設定などは多少変えましたがキャラ設定や話の流れなどは一切変わっていないのでリメイク前を覚えている方いらっしゃったら改めてよろしくお願いします。
タイトルの最期はおわりって読んでください。

Re: 私の最期を受け入れて ( No.1 )
日時: 2021/05/22 00:24
名前: sol (ID: q4Z4/6rJ)

良いとこの生まれでもなく、特別な趣味もなく、とてつもない才能も自慢できる特技もなく、かといって意志が強かったりもなく、問題児でも優等生でもない。
私、小野瀬由果はそういう人間だ。
ぽてぽてと高校までの通学路を歩きながら改めてそう思う。うまく大学に受かっても落ちてもこの通学路とは後数ヶ月でさようなら、踏みしめて歩くかといってもあまりそうでもなく、どの道また別の道を歩くことになるんだ。
と、少しばかり感傷的な時間は終わり。あさっては誕生日だ、というちょっとした高揚に気持ちをシフトする。しあさってには理菜と東京まで遊びに行く予定があるのが楽しみでたまらない。特に今年は18歳という特別感もついてくる。十八禁という言葉のついたものも運転免許も解禁。卒業さえすればパチンコにも行けるしクレジットカードだって作れる!
まあこの中ではパチンコ行く気ないし十八禁興味ないしクレジットは審査通んないだろうし免許はすぐにすぐ取れるわけじゃないから意味はちょっと薄いけど。でも大切なのは出来るという事実。結果は後からついてくる!多分ね。
そろそろ学校に着く。重い鞄を持ち直し、あまり軽くない足取りで昇降口に入れば、高揚した気持ちを打ち消す漫然とした勉強が今日も始まる。
授業は眠く、毎時間耳にタコができるほど大学受験の話を聞かされる。考えたくないのに考えなきゃいけないつらーい大学受験、願書は提出済みなのでもう引き返せない。
必死に勉強して大学行って、必死に就職して卒業して、必死に働いてあっさり死ぬ、誰にでもできる、誰が歩んだっていい紋切り型の人生。
未来への希望は入念に潰されて、その上で希望を持てと思ってもない希望論をぬけぬけと口にする。
結局、幸せな人生ってなんなんだろう......
五限の数学の授業中、ヴー、とマナーモードのスマホがなく。気になったら見てしまう現代人、どうせくだらないゲームか何かの通知だろうと思ったのに、その通知はメッセージだった。
[由果!数学なんかより今度の予定考えようぜー!]
授業中にスマホ、メッセージ。私語より怒られる奴だ。
後ろにいる理菜の方を見ると小さくこっちに手を振っている。満面の笑みだ。
柚子舞理菜、小学校からの私の親友。昔から自由奔放で責任感というものがてんでなく、そのくせ絶対に外れてはいけない一線は死守するちゃっかり者。これだって黙認してくれる先生を選びギリギリの頻度で送ってくる。
そのちゃっかり者に乗ってあげる義理は私にはない。友達でもスルーするところはある。会話というものは返事が来なければ続けることはできない。それはチャットも同じであり、何が言いたいかというと私は堂々と未読スルーを決め込んだ。
やがて授業終わりのチャイムが鳴る。今回もなんとなくわかるようなわからないような、確実に理解度は足りていない。それよりも、授業中にメッセージとはいかがなものか。と返信した。
「そーんなお堅いこと言うなって〜」
背中から抱きつかれる感触に呆れつつ振り返った。
「普通だよ。私席前だし」
「ねえ週末どこ行くよ。行きたいとこいっぱいあるから一日たっぷり付き合ってよね!あ、でも由果の誕生日祝いなんだっけ。まあ私も二ヶ月前に誕生日だったし!大丈夫!由果も楽しめるとこちゃーんと考えておくからさ!じゃ、あたし部活行くから!由果は早く帰んなよー」
嵐のような友が去って行く。こうなればもう追いかけて行っても陸上部の理菜には追いつけない。
「......帰ろ」
少しずつ日は短くなっている。夏の暑さは変わらないくせに日ばかりは早く落ちる中途半端なこの季節は嫌いじゃない。今日は普段よりも授業が一コマ多かったこともあり西の空は既にほんのりと暖色に染まっている。その空に視線を移し、苦笑いを浮かべながら呟いた。机の上に広げた荷物をしまって、みんなに続いて教室を出て行く。
通学路を進むにつれてやがて学生の群れは散開して、西の暖色は鮮やかな炎のような色へ変わっていく。思い立って鞄の中からお気に入りのネックレスを取り出し、水晶でできたそれを空の炎にかざすと赤いオレンジが内側に、閉じ込められて揺らめいて、きらきらとした光は瞬く間もなく私を虜にする。
前から歩いてきた人に気づかず衝突してしまうぐらいには。
我に帰った私はすかさずすみません、と頭を下げる。その人は心なしか目を見開いて、しばらくじっとこちらを見つめてから
「ああ、別にいい」
と言った。それからも動く様子はなく、こちらに非がある分私も立ち去り辛い。数秒で既に見つめ合う形に耐えきれず意を決した。
「あの、本当にすみません。それで......」
「小野瀬......?」
急に苗字を呼ばれて体が強張る。知り合いじゃ無いはずだしこんな人見かけたこともない。
不審者に会った時は、なりふり構わず逃げることが最優先というのは常識だ。なんとか勇気を振り絞って隣を駆け抜けて、脇目も振らず家に帰ろう。
この時、ネックレスを落としたと気付けなかったのが一番の失態だった。
無事に家には到着した。息を切らして帰って来た私をお母さんは心配したけどなんとなく言い辛くて、悪手だとわかっててもなんでも無いとだけ言ってやり過ごした。
そして不審者に対する恐怖は安全地帯に入ってすぐ鬱憤に変わり、直接ぶつけることができないので理菜に愚痴って解消する、約一名ほどとばっちりをくらう構図になった。向こうはラブロマンスの始まりじゃん!とか楽しそうに返して来たけどとてもじゃないが遠慮する。全力で拒否する。
話は広がるうちにどうでもいい話題に変わって、やがて不審者のことは頭から消えていった。もとより何かとんでもない被害に遭ったわけじゃなくて知らない人に名前を呼ばれただけ、気持ち悪いけど重大なトラウマなんかには程遠い。思い返せば不思議な頭してたなって思うぐらいには気楽だった。なんで毛先だけ黄色のメッシュ入れてんの。変な顔じゃないからまあまあ映えなくもなかったけどやっぱり私の趣味じゃない。
そんなくだらないことを考えてるうちに時間は遅くなり、夜は更ける。増すばかりの眠気は睡眠欲を満たせと訴えて、タイミングよく欠伸も出た。
うん、寝よう。
おやすみ、また明日とチャットを送り、ベットで眠気に従った。

Re: 私の最期を受け入れて ( No.2 )
日時: 2021/05/22 23:42
名前: sol (ID: q4Z4/6rJ)

目が覚めて朝の支度をする時になってようやく私は昨日ネックレスを落としたと気がついた。
顔が青ざめる。背筋が凍る。体のいろんなところがひゅんってする。心当たりは不審者の件しかない。どうか拾われていませんように。拾われてたとして警察に行っていますように。できれば道路の隅に置いてありますように。
思わずカーテンを開け天を仰いで祈りに祈って、動揺を決して両親に悟られないよう苦手なポーカーフェイスを心がけて、はやる気持ちをできるだけ抑えいつもよりちょっと早めに家を出た。
交番へは帰りに寄ることにしてまずは落とした辺りをくまなく探した。教科書で見た目を皿にしてという表現そのまま使えるほど探した。私の方が不審者になるぐらい探した。
なかった。
「はー、そりゃ災難だねえ」
昼休み、私がその話をすると理菜は腕を組みわざとらしくうんうんと頷いて他人事のように言った。実際他人事ではある。
「災難だねえじゃないんだよー。すっごく大事なものだって言われてるのに......」
「そのすっごく大事なものをなんで由果は雑に扱うかな」
「一切の反論が思い浮かびませんね......」
机の上に寝そべるとひんやりして気持ちいい。まだまだ暑い気候には冷たい机もよく効く。
「今日の帰り警察行ってみるんだ......理菜ついてきてよ」
「あたし、今日も部活があるので」
おどけた様子で親指を立てる理菜。この状況が親指が立つ状況であってたまるか。
「無情、非情、あとえーっと......せんなきこと?」
「諦めてどうする諦めて。
じゃ、あたしもう行くよ。ネックレス、警察にあるといいね」
そういうと理菜はそそくさと教室を出ていき、私は放課後の喧騒の中一人取り残された。数秒間漠然と理菜の去った教室のドアを眺めた後、ようやく覚悟を決めて交番を含めた帰路に乗り出した。
昨日とは打って変わって明るい青空に目もくれずまっすぐに交番を目指す。幸い家との方向が真逆ということもなく少し寄り道すればそんなに帰宅時間は遅くならない。
はずである。この、目の前にいる不審者さえいなければ。
なんでいんのあいつ!
幸いまだ私には気づいていない様子だ。チラチラと時計を見ながらあたりを見回している。誰かを待っているかのように。
自意識過剰かもしれないけど、私を待ち伏せているように見えてならない。そうじゃなかったとしても、たとえあいつは私のことをすでに忘れていたとしても、私が覚えている以上顔を合わせたくはない。怖かったから。
今まで立ち尽くしていたのに気がついて私は近くの電柱に身を隠す。交番へはあそこを避けてもいけるけどかなり遠回りすることになる。そうなれば不自然なまでに帰りが遅くなり、芋づる式にネックレスを無くしたことまでバレてしまい......
だめだ。お母さんの般若の如き顔が目に浮かぶ。絶対にだめ。
警察に行くのは明日にする?それはそれでバレそうな予感もする。いつまでも手元にないのは不安だし、確か落とし物には保管期限があったはず。いつまでかは知らない。後回し後回しにしてもしも過ぎてしまったらと思うと......もはや勘当すら視野に入ってしまう。
つまり、私には、あいつが何も気にしていないことに賭けて、このまままっすぐ警察に向かう選択肢しか残されていないということだ。
勇気を出して、知らぬふりをして、あたかも初対面です、ぶつかったことなどないしあなたは私の名前も知りませんという体で......
私は出て行った。背筋を伸ばし......てるつもりで縮こまって、前を向いて......るつもりで地面を見て、堂々と......してるつもりで歩幅は小さく、すれ違うだけ、すれ違うだけ......あっこれ多分見つかった。なんかこっちくる。視界のはしになんかいる。うわいる。見なかったことにしてちょっとだけ迂回しよ。あ、ついてくる。なんか言ってる。小野瀬って言ってる。私呼ばれてる。ううん気のせい。呼ばれてなんかないし、知り合いなんかでも......
「待てって言ってんだろ、おい!」
捕まった。肩を掴まれた。きゃー痴漢!とか言ったら誰かに助けてもらえたりしないかな。見回してみても周りに人はいなかった。
「落ち着けよ。取って喰ったりしねえから」
もがけばもがくほど肩にかかる力は強くなっていく。私は観念して立ち止まり、勇敢なことに不審者へ真っ向勝負を選んだ。ちなみに最適解はどこをどう考えても走って逃げる。
「なにか、ごよう、ですか」
極力平静を装い何故かカタコトになりながら渋々会話に応じた。勇敢に真っ向勝負はするつもりではあった。
「これだろ。探してるのは。
大方、大事なものって言われて渡されたのに失くして怒られそうで必死だったってとこじゃないのか」
私のネックレスを持ってそう言ってきた。大当たり。大正解。悔しいから言ってやんないけど。絶対言ってやんない。
「ありがとうございます。では」
言いながら受け取ろうと、訂正。もぎ取ろうとしたところ、こいつはネックレスを左手ごとポケットへしまった。
「鍵だ。小野瀬の鍵をよこせ」
「......は?」
堂々と盗みにでも入るつもりなのだろうか。白昼堂々交番のすぐ近くで恐喝をする度胸だけは素晴らしいと思う。
「......そうか、そういえばそうだったな......
誕生日はいつだ?」
「......は?」
新手の詐欺だろうか。個人情報抜き取るタイプの。思わず返事がリフレイン。
「誕生日だよ。それはわかるだろう?常識が通じねえ相手はこれだから......」
「たっ......誕生日ぐらいわかるに決まってんでしょ!人をバカにして!常識がないのはあんたの方だ!」
個人情報抜き取りかと思ったら投げつけられた唐突な罵詈雑言。わからないんじゃなくて教えたくないんだよわかれ。
「あー悪かった悪かった。で、誕生日は」
「九月二十一......明日だけど」
なにがなんでも教えたくない。教えたくないけどこのままにしておいたら日が暮れても帰れなさそうだ。そうなればお母さんにネックレスの件が露呈して......これ以上はダメ。早く帰らなきゃ。適当に適当な日付教えとけば良かったと次の瞬間に後悔する事になる。
「なら明日......いや明後日だな。また来る。準備しておいてくれ。じゃあな」
あっさりと解放された。犯行予告を残して。ストーカーって何かあってからじゃないと対処してもらえなかったよね確か。速やかな法改正が求められると思う。
ところで颯爽と去って行ったけど大事なものを忘れられている気が......
「ネックレス!!」
これはまごう事なき実害では?窃盗罪いけるのでは?でも今日はもう遅い。こんな事があったとバレてはいけない。
しょうがない、通報は明日にして今日は帰ろう。

Re: 私の最期を受け入れて ( No.3 )
日時: 2021/05/26 09:04
名前: sol (ID: Nu7WGMg4)

三話 二日前、儀式
「おはよう!ちょっとその辺散歩してくるね!」
朝早く起きるや否や己の持ちうる限りのスピードを駆使して出かける支度を済ませ不自然極まりない理由を言い残しながら警察へ駆け込むべく玄関を開け......
「待ちなさい。今日はダメ。明日にしなさい」
られなかった。やけに真剣な顔のお母さんが私の行く手を阻んだからだ。
もしやネックレスの件がバレたか?そうならそうできっともうとっくに怒られている。今日はダメ、という言い方からしておそらくバレてはいない。
じゃあなんで今日はダメなのだろう。誕生日以外に特別なことなんて今日はなかったはずだ。散歩の一つや二つぐらい許されて然るべきだろう。一瞬だけ唐突に誕生日を聞きだしてきた昨日の不審者の顔が脳裏をよぎった。心の中で首を振りその顔を消し去ると私は務めて冷静にお母さんへ聞き返した。
「どうして?明日は理菜と約束してるし、別に今日だって夜遅いわけじゃないじゃん。ダメ?」
「ダメ。明日にしなさい」
有無を言わさぬ雰囲気に呑まれ思わずはーい、と言ってしまった。リビングに戻り落ち着かないまま朝ご飯をもそもそと食べる。いつにも増して豪華だというのに品目自体は焼き魚に味噌汁と質実剛健という言葉をメニューにしたかのような品目たち。嫌いじゃないけど今朝は少しうらめしい。この気合がはいりまくった朝ごはんを食べさせるために私を引き止めたんじゃないだろうなとかんぐってしまう。
「由果。朝ごはん全部食べ終わったら蔵に来なさい。お父さんもお母さんもそこで待っているから」
はーい、とまた生返事をした。なんの意味があるかもわからない、無駄に大きく古びた見た目に反することなく、歩くたびにミシミシと足元は軋み、蜘蛛の巣はない角を探す方が難しく、そして何より埃がすごい。ハウスダスト体験ツアーを組める。そんな我が家の蔵へこいと。控えめに言って嫌だ。だって前述の理由プラス暗くて怖いし。私おばけ嫌いだし。
でもなんか今日のお母さんに逆らうのはなんとなくできない。いつも通りといえばいつも通りお父さんはそこまで積極的に口を出してこないし。誕生日のパーティーじゃないことだけは開催場所からしてわかる。それだけは普通にわかる。
考えていても仕方がない。朝ごはんをちゃんと済ませて蔵へ向かう。入口の南京錠は取り外されていて簡単に出入りができる。両開きの扉を開けると外気とは違うよ!と強い自己主張をする空気が肺に乗り込んでくる。むせた。
しかし中に人影はない。お父さんもお母さんも蔵にいるって言っていたはずなのに。
勇気を出して一歩、また一歩とゆっくり前進していく。身体中に湿度の高い夏の外気にも似たねっとりとした空気が体にまとわりついてきて、外から流れ込む空気がひどく渇いて感じる。
異常は割とすぐに見つかった。昔蔵の中を探索した時にはなかった一つのくだり階段。不思議とこの下だなと確信を持てたのは本当にただの消去法だったのか。とにかく私は階段を降った。好奇心は猫を殺すという言葉も忘れて。とにかく見つけないといけないから。
そのうちに遺跡のような、洞窟のような場所へたどり着いた。
「早かったわね。そこの服に着替えたら奥の部屋に入って」
お母さんがということはこの道であっていたということだ。ほとんどレースのような服を指し示して着替えてと言っていること以外はとても安心だ。とはいえこれ以上従うとどうなるのか私自身興味が湧いていた。湧き上がる羞恥心を抑えながらうっすい服と言えるのかも微妙な服を手に取り、今着ている外用の服を丁寧に畳んであまり汚れなさそうで爬虫類や虫類のいなさそうな場所へおく。
浴衣にも似たワンピース姿になると奥の部屋へ通されて、そこには礼服のような姿のお父さんが待っていた。浮かない顔だ。少しばかり落ち込んでるようにも見える。
「お父さん?どうしたの?」
声をかけると一瞬ハッとしたような表情を見せ、すぐに
「大丈夫だ。なんでもないよ。さあ、始めようか。由果、すまないがここに寝てくれ。眠っても大丈夫だ」
すぐに平常を取り繕ったかと思うと笑顔を浮かべて部屋の真ん中にある長方形の石をさした。ここで寝たら体痛くしそうだからやだとは流石に言えず素直に寝転がった。
その瞬間に、一気に体が重くなったのを感じる。風邪のだるさにも錯覚しそうだけどたしかに別物で、言うなれば眠気と疲労感と倦怠感を2:1:1の割合で混ぜて全身に行き届かせたかのような、そんな感覚が全身に走った。かと思うと意識は一瞬でその眠りの向こう側へ引き込まれていった。
次に目を覚ましたのは自室のベッドの中だった。フカフカの感触は石の硬さとは全くの無縁で、目を覚ました時全ては夢だった、と言われれば信じてしまうだろう。外を見るとすでに暗く、本当に一日あの儀式のようなもので潰れてしまった。気がついたらお腹も空いていたのでお茶だけでも飲んで改めて眠ろうと気を取り直して、一階への階段を降った。
リビングから言い争う声が聞こえた。もちろんお父さんとお母さんだ。不倫がうんぬん親権うんぬんの巷でよく聞く話ではない。言葉の端々にそんな雰囲気は感じ取れない。
気になって、入っていくことはできなくても野次馬的にドアの前へ陣取ってそっと耳を澄ませた。
所々の単語、繰り返し言われる言葉は、思った以上に私の常識を超えていた。
鍵守、人間、伝統。やめるだとか終わらせるだとか。結婚相手だの従兄弟が何人だの、到底理解できない。
私は何かの罪でも犯しているような気分になって、そっと部屋へ戻って全てを無かったことにした。

Re: 私の最期を受け入れて ( No.4 )
日時: 2021/05/30 06:00
名前: sol (ID: q4Z4/6rJ)

四話 前日、東京
結局昨日の話がなんだったのか、自分の中で結論がつくことも二人に聞くこともできないまま私は理菜と電車に揺られ東京へ向かっていた。一昨日の不審者の明後日また来るという犯行予告の件も片付いていない。問題が発生したと思ったらまた問題。一難去ってまた一難どころの話ではない。せめて去ってからやってきて欲しい。
が、今日はそんなこと気にしている余裕なんて無いんだ。全部忘れて思いっきり楽しむ。そういう日。謎の儀式も謎の会話も謎の不審者も大学受験も全部全部忘れて遊び呆ける一日、それこそが今日の完璧だ。それはそれとして帰りは警察よるけど。
電車をおり駅から街へくりだすと、高いビルに見回す限りの店店店。田舎者まるだしではしゃぎながら人混みの中で逸れないよう目的地へ一直線に歩いていく。まず向かう先は理菜が熱烈に愛し、資料込みのプレゼン、しかもぴったり15分間のプレゼンにより第一目標に決まったブランドショップ。途中美味しそうなアイス屋を見つけた。数秒ほどメニューを見ているうちに理菜と私の距離はぐんぐんと伸びていく。やむなく中断し走って追いかけた。
夢中で早足になっている理菜の瞳にはまだ映るはずのないショップが映っている。もうなんらかの賞をあげても良いぐらいに目が輝いてる。すごい。とても生き生きしている。
でも足が速すぎる。ほとんど全力疾走なのに追いつけない。そもそも下手に走ると人にぶつかり、ぶつからないようにすると全然走れない。
それでも条件は向こうも同じ。人混みの隙を見て走りながらなんとか店の手前あたりで理菜に追いつき、真正面に立って感動する理菜の隣で私は肩で息をしながら呼吸を整えていた。
そんな私を理菜はわくわくうずうずといった効果音付きでチラチラ見ている。早く行きたい、でも置いていくわけにはいかない。でも早く行きたいという葛藤が顔にかいてある。
私は最低限ふつうに息ができるところまで整ってから理菜に向かって
「おまたせ。行こっか。まっててくれてありがとう」
と言った。理菜はおやつを前にした猫のようにはっきりと表情が変わっている。
「いいんだよ!私こそ焦らせちゃってごめんね」
いよいよいけるという嬉しさを滲ませながらの謝罪がある。理菜は私を馬鹿にしてたり私を放ってショップへ先に入っていようとかは何一つ思っていない......先に入っていようとは思っていたかもしれないけどその気持ちは気持ちに留めておいてくれる。振り回されているだけのようでも私たちはちゃんと親友だ。この後は私が理菜を振り回してやる。
そのつもりでもまあ......長い。誇張なしに商品一つに十分近くかけている。本屋でもないのに。
その時ふと脳裏に行きがけに見たアイス屋を思い出した。これだけ時間があれば買ってこられる。
「理菜、私アイス買いに行くけど、何か食べたい?」
「私は大丈夫......由果さえ良ければ一口くれればいいよ......」
ずいぶんと上の空だ。でもまあ伝えるには伝えた。
私は店舗を出て、行きがけに見つけたアイス屋に向かう。
それが失敗だった。あるいは一番まずいのは一人になったことだったかもしれない。裏路地に面した店舗に向かっている途中、突然体が裏路地へ引きずり込まれた。口を抑えられ左腕を掴まれ一瞬にして拘束されてしまった。
「暴れるな。大人しくすれば危害は加えない。ネックレスも返そう。だから俺の話を聞け」
声にならない声で叫びながら暴れる私を不審者はそう言って宥める。聞いている余裕はない。
「おい、頼むから話を聞け。俺がお前と接触している事自体危険なんだよ。さくさくすませよう。お前にも別に悪い話じゃ無いはずだ」
説得は続く。私の抵抗も続く。とうとう不審者痺れを切らし始めた頃、突然地面がに衝撃の走ったような音と共に投げ飛ばされ、路地の隅に座り込む形になった。何を思ったか上空を見上げるとそこには天高く登った不審者がいて、目の前のさっきまで私たちがいた場所はコンクリートがえぐれ、正面にはまた別の不審者が増えていた。顔全体を黒い布で覆い、全身はゆったりとした黒装束で見た目からでは性別もわからない。全身の黒と足元の影へ黒い何かを引き戻していることぐらいが特徴と言える。
あの高さから落ちたにも関わらず軽やかに着地した不審者の一人は私に向かって、
「いいか、何があっても動くな。一瞬たりとも、指一本動かすな」
だいぶ無茶だ。そもそもこんな隙を逃すわけにはいかない。今すぐここから走って逃げよう。
そう思ってみても体は本当に動かない。忠実にその命令を実行しているようで気分が悪いが、どこか打ったのか腰が抜けているのか、それとも本能的に動いたら本当にまずいことになるとわかっているのか。
「これは......歓迎されておりませんねえ」
「何故歓迎されるなんて思えたんだ?お前のその抜けに抜けた頭が羨ましいよ。
小野瀬は俺が見つけた。交渉権はまず俺にある。お前達はせいぜい権力でも振り回しながらまた今度頑張るんだな」
なんの話をしているのかはさっぱりだが多分私の話をしている。雰囲気がそうだ。
「ええ、ええ。なるほど。掟破りが一人前に権利ばかり主張しますか。
そちらの小野瀬のお嬢様は随分とあなたの事をお嫌いのようですが?」
「そんな事は別問題だ。そもそもお前達が勝手に決めた法に引っかかった程度で誰も彼もが諦めて従うとでも思ってる方が傲慢だな」
黒い方の不審者はおそらく男性だ。男性にしては声変わり前とはまた違う独特な甲高い声を持っているせいで少しわかりづらかった。
「ふむ。しかしこれは少々分が悪い。私正面戦闘は苦手でしてね。どこからあなたの仲間が出てくるとも限らない。ここは大人しく撤退の一手でしょうな。
それでは小野瀬のお嬢様、失礼いたします。次の機会にはぜひじっくりとお話をお聞かせ願いたい」
何故か出てきて何故か去っていく。あいつも大概に変だ。
「くそっ。余計な邪魔を......
おい、さっさと小野瀬の鍵をよこせ」
「この前から言ってるけど、ななんなのよ鍵って」
「すっとぼけられてる時間もねえんだよ俺には!」
「すっとぼけてなんか無い!本当に知らないったら知らないの!私のこと誰かと間違えてるんじゃ無いの!?」
怒って声を荒げる。できれば人が来てくれればいいけどそんな様子はない。
「ちっ......くそ。そろそろ逃げねえと。
俺はまたくる。その時こそはまともな交渉の一つぐらいさせろよ。これは返す。じゃあな」
ネックレスを投げ渡された。驚いてキャッチしているうちに不審者は姿を消し、私はぽつんとその場に残された。
そんなことより帰ってきた、ネックレスが帰ってきた!!
私は喜びを胸に抱え、この後の一日を過ごした。幸い少し擦りむいたのは転んだと説明したら納得してもらえた。丸一日、大きい店と美味しいご飯に囲まれて、帰りの電車の中では二人ともくたくただった。
家の近くまで来てからは今日の日の別れを惜しみ、帰ってから電話ででもすれば良いような話を延々と続けた。
それから私は家へ帰った。帰ろうとした、という表現の方が適切かもしれない。

Re: 私の最期を受け入れて ( No.5 )
日時: 2021/06/09 02:44
名前: sol (ID: q4Z4/6rJ)

五話 当日
その日、私は家に帰ることができなかった。帰る場所自体が無くなってしまったのだから、帰れないのは当然でしかない。
何も知らず帰る私を出迎えたのは沢山の野次馬だった。火花を散らす軽快な音も木造の家が崩れ落ちる轟音も同時に聴きながら、消防車が放水を続け、救助活動をする消防士の様を撮影する野次馬たちの波をかき分けて私は家へ近づいていった。一歩一歩と近づくたびに人は密集し息苦しくなっていったが、人の体温とは明らかに異なる異質な熱さと、息をするたび肺に入り込む焼けつくような空気が人混みの不快感を全て呑み込んでいた。
知らない誰かの静止など意に介さず私は家へ近づいていく。生まれてからの毎日を過ごした大きな家も、昨日、十数年ぶりに入った小さな蔵も、二年前に買い替えた車も、雑草に覆われながら小綺麗な雰囲気を維持していた庭も、全てが熱気を上げていた。
気がつけば消防士の静止すら振り切り私は家の前へ立っていた。ほんの少し、炎が肌をなでる。熱いとは感じた。痛いとも感じた。しかしそれを元に己の身の振り方を判断する機能だけが致命的に壊れていた。
口からは言葉も出ない。ぽろぽろとこぼれる声すらも存在しない。こんなものが現実だと思えない。信じる信じない以前の問題だ。
家の玄関の前で私は立ち尽くしている。あたかも何事もなかったかのように、このドアを開ければ全ては幻覚で、家の中には普段通りの日常が広がっていると信じているかのように。足下が痛い、きっと火傷をしている。しかしそれすら意に介さず、私はドアノブを掴もうと手をのばした。掴むことはできなかった。鉄製のドアは発火するほどに熱されていて、触れることすら叶わなかった。
そこでようやくというべきか。私は駆け寄ってきた消防士によって家からは引き剥がされ、遠く遠く、野次馬のすぐ目の前へ。
私の意識を保っていた得体の知れない最後の気力はついに尽き果てて、私はストンと眠りに落ちた。失意か、絶望か、とにかくなんらかの激情のせいで、私の意識は限界だったんだ。
次に目が覚めたときには、真っ白な天井が目の前に、服装は着ていたものとは違ってゆったりとした服が着せられていて、仕上げに温かい。柔らかな、布団の温かみだ。いや、ベッドだ。私は呑気にも、二度寝をしようかと考えた。むしろそれぐらいしか考えなかった。眠って起きれば全て夢、という展開に期待しているのかも知れない。
入院したのは初めて。十八年生きてきて大きな病気もせず事故にも合わず、保険は掛け捨てという言葉を発するに相応しい女だと自負している。正しくは自負していた。こんな形で初めての入院を経験してしまうのは少々不本意ではあった。本意の入院なんて多分ないけど。
ふと、冷たい風に気がついた。この病室は個室だ。ベッド周りのカーテンはなく、窓に目を向けると真っ先にその原因が目に入った。
「動けるか?動けるのならすぐにいくぞ。来たくないなら嫌と言えばいいが、来た方がお前の為だろうな」
その窓際にはあの不審者が存在した
「どうしてここがわかったの?ストーカー?」
自分でもわかるほどに今の私の言葉は上っ面だ。本当の意識自体は何も考えちゃいないくせに、昨日までの私、今まで通りの私をなんとか絞り出そうとした。結果がこれだ。こんなやつにこんな軽口きくわけないのに。
「気持ち悪いこと言うな。お前は小野瀬だぞ、わかるに決まってる」
もっと気持ち悪い、とだけは思った。私の苗字がどうかしたのか、とまでは聞けなかった。沈黙しているとそいつは驚いた様子で続けた。
「まさか......まだ何も知らないのか?流石にそれはないだろ?」
「何も知らない。あなたの言ってること、何一つわからない」
刺々しい言い方をした。自分の中で誰かを気遣う余裕がないことがよくわかった。
「そうか......じゃあ今のお前はただの人間か。なら来れないな。くそっ......鍵だけでも手に入りゃ......
邪魔したな。これっきりだ。俺の言ってる意味はいずれわかる日が来る。せいぜい生き延びろよ。それじゃあな」
「......待って」
間髪入れず私はただ一言ひきとめた。さっさと送り出してしまえばいいものを。そう思っているのに私の口は意識もしないまま言葉を紡ぎ出す。
「私も行く。鍵がどうとか、あなたの言ってることは何一つわからないけど、連れて行ってよ。どうせ帰る場所なんてない。」
初めから終わりまで、私の理解の及ばない言葉だ。だってわからない。なぜ行くなんて言ったのか。そんな考えが浮かんだのか、わたしには何一つ理解もできない。今この瞬間も、たとえ近い将来でも、いつかこの日が思い出になった日でも。
それでも私は行くと言った。先に待つ危機に対する警鐘だったのかも知れないし、もしかしたら本当に行きたいなんて思ったのかも知れない。窓際から半分帰りかかっている不審者は少し眉を顰めてこう言った。
「何一つ分からないのにか?俺から誘っておいてなんだが、やめとけ。何も知らないやつを加担させるのは流石にな......つっても、本当に来るなら本当に連れて行く。良いんだな?」
私は無言のままベッドから起きあがり、窓際へ向かった。一歩一歩と歩く道はなぜだか断頭台へ登っているかのような気分になった。不審者は少し悪い微笑をたたえると私を掴んで小脇に抱え、そのまま窓から飛び出した。
この日、私は人として生きる道、人生を、自ら消し去った。自殺したも同然と言える。
紛れもなく、この日は私の人生最期の日になった。


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